咲き乱れる若手女優たちのおっぱいとキスの嵐!“毛皮族”江本純子の異色青春記『過激派オペラ』

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R18級の過激なエロシーンが続く『過激派オペラ』。男女の性交ではなく、女同士の愛の交歓なのでレイティングはR15で済んでいる。
 乱交パーティーに集まった男女の痴態と本音を描いた三浦大輔監督の『愛の渦』(14)は映画館に異様な興奮をもたらしたが、『過激派オペラ』も演劇界の鬼才がタブーに縛られることなく、人間が抱える自己顕示欲と性欲とを赤裸々に描いたエロくて熱い作品だ。『愛の渦』が人気演劇ユニット「ポツドール」の代表的舞台の映画化だったのに対し、『過激派オペラ』を監督したのは劇団「毛皮族」を主宰する江本純子。彼女の半自伝的な青春小説『股間』(リトルモア)を原作とし、女性だけの劇団の愛欲にまみれたドラマがスクリーンに映し出される。  本作の主人公は演出家兼舞台女優の重信ナオコ(早織)。女性だけの新しい劇団「毛布教」を立ち上げ、その旗揚げ公演『過激派オペラ』を上演するにあたって、新メンバーを募集する。ところが、ナオコはとんでもない女たらしで、ちょっとかわいい娘を見つけるとすぐ手を出してしまう。演技指導という名のもとに、劇団の女の子たちに執拗にキスをしまくり、胸をもみまくるパワハラ野郎だ。そんな劇団へ飛んで火にいる夏の虫とばかりにオーディションを受けに現われたのが、主演女優志願の岡高 春(中村有沙)だった。ひと目で岡高のことを気に入ったナオコは即採用。速攻で脚本を書き上げるや、「今日うちに来ない?」とレズっけのない岡高を口説きにかかる。  90分の上演時間中、『過激派オペラ』はエロシーンのオンパレードだ。冒頭から裸女たちの絡み合いから始まる。ナオコは劇団の稽古場となる倉庫を使わせてもらうために、倉庫の持ち主である女性・吹雪(範田紗々)と手合わせする。一糸まとわぬ姿で、何もない倉庫の中で女たちは相手の体を貪り尽くす。プレイは次第に激しくなり、お互いの秘部を愛撫する69の体勢からプロレス技のローリングクレイドルのように倉庫中をゴロゴロと転がっていく。これは男女ペアでは絶対にできない秘技である。男がこの技に挑むと、男性器を噛みちぎられる可能性が極めて高い。演出家・ナオコの性欲ボルテージの高さに比例するように、女による女だけの劇団は猛然と走り出していく。
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演出家のナオコ(早織)は新しく入った女優の岡高(中村有沙)にひと目惚れ。岡高のおばあちゃんの家まで付いていく。
 連日の熱い稽古が続く毛布教だったが、久々のオフ日。気分転換に田舎へ里帰りすることにした岡高にナオコも付いていく。海辺で暮らすおばあちゃんの家にスイカを買ってお邪魔する岡高とナオコ。入団してからこれまで主演女優と演出家という関係性を頑なに守ってきた岡高だったが、「セックスしたら、もっと芝居は面白くなる」とナオコに囁かれ、ついつい「一回だけですよ」と体を許すことに。海が見渡せる一軒家の和室で、昼間から激しく愛し合うナオコと岡高。男女のセックスは男が射精することがピリオドとなるが、女同士のセックスラリーにはピリオドがなく、お互いに満足がいくまで延々と続く。この一泊旅行がきっかけとなり、2人は相思相愛の関係に。ナオコの思惑どおりに、毛布教は絶好調の状態で公演初日を迎える。  このレズハラ演出家・ナオコを演じているのは早織。『ケータイ刑事 銭形雷』(TBS系)や『帰ってきた時効警察』(テレビ朝日系)に出演していた小出早織時代から演技ができるアイドル女優と評されていたが、2010年に早織に改名してからは本格的な女優として演技の幅を貪欲に広げようと努めてきた。安藤サクラがボクサー役に挑んだ『百円の恋』(14)の主演オーディションを早織も受けていたが、一歩及ばずに妹役に回ったという経緯もあった。改名後、ようやく手にした主演映画が本作となる。井口昇監督の快作『まだらの少女』(05)や『ゾンビアス』(12)に主演した中村有沙を相手に、すっぽんぽんになっての体当たり演技に挑んだ。早織演じるナオコは、劇団員や客演女優、さらにはファンにまで節操なく手を出す最低最悪なアンモラル人間なのだが、彼女が演出する舞台は観客を惹き付けて止まない。観客はモラルを乞いたくて舞台や映画を観にくるわけではない。退屈な倫理観に縛られない美しく自由な肉体とむきだしの本音が奏でるカタルシスを求めて人々は集まる。江本監督の分身であるナオコは、みんなが求めているものを率直に提供しようとしているだけだ。ナオコも岡高もどちらも身勝手な自己チュー女だが、自分に正直すぎる憎めないキャラクターとなっている。
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「君のために面白い芝居を書き続ける」というナオコの甘い言葉に釣られ、岡高は体を許すことに。すべては舞台のためだった。
 才能に対するリスペクトと恋愛感情が公私混同しまくった小劇場の1シーンを切り取ってみせた本作。毛布教はナオコを教祖にしたカルト教団のようにも思えるし、岡高の元彼はそれこそ「気持ち悪いレズ劇団」と吐き捨てる。でも、ナオコも岡高も他の劇団員たちも、みんな「これまでにない面白い芝居をやりたい」「演劇界に革命を起こしたい」という想いで一致団結している。それこそ、若松孝二監督が『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)で描いた全共闘運動に身を投じた若者たちのように怖いくらいに純粋である。部外者からバカにされればされるほど、劇団員の結束は固くなる。放水を浴びて、彼女たちはキラキラと輝きを発する。  生まれたての劇団が恋愛感情と創作意欲とをシンクロさせることで熱狂の渦の中で初公演を成功させ、やがて恋愛温度の低下と共に劇団はあっけなく崩壊していく。舞台も映画も恋愛感情をエネルギー源にした一種の疑似生物であることが、本作を観ることでよく分かる。ナオコ、岡高、そして劇団員たちが惜しみなく青春を捧げた舞台『過激派オペラ』が無性に愛おしく思える。 (文=長野辰次)
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『過激派オペラ』 原作/江本純子『股間』 脚本/吉川菜美、江本純子 監督/江本純子  出演/早織、中村有沙、桜井ユキ、森田涼花、佐久間麻由、後藤ユウミ、石橋穂乃香、今中菜津美、趣里、増田有華、遠藤留奈、範田紗々、宮下今日子、梨木智香、岩瀬亮、平野鈴、大駱駝艦、安藤玉恵、高田聖子  配給/日本出版販売 R15+ 10月1日(土)よりテアトル新宿、29日(土)より大坂・第七藝術劇場、11月12日(土)より名古屋シネマテークほか全国順次公開 (c)2016キングレコード http://www.kagekihaopera.com

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北朝鮮版“ゴジラ”は歪んだ映画愛が生み出した!『将軍様、あなたのために映画を撮ります』

