19世紀末のロンドンで起きた“セックス革命”! 世界初の電動バイブ開発秘話『ヒステリア』

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これが世界初となる電動バイブレーター。女性に貞淑さが求められた
19世紀に開発されただけに、その登場は衝撃的だった。
 世界初の電動バイブレーターを発明した人って、一体どれだけエロかったんだろうか? ドクター中松のようなマッドサイエンティストだったのか、それとも村西とおる監督みたいな飽くなき性の探求者だったのか? 気になるじゃないですか。そんな疑問に答えてくれるのがこの映画。ヒュー・ダノシー&マギー・ギレンホール主演による『ヒステリア』は、電動バイブレーターの開発者である英国人ジョセフ・モーティマー・グランビルにスポットライトを当てたもの。歴史の教科書にその名前が出ることはないが、彼は19世紀末のロンドンで“セックス革命”を巻き起こした性の救世主だったのだ。彼の偉業を知れば、これから電動バイブを手にした際は特別な感慨が湧くかも知れない。  “性の革命児”ジョセフ・モーティマー・グランビル(ヒュー・ダノシー)の職業はお医者さん。時は1880年代、ビクトリア朝時代の英国は第二次産業革命の真っ盛り。米国では電話機や電球を発明したエジソンが活躍していた頃。科学が飛躍的な進歩を遂げていく一方、多くの女性たちを悩ませていたのがヒステリーだった。もともとヒステリーとは古代ギリシア時代に“さまよえる子宮”という意味で名付けられたもの。ヒステリーは女性にだけ見られる症状で、女性器と因果関係があると考えられてきた。中世ではヒステリー症状の女性は、魔女として迫害されていたそうだから恐ろしい。グランビルは情熱みなぎる新進の医師として、ヒステリー患者の治療に当たっていた。当時の治療法というのはヒステリーを訴えるご婦人たちを治療台に乗せ、女性器部分を手でゆっくり時間をかけてマッサージし、オーガズムまで導くというもの。19世紀の欧州では性感マッサージこそがヒステリーに効果のある医療行為だったのだ。1850年代の英国の医師たちによる研究では女性の40%以上がヒステリーであると診断されていたそうだから、グランビル先生は“ゴッドハンド”加藤鷹ばりに大忙しだった。
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ヒステリーを訴えるご婦人の治療に当たる医師のグランビル(ヒュー・ダノシー)。
あまりの患者の多さに、当時の医者はヘトヘトだった。
 患者想いで熱心なお医者さんほど、自分の体を壊してしまうもの。連日にわたってヒステリー患者に接していたグランビル先生の腕はもうパンパン。腱鞘炎になってしまい、満足な治療ができなくなってしまう。肩を壊した救援投手のように塞ぎ込んでいたグランビル先生の目にふと留まったのは、発明好きな親友エドモント(ルパート・エヴェレット)が開発中だった「電動ほこり払い機」だった。何気なく手にしてスイッチオンにしてみたところ、うなる小型モーターの低振動が妙に心地よい。そのとき、グランビル先生の頭にピンク色のランプが点灯した。これだよ、これッ! ひとりの医者の何気ないひらめきによって、セックス大革命の狼煙が上がった。  エドモントとグランビルはさっそく、世界初となる電動バイブレーターの人体実験に取り掛かる。神をも恐れぬ、世紀の大実験。グランビルの手は緊張のためかバイブの振動のためか小刻みに震えている。電動バイブレーター初号機を恐る恐る被験者の股間へと近づける。緊張の一瞬、果たして実験の成果は……? しばし続いたモーターの振動音の後、女性被験者の喜びに満ちた高らかな声がロンドン中に響き渡る。やった! 世界初の電動バイブの実験に無事成功した!! 讃え合う男たち。グランビルの脳裏にはこれまでの苦労が走馬灯のようにフラッシュバックする。奇跡の瞬間を体感した女性被験者はマグダラのマリアのように感動に震えている。NHKのドキュメンタリー番組『プロジェクトX 挑戦者たち』だったら、中島みゆきが歌う「ヘッドライト・テールライト」が流れる感動シーンだろう。  本作のメガホンをとったのはターニャ・ウェクスター監督。女性監督らしく、お下品にならないよう寸止めでまとめています。電動バイブ開発ストーリーだけで終わらせず、主人公の恋愛エピソードを絡めることで人間ドラマへと潤色している点も見どころ。独身のグランビルの前に現われるのは2人の姉妹。グランビルが最初に出会うのは、妹のエミリー(フェリシティ・ジョーンズ)。絵に描いたような貞淑な女性で、女性医療の第一人者である父・ダリンプル医師(ジョナサン・プライス)を常に敬っている。若くて美人のエミリーに、グランビルはぞっこん。父の意向もあり、エミリーは将来有望なグランビルと婚約を交わす。喜びいっぱいのグランビルが遅れて知り合うのはエミリーの姉シャーロット(マギー・ギレンホール)。妹とは真逆の、じゃじゃ馬娘。父の反対を押し切って、社会福祉活動に熱中している変わり者。英国が繁栄を極めたビクトリア朝時代は、社会格差が大きく広がっていった時代でもあったのだ。父親に絶対服従するエミリーとは異なるシャーロットの自由奔放さに、グランビルは次第に魅了されていく。いかに多くの女性たちが本音を口に出せずに生きているのかを、ヒステリー治療を通してグランビルは目の当たりにしてきた。電動バイブは女性たちを抑圧された性から解放しただけでなく、古くさい女性観や権力志向にとらわれていたグランビル自身の固定観念さえ揉みほぐしていく。
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「電動ほこり払い機」を試作中のエドモント(ルパート・エヴェレット)。
世紀の発明は思いがけないところから生まれた。
 でもって、見逃しちゃいけないのがエンディングパート。グランビルの恋の行方を描いた後は、1988年にグランビルが特許を取った電動バイブレーターがどのように進化していったのか追っていく。20世紀になると婦人向け雑誌に「ポータブル・リラクゼーション」という名称で広告が次々と掲載されるようになる。“大人のおもちゃ”としてではなく、当時はあくまでも美容・健康促進を謳い文句に売られていたわけだ。かくして電動バイブレーターは多くの家庭へと普及していき、女性たちは病院に通わずに済むようになった。ヒステリーという概念も医学界からやがて消えていくことになる。  バイブレーターにこんな歴史が秘められていたとは実に感慨深い。女性たちを潤してきた様々な名機がエンディングで紹介される中、1970年代に販売が始まり世界的な人気商品となった日立のハンディマッサージャーも登場する。“バイブレーター界のキャデラック”と呼ばれている一大ロングセラー商品だ。そういえば、これと同じタイプのヤツ、実家にも置いてあったなぁ。古い知人に思いがけない場所でばったり出くわしたようで、ちょっとシミジミしました。 (文=長野辰次) hysteria4.jpg 『ヒステリア』 監督/ターニャ・ウェクスラー 出演/ヒュー・ダンシー、マギー・ギレンホール、ジョナサン・プライス、フェリシティ・ジョーンズ、ルパート・エヴェレット、アシュレー・ジェンセン、シェリダン・スミス  配給/彩プロ PG-12 4月20日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、有楽町スバル座、シネマート新宿ほか全国順次公開  (C)2010 Hysteria Films Limited, Arte France Cinema and By Alternative Pictures S.A.R.L.(C)LIAM DANIEL2(C)RICALD VAZ PALMA <http://hysteria.ayapro.ne.jp> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第218回]ジャッキー先生が体を張って教えてくれたこと。最後のアクション大作『ライジング・ドラゴン』 [第217回]金髪美女への偏愛が傑作サイコホラーを生んだ!? 映画界最強のバディムービー『ヒッチコック』 [第216回]えっ、小泉麻耶が身障者専門のデリヘル嬢に!? “性”のバリアフリー化『暗闇から手をのばせ』 [第215回]サイエントロジーをモデルにした『ザ・マスター』人間は何かに依存しなくては生きていけない? 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[第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

ジャッキー先生が体を張って教えてくれたこと。最後のアクション大作『ライジング・ドラゴン』

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ジャッキー先生、最後のアクション大作『ライジング・ドラゴン』。
パリ、南太平洋、中国……とワールドワイドに飛び回ります。
 僕らの大切な先生が、このたび第一線から退くことになった。先生の名前はジャッキー・チェン。ジャッキー先生はしんどいときほどユーモアが大切なことを教えてくれた。またCGにはない生身のアクションの爽快感を、そしてそれには恐怖と痛みが伴うことも教えてくれた。アジアのトップを極めれば、世界に充分通用することも教えてくれた。疲れたときに観る『プロジェクトA』(84)や『ポリス・ストーリー 香港国際警察』(85)は僕らの心のサプリメントだった。長年にわたって体を張ってきたジャッキー先生は現在59歳。いつまでも若々しいジャッキー先生だが、全編ノースタントでの無鉄砲アクションはいつまでもできないよ、ということでケジメをつけることに。ジャッキー・チェン、最後のアクション大作と銘打たれたのが『ライジング・ドラゴン』だ。  今回のジャッキー先生は、『サンダーアーム 龍兄虎弟』(86)『プロジェクト・イーグル』(91)に続くトレジャーハンター役。清朝時代に欧州の列強国によって略奪されてバラバラになった中国の至宝・十二支像を回収せよと大手アンティークディーラー社からの依頼を受け、JC(ジャッキー・チェン)は危険なミッションに赴くことに。『007』シリーズのオープニングばりに、登場シーンからもうフルスロットル。“ローラーブレード・スーツ”を装着したJCは、ストーリーの説明も仲間の紹介も吹っ飛ばしてビュンビュンと突っ走っていく。『五福星』(83)でもローラースケートを履いて見事なスタントを披露したが、今回はこれまでのジャッキー・アクションの集大成といった趣きがある。
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十二支像を盗み出し、模造品とすり替えるトレジャーハンターの
JC(ジャッキー・チェン)。雇われ仕事のはずが、次第に愛国心が芽生えてくる。
 さらにジャッキー先生の身軽さを活かした新アイテムが“ポータブル・ハングライダー”。本来のハングライダーに比べると小さい分だけ浮遊力に欠けるが、ジャッキーのコミカルスタントとの相性はバツグン。十二支像を盗み出すために忍び込んだ屋敷内でのJCと番犬たちとの追いかけっこは、ロイドやキートンたちが活躍した頃の無声映画を彷彿させる。アクションは言葉の壁を軽々と越えてみせる。ジャッキー先生は古き善きものを敬うことの大切さも教えてくれるのだ。  辛亥革命100周年を祝した歴史大作『1911』(11)の総監督を務め、中国のおエラい方たちを喜ばせたジャッキー先生。香港返還後は中国当局ともうまいことやっている。業界を牽引していくには社交的な顔と本音の使い分けも必要なことを身をもって教えてくれているわけだが、映画人ジャッキー・チェンが中国だけでなく世界中のファンのために作ったのが『ライジング・ドラゴン』だと言える。やはりジャッキー先生は大将軍の役より、陽気な冒険家のほうがよく似合う。そんなジャッキー先生のメッセージが込められたシーンがある。失われた十二支像を巡って、中国人留学生ココ(ヤオ・シントン)とおじいちゃんから相続した十二支像の一部を所有するフランス人のお嬢さまキャサリン(ローラ・ワイスベッカー)が口論となる。「中国から盗んだ物を返しなさいよ」と欧米人の過去の悪行を責め立てるココに向かって、JCはこう説く。「やめろよ、現代の価値観で過去を裁くことはできないよ」。世界各国を渡り歩き、多くの人たちと触れ合ってきたJC/ジャッキー・チェンならではの金言ではないか。  「現代の価値観で過去を裁くことはできない」という言葉は、欧米、そして日本も含めての帝国主義を決して肯定するものではない。だが他国が過去に行なった非道の数々をあげつらうために歴史を学ぶのではない。同じ過ちを繰り返さず、これからの共生の道を探るために歴史を検証するのではないか。十二支像は近代アジア史の表と裏の両面を物語るシンボルとしてこそ価値があるはず。そんな十二支像をアンティークオークションの相場を吊り上げるための道具にしか考えない依頼主のゴーマンさに、JCは怒りが込み上げてくる。
