テレビでは見せない“レア蜜”のお味はいかが? 壇ミーツ・石井隆=ハードコアエロス『甘い鞭』

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壇蜜主演第2作となる官能サスペンス『甘い鞭』。「ファンは観ないで。チビっちゃうから」と壇蜜が語るほどハードな世界が待っている。
 テレビではお見せできない壇蜜をお見せしましょう。メディアごとにフェロモンの噴出量を巧みにコントロールする壇蜜。相手の期待値を上回る、大盛りサービスが人気の秘訣だ。最近はメジャータレント化して肌の露出は控えめになってしまった壇蜜だが、久々に生まれたまんまの姿をさらしているのが主演映画第2作となる『甘い鞭』。“調教”をテーマにしたデビュー作『私の奴隷になりなさい』(12)がソフトに思えるほど、本格的な緊縛プレイ、鞭責め、ロウソク責め……とハードなSMシーンに挑んでいる。  大石圭原作の『甘い鞭』の中で、壇蜜は2つの顔を持つ女を演じる。昼は不妊治療専門のエリート女医・岬奈緒子として白衣をまとい、夜は会員制SMクラブの人気M嬢・セリカとしてボンテージファッションに身を包む。白い柔肌がドSたちの心を惹き付けて止まない。奈緒子がM嬢になったのには理由があった。17歳の夏、高校生だった奈緒子(間宮夕貴)は隣家に住む男(中野剛)によって拉致監禁され、1か月にわたって陵辱の限りを尽くされた。命からがら監禁部屋から自力で脱出した奈緒子だったが、そのときに感じた奇妙な味が32歳になった今も忘れられずにいる。あの奇妙な味の正体を確かめたくて、ハードなSM世界に身を投じたのだ。ある夜、真性サディストと評判の客(伊藤洋三郎)の相手を務めることになったセリカ/奈緒子は、今までにない胸の高まりを感じる。口の奥から、甘い味が漂ってくる予感がした。  本作のメガホンをとったのは石井隆監督。『死んでもいい』(92)の大竹しのぶ、『ヌードの夜』(93)の余貴美子、『夜がまた来る』(94)の夏川結衣ら、実力派女優たちの迫真の演技が脳裏に焼き付いて離れない。『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』(10)の佐藤寛子の熱演も記憶に新しい。『花と蛇』(04)は団鬼六の原作小説を“性のアミューズメントパーク”へと大胆にアレンジすることで、既成の女優とは異なる杉本彩の魅力を引き出してみせた。では壇蜜の場合はどうか? 昨年9月、『私の奴隷になりなさい』がクランクアップした後、間髪入れずに『甘い鞭』の撮影が始まった。人気に火が点いた壇蜜のスケジュールを縫っての撮影で、トラウマを抱えた女医という難役の役づくりもままならなかった。そんな壇蜜に対して石井監督が取った手法は、ドキュメンタリーの素材として壇蜜をカメラに収めるということだった。
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辛い過去を封印して、不妊治療専門医として働く奈緒子(壇蜜)。“性と死”をテーマにした血みどろのドラマが展開されていく。
 女優としてデビュー間もない壇蜜が、厳しい演出で知られる石井監督の現場で、どこまで作品の中に溶け込んでいけるのか。自著『蜜の味』(小学館)の中でプライベートでのライトSM体験があることを語っている壇蜜だが、ここまでハードで、さらに多くのキャストやスタッフが見守る中でのプレイは初めて。ボンテージ衣装を剥ぎ取られた壇蜜が、恥辱度の高い数々のSMプレイに戸惑い、苦悶の表情を浮かべながらも、男たちの欲望の中に身を捧げる姿をカメラは追う。壇蜜は自分にはまだ演技力が伴っていないことを自覚しており、下手な芝居はせずにされるがまま状態だ。  奈緒子の高校時代を演じた間宮夕貴の体当たり演技と共に印象に残るのは、SMクラブに竹中直人が登場するシーン。竹中は石井監督のデビュー作『天使のはらわた 赤い眩暈』(88)、さらに代表作『ヌードの夜』『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』と主人公・村木(変名:紅次郎)を演じてきた。いわば石井監督の劇中でのアバターである。竹中演じるSMクラブの常連客・醍醐はセリカに難題を命じる。