この“明るいヘンタイ”っぷりがいいんじゃない!? 会田誠のアートなエロス『駄作の中にだけ俺がいる』

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2007年から「滝の絵」を描き続けている会田誠。
スクール水着姿の少女たちの清純なエロスがキャンバスから弾け出してくる。
 セーラー服(夏服)を脱ぎ捨て、渓流で戯れるスクール水着姿の美少女たち。その数、39人。現代美術家・会田誠の代表作であるアクリル画「滝の絵」は高さ419cm×幅252cmにおよぶ、安土桃山時代の屏風絵を思わせる堂々たる大作だ。ここまでドストレートに少女趣味を押し出されると、清々しさを感じさせるではないか。また、芸術には門外漢でも、これだけの大作を描き上げるためには尋常ならざる情熱が絵の中の少女たちに降り注がれていることが分かる。この突き抜けた“明るいヘンタイ”っぷりが、何とも心地よい。美術館での初の個展となる「会田誠展 天才でごめんなさい」(森美術館)が11月17日(土)~来年3月31日(日)の日程で開催される注目のアーティスト・会田誠の素顔を、ドキュメンタリー映画『駄作の中にだけ俺がいる』は追っている。  会田誠のエッセイ集『カリコリせんとや生まれけむ』(幻冬舎)を読むと、彼の“明るいヘンタイ”芸術家としての萌芽がどのように育まれたのかがわかりやすく紹介してある。会田誠は1965年の新潟県生まれ。初めて射精を覚えたのは中学生のときで、彼を射精に導いた相手は当時の人気アイドル・大場久美子だった。「週刊プレイボーイ」の広告が新聞に掲載されており、広告の中で大場久美子がビキニ姿をさらしているのを少年・会田誠を見逃さなかった。地元の書店で男性週刊誌を買い求める勇気がなかった会田少年は、新聞広告を切り抜き、大場久美子の大切なところを覆ったビキニ部分を丁寧に丁寧に消しゴムと砂消しゴムを併用して取り去ると、その部分にあるだろう柔らかな皮膚部分を鉛筆で想像しながら描き足していった。実用目的で生み出されたヌードコラージュが、会田少年の初めての相手だった。
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会田誠の名前を世に知らしめた代表作。
《巨大フジ隊員VS キングギドラ》1993 年
アクリル絵具、アセテート・フィルム 310 × 410cm 高橋コレクション蔵、東京 
Courtesy: Mizuma Art Gallery
 やがて会田少年は新聞広告の切り抜きを使ったコラージュでは満足できなくなり、顔写真だけを参考にして丸ごとヌードイラストを描くようになる。これならポージングも自由自在である。射精のために自分の妄想を写生した。性欲の高まりと共に、会田少年の描写力はみるみるうちに上達した。会田誠というアーティストは自分のリビドーにとても正直な人であることが、少年期のエピソードから伺える。ヌードモデルにほしのあすかを起用した『少女ポーズ大全』(コスミック出版)という美術教本が2011年に発刊されているが、会田誠が監修・構成を務めている。美少女曼荼羅絵図を思わせるこの『少女ポーズ大全』も実用性と芸術性が両立する素晴らしい内容だ。会田誠は信頼に値する芸術家だと断言できる。  『駄作の中に−』では会田誠と小中高校と一緒だった友人が、少年期の会田について証言する。会田の新作「灰色の山」のモデルも務める会田作品のよき理解者であるその友人によると、会田は小学生の頃からかなり個性的だったそうだ。スカートめくりが小学生の頃に流行っていたが、会田少年は何と大胆にも仰向けで寝た状態のまま床をズルズルッとスライドして女の子のスカートの下にひょいと顔を突っ込んでいたという。これはすごい。自分のリビドーに正直すぎる。会田自身も自分の少年期を振り返るが、今でいうADHDだったとのこと。注意力散漫で、思い付いたことにすぐ熱中する代わりに飽きっぽい、いわゆる問題児だった。まぁ、当時はADHDなんて小難しい用語もなく、集団生活を送るに難のある困ったガキと周囲から認識される程度で済んでいたらしい。
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2009年から「灰色の山」を描き始めた。高さ3m×幅7mの超大作。
延々とサラリーマンの屍を描き続ける、気が遠くなる作業だ。
 集団生活が苦手だった会田少年だが、幸運なことに彼は芸術という自分の個性が活かせる居場所を見つけることに成功した。ヌードイラストで鍛えた描写力とイマジネーションを、その世界で存分に発揮することができた。東京芸術大学油画専攻へと進み、その個性をますます磨いていく。1980年代の大量消費社会の中で青春を過ごし、90年代に入って次々と問題作を発表する。ジャイアンティス化した科学特捜隊の女性隊員が宇宙怪獣に陵辱される「巨大フジ隊員VSキングギドラ」(1993)、手足を切断された美少女が雪の上を散歩する「犬(雪月花のうち“月”)」(1995)、ニューヨークがゼロ戦によって爆撃される「紐育空爆之図(戦争画RETURNS)」(1996)、地上のあらゆる裸女たちが巨大ミキサーの中に詰め込まれた「ジューサーミキサー」(2001)といったエログロ&ナンセンスな作品が話題を呼ぶ。そして、それらの作品は驚くほど時代や事件とシンクロしていた。自分のリビドーに正直だった会田元少年は、日本を代表するポップアートのトップランナーに躍り出ていた。  『駄作の中に−』で多くを占めているのは、代表作「滝の絵」の仕上げに没頭する2009年から2010年に掛けての会田誠の姿だ。大作を仕上げるには東京の狭いアトリエでは窮屈なため、北京の住居つきアトリエに長期間篭って作業に取り組む。製作を始めてから2年以上が経つが、まだ完成には至っていないと会田は納得しない。どの時点で完成なのかは、本人以外には判断できない。そして『駄作の中に−』が非常に興味深いドキュメンタリーとなっているのは、北京のアトリエで「滝の絵」と同時進行で、「滝の絵」を凌駕する超大作「灰色の山」の製作に着手しているということ。この「灰色の山」は視界いっぱいに灰色の山々が連なり、近づいてよ~く見てみるとサラリーマンの死体が積み重なって山ができていることがわかる。集団生活を送るのが苦手で芸術の世界に進んだ会田誠が、直感的かつ客観的に現代社会を見つめたものなのだろう。  会田いわく「死体ばかり延々と描き続けるのは非常にしんどい」ので、息抜きを兼ねて「滝の絵」の美少女たちの世界を並行して仕上げている。我々観客はここでふと気づく。スクール水着の美少女たちが戯れる「滝の絵」と、その隣にはサラリーマンの死体が累々と堆積する「灰色の山」が並ぶ。この2つの大作は表裏一体の関係にあるのだと。美少女たちの清純たるエロスの祭典は、ワイシャツ姿のボロボロになった名もなきオッサンたちの屍のピラミッドの上に花開いているのだと。会田誠というアーティストの中から、美しいものを純粋に求める異常なまでの情熱の結晶と、そこから振るい落とされていった毒素が溜まりに溜まってできた地獄絵図の2つが産み落とされたわけだ。40歳代になった会田誠は、単なるヘンタイ画家ではなく、時代を見据える現代美術家として確固たる存在となっていた。
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ミヅマアートギャラリーでの個展初日。美大に代々伝わってきた正調
「よかちん」を会田は現代に蘇らせる。
 『駄作の中に−』のカメラは、会田誠の家族も被写体として登場させる。会田の妻・岡田裕子も現代美術家であり、夫に頼まれてヌードモデルを引き受けることもある。才能溢れる夫を深く愛していることが、その表情から伝わってくる。自由で大らかな雰囲気の漂う2人の自宅には、若い芸術家たちが度々食事がてら遊びにくる(旬のアーティスト・チンポムは、会田家にたむろっていた若者たちによるユニット)。でも、自由すぎる両親のもとに生まれた子どもは、ある意味で大変だ。2人には小学生になる息子・寅次郎くんがいる。カメラの前では明るく元気ハツラツな寅次郎くんだが、あまりに自由すぎる両親を見て育ったせいか、父親の性格を濃く受け継いだせいか、現代の学校関係者が神経質なのか、寅次郎くんは同世代の子たちと一緒に過ごすがチト難儀らしい。母親である岡田裕子は学校から呼び出されて頭を悩めるが、父親である会田誠は展覧会までの期日が迫っており自宅に帰ることすらおぼつかない。その代わり、「滝の絵」や「灰色の山」といった作品をアトリエで仕上げる様子を、そのまま息子に見せる。寅次郎くんは学校の授業で習うことよりも、もっとすごいことを父親の背中から感じ取っているようだ。寅次郎くんが将来、どのような道に進むのか楽しみでもある。  2010年5月、会田誠が芸術活動の拠点としているミヅマアートギャラリーで個展が開催され、このドキュメンタリー映画もクライマックスを迎える。まだ未完成ながら、会田が芸術家生命を賭けた超大作「灰色の山」が一般客に初披露される。個展を直前にして会田は、もうひとつビデオアートを製作することを思い付く。題して「よかまん」。会田が通った東京芸術大学には代々にわたって「よかちん」という裸芸が受け継がれていたそうだ。新入生歓迎コンパで、すっぱだかになった先輩が股間に一升瓶を挟んで「はぁ~、よかちんちん♪」と歌い踊るもの。芸術論やデッサン力よりも何よりも、芸術家たるものはバカであれ、という尊い教えが込められた伝統芸だ。ところが、近年の美大は女子学生が圧倒的に増え、昔ながらのマッチョで下品でバカ丸出しな裸芸はすっかり廃れてしまった。そこで会田は提唱する。女性が社会進出を果たした現代社会にこそ相応しい、新しいアートパフォーマンスを。ビデオの中では、裸の女性が股間にザルを当てて歌い踊る。「はぁ~、よかまんまん♪」と。この「よかまん」を見ただけでも『駄作の中に−』は素晴らしく価値のあるドキュメンタリーだと思える。「よかちん」と「よかまん」が同時に存在することによって、この世界は誕生した。会田誠は自分のリビドーに常に正直な人だ。 (文=長野辰次) dasaku_5.jpg 『駄作の中にだけ俺がいる』 監督/渡辺正悟 撮影/大石英男 ナレーション/岡田裕子  配給ブラウニー 11月10日より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開中  (c)ザ・ファクトリー <http://www.aida-artmovie.com> ●「会田誠展:天才でごめんなさい」 2012年11月17日(土)~2013年3月31日@森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)作品表現の過激さから、これまで実現しなかった会田誠の世界初となる大規模個展。公立の美術館での展示がNGとなるキワドイ作品を集めた「18禁部屋」が設けられることでも話題だ。 <http://www.mori.art.museum/contents/aidamakoto> 『駄作の中にだけ俺がいる』×「会田誠展:天才でごめんなさい」半券相互割引キャンペーン実施中! 映画、展覧会の半券もしくはチケット(未使用も可)をそれぞれの窓口で提示すると当日料金が割引に。 ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第196回]三池監督ならではの“いのちの授業”が始まる! サイコパス教師と過ごす恐怖の文化祭『悪の教典』 [第195回]“絶対的価値”を求める男たちの翔んでもロマン! 井筒監督の犯罪サスペンス『黄金を抱いて翔べ』 [第194回]禁断の蜜が溢れるSM世界『私の奴隷になりなさい』セクシーアイコン・壇蜜がすべてをさらけ出した! 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[第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

三池監督ならではの“いのちの授業”が始まる! サイコパス教師と過ごす恐怖の文化祭『悪の教典』

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性善説に基づいた学校社会に、もしサイコパスが紛れ込んでいたら? 
