行き詰まった人生の扉を開く鍵は“銭湯”にあり? 内田けんじ監督のオリジナル作『鍵泥棒のメソッド』

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内田けんじ監督、4年ぶりの新作『鍵泥棒のメソッド』。
ままならない人生は環境のせいではないことを、
じんわり教えてくれます。
 パチパチパチンッとパズルのピースがハマっていく面白さが内田けんじ監督の作品にはある。時間軸を組み替えた『運命じゃない人』(05)、誰の立ち場に立つかで世界が違って見えてくる『アフタースクール』(08)と凝りに凝ったオリジナル脚本で独自のポジションを築いている。堺雅人、香川照之、広末涼子の3人をメーンキャストに迎えた最新作『鍵泥棒のメソッド』はビンボーアパートで暮らす売れない役者と高額報酬を受け取る裏社会の仕事人が生活環境を交換したらどーなるかという人生入れ替え喜劇だ。さらに男2人の物語に婚活中の女性編集者が加わることでラブコメ的要素もブレンド。オセロゲームと知恵の輪を同時にクリアするような爽快感がラストに待ち受けている。  30歳なかばで夢破れた男の悲劇がオープニングのシークエンスとなっている。桜井(堺雅人)は舞台役者として地道に頑張ってきたが、生活力が追いつかない。所属していた劇団は解散してしまい、いつかは売れっ子俳優になって籍を入れようと考えていた元同棲相手は別の男との結婚を決めた。このまま役者を続けても、桜井のサイコロからは“勝ち目”が出てくる可能性はない。桜井はオンボロアパートでの自殺を思い付くが、自殺すら満足にできない。財布の中にはもう小銭しかないものの、ふと銭湯の回数券が1枚だけ残っていることに気づく。もったいないから銭湯に行ってから自殺の続きをしよう。自殺を先送りにしたことから、桜井の人生は大きく変わっていく。銭湯に出向いた桜井は、脱衣場で自分の新しい人生のキーマンとなる男・コンドウと出会う。
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売れない役者の桜井(堺雅人)は自暴自棄に
なって自殺を考える。劇団出身の堺にとって、
他人事とは思えなかったそうだ。
 銭湯には場違いなダークスーツを着た男・コンドウ(香川照之)の職業は、裏社会の仕事人。ヤクザたちに頼まれ、借金などの問題を抱える人物を次々と消していく汚れ仕事の専門家だ。ひと仕事を終えたコンドウは穢れた自分の体を清めるために銭湯に立ち寄った。ところが洗い場でコンドウは足を滑らせて頭をしたたかに打ち、意識を失うという大失態。この様子を見ていた桜井は姑息にもコンドウの着ていたスーツ、財布類を頂戴して走り去る。何という低レベルな犯罪! 桜井はコンドウの持っていた財布の中の札束を失敬して、劇団時代の仲間に借りていた借金を返してまわる。犯罪者のくせに律儀なヤツ。一方、病院に運ばれたコンドウは記憶喪失と診断され、違和感を覚えつつも桜井の着ていたジーンズとトレーナーを着て、桜井のゴミ箱同然の部屋で生活を始める。岩井俊二監督の『花とアリス』(04)のような記憶喪失をネタにしたドタバタ展開だが、この大ボラを成立させているのが香川照之の力技。6月に市川中車として46歳での歌舞伎デビューを果たした香川だが、銭湯シーンでは狂言の「釣り狐」ばりの大跳躍にすっぽんぽんで挑んでみせた。香川が思い切ってカブクことによって、本作は喜劇として発進する。  ジャッキー・チェン主演の『ツイン・ドラゴン』(92)やジョン・ウー監督の『フェイス/オフ』(97)しかり、お互いの人生を入れ替えることで相手の生き様が浮き彫りになるのがこの手のドラマの妙味。役者としてはまったくのビギナーであるコンドウだが、エキストラとして参加したVシネの撮影現場で独特の凄みを発揮する。記憶はないものの、これまで裏社会で培ってきた態度や仕草が悪役を演じると滲みでる。タイトルの由来となっているスタニスラフスキーの演技メソッドをコンドウは図らずも実践することに。また仕事に関しては前準備をしっかりする性格なので、演技理論を学び、脚本も丁寧に読み込む。コンドウに入れ替わってからの役者・桜井の評判は上々だ。さらに病院で知り合った女性編集者の香苗(広末涼子)は、記憶喪失ながら前向きに役者稼業に取り組むコンドウにほだされていく。ここまで見ていると、桜井がダメだったのは才能や環境のせいではなかったことが判明する。仕事への取り組み方が甘く、何よりもプロとして大人として“腹が括れてない”ことがいちばんの問題点であることが分かってくる。
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恐ろしく散らかっていた桜井の部屋が、
コンドウ(香川照之)が暮らし始めると快適
空間に。女性編集者・香苗(広末涼子)
ともいい感じ。
 生きることにも死ぬことにも中途ハンパな桜井。だが劇中では、そのハンパさが幸いする。コンドウに成り済ました桜井は、高級マンションで暮らすコンドウが裏社会でヤバい金を稼いでいることに遅ればせながら気づく。コンドウの携帯電話に新たに殺しの依頼が掛かってくるが、売れない役者にすぎない桜井に殺しが出来るはずもない。逃げればいいのに、どうにかしてターゲットを安全な場所に誘導しようとあれこれ細工を施す。置き引きというセコい犯罪に手を染めたものの、子どものような純真無垢さが桜井という男を30歳すぎまで支えてきたことが分かる。だが残念ながら、無垢なだけでは大人の世界は生き抜けない。また、プロの仕事人であるコンドウも、そのまま裏社会で暮らしていたらお嬢さん育ちの香苗と知り合うこともなかっただろう。やがてコンドウは記憶を取り戻すが、コンドウと桜井はお互いに自分が持っていないものを相手が持っていることに気づく。  前作『アフタースクール』から4年間のインターバルを要した内田監督。今回の企画が決まってから1年半掛けて脚本を練り上げ、撮影中も最後まで脚本の修正を続けたそうだ。往年のハリウッド的エンターテイメントを標榜する内田監督の脚本には、大変な手間ひまが注がれている。現在の映画界において、オリジナル脚本で映画を撮ることができる監督はごくわずか。製作委員会方式が日本映画界の主流となり、ベストセラー小説や話題のコミックを原作にした作品が圧倒的に多い。成功の保証のないオリジナルストーリーは、すっかり製作委員会というシステムから敬遠されるようになってしまった。11月2日(金)公開の『のぼうの城』はもともと新人シナリオライターの登竜門・城戸賞を2003年に受賞した和田竜氏の『忍ぶの城』が原作だが、予算のかかる時代劇なこともあり、和田氏自身が脚本を小説化した『のぼうの城』として07年に出版してから、08年に正式に映画化が決まったという経緯がある。オリジナル脚本がいかに受難の時代であるかを物語るエピソードだろう。  でも、内田監督作品の素晴らしさは、そーゆー苦労を作品からは感じさせないところ。サンフランシスコ州立大学芸術学部に留学して脚本づくりのノウハウを身に付けたこともあり、日本映画特有のジメジメさがない。あれよあれよと事件に巻き込まれるお人好しを毎回主人公にし、作風はカラッとしていて明るい。前作『アフタースクール』では人間の裏側ばかり見てきた私立探偵に救いがないという唯一不満だった点も、『鍵泥棒のメソッド』では解決されている。堺、香川、広末の3人の芝居とストーリーの妙味を味わう、今どき珍しいエンターテイメント作品なのだ。ままならない人生にヘコみがちな人におススメの1本。新しい扉を開く鍵が、意外なところで見つかるかも。 (文=長野辰次) kagidorobo4.jpg 『鍵泥棒のメソッド』 監督・脚本/内田けんじ 主題歌/「点描のしくみ」吉井和哉 出演/堺雅人、香川照之、広末涼子、荒川良々、森口瑤子 配給/クロックワークス 9月15日(土)より渋谷シネクイントほか全国公開 <http://kagidoro.com>  (c)2012「鍵泥棒のメソッド」製作委員会 ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第187回]大家族の伝統料理から超手抜きレシピまで勢ぞろい! 台所から見えてくる中東の家庭事情『イラン式料理本』 [第186回]“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』 [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! 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大家族の伝統料理から超手抜きレシピまで勢ぞろい! 台所から見えてくる中東の家庭事情『イラン式料理本』

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主婦歴35年、ハマド・シルワーニ監督の義母さんが作った
伝統的ペルシア料理クフテ(肉団子)。
作った人の肝っ玉に比例した大きさだ。
 友達の家に遊びに行って、本棚が気になる人は多いのではないだろうか。一体、コイツは今までどんな本を読んで人格を形成したのか。自分の好きな作家や漫画家の名前を本棚で見つけると話が弾むし、意外な歴史書や海外小説が並んでいると「ムムム」と見る目が変わってくる。友達の頭の中を覗いたみたいで興味深い。これが彼女の家に遊びに行った場合なら、プラスどんな料理が飛び出すのか気になるところ。実家の母親直伝と思われる家庭料理には本気度が伝わるし、料理本を片手に慣れないながらも挑んでくれた一品にも愛を感じるではないか。園山真希絵の創作料理を見ても分かるように、料理には作った人の人柄が現われるもんです。2011年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で市民賞&コミュニティシネマ賞の2冠に輝いた『イラン式料理本』の狙いどころもそこ。台所に立つイラン女性たちが家族のためにどんな料理を作っているのか、その様子を固定カメラで映し出すドキュメンタリーなのだ。日本から遠く離れた中東の国・イランだけど、国の歴史、宗教、文化が違っても、女性たちが普段考えていること、家庭における男女の関係はとても似ていることに驚く。  『イラン式料理本』に登場するのは、モハマド・シルワーニ監督(1973年テヘラン生まれ)と関わりを持つ7人の女性たち。ドキュメンタリー映画というよりも、ヨネスケの『突撃!隣の晩ごはん』のような料理番組を思わせる気取りのないスタイルだ。本作の中でもっとも強烈なインパクトを放っているのは、シルワーニ監督の義母。ブドウの葉に包んだドルスと肉団子のクフテという中東の伝統料理を作るのだが、まずは開口一番に「ちゃんと手は洗ったわよ、2年前だけど。ダハハハ」とカメラに向かってジョークを一発。まるで大阪のオカンか沖縄のオバァのような存在感である。口も達者だが、手つきも鮮やか。タライのような巨大なボウルで大家族用の材料を手際よくこねていく。
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シルワーニ監督の義母とその姑。かつて、
この台所では女たちの凄まじいバトルが
繰り広げられた。
 途中、様子を見に姑さんがカメラにフレームインしてくる。義母は手を休めることなく、「私が嫁入りした直後は、よくイジメてくれましたよね」とチクリと口撃。女同士の火花が散る。だが、かつてはこの台所を仕切っていた姑も年老いており、家のことはすでに義母が実権を握っている。「あなたがまだ若くて、何も知らなかったから、躾のつもりでいたのよ。ごめんなさいね」と姑は曲がった腰をさらにかがめる。このときの義母のリアクションが涙を誘う。「許すも許されるも、今さらありませんよ」。多分、姑も若い頃には先代の姑に厳しくされ、それと同じように義母に接しただけなのだろう。イヤなことも楽しいことも、全部ひっくるめての家族。革命があり、戦場に向かう男たちを見送ってきた。同じ釜を炊いて、一緒に食べてきた仲じゃないですかと義母は言いたげだ。このシーンを観ていて、ボブ・マーリーの「ノー・ウーマン・ノー・クライ」が脳内スピーカーから流れましたよ。義母が作る伝統料理ドルスとクフテは、ユーモアとちょっぴり涙味がブレンドされた人情たっぷりな逸品です。  続いて登場するのは現代女性の代表、シルワーニ監督の奥さん。かなりの美人で理知的な顔立ちをしている。義母が手料理にこだわっているのに対し、シルワーリ家の台所には家電製品が並ぶ。シルワーニ監督が夜遅くに友達を連れてきたことを奥さんはプリプリと怒る。「夜10時から何を作れというの?」「どうして10人も連れてくるの? 炊飯器は8人分しか炊けないのよ。後の2人には我慢してもらうしかないわね」と恐怖のマシンガントークで夫を粉々に撃ち砕く。結局、その晩に奥さんが振る舞った料理は、缶詰のシチュー。これなら温めるだけで、すぐに出せる。監督の友人が「このシチュー、とっても美味しいですよ」とお愛想を言うと、「そうでしょうね。缶詰ですから」と身も蓋もない返事。海外から訪ねてきた友人たちに自慢の美人妻とイランの家庭の雰囲気を知ってもらおうとしたシルワーニ監督の面目丸潰れ。  母親と違って料理を作るのが大キライな奥さんに対し、シルワーニ監督は「じゃあ、外食する機会を増やそう」と譲歩案を提示するが、「貧困で食べるものに困っている人がいるのに、贅沢するのはイヤ」。奥さんの言っていることはもっともだが、もはやシルワーニ監督はお手上げ状態。さらに彼女は極めつけの台詞を吐く。「料理を食べ終わった後、男たちは片付けを手伝うそぶりも見せずに寛ぎ始める。それを見ると、男たちの首をひとつひとつ斬り落としたくなる」。なんとも過激だが、これって世界中の主婦たちが激しく同意する発言でしょう。シルワーニ監督の奥さんは、世界の中心で“家事はキライ”と叫ぶ。
