「この年で愚直に生きるのはマジでツラい!」……けど、俺たちが文化系にこだわる理由

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撮影=後藤秀二
「プロレスブーム再燃」といわれて久しい。棚橋弘至、オカダ・カズチカ、中邑真輔、飯伏幸太など、人気・実力ともに兼ね備えたレスラーが続々と登場し、古参のプロレスファンはもちろん、若い女性たちも黄色い声援を飛ばす。そのブームの一端を担う団体が、“文化系プロレス”を名乗る「DDT」だ。体育会系のプロレス界に、文化系な発想でエンタテインメント要素を持ち込んだDDT。そのオリジナリティあふれるスタイルはいつしか「文化系プロレス」と呼ばれ、いまや業界の盟主・新日本プロレスに次ぐ規模にまで成長している。  そんなDDTのエース・HARASHIMAと、新日プロレスのエースで“100年に1人の逸材”といわれる棚橋の対戦を軸に、DDTの歴史、そしてプロレスの魅力に取りつかれてしまった男たちの姿を追ったドキュメンタリー映画『俺たち文化系プロレスDDT』が、11月26日(土)より公開される。  メガホンを取ったのは、DDT所属のレスラーであり、前作『劇場版プロレスキャノンボール2014』のヒットも記憶に新しいマッスル坂井氏と、坂井主宰の興行「マッスル」でプロレスに目覚めたドキュメンタリー作家、松江哲明氏の2人だ。  アラフォー男たちの愚直な青春ドキュメンタリーに、2人が込めた思いとは――? *** ――そもそも『俺たち文化系プロレスDDT』に、松江さんが参加した経緯は? 松江哲明(以下、松江) DDTの高木三四郎社長から頼まれたんですけど、僕は「坂井さんと一緒なら」って。 ――お2人とも「監督」とクレジットされていますが、役割分担は? 松江 レスラーたちの日常を追ったりしたのは、坂井さんと今成(夢人)さん。僕が現場に行ってるのは、「#大家帝国」の興行と、新潟くらいですね。最初からべったり撮影にくっついてやるつもりはなかったんで。 マッスル坂井(以下、坂井) 完全に遠隔操作してましたよ(笑)。この映画を撮るって決まったのが昨年の春で、夏にいよいよ「映画どうしよう」ってなったときに、松江くんが「坂井くんが一番得意なことをやるべきだ」って。「一番得意なことはなんですか?」って聞かれて、「興行を自分で企画して、その興行を通してプロレスとは何かということを見せたり、考えたりすることかなあ」って答えたら、「じゃあ、それをどっかでやりましょう」って。興行なんてなかなかやらせてもらえないから、それをどうしたらできるかってところから考えていったんです。 松江 たぶん当初、高木さんはもっと客観的なドキュメンタリーを期待してたんだと思う。けど、僕が作りたいプロレスのドキュメンタリーって、「マッスル」なんです。興行ってやっぱり、お客さんが体験するものじゃないですか。でも、ドキュメンタリーで撮ることによって、それとはまったく違う視点を作ることができる。だから、視点作りだけを僕がやって、何を見せたいとか、どういうことを表現したいかっていうのは、坂井さんがリングの上でやったんです。 ――松江さんは「ドキュメンタリーは手法だ」とよくおっしゃっていますが、プロレスも、虚実皮膜を行き来する部分など、表現方法としてドキュメンタリーと近いですよね。そのプロレスをドキュメンタリーで撮ることに、やりにくさのようなものは感じませんでしたか?
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松江 いや、それは感じませんでしたね。僕は映画を作るときに、何が真実で何がウソかっていうのは正直言うとどうでもよくて、撮れた素材にどれだけ真実味があるかっていうことのほうが大事なんですね。だから、素材の力が強いか弱いかが重要なんですけど、ヘタな芝居って、素材として弱いんですよ。それでいうと、今回の作品を編集してて面白かったのは、いい意味でレスラーの人たちみんながカメラを意識するんです(笑)。今成さんや坂井さんがカメラを回していると、高木さんがチラッとカメラを見てから「お前たち、覚悟しろよ!」とかやってくれたりする。それが完全に芝居かっていうと、そうではない。カメラの前で誇張しているだけで。それを日常的にやってるから面白い。だから、普通にしゃべっているのが、いちいちセリフみたいに聞こえるんですよ。 ――特に、大家健選手なんかは常に激情的ですね。 松江 そう! だから英語字幕版を見たときに、大家さんがすごいいいこと言ってるふうに聞こえる。あれは、もともとの言葉が、そういうセリフっぽいからなんです。僕は、被写体にカメラの前で自然でいてほしいとは思わない。ミュージシャンを撮るのが好きなのも、そういうところなんです。 ――本作は棚橋弘至選手とHARASHIMA選手の対戦が軸になっていますが、それは最初から決まっていたんですか? 松江 最初は<DDTの1年間を追ったドキュメンタリー>という構成だったんですけど、素材としてDDTを象徴してるなって思ったのが、「#大家帝国」の試合でした。棚橋選手と小松(洋平)選手が、すごい巨大な存在として君臨してくれてたのがよかったですね。もちろん、棚橋選手のインタビューを撮ったりもできたんですけど、それをやっちゃうと……。 坂井 弱くなっちゃうんだよなあ。 松江 そうなんです。やっぱり“強者”でいてほしい。説明より、存在を強調したいんです。そんな人があそこで……という仕掛けもありますから。 坂井 そこでの公平な視点は、いらないんですよ。言い方は悪いけど、あくまで“いじめられっ子”の視点で見たほうがいい(笑)。 ――今回の映画の性質上、いわば最初から「ネタバレ」をしている部分がありますが。 松江 そこは、最初から心配していませんでしたね。「#大家帝国」の興行のラストで何が起きたのか、観客が知っていても全然いい。ただ、あの場で何が起こっていたのか、観客席からは見えない視点を作れる自信があったので。それは、前後のドラマも含めてですけど。あの現場の出来事を、単に両国国技館の大会から始まった数カ月のドラマっていうのではなく、もっと以前の、2000年代初頭からの坂井さん、HARASHIMAさん、大家さん、(男色)ディーノさんたちの関係性があっての一夜だったんだっていうのを描ける自信はあった。現に、映画の中では棚橋選手の言葉は切っていますし。むしろ、あそこで棚橋選手が何を語ったのかよりも、なぜ“あの展開にしたのか”のほうが重要だと思う。そこの関係性を描けば、あの試合を見た人でもこの映画は楽しめるって確信してました。 ――坂井さんやDDTにとって、棚橋選手の存在はどんなものだったんでしょうか? 坂井 俺は今のプロレス界の象徴であり、正義だと思ってる。こっちが棚橋選手にお願いしたくても、「新日本プロレスがなんて言うか……」って、周りのみんなは言うんですよ。でも、それは違う。棚橋選手が「やる」って言ったら、会社も「イエス」って言うんですよ。器がでかいからこそ、こっちも飛び込みがいがある。棚橋選手も言ってるけど、良くも悪くも自分たちがやっているプロレスと棚橋選手がやっているプロレスっていうのは、「違うんだ」と。違うものをやっているという意識は僕の中にもあって、そういう意味では、わかり合える部分もある。 ――だから、最後の場面で棚橋選手に協力してもらうために、坂井さんが直接交渉されたんですね。その一部始終は、映画にはありませんでしたが。 坂井 だって俺、カメラをまいていきましたもん! 撮られたら危ないじゃないですか。DDTにバレたらいけないんです、あのミッションは。 松江 監督なのに(笑)。僕は、“監督だったら、回してよ”って思いましたけど。ドキュメンタリーに、あの素材はあってもいいじゃないですか(笑)。 坂井 でも! あの場を成立させることが、勝ち負けを超えた何かを見せることが俺の勝負だと思っているから、あそこはいらないんですよ! 松江 まぁ、結果を一番知っているのは坂井さんですからね。僕は新潟まで行きましたけど、「#大家帝国」で何をやるのかは別に聞かなかったし、プロレスで本当に撮っていいものと撮っちゃいけないものの最終的なジャッジは、坂井さんにお願いしてましたから。 坂井 アハハハハ。ないですからね、そんなの! あるがままを撮っているだけですから。
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松江 この前、『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)で「アイスリボン」が取り上げられたドキュメンタリーを見ましたけど、「こういう視点になっちゃうかー」と思いました。 坂井 いつまでプロレスは、世間にだまされ続けるんだって! 世の中に仕掛ける側であってほしいのに、なに仕掛けられてるんだよって。 松江 「プロレスラーって、こうなんですよ」ってノリで語っちゃうと、魅力が消えるんですよ。プロレスラーは常識人じゃないんだから。『ザ・ノンフィクション』である以上、日曜昼に見ている人に向けた「わかりやすさ」は絶対に崩せないんですよ。そこを崩せない以上、プロレスを撮るのは難しいと思いました。みんなが知っている1センチ、2センチ、3センチ……っていう物差しを持ってきちゃいけないんですよ。僕がマッスルとかDDTに教わったのは、俺たちの物差しは違うんだってことなんですよ。自分たちの物差しじゃなきゃ描けない世界があるんだよ、っていうのをやってるんですよ。プロレスって、そういうものなんですよ。 坂井 親がプロレスやるのを反対していようがしてなかろうが関係ないんだけど、絶対、親を連れてきたがりますね、テレビは(笑)。でも、関係ないから! お客さんが沸くか沸かないか、レスラー仲間がバックステージで「グッドマッチ!」って握手してくれるかどうか、トレーナーの先輩たちが「いい試合だった」って評価してくれてるかどうかだけなんです。勝ち負けを超えて、自分がレスラーとして表現したいことができたかどうか、それだけを考えてるから、親がどう思ったかなんてホンットどうでもよくて、親が止めたからってやるんですよ、プロレスラーは! バカなんですよ!  松江 「学校辞めます」なんて、当たり前じゃん!って。 坂井 実家の家業継ぐためにプロレスラー引退するやつなんて、いないですから! ――そうなんですか!(笑) 松江 でも、そこを取ると「わからない」ってなっちゃうんですよね。日曜昼に見る人は。 坂井 お父さん、お母さんは反対しないの? って当然思いますよね(笑)。まあ、しょうがないか。 松江 でも、そこを超えたものを撮っているはずなのに、排除しているなっていうのが、ドキュメンタリーを作っている身としては残念で。この映画は、そういうドキュメンタリーにはしないぞって。なるはずはないんですけど。大家さんは、『プロレスキャノンボール』上映のとき、パンフレットを買った人への特典として握手会してるのに、上映が終わった後、来場した人全員と握手しちゃう(笑)。ルールを超えちゃう人なんですよ。 坂井 そういうところって、確かに『ザ・ノンフィクション』では描けない。「マジでヤベえ」ってなっちゃうから。 一同 (爆笑) 松江 僕が感動したのはね、HARASHIMAさんがモヤモヤしてるときに引っ張るのが、やっぱり大家さんをはじめとする“文化系”のアラフォーの人たちで、僕は、大森での映像(※棚橋組との再戦日時が発表された大森駅東口前公園「UTANフェスタ2015」でのHARASHIMAと大家の挨拶)が好きなんですよ。 坂井 わかる! 松江 あのとき、HARASHIMAさんが大家さんに「ガンバレ、HARASHIMA!」って言われて、ちょっと戸惑ってるんですよね。あれがすごい大事なんですよ。ああいうときに立ち上がるのが、“文化系”の仲間。僕はそこにちょっとグッとくるんですよね。で、最後に「ガンバレ、オレ!」で締めるっていう図々しさ(笑)。そこもまた素晴らしいじゃないですか。あのシーンが、この作品での友情物語になっている。たぶん、普通のドキュメンタリー作る人が今のDDTを撮ると、飯伏(幸太)さんや竹下(幸之介)さんが主役だと思うんですよ。“輝く人”っていて、テレビだったらそっちなんですよ。でも、暗闇で見る映画だと、大家さんなんですよ。
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(c)2016 DDTプロレスリング
――今回の映画で“主役”となっているのはみんな同世代ですが、そこに特別な意識はありますか? 坂井 ありますね。今、お客さんがプロレスやプロレスラーに求めるものって、変わりつつある。2000年代当時は、プロレスに対抗する概念として、総合格闘技とかアメリカのWWEがあったから、「プロレスはこんなことができるよ」って表現のひとつがDDTだったりマッスルだったんです。けど、今は総合格闘技などが当時ほど影響力を持っていない中で、若い人たちにとって、プロレスは真剣勝負だという前提で見るスポーツになってしまっている。だから、僕たちがやっている「文化系プロレス」というアプローチは、今のプロレスファンには必要とされない時代になってきているという自覚はあります。そんな中で、DDTのエースであるHARASHIMAさんは純粋に強さを競う「体育会系プロレス」にもちろん対応して、DDTを引っ張る存在として、「キング・オブ・スポーツ」を社是としている新日本プロレスのエース・棚橋選手と同じ土俵で勝負を挑んだんです。そこから起こった齟齬とか、価値観の違いとかは、HARASHIMAさん個人に対してではなくて、DDT全体へのメッセージだと思ったから、自分らとしても何らかの答えは出さなきゃならないなって。だから僕は、映画っていうジャンルでプロレスの面白さを表現したんです。 松江 僕はこれまで自分の映画って若い人たちに見てもらいたかったんですが、今回の映画は同世代に見てもらいたい。 坂井 ホント、そう! 松江 意外とこういう「文化系」の表現をアラフォーまで続けている人っていないんだってわかってきたんですよ。みんなやめちゃう。自主映画をやってた人も、もうそういうんじゃないよねって。僕と一緒に自主映画やってた仲間も、漫画原作の映画の監督とか、名前が重視されないディレクターをやるわけですよ。愚直にサブカルを続ける人は、本当にいなくなった。「文化系」をアラフォーになっても続けるって、ホントに他人事でなく、体を壊すし、お金にならないし、マジでツラいし、キツイんですよ。 坂井 確かに、いま愚直にものづくりをしようとしても、情報も入ってくる。ちゃんと考えればエラーが起きにくいし、能力さえあれば、いい会社に入れたりする。結局、ホントにすげーヤツって朝井リョウみたいになりますからね。 松江 そう、そう、そう! 坂井 東宝に入れちゃうんですよ! われわれの世代なんて募集してないですからね、きっと(笑)。 松江 いや、ホントにそういう話で、僕らの映画が好きな若い人は今、東宝とかに入ってるんですよ。ちゃんと金を稼いだ上で、生活は生活、好きなものは好きなものってやっている。僕らのお手本は、お金よりも大切なものがあるはずだっていう、例えばいましろたかしさんとかだったんですよ。僕らは、あれが正しいって思ってたんです。でも実はね……、あれ、正しくなかったんです(笑)。 坂井 ええっ!? でも、たとえあきらめたとしても、意外と夢がかなってしまうことはあるし、最近、それを感じさせてくれるような素晴らしい出来事もたくさんありました。同世代の人で、何かの形でやめたり、まだ続けている人も少なからずいるわけで、そういう人にはどうしても見てほしいし、共有したいし、一緒に戦っていきたいなって思いますね。でも、愚直にものづくりしようとしている人が東宝に入れる、いい時代なんですよ、実は。 松江 俺、入れたかな…? 坂井 入れないよ! 専門学校卒だから!(笑) 松江 そうだった、そうだった(笑)。 (構成=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/※このインタビューのロングバージョンは、近日、てれびのスキマのブログで公開予定です。
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●『俺たち文化系プロレスDDT』 監督:マッスル坂井、松江哲明 音楽:ジム・オルーク 出演:マッスル坂井、大家健、HARASHIMA、男色ディーノ、高木三四郎、鶴見亜門、KUDO、伊橋剛太、今成夢人、棚橋弘至、小松洋平 配給:ライブ・ビューイング・ジャパン 11月26日(土)から新宿バルト9ほか全国公開 公式サイトURL http://liveviewing.jp/obpw2016/ 予告URL https://www.youtube.com/watch?v=WJCyqA3ggIQ&feature=youtu.be

