暴力がもたらす痛みをリアルに伝えるのはどっち? 渋谷抗争『クズとブスとゲス』vs『ケンとカズ』

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『クズとブスとゲス』の主演を兼ねた奥田庸介監督。劇中の格闘シーンはすべてガチでやり、ヒリヒリとした生の痛みを感じさせる。
 2016年の邦画界を言い表すキーワードはバイオレンスに他ならない。花沢健吾原作コミックの実写化『アイアムアヒーロー』はゾンビ大量虐殺シーンが強烈なインパクトを残した。人を殴ることに快感を覚える若者たちの無軌道な行動を追った『ディストラクション・ベイビーズ』は単館系ながらロングランヒットとなった。無差別連続殺人鬼がどんな家庭環境で育ったのかを描いた『葛城事件』、違法捜査で出世を遂げる暴力刑事の実録ドラマ『日本で一番悪い奴ら』も今年を代表する作品だろう。渋谷ユーロスペースにて7月30日(土)より公開される『クズとブスとゲス』と『ケンとカズ』の2本も、ドラッグ売買に関わる主人公たちが暴力にまみれる姿を克明に描いた青春犯罪映画となっている。共に30歳と若い監督が撮ったこの2本の作品は、「この映画を撮らずにはいられなかった」という監督の心の中で暗く燃えたぎる情念を感じさせるものとなっている。 『クズとブスとゲス』の奥田庸介監督は1986年生まれ。専門学校時代に撮った自主映画『青春墓場』3部作が評価され、大森南朋や光石研らが出演した『東京プレイボーイクラブ』(11)で一度商業映画デビューを果たしている。だが、トントン拍子で商業デビューを飾ったことに浮かれ、完成した商業デビュー作は不満が残るものになってしまった。清掃業やクラブの用心棒などのバイトで食い凌ぐ一方、気に入らない企画のオファーを断っているうちに、映画の仕事がまったく来なくなってしまった。精神的に不安定な状態となり、「この映画が撮れれば死んでもいい」という想いで作ったのが『クズとブスとゲス』だった。奥田監督の惨状を見かねて、映画業界とは無縁の実の兄がプロデューサーを買って出て、製作費の足りない分はクラウドファンディングで補った。世間に迎合できない奥田監督が身と心を削るようにして撮った作品だ。 『クズとブスとゲス』の奥田監督は主演も兼ねている。見るからに怪しいスキンヘッドの男(奥田庸介)は夜な夜な寂れたバーに現われては、ひとりで呑んでいる女性に近づく。ターゲットに選ばれた女性はグラスの中に睡眠薬を入れられ、スキンヘッドの男の自宅(母親と同居するゴミ屋敷)に連れ込まれ、猥褻画像を撮られる。スキンヘッドの男は、女性を恐喝することで生活費を稼ぐ最低最悪なゲス人間だった。だが、スキンヘッドの男がハメた女はヤクザ(芦川誠)が管理していた商売女だったことから、逆にヤクザに脅され200万円を用意するはめに陥る。手持ちの大麻を売っただけでは足りず、新しい女に触手を伸ばすことに。リーゼントの男(板橋駿谷)はまともな仕事に就けないクズ人間だったが、自分のもとから去っていった恋人(岩田恵里)がデリヘル嬢になっていること知り、その元凶となったスキンヘッドの男の自宅へ殴り込む。かくして、ゲス人間vsクズ人間vsヤクザの三つ巴の争いが勃発する。  奥田監督は学生時代に格闘技を学んだ経験があり、劇中での格闘シーンやリンチシーンでは共演者たちからのパンチや蹴りをガチで受けている。「噓くさいものにはしたくなかった」からだ。ビール瓶を自分の頭でカチ割るシーンがあるが、これも撮影用の飴細工ではなく、本物のビール瓶を割っている。脚本にはなく、演じているうちにその場で衝動的にやってしまった。自主映画時代から一緒に組んできたスタッフだったので、カメラを止めることなくそのシーンを撮り終えた。当然ながら、額から血が噴き出した奥田監督は病院行きとなり、その日の他のシーンは撮影中止となった。だが、奥田監督の狂った情念こそが、この映画を突き動かしている。
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リーゼントの男を演じた板橋駿谷は自主映画『青春墓場』シリーズから出演。奥田監督をよく知るスタッフ&キャストだからこそ完成した。
奥田「自分でもどうかしてると思う。でも、撮影中はいつも『このカットさえ、撮れれば死んでもいい』くらいの覚悟だった。暴力そのものを描きたかったわけではなく、暴力の先にあるものを描きたかった。俺、シルベスタ・スタローンの『ロッキー』が大好きなんです。スタローンの生き様に惹かれるんです。スタローンのことを笑う人もいるけど、『ランボー』や『エクスペンダブルズ』も彼の生き様が作品になっている。『クズとブスとゲス』も自分が思うような映画を撮れず、ずっと苦しかった自分の気持ちをそのまま映画にしたもの。面白いものを観たと思われなくていい、スゲェものを観たと思わせたいんです」  奥田監督にとって暴力シーンは、ヒリヒリとした痛みを伴う生きることの実感を映像に刻み付けるためのものとして存在するようだ。『クズとブスとゲス』が第16回東京フィルメックスのスペシャル・メンション受賞作なら、『ケンとカズ』は第28回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門作品賞受賞作である。本作で長編デビューを果たす小路綋史監督は奥田監督と同じ1986年生まれ。どちらもドラッグ売買に手を染める若者たちを描いており、渋谷ユーロスペースで同日公開されることで、観客動員から作品評価まで比較されることになる。ユーロスペースも、両作品が競い合うことを狙って、ブッキングしたようだ。怪優然としたワイルドな容姿の奥田監督と違って、数日後に取材した小路監督はいかにも映画青年風な物静かな雰囲気である。 小路「早い時期に、奥田監督との対談はどうかと打診されたことがあったんですが、それは僕から断りました。奥田監督のあのキャラには勝てない。対談しても、僕は『そうなんですか』とうなづくだけになってしまう(苦笑)。奥田監督は“死ぬ気”で撮ったそうですが、僕もこの映画が完成しなければ、自分には才能がないんだと諦めて、撮影監督を務めた従兄弟と一緒に故郷の広島に帰るつもりでした。この作品に自分を賭けていたという気持ちでは、引けをとらないつもりです。編集作業に2年半を費やしたんですが、終わりが見えなくて頭がおかしくなりそうでした。あのとき、病院で診てもらったら鬱病だと診断されたでしょうね。自主映画って、24時間作品のことばかり考え続けるから、プライベートとの境目がなくなって、どうかしてきちゃうです」
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覚醒剤売買の実態を描いた『ケンとカズ』。ケン役のカトウシンスケは、『クズとブスとゲス』にもキャラの異なる役で出演している。
『ケンとカズ』の舞台は千葉県市川市。幼なじみのケン(カトウシンスケ)とカズ(毎熊克哉)は小さな自動車修理工場に勤めているが、実はその工場は覚醒剤の売上金を洗浄するための見せかけの職場だった。ケンは恋人(飯島珠奈)の妊娠をきっかけにまともな仕事への転職を考えるが、カズは痴呆症になった母親の面倒を看なくてはならず、まとまったお金を必要としていた。そんな中、敵対する覚醒剤の密売グループを相手に、カズたちは暴力沙汰を招いてしまう。市川の寂れた風景が、ザラついた犯罪映画によく似合っている。 小路「市川の月3万5000円の安アパートに、ずっと暮らしていたんです。そのアパートにはヤクザが来たりして、映画の舞台としてリアリティーがある街だなと思ってました。覚醒剤については警察OBや元売人から話をいろいろ聞くことができたので、迷うことなく撮影に臨むことができましたね。今はインターネットを介して宅配便などで届けられているので、映画では人と人が路上で覚醒剤を受け渡しする少し前の時代設定にしています。その方が映画的だなと思ったんです。この映画では覚醒剤を身近に潜んでいるものとして描いていますが、暴力も遠い存在だとは思えない。すごく身近なところに隠れているものだと感じています」  なぜ、暴力映画が次々と作られるのか。社会背景や映画界の内情などに理由を見つけることは可能だろう。ただ、少なくとも『クズとブスとゲス』の奥田監督と『ケンとカズ』の小路監督の場合は、閉塞的な日常生活から脱出するための手段として、暴力やドラッグまみれの痛みを伴うリアルな犯罪映画を撮り上げたことは確かだ。両監督はまだ面識がない。ユーロスペースでばったり遭ったら、どうするか聞いてみた。「争っている意識はまるでない。でも記事として盛り上がるなら、『つかみ合いのひとつでもやりましょうか』と書いてもらってかまいませんよ」と2人とも笑った。この夏、渋谷の円山町で2本のインディペンデント映画が静かに熱い火花を散らす。 (文=長野辰次)
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『クズとブスとゲス』 プロデューサー/奥田大介、小林岳、福田彩乃  監督・脚本・主演/奥田庸介 出演/板橋駿谷、岩田恵里、大西能彰、カトウシンスケ、芦川誠 配給/アムモ98 7月30日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開 (c)2015映画蛮族 http://kuzutobusutoges.com
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『ケンとカズ』 監督・脚本・編集/小路綋史 撮影・照明/山本周平 出演/カトウシンスケ、毎熊克哉、飯島珠奈、藤原季節、髙野春樹、江原大介、杉山拓也  配給/太秦 PG12 7月30日(土)より渋谷ユーロスペースより全国順次公開 (c)『ケンとカズ』製作委員会 http://www.ken-kazu.com

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共産党バッシングが『ローマの休日』を生んだ? プロの技で不寛容な時代と闘った男『トランボ』

