70代、80代でも「濡れるわよ!」 女性ライターが丸裸にした“高齢者風俗嬢”の意外な真実

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『高齢者風俗嬢』(洋泉社)
 男性の間で、「風俗に行ったら、ババアに当たった……」なんていう笑い話は珍しくない。しかし現在、70代、80代といった高齢の風俗嬢たちが、じわじわと増殖しており、そんな超超熟女たちを好む男性たちも増えつつある。そんな高齢者風俗の実態に迫ったのが、『高齢者風俗嬢』(洋泉社)を上梓したライターの中山美里氏だ。  いったいどうして、男性たちは“ババア!”と蔑んできたはずの高齢風俗嬢たちに魅せられてしまうのか? そして、彼女たちはなぜ風俗で働くのか? 超高齢化社会を迎えた日本に生まれつつある、新たな性産業に刮目せよ! *** ――本書では、70代、80代といった高齢の風俗嬢やAV女優たちに焦点が当てられています。なぜ中山さんは、彼女たちを取材しようと思ったんですか? 中山美里氏(以下、中山) もともと、ライターとしてアダルト産業や性風俗を取材していたのですが、80歳以上のおじいさんが風俗に通うことが珍しくないと聞いて、高齢者の性に興味を持っていたんです。そんな折、本書にも登場する74歳のAV女優の方にお話を伺ったところ、とても楽しみながら生き生きと仕事をしていることに驚きました。高齢者が元気を出すのに、セックスや恋愛はとてもいい効果を与える。そんな元気な高齢者風俗嬢にもっと話を聞いてみたいと思ったのが、取材を始めたきっかけでした。 ――まさに一億総活躍社会! でも、取材は難しそうですね。 中山 そもそも、働いている絶対数が少ないし、なかなか出会える存在でもない。風俗店に取材を申し込んでも、断られ続けました。高齢者風俗業界では、かつて違法な「本番店」が横行していて、取材もNGだったんです。しかし、近年ではだんだんと流れが変わってきて、取材OKのお店も多くなったことから、1冊の本にまとまるほどの取材ができるようになりました。 ――高齢者風俗店がクリーンになったからこそ、誕生した1冊なんですね。 中山 2010年、13年に巣鴨の超熟女専門店が摘発されたことをきっかけに、業界全体がだんだんと浄化されてきたんです。そもそも、かつてお店側では「熟女なんて売れるわけない」という先入観から本番を黙認していて、そこに別の需要があることに気づかなかったんでしょう。けれど、80歳の男性にとって60代なんてピチピチの女性だし、同じ80代ならガールフレンドとしても見ることができる。そういった需要が、高齢者風俗を支えているんです。 ――利用する男性高齢者も、いろいろな意味で「元気」だからこそ、成り立っているんですね。しかし、本書の中には、高齢の男性だけでなく、若い男性が高齢者風俗店の常連となっているケースも描かれています。 中山 10代のうちから、高齢者風俗店の常連になる人もいました。若い男性は「失敗したらどうしよう……」「早漏と思われないか……」などと不安になりがち。そんな不安を受け止めてくれるのが、超熟女たちなんです。 ――草食男子には、もってこいですね(笑)。 中山 また、男性をリードしてくれるのも、彼女たちの魅力。彼女たちは年齢を重ねて人生経験も豊富だから、インタビューをしていても話がはずみます。若い女性の場合は、会話もなかなか続かないし、こちらから話題を用意しないと何も話せない。それに、彼女たちはとても褒め上手で、プレイの最中に「優しそうな人でよかった~」「あら、アソコがすごく大きいわね~」などと、男性をノセてくれる。スナックのママのように、あしらいがうまいんです(笑)。 ――まさに“おもてなし”の精神! 高齢者風俗嬢へのインタビューでは、どんな話を聞くんですか? 中山 仕事のことももちろん聞きますけど、「イクってどんな感じ?」とか「濡れるの?」といった、なかなか普段は聞けないことも聞いていますね。70代の女性には「濡れるわよ!」って、怒られました(笑)。 ――70代でも濡れる!? 中山 「ローションは使わないの?」って聞いたら、「使うときもあるし、使わないときもある。それくらいわかるでしょ!」って(笑)。取材してわかったのが、高齢者でもほぼみんな濡れているし、イッている人も多いんです。男性の高齢者は勃ったり勃たなかったりですが、バイアグラを飲んだりして、前向きに楽しんでいますね。 ――ただ、自分の親世代の性事情を知るのって、正直、ちょっとキツイものがありますね……。 中山 そうですか? わたし昔、友達のお母さんが彼氏らしき人とラブホ街をイチャイチャ歩いてたのを見たことがあるので、それ以来、あんまり抵抗ないんですよ(笑)。 ――どうりで、週刊誌の「死ぬまでセックス」特集が売れるわけですね(笑)。では、彼女たちはどういう目的で、風俗で働いているのでしょうか? 中山 やっぱり、9割がお金のため。40~50代の女性だと、子どもの学費のためということもありますが、60代になると、ほとんどが自分の生活費で、パートに出るのと同じ感覚です。ただ、“お金のために仕方なく……”というネガティブな気持ちではない。そんなネガティブな気持ちだけだったら、お客さんが取れませんよね。 ――一般的には“風俗店に勤めている女性は、精神を病みがち”というイメージが強いですが、高齢者風俗嬢たちは、ある程度腹をくくっていて、ポジティブな方も多いんですね。 中山 ポジティブだし、ずうずうしいですよね(笑)。そして、言うまでもなく、女優さんみたいに美人なわけもなく、本当に巣鴨とか歩いてる普通のおばちゃんなんです。そんな人たちが、“自分の体が金になる”と思って、風俗業界に乗り込んでくるんですよ? 客観的に見たら、おっぱいも垂れてるし、おなかも出てるし、70代になると体にもシワが寄ってるのに。だから、メンタルは強いと思います。 ――いま書店では、風俗の負の側面にフォーカスをした本がたくさん並んでいますが、一方で、坂爪真吾さんの『性風俗のいびつな現場』(筑摩書房)のように、貧困女性やハンデを抱えた女性を支える社会インフラとしての面にも注目が集まっていますね。 中山 世間から思われているほど、風俗はネガティブな場所ではないんです。あとがきにも「セックスワークは堕ちる場所ではない。チャンスをつかむ場所なのだ」と書きましたが、お金を手にしたり、セックスで女性としての価値を見いだして生き生きしたり、承認欲求が満たされる場所でもある。決して、「悪い場所」というばかりではないんです。 ――女性である中山さんが語ると、とても説得力がありますね。ありがとうございました! ●なかやま・みさと 編集プロダクション・株式会社オフィスキング所属。ショーダンサー、訪問販売員などを経てフリーライターに。アダルトのジャンルで多く取材、執筆。著書に『漂流遊女』(ミリオン出版)、『ネット風俗嬢』(泰文堂)などがある。

「『蠟人形の館』を超える歌を歌いたい!」 “マルチプレイヤー”デーモン閣下の知られざる本音

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撮影=関戸康平
 聖飢魔IIを初めてテレビで見た時は、それはそれはビックリした。完全にテレビに出ちゃいけない強烈すぎるキャラクターに、視聴者はポカーン。ほかの出演者たちも「悪魔なんですか~」と半笑い……。  しかし、その演奏力や音楽性の高い楽曲で、ロック界において確固たる地位を築き、バンドが解散した後も、信者(ファン)たちから熱狂的な支持を受け続けているのだ。  そしてタレントとしても、あのビジュアルのまま、いまや完全にお茶の間になじんでいるデーモン閣下。ロック界でも、芸能界でも、唯一無二の存在といえるだろう。  そんな閣下の、キャリアの集大成ともいえる書籍『デーモン閣下 悪魔的歌唱論』(リットー・ミュージック)が出版された。30年間のヴォーカリスト生活で築き上げた歌唱論のみならず、閣下の人生(悪魔生?)を振り返る自伝としても楽しめるこの本について、閣下自身に語ってもらった。 ■ロックヴォーカリストは練習あるのみ! ――今回の本は「歌唱論」というテーマですが、ヴォーカリストだけでなく「何かで世に出たい」と切望している人たちへも響く本だなと思いました。閣下自身も、歌手に限らず、とにかく何かで世に出たいと思っていたようですね? デーモン閣下(以下、閣下) うん、絶対に歌でなきゃいけないとは思っていなかったな。世を忍ぶ仮の姿(以下、「世仮」)の大学時代には俳優養成所に入り、バンド活動もし、有志で集まったお笑い研究会みたいなこともやっていたから。そもそも、バンドでデビューするよりも、俳優としてプロダクションに所属するほうが早かったんだ。でも、ちっとも仕事が来なくて、そうこうしているうちに、バンドのほうでどうやらメジャーデビューできそうだと。まあ、バンドが追い抜いていったということだね。 ――それまで、メタルやハードロックといった音楽も、あまり聴いたことがなかったとか。 閣下 聖飢魔IIの前身となったグループを始めて以降は、それなりに聴いていたけどな。ハードロックバンドで歌うというのが初めてだったので、「歌はある程度うまいけれど、ロックヴォーカリストとしてはおかしい!」とメンバーから言われ、「こういうのを聴け!」って、さんざん聴かされたんで。そのバンドをやりながら、ロックヴォーカリストとしてのあり方を学んでいったというのはあるだろうな。 ――もともと歌はうまかったんでしょうけど、その歌声をロック対応させるためにやったことはありますか? 閣下 歌に関しては、数をこなすしかないだろうね。特にロックは。スポ根じゃないけど、練習あるのみだよ。 ――喉の筋肉を鍛える的な? 閣下 それもあるけど、それ以上に耳を鍛えるのは、すごく大事かもしれない。なんの音を聴きながら歌うのか、何に注意しながら歌うのか。モニターを聴くにしても、どの楽器をどのくらいのバランスにすると歌いやすいとか、それは結構時間をかけて研究したことかもしれないな。 ――そこに到達するまでは、全体を漠然と聴いていた? 閣下 そう。「カラオケで歌うのと何が違うの?」という感じだったな。カラオケとはまず音量が違うし、立つ位置が変わればバランスが変わってくるし、自分の声が聞こえない時も多々ある。カラオケでうまく歌えていても、そのままライヴ対応するのは難しいと思う。声の出し方も工夫したけどね。高い声を安定して出せるようにするには、どう発声するのが一番いいのか? とか。そういう意味では、やっぱり練習! ――喉の調子が悪いなと感じた日には「Yeah!」みたいなシャウトの回数を減らして、喉を消耗しないようにしていると書かれていましたが、そこまでわかるもんなんですね。 閣下 もちろん、昔はわからなかったけどな。ステージの前半にシャウトをバーッと出した時に、今日はどのくらいの調子なのかわかるわけだ。それに応じて、以降の声の出し方を調整してね。ただ「調子がいい!」と思って最初からバンバン出しちゃうと、ある時、パタッと出なくなることもある。「アレ? さっきまで、あんなに出てたのに!?」って。やっぱり使いすぎちゃうと、1日の限度量みたいなものがあるんだな。 ――しゃべり声も、初期とはだいぶ変わっていますよね。あれも、喉の消耗を抑えるため? 閣下 もっとダミ声だったよね。そのせいで、喉がイカレちゃうの。そこで、喉を消耗するのは得策ではないという判断だね。しゃべり声の迫力よりも、歌をちゃんと歌えることを優先するようになっていったということだな。当たり前のことだけど(笑)。
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■アンコール前には味噌汁を飲む ――普段の生活で、歌のために気を使っていることはありますか? たとえば、食事のバランスとか。 閣下 吾輩の世仮の家庭が、そもそも栄養バランスにすごくうるさい家だったから、無意識にバランスを考えて食事をするようにはなっているけど、むしろ酒の席でどれだけ騒ぐかとか、そっちだな。打ち上げのせいで次の日、歌えないということもあるわけで。打ち上げが楽しいのはわかるけど、そこでセーブすることによって、翌日もうまい酒が飲めるようになるんだと、そういう気持ちで打ち上げに臨まなくちゃいけない。 ――閣下は、ステージドリンクにもこだわっていますよね。確か昔は、ポッカの維力(ウィリー)を飲まれていたと思いますが。 閣下 よく知っているね! ウィリーはね、喉にいいかどうかはわからないけど、スポーツドリンクとして飲んでいたんだな。そういう触れ込みだったでしょ? 中国の秘伝の植物エキスを使って、中国のオリンピック選手はみんな飲んでいる……みたいな。味も、当時のスポーツドリンクとはちょっと違って、好きだったんだな ――あ、そうだったんですか。一般的にはあんまり……。 閣下 うん、好きな人は多くなかったな(笑)。吾輩、だいたいそういうものが好きだから。人があまり好きじゃないものが。 ――薬の感覚で、まずくても体にいいから飲んでたわけじゃなくて、そもそも味が好きだったと。 閣下 そう。だから箱で買ってたもん。あまり人気があった飲み物とはいえないので、どこでも買えるわけではなかったんでね。ツアーでウィリーをずっと飲んでた時は、現地で買えないから、もう箱ごと持ち運んでたな。 ――ステージ脇では、味噌汁とかコーンポタージュを飲んでいるそうですね。 閣下 それは、ステージドリンクではないけどな。ステージの上にいる時はライトも当たってて暑いから大丈夫なんだけど、着替えやアンコールでのために裏に行ったりすると、特に冬場なんかはすごく温度差があるんで、急激に体も動かなくなるし、声も出なくなることがあるんだ。これはどうしたもんだということで、とにかく温かいものを飲んでみようといろいろ試したんだ。ショウガ湯とかカリン湯とか……でも、市販の粉を湯で溶くタイプの飲み物って、ステージで汗をバンバンかいている時に甘すぎるのね。「なんか違うな」と思っていた時に、塩分のある味噌汁を飲んだら、すごくうまいと感じたわけ。これは、体が塩分を欲しているに違いないと。 ――ああ、肉体労働者と同じ感覚ですね。 閣下 その時にすごくうまく感じるものは、体が欲しているんだろうと。……そういう意味では、ビールを一番欲しているんだが(笑)。 ――ちなみに、今のステージドリンクは? 閣下 今は3種類。ただの水と、喉にいいとされているスロートコートというハーブティー。あとは、ハチミツとクエン酸を入れて、ぬるい湯で溶いた飲み物。最近は、そこに塩を入れている。3種類を、その時の自分のコンディションに合わせて飲んでるんだけど……。まあ、そんなに深く考えては飲んでいないな。3つ並んでたら、急いでる時はどれでもいいし。 ――それだけ喉や歌い方を気にして歌声を守っている閣下ですが、あの衣装は歌いやすそうには見えないんですけど……? 閣下 衣装にもよるな。首輪をしていることが多いんだけど、これは正直、あんまり歌いやすくないね。やっぱり、喉仏の周りが圧迫されていないほうがいい。でも、あとは、それほどでもないな。年を重ねて、なるべく動かしやすいように重たくない素材で作るようになってきたので、はた目で見るほど動きにくくはないと思う。
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――昔の衣装は、動きづらかった? 閣下 どういう素材がいいのかわかっていなかったから、重いし錆びちゃうし……。でも、当時は自分も若かったから、あんまり気にはならなかったな。去年作った戦闘服(聖飢魔IIの場合はこう呼ぶ)は、ちょっと重たかったけど、それはデザイン上しょうがなかったんで。見た目と実用性と、どっちを取るかという判断もあるよね。 ――歌いやすいということを追求するだけではなく、ビジュアルなども含めて、トータルで伝わるか伝わらないかが重要だと。 閣下 もちろん、歌が一定のレベルを超えていれば、だけどな。だって、この話を突き詰めていくと、転げ回りながら歌ったり、三点倒立しながら歌ったり……そんなことしないほうが、うまく歌えるに決まってるじゃん(笑)。でも、トータルで考えて、面白きゃいい、という部分が優先される時もある。まあ、ライヴで10数曲歌っているうちの1曲くらい「そうしないほうがうまく歌えるのにな」っていうのがあっても、それはそれでいいでしょ? ――トータルでの伝わり方という話でいうと、閣下の場合、ビジュアルが強すぎるという問題もあると思うんですが、そこに対するジレンマはなかったですか? 閣下 いっぱいあるよ。自分と同じくらいのキャリアのあるミュージシャンで、テレビドラマに出ている人って、いっぱいいるじゃない。……でも、吾輩は出られないからね。 ――あ、そっちのジレンマ(笑)。 閣下 「オレのほうが、うまくできるのにな」って思いながら見ているよ。吾輩には、自分の役か、悪魔の役くらいしかオファーが来ないから。 ――歌うに当たっても、このビジュアルが邪魔になることってあるんじゃないでしょうか? 閣下 歌の種類によってはあるだろうな。でも概して、きれいごとを歌っているような歌は好きじゃないので、この顔で困るような歌は、そもそも好きじゃないんだ。 ――聖飢魔IIって技術力はすごく高いのに、このビジュアルのせいで「認めない!」と思っているヘヴィメタ好きも多そうですよね。 閣下 それも、山のようにいるだろうな。そりゃあね、なるべく大勢の人が「いい」と思ってくれるに越したことはないんだけどね。はなっから嫌いだって言っている人に、こっちがへりくだってまで好きになってもらわなくても、食うのに困ってるワケじゃないしってことだよ。 ■「蠟人形の館」を、代表曲とは言わせないぞ! ――今回の本では「歌唱論」についていろいろと語られているわけですが、最近はライヴを口パクでやっている人も多いわけで……そのへんの問題というのは、どう考えていますか? 閣下 まあ、それぞれのスタイルだからね。「生の声で歌っていなきゃ、そんなのは歌じゃない」とも思わないよ。ショーだって割り切ってしまえば、ライトがきれいでダンスをバンバン踊っていて、それだけ動いているとさすがに歌を完璧に歌うのは難しいんで、録音したのを同期させています、というケースもあるだろうし。結局は、客との関係なんじゃないかな? 何を見たいと思っているのか、何を見せたいと思っているのか。  吾輩なんかは、そりゃあ日によっては「テープで……古いな……音声データで流してくれりゃ、楽なのにな」っていう体調の日もあるけども、それと向き合って、どういうふうにステージを乗り切っていくのか。その戦いがあって、クリアした時にはうれしいし、悔しい時もあり。いろいろと考えて進んでいくのが好きだから、そういうやり方をやっているだけで、好きじゃなかったら別の方法を考えるだろうね。だから口パクをしている人も、それはそれでいいんじゃないかな。ホントは歌ってないくせに、いかにも歌ってるように見せかけているヤツは潔くないとは思うけど。 ――それでは最後に、「何かで世に出たい」と思っている若者にアドバイスを頂けたら。 閣下 やりたいんだったら、やってみればいいじゃないってことだけだよね。すぐにあきらめちゃうなら、そんなにやりたかったことじゃないんだろうし、すっごくやりたいんだったら、ある程度食い下がるんじゃない? その結果、才能がないことに気づくのかもしれないけど。まずは「やるだけやってみる」ができるかどうかだよね。 ――閣下の場合は、世に出る前、どんなモチベーションで活動されていたんですか? 閣下 最初はやっぱり、単なる有名欲みたいなものもあったんだろうな。でも、いったんそれが達成されると、次の目標が必要になってくる。「有名じゃないから、有名になりたい」と思っていたヤツが有名になれたら、次は「違う側面も知ってほしいな」とか「自分が常々考えていることを、みんなが同じように考えてくれればいいのにな」とか、別の欲望が出てくるわけだな。要は、社会に影響を与えたくなるということだろうね。吾輩の場合は、そうだったかな。 ――確固たる地位を確立した、いま現在のモチベーションは、どこに置いていますか? 閣下 いくつかはあるよ。たとえば、インターネットがここまで発達してきているんで、もっといろんな国の人に知ってほしいなと思っていたりね。あとは、吾輩は随分長いことこの業界にいるけれども、実は世間一般での代表曲というのは「蠟人形の館」しかないんだ。最初に出てきた時の曲が代表曲。やっぱり、それを超える曲を歌いたいよね。30年やってきて、最初に勝ってないんだもん。もう「蠟人形の館」を代表曲とは言わせないぞと。 (取材・文=北村ヂン) ●『デーモン閣下 悪魔的歌唱論』 定価 2,160 円(税込) 版元 リットー・ミュージック