M嬢であるセリカといつもコンビを組んでいる女王さま役の景子(屋敷紘子)と立場を交換しろという。景子はSMクラブのオーナーでもあるが、その主従関係をひっくり返せと。屈辱に顔を歪める景子を、セリカはおどおどと鞭で叩き始める。「もっと、もっと強く!」と醍醐に厳命され、次第にセリカの顔つきが変貌していく。テレビではエロ発言とは裏腹なホンワカした表情を見せている壇蜜が、このシーンではまったく別人の顔へと激変する。目が吊り上がったその顔は、まるで多重人格者の人格交替の瞬間を見てしまったかのようだ。このときの心境を壇蜜に訊いたところ、石井監督に追い込まれていたこともあり「現場での記憶はほとんどない」と語っていた。壇蜜という女の中には、彼女自身がまだ知らなかった新しい顔が隠されていたのだ。  石井作品を観続けてきたファンにとっては、5月に公開された『フィギュアなあなた』の佐々木心音に続いて、これまでの石井作品のヒロイン像とは異なる壇蜜を起用した点も興味深い。石井作品では名美という名の薄幸の女性がヒロインを度々務めてきた。竹中直人演じる村木はどんなに悲惨な状況に陥っても、名美さえいれば幸福だった。逆境さえも、それは名美との出会いを甘美なものにするための調味料のように感じられた。しかし、名美という名前は、喜多嶋舞主演作『人が人を愛することのどうしようもなさ』(07)を最後に石井作品から姿を消す。『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』は村木が生涯でもっとも愛した女性・名美の不在を否応なしに受け入れる物語となっていた。やはり石井作品のミューズである名美は、石井監督の初恋の女性であり、2000年に病気で亡くなった石井監督の奥さんそのものだったのだろうか。
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過激なSMシーン。皮膚がかぶれやすい壇蜜は前貼りをいっさいしないため、現場の男性スタッフたちは目のやり場に困ったそうだ。
 真性サディストにセリカがなぶられ続ける『甘い鞭』のクライマックスは凄惨さを極める。原作とは異なる衝撃のラストシーンについて詳細を書くことは避けるが(※それでもネタバレを嫌う人はここでストップを)、生命の危険を感じたセリカ/奈緒子は過去のトラウマが甦り、心が闇に覆われていく。闇の中で奈緒子は17歳の頃の自分に遭遇する。あの頃の自分さえいなければ、今の自分はトラウマに悩まずに済んだのだ。不条理な暴力に苦しむ17歳の奈緒子と当時の自分を全否定したい現在の奈緒子。そこにもう一人、思いがけない存在が現われる。  この思いがけない存在の正体は、長年にわたって石井監督と組んできたスタッフにも説明できない、石井監督の脳内だけに答えが用意されたもの。頭のいい壇蜜はこの思いがけない存在は、監禁された17歳の奈緒子、監禁された過去がトラウマとなり心が病んでいく32歳の奈緒子とは別の、監禁される前の純粋無垢だった頃の奈緒子ではないかと推察してみせた。3人の奈緒子が一堂に会したエンディングなのだと。ここからは筆者の勝手な思い込みになるが、3人の異なる奈緒子が合体した存在がもしかしたら“名美”ではないのか。逃げようのない現実に翻弄され、重い過去をグショグショになりながら背負い、それでも心の片隅には純真さを秘めている。名美は姿を変え、まだ石井作品の中で生きている。そんな気がした。 (文=長野辰次) amaimuchi04.jpg 『甘い鞭』 原作/大石圭 脚本・監督/石井隆 ナレーション/喜多嶋舞 出演/壇蜜、間宮夕貴、中野剛、屋敷紘子、中山峻、伊藤洋三郎、中島ひろ子、竹中直人 配給/角川書店 R18 9月21日(土)より丸の内TOEIほか全国公開  (c)2013「甘い鞭」製作委員会 <http://www.amai-muchi.jp◆『パンドラ映画館』過去記事はこちらから

失われた文化が息づく“ユートピア”としての台湾90’s青春グラフティ『あの頃、君を追いかけた』

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落ちこぼれと優等生との恋愛を描いた台湾映画『あの頃、君を追いかけた』。アキレスと亀のように2人の想いはなかなかひとつに重ならない。
