
恵比寿マスカッツのメンバーでもある古川いおりの映画デビュー作『悦楽交差点』。古川は本作でピンク大賞新人賞を受賞。
ピンク映画の主人公は、ほとんどの場合が名もない市井の人々だ。IT系のやり手社長が人気女子アナと結ばれ、めでたくゴールインするような物語はまず描かれることがない。時代の流れにぽつんと取り残された男と女がひっそりと肌と肌を重ね、しばしお互いの孤独感を埋め合う―そんな内容が圧倒的に多い。武蔵野美術大学を卒業後、助監督を経て、ピンク映画『味見したい人妻たち』(03)で監督デビューを果たした城定秀夫監督は、オリジナルビデオ作品『デコトラ・ギャル奈美』『エロいい話』などのヒットシリーズで知られる映像職人。低予算のビデオ作品やピンク映画を量産し続け、『いっツー The Movie 』(14)劇場公開時にインタビューした際「監督作はだいたい80本くらい」(本人もよく把握してない)とのことだったので、監督作はもう100本前後になるはず。これだけ多作でありながら、城定作品には裏切られることがない。男女間のやるせない心情の機微が鮮やかに描かれ、また人生のままならなさにのたうち回る主人公に温かい視線が注がれている。
8月20日(土)~9月2日(金)、都内のテアトル新宿にて「OP PICTURES+フェス」が開催される。これはピンク映画でおなじみ大蔵映画が制作したここ1~2年の人気作品をR18とR15の2バージョンを用意することで、一般映画館でも上映しやすくした新企画。成人映画館には足を踏み入れづらかった人でも、気軽に楽しむことができる。城定監督の『悦楽交差点』と『舐める女』もプログラムされているので、城定作品未経験者にも長年の城定ファンにもおすすめしたい。
2015年ピンク大賞優秀作品賞&新人女優賞を受賞した『悦楽交差点』は、城定監督が手掛けた脚本の面白さが光る作品だ。物語の主人公は交通量調査の男性フリーター。ピンク映画ならではの、何ともマイナーな設定である。フリーターの春夫(麻木貴仁)は新宿駅西口ガード下近くの交差点で、ひたすら通り過ぎていく女性の数をカウントしながら、何かブツブツ言っている。よく聞くと「1000人目は俺の嫁」と繰り返し呟いていた。目の前を歩いていく女性の中に自分の理想の女性がいるはずだと思い込みながら、カウントしていたのだ。かなり危ない主人公だ。ヨボヨボのおばあちゃんが歩いてきたらどうするんだよと余計な心配をしていたら、ぱっと辺り一帯が明るくなる清廉そうな美女が春夫の前を過ぎていく。彼女こそ1000人目の女性だった。春夫はついに理想の女性に巡り合ったのだ。

真琴(古川いおり)を“運命の女”と思い込む春夫(麻木貴仁)。春夫は彼女を見守っているつもりだが、どう見てもストーキングだよ。
運命の出会いから5年の歳月が流れた。フリーターを辞め、工場でマジメに働く春夫は、仕事が終わると一目散に安アパートに戻る。あの運命の女性・真琴(古川いおり)に逢うためである。といっても安アパートで真琴と同棲しているわけではない。近所の洒脱な一軒家で、真琴は一流企業のエリート社員(田中靖教)の人妻として暮らしていた。真琴が夫のために夕食を甲斐甲斐しく準備する様子を、春夫は双眼鏡で覗き見しながら冷たいコンビニ弁当を食べていた。真琴の口の動きを読唇術で解読しながら、真琴と一緒に食べる弁当の味は格別だった。春夫の妄想力と歪んだ純情さは尋常ならざるものがある。
でも、こんな生活をいつまで続けていても仕方がない。春夫は真琴の私生活を覗き見するだけでなく、夫へのストーキングも開始。夫が社内の若い女子社員とラブホテルに通っている事実を突き止め、証拠写真を真琴に送りつける。これで真琴は夫と別れ、ずっと見守ってきた俺の存在に気づくはず。ところがその晩、春夫が双眼鏡を覗くと、真琴は笑顔で夫を迎え入れ、夕食を用意し、さらにベッドではいつも以上に激しく燃えているではないか。なぜだ? デリヘル嬢(佐倉萌)と金銭を介した付き合いしかない春夫には、夫婦間の駆け引きがまったく理解できない。落ち込んだ春夫は工場を無断欠勤し、クビになってしまう。
物語は後半大きく変動する。失恋と失業のWショックを受けた春夫が、安アパートのせんべい布団で目を覚ますと、真琴がにっこりと微笑んでいた!! えっ、これは神様が俺のことを哀れに思って、夢を見させてくれているに違いない。春夫は憧れの女性・真琴のおっぱいを揉み、激しく腰を振る。身もだえる真琴は、春夫の妄想ではなかった。真琴はすべてを知っていたのだ。男はみんなスケベでバカでどうしようもない生き物であることを真琴は承知した上で、せっせと夫の食事を作り、夜はセックスの相手をし、朝は笑顔で送り出していた。仕事ができる将来有望な社員なら、職場でもてるのも仕方ないと割り切っていた。春夫から覗かれていることにも以前から気づいており、夫婦の性生活がマンネリ化しないための興奮材料として活用していた。真琴は春夫が脳内でイメージしていたような薄っぺらい清純な聖女ではなかった。春夫の想像を遥かに上回る、大きな大きな観音さまのごとき存在だった。春夫は妄想ではない、生身の女性を愛することの喜びと難儀さを真琴から同時に学ぶことになる。

