人生落ちこぼれ組が結束する『パワーレンジャー』大ヒット作の裏側にいた仮面プロデューサーの存在

人生落ちこぼれ組が結束する『パワーレンジャー』大ヒット作の裏側にいた仮面プロデューサーの存在の画像1
おなじみ人気特撮ドラマ“スーパー戦隊シリーズ”がハリウッド大作『パワーレンジャー』として日本に逆上陸!!
 総製作費120億円が投じられたハリウッド大作『パワーレンジャー』は、全米をはじめ世界87カ国で公開され、大きな話題を呼んでいる。赤、青、桃、黄、黒とカラフルにカラーリングされた5人の仮面のヒーローたちが活躍する『パワーレンジャー』は米国で1993年にオンエアが始まった『マイティ・モーフォン・パワーレンジャー』のリブート作であり、そして『マイティ~』のベースとなったのが『恐竜戦隊ジュウレンジャー』(92~93年/テレビ朝日)だ。日本人にはおなじみのスーパー戦隊シリーズがルーツなだけに、『パワーレンジャー』も学校で落ちこぼれとなっている5人の若者たちが特訓を重ね、団結力を武器に悪の軍団と戦うことになる。クライマックスには巨大合体ロボットが登場するスーパー戦隊シリーズのお約束も踏襲されている。  40年以上の長い歴史を誇る東映スーパー戦隊シリーズだが、この人気長寿シリーズを語る上で、外すことができない伝説の企画者がいる。その名は「八手三郎」だ。スーパー戦隊シリーズの初期2作品『秘密戦隊ゴレンジャー』(75~77年/テレビ朝日)と『ジャッカー電撃隊』(77年/テレビ朝日)は人気漫画家・石ノ森章太郎が原作者としてクレジットされているが、第3作『バトルフィーバーJ』(79~80年/テレビ朝日)からは八手三郎原作となっている。『バトルフィーバー』から最後の決戦シーンに巨大ロボットが登場するなど、スーパー戦隊シリーズの基本パターンが確立されている。八手三郎は相当なアイデアマンである。また八手三郎はポール・バーホーベン監督の大ヒット映画『ロボコップ』(87)の元ネタとなった『宇宙刑事ギャバン』(82~83年/テレビ朝日)などのメタルヒーローものや、巨大合体ロボの先駆作『超電磁ロボ コン・バトラーV』(76年/テレビ朝日)といったアニメシリーズの原作者としても知られている。『仮面ライダー』(71~73年/毎日放送)のエンディング曲の作詞も手掛けるなど多彩な才能を持ち、長年にわたって第一線で活躍する一方、一度もマスメディアの前には姿を見せたことのないミステリアスな人物でもある。
人生落ちこぼれ組が結束する『パワーレンジャー』大ヒット作の裏側にいた仮面プロデューサーの存在の画像2
高校の補習クラスに通うジェイソン(デイカー・モンゴメリー)たちは、近くの鉱山で奇妙な5枚のメダルを見つける。
 特撮テレビ番組好きな方ならご存知だろうが、この八手三郎なる人物、最初は東映の社員プロデューサーだった平山亨氏の個人的なペンネームだった。東映の京都撮影所で映画の助監督や監督としてのキャリアを積んでいた平山氏がテレビドラマの脚本を書く際に使っていた変名が「八手三郎」だった。「何でもやってみよう」「やってそうろう」などの意味が込められたこの名前は語呂がよかったためか、東映テレビが制作したアニメ『コン・バトラーV』の担当プロデューサーも番組の原作者として八手三郎の名前をクレジットに使い始め、1970年代後半からは他の東映テレビのプロデューサーたちもしばしば使うようになり、やがて東映テレビのオリジナル作品であることを示すシンボリックな名前となっていった。架空人格として、平山氏個人とは別にひとり歩きするようになったわけだ。  本来は八手三郎の主人格だったはずの平山亨氏は、特撮テレビ番組の分野において数々の傑作ドラマを放った天才プロデューサーだった。『仮面ライダー』シリーズの立ち上げに加え、『人造人間キカイダー』(72~73年/テレビ朝日)や『宇宙鉄人キョーダイン』(76~77年/毎日放送)などのヒット作を石ノ森章太郎とのタッグで次々と生み出していった。スーパー戦隊シリーズの記念すべき第1作となった『ゴレンジャー』には平山氏ならではのユーモア感覚が溢れ、影のある『仮面ライダー』初期シリーズとは異なる魅力があった。アカレンジャーをはじめとする5人のヒーローたちが順番に名乗りを挙げるお約束シーンは歌舞伎の人気演目『白浪五人男』が元ネタであり、マスクを被って顔の見えないヒーローたちが戦う見せ場は、能や人形浄瑠璃の世界にも通じる。何よりもヒーローたちの顔が見えないことで、テレビを観ていた子どもたちは「自分もヒーローになれる」という願望を抱いた。ヒーローはひとりで孤独に戦うものというそれまでの特撮ドラマの常識を軽快に乗り越えてみせたスーパー戦隊シリーズは、90年代に入って米国の子どもたちも虜にしてしまう。
人生落ちこぼれ組が結束する『パワーレンジャー』大ヒット作の裏側にいた仮面プロデューサーの存在の画像3
クライマックスはパワーレンジャーたちが乗ったメカが合体した「メガゾード」で決戦に挑むお約束の展開!
 八手三郎名義の作品も含め、膨大な数のドラマを手掛けた平山亨氏。社員プロデューサーという立場を貫いたため、東映からの給料以外は手にすることはなかったそうだ。映画黄金期から斜陽期を迎えつつあった東映京都撮影所でキャリアをスタートさせ、黎明期にあった特撮ドラマのジャンルで大活躍した平山氏は仕事仲間たちと一緒に面白い作品をつくることに夢中で、社内での出世やお金儲けにはまるで興味を示さなかったと言われている。2013年7月に亡くなった平山氏の人柄について、平山氏と親交の深かったフリーのプロデューサーに話を聞いた。 「天性のお人よしと言われるほど、平山さんはとても人当たりがよかった。ファンを大切にし、いつも多くの企画を抱え、あっちこっちの現場を行き来していた人。東映本社の社員は平山さんを捕まえるのに苦労したそうです。平山さんのプロデュースする作品はどれも子ども目線で、茶目っ気があり、本人も永遠の子どものような心の持ち主でした。多くの作品を残していますが、平山さん自身が特に思い入れの強かったのは、初期のヒット作『仮面の忍者 赤影』(67~68年/関西テレビ)やホームドラマと特撮の世界を融合させたコメディ『がんばれ!!ロボコン』(74~77年/テレビ朝日)あたりだったんじゃないでしょうか」  なるほど。派手な仮面を被った忍者・赤影が仲間の白影や青影とのチームワークで巨大な敵と戦う特撮時代劇『赤影』は、現在も続くスーパー戦隊シリーズの原型だといえそうだ。また、平山氏の自伝『泣き虫プロデューサーの遺言状 TVヒーローと歩んだ50年』(講談社)には幼少期は体が弱かったため小学校への入学が1年遅れたこと、映画監督としてはヒット作を残すことができずにテレビ番組のプロデューサーに転身したことが回顧されている。『がんばれ!!ロボコン』の取り柄のないダメロボットのロボコンががむしゃらに張り切る姿に、どこか自分の心情を投影していたのかもしれない。  学校に自分の居場所を見つけることができない、肌の色や家庭環境の異なる5人の少年少女たちが特訓を重ねて、ヒーローへと目覚めていく『パワーレンジャー』は複雑な現在社会を生きる世界各国の子どもたちを夢中にさせている。大ヒットシリーズの裏側には、八手三郎という名の仮面のプロデューサーが存在した。 (文=長野辰次)
人生落ちこぼれ組が結束する『パワーレンジャー』大ヒット作の裏側にいた仮面プロデューサーの存在の画像4
『パワーレンジャー』 プロデューサー/ハイム・サバン 監督/ディーン・イズラライト 出演/デイカー・モンゴメリー、RJ・サイラー、ナオミ・スコット、ベッキー・G、ルディ・リン、ビル・ヘイダー、ブライアン・クランストン、エリザベス・バンクス 日本語吹替え版/勝地涼、広瀬アリス、古田新太、山里亮太、杉田智和、水樹奈々、鈴木達央、沢城みゆき 配給/東映 7月15日(土)より全国公開 (c)2017 Lions Gate TM&(c) Toei & SCG P.R. http://www.power-rangers.jp
人生落ちこぼれ組が結束する『パワーレンジャー』大ヒット作の裏側にいた仮面プロデューサーの存在の画像5
『パンドラ映画館』電子書籍発売中! 日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。 詳細はこちらから!