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1983年10月。金正日を挟んで左がシン・サンオク監督、右が女優のチェ・ウニ。金正日の要請を受け、北朝鮮で映画を製作することに。
 庵野秀明総監督のこだわりが細部にまで宿った『シン・ゴジラ』にはリピーターが続出しているが、北朝鮮版ゴジラと呼ばれる金正日プロデュース映画『プルガサリ 伝説の怪獣』(85)はご覧になっただろうか。こちらは世界屈指の映画オタクとして知られた金正日の狂おしいまでの映画愛、ゴジラをはじめとする日本の特撮映画への偏愛ぶりがひしひしと伝わってくる怪作。北朝鮮映画への物珍しさもあって、1998年に日本でも単館系で劇場公開されている。ドキュメンタリー映画『将軍様、あなたのために映画を撮ります』(原題『The Lovers and the Despot』)は韓国の人気監督シン・サンオクとそのパートナーだった女優チェ・ウニが北朝鮮に拉致され、金正日のために『プルガサリ』を含む17本もの映画を製作することになる奇々怪々な事件を掘り起こしていく。  北朝鮮を建国した金日成の息子として独裁体制を築き上げた金正日。独特なヘアスタイルと共に権力者としての特権を駆使して、古今東西さまざまな映画をコレクションしたシネフィルとしても有名だった。彼にとって映画とは独裁者の立場を強固にするためのプロパガンダの手段であり、また独裁者としてのコドクさを癒すためのものでもあった。金正日は『男はつらいよ』(69)や『ゴジラ』(54)の大ファンだったと言われている。誰にも理解されることなく街を破壊し尽くすゴジラや愛を求めて各地をさまようフーテンの寅さんに、心を許せる友達がいなかった金正日は過剰に感情移入していたに違いない。誰よりも映画を観る目は肥えていた金正日だったが、肝心の北朝鮮には面白い映画がまるでない。誇り高き将軍様にとって、これはゆゆしき問題だった。そこで閃いたアイデアが恐ろしい。自国にいい監督がいないのなら、お隣りの韓国から連れてこようと。北の将軍様の独善的な映画愛が、韓国きっての人気監督と女優との運命を大きく狂わせていく。
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「事実をそのまま描くこと」を条件に、インタビューに応じた最近のチェ・ウニ。北朝鮮で生死を共にしたシン・サンオクとは復縁を果たす。
 金正日から白羽の矢が当てられたのは、1960年代に韓国で多彩なヒット作を飛ばしたシン・サンオク(申相玉)監督。彼を北朝鮮に連れてくるために、北朝鮮の工作員たちは綿密な計画を練り上げる。1978年1月、まずシン・サンオク作品のミューズとして活躍した女優で元妻であるチェ・ウニ(崔銀姫)が香港で拉致される。当時、チェ・ウニは愛人を囲っていたシン・サンオクとは離縁状態だったが、元妻が香港で行方不明になったことからシン・サンオクはみずから現地で捜索に乗り出す。チェ・ウニ失踪から6か月後、今度はシン・サンオクが消息を絶つ。2人とも北朝鮮へ強制連行され、5年間にわたって個別にチュチェ思想と将軍様の恐ろしさを学ぶことになる。北朝鮮に入国したチェ・ウニは金正日が笑顔で出迎え、表向きは手厚く扱われる。ソ連映画『女狙撃兵マリュートカ』(56)を金正日と一緒に鑑賞するが、主人公が射殺されるラストシーンを観て、チェ・ウニは「裏切ったら容赦なく殺しますよ」という金正日からのメッセージだと気づく。シン・サンオクは元妻に一度も逢えないまま、強制収容所で拷問責めの日々を過ごす。絶望感に打ちひしがれた頃を見計らい、金正日の立ち会いのもとでシン・サンオクとチェ・ウニは劇的に再会。2人は金正日に忠誠を誓い、北朝鮮で世界最高の映画を作ることを約束する。  シン・サンオクが監督と撮影を兼任し、国際派女優として鳴らしたチェ・ウニが助監督をつとめるという二人三脚体制で、1983年〜1985年の3年間で17本もの映画が作り出された。金正日がプロデューサーなので、予算は使いたい放題だった。集大成とも言える最後の17本目の作品が、北朝鮮初の特撮大作『プルガサリ』となる。特技監督の中野昭慶、スーツアクターの薩摩剣八郎ら『ゴジラ』シリーズに参加していた精鋭スタッフを日本から招き(拉致ではないが、常に監視された状態だった)、『プルガサリ』を本家ゴジラと遜色のないスペクタクル大作に仕上げてみせた。DVD化されている『プルガサリ』を改めて観ると、民衆を弾圧する悪い国王が巨大化したプルガサリに踏み潰されるクライマックスは、独裁者としての立場を確固たるものにしつつあった金正日への返歌的メッセージとしても解釈できる。金正日はそのことに気づいていたのか。それともシネフィルでもあった金正日は“権力者はいつの時代も愚民から批判されるもの”と冷静に受け止めたのか。世界公開を目指して作られた大作『プルガサリ』だったが、結局のところ完成直後にシン・サンオクが引き起こした事件によってお蔵入り状態となる。
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1986年3月。『プルガサリ』を完成させたシン・サンオクはチェ・ウニを伴ってウィーンの米国大使館に逃げ込み、亡命を訴えた。
 このドキュメンタリーを観ていると、どこまでが実なのか虚なのかの線引きに悩む。シン・サンオクは良質な映画を次々と作ることで金正日からの信頼を得ることになる。いつ寝首を切られるか分からない独裁者にとって、韓国きっての名監督が自分のために作った新作映画を鑑賞する機会は、数少ない幸福な時間だっただろう。そして、金正日がシン・サンオクとチェ・ウニのことを共に映画を作る仲間と完全に信頼しきった時点で、その機を見逃さずにシン・サンオクはチェ・ウニを連れて亡命することになる。本音で語り合う友人のいない北の将軍にとっては、2人の脱北者を出した以上に、信頼していた映画仲間を失った心の痛手は大きかったに違いない。北朝鮮からの亡命に成功したシン・サンオクとチェ・ウニだが、韓国ではいまだにシン・サンオクは拉致ではなく、自分から北朝鮮に渡ったと勘ぐる向きがある。当時のシン・サンオクは借金など多くの問題を抱え、韓国で映画を撮ることができない状態だったからだ。本作を撮ったロス・アダムスとロバート・カンナンの両監督も、チェ・ウニが北朝鮮の工作員によって拉致されるくだりは詳細に再現しているが、シン・サンオクの北朝鮮入りはあいまいにしている。  民主主義からいちばん遠くにあるのが芸術であり、様々なクリエイターたちのエゴイズムがぶつかり合う総合芸術が映画と呼ばれるものだ。プルガサリは朝鮮に古くから伝わる伝説上の怪物で、その名前には不可死(絶対死なない)という意味がある。クリエイターの持つエゴが大きければ大きいほど、異形の怪物がスクリーンで暴れ回ることになる。韓国で映画を撮れなくなっていたシン・サンオクは、金正日という強力なスポンサーを得たことで映画監督としてのエゴイズムを蘇らせ、精力的に映画づくりに打ち込む。元妻チェ・ウニとの愛情も取り戻すことができた。そうやって完成した映画の数々は、金正日が抱える稚拙で醜悪なエゴも充足させた。シン・サンオクと金正日の映画に対する歪んだ愛情が大怪獣プルガサリを突き動かしている。そして、この大怪獣は決して死ぬことはない。映画という表現形態がこの世に存在する限り、大怪獣は空を切り裂くように咆哮し続けることだろう。 (文=長野辰次)
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『将軍様、あなたのために映画を撮ります』 監督/ロス・アダムス、ロバート・カンナン 出演/チェ・ウニ、シン・サンオク、金正日、元CIA職員ほか  配給/彩プロ 9月24日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開 (C)2016 Hellflower Film Ltd/the British Film Institute http://www.shouguneiga.ayapro.ne.jp

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地雷女と分かってながら地雷を踏む40男の心理。山下敦弘監督の恋愛もの『オーバー・フェンス』