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シルワーニ監督の妹。ご飯が出来上がるのを
待ちきれず、双子の息子たちは台所でつまみ
食いを始める。
 もう1人、現代のイランを代表する若い女性が登場する。シルワーニ監督の妹さんだ。妹さんは結婚して双子を育てながら大学に通っている。とっても忙しいけれど、夫やわんぱく盛りの子どものために手料理を食べさせようと頑張る。ところが若いこともあって、恐ろしく段取りが悪い。昼食を作るために午前11時30分からキッチンに立ち、ナスの煮込みを作り始める。だが、完成したのは夕方4時すぎ。もはや昼食とは言えず、空腹は最高の調理料という段階を遥かに越えている。双子の兄弟は完全に落ち着きを失い、カメラの後ろではご主人がげんなりしている様子が思い浮かぶ。妹が一生懸命なのは分かるが、義母たちの世代が幾つものことを同時にパパッとこなれた動作で片付けるのに比べ、あまりにもリズム感も流れるような動作もない。推測するに、上の世代と違って大家族にもまれ、姑に厳しく扱われ、それにどう立ち向かうかという修羅場の経験値が低いようだ。頭の中では、良き妻・良き母になろうと努めているのだが、体の動きが追っ付かない。この一家4人に幸あらんことを願う。  台所に立つイラン女性たちの姿を見ながら思うことは、日本の女性たちとまるで変わらないじゃないかということ。毎日の献立に頭を悩ませ、ウマの合わない親族や知人の悪口を時々こぼしながらも、家族全員の健康を考えている。若い頃にイジメられた義母が姑と歴史的和解を遂げたその直後、絶妙すぎるタイミングで義母の旦那が台所に闖入し「嫁入りしてすぐのお前は、何もできなかったよなぁ」と蒸し返す。「たった今、水に流したところなのよ!」と義母に怒鳴られ、旦那はすごすご退散するしかない。まるでコントの1シーンのよう。いくら男たちが家の外で威張っていても、家庭の中を仕切っているのは女たちなのだ。世界中の女たちは何十年も何百年も、女の城である台所に立ち、家族のためにせっせと毎日毎食のようにご飯を作り続けてきた。その事実はどんなに美しい愛の詩よりも祈りの言葉よりも胸を打つではないか。美味しいごちそうも、驚愕の失敗料理もすべては、女たちの愛の結晶なのだ。愛のコーランだ。男たちは心して食するしかない。  世代の異なる女性たちが、自慢の料理を作り、そして語り掛けてくる本作。イランという国がどんな食文化で家族制度なのか、女たちの本音を通して見えてくる。同時にシルワーニ監督が、強いてはイランの男たちがどんな料理を食べて、どんな女性たちと過ごしているのかも分かるドキュメンタリーにもなっている。個性的な女性たちの群像劇でもあるこのドキュメンタリーは、どのようなエンディングを迎えるのだろうか。気になっていると、実に目が覚めるようなスパイシーなオチが待っていた。美味しい料理は、素材選びと手間を惜しまない下ごしらえと最後のひと振りがいかに大事かという好例。  イラン映画界の巨匠アッバス・キアロスタミ監督が最新作『ライク・サムワン・イン・ラブ』(9月15日公開)を日本で製作・撮影するなど、イランではますます表現活動の規制が強まっている。本作もイラン国内での上映は許可されておらず、シルワーニ監督は本作をもって映像作家としての活動休止を余儀なくされた。シルワーニ監督、優しい笑顔を浮かべていたお母さんの手料理を食べて、また元気になってください。 (文=長野辰次) iranshiki4.jpg 『イラン式料理本』 監督・脚本・製作/モハマド・シルワーニ 撮影/フーマン・ベーマネシュ 編集/モハマド・シルワーニ、エスマイル・モンセフ 録音/ファルシード・ファラジ 配給/アニープラネット 9月15日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー <http://www.iranshiki.com> (c)2010 Mohammad Shirvani. All rights reserved. ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第186回]“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』 [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! 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大家族の伝統料理から超手抜きレシピまで勢ぞろい! 台所から見えてくる中東の家庭事情『イラン式料理本』

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主婦歴35年、モハマド・シルワーニ監督の義母さんが作った
伝統的ペルシア料理クフテ(肉団子)。
作った人の肝っ玉に比例した大きさだ。
 友達の家に遊びに行って、本棚が気になる人は多いのではないだろうか。一体、コイツは今までどんな本を読んで人格を形成したのか。自分の好きな作家や漫画家の名前を本棚で見つけると話が弾むし、意外な歴史書や海外小説が並んでいると「ムムム」と見る目が変わってくる。友達の頭の中を覗いたみたいで興味深い。これが彼女の家に遊びに行った場合なら、プラスどんな料理が飛び出すのか気になるところ。実家の母親直伝と思われる家庭料理には本気度が伝わるし、料理本を片手に慣れないながらも挑んでくれた一品にも愛を感じるではないか。園山真希絵の創作料理を見ても分かるように、料理には作った人の人柄が現われるもんです。2011年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で市民賞&コミュニティシネマ賞の2冠に輝いた『イラン式料理本』の狙いどころもそこ。台所に立つイラン女性たちが家族のためにどんな料理を作っているのか、その様子を固定カメラで映し出すドキュメンタリーなのだ。日本から遠く離れた中東の国・イランだけど、国の歴史、宗教、文化が違っても、女性たちが普段考えていること、家庭における男女の関係はとても似ていることに驚く。  『イラン式料理本』に登場するのは、モハマド・シルワーニ監督(1973年テヘラン生まれ)と関わりを持つ7人の女性たち。ドキュメンタリー映画というよりも、ヨネスケの『突撃!隣の晩ごはん』のような料理番組を思わせる気取りのないスタイルだ。本作の中でもっとも強烈なインパクトを放っているのは、シルワーニ監督の義母。ブドウの葉に包んだドルスと肉団子のクフテという中東の伝統料理を作るのだが、まずは開口一番に「ちゃんと手は洗ったわよ、2年前だけど。ダハハハ」とカメラに向かってジョークを一発。まるで大阪のオカンか沖縄のオバァのような存在感である。口も達者だが、手つきも鮮やか。タライのような巨大なボウルで大家族用の材料を手際よくこねていく。
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シルワーニ監督の義母とその姑。かつて、
この台所では女たちの凄まじいバトルが
繰り広げられた。
 途中、様子を見に姑さんがカメラにフレームインしてくる。義母は手を休めることなく、「私が嫁入りした直後は、よくイジメてくれましたよね」とチクリと口撃。女同士の火花が散る。だが、かつてはこの台所を仕切っていた姑も年老いており、家のことはすでに義母が実権を握っている。「あなたがまだ若くて、何も知らなかったから、躾のつもりでいたのよ。ごめんなさいね」と姑は曲がった腰をさらにかがめる。このときの義母のリアクションが涙を誘う。「許すも許されるも、今さらありませんよ」。多分、姑も若い頃には先代の姑に厳しくされ、それと同じように義母に接しただけなのだろう。イヤなことも楽しいことも、全部ひっくるめての家族。革命があり、戦場に向かう男たちを見送ってきた。同じ釜を炊いて、一緒に食べてきた仲じゃないですかと義母は言いたげだ。このシーンを観ていて、ボブ・マーリーの「ノー・ウーマン・ノー・クライ」が脳内スピーカーから流れましたよ。義母が作る伝統料理ドルスとクフテは、ユーモアとちょっぴり涙味がブレンドされた人情たっぷりな逸品です。  続いて登場するのは現代女性の代表、シルワーニ監督の奥さん。かなりの美人で理知的な顔立ちをしている。義母が手料理にこだわっているのに対し、シルワーニ家の台所には家電製品が並ぶ。シルワーニ監督が夜遅くに友達を連れてきたことを奥さんはプリプリと怒る。「夜10時から何を作れというの?」「どうして10人も連れてくるの? 炊飯器は8人分しか炊けないのよ。後の2人には我慢してもらうしかないわね」と恐怖のマシンガントークで夫を粉々に撃ち砕く。結局、その晩に奥さんが振る舞った料理は、缶詰のシチュー。これなら温めるだけで、すぐに出せる。監督の友人が「このシチュー、とっても美味しいですよ」とお愛想を言うと、「そうでしょうね。缶詰ですから」と身も蓋もない返事。海外から訪ねてきた友人たちに自慢の美人妻とイランの家庭の雰囲気を知ってもらおうとしたシルワーニ監督の面目丸潰れ。  母親と違って料理を作るのが大キライな奥さんに対し、シルワーニ監督は「じゃあ、外食する機会を増やそう」と譲歩案を提示するが、「貧困で食べるものに困っている人がいるのに、贅沢するのはイヤ」。奥さんの言っていることはもっともだが、もはやシルワーニ監督はお手上げ状態。さらに彼女は極めつけの台詞を吐く。「料理を食べ終わった後、男たちは片付けを手伝うそぶりも見せずに寛ぎ始める。それを見ると、男たちの首をひとつひとつ斬り落としたくなる」。なんとも過激だが、これって世界中の主婦たちが激しく同意する発言でしょう。シルワーニ監督の奥さんは、世界の中心で“家事はキライ”と叫ぶ。
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シルワーニ監督の妹。ご飯が出来上がるのを
待ちきれず、双子の息子たちは台所でつまみ
食いを始める。
 もう1人、現代のイランを代表する若い女性が登場する。シルワーニ監督の妹さんだ。妹さんは結婚して双子を育てながら大学に通っている。とっても忙しいけれど、夫やわんぱく盛りの子どものために手料理を食べさせようと頑張る。ところが若いこともあって、恐ろしく段取りが悪い。昼食を作るために午前11時30分からキッチンに立ち、ナスの煮込みを作り始める。だが、完成したのは夕方4時すぎ。もはや昼食とは言えず、空腹は最高の調味料という段階を遥かに越えている。双子の兄弟は完全に落ち着きを失い、カメラの後ろではご主人がげんなりしている様子が思い浮かぶ。妹が一生懸命なのは分かるが、義母たちの世代が幾つものことを同時にパパッとこなれた動作で片付けるのに比べ、あまりにもリズム感も流れるような動作もない。推測するに、上の世代と違って大家族にもまれ、姑に厳しく扱われ、それにどう立ち向かうかという修羅場の経験値が低いようだ。頭の中では、良き妻・良き母になろうと努めているのだが、体の動きが追っ付かない。この一家4人に幸あらんことを願う。  台所に立つイラン女性たちの姿を見ながら思うことは、日本の女性たちとまるで変わらないじゃないかということ。毎日の献立に頭を悩ませ、ウマの合わない親族や知人の悪口を時々こぼしながらも、家族全員の健康を考えている。若い頃にイジメられた義母が姑と歴史的和解を遂げたその直後、絶妙すぎるタイミングで義母の旦那が台所に闖入し「嫁入りしてすぐのお前は、何もできなかったよなぁ」と蒸し返す。「たった今、水に流したところなのよ!」と義母に怒鳴られ、旦那はすごすご退散するしかない。まるでコントの1シーンのよう。いくら男たちが家の外で威張っていても、家庭の中を仕切っているのは女たちなのだ。世界中の女たちは何十年も何百年も、女の城である台所に立ち、家族のためにせっせと毎日毎食のようにご飯を作り続けてきた。その事実はどんなに美しい愛の詩よりも祈りの言葉よりも胸を打つではないか。美味しいごちそうも、驚愕の失敗料理もすべては、女たちの愛の結晶なのだ。愛のコーランだ。男たちは心して食するしかない。  世代の異なる女性たちが、自慢の料理を作り、そして語り掛けてくる本作。イランという国がどんな食文化で家族制度なのか、女たちの本音を通して見えてくる。同時にシルワーニ監督が、強いてはイランの男たちがどんな料理を食べて、どんな女性たちと過ごしているのかも分かるドキュメンタリーにもなっている。個性的な女性たちの群像劇でもあるこのドキュメンタリーは、どのようなエンディングを迎えるのだろうか。気になっていると、実に目が覚めるようなスパイシーなオチが待っていた。美味しい料理は、素材選びと手間を惜しまない下ごしらえと最後のひと振りがいかに大事かという好例。  イラン映画界の巨匠アッバス・キアロスタミ監督が最新作『ライク・サムワン・イン・ラブ』(9月15日公開)を日本で製作・撮影するなど、イランではますます表現活動の規制が強まっている。本作もイラン国内での上映は許可されておらず、シルワーニ監督は本作をもって映像作家としての活動休止を余儀なくされた。シルワーニ監督、優しい笑顔を浮かべていたお母さんの手料理を食べて、また元気になってください。 (文=長野辰次) iranshiki4.jpg 『イラン式料理本』 監督・脚本・製作/モハマド・シルワーニ 撮影/フーマン・ベーマネシュ 編集/モハマド・シルワーニ、エスマイル・モンセフ 録音/ファルシード・ファラジ 配給/アニープラネット 9月15日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー <http://www.iranshiki.com> (c)2010 Mohammad Shirvani. All rights reserved. ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第186回]“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』 [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! 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“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』