週末だけ風俗で働く彼女が手に入れたものは何? 震災風俗嬢の日常『彼女の人生は間違いじゃない』

週末だけ風俗で働く彼女が手に入れたものは何? 震災風俗嬢の日常『彼女の人生は間違いじゃない』の画像1
被災地の景観を撮り続けるカメラマン役の蓮佛美沙子。サバイバーズギルトを題材にした『RIVER』(12)に続いての廣木隆一作品となる。
 福島の仮設住宅で暮らしているみゆきには、本名とは別にもうひとつの名前がある。普段のみゆきは地元の市役所に勤めているが、週末は深夜バスに乗って上京し、YUKIという名のデリヘル嬢として働いている。震災以降、仮設住宅に父親と2人で暮らしているみゆきにとって、YUKIとして東京で過ごす時間はかけがえのないものとなっていた。今週末もまた、みゆきは高速バスに揺られて東京へ向かい、見知らぬ男たちを相手に性サービスに従事する。『ヴァイブレータ』(03)、『さよなら歌舞伎町』(15)など官能映画の名手として知られる廣木隆一監督のオリジナル作『彼女の人生は間違いじゃない』は、廣木監督の故郷・福島を舞台にした社会派官能ドラマとなっている。  近年は有村架純主演『ストロボ・エッジ』(15)や二階堂ふみ主演『おおかみ少女と黒王子』(16)など少女コミック原作の、いわゆるキラキラ映画のオファーが続いていた廣木監督だが、本作の主人公であるみゆき(瀧内公美)はキラキラと輝くことができない女性だ。そんな彼女の日常生活を、廣木監督はカメラで丹念に追っていく。みゆきは震災で母親を失い、当時交際していた恋人の山本(篠原篤)との関係もぎくしゃくして別れてしまった。農業を再開するめどが立たず、父親の修(光石研)はパチンコに通う日々が続いている。みゆきは市役所に勤め、補償金も振り込まれるため、生活費には困っていない。でも、みゆきは今の生活が息苦しくて堪らない。じゃあ、震災前の生活は満たされたものだったのか? 震災後いろいろありすぎて、もはやそれもわからない。高速バスを降りたみゆきは駅のトイレでメイクを整え、YUKIへとスイッチを切り替える。そしてホテルで待つ男性客の求めに応じて、女子高生風の制服やセクシーな下着に着替え、男たちの欲望の海へと身を投げ出す。
週末だけ風俗で働く彼女が手に入れたものは何? 震災風俗嬢の日常『彼女の人生は間違いじゃない』の画像2
農業ひと筋で生きてきた修(光石研)だが、原発事故によって再開の見通しが立たない。パチンコと酒で憂さを晴らすしかなかった。
 本作には廣木作品の様々なヒロイン像が垣間見える。荒井晴彦脚本作『さよなら歌舞伎町』ではラブホテルのマネジャー(染谷将太)の妹(樋井明日香)は学費を稼ぐため、塩竈から週末だけ上京してAV女優となった。このエピソードを廣木監督が独自に膨らませたキャラクターが本作のみゆきだ。秋葉原通り魔事件を題材にした『RIVER』(12)では蓮佛美沙子が恋人を失った喪失感を埋めようと秋葉原をさまよった。本作にも蓮佛は出演しており、被災地の変わりつつある景色を記録しようとするアマチュアのカメラマンを演じている。福島と東京を高速バスで往復しながら、自分の居場所を探し続けるみゆきの姿は、廣木監督の代表作『ヴァイブレータ』の寺島しのぶと重なり合うものがある。  オーディションによってみゆき役に選ばれたのは、『日本で一番悪い奴ら』(16)で悪徳刑事役の綾野剛を相手に大胆な濡れ場を演じてみせた瀧内公美。本作ではより繊細に、よりむきだしの姿で、みゆきがYUKIへと変身せざるをえない心情を演じてみせる。みゆきをスカウトしたデリヘル業者の三浦に、廣木作品の常連俳優・高良健吾。みゆきと同じ市役所に勤める同僚の新田を演じる柄本時生は、廣木監督のWOWOWドラマ『4TEEN フォーティーン』(04)が印象に残る。みゆきの父親・修役の光石研、元カレ役の篠原篤は、震災後の日本を見つめた橋口亮輔監督の『恋人たち』(15)での演技が高く評価された。実力派俳優たちのアンサンブルによって、補償金の給付がきっかけでバラバラになってしまった家族、仮設住宅に頻繁に現われる新興宗教の勧誘など、被災地の実情が綴られていく。  瀧内公美の裸体に惹かれて本作を観ていた男性たちには、物語の後半にキツ~い一発が待ち構えている。みゆきの元カレ・山本(篠原篤)が久しぶりに故郷に戻り、みゆきに復縁を迫る。山本は何度もみゆきの前に現われ、このままではストーカー化しかねない。仮設住宅の前でみゆきの帰りを待っていた山本に、みゆきは言い放つ。「ホテルへ行こう。前みたいにSEXできたら、また付き合う。そうじゃなかったら、もう会わない」。  場面変わってホテルの一室。ベッドに横たわる裸のみゆきと山本。さぁ、これからというタイミングで、みゆきはデリヘルで働いていることを山本にカミングアウトする。丸裸のみゆきを前にして、彼女が風俗で働いているショックと、このSEXに失敗したら二度と抱くことができないというプレッシャーから、山本の下半身はみるみる萎えていく。それでも、みゆきを手放したくない山本は懸命にカクンカクンと腰を降り続ける。山本の意に反して、肉体は一向に言うことを聞こうとしない。かつては愛し合ったはずの恋人たちの間からは、すでに大切なものがこぼれ落ちていた。昔のような2人には、もう戻ることはできなかった。
週末だけ風俗で働く彼女が手に入れたものは何? 震災風俗嬢の日常『彼女の人生は間違いじゃない』の画像3
ピンク映画出身の廣木隆一監督。自分の欲望に正直なヒロイン像は、「岡崎京子さんの『pink』などのコミックから多大な影響を受けた」と語っている。
 みゆきとYUKIの心と体も一致しない。デリヘル中のYUKIは本番を強要する乱暴な客に対しては「お店のルールですから」と断固拒否する。でも、福島でモヤモヤすることが重なった週末は、ついつい気持ちが高ぶって男性客の上に自分から股がり、男の欲棒をそのまま受け入れる。行為を終えたYUKIは素顔のみゆきに戻っていた。ホテルのバスタブにひとりで浸かりながら、少女のようなあどけない無防備な表情を見せるみゆき。デリヘル中はYUKIに変身しているつもりのみゆきだったが、結局のところみゆきもYUKIも傷つきやすい生身のひとりの女の子でしかない。  顔バレをはじめ、いろんなリスクを負ってまで、みゆきはなぜYUKIとして風俗の世界で働くのだろう。週末だけデリヘル嬢としてお金を稼いでも、稼ぎの半分はデリヘル業者に経費として差し引かれる。1回2万円のデリヘルだとして、1万円しかみゆきは手にすることができない。福島から東京の往復バス代7,000円をさらに引くと数千円しか手元に残らない。東京での秘密のアルバイトを終えて仮設住宅に戻ってきたみゆきは、パチンコ通いから足を洗うことを決意した父親の修に「子犬を飼いたい」と子どものようにねだる。  みゆきがYUKIとして体を張って手に入れたもの。それは一匹の子犬を飼うためのエサ代として消えていく。そんな彼女の生き方を、廣木監督はカメラに収める。彼女の人生は間違いじゃない。リスクを覚悟の上で、自分の欲望に正直に生きようとするヒロインを廣木監督は全肯定してみせる。 (文=長野辰次) 『彼女の人生は間違いじゃない』 原作/廣木隆一 脚本/加藤正人 監督/廣木隆一 出演/瀧内公美、高良健吾、柄本時生、戸田昌宏、安藤玉恵、小篠恵奈、篠原篤、毎熊克哉、趣里、松永拓野、古谷佳也、碓井将大、キタキマユ、高麗道子 田中仁人、萱裕輔、波岡一喜、麿赤兒、蓮佛美沙子、光石研 配給/GAGA R15 7月15日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国順次公開 http://gaga.ne.jp/kanojo

週末だけ風俗で働く彼女が手に入れたものは何? 震災風俗嬢の日常『彼女の人生は間違いじゃない』の画像4
『パンドラ映画館』電子書籍発売中! 日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。 詳細はこちらから!