「山谷でしか出会えない“顔”があった」青空写真館が収めた“最後の山谷”の男たち

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(c)多田裕美子
「山谷」という街の意味は、2000年代以降、大きく変わった。  かつては、日雇い労働者の街であり、暴動も発生するような危険な街であった山谷。しかし、00年代以降、労働者の勢いはすっかり影を潜め、今では外国人バックパッカーも集う、静かでおとなしい街へと変貌を遂げている。  そんな山谷の街で、1999年から01年まで、100人以上の男たちを撮影した写真家・多田裕美子のフォトエッセイ『山谷 ヤマの男』(筑摩書房)には、“最後の山谷”の姿が写真と文章で収められている。青空写真館で撮影された山谷に生きる男たちの姿は野性味にあふれ、凛々しく、時にユーモラスであり、まさに山谷でしか見ることのできない顔つき。写真展で発表されたことはあったものの、15年間、多田の元に眠っていたこれらの写真は、4年前、編集者・都築響一氏に見せたことがきっかけで息を吹き返し、やっと刊行へとこぎ着けた。  いったい、かつての山谷の男たちの姿から、何が見えてくるのだろうか? そして、今では外国人や福祉の街に変貌を遂げた山谷とは、いったいどんな街なのか? 多田に訊いた。 *** ――『山谷 ヤマの男』には、99年から2年間にわたって撮影された山谷の人々の写真とエピソードをつづったエッセーが記されています。そもそも、なぜ、山谷を撮影しようと思ったのでしょうか? 多田裕美子(以下、多田) 私の両親は、72年から01年まで「丸善食堂」というお店を山谷で営んでいました。山谷の労働者たちが毎日通うような酒場ですね。そんな関係もあって、カメラを始めた20代前半の頃に、面白半分でお店に来る人々を撮影していたところ、ある日「撮るんじゃねえ」と、お客さんからコップを投げられてしまった。それで、「山谷は簡単に撮れるものではない」と気づいたんです。だから、いろいろな人から作品として山谷を撮影することを勧められましたが、どうしても乗り気にはなれなかった。しかし、ある時店を手伝っていたら、飲んでいるお客さんの姿がほかの街とは違うことに気づきました。山谷の人々は、過去を語らないし、聞きたがらない、愚痴もこぼさないんです。 ――山谷には、過去にさまざまな事情がある人も少なくない。だからこそ、酒場の雰囲気も独特なんですね。 多田 そんな彼らの姿に魅力を感じて、再びレンズを向けることを決心しました。しかし、山谷といっても、私が知っているのは丸善食堂の中だけ。父にも「甘い!」と反対されて、初めて店を出て、ロケハンを始めたんです。そこで見つけたのが玉姫公園。ここしかないと。背景幕を持っていき、毎週末、ポートレート撮影を始めました。 ――玉姫公園といえば、山谷夏祭りや朝市「ドロボー市」などが開催される、山谷を代表する場所です。そんな場所で撮影を行うにあたって、恐怖心はなかったのでしょうか? 多田 もちろん怖さもありましたが、自分が思い描いていたイメージを実現できる喜びのほうが大きかったですね。公園の周囲に張り紙をしてモデルを募集したところ、初日から7人も来てくれました。
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(c)多田裕美子
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(c)多田裕美子
――2年間で、どれくらいの人々を撮影したんですか? 多田 延べ140人ほどですね。初日に知り合ったおじさんが用心棒になってくれて心強かったんですが、公園にも派閥があるから、このおじさんと仲良くしていると撮れない人もいる。だから、こちらから近づいて花札をしたり、お酒を飲んで仲良くなりながら、撮影することもありました。それに、いい被写体に巡り合うと、どうしても写真を撮りたくなってしまうんです。 ――「いい被写体」とは? 多田 ほかの街にはいない、その人らしさがにじみ出ている顔つきですね。山谷には、山谷でしかお目にかかれない“顔”というのがあるんです。そして彼らは、少ない荷物の中から一番いいものを着て、被写体になってくれる。撮影の際には、ポーズをお願いするのではなく、彼らの持っている存在感がにじみ出るようにこだわりました。 ――表紙に起用されているリンさんをはじめ、圧倒的な存在感ですね(笑)。 多田 実は最近、知人が偶然、リンさんを見つけてこの本の表紙と並べて撮った写真を送ってきてくれたんですが、いい具合に年を重ねていました(笑)。リンさんもそうですが、山谷は、基本的に我が強く、組織では生きられない人ばかり。だから、撮った写真を並べると、個性の強い顔ばかり。今の社会では、個性を出すのではなく、スマートに生きることが良しとされていますが、山谷には個性がムンムンな人々ばかりですね(笑)。 ――確かに。当時の山谷の姿を垣間見ているようです。 多田 実は、写真を撮っているときは「山谷」を消したかったんです。被写体の顔だけ撮れば、にじみ出てくるものがあるだろうって。でも、本にするにあたって、当時の「山谷」という街を残したいという気持ちになったんです。 ――そんな男たちを通じて、山谷とはどのような街だと感じましたか? 多田 ほかにはない、“情”がある街だと思います。居酒屋でも互いの過去に触れないように、関係性はベタベタしていません。けれども、みんな同じような境遇で、20年も30年も山谷にいる人も少なくない。出稼ぎで来て、帰れなくなってしまった人たちです。だからこそ、すごく人懐っこくて、他人に優しくすることができるんです。お金がなくても、誰かのところで飲むことができるし、逆にお金があれば誰かを飲ませる。不思議なコミュティですよね。みんな末っ子気質で、なぜか7番目という人が本当に多いんですよ。
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――多田さんが山谷の街を撮影してから、15年がたちました。現在、山谷はどのような環境にあるのでしょうか? 多田 いまだにドヤは多いのですが、日雇い仕事も少なくなり、求人は激減。閉鎖してしまったドヤも、少なくありません。高齢化し、働きに出ることができない労働者は、生活保護を受給しながらドヤで暮らしているんです。およそ8割の宿泊者は、生活保護をもらいながら暮らしているのではないでしょうか。 ――そんなに多いんですか? 多田 しかし、行政の関係者に話を聞いたところ、昔から山谷の人々は生活保護を受けたがらないそうです。「国の世話にはなりたくない」というプライドがある。だから、仕事もなくなり、路上生活になり、心身ボロボロになって初めて受給する人が多い。その一方で、そんな状況でも受給せず、路上生活を続ける人もいます ――働けなくなっても「労働者」というプライドが、生活保護の受給をためらわせる。 多田 今は福祉やボランティアの方たちが山谷を支えていて、労働者の街から福祉の街に変わりつつあります。孤独な独居老人が多く住む街としての報道も多いですよね。ただ、彼らも、かつては屈強な労働者だった。この本では、そんな男たちが粋がっている姿を残したかったんです。 ――では、もし多田さんが、現在の山谷を撮るとしたら何を撮影すると思いますか? 多田 今の山谷の何を撮りたいかは明確には答えられませんが、今の山谷に託したいことはあります。最近は、かつての労働者以外に、生きづらさを抱え、身寄りもなく、ひとりで生きられない人々が福祉施設で暮らしています。山谷には昔から、社会で生きづらさを抱えた人々を受け入れる土壌があるというか、人へのまなざしがやさしいんですね。近年は安宿のおかげで、外国人観光客も増えてきています。時代の変化を受け入れつつ、これからも他者にやさしい街であり続けてほしいです。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])