 日本映画からストレートな青春ものが消えて久しい。リアリティのある若者像を描くためには、『桐島、部活やめるってよ』(12)のようにレイヤー化された学園生活を俯瞰して見つめる視点か、もしくは仲里依紗主演の『時をかける少女』(10)のように青春という言葉がまだ輝きを放っていた時代にタイムスリップするなどの設定が必要となってくる。日本では空席状態となっているこの席を近年温めてきたのが『サニー 永遠の仲間たち』(11)や『建築学概論』(12)といった韓国映画だろう。台湾で2011年に大ヒットを記録した『あの頃、君を追いかけた』も日本映画が失ってしまった“キラキラした青春”を描いた作品。本作でデビューを果たしたデギンズ・コー監督は1978年生まれ。『ドラゴンボール』『ジョジョの奇妙な冒険』など日本のコミックやアニメと共に育った世代だ。コー監督の自伝的ストーリーだが、日本人がデジャヴ感を覚えるほど親しみを感じさせるものになっている。  『あの頃、君を追いかけた』は、90年代の台湾高校生たちを主人公にした青春グラフティもの。台湾の中西部にある街・彰化で暮らす高校生コートン(クー・チェンドン)は勉強はろくにせず、『ドラゴンボール』や『はじめの一歩』といった日本の格闘漫画に夢中になっている。同じクラスの仲間であるアハ(スティーブン・ハオ)やマタカキ(ツァイ・チャンシエン)たちも『スラムダンク』は欠かさず読んでいる。もうひとつ、コートンたち男子が夢中になっている存在が、クラスでいちばんの優等生チアイー(ミシェル・チェン)だ。教室でふざけてばかりいるコートンたちを子ども扱いしているが、そんな澄ました表情もまたコートンたち男子をグッとさせている。
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ポニーテールにしたチアイー(ミシェル・チェン)。髪型を変えただけで、コートン(クー・チェンドン)ら男子を手玉に取ってしまう。
 コートンがあまりに勉強ができないことから、見かねたチアイーは放課後に2人で居残り勉強することを提案する。渋々とOKするコートンだが、内心はうれしくて堪らない。2人っきりで過ごす至福の時間だった。調子に乗ったコートンは「次の試験でどっちが勝つか賭けようぜ」とチアイーに持ち掛ける。賭けるのは、お互いの髪型。勝ったほうが相手のヘアスタイルを好きにすることができる。かつてなく猛勉強に励むコートンだが、試験結果は当然ながらチアイーの圧勝。コートンは頭を丸めるはめに。だが、数日後、クラスの男子たちがどよめいた。チアイーがそれまでの髪型を変えて、初めてポニーテールにして登校してきたのだ。クラスのみんなは、コートンとチアイーの賭けのことを知らない。クラスでいちばんの美少女が髪型を変えた理由は、コートンだけが知るささやかな秘密だった。コートンたちの高校生活は夢のように過ぎていく。  『あの頃、君を追いかけた』で描かれる台湾は不思議な世界だ。『スラムダンク』を連載していた井上雄彦は交通事故で亡くなったことになっている。大学の寮で暮らすようなったコートンは飯島愛出演のアダルトビデオでオナニー三昧の日々を過ごす。またコートンが格闘技のトレーニングに励むようになったのはブルース・リーに憧れて。高校時代のコートンの部屋では、『チャイニーズ・ゴーストストーリー』(89)で大人気を博したものの芸能界から去ってしまったジョイ・ウォンが微笑みを投げ掛けている。日本では生きている人が死んで、逆に死んでしまった(もしくは引退した)過去の人たちがコートンの中では生きている。生と死が逆転した、奇妙なパラレルワールドである。現実とは異なるこの微妙なズレが、独特のトリップ感を日本人にもたらす。  ちなみにコートンが教室で熱心に読み耽っているのは「少年快報」という台湾の漫画誌。80年代後半から90年代前半に青春時代を送った世代にとっては忘れがたいアイテムらしい。この雑誌は「少年ジャンプ」で連載された『聖闘士星矢』や『ドラゴンボール』、「週刊サンデー」の『らんま1/2』、「週刊マガジン」の『コータローまかりとおる!』など、出版社の異なる人気漫画が1冊の中にまとめて掲載されていた優れものの海賊雑誌だった。92年に「少年快報」は廃刊となるが、この時代のアジア各国はまだ著作権の概念が一般化しておらず、コートンたちは成熟期を迎えた日本のコミック、アニメ、ドラマ、アダルト作品が楽しみたい放題だったのだ。世間知らずのコートンたちのおバカな青春は、台湾の人たちにとってもやはり特別な感慨が湧くものらしい。