「『蠟人形の館』を超える歌を歌いたい!」 “マルチプレイヤー”デーモン閣下の知られざる本音

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撮影=関戸康平
 聖飢魔IIを初めてテレビで見た時は、それはそれはビックリした。完全にテレビに出ちゃいけない強烈すぎるキャラクターに、視聴者はポカーン。ほかの出演者たちも「悪魔なんですか~」と半笑い……。  しかし、その演奏力や音楽性の高い楽曲で、ロック界において確固たる地位を築き、バンドが解散した後も、信者(ファン)たちから熱狂的な支持を受け続けているのだ。  そしてタレントとしても、あのビジュアルのまま、いまや完全にお茶の間になじんでいるデーモン閣下。ロック界でも、芸能界でも、唯一無二の存在といえるだろう。  そんな閣下の、キャリアの集大成ともいえる書籍『デーモン閣下 悪魔的歌唱論』(リットー・ミュージック)が出版された。30年間のヴォーカリスト生活で築き上げた歌唱論のみならず、閣下の人生(悪魔生?)を振り返る自伝としても楽しめるこの本について、閣下自身に語ってもらった。 ■ロックヴォーカリストは練習あるのみ! ――今回の本は「歌唱論」というテーマですが、ヴォーカリストだけでなく「何かで世に出たい」と切望している人たちへも響く本だなと思いました。閣下自身も、歌手に限らず、とにかく何かで世に出たいと思っていたようですね? デーモン閣下(以下、閣下) うん、絶対に歌でなきゃいけないとは思っていなかったな。世を忍ぶ仮の姿(以下、「世仮」)の大学時代には俳優養成所に入り、バンド活動もし、有志で集まったお笑い研究会みたいなこともやっていたから。そもそも、バンドでデビューするよりも、俳優としてプロダクションに所属するほうが早かったんだ。でも、ちっとも仕事が来なくて、そうこうしているうちに、バンドのほうでどうやらメジャーデビューできそうだと。まあ、バンドが追い抜いていったということだね。 ――それまで、メタルやハードロックといった音楽も、あまり聴いたことがなかったとか。 閣下 聖飢魔IIの前身となったグループを始めて以降は、それなりに聴いていたけどな。ハードロックバンドで歌うというのが初めてだったので、「歌はある程度うまいけれど、ロックヴォーカリストとしてはおかしい!」とメンバーから言われ、「こういうのを聴け!」って、さんざん聴かされたんで。そのバンドをやりながら、ロックヴォーカリストとしてのあり方を学んでいったというのはあるだろうな。 ――もともと歌はうまかったんでしょうけど、その歌声をロック対応させるためにやったことはありますか? 閣下 歌に関しては、数をこなすしかないだろうね。特にロックは。スポ根じゃないけど、練習あるのみだよ。 ――喉の筋肉を鍛える的な? 閣下 それもあるけど、それ以上に耳を鍛えるのは、すごく大事かもしれない。なんの音を聴きながら歌うのか、何に注意しながら歌うのか。モニターを聴くにしても、どの楽器をどのくらいのバランスにすると歌いやすいとか、それは結構時間をかけて研究したことかもしれないな。 ――そこに到達するまでは、全体を漠然と聴いていた? 閣下 そう。「カラオケで歌うのと何が違うの?」という感じだったな。カラオケとはまず音量が違うし、立つ位置が変わればバランスが変わってくるし、自分の声が聞こえない時も多々ある。カラオケでうまく歌えていても、そのままライヴ対応するのは難しいと思う。声の出し方も工夫したけどね。高い声を安定して出せるようにするには、どう発声するのが一番いいのか? とか。そういう意味では、やっぱり練習! ――喉の調子が悪いなと感じた日には「Yeah!」みたいなシャウトの回数を減らして、喉を消耗しないようにしていると書かれていましたが、そこまでわかるもんなんですね。 閣下 もちろん、昔はわからなかったけどな。ステージの前半にシャウトをバーッと出した時に、今日はどのくらいの調子なのかわかるわけだ。それに応じて、以降の声の出し方を調整してね。ただ「調子がいい!」と思って最初からバンバン出しちゃうと、ある時、パタッと出なくなることもある。「アレ? さっきまで、あんなに出てたのに!?」って。やっぱり使いすぎちゃうと、1日の限度量みたいなものがあるんだな。 ――しゃべり声も、初期とはだいぶ変わっていますよね。あれも、喉の消耗を抑えるため? 閣下 もっとダミ声だったよね。そのせいで、喉がイカレちゃうの。そこで、喉を消耗するのは得策ではないという判断だね。しゃべり声の迫力よりも、歌をちゃんと歌えることを優先するようになっていったということだな。当たり前のことだけど(笑)。
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■アンコール前には味噌汁を飲む ――普段の生活で、歌のために気を使っていることはありますか? たとえば、食事のバランスとか。 閣下 吾輩の世仮の家庭が、そもそも栄養バランスにすごくうるさい家だったから、無意識にバランスを考えて食事をするようにはなっているけど、むしろ酒の席でどれだけ騒ぐかとか、そっちだな。打ち上げのせいで次の日、歌えないということもあるわけで。打ち上げが楽しいのはわかるけど、そこでセーブすることによって、翌日もうまい酒が飲めるようになるんだと、そういう気持ちで打ち上げに臨まなくちゃいけない。 ――閣下は、ステージドリンクにもこだわっていますよね。確か昔は、ポッカの維力(ウィリー)を飲まれていたと思いますが。 閣下 よく知っているね! ウィリーはね、喉にいいかどうかはわからないけど、スポーツドリンクとして飲んでいたんだな。そういう触れ込みだったでしょ? 中国の秘伝の植物エキスを使って、中国のオリンピック選手はみんな飲んでいる……みたいな。味も、当時のスポーツドリンクとはちょっと違って、好きだったんだな ――あ、そうだったんですか。一般的にはあんまり……。 閣下 うん、好きな人は多くなかったな(笑)。吾輩、だいたいそういうものが好きだから。人があまり好きじゃないものが。 ――薬の感覚で、まずくても体にいいから飲んでたわけじゃなくて、そもそも味が好きだったと。 閣下 そう。だから箱で買ってたもん。あまり人気があった飲み物とはいえないので、どこでも買えるわけではなかったんでね。ツアーでウィリーをずっと飲んでた時は、現地で買えないから、もう箱ごと持ち運んでたな。 ――ステージ脇では、味噌汁とかコーンポタージュを飲んでいるそうですね。 閣下 それは、ステージドリンクではないけどな。ステージの上にいる時はライトも当たってて暑いから大丈夫なんだけど、着替えやアンコールでのために裏に行ったりすると、特に冬場なんかはすごく温度差があるんで、急激に体も動かなくなるし、声も出なくなることがあるんだ。これはどうしたもんだということで、とにかく温かいものを飲んでみようといろいろ試したんだ。ショウガ湯とかカリン湯とか……でも、市販の粉を湯で溶くタイプの飲み物って、ステージで汗をバンバンかいている時に甘すぎるのね。「なんか違うな」と思っていた時に、塩分のある味噌汁を飲んだら、すごくうまいと感じたわけ。これは、体が塩分を欲しているに違いないと。 ――ああ、肉体労働者と同じ感覚ですね。 閣下 その時にすごくうまく感じるものは、体が欲しているんだろうと。……そういう意味では、ビールを一番欲しているんだが(笑)。 ――ちなみに、今のステージドリンクは? 閣下 今は3種類。ただの水と、喉にいいとされているスロートコートというハーブティー。あとは、ハチミツとクエン酸を入れて、ぬるい湯で溶いた飲み物。最近は、そこに塩を入れている。3種類を、その時の自分のコンディションに合わせて飲んでるんだけど……。まあ、そんなに深く考えては飲んでいないな。3つ並んでたら、急いでる時はどれでもいいし。 ――それだけ喉や歌い方を気にして歌声を守っている閣下ですが、あの衣装は歌いやすそうには見えないんですけど……? 閣下 衣装にもよるな。首輪をしていることが多いんだけど、これは正直、あんまり歌いやすくないね。やっぱり、喉仏の周りが圧迫されていないほうがいい。でも、あとは、それほどでもないな。年を重ねて、なるべく動かしやすいように重たくない素材で作るようになってきたので、はた目で見るほど動きにくくはないと思う。
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――昔の衣装は、動きづらかった? 閣下 どういう素材がいいのかわかっていなかったから、重いし錆びちゃうし……。でも、当時は自分も若かったから、あんまり気にはならなかったな。去年作った戦闘服(聖飢魔IIの場合はこう呼ぶ)は、ちょっと重たかったけど、それはデザイン上しょうがなかったんで。見た目と実用性と、どっちを取るかという判断もあるよね。 ――歌いやすいということを追求するだけではなく、ビジュアルなども含めて、トータルで伝わるか伝わらないかが重要だと。 閣下 もちろん、歌が一定のレベルを超えていれば、だけどな。だって、この話を突き詰めていくと、転げ回りながら歌ったり、三点倒立しながら歌ったり……そんなことしないほうが、うまく歌えるに決まってるじゃん(笑)。でも、トータルで考えて、面白きゃいい、という部分が優先される時もある。まあ、ライヴで10数曲歌っているうちの1曲くらい「そうしないほうがうまく歌えるのにな」っていうのがあっても、それはそれでいいでしょ? ――トータルでの伝わり方という話でいうと、閣下の場合、ビジュアルが強すぎるという問題もあると思うんですが、そこに対するジレンマはなかったですか? 閣下 いっぱいあるよ。自分と同じくらいのキャリアのあるミュージシャンで、テレビドラマに出ている人って、いっぱいいるじゃない。……でも、吾輩は出られないからね。 ――あ、そっちのジレンマ(笑)。 閣下 「オレのほうが、うまくできるのにな」って思いながら見ているよ。吾輩には、自分の役か、悪魔の役くらいしかオファーが来ないから。 ――歌うに当たっても、このビジュアルが邪魔になることってあるんじゃないでしょうか? 閣下 歌の種類によってはあるだろうな。でも概して、きれいごとを歌っているような歌は好きじゃないので、この顔で困るような歌は、そもそも好きじゃないんだ。 ――聖飢魔IIって技術力はすごく高いのに、このビジュアルのせいで「認めない!」と思っているヘヴィメタ好きも多そうですよね。 閣下 それも、山のようにいるだろうな。そりゃあね、なるべく大勢の人が「いい」と思ってくれるに越したことはないんだけどね。はなっから嫌いだって言っている人に、こっちがへりくだってまで好きになってもらわなくても、食うのに困ってるワケじゃないしってことだよ。 ■「蠟人形の館」を、代表曲とは言わせないぞ! ――今回の本では「歌唱論」についていろいろと語られているわけですが、最近はライヴを口パクでやっている人も多いわけで……そのへんの問題というのは、どう考えていますか? 閣下 まあ、それぞれのスタイルだからね。「生の声で歌っていなきゃ、そんなのは歌じゃない」とも思わないよ。ショーだって割り切ってしまえば、ライトがきれいでダンスをバンバン踊っていて、それだけ動いているとさすがに歌を完璧に歌うのは難しいんで、録音したのを同期させています、というケースもあるだろうし。結局は、客との関係なんじゃないかな? 何を見たいと思っているのか、何を見せたいと思っているのか。  吾輩なんかは、そりゃあ日によっては「テープで……古いな……音声データで流してくれりゃ、楽なのにな」っていう体調の日もあるけども、それと向き合って、どういうふうにステージを乗り切っていくのか。その戦いがあって、クリアした時にはうれしいし、悔しい時もあり。いろいろと考えて進んでいくのが好きだから、そういうやり方をやっているだけで、好きじゃなかったら別の方法を考えるだろうね。だから口パクをしている人も、それはそれでいいんじゃないかな。ホントは歌ってないくせに、いかにも歌ってるように見せかけているヤツは潔くないとは思うけど。 ――それでは最後に、「何かで世に出たい」と思っている若者にアドバイスを頂けたら。 閣下 やりたいんだったら、やってみればいいじゃないってことだけだよね。すぐにあきらめちゃうなら、そんなにやりたかったことじゃないんだろうし、すっごくやりたいんだったら、ある程度食い下がるんじゃない? その結果、才能がないことに気づくのかもしれないけど。まずは「やるだけやってみる」ができるかどうかだよね。 ――閣下の場合は、世に出る前、どんなモチベーションで活動されていたんですか? 閣下 最初はやっぱり、単なる有名欲みたいなものもあったんだろうな。でも、いったんそれが達成されると、次の目標が必要になってくる。「有名じゃないから、有名になりたい」と思っていたヤツが有名になれたら、次は「違う側面も知ってほしいな」とか「自分が常々考えていることを、みんなが同じように考えてくれればいいのにな」とか、別の欲望が出てくるわけだな。要は、社会に影響を与えたくなるということだろうね。吾輩の場合は、そうだったかな。 ――確固たる地位を確立した、いま現在のモチベーションは、どこに置いていますか? 閣下 いくつかはあるよ。たとえば、インターネットがここまで発達してきているんで、もっといろんな国の人に知ってほしいなと思っていたりね。あとは、吾輩は随分長いことこの業界にいるけれども、実は世間一般での代表曲というのは「蠟人形の館」しかないんだ。最初に出てきた時の曲が代表曲。やっぱり、それを超える曲を歌いたいよね。30年やってきて、最初に勝ってないんだもん。もう「蠟人形の館」を代表曲とは言わせないぞと。 (取材・文=北村ヂン) ●『デーモン閣下 悪魔的歌唱論』 定価 2,160 円(税込) 版元 リットー・ミュージック