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故金正日に捧げられた『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』。欧米で
大ヒットを記録したが、北朝鮮や中東での上映予定はないようだ。
 軍需産業で大儲けしたプレイボーイ、二重人格の科学者、70年の眠りから目覚めたバリバリの愛国者、遠い星からやってきた雷神さま……、それぞれピンで活躍していた人気ヒーローたちが“世界平和”という大義名分のために大同団結する『アベンジャーズ』が大ヒット公開中だ。作品にテーマはなくとも、CGと人気キャラクターをぎゅうぎゅう詰めにしたビッグマック的な味わいで歴代映画興収1位の座に迫っている。そんな正義のヒーローたちが大集合した米国の映画興行シーンに、果敢に立ち向かったのがサシャ・バロン・コーエン主演のコメディ映画『ディクテーター(独裁者) 身元不明でニューヨーク』。中東のとある小国の独裁者を主人公に、アメリカ社会の奇妙さを痛烈に皮肉った内容となっている。  サシャ・バロン・コーエンはカザフスタンのTVレポーターに扮した『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』(06)、ゲイのファッションレポーターに成り済まして中東や米国南部をめぐった『ブルーノ』(09)といった“やらせ”ドキュメンタリー映画で爆笑を呼んできた過激な英国コメディアン。今回は『アリ・G』(02)以来となる、久々に脚本ありの主演ドラマ。中東の小国・ワディヤ共和国に君臨する、生まれながらの独裁者アラジーン将軍役だ。国内で開かれた競技大会はすべて驚異的な新記録で優勝し、夜はハリウッドから呼んだセレブ(ミーガン・フォックス)にベッドの相手をさせるなど、オイルマネーと権力を笠にやりたい放題。最近熱中しているのは核ミサイルの開発。「ミサイルの先っちょは尖ってないとダメ」というアラジーンのこだわりに異議を唱えた科学者ナダル(ジェイソン・マンツォーカス)はすぐさま処刑されてしまった。イラクのフセイン、リビアのカダフィ、北朝鮮の金正日の3人をブレンドしたようなアホバカ&わがままキャラクターだ。
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アラジーン将軍、NYへ見参。「米国は黒人が作り、
中国マネーが支える国」なんて毒舌ぶりが楽し
めます。
 自国で好き勝手やっていたアラジーンだが、国連が核ミサイルの開発疑惑に懸念を抱き、「サミットで釈明せよ。さもなくば空爆するぞ」と脅してきた。ここは一発、独裁主義の素晴らしさを米国人相手にスピーチしてやろうじゃないのと、アラジーンは秘密警察の長官であるタミールおじさん(ベン・キングスレー)や自分に瓜二つな影武者を伴っていざ渡米。金正日の“喜び組”か“カダフィガールズ”を思わせるセクシーな女性コマンドーたちを引き連れてのパレードでNYを沸かせる。ところが宿泊先の高級ホテルでアラジーンは何者かに拉致され、自慢のヒゲを剃られてしまった。これではホクロのない千昌夫かノーメイクの浜崎あゆみのように誰なのかさっぱり分からない。いくら「オレはワディヤ共和国の将軍さまだ!」と主張しても、米国ではただの頭のおかしい人状態。NYでいきなりホームレスとなったアラジーンを不憫に思ったのは、難民支援をしている人道主義者の女性活動家ゾーイ(アンナ・ファリス)。行き場のないアラジーンは、ゾーイが経営している自然食品店で働き始める。  現代的な女性ゾーイは、ショートヘアでおっぱいも大きくない。その上、わき毛がボーボー。保守的な女性観しか持ち合わせないアラジーンから見れば、セクシャルな魅力がまるで感じられない。ところが気に喰わない人間に向かって「お前、処刑しちゃうぞ!」と罵るアラジーンに対して、ゾーイは「面白いジョークを言う人ね」とケラケラと笑う。これまでのアラジーンが知っている、取り巻きたちの愛想笑いとは異なるとても自然な笑顔だ。屋上農園で一緒に汗を流すうちに、アラジーンはおっぱいの小さいゾーイの魅力に惹かれていく。宮殿にいた頃の“自由”とゾーイの店で働き始めてから感じる“自由”では、ずいぶんと意味合いが違う。独裁者が手に入れた初めての平穏な時間。つい数日前まで人を人と思わぬ暴君だったアラジーンが、『ローマの休日』(53)のアン王女(オードリー・ヘップバーン)に重なって見えるから不思議です。
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大富豪を相手に荒稼ぎするハリウッドセレブ
役でミーガン・フォックスが出演。ロボット映
画を降りて、こんなことをやっていたとは!
 身分の高い雲上人が、小市民の生活を体験する中で“愛”というプライスレスな宝物を見つけるという現代版『ローマの休日』としてロマンチックに展開する『ディクテーター』。クライマックスは、チャップリンが第二次世界大戦中にドイツの独裁者ヒトラーを痛烈に批判した『独裁者』(40)へのリスペクトに満ちた感動シーンが待っている。アラジーンがゾーイに夢中になっている間に、腹黒いタミールおじさんはサミットの席上でノータリンなアラジーンの影武者に民主化宣言の宣誓書にサインをさせようと企む。ワディヤ共和国を民主化させることで石油利権を米国や中国の巨大企業に売買し、莫大な私有財産を手に入れようとしていたのだ。アホでバカで差別主義者のアラジーンだが、自分の国が民主化されてアイデンティティーが失われることは身を挺して防ごうとする。変人が変人ならではの驚異的な特殊能力を発揮する。サミットに乱入したアラジーンは、世界各国がテレビ中継する中で高らかに独裁主義の素晴らしさを訴える。アラジーンの間違ったこの演説が、異常なまでに熱くて感動的だ。
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NYに来たアラジーンは、デモに参加していた自
然食品店の店長ゾーイとの恋に陥る。愛は独裁
者の心まで変えてしまうのか。
「独裁の何が悪いというのですか? もしも、アメリカが独裁国家だとしたら、国民の1%にすべての富を集めることができる。金持ちへの税金を減らしてもっと金持ちに、損をしても救済措置を行なえる。貧乏人の健康と教育など気にしなくていい。メディアも自由の名のもと、一族で牛耳ることができる。盗聴や捕虜虐待に不正選挙もできる。理由をでっちあげて、戦争だってできる。同じ人種ばかり逮捕してもいい。メディアを使って国民の不安を煽り、たとえ国民に不利な政策でも支持を得られる。そんな国にこのアメリカがなるなんて、ありえないでしょう!」  アラジーンという変人キャラクターを通して、超インテリ芸人サシャ・バロン・コーエンは民主主義を隠れ蓑に米国が世界を牛耳る独裁国家になってしまったことを逆説的に指摘する。  大企業の利権が最優先される超大国アメリカに、ドンキホーテさながらにたった1人で立ち向かうアラジーン将軍。果たして、この無謀な戦いに勝利することはできるのだろうか。ただひとつ言えることは、彼は決して一方的な敗者ではないということ。ゾーイというワキ毛ボーボーだけど、掛け替えのない宝物を手に入れたのだから。 (文=長野辰次) dictator05.jpg 『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』 製作総指揮/アダム・マッケイ 製作・脚本/サシャ・バロン・コーエン 監督/ラリー・チャールズ 出演/サシャ・バロン・コーエン、アンナ・ファリス、ベン・キングスレー、ジェイソン・マンツォーカス、ジョン・C・ライリー、ミーガン・フォックス R−15 配給/パラマウント ピクチャーズ ジャパン 9月7日(金)よりTOHOシネマズ六本木ほか全国順次公開 http://www.dictator-movie.jp  (c)2012Paramount Pictures,All Rights reserved. ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! B級映画マニアの心を焦がす『王朝の陰謀』 [第168回]人はお下劣な分だけ、強く優しくなれる!? 結婚を控えた女たちの本音『ブライズメイズ』 [第167回]行きすぎたシステム社会に警鐘を鳴らす“ユナボマー・マニフェスト”の映画化『モンスターズクラブ』 [第166回]祭りの終わりと新ステージの幕開け、3部作完結『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 [第165回]すばらしき“コーマン野郎”の世界!『コーマン帝国』、愛と欲望の歴史 [第164回]懐かしき香り漂う、新感覚サスペンス 破滅へ突き進む男の悲劇『ドライヴ』 [第163回] 災害に備えた地下シェルターは必要? 心理ホラー『テイク・シェルター』 [第162回] 森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン! [第161回] 鬼才キム・ギドクの"多重人格ショー"セルフドキュメンタリー『アリラン』 [第160回]映画創成期に散った"殉教者"への聖歌 3D映画『ヒューゴの不思議な発明』 [第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』 [第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』 [第157回] 韓国映画の名匠が明かす"創作の極意"イ・チャンドン監督『ポエトリー』 [第156回] ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』 [第155回] 米国に半世紀も君臨した"影の大統領" FBI初代長官『J・エドガー』 [第154回]犯罪者たちに学ぶ"人心掌握術"の奨め『アニマル・キングダム』『預言者』 [第153回]"地獄"からの生還者・板尾創路の凄み 古典落語を過激に脚色『月光ノ仮面』 [第152回]早くも2012年ベスト1映画が登場!"代理殺人"を巡る恐怖『哀しき獣』 [第151回]父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』 [第150回]米国お笑い横断旅行『宇宙人ポール』人間のちっぽけな悩みはETが解決! 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障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』

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障害を持つ大富豪とスラム街出身の介護人との
友情を描いた『最強のふたり』。2人でマリファナ
吸うわ、風俗嬢を呼ぶわのやりたい放題。
 映画の人気ジャンルのひとつに“バディムービー”がある。生まれ育った環境、身分、世代が異なる2人がぶつかり合いながらもお互いの価値観を認め合い、唯一無二のバディ(相棒)へと成長していく鉄板スタイルだ。ジャッキー・チェン&クリス・タッカー主演作『ラッシュアワー』(98)など多民族国家である米国のアクションエンターテイメント作品に多く見られる。主人公2人の性格や嗜好性が大きく違えば違うほど、そのギャップがドラマを面白く転がしていく。フランスで記録的大ヒットとなった『最強のふたり』も“介護”というシリアスになりがちな題材を扱いながら、典型的なバディムービーとして観る者を楽しませる。男たちの本音満載コメディであり、スカイアクションあり、格差社会の現実を描いた社会派ドラマでもある。様々な価値観が混在する映画的な豊かさに溢れた作品だ。  舞台は現代のパリ。スラム街出身の黒人青年ドリス(オマール・シー)は、場違いな大豪邸を訪ねる。妻に先立たれた大富豪フィリップ(フランソワ・クリュゼ)の介護人の面接試験を受けるためだ。介護経験はないが、採用されなくても失業手当がもらえるので不採用になることを前提で面接を受けにきた。他の受験者たちが「人間が好き」「困っている人の役に立ちたい」ときれいごとを口にしているのに比べ、「失業手当がほしいから、さっさと不採用にしてくれ」と頼むドリスは実に正直者。常識や建前を振りかざすマジメ人間たちより、よっぽど退屈しのぎになりそうだ。これまでの介護人は1週間で逃げ出していた気難しがり屋のフィリップは、興味本位でドリスを住み込みの介護人に採用する。お金持ちだけど車椅子生活を余儀なくされている大富豪フィリップとすこぶる健康だけどお金も未来もないビンボー青年ドリスという異色コンビがここに誕生する。
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改造した電動車椅子で街を爆走する