貴志祐介の原作小説を、三池崇史監督&伊藤英明主演で映画化した『悪の教典』。
 いつも爽やかな笑顔を振りまく高校教師・蓮実聖司。弁が立ち、行動は機敏。彼が担当する英語の授業は楽しくて、ためになる。生徒はもちろん、同僚である教師たちからの信頼も抜群だ。だが、蓮実先生にはひとつだけ秘密があった。それは生まれつき共感能力のないサイコパスであるということ。その事実に一部の生徒たちが気づき始めたとき、蓮実先生はその本性を剥き出しにする。貴志祐介のベストセラー小説『悪の教典』が、三池崇史監督の手で完全映画化された。超多忙にも関わらず、みずから脚本も手掛けるという熱の入れようだ。そしてサイコパス教師を演じるのは、『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』(07)以来の三池作品となる伊藤英明。『海猿』シリーズで人命救助に情熱を注いできた正義のヒーローから一転、自分の秘密を守るためには教え子だろうが恋人であろうが容赦しない最凶のダークヒーローに挑んでみせた。  舞台となるのは、郊外にある私立高校。英語教師の蓮実聖司(伊藤英明)は端正なマスクと明るい性格から、生徒たちから「ハスミン」の愛称で親しまれている。NY帰りの英語は実用的で、生活指導にも熱心な教員である。だが、蓮実が担任であるクラスの女子生徒・片桐怜花(二階堂ふみ)は蓮実に対し直感的に得体の知れない恐怖を感じていた。怜花と仲の良い早水圭介(染谷将太)は興味本位で蓮実の身辺を調べ始める。一方、物理教師の釣井(吹越満)もワケありな教師だった。釣井も不審に思う。偽善者ぶったヤツを見ると虫酸が走るはずなのに、蓮実にはそれを感じない。どうやら、自分と同類の仮面教師らしい。明るい学園生活の水面下で、微妙に不穏な空気が立ち込める。蓮実はただ自分が考える理想の学園を作り上げることが目標だったが、次第に秘密が漏れていく。蓮実は少し考え、そして決断する。自分の正体に気づいた一部の生徒たちを含め、みんなこの世から卒業してもらおうと。文化祭の前夜、泊まりがけで学校に集まった自分の担当するクラスの生徒40数名の前にショットガンを手にした蓮実が現われる。「みんな、卒業おめでとう」。前代未聞、阿鼻叫喚の殺戮ショーの幕開けだ。  R15指定となった本作を観る上で留意したいのは、これは善が勝ち、悪が滅びるという善悪の二元論の物語ではないということ。宇宙の片隅で地球という惑星が生まれ、その惑星の中に生命が発生し、そこからありとあらゆる生物たちが進化し、自然淘汰の歴史が繰り広げられ、そしてあらゆる手段を講じた人類が生き残って現代に至った。ソフィスティケートされた現代社会では人間が同じ人間を殺すことは野蛮であると戒めが設けられた。戦争のない平和社会の誕生だ。誰もが愛を謳歌し、自由を満喫する現代社会に、ひとりのマイノリティーに属する男が生まれ落ちた。生まれつき共感能力が欠落していたその男は医学的にサイコパスと分類される。サイコパスとしてこの世に生を受けた男・蓮実聖司は、自分とは異なる価値観を持つ現代社会で懸命にサバイバルに挑む。それが『悪の教典』なのだ。  三池監督作品では、原作者がよく物語上に登場する。『インプリント ぼっけえ、きょうてえ』(05)では岩井志麻子が強烈なサディスティックぶりをみせた。『漂流街』(00)では馳周星がみずから格闘場に降り立ち、サングラスごしに不敵な笑みを浮かべた。『妖怪大戦争』(05)の水木しげるは特殊メイクした妖怪たちよりも妖怪らしかった。三池監督作品ではその世界の創造者である原作者自身がお祭り会場の真ん中に組まれた櫓に上がって、祭りダイコを叩き鳴らす。誰も見たことのない奇妙な祭りの始まりだ。本作もそうだ。原作者の貴志祐介は序盤の職員室シーンから登場し、主人公の蓮実に向かって「がんばってください。期待してますよ」と励ましの言葉を掛ける。物語が始まって間もないこの時点で、蓮実の正体を知っているのは原作者だけなのだ。原作者から力水を与えられ、蓮実は生徒たちが待つ教室に向かう。フィクションならではの狂気の祭りへと突き進んでいく。共感できるはずのないサイコパス教師の一挙手一投足から、我々観客は目が離せなくなる。  三池作品において、モラルや常識から解き放たれたキャラクターたちはひと際美しい。『ヤッターマン』(08)のドロンジョ(深田恭子)は誰よりも妖艶かつ清純だった。『十三人の刺客』(10)で13人目の刺客となる“山の民”小弥太(伊勢谷友介)はただ面白そうだからという理由で殺戮の場に身を投じる。社会制度とは縁のない小弥太は常人離れした身体能力と美しい容姿の持ち主だ。小弥太と違って、身分制度に縛られている『一命』(11)の主人公たちは武家社会の枠組みの中で犬死にするしかなかった。『悪の教典』の主人公・蓮実は、ドロンジョや小弥太と同じく、法律や常識に縛られない“自由で美しい”生き物なのだ。文化祭の前夜に現われた蓮実はショットガンを片手に目がランランと輝く。三池監督は蓮実のことを精神的欠陥を抱えた社会的弱者ではなく、絶対的な強さを誇る“破壊神”として描く。破壊神として目覚めた蓮実は、同僚である教師にも自分の教え子たちにも躊躇することなくショットガンを突き付ける。先生と生徒という従属関係から逃れられない者は、蓮実の凶弾に倒れるしかない。破壊神を前にして、一体どれだけの生徒が生き残れるのだろうか。  三池監督がノリノリで演出していることが判別できる、ひとつのキーアイテムがある。三池監督の代表作を振り返ると、世界へその名を知らしめた『オーディション』(00)、Vシネマながらカンヌ映画祭に出品された『極道恐怖大劇場 牛頭』(03)、全米を震え上がらせた『インプリント』、初のメジャー作品『妖怪大戦争』、そして『ヤッターマン』に『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』(10)、『十三人の刺客』……そして本作、といずれの作品にも奇妙に蠢くクリーチャーが登場するということだ。ドロンジョ、小弥太、蓮実聖司ら常識から解放された“自由で美しい人”が輝けば輝くほど、クリーチャーはイモ虫のように醜くうごめく。キレイはキタナイ、キタナイはキレイ。きっと、多分、このイモ虫はやがてサナギとなり、破壊神がすっかりつまらない常識や退屈なモラルを破壊し尽くした後で、美しく羽化して新しい世界へと羽ばたいていくのだろう。  地獄の向こう側に新しい世界が待っている。そこは善悪という二元論に縛られていては決して辿り着けない広大な世界だ。頭にあるモラルや常識を棄てて、三池監督が作り、伊藤英明がいざなう血の池地獄へ飛び込むしかない。そこにはまだ誰も見たことのない、美しい世界が広がっている。 (文=長野辰次) 『悪の教典』 原作/貴志祐介 監督・脚本/三池崇史 出演/伊藤英明、二階堂ふみ、染谷将太、林遣都、浅香航大、水野絵梨奈、山田孝之、平岳大、吹越満 R15 配給/東宝 11月10日(土)より全国ロードショー (c)2012「悪の教典」製作委員会 <http://www.akunokyouten.com> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第195回]“絶対的価値”を求める男たちの翔んでもロマン! 井筒監督の犯罪サスペンス『黄金を抱いて翔べ』 [第194回]禁断の蜜が溢れるSM世界『私の奴隷になりなさい』セクシーアイコン・壇蜜がすべてをさらけ出した! [第193回]“無意識の湖”に身を投じたユングと女性患者の行方──クローネンバーグの恋愛サスペンス『危険なメソッド』 [第192回]“お蔵入り映画”が人命救助を果たした!? 実話をベースにした大冒険ロマン『アルゴ』 [第191回]我が家に“食人族”がやって来た! 奇才ジャック・ケッチャムの異形世界『ザ・ウーマン』 [第190回] 裏切り&結託は当たり前。今の政界にそっくり! 極道たちのバトルロワイアル『アウトレイジ ビヨンド』 [第189回] これが全米を熱狂させた“USA版バトル・ロワイアル”! 殺人リアリティーショー『ハンガー・ゲーム』 [第188回]行き詰まった人生の扉を開く鍵は“銭湯”にあり? 内田けんじ監督のオリジナル作『鍵泥棒のメソッド』 [第187回]大家族の伝統料理から超手抜きレシピまで勢ぞろい! 台所から見えてくる中東の家庭事情『イラン式料理本』 [第186回]“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』 [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! 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[第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

“絶対的価値”を求める男たちの翔んでもロマン! 井筒監督の犯罪サスペンス『黄金を抱いて翔べ』

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240億円相当の金塊を強奪する計画を練る6人の男たち。
銀行本店から金塊を奪うことに成功すれば、それは日本経済を揺るがす大事件だ。
 初めに金塊ありき。銀行を襲撃する男たち6人を束ねる北川は高らかにそう宣言する。ヨハネの福音書にある「初めに言葉ありき」をもじったものだ。北川は続ける。「金塊は我々と共にありき。我々の結束は肉の欲によらず、人の欲によらず、ただ金塊によって生まれしものなり」。6人の男たちはメガバンクで厳重に保管されている240億円相当の金塊を強奪しようと企んでいた。直木賞作家・高村薫の処女小説を妻夫木聡、浅野忠信、西田敏行らオールスターキャストで映画化した『黄金を抱いて翔べ』は、男臭くてゴツゴツした井筒和幸監督らしい作品だ。男たちは銀行強盗という犯罪に手を染めるわけだが、映画の世界ではそれは違った意味を持つ。絶対に不可能なことに挑む冒険者として彼らは登場する。男たちが欲しいのは、日本銀行が発行した債券である紙幣ではなく、あくまでも純金なのだ。永遠不変の価値を持つ絶対的な存在を手に入れようと男たちは立ち上がる。リスクを避けることが最優先される現代社会において、ロマンのために殉じて構わないという大ロマンチストたちの物語だ。  井筒監督の出世作『ガキ帝国』(81)や『岸和田少年愚連隊』(96)と同じく大阪が舞台。『パッチギ!』(05)は京都が舞台だが、これも関西圏ということでひと括りにしてしまおう。これらの作品はどれも閉塞的状況の中で突破口を求めてもがき苦しむ若者たちのドラマだ。突破口がなかなか見つからず、男たちはドツキ合う。そうするしかエネルギーの捌け口がなかった。『黄金を抱いて翔べ』ではそのエネルギーの捌け口が銀行襲撃へと向かう。高村薫は『黄金を抱いて翔べ』の中で、実に大胆な銀行襲撃プランを考え出した。銀行の地下に保管された金塊を盗み出すために、男たちは二手に別れて、まず中之島変電所をド派手に爆破してしまう。大阪の都心部一帯を停電させ、警察の目を引きつける陽動作戦だ。続いてケーブル回線が通る地下共同溝をこれもダイナマイトで爆破。これによって銀行の電話回線や警備会社と繋がった通信回線もすべて遮断されてしまう。そして銀行の裏口で待機していた実行部隊は非常用電力で動くエレベーターに乗って堂々と地下金庫へ向かい、破壊力抜群なプラスティック爆弾で金庫の扉ごと吹き飛ばしてしまおうというもの。何とも豪快な襲撃プランだ。
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北川(浅野忠信)は妻子持ちだが、抑えがたい破壊衝動の持ち主。
学生時代からの悪友・幸田(妻夫木聡)を銀行襲撃計画に誘う。
 大胆さと細心さを併せ持つ北川(浅野忠信)をリーダーに、6人の男たちが集まる。裏社会で便利屋として働き、どんな鍵でも開けてしまう幸田(妻夫木聡)。システムエンジニアで銀行のセキュリティーシステムに詳しい野田(桐谷健太)、元エレベーター技師で銀行の警備員たちと面識のあるジイちゃん(西田敏行)。爆弾製造を担当するのは、北朝鮮の元特殊工作員・モモ(チャンミン:東方神起)。さらに、怖いもの知らずのバイク野郎である北川の弟・春樹(溝端淳平)が仲間に加わる。6人の男たちには、ある共通点があった。あくせく頑張って働き続けても、もう上にあがるサイコロの目は出ないことを悟っている点だ。このままジリ貧の人生を過ごすよりは、イチかバチかのドデカい勝負をしてみたい。男たちの思惑は、金塊強奪という大博打に収斂されていく。間違ったことに一途になる男たちの姿は、それが取り返しがつかない分だけ、とても滑稽で同時にとても美しい。  緻密な文章を綴る直木賞作家・高村薫と無頼派・井筒監督は同世代で関西出身ということ以外にも接点があった。井筒監督は1991年に大作時代劇『東方見聞録』の撮影中に若手キャストが事故死するという不運に見舞われた。この作品も財宝を求める若者たちの冒険談だったが、事故のため公開中止に(ビデオ作品として93年に発売)。92年には製作会社ディレクターズ・カンパニーが倒産し、井筒監督は遺族に対して個人で賠償金を払い続けた。そんな不遇の時期に温めていた企画が、90年に日本推理サスペンス大賞を受賞した高村薫の処女小説『黄金を抱いて翔べ』の映画化だった。当時、誰よりも金塊を欲していたのは井筒監督だったのだ。映画を撮ることもできず、カラオケ用のビデオを撮っていた井筒監督は、崔洋一監督から「たまには撮影現場に来いよ」と誘われて、崔組の現場で死体役を演じる。これが高村薫の直木賞受賞作の映画化『マークスの山』(95)だった。『マークスの山』で見事な死体役を演じた井筒監督は、その現場にいた松竹のプロデューサーから声を掛けられ、低予算映画『岸和田少年愚連隊』を撮ることで監督復帰する。バブルが崩壊し、あらゆる価値観が揺らぐ90年代、井筒監督は高村作品がきっかけで映画界への帰還を果たした。
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『ゲロッパ!』(03)、『パッチギ!』(05)にも出演した桐谷健太は、
借金を抱えたエンジニア・野田役。命の危険を感じ、ビビってしまう。
 井筒作品と思えないほど、豪華キャストがそろった本作。実はキャスティングもワケあり。シネカノンの大ヒット作『フラガール』(06)は企画当初は『パッチギ!』を当てた井筒監督が撮る予定だった。だが、炭坑会社の社長を中心にした美談にまとめるのがイヤで井筒監督は降りてしまい、李相日監督に急遽バトンが渡され、少女たちの爽やかな成長ものへと軌道修正されて成功を収めた。井筒監督版の主人公である若手社員役に考えられていたのが妻夫木聡だった。また、井筒監督はシネカノンで江戸時代に起きた実在の殺傷事件『吉原百人斬り』の映画化を企画していたが、これも頓挫。『吉原百人斬り』の主演に予定されていたのが浅野忠信だった。テレビ番組では傍若無人に振る舞っている井筒監督だが、借りは返すという義理堅い一面を持ち合わせている。その一方、『黄金を抱いて翔べ』では派手な爆破シーンが用意されているが、これは井筒監督が自分の内側に溜め込んできたものを作品の中で思いっきり爆発させているのだろう。  高村薫作品は『マークスの山』に続いて『レディ・ジョーカー』(04)も映画化されたが、膨大な情報量が詰め込まれた高村作品を約2時間という映画の尺でまとめ上げるのは至難の技だ。本作も北朝鮮の元特殊工作員・モモをめぐって、左翼の活動家(田口トモロヲ)、北朝鮮と公安の二重スパイ(鶴見辰吾)らが暗躍する中盤までは目まぐるしく、意識を集中していないと物語から置いてけぼりをくらう。だが、その分だけクライマックスの銀行襲撃シーンが異様なまでに盛り上がる。あれだけ綿密に計画を練り、完璧と思われていた北川たちの銀行襲撃計画だが、直前になって欠員が生じるわ、北川の片腕である幸田は負傷するわ、ベストコンディションからは程遠い状態で襲撃に挑まなくてはならなくなる。永遠の輝きを放つ金塊に比べ、男たちが抱いていた夢の何とモロいことか。
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製作委員会の幹事会社エイベックスがスケジュールを抑え、
日本語に堪能な東方神起のチャンミンが起用された。観客動員の切り札となるか。
 さらに銀行でも、机上論では予測できなかったことが次々と起きる。『黄金を抱いて翔べ』の銀行襲撃シーンは、まるで映画の撮影現場のようだ。最高の脚本と万全のキャストをそろえたはずなのに、ロケ先の現場ではトラブルが次々と発生する。こんなとき、映画監督の対応は2つ。別の日に仕切り直すか、それとも不測の事態を受け止めた上で最後までやり遂げるか。北川はもちろん後者だ。北川は幸田に向かって叫ぶ。細かいことはいいんだよッ。ここまで来たら、あとはもう勢いだ。妻や息子に見せていた優しい笑顔とは異なる不敵な笑みを北川は浮かべる。金庫を爆破することが、北川は楽しくて仕方ない。  果たして金庫の扉の向こうで待っているものは何か? 北川と幸田は、永遠に価値の変わらないものに触れることができるのか? 高村薫の緻密な世界観の中で、井筒監督特有の暴力衝動がとぐろを巻く。流血に彩られた男のロマンがここにある。 (文=長野辰次) orgonwodaitetobe_05.jpg 『黄金を抱いて翔べ』 原作/高村薫 脚本/吉田康弘、井筒和幸 主題歌/安室奈美恵 出演/妻夫木聡、浅野忠信、桐谷健太、溝端淳平、チャンミン(東方神起)、西田敏行、青木崇高、中村ゆり、田口トモロヲ、鶴見辰吾  配給/松竹 11月3日(土)より全国ロードショー  (c)2012「黄金を抱いて翔べ」製作委員会  <http://www.ougon-movie.jp/> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第194回]禁断の蜜が溢れるSM世界『私の奴隷になりなさい』セクシーアイコン・壇蜜がすべてをさらけ出した! [第193回]“無意識の湖”に身を投じたユングと女性患者の行方──クローネンバーグの恋愛サスペンス『危険なメソッド』 [第192回]“お蔵入り映画”が人命救助を果たした!? 実話をベースにした大冒険ロマン『アルゴ』 [第191回]我が家に“食人族”がやって来た! 奇才ジャック・ケッチャムの異形世界『ザ・ウーマン』 [第190回] 裏切り&結託は当たり前。今の政界にそっくり! 極道たちのバトルロワイアル『アウトレイジ ビヨンド』 [第189回] これが全米を熱狂させた“USA版バトル・ロワイアル”! 殺人リアリティーショー『ハンガー・ゲーム』 [第188回]行き詰まった人生の扉を開く鍵は“銭湯”にあり? 内田けんじ監督のオリジナル作『鍵泥棒のメソッド』 [第187回]大家族の伝統料理から超手抜きレシピまで勢ぞろい! 台所から見えてくる中東の家庭事情『イラン式料理本』 [第186回]“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』 [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! 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禁断の蜜が溢れるSM世界『私の奴隷になりなさい』セクシーアイコン・壇蜜がすべてをさらけ出した!