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海外ドラマ『ブレイキング・バッド』の化学教師役でおなじみ、ブライアン・クランストン主演作『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』。
 新人時代のオードリー・ヘップバーンが可憐な王女に扮した『ローマの休日』(53)は不滅のロマンチックコメディとして、今なお多くの人たちに愛され続けている。だが、もうひとつ別の映画を観ることで『ローマの休日』のイメージはがらりと変わってしまう。ハリウッドにおいて黒歴史となっている“赤狩り”の真っ最中に、息苦しいハリウッドから逃れるようにウィリアム・ワイラー監督たちがイタリアロケを敢行して生まれたのが『ローマの休日』だった。世俗の垢と借金にまみれた新聞記者が、アン王女というイノセントな存在に触れることで自分の魂まで売ってしまうことを辛うじて踏み止まるというベタすぎるほどベタな自己再生のドラマだったことに気づく。そして、そのことに気づかせてくれる映画が『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』である。  ダルトン・トランボはハリウッド黄金時代に活躍した人気脚本家で、『ローマの休日』に続き『黒い牡牛』(56)でもアカデミー賞原案賞に輝いている。他にもローマ帝国時代の剣闘士を主人公にした歴史大作『スパルタカス』(60)、ホロコーストを題材にした実録映画『栄光への脱出』(60)、スティーブ・マックイーン主演の脱獄ものの『パピヨン』(73)など数多くのヒット作、話題作を放っている。多彩なジャンルを手掛けた売れっ子シナリオライターだった。その一方、自身の原作小説をみずから監督した『ジョニーは戦場へ行った』(71)は戦争残酷映画の金字塔になっている。職人的気質と作家性を併せ持った脚本家だったことがフィルモグラフィーからうかがえる。  戦前のインテリ層の多くがそうだったように、トランボ(ブライアン・クランストン)もまた共産党に名前を連ねていた。社会革命を望んでいたわけではなく、映画業界で働く裏方たちの労働条件の向上を願ってのものだった。ところが、戦後になって米国とソ連の関係が悪化。共産党員はソ連の手先と見なされ、迫害されることになる。これが赤狩りと呼ばれるものだ。ジョン・ウェインや後に政治家に転向するロナルド・レーガンらが赤狩りの急先鋒を務めた。共産党員のみならず共産党員と親しくしているだけで、糾弾され、仕事も失ってしまう。左寄りの映画人たちは仕方なく転向することになるが、この風潮を良しとせず、最後まで抵抗したのがトランボをはじめとする映画人たち“ハリウッド・テン”だった。
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脚本家のトランボ(ブライアン・クランストン)は共産党員であることを否定しなかったため、ブラックリスト入りするはめに。
 トランボは下院非米活動委員会の聴聞会に呼び出され、態度を改めなかったために刑務所送りとなる。非米活動委員会は表現者たちを標的にした魔女狩りの場だった。でも、トランボに落ち込んでいる暇はない。妻クレオ(ダイアン・レイン)や幼い子どもたちを食べさせるために、刑務所に入る前も出てからも、ガムシャラに脚本を書きまくった。もちろん実名は出せないので、偽名を使っての裏稼業だった。そんな厳しい環境の中で書き上げられた脚本が、『ローマの休日』や『黒い牡牛』といったアカデミー賞受賞作品だった。ハリウッドはトランボを追放しておきながら、彼が偽名で書いた作品を絶賛していたことになる。その時代時代の政治情勢に左右されるハリウッドセレブたちの底の浅さが浮かび上がる。  キューブリック監督作として知られる『スパルタカス』はカーク・ダグラスが反乱を起こす奴隷剣闘士を演じた歴史活劇だが、トランボの経歴を知ることで、これもまた違った価値観が生じる。メキシコで撮影された『黒い牡牛』もそうだ。『黒い牡牛』は小さいときから牡牛と一緒に育った無垢な少年の物語であり、立派に成長した牡牛は闘牛場へと引っぱり出されて闘牛士と戦わせられることになる。自分が大切に育てた牡牛を死なせたくないあまり、少年は危険な闘牛場の中へと飛び込んでいく。剣闘士スパルタカスが体を張って求めていたものも、メキシコの少年が懸命に守ろうとしたものも、ありきたりな表現に置き換えれば、自由や尊厳という言葉になるだろう。そして、それは『ローマの休日』のアン王女がずっと探し続けていたものでもあった。
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トランボに仕事を回すプロデューサーを演じたのはジョン・グッドマン。『マチネー』『アルゴ』など古き善き時代の映画人役がよく似合う
 自由と尊厳を手に入れるために、トランボは必死で闘い続けた。暴力に訴えるのではなく、タイプライターを叩き続けることで、プロの脚本家として闘い続けた。『ローマの休日』『黒い牡牛』といった名作のみならず、一家の主として妻クレオや長女ニコラ(エル・ファニング)たちと暮らす家を守るために、ギャラの安いB級映画の仕事も断ることなく引き受けた。ペンネームで書くことに抵抗を覚える“ハリウッド・テン”の他の脚本家たちのケツを叩きながら、猛烈な勢いでシナリオを量産した。業界内だけでなく、世間からも冷たい目で見られながら、圧倒的な作品のクオリティーと量とで偏見を凌駕し、トランボはサバイバルし続けた。裁判で勝つか負けるかよりも、自分と家族をちゃんと食べさせていけるかどうかがトランボにとってはいちばん大事だった。それがトランボなりの闘い方だった。  映画の世界に政治の嵐が吹き荒れたのは、米国だけではない。米軍の占領時代にあたる1946年~1948年には、日本では“東宝争議”が起きている。中でも1948年の第3次東宝争議では組合員たちが東宝砧撮影所に立て篭り、日本の警察だけでなく米軍の偵察機、戦車まで出動し、撮影所内が戦場になる寸前だった。東宝の人気俳優だった大河内伝次郎、長谷川一夫、高峰秀子らは政治活動を嫌って組合から脱退。このとき東宝第二撮影所(今の東京メディアシティ)が設立され、新東宝が誕生している。一方、スター俳優が抜けた東宝は東宝ニューフェイスを募り、三船敏郎や久我美子らがデビューすることになる。新東宝は1950年代後半にはジリ貧となり、やがてエログロ路線に活路を求めていく。『トランボ』みたいな実録ドラマ、日本でも作られないだろうか? (文=長野辰次)
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『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』 原作/ブルース・クック 脚本/ジョン・マクナマラ 監督/ジェイ・ローチ  出演/ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、エル・ファニング、ヘレン・ミレン、ルイス・C・K、ジョン・グッドマン、マイケル・スタールバーグ 配給/東北新社 STAR CHANNEL MOVIES 7月22日(金)より日比谷TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー Hilary Bronwyn Gayle(c)2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED http://trumbo-movie.jp

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反日思想とも自虐史観とも異なる歴史サスペンス!“猟奇的な花嫁”チョン・ジヒョン主演作『暗殺』