フィリップと介護人のドリス。せっかくの
人生、楽しんだもん勝ちですよ。
 学歴のないドリスだが、好奇心だけは異常に旺盛。ハングライダーの墜落事故で首から下が全身麻痺状態のフィリップに対し、「本当に痛みを感じないのか?」とフィリップの足に熱湯を注いで確かめてみる。雇用主を雇用主と思わぬドリスの行動に、フィリップ家の使用人たちは慌てふためくが、当のフィリップはドリスの無邪気さを新鮮に感じる。その一方、ドリスは夜中にフィリップがうなされているのに気づき、朝まで寄り添う。痛みを感じないはずのフィリップだが、“幻想痛”にときどき悩まされるらしい。医者でもセラピストでもないドリスが横にいても、フィリップの痛みが和らぐわけではない。そこでドリスは車椅子を押して、フィリップに外の新鮮な空気を吸わせようとする。車椅子の男2人が日の出前の真っ暗なパリ市街をあてもなくさまよう。このシーンが素晴らしい。スラム街出身で複雑な家庭で育ったドリスは、これまでに幾度も眠れないまま朝を迎えたことがあったのだろう。医療や介護知識はないドリスだが、眠れない夜をひとりぼっちで過ごす辛さはイヤになるほど知っている。使用人ではなく、コドクの辛さを知るひとりの仲間としてフィリップと一緒に朝を迎える。男2人が眺めるパリの朝焼けが美しい。このとき、電池のプラス極とマイナス極のように一生顔を合わせることのなかったはずの2人の間に友情という名の回路が結ばれ、明るい希望の灯りがポッとともされる。  実話をベースにした本作だが、介護をテーマにしていると思えないほどあけっぴろげなエピソードが満載だ。ドリスに勧められて、フィリップは大麻を嗜むようになる。「あっちのほうはどうなんだい?」とドリスはズケズケとフィリップに下半身事情を尋ねる。フィリップは首から下が麻痺状態だが、幸いなことに耳が性感帯らしい。ドリスに呼んでもらった風俗嬢にねっとりと両耳を責められ、フィリップは超ご満悦。さらにドリスは電動車椅子をカスタマイズして、高スピードが出せるようにする。風を切って走る電動車椅子に2人乗りしたフィリップとドリスは、あまりの気持ちよさに少年のようにゲラゲラと大笑いする。タブー視されがちな“身障者の性”など下半身の問題をコメディとして掘り下げていく作風が心地よい。
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ドリスに煽られ、フィリップは文通相手の
女性に逢うことに。目一杯おしゃれして、
待ち合わせのカフェへGO!
 バディムービーの面白さは、主人公2人がお互いの異なる価値観を受け入れることで共に視野が広がっていくところ。妻が亡くなってから屋敷に篭りがちだったフィリップはドリスに促されて、新しいガールフレンドに逢うために街へ出掛けるようになる。裏社会で生きていくしかないと思っていた下流階級のドリスも、多趣味なフィリップと知り合うことで意外な才能が備わっていることや真っ当な社会で働くことの面白さに気づかされる。たまたま出会った男2人がタッグを組むことで、世界が2倍にも4倍にもぐんぐんと広がっていく。  物語の終盤、トラブルを抱えた兄妹たちのためにドリスはスラム街に戻ることになる。最強コンビとなったフィリップとドリスに別れの時がやってきた。だが、ここでバディムービーのもうひとつのよさが活きてくる。バディムービーの主人公2人は、基本的には同性同士という組み合わせだ。男女のコンビだと、どうしても両者間に恋愛感情やセックスの有無といったナイーヴな問題が浮上し、一貫した関係性がキープできない。その点、恋愛感情抜きの同性同士だとその関係性を維持しやすい。離れて暮らすようになっても、フィリップとドリスは固い友情で結ばれていることを確かめ合う。  ところ変わって2012年8月20日の東京・浜離宮朝日ホール。『最強のふたり』一般試写の前に、ジャズシンガーの綾戸智恵が泉谷しげるとのトークショーを行った。認知症の母親の介護をしている綾戸は2010年に介護の疲れとストレスから精神安定剤を飲み過ぎて病院に運び込まれる騒ぎとなったが、この日はいつもながらの快活なおばちゃんスマイルで会場を和ませていた。そのときの印象に残ったコメントを紹介したい。 泉谷 「この映画は下品な会話がいっぱいだな(笑)。現実はもっと、すごかったんだろうな。オレがいいなと思ったのは、障害を持つ金持ちが丁寧にされる“距離感”をイヤがっているところ。マジメな人間って、我慢ばかり強要するから。それが、若いドリスは平気で障害者に文句を言うし、平気でおちょくる。平気で距離感を乗り越えてくる。そこがいいよな」 綾戸 「触れ合うはずのない2人が融合することで、すごい力が生まれてくるんだよね。人間ってどうしても似た者同士でつるみがちだけど、そうじゃなくて自分とは違う人間と一緒になり、自分をさらけ出すことで大きくなれる。そこがええな。車椅子を押されるほうだけやなくて、車椅子を押してるほうも世界が広がって見えますよ。私もそうやもん」  綾戸いわく、明るい人間がユーモアを口にするのではなく、“沈んだ人”のほうがユーモアを体得できるとのこと。なるほどね。介護問題に加え、国際化や社会格差に今後さらされていく日本社会においても、カルチャーギャップを笑いに変える“バディムービー”的発想は重要なアイテムになりそうだ。 (文=長野辰次) saikyonofutari4.jpg 『最強のふたり』 脚本・監督/エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ 出演/フランソワ・クリュゼ、オマール・シー、アンヌ・ル・ニ、オドレイ・フルーロ、クロティルド・モレ 配給/ギャガ PG12 9月1日(土)よりTOHOシネマズシャンテ、TOHOシネマズ六本木ヒルズ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開 <http://saikyo-2.gaga.ne.jp> (c)2011SPLENDIDO/GAUMONT/TF1 FILMS PRODUCTION/TEN FILMS/CHAOCORP ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! B級映画マニアの心を焦がす『王朝の陰謀』 [第168回]人はお下劣な分だけ、強く優しくなれる!? 結婚を控えた女たちの本音『ブライズメイズ』 [第167回]行きすぎたシステム社会に警鐘を鳴らす“ユナボマー・マニフェスト”の映画化『モンスターズクラブ』 [第166回]祭りの終わりと新ステージの幕開け、3部作完結『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 [第165回]すばらしき“コーマン野郎”の世界!『コーマン帝国』、愛と欲望の歴史 [第164回]懐かしき香り漂う、新感覚サスペンス 破滅へ突き進む男の悲劇『ドライヴ』 [第163回] 災害に備えた地下シェルターは必要? 心理ホラー『テイク・シェルター』 [第162回] 森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン! [第161回] 鬼才キム・ギドクの"多重人格ショー"セルフドキュメンタリー『アリラン』 [第160回]映画創成期に散った"殉教者"への聖歌 3D映画『ヒューゴの不思議な発明』 [第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』 [第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』 [第157回] 韓国映画の名匠が明かす"創作の極意"イ・チャンドン監督『ポエトリー』 [第156回] ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』 [第155回] 米国に半世紀も君臨した"影の大統領" FBI初代長官『J・エドガー』 [第154回]犯罪者たちに学ぶ"人心掌握術"の奨め『アニマル・キングダム』『預言者』 [第153回]"地獄"からの生還者・板尾創路の凄み 古典落語を過激に脚色『月光ノ仮面』 [第152回]早くも2012年ベスト1映画が登場!"代理殺人"を巡る恐怖『哀しき獣』 [第151回]父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』 [第150回]米国お笑い横断旅行『宇宙人ポール』人間のちっぽけな悩みはETが解決! 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[第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! 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障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』

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障害を持つ大富豪とスラム街出身の介護人との
友情を描いた『最強のふたり』。2人でマリファナ
吸うわ、風俗嬢を呼ぶわのやりたい放題。
 映画の人気ジャンルのひとつに“バディムービー”がある。生まれ育った環境、身分、世代が異なる2人がぶつかり合いながらもお互いの価値観を認め合い、唯一無二のバディ(相棒)へと成長していく鉄板スタイルだ。ジャッキー・チェン&クリス・タッカー主演作『ラッシュアワー』(98)など多民族国家である米国のアクションエンターテイメント作品に多く見られる。主人公2人の性格や嗜好性が大きく違えば違うほど、そのギャップがドラマを面白く転がしていく。フランスで記録的大ヒットとなった『最強のふたり』も“介護”というシリアスになりがちな題材を扱いながら、典型的なバディムービーとして観る者を楽しませる。男たちの本音満載コメディであり、スカイアクションあり、格差社会の現実を描いた社会派ドラマでもある。様々な価値観が混在する映画的な豊かさに溢れた作品だ。  舞台は現代のパリ。スラム街出身の黒人青年ドリス(オマール・シー)は、場違いな大豪邸を訪ねる。妻に先立たれた大富豪フィリップ(フランソワ・クリュゼ)の介護人の面接試験を受けるためだ。介護経験はないが、採用されなくても失業手当がもらえるので不採用になることを前提で面接を受けにきた。他の受験者たちが「人間が好き」「困っている人の役に立ちたい」ときれいごとを口にしているのに比べ、「失業手当がほしいから、さっさと不採用にしてくれ」と頼むドリスは実に正直者。常識や建前を振りかざすマジメ人間たちより、よっぽど退屈しのぎになりそうだ。これまでの介護人は1週間で逃げ出していた気難しがり屋のフィリップは、興味本位でドリスを住み込みの介護人に採用する。お金持ちだけど車椅子生活を余儀なくされている大富豪フィリップとすこぶる健康だけどお金も未来もないビンボー青年ドリスという異色コンビがここに誕生する。
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改造した電動車椅子で街を爆走する
フィリップと介護人のドリス。せっかくの
人生、楽しんだもん勝ちですよ。
 学歴のないドリスだが、好奇心だけは異常に旺盛。ハングライダーの墜落事故で首から下が全身麻痺状態のフィリップに対し、「本当に痛みを感じないのか?」とフィリップの足に熱湯を注いで確かめてみる。雇用主を雇用主と思わぬドリスの行動に、フィリップ家の使用人たちは慌てふためくが、当のフィリップはドリスの無邪気さを新鮮に感じる。その一方、ドリスは夜中にフィリップがうなされているのに気づき、朝まで寄り添う。痛みを感じないはずのフィリップだが、“幻想痛”にときどき悩まされるらしい。医者でもセラピストでもないドリスが横にいても、フィリップの痛みが和らぐわけではない。そこでドリスは車椅子を押して、フィリップに外の新鮮な空気を吸わせようとする。車椅子の男2人が日の出前の真っ暗なパリ市街をあてもなくさまよう。このシーンが素晴らしい。スラム街出身で複雑な家庭で育ったドリスは、これまでに幾度も眠れないまま朝を迎えたことがあったのだろう。医療や介護知識はないドリスだが、眠れない夜をひとりぼっちで過ごす辛さはイヤになるほど知っている。使用人ではなく、コドクの辛さを知るひとりの仲間としてフィリップと一緒に朝を迎える。男2人が眺めるパリの朝焼けが美しい。このとき、電池のプラス極とマイナス極のように一生顔を合わせることのなかったはずの2人の間に友情という名の回路が結ばれ、明るい希望の灯りがポッとともされる。  実話をベースにした本作だが、介護をテーマにしていると思えないほどあけっぴろげなエピソードが満載だ。ドリスに勧められて、フィリップは大麻を嗜むようになる。「あっちのほうはどうなんだい?」とドリスはズケズケとフィリップに下半身事情を尋ねる。フィリップは首から下が麻痺状態だが、幸いなことに耳が性感帯らしい。ドリスに呼んでもらった風俗嬢にねっとりと両耳を責められ、フィリップは超ご満悦。さらにドリスは電動車椅子をカスタマイズして、高スピードが出せるようにする。風を切って走る電動車椅子に2人乗りしたフィリップとドリスは、あまりの気持ちよさに少年のようにゲラゲラと大笑いする。タブー視されがちな“身障者の性”など下半身の問題をコメディとして掘り下げていく作風が心地よい。
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ドリスに煽られ、フィリップは文通相手の
女性に逢うことに。目一杯おしゃれして、
待ち合わせのカフェへGO!