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オダギリジョー、蒼井優が主演した函館ロケ作品『オーバー・フェンス』。おもちゃ箱のような小さな街を舞台に、男女の痛い出会いが描かれる。
 あっ、この人と自分はセックスすることになるな。予知能力者でなくとも、ある種の予感がピピピッと働くことはないだろうか。映画『オーバー・フェンス』の主人公であるバツイチ男と函館のキャバクラに勤めるヒロインとの2度目の遭遇には、そんなエロい空気が濃密に漂う。フェロモンとコドクさを滲ませたお互いの視線が田舎のキャバクラで激しく絡み合い、店内ですでに前戯が始まっているかのようだ。山下敦弘監督の『オーバー・フェンス』は人生の美味しい時季はすでに終えてしまった男と女が惹かれ合い、傷つけ合いながらも生の灯火を再点火させていくドラマとなっている。  映画の序盤、男たちはみんな灰色の作業服を着て、やる気がなさそうに木工作業に取り組んでいる。『オーバー・フェンス』というタイトルから、刑務所内の話なのかなと思わせるが、そうではなかった。男たちが集まっているのは職業訓練学校で、東京から故郷の函館に帰ってきた白岩(オダギリジョー)は大工になるための実習を受けていた。でも、ここに通っている生徒たちのほとんどは真剣に大工になろうとは考えていない。職業訓練学校に通えば、失業手当ての受給が1年間延長されるからに過ぎない。荷物のない安アパートに戻った白岩は、近所で買った弁当を肴にして缶ビールを毎晩2本飲み干す。まるで刺激のない生活だったが、東京の建設会社を辞め、妻や子どもと別れて心の中はズタズタな白岩にはそんなヌルい暮らしが妙に心地よかった。  ひとり暮らしのアパートに戻って、その日も缶ビールを2本飲むつもりだった白岩は、奇妙なひとりの女に出くわす。コンビニに立ち寄ろうとしたところ、中年男性の連れの女がダチョウの求愛ダンスをいきなり店の前で踊り始めたのだ。かなりヤバそうな女だが、なんだか気になってしまう。数日後、同じ職業訓練学校に通う元営業マンの代島(松田翔太)に連れられ、代島の行きつけのキャバクラへ入ったところ、そこで働いていたのがあの求愛ダンスの女、さとし(蒼井優)だった。男みたいな名前のさとしは、店でもやっぱり変わり者だった。離婚の傷が癒えていない白岩は、他人と適度に距離を置くようにしていたが、さとしはズカズカと間合いを破って白岩に迫ってくる。社会から浮いた者同士で、お似合いなのかもしれない。さとしが運転する車で、アパートまで送ってもらう白岩。「うちに寄ってく?」と白岩が軽く声を掛けさえすれば、さとしとはそのままベッドインすることになるだろう。あまりにイージーな展開に、白岩はかえって躊躇してしまう。
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さとし(蒼井優)は感情の起伏が激しいメンヘラ女だった。白岩(オダギリジョー)はさとしを懸命に受け止めようとするが……。
 原作は函館出身の作家・佐藤泰志の短編小説集『黄金の服』(河出書房新社)に収録された同名小説。5度芥川賞候補になりながらも不遇のまま41歳の生涯を終えた佐藤文学を、『海炭市叙景』(10)の熊切和嘉監督、『そこのみにて光輝く』(14)の呉美保監督に続いて、両監督と同じく大阪芸術大学映像学科卒業の山下敦弘監督が映画化している。原作では主人公・白岩の年齢は20代前半だったが、映画では40歳前後に変更。ヒロインとなるさとしも、実家の花屋の手伝いからキャバクラで働く、躁鬱が激しいメンヘラ女となった。職業訓練学校に通う主人公のモラトリアムな日々を描くという山下監督らしい内容ながら、『リアリズムの宿』(03)や『リンダ リンダ リンダ』(05)のような作品全体に流れていた大らかさは消え、痛々しさや苦味が先に伝わってくる。  主人公の年齢変更に加え、蒼井優扮するヒロインが物語の要所要所で踊ってみせるダチョウや白鳥の求愛ダンスも、原作にはないアイデア(脚本・高田亮)。かつて蒼井優は岩井俊二監督の『花とアリス』(04)で匂い立つような可憐なバレエを披露してみせた。10代の少女ならではのイノセントさに溢れた踊りだった。あの頃、彼女の未来には無限の可能性が広がっていた。それから10年あまりが経ち、『フラガール』(06)や『百万円と苦虫女』(08)などゼロ年代の邦画シーンで脚光を浴びてきた蒼井優も今年で30歳。そんな彼女が20代最後の役に選んだのが、“メンヘラ系の女”さとしだった。さとしが路上で踊る求愛ダンスは、どこか滑稽で物哀しい。代島をはじめ街で暮らす男たちは、みんな彼女のエキセントリックさを持て余していることが次第に分かってくる。さとしは迂闊に手を出すと痛い目に遭う、それはそれは恐ろしい“地雷女”だった。  オダギリジョーと山下監督は共に1976年生まれで、今年で40歳を迎えた。世間的には“不惑”なんて言うけれど、40歳になっても男は悩みから解放なんてされない。出演ドラマの視聴率が悪いと、戦犯扱いされてネットで叩かれる。芥川賞受賞作をメジャー系で全国公開したところ、残念な興収結果に終わってしまった。数字よりも中身で評価してくれよと言いたいところだが、そういう弁解もできない年齢に2人ともなってきた。本作の白岩は、オダギリと山下監督の本音が混じったキャラクターだろう。故郷の職業訓練学校にのんびり通う白岩のように、これからの人生を考えるモラトリアムな時間が男は欲しくなってしまう。
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白岩の別れた妻・洋子(優香)。白岩が残業続きで家を空けていた時期、洋子は育児に追われて精神バランスを崩した過去があった。
 若い頃は挑戦することが賞讃されたが、いつの間にか大人になってしまい、失敗することが許されない窮屈な世界で暮らすはめになっていた。『オーバー・フェンス』というタイトルには幾つもの意味が込められている。キャバ嬢のさとしは、昼間は函館山にある小さな遊園地兼動物園で働いており、暇を持て余していた白岩はさとしに逢いに函館山へと自転車を漕ぐ。昼間は檻の中でおとなしくしている動物たちだったが、夜の動物園は独特な雰囲気に変わる。動物たちの解き放たれた野性の匂いが、フェンス越しに伝わってくる。白頭鷲の求愛ダンスを踊ってみせるさとしが、白岩の目にはとても愛しく思えた。さとしは天岩戸を開けてみせたアメノウズメのような女だった。ずっと自分の心の中の檻に篭っていた白岩だったが、その夜は檻を出て外へ出てみる。地雷女だと分かっていながらも、白岩は生まれたままの姿になったさとしとベッドを共にすることになる。  最初は滑稽さや痛々しさが強く感じられた蒼井優の求愛ダンスだが、何度か繰り返されるダンスを観ているうちに、そのダンスには人生を生きるおかしみや切実さも含まれていることに気づく。イノセントな季節はもう終わった。周囲から笑われてもかまわない。今は求愛ダンスを遮二無二踊るこの女を精一杯抱きしめてやりたい。蒼井優やオダギリジョーたちの力を借りて、モラトリアムにこだわる主人公を描き続けてきた山下監督の作風がほんの少しだけ変わった。フェンスから一歩外へ出たのは山下監督自身だった。新しい物語がここから始まる。 (文=長野辰次)
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『オーバー・フェンス』 原作/佐藤泰志 脚本/高田亮 監督/山下敦弘  出演/オダギリジョー、蒼井優、松田翔太、北村有起哉、満島真之介、松澤匠、鈴木常吉、優香 配給/東京テアトル 9月17日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー http://overfence-movie.jp

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これはエマ・ワトソン主演版“愛のむきだし”だ!! 実在したカルト教団からの脱出劇『コロニア』

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あの“魔法少女ハーマイオニー”ことエマ・ワトソンがカルト教団に潜入する社会派サスペンス『コロニア』。無事に生還できるのか?
 現在も「アーレフ」と「ひかりの輪」に分裂して活動を続けるオウム真理教、900人以上もの信者が一斉に集団自殺を遂げた人民寺院、映画監督ロマン・ポランスキーの妊娠中の妻シャロン・テートを惨殺したチャールズ・マンソン率いるザ・ファミリー……。様々なカルト集団がこれまでにショッキングな事件を引き起こし、世界中を驚愕させた。これらのカルト集団はそれぞれの教祖が考え出した終末思想に基づくXデーの決行によって、皮肉にも組織の内情が明らかになっていったが、国家権力と巧妙に結びつき、長きにわたって楽園時代を謳歌しているカルト系教団も少なくない。エマ・ワトソン主演映画『コロニア』は南米チリに実在した「コロニア・ディグニダ」を題材にし、カルト系コミュニティーの実態をリアルに再現している。恋人を拉致監禁されたヒロインが、カルト教団に入信し、恋人を助け出そうとする社会派サスペンスとなっている。  コロニア・ディグニダは元ナチスの軍曹パウル・シェーファー(1921~2010)が逃亡先のチリで1961年に設立したドイツ系移民のコミュニティー。表向きはパブテスト系の慈善団体を装っていたが、チリのピノチェト独裁政権と裏で繋がっており、ピノチェト政権に逆らう思想犯たちを拷問&洗脳する秘密研究所、および武器貯蔵基地としての役割を担っていた。アウシュヴィッツ収容所で人体実験を行なった殺人医師ヨーゼフ・メンゲレも一時的に匿われていたと言われている。有刺鉄線のフェンスで囲われた広大なコロニア内には民間人は誰も手を出すことができなかった。チリの民主化が進んだ1990年代後半になり、少年たちへの性的虐待からシェーファーに逮捕状が出るまで、シェーファーはこのコロニア内の絶対的な支配者“教皇”として君臨し続けた。  こんなヤバいカルト教団への潜入を試みるのは、『ハリー・ポッター』シリーズの魔法少女ハーマイオニー役でおなじみのエマ・ワトソンだ。本作でのエマの役は、ドイツの航空会社に勤めるキャビンアテンダントのレナという普通の女性。フライトでチリの首都サンディアゴを訪れたレナ(エマ・ワトソン)は、ジャーナリストで恋人のダニエル(ダニエル・ブリュール)との逢瀬を楽しむ。アパート内で延々といちゃついていた2人だったが、折しもチリは軍事クーデターの真っ最中。民主的に選ばれた社会主義政権から軍事政権へと逆戻りし、街中にきな臭さが充満していた。軍事政権は外国人にも容赦なく、反ピノチェト勢力を支援していたダニエルは拉致され、洗脳施設であるコロニア・ディグニダへと送り込まれてしまう。ピノチェト政権に反対していた人々も、悪名高いコロニアは恐ろしくて誰も関わりたがらない。彼を救い出せるのは自分しかいない。そう腹を括ったレナは、コロニアの門を叩き、入信希望者として潜入する。
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1973年に南米チリで軍事クーデターが発生し、多くの市民が虐殺・拷問される。南米の共産化を恐れたCIAが暗躍したと言われている。
 レナが目撃することになるコロニアの内情が強烈だ。コロニア内では男性と女性の生活テリトリーは厳格に分けられ、コロニア内で暮らす男女は教皇シェーファー(ミカエル・ニクヴェスト)の許可なしでは恋愛もセックスすることも許されていなかった。女性たちは早朝から夜遅くまで農作業や家事に従事させられた。連日の重労働でレナはヘトヘトになり、恋人ダニエルの捜索どころではなかった。少しでも怪しい言動を見せると、他の信者たちが幹部に密告するため、ダニエルに関する情報収集もままならない。シェーファーはお気に入りの男の子たちを周りにはべらせ、恐怖と暴力で信者たちを支配していた。もしかしたら、このままコロニアから永遠に出られないのでは? 敬虔な信者のふりをすればするほど、本当に洗脳されてしまいそうな恐怖とレナは闘うことになる。  数少ないチャンスがようやく巡ってきた。ピノチェト大統領がコロニアを訪問し、信者全員で歓迎イベントを催すことになる。ピノチェトを迎え入れる集団の中にいるダニエルをレナは発見。度重なる電気ショックによる拷問でやつれていたダニエルだが、洗脳されたふりをして辛うじて生き伸びていた。周囲に気づかれないよう、こっそりと喜び合うレナとダニエル。だが、2人に残された時間はわずかだった。ピノチェトの要請を受け、コロニア内で化学兵器サリンの人体実験が行なわれることになり、その実験台にダニエルが選ばれていたのだ。恋人たちは絶体絶命のピンチを迎える。
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コロニア内に君臨したナチス残党のパウル・シェーファー(ミカエル・ニクヴェスト)。多くの子どもたちが性的虐待の犠牲となった。
 本作を企画したのはドイツ人監督のフロリアン・ガレンベルガー。チリを度々訪ね、コロニアで実際に暮らしていた元住人たちから当時の状況を微細に聞き出すことで、本作をリアリティーのある作品に仕立てている。ドイツのインディペンデント映画にイギリスの人気女優エマ・ワトソンが出演してくれるか不安混じりでのオファーだったそうだが、アイドル系女優からの脱皮を目指していたエマ・ワトソンは、本作のテーマ性とヒロインが恋人のために体を張るというストーリーの面白さから出演を快諾。ハーマイオニーのイメージとはガラリと変わる“大人の女”レナを熱演してみせた。『ラッシュ/プライドと友情』(13)のダニエル・ブリュールとの序盤のラブシーンも丁寧に演じ、中盤以降の恋人奪回劇を説得力のあるものにしている。園子温監督が実在するカルト教団をモデルにして描いた『愛のむきだし』(08)で満島ひかりが大ブレイクを果たしたように、エマ・ワトソンにとっても本作は大きな転機作となりそうだ。  それにしてもカルト教団の組織運営の巧みさには驚かせられる。信者たちには修業の一環として過酷な労働を強い、考える気力も逆らう体力も根こそぎ奪ってしまう。教団内にしかお前の居場所はないのだと洗脳する。教祖への絶対忠誠を誓う信者は幹部へと出世し、逆に教祖や組織への疑問を少しでも匂わせた人間は速攻でリンチ処分となる。密告される恐れがあるので、誰も本音を口にできない。さらに政界やメディアにすり寄って、外部にはクリーンなイメージを広める。これって、今あるブラック企業とまったく同じではないか。日本にはびこるブラック企業の多くも、カルト教団と同じような組織運営を行なっているわけだ。レナたちが味わった恐怖は他人事ではない。カルト社会はとても身近なところに存在する! (文=長野辰次)
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『コロニア』 監督/フロリアン・ガレンベルガー 出演/エマ・ワトソン、ダニエル・ブリュール、ミカエル・ニクヴェスト、リチェンダ・ケアリー、ヴィッキー・クリープス、ジャンヌ・ウェルナー  配給/REGENTS、日活 9月17日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ新宿ほか全国ロードショー公開 (C)2015 MAJESTIC FILMPRODUKTION GMBH/IRIS PRODUCTIONS S.A./RAT PACK FILMPRODUKTION GMBH/REZO PRODUCTIONS S.A.R.L./FRED FILMS COLONIA LTD. http://colonia.jp