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教室で海賊誌「少年快報」を読み耽るコートン。「漫画家になりたかった」というギデンズ・コー監督の思い出が投影されている。
 物語は後半、大学編へと移行する。異なる大学に進んだコートンとチアイーは最初こそ遠距離恋愛ごっこを楽しんでいたが、結局はきちんと交際することなく疎遠になっていく。コートンはチアイーの気を惹くために、力自慢の男子学生を集めて「天下一武道会」を開く。チアイーは大学生になってもまだ子どもじみたコートンに付いていけない。「なんで男のロマンを理解しようとしないんだ?」と逆ギレするコートン。雨の中、チアイーとコートンは別々の道を歩むことになる。「ごめん、オレがバカだった」とチアイーの後を追い掛ければいいのに、大人になりきれないコートンにはそれができない。ずっと一途に想い続けていたコートンの恋心はあっけなく破れてしまった。風に揺れる紙風船のように、あまりにもモロい初恋だった。  ケンカ別れしてしまったコートンとチアイーだが、大学を卒業して大人になった2人に再会する場が待っていた。ギデンズ・コー監督は自分自身の“アバター”であるコートンにラストチャンスを与える。コートンとチアイーはお互いに「あんなに想いあった相手はいない」という意識を持っているのに、キスどころか手さえ握ったこともない。このまま幼き日の思い出として胸に秘めたまま終わったほうがいいのか、それともきっちりとオトシマエをつけるべきなのか。ラストシーンを見て、驚いた。テレビ東京の深夜バラエティー『ゴッドタン』の人気企画「キス我慢選手権」を思わせる意表を突く展開が待っていようとは!? どうやら偶然の産物らしいが、子ども心を失わずに最愛の人への想いを遂げるこのラストシーンも日本と台湾文化の親和性の高さを感じさせる。  『あの頃、君を追いかけた』で描かれる世界は、まさにユートピアとしての台湾だ。日本のポップカルチャーを吸収して育った若者たちが、日本からは消えてしまった眩しい青春ドラマを真っすぐに演じている。国境や過去の歴史に囚われることのない、とても美しく、とても自由な夢の世界がスクリーンの中に広がっていた。 (文=長野辰次) anokimi_04.jpg 『あの頃、君を追いかけた』 原作・脚本・監督/ギデンズ・コー 出演/クー・チェンドン、ミシェル・チェン、スティーブン・ハオ、イエン・ションユー、ジュアン・ハオチェエン、ツァイ・チャンシエン、フー・チアウェイ 配給/ザジフィルム、マクザム、Mirovision 9月14日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー  <http://www.u-picc.com/anokoro> ◆『パンドラ映画館』過去記事はこちらから

同性に惹かれ合う美少女たちの甘く危険な世界!『ジェリー・フィッシュ』の新進女優が眩しい

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「女による女のためのR-18文学賞」作品の映画化シリーズの第2弾『ジェリー・フィッシュ』。主演の大谷澪と花井瑠美が新鮮な魅力を放つ。
 海の中をフワフワと浮遊するクラゲたちの群れは、忘却の彼方にある記憶を思い起こさせる。その昔、人間の先祖はまだ水溜まりの中で暮らす小さな原生動物であり、無性生殖によって仲間を増やしていた。つまらないモラルもなく、男女の性別もなく、とてもシンプルで美しい生き物だった。修学旅行先の水族館で水槽いっぱいに群生するクラゲに見とれていた夕紀は、同級生の叶子に声を掛けられてハッとする。2人が口を利くのは初めてだったが、静かな水槽の前でじっとクラゲの群れを並んで見つめた。ひんやりとした海底に2人きりでいるような気分だった。