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官能映画『私の奴隷になりなさい』で主演デビューを果たした壇蜜。
アラサーOL香奈が美しくなったのには、人には言えない秘密があった……!
 すっぱだかなのに、どこか気品が漂う。逆に服を着ているほうが襟元からストッキングの編み目から、ドクドクとフェロモンが溢れ出す。壇蜜は不思議な女性だ。29歳でグラビアデビューした遅咲きの逸材。壇蜜が出演したイメージDVDはAmazonのジャンル別売上げトップとなり、彼女のセクシーグラビアを掲載した男性週刊誌は軒並み売上げがアップする。そして31歳にして女優デビュー&初主演を果たしたのが角川映画『私の奴隷になりなさい』。団鬼六先生亡き後のSM映画シーンに、新たにセクシーアイコン・壇蜜が降臨したかっこうだ。今まで寸止めで隠していた大切な部分を、惜しげもなくスクリーン上でさらけ出している。  遅咲きなだけあって、壇蜜のプロフィールはかなりユニークだ。20代後半で芸能界に足を踏み入れる以前は、葬儀関係の職種に就いていたとのこと。大学卒業後に調理師免許をとり、母親と一緒に和菓子店を開くつもりだったが、出資してくれるはずだった知人が急逝。そのことから壇蜜は生命のはかなさを想い、人生の出口を見つめてみようと葬儀業界に身を置いたという。彼女の喪服姿を想像しただけで、妙に息苦しくなってくる。まさに、壇蜜は“エロス&タナトス”の化身ではないか。壇蜜という芸名は彼女自身が考えたもので“仏前のお供え物”という意味らしい。ますます、息が荒くなってくる。その他にも中学時代のニックネームが「愛人」、和菓子会社の製餡工場で汗を流しながらアンコを練っていた、医療関係の仕事にも従事、英語の教員免許を持っている、現在のライバルは「TENGA」……と数え切れないほどのエピソードを持つ。秘蔵されていたワインのごとく、豊饒な味わいを感じさせる女性である。
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香奈を調教する先生(板尾創路)。撮影現場では
壇蜜が「えっ」と一瞬たじろぐほど、板尾が積極的にリードしたらしい。
 壇蜜主演作『私の奴隷になりなさい』は、転職したばかりの僕(真山明大)の視線で物語が進む。若くて、何事もライト感覚な僕はこれはと思った女性たちを次々と口説き落としてきた。ゲーム感覚で目の前にいる女の子たちを軽〜くゲットしてきた。ひとりでいるときはエドワード・ゴーリーの大人向き絵本をめくり、自分でもイラストを描いているが、プロのイラストレーターとして食べていくだけの自信はないし、好きなもののためなら全てを棄てられるという覚悟もない。でも、そんな僕のリビドーを刺激してやまない存在が現われた。転職先である出版社の先輩OLの香奈(壇蜜)だ。落ち着いた大人の雰囲気の香奈はすでに社内結婚しており、夫は大阪に単身赴任中。これまで僕が手玉に取ってきた若い子たちと違って、ガードがやたらと高い。社内で宴会の席で、露骨に香奈へのアプローチを試みるが、「君は仕事を覚える気があるの?」とピシャリと鼻先をへし折られる。悶々とした劣情を抱きながら、香奈と同じフロアで仕事をしていると、ふいに携帯がブルブルと震えた。それは香奈からのメールだった。「今夜、セックスしましょう」。この一通のメールがきっかけで、僕はそれまで知らなかったアブノーマルな世界へとのめり込んでいく。  香奈の美しさには、秘密があった。実は香奈は1年前までは、フツーのOLでしかなかった。顔立ちは整っていたが、保守的な性格で、プライドだけ高く、いつも無難な衣服を着ていた。仕事帰りのバーで、職場の愚痴や上司の悪口を延々と垂れ流し続ける冴えない女だった。バーでその様子を観察していた先生(板尾創路)は、香奈を自分の席に優しく呼び寄せてから、はっきりとした口調でこう言う。「1時間かけてお前がしゃべり続けてきたことは、自分がいかにつまらないセックスしかしてこなかったかということだ」。初対面の他人から浴びせられたこの言葉に、香奈はしたたかに打ちのめされる。この夜から先生の調教が始まった。ご主人さまと奴隷の関係となった2人は、緊縛プレイ、アンダーヘアの剃毛、スパンキング、バイブによるアナル責め……とどんどん過激な世界へと進んでく。  先生との関係が深まるにつれ、香奈は一輪挿しの花が咲き誇るように美しくなった。ご主人さまという何よりも大事な存在ができたことで、職場や家庭で無駄な愚痴や口論をすることがなくなった。先生からいつ呼び出されるか分からないので、いつもセクシーな下着を身に付けるようになった。香奈が美しく変身していくことを、夫や同僚や得意先の男性社員たちも喜んだ。ため息が出るほど美しく変貌を遂げた香奈に、僕は魅了されてしまったのだ。メールの後、香奈からハメ撮りを強要された僕は、やがて彼女の秘密を知ることになる。香奈に「セックスしましょう」というメールを送らせたのは先生だった。先生は、僕と香奈との密会をスワッピングとして楽しんでいたのだ。全ては先生の遠隔操作だと分かっていても、僕は香奈との禁断の関係をやめることができない。
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メイキングDVD『壇蜜と僕たち』が現在リリース中。
映画本編がR15なのにメイキングはR18という謎のレイティングなのだ。
 『私の奴隷になりなさい』の原作者は覆面作家のサタミシュウ。ある人気作家の別名だそうだ。SMをテーマにした官能小説だが、団鬼六先生のハードなSM世界とはずいぶん趣きが異なる。谷ナオミ、杉本彩らが歴代ヒロインを演じてきた『花と蛇』では豪邸で暮らす清楚な人妻・静子が拉致監禁された挙げ句に男たちに陵辱されるという非日常的世界が繰り広げられたが、『私の奴隷になりなさい』では日常生活の中に幾つもの非日常が潜んでいる。先生と香奈、香奈と僕が肉体関係を結ぶことで非日常性が顕在化していく。先生によって調教された香奈はすっぱだかに赤い首輪だけして、僕の前にいる。とてもふしだらな職場の先輩だが、自分に秘密の姿を見せてくれた彼女が愛おしくて堪らない。ゲーム感覚で手軽な女の子を口説いた記憶も、イラストレーターに挑戦してみるかどうかといった日々の悩みも、香奈の裸身の前でことごとく木っ端みじんに砕け散ってしまう。  正体不明の“先生”を演じた板尾創路は、『空中庭園』(05)や『空気人形』(09)などこの手の役を任せると抜群にうまい。主人公たちの性意識から人生観まで変えてしまう“触媒”の役を実にクールに淡々と演じてみせる。演技経験がなく、序盤は芝居が固い壇蜜だが、板尾演じる先生が登場することで表情が一気に変わる。ご主人さまと奴隷という関係性が明示されることで、壇蜜自身も俄然輝きを放ち始める。大人の女の熟れた肉体をさらす一方、ベッドの上で板尾にあやされる姿はまるで赤ちゃんのように純真無垢でもある。やはり、壇蜜は不思議な女性だ。  映画でも原作小説でも、最後まで“先生”は何者なのかは明らかにされない。ただし、先生はとても大事なことを教えてくれる。日常生活を退屈だと感じているのは、自分自身が自分に首輪をして、常識の中に自分を縛り付けているからだということ。愛の奴隷になるということは、淀んだ日常生活から自分の心を解放することでもあるのだ。ご主人さまと奴隷という関係を結ぶことで、常識という名の鎖から解き放たれる。スクリーンの中から香奈が、そして壇蜜がこう囁く。私の奴隷になりなさい。 (文=長野辰次) watashinodoreini4.jpg 『私の奴隷になりなさい』 原作/サタミシュウ 脚本/港岳彦 監督/亀井亨 主題歌/壇蜜「fade」 出演/壇蜜、真山明大、西条美咲、美知枝、菜葉菜、石井明日香、杉本彩、海東健、高松泰治、ウダタカキ、草野イニ、古舘寛治、板尾創路 配給/角川映画 R15 11月3日(土)より銀座シネパトスほかロードショー  (c)2012角川書店 <http://www.dorei-movie.jp> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第193回]“無意識の湖”に身を投じたユングと女性患者の行方──クローネンバーグの恋愛サスペンス『危険なメソッド』 [第192回]“お蔵入り映画”が人命救助を果たした!? 実話をベースにした大冒険ロマン『アルゴ』 [第191回]我が家に“食人族”がやって来た! 奇才ジャック・ケッチャムの異形世界『ザ・ウーマン』 [第190回] 裏切り&結託は当たり前。今の政界にそっくり! 極道たちのバトルロワイアル『アウトレイジ ビヨンド』 [第189回] これが全米を熱狂させた“USA版バトル・ロワイアル”! 殺人リアリティーショー『ハンガー・ゲーム』 [第188回]行き詰まった人生の扉を開く鍵は“銭湯”にあり? 内田けんじ監督のオリジナル作『鍵泥棒のメソッド』 [第187回]大家族の伝統料理から超手抜きレシピまで勢ぞろい! 台所から見えてくる中東の家庭事情『イラン式料理本』 [第186回]“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』 [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! 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“無意識の湖”に身を投じたユングと女性患者の行方──クローネンバーグの恋愛サスペンス『危険なメソッド』

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デヴィッド・クローネンバーグ監督の最新作『危険なメソッド』。
同名舞台の映画化。東海テレビの昼ドラもびっくりな、怒濤のメロドラマが繰り広げられる。
 フロイトとユングといえば精神分析学を語る上で欠かせない2大ビッグネームだが、その2人に多大な影響を与えたひとりの女性がいた。その女性から刺激を受けたことで、フロイトは“タナトス概念”を、ユングは『アニムス・アニマ論』を生み出したと言われている。ただし、その女性はスキャンダラスな存在だったため、歴史から名前が抹消されてしまった。その女性とはロシア系ユダヤ人のザビーナ・シュピールライン(1885〜1942年)。18歳のときに精神患者として、精神科医になりたてだったユングと出会い、症状の回復と共にユングと愛人関係になった。既婚者だったユングは医学界でこのスキャンダルが発覚することを恐れ、一方的に別れを告げる。その後、ザビーナ自身も精神科医となり、ユングの師匠であったフロイトに招かれて精神分析学協会に参加するようになる。フロイトとユングとザビーナは、まるでビリヤードの球のようにお互いを衝き合った。20世紀初頭のヨーロッパで、奇妙な三角関係を描きながら転がり続けた。『スキャナーズ』(81)、『ザ・フライ』(86)から『イースタン・プロミス』(07)に至るまで一貫して人間が変化、変容する様を描いてきたデヴィッド・クローネンバーグ監督が、男と女の心変わり、師と弟子との立ち場の移ろいをケレン味に走らずにしっとりと描いている。  時代は1904年。日本がちょうど帝政ロシアとの日露戦争に突入した頃だ。スイス・チューリヒの大学病院に、18歳の少女ザビーナ(キーラ・ナイトレイ)が運び込まれてくる。裕福なロシア系ユダヤ人の家庭で育ったザビーナは、思春期からずっと精神を患っており、ロシアからはるばるスイスまで最新の治療を求めてきたのだ。エリート精神科医のユング(マイケル・フェスベンダー)にとっては初めての患者。フロイトが提唱したばかりの“談話療法”をザビーナに試してみる。どうやらザビーナは幼少期の体験が原因で、トラウマを抱え込んでいるらしい。ある日、ユングはザビーナを森への散歩に誘うが、ユングがザビーナのコートに付いた土ぼこりをステッキで叩き払おうとすると彼女は表情を一変させる。ステッキがコートを叩く音を耳にしただけで、ザビーナの乳首はキィーンッと硬くなるのだった。ザビーナは幼い頃に厳格な父親から折檻された際に、屈辱と同時に快感を覚えたことを告白する。心を丸裸にされたザビーナはユングのことをすっかり信頼し、またユングは観察力の鋭いザビーナに自分の研究を手伝わせるようになる。すべては治療の一環だった。症状が回復へと向かったザビーナは、ユングが教壇に立つチューリヒ大学医学部に入学。医者と患者という立ち場を離れ、非常に親密な関係となっていく。
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師弟関係にあったフロイト(ヴィゴ・モーテンセン)と
ユング(マイケル・ファスベンダー)だが、ユングは神秘主義、錬金術へ傾倒する。
 その一方、ユングはそれまで手紙でやりとりをしていたフロイト(ヴィゴ・モーテンセン)に対面し、フロイトから「自分の後継者だ」と呼ばれるほどの寵愛を受ける。ユダヤ人で無宗教だったフロイトは医学界で極めて異端な存在で、チューリヒ大学に勤めるスイス人のユングが自分の学説を支持してくれていることは政治的に大きな意味があったのだ。エマ(サラ・ガドン)という愛妻がいながら、破滅になりかねないユダヤ人患者との不倫愛に走るユングを、フロイトはなだめようとする。しかし、フロイトとユングの蜜月期間もそう長くは続かなかった。ユングは次第に“超心理”への関心を深めていき、“超心理”を否定するフロイトとの間に大きな溝が生じていく。ユングとザビーナの男女の関係が、フロイトとユングの師弟関係が、それぞれの家庭環境、学界の事情、そして自我の増長によって揺れ動き、バランスを失っていく。  ヴィゴ・モーテンセンはクローネンバーグの世界を体現化する重要な俳優だ。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)ではヴィゴ演じる父親の過去を知った家族の意識が変容していった。『イースタン・プロミス』では裏社会で暮らしていく中でロシアン・マフィアと同化していく。本作ではヴィゴ扮するフロイトが創り出した“精神分析”の世界で、愛憎の物語が展開される。その当事者であるユングとザビーナが男と女の関係へと踏み出す際のトリガーの役目を果たすのは、『イースタン・プロミス』にも出ていた個性派俳優ヴァンサン・カッセル。カッセル演じるグロスも優秀で野心的な精神科医だが、薬物に溺れてしまって自分が治療を受ける側になってしまった。ユングはグロスにも談話療法を試みるが、グロスは一夫一妻制を否定する快楽主義者。「患者と寝たことはあるか?」「快楽を拒むな」「衝動に降伏しろ」とグロスは囁く。言葉の毒がユングを蝕む。もうユングは心の奥底から欲望が突き上げてくるのを抑えることができない。ユングがザビーナの下宿先へと向かうと、彼女はユングがドアをノックするのをずっと待っていた。父親と同じようにユングにぶたれたザビーナは歓喜に悶え、乳首をカチンカチンに硬くする。2人は医者と患者、先生と教え子という束縛を棄てて、快楽という名の湖へと身を投じる。