子ども時代と地続きの関係の中で生きる楽しさと面倒くささ──「お笑い・プロレス・ドリームハイツ」三題噺でたどるサイプレス上野の足跡

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 人気番組『フリースタイルダンジョン』のモンスターとして、ヒップホップ・リスナーの域を超えて知名度上昇中のサイプレス上野。テレビ番組やCMのみならず、本業の楽曲のほうでも新日本プロレスの新春東京ドーム興行の公式テーマを作成するなど、活動の幅は拡大中だ。そのサ上が、自身の半生を綴った書籍『ジャポニカヒップホップ練習帳』(双葉社)をリリース。『FSD』でのコミカルなキャラクターとも異なる一面が垣間見られる同書について、「お笑い・プロレス・ドリームハイツ」の3ワードを中心に話を聞いた。 *** ――『ジャポニカヒップホップ練習帳』(以下・練習帳)を読んで、一番気になったのが「俺達はラップの練習と平行して、漫才の練習もしてた」のくだりだったんです。漫才についてはその一文しか出てこないですけど。 上野 やりましたね。時期的には『ごっつええ感じ』大ブームの頃です。俺は兄貴がいたから、最初は『ゲンテレ(天才たけしの元気が出るTV!)』派だったんですよ。でも中学になっていい加減『ごっつ』見たほうがいいって雰囲気になって、見たら「なにこれ。超おもしれー!」(笑)。それに影響されて、お笑いの感度が高い連中と俺たちもやってみようという話になった。ボケ・ツッコミはジャンケンで決めて、10分だけ考える時間設けた後、漫才というかコントを作って、家の裏にあった森で披露しました。 ――まさにフリースタイルじゃないですか。 上野 でもガキだったんで、漫才を理論的に分かっていないんですよ。だからお笑いに詳しくて、ロジックを分かってるやつだけが笑いをかっさらっていきましたね。 ――上野さんのお笑いの原点は何なんですか? 上野 ドリフですかねえ。兄貴にムリヤリ見させられて、なんとか間に合ってる世代なんですよ。でもコントの途中に大仏が動き出したり、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』の「スイカ男」は怖くて泣いてたなー。『ひょうきん族』をあまり見なかったのは、ブラックデビルを怖く感じたせいのような。たぶん明るいお笑いを求めてたんでしょうね。それがそのうち、『お笑いウルトラクイズ』に触れて、俺はこっちのムチャやってるほうが好きだなと。 ――その頃、サ上さんはグループの面白いヤツとして君臨してたんですか? 上野 俺はトップではなかったし、ギャグでクラスを笑わせることはなかったです。そこはスノッブで、人のギャグに「つまんねーよ」とチャチャ入れてるようなタイプ。でもお笑いをことこまかく見てたから、他のヤツより詳しいことが多かったかな。
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――ガキ大将タイプだったのかと勝手に思っていたんですが、『練習帳』を読むと決してそうではないですよね。業界やいわゆる“シーン”の中心に行かされそうになると拒んで、全体のバランスを気にしたりするタイプ、と自己分析されているくらいで。 上野 シンナー吸ってるヤツに「ジャイアン」と呼ばれていたぐらいなんで、暴君っぽい一面はあったかもしれないけど、中心には行きたくなかったです。でもカラダがでかかったから、行かざるを得なかったんですよ。隣の地区のグループとケンカした時、リーダー格のヤツに「おまえ、上野だろ?」と言われると、こっちは自覚ないから「え? 俺?」(笑)。こういう役目回ってくるのは、イヤだなと思ってました。 ――その時、サ上さんたちのグループのリーダーはどこに? 上野 その場に全然降りてこなくて、この先輩はダメだと小6で悟りました(笑)。結局、周りが自ら動かないヤツらばかりだったんで、やらざるを得なかっただけです。今も俺が立派な人みたいに見られることが多いけど、単純に相方の吉野と比較されることが多いから良く見られるだけで。 ――俺、出身が神奈川県大和市なんです。 上野 あ、地元近いじゃないですか。今もチャリでブラブラ行きますよ。 ――南にドリームランド、北行けばNORIKIYOさんが団地で悪さを働いていた相模原市があって、そんな危険地帯に囲まれているとは思ってませんでした。 上野 いやいや、大和こそマッドシティですよ!(笑) まあ当時のドリームランドは物騒ではありましたね。家まで暴走族が押しかけて金属バット振り回すようなこともあって、ぶちぎれた警察官のオヤジが追っかけまわしてました(笑)。コンビニのガラスにモノ投げて割ってる、やさぐれたヤツらもいたし。俺たちが健全に野球してたら、「パクられたチャリがここに置いてある。おまえの仕業だろ!」と因縁つけられたこともありましたね。「知らねーよ。ふざけんな!」とキレたら、どうもシンナー吸ってるワタって仲間(サ上とロ吉結成前に組んでいたユニット・ドリームラップスのメンバー)が勝手に持ってきてたみたいで……。そこで揉めてたら、ワタがまたパクッた原チャリに乗ってきたんですよ。そしてその様子を目撃して、そのまま逃げるという(笑)。そこから火蓋切られて、後処理が大変でした。 ――そういう荒れた部分が、サイプレス上野とロベルト吉野の曲にはあまり出てないですよね。 上野 ファーストアルバムで出してたらよかったのかもしれませんね。でも当時、そういうやんちゃや武勇伝みたいなのがだせーなと思ってたんです。危ない経験をして生きてきたことを主張するより、今のほうが楽しくない? って気分で。その頃、俺が音源リリースしたことがラップやめたワタには悔しかったらしく、文句言ってきたことから殴り合いのケンカになったりして、まだ昔話を語る余裕がなかったんです。
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――それでヒップホップの定番でもある、過去を振り返る曲には向かわなかった。 上野 ヤンキー気質の不良って、勝ち上がって社長になるような野心が強くて、ビジネスに向かうヤツが多いんです。結果、猛勉強して若くして社長になったり、法律事務所を始めたりする。ろくな死に方しねーなと思ってたスケーターの後輩たちなんて、それぞれ一国一城の主になってますもんね。「え? おまえら、かなりやってるよね?」と思うようなヤツが税理士になって、今やタワーマンションに住んで、「先輩たちがドリームを守ってくれる」ですから。バカにしてんのかこいつらと(笑)。  でもそれって、自分を捨ててビジネスに徹する覚悟があるんですよ。ラッパーでも昔話系ができる人はひとつ“上がってる”人なんです。NORIKIYOくんとも、マジでしょうもないことを自慢しあってる時期から知ってるし(笑)。今の生活があるから昔を歌える。 ――人が変わったというより、ひとつステージがあがったんですね。 上野 そうなんですよ。でも俺は昔から地続きで延長線上なんで。街も飛び出してないし、いまだ毎週ヤサ(ドリームハイツの一室を仲間で買い取った作業部屋)で反省会してるし。「また揉めごと起こしたらしいじゃねーか」と説教してるのが36才で、「すいません」と謝っている後輩が35才(笑)。  変わらなきゃいけないのかなとも思うんですけど、変わったら変わったで周りが窮屈に感じるだろうし、仲間と決別するのもムリだと分かってるんで。そういえばこないだ後輩の女に、「最近、天狗になってる」ってしつこく言われました。その子に初めて会ったの、今年の夏なんですけどね!(笑) ――面倒な友達が多くても、縁を切りはしない? 上野 腐れ縁で、楽しいは楽しいんです。ただ何回もダメだと思ったし、疲れます。なんせ現役で揉めごとがあるんで(笑)。仲間に店のオーナーやってるヤツがいるんですけど、もともとヤンキー寄りだったのが改心してまっとうになったと思ったら、どうにも気質が抜けない。俺がその店に立つ話になったのに病気で行けなかった時、来店したヒップホップ好きが酔って、ずいぶん客に絡んだらしいんですよ。そうしたらそのオーナーが、「てめー、外出ろ! 二度と来るな!」と叩き出したみたいで。それ、オーナーのすることか? と(笑)。でもそっちのお客さんより、仲間を選びたいと思っちゃうんです。 ――ケンカも多いけど、和解も多いんでしょうね。 上野 「揉めたくない」が前提にあって、面倒くさいからすぐ仲直りしますね。それにどうしようもないヤツらばかりでも、ヒップホップによくある金持って逃げる事態はないかなと。多分ぎりぎりで踏みとどまるはず。そう言いながら、謎みっちゃん(サ上とロ吉と同じ、ZZ PRODUCTION所属アーティスト。ドリームハイツ出身)は踏み込む可能性あるかも(笑)。でもまだ信頼がギリギリ勝ってるな。 ――51対49くらいで。 上野 結局、厄介ごとを楽しむ癖がついちゃいましたね。
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――あと『練習帳』は随所にプロレスの表現が散りばめられてますね。サ上さんのプロレス好きは有名ですが、ついに来年は新日本プロレス東京ドーム大会のテーマを担当するという快挙を。 上野 さすがに世界第2位の団体だけあって、古参のプロレス原理主義者から批判の雨あられを浴びました(笑)。「今までのテーマがよかった」って。それ、いつも聞いてるハードロックみたいなやつだろ? ジャンル違うんですが、と(笑)。でもその言いたくなる気持ちはすごくわかるんです、俺も。まぁ、そこに対する思いを全部喋ると総攻撃食らうんで、このへんにしといてください。 ――もともと団体はどこが好きなんですか。 上野 子どものころは新日、全日見て、FMW、W★ING、リングス……。ほぼほぼ全部見てました。近所の古本屋にすごい数の「週刊プロレス」のバックナンバーが置いてあったから、座って貪り読んでたんです。 ――近所の誰かがプロレス卒業して売ったんでしょうね(笑)。 上野 働き出した兄貴と金を出しあってそれ買って、けど兄貴もプロレスを卒業して全部捨ててました(笑)。俺もその時はプロレスを見てはいても、のれない時期だったんで……。新日の暗黒期で、大日(大日本プロレス)からザンディクがいなくなった頃ですね。 ――2000年代初頭ですか。 上野 それまでしょーもない大会に行って楽しんでいたはずなのに、面白がれなくなって肩落として帰るようなことが続いたんです。そのうちいろんなファンが入ってきても、もう俺だけのもんじゃねーんだ、みたいな気持ちにもなりました。「何も知らない新参者が……」と新規のファンを見下すイヤなプロレスファンになってしまった。 ――それこそ今、ヒップホップに新参者のファンが入ってきているのは、どう感じてるんですか。 上野 ヒップホップはプレイヤーとしてそこにいるんで、また違う感情なんです。ニトロが盛り上がった時は、「知らねーやつがのっかってきやがって」ってにわかヘッズを超憎みました。そこで「ライブはやるけど興味ない」みたいな態度をとって、新譜ばかりかけてる友達のDJとぶつかったりもして、一回ヒップホップから離れたんです。だから『フリースタイルダンジョン』前からヒップホップ好きだった人は、あの頃の俺みたいに歯がゆい気持ちなんじゃないですか。でもプレイヤーがそんなことを言ってもしょうがないんで、棚橋選手みたいに布教活動するのが役目なんだなと。ブームといっても一過性で、「即興でラップできてすごーい」だけじゃないですか。まだ何も開花してない。これから続けていくためにも、顔と音源を売らなければいけないなと思ってます。  でもプロレスに関しては、いっこ抜けた感があるんです。10何年前から誰もいない大会でよく顔をあわせる、女の子のファンがいたんですよ。ガラガラの客席で、リングサイドの反対側にいるから、お互いに意識はしていて。FREEDOMSの興行に行った時、その子に声かけられて、「おまえ、いつもいるよな?」と話をしたんです。ちょうどデスマッチで、周りに友達もいたからギャーギャー騒ぐじゃないですか。そうしたら前に座っていたオタに「静かにしてもらえますか!?」と怒られちゃった。  昔だったら「はあ? ここは騒ぐ場所だろ。おまえバカじゃねえ?」と突っかかっていったはずなんですけど、あ~もうそれを言う必要ないんだなって。その瞬間、後楽園ホールの天井に魂が抜けていった気がしたんです(笑)。 ――「もう自分の知ってるプロレスとは違う」と解脱しましたか。 上野 今、場外乱闘やっても、ファンがリングサイドの席から離れないから、若手がレスラーを止めたりしてるんですよ。昔は席がグシャグシャになって、気づいたら2階席からリングサイドに移動するような楽しみがあったのに(笑)。
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――よくも悪くも今は整備されたんでしょうね。 上野 自分にとって、客のやばさも大事な要素だったんですよ。会場で社会不適合者と出会って、食らうじゃないですか。ずっと寝ているヤツがいたかと思えば、コーラの1.5リットルを何本も持ち込んでゴクゴク飲みながら実況してるやつがいて、それ観てるの好きだったな~(笑)。それも相手を見下すわけじゃなく、冬でも短パン、さらに金髪の俺を見て向こうも同じこと思ってただろうし。人生いろいろで、いろいろな楽しみ方があることを学べたのは、でかかったです。  それに比べると今、プロレスを見ていてもどこか冷静で、自分が熱狂してるか分からないんですよね。じゃあなんで行ってるのかといえば、自分を保つため会場に行ってるのかもしれない。リリック書くのが溜まってて煮詰まってるとき、家から遠い後楽園ホールにわざわざ出向くと、救われるというか。こないだも大日に行ったら、見られたのがセミのフォールからだったんですよ。でもメインマッチの内容がよかったんで、これでいいかなと納得して。 ――今は勝った負けたで一喜一憂はしていない? 上野 ないんですよ。そこは寂しいですね。テーマがある試合は気持ちが入るんですよ。でもそれも09年の葛西VS伊東(FREEDOMS・葛西純VS大日本・伊東竜二のデスマッチ対決。同年のプロレス大賞ベストバウトを受賞。参照)あたりで記憶が止まっている。あれもプロレス雑誌に載ってたバルコニーダイブの写真に俺が映ってるから、「これはやばいことが起こるぞ!」と自分の席外して向かってたんでしょうね。 ――サ上さんはやばい現場にいたい人なんですね。今、ほかに注目してる現場はありますか? 上野 ヒップホップもやばいヤツが現場にいなくなりましたからねえ。アイドル現場は取材でいくと、ファンが結構ちゃんとしていて健全だなと思う。今やばい空気が残ってるのは女子プロレスなのかなー。スカスカの後楽園で、リングサイドでずっと「うおー」とデス声出してるヤツは衝撃でした。人目もはばからず、ずっとカメラでバシャバシャ撮ってるヤツもいるじゃないですか。でも俺たちは自意識が強くてそれができなかった。『東京ポッド許可局』でいう「自意識が邪魔をする」ですね(笑)。だいぶ落ち込んで帰りましたねえ……。いつまでも女子レスラーのポートレートを買える人間でいたいですよ!(笑) (構成=鈴木工/写真=市村岬) ■サイプレス上野 ヒップホップ・ユニット「サイプレス上野とロベルト吉野」のMC。横浜市戸塚区ドリームハイツ出身。最近では『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日)のモンスターとして知られるように。無類のプロレスファンでもあり、来年1月4日開催の「WRESTLE KINGDOME 11 in 東京ドーム」(通称イッテンヨン)のオフィシャルテーマソング「GET READY」を制作。MVがYouTubeで公開中<https://www.youtube.com/watch?v=JA6I_29dmWc> Twitter ID<@resort_lover> ■書籍情報 『ジャポニカヒップホップ練習帳』 今や地上波番組はもとよりテレビCMにも出演し、一般知名度も急上昇中のサイプレス上野の半生記。自分にとっての「ヒップホップとは何か?」がぎゅう詰めされた一冊。 著:サイプレス上野 発行:双葉社 価格:1400円(税別) http://amzn.asia/iLZWZwY