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ドリフの冒険コント的な展開が繰り広げられる南太平洋パート。
女たちよ、ケンカはひとまず休んで、まずは危機回避を優先しようじゃないか。
 JCはくどくどと自分の歴史観について説明することはしない。言葉で説明するよりも、ここは一発体を張ってみせましょう。十二支像の最後のひとつ龍の首を奪回するため、JCは噴火口上空での決死のスカイダイビングに挑む。いくら中国の至宝とはいえ、ブロンズ像を守るために自分の体を張るバカ。でもバカだからこそ正論が吐けるのだ。損得勘定で動く頭のいい人の発言よりも、映画バカの命を張ったデンジャラス・スタントにこそ世界中の人たちは釘づけとなる。パラシュートなしで空を飛ぶ映画バカ。成龍/ジェッキー・チェンが、本当に龍に成る瞬間がスクリーンに映し出される。  ジャッキー先生には、もうひとつお礼が言いたい。ジャッキー先生のラストスタントは、日本の映像エンタメ文化に長年にわたって受け継がれてきた悲しい風習に「待った!」を掛けてくれたからだ。日本初の連続テレビアニメ『鉄腕アトム』(63年〜66年)の主人公・アトムは地球を守るために太陽へと飛び込んでいった。あまりにも悲しい最終回だった。人類を救うために主人公が人身御供となる―このパターンは、特撮ドラマ『ジャイアントロボ』(67年〜68年)や劇場アニメ『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(78)へと受け継がれていく。太平洋戦争の悲劇を連想させるこのエンディングは、日本人の涙腺を強く刺激するものだろう。ハリウッドSF大作『アルマゲドン』(98)が大ヒットしたのみならず、キムタム主演の実写版『SPACE BATTLESHIP ヤマト』(10)でもこのパターンが踏襲されていたことに愕然とした。死ぬことを美化して、観客を泣かせることがそんなにも重要なのだろうか。悲しい歴史をいつまでも繰り返すのは、もういいんじゃないかい? ジャッキー先生は明るい笑顔で自身の記念アクション大作のエンディングを締めくくる。それも心憎いサプライズゲストを用意して。  今、日本と中国をはじめ東アジア全体はそれぞれの国益をめぐってシビアな状況にあるけれど、スクリーンの中は別世界だ。映画の中で躍動するジャッキー・チェンのことは世界中のみんなが大好き。映画館は国境のない永世中立地帯であることを、ジャッキー先生は改めて教えてくれる。ありがとう、ジャッキー先生。これからも小粋なアクションと自慢の演技力にますます磨きが掛かることを楽しみにしています。 (文=長野辰次) risingdragon4.jpg 『ライジング・ドラゴン』 製作・脚本・監督/ジャッキー・チェン 出演/ジャッキー チェン、クォン・サンウ、ジャン・ランシン、ヤオ・シントン、リアオ・ファン、ローラ・ワイスベッカー、オリバー・プラット 配給/角川映画 4月13日(土)より角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー <http://www.rd12.jp/pc/> (C)2012 Jackie & JJ International Limited, Huayi Brothers Media Corporation and Emperor Film Production Company Limited All rights reserved ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第217回]金髪美女への偏愛が傑作サイコホラーを生んだ!? 映画界最強のバディムービー『ヒッチコック』 [第216回]えっ、小泉麻耶が身障者専門のデリヘル嬢に!? “性”のバリアフリー化『暗闇から手をのばせ』 [第215回]サイエントロジーをモデルにした『ザ・マスター』人間は何かに依存しなくては生きていけない? 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金髪美女への偏愛が傑作サイコホラーを生んだ!? 映画界最強のバディムービー『ヒッチコック』

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実在の連続殺人鬼エド・ゲインをモデルにした恐怖映画『サイコ』の撮影風景。
その舞台裏を『ヒッチコック』は再現していく。
 シャワーを浴びている裸の女性が殺人鬼のナイフによって斬り刻まれる―映画史上もっともショッキングなシーンで知られる『サイコ』(60)。ヒッチコック監督の刃物のように研ぎ澄まされた演出が冴え渡り、不朽の名作ホラーとして今なお人気を誇る。公開から50年以上経った今でも強烈なインパクトを放ち続けているのは、連続殺人鬼は実在したという衝撃だけではない。金髪女性への異常なまでの執着心、下着フェチ、覗き見趣味、入浴中の裸女への抑えがたい欲情、強度の潔癖性、人間の暗部を象徴するかのような底なし沼への憧憬、マザーコンプレックス、変身願望、警察への嫌悪感……。ヒッチコック自身が抱えていた内面的なネガティブ要素がすべて作品の中に吐き出され、それらが一編の美しい映画として結晶化したという奇跡に驚嘆させられる。ヒッチコックは人間なら誰しもが隠し持っている心の中の劣情を巧みに映画化してみせることで人気監督となりえた。映画監督という職業に就いてなければ、ヒッチコック自身が変質者の烙印を押されていたのではないか。アンソニー・ホプキンス&ヘレン・ミレン共演による実録映画『ヒッチコック』は、サイコサスペンスの原点『サイコ』がどのようにして生み出されたのかを描いていく。  本作を監督したのは、これが劇映画デビュー作となるサーシャ・ガヴァシ。落ち目のヘビメタバンドの復活ツアーを追い掛けたドキュメンタリー『アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち』(09)の監督として注目を集めたイギリス人だ。脚本家としてスピルバーグ監督の『ターミナル』(04)、キアヌ・リーブス主演の『フェイク・クライム』(10)などのコメディタッチの作品に参加している。『アンヴィル!』も『ターミナル』『フェイク・クライム』もガヴァシ作品の主人公たちは境遇がよく似ている。周囲からは頭のおかしな変人、異邦人としか思われていないが、自分の信念に基づいて愚直に生きる男たちだ。『ヒッチコック』も同系統のものとなっている。周囲から理解されることはないが、自分の信じる美学に従い、最高傑作を生み出そうと四苦八苦する主人公のドラマである。  『アンヴィル!』がギターのリップスとドラムのロブの腐れ縁の2人が組んだひとつのバンドだったように、ガヴァシ監督は本作の中で“ヒッチコック”はひとつのチームだったと解釈してみせる。ヒッチコックはひとりの監督ではなく、藤子不二雄のような2人でひとつの存在だったと。『見知らぬ乗客』(51)『裏窓』(54)『ハリーの災難』(55)『めまい』(58)などの傑作サスペンスを次々と放ったアルフレッド・ヒッチコックだが、ヒッチコックがヒッチコックでありえたのは、公私にわたるパートナーのアルマ・レヴィルがいたからこそ。アルフレッドが映画界入りする前から、アルマは助監督、脚本家、編集技師として活躍していた。むさ苦しい撮影所できびきびと働く小柄なアルマに新入りスタッフだったアルフレッドは惚れ、アルフレッドが監督に昇進するのを待ってから1926年に2人は結婚した。アルフレッドはそれまで母親との同居生活を続けていたが、結婚を機に独立。ここからチーム・ヒッチコックの快進撃が始まる。切り裂きジャックをモチーフにした初期の代表作『下宿人』(27)で独自のスタイルを確立させ、売れっ子監督への道を走り出した。
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二人三脚で映画を作り続けたアルフレッド(アンソニー・ホプキンス)と
妻アルマ(ヘレン・ミレン)。2人そろって“ヒッチコック”だ。
 母国イギリスからハリウッドに渡り、アルマの名前が作品にクレジットされることは減っていくが、アルマは妻として母としてヒッチコック家を切り盛りし、そしてヒッチコック映画のいちばんの理解者として作品選び、脚本の手直し、編集の仕上げなどに協力し続けた。アルフレッドは判断に悩むと、アルマにアドバイスを求めた。アルマは本人以上に彼の才能を理解し、どうすればその才能が作品の中で生きるかを的確に助言した。アルマがいなければ、ひとりぼっちのアルフレッドは気難しく、わがままで、若いブロンド美女が大好きな子どもみたいなメタボオヤジにしか過ぎなかった。  本作のストーリーは、ノンフィクション本『アルフレッド・ヒッチコック&ザ・メイキング・オブ・サイコ』(白夜書房)をベースにしたもの。アルフレッド・ヒッチコック(アンソニー・ホプキンス)の『北北西に進路を取れ』(59)が興行的な成功を収め、映画会社の重役たちはご満悦。だが、アルフレッドはヒットメーカーゆえの不安に取り憑かれていた。観客はもう自分のスタイルに飽きているのでは? 「あッ」とみんなが腰を抜かす斬新な作品は作れないものか? そんなアルフレッドが強く惹かれたのが、1950年代の全米を震撼させた連続殺人鬼エド・ゲインの存在だった。ウィスコンシン州の寂れた農場で孤独に暮らしていたエド・ゲインは、女性の死体の皮を剥いで仮面を作っていた正真正銘のサイコパス。エド・ゲインをモデルにしたロバート・ブロックの犯罪小説『サイコ』の映画化を思い立つ。猟奇殺人を題材にした暗い映画よりも人気スターたちを配した明るい娯楽作品を撮ってほしいと映画会社は反対し、仕方なくアルフレッドは自宅を担保にして自費で低予算B級ホラー映画の製作に着手する。味方であるはずの妻アルマ(ヘレン・ミレン)でさえ「悪趣味映画」と見下して関心を示さない。それでも、夫が「ヒロインは途中で殺されちゃうんだ。すごいだろ?」とネタを振ると「殺るなら30分以内で殺るべきね。その方が観客は驚くはずよ」と反射的に閃いたアイデアを提供する。作品ごとに契約する俳優やスタッフと違って、アルマだけがチーム・ヒッチコックの信頼できる仲間だった。  殺人鬼の餌食となる美女マリオンにはジャネット・リー(スカーレット・ヨハンソン)、消息を絶った姉マリオンを探しに向かう妹ライラにはヴェラ・マイルズ(ジェシカ・ビール)がキャスティングされる。殺人鬼となるノーマン・ベイツ役はホモ男優のアンソニー・パーキンス(ジェームズ・ダーシー)。ブロンド女優を偏愛したアルフレッドの特別のお気に入りがヴェラ・マイルズだった。『間違えられた男』(56)に続いて『めまい』(58)のヒロインに起用したが、私生活にまで口出しするアルフレッドから逃げ出すようにヴェラは妊娠を理由に『めまい』を降板。『ダイヤルMを廻せ!』(54)や『泥棒成金』(55)のグレース・ケリーみたいな大スターとして売り出すつもりだったアルフレッドを失望させた。それでも未練がましく、『サイコ』でヒロインの妹役に配役する。自分の圧倒的な才能を見せつけたい、作品の中で彼女を思うようにコントロールしてやりたい。ひとりの男のよこしまな情熱が作品を突き動かす原動力として点火される。女性に対する愛情とその裏返しである憎しみが渾然一体となり、シャワーシーンで演技指導するアルフレッドの表情が鬼気迫る。このシーンを演じたアンソニー・ホプキンスの迫力は、『羊たちの沈黙』(91)に匹敵するもの。俳優アンソニー・ホプキンスの肉体を通して、ハンニバル・レクター、エド・ゲイン、ノーマン・ベイツ、そしてアルフレッド・ヒッチコックの狂気が繋がっていく。
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初代“絶叫クイーン”ジャネット・リー役にスカーレット・ヨハンソン、
巨匠監督のパワハラに悩むヴェラ・マイルズ役にジェシカ・ビール。似てる?