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本命とはエッチせず、非本命とエッチしちゃう! 肉体言語としてのSEX『好きでもないくせに』

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“謎の聖女”璃子の主演デビュー作『好きでもないくせに』。秋田から上京してきた琴子(璃子)は好きでもない相手とつい寝てしまう。
 人間の心の中にある、まだ言語化されていない曖昧な感情を捕らえて、サンプル化してみせるという行為は、小説や映画といったメディアが請け負う大きな役割だろう。この世界にはまだ発見されていない微生物がたくさんいるように、人間の内面に隠れ、見逃され続けてきた心の動きは少なくない。吉田浩太監督&脚本作『好きでもないくせに』は、好きになった異性とはエッチできず、好きでもない相手とついついセックスしてしまうという、理屈では割り切れない20代女性の揺れ動く感情にスポットライトを当てた官能ドラマとなっている。 『好きでもないくせに』の主演女優は、本作で女優デビューを果たす璃子。週刊誌「FLASH」(光文社)で“謎の聖女 璃子”としてセクシーグラビアを披露してきた彼女の実体験に着想を得て、吉田浩太監督が軽快なコメディに仕立てている。璃子いわく、「好きな人の前では緊張して、うまく自分の気持ちを伝えられない」「強く口説かれると断れなくなって」「お酒を呑んだ勢いで」、好きでもない男性とエッチした過去があるそうだ。恋愛感情と性的欲望は、必ずしもぴったり一致するわけではない。そんな2つの感情の狭間に本作の主人公たちはつまずき、右往左往することになる。  主人公は秋田から上京してきた売れないグラビアモデルの琴子(璃子)。芸能事務所に籍を置くものの、たまに舞い込む芸能活動では食べていけず、普段はキャバクラで働いていた。同じキャバクラでボーイをしている大学生の元気(川村亮介)に誘われ、珍しく璃子は合コンに参加。元気が通う大学の後輩で、モデルをやっている陸(根岸拓哉)のイケメンぶりに思わずひと目惚れしてしまう。でも、気になる異性ほど、意識しすぎて会話がうまく繋がらない。いまいち盛り上がれなかった合コンの後、琴子は自宅まで送ってくれた元気を追い返せず、流れに身を任せてエッチしてしまう。意中の琴子との初エッチに感激する元気とは裏腹に、琴子は流されやすい自分の性格に呆れるしかなかった。
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琴子と同じキャバクラに勤める元気(川村亮介)をはじめとする男たちは、琴子の優柔不断な性格に思いっきり振り回されるはめに。
 数日後、連絡先を聞きそびれていた陸から琴子のFacebookに友達申請が届く。小躍りして喜ぶ琴子。遊び慣れている陸は、琴子をさっそくシャレたバーに誘い、センスのいい会話で心地よく酔わせくれる。気づいたときには琴子は陸のマンションに上がって、陸に抱かれていた。念願の陸とのベッドインだ。でも、いよいよ本番という寸前で陸を拒絶してしまう。「本当に好きだから、セックスはできない。セックスすると体だけの関係になってしまう」と弁解する琴子。今まで女性に拒否されたことのない陸は、琴子のこの理屈がまったく理解できない。セックスすることに達成感を覚える男たちと、セックスよりも大事なものがあると考える琴子との間には深い深い溝がある。  演技経験のない璃子は、本作で琴子を演じているというよりは、素のままの自分をさらけ出している。ブレイク前の新人女優らしく“決め顔”が定まっておらず、カメラアングルやちょっとした仕草によって印象がずいぶんと変わる。秋田出身の純朴そうな女の子に映る一方、ベッドシーンでは大胆なフルヌードを披露する。特に同じキャバクラに勤める元気との2度目のSEXシーンはかなりエロい。大本命の陸を袖にして自宅に泣きながら帰ってきた琴子は、好きでもない元気とまたエッチしてしまう。前貼りをしていない璃子のこんもりしたアンダーヘアは丸見えで、正常位から座位へと体位を変えていく中で白い肌が次第に上気していく様子が分かる。演技っぽさがない分、余計にエロチックに感じられる。
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大胆な濡れ場は撮影初日に行なわれた。璃子いわく「上京してすぐの頃は若気の至りの黒歴史があった。今でも好きな人とはできないです」。
 新人女優・璃子の体当たりの濡れ場を、臨場感たっぷりに描いてみせたのは1978年生まれの吉田浩太監督。これまでにも、江口のりこ&染谷将太主演の匂いフェチもの『ユリ子のアロマ』(10)、女子校の拷問部を舞台にしたガールズSMムービー『ちょっとかわいいアイアンメイデン』(14)など、変わった性癖を持つ若者たちのビミョーな感情をモチーフにしてきた。ピンク映画とはひと味異なる、ライト感覚な官能コメディを得意とする監督だ。恋愛対象ではないもののエッチしまう本作の琴子と元気の関係は、世間的にはセックスフレンド、ヤリ友になるわけだが、裸と裸のお付き合いを重ねることで2人の間には恋愛感情とは違う、“セックスフレンドシップ”とでも呼ぶべき奇妙な感情が芽生えていく。あまりクローズアップされることのないレアな心理なだけに、より興味をそそる。  セックスを単に生殖を目的にした行為として定義してしまうと、性欲を伴って生きる人生はとても窮屈で、息苦しいものになってしまう。その点、フィクションである映画の世界では、セックスはもっと大らかなもの、人と人とを繋げる自然な営みとして描かれる。琴子も元気も陸もFacebookやLineを使って頻繁に他者とのコミュニケーションを図るけれど、男と女の間に横たわる大きな大きな溝の問題は、最新のコミュニケーションツールを駆使しただけでは到底解決できない。言葉よりも、もっと饒舌な肉体言語としてのセックスの在り方を本作は浮かび上がらせる。“謎の聖女”璃子はカメラの前ですっぽんぽんになることで、心の中に渦巻く言語化されていない感情を繊細かつ雄弁に語ってみせる。 (文=長野辰次) 『好きでもないくせに』 監督・脚本/吉田浩太 出演/璃子、根岸拓哉、川村亮介、神戸浩、藤田朋子  配給/太秦 9月3日(土)よりシネ・リーブル池袋にてレイトショー公開 ※18歳以上のみ鑑賞可能 (c)2016 キングレコード

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孤独な男たちから財産をむしり取る悪魔の所業! 大竹しのぶ主演のドス黒系犯罪映画『後妻業の女』