城定監督『方舟の女たち』、いまおか監督『夫がツチノコに殺されました。』ほかピンク傑作選が一般上映

城定監督『方舟の女たち』、いまおか監督『夫がツチノコに殺されました。』ほかピンク傑作選が一般上映の画像1
城定秀夫監督らしいハートウォーミング作『方舟の女たち』(R-18タイトル『痴漢電車 マン淫夢ごこち』。監督作は100本目前!
 今年もテアトル新宿に心くすぐるピンク色の風がそよぐ季節が到来する。そう、ピンク映画の雄・大蔵映画の近年の珠玉作がR15作品として特集上映される「OP PICTURES+フェス2017」が7月1日(土)~6日(木)、7月8日(土)~14日(金)の13日間にわたって開催されることに。昨年より1か月早いけれど、ハズレなしの“天才映像職人”城定秀夫監督の新作『方舟の女たち』、異才・いまおかしんじ監督の『夫がツチノコに殺されました。』など、選りすぐりのピンク映画13本が日替わりで上映される見逃せないプログラムとなっている。  人気シリーズ『デコトラ・ギャル』や『エロいい話』などのエッチ系Vシネマでも名職人ぶりを見せている城定監督は、今年のピンク大賞最優秀作品賞&監督賞に輝いた七海なな主演作『舐める女』、昨年のピンク大賞優秀作品賞&新人女優賞を受賞した古川いおり主演作『悦楽交差点』をアンコール上映(参照記事)。どちらも「ピンク映画って、こんなに面白いんだ!」と喝采を送りたくなるハイクオリティーな作品。これまでピンク映画を喰わず嫌いしていた人は、ぜひものですよ。  城定監督の新作『方舟の女たち』は、銀行員(希島あいり)、図書館員(竹内真琴)、女刑事(松井理子)という見ず知らずの3人の女たちを主人公にした痴漢電車もの。男運のまるでない女たちの後ろに、サソリ(守屋文雄)と呼ばれる“痴漢の神さま”がそっと現われ、天才的かつ大胆なフィンガーテクで彼女たちをエクスタシーへと導いていく。女性人権擁護団体の関係者が見たら血管がブチ切れそうな設定だが、城定監督は殺伐とした朝の通勤電車を、人と人とが出逢い、袖触れ合う一期一会なファンタジー空間として描いている。城定作品に登場するのは、生きるのが下手な不器用な人間たちばかりだ。今回の城定ワールドでは、クライマックスに札束の雨が降り注ぐ。お金や世間の常識よりも、人間が生きていく上でもっと大切なものがあるんじゃないの。そんなことを思わせるエロくて、ハートウォーミングな75分間。やっぱ、城定作品はいいなぁ。  恵比寿マスカッツにも参加していたセクシータレントの希島あいりは、本作がピンク映画初主演。一本を基本3日間で撮り切るというハードスケジュールのピンク映画業界だが、女優として劇場映画に参加できることが希島はうれしかったそうだ。自己主張できないメガネ女子役の竹内真琴にも、天使として輝く場が用意されている。一見すると地味な女性や演技キャリアのないセクシータレントから素の良さを引き出してみせるのが、城定監督は本当にうまい。どんな女性も自慢の指技でイカせてみせる“痴漢の神さま”サソリとは、どんな女優も演出次第でキラリと光らせてみせる城定監督自身なのかもしれない。
城定監督『方舟の女たち』、いまおか監督『夫がツチノコに殺されました。』ほかピンク傑作選が一般上映の画像2
凉川絢音がツチノコと戦うブッ飛びドラマ『夫がツチノコに殺されました。』(R-18タイトル『感じるつちんこ ヤリ放題!』)。
 林由美香が主演したピンク映画不朽の名作『たまもの』(04)で知られる いまおかしんじ監督の大蔵映画での第2作目『夫がツチノコに殺されました。』は、いまおか監督が長年にわたって温めてきた企画。タイトルのまんま、“幻の珍獣”ツチノコに咬まれて夫が亡くなり、若くして未亡人となった園子(涼川絢音)の物語。あまりにも夫が残念な死に方をしたため、自暴自棄となった園子は自宅に篭って、パンの耳を齧るだけの生活を送っていた。たまたま求人募集していた場末のスナックで園子は仕方なく働き始めるが、そこは本番ありの連れ出しスナック。社会のどん底へと転げ落ちていく園子だったが、そんなどん底社会で様々なワケありな人たちと出逢う。社会の底辺で生きるダメ人間たちとのおかしな交流を、いまおか監督は愛おしく紡ぎ出していく。  いまおか監督の作品はどれも独特のユーモアを感じさせるが、青春Hシリーズ『川下さんは何度でもやってくる』(14)など若くして死んだ友人を仲間が弔うストーリーが度々描かれる。いまおか監督と仲の良かった呑み友達が素人童貞のまま亡くなったことがモチーフになっているそうだ。現実世界で死者を甦らせることは不可能だが、フィクションである映画の世界では自分の前から姿を消した大切な人にまた逢うことができる。いまおか監督が撮るコメディには、そんな切なさが付きまとう。おもろうて、やがて哀しき いまおかワールドなのだ。  本作の脚本を書いたのは、自主映画『まんが島』で今年監督デビューを果たした守屋文雄(参照記事)。城定監督の『方舟の女たち』では“痴漢の神さま”を演じ、本作ではツチノコハンター役も演じている。ピンク映画に出ているときの俳優・守屋文雄は、とても生き生きとしている。
城定監督『方舟の女たち』、いまおか監督『夫がツチノコに殺されました。』ほかピンク傑作選が一般上映の画像3
ノワール風な官能作『静寂(しじま)に抱かれる女』(R-18タイトル『人妻漂流 静寂のあえぎ』)。
 売れっ子オジサン俳優・川瀬陽太が主演した『犯る男』(15)が90分のロングバージョンに再構成された『犯る男 最終版』として今回上映される山内大輔監督の『静寂(しじま)に抱かれる女』もかなりの異色作だ。幼い娘を交通事故で失ったショックから言葉を発することができなくなった女(朝倉ことみ)が、男たちに翻弄されながらも図太く生きていく姿を描いたノワール調のロードムービーとなっている。全編にわたって台詞はほぼなし。会話がない分、女たちの喘ぎ声や腰づかいが印象に残る。今の時代にサイレントムービーさながらの無言劇が許されるのも、自由度の高いピンク映画ならでは。山内監督とのタッグ作が多い朝倉ことみには今年のピンク大賞主演女優賞が贈られ、本作はピンク大賞優秀作品賞との2冠に輝いている。  今年のピンク大賞監督賞ほか3冠を獲得した竹洞哲也監督の『初恋とナポリタン』はピンク映画のエロイメージからずいぶんと掛け離れたタイトルで、エロ描写も控えめ。地方都市でタウン誌の編集をしている桐子(辰巳ゆい)を主人公にした本作は、『SRサイタマノラッパー』(09)のホームタウンとして知られる埼玉県深谷市でロケ撮影されたもの。喫茶店で流れる「パッヘルベルのカノン」をきっかけに常連の男性客と親しくなる桐子、夫や不倫相手から「おい」「お前」と呼ばれることにげんなりしている人妻(加藤ツバキ)など、女性寄りの視点から描かれた非常にナイーブなドラマとなっている。城定作品でおなじみだった演技派女優しじみは、桐子の同僚役で好演&いい脱ぎっぷりを披露。イケてない地方都市在住のアラサー女子たちの『セックス・アンド・ザ・シティ』のよう味わいがある。  時代のトレンドとは逆行した世界だが、入場者のハートと下半身をじんわりと気持ちよくしてくれるピンク映画傑作選。テアトル新宿に通いたくなる夏フェスである。 (文=長野辰次)
城定監督『方舟の女たち』、いまおか監督『夫がツチノコに殺されました。』ほかピンク傑作選が一般上映の画像4
大人の恋愛に踏み出せない30女を主人公にした『初恋とナポリタン』(R-18タイトル『弱腰OL 控えめな腰使い』)。
『OP PICTURES+フェス2017』 7月1日(土)~6日(木)、7月8日(土)~14日(金)テアトル新宿にて上映 R15 (c)OP PICTURES ■上映作品 7月1日(土) 『出会っていないけど、さようなら』 2日(日) 『静寂(しじま)に抱かれる女』 3日(月) 『サイコウノバカヤロウ』 4日(火) 『私みたいな女』 5日(水) 『初恋とナポリタン』 6日(木) 『犯る男 最終版』 8日(土) 『静寂に抱かれる女』『出会っていないけど、さようなら』 『恋愛図鑑』『方舟の女たち』 9日(日) 『サイコウノバカヤロウ』『コクウ』 『プリンセス 甘く危険な休日』『夫がツチノコに殺されました。』 10日(月) 『私みたいな女』 『悦楽交差点』『舐める女』 11日(火) 『初恋とナポリタン』 『方舟の女たち』『夫がツチノコに殺されました。』 『私みたいな女』 12日(水) 『コクウ』 『舐める女』『悦楽交差点』 『静寂に抱かれる女』 13日(木) 『出会っていないけど、さようなら』 『プリンセス 甘く危険な休日』『方舟の女たち』 『初恋とナポリタン』 14日(金)『サイコウノバカヤロウ』 『夫がツチノコに殺されました。』『恋愛図鑑』 『コクウ』 ※上映時間や来場ゲストはHPを要チェック! http://www.okura-movie.co.jp/op_pictures_plus

城定監督『方舟の女たち』、いまおか監督『夫がツチノコに殺されました。』ほかピンク傑作選が一般上映の画像5
『パンドラ映画館』電子書籍発売中! 日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。 詳細はこちらから!

君がアル中で、どんなキチガイでもいいんだぜ! ゆうばりグランプリ受賞作『トータスの旅』

君がアル中で、どんなキチガイでもいいんだぜ! ゆうばりグランプリ受賞作『トータスの旅』の画像1
クライマックスで「いいんだぜ」を熱唱する木村知貴。本作の熱演で、2016年の田辺・弁慶映画祭男優賞を受賞した。
 誰かの葬式に参列し、焼香する度に、中島らもの自伝的小説『バンド・オン・ザ・ナイト』を思い出す。小説の中でらもさんは「葬式には行かなかった。葬式に行かないのはおれの流儀で、あの黒枠に囲まれた写真を見てしまうと、もうほんとうにお別れだと感じてしまう。葬式に行かずに、あの黒枠の写真さえ見なければ、いつかどこかの街でばたっと会うような、そんな気のままでいられるからだった」と語った。らもさんを見習いたくもあるけど、亡くなった人の思い出だらけのままでは生きづらい人もいる。若手監督の登竜門として注目される「ゆうばりファンタスティック映画祭」オフシアター部門で今年のグランプリを受賞したのは、永山正史監督の『トータスの旅』。自分の前から姿を消した大切な人を弔うために七転八倒する男たちのロードムービーとなっている。  上映時間82分と短い尺だが、中身はなかなか濃い『トータスの旅』。サラリーマンの次郎(木村知貴)が、ひとり息子の登(諏訪瑞樹)と暮らすアパートから物語は始まる。次郎は妻に先立たれてから、ずっと空っぽな日々を過ごしてきた。その空っぽさを隠すために、登の前ではいい父親であろうと努めている。反抗期に入った登は、常識を押しつけようとする父親も学校も大嫌いだった。ある朝、ずっと音信不通だった次郎の兄・新太郎(川瀬陽太)が婚約者の直子(湯舟すぴか)を連れて現われ、「これから結婚式だ、支度しろ」と言い出す。会社に通ってはいるものの心は虚ろな次郎と不登校状態が続いていた登を連れて、強引に車中旅に向かう新太郎と婚約者。登が生まれる前から次郎が飼っているペットの亀も一緒だ。  人前で常に常識人であろうとする次郎と自称芸術家である新太郎は性格が真反対で、旅行中ことごとくぶつかり合う。この兄・新太郎役を演じている川瀬陽太は、インディーズ映画やピンク映画に猛烈に出まくっている個性派俳優。冨永昌敬監督の『ローリング』(15)やピンク映画『犯る男』(15)に主演し、2016年度の「日本映画プロフェッショナル大賞」男優賞を受賞している。今年に入ってもオールタイロケ作品『バンコクナイツ』(17)や入江悠監督の深夜ドラマ『SRサイタマノラッパー マイクの細道』(テレビ東京系)などの注目作に次々と出演しており、社会からドロップアウトした変人・奇人役をやらせると、とても美味しい風味を醸し出すオッサン俳優である。『トータスの旅』でもファミレスで次郎に絡んできたゴロツキをスリーパーホールドで締め落とし、旅先の見知らぬ他人の家にお邪魔してお風呂をいただき、式を挙げる前の直子との青姦に励む。本能の趣くまま、新太郎はやりたい放題だ。  自由奔放な新太郎に無理矢理連れ出された次郎は、旅の目的地が近づくにつれて顔がこわばっていく。新太郎と直子が結婚式を挙げる予定の島は、次郎と妻が式を挙げた思い出の地でもあった。しかも、妻が交通事故で亡くなった忌わしい場所にも近い。兄に散々振り回され、息子の登は相変わらず自分に心を開いてくれない。次郎が唯一安らぎを覚えるのは、妻と一緒に世話をしたペットの亀だけだった。でも、次郎の心の拠り所だった亀は、旅先で姿を消してしまう。いくら探しても亀は見つからない。それまでずっと理性を守り続けてきた次郎だが、暴風雨の到来と共に感情がぐしゃぐしゃになって爆発する。
君がアル中で、どんなキチガイでもいいんだぜ! ゆうばりグランプリ受賞作『トータスの旅』の画像2
メジャー、インディーズを問わず、映画に出まくっている川瀬陽太(47歳)。今が旬のオジサン俳優なのだ。
 土砂降りの大豪雨が降る中、次郎が向かったのは一軒の居酒屋だった。ズブ濡れになったシャツを脱ぎ、上半身裸でカウンターに座る次郎に、「いらっしゃい」とクールに対応する居酒屋のまだ若いマスター。2人のただならぬやりとりから、このマスターが妻を轢いた加害者だったことが分かる。彼も相当に苦しんだらしい。だから、次郎はこれまで彼を責めることはせず、この店にも事故現場にも近寄らないようにしていた。焼酎を立て続けにいっき呑みした次郎は酔眼になり、常連客が手にしていたギターを奪い取る。いつの間にか新太郎も店に現われ、次郎のパンツをズリ下ろした。生まれたまんまの姿で、次郎は歌い出す。 「いいんだぜ いいんだぜ 君が躁鬱で ヒステリーで アル中で どんなキチガイでも いいんだぜ いいんだぜ」  本作が長編映画初主演となる木村知貴が全裸ギターで絶唱するのは、中島らもが作詞作曲した「いいんだぜ」。放送禁止用語満載でテレビやラジオではオンエアされないが、アルコール依存症や躁鬱病を患い、肝炎に苦しみながら小説やエッセイを書き続けた中島らもが生きとし生けるものすべてを全肯定してみせたロケンロールな曲である。そんな不朽の名曲に気後れすることなく、次郎役の木村知貴は一糸まとわぬ姿で大熱唱する。店の外を吹き荒れる暴風雨と同じくらい、次郎の心の中も嵐が吹き荒れている。それまで、ずっと常識という名の甲羅に閉じ篭っていた次郎は、「いいんだぜ」を歌いながら身も心も素っ裸になっていく。
君がアル中で、どんなキチガイでもいいんだぜ! ゆうばりグランプリ受賞作『トータスの旅』の画像3
新太郎の婚約者・直子(湯舟すぴか)。彼女もまた、壊れた家庭で育ったという生い立ちがあった。
「いいんだぜ いいんだぜ 君がクラミジアでも ヘルペスでも 梅毒でも エイズでも 俺はやってやる なでてあげる 舐めてあげる ブチ込んでやるぜ」  永山監督は中島らもの代表作『今夜、すべてのバーで』や『中島らもの明るい悩み相談室』といった作品から多大な影響を受けているそうだ。中島らもは超進学校・灘高に学年8番で入学するなどIQ185という高い知能指数を持つ一方、就学前の幼児のような好奇心に突き動かされながら、自由気ままに生き、そして52年間の濃厚な人生を終えた。らもさんの葬式は行なわれず、その遺灰は海に撒かれている。エッセイ集『固いとうふ』の最後に「(自分の死体は)目玉、内臓、せきずい、使えるところはみんな他の人のために使ってほしい。残った部分はミンチにして海に投げ込み、魚のエサにしてほしい」と語っている。らもさんの遺灰が肥やしになって、一本の映画が誕生した。それが永山監督が撮った『トータスの旅』である。 (文=長野辰次)
君がアル中で、どんなキチガイでもいいんだぜ! ゆうばりグランプリ受賞作『トータスの旅』の画像4
『トータスの旅』 監督・脚本・編集/永山正史 出演/木村知貴、諏訪瑞樹、川瀬陽太、湯舟すぴか、竹中友紀子、柳谷一成、大宮将司、たくしまけい、近藤善樹、小田篤、上山学、竹下かおり、田中一平、岡本裕輝、満利江、山口陽二郎 7月1日(土)より新宿K’s cinemaにてレイトショー上映 (C)永山正史、武田祥