 バディムービーの面白さは、主人公2人がお互いの異なる価値観を受け入れることで共に視野が広がっていくところ。妻が亡くなってから屋敷に篭りがちだったフィリップはドリスに促されて、新しいガールフレンドに逢うために街へ出掛けるようになる。裏社会で生きていくしかないと思っていた下流階級のドリスも、多趣味なフィリップと知り合うことで意外な才能が備わっていることや真っ当な社会で働くことの面白さに気づかされる。たまたま出会った男2人がタッグを組むことで、世界が2倍にも4倍にもぐんぐんと広がっていく。  物語の終盤、トラブルを抱えた兄妹たちのためにドリスはスラム街に戻ることになる。最強コンビとなったフィリップとドリスに別れの時がやってきた。だが、ここでバディムービーのもうひとつのよさが活きてくる。バディムービーの主人公2人は、基本的には同性同士という組み合わせだ。男女のコンビだと、どうしても両者間に恋愛感情やセックスの有無といったナイーヴな問題が浮上し、一貫した関係性がキープできない。その点、恋愛感情抜きの同性同士だとその関係性を維持しやすい。離れて暮らすようになっても、フィリップとドリスは固い友情で結ばれていることを確かめ合う。  ところ変わって2012年8月20日の東京・浜離宮朝日ホール。『最強のふたり』一般試写の前に、ジャズシンガーの綾戸智恵が泉谷しげるとのトークショーを行った。認知症の母親の介護をしている綾戸は2010年に介護の疲れとストレスから精神安定剤を飲み過ぎて病院に運び込まれる騒ぎとなったが、この日はいつもながらの快活なおばちゃんスマイルで会場を和ませていた。そのときの印象に残ったコメントを紹介したい。 泉谷 「この映画は下品な会話がいっぱいだな(笑)。現実はもっと、すごかったんだろうな。オレがいいなと思ったのは、障害を持つ金持ちが丁寧にされる“距離感”をイヤがっているところ。マジメな人間って、我慢ばかり強要するから。それが、若いドリスは平気で障害者に文句を言うし、平気でおちょくる。平気で距離感を乗り越えてくる。そこがいいよな」 綾戸 「触れ合うはずのない2人が融合することで、すごい力が生まれてくるんだよね。人間ってどうしても似た者同士でつるみがちだけど、そうじゃなくて自分とは違う人間と一緒になり、自分をさらけ出すことで大きくなれる。そこがええな。車椅子を押されるほうだけやなくて、車椅子を押してるほうも世界が広がって見えますよ。私もそうやもん」  綾戸いわく、明るい人間がユーモアを口にするのではなく、“沈んだ人”のほうがユーモアを体得できるとのこと。なるほどね。介護問題に加え、国際化や社会格差に今後さらされていく日本社会においても、カルチャーギャップを笑いに変える“バディムービー”的発想は重要なアイテムになりそうだ。 (文=長野辰次) saikyonofutari4.jpg 『最強のふたり』 脚本・監督/エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ 出演/フランソワ・クリュゼ、オマール・シー、アンヌ・ル・ニ、オドレイ・フルーロ、クロティルド・モレ 配給/ギャガ PG12 9月1日(土)よりTOHOシネマズシャンテ、TOHOシネマズ六本木ヒルズ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開 <http://saikyo-2.gaga.ne.jp> (c)2011SPLENDIDO/GAUMONT/TF1 FILMS PRODUCTION/TEN FILMS/CHAOCORP ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! B級映画マニアの心を焦がす『王朝の陰謀』 [第168回]人はお下劣な分だけ、強く優しくなれる!? 結婚を控えた女たちの本音『ブライズメイズ』 [第167回]行きすぎたシステム社会に警鐘を鳴らす“ユナボマー・マニフェスト”の映画化『モンスターズクラブ』 [第166回]祭りの終わりと新ステージの幕開け、3部作完結『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 [第165回]すばらしき“コーマン野郎”の世界!『コーマン帝国』、愛と欲望の歴史 [第164回]懐かしき香り漂う、新感覚サスペンス 破滅へ突き進む男の悲劇『ドライヴ』 [第163回] 災害に備えた地下シェルターは必要? 心理ホラー『テイク・シェルター』 [第162回] 森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン! [第161回] 鬼才キム・ギドクの"多重人格ショー"セルフドキュメンタリー『アリラン』 [第160回]映画創成期に散った"殉教者"への聖歌 3D映画『ヒューゴの不思議な発明』 [第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』 [第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』 [第157回] 韓国映画の名匠が明かす"創作の極意"イ・チャンドン監督『ポエトリー』 [第156回] ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』 [第155回] 米国に半世紀も君臨した"影の大統領" FBI初代長官『J・エドガー』 [第154回]犯罪者たちに学ぶ"人心掌握術"の奨め『アニマル・キングダム』『預言者』 [第153回]"地獄"からの生還者・板尾創路の凄み 古典落語を過激に脚色『月光ノ仮面』 [第152回]早くも2012年ベスト1映画が登場!"代理殺人"を巡る恐怖『哀しき獣』 [第151回]父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』 [第150回]米国お笑い横断旅行『宇宙人ポール』人間のちっぽけな悩みはETが解決! [第149回]70年前と変わらない日本人の精神構造『聯合艦隊司令長官 山本五十六』 [第148回]追悼......"永遠の反逆児"原田芳雄さん幻の主演作『原子力戦争』がDVD化 [第147回]"ファスト風土"を舞台にした犯罪喜劇 J・アイゼンバーグ主演『ピザボーイ』 [第146回]"正義のゾンビ"が犯罪者を貪り喰う! イラク戦争奇談『ゾンビ処刑人』 [第145回] "時代の寵児"の未ソフト化作品上映!「松江哲明グレイテスト・ヒッツ」 [第144回]原発事故を描いた『カリーナの林檎』と今関あきよし監督の背負った贖罪 [第143回]"窮屈なモラル"を脱ぎ捨てた裸の女たち 園子温監督の犯罪エロス『恋の罪』 [第142回]ノーベル賞作家・川端康成が夢想した新風俗『スリーピングビューティー』 [第141回]横暴な上司は有志社員が制裁します!『モンスター上司』のブラックな笑い [第140回]"クソみたいな社会を変えたい!"高校生テロリストの凄春『アジアの純真』 [第139回] うつ病なんかヘーキ!? 宮崎あおい主演作『ツレがうつになりまして。』 [第138回]"神話"が生まれる瞬間を目撃せよ! 人類への黙示録『猿の惑星:創世記』 [第137回]刑務所で食する至高の味『極道めし』ヒロインの後ろ姿に、むせび泣き! 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[第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? 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人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』

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リドリー・スコット監督にとって原点回帰作と
いえるSFミステリー『プロメテウス』。
考古学者のエリザベス(ノオミ・ラパス)らは
35光年離れた惑星で“創造主”が残した遺跡を発見!