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「じじいを騙すのは功徳や」とうそぶく結婚相談所の所長・柏木(豊川悦司)と会員の小夜子(大竹しのぶ)。持病のある高齢者ほどよくモテる。
 その道のプロから見れば、“婚活連続殺人事件”の木嶋佳苗被告や“京都連続不審死事件”の筧千佐子被告は脇が甘く映ることだろう。その道のプロとは、業界用語で“後妻業”と呼ばれる女たち。独り身の高齢者をターゲットにし、預金や不動産といった遺産を手に入れては、次の獲物へと食指を伸ばす。自分を受取人にした生命保険はあえて作らせない。保険金が絡むと、警察が事件性ありと判断してすぐに動き出すからだ。自分の手を汚さずとも、持病のある高齢者ならすぐに逝ってしまう。死ぬ前に公正証書さえ書かせれば、合法的に遺産を独占することができる。独居老人の寂しさと死ぬまで枯れることがない性欲につけこんだ巧妙な闇稼業である。大竹しのぶ主演の犯罪エンターテイメント『後妻業の女』は、高齢化社会にはびこる闇ビジネスの実態を明らかにしていく。  大竹しのぶには犯罪ドラマがよく似合う。森田芳光監督の『黒い家』(99)では邦画史上に残るサイコパス系殺人鬼を大熱演した。石井隆監督の『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(10)での鬼婆役も強烈だった。松山ホステス殺害事件の2時間ドラマ化『実録・福田和子』(フジテレビ系)や多重人格障害の主婦を演じた『存在の深き眠り』(NHK総合)での役への溶け込みぶりも忘れがたい。素顔はとてもおっとりされた方だが、女優・大竹しのぶモードになるとスイッチが入ったかのように別人になる。死んだような目がうまいと評される染谷将太や新井浩文よりも、もっとリアルに死んだ目をしてみせる。ひとりの女性が持つ多面性を、これほど巧みかつ自然に演じてみせる役者はそうそういない。  映画『後妻業の女』は賑やかなシニア向け婚活パーティーで幕を開ける。明るい青空が広がるビーチで、いい年した男女が童心に戻ってはしゃいでいる。心臓発作でばったり倒れる人がいないかハラハラするオープニングだ。この婚活パーティーは大阪にある結婚相談所の所長・柏木(豊川悦司)が主催しており、結婚相談所の会員・小夜子(大竹しのぶ)は明るくチャーミングな人柄で、男性陣の熱視線を集めている。80歳になる中瀬耕造(津川雅彦)も小夜子にぞっこんだった。
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笑福亭鶴瓶は大竹しのぶを相手に初めてのベッドシーンにも挑戦。男と女の騙し合いの中に、色欲と本音が入り交じる。
 耕造が知り合って間もない小夜子と電撃再婚すると聞いて、耕造の娘・尚子(長谷川京子)と朋美(尾野真千子)は驚くが、老いた耕造の介護から逃れることができるため、強く反対はできなかった。小夜子がしおらしかったのは最初だけで、再婚してからは、小夜子が用意する料理はコンビニで買ったお惣菜だけ。耕造が服用していた降圧薬は、いつの間にか胃薬にすり替えられていた。ほどなくして倒れた耕造は病院に運ばれるが、小夜子が病室を訪ねた後は決まって酸素マスクや点滴のチューブが外れている。弁護士に相談した朋美は、小夜子が後妻業と呼ばれるプロであることを知るが、すでに後の祭り状態だった。威厳のあった父親があんな女の食い物にされたと思うと悔しくて仕方ない。  小夜子は結婚相談所の所長・柏木とグルなので、裕福な高齢者の個人情報が面白いように手に入る。男の扱いに手慣れた小夜子は、老人たちの死に水を取っては合法的に財産をいただく。儲けは柏木と山分けだ。小夜子にとって、こんな美味しい仕事は他にはない。ところが金の匂いのするところ、同じように鼻の利くハイエナ人間が集まる。弁護士に依頼された探偵(永瀬正敏)が小夜子の過去を洗い、小夜子はこれまでに8度結婚し、夫はみんな結婚してすぐに病死か事故死を遂げていたことが浮かび上がる。さらに自称・不動産王の船山(笑福亭鶴瓶)がにこやかな笑顔で小夜子に近づく。お金とセックスをめぐって、ドス黒い男女の駆け引きが軽妙な関西弁で繰り広げられる。
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尾野真千子と大竹しのぶとの新旧演技派女優バトル。焼肉屋での肉弾戦シーンは長回しで撮られ、女子プロレスばりの盛り上がりを見せる。
 本作を撮り上げたのは読売テレビ出身の大ベテラン・鶴橋康夫監督。読売テレビを退職後もフリーのディレクターとして活躍し、脚本家・野沢尚の遺作『砦なき者』(テレビ朝日系)や池端俊作脚本作『ぶるうかなりあ』(WOWOW)などの意欲作・問題作を次々と放ってきたテレビ界の生き伝説だ。映画監督として『愛の流刑地』(07)と『源氏物語 千年の謎』(11)を撮っているが、どちらもセックスと死を題材にしたもので、本作と繋がるものを感じさせる。男は射精した後の虚無感に耐えきれず、身近にいてくれる女性に愛情を覚えるのかもしれない。見ようによっては、大竹しのぶ演じる小夜子は家族と疎遠になった老人たちの最期を看取る死神であり、また聖女のようでもある。2014年に刊行された黒川博行の原作小説『後妻業』(文藝春秋)は生々しい犯罪ものだったが、鶴橋監督は大竹しのぶから陰と陽の相反する魅力を引き出した上で、したたかに生きる女性賛歌の犯罪コメディへと大胆にアレンジしてみせた。  悪魔のような女・小夜子への反撃を耕造の娘・朋美は試みるが、では朋美は心が清らかな女性かというとそうでもない。建築デザイナーである朋美は、仕事が忙しいことを口実にボケ始めた父親の世話をすることから逃げてきた。そんな自分に後ろめたさを感じていたがゆえに、弱みにつけこんできた小夜子が余計に許せない。焼肉屋で、大竹しのぶと尾野真千子が激しくしばき合うシーンは本作の見どころだ。さらに大竹は笑福亭鶴瓶とのベッドシーンも演じてみせる。大竹の熱演に触発されたのは尾野だけではない。柏木の情婦役を演じる若手女優・樋井明日香は『さよなら歌舞伎町』(15)でもフルヌードになったが、今回はさらに気持ちのよい脱ぎっぷりを見せる。『後妻業の女』に登場する女優たちはみんなキラキラと輝いている。いや、ギラギラと輝く。女たちが眩しく輝く姿に、男はもうひれ伏すしかない。 (文=長野辰次)
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『後妻業の女』 原作/黒川博行 監督・脚本/鶴橋康夫 出演/大竹しのぶ、豊川悦司、尾野真千子、長谷川京子、水川あさみ、風間俊介、余貴美子、ミムラ、松尾論、笑福亭鶴光、樋井明日香、梶原善、六平直政、森本レオ、伊武雅刀、泉谷しげる、柄本明、笑福亭鶴瓶、津川雅彦、永瀬正敏 配給/東宝 PG12 8月27日(土)よりロードショー公開 (c)2016「後妻業の女」製作委員会 http://www.gosaigyo.com

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孤独な男たちから財産をむしり取る悪魔の所業! 大竹しのぶ主演のドス黒系犯罪映画『後妻業の女』