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感受性が豊かなザビーナ(キーラ・ナイトレイ)。
人を愛することは相手を傷つけ、また自分自身も傷つくことを思い知る。
 劇中、ユングは何度もボートに乗る。将来を約束されたエリートで、幸福な家庭にも恵まれたユングだが、無意識という広大な湖の上でゆらゆらと揺れるちっぽけな自我でしかない。精神分析医だが、自分自身は分析できない。彼にできたことはザビーナに対し「君には治療費を請求しなかったよ」という別れの台詞を吐いて、彼女を逆上させたことぐらい。妻エマと離婚することはなかったが、また別の女性患者を愛人にしてしまう。ユングと別れて精神科医となったザビーナは、自分自身の気が狂いそうになる実体験を基に“破壊衝動論”へと辿り着く。人間には自己破壊の本能があること、死の衝動によって生の欲望を得るということ、そしてエロスとタナトスは裏表一体の関係であることにザビーナは突き当たる。ユングとフロイトはザビーナの学説に大きな影響を受けるが、フロイトは自著の欄外に小さくザビーナの名前を触れただけにとどめ、ユングはまったくザビーナの存在には言及していない。  これまでのクローネンバーグ作品にはグロテスクさに満ちたバイオレンスシーンが盛り込まれてきたが、『危険なメソッド』では冷静さを装った常識人の残酷さがザビーナをズタズタに打ちのめす。そして、その残酷なオノを振り上げたユングたちも、その返り血を浴びることになる。どうやら、超能力集団スキャナーズや物質移転装置が生み出したハエ男よりも、無意識と自我のはざまで揺れ動く人間の心理がいちばん厄介な存在らしい。その後、ザビーナもユングもフロイトも、第二次世界大戦という世界中がうなされた国家・民族レベルでの巨大な破壊衝動に飲み込まれていく。とりわけザビーナの末路はあまりにも悲劇的すぎる。鬼才クローネンバーグでさえ、彼女の過酷な運命を描き切ることはできなかったようだ。 (文=長野辰次)
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『危険なメソッド』 原作/ジョン・カー 脚本/クリストファー・ハンプソン 監督/デヴィッド・クローネンバーグ 出演/キーラ・ナイトレイ、ヴィゴ・モーテンセン、マイケル・ファスベンダー、ヴァンサン・カッセル、サラ・ガドン 配給/ブロードメディア・スタジオ PG12 10月27日(土)よりTOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー  (c)2011 Lago Film GmbH Talking Cure Productions Limited RPC Danger Ltd Elbe Film GmbH. All Rights Reserved. <http://dangerousmethod-movie.com> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第192回]“お蔵入り映画”が人命救助を果たした!? 実話をベースにした大冒険ロマン『アルゴ』 [第191回]我が家に“食人族”がやって来た! 奇才ジャック・ケッチャムの異形世界『ザ・ウーマン』 [第190回] 裏切り&結託は当たり前。今の政界にそっくり! 極道たちのバトルロワイアル『アウトレイジ ビヨンド』 [第189回] これが全米を熱狂させた“USA版バトル・ロワイアル”! 殺人リアリティーショー『ハンガー・ゲーム』 [第188回]行き詰まった人生の扉を開く鍵は“銭湯”にあり? 内田けんじ監督のオリジナル作『鍵泥棒のメソッド』 [第187回]大家族の伝統料理から超手抜きレシピまで勢ぞろい! 台所から見えてくる中東の家庭事情『イラン式料理本』 [第186回]“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』 [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! B級映画マニアの心を焦がす『王朝の陰謀』 [第168回]人はお下劣な分だけ、強く優しくなれる!? 結婚を控えた女たちの本音『ブライズメイズ』 [第167回]行きすぎたシステム社会に警鐘を鳴らす“ユナボマー・マニフェスト”の映画化『モンスターズクラブ』 [第166回]祭りの終わりと新ステージの幕開け、3部作完結『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 [第165回]すばらしき“コーマン野郎”の世界!『コーマン帝国』、愛と欲望の歴史 [第164回]懐かしき香り漂う、新感覚サスペンス 破滅へ突き進む男の悲劇『ドライヴ』 [第163回] 災害に備えた地下シェルターは必要? 心理ホラー『テイク・シェルター』 [第162回] 森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン! [第161回] 鬼才キム・ギドクの"多重人格ショー"セルフドキュメンタリー『アリラン』 [第160回]映画創成期に散った"殉教者"への聖歌 3D映画『ヒューゴの不思議な発明』 [第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』 [第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』 [第157回] 韓国映画の名匠が明かす"創作の極意"イ・チャンドン監督『ポエトリー』 [第156回] ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』 [第155回] 米国に半世紀も君臨した"影の大統領" FBI初代長官『J・エドガー』 [第154回]犯罪者たちに学ぶ"人心掌握術"の奨め『アニマル・キングダム』『預言者』 [第153回]"地獄"からの生還者・板尾創路の凄み 古典落語を過激に脚色『月光ノ仮面』 [第152回]早くも2012年ベスト1映画が登場!"代理殺人"を巡る恐怖『哀しき獣』 [第151回]父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』 [第150回]米国お笑い横断旅行『宇宙人ポール』人間のちっぽけな悩みはETが解決! 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[第136回]"理想の恋人"という偶像を破壊せよ 深夜番長の劇場デビュー作『モテキ』 [第135回]"城定秀夫監督、ブレイク前夜の予感! 闘争本能を呼び覚ます『タナトス』 [第134回]"人間失格"の道を選んだ映画監督の業 林由美香の最新主演作『監督失格』 [第133回]ホラ吹きのホラを見破る特異な職能 ポランスキー監督『ゴーストライター』 [第132回]芦田愛菜、6歳にして危険な魅力!? 子連れで全力疾走『うさぎドロップ』 [第131回]元"暴走族"が書いた旧友への鎮魂歌 青春懺悔録『アメイジング グレイス』 [第130回]V・ギャロ主演のサバイバルグルメ!? 『エッセンシャル・キリング』 [第129回]『キック・アス』より悪趣味で泣ける 中年男の悪ノリ暴走劇『スーパー!』 [第128回]この夏の清涼剤、地方少女のダンス成長記『あぜみちジャンピンッ!』 [第127回]竹ヤリで世界進出"スシタイフーン"『エイリアンVSニンジャ』ほか逆上陸 [第126回]イーモウ監督、久々のアイドル映画 中華的妹萌え『サンザシの樹の下で』 [第125回]ナタリー・ポートマン vs. ヘビメタ野郎 人気女優の隠し球『メタルヘッド』 [第124回]黒澤明の名作『生きる』のラテン版! ヤモメ男が残した遺産『BIUTIFUL』 [第123回]北国で93年間営業を続ける"大黒座"と町の記録『小さな町の小さな映画館』 [第122回]新幹線がすれ違う瞬間、願いが叶う? 小学生の目線で描かれた『奇跡』 [第121回]理想と情熱がもたらした"痛い現実" 青春の蹉跌『マイ・バック・ページ』 [第120回]胸に響く金言"プロとは手を抜くこと" 職人秘話『アトムの足音が聞こえる』 [第119回]危険な出会い、井口昇ミーツ仲村みう 悪夢の遊園地『富江 アンリミテッド』 [第118回]ナタリー・ポートマン"第1章"の終幕 虚実が攻め合う『ブラック・スワン』 [第117回]"セカイ"を旅立った少女の地底探検記 新海誠監督の新作『星を追う子ども』 [第116回] 美少女たちの輝きが脳裏から離れない。青春ムービー『魔法少女を忘れない』 [第115回] 恋愛が与える"陶酔"とリアルな"痛み"サブカル活劇『スコット・ピルグリム』 [第114回]妄想、空想、そして現実からの大脱走 美少女革命『エンジェル ウォーズ』 [第113回]"3.11"後の新しい映画モデルとなるか『劇場版 神聖かまってちゃん』の挑戦 [第112回]マスコミが讃えた"楽園"のその後、ひとりの少女の成長記録『愛しきソナ』 [第111回]閉鎖的な"村社会"をブチ破ったれ! 韓流サバイバル劇『ビー・デビル』 [第110回]"粋"を愛したフランスの伯父さん J・タチ主演『イリュージョニスト』 [第109回]自分にとって家族は敵か、味方か? オスカー2冠受賞『ザ・ファイター』 [第108回]コーエン兄弟『トゥルー・グリット』40年で変化した"米国のヒーロー像" [第107回]ジョニー・デップが愛した"極道記者" 『GONZO』奇人がスターだった時代 [第106回] 巨匠イーストウッド監督の異色作! 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“お蔵入り映画”が人命救助を果たした!? 実話をベースにした大冒険ロマン『アルゴ』

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カナダ人と偽ってイランに入国したトニー(ベン・アフレック)は、
大使館職員たちに台本を渡し、映画スタッフを演じさせる。
 日本では年間400本前後の映画が劇場公開され、米国ではそれを上回る500~600本もの公開本数を数える。しかし、当然ながら無事に劇場公開まで辿り着けた作品は極わずか。お蔵入りして現像所の倉庫で眠り続ける大量のフィルムに加え、映画会社の片隅で山積みされたまま忘れさられた脚本や企画書の数は天文学的数字に昇る。それら映画になりそびれた夢の断片は、日の目をまったく見ることなく一生を終える。映画スタジオは夢工房であるのと同時に、形にならなかった夢の残骸の墓場でもあるのだ。SFアドベンチャー『ARGO』も、そんな埋もれてしまった企画の1本にすぎなかった。CIAが目を付けるまでは。ベン・アフレック主演&監督による『アルゴ』は、1本の“お蔵入り企画”が人命救助を果たしたという奇想天外な実話をベースにした社会派サスペンスだ。  物語は1979年11月、イラン革命の波が押し寄せる在イラン米国大使館から始まる。悪名高いパーレビ政権を米国政府は支援していた上に、亡命したパーレビ元国王の米国入国を認めたため、イラン国民は「パーレビを引き渡せ」と怒りまくっている。米国大使館は過激派に取り囲まれ、風前のともしびだ。大使館職員とその家族52人がイラン側の人質となるが、6人の職員たちは裏口から逃げ出してカナダ大使の自宅に匿われた。だが、運が良かったのはここまで。街角には革命軍の目が光り、空港は封鎖状態。この6人はテヘラン市内で完全に孤立した形となってしまった。国務省やCIAは6人を救出するため、自転車で国境まで砂漠を走り抜けるなどの作戦を検討するが、現実性があまりにもない。ちなみにイラン側の人質となった52名の大使館職員たちを救出するために翌年デルタフォースが投入されることになるが、この作戦は大失敗に終わっている。そんな中で極秘裏に採用されたのが、CIAで人質奪回を専門とするトニー(ベン・アフレック)が発案した“ハリウッド作戦”だった。  ハリウッド作戦とは何か? 6人もの大使館職員を同時に国外へ脱出させるのは至難の技だ。そこでウソの映画をでっちあげて、映画のロケハンのふりをしてイランに入国。現地で合流した6人を映画クルーに仕立てて、何食わぬ顔でそのまま空港から帰国してしまおうというもの。だいたい、映画の撮影隊にはよく分からない職種の輩がやたらといる。大使館職員たちにカメラとか機材を持たせとけば、バレやしないだろう。恐ろしく大胆にして、すげーアバウト。これ、実際にCIAが採用したミッションなんですよ。
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人質救出は成功しても陰の裏方、失敗したら一生非難される
割の合わない仕事。トニーは黙々と任務を遂行する。