 『エイリアン』(79)でブレイクした“希代のビジュアリスト”リドリー・スコット監督にとって久々のSF作品となる『プロメテウス』。人間に“火”という文明をプレゼントしたギリシア神話の巨人神・プロメテウスの逸話をモチーフに、宇宙を舞台にした壮大なるトンデモストーリーを展開している。SF映画好きな人間なら、デジャヴな感覚に襲われるだろう。主人公たちを乗せた宇宙船が未知なる惑星に到着してからの展開は、「あっ、この光景は見たことある!」と背筋がゾクゾクッと来るはずだ。映画好きな人間にとっての懐かしい記憶と同時に、もしかすると人類は映画の主人公たちと似たような行為を犯しているのではないかという不安が頭の中によぎり、奇妙な感覚に陥る。  リドリー・スコット監督は、前作『ロビン・フッド』(10)で13世紀に成立した大憲章(マグナカルタ)の舞台裏には自由を愛する義賊ロビン・フッドの活躍があったという大風呂敷を広げてみせた。世界初となる“憲法誕生”秘話に続いて選んだテーマが、“人類の起源”という人間にとっての根源的な謎。一体、この地球上にホモ・サピエンスはどのようにして誕生したのか? もしかすると、高度な文明を持った異星人によって地球上に種が蒔かれたのではないのか? 映画という箱庭を使って、リドリー・スコット監督はその仮説がどれだけ信憑性があるかを探っていく。
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大企業ウェイランド社の重役であるヴィッカー
ズ(シャーリーズ・セロン)が宇宙船の監督
官として乗船。もちろん営利目的ですよ。
 物語は地球から始まる。今世紀末、考古学者のエリザベス(ノオミ・ラパス)は公私にわたるパートナーであるホロウェイ博士(ローガン・マーシャル=グリーン)と共にスコットランドの洞窟で3万5,000年前の壁画を発見する。すでに世界各地の古代遺跡からも同じような壁画が見つかっている。人類や動物たちを従えた巨人が空の星を指さしている図だ。「この巨人は、人類を作り出したエンジニア(創造主)に違いない!」と感動のあまり涙ぐむエリザベス。各地で発見された壁画を分析した結果、巨人が指さす星は実在することが判明。「これは創造主から人類への招待状なのよ!」と主張するエリザベスとホロウェイ博士を隊長にした探査チームが結成され、大企業ウェイランド社が製造した宇宙船プロメテウス号は35光年離れた惑星へと向かう。2093年、それは人類と“創造主”がコンタクトを果たす記念すべき年になるはずだった。  宇宙船プロメテウス号は2年がかりでようやく“約束の地”である惑星に到着するが、そこは超ハイセンスな高層ビルが並ぶ未来文明都市でもお花畑が広がる桃源郷でもなかった。重金属まじりの砂嵐が吹き荒れる、どちらかというと地獄の一丁目のような荒涼とした風景。宇宙船のレーダーが砂漠の真ん中にある小高い丘をキャッチする。この丘はドーム状の空洞となっており、明らかに人工物だった。エリザベスら探査チームは古代言語に精通したアンドロイドのデヴィッド(マイケル・ファスベンダー)を連れ、“創造主”に謁見せんと喜び勇んでドームの中へと駆け込んでいく。ところが中は薄暗くてイヤ~な感じ。ようやく発見できたのは、“創造主”のひとりと思われる巨人のミイラ化した遺体と謎の部屋に隠されていた奇妙な壺の数々……! 調査が進み、次第に状況が明らかになっていく。どうやら、この巨人は2000年前に息絶えたらしいこと、この惑星は巨人にとっての母星ではないらしいこと、このドームは何かの実験施設らしいことが分かる。一体、我々の“創造主”はこんなうらぶれた惑星で何の実験を行なっていたのか? やがて宇宙船プロメテウス号の乗組員たちに次々と異変が起き、エリザベスは自分たちがとんでもないパンドラの箱を開けてしまったことに気づく。  SF映画には、様々なメタファーが隠されている。現代社会が抱える問題点が「だまし絵」「隠し絵」のように潜んでいる。ギリシア神話をモチーフにした本作もそうだ。エリザベスたちがドームの中を探検する様子を観て、ドキュメンタリー映画『100,000年後の安全』(09)を連想する人もいるだろう。『100,000年後の安全』はフィンランドで建造中の放射性廃棄物最終処分所“オンカロ”をめぐる危険な話。核廃棄物は現在の人類の科学では処理することが不可能なため、固い岩盤を掘削した地下500メートルの巨大施設内に埋蔵することになる。放射能が人体に影響を及ぼさないようになる10万年後まで厳重に保存しなくてはならない。だが、数万年後の未来人類は、現人類が記した「ここは危険。立ち入るべからず」という警告文を解読することができるのかという問題が生じる。未来人類はオンカロを旧人類が残した古代遺跡と勘違いして掘り出してしまうのではないか。結局、オンカロの建造者たちは名案が思い浮かばず、未来人類がオンカロの存在に気が付かないことをただ祈るしかない。『プロメテウス』を観ていると巨人が残した実験施設とフィンランドの地下に造られたオンカロが頭の中で結びつき、単なるデジャヴでは済まない恐怖に襲われる。“プロメテウスの火”は人間の手に負えないものとして度々原子力の比喩として使われる。
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アンドロイドのデヴィッド(マイケル・ファ
スベンダー)。人間がその起源を探るように、
彼も「人間はなぜ私を作ったのか」という
命題を抱える。
 優れた文明を有した巨人たちは、へんぴな惑星で一体どんな実験を行ない、なぜ途中で放り出したのだろうか。日本の戦後史をかじった人なら、GHQを思い浮かべるかもしれない。「日本人の精神年齢は12歳」と語ったダグラス・マッカーサー元帥率いるGHQは、焼け野原状態だった敗戦国・日本に平和憲法の移植手術を試みる。戦争の放棄、男女平等、社会福祉を謳った進歩的な憲法を植え付けることで、小さな島国を世界で類をみない理想社会に育むつもりだった。だが実験開始から間もなくGHQ内部で主導権争いが起き、理想社会に育て上げる目的は初期段階で頓挫してしまう。朝鮮戦争の勃発により、日本は軍需景気により急成長を遂げることになる。  かつてマッカーサーに「12歳の少年のよう」と称された日本人は、今は何歳になったのだろうか。いつまでも米国に逆らうことのない未成年のままなのか、それとも成熟することなく人生のピークを過ぎてしまったオッサンなのか。一方、人類を生み出した“創造主”から見れば、核廃棄物の処理方法も見つからないまま原発建設を続ける人類はいったい何歳に映るのだろうか。リドリー・スコット監督がこしらえた映画『プロメテウス』は、観る人間によって様々なイマジネーションが呼び起こされる不思議な箱庭だ。 (文=長野辰次) prometheus4.jpg 『プロメテウス』 製作・監督/リドリー・スコット 脚本/ジョン・スペイツ、デイモン・リンデロフ 出演/ノオミ・ラパス、マイケル・ファスベンダー、シャーリーズ・セロン、イドリス・エルバ、ガイ・ピアーズ、ローガン・マーシャル=グリーン、ショーン・ハリス、レイフ・スポール、エミュ・エリオット、ベネディクト・ウォン、ケイト・ディッキー  配給/20世紀フォックス映画 8月24日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー〈3D/2D同時上映〉、8月18日(土)、19日(日)先行上映あり <http://www.foxmovies.jp/prometheus> (C) 2012 TWENTIETH CENTURY FOX ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! B級映画マニアの心を焦がす『王朝の陰謀』 [第168回]人はお下劣な分だけ、強く優しくなれる!? 結婚を控えた女たちの本音『ブライズメイズ』 [第167回]行きすぎたシステム社会に警鐘を鳴らす“ユナボマー・マニフェスト”の映画化『モンスターズクラブ』 [第166回]祭りの終わりと新ステージの幕開け、3部作完結『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 [第165回]すばらしき“コーマン野郎”の世界!『コーマン帝国』、愛と欲望の歴史 [第164回]懐かしき香り漂う、新感覚サスペンス 破滅へ突き進む男の悲劇『ドライヴ』 [第163回] 災害に備えた地下シェルターは必要? 心理ホラー『テイク・シェルター』 [第162回] 森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン! [第161回] 鬼才キム・ギドクの"多重人格ショー"セルフドキュメンタリー『アリラン』 [第160回]映画創成期に散った"殉教者"への聖歌 3D映画『ヒューゴの不思議な発明』 [第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』 [第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』 [第157回] 韓国映画の名匠が明かす"創作の極意"イ・チャンドン監督『ポエトリー』 [第156回] ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』 [第155回] 米国に半世紀も君臨した"影の大統領" FBI初代長官『J・エドガー』 [第154回]犯罪者たちに学ぶ"人心掌握術"の奨め『アニマル・キングダム』『預言者』 [第153回]"地獄"からの生還者・板尾創路の凄み 古典落語を過激に脚色『月光ノ仮面』 [第152回]早くも2012年ベスト1映画が登場!"代理殺人"を巡る恐怖『哀しき獣』 [第151回]父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』 [第150回]米国お笑い横断旅行『宇宙人ポール』人間のちっぽけな悩みはETが解決! 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人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』

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リドリー・スコット監督にとって原点回帰作と
いえるSFミステリー『プロメテウス』。
考古学者のエリザベス(ノオミ・ラパス)らは
35光年離れた惑星で“創造主”が残した遺跡を発見!
 『エイリアン』(79)でブレイクした“希代のビジュアリスト”リドリー・スコット監督にとって久々のSF作品となる『プロメテウス』。人間に“火”という文明をプレゼントしたギリシア神話の巨人神・プロメテウスの逸話をモチーフに、宇宙を舞台にした壮大なるトンデモストーリーを展開している。SF映画好きな人間なら、デジャヴな感覚に襲われるだろう。主人公たちを乗せた宇宙船が未知なる惑星に到着してからの展開は、「あっ、この光景は見たことある!」と背筋がゾクゾクッと来るはずだ。映画好きな人間にとっての懐かしい記憶と同時に、もしかすると人類は映画の主人公たちと似たような行為を犯しているのではないかという不安が頭の中によぎり、奇妙な感覚に陥る。  リドリー・スコット監督は、前作『ロビン・フッド』(10)で13世紀に成立した大憲章(マグナカルタ)の舞台裏には自由を愛する義賊ロビン・フッドの活躍があったという大風呂敷を広げてみせた。世界初となる“憲法誕生”秘話に続いて選んだテーマが、“人類の起源”という人間にとっての根源的な謎。一体、この地球上にホモ・サピエンスはどのようにして誕生したのか? もしかすると、高度な文明を持った異星人によって地球上に種が蒔かれたのではないのか? 映画という箱庭を使って、リドリー・スコット監督はその仮説がどれだけ信憑性があるかを探っていく。
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大企業ウェイランド社の重役であるヴィッカー
ズ(シャーリーズ・セロン)が宇宙船の監督
官として乗船。もちろん営利目的ですよ。