君がアル中で、どんなキチガイでもいいんだぜ! ゆうばりグランプリ受賞作『トータスの旅』の画像5
『パンドラ映画館』電子書籍発売中! 日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。 詳細はこちらから!

監督メル・ギブソンが描く沖縄地上戦の地獄絵図!! 戦場を丸腰で闘った男の記録『ハクソー・リッジ』

監督メル・ギブソンが描く沖縄地上戦の地獄絵図!! 戦場を丸腰で闘った男の記録『ハクソー・リッジ』の画像1
『沈黙 サイレンス』(16)にも主演したアンドリュー・ガーフィールド。衛生兵役で、再び日本人の恐ろしさに直面する。
 戦争とは国の命令で行なわれる人と人との殺し合いだが、人命を救うことを目的に戦争に参加したおかしな一人の男がいた。太平洋戦争末期、壮絶さを極めた沖縄戦において米軍の第77師団に“衛生兵”として従軍したデズモンド・ドスがその人だ。『ブレイブハート』(95)でアカデミー賞作品賞・監督賞を受賞したメル・ギブソン監督は、米軍で変人扱いされ続けたデズモンドを主人公にした嘘のような本当の話を『ハクソー・リッジ』として映画化している。  主人公となる若者デズモンド(アンドリュー・ガーフィールド)は米国バージニア州出身。彼のプロフィールを語る上で重要となってくるのは、イエス・キリストの再誕を信じる「セブンスデー・アドベンチスト教会」の敬虔な信者だったということ。第一次世界大戦に従軍した父トム(ヒューゴ・ウィーヴィング)は戦場からの帰還後はアルコール依存症となり、家庭内での口論や暴力が絶えなかった。聖書を心の拠り所にした少年期を過ごしたデズモンドは、年頃になって病院で出逢った看護士ドロシー(テリーサ・パーマー)と恋に陥る。折しも第二次世界大戦が本格化し、自分だけが幸せになることにデズモンドは疑問を感じ、ドロシーや戦場の恐ろしさを知るトムの大反対を押し切って、志願入隊してしまう。「なんじ、殺すことなかれ」と説く聖書の教えを守るため、衛生兵としての入隊だった。  グローヴァー大尉(サム・ワーシントン)率いるライフル部隊に配属されたデズモンドだが、聖書の教えを貫き、頑なに銃を手にしようとしない。安息日には演習にも参加せず、祈りを捧げるだけ。当然ながら、部隊内でデズモンドはいじめの標的となる。夜宿舎のベッドで眠っていると、『フルメタル・ジャケット』(87)のおちこぼれのデブのように、毛布の上からボコボコにされる。最初の休日にドロシーと結婚式を挙げる約束を交わしていたが、ライフルの演習がまだ済んでいないという理由から休日を取り消されてしまう。上官たちから「早く除隊したほうが、君のためだ」と忠告されるも、デズモンドの決心は揺るがない。ついには軍法会議に呼び出される騒ぎとなる。  異民族による人間狩りの恐怖を描いた『アポカリプト』(06)以来の監督作となったメル・ギブソンだが、軍隊内のいじめ描写はいっさい手加減なし。さらにメル・ギブソンは初代『マッドマックス』(79)らしく、物語後半からはフルスロットルでバイオレンス描写のレッドゾーンへと飛び込んでいく。それまでの軍隊内でのいじめが、ほんのままごとのように思えてくる。沖縄に向かったデズモンドたちは、暴力の果てしない無限地獄へと転がり落ちていく。
監督メル・ギブソンが描く沖縄地上戦の地獄絵図!! 戦場を丸腰で闘った男の記録『ハクソー・リッジ』の画像2
恋人ドロシー(テリーサ・パーマー)と婚約して幸せの絶頂にあったデズモンドだが、みずから地獄行きを選ぶ。
 沖縄戦において日本軍が選んだ戦術とは、沖縄の住民たちを守るための防衛戦ではなく、本土決戦を1日でも遅らせるための捨て石作戦だった。米軍がハクソー・リッジ(のこぎり崖)と呼んだ絶壁上にある前田高地には、深い深い地下壕が掘られ、米軍をあえて上陸させた上で、至近距離からの白兵戦を日本軍は挑む。双方の機関銃から鉄の雨が吹きつける中、米兵・日本兵の肉塊が次々と山積みとなっていく。手足は千切れ、顔や内臓が砕け散る。生きるか死ぬかは、もはや運次第。前田高地に送り込まれた兵隊たちは、米兵も日本兵もルーレットの上を転がり続ける球のようなものだった。一発で即死できた者は幸運だった。そんな狂気の生き地獄にいながら、デズモンドはあくまでも衛生兵としての職務をまっとうしようとする。  多大な犠牲を払って前田高地を制圧した米軍だったが、そこはまだ地獄のエントランスでしかなかった。夜が更け、デズモンドたちが浅い眠りに就いていると、アリの巣のように縦横無尽に張り巡らされた地下壕から日本兵が日本刀や手榴弾を手に肉弾戦を仕掛けてきた。堪らず米軍に撤退命令が下される。ところが、ここでまたデズモンドは軍の命令に背く。死体だらけの前田高地に独断で残り、米兵・日本兵を問わず、息のある負傷兵をロープに吊るして150メートルある崖下へと下ろす作業を一昼夜にわたって続ける。『アメイジング・スパイダーマン』(12)に主演したアンドリュー・ガーフィールドだけに、ロープさばきが実に鮮やかだ。  メル・ギブソンは監督作『パッション』(04)でゴルゴダの丘で処刑されたイエス・キリストの最期を描いたが、『ハクソー・リッジ』のデズモンドこそ現実世界に現われた救世主だった。アンドリュー・ガーフィールドは鎖国時代の日本を舞台にした『沈黙 サイレンス』(16)にも主演しているが、『沈黙』の神様が最後まで無言だったように、『ハクソー・リッジ』でもやはり神様は傷ついた者たちを決して救うことはしない。ただ、神の存在を根っから信じるひとりの人間が傷ついた人々を救うことになる。
監督メル・ギブソンが描く沖縄地上戦の地獄絵図!! 戦場を丸腰で闘った男の記録『ハクソー・リッジ』の画像3
沖縄に上陸した米軍は前田高地(浦添市)で日本軍と激突。『プライベート・ライアン』(98)を上回る残酷描写が延々と続く。
 米軍内で鼻つまみ者扱いされ続けたデズモンドは、75名もの負傷兵を救ったことから、良心的兵役拒否者として米軍史上初となる勲章を授与される。本作で描かれる沖縄戦はここまでだが、前田高地での戦いから投入された火炎放射器はその後の沖縄戦でも猛威を振るい、日本軍の言いつけを守ってガマ(鍾乳洞)に息を潜めて隠れていた沖縄市民をその炎で呑み込んでいく。また、デズモンドと同じように看護要員として動員されていた地元の女子校生たちによる「ひめゆり部隊」も命を散らすことになる。  飲酒してのトラブルや差別的発言が多いことから、大スターでありながらメル・ギブソンはハリウッドでは嫌われ者となっている。だが、戦場の狂気をここまでリアルに再現してみせる現役監督も、彼の他にはそうそういない。 (文=長野辰次)
監督メル・ギブソンが描く沖縄地上戦の地獄絵図!! 戦場を丸腰で闘った男の記録『ハクソー・リッジ』の画像4
『ハクソー・リッジ』 監督/メル・ギブソン  出演/アンドリュー・ガーフィールド、サム・ワーシントン、テリーサ・パーマー、ルーク・ブレイシー、ヒューゴ・ウィーヴィング、ヴィンス・ヴォーン 配給/キノフィルムズ PG12 6月24日(土)より全国ロードショー (C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016 http://hacksawridge.jp

監督メル・ギブソンが描く沖縄地上戦の地獄絵図!! 戦場を丸腰で闘った男の記録『ハクソー・リッジ』の画像5
『パンドラ映画館』電子書籍発売中! 日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。 詳細はこちらから!