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「お父さん、ありがとう」という感謝の言葉の代わりに『暗殺』の花嫁(チョン・ジヒョン)は拳銃を向ける。“父殺し”は本作の裏テーマだ。
 8月15日は日本人にとって終戦記念日として認識されているが、お隣の韓国では日本からの独立を果たした“光復節”として祝日となっている。もうひとつ、8月29日も韓国人にとっては忘れられない記念日だ。こちらは“庚戌国恥日”とされ、1910年に朝鮮半島が日本に併合された国辱記念日となっている。1910年8月29日から1945年8月15日までの36年間は“日帝時代”と呼ばれ、多くの韓国人の脳裏には暗い時代として刻まれている。そんな日帝時代の京城(現ソウル)を主舞台にした韓国映画『暗殺』は、抗日ゲリラとして歴史の裏側で暗躍した人々を主人公にしたアクション大作として韓国で記録的なヒット作となった。一見すると日本人を悪者として描いた反日映画かと思ってしまうが、ラストシーンまで観ることで韓国人にとっても日本人にとっても、実に味わい深い歴史ドラマであることに気づく。  日帝時代は韓民族にとってなかったことにしたい時代であり、この時代を題材にした映画はヒットしないと、タブー知らずの韓国映画界でもタブー視されてきた。日本と韓国で、また韓国内でも歴史認識が大きく異なる複雑な時代なのだ。日本に併合される以前の朝鮮半島は、ずっと封建体制が続いたままの弱小国だった。併合をきっかけに、半島内のインフラや教育制度が整い、各種産業が発達し、近代化への足掛かりとなった歴史の転換期でもあった。ギャンブラーを主人公にした『タチャ イカサマ師』(06年)でブレイクし、犯罪エンターテイメント快作『10人の泥棒たち』(12年)を大ヒットさせたチェ・ドンフン監督は、この激動の時代を価値観が定まっていなかった描きがいのある時代として捉えている。善悪という道徳論に囚われないアウトローたちが活躍するチェ・ドンフン監督作品のキャラクターたちにとっては、逆に魅力的な時代なのだ。 『暗殺』には表の主人公と裏の主人公がいる。表の主人公となるのは、『猟奇的な彼女』(01年)が日本でも大ヒットした人気女優チョン・ジヒョンが演じる愛国義士のアン・オギョン。満州で抗日スナイパーとして活躍していた彼女は、韓国臨時政府から速射砲(チョ・ジヌン)、爆弾職人(チェ・ドクムン)たちと共に召還され、京城にいる日本政府の高官と日本に媚びを売って利権を手に入れた親日派の朝鮮人実業家を暗殺せよと命じられる。オギュンたちは日韓政略結婚を控えた日本高官と親日派の実業家が会食に出掛ける機会を暗殺決行日に定めるが、この暗殺計画は日本側に漏れており、日本側に雇われた賞金稼ぎハワイ・ピストル(ハ・ジョンウ)がオギュンたちの行く手を阻む。スナイパーとしての凄腕ぶりを発揮するオギュンだったが、奮戦むなしく暗殺は失敗。多大な犠牲を払ったオギュンは単独でのリベンジマッチを誓う。
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舞台は1933年の京城(現ソウル)。速射砲、アン・オギュン、爆弾職人の3人は、日本の政府高官と親日派の実業家の暗殺計画を実行に移す。
 オギュンが自分の命と引き換えに逆襲の場に選んだのは、政略結婚の披露宴会場だった。当時の最新トレンドスポットだった京城三越百貨店で日本軍関係者と親日派の来賓が集まって盛大な披露宴が催されるが、この披露宴にオギュンは大胆にも花嫁に扮して潜入。純白のウェディングドレス姿のオギュンは花束ブーケに隠した拳銃で、武装解除していた日本の軍人たちを次々と射殺する。晴れやかな結婚式場が一瞬にして血の海に変わっていく、衝撃のサプライズ演出! 映画史に残る血まみれの結婚式だと言っていいだろう。『猟奇的な彼女』ならぬ“猟奇的な花嫁”の誕生である。  実はこのオギュン、双子という設定になっている。サスペンス映画で双子設定は禁じ手だが、禁じ手を使ってまでもチェ・ドンフン監督は2つの青春を描きたかった。オギュンと姉の満子(チョン・ジヒョン2役)は幼い頃に生き別れとなり、オギュンは満州の寒村で抗日ゲリラとして育った。一方の満子は親日派の実業家である父親のもとで、自分の幸せに疑問を抱くことなく成長した。運命の糸によって手繰り寄せられたオギュンと満子の間に、2つの異なる価値観が激しく火花を散らし合う。オギュンは貧しいながらも気高い戦士として育った。対する満子は洗練された美しい女性だが、韓民族としてのアイデンティティーは持っていない。年頃の女性らしくオシャレして恋愛も経験してみたいとオギュンは心の底で願っており、満子は自分が失ってしまったアイデンティティーを懸命に求めようとする。双子の想いがまるで太極旗の陰と陽のように渦を巻き、ウェディングドレスに身を包んで銃を乱射するという最強の女コマンドーへと双子は変貌を遂げる。  オギュンが表の主人公なら、裏の主人公はオギュンたち暗殺部隊を京城まで導いた韓国臨時政府の警務隊長ヨム・ソクチン(イ・ジョンジュ)だ。ソクチンは若い頃は抗日ゲリラとして名を馳せたが、日本軍に捕まった際に命乞いをして二重スパイになっている。オギュンたちの暗殺情報を日本側に流していたのはソクチンだった。朝鮮人を人間扱いしない胸くそ悪い日本人も登場するが、それ以上に悪辣なのが、祖国と日本とを天秤に掛けるソクチンや自分の野心のために妻や子どもを平気で殺してしまう親日派の実業家たちである。朝鮮半島がずっと強国の支配下にあり、今も分裂国家のままなのは、自分の利益のことしか考えず、同胞同士で足を引っ張り合う輩があまりにも多すぎるためだと本作は物語っている。
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韓国臨時政府の警務隊長ヨム・ソクチン(イ・ジョンジェ)は日本軍と通じている二重スパイだった。戦後、裁判を受けるはめになる。
 えげつない男ソクチンを裏の主人公に据えることで、チェ・ドンフン監督は本作が薄っぺらい反日映画に陥ることを防ぎ、韓民族にとって苦味のあるリアルな歴史ドラマに仕立てている。ソクチンもまた単なる悪役ではない。先行きの見えない時流の中で、常に神経を張り巡らして強いほうに付くことでサバイブしてきた。民族独立という理想のために身を捧げるオギュン、冒険と恋に生きるロマンチストのハワイ・ピストルとも異なる、徹底したリアリストなのだ。『イルマーレ』(01年)など実直な青年のイメージが強かったイ・ジョンジュがこの難役に挑んでいる。「まさか韓国が独立する日がくるとは思わなかった」と彼が最期に漏らす台詞が印象的だ。  本作に登場する人物は日本兵も含めて、すべて韓国人キャストが演じており、従って日本兵は奇妙ななんちゃって日本語を話す。このことに違和感を覚える人もいると思うが、これもドンフン監督の演出だと考えたい。本作は日本人を悪者として描くことを主眼としておらず、あくまでも韓民族内部の問題として日帝時代を振り返りたかったのではないだろうか。チョン・ジヒョン、ハ・ジョンウたちがノースタントで挑んだド迫力のアクション映画としても充分に面白いが、善悪の二元論に収まらない歴史ドラマとしてもずしりとした重みを感じさせる。 (文=長野辰次)
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『暗殺』 監督・脚本/チェ・ドンフン 出演/チョン・ジヒョン、イ・ジョンジェ、ハ・ジョンウ、オ・ダルス、チョ・ジヌン、チェ・ドクムン、イ・ギョンヨン、チョ・スンウ、キム・ヘスク、パク・ビョンウン、キム・ウィソン、イ・ヨンソク  配給/ハーク 7月16日(土)よりシネマート新宿ほか全国順次ロードショー (c)2015 SHOWBOX AND CAPER FILM ALL RIGHTS RESERVED. http://www.ansatsu.info

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日本を壊滅寸前に追い詰めた“透明な怪獣”とは? 多角的視点で描いた実録パニック映画『太陽の蓋』

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福島第一原発に関する情報が官邸にまるで入ってこないため、菅総理(三田村邦彦)のイライラがどんどん募っていく。
 映画史上もっとも臨場感に溢れた、おぞましい“怪獣映画”が日本で公開される。ハリウッド超大作を遥かに凌ぐ、迫真のディザースタームービーだと言っていい。インディペンデント映画『太陽の蓋』こそ、史上最悪にして最凶の怪獣映画だ。この映画に登場する怪獣とは目に見えない放射能であり、それまで安全神話に守られてきた見えない怪獣によって、日本が壊滅寸前にまで追い込まれた3.11の恐怖をまざまざと再現している。  2011年3月11日、マグニチュード9.0という大地震に東日本が見舞われる。だが、それは単なる予兆にしか過ぎなかった。続いて、それまで見たことのなかった黒い巨大な大津波が太平洋沿岸一帯に襲い掛かり、街や人を呑み込んでいく。さらに大地震&大津波という大自然の脅威は、福島第一原発のすべての電力システムを破壊。これにより冷却機能を失った福島第一原発の炉心は、想定外の暴走を始める。人類の英知が生み出した最新科学の結晶だったはずの原発は、大量の放射能を撒き散らす邪悪なモンスターへと変貌していく。  超ヘビーなノンフィクション本『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の500日』(門田隆将著、PHP研究所)では被災時の福島第一原発所長・吉田昌郎の視点から、テレビ中継ではうかがい知ることができなかった事故現場の内状が生々しく語られた。まさにイチエフで地獄の扉は開きつつあったのだ。一方、『原発危機 官邸からの証言』(福山哲郎著、ちくま新書)をベースにした映画『太陽の蓋』では東京の総理官邸の地下にある危機管理センターを中心に、同じく官邸内にある記者クラブ、東京で暮らす一般家庭、そして福島第一原発近くにある地元育ちの所員の自宅、と複数の視点から多角的に福島第一原発事故を描き、当時の日本がどれだけパニック状態に陥っていたかを冷静に振り返っている。  実在の政治家たちが登場する『太陽の蓋』の主舞台となるのは総理官邸だ。地下にはこの日のために造営されていた危機管理センターがあったが、福島第一原発事故に関してはまったくと言っていいほど機能しなかった。菅総理(三田村邦彦)、枝野官房長官(菅原大吉)ら閣僚たちが大地震発生を知って官邸に次々と集まるが、気になる福島第一原発がどのような状況なのかという情報はまるで危機管理センターに入ってこない。菅総理は終始イライラしている。原子力安全保安院の院長(島英臣)に「原発はどうなっている?」と尋ねても、「分かりません。私は東大の経済出身です」とトンチンカンな回答しか返ってこない。原子力安全委員会委員長の万城目(岩谷健司)に至っては、「爆発なんかありえない」と言ったその日に1号機が水素爆発を起こす。1号機の屋根が吹き飛ぶ映像を見た万城目は「あちゃー!」と頭を抱える。もっとも重要な判断が求められる総理官邸で、緊張感のない脱力的なやりとりが繰り広げられる。この国は本当に壊滅の一歩手前まで追い込まれていたことが、ひしひしと伝わってくる。
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政治記者の鍋島(北村有起哉)は原発に詳しい元記者(菅田俊)から「家族がいるなら、東京から避難させたほうがいい」と告げられる。
 官邸内の記者クラブに詰める新聞記者の鍋島(北村有起哉)は重大な情報を政府は隠しているのでは探りを入れるが、悲しいことに当時の菅政権は隠すだけの情報を何も持っていなかった。水素爆発も発生から1時間後にテレビ中継を見て知った有り様だった。その間にも姿の見えない怪獣の脅威はますます増していく。1号機、さらに3号機の水素爆発によって、周辺の民家に白い粉が漂う。福島第一原発が『ウルトラQ』に出てきた毒花粉を撒き散らすマンモスフラワーのように思えてくる。オフィス街に突然現われたマンモスフラワーは空からの化学薬品の散布と根っこを火炎放射攻めすることで根絶できたが、高い放射線量を放つ福島第一原発にはうかつに近寄ることはできない。  福島第一原発に勤める若い所員・修一(郭智博)は3.11当日は運良く非番だったが、職場の異変を察知し、家族が反対するのを押し切って事故現場に駆け付けた。だが、「若い所員に危険な作業を任せるわけにはいかない」と修一は待機を命じられ、先輩社員たちが高い線量の中へと入っていく。いくら防護服を着ているとはいえ、原子炉近くは線量がどこまで上がるか分からない。想像を絶する恐怖だ。修一に向かってかっこいい台詞を吐いていた先輩所員だったが、ベントを手動で行なうという精神的にも肉体的にもギリギリの作業によって、ボロボロになっていく。福島第一原発内の免震棟は放射能からは守られてはいたが、その内部は野戦病院さながら惨状だった。  福島第一原発で所員たちが懸命の復旧作業に当たっている中、日本国を確実に滅亡に導く提案が閣僚にもたらされていた。福島第一原発は制御不能状態に陥っているので、施設内に残る700名の所員たちを全員退避させようという声が上がる。『死の淵を見た男』でも書かれていたが、これは原発事故現場から出た声ではない。東京電力の本社でテレビモニター越しに彼らの奮闘ぶりを眺めていた本社の幹部たちが言い出したものだった。人命優先を訴えるこの声を、菅総理は「撤退はありえない」と完全否定する。所員たちはその命と引き換えに福島第一原発を死守せよという、国家の最高責任者からの厳命だ。御国のために命を捧げよ、という戦争映画でしか聞くことがなかった台詞のやりとりが本作のハイライトシーンとなっている。このとき、東京電力本社の指示に福島第一原発の現場が従っていたら、本当にこの国はどうなっていたのだろう。そのことを考えると、猛烈な寒気に襲われる。
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放射線量がどんどん高まる中、地元生まれの修一(郭智博)たち福島第一原発の所員たちは懸命に事故対応にあたった。
 国産の怪獣映画第1号といえば、『ウルトラQ』から始まる『ウルトラ』シリーズを手掛けた円谷英二が特殊技術として参加した『ゴジラ』(54)であり、海底の奥深くに眠っていた太古の巨大生物が水爆実験によって目を覚まし、東京を壊滅させるという内容だった。説明するまでもなく、ゴジラは核兵器がもたらす恐怖のメタファーだ。怪獣映画『ゴジラ』には広島、長崎に投下された原爆がもし東京にも落とされていたら……という終戦からまだ9年しか経っていなかった日本人のリアルな恐怖心が反映されていた。実録映画『太陽の蓋』は、3.11からわずか5年ですでに風化しつつある放射能の恐ろしさを観客の脳裏にもう一度蘇らせる。  東京を火の海にした“破壊神”ゴジラは、芹沢博士(平田昭彦)が自分の命と引き換えにすることで、ようやく撃退される。福島第一原発に最後まで残って指揮を執り続け、2013年7月9日に壮絶死を遂げた吉田所長と芹沢博士のイメージが重なる。だが、『太陽の蓋』に登場する“見えない怪獣”はゴジラよりもさらに始末が悪い。東京では民主党から、原発を日本各地に建設することを推進してきた自民党に政権が戻り、また以前と同じような日常生活が繰り返されている。でも、福島では大量の除染土壌が山積みとなり、どう処分するか決めかねている状態だ。修一ら原発所員は世間の厳しい目にさらされながら、危険が伴う原発の解体作業に従事している。廃炉化の作業が終わるのは、30年か40年先になる。修一の代だけでは終わりそうにない。カメラは最後に、双葉町に掲げられていた「原子力明るい未来のエネルギー」という看板を映し出す。この皮肉めいた看板は2015年12月に撤去され、今はもう見ることはできない。 (文=長野辰次)
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『太陽の蓋』 製作/橘民義 監督/佐藤太 脚本/長谷川隆 音楽/ミッキー吉野  出演/北村有起哉、袴田吉彦、中村ゆり、郭智博、大西信満、神尾佑、青山草太、菅原大吉、三田村邦彦、菅田俊、井之上隆志、宮地雅子、葉葉葉、阿南健治、伊吹剛  配給/太秦 7月16日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開 (c)「太陽の蓋」プロジェクト/Tachibana Tamiyoshi http://taiyounofuta.com