七海なな主演の『舐める女』。男の汗の匂いに興奮するカオルは、夫にそのことが言えないまま、物足りない日々を過ごしていた。
もう一本の城定作品は『舐める女』。城定監督の『人妻セカンドバージン』(13)などでも好演していた七海ななが、本作では匂いフェチの若妻を演じている。奥手な性格のカオル(七海なな)は、結婚相談所で紹介された夫(木下桂一)と平穏な生活を送っていた。夫はマジメで優しいが、唯一の不満は潔癖性なこと。使ったハンカチやシャツはすぐ洗ってしまい、男の汗の匂いに無性に興奮してしまうカオルには物足りない。ある日、トイレが詰まったことから修理業者を呼ぶと、修理業者の男(沢村純)は汗を掻きながらせっせとトイレの詰まりを直してくれた。男が首に掛けたタオルは、たっぷりと汗を吸っていた。カオルはタオルの匂いに思わずネコにマタタビ状態となり、気づいたときには男と関係を結んでいた。夫とは正常位でのノーマルなセックスしか経験していなかったカオルは、男に教えられた初めてのオーラルセックスに驚きながらも快感に打ち震える。「セックスに決まりなんてない。好きにやればいいんです」と男に囁かれ、カオルはエクスタシーを感じてしまう。
情事を重ねた男のために、カオルがカレーライスを作るシーンが何とも愛おしい。2人は半裸姿になって、激辛のカレーライスをほおばる。カオルは辛いものが大好きだが、辛いものが苦手だという夫に合わせて、いつも辛さは抑えめにしていた。自分好みの辛さにしたカレーライスを、パンツ姿の男は全身から玉のような汗を流しながら美味そうに食べている。不倫シーンではあるが、自分の本音に正直に生きようとする男女の営みがほのぼのと描かれ、観ているこちらまで心地よくなってくる。
男女間のひと筋縄では済まない関係が軽妙に綴られた『悦楽交差点』と『舐める女』。ヒロインはどちらも夫から見ると貞淑な妻であり、夫の前では本音を押し隠したまま生きている。でも、素っ裸になってのセックスが気持ちいいように、自分の本音を解放することの爽快さにも彼女たちは気づく。貞淑さが魅力だと思っていた妻が、夫の知らない間に本音をやんわりと口にするようになった。夫は付き合ってもう長い彼女が、前よりもいい女になった気がする。両作品とも城定監督の演出の円熟ぶりが堪能できる出来映えだ。監督作が100本を越えても、城定作品は瑞々しさを失わないだろう。
(文=長野辰次)

『悦楽交差点』
監督・脚本・編集/城定秀夫 脚本協力/城定由有子
出演/古川いおり、福咲れん、佐倉萌、麻木貴仁、田中靖教、久保奮迅、沢村純、森羅万象、伊藤三平
配給/OP PICTURES R15+ テアトル新宿にて、8月21日(日)、23日(火)、25日(木)、27日(土)、29日(月)、31日(水)、9月2日(金)夜8時20分より上映
(c)OP PICTURES

『舐める女』
監督/城定秀夫 脚本/長濱亮祐、城定秀夫
出演/七海なな、青山真希、富沢恵、木下桂一、沢村純、麻木貴仁、森羅万象
配給/OP PICTURES R15+ テアトル新宿にて、8月21日(日)夜8時20分より『悦楽交差点』と同時併映
(c)OP PICTURES
■OP PICTURES+フェス2016
ピンク映画の最大手・大蔵映画の新プロジェクト。ピンク映画の魅力を多くの人に知ってほしいという想いから、ひとつの企画でR18とR15の2バージョンを制作し、R18を成人映画館中心、R15を一般劇場で公開するというもの。8月20日(土)~9月2日(金)まで連日夜8時20分から選り抜きの作品全9本の中から日替わりで2本が同時上映される。中でも山内大輔監督、朝倉ことみ、川瀬陽太主演による『よみがえりの島』は昨年のピンク大賞優秀作品賞、同監督賞・脚本賞、同主演・新人女優賞、同男優賞などを受賞した感涙作として評価が高い。
http://www.okura-movie.co.jp/op_pictures_plus

『パンドラ映画館』電子書籍発売中!
日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。
詳細はこちらから!