 ハリウッド作戦の指揮をとり、現地にまで飛ぶのはトニー自身。というか、誰もこんな無謀で危険すぎる作戦は引き受けない。相手を欺くには、思い切ったウソのほうがいい。相手だけでなく、味方も騙せるようなじゃないとダメだ。トニーはハリウッドへ向かい、旧知の仲である『猿の惑星』シリーズの特殊メイクアップアーティストのジョン・チェンバース(ジョン・グッドマン)に協力を求める。こんなバカげた作戦に興味を示してくれるのは、ハリウッドでもそういない。チェンバースの推薦で、辣腕映画プロデューサーのレスター(アラン・アーキン)もハリウッド作戦に参加することになる。  ジョン・チェンバースは実在の人物で『猿の惑星』(68)の際にアカデミー賞特殊メイク賞が新設された、その道のパイオニア。レスターは複数のプロデューサーをモデルに合成されたキャラクターだが、ベテラン俳優アラン・アーキンがこの役に見事に命を吹き込んでいる。レスターは派手好きで食わせものの業界人。映画プロデューサーとして現地に乗り込むと意気込むトニーに対し、「お前はせいぜいアシスタント・プロデューサーどまりだな」と水を差す。ウソの企画だが、「映画の基礎となる脚本をおろそかにしてはならない」と主張して譲らない。そこでお蔵入りしていたボツ企画の中からトニーが見つけ出した1本のシナリオが『ARGO』だった。荒涼とした大地が広がる異星を舞台にしたSF冒険活劇。主人公が美女を連れて、悪の首領と戦う荒唐無稽なストーリーだ。中東でロケハンしたいという口実にぴったりではないか。レスターは時代の流れから取り残された賞味期限切れのプロデューサー。これまで口八丁手八丁で、ずいぶん詐欺師まがいのことをやって稼いできた。ここらでフィクションの世界とは別に、人の役に立つことに協力してもバチは当たらないだろう。『ARGO』を映画化するには脚本家協会の許可を取ってギャラを払わなくていけない。そこでレスターは脚本協会を相手にギャラを値切りに値切ってみせる。その一方で、ウソの製作発表会見を開き、ウソの広告をバラエティー誌に出稿する。ウソだらけの企画だが、いつもと同じように堂々とハッタリをかます。ウソの中にリアリティーを染み込ませる。それこそが、レスターができる最大限の協力だった。  1980年1月。カナダ人だと偽ってイランに入国したトニーは、カナダ大使邸に隠れていた6人にハリウッド作戦を説明するが、「マジかよ! 見つかったら処刑されちゃうよ!」と大反対される。そりゃ、そうだろうな。でも、足並みがちゃんと揃わないと、この作戦は確実に失敗する。トニーは「オレを信じろッ」と懸命に説得する。人生を生きながらえるためには、ときに腹を括って、危険な橋を渡らなくてはならないときもあるのだ。6人はそれぞれ映画監督、カメラマン、脚本家、美術スタッフ……とにわか仕立ての映画スタッフに変身。イラン革命軍を相手に一世一代の大芝居をうつことになる。
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プロデューサーのレスター(アラン・アーキン)、チェンバース
(ジョン・グッドマン)と完成することのない映画の船出を祝う。
 ウソから始まる恋愛の顛末をホロ苦く描いた『ザ・タウン』(10)に続いて、主演&監督を兼ねたベン・アフレック。大学時代に中東の政治を学んでいたこともあり、どうしてイランは米国のことをここまで憎むようになったのか歴史背景を丁寧に分かりやすく盛り込んでいる。そして一行は、いよいよクライマックスとなるテヘラン空港へ。呼び止めた警備兵に対し、ウソの映画クルーは脚本、絵コンテ、バラエティー誌に掲載された広告を取り出して見せ、映画『ARGO』の内容を説明する。バレたら全員処刑されるので、みんな必死で身振り手振りで存在しない映画の説明をする。命懸けでウソをつく。そうとは知らず、イランの警備兵は映画『ARGO』の完成した様子を頭の中で想像して、子どものように目をキラキラと輝かせる。多分、きっとこれが映画の本質なのだと思う。懸命にダマす人がいて、ダマされて気持ちよくなる人がいて、その両者の間には壊れやすいシャボン玉のような夢の世界が一瞬だけ広がる。その一瞬の世界はとても広大で豊かで、誰もが自由になれる空間なのだ。  結局、というか当然ながらSFアドベンチャー映画『ARGO』は完成することなく、劇場公開されることもないまま、人々の記憶から消え去っていく。でも、それでいいのだ。6人の大使館職員たちの心の中では、史上最大にスリリングな大冒険ロマンとして『ARGO』の名前は永遠に刻まれ続けるだから。そして今日もまた、映画プロデューサーたちの机の上には、映画化されることのない企画書や脚本が次々と山積みされていく。 (文=長野辰次) argo_4.jpg『アルゴ』 製作/ジョージ・クルーニー、グラント・ヘスロブ、ベン・アフレック 脚本/クリス・テリオ 監督/ベン・アフレック 出演/ベン・アフレック、アラン・アーキン、ブライアン・クランストン、ジョン・グッドマン 配給/ワーナー・ブラザーズ映画 10月26日(金)丸の内ピカデリーほか全国ロードショー (c)2012WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC <http://wwws.warnerbros.co.jp/argo> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第191回]我が家に“食人族”がやって来た! 奇才ジャック・ケッチャムの異形世界『ザ・ウーマン』 [第190回] 裏切り&結託は当たり前。今の政界にそっくり! 極道たちのバトルロワイアル『アウトレイジ ビヨンド』 [第189回] これが全米を熱狂させた“USA版バトル・ロワイアル”! 殺人リアリティーショー『ハンガー・ゲーム』 [第188回]行き詰まった人生の扉を開く鍵は“銭湯”にあり? 内田けんじ監督のオリジナル作『鍵泥棒のメソッド』 [第187回]大家族の伝統料理から超手抜きレシピまで勢ぞろい! 台所から見えてくる中東の家庭事情『イラン式料理本』 [第186回]“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』 [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! B級映画マニアの心を焦がす『王朝の陰謀』 [第168回]人はお下劣な分だけ、強く優しくなれる!? 結婚を控えた女たちの本音『ブライズメイズ』 [第167回]行きすぎたシステム社会に警鐘を鳴らす“ユナボマー・マニフェスト”の映画化『モンスターズクラブ』 [第166回]祭りの終わりと新ステージの幕開け、3部作完結『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 [第165回]すばらしき“コーマン野郎”の世界!『コーマン帝国』、愛と欲望の歴史 [第164回]懐かしき香り漂う、新感覚サスペンス 破滅へ突き進む男の悲劇『ドライヴ』 [第163回] 災害に備えた地下シェルターは必要? 心理ホラー『テイク・シェルター』 [第162回] 森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン! [第161回] 鬼才キム・ギドクの"多重人格ショー"セルフドキュメンタリー『アリラン』 [第160回]映画創成期に散った"殉教者"への聖歌 3D映画『ヒューゴの不思議な発明』 [第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』 [第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』 [第157回] 韓国映画の名匠が明かす"創作の極意"イ・チャンドン監督『ポエトリー』 [第156回] ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』 [第155回] 米国に半世紀も君臨した"影の大統領" FBI初代長官『J・エドガー』 [第154回]犯罪者たちに学ぶ"人心掌握術"の奨め『アニマル・キングダム』『預言者』 [第153回]"地獄"からの生還者・板尾創路の凄み 古典落語を過激に脚色『月光ノ仮面』 [第152回]早くも2012年ベスト1映画が登場!"代理殺人"を巡る恐怖『哀しき獣』 [第151回]父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』 [第150回]米国お笑い横断旅行『宇宙人ポール』人間のちっぽけな悩みはETが解決! 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[第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! 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我が家に“食人族”がやって来た! 奇才ジャック・ケッチャムの異形世界『ザ・ウーマン』

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食人族最後の生き残り“その女”が、弁護士一家が暮らす一軒家にやってきた。
法律やモラルにとらわれない世界一自由な女だ。
 おいらはブライアン。14歳になるクソガキさ。エッチなことに興味津々な年ごろってわけ。父親のクリスは弁護士をやってるゲス野郎。外では善人づらしてるけど、権威主義の塊みたいな大人だ。母親のベルと高校生の姉ペグは、いつも父親の顔色ばかり見ている。少しでも父親の機嫌をそこねると、すぐに鉄拳が飛んでくるからね。母親と姉に言わせると、おいらはそんなオヤジと性格がそっくりらしい。学校じゃ目立たない存在だけど、クラスの女の子にこっそり悪戯をしているときだけ無性にワクワクするから、確かにそーかもしんない。まぁ、いいやそんなことはどーでも。それよりも我が家は最近、チョー盛り上がり中。オヤジは趣味でときどき猟銃を持って森へ出掛けるんだけど、この間の獲物はすごかったよ! なんせ、森で暮らしてた裸族の女を連れて帰ってきたんだぜ。全身からウンコをシチュー鍋で煮詰めたようなすげー臭いがプンプンして、鼻が曲がるかと思ったよ。それでオヤジは地下室にその女を鎖で吊るして、家族みんなを、幼い妹のダーリンも集めてこう言ったんだ。「みんなで責任を持って、この女性を飼育しよう」って。しかも、オヤジはちょっと油断した瞬間に中指を食いちぎられたんだ。どーやら、その女は食人族らしい。もうサイコー! 放課後は同級生となんか遊んでいられないよ。なんたって我が家の地下室では、食人族の女がお腹を空かせて待っているんだからね!  こんな狂ったストーリーを書き上げたのは、スティーヴン・キングが絶賛する米国のカルト作家ジャック・ケッチャム。彼の最新作『ザ・ウーマン』が映画化され、日本でも劇場公開される。文明から離れて暮らす野生の女が現代に生きていたという設定自体が奇天烈だが、さらにその女は食人族の最後の生き残りという異常さ。ザ・カニバリズム。しかも、主人公である弁護士一家は、彼女を捕獲して地下室で飼い馴らそうとするアブノーマルな香り。藤子・F・不二雄先生もびっくりな、実写ホラー版『ジャングル黒べえ』の世界ですよ!
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クリス家の地下室では、こんな感じで“その女”が飼育されています。
もちろん区役所にも保健所には登録していません。
 ジャック・ケッチャムのデビュー作『オフシーズン』とその続編『襲撃者の夜』と連なる“食人シリーズ”の完結編となる本作だが、原作段階から関わったのがラッキー・マッキー監督。グロくて泣けるホラー映画『MAY メイ』(02)で監督デビューを果たしたこの人、ケッチャムの犯罪小説『黒い夏』の映画化『ザ・ロスト 失われた黒い夏』(05)の際にもプロデューサーとして参加している。今回の『ザ・ウーマン』では原作を共作した上に、脚本執筆にもケッチャムを引っぱり込む熱の入れよう。ケッチャムにもう首ったけ状態。2009年に映画化された『襲撃者の夜』(日本ではDVDスルー)はひどく安っぽいB級ホラー仕立てで、『隣の家の少女』(07)は虐待されるヒロインが残念なことに美少女ではなかったりと、ケッチャム作品の映像化は『ザ・ロスト』以外は満足できる作品に日本ではお目にかかれなかったが、ケッチャム大好き人間のラッキー・マッキー監督の手によって、『ザ・ウーマン』はこれまでになくすげーポップでグロくてブラックな笑いに満ちた味わい深い映画に仕上がっている。  ケッチャム作品は代表作『隣の家の少女』が1960年代にインディアナ州で起きた少女監禁陵辱事件を題材しているように、『オフシーズン』から始まる“食人シリーズ”も実話をベースにしたもの。15〜16世紀のスコットランドに実在した食人ファミリー、ソニー・ビーン一家から着想を得ている。ソニー・ビーンは妻と海岸沿いの洞窟で暮らし、近くを通りかかった人を襲っては食べ、残った肉は塩漬けにして洞窟内に貯蔵し、近親相姦で一族を50人近くに増やしたと言われている。忌まわしき黒神話の住人だ。誰しも顔をそむけたくなる事件を題材に、ケッチャムは人間に隠された野獣性をあぶり出していく。ちなみに食人シリーズ第2作『襲撃者の夜』と完結編にあたる『ザ・ウーマン』は映画化されたものの、肝心のシリーズ第1作『オフシーズン』の映画化はポシャったまま。そーゆーぶっ壊れた感じも、またケッチャムらしい。スティーヴン・キングの小説がハリウッドの人気監督&人気キャストの手で続々と映画化されたのとは、あまりにも対称的ですな。
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“その女”の飼育を始めたことで、弁護士ファミリーの日常生活に変化が生じる。
最後まで責任持って育てられますか?