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“奇跡の男”と呼ばれた人気アスリートの裏の顔! ドーピングで夢をつかんだ『疑惑のチャンピオン』

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ドーピングが平然と行なわれているスポーツ界の内情を『疑惑のチャンピオン』では赤裸々に描いている。
 人気タレントや俳優はアンチエイジングや美容整形を施すことで若々しさを保ち、AV男優はバイアグラを呑むことでベストパフォーマンスを常に披露できるように努めている。それらの行為は積極的に褒められはしないものの、プロゆえの涙ぐましい営業努力として世間から容認されている。では、なぜ彼の場合は永久追放という厳しい処分が下ったのだろうか。映画『疑惑のチャンピオン』は、自転車競技の最高峰「ツールドフランス」で前人未到の7連覇を達成したランス・アームストロングのスキャンダルまみれの半生をドラマ化したものだ。 “奇跡の男”という呼び名に相応しく、アームストロングの人生は山あり谷ありの起伏に富んだものとなっている。1971年に米国テキサス州で生まれたアームストロングは実の父親の顔を知らずに育った。17歳違いの母親とは非常に仲が良かったが、継父との折り合いが悪く、DQN人生まっしぐらな少年期を過ごしていた。そんなドン底生活から脱出するため、アームストロングはアスリートとしての道を選ぶ。わずか16歳でトライアスロンレースにプロとして参戦。さらに金になる競技としてロードレースに専念し、93年にツールドフランスにデビューするや、早くもステージ優勝を果たす早熟ぶりだった。  だが、運命の神はアームストロングに厳しい試練を与える。アスリートとしてもっとも充実している25歳のときに、精巣癌であることが発覚。脳や肺にも転移しており、生存率20%と診断される。ところが、ここからがアームストロング伝説の始まりだった。不屈の闘志で癌治療とリハビリを乗り切り、わずか2年後にはツールドフランスに復帰。99年からは史上初となる7連覇を果たし、伝説のチャンピオンとなる。さらにレースで得た賞金やスポンサーからの収益を元に癌撲滅のための財団を立ち上げ、慈善事業に熱心なアスリートとして世界中の賞讃を集めるようになる。と、ここまでがアームストロングの表の顔だ。  映画『疑惑のチャンピオン』ではツールドフランス参戦以降のアームストロングの裏の顔が描かれる。野心とハングリーさでは誰にも負けないアームストロング(ベン・フォスター)は、スポーツ医師のフェラーリ(ギヨーム・カネ)と出会い、「君は頑張ればいい選手になれる。でも、偉大な選手にはなれない」と告げられる。アームストロングはフェラーリ医師が他のトップ選手たちに施している“プログラム”を自分にも課してほしいと懇願する。プログラムとは、つまり運動能力向上薬の使用や血液ドーピングを計算に入れた綿密なトレーニングのこと。長い伝統を誇るツールドフランスだが、薬物との繋がりも古くから知られていた。当時の上位入賞者は、みんなドーピングを行なっていた。ドーピングが見つかれば、当然失格になるし、血液がドロドロになり、生命の危険も脅かすことになる。実際に98年のツールドフランス優勝者マルコ・パンターニは34歳の若さで亡くなり、現役時代の過剰なドーピングが要因だと囁かれている。それでも、アームストロングは自分の肉体を削ってでも人生の勝利者になりたいと願う。フェラーリ医師の強化プログラムを授かったアームストロングは、無敵の生体マシンとなっていく。
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アームストロング(ベン・フォスター)の肺活量や血液濃度を細かく調べた上で、チームぐるみでの巧妙なドーピングが行なわれた。
 アームストロングのことをツールドフランス参戦時から見守ってきたスポーツジャーナリストのデイヴィッド(クリス・オダウド)が、彼の変身ぶりに違和感を覚える。以前は山岳ステージを苦手にしていたアームストロングが、闘病からの復帰後は楽々と攻略するようになった。多くのメディアが難病を克服したアームストロングを英雄と讃える中、旧知のデイヴィッドはドーピング疑惑を唱える。記者会見の場でアームストロングとデイヴィッドは熾烈な火花を散らす。記者席にいたデイヴィッドに対し、チャンピオンであるアームストロングは「僕はレースの収益金を癌で苦しんでいる人たちのために使い、多くの子どもたちに希望も与えている。でも、あいつは自分が書いた暴露本を売りたいだけなんだ」と口撃する。ツールドフランスの運営サイドも他のメディアの記者たちも、みんなアームストロングの味方だった。絶大な人気を誇り、多くのスポンサーを抱えるアームストロングなしでは、この競技は成り立たないことを知っていたからだ。 『疑惑のチャンピオン』を観ていると、デヴィッド・フィンチャー製作総指揮の連続ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』の主人公フランク(ケヴィン・スペイシー)とイメージが重なってくる。全米で大人気のこのドラマは、米国の下院議員だったフランクが謀略の限りを尽くして、ライバルたちを次々と蹴落とし、野心を叶えるために殺人にさえも手を染めるという悪漢ストーリーだ。だが、冷血極まりないフランク議員は、第2シーズンでは副大統領に、さらに第3シーズンでは大統領と、より強大な権力を手に入れることで、国民の雇用問題や世界平和を熱心に考える善人としての顔がどんどん前面に出てくるようになる。自分が本当にやりたいことをやるには、力を持たなくてはならない。無力な人間が善行を唱えても、誰も耳を傾けないというこの世の真理を合衆国大統領フランクは教えてくれる。現実の世界に生きるアームストロングもそのことを熟知していた。ままならない人生を切り開くためなら、手段を選んではいられないのだと。
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スポーツ医師のフェラーリ(ギヨーム・カネ)はドーピングを悪とは考えず、人間の潜在能力を引き出す最新科学だと考えていた。
 ドーピングをしても、ツールドフランスが過酷なレースであることに変わりはない。それでもアームストロングは7連覇を成し遂げ、有終の美を飾る。だが、落とし穴は意外なところで待っていた。ドーピング疑惑を振り切って、悠々自適のセレブ生活を送っていたアームストロングだが、平穏な暮らしは長くは続かなかった。ドラッグ中毒者が薬物を手放せないように、彼も肉体と精神をギリギリの限界まで追い込んだ末に感じるレースでの高揚感が忘れられず、4年ぶりにツールドフランスへ復帰する。このときのツールドフランスはドーピング検査が厳しくなっており、38歳になったアームストロングはドーピングなしで3位入賞を果たしたと言われている。彼のアスリートとしてのポテンシャルが尋常ではなく高かったことが分かる。だが、現役復帰がきっかけで、過去のドーピング歴が発覚。すでにツールドフランスの主演スターではなくなっていたアームストロングは、過去の勝利をすべて剥奪され、永久追放の身となる。ちなみにアームストロングが達成した7連覇の期間は、繰り上げでの優勝者は認定されていない。それは上位者がすべてドーピングに関わっていたからだ。  アームストロングには大事にしている家訓がある。17歳のときに彼を産んだ母リンダが伝えた「すべての障害はチャンスだと思いなさい」という言葉だ。アームストロングはこの言葉を支えに癌治療に耐え、ツールドフランスに復帰を果たした。40歳を過ぎた今もハードなトレーニングを自分に課し、近年人気が高まりつつあるトレイルランニングで好タイムを残している。彼はロードレース界から追放された悲劇のチャンピオンではない。薬物まみれのプロスポーツ界に君臨する生きた伝説のチャンピオンなのだ。 (文=長野辰次)
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『疑惑のチャンピオン』 原案/デイヴィッド・ウォルシュ  脚本/ジョン・ホッジ 監督/スティーヴン・フリアーズ 出演/ベン・フォスター、クリス・オダウド、ギヨーム・カネ、ジェシー・プレモンス、リー・ペイス、ドゥニ・メノーシュ、エドワード・ホッグ、ダスティン・ホフマン、エイレン・キャシデイ  配給/ロングタイド 7月2日(土)より丸の内ピカデリー&新宿ピカデリーほか全国公開 (c)2015 STUDIOCANAL S.A.ALL RIGHTS RESERVED. http://movie-champion.com