 かくして1か月で撮り終わった『サイコ』はかつてない恐怖映画になるはずだった。ところが、関係者を集めて試写を開いたところ、想像していたものとはまるで違うものとなっていた。「とんでもない凡作だ」とアルフレッドは愕然とし、劇場公開は諦めてテレビ映画として放映することを考えたほどだった。こんなときこそ、名編集技師であるアルマの出番である。アルマは客観的な視点から生きたショット、死んだショットを見事に選別し、映倫が文句を付けてくるだろう問題カットを除きつつ、テンポよく巧みにフィルムを繋ぎ合わせていく。夫が反対するのを説き伏せて、シャワーシーンにバイオリンの効果音を加える。ダイヤモンドの原石がカッティングされて輝きを放ち始めるように、『サイコ』はまさしく最高の恐怖映画として完成した。今さらながらアルフレッドは妻アルマに頭が上がらない。  『サイコ』が空前の大ヒットとなったアルフレッドは、次回作として動物パニック映画『鳥』(63)の準備に取り掛かる。『鳥』のヒロインに抜擢されたのはCMモデルだった新人ティッピ・ヘドレン。ブロンド好きなアルフレッドは続いて『マーニー』(64)にもティッピを起用して、尋常ならざる愛情を注ぐことになる。ヴェラ・マイルズから袖にされたのに、このオッサンはちっとも懲りてない。“サスペンス映画の神様”として崇められるアルフレッドだが、カメラが回っていないとどうしようもなく性格の歪んだ醜悪な神様だった。  『サイコ』は母親への思慕と若い女性への嫌悪感から心が2つに引き裂かれた殺人鬼の哀しい物語だが、アルフレッドはアルマと心をひとつにすることで“ヒッチコック”という映画史に名前を刻む偉大なるアイコンとなりえた。アルフレッドは最大の理解者アルマと出会えた、映画史上もっとも幸運な男だった。ガヴァシ監督のデビュー作『ヒッチコック』は、映画界最強のバディムービーと称するべきだろう。 (文=長野辰次) Hitchcock4.jpg 『ヒッチコック』 原作/スティーヴン・レベロ 脚本/ジョン・J・マクロクリン 監督/サーシャ・ガヴァシ 出演/アンソニー・ホプキンス、ヘレン・ミレン、スカーレット・ヨハンソン、ジェシカ・ビール、ダニー・ヒューストン、ジェームズ・ダーシー、トニ・コレット  配給/20世紀フォックス映画 4月5日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー (c)2012 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved  <http://www.foxmovies.jp/hitchcock> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第216回]えっ、小泉麻耶が身障者専門のデリヘル嬢に!? “性”のバリアフリー化『暗闇から手をのばせ』 [第215回]サイエントロジーをモデルにした『ザ・マスター』人間は何かに依存しなくては生きていけない? [第214回]閉塞化した世界を笑い飛ばす、常識破りの怪作! メタメタおかしい底抜け脱線ホラー『キャビン』 [第213回]若松孝二監督が銀幕に遺した“高貴で穢れた楽園”芸能ものの血が騒ぐ男たちの饗宴『千年の愉楽』 [第212回]裏方スーパースター列伝、あの超絶技が蘇る!『セックスの向こう側 AV男優という生き方』 [第211回]いつもヘラヘラしていた変なヤツ『横道世之介』和製『フォレスト・ガンプ』を思わせる青春回顧録 [第210回]奥西死刑囚は“村社会”を守るための生贄にされた!? 名張毒ぶどう酒事件の闇に迫る再現ドラマ『約束』 [第209回]9.11テロの首謀者ビンラディン抹殺作戦の全貌! アメリカの夜明けは遠く『ゼロ・ダーク・サーティ』 [第208回]チェルノブイリ“立ち入り制限区域”で撮影敢行! オルガ・キュリレンコ主演の社会派作品『故郷よ』 [第207回]“明るい不登校児”のガラパゴスな団地ライフ! 中村義洋監督の箱庭映画『みなさん、さようなら』 [第206回]いつまでもバカやって、尻を追っかけていたい! ぬいぐるみの『テッド』は“永遠のエロ中学生” [第205回]石原慎太郎原作の異色ミステリー『青木ヶ原』ままならない人生の中で出会った恋人たちの行方 [第204回]陶酔と記憶の向こう岸にある世界に3Dで迫る! 松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ』 [第203回]あの低視聴率ドラマ『鈴木先生』が映画版に! “鈴木式教育メソッド”は世界を変えられるか? 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えっ、小泉麻耶が身障者専門のデリヘル嬢に!? “性”のバリアフリー化『暗闇から手をのばせ』

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障害者専門の派遣型風俗店で働き始めた沙織(小泉麻耶)。
サービス内容はディープキス、フィンガーサービス、フェラチオ、ローションプレイ……。
 身障者専門のデリヘル嬢を主人公にした『暗闇から手をのばせ』が現在、渋谷ユーロスペースで公開中だ。グラビアアイドルとして抜群の人気を誇った小泉麻耶の体を張った演技とメジャー作品が扱わないテーマ性が高く評価され、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2013」オフシアター部門でグランプリ&シネガーアワードの2冠に輝いている。障害者プロレスを追ったドキュメンタリー『無敵のハンディキャップ』(93)、脳性麻痺を持つ重度身障者が殺人鬼を演じたバイオレンスホラー『おそいひと』(07)、ベストセラー作家・乙武洋匡原作&主演による熱血教師もの『だいじょうぶ3組』(公開中)など身障者を扱った映画はこれまでも話題を集めてきたが、本作のように“身障者の性”に正面から向き合った作品は非常に珍しい。  本作に風俗好きな常連客役で登場する“身障者芸人”ホーキング青山の著書『お笑い!バリアフリー・セックス』(ちくま文庫)を読むと、身障者にとってセックスは切実な問題であることが伝わってくる。ホーキングが通っていた養護学校では、男子生徒が暴れ出すと鎮静剤を注射されるか、男性教員がトイレへ連れていき手で抜かれていたそうだ。また、保健体育の授業では「身障として生まれてきた以上、刺激の強いもの(AV、風俗)にはできるだけ触れないように」と指導されていたという。だが、ホーキングは性をタブー視する息苦しい環境から飛び出し、高校生のときに原宿でフツーの女子高生のナンパに成功。その女子高生が非常にできた娘だったこともあり、無事に脱童貞を果たす。自信をつけたホーキングはその後もせっせとナンパに励み、トーク術を磨くことになる。「身障者とヤれる機会はそうそうないよ!」がホーキングの口説き文句だ。彼のそんなポジティブさに、女の子たちは身も心も許してしまう。
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初めての客は進行性筋ジストロフィー患者の水谷(管勇毅)。
体が思うように動かないため、沙織は騎乗位でサービスすることに。
 といっても、誰もがホーキング青山のようにオープンマインドの持ち主になれるわけではない。健常者と呼ばれる人でも傷つくことを恐れて、心を固く閉ざしたまま生きている人は少なくない。『暗闇から手をのばせ』の主人公・沙織(小泉麻耶)もそんなひとりだ。煩わしい人間関係を避けて生きているうちに、いつの間にか風俗の世界で働くようになっていた。身障者専門の派遣型風俗店を職場に選んだのは、「楽そうだし、体が動かないから怖くなさそう」という安易な理由からだった。介護に関する知識がまったくないまま、店長(津田寛治)の運転する車で予約客の待つマンションへと向かう。沙織にとって初めての客となったのは進行性筋ジストロフィー患者の水谷(管勇毅)。徐々に筋力が低下し、歩行や起立ができなくなる難病だ。20代で亡くなる患者が多い。全身にタトゥーを入れたコワモテ風の水谷だったが「オレ、34歳になっちゃった。いつまで生きられるかな?」と沙織に問い掛けてくる。自分の人生すらちゃんと考えたことのない沙織は返す言葉が見つからない。水谷の発射した精液がとても苦く感じられる。  悩む間もなく、沙織は次の客が待つラブホテルへと向かう。両手両足に障害を持つ中嶋(ホーキング青山)を電動車椅子からベッドへと移動させるのは難儀だったが、中嶋は底抜けに明るい性格。あまりに達者なトークに、ずっと緊張を強いられていた沙織は吹き出してしまう。調子にのった中嶋は「ホンバンやらせてよ」と何度もおねだりしてくるが、そこはデリヘル嬢としての矜持を守る沙織だった。中嶋も機嫌を悪くすることなく、沙織の懸命なプレイを満喫する。サービス終了後、ホテル街を中嶋と沙織は仲良く並んで歩く。束の間の恋人気分を味わった中嶋はとても幸せそうだ。お客たちは性欲の解消だけでなく、人と人との触れ合いを求めていることに沙織は気づく。  自分を必要とされる喜びを覚えた沙織だったが、3番目の客と出会い、再び厳しい現実を突き付けられる。健司(森山晶之)はバイク事故で脊髄を損傷した後天的な身障者。自分の身に降り掛かった不幸をまだ受け入れられず、自宅に引きこもったまま。性的な刺激を与えることで下半身の機能が回復するかもしれないと母親(松浦佐知子)が勝手に予約を入れたため、余計に機嫌が悪い。裸になった沙織は騎乗位でベッドに寝たきりの健司にサービスを尽くすが、彼の下半身はいっこうに硬くならない。沙織が汗だくで責めれば責めるほど、さらに不機嫌になっていく。自分の無力さに落ち込む沙織。たった1日の体験入店だけでフェードアウトしてしまっていいのか。それまで面倒なことは避けて生きてきた沙織だが、自分の知らない世界に足を踏み入れたことで次第に意識が変わり始めようとしていた。
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風俗好きな中嶋(ホーキング青山)。しかし、電動車椅子からベッドへの移動は容易ではない。
彼にとって風俗遊びは命懸けだった。
 自主映画として本作を完成させたのは、これがデビュー作となる戸田幸宏監督。出版社の編集者、漫画の原作者などを経て、現在はNHKの子会社である製作会社NHKエンタープライズに所属し、ドキュメンタリー番組を手掛けている。実は本作もドキュメンタリー番組にするつもりで、大阪にある障害者専門の派遣風俗店「ハニーリップ」を数回にわたって取材していた。「ハニーリップ」の経営者は介護施設の職員でもあり、同世代の若い身障者たちの最期を看取るうちに「あいつ、生きてるうちにキスくらいしたんやろか」と思うようになり、身障者向けの風俗サービスを考え付いた。身障者の家族たちからは「寝た子を起こすな」と罵倒されたそうだ。身障者の本音と身障者を取り巻く環境を赤裸々に描いたドキュメンタリー番組になるはずだったが、残念なことにNHKではこの企画は採用されなかった。でも「あるものをないことにはできない」と戸田監督は取材した内容を劇映画として構成し直す。  難航することが予測された主人公・沙織役のキャスティングだったが、グラビアアイドルとして活躍し、女優への本格的転身を図っていた小泉麻耶がこの難役のオファーを快諾した。自主映画ゆえスムーズに撮影開始とは運ばず、撮影までに生じた半年間の猶予を使って、小泉は風俗嬢らを自分から積極的に取材するなどして役づくりの時間に当てた。それまで漠然と生きてきた沙織だが、身障者専門のデリヘル嬢として働き始めたことをきっかけに、自分の中の眠っていた感情が湧き上がってくるのを実感する。小泉は「この役は私だ」と感じたそうだ。感情をあまり表に出さない沙織だったが、ホーキング青山演じる常連客のアドリブトークに思わず表情を崩す。演技ではない、小泉の素顔がさらされる。小泉にハグされたホーキングも本気でうれしそうだ。演技とはいえ、肌と肌を合わせた2人の表情がどんどん和らいでいく。  小泉麻耶やホーキング青山らが台本上のキャラクターに息を吹き込むことでフィクションともドキュメンタリーとも判別できないものへと膨らんでいき、戸田監督が当初考えていたイメージとは異なる作品に変わっていったようだ。身障者の性というタブー視されがちな題材を扱っているが、表情の乏しかった主人公が生活スタイルも人生観も多種多様な人々と触れ合い、心をバリアフリー化していく姿が心地よい。偏見と無知と性欲まみれのドブ池に、かれんなハスの花がぽんッと咲いた。そんな清涼感がラストに漂う。 (文=長野辰次) kurayamikara4.jpg 『暗闇から手をのばせ』 監督・脚本/戸田幸宏 主題歌・挿入歌/転校生 出演/小泉麻耶、津田寛治、森山晶之、管勇毅、松浦佐知子、ホーキング青山、モロ師岡 配給/SPOTTED PRODUCTIONS 3月23日より渋谷ユーロスペースにてレイトショー公開中 (c)2013戸田幸宏事務所 <http://www.kurayamikara.com> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第215回]サイエントロジーをモデルにした『ザ・マスター』人間は何かに依存しなくては生きていけない? [第214回]閉塞化した世界を笑い飛ばす、常識破りの怪作! メタメタおかしい底抜け脱線ホラー『キャビン』 [第213回]若松孝二監督が銀幕に遺した“高貴で穢れた楽園”芸能ものの血が騒ぐ男たちの饗宴『千年の愉楽』 [第212回]裏方スーパースター列伝、あの超絶技が蘇る!『セックスの向こう側 AV男優という生き方』 [第211回]いつもヘラヘラしていた変なヤツ『横道世之介』和製『フォレスト・ガンプ』を思わせる青春回顧録 [第210回]奥西死刑囚は“村社会”を守るための生贄にされた!? 名張毒ぶどう酒事件の闇に迫る再現ドラマ『約束』 [第209回]9.11テロの首謀者ビンラディン抹殺作戦の全貌! アメリカの夜明けは遠く『ゼロ・ダーク・サーティ』 [第208回]チェルノブイリ“立ち入り制限区域”で撮影敢行! オルガ・キュリレンコ主演の社会派作品『故郷よ』 [第207回]“明るい不登校児”のガラパゴスな団地ライフ! 中村義洋監督の箱庭映画『みなさん、さようなら』 [第206回]いつまでもバカやって、尻を追っかけていたい! ぬいぐるみの『テッド』は“永遠のエロ中学生” [第205回]石原慎太郎原作の異色ミステリー『青木ヶ原』ままならない人生の中で出会った恋人たちの行方 [第204回]陶酔と記憶の向こう岸にある世界に3Dで迫る! 松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ』 [第203回]あの低視聴率ドラマ『鈴木先生』が映画版に! “鈴木式教育メソッド”は世界を変えられるか? 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[第171回]自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』 [第170回] 世界興収100億突破のSF大作『ロボット』はあらゆる既成概念を破壊する!! [第169回]“エンタの神さま”ツイ・ハークが大復活! B級映画マニアの心を焦がす『王朝の陰謀』 [第168回]人はお下劣な分だけ、強く優しくなれる!? 結婚を控えた女たちの本音『ブライズメイズ』 [第167回]行きすぎたシステム社会に警鐘を鳴らす“ユナボマー・マニフェスト”の映画化『モンスターズクラブ』 [第166回]祭りの終わりと新ステージの幕開け、3部作完結『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』 [第165回]すばらしき“コーマン野郎”の世界!『コーマン帝国』、愛と欲望の歴史 [第164回]懐かしき香り漂う、新感覚サスペンス 破滅へ突き進む男の悲劇『ドライヴ』 [第163回] 災害に備えた地下シェルターは必要? 心理ホラー『テイク・シェルター』 [第162回] 森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン! [第161回] 鬼才キム・ギドクの"多重人格ショー"セルフドキュメンタリー『アリラン』 [第160回]映画創成期に散った"殉教者"への聖歌 3D映画『ヒューゴの不思議な発明』 [第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』 [第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』 [第157回] 韓国映画の名匠が明かす"創作の極意"イ・チャンドン監督『ポエトリー』 [第156回] ローカル局で"伝説となった男"の生涯『木村栄文レトロスペクティブ』 [第155回] 米国に半世紀も君臨した"影の大統領" FBI初代長官『J・エドガー』 [第154回]犯罪者たちに学ぶ"人心掌握術"の奨め『アニマル・キングダム』『預言者』 [第153回]"地獄"からの生還者・板尾創路の凄み 古典落語を過激に脚色『月光ノ仮面』 [第152回]早くも2012年ベスト1映画が登場!"代理殺人"を巡る恐怖『哀しき獣』 [第151回]父殺し、自分殺し、そして再生の物語 園子温流ラブストーリー『ヒミズ』 [第150回]米国お笑い横断旅行『宇宙人ポール』人間のちっぽけな悩みはETが解決! 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"あの世"はあるか?『ヒア アフター』 [第105回] キレ味、喉ごしが違うアクション! 黒帯美少女の"涙拳"が炸裂『KG』 [第104回] 高齢化するニートはどこに行くのか? "戸塚校長"のその後『平成ジレンマ』 [第103回]堀北真希&高良健吾主演作『白夜行』闇に生きる"影男"の密やかなる喜び [第102回]園子温の劇薬ムービー『冷たい熱帯魚』"救いのない結末"という名の救い [第101回] NHKが放映しない"裏プロジェクトX" AV界のカリスマ監督『YOYOCHU』 [第100回]エロスとタブーを交配した"至高の美女" 禁断のサイエンスホラー『スプライス』 [第99回]2010年に活躍した女優を勝手に表彰! 満島ひかりに"面倒くさい女"大賞を [第98回]大人だって"ドラえもん"にいて欲しい 残念男の逆転劇『エリックを探して』 [第97回]平凡な高校生デイヴは2度変身する!原点回帰のヒーロー『キック・アス』 [第96回]村上春樹の超絶ベストセラーの映画化『ノルウェイの森』はどこにある? 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サイエントロジーをモデルにした『ザ・マスター』人間は何かに依存しなくては生きていけない?