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 その道のプロから見れば、“婚活連続殺人事件”の木嶋佳苗被告や“京都連続不審死事件”の筧千佐子被告は脇が甘く映ることだろう。その道のプロとは、業界用語で“後妻業”と呼ばれる女たち。独り身の高齢者をターゲットにし、預金や不動産といった遺産を手に入れては、次の獲物へと食指を伸ばす。自分を受取人にした生命保険はあえて作らせない。保険金が絡むと、警察が事件性ありと判断してすぐに動き出すからだ。自分の手を汚さずとも、持病のある高齢者ならすぐに逝ってしまう。死ぬ前に公正証書さえ書かせれば、合法的に遺産を独占することができる。独居老人の寂しさと死ぬまで枯れることがない性欲につけこんだ巧妙な闇稼業である。大竹しのぶ主演の犯罪エンターテイメント『後妻業の女』は、高齢化社会にはびこる闇ビジネスの実態を明らかにしていく。  大竹しのぶには犯罪ドラマがよく似合う。森田芳光監督の『黒い家』(99)では邦画史上に残るサイコパス系殺人鬼を大熱演した。石井隆監督の『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(10)での鬼婆役も強烈だった。松山ホステス殺害事件の2時間ドラマ化『実録・福田和子』(フジテレビ系)や多重人格障害の主婦を演じた『存在の深き眠り』(NHK総合)での役への溶け込みぶりも忘れがたい。素顔はとてもおっとりされた方だが、女優・大竹しのぶモードになるとスイッチが入ったかのように別人になる。死んだような目がうまいと評される染谷将太や新井浩文よりも、もっとリアルに死んだ目をしてみせる。ひとりの女性が持つ多面性を、これほど巧みかつ自然に演じてみせる役者はそうそういない。  映画『後妻業の女』は賑やかなシニア向け婚活パーティーで幕を開ける。明るい青空が広がるビーチで、いい年した男女が童心に戻ってはしゃいでいる。心臓発作でばったり倒れる人がいないかハラハラするオープニングだ。この婚活パーティーは大阪にある結婚相談所の所長・柏木(豊川悦司)が主催しており、結婚相談所の会員・小夜子(大竹しのぶ)は明るくチャーミングな人柄で、男性陣の熱視線を集めている。80歳になる中瀬耕造(津川雅彦)も小夜子にぞっこんだった。
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尾野真千子と大竹しのぶとの新旧演技派女優バトル。焼肉屋での肉弾戦シーンは長回しで撮られ、女子プロレスばりの盛り上がりを見せる。
 本作を撮り上げたのは読売テレビ出身の大ベテラン・鶴橋康夫監督。読売テレビを退職後もフリーのディレクターとして活躍し、脚本家・野沢尚の遺作『砦なき者』(テレビ朝日系)や池端俊作脚本作『ぶるうかなりあ』(WOWOW)などの意欲作・問題作を次々と放ってきたテレビ界の生き伝説だ。映画監督として『愛の流刑地』(07)と『源氏物語 千年の謎』(11)を撮っているが、どちらもセックスと死を題材にしたもので、本作と繋がるものを感じさせる。男は射精した後の虚無感に耐えきれず、身近にいてくれる女性に愛情を覚えるのかもしれない。見ようによっては、大竹しのぶ演じる小夜子は家族と疎遠になった老人たちの最期を看取る死神であり、また聖女のようでもある。2014年に刊行された黒川博行の原作小説『後妻業』(文藝春秋)は生々しい犯罪ものだったが、鶴橋監督は大竹しのぶから陰と陽の相反する魅力を引き出した上で、したたかに生きる女性賛歌の犯罪コメディへと大胆にアレンジしてみせた。  悪魔のような女・小夜子への反撃を耕造の娘・朋美は試みるが、では朋美は心が清らかな女性かというとそうでもない。建築デザイナーである朋美は、仕事が忙しいことを口実にボケ始めた父親の世話をすることから逃げてきた。そんな自分に後ろめたさを感じていたがゆえに、弱みにつけこんできた小夜子が余計に許せない。焼肉屋で、大竹しのぶと尾野真千子が激しくしばき合うシーンは本作の見どころだ。さらに大竹は笑福亭鶴瓶とのベッドシーンも演じてみせる。大竹の熱演に触発されたのは尾野だけではない。柏木の情婦役を演じる若手女優・樋井明日香は『さよなら歌舞伎町』(15)でもフルヌードになったが、今回はさらに気持ちのよい脱ぎっぷりを見せる。『後妻業の女』に登場する女優たちはみんなキラキラと輝いている。いや、ギラギラと輝く。女たちが眩しく輝く姿に、男はもうひれ伏すしかない。 (文=長野辰次)
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『後妻業の女』 原作/黒川博行 監督・脚本/鶴橋康夫 出演/大竹しのぶ、豊川悦司、尾野真千子、長谷川京子、水川あさみ、風間俊介、余貴美子、ミムラ、松尾論、笑福亭鶴光、樋井明日香、梶原善、六平直政、森本レオ、伊武雅刀、泉谷しげる、柄本明、笑福亭鶴瓶、津川雅彦、永瀬正敏 配給/東宝 PG12 8月27日(土)よりロードショー公開 (c)2016「後妻業の女」製作委員会 http://www.gosaigyo.com

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付き合ってもう長い彼女が“いい女”に思える瞬間。城定監督の『悦楽交差点』『舐める女』が一般上映

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恵比寿マスカッツのメンバーでもある古川いおりの映画デビュー作『悦楽交差点』。古川は本作でピンク大賞新人賞を受賞。
 ピンク映画の主人公は、ほとんどの場合が名もない市井の人々だ。IT系のやり手社長が人気女子アナと結ばれ、めでたくゴールインするような物語はまず描かれることがない。時代の流れにぽつんと取り残された男と女がひっそりと肌と肌を重ね、しばしお互いの孤独感を埋め合う―そんな内容が圧倒的に多い。武蔵野美術大学を卒業後、助監督を経て、ピンク映画『味見したい人妻たち』(03)で監督デビューを果たした城定秀夫監督は、オリジナルビデオ作品『デコトラ・ギャル奈美』『エロいい話』などのヒットシリーズで知られる映像職人。低予算のビデオ作品やピンク映画を量産し続け、『いっツー The Movie 』(14)劇場公開時にインタビューした際「監督作はだいたい80本くらい」(本人もよく把握してない)とのことだったので、監督作はもう100本前後になるはず。これだけ多作でありながら、城定作品には裏切られることがない。男女間のやるせない心情の機微が鮮やかに描かれ、また人生のままならなさにのたうち回る主人公に温かい視線が注がれている。  8月20日(土)~9月2日(金)、都内のテアトル新宿にて「OP PICTURES+フェス」が開催される。これはピンク映画でおなじみ大蔵映画が制作したここ1~2年の人気作品をR18とR15の2バージョンを用意することで、一般映画館でも上映しやすくした新企画。成人映画館には足を踏み入れづらかった人でも、気軽に楽しむことができる。城定監督の『悦楽交差点』と『舐める女』もプログラムされているので、城定作品未経験者にも長年の城定ファンにもおすすめしたい。  2015年ピンク大賞優秀作品賞&新人女優賞を受賞した『悦楽交差点』は、城定監督が手掛けた脚本の面白さが光る作品だ。物語の主人公は交通量調査の男性フリーター。ピンク映画ならではの、何ともマイナーな設定である。フリーターの春夫(麻木貴仁)は新宿駅西口ガード下近くの交差点で、ひたすら通り過ぎていく女性の数をカウントしながら、何かブツブツ言っている。よく聞くと「1000人目は俺の嫁」と繰り返し呟いていた。目の前を歩いていく女性の中に自分の理想の女性がいるはずだと思い込みながら、カウントしていたのだ。かなり危ない主人公だ。ヨボヨボのおばあちゃんが歩いてきたらどうするんだよと余計な心配をしていたら、ぱっと辺り一帯が明るくなる清廉そうな美女が春夫の前を過ぎていく。彼女こそ1000人目の女性だった。春夫はついに理想の女性に巡り合ったのだ。
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真琴(古川いおり)を“運命の女”と思い込む春夫(麻木貴仁)。春夫は彼女を見守っているつもりだが、どう見てもストーキングだよ。
 運命の出会いから5年の歳月が流れた。フリーターを辞め、工場でマジメに働く春夫は、仕事が終わると一目散に安アパートに戻る。あの運命の女性・真琴(古川いおり)に逢うためである。といっても安アパートで真琴と同棲しているわけではない。近所の洒脱な一軒家で、真琴は一流企業のエリート社員(田中靖教)の人妻として暮らしていた。真琴が夫のために夕食を甲斐甲斐しく準備する様子を、春夫は双眼鏡で覗き見しながら冷たいコンビニ弁当を食べていた。真琴の口の動きを読唇術で解読しながら、真琴と一緒に食べる弁当の味は格別だった。春夫の妄想力と歪んだ純情さは尋常ならざるものがある。  でも、こんな生活をいつまで続けていても仕方がない。春夫は真琴の私生活を覗き見するだけでなく、夫へのストーキングも開始。夫が社内の若い女子社員とラブホテルに通っている事実を突き止め、証拠写真を真琴に送りつける。これで真琴は夫と別れ、ずっと見守ってきた俺の存在に気づくはず。ところがその晩、春夫が双眼鏡を覗くと、真琴は笑顔で夫を迎え入れ、夕食を用意し、さらにベッドではいつも以上に激しく燃えているではないか。なぜだ? デリヘル嬢(佐倉萌)と金銭を介した付き合いしかない春夫には、夫婦間の駆け引きがまったく理解できない。落ち込んだ春夫は工場を無断欠勤し、クビになってしまう。  物語は後半大きく変動する。失恋と失業のWショックを受けた春夫が、安アパートのせんべい布団で目を覚ますと、真琴がにっこりと微笑んでいた!! えっ、これは神様が俺のことを哀れに思って、夢を見させてくれているに違いない。春夫は憧れの女性・真琴のおっぱいを揉み、激しく腰を振る。身もだえる真琴は、春夫の妄想ではなかった。真琴はすべてを知っていたのだ。男はみんなスケベでバカでどうしようもない生き物であることを真琴は承知した上で、せっせと夫の食事を作り、夜はセックスの相手をし、朝は笑顔で送り出していた。仕事ができる将来有望な社員なら、職場でもてるのも仕方ないと割り切っていた。春夫から覗かれていることにも以前から気づいており、夫婦の性生活がマンネリ化しないための興奮材料として活用していた。真琴は春夫が脳内でイメージしていたような薄っぺらい清純な聖女ではなかった。春夫の想像を遥かに上回る、大きな大きな観音さまのごとき存在だった。春夫は妄想ではない、生身の女性を愛することの喜びと難儀さを真琴から同時に学ぶことになる。
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七海なな主演の『舐める女』。男の汗の匂いに興奮するカオルは、夫にそのことが言えないまま、物足りない日々を過ごしていた。
 もう一本の城定作品は『舐める女』。城定監督の『人妻セカンドバージン』(13)などでも好演していた七海ななが、本作では匂いフェチの若妻を演じている。奥手な性格のカオル(七海なな)は、結婚相談所で紹介された夫(木下桂一)と平穏な生活を送っていた。夫はマジメで優しいが、唯一の不満は潔癖性なこと。使ったハンカチやシャツはすぐ洗ってしまい、男の汗の匂いに無性に興奮してしまうカオルには物足りない。ある日、トイレが詰まったことから修理業者を呼ぶと、修理業者の男(沢村純)は汗を掻きながらせっせとトイレの詰まりを直してくれた。男が首に掛けたタオルは、たっぷりと汗を吸っていた。カオルはタオルの匂いに思わずネコにマタタビ状態となり、気づいたときには男と関係を結んでいた。夫とは正常位でのノーマルなセックスしか経験していなかったカオルは、男に教えられた初めてのオーラルセックスに驚きながらも快感に打ち震える。「セックスに決まりなんてない。好きにやればいいんです」と男に囁かれ、カオルはエクスタシーを感じてしまう。  情事を重ねた男のために、カオルがカレーライスを作るシーンが何とも愛おしい。2人は半裸姿になって、激辛のカレーライスをほおばる。カオルは辛いものが大好きだが、辛いものが苦手だという夫に合わせて、いつも辛さは抑えめにしていた。自分好みの辛さにしたカレーライスを、パンツ姿の男は全身から玉のような汗を流しながら美味そうに食べている。不倫シーンではあるが、自分の本音に正直に生きようとする男女の営みがほのぼのと描かれ、観ているこちらまで心地よくなってくる。  男女間のひと筋縄では済まない関係が軽妙に綴られた『悦楽交差点』と『舐める女』。ヒロインはどちらも夫から見ると貞淑な妻であり、夫の前では本音を押し隠したまま生きている。でも、素っ裸になってのセックスが気持ちいいように、自分の本音を解放することの爽快さにも彼女たちは気づく。貞淑さが魅力だと思っていた妻が、夫の知らない間に本音をやんわりと口にするようになった。夫は付き合ってもう長い彼女が、前よりもいい女になった気がする。両作品とも城定監督の演出の円熟ぶりが堪能できる出来映えだ。監督作が100本を越えても、城定作品は瑞々しさを失わないだろう。 (文=長野辰次)
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『悦楽交差点』 監督・脚本・編集/城定秀夫 脚本協力/城定由有子 出演/古川いおり、福咲れん、佐倉萌、麻木貴仁、田中靖教、久保奮迅、沢村純、森羅万象、伊藤三平 配給/OP PICTURES R15+ テアトル新宿にて、8月21日(日)、23日(火)、25日(木)、27日(土)、29日(月)、31日(水)、9月2日(金)夜8時20分より上映 (c)OP PICTURES
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『舐める女』 監督/城定秀夫 脚本/長濱亮祐、城定秀夫  出演/七海なな、青山真希、富沢恵、木下桂一、沢村純、麻木貴仁、森羅万象 配給/OP PICTURES R15+ テアトル新宿にて、8月21日(日)夜8時20分より『悦楽交差点』と同時併映 (c)OP PICTURES ■OP PICTURES+フェス2016 ピンク映画の最大手・大蔵映画の新プロジェクト。ピンク映画の魅力を多くの人に知ってほしいという想いから、ひとつの企画でR18とR15の2バージョンを制作し、R18を成人映画館中心、R15を一般劇場で公開するというもの。8月20日(土)~9月2日(金)まで連日夜8時20分から選り抜きの作品全9本の中から日替わりで2本が同時上映される。中でも山内大輔監督、朝倉ことみ、川瀬陽太主演による『よみがえりの島』は昨年のピンク大賞優秀作品賞、同監督賞・脚本賞、同主演・新人女優賞、同男優賞などを受賞した感涙作として評価が高い。 http://www.okura-movie.co.jp/op_pictures_plus