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綾野剛×白石和彌の実録犯罪エンターテイメント!!『日本で一番悪い奴ら』とはいったい誰なのか?

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誰よりも熱い正義感の持ち主だった諸星(綾野剛)は悪徳刑事の道をまっしぐら。エス(情報提供者)たちと家族同然の仲となる。
 拳銃の密輸、覚醒剤の売買、暴力団との裏取引き、情婦とのキメセク……。綾野剛主演の実録映画『日本で一番悪い奴ら』の主人公は様々な犯罪に手を染める。これだけ聞くと、この映画の主人公は裏社会の人間だと思うだろう。だが、彼はれっきとしたした公務員だった。北海道警の刑事であり、上司の命令に従って銃を裏社会から入手した上で、自分たちの手でその銃を度々押収。さらにその銃を購入する資金を稼ぐために、覚醒剤を横流しした。警察による組織ぐるみの犯罪行為を真っ正面から描いた本作は、今年最も注目すべき問題作である。  本作の主人公である悪徳刑事・諸星のモデルとなっているのは、2002年に発覚した“稲葉事件”の稲葉圭昭。北海道警の現役警部が覚醒剤所持と銃刀法違反で逮捕されたこの事件は、日本中の警察組織を震撼させた。警察内部の組織的腐敗はインディペンデント映画『ポチの告白』(05)でも糾弾されたが、綾野剛を主演に起用した本作は9年間の刑期中に稲葉が執筆した『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』(講談社)を原作にし、実在の警察官たちが捜査実績を残すために事件の捏造、やらせ逮捕、泳がせ捜査などの違法行為まみれになっていく過程を克明に描いている。茨城上申書殺人事件を題材にした『凶悪』(13)で一躍名を挙げた白石和彌監督の演出も冴え、『凶悪』以上に振り切った実録犯罪エンターテイメントに仕上がっている。  諸星(綾野剛)は中学、高校、大学と柔道ひと筋に打ち込んできた根っからの体育会系のどさんこ。柔道の実力を買われて、北海道警にスカウトされる。道警は全国警察柔道大会でまだ優勝をしたことがなく、念願の初優勝を果たすために諸星は必要とされていた。道警に初優勝をもたらした諸星は道警本部の刑事となり、ここで先輩刑事の村井(ピエール瀧)から捜査のイロハを学ぶ。「刑事が書類をいくら書いても出世しない。実績を残すことだ」と村井に教えられ、諸星は裏社会の情報を提供してくれるエス(スパイ)を育てることになる。エスがもたらした情報によって、諸星は麻薬と銃を摘発することに成功。やがて全国の警察で銃器摘発キャンペーンが張られ、諸星は道警に新設された「銃器対策室」のエースと呼ばれるようになっていく。  
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北海道警「銃器対策室」のみなさん。1995年に国松警察庁長官狙撃事件が起きたことから、ますます予算が増えていった。
 銃器対策室の上司たちにとって、諸星は欠かせない人材だった。面倒見のいい諸星は、地元暴力団の幹部・黒岩(中村獅童)、ヤクの売人兼DJの太郎(YOUNG DAIS)、盗難車ブローカーであるパキスタン人のラシード(植野行雄)らをエスとして抱え、裏社会の顔役に収まっていた。諸星に頼めば、すぐに拳銃を用意してくれた。銃検挙の実績を残すことで、道警の銃器対策室は予算を大幅に増やすことができた。銃がないときは、太郎やラシードがロシアまで出向いて銃を密輸した。だが、公務員の給料だけでは銃を購入する資金やエスたちに渡す小遣いに困るようになり、仕方なく諸星は覚醒剤をさばき始める。現役刑事である諸星の車やマンションは警察に調べられることがないので、裏ビジネスをやるには好都合だった。覚醒剤の収益で銃を仕入れ、自分たちでその銃を摘発し、度々表彰された。ブラックジョークとしか言いようがない行為が、道警の日常風景となっていた。  思い込んだら一直線の男・諸星を演じた綾野剛はハマリ役。『新宿スワン』(15)の風俗スカウトマン、『天空の蜂』(15)の心優しいテロリスト、『リップヴァンウィンクルの花嫁』(16)のお調子ものの便利屋など、単純に善悪に二分することができないグレーゾーンの人間を演じることで、妙なフェロモンを発する男優だ。上司の考えたシナリオに従って、諸星は100丁以上の銃を集め、銃器対策室のエースに祭り上げられる。すべては道警のため、強いては道民のため。監督に命じられるままに、どんな役にでも成り切ってみせる“役者バカ”と本作の主人公はとてもよく似ている。綾野剛は白石監督や本作のため、強いては映画界のために劇中でアンモラルな行為にのめり込んでいく。実際の稲葉事件は2名の自殺者を出した陰惨なものだが、白石監督の演出のもと、この事件の中心にいた諸星を綾野剛は全力で演じ切り、犯罪青春映画と称すべき不思議な高揚感を作品に与えている。
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エスたちの協力によって、諸星のもとに拳銃が続々と集まる。これらのチャカはコインロッカーなどに隠し、道警の捜査実績となる。
 諸星に刑事としての心得をレクチャーするベテラン刑事を演じたピエール瀧は、『凶悪』に続く白石組への参加で、前作以上の味わいがある。お人好しゆえに、裏社会の落とし穴に陥ってしまうダメ男の哀愁を感じさせる。そんな村井は辣腕刑事時代に、味のある台詞を諸星に向かって吐く。「いい女を抱けば、男の格も上がるってもんだろ」。綾野剛、ピエール瀧らの力演&妙演に引き込まれるように、すすきのNo.1ホステス役の矢吹春奈は着物を脱いでゴージャスな裸体を披露する。背中の刺青がいかがわしく、そして艶やかだ。犯罪映画には濡れ場も欠かせない。綾野剛が女優たちと次々と濡れ場を演じていくのも本作の大きな見どころ。後半にはシャブ中になった矢吹とのキメセクシーンまで用意してある。映画の中で不道徳の限りを尽くす綾野たちは、それはそれは楽しそうだ。  マーティン・スコセッシ監督の『グッドフェローズ』(90)やナ・ホンジン監督の『チェイサー』(08)ばりに振り切った実録犯罪エンターテイメントが日本映画界にも登場したことを、うれしく思う。だがその一方、組織ぐるみで違法行為を重ねていた道警からは諸星のモデルとなった稲葉元警部ひとりしか逮捕されていないという事実にも驚く。裁判で彼が証言した事実は、すべてシャブ中の世迷い言で済まされてしまった。本当に“一番悪い奴ら”はこの映画を観て、やはり高笑いするのだろうか。 (文=長野辰次)
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『日本で一番悪い奴ら』 原作/稲葉圭昭 脚本/池上純哉 監督/白石和彌  出演/綾野剛、YOUNG DAIS、植野行雄(デニス)、矢吹春奈、瀧内公美、田中隆三、みのすけ、中村倫也、勝矢、斎藤歩、青木崇高、木下隆行(TKO)、音尾琢真、ピエール瀧、中村獅童  配給/東映、日活 R15+ 6月25日(土)より全国ロードショー (c)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会 http://www.nichiwaru.com

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“時をかける少女”ならぬ“時をかけるアドルフ”あの男が芸能界デビュー『帰ってきたヒトラー』