話題の“ネガティブすぎるモデル”長井短 「自意識」の長い旅路と、「友達」へのハンパない想い

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撮影=後藤秀二
『アウト×デラックス』(フジテレビ系)、『徳井と後藤と麗しのSHELLYと芳しの指原が今夜くらべてみました』『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)に「女版・栗原類」「ネガティブすぎるモデル」として登場し、一躍注目を浴びている長井短。その独自の理論に裏打ちされた突拍子もない言動、「友だち」「モテ」に対する尋常ならざる思い入れ……“こじらせる”とも“ひねくれる”とも違う、ニュータイプの自意識エクスプロージョンにはブレークの予感しかない! 日刊サイゾーが、どこよりも早く、話題のモデルに迫ります!! *** ――地上波の番組にも次々とご出演されて、ブレーク間近ですね。 長井短(以下、長井) テレビに出るとスゲェ売れるのかなと思ってたんですけど、別にそんな売れてないというのが現状ですね(笑)。あぁ、SNSのフォロワーが増えたなとか、エゴサーチするといっぱい出てくるな……という程度のことはありますが。 ――エゴサするんですね。長井さんはTwitterも面白いし、SNSの使い方が上手だなぁと。 長井 いや、そんなことないです。中学生くらいからSNSはあって、最初は前略プロフィールで、それがmixiになって、今Twitterになったんですけど、やっぱり昔やってたものとか見返すと、死ぬほど痛いんですよ(笑)。中学生だった私は「ネットには本当のことを書ける」とか、血迷って考えていたようで、いま見ると本当につらい。だから、10年後の自分が恥ずかしい思いをしないで済むようなことしか書けないなって、今は気をつけています。 ――(笑)。長井さんは「ネガティブすぎるモデル」というジャンルで取り上げられていますけど、ご自身はネガティブという自覚はあります? 長井 なんだろう……ネガティブって、「鬱」っぽいイメージじゃないですか。私はどちらかというと「躁」状態に入っちゃうことのほうが多いんです。考えてることは確かにネガティブだし、後ろ向きではあるんですけど。 ――今日はどうやって「長井短」という人間が形成されていったのか、そのあたりのお話を聞きたいなと思っています。 長井 私、『STAR WARS』を幼稚園のときに見て、小1で『ハリー・ポッター』を見て、将来どちらかになりたいと思っていたんですよ。でも、クラスメイトの一番仲良かった女の子に「ジェダイはいない」って、交換ノートに書かれてしまって。 ――交換ノートで!! 長井 交換ノートの“内緒の話”っていうコーナーに「実は私、ジェダイになるのが夢なの」って書いたら「ジェダイはいないよ。あれはハリウッドスターなんだよ」って。すごい傷ついたんですけど、「わかった。じゃあ、ハリウッド人になる」って言ったら「ハリウッド人もいない」と。そのとき、かなりの絶望を味わい、以降「私は生まれる宇宙を間違えた」みたいな気持ちでずっと過ごしていましたね。中二病も相まって。
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――中学時代は、何にハマっていましたか? 長井 『SCHOOL OF LOCK』(TOKYO FM)というラジオ番組ですね。周りの友だちはたいていテレビを見ているし、ジャニーズが好きだけど、私はラジオ。その自尊心がヘンなふうなっちゃって、当時オレンジレンジがはやっていて、実は私も好きだったんですけど、それよりもラジオでかかる曲のほうがいいとか言ってました。 ――オレンジレンジを好きとは言いづらかった。 長井 そう、嫌なヤツですよね(笑)。 ――いや、なんの音楽、なんの映画が好きかって、自分をどう見せるかにおいてすごく大事でしたよね、その時代は。 長井 映画も、最初は普通に『STAR WARS』が好きって言ってたんだけど、それもちゃんと伝わってないなって感じがして。ちょうどその頃、「CUT」(ロッキング・オン)の表紙の裏広告に、たまたま「トッド・ソロンズ」っていう監督の作品が載ってて、まったく知らないけど、なぜか心惹かれて、ずっと見たいと思ってました。 ――「好きな映画は『STAR WARS』」のちゃんと伝わっていない感じを、「トッド・ソロンズ」で解決できるかもしれないと。 長井 はい。中1でようやくTSUTAYAカードを作れるようになり、栄えある初回レンタルがトッド・ソロンズ。ようやく見ることができたんですけど、ただ一般的に中学生が見るような毛色の映画ではなかった。 ――自意識の長い旅路ですね……。 長井 まぁ、満を持して「好きな監督はトッド・ソロンズ」って言ってみたわけですけど、友だちは「何言ってるかわからない」と。こっちも不正解だったようです。 ――今はどうですか? 好きなものは好きと言えるようになりました? 長井 いや、大人になるにつれて、逆の現象が出てきたんですよ。高校に入って「ウディ・アレン」が好きになって、高校生のときは「ウディ・アレン好き」って素直に言いまくってました。でも、大人になってから「ウディ・アレン好きって女も、それはそれでちょっとウザいかも」って思い始めて、それも言いづらくなってしまった。なんか同じ流れで「岩井俊二好き」も言いづらいんです。 ――あぁ、わかります(笑)。 長井 ありますよね。あの世界観が好きって言うと、ちょっと嫌な女っぽいというか。もう逆の逆で『ムカデ人間』とか言えばいいのかなって思ったんだけど、それはそれで狙いすぎっぽいし、いまだにちょうどいいところが見つかってない。 ――(笑)。長井さんは役者業もされていますが、それも映画への興味から始まっているのですか? 長井 やっぱりジェダイになりたかったので、役者になればそういう役もやることができるのかなって、そこからです。お芝居はすごくやりたいとずっと思ってました。ただラジオにハマっていたので、ラジオDJもいいなと思っていました。 ――ラジオDJって、タレントさんともアナウンサーさんともちょっと違う、絶妙なところですね。でも考えてみれば、役者業って、思いっきり人前に出るものですよね。そこに対する抵抗はなかったんですか? 長井 それはなかったです。私、小1から中3までずっと合唱をやってたんですけど、年に1回ミュージカルがあって、舞台に立つこと自体はわりと慣れていました。だから演劇は大丈夫なんですけど、ただ……バラエティ番組とかは、「私で~す」ってなるじゃないですか。 ――「私で~す」(笑)。 長井 その「私で~す」を私がやったところで誰も興味ないだろっていう、そこに対する抵抗はすごく強いんです。誰かが書いた役柄だったら、その作家さんが好きな人たちがいるから、ちゃんと需要がある。その人が書いたものを私が代わりに言わせてもらってます、っていうので少し安心するんですけど。「私」には興味ねぇだろって。
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――モデルというお仕事については、いかがですか? 長井 やる前は全然興味なかったです。高校卒業してからも演劇を続けたくて、でもバイトの面接に行っても、ことごとく落ちるんです。あまりに落ちるので「これは“働くな”と神が言ってる」と思うくらい。でも、演劇だけじゃ絶対食べていけないし、どうしたら“いなかった感じ”で演劇に取り組めるんだろうなって考えたんです。 ――いなかった感じ!? 長井 今までこういうやり方する人はいなかったな、っていう意味の(笑)。 ――あ、そっちですね。よかった(笑)。 長井 そう、それで「モデルやってて映像をやる人はいるけど、モデルやってて舞台やる人ってあんまりいないな」って、これができたらちょっと面白いかなと。最初はバイトの代わりにお金稼げればいいなくらいでしたけど、始めてみたらすごく面白くて。 ――イメージと違いました? 長井 それまでは「CanCam」(小学館)とか「non-no」(集英社)とかの、ハシャいでる女っていうイメージだったんですよ。でも、私に来る仕事は「ハシャぐな」。ぼーっとしててほしいっていう依頼が多くて、ぼーっとするのなんて得意得意って(笑)。あと、いわゆるカワイイ服、みたいなのじゃなかったんですよね。普段着ない感じの服が多くて、そういうのを着られるのも面白かった。ちょっと「難解」っぽいのが、自分には合ってる。 ――確かに長井さんが「モテ服で着回し〇〇days」みたいな企画に出ているのは、想像できません。 長井 そういうのを、若干バカにしながら生きてきた節もあるので。よかったです。「モテ」とか意識しなくていい仕事で。 ――「モテ」は、いらないですか? 長井 いや、普通にモテたいですよ!! ただ、モデルやっても全然モテない……。 ――アパレルブランドのパーティーに行って、シャンパン飲んだりしないんですか? 長井 事務所にお誘いのメールは来たりするんですけど、一人じゃ行けないし、行って「あ、長井さんだ」みたいになれば「ごきげんよう」って手を振っていればいいんだろうなと思うけど、そもそも誰も知らないし、友だちもいないし。 ――テレビでもお話しされていましたが、長井さんの「友だち」に対する思いハンパないですよね。 長井 ほんっとに、友だちが欲しくて仕方ないんですよ。でも、どうしたらいいかわからない。素敵だなと思うと「友だちになろう」とかすぐ言っちゃうんですけど、「『友だちになろう』って、言う?」って返ってきちゃうし。 ――確かに、どんな儀式をすれば「友だち」になれるのかわからない。 長井 そうなんですよ。学校があれば友だちと呼べないまでも、どうしたって3年間顔を合わせ続けるから、一定の間柄にはなれるじゃないですか。学校に行かなくなると、その安心感もなくなる。クラスメイトだったころは「おはよう」って言えるけど、卒業してから「おはよう」ってLINEするのもおかしいし、でも用事もないし、ただ「まだ友だちだよね」っていうのを確認したかったりするんですけど、たぶん引かれるから連絡もできない。 ――いや、それには共感する人多いと思います。 長井 誰も教えてくれないんですよ、友だちの作り方と友だちの続け方って。大人になると、飲みに行くしかなくて、「最近仕事どう? 順調?」とか、それもいいんですけど……もっと、なんというか、ゲームしたいんですよ。 ――ゲームですか!?
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長井 純粋な遊びっていうのがしたくて。居酒屋もいいけど、公園で待ち合わせしたいし、ゲームセンター行きたいし。人と遊びたい、とにかく。「本気でバトルして、絆芽生えた」みたいなのが欲しいんです。 ――河原で殴り合って抱きしめ合う的な。 長井 そういう流れが欲しいです。なんで大人になると、できなくなっちゃうんでしょうね……。 ――今、長井さんは、何をしてるときが一番楽しいですか? 長井 なんだろう……家で、パソコンでアニメとか流して、テレビで録画したドラマ流して、携帯でツムツムやりながら、ラジオもかけてみたいな、とんでもない情報があふれてるところで一人ぼーっとしてる時が一番安らぎます。 ――安心するんですか? 長井 この情報をどこまで追いきれるのか、私? っていうのも楽しい。 ――男性に求めるものは? 長井 「正しい人」が好きかもしれない。正しさを感じる人。倫理観とかはどうでもいいんですけど、自分が大切にしたいものや好きなものに絶対誠実に向き合えているかどうか。子どもみたいな人なんですかね。 ――なるほど。 長井 「今、今、今」みたいな人が好きなんです。今、ここが、大事。明日より……。 ――カッコイイ……昔の椎名林檎みたい。 長井 私が言うと痛いですね(笑)。 ――あまりにお話が面白すぎて、うっかり忘れそうになっていたんですけど、12月には舞台も控えてらっしゃいますよね。 長井 そうなんです。7月に玉田企画という劇団にお世話になって、そこの主宰の玉田さんがやっているユニットのコント公演『弱い人たち』に出させてもらいます。私がよくお世話になっている「月刊『根本宗子』」は台本の一言一句きっちり覚えるっていうやり方だけど、逆に玉田さんは論旨が合っていれば自分の言葉でしゃべってくれたほうがむしろいいという人で。そういうところでやるのが新鮮でもあり、難しくもあります。 ――演劇以外で、これからやってみたいことは何かありますか? 長井 コラムとか書きたいです。ラジオDJもそうですけど、顔バレしない仕事を。なんか紛れていたいんですよ。バーンっていくのも怖いし、ちょうどいいところにいたいです。知ってる人は知ってるけど、そんなに2ちゃんで叩かれるほどでもないっていう。 ――ジャンルは? 長井 なんでもいいです。ただ、ポエムみたいなのはイヤですけど。 ――ポエム(笑)。 長井 よくあるじゃないですか。ちょっとした夕日の写真に、うっとりした言葉並べるの。感受性豊かアピールみたいの、キツイですよね。そして、間違いなく10年後の私が死ぬ(笑)。 (取材・文=西澤千央) ●長井短Twitter https://twitter.com/popbelop?lang=ja ●お笑い×演劇ユニット「弱い人たち」 第2回コント公演『もっと強くなりたい』 <公演日・開演時間> 12月22日(木)19:30 12月23日(金・祝)14:00/19:00 <会場> ユーロライブ <企画・脚本・演出・出演> 上田航平(ゾフィー)、塚本直毅(ラブレターズ)、ポテンシャル聡(ハイパーポテンシャルズ)、玉田真也(玉田企画) <出演> 芝大輔(モグライダー)、岡野陽一、橋本小雪(日本エレキテル連合)、長井短、菊池真琴ほか http://eurolive.jp/ 