いつの間にか手を繋いでいた2人は口づけを交わして、その場を離れた。それは夕紀にとって生涯忘れられない恋の始まりだった。映画『ジェリー・フィッシュ』は、女子高生2人の甘く危険な恋愛の始まりから破局まで、その短くて掴みどころのないフワフワした一生を描いた官能ドラマだ。今なおカルト的な人気を博している『1999年の夏休み』(88)の金子修介監督が少女たちの繊細な世界を美しく幻想的に撮り上げている。  高校生の夕紀(大谷澪)はクラスの中で浮いており、いつもひとりぼっちで図書館で過ごしていた。そんな夕紀の孤独な姿が、友達に囲まれている人気者の叶子(花井瑠美)には風変わりで新鮮に映った。修学旅行から帰ってきて、学校内で夕紀と叶子が会話を交わすことはなかったが、放課後のバス停で2人は人目を忍んで口づけを重ね続けた。女の子同士の口づけはとても柔らかくて気持ちよくて、まるで2人は元々は一体のクラゲだったかのようだ。やがて叶子は夕紀の部屋に遊びに来るようになり、2人はベッドの上で戯れる。好奇心旺盛な叶子はお互いの首を締め合うというプチSMプレイを提案する。叶子に嫌われたくなくて、夕紀はそのプレイを受け入れる。少女たちは性の概念が希薄なだけでなく、生と死の分別もまだ曖昧だった。酸欠状態で気を失った夕紀は、海を浮遊するクラゲたちの一部になっていた。
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積極的な性格の叶子(花井瑠美)からのアプローチを、夕紀(大谷澪)は戸惑いながらも受け入れる。孤独から解放されたのが何よりうれしい。
 『ジェリー・フィッシュ』に主演したのは、オーディションで選ばれた2人の若手女優。夕紀役の大谷澪はミスマガジン2008審査員特別賞受賞をきっかけに芸能デビュー。朝ドラ『カーネーション』や橋本愛主演のホラー映画『アバター』(11)などの出演歴があるが、本作が初主演作。ショートヘアが印象的な叶子を演じたのは花井瑠美。3歳から21歳まで新体操の選手として活躍し、日本代表にも選ばれた元アスリート。本作がまったくの演技初挑戦だった。オーディションでは演技キャリアのある大谷が先に決まり、大谷が他のオーディション参加者たちと次々とキスシーンを演じることで、大谷との相性の良さから花井が選ばれたそうだ。それほど金子監督の目には、大谷と花井のキスし合う姿がとても自然なものに映ったらしい。「役者という仕事をやっていく上で、裸になるということも通るべき道のひとつ」と大谷が言えば、「根性と度胸だけで、今まで生きてきた」と花井も応える。思い切りのいい主演女優2人の脱ぎっぷりから目が離せない。大谷と花井の鮮烈なベッドシーンを見て、金子監督は『デスノート』(06)や『ガメラ 大怪獣空中決戦』(95)などのヒットメーカーである前に、日活ロマンポルノ出身だったことを思い出した。  人気監督ほど、作品の中に監督自身の性的嗜好性や死生観が色濃くにじみ出てくる。宮崎駿監督作品に登場する少女たちは重力や社会常識に縛られない軽やかな魅力を放つが、大人になるとはかなげで色褪せた存在になっていく。北野武監督は自分の中に巣食う破滅願望を作品として吐き出すことで、自分の内面を浄化している。三池崇史監督の作品には必ずといっていいほど緊縛シーンが登場する。イマジネーション豊かなサディストであり、同時に貪欲なマゾヒストでもある。園子温監督は露出狂だ。自分が脱ぐ代わりに女優たちを裸にしてしまう。映像作家というよりは職人的立場にある金子監督だが、やはり作品の中からはある種の匂いが立ち込めている。それは美少女たちをフィギュア的に愛でる視線だ。『1999年の夏休み』で思春期の少年を演じた深津絵里、『ウルトラマンマックス』(TBS系)で表情のないアンドロイドを演じた満島ひかりをはじめ、金子作品のヒロインたちは命を与えられたばかりのフィギュアのような初々しい魅力を漂わせている。『ジェリー・フィッシュ』に主演した大谷も花井も、金子作品の正統的なヒロインの系譜にある。
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叶子はクラスきっての人気者。「夕紀のことがいちばん好き」と言いながら、男子とも付き合ってしまう。二股掛けられた夕紀は大ショック!