「山谷でしか出会えない“顔”があった」青空写真館が収めた“最後の山谷”の男たち

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「山谷」という街の意味は、2000年代以降、大きく変わった。  かつては、日雇い労働者の街であり、暴動も発生するような危険な街であった山谷。しかし、00年代以降、労働者の勢いはすっかり影を潜め、今では外国人バックパッカーも集う、静かでおとなしい街へと変貌を遂げている。  そんな山谷の街で、1999年から01年まで、100人以上の男たちを撮影した写真家・多田裕美子のフォトエッセイ『山谷 ヤマの男』(筑摩書房)には、“最後の山谷”の姿が写真と文章で収められている。青空写真館で撮影された山谷に生きる男たちの姿は野性味にあふれ、凛々しく、時にユーモラスであり、まさに山谷でしか見ることのできない顔つき。写真展で発表されたことはあったものの、15年間、多田の元に眠っていたこれらの写真は、4年前、編集者・都築響一氏に見せたことがきっかけで息を吹き返し、やっと刊行へとこぎ着けた。  いったい、かつての山谷の男たちの姿から、何が見えてくるのだろうか? そして、今では外国人や福祉の街に変貌を遂げた山谷とは、いったいどんな街なのか? 多田に訊いた。 *** ――『山谷 ヤマの男』には、99年から2年間にわたって撮影された山谷の人々の写真とエピソードをつづったエッセーが記されています。そもそも、なぜ、山谷を撮影しようと思ったのでしょうか? 多田裕美子(以下、多田) 私の両親は、72年から01年まで「丸善食堂」というお店を山谷で営んでいました。山谷の労働者たちが毎日通うような酒場ですね。そんな関係もあって、カメラを始めた20代前半の頃に、面白半分でお店に来る人々を撮影していたところ、ある日「撮るんじゃねえ」と、お客さんからコップを投げられてしまった。それで、「山谷は簡単に撮れるものではない」と気づいたんです。だから、いろいろな人から作品として山谷を撮影することを勧められましたが、どうしても乗り気にはなれなかった。しかし、ある時店を手伝っていたら、飲んでいるお客さんの姿がほかの街とは違うことに気づきました。山谷の人々は、過去を語らないし、聞きたがらない、愚痴もこぼさないんです。 ――山谷には、過去にさまざまな事情がある人も少なくない。だからこそ、酒場の雰囲気も独特なんですね。 多田 そんな彼らの姿に魅力を感じて、再びレンズを向けることを決心しました。しかし、山谷といっても、私が知っているのは丸善食堂の中だけ。父にも「甘い!」と反対されて、初めて店を出て、ロケハンを始めたんです。そこで見つけたのが玉姫公園。ここしかないと。背景幕を持っていき、毎週末、ポートレート撮影を始めました。 ――玉姫公園といえば、山谷夏祭りや朝市「ドロボー市」などが開催される、山谷を代表する場所です。そんな場所で撮影を行うにあたって、恐怖心はなかったのでしょうか? 多田 もちろん怖さもありましたが、自分が思い描いていたイメージを実現できる喜びのほうが大きかったですね。公園の周囲に張り紙をしてモデルを募集したところ、初日から7人も来てくれました。
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――2年間で、どれくらいの人々を撮影したんですか? 多田 延べ140人ほどですね。初日に知り合ったおじさんが用心棒になってくれて心強かったんですが、公園にも派閥があるから、このおじさんと仲良くしていると撮れない人もいる。だから、こちらから近づいて花札をしたり、お酒を飲んで仲良くなりながら、撮影することもありました。それに、いい被写体に巡り合うと、どうしても写真を撮りたくなってしまうんです。 ――「いい被写体」とは? 多田 ほかの街にはいない、その人らしさがにじみ出ている顔つきですね。山谷には、山谷でしかお目にかかれない“顔”というのがあるんです。そして彼らは、少ない荷物の中から一番いいものを着て、被写体になってくれる。撮影の際には、ポーズをお願いするのではなく、彼らの持っている存在感がにじみ出るようにこだわりました。 ――表紙に起用されているリンさんをはじめ、圧倒的な存在感ですね(笑)。 多田 実は最近、知人が偶然、リンさんを見つけてこの本の表紙と並べて撮った写真を送ってきてくれたんですが、いい具合に年を重ねていました(笑)。リンさんもそうですが、山谷は、基本的に我が強く、組織では生きられない人ばかり。だから、撮った写真を並べると、個性の強い顔ばかり。今の社会では、個性を出すのではなく、スマートに生きることが良しとされていますが、山谷には個性がムンムンな人々ばかりですね(笑)。 ――確かに。当時の山谷の姿を垣間見ているようです。 多田 実は、写真を撮っているときは「山谷」を消したかったんです。被写体の顔だけ撮れば、にじみ出てくるものがあるだろうって。でも、本にするにあたって、当時の「山谷」という街を残したいという気持ちになったんです。 ――そんな男たちを通じて、山谷とはどのような街だと感じましたか? 多田 ほかにはない、“情”がある街だと思います。居酒屋でも互いの過去に触れないように、関係性はベタベタしていません。けれども、みんな同じような境遇で、20年も30年も山谷にいる人も少なくない。出稼ぎで来て、帰れなくなってしまった人たちです。だからこそ、すごく人懐っこくて、他人に優しくすることができるんです。お金がなくても、誰かのところで飲むことができるし、逆にお金があれば誰かを飲ませる。不思議なコミュティですよね。みんな末っ子気質で、なぜか7番目という人が本当に多いんですよ。
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――多田さんが山谷の街を撮影してから、15年がたちました。現在、山谷はどのような環境にあるのでしょうか? 多田 いまだにドヤは多いのですが、日雇い仕事も少なくなり、求人は激減。閉鎖してしまったドヤも、少なくありません。高齢化し、働きに出ることができない労働者は、生活保護を受給しながらドヤで暮らしているんです。およそ8割の宿泊者は、生活保護をもらいながら暮らしているのではないでしょうか。 ――そんなに多いんですか? 多田 しかし、行政の関係者に話を聞いたところ、昔から山谷の人々は生活保護を受けたがらないそうです。「国の世話にはなりたくない」というプライドがある。だから、仕事もなくなり、路上生活になり、心身ボロボロになって初めて受給する人が多い。その一方で、そんな状況でも受給せず、路上生活を続ける人もいます ――働けなくなっても「労働者」というプライドが、生活保護の受給をためらわせる。 多田 今は福祉やボランティアの方たちが山谷を支えていて、労働者の街から福祉の街に変わりつつあります。孤独な独居老人が多く住む街としての報道も多いですよね。ただ、彼らも、かつては屈強な労働者だった。この本では、そんな男たちが粋がっている姿を残したかったんです。 ――では、もし多田さんが、現在の山谷を撮るとしたら何を撮影すると思いますか? 多田 今の山谷の何を撮りたいかは明確には答えられませんが、今の山谷に託したいことはあります。最近は、かつての労働者以外に、生きづらさを抱え、身寄りもなく、ひとりで生きられない人々が福祉施設で暮らしています。山谷には昔から、社会で生きづらさを抱えた人々を受け入れる土壌があるというか、人へのまなざしがやさしいんですね。近年は安宿のおかげで、外国人観光客も増えてきています。時代の変化を受け入れつつ、これからも他者にやさしい街であり続けてほしいです。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])

「小さな映画館だって、社会にバズを起こせる」アップリンク社長が目指す新しいミニシアター像

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アップリンクの浅井隆社長。海外の監督たちとの共同製作、配給、直営館の運営と手広く手掛けている。
 人通りが絶えることのない渋谷駅前スクランブル交差点から、歩いておよそ10分。「アップリンク渋谷」は小さいながらも3スクリーン(58席、44席、40席)を擁し、1日10〜15本の多種多様な作品を上映する独自色の強いミニシアターだ。カフェやギャラリーも併設するこの小さな映画館は、配給会社アップリンクの直営館であり、グローバル企業と政界との癒着を暴いた『モンサントの不自然な食べもの』(08)、生涯現役を貫くヘビメタバンドのド根性ドキュメンタリー『アンヴィル! 夢を諦められない男たち』(09)など非メジャー系の作品をロングランヒットさせてきたことで知られている。地道にリピーターを増やしてきたアップリンクだが、2016年11月から新たに「アップリンク・クラウド」をスタートさせた。アップリンク発の個性的な映画が、ネットで気軽に楽しめるというサービス。2017年には創設30年を迎える「有限会社アップリンク」の浅井隆社長に、リアル映画館とオンライン映画館を同時運営していく狙いについて尋ねた。
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今年9月から上映が始まった『聖なる呼吸:ヨガのルーツに出会う旅』が早くもネット配信。期間限定のサービス価格で提供。
──アップリンク渋谷は3スクリーンを擁していますが、新たに4つめのスクリーンをネット上に立ち上げたわけですね。 浅井 そうです。ネット上で新たに映画館を始めたというのが「アップリンク・クラウド」の売りです。これまで映画業界では劇場公開からだいたい半年後にDVDが発売され、ビデオオンデマンドもDVD発売に合わせてスタートしていた。それが業界内のゆるやかな慣例でした。アップリンクでも自前でビデオオンデマンドを始めたわけだけど、劇場公開から半年間の空白期間を無駄にしたくないなと考えているんです。配信第1弾のラインナップの中で劇場公開中の作品は『聖なる呼吸:ヨガのルーツに出会う旅』だけですが、今後は劇場公開と同時にネット上で配信する作品を増やしていきたいと思っています。 ──ビデオ業界や地方の映画館に波紋を呼びそうな試みですね。 浅井 いやいや、そうじゃない。うちは共同製作も手掛け、配給もしているし、映画館も運営しているので、それぞれの苦労は分かっているので、各業界に余計な波風を立てるつもりはないですよ。確かに今は地方には人がいない状況。テレビで見たけど、商店街には人がおらず、シネコンが入っていたショッピングモールでさえ閉鎖されて廃墟化している。地方の映画館は「東京での劇場公開と同時にネット配信されたら、ますます客が減ってしまう」と不安に感じるかもしれません。でも、ネットで映画を観る人たちは、従来の映画館に足を運んでいた人たちとは異なる層です。東京で暮らしている人でも、渋谷のアップリンクにまで来ない人は大勢いる。忙しくて映画館にもレンタルビデオ店にも行く余裕がないけど、ネット上で気軽に鑑賞できるのなら観てみようと思うかもしれない。映画館やレンタル店に足を運ぶことのなかった新しい顧客を掘り起こすことが「アップリンク・クラウド」の狙いなんです。ファイヤーTVやクロームキャストを使って、自宅にいながら気軽に映画を楽しむことができる。「アップリンク・クラウド」に申し込んだ人の6割がスマホ、残り4割がパソコンで視聴しているんです。 ──もはや映画はスマホで観る時代なんですね。 浅井 スマホで映画を楽しんでいる層は、もともと映画館には行かないし、レンタル店で観たい映画を探す人たちとは異なる人たちだと思います。でもスマホでなら、大阪出張の新幹線の中で1本映画を観ることもできる。僕もね、ネットフリックスやHuluに加入して、風呂に入りながら観ています。ネットフリックスのオリジナルドラマ『ハウス・オブ・カード』なんかは、すごいクオリティーだと思う。でも、従来のミニシアターは客席での飲食も制限されて、身を正して観ていたことを考えると、スマホで映画を観るなんて邪道も邪道だよね(笑)。1981年に「シネマスクエアとうきゅう」が歌舞伎町にオープンして、80年代〜90年代にミニシアターブームが起き、ミニシアターは新しい情報を発進する空間だったのに、そこで時間が止まってしまっている。旧態依然となっている状況は見直すべきでしょう。『君の名は。』があれだけ大ヒットしているのだから、“若者の映画離れ”という定説は通用しない。映画館に若者がいないのはミニシアターだけですよ。 ──映画館が劇場公開作をネット配信するケースは、ミニシアターブームを牽引した「シネマライズ」(2016年1月に閉館)が2010年から取り組んでいたものの、残念な結果に終わっています……。 浅井 シネマライズはネット配信の先駆者として意識しました。シネマライズさんは家電メーカー主導で開発された「アクトビラ」で視聴する形だったんですよね。当時はスマホで映画を観ようなんて考えられなかった。動画を視聴する環境はこの数年で劇的に変わっています。
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ロウ・イエ監督の新作『ブラインド・マッサージ』。2017年1月14日(土)よりアップリンク渋谷、新宿K’s cinema全国順次ロードショー
■寺山修司と伝説の劇団「天井桟敷」から受け継いだもの ──『モンサントの不自然な食べもの』は2012年にアップリンク渋谷で公開し、話題を呼んだドキュメンタリー映画。アップリンクの代表作を配信作品の第1弾ラインナップに入れたかっこうですね。 浅井 今、多くの人が関心を持っているのは食の安全でしょう。米国大統領にドナルド・トランプが選ばれましたが、トランプはTPP離脱を訴えて大統領選に勝った。それなのに、日本の与党はTPP承認案と関連法案を強引に採決しようとしている。おかしいよね。トランプは大金持ちだけど、中小企業のおっさんマインドの持ち主。大統領選を闘っていた彼はグローバル企業の意向なんて屁とも思っていなかっただろうけど、日本の与党には圧力が掛かっているようにしか見えないよね。本当に農作物の輸入を自由化して大丈夫なのかどうかを考えてほしくて、『モンサントの不自然な食べもの』を配信することにしたんです。それでね、配信を始めてアイデアがいろいろ湧いてきた。タイムリーに映画の配信をできるだけじゃなくて、他にもビデオジャーナリストが新たに撮った映像作品やインタビュー映像を「アップリンク・クラウド」で流すこともできる。映画館がテレビ局みたいに自由に使えるチャンネルを持ったようなものだよね。2020年には東京五輪があるけど、テレビ放映されないエクストリーム系の競技の中継や練習風景を流すこともできる。やりたいことがいろいろあって、人手が足りない状態ですよ(笑)。 ──アップリンク渋谷で上映中の人気作『聖なる呼吸』を、「アップリンク・クラウド」では劇場価格よりも低料金で配信している点も気になります。 浅井 始めたばかりの「アップリンク・クラウド」を知ってもらうために、ネットではサービス価格の1,200円で提供(期間限定で30%オフのプロモーションコードを発行)しています。映画館は毎月1日や水曜サービスデには入場料が1100円になるので、その価格を意識したんです。全国にヨガ好きな人は多いんですが、『聖なる呼吸』を観てもらうためにアップリンク渋谷までみなさんに来てもらうのは難しい。でもネット配信なら、全国津々浦々に届けることができる。映画って観たいと思ったときに、届けることができるかどうかが大事だと思うんです。それもあって劇場公開と同時にネット配信することに踏み切ったんです。 ──アップリンクとネット配信の関係でいうと、3.11直後に上映して大反響を呼んだドキュメンタリー映画『100,000年後の安全』(10)を2014年にYouTubeで無料配信したことも記憶に新しいところです。 浅井 小泉元総理が『100,000年後の安全』を観て、脱原発に方向転換し、都知事選に細川さんを担ぎ出したタイミングで、僕も反原発派なので細川陣営を応援するつもりで無料配信したんです。正確には把握できてないけど、YouTubeのカウンターでは再生回数30万回以上でした。それでも、細川さんは負けちゃったけどね(苦笑)。でもさ、うちみたいな小さな会社でも、今のネット社会なら多少なりともバズを起こせるわけです。面白いと思いますよ。僕らが扱っている映画、広く言えばアートって、社会に対して疑問を投げ掛けることだと思うんですよ。映画という作品として表現することで、社会や既成のシステムに対する見方を変えてみせる。今あるインフラをうまく活用することで、社会にどう関わることができるかに僕はすごく興味があるんです。国家よりもグローバル企業のほうが権力を持っている現代社会に、自分たちがどう関わっていけるかですよ。 ──アップリンクは2017年で創業30年を迎えることに。厳しい映画業界を30年間にわたってサバイバルしてきた心境は? 浅井 信じられないよね、アップリンクを始めて30年だなんて。でも、自分からは過去は振り返らないよ。設立時を知っているスタッフは自分以外には誰もいないし、創業何十周年とか銘打って派手にイベントやる企業って、その後の業績はどうなの? 企業の寿命30年という説もあるからね(笑)。
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グローバル企業の恐ろしさを暴いたドキュメンタリー『モンサントの不自然な食べもの』を配信中。TPP問題を知る上でぜひ観ておきたい。
──配給会社ながら、デレク・ジャーマンなど海外の監督との共同製作にもこれまで力を入れてきました。 浅井 アレハンドロ・ホドロフスキー監督の新作『エンドレス・ポエトリー』も共同製作し、来年公開の予定です。国際共同製作はデレク・ジャーマンの『ザ・ガーデン』(90)から始まったわけだけど、どれも監督たちとの個人的な付き合いから生まれたもの。たまたま付き合いのあったデレク・ジャーマンは英国人で、ホドロフスキーはパリに住むチリ人、ロウ・イエは中国人だったということなんです。黒沢清監督の『アカルイミライ』(03)や矢崎仁司監督の『ストロベリーショートケイクス』(06)も共同製作しています。アートや映画って、個人の力の表現であって、国境にとらわれないのがいい。 ──1990年代には税関を相手に浅井社長が裁判を起こし、週刊誌を賑わしたことも。 浅井 よく覚えているね(笑)。表現の自由を守るためには闘わなくちゃいけないこともある。あの裁判は米国の写真家ロバート・メイプルソープのすでに日本国内でアップリンクが発行販売済みだった写真集を、僕があえて国外に一度持ち出したものを国内に持ち帰る際に成田空港の税関で押収されたもの。僕が原告となり、行政訴訟で東京税関と日本国を被告として訴えたんです。一審で勝ち、二審で負け、最高裁で勝利しました。いわゆる「芸術か猥褻か」をめぐる裁判だったんだけど、猥褻問題をめぐって最高裁で個人が勝ったケースは初めてのことらしいよ。裁判で最終的に勝つまでに10年近くかかったけど、僕が亡くなったときにはきっと僕の生涯の最大の業績になるだろうね(笑)。裁判に勝つことで、それまで猥褻とされていたものが芸術になる。おかしいと思ったら、行政訴訟を起こすのは有効な手段。市民運動を続けても世の中はなかなか変わらないけど、裁判に勝てば判例を残すことで社会を変えることができるってことだよね。 ──中国で度々上映禁止処分に遭っているロウ・イエ監督の『二重生活』(12)などを、アップリンクが積極的に上映している理由がわかった気がします。 浅井 ロウ・イエは中国の体制側と闘ったり、ギリギリのところで撮ったりしている。彼のそういった姿勢やセンチメンタルな作風は僕の心にタッチするものがある。既成概念に縛られずに、自由な表現を守ることは大事なことだと思うよ。2017年1月にはロウ・イエ監督の新作『ブラインド・マッサージ』という盲人マッサージ院を舞台にした、これまた挑発的な作品を公開します。 ──浅井社長は寺山修司が率いた劇団「天井桟敷」出身。寺山修司亡き後、多くの劇団員たちは「万有引力」に参加しましたが、浅井社長は単独でアップリンクを立ち上げた。寺山修司、もしくは天井桟敷から受け継いだものがあるとすれば何でしょうか? 浅井 18歳のときに大阪のサンケイホールで初めて観た天井桟敷の舞台が『邪宗門』で最後はセットが崩れ、役者たちは自分たちの言葉をそれぞれ語り始めるというものでした。寺山修司の評論集に『書を捨てよ町へ出よう』があるけど、まさに「劇場から外へ出よう」という舞台だった。その後、僕が天井桟敷の劇団員になってやったのが阿佐ヶ谷での市街劇『ノック』。街の公園やアパートの一室で、多発的に芝居が繰り広げられるというもの。今回の「アップリンク・クラウド」に通じるものがあるんじゃないかな。劇場という縛りから離れて、街そのものを自分の映画館にしてしまおうということだからね。多くの人に自由な形で、新しい映画の楽しみ方を見つけてほしいなと思っているんです。寺山修司や天井桟敷から受け継いだものがあるとすれば、そういった自由な考え方だろうね。実はアップリンクで以前VHSでしか出していなかった『天井桟敷ビデオ・アンソロジー』を、「アップリンク・クラウド」で鑑賞できるようにしようと企画しているところなんです。これからの「アップリンク・クラウド」、楽しみにしていてください。 (取材・文=長野辰次) ●浅井隆(あさい・たかし) 1955年生まれ。劇団「天井桟敷」の舞台監督を務めた後、87年に有限会社アップリンクを設立。99年から映画上映およびイベントスペース「UPLINK FACTORY」をオープンし、2005年に渋谷区宇田川町に移転。様々な映画の制作・配給・プロデュースを行なっている。 ■アップリンク・クラウド 2016年11月2日から始まったオンラインサービス。パソコンやスマートフォン、アマゾンのファイヤーTV、クロームキャスト、アップルTV、X-BOX360を使って、アップリンクがセレクトした映画を自由なスタイルで視聴できる。『モンサントの不自然な食べもの』や『マンガをはみだした男 赤塚不二夫』(16)、『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』(14)などのドキュメンタリー映画、ロウ・イエ監督の『二重生活』やグザヴィエ・ドラン主演作『エレファント・ソング』(14)などの劇映画を現在配信中。 http://www.uplink.co.jp/cloud