「女は穴だと思っていた……」“元アウトローのカリスマ”瓜田純士、4度目の結婚で改心したワケ

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 独身男性の7割、独身女性の6割は恋人がおらず、独身者の6割が休日はインドア派といわれる現代ニッポン。モテない男女や出会いがない男女は、一体どうすれば結婚できるのか? そもそも結婚って、する価値があるのか? これまで4度の結婚を経験している“元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士(36)に、意見を聞いた。  * * * ――国立社会保障・人口問題研究所が今年、18~34歳の独身者を対象に行った調査によると、男性の69.8%、女性の59.1%は交際相手がいないそうです。これは過去最多の数字だとか。ちなみに、このうち男女とも約3割は「交際を望んでいない」と回答したそうです。 瓜田純士(以下/純士) ってことは、残りの約7割は、「恋人が欲しいけど見つからない」という状態ですよね。そっちの原因なら、今田耕司や岡村隆史を見れば答えが出ますよ。あれだけ人気者で金持ちなのに相手がいないっていうのは、結局は理想が高過ぎるんでしょう。誰でもいいなら誰かいる。一般人の独身男性も同じです。現実問題、駅の売店でクロレッツを売ってるようなおばちゃんとか、近所の中華料理屋の娘とか、誰でもいいんだったら、相手は見つかる。絶対いるんです。でも「そういう身近過ぎる人はちょっと……」と、多くの連中が思ってる。そんな奴らに限って、初音ミクとかのバーチャルな存在に恋しちゃってるんじゃないでしょうか。 ――ルックス的な問題で、恋愛や結婚をできない人もいるのでは? 純士 それだって、ダイエットしたり、千円カットをやめて美容院に行ったり、店員のアドバイスに従ってオシャレな服を買ったりして自分を磨けば、その人なりにある程度はモテるようになりますよ。自分らの親の世代を見てみてくださいよ。どんな人でも結婚してません? どんな不細工なサラリーマンでも、どんなデブッチョなおばさんでも、お見合いとかして若いうちに結婚して、「ウチの旦那は安月給」とか「ウチの嫁は家で寝転がって煎餅ばっか食ってる」とか悪口言い合いながらも夫婦生活を送ってるじゃないですか。今それが減ったのは、どいつもこいつも理想が高過ぎるからですよ。 ――なぜ理想が高くなったのでしょう? 純士 ネットなどの情報量が多過ぎて、目が肥えちゃったのかな。好きなアイドルの顔を拝むのだって、昔はテレビの前にかじりついて、月に一度の雑誌を買って、テレカを買って、時にはサイン会に並んだりして大変だったけど、今はSNSで毎日新しい表情を見れるわけだし、Twitterを見れば活動状況もわかる。 ――動かずして最新情報を続々とゲットできますからね。 純士 ええ。パソコン1台で好みの女子の動画や画像を、好きなときに好きなだけ、ほぼ無料で独占できちゃうわけです。それに比べて、リアル社会はどうなのか? 友達から「あの子はないだろ」とからかわれそうなクオリティーの、いわゆる「中の下」の子たちを、わざわざお金を出して映画館や焼肉屋に連れて行くかっていったら、アホくさく思えてしまう。「その間、家でパソコンしよう」となっちゃうんでしょう。 ――実際、シチズン社が先ごろ発表した独身男女の生態調査によると、「休日の過ごし方」で最多の6割を占めたのが、「1人で家で過ごす」という回答。休日にやりたいことを問うと、「睡眠」「ネット」「テレビ・DVD」など家の中での行為が上位でした。 純士 そりゃ出会いもないわな、って感じですね。結婚願望もないのかな? ――ところが、冒頭でも紹介した国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、「いずれ結婚するつもり」と考えている独身者は男女とも9割弱いるらしいです。 純士 本人も行き詰まって、親も死にかけて、「死ぬ前に孫の顔を見たい」と言われてから仕方なく身を固めようって腹なんでしょう。それまでは自由にさせてくれ、と。 ――結婚に魅力を感じない人が多いのかも。 純士 俺も「結婚の幸せ」を感じるようになったのは、今の嫁と一緒になってからですよ。最近、自分が変わっていく姿を見て思うんですが、独身とか恋人がいない時期の自分は、自分のためだけに生きていた。だから欲しいものを好きなだけ買えたし、今日は2軒目に行かないで帰ろうとか、今日は朝まで飲もうとかも自分の都合だけで決められました。だけど相手がいると、なんにつけてもまずは「相手のため」を考える。その中で自分の生き甲斐を見つけていくっていうのが結婚生活です。自分のために生きるんじゃなく、相手のために生きていく。そう腹をくくれないと、結婚は難しい。「自分が自分が」と思ってるうちは、無理ですね。
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――奥様も同感ですか? 瓜田麗子(以下/麗子) 私も昔は「自分が自分が」という性格だったんですが、おじゅん(夫の愛称)と出会ってからは、自分の欲は捨ててでも、彼をサポートする側に回ろうと思うようになりました。 純士 見るも夢も、欲しいものも、目標も、2人一緒になってくるんですよ。 ――瓜田さんは、結婚を4回もしていますよね? 純士 俺、一応は元アウトローですよ。アウトローが1回しか髪を染めたことがない。そんなわけないじゃないですか。アウトローなのに、街を歩いてる最中にケンカを売られた経験が1回しかない。そんなわけもない。はっきり言ってこの顔で、前科1犯じゃ笑われますよ。そういうことです。結婚も4回ぐらいやっとけば一応、アウトローとしてのハクがつくのかな、と。 ――とんでもない結婚観ですね。 純士 今思うと最初の3回は、相手のことをちゃんと考えずに結婚した。すべては自分の演出のためでした。相手にはものすごく可哀想なことをしましたね。「腹減ったから牛丼を食べる」という感覚で一緒になって、お腹いっぱいになったら「ハイさよなら」ですから。そいつらの人生なんてどうでもいいと思ってたからこそ、そういうことができたんでしょう。 ――そんなこと言って大丈夫ですか? 純士 大丈夫です。あいつらもわかってるはずです。でも今は相手を思って一緒になってるんで。今の嫁は、過去のマネキンたちとは格が違うんです。 ――マネキン? 純士 昔は、相手を人間と思ってなかった。好きとか嫌いとか以前に、相手に対する感情が全然入ってなかったんですよ。あの当時は男の人間関係のほうが大事だったから、男同士の付き合いを女に邪魔されようもんなら、その瞬間、「天からケツまで俺とお前は違うのに、対等な口きくんじゃねえ!」と腹が立って、チャカで弾きたくなったんです。 ――聞けば聞くほど、尋常じゃないですね。 純士 そんなことを繰り返してきたから、自分は安らぎや本当の恋愛とは一生無縁なんだろうと思ってました。女と付き合うと最後は必ず「てめえこの野郎!」となっちゃう。病的でしたからからね、俺の短気は。 麗子 昔のおじゅんは、女心をまったくわかってなかったしな。 純士 こんなこと言ったらさらに顰蹙を買うでしょうけど、以前は女なんて、ただの「穴」だと思ってましたから。歩く穴。ウォーキング・ホールですよ。俺は自分のお袋を尊敬してきたので、「お袋に堂々と会わせられるような相手以外は女として見ちゃいけない」という思いがあって。口にこそ出しませんでしたが、昔は女と付き合ってる最中、「お袋に会わせたくないな。ってことは、お前は穴だな。穴はとっととシャワー浴びて帰れよ」と内心思うことが多かったんです。 ――なぜそこまで女性を軽蔑していたのでしょう? 純士 俺がただの最低野郎だから……っていうより、少年期からトラブルが多過ぎて人間不信になっていたのが大きいですね。女は大抵うたう(密告する)し裏切るんで、冷めた目で見ちゃってました。内側を見せたくないし内側に入れたくない。恋愛ごっこもたまにはしたけど、俺はいつでも仮面をかぶった状態。女が寄ってくると、すべてがハニートラップに思えちゃう。気が抜けない。勘ぐってピリピリしちゃうんです。 ――男同士の人間関係は当時、どうだったのでしょう? 純士 男同士の世界なら、裏切られたら「この野郎!」とやり返すこともできるし、裏切ったほうも怯えてガラをかわすハメになるじゃないですか。でも女は違う。寝返り打ったり、誰かにペラ打ったりしても、翌日にはシレッと自分の生活を送ることができる。痛い目に遭わないと思って、余裕かましてるんですよ。俺はそれがイヤで、クソッタレと思ってました。 麗子 私と付き合い始めのころも、おじゅんは全然心を開いてくれなくて、横を並んで歩くことも許してくれへんかったな。後ろを歩け、と。デート中に手を繋ぐなんて、とんでもない。恥ずかしいから絶対にダメだって。 純士 当時の俺は頭の中で、「なんでこの関西の女は俺がタバコを切らしてるのにストックを持ってないんだ?」ぐらいに思ってましたからね。で、ある日、彼女から言われたんです。「純士の考える恋愛関係は『親分と若い衆』であって、男と女じゃない」と(笑)。俺はそれを聞いて、「あれ? 俺ってそんなに変?」と少しずつ反省し始めた感じですかね。 麗子 あのころのおじゅんは、ホンマにどうかしてたわ! 純士 で、そのあと結婚してから一度だけ、彼女に手を出して怖がらせてしまったことがあって。それをやらかしてから、俺の中で確実に何かが変わりましたね。本当にすまないことをしたと反省し、その日から「責任を取らなきゃ。こいつと一緒の墓に入るんだ」という覚悟が決まり、生まれて初めて女と二人三脚になれた。以来、口ゲンカはたまにあるけど、暴力は一度もないですね。「怖いからさよなら」と言わずに、彼女は逃げずについてきてくれた。だから俺もその気持ちに応えて、まともな人間になるべく、努力するようになりました。で、こうして今も2人で一緒にいるから、ほとんど「戦友」みたいな感覚ですね。彼女とだけは、深い絆的なものを感じるんですよ。 ――奥様は殴られたとき、逃げることを考えなかったんですか? 麗子 足腰強いほうなんで、あの程度じゃ逃げないですね。私、後悔する人生がイヤなんですよ。この人と縁あって結婚したからには、やれることは全部やって、後悔だけはしないようにしたい、と。その結果、「どうしてもお前とは無理」と言われたなら仕方がないけど、そうじゃないなら、諦めたくないんです。 ――根性が据わっていますね。 純士 ほとんど任侠の世界ですよ。われわれ夫婦の物差しは一致していて、「一番格好いい生き方ってなんだろう?」ってことを最重視するんです。基本、2人とも格好つけなんで、考え方も行動も、全部が格好いいと言われたいんですよ。 麗子 私を殴ったのは格好悪いで! 純士 まぁまぁまぁ……。で、格好良さを目指した結果、必然的に駄目な部分や無駄な部分が削ぎ落とされて、結果的に、ここ(と言って妻を指差す)だけが見えていればいい、という境地にたどり着いた。それが真人間になれた理由ですかね。格好良くなかったんですよ、昔の俺は。結婚を繰り返したり、自分のためだけに生きたり。ハンパもんでしたよ、かつての俺は。 ――結婚したくてもできない人たちは、どうしたら瓜田夫妻のように運命的なパートナーを見つけられるのでしょう? 純士 それは出会いたくても出会えない。でも、出会うときには出会うもんです。もっと真面目なことを言えば、これまでそういう人と何度も出会っていたはずなのに、みんな無視しちゃってるんじゃないでしょうか。で、「モテない」と嘆いてるのかも。モテる奴はそういうところに気が利くから、女のサインを無視しません。「あ、あの子、たぶん俺に気があるから傘を忘れていったな」とかね。勘違いを含め、いちいち相手にするから釣れるんです。でも鈍感な奴は「なんだあの女、傘忘れていきやがった。バカだな」で終わっちゃう。その違いです。やろうと思えば、ゆきずりの女に時間を聞いて、ついでにLINEを交換して、そこから結婚に持ち込むことなんて余裕なんです。恋人が欲しいなら、日常の些細なチャンスに敏感になってください。 ――ズバリ、結婚はオススメですか? 純士 オススメです。自分はこんな美人な嫁がいて言うのもなんですが、相手は無難な線でいいから、生涯を一緒に歩める異性がいたほうがいい。妥協してでも、その相手を作ったほうがいいです。 ――その心は? 純士 俺は男の気持ちしかわからないので、ノンケの独身男性に言いますが、今はそうは思わなくても、いつの日か必ず、安らげる場所が欲しくなるはず。そして、安らぎを与えてくれる真の理解者はやっぱり、同性ではなく異性なんです。自分の愚痴を聞いてくれるような、黙って帰って来ても気持ちを理解してくれて、ご飯の支度をしてくれるような異性のパートナーがいたほうが、男は、右にも左にも方向が定まります。 ――方向が定まる、とは? 純士 フラフラせずに生きられる、という意味です。  * * *  4度目の結婚を機に、酒もタバコもケンカもやめて、作家業に勤しむ瓜田の言葉。世の独身者の心に、どう響いただろうか。 (取材・文=岡林敬太) ※瓜田純士&麗子 Instagram https://www.instagram.com/junshi.reiko/ ※日刊サイゾーでは瓜田純士の最新情報をほぼ月イチペースでお届けしています。

「女は穴だと思っていた……」“元アウトローのカリスマ”瓜田純士、4度目の結婚で改心したワケ

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 独身男性の7割、独身女性の6割は恋人がおらず、独身者の6割が休日はインドア派といわれる現代ニッポン。モテない男女や出会いがない男女は、一体どうすれば結婚できるのか? そもそも結婚って、する価値があるのか? これまで4度の結婚を経験している“元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士(36)に、意見を聞いた。  * * * ――国立社会保障・人口問題研究所が今年、18~34歳の独身者を対象に行った調査によると、男性の69.8%、女性の59.1%は交際相手がいないそうです。これは過去最多の数字だとか。ちなみに、このうち男女とも約3割は「交際を望んでいない」と回答したそうです。 瓜田純士(以下/純士) ってことは、残りの約7割は、「恋人が欲しいけど見つからない」という状態ですよね。そっちの原因なら、今田耕司や岡村隆史を見れば答えが出ますよ。あれだけ人気者で金持ちなのに相手がいないっていうのは、結局は理想が高過ぎるんでしょう。誰でもいいなら誰かいる。一般人の独身男性も同じです。現実問題、駅の売店でクロレッツを売ってるようなおばちゃんとか、近所の中華料理屋の娘とか、誰でもいいんだったら、相手は見つかる。絶対いるんです。でも「そういう身近過ぎる人はちょっと……」と、多くの連中が思ってる。そんな奴らに限って、初音ミクとかのバーチャルな存在に恋しちゃってるんじゃないでしょうか。 ――ルックス的な問題で、恋愛や結婚をできない人もいるのでは? 純士 それだって、ダイエットしたり、千円カットをやめて美容院に行ったり、店員のアドバイスに従ってオシャレな服を買ったりして自分を磨けば、その人なりにある程度はモテるようになりますよ。自分らの親の世代を見てみてくださいよ。どんな人でも結婚してません? どんな不細工なサラリーマンでも、どんなデブッチョなおばさんでも、お見合いとかして若いうちに結婚して、「ウチの旦那は安月給」とか「ウチの嫁は家で寝転がって煎餅ばっか食ってる」とか悪口言い合いながらも夫婦生活を送ってるじゃないですか。今それが減ったのは、どいつもこいつも理想が高過ぎるからですよ。 ――なぜ理想が高くなったのでしょう? 純士 ネットなどの情報量が多過ぎて、目が肥えちゃったのかな。好きなアイドルの顔を拝むのだって、昔はテレビの前にかじりついて、月に一度の雑誌を買って、テレカを買って、時にはサイン会に並んだりして大変だったけど、今はSNSで毎日新しい表情を見れるわけだし、Twitterを見れば活動状況もわかる。 ――動かずして最新情報を続々とゲットできますからね。 純士 ええ。パソコン1台で好みの女子の動画や画像を、好きなときに好きなだけ、ほぼ無料で独占できちゃうわけです。それに比べて、リアル社会はどうなのか? 友達から「あの子はないだろ」とからかわれそうなクオリティーの、いわゆる「中の下」の子たちを、わざわざお金を出して映画館や焼肉屋に連れて行くかっていったら、アホくさく思えてしまう。「その間、家でパソコンしよう」となっちゃうんでしょう。 ――実際、シチズン社が先ごろ発表した独身男女の生態調査によると、「休日の過ごし方」で最多の6割を占めたのが、「1人で家で過ごす」という回答。休日にやりたいことを問うと、「睡眠」「ネット」「テレビ・DVD」など家の中での行為が上位でした。 純士 そりゃ出会いもないわな、って感じですね。結婚願望もないのかな? ――ところが、冒頭でも紹介した国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、「いずれ結婚するつもり」と考えている独身者は男女とも9割弱いるらしいです。 純士 本人も行き詰まって、親も死にかけて、「死ぬ前に孫の顔を見たい」と言われてから仕方なく身を固めようって腹なんでしょう。それまでは自由にさせてくれ、と。 ――結婚に魅力を感じない人が多いのかも。 純士 俺も「結婚の幸せ」を感じるようになったのは、今の嫁と一緒になってからですよ。最近、自分が変わっていく姿を見て思うんですが、独身とか恋人がいない時期の自分は、自分のためだけに生きていた。だから欲しいものを好きなだけ買えたし、今日は2軒目に行かないで帰ろうとか、今日は朝まで飲もうとかも自分の都合だけで決められました。だけど相手がいると、なんにつけてもまずは「相手のため」を考える。その中で自分の生き甲斐を見つけていくっていうのが結婚生活です。自分のために生きるんじゃなく、相手のために生きていく。そう腹をくくれないと、結婚は難しい。「自分が自分が」と思ってるうちは、無理ですね。
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――奥様も同感ですか? 瓜田麗子(以下/麗子) 私も昔は「自分が自分が」という性格だったんですが、おじゅん(夫の愛称)と出会ってからは、自分の欲は捨ててでも、彼をサポートする側に回ろうと思うようになりました。 純士 見るも夢も、欲しいものも、目標も、2人一緒になってくるんですよ。 ――瓜田さんは、結婚を4回もしていますよね? 純士 俺、一応は元アウトローですよ。アウトローが1回しか髪を染めたことがない。そんなわけないじゃないですか。アウトローなのに、街を歩いてる最中にケンカを売られた経験が1回しかない。そんなわけもない。はっきり言ってこの顔で、前科1犯じゃ笑われますよ。そういうことです。結婚も4回ぐらいやっとけば一応、アウトローとしてのハクがつくのかな、と。 ――とんでもない結婚観ですね。 純士 今思うと最初の3回は、相手のことをちゃんと考えずに結婚した。すべては自分の演出のためでした。相手にはものすごく可哀想なことをしましたね。「腹減ったから牛丼を食べる」という感覚で一緒になって、お腹いっぱいになったら「ハイさよなら」ですから。そいつらの人生なんてどうでもいいと思ってたからこそ、そういうことができたんでしょう。 ――そんなこと言って大丈夫ですか? 純士 大丈夫です。あいつらもわかってるはずです。でも今は相手を思って一緒になってるんで。今の嫁は、過去のマネキンたちとは格が違うんです。 ――マネキン? 純士 昔は、相手を人間と思ってなかった。好きとか嫌いとか以前に、相手に対する感情が全然入ってなかったんですよ。あの当時は男の人間関係のほうが大事だったから、男同士の付き合いを女に邪魔されようもんなら、その瞬間、「天からケツまで俺とお前は違うのに、対等な口きくんじゃねえ!」と腹が立って、チャカで弾きたくなったんです。 ――聞けば聞くほど、尋常じゃないですね。 純士 そんなことを繰り返してきたから、自分は安らぎや本当の恋愛とは一生無縁なんだろうと思ってました。女と付き合うと最後は必ず「てめえこの野郎!」となっちゃう。病的でしたからからね、俺の短気は。 麗子 昔のおじゅんは、女心をまったくわかってなかったしな。 純士 こんなこと言ったらさらに顰蹙を買うでしょうけど、以前は女なんて、ただの「穴」だと思ってましたから。歩く穴。ウォーキング・ホールですよ。俺は自分のお袋を尊敬してきたので、「お袋に堂々と会わせられるような相手以外は女として見ちゃいけない」という思いがあって。口にこそ出しませんでしたが、昔は女と付き合ってる最中、「お袋に会わせたくないな。ってことは、お前は穴だな。穴はとっととシャワー浴びて帰れよ」と内心思うことが多かったんです。 ――なぜそこまで女性を軽蔑していたのでしょう? 純士 俺がただの最低野郎だから……っていうより、少年期からトラブルが多過ぎて人間不信になっていたのが大きいですね。女は大抵うたう(密告する)し裏切るんで、冷めた目で見ちゃってました。内側を見せたくないし内側に入れたくない。恋愛ごっこもたまにはしたけど、俺はいつでも仮面をかぶった状態。女が寄ってくると、すべてがハニートラップに思えちゃう。気が抜けない。勘ぐってピリピリしちゃうんです。 ――男同士の人間関係は当時、どうだったのでしょう? 純士 男同士の世界なら、裏切られたら「この野郎!」とやり返すこともできるし、裏切ったほうも怯えてガラをかわすハメになるじゃないですか。でも女は違う。寝返り打ったり、誰かにペラ打ったりしても、翌日にはシレッと自分の生活を送ることができる。痛い目に遭わないと思って、余裕かましてるんですよ。俺はそれがイヤで、クソッタレと思ってました。 麗子 私と付き合い始めのころも、おじゅんは全然心を開いてくれなくて、横を並んで歩くことも許してくれへんかったな。後ろを歩け、と。デート中に手を繋ぐなんて、とんでもない。恥ずかしいから絶対にダメだって。 純士 当時の俺は頭の中で、「なんでこの関西の女は俺がタバコを切らしてるのにストックを持ってないんだ?」ぐらいに思ってましたからね。で、ある日、彼女から言われたんです。「純士の考える恋愛関係は『親分と若い衆』であって、男と女じゃない」と(笑)。俺はそれを聞いて、「あれ? 俺ってそんなに変?」と少しずつ反省し始めた感じですかね。 麗子 あのころのおじゅんは、ホンマにどうかしてたわ! 純士 で、そのあと結婚してから一度だけ、彼女に手を出して怖がらせてしまったことがあって。それをやらかしてから、俺の中で確実に何かが変わりましたね。本当にすまないことをしたと反省し、その日から「責任を取らなきゃ。こいつと一緒の墓に入るんだ」という覚悟が決まり、生まれて初めて女と二人三脚になれた。以来、口ゲンカはたまにあるけど、暴力は一度もないですね。「怖いからさよなら」と言わずに、彼女は逃げずについてきてくれた。だから俺もその気持ちに応えて、まともな人間になるべく、努力するようになりました。で、こうして今も2人で一緒にいるから、ほとんど「戦友」みたいな感覚ですね。彼女とだけは、深い絆的なものを感じるんですよ。 ――奥様は殴られたとき、逃げることを考えなかったんですか? 麗子 足腰強いほうなんで、あの程度じゃ逃げないですね。私、後悔する人生がイヤなんですよ。この人と縁あって結婚したからには、やれることは全部やって、後悔だけはしないようにしたい、と。その結果、「どうしてもお前とは無理」と言われたなら仕方がないけど、そうじゃないなら、諦めたくないんです。 ――根性が据わっていますね。 純士 ほとんど任侠の世界ですよ。われわれ夫婦の物差しは一致していて、「一番格好いい生き方ってなんだろう?」ってことを最重視するんです。基本、2人とも格好つけなんで、考え方も行動も、全部が格好いいと言われたいんですよ。 麗子 私を殴ったのは格好悪いで! 純士 まぁまぁまぁ……。で、格好良さを目指した結果、必然的に駄目な部分や無駄な部分が削ぎ落とされて、結果的に、ここ(と言って妻を指差す)だけが見えていればいい、という境地にたどり着いた。それが真人間になれた理由ですかね。格好良くなかったんですよ、昔の俺は。結婚を繰り返したり、自分のためだけに生きたり。ハンパもんでしたよ、かつての俺は。 ――結婚したくてもできない人たちは、どうしたら瓜田夫妻のように運命的なパートナーを見つけられるのでしょう? 純士 それは出会いたくても出会えない。でも、出会うときには出会うもんです。もっと真面目なことを言えば、これまでそういう人と何度も出会っていたはずなのに、みんな無視しちゃってるんじゃないでしょうか。で、「モテない」と嘆いてるのかも。モテる奴はそういうところに気が利くから、女のサインを無視しません。「あ、あの子、たぶん俺に気があるから傘を忘れていったな」とかね。勘違いを含め、いちいち相手にするから釣れるんです。でも鈍感な奴は「なんだあの女、傘忘れていきやがった。バカだな」で終わっちゃう。その違いです。やろうと思えば、ゆきずりの女に時間を聞いて、ついでにLINEを交換して、そこから結婚に持ち込むことなんて余裕なんです。恋人が欲しいなら、日常の些細なチャンスに敏感になってください。 ――ズバリ、結婚はオススメですか? 純士 オススメです。自分はこんな美人な嫁がいて言うのもなんですが、相手は無難な線でいいから、生涯を一緒に歩める異性がいたほうがいい。妥協してでも、その相手を作ったほうがいいです。 ――その心は? 純士 俺は男の気持ちしかわからないので、ノンケの独身男性に言いますが、今はそうは思わなくても、いつの日か必ず、安らげる場所が欲しくなるはず。そして、安らぎを与えてくれる真の理解者はやっぱり、同性ではなく異性なんです。自分の愚痴を聞いてくれるような、黙って帰って来ても気持ちを理解してくれて、ご飯の支度をしてくれるような異性のパートナーがいたほうが、男は、右にも左にも方向が定まります。 ――方向が定まる、とは? 純士 フラフラせずに生きられる、という意味です。  * * *  4度目の結婚を機に、酒もタバコもケンカもやめて、作家業に勤しむ瓜田の言葉。世の独身者の心に、どう響いただろうか。 (取材・文=岡林敬太) ※瓜田純士&麗子 Instagram https://www.instagram.com/junshi.reiko/ ※日刊サイゾーでは瓜田純士の最新情報をほぼ月イチペースでお届けしています。