 原作小説が紀伊国屋新宿本店で絶賛発売中の『ザ・ウーマン』は、文明批評の強い内容となっている。食人族最後の生き残りである“その女”を弁護士のクリスは地下室で飼い馴らして、文明人に改良しようとする。まるで『マイ・フェア・レディ』(64)のヒギンス博士のように。自分の中指を食いちぎられたことで、余計にクリスのサディステックな嗜好性に火が点く。“その女”を殴りつけて傷だらけにした上で、高圧洗浄機で全身を洗い流す。それまで文明人の言語を話すことのなかった“その女”がたまらず「プリーズ……」という言葉を発すると、野蛮人を屈服させたことにクリスは無上の喜びを覚える。文明社会の番人である法律家と野生の世界で自由に生きてきた“その女”という対照的なキャラクターが描かれるわけだが、クリスは自分が家族をきっちり支配することが、家族にとっての幸せでもあると考える暴力男。食人族は自分たちが食べていくために獲物を狩るが、クリスは自分の歪んだ欲情を満たすために家族に平気で暴力を振るう。はたして一体、どっちが文明人でどっちが野蛮人なのか。「人間もしょせん動物に過ぎない」というケッチャム節が全編に朗々と流れる。  食人族と弁護士一家との奇妙な共同生活も、やがて終焉のときを迎える。最近ずっと塞ぎ込んでいるペグの様子を心配した担任のレイトン先生がサプライズでクリス家を家庭訪問したことから、血と暴力と内臓が飛び出すクライマックスの幕が開く。弁護士一家には食人族以外にもまだまだ秘密があったという驚きの大ドンデン返し。このクライマックスは、伊藤俊也監督の『犬神の祟り』(77)級の衝撃ですよ。  『隣の家の少女』に続いて、ジャック・ケッチャム作品『ザ・ウーマン』を上映するのはシアターN渋谷。これまで『ホテル・ルワンダ』(04)、『デビルズ・リジェクト マーダー・ライド・ショー2』(05)、『ホステル』(05)、『マーターズ』(07)、『片腕マシンガール』(07)、『ベルフラワー』(11)といった埋もれがちな問題作を積極的に取り上げてきた良心的な映画館だ。ミニシアター冬の時代にあって孤軍奮闘を続けてきたが、残念なことに12月2日(日)での閉館が決まった。すっかりこぎれいになった都会の片隅で、シアターNは7年間にわたって人間の心の闇に蠢くものをスクリーンに映し出してきた。『ザ・ウーマン』はそんなシアターNのクライマックスを飾るのに相応しい、とってもワイルドでバッドテイストさを極めた作品だと思う。去勢されたシネコン映画には興味が持てない方は、刺激に溢れたシアターNまでぜひ足を運んでみてほしい。 (文=長野辰次) the_woman04.jpg 『ザ・ウーマン』 原作・脚本/ジャック・ケッチャム&ラッキー・マッキー 監督/ラッキー・マッキー 出演/ポリヤンナ・マッキントッシュ、ショーン・ブリッジャーズ、アンジェラ・ベティス、ローレン・アッシュリー・カーター、ザック・ランド 配給/エクリプス 10月20日(土)よりシアターNにてモーニング&レイトショー公開  <http://the-woman-movie.com> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第190回] 裏切り&結託は当たり前。今の政界にそっくり! 極道たちのバトルロワイアル『アウトレイジ ビヨンド』 [第189回] これが全米を熱狂させた“USA版バトル・ロワイアル”! 殺人リアリティーショー『ハンガー・ゲーム』 [第188回]行き詰まった人生の扉を開く鍵は“銭湯”にあり? 内田けんじ監督のオリジナル作『鍵泥棒のメソッド』 [第187回]大家族の伝統料理から超手抜きレシピまで勢ぞろい! 台所から見えてくる中東の家庭事情『イラン式料理本』 [第186回]“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』 [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! B級映画マニアの心を焦がす『王朝の陰謀』 [第168回]人はお下劣な分だけ、強く優しくなれる!? 結婚を控えた女たちの本音『ブライズメイズ』 [第167回]行きすぎたシステム社会に警鐘を鳴らす“ユナボマー・マニフェスト”の映画化『モンスターズクラブ』 [第166回]祭りの終わりと新ステージの幕開け、3部作完結『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 [第165回]すばらしき“コーマン野郎”の世界!『コーマン帝国』、愛と欲望の歴史 [第164回]懐かしき香り漂う、新感覚サスペンス 破滅へ突き進む男の悲劇『ドライヴ』 [第163回] 災害に備えた地下シェルターは必要? 心理ホラー『テイク・シェルター』 [第162回] 森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン! [第161回] 鬼才キム・ギドクの"多重人格ショー"セルフドキュメンタリー『アリラン』 [第160回]映画創成期に散った"殉教者"への聖歌 3D映画『ヒューゴの不思議な発明』 [第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』 [第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』 [第157回] 韓国映画の名匠が明かす"創作の極意"イ・チャンドン監督『ポエトリー』 [第156回] ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』 [第155回] 米国に半世紀も君臨した"影の大統領" FBI初代長官『J・エドガー』 [第154回]犯罪者たちに学ぶ"人心掌握術"の奨め『アニマル・キングダム』『預言者』 [第153回]"地獄"からの生還者・板尾創路の凄み 古典落語を過激に脚色『月光ノ仮面』 [第152回]早くも2012年ベスト1映画が登場!"代理殺人"を巡る恐怖『哀しき獣』 [第151回]父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』 [第150回]米国お笑い横断旅行『宇宙人ポール』人間のちっぽけな悩みはETが解決! 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裏切り&結託は当たり前。今の政界にそっくり! 極道たちのバトルロワイアル『アウトレイジ ビヨンド』

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撃ってみろよ、コノヤローッ! 大友(ビートたけし)の怒声が響き渡る『アウトレイジ ビヨンド』。
いちばん悪い極悪人は誰だ?
 おのれの欲望に忠実に生きる男たちを主人公に、弱肉強食の世界を清々しいまでにクールに描いてみせた北野武監督のバイオレンスオペラ『アウトレイジ』(10)。東日本大震災の影響で撮影が延期された続編『アウトレイジ ビヨンド』だが、今回も北野監督らしい理数系的なシャープな演出が堪能できる。大企業が下請けの中小企業をいいようにコキ使う現代社会の写し鏡だった前作に対し、今回は裏社会を牛耳る二大勢力の間に新たに“第三極”が割って入り、勢力図を塗り替えていく。民主党と自民党の間で“橋下新党”が揺さぶりを掛ける日本の政界事情によく似た展開だ。  金と出世のために、裏切り、密会、結託を繰り返すヤクザたちの世界を描いた『アウトレイジ』シリーズの第2弾。前会長(北村総一朗)を亡き者にした加藤(三浦友和)が新会長に就任し、「山王会」は関東一円を支配する巨大暴力団としてますます勢力を強めていた。大友組の金庫番だったインテリヤクザの石原(加瀬亮)はそのビジネスセンスを加藤に買われて、山王会の若頭に大出世を遂げている。年功序列制から能力評価に変わったことに、古参の幹部たち(中尾彬、名高達郎、光石研)は不満タラタラ。一方、山王会が政界にまでちょっかい出すようになってきたことから、警察側はクギを刺すことになった。関西の老舗暴力団「花菱会」と衝突させ、両者を消耗させることをマル暴刑事の片岡(小日向文世)は画策する。2大勢力の間に入って火種をまき散らすジョーカー役に選ばれたのが、片岡のとっておきの切り札・大友(ビートたけし)だった。前作のラスト、獄中で刺殺されたはずの大友はどっこい生きていたという、人を喰った序盤となっている。
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山王会の若頭に異例の大出世を果たした石原(加瀬亮)だけど、キレやすい性格は相変わらず。
カルシウムが足りないよ。
 獄中の大友は仮釈放されたものの、前作で山王会に逆らった大友組は全滅している。行き場のない大友を迎えるのが、因縁のあった元村瀬組の木村(中野英雄)。大友に斬りつけられたカッターナイフの傷跡が顔に残る木村は、村瀬組を再興するために力を貸してほしいと大友に頭を下げる。組を失った木村は、死んだ舎弟の息子とその仲間(新井浩文、桐谷健太)の世話を焼く律義者だ。一度は隠遁生活を考えた大友だが、まだ老け込むには早すぎる。こうして木村が経営するバッティングセンターを根城にして、大友&木村連合軍が結成される。山王会、花菱会に比べるとあまりにも弱小グループだが、少人数ゆえの機動力を活かして裏社会でのキャスティングボートを握っていく。  たけし発案の斬新なバイオレンスシーンが目に焼き付く『アウトレイジ』シリーズ。残酷シーンの連続のような印象があるが、たけし演じる大友という男は実はガキ大将がそのまま大人になっただけに過ぎない。前作では木村の顔をカッターナイフで斬りつけ、サウナですっぽんぽん状態の村瀬(石橋蓮司)に襲いかかった。大友の振るう暴力の数々は、子どもの悪ふざけの延長だった。大使官邸で闇カジノを開いたのも、お金儲け目的というより、単に面白そうだったからやってみただけ。そもそも大友組を作ったのも、たけし軍団と同じで大勢でワイワイと騒ぎたかったからだろう。大友はただ、毎日を面白おかしく過ごすことができればよかった。お金や出世にはまるで興味がない。今回もバッティングセンターに何となく居着いてしまう姿に、大友の少年性を感じさせる。
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こちら「花菱会」の幹部たち(西田敏行、塩見三省)。会長が替わってから、
山王会のお歳暮がしょぼくなったことに腹を立てている。
 ところが現実社会は、無垢なるものに容赦ない。前作で大友が始めた闇カジノは膨大な収益を上げたことから親会社の山王会が横取りしてしまった。巨大な組織となった山王会は、その組織の巨大さを維持するために貪欲にエネルギーを欲するようになっていた。巨大組織を維持するためのエネルギーは、もちろんお金だ。山王会はもはやアウトロー集団ではなく、ひたすらお金儲けに走る集金システムと化してしまった。消費者や社員のことは考えず、利潤を上げることのみにこだわる多国籍企業と何ら変わらない。任侠の世界に憧れて、極道になっただろう大友の居場所はもうどこにもない。堅気の人間にはなれず、サラリーマン社会に背を向けてヤクザになったはずなのに。出所した大友はこう叫ぶしかない。「何だ、バカヤローッ!!」。  出所後は足を洗うつもりだった大友を、木村に引き合わせて再び裏社会に引っ張り込んだ張本人は刑事の片岡。以前は大友経由で裏社会の情報を仕入れていた片岡は、今では山王会に足繁く通うようになり、ミイラ獲りがすっかりミイラ状態。片岡本人にその自覚がないから、なおタチが悪い。学生時代からの片岡との腐れ縁で、大友は裏社会にまたズブズブと足を踏み入れるはめに陥っていく。裏切りの連続から深作欣二監督の『仁義なき戦い』シリーズと比べられることが多い北野監督の『アウトレイジ』シリーズだが、今回はどちらかというと『あなたへ』(12)で共演した高倉健の往年の代表作『昭和残侠伝』シリーズを彷彿させる。ヤクザ渡世から抜け出そうとするも、しがらみに絡めとられてしまう経緯が切ない。でも、そこは北野監督。ウェットには流れず、ドライな演出でドラマをぐいぐい押し進めていく。  今まで続編を手掛けなかった北野監督だが、コンペ部門に選出された今年のベネチア映画祭でパート3の可能性があることをほのめかすなど、シリーズ化に強い手応えを感じている。そして今回、続編を撮った理由がラストで明かされる。いちばん悪いヤツは一体誰なのか? 北野監督はその点をきっちり指弾する。前作で二枚舌を得意とした池元(國村準)を惨殺したように、いちばん許せないヤツに向かって、大友の銃口が火を噴く。ガキ大将がそのまま大人になった大友にとって、そいつの言動だけはどうしても許せなかったのだ。 (文=長野辰次) outrage_4.jpg 『アウトレイジ ビヨンド』 監督・脚本・編集/北野武 音楽/鈴木慶一 撮影/柳島克己 出演/ビートたけし、西田敏行、三浦友和、加瀬亮、中野英雄、松重豊、小日向文世、高橋克典、桐谷健太、新井浩文、塩見三省、中尾彬、神山繁 R15 配給/ワーナー・ブラザーズ映画、オフィス北野 10月6日(土)より新宿バルト9&新宿ピカデリーほか全国ロードショー  (c)2012「アウトレイジ ビヨンド」製作委員会  <http://wwws.warnerbros.co.jp> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第189回] これが全米を熱狂させた“USA版バトル・ロワイアル”! 殺人リアリティーショー『ハンガー・ゲーム』 [第188回]行き詰まった人生の扉を開く鍵は“銭湯”にあり? 内田けんじ監督のオリジナル作『鍵泥棒のメソッド』 [第187回]大家族の伝統料理から超手抜きレシピまで勢ぞろい! 台所から見えてくる中東の家庭事情『イラン式料理本』 [第186回]“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』 [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! B級映画マニアの心を焦がす『王朝の陰謀』 [第168回]人はお下劣な分だけ、強く優しくなれる!? 結婚を控えた女たちの本音『ブライズメイズ』 [第167回]行きすぎたシステム社会に警鐘を鳴らす“ユナボマー・マニフェスト”の映画化『モンスターズクラブ』 [第166回]祭りの終わりと新ステージの幕開け、3部作完結『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 [第165回]すばらしき“コーマン野郎”の世界!