元・着エロアイドルが明かす、AVと着エロの危うい境界線「同じことをやるなら、AVのほうがいい」?

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 AV出演強要問題をはじめ、大手プロダクション関係者が労働者派遣法違反で逮捕されたり、キャンプ場での AV撮影をめぐり大手メーカー関係者らが摘発されるなど、大きく揺れ動いているAV業界。  そんな一連のAV騒動をルポした書籍『モザイクの向こう側』(双葉社)の著者である井川楊枝と、暴露系グラビアアイドルとして活躍する吉沢さりぃが、AVの諸問題について対談した。グラドルの目に、これらの問題は、一体どのように映っているのだろうか? ■気の弱い子は、強要されると断れない 井川 吉沢さんのコラムは、以前から拝読していました。今度、彩図社から文庫本を出版されるんですね。おめでとうございます。 吉沢 ありがとうございます!  『現役底辺グラドルが暴露する グラビアアイドルのぶっちゃけ話』(11月18日発売)というタイトルで、自身初の著書です。 井川 吉沢さんは以前、日刊サイゾーのコラムでも書かれていましたけど(参照記事)、1本目のイメージDVDをめぐって、モメにモメたんですよね。撮影当日、初めて台本を渡され、極小ビキニでバナナを舐めさせられたり、マッサージ器を使わされたり、乳首の魚拓を取られたとか。 吉沢 ええ。このときは撮影2日目で、トイレに行くふりをして脱走を企てたんです。でも、ディレクターに追いかけられて、泣きわめきました(笑)。 井川 グラビアの現場でも、いま騒がれているようなAV出演強要って、わりとあるんでしょうか? 吉沢 やっぱりありますね。例えば、女の子が「バナナは舐めたくない」って、マネジャーに言ったとしますよね。でも、マネジャーと制作側は裏で「ここまでやる」って決めておいて、マネジャーがわざと現場に来ないことがあるんですよ。それで、だまし討ちというか、逃げ場をなくして撮影することがあります。 井川 女の子はマネジャーに相談しようがないから、断りにくいですよね。 吉沢 そうですね。私なら断るんですけど、そうすると現場の空気が悪くなるんです。だから、気の弱い子とかだと、仕方なく折れちゃうでしょうね。でも一回、撮られちゃうと、その映像がいつどこで使われるかわからないから。 井川 元地方局のアナウンサーのMさんは、大学時代、AVだと聞かされず、街中で声をかけられ、飴を舐めさせられたとのことでした。撮影後、「この映像は使わないでください」って制作側に頼み込んだらしいのですが、結局使われてしまった。ましてや、契約を結んでしまったら、いくらお願いしても映像は使われると思ったほうがいいでしょうね。 吉沢 グラビアの強要ケースだと、制作側と事務所がグルのケースもあれば、事務所が勝手に「この子は、ここまでできます」って言っちゃったりすることもあります。それで制作側はできるものだと思い込んでいるけど、いざ撮影になると、女の子は聞いていなくて泣きだしちゃう。「マネジャーは現場にいないし、どうしよう……」みたいな。そういうときは、制作側も女の子も、どちらも被害者なのかなあと思います。 井川 なぜ、そういうケースが起こるのでしょうか? 吉沢 事務所のマネジャーは通常、固定給プラス歩合という給与体系なんですけど、DVDって、まとまったお金として入ってくるから、大きいんですよ。それで、なんとか決めなきゃいけないというので、あれもできるし、これもできるってしって吹聴しちゃうんだと思います。
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『モザイクの向こう側』(双葉社)
■着エロからAVに行くのは、よくわかる 井川 吉沢さんは1本目のDVDでモメた際、「発売を取りやめるんだったら、200万円払え」って言われたそうですね。 吉沢 はい。結局、仕上がった作品を見てみたら、自分が思っていたほどエグくなかったんで、200万円も払うのはバカバカしいと思い、取りやめはしなかったんですけど(笑)。AVだったら、だいぶこの額も異なりますよね。 井川 1本のキャンセル料だと、似たようなものでしょうか。スタジオ代とかスタッフのギャラとか、賠償額は50~200万ぐらいの間だと思いますよ。ですが、AVの場合、単体の複数本契約というものがあります。国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」が報告した被害事例の中には、2,460万円の賠償金を請求されたケースがありました。これは、10本契約を結んだ単体の子が、1本目を撮り終えた後に「もう出演できない」っていう話になったみたいです。そこで、事務所側は、もしも残りの9本を撮っていたらこれぐらい稼げていたはずだということで、その料金を賠償金に加算したんです。 吉沢 ケタ違いですね。そんなに請求されたら、途中で嫌だと思っても逃げられないですよ。グラビアだと、10本契約なんてまずありません。人気のある子で、よくて2~3本ですね。 井川 そうですよね。ちなみに吉沢さんって、AVに誘われたことはあるんですか? 2008年に芸能人専門AVメーカーのMUTEKIが発足して以降、着エロアイドルがAV出演を口説かれるケースが増えましたが。 吉沢 私も誘われましたね。そのときは、「次にDVDを出すのであれば、乳首ポチとかやらないといけない」って言われ、それでグラビアが嫌になって、フリーになった頃だったんです。そしたら、DVDのプロデューサーから「こういう話があるんだけど」って、MUTEKIの提案をされたんです。1本1,000万円で、プロデューサーが仲介料として100万円抜くから、900万円という話でした。結局、怖気づいちゃって出なかったんですけど。 井川 いやあ、芸能人の冠が付くと額が違いますね! 今は単体のトップクラスが1本300万円程度じゃないかな。仮に事務所と折半だと、本人の取り分は150万円ということになりますね。 吉沢 私、着エロアイドルの女の子がAVに行くのは、すごいわかるんですよ。結局、着エロDVDでも、エグいことさせられるわけじゃないですか。ソーセージに練乳をかけたやつを舐めるとか。ローター使ってオナニーとか。下のアングルから撮影されて、腰を振っているから騎上位みたいな感じで撮られるとか。やっているうちに、むなしくなるんですよ。これなら、AVのほうがキレイなんじゃないかなって。AVのほうがお金もかけられている分、ジャケットもキレイに作られるし。それに、今は恵比寿マスカッツみたいに、AV女優がアイドル化しているから。 井川 その気持ちはわかります。着エロからAVに転身した子は何人かインタビューしましたけど、みんな、「AVに行って、こんなにチヤホヤされるとは思わなかった」って言うんですよね。ファンが爆発的に増えて、Twitterのフォロワー数も2,000ぐらいだったのが、数カ月で2万人を超えてしまったりとか。 吉沢 着エロのDVDを買う人って、今はすごくコアな存在なんですよね。あまり雑誌にパブが載ることもないし、DVDを買いに行っても、すごい端に着エロコーナーみたいなのがある感じで。DVDも今、1,000本売れたらヒットという感じで、300~500本程度でも次出せるというぐらいの規模なんです。 井川 やっぱり、AVの市場規模は、だいぶ大きいですよ。AVが売れない時代とはいっても、大手メーカーだと発売の初月で1,000本はクリアしておかないと話にならないって感じですし。 吉沢 今の若い子だと、グラビアアイドルよりAVに出たいっていう子のほうが多いんじゃないですか? AV女優になってお金をいっぱいもらって、恵比寿マスカッツに入りたいって。 井川 金銭面に加え、世間に認知されるという点でいうと、確かに着エロアイドルより、AV女優のほうがいいと思います。だから、スカウトマンも「タレントやってレッスン料を払うぐらいなら、AVやったほうがいいよ」って、芸能志望の子を誘うんですよ。ただ、ここで問題があります。AVの地位って、この10年ぐらいの間に急速に上がったんですけど、今回の警察の摘発でもわかるように、法的にはビミョーなところにあるんです。モザイクの向こう側では本番をやっていないっていう、ごまかしの上で成立しているジャンルですしね。この法的なところをクリアしてあげないと、日本のAVはグレーなビジネスのままです。あと、恵比寿マスカッツとかの例外はあるけど、基本的に地上波だと「裸をやってる子はダメ」ってなっちゃうし、CMは余計に取りにくい。そこそこのスポンサーが付いている、規模の大きな映画も同様です。だから、タレント志望の女の子の中は、AVに出て有名になるはずだったのに、逆に思うように活動できないっていうジレンマに陥っちゃうんですね。AV関係者が、芸能志望の子に対して、そういうリスクを説明しないで誘うのはよくない。 吉沢 難しいところですね。 井川 昔の女性は、AVは風俗みたいなものだと割り切ってやっていたけど、時代は移り変わってきています。いまAVは、立ち位置が曖昧になっている業界で、だからこそ、こうした強要の被害が起こっているのかなと思いますね。 ●「AV出演強要問題」に揺れる業界を徹底取材! 『モザイクの向こう側』 井川楊枝 著 双葉社 刊 1400円+税

元・着エロアイドルが明かす、AVと着エロの危うい境界線「同じことをやるなら、AVのほうがいい」?