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重力も人種の壁も乗り越えて、自由になりたい! ナチスと闘った黒人選手の葛藤『栄光のランナー』

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米国内で人種差別に苦しんだジェシー・オーエンス(ステファン・ジェイムス)。彼にとってベルリン大会は、最初で最後の五輪出場だった。
 近代オリンピックは1896年のアテネ五輪から始まったが、現在のオリンピック大会に近い、巨大なスポーツイベントとして成長を遂げたのが1936年に開催されたベルリン五輪だった。ナチスドイツを率いるヒトラーは「ゲルマン民族の優位性を示すための場」として五輪を位置づけ、開会式で聖火リレーを導入するなど、様々な感動的な演出が施された。女優兼監督だったレニ・リーフェンシュタールは二部作のドキュメンタリー映画『オリンピア 民族の祭典』『オリンピア 美の祭典』(38)を残し、スタジアムに集まった観客たちの熱狂ぶりを今に伝えている。そんな“ヒトラーのオリンピック”とも称されたベルリン五輪で、ひとりの選手として孤高の闘いを挑んだのが米国代表の黒人選手ジェシー・オーエンスだった。彼は100m走をはじめ、4種目で金メダルに輝き、ヒトラーが唱えた「ゲルマン民族の優位性」が単なる妄想でしかないことを証明してみせた。 『栄光のランナー 1936ベルリン』(原題『Race』)は、ジェシー・オーエンスが陸上選手として絶頂期を迎えた20歳から22歳の2年間に絞ってスポットライトを当てた実録ドラマだ。物語の前半は貧しい家庭で育ったジェシーが良き指導者と出会い、めきめきと天賦の才を発揮していく胸熱な学園ドラマ編となっている。一家の期待を一身に背負って、オクラホマ州立大学に進学するジェシー(ステファン・ジェイムス)。自由な空気の西海岸ではなく、黒人への偏見が強い中南部の大学を選んだのには理由があった。オクラホマ州立大学陸上部コーチのラリー・スナイダー(ジェイソン・サダイキス)の指導を仰ぐためだった。ジェシーがトラックで走る姿を一瞬見ただけで、ラリーもジェシーにぞっこん。肌の色を越えて、ラリーとジェシーは相思相愛の関係となる。実家へ仕送りしなくてはならないなどの事情を抱えたジェシーだが、ラリーとの師弟関係によってクリアされる。ラリーが見守る中、ジェシーは100m走、200m走、走り幅跳びで次々と世界記録を更新。米国きってのスプリンターへと羽ばたく。  次期ベルリン五輪での活躍が期待される有望選手になったジェシーを、家族は温かく祝福する。だが、お祝いの席に意外な来客が現われる。全米黒人地位向上協会の会長(グリン・ターマン)がジェシー宅を表敬訪問し、ジェシーの活躍を賞讃したその口で、「ベルリン五輪は欠場してほしい」と伝える。金メダルが確実視されるジェシーが五輪をボイコットすることで、ヒトラーの人種差別政策の非道さを世界に訴えることができると。会長はジェシーがトラックで走る姿を一度も見ることなく、ジェシーに五輪欠場を迫った。ヒトラーと同じくらい冷酷な要求だったが、純朴なジェシーは欠場を真剣に考え始める。コーチのラリーはこの考えに唖然となるが、五輪に出場するかどうかはジェシー個人の判断に委ねる。
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ラリー・スナイダー(ジェイソン・サダイキス)の指導により、ジェシーはアスリートとしての能力をめきめきと発揮していく。美しき青春!
 ベルリン行きを断るべきか揺れ動くジェシーに、自分の気持ちに素直になるよう声を掛けたのは、ライバル選手のピーコック(シャミア・アンダーソン)だった。同じ黒人選手として100m走をコンマ差で競い合ったピーコックだったが、下半身の怪我で選手生命が絶たれていた。「オリンピックに出場して、ヒトラーの鼻をあかせ」とピーコックはジェシーの背中を押す。ピーコックにとってもジェシーにとっても、100mを走るわずか10秒の世界こそが、人種も生い立ちもすべてのしがらみから解き放たれて自由になることができる特別な時間だった。わずか10秒間の自由を求めて、ジェシーはヒトラーが待つベルリンへの渡航を決意する。  物語後半は、いよいよベルリンでの対決編だ。巨大スタジアムには大観衆が詰め寄せていた。海外遠征に慣れていないジェシーは、走り幅跳びの予選で2度続けてファウルを犯してしまう。絶体絶命のピンチに追い込まれたジェシーに近寄り、さりげなく緊張感を解きほぐしたのは、ドイツ代表の白人選手ルッツ・ロング(デヴィッド・クロス)だった。優勝の大本命が予選で消えては、欧州王者のルッツとしても面白くない。ルッツの気遣いで、平常心を取り戻すジェシー。結果、ジェシーは走り幅跳びで五輪記録を打ち立てて金メダルを獲得。銀メダルとなったルッツと表彰台で並び、がっちりと抱き合う。スポーツマンらしい2人の友情に、スタジアムの観客は拍手喝采を送る。だが、ヒトラーはジェシーの活躍が面白くない。勝利者ジェシーを祝福することなく、スタジアムから去っていく。  オリンピックは常に国際情勢が影を落とす。ヒトラーは五輪をナチスのプロパガンダとして活用し、ヒトラー政権と対立する米国やイギリスはボイコットをちらつかせ、五輪を政治の場に巻き込んだ。まだ記憶に新しい北京五輪も、中国のチベット迫害が問題視され、聖火リレーや開会式のボイコットが呼び掛けられた。1980年のモスクワ五輪では、ソ連のアフガニスタン侵攻を非難する米国をはじめとする多くの西側諸国は不参加を表明し、日本政府もそれに従った。このときの日本の男子マラソンは瀬古利彦、宗茂、宗猛と史上最強メンバーを擁し、日本勢によるメダル独占の可能性もあったが、彼らが流した膨大な汗と血尿は実を結ぶことなく終わった。ひどく肌寒い夏だった。
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ヒトラーに寵愛された女傑レニ・リーフェンシュタール(カリス・ファン・ハウテン)。彼女はヒトラーの思惑に反してジェシーをカメラで追う。
 オリンピック出場を果たした選手たちは、国家間の思惑も、過去の因縁も、地球の重力も、そして自分の肉体の限界すらも振り切って、走り、跳び、闘う。オリンピック選手たちの躍動ぶりが美しいのは、彼らが国家代表だからではない。彼らはあらゆる壁を乗り越えて、ちっぽけな偏見や限界の向こう側を見せてくれるからこそ、ナショナリズム以上の感動を呼ぶのだ。  ベルリン五輪で国境を越えた友情を育んだジェシーとルッツだったが、ジェシーと一緒に客席に向かって手を振ったことで、ルッツはナチスに睨まれる。第二次世界大戦が勃発すると、ルッツは戦場の最前線に送られ、シチリア島の野戦病院で30歳の生涯を終えることになる。ゲッベルス宣伝相に反対されながらもジェシーの勇姿をフィルムに収めたレニ・リーフェンシュタール(カリス・ファン・ハウテン)だったが、彼女はナチス協力者として戦後は中傷され続けることになる。ベルリン五輪で4冠に輝いたジェシーは意気揚々と米国に凱旋するも、母国で彼が見たのは変わらない人種差別の現実だった。ジェシーもルッツもレニも、時代の波に翻弄されていく。それゆえに、彼らがベルリンの競技場で過ごしたあの短い夏がいっそう眩しいものに感じられる。 (文=長野辰次)
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『栄光のランナー/1936ベルリン』 監督/スティーヴン・ホプキンス 出演/ステファン・ジェイムス、ジェイソン・サダイキス、イーライ・ゴリー、シャニース・バンタン、カリス・ファン・ハウテン、ジェレミー・アイアンズ、ウィリアム・ハート、デヴィッド・クロス、バーナビー・メッチェラート、シャミア・アンダーソン、グリン・ターマン 配給/東北新社、STAR CHANNEL MOVIES 8月11日(木)より日比谷TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー (c)Focus Features (c) Thibault Grabherr (c)2016 Trinity Race GmbH/Jesse Race Productions Quebec Inc. All Rights Reserved. http://eiko-runner-movie.jp