 物語は地球から始まる。今世紀末、考古学者のエリザベス(ノオミ・ラパス)は公私にわたるパートナーであるホロウェイ博士(ローガン・マーシャル=グリーン)と共にスコットランドの洞窟で3万5,000年前の壁画を発見する。すでに世界各地の古代遺跡からも同じような壁画が見つかっている。人類や動物たちを従えた巨人が空の星を指さしている図だ。「この巨人は、人類を作り出したエンジニア(創造主)に違いない!」と感動のあまり涙ぐむエリザベス。各地で発見された壁画を分析した結果、巨人が指さす星は実在することが判明。「これは創造主から人類への招待状なのよ!」と主張するエリザベスとホロウェイ博士を隊長にした探査チームが結成され、大企業ウェイランド社が製造した宇宙船プロメテウス号は35光年離れた惑星へと向かう。2093年、それは人類と“創造主”がコンタクトを果たす記念すべき年になるはずだった。  宇宙船プロメテウス号は2年がかりでようやく“約束の地”である惑星に到着するが、そこは超ハイセンスな高層ビルが並ぶ未来文明都市でもお花畑が広がる桃源郷でもなかった。重金属まじりの砂嵐が吹き荒れる、どちらかというと地獄の一丁目のような荒涼とした風景。宇宙船のレーダーが砂漠の真ん中にある小高い丘をキャッチする。この丘はドーム状の空洞となっており、明らかに人工物だった。エリザベスら探査チームは古代言語に精通したアンドロイドのデヴィッド(マイケル・ファスベンダー)を連れ、“創造主”に謁見せんと喜び勇んでドームの中へと駆け込んでいく。ところが中は薄暗くてイヤ~な感じ。ようやく発見できたのは、“創造主”のひとりと思われる巨人のミイラ化した遺体と謎の部屋に隠されていた奇妙な壺の数々……! 調査が進み、次第に状況が明らかになっていく。どうやら、この巨人は2000年前に息絶えたらしいこと、この惑星は巨人にとっての母星ではないらしいこと、このドームは何かの実験施設らしいことが分かる。一体、我々の“創造主”はこんなうらぶれた惑星で何の実験を行なっていたのか? やがて宇宙船プロメテウス号の乗組員たちに次々と異変が起き、エリザベスは自分たちがとんでもないパンドラの箱を開けてしまったことに気づく。  SF映画には、様々なメタファーが隠されている。現代社会が抱える問題点が「だまし絵」「隠し絵」のように潜んでいる。ギリシア神話をモチーフにした本作もそうだ。エリザベスたちがドームの中を探検する様子を観て、ドキュメンタリー映画『100,000年後の安全』(09)を連想する人もいるだろう。『100,000年後の安全』はフィンランドで建造中の放射性廃棄物最終処分所“オンカロ”をめぐる危険な話。核廃棄物は現在の人類の科学では処理することが不可能なため、固い岩盤を掘削した地下500メートルの巨大施設内に埋蔵することになる。放射能が人体に影響を及ぼさないようになる10万年後まで厳重に保存しなくてはならない。だが、数万年後の未来人類は、現人類が記した「ここは危険。立ち入るべからず」という警告文を解読することができるのかという問題が生じる。未来人類はオンカロを旧人類が残した古代遺跡と勘違いして掘り出してしまうのではないか。結局、オンカロの建造者たちは名案が思い浮かばず、未来人類がオンカロの存在に気が付かないことをただ祈るしかない。『プロメテウス』を観ていると巨人が残した実験施設とフィンランドの地下に造られたオンカロが頭の中で結びつき、単なるデジャヴでは済まない恐怖に襲われる。“プロメテウスの火”は人間の手に負えないものとして度々原子力の比喩として使われる。
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アンドロイドのデヴィッド(マイケル・ファ
スベンダー)。人間がその起源を探るように、
彼も「人間はなぜ私を作ったのか」という
命題を抱える。
 優れた文明を有した巨人たちは、へんぴな惑星で一体どんな実験を行ない、なぜ途中で放り出したのだろうか。日本の戦後史をかじった人なら、GHQを思い浮かべるかもしれない。「日本人の精神年齢は12歳」と語ったダグラス・マッカーサー元帥率いるGHQは、焼け野原状態だった敗戦国・日本に平和憲法の移植手術を試みる。戦争の放棄、男女平等、社会福祉を謳った進歩的な憲法を植え付けることで、小さな島国を世界で類をみない理想社会に育むつもりだった。だが実験開始から間もなくGHQ内部で主導権争いが起き、理想社会に育て上げる目的は初期段階で頓挫してしまう。朝鮮戦争の勃発により、日本は軍需景気により急成長を遂げることになる。  かつてマッカーサーに「12歳の少年のよう」と称された日本人は、今は何歳になったのだろうか。いつまでも米国に逆らうことのない未成年のままなのか、それとも成熟することなく人生のピークを過ぎてしまったオッサンなのか。一方、人類を生み出した“創造主”から見れば、核廃棄物の処理方法も見つからないまま原発建設を続ける人類はいったい何歳に映るのだろうか。リドリー・スコット監督がこしらえた映画『プロメテウス』は、観る人間によって様々なイマジネーションが呼び起こされる不思議な箱庭だ。 (文=長野辰次) prometheus4.jpg 『プロメテウス』 製作・監督/リドリー・スコット 脚本/ジョン・スペイツ、デイモン・リンデロフ 出演/ノオミ・ラパス、マイケル・ファスベンダー、シャーリーズ・セロン、イドリス・エルバ、ガイ・ピアーズ、ローガン・マーシャル=グリーン、ショーン・ハリス、レイフ・スポール、エミュ・エリオット、ベネディクト・ウォン、ケイト・ディッキー  配給/20世紀フォックス映画 8月24日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー〈3D/2D同時上映〉、8月18日(土)、19日(日)先行上映あり <http://www.foxmovies.jp/prometheus> (C) 2012 TWENTIETH CENTURY FOX ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! B級映画マニアの心を焦がす『王朝の陰謀』 [第168回]人はお下劣な分だけ、強く優しくなれる!? 結婚を控えた女たちの本音『ブライズメイズ』 [第167回]行きすぎたシステム社会に警鐘を鳴らす“ユナボマー・マニフェスト”の映画化『モンスターズクラブ』 [第166回]祭りの終わりと新ステージの幕開け、3部作完結『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 [第165回]すばらしき“コーマン野郎”の世界!『コーマン帝国』、愛と欲望の歴史 [第164回]懐かしき香り漂う、新感覚サスペンス 破滅へ突き進む男の悲劇『ドライヴ』 [第163回] 災害に備えた地下シェルターは必要? 心理ホラー『テイク・シェルター』 [第162回] 森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン! [第161回] 鬼才キム・ギドクの"多重人格ショー"セルフドキュメンタリー『アリラン』 [第160回]映画創成期に散った"殉教者"への聖歌 3D映画『ヒューゴの不思議な発明』 [第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』 [第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』 [第157回] 韓国映画の名匠が明かす"創作の極意"イ・チャンドン監督『ポエトリー』 [第156回] ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』 [第155回] 米国に半世紀も君臨した"影の大統領" FBI初代長官『J・エドガー』 [第154回]犯罪者たちに学ぶ"人心掌握術"の奨め『アニマル・キングダム』『預言者』 [第153回]"地獄"からの生還者・板尾創路の凄み 古典落語を過激に脚色『月光ノ仮面』 [第152回]早くも2012年ベスト1映画が登場!"代理殺人"を巡る恐怖『哀しき獣』 [第151回]父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』 [第150回]米国お笑い横断旅行『宇宙人ポール』人間のちっぽけな悩みはETが解決! 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“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』

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映画部の前田(神木隆之介)が脚本・監督を務める『生徒会オブ・ザ・デッド』の撮影現場。
ボクらの邪魔をするヤツは、みんな食い殺してやるッ!
 大学在学中に執筆した朝井リョウの青春小説『桐島、部活やめるってよ』を、神木隆之介、橋本愛、大後寿々花ら若手キャストをそろえての映画化。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(07)が高い評価を得た吉田大八監督が大胆な脚色を加え、校内格差社会に生きるイマドキの高校生たちが刹那的なカタルシスを体感する姿を描いている。映画版ではバレー部のキャプテンで人気者の桐島が部活を辞めた金曜日が何度も何度も繰り返される。まるで押井守監督のカルトアニメ『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84)を観ているかのようだ。『ビューティフル・ドリーマー』は学園祭の前日がエンドレスで繰り返され、高校生たちにとってパラダイスな時間が永遠に続く。一方、『桐島』では大会を直前にしてバレー部の中心選手だった桐島がどうも退部届けを出したらしいという不穏なニュースが流れ、学校中の生徒たちが浮き足だつ。いつまで、こんな宙ぶらりんな状態が続くのか? この映画は金曜日を何度描けば気が済むのか? この後、どんな展開をするのか? 劇中の生徒たち同様に、映画を観ている自分たちも暗い客席の中で不安が高まっていく。  桐島たちが通う高校は、イマドキの全国どの学校もそうであるように、いくつもの階層に分かれている。上流階層にいるのは、桐島の彼女である“帰宅部”の梨紗(山本美月)。校内でいちばんの美女で、いわばセレブ的存在。バトミントン部のかすみ(橋本愛)らとつるんで、おしゃれ女子グループとして一目置かれている。全国大会で活躍した実績と伝統のある男子バレーボール部の部員たちやファッションセンスのいい菊池(東出昌大)らおしゃれ男子たちの“帰宅部”も上流階層。その中心には、いつも桐島がいた。マイペースな沢島(大後寿々花)は教室では目立たないけれど、吹奏楽部の部長という要職に就いている。教室内で最下層にいるのが、映画部の前田涼也(神木隆之介)と武文(前野朋哉)。前田は運動神経ゼロなメガネ男子で、武文は高校生には見えないオッサン顔。クラスの女子からは笑われているが、前田と武文は「映画秘宝」の最新号を教室の片隅でめくったり、人気女優を自分の脳内劇場で勝手にヒロインにして妄想することが楽しくて仕方ない。2人のニヤニヤ顔が、余計に女子たちから「キモい」と罵られる。  何度も金曜日が繰り返され、高校生たちのいつもと変わらない日常風景が映し出されているわけだが、少しずつ時間が前後し、カメラの目線がズレていくことで、生徒たちの人間関係がはっきりしてくる。クラス内は様々な階層に分かれていること。そして、それぞれの階層でも「桐島が部活をやめたらしい」というニュースの受け止め方がずいぶんと違っていることが見えてくる。
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映画部の前田と武文(前野朋哉)。映画コン
クール一次予選を通過したことが全校集会
で紹介されるが、みんなから無視されている
ことを実感中。
 バトミントン部のかすみ、映画部の前田、みんな校内ではグループごとに行動する。おしゃれ帰宅部も運動部も文化部も、それぞれのグループは見えない“繭”のようなもので覆われている。“繭”の中で過ごすのは、とても心地よい。気の合う仲間たちと自分たちの好きなことについて延々とおしゃべり(もしくは練習)を続け、それを遮るものは誰もいない。多分、その見えない“繭”を生み出したのは彼ら・彼女ら自身なのだろう。ひとりぼっちだとクラスのみんなから変人のラベルを貼られ、イジメの対象になりかねない。だから、みんなどこかのグループに所属して安心する。その安心感とひとりぼっちになる恐怖感が合わさって、彼ら・彼女らの毛穴から知らない間に透明な糸が流れ出て、見えない“繭”を作り出してしまう。ずっと、いつまでもこの“繭”の中で過ごすことができれば安全だし、楽しい。でも、その“繭”を内側から破く人間がいた。それが桐島だった。小説版でも映画版でも桐島が部活を辞めた理由は明かされないし、その理由はさほど重要ではない。でも、桐島はバレー部のスター選手で学校の人気者という眩しく輝く“繭”を、自分から真っ先に脱ぎ捨てたのだ。  格差社会ではあるがそれなりに平穏な日々が卒業までは続くかと思っていたけれど、彼ら・彼女らはすでに肉体的にも精神的にも成長を遂げていた。いつの間にか“繭”の中での付き合いが息苦しく感じられるようになっていた。桐島がその先鞭を付けただけで、みんな薄々と察していた。もしくは気が付かないふりをしていた。いつまでも続くと思われていた金曜日が終わり、週末があっという間に過ぎると、学校中の“繭”にひび割れが生じ始める。校内革命の始まりである。革命はいつだって社会の最下層から勃発する。それまでクラスのみんなから虐げられてきた映画部が、革命の狼煙を上げる役割を負う。
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バトミントン部のかすみ(橋本愛)。おしゃ
れ女子グループに所属して、いつもクールな
存在。実はけっこー映画が好き。
 いつもは気弱な前田だが、部活の顧問の反対を押し切ってゾンビ映画の撮影に取り掛かる。題して『生徒会オブ・ザ・デッド』。ジョージ・A・ロメロ監督の傑作ホラー『ゾンビ』(78)の原題『Down of the Dead』をパクった安直なタイトル。内容もきっと、恥ずかしいくらいに安直だろう。でも、ずっと“繭”の中にエネルギーを溜め込んできた前田たち映画部は、映画という表現手段に自分たちの怒り、苛立ち、不安、恐怖のすべてをブチまける。そして、前田たちの一線を踏み越えた行為がきっかけとなり、桐島がいなくなったことでモヤモヤしていた運動部やら帰宅部やらの感情のダムを決壊させることになる。ロメロ監督の『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』(07)がゾンビたちの出現によって世界が崩壊していく様子をドキュメンタリータッチで描いたように、前田の手にした8ミリカメラも校舎の屋上で、それまでの平穏な高校生活、それぞれのグループを優しく守っていた“繭”がグチャグチャに潰れていく瞬間を記録していく。