人身売買、二重婚、売春斡旋、すべては家族のため『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』

人身売買、二重婚、売春斡旋、すべては家族のため『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』の画像1
北朝鮮を脱北後、中国の農村に外人妻として売られたマダム・ベー。彼女自身も闇ブローカーとして暗躍する。
 堕ちていく女は、劇映画としてはとても魅力的な題材だ。社会のシステムから転げ落ちていくことで、虚飾をはぎ取られ、ひとりの女としての生々しい素顔がさらけ出されていく。キム・ギドク監督の『悪い男』(04)や園子温監督の『恋の罪』(11)のヒロインは、堕ちるところまで堕ち、聖女のような輝きを放つことになる。だが、女優が演じる劇映画ではなく、現実世界を切り取ってみせるドキュメンタリーの場合はどうだろうか? 韓国とフランスとの合作ドキュメンタリー映画『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』は生きていくため、家族を食べさせるためなら、法を破り、命を危険にさらすことも厭わない、平凡なひとりの主婦の変身ぶりを追いかけていく。  ドキュメンタリー映画の醍醐味は、シナリオのない意外性のあるストーリー展開にある。『マダム・ベー』はカメラを回している韓国人監督ユン・ジェホすら予測できない、驚愕のゴールが待ち受けている。主人公となるマダム・ベーは、「えっ、この人がヒロイン?」と思うほど垢抜けないオバさんなのだが、我々には到底マネできない決断力と行動力を発揮し、ユン・ジェホ監督に「私を撮りなさい」と告げる。  本作の序盤は、まず中国の寒村から始まる。北朝鮮出身の主婦マダム・ベー(仮名)は10年前にここへ売られてきた。北朝鮮で夫、2人の息子と一緒に暮らしていたが、生活苦から脱北して1年間限定のつもりで中国へ出稼ぎに向かった。ところが鴨緑江を渡って着いた中国の村で、「仕事があるよ」と騙されて遠く離れた農村へ外人妻として売り飛ばされてしまう。プレス資料によると、20~24歳の女性は日本円で約11万円、25~30歳は8万円、30歳以上だと5万円で売買されているらしい。マダム・ベーは当時37歳だったから、わずか5万円。安い……。  マダム・ベーが嫁として売られた中国の農家は見るからにビンボーそうな、中国夫・義父・義母との共同生活。マダム・ベーは腹を括って、ここでお金を稼いでから、帰郷することに決める。だが、働けど働けど、生活は楽にはならず。マダム・ベーはカメラに向かって告白する。「脱北者は身分証がないから、働いても安い。だから悪いことにも手を出すようになる」と。  マダム・ベーは自分と同じような脱北者たちを中国経由で韓国へ送り出す手引きをする闇ブローカーとしてお金を稼ぎ、また北朝鮮で製造された覚醒剤の売買にも手を染めたと語る。脱北してきた若い女性たちをカラオケボックスに派遣して、性サービスをさせる女衒業にも乗り出す。北朝鮮から売られてきた家族想いの平凡な主婦だったマダム・ベーが、ギラギラと生命力をたぎらせるヤリ手ババアへと覚醒していく。欲望まみれのマダム・ベーには、不幸な過去を背負った弱々しい影はみじんも感じられない。
人身売買、二重婚、売春斡旋、すべては家族のため『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』の画像2
中国夫と義母。彼らにしてみれば、人身売買は犯罪ではなく「お金を払った上に脱北者を受け入れた」行為だった。
 マダム・ベーの中国の農村での生活だが、貧しいながらマダム・ベーは中国夫や義母から気遣われていることが分かる。マダム・ベーが闇ブローカー業に精を出している間、中国夫は「オヤジ、お前はもっと働け」と実の父をどやしつける。義母からも「嫁が嫌がるから、室内でタバコを吸うんじゃないよ」と責められる。義父は脱北妻よりも立場が弱い。カメラに向かって話すシワシワ顔の義母の言葉が泣かせる。「息子は4人いて、3人には中国人の嫁を見つけることができたが、この子には見つけることができなかった」。お金で買われて連れてこられた中国の農村だったが、マダム・ベーは人間扱いされた生活を送っていた。北朝鮮と中国に2つの家族を持つ、マダム・ベーの奇妙な二重生活をカメラは収める。  中盤以降はまるで予測できない展開に。マダム・ベーはやはり北朝鮮に残してきた2人の息子のことが気になる。母子一緒に暮らすため、まずは息子たちに北朝鮮から韓国へと脱北するよう指示を出す。さらにはマダム・ベー自身が韓国を目指すことに。親身に接してくれた中国夫と義母に事情を話すマダム・ベー。脱北者は国籍がないから、今のままでは中国夫と正式に結婚することができない。だから一度韓国へ行き、そこで脱北者として認められれば韓国籍が手に入る。そうすれば中国夫の正式な嫁になれると。こんな口約束を誰が信じるんだろうと思っていたら、中国夫と義母はあっさりOKした!! 彼らは人を疑うことを知らないのか、それともマダム・ベーのことを心から信頼しているのか……。  マダム・ベーが進む脱北ルートが壮大だ。中国大陸をずんずんと南下して、ラオスやタイの国境を越えるというもの。そしてタイから空路もしくは海路で韓国を目指す。『西遊記』の三蔵法師も、『深夜特急』の沢木耕太郎もびっくりの“シルクロード”ならぬ“脱北ロード”。しかもマダム・ベーは、同じように脱北してきた女性たち(中には子連れも)を伴ってのキャラバンを組む。なぜかカメラを持っていたユン・ジェホ監督も巻き込まれて、マダム・ベーたちと一緒にラオスの険しい山々を越え、タイの危険な“黄金の三角地帯”を潜り抜け、河を渡る超絶サバイバルツアーに挑む。フジテレビの『NONFIX』がいつのまにか『水曜スペシャル 川口探検隊』へとシフトチェンジ! ジェホ監督は一行についていくので精一杯で、カメラを回す余裕はほとんどない。
人身売買、二重婚、売春斡旋、すべては家族のため『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』の画像3
韓国のソウルで実の息子と暮らすことになったマダム・ベー。多大な労力とお金を支払って手に入れた幸せだったが……。
 大冒険ツアーの結果、マダム・ベーはタイへの不法入国を果たし、目論みどおりにバンコクの難民支援センター経由で、韓国へ送られることに。韓国では国家情報院から北朝鮮のスパイでないかどうかの尋問を受けた後、念願叶ってソウルで息子たちと一緒に暮らすことになる。バンコクの難民支援センターで別れてから2年後、ジェホ監督はソウルでマダム・ベーと再会する。浄水器の清掃業をしている彼女は、ソウルにどこにでもいる生活に疲れきった主婦となっており、中国で闇ブローカーとして目をギラギラさせ、ラオスやタイの国境を命懸けで越えてきたマダム・ベーとは別人のようだった。息子たちと一緒に暮らすという夢を実現させ、電化製品に囲まれた豊かな生活を送るマダム・ベーだが、もはやあの猥雑さを感じさせる生命力の輝きはどこにもない。  ギャスパー・ノエ監督の『アレックス』(02)は人生のドン底からいちばん美しかった時代へと時間を巻き戻してみせたが、マダム・ベーの場合は彼女の人生のピークは一体どこにあったのだろうか。彼女の人生は喜びと哀しみが複雑にマーブル状に入り交じっており、簡単には判別できない。物語の終盤、マダム・ベーはテレビ電話で、今も中国の農村で暮らす中国夫と会話を交わす。そのときの彼女は生活に疲れた退屈な主婦から、声を弾ませたひとりの女に戻っている。 (文=長野辰次)
人身売買、二重婚、売春斡旋、すべては家族のため『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』の画像4
『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』 監督/ユン・ジェホ 撮影/ユン・ジェホ、タワン・アルン  配給/33BLOCKS 6月10日(土)より渋谷イメージフォーラムほか全国順次公開 (c)Zorba Production, Su:m http://www.mrsb-movie.com

記録よりも記憶に残る裏方夫婦の映画年代記! 『ハロルドとリリアン』がいたから名作は生まれたの画像5
『パンドラ映画館』電子書籍発売中! 日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。 詳細はこちらから!