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 AV出演強要問題をはじめ、大手プロダクション関係者が労働者派遣法違反で逮捕されたり、キャンプ場での AV撮影をめぐり大手メーカー関係者らが摘発されるなど、大きく揺れ動いているAV業界。  そんな一連のAV騒動をルポした書籍『モザイクの向こう側』(双葉社)の著者である井川楊枝と、暴露系グラビアアイドルとして活躍する吉沢さりぃが、AVの諸問題について対談した。グラドルの目には、これらの問題は、いったいどのように映っているのだろうか? ■気の弱い子は、強要されると断れない 井川 吉沢さんのコラムは、以前から拝読していました。今度、彩図社から文庫本を出版されるんですね。おめでとうございます。 吉沢 ありがとうございます!  『現役底辺グラドルが暴露グラビアアイドルのぶっちゃけ話』(11月21日発売)というタイトルで、自身初の著書です。 井川 吉沢さんは以前、日刊サイゾーのコラムでも書かれていましたけど(参照記事)、1本目のイメージDVDをめぐって、モメにモメたんですよね。撮影当日、初めて台本を渡され、極小ビキニでバナナを舐めさせられたり、マッサージ器を使わされたり、乳首の魚拓を取られたとか。 吉沢 ええ。このときは撮影2日目で、トイレに行くふりをして脱走を企てたんです。でも、ディレクターに追いかけられて、泣きわめきました(笑)。 井川 グラビアの現場でも、いま騒がれているようなAV出演強要って、わりとあるんでしょうか? 吉沢 やっぱりありますね。例えば、女の子が「バナナは舐めたくない」って、マネジャーに言ったとしますよね。でも、マネジャーと制作側は裏で「ここまでやる」って決めておいて、マネジャーがわざと現場に来ないことがあるんですよ。それで、だまし討ちというか、逃げ場をなくして撮影することがあります。 井川 女の子はマネジャーに相談しようがないから、断りにくいですよね。 吉沢 そうですね。私なら断るんですけど、そうすると現場の空気が悪くなるんです。だから、気の弱い子とかだと、仕方なく折れちゃうでしょうね。でも一回、撮られちゃうと、その映像がいつ使われるかわからないから。 井川 元地方局のアナウンサーのMさんは、大学時代、AVだと聞かされず、街中で声をかけられ、飴を舐めさせられたとのことでした。撮影後、「この映像は使わないでください」って制作側に頼み込んだらしいのですが、結局映像は使われてしまった。ましてや、契約を結んでしまったら、いくらお願いしても映像は使われると思ったほうがいいでしょうね。 吉沢 グラビアの強要ケースだと、制作側と事務所がグルのケースもあれば、事務所が勝手に「この子は、ここまでできます」って言っちゃったりすることもあります。それで制作側はできるものだと思い込んでいるけど、いざ撮影になると、女の子は聞いていなくて泣きだしちゃう。「マネジャーは現場にいないし、どうしよう……」みたいな。そういうときは、制作側も女の子も、どちらも被害者なのかなあと思います。 井川 なぜ、そういうケースが起こるのでしょうか? 吉沢 事務所のマネジャーは通常、固定給プラス歩合という給与体系なんですけど、DVDって、まとまったお金として入ってくるから、大きいんですよ。それで、なんとか決めなきゃいけないというので、あれもできるし、これもできるってし、吹聴しちゃうんだと思います。
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『モザイクの向こう側』(双葉社)
■着エロからAVに行くのは、よくわかる 井川 吉沢さんは1本目のDVDでモメた際、「発売を取りやめるんだったら、200万円支払え」って言われたそうですね。 吉沢 はい。結局、仕上がった作品を見てみたら自分が思っていたほどエグくなかったんで、200万円も払うのはバカバカしいと思い、取りやめはしなかったんですけど(笑)。AVだったら、だいぶこの額も異なりますよね。 井川 1本のキャンセル料だと、似たようなものでしょうか。スタジオ代とかスタッフのギャラとか、賠償額は50~200万ぐらいの間だと思いますよ。ですが、AVの場合、単体の複数本契約というものがあります。国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」が報告した被害事例の中には、2,460万円の賠償金を請求されたケースがありました。これは、10本契約を結んだ単体の子が、1本目を撮り終えた後に「もう出演できない」っていう話になったみたいです。そこで、事務所側は、もしも残りの9本を撮っていたらこれぐらい稼げていたはずだということで、その料金を賠償金に加算したんです。 吉沢 ケタ違いですね。そんなに請求されたら、途中で嫌だと思っても逃げられないですよ。グラビアだと、10本契約なんてまずありません。人気のある子で、よくて2~3本ですね。 井川 そうですよね。ちなみに吉沢さんって、AVに誘われたことはあるんですか? 2008年に芸能人専門AVメーカーのMUTEKIが発足して以降、着エロアイドルがAV出演を口説かれるケースが増えましたが。 吉沢 私も誘われましたね。そのときは、「次にDVDを出すのであれば、乳首ポチとかやらないといけない」って言われ、それでグラビアが嫌になって、フリーになった頃だったんです。DVDのプロデューサーから「こういう話があるんだけど」って、MUTEKIの提案をされたんです。1本1,000万円で、プロデューサーが仲介料として100万円抜くから、900万円という話でした。結局、怖気づいちゃって出なかったんですけど。 井川 いやあ、芸能人の冠が付くと額が違いますね! 今は単体のトップクラスが1本300万円程度じゃないかな。仮に事務所と折半だと、本人の取り分は150万円ということになりますね。 吉沢 私、着エロアイドルの女の子がAVに行くのは、すごいわかるんですよ。結局、着エロDVDでも、エグいことさせられるわけじゃないですか。ソーセージに練乳をかけたやつを舐めるとか。ローター使ってオナニーとか。下のアングルから撮影されて、腰を振っているから騎上位みたいな感じで撮られるとか。やっているうちに、むなしくなるんですよ。これなら、AVのほうがキレイなんじゃないかなって。AVのほうがお金もかけられている分、ジャケットもキレイに作られるし。それに、今は恵比寿マスカッツみたいに、AV女優がアイドル化しているから。 井川 その気持ちはわかります。着エロからAVに転身した子は何人かインタビューしましたけど、みんな、「AVに行って、こんなにチヤホヤされるとは思わなかった」って言うんですよね。ファンが爆発的に増えて、Twitterのフォロワー数も2,000ぐらいだったのが、数カ月で2万人を超えてしまったりとか。 吉沢 着エロのDVDを買う人って、今はすごくコアな存在なんですよね。あまり雑誌にパブが載ることもないし、DVDを買いに行っても、すごい端に着エロコーナーみたいなのがある感じで。DVDも今、1,000本売れたらヒットという感じで、300~500本程度でも次出せるというぐらいの規模なんです。顔バレしないジャンルじゃないかと思います。 井川 やっぱり、AVの市場規模は、だいぶ大きいですよ。AVが売れない時代とはいっても、大手メーカーだと発売の初月で1,000本はクリアしておかないと話にならないって感じですし。 吉沢 今の若い子だと、グラビアアイドルよりAVに出たいっていう子のほうが多いんじゃないですか? AV女優になってお金をいっぱいもらって、恵比寿マスカッツに入りたいって。 井川 金銭面に加え、世間に認知されるという点でいうと、確かに着エロアイドルより、AV女優のほうがいいと思います。だから、スカウトマンも「タレントやってレッスン料を払うぐらいなら、AVやったほうがいいよ」って、芸能志望の子を誘うんですよ。ただ、ここで問題があります。AVの地位って、この10年ぐらいの間に急速に上がったんですけど、今回の警察の摘発でもわかるように、法的にはビミョーなところにあるんです。モザイクの向こう側では本番をやっていないっていう、ごまかしの上で成立しているジャンルですしね。この法的なところをクリアしてあげないと、日本のAVはグレーなビジネスのままです。あと、恵比寿マスカッツとかの例外はあるけど、基本的に地上波だと『裸をやってる子はダメ』ってなっちゃうし、CMは余計に取りにくい。そこそこのスポンサーが付いている、規模の大きな映画も同様です。だから、タレント志望の女の子の中は、AVに出て有名になるはずだったのに、逆に思うように活動できないっていうジレンマに陥っちゃうんですね。AV関係者が、芸能志望の子に対して、そういうリスクを説明しないで誘うのはよくないですよね。 吉沢 難しいところですね。 井川 昔の女性は、AVは風俗みたいなものだと割り切ってやっていたけど、時代は移り変わってきています。いまAVは、立ち位置が曖昧になっている業界で、だからこそ、こうした強要の被害が起こっているのかなと思いますね。 ●「AV出演強要問題」に揺れる業界を徹底取材! 『モザイクの向こう側』 井川楊枝 著 双葉社 刊 1400円+税