『コーマン帝国』、愛と欲望の歴史 [第164回]懐かしき香り漂う、新感覚サスペンス 破滅へ突き進む男の悲劇『ドライヴ』 [第163回] 災害に備えた地下シェルターは必要? 心理ホラー『テイク・シェルター』 [第162回] 森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン! [第161回] 鬼才キム・ギドクの"多重人格ショー"セルフドキュメンタリー『アリラン』 [第160回]映画創成期に散った"殉教者"への聖歌 3D映画『ヒューゴの不思議な発明』 [第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』 [第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』 [第157回] 韓国映画の名匠が明かす"創作の極意"イ・チャンドン監督『ポエトリー』 [第156回] ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』 [第155回] 米国に半世紀も君臨した"影の大統領" FBI初代長官『J・エドガー』 [第154回]犯罪者たちに学ぶ"人心掌握術"の奨め『アニマル・キングダム』『預言者』 [第153回]"地獄"からの生還者・板尾創路の凄み 古典落語を過激に脚色『月光ノ仮面』 [第152回]早くも2012年ベスト1映画が登場!"代理殺人"を巡る恐怖『哀しき獣』 [第151回]父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』 [第150回]米国お笑い横断旅行『宇宙人ポール』人間のちっぽけな悩みはETが解決! 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これが全米を熱狂させた“USA版バトル・ロワイアル”! 殺人リアリティーショー『ハンガー・ゲーム』

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三部作での公開が決定した映画版『ハンガー・ゲーム』。
24人の少年少女たちが最後のひとりになるまで殺し合う様子がテレビ中継される
 戦争のない近未来。命の大切さ、暴力の愚かさを全国民が噛み締めるために、年に一度の盛大なる祭りが開かれる。その聖なる祭りに直接参加できるのは、全国各地から選ばれた24名の10代の少年少女たち。栄えある代表として選ばれた24人はひとつの会場に集められ、最後の1人になるまで殺し合う。これが今年5月に全米で公開され、爆発的大ヒットとなった映画『ハンガー・ゲーム』のゲーム概要だ。青少年への影響をめぐって国会を巻き込む騒ぎとなり、佐世保少女刺殺事件の際にも取りざたされた『バトル・ロワイアル』(00)と内容が類似していることからも波紋を呼んでいる本作がいよいよ日本で公開される。  最後に戦争が起きたのは74年前。北米中で内戦が広まり、国力はひどく低下した。内戦平定後は独裁国家パネムとなり、現在は大統領スノー(ドナルド・サザーランド)が12に分かれた隷属地区を支配している。血を流す愚かな戦争はやめ、代わりに各地区を代表する12歳から18歳までの若者たちを男女ひとりずつ生け贄として選び出し、厳粛なセレモニーが開かれる。第12地区から選ばれたのは、狩猟生活を営んでいた16歳の少女カットニス(ジェニファー・ローレンス)と同級生でパン屋の息子ピータ(ジョシュ・ハッチャーソン)。12歳の妹に代わって志願してきたカットニスは弓矢が得意だが、お坊ちゃん育ちのピータは取り立てて特技はない。名誉ある第12地区の代表者としてカットニスとピータは、ハンガー・ゲームの開催地である首都キャピトルへと送り出される。過去のゲーム優勝者であるヘイミッチ(ウディ・ハレルソン)の指導のもと、2週間にわたるサバイバル訓練を受けた2人は、いよいよゲームに出場。うやうやしくもド派手に、全国民に視聴が義務づけられた殺人リアリティーショーの幕が開く。
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16歳の少女カットニス(ジェニファー・ローレンス)は、
12歳になったばかりの妹に代わってゲームに出場することに。
 同級生同士が殺し合いを命じられた『バトル・ロワイアル』と違って、『ハンガー・ゲーム』は全国各地から集められた、見も知らぬ少年少女たちが命を奪い合うというもの。テレビ中継されていることから、視聴者受けのいいプレイヤーはスポンサーから優遇され、薬品などの追加アイテムをゲットすることができる。ぎくしゃくした関係にあったカットニスとピータだが、ゲーム前のテレビ番組でサプライズが発生。みのもんた似のインタビュアーに対し、ピータは「ボクには想いを寄せている女の子がいます。ゲームが終わった告白するつもりでした。その子はカットニスです!」とカミングアウト。一方的な発言に激怒するカットニスだが、ピータは「悲劇の恋人同士であることをアピールしておけば、ゲームが優位に動くはず」と説く。例え最終的に殺し合うことになっても、少しでも長生きしたいという、弱者ならではのアイデアだ。ハンガー・ゲームの参加者はただ殺傷能力が高いだけではなく、マスメディアにどう巧く対処できるかも重要な生き残りポイントとなっている。今どきの小中学生たちが自分自身をキャラクター化して、クラス内での居場所を確保するのにも似ている。  2008年にハードカバーの初版本が出版された『ハンガー・ゲーム』の原作者スーザン・コリンズによると、「書き上げるまで、『バトル・ロワイアル』の存在は知らなかった」とのこと。テレビをザッピングしていたら、人気リアリティー番組とイラク戦争のニュースが交互に映し出されたことから思い付いたそうだ。また、スーザンが6歳のときに父親がベトナム戦争に兵役で赴いたことも大きく影響している。10代の少年少女が武器を手に殺し合うことから残酷な印象を受けるが、日本もおじいちゃんおばあちゃんたちが若かった頃は世界を相手に戦争をやっていた。若者たちは片道分の燃料だけ積んだ潜水艇や戦闘機に乗って、敵軍に突撃するよう命じられた。米国は石油利権を確保するため、中東に度々派兵している。米兵の多くは就職先が見つからなかった下流層の若者たちだ。先進国に輸出するレアメタルなどの地下資源をめぐって、アフリカでは戦火が絶えない。紛争地における少年兵・少女兵の数は25万人に及ぶと推測されている。『ハンガー・ゲーム』で描かれていることは特別なことではない。人間は自分たちの生活を維持するためなら、戦争が起きることはやむを得ないと考える生き物なのだ。いや、むしろハンガー・ゲームは視聴している国民たちにとって日常の不満を解消する“ガス抜き効果”がある。国民の苛立ちを海外に向けさせて不用意に戦争を始めるよりも、最小限の犠牲者数で済む。極めて理知的な血のセレモニーである。
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同じ第12地区からはカットニスの同級生ピータ(ジョシュ・ハッチャーソン)
も選ばれた。敵か味方かよく分からん。
 信州の諏訪地方で開かれる“御柱祭”は6年に一度開かれる勇壮な祭りだ。山の急斜面を氏子たちが大木に股がって滑り落ちていく“木落し”は毎回のように死傷者や重傷者を伴うが、それでも御柱祭は絶大な人気を誇り、古代から連綿と続いている。危険であることを承知で、地元の男たちはこの祭りの放つ膨大なエネルギーに引き寄せられていく。また、木落しの瞬間をひと目見ようと集まる見物客やマスコミの数もハンパない。地元警察署の統計によると、御柱祭の開かれる年は少年犯罪が激減するとのこと。生死を賭けた壮大な宗教セレモニーは、人々の心を浄化する作用があるようだ。独裁国家パネムが開催するハンガー・ゲームにも、それに通じるものがあるのだろう。  『ウィンターズ・ボーン』(10)で幼い弟たちの世話を焼く健気な少女を演じた若手女優ジェニファー・ローレンスを主人公に映画化したのは、ゲイリー・ロス監督。トム・ハンクスの出世作『ビッグ』(88)の脚本家として売り出し、ちょっとエッチなファンタジーコメディ『カラー・オブ・ハート』(98)や競馬というゲームに身を投じた男たちを描いた『シービスケット』(03)などのヒューマニズム溢れる作品を手掛けてきた人物だ。ゲイリー監督は『ハンガー・ゲーム』を残酷ショーとして取り上げず、10代の少年少女たちにとって痛みを伴う“通過儀礼”の場として描いている。絶体絶命の状況の中で、どうすれば新しい局面を切り開くことができるのか。カットニスは最後の最後まで絶望することなく、冷静に現実を見つめて、突破口に向かって走っていく。純真な少女からタフな女へと成長していく。『バトル・ロワイアル』しかり、『ハンガー・ゲーム』しかり、新しい“通過儀礼”の場を欲している若者たちは少なくない。 (文=長野辰次)
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『ハンガー・ゲーム』 原作・脚本/スーザン・コリンズ 監督・脚本/ゲイリー・ロス 出演/ジェニファー・ローレンス、ジョシュ・ハッチャーソン、リアム・ヘムズワース、ウディ・ハレルソン、エリザベス・バンクス、レニー・クラヴィッツ、スタンリー・トゥッチ、ドナルド・サザーランド PG12 配給/角川映画 9月28日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー <http://www.hungergames.jp> (C)2012 LIONS GATE FILMS INC. ALL RIGHTS RESERVED. ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第188回]行き詰まった人生の扉を開く鍵は“銭湯”にあり? 内田けんじ監督のオリジナル作『鍵泥棒のメソッド』 [第187回]大家族の伝統料理から超手抜きレシピまで勢ぞろい! 台所から見えてくる中東の家庭事情『イラン式料理本』 [第186回]“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』 [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! [第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! B級映画マニアの心を焦がす『王朝の陰謀』 [第168回]人はお下劣な分だけ、強く優しくなれる!? 結婚を控えた女たちの本音『ブライズメイズ』 [第167回]行きすぎたシステム社会に警鐘を鳴らす“ユナボマー・マニフェスト”の映画化『モンスターズクラブ』 [第166回]祭りの終わりと新ステージの幕開け、3部作完結『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 [第165回]すばらしき“コーマン野郎”の世界!『コーマン帝国』、愛と欲望の歴史 [第164回]懐かしき香り漂う、新感覚サスペンス 破滅へ突き進む男の悲劇『ドライヴ』 [第163回] 災害に備えた地下シェルターは必要? 心理ホラー『テイク・シェルター』 [第162回] 森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン! [第161回] 鬼才キム・ギドクの"多重人格ショー"セルフドキュメンタリー『アリラン』 [第160回]映画創成期に散った"殉教者"への聖歌 3D映画『ヒューゴの不思議な発明』 [第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』 [第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』 [第157回] 韓国映画の名匠が明かす"創作の極意"イ・チャンドン監督『ポエトリー』 [第156回] ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』 [第155回] 米国に半世紀も君臨した"影の大統領" FBI初代長官『J・エドガー』 [第154回]犯罪者たちに学ぶ"人心掌握術"の奨め『アニマル・キングダム』『預言者』 [第153回]"地獄"からの生還者・板尾創路の凄み 古典落語を過激に脚色『月光ノ仮面』 [第152回]早くも2012年ベスト1映画が登場!"代理殺人"を巡る恐怖『哀しき獣』 [第151回]父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』 [第150回]米国お笑い横断旅行『宇宙人ポール』人間のちっぽけな悩みはETが解決! [第149回]70年前と変わらない日本人の精神構造『聯合艦隊司令長官 山本五十六』 [第148回]追悼......"永遠の反逆児"原田芳雄さん幻の主演作『原子力戦争』がDVD化 [第147回]"ファスト風土"を舞台にした犯罪喜劇 J・アイゼンバーグ主演『ピザボーイ』 [第146回]"正義のゾンビ"が犯罪者を貪り喰う! イラク戦争奇談『ゾンビ処刑人』 [第145回] "時代の寵児"の未ソフト化作品上映!「松江哲明グレイテスト・ヒッツ」 [第144回]原発事故を描いた『カリーナの林檎』と今関あきよし監督の背負った贖罪 [第143回]"窮屈なモラル"を脱ぎ捨てた裸の女たち 園子温監督の犯罪エロス『恋の罪』 [第142回]ノーベル賞作家・川端康成が夢想した新風俗『スリーピングビューティー』 [第141回]横暴な上司は有志社員が制裁します!『モンスター上司』のブラックな笑い [第140回]"クソみたいな社会を変えたい!"高校生テロリストの凄春『アジアの純真』 [第139回] うつ病なんかヘーキ!? 宮崎あおい主演作『ツレがうつになりまして。』 [第138回]"神話"が生まれる瞬間を目撃せよ! 人類への黙示録『猿の惑星:創世記』 [第137回]刑務所で食する至高の味『極道めし』ヒロインの後ろ姿に、むせび泣き! [第136回]"理想の恋人"という偶像を破壊せよ 深夜番長の劇場デビュー作『モテキ』 [第135回]"城定秀夫監督、ブレイク前夜の予感! 