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新興宗教の教団一家を描いた『ザ・マスター』。
心理療法で人々を悩みから解放していくが、
教団が大きくなるにつれて在り方が変わっていく。
 トム・クルーズがセックス教団の教祖を演じた『マグノリア』(99)や石油王とうさん臭い伝道師との関係を描いた『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)など、ポール・トーマス・アンダーソン監督の作品では救済を願う主人公と信仰の関係が度々モチーフとなってきた。ベネチア映画祭監督賞を受賞した『ザ・マスター』に登場する“マスター”は、サイエントロジーの創始者であるL・ロン・ハバードをモデルにしたもの。戦場から帰国したものの自分の居場所を見つけることができずにいる主人公がカルト教団の教祖に出会い、ズブズブの関係に陥っていく様子が描かれる。  太平洋戦争が終わり、日本兵を相手に戦ってきた米国海軍兵のフレディ(ホアキン・フェニックス)は本国に帰還する。しかし、戦時中に機械油に柑橘類を絞ったオリジナルカクテルを発案し、すっかり自家製カクテルが手放せなくなってしまった。機械油を主原料にしたそのカクテルは通常のアルコールよりも強烈で、陰鬱な気分を一気に吹き飛ばすことができるが、体にいいわけがない。すっかりアルコール依存症になってしまったフレディは、ようやく見つけた職場で暴れてしまい、ホームレス状態となってしまう。たまたま出航しようとしていたクルーズ船に乗り込んでタダ酒にありつこうとするが、その船はカルト宗教団体「ザ・コーズ」のもので、教祖である“マスター”ことランカスター(フィリップ・シーモア・ホフマン)とフレディは対面。ランカスターは密航者であるフレディを歓迎し、しかも“メソッド”と呼ばれる心理療法で猛烈な虚無感に悩まされていたフレディの苦しみを和らげてくれた。お礼にフレディはオリジナルカクテルを振る舞い、ランカスターもその味の虜になる。年齢差のある2人だが、妙にウマが合い、フレディはそのまま教団に居着いてしまう。
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心的外傷を抱えるフレディ(ホアキン・フェニックス)は教祖ランカスター
(フィリップ・シーモア・ホフマン)の懐の深さに魅了されていく。
 心の問題を抱えた人々がランカスターの元に集まってくる。ランカスターは被験者に暗示をかけ、被験者の過去から前世へと遡っていき、不安の原因を探り当てていく。不安の原因が分かり、安堵する被験者たち。「単なる催眠術ではないのか?」と疑問を唱える記者が現われるが、その手の邪魔者は戦場帰りのフレディが有無を言わさず強制排除していく。悩める者たちを優しく救うランカスターが教団の表の顔、トラブルを力づくで処理するフレディが裏の顔となり、「ザ・コーズ」は信者数を増やしていく。教団においてフレディの存在は欠かせないものになっていく。  ランカスターの妻ペギー(エイミー・アダムス)は部外者の居候であるフレディのことを煙たく思うが、ランカスターはフレディを自分の片腕として寵愛する。教団が大きくなればなるほど、フレディが作ってくれるあのオリジナルカクテルを呑まずにはいられないからだ。多くの信者たちを悩みから解放していくランカスターだが、ランカスター自身の苦しみを理解し、分かち合ってくれるのはフレディしかいない。コドクな王様とそのコドクを癒す道化師のように、ランカスターとフレディは相互依存することで関係を深めていく。  ジョン・トラボルタ主演のトンデモSF映画『バトルフィールド・アース』(00)の原作者であるL・ロン・ハバードの素顔とサンエントロジーの内幕をバンバン暴いた実録ものかと興味津々で観始めたが、サイエントロジーはあくまでもランカスターが作った教団のモデルにとどめ、心的外傷を抱えた戦場帰りの男と新興宗教の教祖との風変わりな友情ものとしてドラマは展開していく。やがて教団が大きくなり、2人の関係は変わらざるを得なくなってくる。教団が社会に大きな影響力を持つようになったこともあり、ペギーはフレディに酒を断ち、教団の一員らしく規律を守るよう命じる。ランカスターもフレディに教団の後継者になることを望む。だが、それはフレディが求めていたものではなかった。より自由に、依存せずに生きられる広い世界へとフレディは飛び出していく。
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教団に息苦しさを感じ、飛び出してしまったフレディ。
だが、“マスター”なしでの生活は、フレディに虚しさを覚えさせるだけだった。
 「(新興宗教に)特に興味を持つことはなかった。多分、そういう人たちはある信条に賛同し、彼らは本当にそれを信じているんだろう。でも、ある時点で、権力に魅せられて堕落する者が出てくる。そういう人がグループを先導し、神と言われるものを作り出していく。それが僕の新興宗教に対する考えだ」。そうコメントしているのは、フレディ役を演じたホアキン・フェニックス。かつて両親が共に新興宗教「神の子供たち」の宣教師を務め、兄リヴァー・フェニックスを薬物の過剰摂取で失ったという過去を持つホアキン。ヤラセドキュメンタリー『容疑者、ホアキン・フェニックス』(10)で「罪深きこの人生やり直させてくれ♪」と自作のラップを披露する姿も、自分の中に巣食う苛立ちを持て余し続ける今回のフレディ役もホアキン自身の持つリアルな側面のように感じられる。  薬物、アルコール、セックス、過食、ギャンブル、職場、スマホ、占い……。現代人は大なり小なり、何かに依存せずには生きていけない。心の目を開いてくれるはずの宗教も盲目的に信仰するようになれば、それはただの宗教依存になってしまう。新興宗教を立ち上げた“マスター”ことランカスターも自分自身を救済してくれる存在を欲していた。ランカスターはエネルギッシュに人々に接する一方、自分の内面の弱さをちゃんと自覚していた。ランカスターのそんな部分も含めてフレディは人間味を感じていた。教団から束縛されることを嫌って放浪の旅に出たフレディだが、結局のところランカスター以上に心が惹かれる人物に出会うことはできない。物語の終わりに2人は再会する。英国に拠点を構えた教団はフレディの想像を遥かに上回る組織に成長を遂げ、かつて宗教家として人々の苦しみに耳を傾けていたランカスターは巨大企業のCEOのようになっていた。もはやランカスターはコドクに打ち震えるちっぽけな心はどこかに置いてきたのだろうか? それとも、もっと別な新しい依存の対象を見つけたのだろうか? (文=長野辰次) the_master4.jpg 『ザ・マスター』 監督・脚本・製作/ポール・トーマス・アンダーソン 音楽/ジョニー・グリーンウッド 出演/ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン、エイミー・アダムス、ローラ・ダーン R15 配給/ファントム・フィルム 3月22日(金)よりTOHOシネマズ・シャンテ、新宿バルト9ほか全国ロードショー  (C)MMXII by Western Film Company LLC All Rights Reserved. <http://themastermovie.jp> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第214回]閉塞化した世界を笑い飛ばす、常識破りの怪作! メタメタおかしい底抜け脱線ホラー『キャビン』 [第213回]若松孝二監督が銀幕に遺した“高貴で穢れた楽園”芸能ものの血が騒ぐ男たちの饗宴『千年の愉楽』 [第212回]裏方スーパースター列伝、あの超絶技が蘇る!『セックスの向こう側 AV男優という生き方』 [第211回]いつもヘラヘラしていた変なヤツ『横道世之介』和製『フォレスト・ガンプ』を思わせる青春回顧録 [第210回]奥西死刑囚は“村社会”を守るための生贄にされた!? 名張毒ぶどう酒事件の闇に迫る再現ドラマ『約束』 [第209回]9.11テロの首謀者ビンラディン抹殺作戦の全貌! アメリカの夜明けは遠く『ゼロ・ダーク・サーティ』 [第208回]チェルノブイリ“立ち入り制限区域”で撮影敢行! オルガ・キュリレンコ主演の社会派作品『故郷よ』 [第207回]“明るい不登校児”のガラパゴスな団地ライフ! 中村義洋監督の箱庭映画『みなさん、さようなら』 [第206回]いつまでもバカやって、尻を追っかけていたい! ぬいぐるみの『テッド』は“永遠のエロ中学生” [第205回]石原慎太郎原作の異色ミステリー『青木ヶ原』ままならない人生の中で出会った恋人たちの行方 [第204回]陶酔と記憶の向こう岸にある世界に3Dで迫る! 松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ』 [第203回]あの低視聴率ドラマ『鈴木先生』が映画版に! “鈴木式教育メソッド”は世界を変えられるか? 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閉塞化した世界を笑い飛ばす、常識破りの怪作! メタメタおかしい底抜け脱線ホラー『キャビン』

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“マルチ・レイヤー・スリラー”と銘打たれた新種のホラー映画『キャビン』。
2010年公開予定が、米国でも2012年にようやく公開に至った。
 たまたま2時間ドラマを見ていたら、旅館に着いたばかりの片平なぎさと船越英一郎がいきなり毒殺されてしまい、何と真犯人は事件を担当していた監察医の沢口靖子だった! しかも沢口靖子はロボットで、山村紅葉によって遠隔操作されていた!! そのくらいの衝撃ですよ。『キャビン』という何の捻りもないタイトルのホラー映画ですが、まったく期待せずに客席に身を委ねていると、常識破りの展開に目がテン&口あんぐり状態。一見、ゆる~いB級映画と思わせておいて、次々と底が抜けていく快感に身悶えすることに。ぜひ、みなさんも本作を舐めて掛かってください。  物語の始まりは、も~絵に描いたようなホラー映画の定番パターン。夏休みになり、浮かれまくる米国の若者たち。5人の男女はワゴン車に乗り込んで、避暑地にある別荘へレッツゴー! リーダー格はアメフト部のカート(クリス・ヘムズワース)。『マイティ・ソー』(11)『アベンジャーズ』(12)で売り出し中の雷様ですよ。カートにくっついて、いつもイチャイチャしているのは金髪美女ジュールス(アンナ・ハッチソン)。マジメ女子のデイナ(クリステン・コノリー)はカートの親友ホールデン(ジェシー・ウィリアムズ)とちょっとイイ雰囲気。お邪魔虫な感じで、マリファナ大好きなマーティ(フラン・クランツ)もくっ付いてきた。まぁ、ここはお固いことは言わず、人里離れた別荘でセックス&ドラッグを存分に楽しみましょうや。ところが山を越え、谷を渡って到着した先は、別荘とは名ばかりの怪しげな山小屋。すぐ近くには、どこかで見たようなデジャブ感ありありな湖が……。ホラー映画の二大教典『死霊のはらわた』(81)と『13日の金曜日』(80)を合体させたような舞台じゃないですか。こんな不気味な場所からさっさと引き返せばいいのに、5人の若者たちは肝試し感覚で山小屋の扉を開けてしまう。さぁ、未曾有体験の始まりはじまり♪
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よせばいいのに、謎の呪文を唱えてしまうデイナ(クリステン・コノリー)。
ホラー映画のお約束パターンに従って物語が進んでいきます。