記録よりも記憶に残る“裏方夫婦”の映画年代記! 『ハロルドとリリアン』がいたから名作は生まれた

記録よりも記憶に残る裏方夫婦の映画年代記! 『ハロルドとリリアン』がいたから名作は生まれたの画像1
ハロルド&リリアン・マイケルソン夫妻。ヒッチコックもコッポラもハリウッドの監督たちはこぞって、この夫婦に協力を求めた。
 日本語の“裏方さん”にあたる外国語を調べたことがあるが、なかなかピンとくる言葉に出逢えなかった。英語だとunsung heroという言い回しがあるが、どうも脚光を浴びそびれた人、記録に残らなかった人、という残念な意味合いが感じられてしまう。日本語の“裏方さん”には親しみと敬意が込められているが、欧米文化にはそういった感覚はないのか。そんな疑問に答えてくれたのが、現在公開中のドキュメンタリー映画『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』だった。 『ハロルドとリリアン』の主人公であるハロルド・マイケルソン&リリアン・マイケルソンは、それぞれ絵コンテ作家、リサーチャーとして戦後のハリウッド黄金時代に大活躍した伝説の裏方夫婦だった。夫ハロルドの絵コンテ作家としての凄さがよく分かるのは、旧約聖書の出エジプト記を実写化した『十戒』(56)の海がまっぷたつに割れるシーン。映画史に残るこの名シーンを、イメージボードにしてまず描いてみせたのがハロルドだった。  第二次世界大戦中、欧州戦線で爆撃機に乗ったハロルドはそのときの体験から、あらゆる事物を俯瞰した視点から描く感覚を身に付けていた。『十戒』が大ヒットしたことから、ハロルドの評判はうなぎ昇りとなり、ロバート・ワイズ監督の『ウエスト・サイド物語』(61)、ヒッチコック監督の『鳥』(63)、マイク・ニコルズ監督の『卒業』(68)などで素晴しい絵コンテを生み出すことになる。とりわけ動物パニックものの先駆作『鳥』はハロルドの鳥瞰的視点が大きな役割を果たしていることが、彼の絵コンテと『鳥』の名シーンを見比べてみることでよく分かる。  ハロルドと同じ米国南部マイアミ生まれのリリアンは幼い頃に親から虐待され施設で育ったものの、読書好きな利発な女の子だった。戦争から故郷に戻ってきたハロルドはリリアンと交際するようになるが、施設育ちであることを理由にハロルドの親族は2人の交際に大反対。逆にそれが火に油を注ぐことになり、ハロルドとリリアンは新天地を求めて知人がいないハリウッドへ移り住む。大手映画会社の美術部門の見習いスタッフとしてハロルドは働き始め、ビンボーだったけど、2人は3人の子宝に恵まれる。やがて絵コンテ作家として活躍し始めたハロルドの紹介で、リリアンは映画会社内にあるライブラリーでボランティアとして働くことに。  このライブラリーで、リリアンは類い稀なる才能を発揮する。ただ映画スタッフに頼まれた資料を用意するだけでなく、リリアンは映画監督がどんな資料を欲しているのか、またどんな資料があれば映画にリアリティーがもたらされ、面白い映画に膨らんでいくのかを的確に把握していた。ホラーサスペンス『ローズマリーの赤ちゃん』(68)ではブードゥー教など世界中に伝わる怪しい宗教や呪術について丹念にリサーチした。資料がなければ自分で資料を作成し、麻薬王の一代記『スカーフェイス』(83)では裏社会の人間を取材することで麻薬コネクションの内情を入手した。もちろん、夫ハロルドの絵コンテの参考になる情報を提供することも怠らない。2人がタッグを組むことで、普通のスタッフが請け負うよりも数倍もの相乗効果が作品にもたらせられた。
記録よりも記憶に残る裏方夫婦の映画年代記! 『ハロルドとリリアン』がいたから名作は生まれたの画像2
絵コンテ作家として目覚ましい才能を発揮したハロルド。脚本にはない視覚的なアイデアを絵コンテに詰め込んだ。
 ハリウッドの黄金時代も終わり、かつてのスタジオシステムは弱体化していくことになるが、それに反比例するかのようにハロルドとリリアンは映画業界に欠かせない存在となっていく。スタジオシステムが機能していた時代は、撮影スタジオに行けばスタジオ内には多彩なスタッフが常駐しており、新作映画の情報が入るやいなや、有能なスタッフが様々なアイデアと共に馳せ参じてくれた。スタジオシステムが縮小していく中で、ハロルドとリリアンは夫婦でその役割を果たす。退屈なシナリオを抱えて困っていた監督も、この夫婦にお願いすれば、ハロルドがイマジネーション溢れるイメージボードを描き、リリアンが物語に深みを持たせる面白い資料を用意してくれた。困ったときの神頼みならぬ、ハロルド&リリアン頼みだった。  ヒッチコック監督の代表作『サイコ』(60)のシャワーシーンの絵コンテを描いたことでソール・バスは有名だが、ハロルドは彼ほど世間には名前を知られてはいない。ソール・バスは映画タイトルや映画ポスターの他にも幅広く商業デザイナーとして活躍し、ひとりのアーティストとして認識されていたが、ハロルドは映画界の裏方職人に徹していたからだ。また、絵コンテ作家は裏方中の裏方であり、実写映画では絵コンテ作家の名前はクレジットされなかった。映画監督たちの多くは、できれば名シーンを考えた手柄を自分のものにしておきたかった。リリアンも同じだった。ライブラリーで黙々と資料集めに尽力するリサーチャーも、エンドロールにクレジットされる機会は少ない。でも、面白い映画ができ、ギャランティーが支払われ、家族が食べていける、慎ましい幸せをハロルド&リリアンは望んだ。  裏方人生を歩んできたハロルドに転機が訪れる。撮影用のセットが崩壊する事故が起き、ハロルドは両足に大きな傷を負い、撮影現場に出るのが難しくなってしまう。一時期は酒に溺れたハロルドだが、リリアンから「酒をやめないと離婚よ」と脅されて、あっさり更生。若手の面倒見もよかったことから、ハロルドはプロダクションデザイナーとして美術部門を統括する立場に格上げされることに。SF映画『スター・トレック』(79)で、晴れてハロルドはアカデミー賞美術賞に初ノミネートされる。「アカデミー賞にノミネートされたお陰で、いろんな仕事がくるようになった。成功作がひとつあれば、他の失敗作を黙っていられるからいい」とユーモアたっぷりに語る様子もまた、ハロルドらしい。
記録よりも記憶に残る裏方夫婦の映画年代記! 『ハロルドとリリアン』がいたから名作は生まれたの画像3
リサーチャーとして監督たちから絶大な信頼を得たリリアン。彼女のライブラリーは今も美術監督組合内に併設されている。
 一方のリリアンはスタジオシステムが縮小されていく中、自分でライブラリーを運営することを決意する。リリアンのライブラリーには、資料を探しにくる若いスタッフや、明るい性格のリリアンとの談話を楽しみにしている映画監督たちが集まり、サロン的な役割も果たすようになる。しゃがれ声で有名なミュージシャンのトム・ウエイツも若い頃に出入りし、デヴィッド・リンチ監督は借りた資料を丁寧に元にあった棚に戻そうと努めた。リリアンに呼び出された元麻薬王と麻薬取締官がお互いの素性を知らずに鉢合わせることもあった。リリアンが司書を務める映画図書館を舞台に、三谷幸喜あたりがワンシチュエーションの脚本を書いたら、すっごく面白いドラマになりそうだ。  ハロルドが87歳で亡くなるまで、60年間にわたって夫婦生活を続けたハロルドとリリアン。恋愛映画の主人公カップルと同じくらい、顔合わせがコロコロと変わるハリウッドでは非常に珍しい。ハロルドとリリアンの夫婦仲を深く結びつけたのは3人の息子たちだった。中でも長男が自閉症だったことから、夫婦は人一倍の愛情を子どもたちに注いだ。そして仕事仲間に対しても家族のように接し、彼らが手掛ける新しい映画に喜んで参加した。ハロルド&リリアンと長く親友として交流を続けたコメディ監督のメル・ブルックスや俳優のダニー・デヴィートらは、楽しげに夫婦のこと、作品づくりのことを振り返る。ハロルド&リリアンは、記録ではなく記憶に残るハリウッドカップルだった。  裏方さんのことを英語ではunsung hero、歌に歌われることのない英雄と呼ぶ。でもハロルドとリリアンが作品づくりに励んでいる姿は、まるで2人でお気に入りの歌をハモっているかのようだ。歌に歌われるよりも、歌を歌うほうがずっと楽しい。ハロルド&リリアンはすごく当たり前のことに気づかせてくれる。『ハロルドとリリアン』には裏方さんに対する最上級の敬意と愛情が込められている。 (文=長野辰次)
記録よりも記憶に残る裏方夫婦の映画年代記! 『ハロルドとリリアン』がいたから名作は生まれたの画像4
『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』 エグゼクティブ・プロデューサー/ダニー・デヴィート 監督・脚本/ダニエル・レイム 出演/ハロルド&リリアン・マイケルソン、フランシス・F・コッポラ、メル・ブルックス、ダニー・デヴィート、アルフレッド・ヒッチコック、デヴィッド・リンチ 配給/ココロヲ・動かす・映画社 5月27日より恵比寿YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー中 (C)2015 ADAMA FILMS All Rights Reserved http://www.harold-lillian.com

記録よりも記憶に残る裏方夫婦の映画年代記! 『ハロルドとリリアン』がいたから名作は生まれたの画像5
『パンドラ映画館』電子書籍発売中! 日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。 詳細はこちらから!

リリー・フランキー、橋本愛が宇宙人として覚醒!? 三島由紀夫のSF小説『美しい星』を映像翻訳化!!