幼女虐待を描いた映画『無垢の祈り』が強烈すぎ!! ベテラン監督が自主製作に踏み切った内情とは……

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幼女虐待を生々しく描いた『無垢の祈り』。撮影時9歳だった子役の福田美姫が鬼気迫る演技を見せている。
 現在、渋谷のミニシアター「アップリンク」でロングラン上映が続き、密かに話題を呼んでいるのが『無垢の祈り』だ。人気ホラー作家・平山夢明の短編集『独白するユニバーサル横メルカトル』(光文社)に収録された同名小説が原作。10歳になる少女フミは小学校でイジメに遭い、自宅に帰れば義父からの執拗な虐待が待っている。母親は新興宗教に依存し、助けてはくれない。どこにも救いを求めることができないフミは、街で噂になっている連続殺人鬼に救いを求め、殺人現場となっている廃墟を訪ね歩く――。いかにも平山作品らしくハードさを極めた内容だ。幼女虐待を題材にしていることから、海外の映画祭でも上映困難だったという曰く付きの映画となっている。本作を自主製作という形で完成させたのは、壇蜜初主演映画『私の奴隷になりなさい』(12)を大ヒットさせた亀井亨監督。SM映画で人気を博したベテラン監督は、なぜ児童虐待を主題にした作品を自主製作&自主配給までして公開するに至ったのだろうか。
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妻の連れ子に手を出す最悪の義父を演じたのは物まね芸人のBBゴロー。亀井監督に口説かれての出演だった。
――平山夢明さんと亀井監督のトークショー付きの上映を拝見しましたが、アップリンクはフルハウス状態で独特な熱気を感じました。『無垢の祈り』を自主映画として製作した経緯を教えてください。 亀井 10年前に独立UHF局で平山夢明さん原作の深夜ホラー『「超」怖い話』というオムニバスものを撮ったんです。とても好評だったんですが、苦情も局に届き、再放送は一度もされませんでした。平山さんの作品って、テレビ向きじゃないんですよね(苦笑)。でも、それから平山さんは僕のことを信頼してくれ、一緒に呑みにいくようになったんです。その後も映画会社に平山さん原作の映画化の企画を出し続けたんですが、「もう少し、表現を柔らかくできない?」と戻されるわけです。平山作品の面白さを表現するには、加減したものでは意味がない。中途半端な形になるなら映像化しないほうがいいと、企画を引っ込めることが何度も続きました。僕もここ10年くらい監督をやっていて、「綺麗事を撮るだけでいいのかな」と考えるようになってきたこともあり、商業映画ではまず不可能な“児童虐待”を題材にした『無垢の祈り』を自主映画としてやろうと決めたんです。商業映画の場合、問題が起きるとプロデューサーと監督が共同で責任を負う形になりますが、自主映画ならプロデューサーと監督を兼ねた僕がひとりで負えばいいわけです。 ――亀井監督が配給も手掛け、3年がかりで劇場公開に漕ぎつけたわけですね。 亀井 そうです。3年前に平山さんに『無垢の祈り』の映画化のお話をさせてもらい、2年前に映画として完成させました。1年間ほど海外の映画祭に出品しようと動いたんですが、軒並みダメでしたね。日本の映画界で児童虐待ものがNGなように、海外でも扱ってもらえませんでした。規模の大きな映画祭ほどダメでした。唯一、上映できたのが香港アンダーグランド映画祭。アングラ映画祭のオープニングを飾りました(笑)。国内の映画祭は、平山さんが付き合いのあるカナザワ映画祭で今年9月に上映することができたんです。内容が内容だから、一般公開は上映館が限定されることは最初からわかっていたので、ミニシアター系の映画館と今も話をじっくり進めています。渋谷のアップリンクは僕の作品を以前から取り上げてくれていたので、「映倫を通していない作品ですが……」とお願いして、ロングラン上映してもらっています。平山さんも妥協しないで完成させた本作を気に入ってくれて、毎週のようにトークイベントをやっているところです。
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母親を演じた下村愛。セクシータレント・穂花として活躍後、2015年に自叙伝『籠』を執筆し、虐待された過去を公表した。
■壮絶な少女時代を体験した女優をキャスティング ――亀井監督は『私の奴隷になりなさい』をヒットさせ、また『幼獣マメシバ』(09)や『ねこタクシー』(10)などの動物モノも数多く手掛けています。なぜ、自主製作までして児童虐待ものを撮ることにこだわったんでしょうか? 亀井 動物モノに関してぶっちゃけて言うと、僕は人間よりも動物のほうが好きだからです。あまり人間が好きじゃない(笑)。人間を撮るよりも動物を撮っているほうが楽なんです。SM映画にしても、『私の奴隷になりなさい』以前も石井隆監督の助監督や団鬼六さんの監督作品で監督補をしてきたんですが、僕はSMというプレイ自体よりもSとMという関係性に興味があるんです。平山さんは僕と違って人間好きな方ですが、平山さんの小説は倫理の壁を突き抜けた向こう側を描き、とても残酷でグロいけれど、書いてあることはすごく正論。信用できる文章なんです。そういう作品なら、自腹を切ってでも本気で映画化したいと思えた。僕は今47歳なんですが、あとどれだけ映画を撮ることができるかを考えたら、そろそろ自分が本当に撮りたいものを撮らなくちゃいけないなと。みんなが「面白い、楽しかった」と言ってくれるような映画はこれからも撮り続けるつもりですが、観た人の人生の軌道を変えてしまうような映画も撮りたいと思ったんです。 ――虐待に遭う少女フミ役の福田美姫ちゃんが大熱演。本作が俳優デビューとなる芸人・BBゴローは迫真の演技。また、新興宗教にハマる母親を演じた下村愛さん(2015年に穂花から改名)は亀井監督作品にたびたび出演してきましたが、彼女自身も少女時代に壮絶な虐待を体験していたんですね。 亀井 下村愛さんにはそれもあって出演してもらいました。下村さんからは自叙伝『籠』(主婦の友社)を発表された際に、「こんな本を出したので、読んでください」と言われていたんです。自身が体験したことを、逆側の母親役として演じることは容易なことではなかったと思いますが、大変な過去を背負った彼女が母親役を引き受けてくれたことで、作品に深みが出たように思います。福田美姫ちゃんはスターダスト所属なんですが、スターダストとは動物モノの作品で付き合いがあり、僕が無茶苦茶なことはしない監督だということはわかってくれて、作品内容に理解のある子役として美姫ちゃんを紹介してくれたんです。もちろん彼女の両親の了解をもらった上での出演ですし、撮影中も法律に反するようなことはしていません。BBゴローさんは平山さんと一緒に呑む仲間で、5年以上前からの付き合いがありました。僕の作品は板尾創路さん、カンニング竹山さん、塚地武雅さんといった芸人さんに出演してもらうことが多いんですが、芸人さんは芝居がうまい。しかもBBゴローさんは形態模写をやっているので人間観察力に優れているんです。僕が「こんな感じで」と頼むと、ピッとひらめいて、サッと演じてみせる。題材が題材なだけに、僕が信頼できる人たちに出演してもらったんです。
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撮影中の亀井監督。映画の内容はハードだが、撮影はキャストに精神的にも肉体的にも苦痛を与えないよう配慮して進められた。
■「闘うことにまるで興味がない」 ――亀井監督の作品を振り返ってみると、本作で母親を演じた下村愛さんが穂花時代に主演した『テレビばかり見ていると馬鹿になる』(07)は引きこもりの女性が主人公で、『私の奴隷になりなさい』で壇蜜とのSMプレイに溺れる青年はそれまでずっと無気力に生きてきた。亀井作品は生きていく気力を持てずにいる人たちを描いていることが非常に多いです。 亀井 『幼獣マメシバ』の佐藤二朗さんも中年ニートでした(笑)。オファーの来た仕事は何でも受けている監督のように映るかもしれませんが、実は社会的に弱い立場の人間を描いているということで僕の作品は一貫しているんです。基本、自分が気に入った仕事しか受けないし、きちんとした原作がある場合以外は、なるべく自分がやりたい方向に持ってくるようにしています。僕の作品の主人公たちは、物理的に何かに立ち向かって闘うということは一切しません。僕自身が、闘うことに興味が持てないんです。優劣が歴然としてあるこの世の中で、弱者という立場にいる人たちは何を考えて過ごしているのだろうという部分に興味が湧くんです。その結果が動物モノだったり、引きこもりやSMだったりする。それが今回は児童虐待になった。ジャンルは違うけれど、描きたいことはいつも同じなんです。 ――闘うことに興味がないとのことですが、映画製作の際にはプロデューサーたちとやりあうこともあるのでは? 亀井 もちろん、自分がやりたいことはプロデューサーに対して主張しますが、それは作品を作るために必要最低限なディスカッションであって、闘いだとは思っていません。殴るとか拳銃を撃つといった戦いや、オリンピックのようなスポーツも含め、物理的な争いごとにまったく関心が持てない。『スター・ウォーズ』(77)はちゃんと観たことがないし、『シン・ゴジラ』もまだ観ていません。『ゴジラ』シリーズで描かれるゴジラは何かのメタファーなんでしょうが、そんな怪獣と戦おうという人間の心理が僕には分からない(苦笑)。もちろん人間が生きていく上で、時間との闘いだったり、人間関係をめぐる闘いはあるわけで、僕はそちらに興味がある。他人と競って勝利を得るということには心が動かないんです。 ――人間があまり好きでなく、闘うことに興味が持てない映画監督が、児童虐待を題材にした映画を撮り上げたことが興味深いです。 亀井 僕自身は、人間としてちゃんと生きていかなくちゃとは常々思っているんです。本当にちゃんとした大人は尊敬しています。でも、ほとんどの人はそうじゃない。ちゃんとした大人のふりをしているだけ。でも、そのことに文句を言っても何も始まらない。自分から世の中を変えようとはしないけど、世の中は変わってほしいとは思っています。『無垢の祈り』は最下層のどこにも行き場がない人たちの物語。悲鳴を上げたくても上げられない人たちなんです。今回、『無垢の祈り』を映画化したことで、悲鳴を上げられなかった人たちが悲鳴を上げられるようになればいいなと思うんです。「クリーンな世の中にしましょう」と言い出すと、表面に出てこない形でもっと酷な状況に追い込まれる人たちがいる。「イジメをなくしましょう」とキャンペーンを張れば、自分がイジメられていることを言い出せなくなる子どもたちが現われるわけです。本当の問題はそこじゃない。いちばん酷い目に遭っている人たちは何も話せなくなってしまう。僕にはどうすれば問題を解決できるかわかりませんが、他の監督たちとは違うことをやる監督がいてもいんじゃないかと思うんですよ。 ――この映画のいちばんの恐ろしさは、これが決してホラーファンタジーではなく、現実の世界を描いているということですね。 亀井 中には「こんなこと本当にあるの?」と思う人もいるでしょうが、現代の日本では影に隠れているけれど大きな問題だと思います。本作を上映するにあたって怖いのは、実際に虐待に遭っている若い人が観て、映画の世界と現実とをシンクロさせてしまうこと。過去に体験したという人でもフラッシュバックしてしまう恐れがあるので、その点は気を付けてほしいし、映倫には通していませんが、自主的にR18+にしています。精神的にきちんと自律できている状態で観てほしいと思います。年明けから名古屋、京都、松本でも上映されることが決まったので、平山さんは各地でトークショーをやる気になっています(笑)。今回の『無垢の祈り』が成功例になれば、今後は平山作品の面白さをそこねることなく映像化しようという流れも起きると思うんです。平山さんの小説は『ダイナー』をはじめ人気作が多数あるので、次回はぜひ商業ベースで撮ってみたいですね。 (取材・文=長野辰次)
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『無垢の祈り』 (c)YUMEAKI HIRAYAMA /TORU KAMEI 原作/平山夢明 製作・脚本・監督/亀井亨 撮影/中尾正人 音楽/野中“まさ”雄一 美術/松塚隆史 録音/甲斐田哲也 音響効果/丹愛 出演/福田美姫、BBゴロー、下村愛 R18 10月8日より渋谷アップリンクにて上映中 宮崎キネマ館:11月14日~18日再上映/シネマスコーレ(名古屋):17年1月上映予定/松本CINEMAセレクト:17年2月上映予定/京都みなみ会館:2017年上映予定 http://innocentprayer.s2.weblife.me ●亀井亨(かめい・とおる) 1969年福岡県福岡市出身。RKB毎日放送で情報番組のディレクターを経験後に上京。石井隆監督作品の演出部で活動し、『心中エレジー』(05)で監督デビュー。本作で母親役を演じた下村愛(穂花)主演作『テレビばかり見ていると馬鹿になる』(07)や『ヘクトパスカル』(09)、佐藤二朗主演作『幼獣マメシバ』(09)、カンニング竹山主演作『ねこタクシー』(10)、塚地武雅主演作『くろねこルーシー』(12)など数多くの作品を手掛けた。壇蜜初主演作『私の奴隷になりなさい』(12)は大ヒットを記録。性同一障害を題材にした『アルビノ』(16)もアップリンクで公開されている