 ホラー映画のお約束とばかりに、酔っぱらって調子に乗った若者たちは地下室に残してあった謎の呪文をわざわざ読み上げてしまう。その途端、山小屋の裏にあった墓場から、気持ち悪~いアンデッドたちがモコモコと登場。もちろん、真っ先に殺られるのはビッチな金髪女。「ビンゴ!」と手を叩いて喜んでいるのは、客席にいた我々だけではなかった。山小屋の様子を隠しカメラで眺めていた研究員風の男(リチャード・ジェンキンス)たちも一緒に大喜び。なんだ、このオッサンたちは? これは新しいドッキリカメラか殺人リアリティーショーなのか? どうやらこの盗撮集団は入念なシナリオを準備して、5人の若者たちをまんまと山小屋へと誘導したらしい。呪文を読んでしまったのも、ビッチな金髪女が最初に死んだのも、すべて脚本通り。『死霊のはらわた』&『13日の金曜日』的なホラーテイストが、いきなりSF映画『トゥルーマン・ショー』(98)を彷彿させるブラックな世界に大変貌!  カートたちはどうやら自分らが巧妙な罠にハメられたことに気づくが、『シャッターアイランド』(10)のごとく山小屋と湖の周辺は陸の孤島化しており、脱出できない。地下からはモンスターたちが続々と甦ってくる。焦れば焦るほど、正体不明な相手の思う壺。若者たちが次々と血祭りに遭う様子を、金魚鉢で蟻と蟻地獄を一緒に飼育するかのように冷酷に観察を続ける研究員風の男たち。しかも、この実験は米国だけでなく世界各地で行なわれているらしく、日本ではいたいげな小学生の女の子たちが貞子みたいなお化けと大バトルを繰り広げている真っ最中。一体、これらは何のための実験なのか?  『キャビン』はパターン化されたありふれた風景をひっくり返して見せる。80年代~90年代にアイデアが出尽くして閉塞状態となっていたホラー映画というジャンルを、丸ごと箱庭化してみせる。近年ブームとなっていた主観映像による疑似ドキュメンタリーとは真逆の、超客観的視点に立ったメタフィクションの世界だ。「新しいタイプのホラー映画はもう出てこないでしょ」とタカを括っていた自分の先入観が、ガラガラと音を立てて壊れていく心地よさがある。『キャビン』に登場するモンスターたちが攻撃しているのは、実は山小屋に閉じ込められた若者たちではない。モンスターたちが揺さぶりを掛けているのは、我々が当たり前のように身に付けている“常識”という名のメガネなのだ。常識という名のメガネは社会生活を送る上ではとても大切で便利なものだが、社会基盤が変動してしまうと度の合わないその常識メガネは逆に大きな負担となってしまう。
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勇敢な若者カート(クリス・ヘムズワース)の横にいるのが、
ヤリマン女のジュールス(アンナ・ハッチソン)。
彼女は自分の運命を知らない。
 三池崇史監督の『悪の教典』(12)もそうだった。学校の先生=未成年の自分たちを守ってくれる存在、という固定観念に縛られている生徒から真っ先にサイコパス教師(伊藤英明)に処刑されてしまった。子どもたちに常識を教えるはずの学校が、殺戮の場となった。三池監督は「悪は滅び、正義が生き残る」という旧態依然としたドラマツルギーを、伊藤英明を遠隔操作することで粉々にブチ壊してみせた。正義が生き残るのではなく、生き残ったものが歴史を作っていくのだ。フィクションの世界だけの話ではない。常識を盲目的に受け入れるととんでもない事態に陥ることを、日本人は最近学んだばかりだ。“日本の原発は安全”という根拠のない常識をみんな鵜呑みにしたために、大惨事を招いてしまった。『キャビン』で若者たちの行動をモニターを通して高みの見物していた研究員風の男たちも、「自分たちは安全」という常識に腰掛けていたために尋常ではない恐怖を味わうはめになる。  次々と底が抜けていく、この常識破りなホラーコメディを手掛けたのはジョス・ウェドン(脚本)&ドリュー・ゴダード(監督)のコンビ。ジョス・ウェドンは金髪女子高生がヴァンパイア退治する学園ホラーシリーズ『吸血キラー 聖少女バフィー』(97年~03年)でカルト的人気を博し、アメコミヒーローたちを呉越同舟させた『アベンジャーズ』に抜擢された監督。ドリュー・ゴダードは怪獣王ゴジラを主観映像で追った『クローバーフィールド/HAKAISHA』(08)や無人島サバイバルミステリー『LOST』(04年~10年)の脚本家で、本作で監督デビューを飾った。ジャンル映画の中で異彩を放つオタクな2人組は、面白さを徹底追及するうちにいつの間にか映画界のお約束はおろか、地球の引力圏からさえも離脱してしまったようだ。  では、この底抜けホラーコメディのクライマックスはどーなるのか? らっきょうの皮をどんどん剥いていくうちに、自分のいる世界まで剥いてしまった、そんな感じ? さぁ、うらぶれた山小屋の扉を開けてみよう。アナタが大切にしていた常識ってヤツは、真っ先にぶっ殺されるだろう。 (文=長野辰次) cabin46xs.jpg 『キャビン』 監督/ドリュー・ゴダード 脚本/ジョス・ウェドン&ドリュー・ゴダード 出演/クリステン・コノリー、クリス・ヘムズワース、アンナ・ハッチソン、フラン・クランツ、ジェシー・ウィイアムズ、リチャード・ジェンキンス、ブラッドリー・ウィットフォード、ブライアン・ホワイト、エイミー・アッカー、あと某大物俳優がカメオ出演!  配給/クロックワークス R15 3月9日よりシネマサンシャイン池袋ほか全国ロードショー中  (C)2011 LIONS GATE FILMS INC.ALL RIGHTS RESERVED <http://cabin-movie.jp> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第212回]裏方スーパースター列伝、あの超絶技が蘇る!『セックスの向こう側 AV男優という生き方』 [第211回]いつもヘラヘラしていた変なヤツ『横道世之介』和製『フォレスト・ガンプ』を思わせる青春回顧録 [第210回]奥西死刑囚は“村社会”を守るための生贄にされた!? 名張毒ぶどう酒事件の闇に迫る再現ドラマ『約束』 [第209回]9.11テロの首謀者ビンラディン抹殺作戦の全貌! アメリカの夜明けは遠く『ゼロ・ダーク・サーティ』 [第208回]チェルノブイリ“立ち入り制限区域”で撮影敢行! オルガ・キュリレンコ主演の社会派作品『故郷よ』 [第207回]“明るい不登校児”のガラパゴスな団地ライフ! 中村義洋監督の箱庭映画『みなさん、さようなら』 [第206回]いつまでもバカやって、尻を追っかけていたい! ぬいぐるみの『テッド』は“永遠のエロ中学生” [第205回]石原慎太郎原作の異色ミステリー『青木ヶ原』ままならない人生の中で出会った恋人たちの行方 [第204回]陶酔と記憶の向こう岸にある世界に3Dで迫る! 松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ』 [第203回]あの低視聴率ドラマ『鈴木先生』が映画版に! “鈴木式教育メソッド”は世界を変えられるか? 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[第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

若松孝二監督が銀幕に遺した“高貴で穢れた楽園”芸能ものの血が騒ぐ男たちの饗宴『千年の愉楽』

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生まれつき容姿に恵まれた半蔵(高良健吾)だが、それゆえ女難が次々と降り掛かる。
信頼できる女性はオリュウノオバ(寺島しのぶ)だけ。
 2012年10月17日、日本映画界は偉大なるゴッドファーザーを失った。17歳のときに家出して上京、ヤクザ時代には拘置所暮らしを経験し、ピンク映画界へ転身、映画を武器に闘い続けた若松孝二監督がそのドラマチックな人生に幕を降ろした。若松監督にとって映画製作は食べていくことであり、同時に自分の中に渦巻く社会への怒りを吐き出すための手段だった。相反する2つの事象を、持ち前のエネルギーできっちり飼い馴らしてみせた。タブーの中に潜む人間の本質を突き詰め、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)、『キャタピラー』(10)、『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(12)などの問題作を次々と放った。『海燕ホテル・ブルー』(12)のようなエロい作品もいっぱい撮った。怒ると怖い監督だったが、同時に“父性愛”に溢れた人で、自分の映画に関わった人々や上映会に集まったファン、「若松作品を観るのは初めて」という若い観客に対して、分け隔てなく温かく接する人だった。原発事故、白虎隊、731部隊、沖縄戦など新しい企画を温めていた矢先の訃報となってしまった。  2011年に撮り終えていた『千年の愉楽』が若松監督の最後の作品となった。同名の原作小説は芥川賞作家・中上健次が故郷・和歌山の“路地”と呼ばれる被差別部落を舞台に描いたもので、“高貴で穢れた血”を受け継ぐ男たちが生まれは死に、生まれては死に……を繰り返す神話的ストーリーとなっている。図らずも若松監督は“輪廻転生”をテーマにした作品を最後に残したことになる。
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「ひとりで戦っているヤツは嫌いじゃない」という若松監督の出演要請に応えた高岡蒼佑。
スマートに生きることができない哀しい男・三好を演じる。
 時代は不詳。路地で唯一の産婆であるオリュウノオバ(寺島しのぶ)の目を通して、“高貴で穢れた血”を受け継ぐ中本家の男たちの物語が紡がれていく。中本の男たちはみんな美貌に恵まれているが、同時に若死にするという悲しい業を背負っている。寂しがり屋の半蔵(高良健吾)は、人肌を求めるあまり地元の女全員に手を出してしまった色男。トラブルを起こして大阪の工場に勤めに出ていたが、しばらくして若い女・ユキノ(石橋杏奈)を身籠らせて路地に帰ってきた。母親代わりのオバは家庭を持てば半蔵のビョーキも治まるだろうと安心するが、半蔵は人の良さからまた悪い遊びを再開してしまう。人妻に手を出して、刀傷沙汰に巻き込まれる。半蔵の叔父に当たる三好(高岡蒼佑)も似たような人生を辿る。路地ものゆえに思うような職に就けず、それならばとワルぶってみせる三好。「体から火を噴くように生きたいんじゃ」と言いながら、ヒロポンや盗みに熱中する。三好もまた女性関係でトラブルを招く。中本の男たちを生まれた瞬間から知っているオバは、業に抗うように生き、結局は業に絡めとられていく彼らの生き様と死に様をただただ見守るしかない。中本の血が流れる達男(染谷将太)は気のいい若者だ。達男も同じような人生を進むのか。達男の若いピチピチした肉体を見ていたオバは、思わず後ろからハグしてしまう。大自然の中で重なり合うオバと達男。男と女の営みが続いていく……。  中本の男たちに流れる“高貴で穢れた血”とは何だろうか? 中上作品において路地とは被差別部落を指しているが、中上健次の実際の故郷とは異なり、若松監督が『千年の愉楽』のロケ地に選んだ場所は海に面した美しい集落だ。若松監督が描く路地は、社会からはみ出したヤツらが集う一種のユートピアのように感じられる。中上健次が『千年の愉楽』で綴った“高貴で穢れた血”を、若松監督は映画化することで“芸能ものの血”に塗り替えたように思える。“高貴で穢れた血”と河原ものをルーツに持つ“芸能ものの血”はきっとどこかで繋がっているのだろう。若松監督が“芸能ものの血”を受け継ぐ男たちに選んだのは『軽蔑』(11)に続いての中上作品への主演となった高良健吾、2011年当時Twitter騒動で渦中の人となっていた高岡蒼佑、そして『ヒミズ』(12)や『悪の教典』(12)などの話題作に出演し、将来を嘱望されている若手男優の染谷将太だ。
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半蔵、三好と同じ血が流れる達男(染谷将太)。
汗ばんだ達男の裸体を眺めていたオバは、ついムラムラッとしてしまう。