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ドイツで大ヒットしたブラックコメディ『帰ってきたヒトラー』。70年という時間を経て、ヒトラー総統が現代にタイムリープしてきた!
 ベテランの脚本家やプロデューサーたちに「良いシナリオとは?」と質問すると、ほぼ同じ答えが返ってくる。「キャラクターが立っていること。キャラが立っていれば、物語は自動的に動き出す」と。主人公のキャラクターが面白ければ、脚本家やプロデューサーは頭を悩まさずとも、キャラが勝手に動き出し、事件を次々と呼び込んでくれるらしい。このキャラ立ち理論に従えば、これほど優れたシナリオは他にはないはずだ。なにせ主人公はナチスドイツの総統アドルフ・ヒトラーであり、しかも第二次世界大戦末期に死んだはずのヒトラーが現代社会にタイムリープするという奇抜な設定。“時をかける少女”ならぬ“時をかける総統”なのだ。ドイツ映画『帰ってきたヒトラー』の主人公は抜群のカリスマ性とお茶目さで、極右系の人のみならず刺激に飢えていた現代人をたちまち魅了してしまう。  そうとうにブラックなコメディ映画『帰ってきたヒトラー』は、2012年にドイツで発表された同名ベストセラー小説の映画化。この物語の面白さはアドルフ・ヒトラーを主人公にするというタブー破りのキワモノ感に加え、舞台をテレビ局にしていることだ。1945年から現代にタイムスリップしてきたヒトラーは政治の世界ではなく、まずテレビの世界で怖いもの知らずの毒舌タレントとして絶大な人気を得ていく。視聴者は彼のことを「ヒトラーになりきったモノマネ芸人」だと思い込み、大笑いしながらテレビの中の彼に心酔するようになっていく。  ユダヤ人を収容所送りにした冷血非道な独裁者のイメージが強いヒトラーだが、彼が率いたナチ党を選挙で第1党に選出したのはドイツ国民だった。不況にあえぐドイツ国民の不満をビンボー画家だったヒトラーは身に染みて理解しており、また演説によって大衆の心理をつかみ取る天才でもあった。なぜか第二次世界大戦末期の地下壕から現代のドイツに放り出されてしまったヒトラー(オリヴァー・マスッチ)は、最初こそ頭のおかしなホームレスと間違えられるが、気のいいキヨスクのオヤジの好意でキヨスクで一晩を過ごすと、置いてあった新聞や週刊誌を怒濤の勢いで読み尽くし、あっという間に現代ドイツの社会情勢を理解してしまう。彼は残虐な戦争犯罪者である前に純粋なひとりの愛国者だった。
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お笑い芸人として、現代に蘇ったヒトラー。ユニクロ系のカジュアルなファッションもチャーミングに着こなしてみせます。
 70年前の総統ファッションのまま街をうろつくヒトラーのことを、テレビ局をリストラされたばかりのディレクター・ザヴァツキ(ファビア・ブッシュ)はヒトラーによく似たモノマネ芸人だと勘違いする。テレビ局に復職したいザヴァツキからテレビ番組に出演しないかと誘われ、ヒトラーは快諾する。ヒトラーは自分が置かれた状況を冷静に分析し、柔軟に対応する適応力にも優れていた。そして何よりもテレビという新しいメディアを使って、ドイツ国民にメッセージを発することを望んでいた。  テレビ番組に出演したヒトラーは水を得た魚だった。「雇用問題を解決することなく、ドイツの子どもたちに未来はない!」「移民の流入に歯止めを掛け、我々はドイツ国民としての誇りを取り戻すべきである!」。カメラの前に立つヒトラーは次々とドイツ社会が抱える問題点を斬っていく。彼のことをヒトラーのモノマネ芸人だと思っている視聴者たちは大笑いしながら拍手喝采を送る。それまで視聴率が低迷していたテレビ局は彼の出演シーンが高視聴率を叩き出したことから、出演番組を大幅に増やすことに。モノマネ芸人として売り出されたはずのヒトラーだが、次第にテレビというメディアを思いのまま牛耳るようになっていく。  以前、これに良く似た物語に触れた気がして、自宅の本棚を調べてみた。小林信彦が1993年に発表した小説『怪物がめざめる夜』(新潮社)だった。『怪物がめざめる夜』は放送作家、小説家、記者、雑誌編集者たちが共同でネタを出し合うことであらゆる分野に精通した覆面のスーパーコラムニスト〈ミスターJ〉として夕刊紙や週刊誌で最強のコラムを連載するという内容だ。複合した人格を抱える〈ミスターJ〉は架空の存在のはずだったが、政治ネタや放送業界ネタにもタブー知らずで斬り込む〈ミスターJ〉に取材の申し込みが殺到。地方でくすぶっていた無名芸人に〈ミスターJ〉の顔を演じさせたところ、単なる操り人形だったはずの無名芸人が〈ミスターJ〉というキャラクターを与えられたことで独断で動き出し、メディアを煽動するモンスターとなっていく。才能ある人間がスターになるのではなく、メディアこそがスターを生み出すのだという真理が描かれており、今読み直しても古さを感じさせない。〈ミスターJ〉も帰ってきたヒトラーも最初は芸人という立場だが、メディアという権力を手に入れ、恐ろしいモンスターへと目覚めていく。
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プロパガンダの天才ヒトラーにとって、数字を稼ぐことしか考えていないテレビやインターネットを牛耳ることは容易いことだった。
 映画化された『帰ってきたヒトラー』には、さらに原作にはない面白さが加味されている。それは現代社会にヒトラーが蘇ったら、彼はどんな言動を見せ、周囲はどう反応するかをカメラで追ったセミドキュメンタリー的な趣向を盛り込んでいるという点だ。ディレクターのザヴァツキに連れられて、ヒトラーはドイツ各地を視察して回ることになる。公園やサッカーの競技場の前に総統スタイルで立っていると、自然とギャラリーが集まってくる。若者たちはヒトラーに握手やハグを求め、ヒトラーとのツーショット自撮りを始める。いつの時代もヒトラーは知名度抜群の人気者だ。中には「よく、そんな真似ができるな」と怒り出す者もいるが、ヒトラー役を演じた舞台出身のオリヴァー・マスッチはその都度、ヒトラーとしてアドリブで対応する。「僕はすっかり役にはまりこんでいたし、ヒトラーというマスクがしばらくは自分の顔の一部になっていたくらいだ。撮影時に車から出ると、いつも誰かが近寄ってきて、『ヒトラーじゃないか?』と言われたよ」とマスッチは振り返っている。  アドリブを交えて、ヒトラー役をブレることなく演じ続けるマスッチの妙演と周囲のリアクションに笑いながら、ふと思う。一般大衆は政治的指導者のイデオロギーに共感して票を投じるのではなく、メディア対応の巧みな人物に票を投じるのだなと。帰ってきたヒトラーは、すぐにそのことに気づき、テレビタレントとして再デビューを飾ったわけだ。情報化社会がますます進むにつれ、抜群のプロパガンダ能力を持つヒトラーはこれから何度でも時を超えて現われることだろう。 (文=長野辰次)
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『帰ってきたヒトラー』 原作/ティムール・ヴェルメシュ 監督・脚本/デヴィッド・ヴェンド 出演/オリヴァー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ、クリストフ・マリア・ヘルプスト、カッチャ・ベリーニ  配給/ギャガ 6月17日(土)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショー (c)2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH http://gaga.ne.jp/hitlerisback

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北九州監禁殺人事件、尼崎変死事件に似ている!! 恐怖と暴力による洗脳『クリーピー 偽りの隣人』