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高齢者のセックスや懐エロ特集ばっかでいいの? スクープ報道に注ぐ情熱と誤算『ニュースの真相』

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CBSの元プロデューサーによる実録ドラマ『ニュースの真相』。現役大統領に関するスキャンダルをスクープ報道しようとするが……。
 アイドルは一度やると、やめられないという。ステージ上で眩いスポットライトやフラッシュを浴び、世界中の人々が自分に注目しているのだという恍惚感が病み付きになってしまうそうだ。逆にフラッシュを浴びせる側だが、取材記者も一度スクープをものにしてしまうと、やめられなくなってしまう。特にスクープした相手が権力者だと、権力者の裏の顔を暴くというスリリングな行為に心臓をバクバクさせながら例えようのない高揚感を覚えることになる。そしてスクープをものにすると、「もっと大きなスクープを」という欲望に駆られていく。ケイト・ブランシェット主演作『ニュースの真相』は、スクープ報道に熱中するあまり、大きな失敗を招いてしまう取材チームの顛末を追った苦い実録ドラマとなっている。  主人公のメアリー・メイプス(ケイト・ブランシェット)は、米国最大手のネットワーク放送局CBSの報道プロデューサー。CBSの看板番組『60ミニッツ』の人気キャスターであるダン・ラザー(ロバート・レッドフォード)と長年コンビを組み、ダンから深い信頼を得ていた。2004年4月にはイラクのアブグレイブ刑務所での米兵による捕虜虐待の実態をスクープ報道するという特ダネを挙げたばかりだった。勝利の美酒に酔いしれるメアリーのもとに「美味しい肉があるよ」と一通のメールが届く。  美味しい肉とは取材ネタのこと。フリー記者のマイク(トファー・グレイス)がもたらしたネタは、ブッシュ大統領の過去について。マイケル・ムーア監督がドキュメンタリー映画『華氏911』(04)で取り上げることになる、ブッシュ家とオサマ・ビンラディンが石油利権で繋がっていたというネタ。結局、このネタは採用されなかったが、ブッシュに関するもうひとつの噂を追うことになる。若い頃かなりの放蕩児だったブッシュは、パパ・ブッシュのコネでベトナム出征を逃れるためにテキサス州兵となり、しかも州兵としての義務を果たしてなかったというもの。アブグレイブ刑務所の取材に協力したロジャー(デニス・クエイド)、大学でジャーナリズム学を教えているルーシー(エリザベス・モス)も、この取材チームに加わる。大統領選挙イヤーのタイムリーな企画として、CBSの上司たちはGOサインを出す。  ブッシュの過去を知る関係者をシラミつぶしに当たったメアリーたちは、州兵時代のブッシュの怠慢ぶりを記した“キリアン文書”に突き当たる。このキリアン文書こそ、美味しい肉だった。だが、メアリーが手に入れた文書はコピーであり、しかも入手経路が曖昧だった。文書の内容を裏取りしたいが、州兵時代のブッシュの上官で、この文書を書き残したキリアン中佐はすでに他界している。この肉はとても美味しそうだが、毒入りかもしれなかった。
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『ヴェロニカ・ゲリン』(03)と『大統領の陰謀』(76)でそれぞれ新聞記者を演じたケイト・ブランシェットとロバート・レッドフォードが初共演。
 さらにメアリーを悩ませる難問が生じる。ダン・ラザーがキャスターを務める『60ミニッツ』はCBSの良心と言える番組だったが、報道番組は製作費がかさむものの思ったほど視聴率が伸びないため、最近は高視聴率が約束されているカリスマ宗教家や人気心理学者の特番がプログラムされるようになり、このスクープを報道するには一カ月後の『60ミニッツ』しか空いていなかった。それでは他のメディアに先を越されてしまう可能性が出てくる。CBSの社員プロデューサーが「いっそのこと、5日後の『60ミニッツ』でやる?」と提案する。世界最大の権力者である米国大統領の去就を左右しかねない大スクープを、限られた僅かな時間できっちり精査してオンエアする。無茶を承知でメアリーは5日後のオンエアを呑む。スクープにはリスクが付き物だ。別件の取材に追われるダン・ラザーに叱咤されながら、メアリーたちは裏取り作業に奔走する。  ブッシュ大統領の軍役詐称問題は2004年9月の『60ミニッツ』でオンエアされ、大きな波紋を呼ぶ。喜びを分かち合うダンとメアリー。だが、無上の快感を味わえたのはその夜だけだった。オンエア直後には保守系のブロガーが「キリアン文書は捏造されたもの」と指摘し、CBSに度々スクープを奪われてきた他局もこのブロガーの主張に追随し、番組責任者であるメアリーとダンへのバッシングを始める。キリアン文書の疑わしさよりも、ブッシュの軍歴詐称のほうが重大ではないかというメアリーの声はバッシングの嵐に掻き消されてしまう。人気キャスターとして華々しい人生を歩んできたダン・ラザーはガセネタをつかまされた男として晩節を汚すことに。メアリーも査問委員会に呼び出される。  ブッシュの軍歴詐称疑惑問題は、単にメアリーが犯したミスでは済まなかった。テレビという巨大メディアの報道番組全体に影を落とすことになる。伝統ある米国の主要新聞も「イラクは大量破壊兵器を隠している」というブッシュ政権を支持したことで、すでに権力構造を監視するという立場を失っていた。新聞、そしてテレビからジャーナリズムが失われていく。代わって、メアリーたちを苦境に追い込んだネットメディアが台頭していくことになる。
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番組オンエア後、メアリーは査問委員会に呼び出されることに。政治的思想に偏向があったかに加え、取材先との利害関係も疑われる。
 あらゆる職種に経済効率が求められるようになり、報道の世界もその例外ではなくなってしまった。スクープ報道をものにするには多くの社外スタッフを養わなくてはならず、また常にスクープをものにできるとは限らない。もしスクープできても、相手が裁判沙汰に持ち込むとさらに経費と労力を奪われることになる。日本でも週刊文春とそれを追う週刊新潮以外の週刊誌は、高齢者向けのセックス特集や懐かしいアイドルのお宝ヌードに誌面の多くを割くようになった。そのほうが安定した部数をキープでき、無駄な経費も使わずに済むからだ。 『ヴェロニカ・ゲリン』(03)で命を張った取材を続ける新聞記者を演じたケイト・ブランシェットが、再びスクープに燃えるジャーナリストを熱演した。彼女が演じたメアリーは実の父親とは折り合いが悪く、ダン・ラザーのことを“理想の父性”として慕っている。メアリーとダン、そして取材チームは、血の繋がった家族とは異なる、同じ志を持つ“新しい家族”として描かれている。だが、CBSの上層部はブッシュ軍歴詐称報道を誤報と認めることで事態の収束を図る。ダン・ラザーが敬愛される国王として統治してきた“最後の王国”はあっけなく瓦解することになる。王国の崩壊は、テレビメディアの落日でもあった。スクープ報道がもたらす興奮と衝撃は、もはや過去のものとなりつつある。 (文=長野辰次)
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『ニュースの真相』 製作・脚本・監督/ジェームズ・ヴァンダービルド  出演/ケイト・ブランシュット、ロバート・レッドフォード、エリザベス・モス、トファー・グレイス、デニス・クエイド、ステイシー・キーチ、ブルース・グリーンウッド、ダーモット・マローニー  配給/キノフィルムズ 8月5日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次ロードショー (C) 2015 FEA Productions, Ltd. All Rights Reserved. http://truth-movie.jp/

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