 若松組に初参加となる3人の男優たちは、劇中すっぽんぽんになる。公開中の『横道世之介』で爽やかなイメージを振りまいている高良健吾だが、本作では路地きっての好色男・半蔵として3Pなどの過激なFUCKシーンに挑戦。Twitter発言で所属事務所を辞めたばかりだった高岡蒼佑は、薬物や窃盗にしか生き甲斐を見いだせず、商売女との快楽に溺れる三好に成り切ってみせる。染谷将太は寺島しのぶとの青姦プレイに励む。男たちは生まれたままの姿で、欲望に身を任せて、あるがままに生きる。若松監督が描く路地は、どこか哀しいユートピアだ。路地内にいる限りは差別を意識することなく過ごすことができるが、路地内でいつまでも惰眠を貪り続けると淀んだ閉鎖環境の中で窒息死しかねない。路地から旅立って、外の世界で生きることができたなら、半蔵や三好はもっと違った人生が開けたかもしれない。達男は路地を飛び出して新天地を求めるが、やがて彼もまた自分の体に流れる血や背負った業と向き合わざるを得ない時がやってくる。  若松監督を家長とする映画の撮影現場では、俳優たちは役を通して自由になり、スタッフは仕事を介して一心同体になることができた。期間限定ゆえの理想郷だった。若松監督は自分のアイデンティティーを見つめ、社会の常識と闘うための“夢の砦”の数々を残して去っていった。お別れの夜、青山の葬儀所には涙雨が降り続けた。明るい黄色いバラやカーネーションで埋め尽くされた祭壇は、豊満な女体をイメージしたものだった。女体の股間部分に置かれた遺影の中でサングラス姿の若松監督は笑っていた。若松監督は亡くなったのではなく、お母さんの子宮の中へ、本当のユートピアへと帰っていったんだなぁと思った。 (文=長野辰次) sennen_yuraku4.jpg 『千年の愉楽』 原作/中上健次 脚本・監督/若松孝二 出演/寺島しのぶ、佐野史郎、高良健吾、高岡蒼佑、染谷将太、山本太郎、原田麻由、井浦新、増田恵美、並木愛枝、地曵豪、安部智凛、瀧口亮二、岡部尚、山岡一、水上竜士、岩間天嗣、大谷友右衛門、片山瞳、月船さらら、渋川清彦、大西信満、石田淡朗、小林ユウキチ、大和田健介、真樹めぐみ、大西礼芳、石橋杏奈 配給/スコーレ 3月9日(土)よりテアトル新宿ほか全国順次ロードショー (c)若松プロダクション <http://www.wakamatsukoji.org/sennennoyuraku>

いつもヘラヘラしていた変なヤツ『横道世之介』和製『フォレスト・ガンプ』を思わせる青春回顧録

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主人公たちが人生のスタートラインに立つまでの1年間を描いた『横道世之介』。
高良健吾と吉高由里子の『蛇にピアス』(08)コンビが息の合った芝居を見せている。
 高良健吾&吉高由里子主演の『横道世之介』は吉田修一の同名小説の映画化だが、筆者は学生時代に“世之介”に逢ったことがある。高良健吾ほどの二枚目ではなかったが、九州出身の彼はお調子者で、いつも能天気で、宴会にひょっこり現われては場をさんざん盛り上げて去っていった。その後、彼は役者兼お笑い芸人となり、TVドラマや映画に脇役でちょこちょこ出るようになった。TVの画面やスクリーンの片隅に彼を見つけると「相変わらず、バカなことやってるなぁ」と無性にうれしくなった。多分、『横道世之介』を観た人のほとんどが、「あっ、オレもこいつに逢ったことあるよ」と思うだろう。一緒になってバカやっていた懐かしい友達、それが横道世之介だ。  横道世之介(高良健吾)はごくごく平凡な若者。大学進学のために長崎から上京し、西武線沿線の1Kタイプの安アパートでひとり暮らしを始めた。入学式でたまたま席が隣だった倉持一平(池松壮亮)が勧誘されていたサンバサークルに、クラスメイトの阿久津唯(朝倉あき)と成り行き上、一緒に入会することに。時代は1980年代。バブルに向かう東京を舞台に、地方出身者ならではの純朴さと図々しさを併せ持った世之介のサンバカーニバルのようなニギニギしい大学生活が幕を開ける。サークルの先輩の紹介で高級ホテルでバイトを始め、『ティファニーで朝食を』(61)のホリー・ゴライトリーみたいな正体不明の美女・千春さん(伊藤歩)に片想いする。その一方、同級生の加藤(綾野剛)と通う自動車教習所の女の子たちとちゃっかりWデートする。そこで知り合ったお嬢さま育ちの祥子(吉高由里子)は世之介の気取らない性格をすっかり気に入り、夏休みに世之介の実家まで付いて来てくる。大学の講義に出る暇もないくらい、世之介の1年間がアララッという間に過ぎ去っていく。
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地方から上京したばかりの世之介(高良健吾)はミステリアスな美女・千春さん(伊藤歩)と遭遇。
東京の美人偏差値の高さに驚く。
 流れに身を任せて生きる平凡な世之介だが、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(94)の主人公ガンプをどこか彷彿させる。ガンプはベトナム戦争や卓球世界選手権を経験し、ケネディ大統領やジョン・レノンら歴史上の著名人たちと次々に遭遇するが、世之介が遭遇するのはもっと身近な人たち。でも、そんな普通な人たちの人生が大きく変わる瞬間に世之介は立ち会うことになる。大学に入って最初に知り合った倉持は早々に大学を去ることになるが、彼が社会人としてスタートを切る記念すべき新居への引っ越しを手伝う。祥子とは故郷・長崎の夜の浜辺でいいムードになるが、初キスを決めようとした矢先にボートピープルの集団が上陸してくる。箱入り娘だった祥子にとって、この一件は衝撃だった。お金持ちのオヤジたちを転がしていた千春さんは、年下の世之介に真っすぐに慕われ、自分の中に意外と気のいいお姉さん気質の部分があることに気づく。世之介本人はまったく自覚がないが、倉持も祥子も千春さんも世之介と出会ったことで確実に人生が変わった。だから、世之介のことを思い出す度に、みんな胸の底から心がキューンとなってしまう。  本作を撮ったのは『このすばらしきせかい』(06)、『南極料理人』(09)で抜群のコメディセンスを披露した若手の沖田修一監督。1977年生まれの沖田監督は1980年代という時代性に強い思い入れはなかったものの、原作を読んで世之介のキャラクターに惹かれたそうだ。沖田監督いわく、「18~19歳の頃って、大学に進学してどこかのサークルに入って、誰か好きになって『ヤベー』みたいな感じで1年間が過ぎてしまうと思うんですよ(笑)。でも、そんな時間の過ごし方の中で、その後の人生が決まっていく。それぞれ人生のスタートラインに立つことになる。『横道世之介』ではそれぞれのキャラクターたちが16年後に自分の人生のスタートラインを振り返り、一緒にいた世之介のことを思い出す。世之介は確かにそこにいたんだと。何者でもない世之介の存在が、とても意味のあることのように思えるんですよね」。
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夏休みに世之介が実家に帰省すると、なぜか祥子(吉高由里子)が付いてきた。
笑い上戸の祥子は世之介家族と妙に打ち解けてしまう。
 コメディを得意とする沖田監督らしいシーンがある。夏休み以降、いろいろあった世之介と祥子だが、世之介は祥子の両親にあいさつを済ませ、晴れて正式に交際することに。お正月、祥子が足を骨折して入院したことを知ると実家に帰省していた世之介はダッシュで祥子の入院先へと向かう。怪我をしたことを知らせなかった祥子を世之介は叱る。「オレたち付き合っているんだろう? もっと心配させてよ」。この言葉に感銘した祥子は「これからはお互いを下の名前で呼び捨てしあうことにしましょう」と提案する。病室の中で「世之介!」「祥子!」「世之介!!」「祥子!!」と互いの名前を連呼しあう2人。キスシーンでもセックスシーンでもない、とてもシンプルな愛の交歓シーンだ。病室の片隅でずっとポーカーフェイスで見守っていた祥子の家のお手伝いさん(広岡由里子)は、この様子を見てボロボロと泣く。お手伝いさんは知っている。2人がようやく本当の恋人同士になれたことを。そして、2人の恋愛は今が最も美しく、この時間はもう二度と戻ってこないことも。  ブラックコメディ『生きているものはいないのか』(11)の前田司郎が脚本を手掛けた本作は、早い段階から各登場キャラクターたちの16年後の姿が描かれ、世之介が思い出の中の人物であることが印象づけられている。16年の間、世の中はいろんなことが起きた。バブル景気はすぐに弾け、阪神大震災とオウム事件が立て続けに起きた。ノストラダムスの大予言は外れたけど、9.11テロのニュース映像に言葉を失った……。オオオッという間の歳月だった。倉持は今も童顔のままだが、阿久津唯との間に産まれた女の子はすっかり反抗期で手を焼いている。千春さんは怪しげな仕事から足を洗い、FM番組のパーソナリティーとして若いリスナーたちのお悩み相談に乗っている。お嬢さまだった祥子は海外留学を経験後、両親が驚くような職業を選択した。日々の生活や仕事に追われて、みんなちょっと疲れ気味。世の中もずいぶん変わってしまった。でも、たまに世之介のヘラヘラ笑っている顔を思い浮かべると、世之介と一緒になってバカやっていた、世間知らずでガムシャラだった頃の自分を思い出すことができる。  映画の中の世之介はとってもかっこいいエンディングを迎えるが、筆者の知っている“世之介”はバイト先でケンカ騒ぎとなり、打ち所が悪くてあっけなくあの世へ旅立ってしまった。お通夜の会場に行くと、先輩芸人や芸能関係者たちからの献花が溢れていて、まるでこれから彼のリサイタルショーでも始まるかのような賑わいだった。お調子者でおっちょこちょいだったけど、最後の最後まで楽しいヤツだった。思い出の中で彼はずっと笑い続けている。 (文=長野辰次) yokomichi4.jpg 『横道世之介』 原作/吉田修一 脚本/前田司郎 撮影/近藤龍人 監督・脚本/沖田修一 音楽/高田漣 出演/高良健吾、吉高由里子、池松壮亮、伊藤歩、綾野剛、朝倉あき、黒川芽以、柄本佑、佐津川愛美、堀内敬子、大水洋介、田中こなつ、江口のりこ、眞島秀和、ムロツヨシ、黒川大輔、渋川清彦、広岡由里子、井浦新、國村隼、きたろう、余貴美子  配給/ショウゲート 2月23日(土)より新宿ピカデリーほかロードショー  (c)2013『横道世之介』製作委員会  <http://yonosuke-movie.com> ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第210回]奥西死刑囚は“村社会”を守るための生贄にされた!? 名張毒ぶどう酒事件の闇に迫る再現ドラマ『約束』 [第209回]9.11テロの首謀者ビンラディン抹殺作戦の全貌! アメリカの夜明けは遠く『ゼロ・ダーク・サーティ』 [第208回]チェルノブイリ“立ち入り制限区域”で撮影敢行! オルガ・キュリレンコ主演の社会派作品『故郷よ』 [第207回]“明るい不登校児”のガラパゴスな団地ライフ! 中村義洋監督の箱庭映画『みなさん、さようなら』 [第206回]いつまでもバカやって、尻を追っかけていたい! ぬいぐるみの『テッド』は“永遠のエロ中学生” [第205回]石原慎太郎原作の異色ミステリー『青木ヶ原』ままならない人生の中で出会った恋人たちの行方 [第204回]陶酔と記憶の向こう岸にある世界に3Dで迫る! 松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ』 [第203回]あの低視聴率ドラマ『鈴木先生』が映画版に! “鈴木式教育メソッド”は世界を変えられるか? 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奥西死刑囚は“村社会”を守るための生贄にされた!? 名張毒ぶどう酒事件の闇に迫る再現ドラマ『約束』

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独房で孤独な闘いを続ける奥西死刑囚を仲代達矢が演じた東海テレビ製作ドラマ『約束』。
劇場公開で世論を動かすことができるか。