「キャンタマンクラッカー」でブレーク間近! ルシファー吉岡が追求し続ける、“パンティ”の果てなき可能性

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撮影=尾藤能暢
 R-1ぐらんぷり決勝での“キャンタマンクラッカー”、そして『アメトーーク!』(テレビ朝日系)「パクりたい-1グランプリ」での“ゲンコツ山のタヌキさん”……秀逸なフレーズと圧倒的バカバカしさで、現在お笑い界を席巻しているルシファー吉岡。理系院卒の脱サラ芸人という異色の経歴を持つ彼は、いかにして「下ネタの帝王」の座へとたどり着いたのか? 会社員・吉岡大輔が、ピン芸人ルシファー吉岡になるまでの道のりを訊く。 *** ――こうして取材させていただくと、ルシファーさんのネタの「インタビュー」をすごく思い出しちゃいます。 ルシファー吉岡(以下、ルシファー) 「インタビュー」……あ、ああ、あの露出狂のネタですね。 ――露出狂じゃないです。“露出シャン”です。 ルシファー 半分忘れてましたよ(笑)。 ――大好きで、あのネタ。ルシファーさんのネタの斬新さは、やはりその変わった経歴もひとつの要因だったりするのでしょうか? もともとメーカーにお勤めだったとか。 ルシファー メーカーではないんですよ。正確にはメーカーの下請けなんですが、。東京モーターショーに出品する車、いわゆるコンセプトカーをキレイに見せるライト、そのライトを……。 ――ライトを作っていたんですか! ルシファー いや、そのライトを操作するリモコンの、そのリモコンの内部にある回路を作っていました。 ――細かい。そしてバリバリの理系。 ルシファー 一応、大学院まで出ているので。そんなにいい大学ではないんですけど。 ――理系の大学院まで行って芸人になる方って、あまりいらっしゃらないんじゃないですか? ルシファー 確かに、院まで行って就職してから芸人っていうのは、珍しいかもしれないですね。だって普通、大学院に進学するって、そういうことじゃないですか。その道で頑張るんだろうって。 ――ご両親も、そのつもりだったでしょうね。 ルシファー でも、芸人になりたいっていうのは、18くらいから言ってたんですよ。上京してすぐ「芸人になる」って親に連絡して。親は「東京出て浮かれたのはわかるんだけど、一回落ち着け」と。たぶん僕が「大学院行く」って言った時点で、安心したと思うんですよ。それで、就職も決まって「やっと肩の荷も下りたな」っていうところで、「会社辞めて芸人になる」と電話で伝えたんで。 ――それはショック……。 ルシファー 「会社辞めて芸人になるわ」の「わ」くらいのタイミングで、母親が「ウワーーーーン」って泣きだしました(笑)。あんなに人が早く泣くの、初めて経験した。 ――大学院行った、就職もした、そして「芸人」ですからね……。 ルシファー 「マジかーーーい」だったんでしょう(笑)。しばらく泣いて、その後は20分くらいずっとののしられて。泣き終わったら、腹立ってきたんでしょうね(笑)。 ――なんかわかります、お母さまの気持ち。 ルシファー 「アンタなんか、全然面白くないんだから!!」って。
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■毎日やってくる「昼休み」に耐えられなくて…… ――上京してご両親に「芸人になる」って伝えてから、実は気持ちはずっと変わっていなかったんですね。 ルシファー 変わってなかったっていうと、ちょっと違うかなぁ。コンビを組もうって誘っていた人がいて、その人が大学卒業間際に「やっぱり就職する」って言いだしたんですよ。だから僕も「じゃあやめよう」って思った。お笑いといえば、コンビだと思ってたから。でも就職してから、毎朝7時に起きて、12時くらいに昼飯食って、ちょっと残業して……そういう生活が続くと「また昼休みかーーーい」って思うようになってきたんです。また昼が来て、ごはん食べて、ちょっとデスクでウトウトして、それが「またかーーい、また来んのかーーい」って、耐えられなくなってきた。 ――毎日来ちゃいますもんね、昼休み。 ルシファー 本当にね、驚くことに毎日やってくる、昼休み。それがイヤになっちゃって、たぶん向いてなかったんだと思います。サラリーマンに。 ――お勤めされてた期間は、どれくらい? ルシファー 10カ月ですね。初年度の社員がもらうボーナスまがいみたいなやつだけ頂いて、辞めました。 ――思い切りましたね……。いざ会社を辞めて、それからどうやって芸人の道にアプローチしたんですか? ルシファー その時28歳ですから、いい大人だったんで、今のお笑いの世界だったら養成所行って……みたいな頭はありました。ただいかんせん貯蓄もしてなかったので、授業料安いところにしか行けない。それで、マセキのスクールに通いました。10万円だったんですよ! ――良心価格!! ルシファー 当時のマセキのスクールって、スクールというよりは講座って感じだったんですよ。本当にお笑いやりたい人もいるんですけど、「自分のコミュニティで主導権を取りたいから」みたいな人もいるんです。主婦が井戸端会議でウケたいから来てるとか。女子高に通っている性的マイノリティの女の子が、「これから社会に立ち向かっていくために、強い自分になりたいから」とか。駆け込み寺ですよ。すごい人間交差点。 ――目的が、いろいろですね。 ルシファー しかも、いきなりネタ見せの授業。というか、ネタ見せの授業しかなかった。最初は作家の先生がくすりともしない、箸にも棒にもかかんない状態でした。マセキのスクールは基本3カ月で、それが終わると、普通は更新の打診をされるんですけど、自分にはそれもなくて。「あれ? 全然ダメじゃん?」って。ウケたい主婦とか自分を変えたい女子高生とかしかいない中で、芸人志望の自分まったくダメじゃん、と。あの頃が精神的に一番つらかったかもしれない。会社も辞めちゃったし、引き返せないし。俺はとんでもないことをしてしまった。才能全然ないじゃん! お母さん、お母さんの言う通りだったよ!  ――その状況から、どうやって復活したんですか? ルシファー スクールには、こっちから連絡しました。それでまた3カ月通って、そこで相当気合いれてネタ作って研究もして、やっとですね。 ――あきらめない気持ち……! ルシファー あきらめるわけにいかないんですよ(笑)。お母さんの顔がすげぇ浮かんできたし。うちのお母さん、僕が小学校卒業するくらいまで、寝る前によく本を読んでくれてたんです。読み聞かせ。そういうお母さんの顔が浮かんできた。 ――お母さま……本当にいいお母さまですね。読み聞かせすると子どもの想像力が広がるって言いますけど、本当にそうなんですね。 ルシファー 変な方向に広がりましたけど(笑)。 ――読み聞かせによる想像力が功を奏して、現在「下ネタの帝王」という異名を取るまでになったと……。あのルシファースタイルは、初めから確立されていたのですか?
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■ミスチルの歌に感化されて ルシファー そんな異名取ってるんですか(笑)。でも「下ネタ作ろう」って強く思っているわけじゃないんですよ。ただ作るネタを振り返ってみると、8割下ネタになっているという。最初に作ったネタが「エレベーターでうんこを漏らす」っていうやつだったんですよ。そう考えると、やっぱ初めからですね。 ――憧れていた芸人さんは、いらっしゃったんですか? ルシファー 小さい頃はダウンタウンさんが好きで、だからコンビやりたいっていう気持ちがありました。それを断念して「また昼休みかーーい」くらいの時期にバカリズムさんや劇団ひとりさんを見て、それまで一人で芸人やるっていう選択肢はなかったのが「一人でも、こんなに面白いことができるんだ」って思った。あとその当時、ミスチルの歌を聴いてたのがよくなかったのかな。やっぱり、メッセージ性強いじゃないですか、ミスチル。 ――なんていう歌ですか? ルシファー ポカリスエットのCMで綾瀬はるかさんが出てたやつ。あぁ「未来」ですね。「生まれたての僕らの前にはただ 果てしない未来があって」って、それがド直球にキてしまった。 ――歌の力ってすごい。 ルシファー ただこういう話って、この場だとバカバカしいですけど、字面になったとき「こいつマジか」ってなりません?  ――「自分、つらかった時期にミスチル聴いて……」みたいな。 ルシファー それが怖いんですよね。完全に痛いヤツじゃないですか。 ――でも、大丈夫だと思います。その前の話が「エレベーターでうんこ漏らしたネタ」ですから。 ルシファー 逆に、こいつミスチルの何に心打たれたんだっていう(笑)。 ――ルシファーさんは会社員から芸人さんになったわけですけど、サラリーマンと芸人さんの一番の違いって、どんなところにあると思いますか? ルシファー そうですね。それを語れるのも、きっと芸人としてサラリーマン時代くらい稼げてからだと思うんですけど、一番は営業行って10分くらいのネタやって数万円もらった時ですかね。それこそ「10分でかーーーい」ってなる。サラリーマンだったら、いくつの昼休みを越えなきゃいけないんだろうって。 ――基準は、とにかく「昼休み」(笑)。 ルシファー あとやっぱり個人事業主なので、全部自分でやらなきゃいけない。もちろん事務所に所属しているので、マネジャーさんにいろいろ助けてもらって初めて成り立つ世界ですけど、ネタも含め、自分で作って自分でプロデュースしていかなきゃいけない難しさと楽しさはありますよね。 ――やりがいがあるということですね。自分次第で、どうにでもなる。 ルシファー だから、よくよく考えたら、エロいネタやる必要もなかったわけですけどね(笑)。 ■“母なる大地”マセキ芸能社 ――「なんの保障がない」っていう怖さはないですか? ルシファー それも、最近はあまり感じなくなりましたね。よく「35歳までは転職できる」とかいうじゃないですか。本当は35歳までにある程度結果出して、やめるなり続けるなり決めようと思ってました。ハローワークで仕事紹介してもらいやすい年齢までで、区切りつけようと。でも、やっていくうちにだんだん楽しくなったし、結果も出てきて、そんなことも気にしないまま37歳になっちゃった。今は37でやめても、42でやめても、そんな違いはないだろうと。どうせ、つぶしは利かないし。 ――しかし、また入った事務所がマセキ芸能という……。勝手なイメージですけど、マセキさんはすべてを包み込む、母なる大地のような印象があります。 ルシファー 確かに(笑)。本当に、いい事務所だと思います。芸人の中でも人気が高い、「移籍するならマセキ」と言われるくらい。でも、もともとマセキって、下ネタOKの事務所ではないんですよ。それを「まぁ、お前はいいよ」って、そこを潰さないでくれたことは本当に感謝しています。 ――ルシファーさんの下ネタって、絶妙なところを突いてきますよね。どことなく品があって。下ネタって、そのラインが難しいと思うんです。 ルシファー 露出狂のネタに、品もへったくれもないと思うんですけど(笑)。 ――理系ならではの下ネタの構成力とか、あるのでしょうか? ルシファー そんなの「はい、あるんですよ」とか自分で言いづらいでしょう。ほらまた、字面になったとき、調子こいた感じになるやつ! ――(笑)。いやでも、昨今特に、下ネタについてはいろいろうるさいじゃないですか。 ルシファー 本当にバカバカしいやつもありますし、テレビじゃできないやつも。僕もちょうどいいのなんて全然わからなくて、数打ってちょうどいいところに飛んだやつを、テレビの人が見つけてくれるっていうだけなんですよ。ただSNSとかで批判されるのはいいんですけど、賞レースなんかで「下ネタはちょっと……」って言われると、やるせない気持ちになったりはしますね。面白ければいいじゃんって気持ちはあるんで。 ――確かに。 ルシファー 別に下品なものが好きなわけじゃなくて、バカバカしいことが好きなんですよ。“キャンタマンクラッカー”とか、まさにそうで。あれ小学生のいたずらだし、最終的にカワイイじゃないですか。 ■「カワイイ」って思われたい! ――“キャンタマンクラッカー”は、どうやって生まれたんですか? ルシファー あれは“キャンタマンクラッカー”だけ最初に決めてネタ書きだしました。 ――なかなか普通に生きていて、“キャンタマンクラッカー”って言葉思いつかないですよ。 ルシファー そりゃそうですよ。女子は絶対思いつかない(笑)。 ――でも“キャンタマンクラッカー”って言葉にすると、すごく楽しくて平和な気分になります。ルシファーさんのネタってそうですよね、「平和」感じますよね。 ルシファー ……大丈夫ですか? 疲れてます?(笑) ――最後にルシファーさんの「未来」、“果てしない未来”について伺ってもいいですか? ルシファー ネタ作るの好きだし、やるのも好きなので、単独ライブはずっとやっていきたいなと思ってます。あと意外と体張れるので、芸人さんがたくさん出るような、そういう番組にも呼んでほしい。 ――マセキ芸能伝統の。 ルシファー あと「カワイイ」って思われたい。売れてる人って、みんなカワイイですよね。僕、割としっかりして見られがちというか、「かわいげがない」ってなりがちなんで、今後は「カワイイ」を出していきたいです(笑)。 ――12月23日には単独ライブも開催されます。 ルシファー 「PROMOTION」というタイトルなので、お客さん、そしていやらしい話関係者の人にも、いいプロモーションがしたいです。下ネタに限らず、いろんなタイプのネタをしたいと思っています。下世話な内容に似つかわしくない、オシャレさも出しつつ。最近「まだエロいネタって作れるんだな」っていうのを、しみじみ感じてるんですよ。一体「パンティ」だけでいくつネタ作るんだ、「お尻」だけで……って、そういうところにも注目してほしい。 ――パンティの可能性、ハンパないですね。 ルシファー やつスゴイですよね。下ネタは、まだ死んじゃいない。 (取材・文=西澤千央) ●ルシファー吉岡単独ライブ『PROMOTION』 <開催日時> 2016年12月23日(金祝)/18:30開場 19:00開演 <料金> 前売3,000円(全席指定席)/当日3,500円 <会場> 赤坂RED/THEATER(東京都港区赤坂3-10-9 赤坂グランベルホテルB2F) TEL.03-5575-3474(公演日のみ) <チケット> ローソンチケットにて発売中 Lコード:34391 TEL.0570-084-003 (自動音声24時間対応・Lコード必要) TEL.0570-000-407 (オペレーター対応 10時~20時)