リリー・フランキー、橋本愛が宇宙人として覚醒!? 三島由紀夫のSF小説『美しい星』を映像翻訳化!!の画像1
お天気キャスターの大杉重一郎(リリー・フランキー)は火星人として目覚め、テレビのお天気コーナーで人類の危機を訴える。
 天才の考えていることは、よく分からない。自伝的小説『仮面の告白』を24歳のときに執筆し、若くして成功を収めた三島由紀夫は、やりたいことをやり、書きたいことを書き、そして市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺を遂げ、45年間の生涯の幕を閉じた。ノーベル文学賞の候補に挙げられる一方、自衛隊の演習機に乗って子どものようにはしゃぐ童心を持ち合わせていた。空飛ぶ円盤の観測にハマっていた時期もあり、そんな天才作家・三島由紀夫が唯一のSF小説として発表したのが『美しい星』だった。コメディなのか、マジなのか、判別できない奇妙な味わいのある1冊である。  三島文学を語る際にスルーされることの多い『美しい星』だが、1980年代に入って、鹿児島から上京してきたひとりの青年がその奇妙さに魅了される。大学で映画サークルに所属していたその青年は卒業後、CMディレクターとしてキャリアを積み、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(07)で監督デビューを果たし、『桐島、部活やめるってよ』(12)、『紙の月』(14)とヒット作を連発するようになった。吉田大八監督である。原作小説を読んでから30年、吉田大八監督は念願の『美しい星』を映画化した。  凡人がぼんやり読むと、ぽか~んとしてしまいかねない原作小説『美しい星』を三島由紀夫が書いたのは1962年。キューバ危機が起き、米国とソ連との間で核戦争が起きるかどうかという一触即発状態にあった時代だ。核ミサイル攻撃で、人類が滅亡する過程をシミュレートしてみせた東宝特撮映画『世界大戦争』(61)なども当時は公開されている。人類は自分たちの手で破滅を招いてしまうかもしれない。そんなキナ臭い世相を、三島由紀夫は“宇宙人”という視点からユーモラスかつシニカルに描いている。  吉田大八監督によって現代に舞台を移し替えた映画『美しい星』はこんなストーリーだ。都内でのほほんと暮らす大杉家だったが、ある日、自分たちは宇宙人であることに突然目覚める。最初に目覚めたのは、まるで当たらないと評判のお天気キャスターの重一郎(リリー・フランキー)。アシスタントの女の子とゲス不倫で忙しかった重一郎だったが、真夜中にUFOと遭遇したことから自分は“火星人”だと自覚するようになる。大学卒業後はフリーターをしていた長男の一雄(亀梨和也)は“水星人”として目覚め、国会議員秘書の黒木(佐々木蔵之介)のもとで働くようになる。長女の暁子(橋本愛)は“金星人”、母・伊余子(中嶋朋子)は“地球人”として目覚める。かくして覚醒を遂げた大杉家の人々は、民族・国家・企業レベルで争いを続ける人類をそれぞれのアプローチ方法で救済しようと奔走する。
リリー・フランキー、橋本愛が宇宙人として覚醒!? 三島由紀夫のSF小説『美しい星』を映像翻訳化!!の画像2
娘の暁子(橋本愛)は金星人として覚醒。おかしなポージングで、金星から飛来してきたUFOとコンタクトをとり始める。
 お天気キャスターである重一郎は、ニュースショーのお天気コーナーで人類滅亡の危機を訴えるヤバいおじさんとなっていく。娘の暁子は金星人を自称するストリートミュージシャンの若宮(若葉竜也)と出会い、手も握らずに処女懐妊するはめに。世間一般から見れば、大杉家の人々はみんなイカレポンチである。テレビの生放送中、重一郎はUFOを呼び出そうと奇妙奇天烈なポージングをとるが、彼が懸命にポージングすればするほど、ドン・キホーテのようなおかしみと誰からも理解されない哀しみとが彼の頭上に降り注いでいく。人類が滅亡に近づいているのは間違いないのに。  と、ここまでは頭のおかしな残念な一家を主人公にしたブラックコメディなわけだが、吉田大八監督は本作を様々な解釈が可能なドラマへと仕立てみせた。重一郎は重い病に冒されていることが後半わかるが、地球人としての肉体は滅びても、自分の使命を全力でまっとうしたことから魂は宇宙レベルで救済されることになる。重一郎役のリリー・フランキーは、かつて過激アニメ『サウスパーク』でイエス・キリストを演じていたことを思い出させる。長い間、自分の美しさをうまく受け入れることができずに悩んでいた暁子だったが、金星人として目覚めたことから「美しさとは強さである」と気づき、入院中の父・重一郎に本当の病名を告げる勇気を持つ。このときの橋本愛は、サイコーに美しい。それまでバラバラだった大杉家は、本当の家族として覚醒を果たす。
リリー・フランキー、橋本愛が宇宙人として覚醒!? 三島由紀夫のSF小説『美しい星』を映像翻訳化!!の画像3
大物代議士の秘書をつとめる黒木(佐々木蔵之介)は、伊余子(中嶋朋子)だけでなく大杉家全員の行動を掌握していた。
 吉田大八監督は今の映画界において、とても希有な存在だ。代表作である『桐島、部活やめるってよ』を例にすると、彼の描く世界は何層ものレイヤー状に分かれており、どのレイヤーから眺めるかによって世界はまったく別物に映る──という独特の視点で映画を撮り続けていることが分かる。実話をベースにした『クヒオ大佐』(09)の結婚詐欺師(堺雅人)は女たちを騙し、女たちはそれを幸せとして受け入れた。『紙の月』の真面目な銀行員(宮沢りえ)は破滅の道を走りながら、生の輝きを放った。今にも底が抜け落ちそうな不安定な世界で、それぞれの作品の登場キャラクターたちは自分たちなりの幸せを手に入れようと苦闘する。吉田大八監督が描く世界は、とても美しく、そしてそれと同じくらい残酷である。  天才作家・三島由紀夫が書き記した異色小説が、吉田大八監督という素晴しい映像翻訳家の手によって、味わい深い現代ドラマとして蘇った。実相寺昭雄監督&金城哲夫脚本による『ウルトラセブン』(67~68年、TBS系)の名エピソード「狙われた街」で、メトロン星人とモロボシ・ダン(ウルトラセブン)がちゃぶ台を挟んで人類の存亡について討論するシーンを少年時代に見たときと同じような驚き、センス・オブ・ワンダーが映画版『美しい星』にも感じられる。 (文=長野辰次)
リリー・フランキー、橋本愛が宇宙人として覚醒!? 三島由紀夫のSF小説『美しい星』を映像翻訳化!!の画像4
『美しい星』 原作/三島由紀夫 脚本/吉田大八、甲斐聖太郎 監督/吉田大八  出演/リリー・フランキー、亀梨和也、橋本愛、中嶋朋子、羽場裕一、春日純一、友利恵、若葉竜也、坂口辰平、藤原季節、赤間麻里子、武藤心平、川島潤哉、板橋駿谷、佐々木蔵之介 配給/ギャガ 5月26日(金)よりTOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショー (c)2017「美しい星」製作委員会 http://gaga.ne.jp/hoshi

リリー・フランキー、橋本愛が宇宙人として覚醒!? 三島由紀夫のSF小説『美しい星』を映像翻訳化!!の画像5
『パンドラ映画館』電子書籍発売中! 日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。 詳細はこちらから!

他言語を学ぶとは新しい世界観を手に入れること。新時代の扉を開ける宇宙からの福音『メッセージ』

他言語を学ぶとは新しい世界観を手に入れること。新時代の扉を開ける宇宙からの福音『メッセージ』の画像1
これまで実在の社会問題を題材にしてきたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が、新作『メッセージ』では問題の解決法を提示している。
 かつてアメリカ大陸はインディアンが自由を謳歌する楽園だったが、白人入植者たちの勘違いによって長い長い殺戮の歴史が始まった。インディアンには土地を所有するという概念がなく、白人入植者たちが土地を譲渡してもらう代わりに渡した銃やナイフをプレゼントだと思って喜んで受け取った。ところがインディアンがいつまでも土地から出ていかなかったため、契約違反だと怒った白人たちはインディアンの大量虐殺を始めた。人類はそんなコミュニケーションの行き違いによる悲劇を何度何度も繰り返してきた。『ブレードランナー2049』(10月公開)でも注目されるドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF大作『メッセージ』(原題『ARRIVAL』)は、人類と地球外生命体とのファーストコンタクトを描いたもの。SFファン以外にも様々なインスピレーションを与えてくれる魅力に溢れた作品となっている。 『メッセージ』の主人公はひとりの女性言語学者。ルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)は別れた夫との間にひとり娘ハンナがいたが、病いによってハンナは若くしてこの世を去った。心にぽっかり空いた穴を埋めるべく言語学の研究に勤しんでいたルイーズのもとに、米軍大佐のウェバー(フォレスト・ウィテカー)が現われ、米軍の極秘調査に協力して欲しいと頼む。折しも世間は宇宙から飛来した巨大飛行体のニュースで大騒ぎとなっており、その宇宙人とのコミュニケーション方法をルイーズに考えてほしいという依頼だった。ウェバー大佐が持ってきた音声データだけでは、宇宙人が何をしゃべっているのか見当もつかない。エイミーは宇宙人と直接会うこと以外に彼らの言語を理解する方法はないと進言する。  ルイーズはウェバー大佐、さらに数学者のイアン(ジェレミー・レナー)と共に大平原に浮かぶ巨大な宇宙船へと近づく。緊張で震えるルイーズたちの前に、ついに七本脚の宇宙人“ヘプタポッド”が出現する。「HUMAN(私たちは人間)」と書いた手描きのボードに、身ぶり手ぶりを交え、2体のヘプタポッドと懸命にコミュニケーションを図るルイーズ。高い知能を有するヘプタポッドは、円形状の不思議なデザインを描いて応える。表意文字ならぬ、表義文字が彼らの伝達手段だった。未知なる文明を持つ彼らの言語は、一度では到底理解することは不可能。だが、ルイーズはコミュニケーションを重ね、分析することで少しずつ彼らの言葉を理解し、それと同時に今まで感じたことのない不思議な感覚を身に付けることになる。
他言語を学ぶとは新しい世界観を手に入れること。新時代の扉を開ける宇宙からの福音『メッセージ』の画像2
言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)は考えるうる限りの方法で、宇宙人たちとの会話を試みる。
 中国系米国人テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』は理数系人間好みの難解なSFストーリーだが、カナダのケベック州(フランス語圏)出身のヴィルヌーヴ監督は見事な映像化に成功している。敵か味方か分からない、謎の地球外生命体と試行錯誤しながらコミュニケーションを図る過程がドラマとして描かれるというハリウッド大作向けではない地味な内容ながら、昨年公開された北米では興行的な成功を収め、数々の映画賞に輝いた。ひどく哲学的内容に感じられる『メッセージ』だが、極めて簡単に言ってしまえば【母国語以外の言語を学ぶということは、母国以外の価値観と世界観を受け入れるということ】という外国語を学ぶ人にとっての基本的な心構えをドラマ化しているということだ。  巨大宇宙船は米国以外にも世界各地に出没しており、どの国もいち早く宇宙人が何の目的で地球に現われたのかを知ろうとする。中国政府は麻雀パイを使って宇宙人とのコミュニケーションを図ろうとするが、このことを知ったルイーズは強く反対する。勝者と敗者を決める麻雀の概念を使って彼らとコミュニケーションすることは、あまりにも危険だからだ。そして、彼らヘプタポッドが地球に現われたのも、そのためだった。勝者が敗者を食い物にするという人類が延々と続けてきた“ゼロサムゲーム”の歴史から、人類を解放しようと彼らはしていた。そのためにルイーズは、ヘプタポッドからある“武器”を与えられることになる。
他言語を学ぶとは新しい世界観を手に入れること。新時代の扉を開ける宇宙からの福音『メッセージ』の画像3
宇宙人が書き記した宇宙語の文字。宇宙語を学ぶことで、ルイーズの思考性に大きな変化が現われる。
 娘を亡くした心の傷を負いながらも気丈に振る舞う言語学者役を、実力派女優エイミー・アダムスがさすがの好演。大小2体のヘプタポッドのことを「アボットとコステロ」と親しみを込めて呼び、交流を重ねていく姿は微笑ましくもある。そして何よりも、本作を撮ったのがヴィルヌーヴ監督であることが重要だろう。1989年にモントリオール理工科大学で女性嫌いの青年が女子大生14人を銃殺した実在の事件を再現した『静かなる叫び』(09)でヴィルヌーヴ監督はカナダ国内で注目を集め、中東紛争で女性や子どもたちが虐待されてきた歴史をドラマ化した『灼熱の魂』(10)がアカデミー賞外国語賞にノミネートされ、国際舞台へとジャンプアップした。  さらにハリウッドでは、幼児拉致監禁事件を題材にした『プリズナーズ』(13)、麻薬カルテルとFBI捜査官との壮絶な麻薬戦争を描いた『ボーダーライン』(15)と着実にキャリアを刻んできた。ヴィルヌーヴ監督は現代社会に渦巻くシリアスな問題から目をそむけることなく、激しいバイオレンスを交えて、リアルな作品に仕立ててきた。そんな禍々しい現実を見つめてきたヴィルヌーヴ監督が、本作ではヘプタポッドから学んだ新しい概念によってあらゆる問題を解決することを試みている。ヴィルヌーヴ監督がこれまで描いてきた悲劇の数々は、本作の主人公であるルイーズが目覚めたことで、すべて救われることになる。ルイーズがどのように目覚めたのかは、この記事を読んだあなた自身の目で劇場で確かめてみてほしい。  勝者と敗者に分ける二者択一の窮屈な世界から、もっと自由で広大な宇宙へ。ヴィルヌーヴ監督が撮った『メッセージ』は新しい世界への招待状となっている。 (文=長野辰次)
他言語を学ぶとは新しい世界観を手に入れること。新時代の扉を開ける宇宙からの福音『メッセージ』の画像4
『メッセージ』 原作/テッド・チャン 脚色/エリック・ハイセラー 監督/ドゥニ・ヴィルヌーヴ 出演/エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカー、マイケル・スタールバーグ、マーク・オブライエン 配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 5月19日(金)より公開 http://www.message-movie.jp