 東海テレビ報道部の齊藤潤一ディレクターが撮ったドラマ『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』は、3つの村社会に向かってそれぞれ一石を投じている。ひとつはスケープゴートを出すことによって小さなコミュニティーの平穏を守ろうとする実在の村社会に。もうひとつは裁判所の威厳を保つために再審を認めようとしない頑強な縦社会である司法界へ。そしてもうひとつは、わかりやすいもの、面白いもの、当たり障りのないものしか取り上げようとしないテレビ業界に向かって。平和を装う、それら3つの村社会に対して、『約束』は疑問を投げ掛ける。東海エリアで2012年6月30日に放送された『約束』は大きな反響を呼び、2月16日(土)より劇場公開されることになった。波紋がどれだけ広がるか注目される。  『約束』は、サブタイトルにあるように“名張毒ぶどう酒事件”の真相に迫ったものだ。この事件は昭和36年、1961年に三重県名張市の小さな集落・葛尾の公民館で5人の女性が薬物死したもの。亡くなった5人の中に妻と愛人がいた奥西勝を警察は重要参考人として連行し、自宅に2人の幼い子どもを残していた奥西が「ぶどう酒に農薬を混入した」と自白したことから逮捕された。その後奥西は無罪を主張し、第一審では自白に信憑性がなく、物的証拠も乏しいと無罪を言い渡されている。ところが、名古屋高裁は一転して死刑を宣告。1972年の最高裁で死刑が確定。奥西が自白した直後に村の人たちの証言が二転三転するなどの不可解さが多いことから、冤罪の可能性が高い事件として知られている。  齊藤ディレクターは東海テレビ報道部に籍を置き、これまでに戸塚ヨットスクールの現状を追った『平成ジレンマ』(11)、光市母子殺害事件でバッシングを浴びた安田好弘弁護士に密着した『死刑弁護人』(12)などの問題作が劇場公開されたドキュメンタリストだ。地元エリアである三重県で起きた名張毒ぶどう酒事件を題材に『重い扉 名張毒ぶどう酒事件の45年』(06年放送)、『黒と白 自白・名張毒ぶどう酒事件の闇』(08年放送)、『毒とひまわり 名張毒ぶどう酒事件の半世紀』(10年放送)と3本のドキュメンタリー番組を作ってきた。奥西死刑囚に仲代達矢、その母・タツノに樹木希林、と日本映画界の名優2人をキャスティングした『約束』は、齊藤ディレクターにとって初めてのドラマとなる。
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5人の女性が亡くなった凄惨な事件を再現。
懇親会の席で振る舞われたぶどう酒を飲んだ女性たちが次々と倒れていった。
齊藤「僕が初めて撮ったドキュメタリーが『重い扉』で、名張毒ぶどう酒事件について合わせて3本のドキュメンタリーを作りました。でも奥西死刑囚にはまだ取材できずにいます。死刑確定囚に会えるのは家族か弁護人、一部の支援者だけに限られているんです。これまでは面会した関係者をインタビューしたり、直筆の手紙をナレーターが読み上げることで、いつ処刑されるか分からない日々を過ごす死刑囚の心情を伝えようと試みてきました。でも、3本のドキュメンタリーを作り、もう手はないなぁと。ある種、ドキュメンタリーとしての限界にぶつかってしまったんです。そこで、まったく経験はなかったけれど、奥西死刑囚を主人公にしたドラマを撮ろうと思い付いたんです」  仲代達矢は『毒とひまわり』のナレーターを務めており、冤罪の可能性の高い奥西死刑囚に強い関心を持っていた。舞台公演のスケジュールを調整して、難役のオファーを快諾した。樹木希林は当初、ローカル局が作る“再現ドラマ”への出演を拒んだ。しかし、齊藤ディレクターが事件に関わる資料を送るとちゃんと目を通し、「一度、村を見てみたい」と申し出てきた。名古屋からローカル線に乗って片道約3時間かかる三重県と奈良県の県境にある集落まで、齊藤ディレクターと2人で足を運んだ。さらに奥西死刑囚の妹にも会っている。再現ドラマへの出演に気乗りではなかったはずの樹木の周到な役づくりが始まっていた。2人の名優に対し、齊藤ディレクターから演出することはなかった。ただ、これまでに取材してきた情報をもとに、奥西死刑囚がどのような状況で独房で過ごしているのか、ひたすら息子の無罪を信じ、釈放を願ってきた母・タツノがどのような手紙を残してきたのかをそれぞれ仲代と樹木に説明したそうだ。シーンごとの状況を理解し、後は半世紀にわたり独房に閉じ込められている死刑囚と「人殺しの母親」と罵られながらも息子の帰宅を待ち続けた老女の内面を名優たちは演じてみせた。
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村を追われた後、アパートで息子の帰宅を待ち続けた母・タツノ(樹木希林)。
獄中の息子に宛てた手紙は969通に及んだ。
 ドラマパートを際立たせているのが、ドキュメンタリーパートだ。齊藤ディレクターが手掛けた過去の作品も含め、東海テレビがこれまで取材してきたニュース素材、ドキュメンタリー素材を要所要所に盛り込み、この事件の闇の部分に斬り込んでいく。事件について証言した村の関係者たちの顔と声はモザイク処理やボイスチェンジャーで加工されることなく映し出されていく。奥西死刑囚が冤罪ならば、村の人たちは偽りの証言をしていることになる。村の人たちは口裏を合わせて、自白した奥西をそのまま犯人にしなくてはならなかった。奥西が犯人でなければ、村の中に別の真犯人がいることになり、小さな集落の“平和”が維持できなくなるからだ。真実を語っているのは誰か? どこまでが真実で、どこからが偽りなのか? 真実から目を背けて、口を閉ざしているのは誰か? カメラは噓も真実も両方を映し出していく。観る側は目を見開いて、見極めなくてはならない。仲代や樹木らプロの俳優だけでなく、彼らもまた村の平和を守るためにカメラの前で必死で演じているのだ。  ドキュメンタリーパートで白眉と言えるのが、秋山賢三元裁判官のコメント。裁判所はトイレへ行くにも食事を摂るのもエレベーターに乗るのも、すべて厳格に順列が決まっている。そういった習慣が身に付くと、先輩である裁判官が出した判決を覆すようなことはできなくなると。司法の世界では、再審に興味を示す裁判官はエリートコースから外れるのだと。秋山元裁判官は「徳島ラジオ商殺人事件」の再審を認めたことで、出世コースから外れることになった。ラジオ商殺人事件で冤罪に問われた冨士茂子さんは再審の結果無罪を勝ち得たが、それは冨士さんが亡くなってからの名誉回復だった。秋山元裁判官は涙を浮かべながら、自分が25年間を過ごした裁判所の内情を振り返る。 齊藤「秋山さんのコメントは、僕の初めてのドキュメンタリー『重い扉』を撮ったときのものです。カメラの前で自分が属していた体制側に対して異議を唱える発言をすることはかなり勇気がいったはず。カメラを回しながら、僕も体が震えました。コツコツと地道に取材を続けていると、たまにドキュメンタリーの神さまが微笑んでくれるときがあるんです」
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事件当時、奥西勝(山本太郎)には中学生の長男と小学校入学を控えた長女がいた。
母を失った子どもを心配するあまり、噓の自白をすることに。
 何度も再審請求した奥西死刑囚は、2005年にようやく再審が認められた。だが、再審を認めた名古屋高裁の小出錞一裁判長は1年後に退官。2006年には門野博裁判長によって再審は取り消される。「死刑が予測される重大事件で、噓の自白をするとは考えられない」と自白を重視した門野裁判長は翌年、東京高裁への栄転を果たす。高学歴の人たちが集う裁判所もまた、恐ろしく前近代的な封建社会であることが分かる。裁判所とは真実を明らかにする場所ではなく、あくまでも体制を維持するための頑迷極まりないシステムなのだ。 齊藤「再審を取り消した裁判官たちの顔と名前を出すことに関しては、プロデューサーと何度も話し合いました。批判を受けることは覚悟の上ですが、やはり裁判官は人の運命を左右する責任ある立場にあるんじゃないでしょうか。『テレビのドキュメンタリー番組は中立公正であれ』とよく言われますが、中立公正を守っていると冤罪事件を追うことはできない。名張の事件は東海テレビが開局して間もない頃に起きたこともあり、報道部の先輩記者やカメラマンたちが『奥西死刑囚は冤罪である』という確信のもと、代々バトンを受け継いで取材してきたもの。『約束』はその総決算でもあるんです。ドラマにしたことで幅広い世代からの反響が届きましたが、ドラマといってもすべて分かりやすく描いた内容にはしていません。あまり丁寧に説明しすぎると、観る人たちを受け身にして、考える力を奪ってしまうからです」  何気ないシーンだが、拘置所の高い壁の前を小学生たちの集団が歩いていく様子が何度か挿入されている。壁の外側にいる子どもたちは齊藤ディレクターが東海テレビに入局する以前の姿であり、また私たち自身の姿でもあるのだろう。子どもたちは知らない。壁の中に無実の罪を背負わされ、今日にも処刑されるかも知れないという恐怖と闘い続けている男がいることを。自分の無実を証明するために懸命に生命の炎を保ち続ける奥西死刑囚は現在87歳となる。  仲代達矢、樹木希林らの入魂の演技に胸が熱くなるドラマだが、それだけではこのドラマは終われない。奥西死刑囚の無実が証明されたとき、初めてこのドラマは完結する。固く閉ざされた村社会の扉を、このドラマは激しくノックする。 (文=長野辰次) yakusoku_005.jpg 『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』 監督・脚本/齊藤潤一 製作/広中幹男、喜多功 音楽/本多俊之 音楽プロデューサー/岡田こずえ 撮影/坂井洋紀 照明/角川雅彦 録音/遠藤淳 美術/高宮祐一 記録/須田麻記子 題字/山本史鳳 音響効果/久保田吉根 編集/奥田繁 助監督/丹羽真哉 監修/門脇康郎 プロデューサー/阿武野勝彦  ナレーション/寺島しのぶ 出演/仲代達矢、樹木希林、天野鎮雄、山本太郎 製作・配給/東海テレビ 配給協力/東風 2月16日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開 (c)東海テレビ放送 <http://yakusoku-nabari.jp> ※東海テレビ取材班による原作本『名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の半世紀』(岩波書店)が2月15日(金)より発売 ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第209回]9.11テロの首謀者ビンラディン抹殺作戦の全貌! アメリカの夜明けは遠く『ゼロ・ダーク・サーティ』 [第208回]チェルノブイリ“立ち入り制限区域”で撮影敢行! オルガ・キュリレンコ主演の社会派作品『故郷よ』 [第207回]“明るい不登校児”のガラパゴスな団地ライフ! 中村義洋監督の箱庭映画『みなさん、さようなら』 [第206回]いつまでもバカやって、尻を追っかけていたい! ぬいぐるみの『テッド』は“永遠のエロ中学生” [第205回]石原慎太郎原作の異色ミステリー『青木ヶ原』ままならない人生の中で出会った恋人たちの行方 [第204回]陶酔と記憶の向こう岸にある世界に3Dで迫る! 松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ』 [第203回]あの低視聴率ドラマ『鈴木先生』が映画版に! “鈴木式教育メソッド”は世界を変えられるか? [第202回]“余命刑事”が家族の絆と細菌兵器を奪回する! 究極の時間制限サスペンス『ブラッド・ウェポン』 [第201回]年末は“女体盛り”パーティーで盛り上がろう! ジェダイの騎士も集う秘密の宴『SUSHI GIRL』 [第200回]もし“理想の恋人”が目の前に現われたどーする!?  情熱的で予測不能な彼女『ルビー・スパークス』 [第199回]“耳フェチ”には堪えられない青春官能ムービー!『耳をかく女』桜木梨奈の無印演技に癒やされたい [第198回]ハリウッドの頑固オヤジがたどり着いた好々爺の境地! イーストウッド、4年ぶりの主演作『人生の特等席』 [第197回]この“明るいヘンタイ”っぷりがいいんじゃない!? 会田誠のアートなエロス『駄作の中にだけ俺がいる』 [第196回]三池監督ならではの“いのちの授業”が始まる! サイコパス教師と過ごす恐怖の文化祭『悪の教典』 [第195回]“絶対的価値”を求める男たちの翔んでもロマン! 井筒監督の犯罪サスペンス『黄金を抱いて翔べ』 [第194回]禁断の蜜が溢れるSM世界『私の奴隷になりなさい』セクシーアイコン・壇蜜がすべてをさらけ出した! 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奥西死刑囚は“村社会”を守るための生贄にされた!? 名張毒ぶどう酒事件の闇に迫る再現ドラマ『約束』