「キャンタマンクラッカー」でブレーク間近! ルシファー吉岡が追求し続ける、“パンティ”の果てなき可能性

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撮影=尾藤能暢
 R-1ぐらんぷり決勝での“キャンタマンクラッカー”、そして『アメトーーク!』(テレビ朝日系)「パクりたい-1グランプリ」での“ゲンコツ山のタヌキさん”……秀逸なフレーズと圧倒的バカバカしさで、現在お笑い界を席巻しているルシファー吉岡。理系院卒の脱サラ芸人という異色の経歴を持つ彼は、いかにして「下ネタの帝王」の座へとたどり着いたのか? 会社員・吉岡大輔が、ピン芸人ルシファー吉岡になるまでの道のりを訊く。 *** ――こうして取材させていただくと、ルシファーさんのネタの「インタビュー」をすごく思い出しちゃいます。 ルシファー吉岡(以下、ルシファー) 「インタビュー」……あ、ああ、あの露出狂のネタですね。 ――露出狂じゃないです。“露出シャン”です。 ルシファー 半分忘れてましたよ(笑)。 ――大好きで、あのネタ。ルシファーさんのネタの斬新さは、やはりその変わった経歴もひとつの要因だったりするのでしょうか? もともとメーカーにお勤めだったとか。 ルシファー メーカーではないんですよ。正確にはメーカーの下請けなんですが、。東京モーターショーに出品する車、いわゆるコンセプトカーをキレイに見せるライト、そのライトを……。 ――ライトを作っていたんですか! ルシファー いや、そのライトを操作するリモコンの、そのリモコンの内部にある回路を作っていました。 ――細かい。そしてバリバリの理系。 ルシファー 一応、大学院まで出ているので。そんなにいい大学ではないんですけど。 ――理系の大学院まで行って芸人になる方って、あまりいらっしゃらないんじゃないですか? ルシファー 確かに、院まで行って就職してから芸人っていうのは、珍しいかもしれないですね。だって普通、大学院に進学するって、そういうことじゃないですか。その道で頑張るんだろうって。 ――ご両親も、そのつもりだったでしょうね。 ルシファー でも、芸人になりたいっていうのは、18くらいから言ってたんですよ。上京してすぐ「芸人になる」って親に連絡して。親は「東京出て浮かれたのはわかるんだけど、一回落ち着け」と。たぶん僕が「大学院行く」って言った時点で、安心したと思うんですよ。それで、就職も決まって「やっと肩の荷も下りたな」っていうところで、「会社辞めて芸人になる」と電話で伝えたんで。 ――それはショック……。 ルシファー 「会社辞めて芸人になるわ」の「わ」くらいのタイミングで、母親が「ウワーーーーン」って泣きだしました(笑)。あんなに人が早く泣くの、初めて経験した。 ――大学院行った、就職もした、そして「芸人」ですからね……。 ルシファー 「マジかーーーい」だったんでしょう(笑)。しばらく泣いて、その後は20分くらいずっとののしられて。泣き終わったら、腹立ってきたんでしょうね(笑)。 ――なんかわかります、お母さまの気持ち。 ルシファー 「アンタなんか、全然面白くないんだから!!」って。
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■毎日やってくる「昼休み」に耐えられなくて…… ――上京してご両親に「芸人になる」って伝えてから、実は気持ちはずっと変わっていなかったんですね。 ルシファー 変わってなかったっていうと、ちょっと違うかなぁ。コンビを組もうって誘っていた人がいて、その人が大学卒業間際に「やっぱり就職する」って言いだしたんですよ。だから僕も「じゃあやめよう」って思った。お笑いといえば、コンビだと思ってたから。でも就職してから、毎朝7時に起きて、12時くらいに昼飯食って、ちょっと残業して……そういう生活が続くと「また昼休みかーーーい」って思うようになってきたんです。また昼が来て、ごはん食べて、ちょっとデスクでウトウトして、それが「またかーーい、また来んのかーーい」って、耐えられなくなってきた。 ――毎日来ちゃいますもんね、昼休み。 ルシファー 本当にね、驚くことに毎日やってくる、昼休み。それがイヤになっちゃって、たぶん向いてなかったんだと思います。サラリーマンに。 ――お勤めされてた期間は、どれくらい? ルシファー 10カ月ですね。初年度の社員がもらうボーナスまがいみたいなやつだけ頂いて、辞めました。 ――思い切りましたね……。いざ会社を辞めて、それからどうやって芸人の道にアプローチしたんですか? ルシファー その時28歳ですから、いい大人だったんで、今のお笑いの世界だったら養成所行って……みたいな頭はありました。ただいかんせん貯蓄もしてなかったので、授業料安いところにしか行けない。それで、マセキのスクールに通いました。10万円だったんですよ! ――良心価格!! ルシファー 当時のマセキのスクールって、スクールというよりは講座って感じだったんですよ。本当にお笑いやりたい人もいるんですけど、「自分のコミュニティで主導権を取りたいから」みたいな人もいるんです。主婦が井戸端会議でウケたいから来てるとか。女子高に通っている性的マイノリティの女の子が、「これから社会に立ち向かっていくために、強い自分になりたいから」とか。駆け込み寺ですよ。すごい人間交差点。 ――目的が、いろいろですね。 ルシファー しかも、いきなりネタ見せの授業。というか、ネタ見せの授業しかなかった。最初は作家の先生がくすりともしない、箸にも棒にもかかんない状態でした。マセキのスクールは基本3カ月で、それが終わると、普通は更新の打診をされるんですけど、自分にはそれもなくて。「あれ? 全然ダメじゃん?」って。ウケたい主婦とか自分を変えたい女子高生とかしかいない中で、芸人志望の自分まったくダメじゃん、と。あの頃が精神的に一番つらかったかもしれない。会社も辞めちゃったし、引き返せないし。俺はとんでもないことをしてしまった。才能全然ないじゃん! お母さん、お母さんの言う通りだったよ!  ――その状況から、どうやって復活したんですか? ルシファー スクールには、こっちから連絡しました。それでまた3カ月通って、そこで相当気合いれてネタ作って研究もして、やっとですね。 ――あきらめない気持ち……! ルシファー あきらめるわけにいかないんですよ(笑)。お母さんの顔がすげぇ浮かんできたし。うちのお母さん、僕が小学校卒業するくらいまで、寝る前によく本を読んでくれてたんです。読み聞かせ。そういうお母さんの顔が浮かんできた。 ――お母さま……本当にいいお母さまですね。読み聞かせすると子どもの想像力が広がるって言いますけど、本当にそうなんですね。 ルシファー 変な方向に広がりましたけど(笑)。 ――読み聞かせによる想像力が功を奏して、現在「下ネタの帝王」という異名を取るまでになったと……。あのルシファースタイルは、初めから確立されていたのですか?
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■ミスチルの歌に感化されて ルシファー そんな異名取ってるんですか(笑)。でも「下ネタ作ろう」って強く思っているわけじゃないんですよ。ただ作るネタを振り返ってみると、8割下ネタになっているという。最初に作ったネタが「エレベーターでうんこを漏らす」っていうやつだったんですよ。そう考えると、やっぱ初めからですね。 ――憧れていた芸人さんは、いらっしゃったんですか? ルシファー 小さい頃はダウンタウンさんが好きで、だからコンビやりたいっていう気持ちがありました。それを断念して「また昼休みかーーい」くらいの時期にバカリズムさんや劇団ひとりさんを見て、それまで一人で芸人やるっていう選択肢はなかったのが「一人でも、こんなに面白いことができるんだ」って思った。あとその当時、ミスチルの歌を聴いてたのがよくなかったのかな。やっぱり、メッセージ性強いじゃないですか、ミスチル。 ――なんていう歌ですか? ルシファー ポカリスエットのCMで綾瀬はるかさんが出てたやつ。あぁ「未来」ですね。「生まれたての僕らの前にはただ 果てしない未来があって」って、それがド直球にキてしまった。 ――歌の力ってすごい。 ルシファー ただこういう話って、この場だとバカバカしいですけど、字面になったとき「こいつマジか」ってなりません?  ――「自分、つらかった時期にミスチル聴いて……」みたいな。 ルシファー それが怖いんですよね。完全に痛いヤツじゃないですか。 ――でも、大丈夫だと思います。その前の話が「エレベーターでうんこ漏らしたネタ」ですから。 ルシファー 逆に、こいつミスチルの何に心打たれたんだっていう(笑)。 ――ルシファーさんは会社員から芸人さんになったわけですけど、サラリーマンと芸人さんの一番の違いって、どんなところにあると思いますか? ルシファー そうですね。それを語れるのも、きっと芸人としてサラリーマン時代くらい稼げてからだと思うんですけど、一番は営業行って10分くらいのネタやって数万円もらった時ですかね。それこそ「10分でかーーーい」ってなる。サラリーマンだったら、いくつの昼休みを越えなきゃいけないんだろうって。 ――基準は、とにかく「昼休み」(笑)。 ルシファー あとやっぱり個人事業主なので、全部自分でやらなきゃいけない。もちろん事務所に所属しているので、マネジャーさんにいろいろ助けてもらって初めて成り立つ世界ですけど、ネタも含め、自分で作って自分でプロデュースしていかなきゃいけない難しさと楽しさはありますよね。 ――やりがいがあるということですね。自分次第で、どうにでもなる。 ルシファー だから、よくよく考えたら、エロいネタやる必要もなかったわけですけどね(笑)。 ■“母なる大地”マセキ芸能社 ――「なんの保障がない」っていう怖さはないですか? ルシファー それも、最近はあまり感じなくなりましたね。よく「35歳までは転職できる」とかいうじゃないですか。本当は35歳までにある程度結果出して、やめるなり続けるなり決めようと思ってました。ハローワークで仕事紹介してもらいやすい年齢までで、区切りつけようと。でも、やっていくうちにだんだん楽しくなったし、結果も出てきて、そんなことも気にしないまま37歳になっちゃった。今は37でやめても、42でやめても、そんな違いはないだろうと。どうせ、つぶしは利かないし。 ――しかし、また入った事務所がマセキ芸能という……。勝手なイメージですけど、マセキさんはすべてを包み込む、母なる大地のような印象があります。 ルシファー 確かに(笑)。本当に、いい事務所だと思います。芸人の中でも人気が高い、「移籍するならマセキ」と言われるくらい。でも、もともとマセキって、下ネタOKの事務所ではないんですよ。それを「まぁ、お前はいいよ」って、そこを潰さないでくれたことは本当に感謝しています。 ――ルシファーさんの下ネタって、絶妙なところを突いてきますよね。どことなく品があって。下ネタって、そのラインが難しいと思うんです。 ルシファー 露出狂のネタに、品もへったくれもないと思うんですけど(笑)。 ――理系ならではの下ネタの構成力とか、あるのでしょうか? ルシファー そんなの「はい、あるんですよ」とか自分で言いづらいでしょう。ほらまた、字面になったとき、調子こいた感じになるやつ! ――(笑)。いやでも、昨今特に、下ネタについてはいろいろうるさいじゃないですか。 ルシファー 本当にバカバカしいやつもありますし、テレビじゃできないやつも。僕もちょうどいいのなんて全然わからなくて、数打ってちょうどいいところに飛んだやつを、テレビの人が見つけてくれるっていうだけなんですよ。ただSNSとかで批判されるのはいいんですけど、賞レースなんかで「下ネタはちょっと……」って言われると、やるせない気持ちになったりはしますね。面白ければいいじゃんって気持ちはあるんで。 ――確かに。 ルシファー 別に下品なものが好きなわけじゃなくて、バカバカしいことが好きなんですよ。“キャンタマンクラッカー”とか、まさにそうで。あれ小学生のいたずらだし、最終的にカワイイじゃないですか。 ■「カワイイ」って思われたい! ――“キャンタマンクラッカー”は、どうやって生まれたんですか? ルシファー あれは“キャンタマンクラッカー”だけ最初に決めてネタ書きだしました。 ――なかなか普通に生きていて、“キャンタマンクラッカー”って言葉思いつかないですよ。 ルシファー そりゃそうですよ。女子は絶対思いつかない(笑)。 ――でも“キャンタマンクラッカー”って言葉にすると、すごく楽しくて平和な気分になります。ルシファーさんのネタってそうですよね、「平和」感じますよね。 ルシファー ……大丈夫ですか? 疲れてます?(笑) ――最後にルシファーさんの「未来」、“果てしない未来”について伺ってもいいですか? ルシファー ネタ作るの好きだし、やるのも好きなので、単独ライブはずっとやっていきたいなと思ってます。あと意外と体張れるので、芸人さんがたくさん出るような、そういう番組にも呼んでほしい。 ――マセキ芸能伝統の。 ルシファー あと「カワイイ」って思われたい。売れてる人って、みんなカワイイですよね。僕、割としっかりして見られがちというか、「かわいげがない」ってなりがちなんで、今後は「カワイイ」を出していきたいです(笑)。 ――12月23日には単独ライブも開催されます。 ルシファー 「PROMOTION」というタイトルなので、お客さん、そしていやらしい話関係者の人にも、いいプロモーションがしたいです。下ネタに限らず、いろんなタイプのネタをしたいと思っています。下世話な内容に似つかわしくない、オシャレさも出しつつ。最近「まだエロいネタって作れるんだな」っていうのを、しみじみ感じてるんですよ。一体「パンティ」だけでいくつネタ作るんだ、「お尻」だけで……って、そういうところにも注目してほしい。 ――パンティの可能性、ハンパないですね。 ルシファー やつスゴイですよね。下ネタは、まだ死んじゃいない。 (取材・文=西澤千央) ●ルシファー吉岡単独ライブ『PROMOTION』 <開催日時> 2016年12月23日(金祝)/18:30開場 19:00開演 <料金> 前売3,000円(全席指定席)/当日3,500円 <会場> 赤坂RED/THEATER(東京都港区赤坂3-10-9 赤坂グランベルホテルB2F) TEL.03-5575-3474(公演日のみ) <チケット> ローソンチケットにて発売中 Lコード:34391 TEL.0570-084-003 (自動音声24時間対応・Lコード必要) TEL.0570-000-407 (オペレーター対応 10時~20時)