 原作小説にはないが、金子監督は劇中でウィリアム・ワイラー監督の『噂の二人』(61)を引用する。オードリー・ヘップバーンとシャーリー・マクレーンが共演した『噂の二人』は寄宿舎で暮らす2人の女性教師にレズビアン疑惑が向けられ、日陰ものへと追いやられる悲劇だ。女性教師たちは美し過ぎるがゆえに、社会からその存在を抹消されてしまう。ウィリアム・ワイラー監督は『ローマの休日』(53)や『ベン・ハー』(59)など映画史に残る名作を残した巨匠中の巨匠だが、『噂の二人』と共に『コレクター』(65)も忘れがたい。『コレクター』の内気な主人公フレディーはお気に入りの美大生にクロロホルムを嗅がせて、自宅の地下室に監禁してしまう。そして彼は美しい昆虫標本を愛でるように、美大生にありったけの愛情を注ぐ。『コレクター』を観ていると、映画監督という仕事も新種の美しい女性を見つけて、その可憐さを映像として記録することではないのか、そんな気がする。背徳的なものを感じさせるが、そんな映画にこそ危うい魅力が込められている。  ひとりの少女が同性に抱いた恋愛感情は一体どのような一生を終えるのだろうか。夕紀が水槽の中のクラゲに夢中になり、フレディーが蝶の標本を愛でたように、我々もまたスクリーン越しに息を潜めて、この不安定な恋愛の行方を見つめるしかない。 (文=長野辰次) jerryfish04.jpg R18文学賞VOL.2『ジェリー・フィッシュ』 原作/雛倉さりえ 脚本/高橋美幸 監督/金子修介 出演/大谷澪、花井瑠美、川田広樹、川村亮介、奥菜恵、秋本奈緒美、竹中直人  R18 配給/よしもとクリエイティブ・エージェンシー 8月31日よりシネマート六本木ほか全国順次公開中  (c)2013「ジェリー・フィッシュ」製作委員会  <http://www.r18-jellyfish.com> ◆『パンドラ映画館』過去記事はこちらから

韓国では、大統領もヤクザも似たようなもの? 嫌韓流も楽しめる、裸の韓国人像『悪いやつら』

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ハウメニーいい顔ぞろい! 80年代の釜山を闊歩する『悪いやつら』のみなさん。彼らの顔を観てるだけで、ご飯が1升くらい進みそう。
 ホタテの貝柱のように、噛めば噛むほど味わい深いエキスがどんどん染み出てくる。韓国映画『悪いやつら』に登場する、コワモテな男たちの一挙手一投足から目が離せない。主演は『オールド・ボーイ』(03)『悪魔を見た』(10)の超演技派チェ・ミンシクと『チェイサー』(08)『哀しき獣』(10)で若手No.1の実力派に躍り出たハ・ジョンウという初顔合わせ。イタリアン・マフィアの実態に迫った『ゴッドファーザー』(72)や『グッドフェローズ』(90)、戦後復興期の日本人の生き様を活写した『仁義なき戦い』(73)を思わせる快作だ。韓国ならではの血縁社会を題材に、本能の赴くままに男たちが裏社会でのし上がっていく姿を、こってりジューシーにあぶり出している。  『悪いやつら』は韓流映画ファンだけが楽しむにはあまりにももったいない。嫌韓流の方たちも拍手喝采したくなる、素っ裸の韓国人像が描かれている。ここまで韓国社会の内情をさらけ出し、エンターテイメント化してみせた作品はそうそうないだろう。中国から伝わった儒教文化の影響が根強く残る韓国は、法律よりも血の繋がりが優先される絶対的な父系血縁社会だ。さらに長幼の序が一族内だけでなく、あらゆる組織や集団の中でも定まっている。そんな保守的な社会の中で、底辺にいる人間が這い上がる手段は非常に限られている。小さいときからひたすら受験勉強に打ち込んで名門大学に入るか、ワイロを使っていい職場に潜り込むか、もしくは裏社会と結託するかぐらいしかない。