闘争本能を呼び覚ます『タナトス』 [第134回]"人間失格"の道を選んだ映画監督の業 林由美香の最新主演作『監督失格』 [第133回]ホラ吹きのホラを見破る特異な職能 ポランスキー監督『ゴーストライター』 [第132回]芦田愛菜、6歳にして危険な魅力!? 子連れで全力疾走『うさぎドロップ』 [第131回]元"暴走族"が書いた旧友への鎮魂歌 青春懺悔録『アメイジング グレイス』 [第130回]V・ギャロ主演のサバイバルグルメ!? 『エッセンシャル・キリング』 [第129回]『キック・アス』より悪趣味で泣ける 中年男の悪ノリ暴走劇『スーパー!』 [第128回]この夏の清涼剤、地方少女のダンス成長記『あぜみちジャンピンッ!』 [第127回]竹ヤリで世界進出"スシタイフーン"『エイリアンVSニンジャ』ほか逆上陸 [第126回]イーモウ監督、久々のアイドル映画 中華的妹萌え『サンザシの樹の下で』 [第125回]ナタリー・ポートマン vs. ヘビメタ野郎 人気女優の隠し球『メタルヘッド』 [第124回]黒澤明の名作『生きる』のラテン版! ヤモメ男が残した遺産『BIUTIFUL』 [第123回]北国で93年間営業を続ける"大黒座"と町の記録『小さな町の小さな映画館』 [第122回]新幹線がすれ違う瞬間、願いが叶う? 小学生の目線で描かれた『奇跡』 [第121回]理想と情熱がもたらした"痛い現実" 青春の蹉跌『マイ・バック・ページ』 [第120回]胸に響く金言"プロとは手を抜くこと" 職人秘話『アトムの足音が聞こえる』 [第119回]危険な出会い、井口昇ミーツ仲村みう 悪夢の遊園地『富江 アンリミテッド』 [第118回]ナタリー・ポートマン"第1章"の終幕 虚実が攻め合う『ブラック・スワン』 [第117回]"セカイ"を旅立った少女の地底探検記 新海誠監督の新作『星を追う子ども』 [第116回] 美少女たちの輝きが脳裏から離れない。青春ムービー『魔法少女を忘れない』 [第115回] 恋愛が与える"陶酔"とリアルな"痛み"サブカル活劇『スコット・ピルグリム』 [第114回]妄想、空想、そして現実からの大脱走 美少女革命『エンジェル ウォーズ』 [第113回]"3.11"後の新しい映画モデルとなるか『劇場版 神聖かまってちゃん』の挑戦 [第112回]マスコミが讃えた"楽園"のその後、ひとりの少女の成長記録『愛しきソナ』 [第111回]閉鎖的な"村社会"をブチ破ったれ! 韓流サバイバル劇『ビー・デビル』 [第110回]"粋"を愛したフランスの伯父さん J・タチ主演『イリュージョニスト』 [第109回]自分にとって家族は敵か、味方か? オスカー2冠受賞『ザ・ファイター』 [第108回]コーエン兄弟『トゥルー・グリット』40年で変化した"米国のヒーロー像" [第107回]ジョニー・デップが愛した"極道記者" 『GONZO』奇人がスターだった時代 [第106回] 巨匠イーストウッド監督の異色作! "あの世"はあるか?『ヒア アフター』 [第105回] キレ味、喉ごしが違うアクション! 黒帯美少女の"涙拳"が炸裂『KG』 [第104回] 高齢化するニートはどこに行くのか? "戸塚校長"のその後『平成ジレンマ』 [第103回]堀北真希&高良健吾主演作『白夜行』闇に生きる"影男"の密やかなる喜び [第102回]園子温の劇薬ムービー『冷たい熱帯魚』"救いのない結末"という名の救い [第101回] NHKが放映しない"裏プロジェクトX" AV界のカリスマ監督『YOYOCHU』 [第100回]エロスとタブーを交配した"至高の美女" 禁断のサイエンスホラー『スプライス』 [第99回]2010年に活躍した女優を勝手に表彰! 満島ひかりに"面倒くさい女"大賞を [第98回]大人だって"ドラえもん"にいて欲しい 残念男の逆転劇『エリックを探して』 [第97回]平凡な高校生デイヴは2度変身する!原点回帰のヒーロー『キック・アス』 [第96回]村上春樹の超絶ベストセラーの映画化『ノルウェイの森』はどこにある? 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[第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! 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行き詰まった人生の扉を開く鍵は“銭湯”にあり? 内田けんじ監督のオリジナル作『鍵泥棒のメソッド』

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内田けんじ監督、4年ぶりの新作『鍵泥棒のメソッド』。
ままならない人生は環境のせいではないことを、
じんわり教えてくれます。
 パチパチパチンッとパズルのピースがハマっていく面白さが内田けんじ監督の作品にはある。時間軸を組み替えた『運命じゃない人』(05)、誰の立ち場に立つかで世界が違って見えてくる『アフタースクール』(08)と凝りに凝ったオリジナル脚本で独自のポジションを築いている。堺雅人、香川照之、広末涼子の3人をメーンキャストに迎えた最新作『鍵泥棒のメソッド』はビンボーアパートで暮らす売れない役者と高額報酬を受け取る裏社会の仕事人が生活環境を交換したらどーなるかという人生入れ替え喜劇だ。さらに男2人の物語に婚活中の女性編集者が加わることでラブコメ的要素もブレンド。オセロゲームと知恵の輪を同時にクリアするような爽快感がラストに待ち受けている。  30歳なかばで夢破れた男の悲劇がオープニングのシークエンスとなっている。桜井(堺雅人)は舞台役者として地道に頑張ってきたが、生活力が追いつかない。所属していた劇団は解散してしまい、いつかは売れっ子俳優になって籍を入れようと考えていた元同棲相手は別の男との結婚を決めた。このまま役者を続けても、桜井のサイコロからは“勝ち目”が出てくる可能性はない。桜井はオンボロアパートでの自殺を思い付くが、自殺すら満足にできない。財布の中にはもう小銭しかないものの、ふと銭湯の回数券が1枚だけ残っていることに気づく。もったいないから銭湯に行ってから自殺の続きをしよう。自殺を先送りにしたことから、桜井の人生は大きく変わっていく。銭湯に出向いた桜井は、脱衣場で自分の新しい人生のキーマンとなる男・コンドウと出会う。
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売れない役者の桜井(堺雅人)は自暴自棄に
なって自殺を考える。劇団出身の堺にとって、
他人事とは思えなかったそうだ。
 銭湯には場違いなダークスーツを着た男・コンドウ(香川照之)の職業は、裏社会の仕事人。ヤクザたちに頼まれ、借金などの問題を抱える人物を次々と消していく汚れ仕事の専門家だ。ひと仕事を終えたコンドウは穢れた自分の体を清めるために銭湯に立ち寄った。ところが洗い場でコンドウは足を滑らせて頭をしたたかに打ち、意識を失うという大失態。この様子を見ていた桜井は姑息にもコンドウの着ていたスーツ、財布類を頂戴して走り去る。何という低レベルな犯罪! 桜井はコンドウの持っていた財布の中の札束を失敬して、劇団時代の仲間に借りていた借金を返してまわる。犯罪者のくせに律儀なヤツ。一方、病院に運ばれたコンドウは記憶喪失と診断され、違和感を覚えつつも桜井の着ていたジーンズとトレーナーを着て、桜井のゴミ箱同然の部屋で生活を始める。岩井俊二監督の『花とアリス』(04)のような記憶喪失をネタにしたドタバタ展開だが、この大ボラを成立させているのが香川照之の力技。6月に市川中車として46歳での歌舞伎デビューを果たした香川だが、銭湯シーンでは狂言の「釣り狐」ばりの大跳躍にすっぽんぽんで挑んでみせた。香川が思い切ってカブクことによって、本作は喜劇として発進する。  ジャッキー・チェン主演の『ツイン・ドラゴン』(92)やジョン・ウー監督の『フェイス/オフ』(97)しかり、お互いの人生を入れ替えることで相手の生き様が浮き彫りになるのがこの手のドラマの妙味。役者としてはまったくのビギナーであるコンドウだが、エキストラとして参加したVシネの撮影現場で独特の凄みを発揮する。記憶はないものの、これまで裏社会で培ってきた態度や仕草が悪役を演じると滲みでる。タイトルの由来となっているスタニスラフスキーの演技メソッドをコンドウは図らずも実践することに。また仕事に関しては前準備をしっかりする性格なので、演技理論を学び、脚本も丁寧に読み込む。コンドウに入れ替わってからの役者・桜井の評判は上々だ。さらに病院で知り合った女性編集者の香苗(広末涼子)は、記憶喪失ながら前向きに役者稼業に取り組むコンドウにほだされていく。ここまで見ていると、桜井がダメだったのは才能や環境のせいではなかったことが判明する。仕事への取り組み方が甘く、何よりもプロとして大人として“腹が括れてない”ことがいちばんの問題点であることが分かってくる。
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恐ろしく散らかっていた桜井の部屋が、
コンドウ(香川照之)が暮らし始めると快適
空間に。女性編集者・香苗(広末涼子)
ともいい感じ。
 生きることにも死ぬことにも中途ハンパな桜井。だが劇中では、そのハンパさが幸いする。コンドウに成り済ました桜井は、高級マンションで暮らすコンドウが裏社会でヤバい金を稼いでいることに遅ればせながら気づく。コンドウの携帯電話に新たに殺しの依頼が掛かってくるが、売れない役者にすぎない桜井に殺しが出来るはずもない。逃げればいいのに、どうにかしてターゲットを安全な場所に誘導しようとあれこれ細工を施す。置き引きというセコい犯罪に手を染めたものの、子どものような純真無垢さが桜井という男を30歳すぎまで支えてきたことが分かる。だが残念ながら、無垢なだけでは大人の世界は生き抜けない。また、プロの仕事人であるコンドウも、そのまま裏社会で暮らしていたらお嬢さん育ちの香苗と知り合うこともなかっただろう。やがてコンドウは記憶を取り戻すが、コンドウと桜井はお互いに自分が持っていないものを相手が持っていることに気づく。  前作『アフタースクール』から4年間のインターバルを要した内田監督。今回の企画が決まってから1年半掛けて脚本を練り上げ、撮影中も最後まで脚本の修正を続けたそうだ。往年のハリウッド的エンターテイメントを標榜する内田監督の脚本には、大変な手間ひまが注がれている。現在の映画界において、オリジナル脚本で映画を撮ることができる監督はごくわずか。製作委員会方式が日本映画界の主流となり、ベストセラー小説や話題のコミックを原作にした作品が圧倒的に多い。成功の保証のないオリジナルストーリーは、すっかり製作委員会というシステムから敬遠されるようになってしまった。11月2日(金)公開の『のぼうの城』はもともと新人シナリオライターの登竜門・城戸賞を2003年に受賞した和田竜氏の『忍ぶの城』が原作だが、予算のかかる時代劇なこともあり、和田氏自身が脚本を小説化した『のぼうの城』として07年に出版してから、08年に正式に映画化が決まったという経緯がある。オリジナル脚本がいかに受難の時代であるかを物語るエピソードだろう。  でも、内田監督作品の素晴らしさは、そーゆー苦労を作品からは感じさせないところ。サンフランシスコ州立大学芸術学部に留学して脚本づくりのノウハウを身に付けたこともあり、日本映画特有のジメジメさがない。あれよあれよと事件に巻き込まれるお人好しを毎回主人公にし、作風はカラッとしていて明るい。前作『アフタースクール』では人間の裏側ばかり見てきた私立探偵に救いがないという唯一不満だった点も、『鍵泥棒のメソッド』では解決されている。堺、香川、広末の3人の芝居とストーリーの妙味を味わう、今どき珍しいエンターテイメント作品なのだ。ままならない人生にヘコみがちな人におススメの1本。新しい扉を開く鍵が、意外なところで見つかるかも。 (文=長野辰次) kagidorobo4.jpg 『鍵泥棒のメソッド』 監督・脚本/内田けんじ 主題歌/「点描のしくみ」吉井和哉 出演/堺雅人、香川照之、広末涼子、荒川良々、森口瑤子 配給/クロックワークス 9月15日(土)より渋谷シネクイントほか全国公開 <http://kagidoro.com>  (c)2012「鍵泥棒のメソッド」製作委員会 ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第187回]大家族の伝統料理から超手抜きレシピまで勢ぞろい! 台所から見えてくる中東の家庭事情『イラン式料理本』 [第186回]“世界的な絶滅危惧種”である独裁者に愛の手を!? 政治ネタ&下ネタ満載コメディ『ディクテーター』 [第185回]障害者の性処理も介護の重圧も、すべて笑い飛ばせ! 男たちのバリアフリーな友情ドラマ『最強のふたり』 [第184回]人類を生み出した“創造主”との遭遇!! リドリー・スコットが物語るSF神話『プロメテウス』 [第183回]“校内格差社会”に出現した異分子(ゾンビ)たち! 青春のカタルシス『桐島、部活やめるってよ』 [第182回]カメラマンは法を犯してもかまわない!? 国家の暗部を暴く男の情念『ニッポンの噓』 [第181回]“学校”という名の密室ではびこる児童虐待の事実! 子どもたちは教師を訴える『トガニ 幼き瞳の告発』 [第180回]“神様”との出会いと別れ、そして旅からの帰還  ドキュメンタリー『アニメ師・杉井ギサブロー』 [第179回]親友=お金を貸してくれる、女友達=SEXさせてくれる!? 品性お下劣男の青春『苦役列車』 [第178回]“沢尻エリカ”という名のアトラクションムービー『ヘルタースケルター』が描く無常の世界 [第177回]毒カレー、オウム真理教、光市母子殺害……“悪魔の弁護人”と呼ばれる男の素顔『死刑弁護人』 [第176回]“芸能生活30周年”ニコラス・ケイジの会心作! 被災地に流布する暗号『ハングリー・ラビット』 [第175回]やめろと言われても、今では遅すぎたッ! 妻夫木聡&武井咲主演の過剰なる純愛劇『愛と誠』 [第174回]年間自殺者数3万人を越える現代社会への提言 自殺対策の現状を追った『希望のシグナル』 [第173回]“三島割腹事件”を若松孝二監督が映画化!『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 [第172回]実在の事件を題材にした“命の授業”『先生を流産させる会』がついに劇場公開! 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