「この年で愚直にやりたいことをやるのは、マジでツラい!」……けど、俺たちが文化系にこだわる理由

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撮影=後藤秀二
「プロレスブーム再燃」といわれて久しい。棚橋弘至、オカダ・カズチカ、中邑真輔、飯伏幸太など、人気・実力ともに兼ね備えたレスラーが続々と登場し、古参のプロレスファンはもちろん、若い女性たちも黄色い声援を飛ばす。そのブームの一端を担う団体が、“文化系プロレス”を名乗る「DDT」だ。体育会系のプロレス界に、文化系な発想でエンタテインメント要素を持ち込んだDDT。そのオリジナリティあふれるスタイルはいつしか「文化系プロレス」と呼ばれ、いまや業界の盟主・新日本プロレスに次ぐ規模にまで成長している。  そんなDDTのエース・HARASHIMAと、新日プロレスのエースで“100年に1人の逸材”といわれる棚橋の対戦を軸に、DDTの歴史、そしてプロレスの魅力に取りつかれてしまった男たちの姿を追ったドキュメンタリー映画『俺たち文化系プロレスDDT』が、11月26日(土)より公開される。  メガホンを取ったのは、DDT所属のレスラーであり、前作『劇場版プロレスキャノンボール2014』のヒットも記憶に新しいマッスル坂井氏と、坂井主宰の興行「マッスル」でプロレスに目覚めたドキュメンタリー作家、松江哲明氏の2人だ。  アラフォー男たちの愚直な青春ドキュメンタリーに、2人が込めた思いとは――? *** ――そもそも『俺たち文化系プロレスDDT』に、松江さんが参加した経緯は? 松江哲明(以下、松江) DDTの高木三四郎社長から頼まれたんですけど、僕は「坂井さんと一緒なら」って。 ――お2人とも「監督」とクレジットされていますが、役割分担は? 松江 レスラーたちの日常を追ったりしたのは、坂井さんと今成(夢人)さん。僕が現場に行ってるのは、「#大家帝国」の興行と、新潟くらいですね。最初からべったり撮影にくっついてやるつもりはなかったんで。 マッスル坂井(以下、坂井) 完全に遠隔操作してましたよ(笑)。この映画を撮るって決まったのが昨年の春で、夏にいよいよ「映画どうしよう」ってなったときに、松江くんが「坂井くんが一番得意なことをやるべきだ」って。「一番得意なことはなんですか?」って聞かれて、「興行を自分で企画して、その興行を通してプロレスとは何かということを見せたり、考えたりすることかなあ」って答えたら、「じゃあ、それをどっかでやりましょう」って。興行なんてなかなかやらせてもらえないから、それをどうしたらできるかってところから考えていったんです。 松江 たぶん当初、高木さんはもっと客観的なドキュメンタリーを期待してたんだと思う。けど、僕が作りたいプロレスのドキュメンタリーって、「マッスル」なんです。興行ってやっぱり、お客さんが体験するものじゃないですか。でも、ドキュメンタリーで撮ることによって、それとはまったく違う視点を作ることができる。だから、視点作りだけを僕がやって、何を見せたいとか、どういうことを表現したいかっていうのは、坂井さんがリングの上でやったんです。 ――松江さんは「ドキュメンタリーは手法だ」とよくおっしゃっていますが、プロレスも、虚実皮膜を行き来する部分など、表現方法としてドキュメンタリーと近いですよね。そのプロレスをドキュメンタリーで撮ることに、やりにくさのようなものは感じませんでしたか?
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松江 いや、それは感じませんでしたね。僕は映画を作るときに、何が真実で何がウソかっていうのは正直言うとどうでもよくて、撮れた素材にどれだけ真実味があるかっていうことのほうが大事なんですね。だから、素材の力が強いか弱いかが重要なんですけど、ヘタな芝居って、素材として弱いんですよ。それでいうと、今回の作品を編集してて面白かったのは、いい意味でレスラーの人たちみんながカメラを意識するんです(笑)。今成さんや坂井さんがカメラを回していると、高木さんがチラッとカメラを見てから「お前たち、覚悟しろよ!」とかやってくれたりする。それが完全に芝居かっていうと、そうではない。カメラの前で誇張しているだけで。それを日常的にやってるから面白い。だから、普通にしゃべっているのが、いちいちセリフみたいに聞こえるんですよ。 ――特に、大家健選手なんかは常に激情的ですね。 松江 そう! だから英語字幕版を見たときに、大家さんがすごいいいこと言ってるふうに聞こえる。あれは、もともとの言葉が、そういうセリフっぽいからなんです。僕は、被写体にカメラの前で自然でいてほしいとは思わない。ミュージシャンを撮るのが好きなのも、そういうところなんです。 ――本作は棚橋弘至選手とHARASHIMA選手の対戦が軸になっていますが、それは最初から決まっていたんですか? 松江 最初は<DDTの1年間を追ったドキュメンタリー>という構成だったんですけど、素材としてDDTを象徴してるなって思ったのが、「#大家帝国」の試合でした。棚橋選手と小松(洋平)選手が、すごい巨大な存在として君臨してくれてたのがよかったですね。もちろん、棚橋選手のインタビューを撮ったりもできたんですけど、それをやっちゃうと……。 坂井 弱くなっちゃうんだよなあ。 松江 そうなんです。やっぱり“強者”でいてほしい。説明より、存在を強調したいんです。そんな人があそこで……という仕掛けもありますから。 坂井 そこでの公平な視点は、いらないんですよ。言い方は悪いけど、あくまで“いじめられっ子”の視点で見たほうがいい(笑)。 ――今回の映画の性質上、いわば最初から「ネタバレ」をしている部分がありますが。 松江 そこは、最初から心配していませんでしたね。「#大家帝国」の興行のラストで何が起きたのか、観客が知っていても全然いい。ただ、あの場で何が起こっていたのか、観客席からは見えない視点を作れる自信があったので。それは、前後のドラマも含めてですけど。あの現場の出来事を、単に両国国技館の大会から始まった数カ月のドラマっていうのではなく、もっと以前の、2000年代初頭からの坂井さん、HARASHIMAさん、大家さん、(男色)ディーノさんたちの関係性があっての一夜だったんだっていうのを描ける自信はあった。現に、映画の中では棚橋選手の言葉は切っていますし。むしろ、あそこで棚橋選手が何を語ったのかよりも、なぜ“あの展開にしたのか”のほうが重要だと思う。そこの関係性を描けば、あの試合を見た人でもこの映画は楽しめるって確信してました。 ――坂井さんやDDTにとって、棚橋選手の存在はどんなものだったんでしょうか? 坂井 俺は今のプロレス界の象徴であり、正義だと思ってる。こっちが棚橋選手にお願いしたくても、「新日本プロレスがなんて言うか……」って、周りのみんなは言うんですよ。でも、それは違う。棚橋選手が「やる」って言ったら、会社も「イエス」って言うんですよ。器がでかいからこそ、こっちも飛び込みがいがある。棚橋選手も言ってるけど、良くも悪くも自分たちがやっているプロレスと棚橋選手がやっているプロレスっていうのは、「違うんだ」と。違うものをやっているという意識は僕の中にもあって、そういう意味では、わかり合える部分もある。 ――だから、最後の場面で棚橋選手に協力してもらうために、坂井さんが直接交渉されたんですね。その一部始終は、映画にはありませんでしたが。 坂井 だって俺、カメラをまいていきましたもん! 撮られたら危ないじゃないですか。DDTにバレたらいけないんです、あのミッションは。 松江 監督なのに(笑)。僕は、“監督だったら、回してよ”って思いましたけど。ドキュメンタリーに、あの素材はあってもいいじゃないですか(笑)。 坂井 でも! あの場を成立させることが、勝ち負けを超えた何かを見せることが俺の勝負だと思っているから、あそこはいらないんですよ! 松江 まぁ、結果を一番知っているのは坂井さんですからね。僕は新潟まで行きましたけど、「#大家帝国」で何をやるのかは別に聞かなかったし、プロレスで本当に撮っていいものと撮っちゃいけないものの最終的なジャッジは、坂井さんにお願いしてましたから。 坂井 アハハハハ。ないですからね、そんなの! あるがままを撮っているだけですから。
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松江 この前、『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)で「アイスリボン」が取り上げられたドキュメンタリーを見ましたけど、「こういう視点になっちゃうかー」と思いました。 坂井 いつまでプロレスは、世間にだまされ続けるんだって! 世の中に仕掛ける側であってほしいのに、なに仕掛けられてるんだよって。 松江 「プロレスラーって、こうなんですよ」ってノリで語っちゃうと、魅力が消えるんですよ。プロレスラーは常識人じゃないんだから。『ザ・ノンフィクション』である以上、日曜昼に見ている人に向けた「わかりやすさ」は絶対に崩せないんですよ。そこを崩せない以上、プロレスを撮るのは難しいと思いました。みんなが知っている1センチ、2センチ、3センチ……っていう物差しを持ってきちゃいけないんですよ。僕がマッスルとかDDTに教わったのは、俺たちの物差しは違うんだってことなんですよ。自分たちの物差しじゃなきゃ描けない世界があるんだよ、っていうのをやってるんですよ。プロレスって、そういうものなんですよ。 坂井 親がプロレスやるのを反対していようがしてなかろうが関係ないんだけど、絶対、親を連れてきたがりますね、テレビは(笑)。でも、関係ないから! お客さんが沸くか沸かないか、レスラー仲間がバックステージで「グッドマッチ!」って握手してくれるかどうか、トレーナーの先輩たちが「いい試合だった」って評価してくれてるかどうかだけなんです。勝ち負けを超えて、自分がレスラーとして表現したいことができたかどうか、それだけを考えてるから、親がどう思ったかなんてホンットどうでもよくて、親が止めたからってやるんですよ、プロレスラーは! バカなんですよ!  松江 「学校辞めます」なんて、当たり前じゃん!って。 坂井 実家の家業継ぐためにプロレスラー引退するやつなんて、いないですから! ――そうなんですか!(笑) 松江 でも、そこを取ると「わからない」ってなっちゃうんですよね。日曜昼に見る人は。 坂井 お父さん、お母さんは反対しないの? って当然思いますよね(笑)。まあ、しょうがないか。 松江 でも、そこを超えたものを撮っているはずなのに、排除しているなっていうのが、ドキュメンタリーを作っている身としては残念で。この映画は、そういうドキュメンタリーにはしないぞって。なるはずはないんですけど。大家さんは、『プロレスキャノンボール』上映のとき、パンフレットを買った人への特典として握手会してるのに、上映が終わった後、来場した人全員と握手しちゃう(笑)。ルールを超えちゃう人なんですよ。 坂井 そういうところって、確かに『ザ・ノンフィクション』では描けない。「マジでヤベえ」ってなっちゃうから。 一同 (爆笑) 松江 僕が感動したのはね、HARASHIMAさんがモヤモヤしてるときに引っ張るのが、やっぱり大家さんをはじめとする“文化系”のアラフォーの人たちで、僕は、大森での映像(※棚橋組との再戦日時が発表された大森駅東口前公園「UTANフェスタ2015」でのHARASHIMAと大家の挨拶)が好きなんですよ。 坂井 わかる! 松江 あのとき、HARASHIMAさんが大家さんに「ガンバレ、HARASHIMA!」って言われて、ちょっと戸惑ってるんですよね。あれがすごい大事なんですよ。ああいうときに立ち上がるのが、“文化系”の仲間。僕はそこにちょっとグッとくるんですよね。で、最後に「ガンバレ、オレ!」で締めるっていう図々しさ(笑)。そこもまた素晴らしいじゃないですか。あのシーンが、この作品での友情物語になっている。たぶん、普通のドキュメンタリー作る人が今のDDTを撮ると、飯伏(幸太)さんや竹下(幸之介)さんが主役だと思うんですよ。“輝く人”っていて、テレビだったらそっちなんですよ。でも、暗闇で見る映画だと、大家さんなんですよ。
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(c)2016 DDTプロレスリング
――今回の映画で“主役”となっているのはみんな同世代ですが、そこに特別な意識はありますか? 坂井 ありますね。今、お客さんがプロレスやプロレスラーに求めるものって、変わりつつある。2000年代当時は、プロレスに対抗する概念として、総合格闘技とかアメリカのWWEがあったから、「プロレスはこんなことができるよ」って表現のひとつがDDTだったりマッスルだったんです。けど、今は総合格闘技などが当時ほど影響力を持っていない中で、若い人たちにとって、プロレスは真剣勝負だという前提で見るスポーツになってしまっている。だから、僕たちがやっている「文化系プロレス」というアプローチは、今のプロレスファンには必要とされない時代になってきているという自覚はあります。そんな中で、DDTのエースであるHARASHIMAさんは純粋に強さを競う「体育会系プロレス」にもちろん対応して、DDTを引っ張る存在として、「キング・オブ・スポーツ」を社是としている新日本プロレスのエース・棚橋選手と同じ土俵で勝負を挑んだんです。そこから起こった齟齬とか、価値観の違いとかは、HARASHIMAさん個人に対してではなくて、DDT全体へのメッセージだと思ったから、自分らとしても何らかの答えは出さなきゃならないなって。だから僕は、映画っていうジャンルでプロレスの面白さを表現したんです。 松江 僕はこれまで自分の映画って若い人たちに見てもらいたかったんですが、今回の映画は同世代に見てもらいたい。 坂井 ホント、そう! 松江 意外とこういう「文化系」の表現をアラフォーまで続けている人っていないんだってわかってきたんですよ。みんなやめちゃう。自主映画をやってた人も、もうそういうんじゃないよねって。僕と一緒に自主映画やってた仲間も、漫画原作の映画の監督とか、名前が重視されないディレクターをやるわけですよ。愚直にサブカルを続ける人は、本当にいなくなった。「文化系」をアラフォーになっても続けるって、ホントに他人事でなく、体を壊すし、お金にならないし、マジでツラいし、キツイんですよ。 坂井 確かに、いま愚直にものづくりをしようとしても、情報も入ってくる。ちゃんと考えればエラーが起きにくいし、能力さえあれば、いい会社に入れたりする。結局、ホントにすげーヤツって朝井リョウみたいになりますからね。 松江 そう、そう、そう! 坂井 東宝に入れちゃうんですよ! われわれの世代なんて募集してないですからね、きっと(笑)。 松江 いや、ホントにそういう話で、僕らの映画が好きな若い人は今、東宝とかに入ってるんですよ。ちゃんと金を稼いだ上で、生活は生活、好きなものは好きなものってやっている。僕らのお手本は、お金よりも大切なものがあるはずだっていう、例えばいましろたかしさんとかだったんですよ。僕らは、あれが正しいって思ってたんです。でも実はね……、あれ、正しくなかったんです(笑)。 坂井 ええっ!? でも、たとえあきらめたとしても、意外と夢はかなってしまうことってあるし、それを感じさせてくれるような素晴らしいことがたくさんあるんです。同世代の人で、何かの形でやめたり、まだ続けている人も少なからずいるわけで、そういう人にはどうしても見てほしいし、共有したいし、一緒に戦っていきたいなって思いますね。でも、愚直にものづくりしようとしている人が東宝に入れる、いい時代なんですよ、実は。 松江 俺、入れたかな…? 坂井 入れないよ! 専門学校卒だから!(笑) 松江 そうだった、そうだった(笑)。 (構成=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/※このインタビューのロングバージョンは、近日、てれびのスキマのブログで公開予定です。
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●『俺たち文化系プロレスDDT』 監督:マッスル坂井、松江哲明 音楽:ジム・オルーク 出演:マッスル坂井、大家健、HARASHIMA、男色ディーノ、高木三四郎、鶴見亜門、KUDO、伊橋剛太、今成夢人、棚橋弘至、小松洋平 配給:ライブ・ビューイング・ジャパン 11月26日(土)から新宿バルト9ほか全国公開 公式サイトURL http://liveviewing.jp/obpw2016/ 予告URL https://www.youtube.com/watch?v=WJCyqA3ggIQ&feature=youtu.be