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黒沢清監督にとって久々の犯罪サスペンス『クリーピー 偽りの隣人』。身近なところから、かつてない恐怖が忍び寄る。
 今年1月に劇場公開された中村義洋監督の『残穢 住んではいけない部屋』は、かなり不気味なホラー映画だった。自分が住んでいるマンションは以前どんな人間が暮らしていたのかよく分からないという、地縁や血縁から切り離された現代人の浮遊感・不安感がもたらす恐怖を描いていた。黒沢清監督の『クリーピー 偽りの隣人』もまた流動性の激しい都市部で起きる怪事件を扱ったものだ。『クリーピー』には幽霊などオカルト系の類いはいっさい現われないが、幽霊以上におぞましく、常識がまるで通用しない“ご近所さん”がこちらに向かって近づいてくる。  近年は『トウキョウソナタ』(08)や『岸辺の旅』(15)など非ホラー系の家族ドラマが高く評価されている黒沢監督にとって、『クリーピー』は『CURE キュア』(97)以来となる久々の犯罪サスペンス。黒沢監督のブレイク作『キュア』では萩原聖人が催眠術を巧みに操り、次々と遠隔殺人を行なった。だが、『クリーピー』はさらに現代的にバージョンアップされた形となっており、催眠術を使わずとも人間がいとも簡単にマインドコントロールされてしまう恐ろしさが描かれている。  2011年に発表された前川裕の処女小説『クリーピー』(光文社)が原作だが、黒沢監督は原作の設定だけをもらって、ストーリーは映画独自の展開となっている。犯罪心理学者の高倉(西島秀俊)は妻の康子(竹内結子)と共に東京の都心部から少し離れた静かな住宅街に引っ越してきた。お菓子を持って引っ越しの挨拶回りをするが、このへんはご近所づきあいがないらしく、ろくに挨拶ができないまま引っ越し初日を終える。後日、康子がひとりで改めて隣家を訪ねると主人の西野(香川照之)が出てきたが、あまりに不躾な態度で康子はショックを受けてしまう。中学に通う西野の娘・澪(藤野涼子)はきちんとしているだけに、余計に西野家のことが気になってしまう。
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隣家に暮らす西野(香川照之)と長女の澪(藤野涼子)。西野の妻と長男は家に篭ったまま、姿をまるで見せない。
 一方、大学に勤める高倉を刑事の野上(東出昌大)が訪ね、6年前に日野市で起きた一家行方不明事件の再捜査に協力してほしいと頼んできた。長女の早紀(川口春奈)だけが生存しているこの迷宮入り事件を調べていくうちに高倉は、事件現場一帯の家の並び方が自分の新居周辺とひどく酷似していることに気づく。どうやら犯罪をやるのにうってつけの物件というものがあるらしい。高倉が事件の真相究明にのめり込んでいる間、高倉家とその周辺はおぞましい悪意による侵蝕が進行していた。  原作を大胆にアレンジした黒沢監督が映画化する上で参考にしたのが、2002年に発覚した北九州監禁連続殺人事件、2011年に発覚した尼崎連続変死事件といった実在の猟奇殺人事件。どちらの事件も主犯者は自分が直接手を下すことなく、監禁状態に置いた被害者同士を殺し合わせている。身内同士を争わせ、しかも生き残ったほうに死体の処理まで命じている。「週刊文春」の連載記事の書籍化『殺人犯との対話』(文藝春秋)でこれらの事件が起きた監禁部屋の実態を知ると、猛烈な嘔吐感に襲われる。恐怖と暴力によって洗脳された人間は、監禁部屋から逃げる気力すら奪われ、支配者に命じられるまま否応なく殺人や死体処理まで実行してしまう。  本作に登場するクリーピー(ぞっとする)な犯人もまた悪の天才であり、言葉巧みに善良な一家に近づき、甘い汁を絞れるだけ絞った挙げ句に警察の目に留まらぬように静かに立ち去り、次の獲物へと忍び寄っていく。原作ではシロアリ駆除の業者を装って犯人は一般家庭に上がり込み、多額の請求を押しつけながら徐々に懐柔していく手口が記されている。シロアリの被害と同じように、一見すると平和そうな家庭も知らない間に土台や柱を喰い尽くされ、気が付いたときにはすでに手遅れ状態となってしまう。
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日野市で起きた一家失踪事件で生き残った早紀(川口春奈)。高倉や刑事の野上は、早紀の心情を考えずに当時の状況を執拗に聞き出す。
 本作でヤバいのは、犯人だけではない。奇妙な事件を追うことに熱中するあまり、犯罪心理学者の高倉も刑事の野上も自分の足もとや背後で起きていることにはまるで気づかずにいる。高倉と野上も犯罪者の暗黒面にどうしようもなく惹かれてしまうという心の闇を抱えている。犯人から見れば、スキだらけの人間なのだ。凶悪犯罪とは無関係のまっとうな人間もその家族も、ほんのちょっとウィークポイントを突くだけで、ドミノ式にあっけなく崩れ落ちてしまう。  黒沢監督から興味深い話を聞いた。ベルリン映画祭や香港映画祭でプレミア上映された際、引っ越したばかり康子たちが近所にお菓子を持って挨拶回りするシーンが海外の人たちには奇異に感じられたらしい。引っ越しの挨拶回りは日本独自の習慣らしく、海外では面識のない家々を一軒ずつ訪ねて回ることはしないそうだ。挨拶を交わしただけで、隣人のことを知った気になって安心してしまう。こういう状況がいちばん心のスキを生みやすいんでしょう。黒沢監督は澄ました顔で、何気に恐ろしいことを口にする。近所づきあいがとても曖昧な日本の都市部は、犯罪者にとって格好の狩猟場に映るらしい。 (文=長野辰次)
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『クリーピー 偽りの隣人』 原作/前川裕 脚本/黒沢清、池田千尋 監督/黒沢清 出演/西島秀俊、竹内結子、川口春奈、東出昌大、香川照之、藤野涼子、戸田昌宏、馬場徹、最所美咲、池田道枝、佐藤直子、笹野高史  配給/松竹 6月18日(土)より全国ロードショー (c)2016「クリーピー」製作委員会 http://creepy.asmik-ace.co.jp

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これはホラー? それとも極上のファンタジー? 男の潜在的欲望の扉を叩く『ノック・ノック』

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既婚者を悶絶させる官能サスペンス『ノック・ノック』。据え膳を美味しくいただいたキアヌ・リーブスはこの後、地獄の責苦を味わうはめに。
 どんな男も簡単に墜ちてしまう魔法の言葉がある。密室空間で若い女性が甘く囁く「ここだけの秘密よ」というひと言だ。相手が秘密を守る確約はまるでないのに、男はあっさりとズボンとパンツを下ろしてしまう。男はどうしようもなく秘密という言葉に弱く、そして女はそんな秘密は守ろうとしない。かくして快楽と背中合わせの惨劇が訪れ、平和な家庭は次々と崩壊していく。キアヌ・リーブス主演のエロチックサスペンス『ノック・ノック』は、男なら誰もが隠し持っている潜在的欲望の扉をいとも簡単に開けてしまう。男が夢見る極上のファンタジーであり、同時に背筋が凍る現実味たっぷりなホラーでもある。  悪魔は天使のコスプレ姿で現われる。建築家のエヴァン(キアヌ・リーブス)は芸術家の妻・カレン(イグナシア・アラマンド)との間に2人の子どもに恵まれ、良き父・良き夫として平和に暮らしていた。妻と子どもたちがバカンスに出掛け、エヴァンは自宅での仕事を片付けてから合流する予定だった。そんな夜、玄関のドアをノックする音が聞こえてくる。ドアを開けると、そこに立っていたのは若い女性2人組。外はどしゃ降りで、2人は全身ぐっしょりズブ濡れ。シャツの下のブラジャーまで透けて見える。訪問販売や宗教の勧誘ではなさそうだ。「道に迷ってしまって」という2人を、エヴァンは親切に自宅に招き入れ、タオルを手渡す。金髪のベル(アナ・デ・アルマス)はロリータ好きには堪らないタイプ。もうひとりのジェネシス(ロレンツァ・イッツォ)は黒髪がとてもセクシーだ。タクシーを呼び、乾燥機で2人の洋服を乾かしている間、エヴァンはバスローブを羽織った美女2人から「全然オジサンに見えない」と言われてまんざらでもない。「ひとりぼっちで仕事していたの? 私たちが慰めてあげる」「男が望むものは何でもしてあげる主義よ」と言いながら、やたらボディタッチしてくる。  ここまでは大人の男の余裕を見せ、笑ってやり過ごしていたエヴァン。タクシーが到着したようなので、乾燥機の洋服を取り出しに行くと、2人の姿が見当たらない。美女たちは図々しくも浴室でシャワーを浴びていた。それでもエヴァンは紳士然として「ここに洋服を置くよ」と浴室のドアを開けると、もうそこは天国経由地獄行き深夜超特急の乗車口だった。生まれたままの姿のベルとジェネシスが妖しく微笑み、軟体動物のようにエヴァンに絡み付いてくる。「やめろ。俺は妻帯者なんだ」と抗っていたエヴァンだが、天使の姿をした悪魔はくだんの台詞を囁く。「私たちだけの秘密にするから」と。この魔法の言葉の効果はてきめん。『マトリックス』(99)や『ジョン・ウィック』(14)で無敵のヒーローを演じたキアヌ・リーブスは、全裸美女たちの肉弾攻撃にあっさり陥落してしまう。複雑に交じり合う3人の男女。洗練させたインテリアに彩られていたエヴァン宅は、たちまち罪深き肉欲パラダイスと化していく。
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金髪の甘えっ子キャラのベル(アナ・デ・アルマス)とセクシー系のジェネシス(ロレンツァ・イッツォ)。お嬢さん、ブラが透けてるよ!
「たまには思いっきりハメを外してみたい」「若い女の子とエッチしてみたい」「一度くらい3Pを経験してみたい」。性欲過多な男ではなく、一般男性が隠し持つ潜在的欲望を、本作を撮ったイーライ・ロス監督は映画の中で代わりに叶えてみせる。だが、一般男性がそれらの願望を潜在意識の中に閉じ込めているのには理由がある。欲望を解き放った後に、何が待っているかが分かっているからだ。イーライ・ロス作品といえば、世間知らずのバックパッカーたちが旅先で甘い罠に掛かり、拷問責めに遭う『ホステル』(05)、環境保護を訴える大学生たちが密林に迷い込み、食人族に生け捕りにされてしまう『グリーン・インフェルノ』(15)と捕食者と被食者の関係を度々テーマにしてきた。本作はクリント・イーストウッドの元愛人として有名なソンドラ・ロック(今回、製作者としてクレジットされている!)が主演したB級サスペンス『メイクアップ 狂気の3P』(79)を現代的にリメイクしたもの。若い女性の誘惑から逃れられない男の悲喜劇を、ロス監督はとても楽しげに描いている。ちなみにジェネシス役を演じたロレンツァ・イッツォは『グリーン・インフェルノ』では清純な女子大生役で主演しており、ロス監督の新妻でもある。自分の愛妻を使って、男の哀しい性をあぶり出すあたり、ロス監督特有の倒錯ぶりを感じさせる。  美女たちとのめくるめく3P体験を済ませた翌朝、エヴァンはかつてなくすっきりと目覚め……とはいかない。ベルとジェネシスはキッチンで勝手に朝食を貪っていた。いつまで経っても家を出ようとせず、あろうことか妻カレンの芸術品にイタズラ描きまでしてしまう。天使のコスプレをしていた悪魔たちがその本性を見せ始めたのだ。エヴァンが「早く出ていけ!」と命じても、まるで動じない。しかも、「あんた、未成年者に手を出したんだよ。警察を呼んだら、あんたが刑務所行きになるよ」と脅す。エヴァンはなす術もなく、我が家を身も知らぬ赤の他人である女2人に乗っ取られてしまう。  かわいい顔をした悪魔、ジェネシスとベルとは一体何者なのだろうか。偶然、エヴァンの家を訪ねたのではなく、過去に何件もこの手の“セルフ美人局”を重ねているらしく、周到にリサーチした上でエヴァン宅を狙ったことが後に分かってくる。2人の過去が語られることはないが、幼い頃から家庭内で虐待され、大人の男や家庭そのものに対して憎しみを抱いていることがうかがえる。似たような境遇同士のジェネシスとベルは幸せそうな家庭を見つけては一軒一軒潰して回り、自分たちのトラウマを晴らそうとしている。家族に恵まれ、何ひとつ不満のない生活を送っていたエヴァンは、彼女たちの標的リストの中でとっておきの候補だったに違いない。
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3人で楽しく遊んだ後には、さらに刺激的なお仕置きプレイが待っていた。火遊びのフルコースで、もうお腹いっぱいです……(泣)。
 ファザコンのベルはエヴァンを相手に疑似近親相姦プレイを求め、ジェネシスはサディスティックにエヴァンを責め立てて興奮する。だが、そんな倒錯した性的嗜好以上に、2人はもっとややこしい神経回路の持ち主でもある。どんなに紳士づらした男も、ハニートラップに簡単にハマってしまうことを熟知しており、そんな男の人生と家庭を叩き壊してしまうことをゲーム感覚で楽しんでいる。でも、その一方で自分たちの罠に引っ掛からず、家庭をいちばん大事にする男に出会うことを願っている。幸せそうな家庭を潰して回る復讐鬼でありながら、いつか本当の“良き父”に出会い、自分たちが救済される日が来ることを待ち望んでいる。あまりにも自己矛盾した存在なのだ。そんな2人のために、オリジナル作『メイクアップ』とは異なるラストをロス監督は用意している。  天使の顔をした悪魔は、悪魔的な魅力を持った天使でもあった。ジェネシスとベルは、罪深き人間どもを審判するために地上へ送られてきた神の遣いなのかもしれない。天使のような笑顔を浮かべた美女たちが心のドアをノックしてきたら、あなたならどうする? (文=長野辰次)
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『ノック・ノック』 製作/イーライ・ロス、キアヌ・リーブス、ニコラス・ロペス、コリーン・キャンプ、ソンドラ・ロック 監督・脚本/イーライ・ロス 出演/キアヌ・リーブス、ロレンツァ・イッツォ、アナ・デ・アルマス、アーロン・バーンズ、イグナシア・アラマンド、ダン・ベイリー、ミーガン・ベイリー、コリーン・キャンプ、オットー 配給/東京テアトル R15 6月11日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー (c)2014 Camp Grey Productions LLC http://knockknock-movie.jp