恐怖の向こう岸で待っているのは一体何なのか? シャマラン監督が導き出した回答『スプリット』の画像4
『パンドラ映画館』電子書籍発売中! 日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。 詳細はこちらから!

恐怖の向こう岸で待っているのは一体何なのか? シャマラン監督が導き出した回答『スプリット』

恐怖の向こう岸で待っているのは一体何なのか? シャマラン監督が導き出した回答『スプリット』の画像1
ジェームズ・マカヴォイが多重人格者を演じた『スプリット』。24番目の人格が現われたとき、想像を絶する恐怖が訪れる。
 グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」「赤ずきんちゃん」を“無縁社会”という現代的キーワードで解釈し直したホラーサスペンス『ヴィジット』(15)で復活を果たしたM・ナイト・シャマラン監督。大ヒット作『シックス・センス』(99)は現代版『雨月物語』、『ヴィレッジ』(04)はレイ・ブラッドベリの古典的SF小説のオマージュ作として楽しむことができる。ネタそのものは昔からあるものを、新しい視点で描くことに優れた演出家だ。そんなシャマラン監督が新たに再発見したのが“多重人格”。ハリウッドでは『イブの三つの顔』(57)をきっかけに度々取り上げられてきた題材だが、シャマラン監督は密室サスペンス『スプリット』を極めてオーソドックスに、かつ新解釈を交えてスリリングな物語へと昇華させている。  幼少期に虐待されたなどのトラウマによって人格分裂が生じると言われる多重人格(解離性同一性障害)。これまでに『サイコ』(60)ではアンソニー・パーキンス、『真実の行方』(96)ではエドワード・ノートン、NHKドラマ『存在の深き眠り』(96)では大竹しのぶ、といった実力派俳優たちが多重人格者役を熱演してきた。『スプリット』で多重人格者に挑んだのはジェームズ・マカヴォイ。『ナルニア国物語/第1章 ライオンと魔女』(05)の“半神半獣”タムナスさんから、『フィルス』(13)で演じたコカイン中毒の悪徳刑事、『X-MEN』シリーズの超人たちを束ねるプロフェッサーXまで、作品ごとに異なるキャラクターを演じ、多重人格者にはうってつけ。本作では23もの人格をもつ主人公を演じている。  シャマラン作品でおなじみフィラデルフィアが舞台。郊外にあるショッピングモールを発端に事件が起きる。友達のいないコドクな女子高生ケイシー(アニヤ・テイラー=ジョイ)は同級生クレア(ヘイリー・ルー・リチャードソン)のお誕生会にお情けで呼ばれるが、誰とも馴染めないまま時間を過ごしていた。クレアの父親に声を掛けられ、クレア、クレアの親友マルシア(ジェシカ・スーラ)と共に車で自宅へ送ってもらうことになったケイシーだったが、見知らぬ男が現われ、クレアの父親が襲われる。ケイシーたちは男から催眠スプレーを吹きかけられ意識を失い、気がつくとそこは男が用意していた監禁部屋だった。
恐怖の向こう岸で待っているのは一体何なのか? シャマラン監督が導き出した回答『スプリット』の画像2
女子高生3人は多重人格者を相手に戦うことに。温厚な人格かどうかを冷静に見極めなくてはいけない。
 どうすれば、この密室から脱出できるか。ドアの向こうからは3人を拉致したケビン(ジェームズ・マカヴォイ)の他に、女性の声や子どもの声も聞こえてくる。観察眼の鋭いケイシーは、ケビンが複数の人格を持つ多重人格者であることに気づく。見るからにヤバそうなケビンが相手では、女子高生3人がかりでも勝てそうにない。そこでケイシーは攻撃的な人格ではないタイミングを見計らい、友好的な人格を手なづけ、出口を見つけようとする。だが、いつ凶暴なケビンに人格交替するか予測できない。ケイシーたち女子高生3人は、23人もの人格を持つ犯罪者を相手に心理戦を繰り広げることになる。  デヴィッド・フィンチャー監督の『ファイトクラブ』(99)をはじめ、90年代~00年代には多重人格をネタにしたサイコサスペンスが量産された。多くの作品は、凶悪犯罪を起こした真犯人は自分の中にいるもうひとりの自分でしたというオチとして多重人格という設定を利用したものだった。その点、本作では早い段階でケビンは多重人格であることが明かされ、ジェームズ・マカヴォイが凶暴な男ケビン、人当たりのよい好青年バリー、優雅な女性パトリシア、9歳児のヘドウィグ……と演じ分けるシーンが見どころとなっている。ケイシーたちが閉じ込められている密室のドアが開く度に、別人格が現われる。人懐っこい少年ヘドウィグによれば、現在は23人格だが、もうすぐ最後の人格となる24番目の人格が現われ、そいつはとてつもなく恐ろしいモンスターだという。ケイシーたちは、モンスターの生贄となってしまうのか?  人格障害と考えられてきた多重人格(解離性同一性障害)だが、シャマラン監督は従来の映画とは異なる形で解釈している。ダニエル・キイスのノンフィクション小説『24人のビリー・ミリガン』(早川書房)では多重人格者は人格交替によって性格が変わるだけでなく、顔つきや口調も変わり、学んだことのない言語を操り、驚異的な腕力や芸術的な才能を発揮することにも触れていた。シャマラン監督はこの点をクローズアップし、多重人格を生きづらい社会に適応するために生じた人間の未知なる能力として捉えようとしている。多重人格は精神病ではなく、隠された能力への目覚めではないのかと。
恐怖の向こう岸で待っているのは一体何なのか? シャマラン監督が導き出した回答『スプリット』の画像3
ケイシー役のアニヤ・テイラー=ジョイ。デビュー作『ウィッチ』(日本では7月公開)が話題を呼んだ米国注目の若手女優。
 物語の後半、23人もの人格に分裂したケビンだけでなく、彼によって拉致されたケイシーも幼少期に体験した恐ろしいトラウマを抱えていることが明るみになっていく。ケイシーは偶発的にケビンに拉致されたのではなく、お互いに共鳴しあうようにして引き寄せられていたのだ。そして物語のラスト、ケイシーはケビンの中にいる24番目の人格とついに遭遇することになる。それはケイシーにとって、過去のトラウマさえも上回る最上級の恐怖だった。  本作を最後まで見届け、ふと思い出したのはシャマラン監督のデビュー作『翼のない天使』(98)だ。幼い主人公が神さまを探し求める非ホラー系感動作『翼のない天使』の原題は「Wide awake」だった。監督デビューから19年の歳月を掛けてシャマラン監督が辿り着いた『スピリット』もまた、人類の大いなる目覚めが最後に待っている。恐怖を克服したケイシーは、長く苦しめられたトラウマから解放された自分がいることに気づく。 (文=長野辰次) 監督・脚本・製作/M・ナイト・シャマラン 出演/ジェームズ・マカヴォイ、アニヤ・テイラー=ジョイ、ベティ・バックリー、ヘイリー・ルー・リチャードソン、ジェシカ・スーラ 配給/東宝東和 5月12日(金)よりロードショー (c)2017 UNIVERSAL STUDIOS.All Rights Reserved. http://split-movie.jp

恐怖の向こう岸で待っているのは一体何なのか? シャマラン監督が導き出した回答『スプリット』の画像4
『パンドラ映画館』電子書籍発売中! 日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。 詳細はこちらから!