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独房で孤独な闘いを続ける奥西死刑囚を仲代達矢が演じた東海テレビ製作ドラマ『約束』。
劇場公開で世論を動かすことができるか。
 東海テレビ報道部の齊藤潤一ディレクターが撮ったドラマ『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』は、3つの村社会に向かってそれぞれ一石を投じている。ひとつはスケープゴートを出すことによって小さなコミュニティーの平穏を守ろうとする実在の村社会に。もうひとつは裁判所の威厳を保つために再審を認めようとしない頑強な縦社会である司法界へ。そしてもうひとつは、わかりやすいもの、面白いもの、当たり障りのないものしか取り上げようとしないテレビ業界に向かって。平和を装う、それら3つの村社会に対して、『約束』は疑問を投げ掛ける。東海エリアで2012年6月30日に放送された『約束』は大きな反響を呼び、2月16日(土)より劇場公開されることになった。波紋がどれだけ広がるか注目される。  『約束』は、サブタイトルにあるように“名張毒ぶどう酒事件”の真相に迫ったものだ。この事件は昭和36年、1961年に三重県名張市の小さな集落・葛尾の公民館で5人の女性が薬物死したもの。亡くなった5人の中に妻と愛人がいた奥西勝を警察は重要参考人として連行し、自宅に2人の幼い子どもを残していた奥西が「ぶどう酒に農薬を混入した」と自白したことから逮捕された。その後奥西は無罪を主張し、第一審では自白に信憑性がなく、物的証拠も乏しいと無罪を言い渡されている。ところが、名古屋高裁は一転して死刑を宣告。1972年の最高裁で死刑が確定。奥西が自白した直後に村の人たちの証言が二転三転するなどの不可解さが多いことから、冤罪の可能性が高い事件として知られている。  齊藤ディレクターは東海テレビ報道部に籍を置き、これまでに戸塚ヨットスクールの現状を追った『平成ジレンマ』(11)、光市母子殺害事件でバッシングを浴びた安田好弘弁護士に密着した『死刑弁護人』(12)などの問題作が劇場公開されたドキュメンタリストだ。地元エリアである三重県で起きた名張毒ぶどう酒事件を題材に『重い扉 名張毒ぶどう酒事件の45年』(06年放送)、『黒と白 自白・名張毒ぶどう酒事件の闇』(08年放送)、『毒とひまわり 名張毒ぶどう酒事件の半世紀』(10年放送)と3本のドキュメンタリー番組を作ってきた。奥西死刑囚に仲代達矢、その母・タツノに樹木希林、と日本映画界の名優2人をキャスティングした『約束』は、齊藤ディレクターにとって初めてのドラマとなる。
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5人の女性が亡くなった凄惨な事件を再現。
懇親会の席で振る舞われたぶどう酒を飲んだ女性たちが次々と倒れていった。
齊藤「僕が初めて撮ったドキュメタリーが『重い扉』で、名張毒ぶどう酒事件について合わせて3本のドキュメンタリーを作りました。でも奥西死刑囚にはまだ取材できずにいます。死刑確定囚に会えるのは家族か弁護人、一部の支援者だけに限られているんです。これまでは面会した関係者をインタビューしたり、直筆の手紙をナレーターが読み上げることで、いつ処刑されるか分からない日々を過ごす死刑囚の心情を伝えようと試みてきました。でも、3本のドキュメンタリーを作り、もう手はないなぁと。ある種、ドキュメンタリーとしての限界にぶつかってしまったんです。そこで、まったく経験はなかったけれど、奥西死刑囚を主人公にしたドラマを撮ろうと思い付いたんです」  仲代達矢は『毒とひまわり』のナレーターを務めており、冤罪の可能性の高い奥西死刑囚に強い関心を持っていた。舞台公演のスケジュールを調整して、難役のオファーを快諾した。樹木希林は当初、ローカル局が作る“再現ドラマ”への出演を拒んだ。しかし、齊藤ディレクターが事件に関わる資料を送るとちゃんと目を通し、「一度、村を見てみたい」と申し出てきた。名古屋からローカル線に乗って片道約3時間かかる三重県と奈良県の県境にある集落まで、齊藤ディレクターと2人で足を運んだ。さらに奥西死刑囚の妹にも会っている。再現ドラマへの出演に気乗りではなかったはずの樹木の周到な役づくりが始まっていた。2人の名優に対し、齊藤ディレクターから演出することはなかった。ただ、これまでに取材してきた情報をもとに、奥西死刑囚がどのような状況で独房で過ごしているのか、ひたすら息子の無罪を信じ、釈放を願ってきた母・タツノがどのような手紙を残してきたのかをそれぞれ仲代と樹木に説明したそうだ。シーンごとの状況を理解し、後は半世紀にわたり独房に閉じ込められている死刑囚と「人殺しの母親」と罵られながらも息子の帰宅を待ち続けた老女の内面を名優たちは演じてみせた。
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村を追われた後、アパートで息子の帰宅を待ち続けた母・タツノ(樹木希林)。
獄中の息子に宛てた手紙は969通に及んだ。
 ドラマパートを際立たせているのが、ドキュメンタリーパートだ。齊藤ディレクターが手掛けた過去の作品も含め、東海テレビがこれまで取材してきたニュース素材、ドキュメンタリー素材を要所要所に盛り込み、この事件の闇の部分に斬り込んでいく。事件について証言した村の関係者たちの顔と声はモザイク処理やボイスチェンジャーで加工されることなく映し出されていく。奥西死刑囚が冤罪ならば、村の人たちは偽りの証言をしていることになる。村の人たちは口裏を合わせて、自白した奥西をそのまま犯人にしなくてはならなかった。奥西が犯人でなければ、村の中に別の真犯人がいることになり、小さな集落の“平和”が維持できなくなるからだ。真実を語っているのは誰か? どこまでが真実で、どこからが偽りなのか? 真実から目を背けて、口を閉ざしているのは誰か? カメラは噓も真実も両方を映し出していく。観る側は目を見開いて、見極めなくてはならない。仲代や樹木らプロの俳優だけでなく、彼らもまた村の平和を守るためにカメラの前で必死で演じているのだ。  ドキュメンタリーパートで白眉と言えるのが、秋山賢三元裁判官のコメント。裁判所はトイレへ行くにも食事を摂るのもエレベーターに乗るのも、すべて厳格に順列が決まっている。そういった習慣が身に付くと、先輩である裁判官が出した判決を覆すようなことはできなくなると。司法の世界では、再審に興味を示す裁判官はエリートコースから外れるのだと。秋山元裁判官は「徳島ラジオ商殺人事件」の再審を認めたことで、出世コースから外れることになった。ラジオ商殺人事件で冤罪に問われた冨士茂子さんは再審の結果無罪を勝ち得たが、それは冨士さんが亡くなってからの名誉回復だった。秋山元裁判官は涙を浮かべながら、自分が25年間を過ごした裁判所の内情を振り返る。 齊藤「秋山さんのコメントは、僕の初めてのドキュメンタリー『重い扉』を撮ったときのものです。カメラの前で自分が属していた体制側に対して異議を唱える発言をすることはかなり勇気がいったはず。カメラを回しながら、僕も体が震えました。コツコツと地道に取材を続けていると、たまにドキュメンタリーの神さまが微笑んでくれるときがあるんです」
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事件当時、奥西勝(山本太郎)には中学生の長男と小学校入学を控えた長女がいた。
母を失った子どもを心配するあまり、噓の自白をすることに。
 何度も再審請求した奥西死刑囚は、2005年にようやく再審が認められた。だが、再審を認めた名古屋高裁の小出錞一裁判長は1年後に退官。2006年には門野博裁判長によって再審は取り消される。「死刑が予測される重大事件で、噓の自白をするとは考えられない」と自白を重視した門野裁判長は翌年、東京高裁への栄転を果たす。高学歴の人たちが集う裁判所もまた、恐ろしく前近代的な封建社会であることが分かる。裁判所とは真実を明らかにする場所ではなく、あくまでも体制を維持するための頑迷極まりないシステムなのだ。 齊藤「再審を取り消した裁判官たちの顔と名前を出すことに関しては、プロデューサーと何度も話し合いました。批判を受けることは覚悟の上ですが、やはり裁判官は人の運命を左右する責任ある立場にあるんじゃないでしょうか。『テレビのドキュメンタリー番組は中立公正であれ』とよく言われますが、中立公正を守っていると冤罪事件を追うことはできない。名張の事件は東海テレビが開局して間もない頃に起きたこともあり、報道部の先輩記者やカメラマンたちが『奥西死刑囚は冤罪である』という確信のもと、代々バトンを受け継いで取材してきたもの。『約束』はその総決算でもあるんです。ドラマにしたことで幅広い世代からの反響が届きましたが、ドラマといってもすべて分かりやすく描いた内容にはしていません。あまり丁寧に説明しすぎると、観る人たちを受け身にして、考える力を奪ってしまうからです」  何気ないシーンだが、拘置所の高い壁の前を小学生たちの集団が歩いていく様子が何度か挿入されている。壁の外側にいる子どもたちは齊藤ディレクターが東海テレビに入局する以前の姿であり、また私たち自身の姿でもあるのだろう。子どもたちは知らない。壁の中に無実の罪を背負わされ、今日にも処刑されるかも知れないという恐怖と闘い続けている男がいることを。自分の無実を証明するために懸命に生命の炎を保ち続ける奥西死刑囚は現在87歳となる。  仲代達矢、樹木希林らの入魂の演技に胸が熱くなるドラマだが、それだけではこのドラマは終われない。奥西死刑囚の無実が証明されたとき、初めてこのドラマは完結する。固く閉ざされた村社会の扉を、このドラマは激しくノックする。 (文=長野辰次) yakusoku_005.jpg 『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』 監督・脚本/齊藤潤一 製作/広中幹男、喜多功 音楽/本多俊之 音楽プロデューサー/岡田こずえ 撮影/坂井洋紀 照明/角川雅彦 録音/遠藤淳 美術/高宮祐一 記録/須田麻記子 題字/山本史鳳 音響効果/久保田吉根 編集/奥田繁 助監督/丹羽真哉 監修/門脇康郎 プロデューサー/阿武野勝彦  ナレーション/寺島しのぶ 出演/仲代達矢、樹木希林、天野鎮雄、山本太郎 製作・配給/東海テレビ 配給協力/東風 2月16日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開 (c)東海テレビ放送 <http://yakusoku-nabari.jp> ※東海テレビ取材班による原作本『名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の半世紀』(岩波書店)が2月15日(金)より発売 ●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第209回]9.11テロの首謀者ビンラディン抹殺作戦の全貌! アメリカの夜明けは遠く『ゼロ・ダーク・サーティ』 [第208回]チェルノブイリ“立ち入り制限区域”で撮影敢行! オルガ・キュリレンコ主演の社会派作品『故郷よ』 [第207回]“明るい不登校児”のガラパゴスな団地ライフ! 中村義洋監督の箱庭映画『みなさん、さようなら』 [第206回]いつまでもバカやって、尻を追っかけていたい! ぬいぐるみの『テッド』は“永遠のエロ中学生” [第205回]石原慎太郎原作の異色ミステリー『青木ヶ原』ままならない人生の中で出会った恋人たちの行方 [第204回]陶酔と記憶の向こう岸にある世界に3Dで迫る! 松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ』 [第203回]あの低視聴率ドラマ『鈴木先生』が映画版に! “鈴木式教育メソッド”は世界を変えられるか? 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