
ブラジルの精神病院を舞台にした『ニーゼと光のアトリエ』。速効性のあるロボトミー手術に対し、女医ニーゼは穏やかな芸術療法を取り入れる。
人類に大きな貢献を果たした人々に贈られるノーベル賞だが、過去には化学兵器を開発したフリッツ・ハーバーにノーベル化学賞が与えられるなど、かなりおかしな選考もしている。神経科医のエガス・モニスは精神疾患を根本的に治す“ロボトミー手術”を考案し、ノーベル生理学・医学賞を1949年に受賞している。ロボトミー手術は患者の前頭葉部分を切除することで、激昂しやすい患者の性格を穏やかにするというもの。当時は画期的な発明として賞讃されたが、手術後に廃人化してしまう患者も少なくなく、1970年代になってロボトミー手術は行なわれなくなった。ブラジル映画『ニーゼと光のアトリエ』はロボトミー手術が最新の医療だと信じられていた1940年代の精神病院を舞台に、実在の精神科医ニーゼ・ダ・シルヴェイラを主人公にした実録映画だ。
1943年のリオデジャネイロ。女医のニーゼ(グロリア・ピエス)はかつて勤めていた精神病院に復職するが、監獄のような鉄格子で覆われた病棟内の現状に驚きを隠せない。病院側や家族の介護の負担が減るという理由から、精神疾患を抱えた患者へのロボトミー手術が行なわれており、しかも患者の眼孔からアイスピックを突き刺し、前頭葉部分を手探りで切断するという簡易な方法が奨励されていた。当時の精神病院では電気ショック療法も行なわれていた。ベッドに患者を縛り付け、患者が泡を吹いて意識を失うまで電圧は上げられた。患者たちをモルモットのように扱うそれらの医療法は、ニーゼには受け入れがたいものだった。
女医に対する偏見が強い病院内で、ニーゼは与えられた病室を鍵の掛からない出入り自由なアトリエとして開放し、患者たちに思い思いに絵を描かせることを始める。またニーゼは患者のことをクライアントと呼び、病院の中庭で犬を飼い、その世話を患者たちに任せる。「精神は身体と同じように自然治癒力を持ち、本来の形に戻ろうとする」というユング理論に従ったものだった。ニーゼの根気づよい指導によって、患者たちは次第に心を開くようになり、彼らの描いた色彩豊かな絵画は、美術界で評判を集める。だが病院の主流派医師たちは、ニーゼが取り組む芸術療法や動物セラピーといった穏やかな医療スタイルを頑なに認めようとしない。衛生上の問題を口実に、患者たちがかわいがっていた犬たちを殺処分してしまう。明るさを取り戻しつつあった患者たちの怒りが病院内でついに爆発する―。

終戦直後のデンマークを舞台にした『ヒトラーの忘れもの』。地雷撤去にドイツの少年兵が駆り出された実話をベースにしたものだ。
デンマークとドイツの合作映画『ヒトラーの忘れもの』も知られざる歴史の暗部を暴いた作品だ。第二次世界大戦中、ドイツによって占領されていたデンマークには連合軍の上陸を防ぐために200万個もの地雷が海岸線に埋められていた。ドイツの全面降伏によってデンマークは5年ぶりに解放されたが、海岸線の地雷はそのままの状態。この地雷群の撤去を命じられたのは、デンマークに取り残されていたドイツの捕虜兵たちで、その大半は15歳から18歳までの少年兵だった。ナチスドイツが残した負の財産を処理するなかで、少年兵たちは手足を、そして命を次々と落としていくことになる。
デンマーク軍のカール軍曹(ローラン・ムラ)が監視する中、双子のレスナー兄弟(エーミール&オスカー・ベルトン)ら11名のドイツ少年兵たちが砂浜に埋まった地雷群の撤去に従事する。あどけない顔の少年兵たちは「母国が犯した戦争犯罪を自分たちが償なわなくては」と地雷撤去の経験もないまま、手探りでの作業に当たる。カール軍曹から「地雷撤去さえ済めば、帰国できる」と言われた少年兵たちだったが、彼らが置かれている状況は最悪だった。デンマーク兵だけでなく民間人もドイツ兵のことを憎み、食料をろくに与えない。1日の作業が終わると逃げ出さないように、狭い粗末な小屋の中に鍵を掛けて閉じ込める。お腹をすかせ、体調を崩しても休ませてもらえず、少年兵たちはひとり、またひとりと地雷を誤って爆発させてしまう。ドイツ人を憎んでいたカール軍曹だが、少年兵たちのあまりに悲惨な状況を見かねて、こっそり食べ物を調達する。だが、このことからカール軍曹はデンマーク軍の上官に睨まれ、少年兵たちはより苛酷な運命に追い込まれてしまう。
『ヒトラーの忘れもの』を手掛けたのは、戦後日本の裏社会を描いたジャレット・レト主演のヤクザ映画『The Outsider』を撮影中のデンマーク出身のマーチン・サントフリート監督。「戦争において自分たちがいかに正しかったか、どれほど人々の助けになったかという話はよく聞くけれど、どの国の歴史にも暗黒面はある。地雷を埋めたのはドイツ人であり、ドイツ人が撤去すべきだとは思うが、だからといって地雷撤去の経験のない少年たちにやらせるべきだったのかは大きな疑問だ。この出来事に関する歴史資料はほとんどなく、墓地や病院を訪ね、また民間の歴史研究家たちから話を聞いて回った。70年前の戦争の物語だが、人間は戦時中と戦後でどんな態度をとるのか、また怪物を倒すために自分も怪物になってしまうことに警鐘を鳴らしたものなんだ」と語っている。

地雷撤去に従事する少年兵たち。ドイツ兵捕虜2600人が強制労働させられ、その半数が地雷の犠牲となった。
ブラジルの精神病院を舞台にした『ニーゼと光のアトリエ』とデンマークでの地雷撤去を題材にした『ヒトラーの忘れもの』は描かれている世界はまったく異なるが、主人公たちは似たような状況に追い詰められる。女医ニーゼはロボトミー手術を推し進める病院側との軋轢を招き、カール軍曹は少年兵たちと交わした「地雷撤去が済めば、家に戻れる」という約束を守ろうとし、デンマーク軍内で白眼視されることになる。自分が所属する組織からの命令に背けば、組織内での自分の居場所を失ってしまいかねない。厳しい選択を主人公たちは強いられることになる。
時代が変われば、社会的倫理観も大きく変わり、そのときは正しいと思われた判断も、後から責任を問われる可能性が生じる。砂丘のように刻々と形を変えていく大きな時流の中で、我々は少年兵たちと同じように手探りで少しずつ前に進むことしかできない。人間は過ちを犯すものであり、そんな人間たちが集団で犯した大きな過ちに、個人としてどう向き合うかを両作品は問い掛けてくる。
(文=長野辰次)

『ニーゼと光のアトリエ』
監督・脚本/ホベルト・ベリネール
出演/グロリア・ピレス、シモーネ・マゼール、ジュリオ・アドリアォン、クラウジオ・ジャボランジー、ファブリシオ・ボリヴェイラ、ホネイ・ヴィレラ
配給/ココロヲ・動かす・映画社 12月17日(土)渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
(c)TvZero
http://maru-movie.com/nise.html

『ヒトラーの忘れもの』
脚本・監督/マーチン・サントフリート
出演/ローラン・ムラ、ミゲル・ボー・フルスゴー、ルイス・ホフマン、ジョエル・バズマン、エーミール・ベルトン、オスカー・ベルトン
配給/キノフィルムズ 12月17日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
(c)2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF
http://hitler-wasuremono.jp

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