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映画部が『生徒会オブ・ザ・デッド』を撮影
中の屋上。桐島を捜す運動部や帰宅部がぞろぞ
ろと現われ、不穏な空気が満ちていく。
 原作にはないクライマックスを用意した吉田監督自身、学生時代は8ミリカメラを手にした青春を送っていた。鹿児島で過ごした中学・高校の頃はパンク・ニューウェーヴに傾倒していたという吉田監督だが、大学進学時に石井聰亙(現・石井岳龍)監督の『爆裂都市』(82)に衝撃を受け、映画サークルで自主映画製作を始めた。「ボクが作った第1作のタイトルが『爆裂家族』。もろに『爆裂都市』の影響を受けています(笑)。大学時代は合計3本作ったんですが、最初の『爆裂家族』がいちばん評判が良かった。きっと初期衝動だけで作ったのが良かったんでしょうね。学年が上がるにつれ、『褒められたい』という意識が働き、つまらなくなった(苦笑)」と吉田監督は学生時代を振り返る。大学卒業後はCMディレクターとしてキャリアを積んでいった吉田監督だが、監督作である『腑抜けども』や『クヒオ大佐』(09)『パーマネント野ばら』(10)には常識からはみ出した人間のパンク精神、アナーキーさが息づいている。パッと見は人気若手キャストを配した爽やかな青春映画である『桐島、部活やめるんだってよ』も、その根底には実に不穏なエネルギーが蠢いている。  ゾンビの出現と同時に“繭”を突き破った前田たち。彼ら・彼女らが校舎の屋上から見渡した校外の風景は、それまでの慣れ親しんだ景色とはずいぶん違ったものに見えたはずだ。 (文=長野辰次) kirishima05.jpg 『桐島、部活やめるってよ』 原作/朝井リョウ 脚本/吉安浩平、吉田大八 撮影/近藤龍人 監督/吉田大八 出演/神木隆之介、橋本愛、東出昌大、清水くるみ、山本美月、松岡茉優、落合モトキ、浅香航大、前野朋哉、高橋周平、鈴木伸之、榎本功、藤井武美、岩井秀人、奥村知史、太賀、大後寿々花  配給/ショウゲート 8月11日(土)より新宿バルト9ほか全国ロードショー <http://www.kirishima-movie.com> (c)2012「桐島、部活やめるってよ」製作委員会 ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! B級映画マニアの心を焦がす『王朝の陰謀』 [第168回]人はお下劣な分だけ、強く優しくなれる!? 結婚を控えた女たちの本音『ブライズメイズ』 [第167回]行きすぎたシステム社会に警鐘を鳴らす“ユナボマー・マニフェスト”の映画化『モンスターズクラブ』 [第166回]祭りの終わりと新ステージの幕開け、3部作完結『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 [第165回]すばらしき“コーマン野郎”の世界!『コーマン帝国』、愛と欲望の歴史 [第164回]懐かしき香り漂う、新感覚サスペンス 破滅へ突き進む男の悲劇『ドライヴ』 [第163回] 災害に備えた地下シェルターは必要? 心理ホラー『テイク・シェルター』 [第162回] 森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン! [第161回] 鬼才キム・ギドクの"多重人格ショー"セルフドキュメンタリー『アリラン』 [第160回]映画創成期に散った"殉教者"への聖歌 3D映画『ヒューゴの不思議な発明』 [第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』 [第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』 [第157回] 韓国映画の名匠が明かす"創作の極意"イ・チャンドン監督『ポエトリー』 [第156回] ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』 [第155回] 米国に半世紀も君臨した"影の大統領" FBI初代長官『J・エドガー』 [第154回]犯罪者たちに学ぶ"人心掌握術"の奨め『アニマル・キングダム』『預言者』 [第153回]"地獄"からの生還者・板尾創路の凄み 古典落語を過激に脚色『月光ノ仮面』 [第152回]早くも2012年ベスト1映画が登場!"代理殺人"を巡る恐怖『哀しき獣』 [第151回]父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』 [第150回]米国お笑い横断旅行『宇宙人ポール』人間のちっぽけな悩みはETが解決! 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カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』

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フォトジャーナリストの福島菊次郎さん。ピカドン、学生運動、自衛隊、
軍需産業、三里塚闘争、水俣病、祝島……とカメラで真実を写し出してきた。
 “カメラマンは法を犯してもかまわないんです。問題自体が法を犯しており、それを暴くためならば”。ジャーナリストのあるべき姿を簡潔な言葉で表現してみせたのは、現在90歳となる報道カメラマンの福島菊次郎だ。この言葉はとてつもなく説得力がある。1967年、菊次郎は「撮った写真はすべて検閲を受ける。許可を得た写真のみ雑誌に掲載する」という約束を防衛庁と交わし、自衛隊と兵器産業の内部を3年間にわたって取材撮影する。自衛隊の軍事演習の様子だけでなく、国内の大企業で戦車、潜水艦、ミサイル、戦闘機が製造される過程まで撮影した。菊次郎は予め「撮影禁止場所」を指定してもらい、その区域を重点的に隠し撮り、盗み撮りした。後に写真集『迫る危機 自衛隊と兵器産業を告発する!』(現代書館)として刊行されるこれらのスクープ写真を“武器よさらば”というタイトルで雑誌に掲載する。もちろん事前検閲という約束を反故しての行為だ。雑誌の発売前に防衛庁広報室に呼び出された菊次郎は、雑誌の青焼きを手にした広報課長から「貴様、騙しやがったな」と責められるが、当の本人は平然と言い放つ。「憲法を破って、国民を騙しているのはあなたたちでしょう?」と。写真集が発刊された1970年、菊次郎は暴漢に襲われ、鼻骨骨折。数日後には不審火で自宅を焼かれてしまう。それでも菊次郎はシャッターを押し続ける。ドキュメンタリー映画『ニッポンの噓 報道写真家・福島菊次郎90歳』はカメラを武器にたった1人で日本国を相手に戦い続けている男の記録だ。
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愛犬ロクと共に朝食を摂る福島菊次郎さん。
生活保護を受け取ることを拒否し、男手で
育てた子どもたちからの援助も断って一人
で暮らしている。
 狙撃手が放つ銃弾のように、福島菊次郎がその人生を賭けてシャッターを押してきたモノクロ写真の1枚1枚が見る者の網膜に突き刺さる。菊次郎の最初の被写体となった広島の被爆者である中村杉松さんの太ももには、原爆症の苦しみを一瞬でも忘れたいがために押し付けた刃物の傷跡が幾重にも刻まれている。怒りと苦しみと絶望の年輪だ。『戦場からの報告 三里塚・終わりなきたたかい』(社会評論社)では機動隊と対峙する学生たちが竹槍で武装し、メラメラと殺気が立ち上っている。国内の軍需工場では最新鋭の戦闘機の前で若い作業員たちが自慢げな笑顔を見せている。菊次郎の撮った写真は、戦後日本の平和がいかに“噓っぱち”だったかを訴えている。狙撃手と菊次郎が違うとすれば、狙撃手は安全な場所から標的を狙うのに対し、菊次郎は確実に被写体を自分のものにするために危険を冒して相手に近づくことだろう。福島菊次郎の写真は尋常ならざるほどの至近距離から接写されている。当然だが、これらの写真を撮り上げた菊次郎が費やした気力、体力、精力も生半可なものではなかったはずだ。現在は山口県柳井市のアパートで愛犬ロクと穏やかな自炊生活を送る菊次郎だが、それでもカメラを手にすると表情が豹変する。とても90歳と思えない俊敏な足取りで被写体に迫っていく。  それにしても、福島菊次郎の枯れることにないカメラマンとしての情熱、使命感はどのようにして生まれ、育まれたのか。本作は菊次郎のカメラマンとしてルーツを辿っていく。1921年(大正10年)に山口県で生まれた菊次郎は第二次世界大戦中、広島の輸送部隊に配属されるが、1945年8月1日に宮崎県に移動。このとき菊次郎たちの部隊に命じられたのは、来る本土決戦用の突撃訓練だった。軍事訓練といっても銃も手榴弾も何ひとつない有り様だった。2012年4月に100歳で亡くなった新藤兼人監督の軍隊時代の体験をドキュメンタリー化した『陸に上がった軍艦』(07)で木箱を組み合わせて作った模造戦車に向かって突撃するシーンが再現されていたが、菊次郎も同じような訓練をさせられていたようだ。広島出身の新藤監督も、菊次郎もこのバカげた訓練に従事していたことで、広島での被爆を免れた。命拾いした新藤監督は『原爆の子』(52)から遺作『一枚のハガキ』(11)に至るまで戦争の不条理さを生涯訴え続ける。新藤監督が『原爆の子』を製作していた同時期、菊次郎は戦後の広島で被写体を探してさまよい歩き、おのれの生涯を大きく変えることになる漁師・中村杉松さん一家と知り合う。
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三里塚闘争では成田空港建設反対を訴える地元農民たちを支援する
学生たちが団結。3,500人の機動隊に立ち向かった。(c)福島菊次郎
 広島市江波町で被爆した中村さんは漁に出ることができず、原爆症と貧困に苦しんでいた。奥さんの懸命な看護のお陰で一命を取り留めた中村さんだったが、奥さんは残留放射能を浴び、6人の子を残して亡くなったばかりだった。被写体を探していたはずの菊次郎だったが、中村さんの家に土足同然で上がり込んで、中村さんがもがき苦しむ様子にカメラを向けることができずにいた。シャッターを押すことができないまま、中村さんの家に通い続けていた菊次郎は、ある日、中村さんから懇願される。「仇を討ってほしい。ピカに出会って、このざまだ。ワシの写真を撮って、世界中の人に見せてほしい」。意を決した菊次郎は、10年間にわたって中村さん一家の様子を赤裸々に撮り続けた。1960年に写真集『ピカドン ある原爆被災者の記録』(東京中日新聞)を発表し、菊次郎はプロのフォトジャーナリストとしてデビューを果たす。社会に対する怒りと憎しみの炎、そして生への渇望の中から、カメラマン福島菊次郎は誕生したのだった。  福島菊次郎が手にしたカメラは、持ち主の生き様に感応して特殊な能力を発揮する。権力者がいくら巧みに噓を並べても、真実だけを浮かび上がらせる。菊次郎によると広島の平和記念公園も“平和記念都市”という呼び名も、すべて噓なのだそうだ。それらは日本の戦争責任を欺くための巨大な噓なのだという。そして、菊次郎は福島原発事故でも権力者たちはまた噓をついて国民を欺こうとしていると指摘する。この国の噓を暴け。菊次郎のカメラは、持ち主をまだ休ませようとはしない。
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近代科学の粋を集めた最新鋭戦闘機を製造する工場。
自衛隊および軍需産業の内部を撮った写真は
国内外で大きな波紋を呼んだ。(c)福島菊次郎
 「これが最後の仕事」と称して、菊次郎は2011年9月の反原発集会、さらには福島の被災地へと向かう。90歳となる彼のモノクロ写真は、今なお見る者の網膜に突き刺さる。被災地の瓦礫の山が、広島の記憶と繋がっていく。撮影旅行を終えた菊次郎は山口の自宅へ向かう帰路、途中下車する。自分をこの世界に導いてくれた恩人に逢うためだ。1967年に亡くなった中村杉松さんの墓の前で、菊次郎は嗚咽する。中村さんのお陰でプロのカメラマンになることはできたが、本当に中村さんの“仇”を討つことはできたのかと自問する。  最後にもうひとつ、福島菊次郎が本作で語っている印象的な言葉を紹介したい。「カメラの中立性なんてない。中立的な立ち場でしか撮らないから、いい写真もいいドキュメントもできない。それは、撮る人にとっては楽なわけ。危ないところなんかに入らないし。でも、それでは報道はできない」。  権力者の噓を見破り、それを暴け。そして、みんなに知らせろ。福島菊次郎のメッセージに応えられる人間は、この国にどれだけいるだろうか。 (文=長野辰次) 『ニッポンの噓 報道写真家・福島菊次郎90歳』 監督/長谷川三郎 撮影/山崎裕 プロデューサー/橋本佳子、山崎裕 朗読/大杉蓮 配給/ビターズ・エンド 8月4日(土)より銀座シネパトス、新宿K’s cinema、広島八丁座ほか全国順次ロードショー ※8月4日は銀座シネパトスにて田原総一郎と堤未果とのトークショーあり(12:15の回上映終了後)。 <http://www.bitters.co.jp/nipponnouso> (c)2012『ニッポンの噓 報道写真家・福島菊次郎90歳』製作委員会 ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! 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