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叶わなかった未来と愛すべき日常生活との交差点。 阪本順治監督×藤山直美の奇妙なコメディ『団地』

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藤山直美の映画主演は実録犯罪もの『顔』以来となる16年ぶり。岸部一徳と息の合った熟年夫婦を演じている。
『ドラえもん』やSF映画を観て、子どもの頃は21世紀になれば月や火星に自由に行けるようになっているんだろう、科学が進歩して日常生活の煩わしさから解放されるようになるんだろうなとバラ色の未来社会を夢想していた。でも、実際に大人になってみると、子どもの頃に思い描いていた未来像とずいぶん違うことに愕然とする。その一方、高度経済成長期にはモダンなライフスタイルとして憧れの存在だった集合住宅(団地)は、時代の流れと共に色褪せたものへと変わっていった。叶わなかった未来と経年劣化が目立つようになったかつての憧れがクロスする、奇妙な感覚のコメディ映画。それが阪本順治監督の新作『団地』だ。  本作の主人公であるヒナ子(藤山直美)と清治(岸部一徳)の夫婦は、以前は漢方薬局を営んでいた。でも、半年前にお店を畳み、郊外の団地へと引っ越してきた。団地全体から昭和な雰囲気が漂い、子どもがいないヒナ子たち夫婦が慎ましく暮らすには手頃な物件だった。落ち着いたシニアライフを送ろうとしていたヒナ子たちだったが、毎日いろんな人たちが訪ねてくる。自治会長の正三(石橋蓮司)はお調子者だが、その妻・君子(大楠道代)は夫が浮気していると愚痴をこぼしに来る。久々に現われ、「五分刈りです」とおかしな挨拶をする真城(斎藤工)は漢方薬局の常連客だった。健康そうな見た目とは裏腹に虚弱体質らしく、今も夫婦が作る漢方薬を欲しがっている。ヒナ子は清治のための食事の準備に加え、スーパーマーケットでパートタイマーとして働き、なんだかんだと忙しい。  ヒナ子たち夫婦が団地に引っ越してきたのには、理由があった。夫婦にはひとり息子がいたが、事故であっさり亡くなってしまった。お店に来るお客たちに気を遣われるのも辛く、きっぱり仕事は辞めてしまった。人生をリセットするつもりでの引っ越しだった。かつての憧れの空間だった団地でのセカンドライフのスタート。清治は君子から次期自治会長に推され、団地ライフの向上を目指して立候補するも、まさかの落選。「意外と人望なかったのね」と君子はつれない。ヒナ子は勤務先のスーパーマーケットで顔なじみのお客ひとり一人に声を掛けていると、年下の主任から「どんくさい」とどやしつけられる。熟年夫婦のセカンドライフもなかなか難しい。
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どこか日本人離れ、人間離れしている真城(斎藤工)が団地に現われたことから、予想もしなかった方向に物語は転がっていく。
 共に“万博世代”となる阪本監督と藤山直美との顔合わせは、松山ホステス殺害事件を題材にした『顔』(00)以来となる16年ぶりだが、今回はガラリと趣きを変えてきた。子どもの頃に憧れていた世界でも、大人になってシビアな目で見ると、いろんな難題が生じてくる。アーサー・C・クラークのSF小説や星新一のショートショートを少年期に愛読していた阪本監督は、関西の誇るコメディエンヌ・藤山直美を使って、子どもの頃に夢見た未来と目の前にある現実とのギャップを、シュールな味わいのコメディへと仕立ててみせた。  どこか日本人離れしている真城は、ヒナ子夫婦にとんでもない仕事の依頼をする。そして、その依頼に応えてくれたら、どんな約束でも叶えるという。関西弁の日常コメディが、ゆらゆらとふらふらとSFミステリーへと姿を変えていく。団地暮らしの奥様たちの噂話と相まって、どこまでが冗談か妄想なのか曖昧なまま物語は進んでいく。ジョディ・フォスター主演の『コンタクト』(97)やクリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』(14)といったハリウッドのSF映画とはあまりに違うけど、その違いっぷりを楽しみたい。ネタばれになるので詳しくは触れないが、『ウルトラセブン』でメトロン星人がモロボシダンとちゃぶ台を囲んで対話していた夕暮れを思い出す“懐かしい未来”がクライマックスでは待っている。  是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』(公開中)も団地を舞台にしたもので、思うような大人になれなかった男の哀愁がコメディタッチで描かれている。念願の小説家デビューは果たしたものの、良多(阿部寛)には生活能力がなく、今は興信所に勤めている。小説のネタ探しだと周囲には言い訳しているが、実際は浮気調査で得た情報で相手を揺すって、あぶく銭を稼いでいる。ひどく、かっこ悪い大人になってしまった。別れた妻・響子(真木よう子)と息子のことは今でも愛しているが、ギャンブルで散財し、毎月の養育費を渡すこともままならない。そんなダメダメな良多だが、母親(樹木希林)が暮らす団地に息子を連れて帰り、迎えにきた響子と共に台風の夜を過ごす。ひと晩限定で、家族の温かさを良多は取り戻すことになる。
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自治会長の正三(石橋蓮司)たちは引っ越してきてまだ日の浅いヒナ子と清治たち夫婦の噂話で持ち切りだった。
 1962年生まれの是枝監督は、自身の故郷である東京都清瀬市の旭が丘団地でロケ撮影を行ない、哀惜の念を込めてもう戻ることはない家族の姿を描いている。体の大きな阿部寛が団地の浴槽に窮屈そうに浸かるシーンはおかしくて、そして哀しい。一方、関西出身の阪本監督の実家は老舗の仏具店で、お向かいが東映の映画館という商店街で育った。1958年生まれの阪本監督にとって、きっと団地生活は憧れだったに違いない。ちなみに『団地』のロケ地は、栃木県足利市の錦町団地だ。是枝監督は団地生活をリアルかつ愛情を持って描き、阪本監督はファンタジックに捉えている。作風はまるで異なる両作だが、どちらもコミュニティー空間が失われていく切なさが胸に残る。  子どもの頃に夢見た未来社会は、どこへ消えてしまったのだろうか。どこか遠い星に行けば、あの頃に夢見た理想の世界が待っているのだろうか。近くの団地からひょっこりと顔を出した給水塔を眺めながら、ふとそんなことを考える。 (文=長野辰次)
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『団地』 脚本・監督/阪本順治 出演/藤山直美、岸部一徳、大楠道代、石橋蓮司、斎藤工、冨浦智嗣、竹内都子、濱田マリ、原田麻由、滝谷可里、宅間孝行、小笠原弘晃、三浦誠己、麿赤兒 配給/キノフィルムズ 6月4日(土)より有楽町スバル座、新宿シネマカリテほか全国ロードショー (c)2016「団地」製作委員会 http://danchi-movie.com

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