貯金ゼロ目前、食費は1日100円……苦境極まった片渕須直監督『この世界の片隅に』は、どう完成したか

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 11月12日、ようやくアニメーション映画『この世界の片隅に』(原作/こうの史代)が全国公開を迎える。  最初に制作発表がなされたのは、2012年の8月。しかし、企画は遅々として進まなかった。  事態がガラリと変わったのは、制作発表から2年半後の15年3月だった。クラウドファンディングによる資金調達が始まると、わずか9日間で当初の目標額2,000万円に到達。最終的には、3,374人の支援者が総額3,622万4,000円を出資する国内最高金額を記録した。  こうして同6月には製作委員会も発足。さらに、今年8月には本予告と共に、主役である「すずさん」の声を、7月に芸名を新たにするなど動向が注目されていた女優・のんが担当することも発表され、『この世界の片隅に』のタイトルは、多くのメディアが取り上げるに至った。  多くの困難を乗り越えて、ようやく完成に至った『この世界の片隅に』。ここに至るまでのさまざまなエピソードを、片渕須直監督に語っていただいた。
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■クラウドファンディングが作品にもたらしたもの ──WEBアニメスタイルで連載してきたコラム『1300日の記録』。いわば『この世界の片隅に』の制作日誌ですが、12年8月20日に始まった連載の第1回では、遡って10年8月6日のことを記されていますね。ここで、監督はプロデューサーの丸山正雄さん(MAPPA代表取締役会長/本作では企画)とのやりとりを記しています。ここでは、こう書いていらっしゃいますね。 「この頃、2009年夏に完成した『マイマイ新子と千年の魔法』の次回作になる企画を模索している。丸山さんには、片渕には次はTVシリーズを作らせたい、というかなりはっきりした思いがあったらしかった」 『マイマイ新子と千年の魔法』に続いて次回作も、丸山さんと一緒に歩もうと思うに至るには、どのような経緯があったのでしょうか? 片渕 うーん『マイマイ新子と千年の魔法』をやった結果、その次という話をしやすかったということがあります。 当初、丸山さんは『この世界の片隅に』を、アニメーションにするのはよいが、テレビシリーズ向けなんじゃないかと考えていました。それは、映画のほうが企画を成立させるためのハードルが高いからです。 ところが、丸山さんが映画でやるべきだと考えを改める出来事がありました。 10年10月に作品の舞台となった防府市で『マイマイ新子と千年の魔法』の野外上映会が開催されたことです。このとき、地元だけでなく全国から1,000人あまりの人が集まってくれました。 ──ほとんど村祭りみたいですね。 片渕 そう。しかも会場には、横幅20メートルのスクリーンを貼って、後ろに映画の中に映るのと同じ山がそびえてたんですから。 丸山さんは、防府市に行くまでは「映画は無理だからあきらめろ」と僕に話すつもりだったようです。ところが、野外上映のスクリーンの前に集まっている人を見て考え方が180度変わったらしく、翌朝「やっぱり映画で作らなくちゃだめだ」と。野外上映会の後、温泉宿に一泊したんですが、丸山さんは一晩ずうっと、僕にどう切り出すか考えていたそうです。 そうしたお客さんが存在していること、そうしたお客さんをあらかじめ見積もることができたのが、丸山さんとしては大きかったと思います。 その後、クラウドファンディングを行ったのも、スポンサードしている方々に、そうしたお客さんの存在を可視化して理解していただくためでした。 ──月並みな言い方ですが、丸山さんは、純粋にアニメーションを愛している方と聞いています。 片渕 ゼロ号試写のときには、上映中から声をあげて泣いていたみたいです。終わった後、別のスタッフが聞いたんですが「生きていてよかった」とまで言っていたそうです。 丸山さんが、いっぱいお客さんがくるのを形で示さなきゃだめだよというので、クラウドファンディングをやったのですが、そこまでも本当に完成するのか、さまざまな出来事がありました。だから、形になったときに、いろんなものがこみあげてきたのでしょう。 ──丸山さんは、これからもクラウドファンディングで制作をと考えていらっしゃるのでは? 片渕 いや『この世界の片隅に』の前から「クラウドファンディングができれば、いろんなことは解決できるね」とは言っていました。けれども、通常のクラウドファンディングって、どんなに頑張っても、映画の制作費の10%くらいが限界だと思うんですよね。それが、わかったときに、丸ごとクラウドファンディングで映画を作るのは無理だと、消極的になっていた時期もあるんですよ。 だけど、クラウドファンディングでお客さんの数が確認できたら、道が拓けるんじゃないかと思ったときに、映画の完成へ向けての道が始まったと考えています。
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■先行上映や試写会の評判は「称賛しかない」 ──取材前にTwitterで『この世界の片隅に』を検索してみました。すでに先行上映や試写会で鑑賞した人の声をみると、ほぼ称賛のコメントしかありません。批判がひとつもないのは、逆に恐ろしいのではありませんか? 片渕 わかんないんですよね。批判よりは称賛というのが、存在してはいつつも、それが大勢を占めているのかが気になるところです。称賛と批判があるのではなくて、称賛と無関心がある。無関心のほうが怖いです。無関心ほど、始末に負えない批判はないと思っている。自分には関係ない映画だよといわれてしまう。それは、今でもTwitterで見ますね。「戦争中の映画なんでしょ」という風に思われてしまっていることも否めません。 ──かなり冷静に見ていらっしゃいますね。 片渕 ええ、最近でいうと『この世界の片隅に』に言及されている方は、のんちゃんのファンが多いなと思っています。のんちゃんファンの中には『マイマイ新子と千年の魔法』にまで遡って見てくれる方まで出現しています。のんちゃんを使って監督してくれている人は、どんな作品をつくっているのかと気になって『マイマイ新子と千年の魔法』を観て、こんなのがあったのかと、初めて知る。そして「世界が広がった」といった感想を寄せてくださる。 大事なのは、そういうことなんだと思っています。何かの関連ができて、自分に関わりがあるものなのだなと思った瞬間から、いろんなものが拓ける……。「自分に関わりがない」という意識を覆すのは、一番難しいハードルではないでしょうか。
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■当初の資金は「持ち出し」で、貯金額が4万5,000円に ──2010年から完成まで約6年。その間には、この企画は頓挫するのではないかと思うときもあったのではないですか? 片渕 ぶっちゃけいうと、当初の資金は自分の持ち出し……企画が成立するまでの立て替えですね。でも、限界があるわけですよ。貯金をゼロにするわけにはいかない。何しろ、子どもの学費もありましたし。 このあたりが限度かなと思ったのは、12年の4月頃。この頃には「限界かな、これ以上収入にならないと大変だ」と思っていました。でも、同時に「なんか上手くいきそう」という動きもちらつき始めていました。だから「むしろ、ここまでやったのを投げ捨てないほうがいいんじゃないかな」と考えて続けることにしたんです。 ──具体的に、上手くいく保証は、まだなかったのではありませんか? 片渕 それは丸山さんが、いろんなところでプロデューサーとして仕掛けているわけですよ。そのときに話を聞いて下さっていた人たちは、みんな製作委員会に入っていただいています。 それまで何が上手くいかなかったというと、この映画がきちんと誰かのところまで届くものなのか、きちんと示せなかったからことです。その決め手となったのがクラウドファンディングだったというわけです。 ──そこまで貯金を持ち出していると、家族の説得も大変だったのではありませんか? 片渕 いや、うちの奥さんも監督補だから。ただ最後は、貯金が4万5,000円になりました。そうなったところで「さすがに……」と丸山さんが少しお金を準備してくれました。あと、子どもの学費の支払いなど、節目ごとに少しずつ出してもらっていました。 最終的に企画が成立するまでの立て替えだと考えてはいましたけれど、貯金の残高が4万5,000円になると、さすがにおののきますね。貯金がその額になったころから、家族で1日、1食100円にしましょうということになりました。一人ではなく一家4人で100円です。100円でもいけるんですよ。 そうした生活をしていて「ああ、今やっているのが、すずさんだな」と思っていました。大根を食べたら、大根の皮は干して……とかやっていましたから。雑草を抜いてくるまではやりませんでしたけど。家族で「なんとかなるもんだね」と話をしていました。
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■原作者・こうの史代、主演・のんとの“手紙”のやりとり ──完成までの過程で腹が立ったことも、うれしいこともあったのではありませんか? 片渕 腹が立ったことはありません。もっともうれしかったのは、こうの史代さんに出会ったことと、のんちゃんに決まったことです。 ほかでも話していますが、こうのさんが僕の「作品を映画にしたい」としたためた手紙を枕の下に敷いて寝てくれたというのが、うれしかった。 同時に僕も、こうのさんから、私は『名犬ラッシー』(1996年にフジテレビ系「世界名作劇場」で放送された片渕監督作品)が大好きで、すごく運命的な出会いだというお手紙をもらって、うれしかったです。 また、のんちゃんに出演をお願いしたときも、やはり手紙をもらいました。自分は「のんちゃんにやって欲しいけれど、まず読んでください」と原作の単行本を渡しました。そうしたところ、手紙が届きました。「原作を読むまでは戦争物と身構えていましたけれど、これはすごく自分にやる意味があって、すずさんを演じてみたいと思ったので、私にやらせて頂けるのでしたら、本当にうれしいです」と書いてありました。そのときも、すごくうれしかった。仲間をもう一人得られたような気がして……。 ──お話を伺っていて、またさまざまなメディアの記事を読んで思うのは、制作陣や出演者の誰もが、仕事でやっている感じではないということです。どんどん仲間を増やして、一緒に作っている感じがあります。クラウドファンディングに参加した人も含めて、すべてがそうです。 片渕 お互いに理解し合えるんだなと、思う瞬間の繰り返しでした。なんか、のんちゃんと初めて顔を会わせたときに「やっと会えた」という気持ちがありました。こうのさんは『名犬ラッシー』を観ていてくれたし「運命」とまで言ってくれた。一人で映画を作ったなんて感じはまったくありません。
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■宮崎駿監督への思い ──かつて、監督自身が「『名探偵ホームズ』脚本の『片渕須直』というのは、あれは宮崎駿のペンネームだろう」くらいにいわれていた。自分の存在なんか、無に等しかった。(http://www.style.fm/as/05_column/katabuchi/katabuchi_030.shtml)とも記されています。それが、今では「ポスト宮崎駿」と評する人もいます。ご自身では、「追いついた/越えた」という気持ちがありますか? 片渕 いや、もうジャンルが違ってきた感じがしています。宮崎さんは空想でモノを描く人なのだと思っています。空想の中で、自分が理想だなと思うものを描く人。僕は全然違うタイプのものづくりのほうに移行したなと思っています。 ──過去、越えたいという意識をお持ちだったのではないですか? 片渕 脚本を担当した『名探偵ホームズ』の頃には、宮崎さんのやろうとしていることはトレースできました。こうやるんじゃないかなと思っていたら、その通りに絵コンテを起こしていた。その瞬間は、同じ土俵に乗っていた感じはありますが、そこから先は宮崎さんの方が、違う道に歩み出ていかれた。今ではもうかなり道が違うんじゃないかなと思っています。
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■放っておいても仕事は来る。それでも…… ──正直なところ、監督の才能と実績であれば、放っておいても仕事は次々と来るでしょう。なのに、あえて苦労して貯金を削ってまで、自分の作りたい作品のほうを選んだわけです。あらゆるジャンルのものづくりにおいて、お金選ぶか、自分の作品を選ぶかは究極的な選択だと思います。監督が、苦労してまで自分の作品をつくるほうを選んだのはなぜでしょうか。 片渕 確かに、仕事は来ます。でも「そこに身を委ねていていいのか」と考えます。こういうマンガがすごく有名で読まれているから、アニメーションにしましょうという話が舞い込んできたときに、乗れたのは『BLACK LAGOON』だけでした。 『BLACK LAGOON』の前に『アリーテ姫』で<自己実現とは何か>を問いました。『アリーテ姫』では「こうやってやれば、自己実現のために自分を奮い立たせるための根拠を見つけることができる」ことを描きました。 けれども、世の中には自己実現をしようとしても、全然違う、例えば犯罪者への道を歩んでしまう人生だってあるわけです。戦争の中では自己実現も何もないわけじゃないですか。 そういった意味合いを手がけておかなくては、その先には進めないと思ったときに、目の前に現れたのが『BLACK LAGOON』だったのです。 その制作を通り過ぎてようやく描けたのが『マイマイ新子と千年の魔法』の子どもたちの世界だったのです。それは『この世界の片隅に』に直結していくわけです。 だから、自分がこの瞬間にこういう作品やりたいと思ったときに、うまくハマるような企画の提示があるのならば、よそから提示されたものにのっかるのはやぶさかではありません。 けれど『この世界の片隅に』は、よそから提示はされていない、本当に自分が今までやりたいといってきたものです。だから、完成に至らなければ、自分がやりたいものは、やれないままになってしまうと、意地のようなものが芽生えました。 そうそう、先日、のんちゃんと一緒に(PRで赴いた映画の舞台である)呉の坂道を登っている写真を見て『恩讐の彼方に』の、穴を掘り続ける坊さんと、その弟子の若者みたいだなという感想をもらいました。『名犬ラッシー』の準備が始めてから21年目で、洞門が開通する瞬間、今がそのときなのかもしれません。  * * *  この日、片渕監督は昼食のための休憩も取れないほどの取材ラッシュであった。そうした過密スケジュールにもかかわらず、監督は真摯に質問に答えてくれた。原作者のこうの史代さんが「運命」と言い、主演の、のんさんに「私にやらせて頂けたら、本当にうれしいです」とまでいわしめたのは、作品作りに対する誠実さと、強い意志が伝わったからに違いない。  そして、貯金がゼロ目前になっても支えてくれる家族や仲間、無数のファンの存在こそが『この世界の片隅に』を完成に導いたのだと改めて感じた。ここに記された言葉は、あらゆる、ものづくりに携わる人々に共有されるべき言葉なのではなかろうか。  11月12日以降、アニメーションをとりまく状況がガラリと変わる気がしてならない。 (取材・構成=昼間たかし) ●『この世界の片隅に』 原作/こうの史代 監督・脚本/片渕須直 音楽/コトリンゴ  出演/のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、藩めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓、澁谷天外 配給/東京テアトル 11月12日(土)よりテアトル新宿ほか全国公開 (c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 http://konosekai.jp

AV女優人気は高くても、業界トラブルには興味なし? あの“ヤバい中国人漫画家”は「AV出演強要問題」をどう見る!?

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ライターの井川楊枝氏と、漫画家の孫向文氏
 大手AVプロダクション関係者の逮捕や、屋外キャンプ場でAV撮影を行ったとして関係者が書類送検されるなど、このところ、AV業界が騒がしい。  10月19日、そんな一連のAV騒動をルポした書籍『モザイクの向こう側』(双葉社)が発売された。AV関係者や、被害相談の団体などにインタビューを重ね、業界の問題点を浮き彫りにした一冊だ。今回、この本の著者である井川楊枝氏と、『中国のヤバい正体』(大洋図書)などで知られる中国人漫画家・孫向文氏が対談。中国人の目には、このAV出演強要の問題は、どのように映っているのだろうか? ■紅音ほたる訃報に、3,000以上の書き込み 井川 日本のAVって、他国の人から見たらどうなんだろうと思って、今回は以前からの友人である孫さんとの対談を提案したところ、企画が実現しました。中国では、日本のAVが人気ですよね?  はい。中国ではBTダウンロード(高速でダウンロードができるように設計されたファイル共有ソフト)がはやっていて、大量の日本のAVがアップされていますね。みんな2ギガとかギガぐらいのデータ容量の高画質AVを、無料でダウンロードして見ていますよ。 井川 無料なんですか?  そうです。そのサイト自体は、広告収入で稼いでいるので。昔は街中で違法コピーDVDが販売されていたんですけど、最近はネットに移行していますね。 井川 今のAV業界は不況です。その要因のひとつが、FC2とかでタダでエロ動画が見られちゃうから、若い子たちがお金を払ってまで購入しないんですよ。中国でAVを見ている人たちからも、少しでもいいからAV業界にお金が入る仕組みにできたら、業界は潤うんですけどね(笑)。  うーん、それは難しいでしょうね。中国ではAV自体が違法なものですから、日本のAVメーカーが、表立ってAVビジネスを展開することはできません。それに、仮にAVが合法になったとしても、状況は変わりません。なぜなら、映画もドラマも漫画も、中国人は無料でアップロードされたものしか見ていないから。「週刊少年ジャンプ」(集英社)なんて、日本の発売日に中国語に翻訳されて、無料でアップされていますよ。
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人気AV女優が特集されている中国のサイト
井川 著作権って概念がない国ですね。ところで、AV女優は誰が人気なんですか?  これはある中国のサイトの順位なんですけど、1位が波多野結衣、2位が天海つばさ、3位が吉沢明歩、4位が大橋未久、5位が小川あさ美、6位が早乙女ルイ、7位が桜井りあ、8位がJULIA、9位が蒼井そら、10位が椎名ゆなってなってますね。 井川 やっぱり中国人って、スタイルが良くて、身長が高い人が好きですよね。日本だと、紗倉まなとかつぼみ、星美りかとか、かわいらしい顔立ちのロリっぽい子が、必ずランクインしてくると思います。  共産党員の愛人なんか見ると、みんな160センチ以上で美脚です。モデル体形の女性がおおむね人気があります。でも、最近は、SNH48とかの影響で、中国でも、小柄でかわいい女の子が好きだっていう人が増えていますよ。 井川 そういえば、最近、紅音ほたるさんが亡くなったけど、彼女も中国で活動されていたみたいです。話題になりましたか?  えーっと……紅音ほたるさんの中国版Twitter「微博」を見てみると、これはすごい! 20万人のフォロワーがいますね。最後のツイートが、訃報になっているんですが、そこにコメントが3,444件ついています(10月26日現在)。「ご冥福を祈ります」「噴水がひとつなくなって残念」「彼女は永遠に俺のハードディスクに保存されている(俺の中で生きている)」といったコメントが寄せられていますね。 井川 中国でも、潮吹き女優として認知されていたんですね。彼女が中国人に愛されていたのが伝わってきます。 ■中国でエロ事件が起こると、日本のAVのせいに!?
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『モザイクの向こう側』(双葉社)
井川 日本では現在、AV出演強要問題が話題になっています。中国ではこの問題、どうとらえられていますか?  今回、この対談の前に、中国最大の検索エンジン「百度」とか微博で調べてみたんですよ。そしたら、ほとんど話題になっていませんでした。中国人の中にはAV好きが多いんですけど、AV女優の人権問題については、興味がないみたいですね。あと、中国には人権がないでしょ? 今は何か事件が起こって、人権問題のことをSNS上で書くと、すぐに削除されたりするんですよ。「中国共産党は人権無視している」とか書いたら、即アウトで、警察が家に来たりしますよ。だから、AVの人権問題のことも、書き込みづらいといのもあるかもしれませんね。 井川 人権がない国っていうのは、すごいですねえ……。  ところで、出演強要は、実際にAV業界で起こっているんですか? 井川 はい。今回、『モザイクの向こう側』の中でも被害事例を載せています。今後、業界は、こうした被害の起こらない環境づくりをしなきゃいけないですね。でも現状だと、「AV業界をクリーンにするため、こういう撮影はするべきではない」といった表現規制につながりそうな意見も出ていて、それは違うかなあと思うんですよね。例えば、SMがダメとか、レイプものがダメとか、本番はダメとか。女の子に無理やり嫌なことを強いるのはもちろんダメだと思うんですけど、女の子が出演の同意を得ているんだったら、別にいいんじゃないかとは個人的に思います。まあ、規制派の方々の意見をお聞きすると、こうした行為は日本の法に触れる可能性があるとのことで。法的な側面から言われると、表現もへったくれもない感じですが。  漫画も表現規制の問題があるけど、僕はそれに反対しています。僕も井川さんと同様、表現は規制するべきではないと思います。ただ、日本のAVって、スカトロとかありますよね。あれは、中国人が見たらドン引きですよ。こういうAVを作っているのは、頭がおかしい人たちだって感じちゃいます。ああいうAVを出していると、日本のイメージが悪くなるんじゃないかと、そこが心配になりますね。 井川 まあ、日本人でもスカトロを理解している人は、ごく少数ですけどね(笑)。ああいうフェチ系のビデオって、スカトロに限らず、興味がない人からしたら理解不能なものですし、閉じられた輪の中で楽しむ分にはいいのかなあと思います。それがTwitterで上がったりして、興味もない人の目に触れたりするのは、ゲッて思いますけどね。  中国だと、エロい事件が起こるじゃないですか。例えば、バスの中で女の子を痴漢したとか、射精して精液をスカートにぶっかけちゃったとか。すると必ず「この人は日本のAVを見すぎ」って言われるんですよ。この人が考えたことではなくて、日本のAVの悪影響を受けて思いついたっていう解釈です。 井川 確かに、日本のAVには痴漢モノがありますね。でも、AVが犯罪を誘発しているなんていうと、AV業界側から大反発が起こるでしょうね。例えば、痴漢欲求のある人が、痴漢AVを見て、その欲求を解消するという側面もあると思います。AVの氾濫する日本は、世界でもトップクラスの、セックス頻度の少ない国でしょ。AVだけがセックスレスの要因とは思わないですけど、映像を見ただけで満足しちゃう部分はあると思いますよ。  でもそれを言ったら、日本の出生率を上げるためには、逆にAVは存在しないほうがいいっていう論理が成り立ちますね。 井川 まあ、そうなっちゃうのかな。実際、いまVRのエロ動画とかが話題になっていて、リアルな女の子が目の前に現れちゃうわけじゃないですか。そうなると、今後、ますますセックスレスになるのかもしれないですよね。  リアルに『電影少女』の時代が来るわけですね。クリエーターとしては、表現の幅が広がって面白い時代になりそうですけど。 井川 孫さんにとっては、そうですね(笑)。 (構成=杉沢樹) ●「AV出演強要問題」に揺れる業界を徹底取材! 『モザイクの向こう側』 井川楊枝 著 双葉社 刊 1400円+税

“元アウトローのカリスマ”瓜田純士が、相次ぐイジメ・パワハラ自殺問題に緊急提言!

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 青森中2女子自殺事件、電通過労自殺事件など、若い女性が自ら命を絶つ悲しいニュースが相次ぐ昨今。いじめなどで追い詰められ、死にたくなってしまった場合、人はどうすればよいのか? 自殺未遂の過去を持ちつつ、今は生きることに喜びを感じている“元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士(36)が、悩める若者に緊急メッセージを送った。 ――最近、若い女性の自殺関連のニュースが多いですね。 瓜田 小・中学生の自殺のニュースだけは、いつ聞いても本当に悲しくなります。だって、まだなんにも知らないんですよ。この世に生を受けて、学校や塾に通って、先生や親にさんざん未来を語られて、なんで13歳やそこらで人生の幕を閉じなくちゃならないのか。恋愛の素晴らしさも、バイトする楽しさも、セックスの気持ちよさも知らないまま死んじゃうなんて、なんのために生まれてきたのか、わからないじゃないですか。 ――社会人の過労自殺について思うことは? 瓜田 それについては語りたくないですね。大人が自分の意思で働きに出た先の出来事ですから。でも、小・中学生は違う。義務教育で縛られてるし、視野も狭いし、自分でカネを稼ぐことも引っ越すこともできないので、学校でみんなからいじめられたら、逃げ場がないような絶望感に陥ってしまうのもわかります。 ――学校でのいじめ問題は、どう解決したらよいと思いますか? 瓜田 これね、酷な言い方になりますけど、自分の身は自分で守るしかないです。女の子もそう。親や先生に助けを求めるのもひとつの手だけど、大人の目が届かないところでのいじめは続くかもしれない。行政が運営するいじめ相談のホットラインもあるけど、効果は気休め程度でしょう。有名人やミュージシャンがいじめ反対を訴えてもいいけど、そんなので件数が減るほど現実は甘くない。SNSの普及などで、むしろ目に見えないいじめは年々増加傾向にあるのかも。いじめの加害者に罰則を加える法律にすればいいという意見もあるでしょうが、法改正にはものすごい時間がかかる。そうこうしてる間に、今日も誰かがいじめに苦しんで自殺してしまいますよ。じゃあ、どうすりゃいいのかというと、「自分の身は自分で守れ」という結論になります。 ――男子はまだしも、女子はどうやって我が身を守れと? 瓜田 答えはひとつ。今すぐ、レスリングを習うといいです。 ――なぜ、レスリングなのでしょう? 瓜田 吉田沙保里や伊調馨が国民栄誉賞を受賞した最高に誇らしい競技ですし、ほかの格闘技に比べ、相手を傷つけることが少ないからです。週2回でいいから地元の教室に通ってレスリングを学べば、それだけで心も体も強くなる。いじめっ子に何かされたら、相手を殴ることなくレスリングの技で押さえ込んで、「もういじめないでね」と警告すれば、「あ、すいません……」となりますよ。防具も要らない競技だから、月謝もそんなに高くないでしょう。 ――体形がゴツくなる、などの理由で「女の子には格闘技をやらせたくない」という親御さんも多そうですが。 瓜田 数年やった程度じゃ、筋骨隆々になんかなりませんって。別に、トップアスリートにならなくてもいいんです。でも、目指す頂点は、吉田や伊調。そういう国民的な誇りがあれば、本人も胸を張って通えるし、いじめっ子も手を出しづらくなる。今、女子に学ばせるには、最適な競技だと思いますよ。
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――では、いじめられっ子の男子が今、習うべき競技は? 瓜田 ラグビーですね。五郎丸のことをいじめようとする奴、いますか? いないでしょう。ラグビーがスーパー人気の今、ラガーマンは間違いなく女にモテるし、体は勝手に屈強になっていじめられることもなくなるし、チームで新しい仲間もできる。一石三鳥ですよ。女子はレスリングで、男子はラグビー。これで決まりです。 ――いじめられて意気消沈して心を閉ざしてしまっている子どもを、レスリングやラグビーの練習に連れ出すのは難しい気もしますが。 瓜田 交換条件として、コンサートのチケットでもゲームでも、とりあえず欲しいものを買ってやりゃいんですよ。そうすりゃガキなんて、心を開いて、親の言うことを聞くようになりますから。 ――現在いじめられている子どもたちに、メッセージをお願いします。 瓜田 義務教育は長いようで短い。大人の僕らから見れば本当に、あっという間の数年間です。そこさえ乗り切れば楽しい未来が待ってるから、あとちょっとだけ踏ん張ってごらんよ、と言いたいです。いじめで自殺しちゃう子の多くは、死ぬことでいじめを明るみにして加害者に社会的制裁を加えたいという気持ちもあるのでしょう。でも、卑怯ないじめっ子なんかのために、自分の命を投げ出してしまうのはもったいない。それよりも、レスリングやラグビーをやって強くなって、何年か後に、卑怯な連中を思い切り上から見下してやったほうがスカッとするし、生きててよかったって思えますよ。 ――いじめがひどくて、どうしても学校に行きたくなかったら? 瓜田 登校拒否すりゃいいですよ。学校に行かなくなれば、先生や親が勝手に心配して、問題解決に向けて動いてくれます。面倒なことはいったん大人に任せて、その間、学校なんか行かなくていいから、レスリングやラグビーで自分の心身を鍛えましょう。勉強の遅れが不安になっても、自分の命さえ残しておけば、あとからどうとでもなるから大丈夫です。 ――瓜田さんは小・中学生時代、いじめられた経験はありますか? 瓜田 先輩らににらまれたことは、しょっちゅうありましたよ。僕は小学生の頃から悪童として有名でしたから、中学校に入るなり、3年生の悪い人たちに目をつけられて囲まれて、「おめえが瓜田か。中1の中でアタマを張るんだったら、俺らに迷惑かけるんじゃねぇぞ」と言われながら、小突かれたり蹴られたり。 ――そうしたイビリを、どう受け止めましたか? 瓜田 「この野郎、いつかやってやる」と思いながらジッと耐え、実際に数年後、そのうちの何人かをやっつけました。ちなみに僕の入った新宿の大久保中学は、日本人のクラスと、台湾人ばかりのクラスに分かれていて、台湾の中3は、日本の中3のことをナメてたんですよ。そんなある日、台湾の中3からも僕は呼び出しを食らいまして、「俺たちとあいつら(日本の中3)は仲が悪いんだけど、おまえ、どうする? どっちにつく?」と問い詰められたこともありましたね。 ――恐ろしい板挾みですね。なんと答えたのでしょう? 瓜田 台湾人の先輩は徴兵の関係で、中3なのに16歳や17歳だったりしたから、中1の僕から見るとものすごくゴツくて怖いんです。だから僕、「そのうち、あいつら(日本の中3)をやります」と答えましたよ(笑)。そしたら、その数日後から、台湾人の先輩のパシリとして偽造テレカを原宿で売らされるハメになり、結局いろいろイヤになって、台湾人グループの同級生をイワしたら大問題になっちゃって、中2の冬から僕は杉並の中学校に飛ばされることになりました。ツッパリゆえの自業自得とはいえ、こんな僕でも学生時代は、いろいろ人間関係で悩みましたし、時には小ずるく立ち回ったりもしましたよ。
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――誰かをいじめた経験は? 瓜田 それを聞かれると最高に気まずい(笑)。というのも僕、同級生全員に「俺のことは、呼び捨て禁止。くん付け、もしくは、さん付けしろ」と強制してましたからね。当時の同級生はみんな「瓜田くんにいじめられた」と思ってるかもしれない。でも、集団で誰かをいじめたり、陰湿な弱いものいじめをしたことはないです。ケンカはいつも1対1だし、相手はいつも不良や先輩など、強い奴ばかりでしたから。 ――弱いものいじめをしなかった理由は? 瓜田 正義感とは無関係ですね。僕はナルシシストだから、ダサいことが嫌いなだけ。単に美徳に反して格好悪い、という理由でやらなかっただけです。 ――少年少女の自殺に心を痛める瓜田さんですが、ご自身が自殺を考えたことは? 瓜田 何度かありますし、自分で腹を刺した傷跡も残ってます。僕の場合は、プライドが高すぎるがゆえ、こんな悔しい思いをしたまんまだったら死んだほうがマシっていう理由での自殺未遂でした。結果、死ねなかったんですけど、生きてて本当によかったというのが今の率直な気持ちですね。それだけ、今の嫁との結婚生活が楽しくて幸せなんです。生きてりゃ、いいことがあるんですよ。 ――「生きてりゃいいことがある」というのが、自殺に反対する理由ですか? 瓜田 子ども向けには、そう言いますね。五体満足な大人の自殺については、勝手に1人でやってろ、って感じです。ただし、生きよう生きようと必死に頑張っても病気で亡くなってしまう人がいるっていうのに、健康なくせに自ら死のうとするコシャ平民のチキンどもにはすげえイラつく、ってことだけは言っておきたいです。 ――厳しい意見ですね。 瓜田 もっと厳しい本音を言うと、自殺する子どもたちにも腹が立ちますよ。自分を生んでくれて、分娩室で涙を流して喜んでくれて、毎日ご飯を食べさせてくれて、ディズニーランドにも連れて行ってくれた大切な親のことを考えたら、踏みとどまれるはずなのに、それでも死んじゃうってことは、「おまえらにとって親はそんなに安いのかよ。おまえら親をナメてんのかよ」と思うところもあります。親は、子どもの遺書なんて読みたくない。なんで死ぬ前にそのことを相談してくれなかったんだ、と嘆き悲しむだけですよ。 ――「親に心配をかけたくない」という優しさゆえ、いじめられていることを親に言わないまま、死を選んでしまう子どもも、中にはいると思います。 瓜田 言わない優しさがあるなら、死なない優しさもあるはずです。死にたくなったらいま一度、一番好きな人、一番世話になった人の顔をよく思い出して、「生きる」という選択をしてほしいですね。親からも先生からも友達からも見放されていて、孤立無援だという子には、「捨てる神あれば拾う神あり」という言葉を贈りたい。世間は広いですから、いつか味方が現れますし、居心地のいい場所も見つかります。その日を信じて、どうか前向きに生きてください。 (取材・文=岡林敬太) ※瓜田純士&麗子 Instagram https://www.instagram.com/junshi.reiko/ ※日刊サイゾーでは瓜田純士の最新情報をほぼ月イチペースでお届けしています。