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外では悪いことやりたい放題のイクヒョン(チェ・ミンシク)だが、家族の前では教育熱心なインテリパパに早変わりする。
 当然ながら『悪いやつら』は、名門大学には縁のなかった人たちのお話。釜山の税関に勤めるチェ・イクヒョン(チェ・ミンシク)はなけなしのワイロを渡して、この職に就いた。就職するのに元手が掛かったが、家族のためにもしっかり回収しなくてはならない。税関に通う業者たちのチェックを甘くする代わりに、「お食事代」「お車代」をたんまりといただく。イクヒョンだけでなく職場のみんながやっていることなので罪悪感はまるでない。ところが運悪く税関に査察が入り、職場を代表してイクヒョンひとりが詰め腹をさせられるはめに。なんでオレだけ貧乏クジを? 憤懣やるせないイクヒョンの目に留まったのは、港の倉庫に隠されていた大量の覚醒剤。「日本に送りつけて、日本人をみんなシャブ中にしてしまえ!」とイクヒョンは退職金代わりに覚醒剤をネコババ。裏社会への横流しを請け負うことになったのが、新興ヤクザの若き親分チェ・ヒョンベ(ハ・ジョンウ)だ。同じ姓なので、イクヒョンが出身地を尋ねると、2人は親族関係であることが判明。親戚同士で自分のほうが年上なことから、イクヒョンは急に態度がデカくなる。彼のお調子もの人生がここから始まった。  イクヒョンは税関時代の人脈を活かして、ビジネス界と裏社会のコーディネイターとして暗躍。地元の警察署や司法関係者にもせっせと贈り物を届けるなど抜け目ない。イクヒョンの小ズルい処世術とヒョンベのここ一番でのバイオレンスパワーががっちり噛み合い、2人はたちまち釜山一帯の顔役に収まる。ショービジネスやカジノの権利も手に入れ、2人はウハウハだ。頼れるものはやっぱり血縁関係だと、ヒョンベもすっかりイクヒョンに心を許すようになる。  韓国映画の魅力は振り切った演出にある。マーティン・スコセッシ監督の『グッドフェローズ』を100回観たというユン・ジョンビン監督(1979年生まれ!)は怖いもの知らずで、韓国社会の実情を暴き出していく。同じく韓国映画『トガニ 幼き瞳の告発』(11)や『生き残るための3つの取引』(10)でも描かれていたが、韓国の公務員たちはワイロ漬けで不正がはびこり放題。役人もヤクザもまるで一緒。みんな自分や自分の身内が甘い汁を吸うことしか考えていない。そして、そんな役人たちの大ボスにあたるのが韓国大統領だ。
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アクション大作『ベルリンファイル』も韓国で大ヒットし、人気と実力を兼ねそろえたハ・ジョンウ。カリスマ性が漂います。
 1980年代の釜山を舞台にした本作では、ノ・テウ大統領が“犯罪との戦争”を宣言し、暴力団の一掃を図る。それまで濡れ手に粟状態だったイクヒョンとヒョンベの蜜月関係に亀裂が生じることになるが、ノ・テウ大統領自身も退任後の1995年に政治資金の隠蔽が発覚し、刑務所送りとなる。韓国の大統領は末路が実に悲惨だ。2009年に検察の取り調べを受けていたノ・ムヒョン元大統領が自殺に追い込まれたのをはじめ、ほとんどの大統領がクーデターによる失脚、暗殺、投獄……とズタボロの晩年を送るはめになっている。身内に便宜を計るあまり、政権交替後のしっぺ返しが尋常ではない。しがない小役人だったイクヒョンが血縁関係のあるヒョンベの力を借りて裏社会であざとく出世していく姿は、歴代韓国大統領たちのサクセスストーリーの縮小版にすぎない。  悪いやつらが次々と登場する本作だが、どこか妙な懐かしさも感じさせる。お調子もののイクヒョンは力の強い相手にはペコペコしているが、酒を呑むと急に慣れ慣れしくなる。調子に乗りすぎて、ヒョンベの部下パク(キム・ソンギュン)にボコボコにされてしまう。カタギにもヤクザにも徹しきれないイクヒョンは“パンダル”と呼ばれるハンパものだ。浮かれ具合としょんぼりしたときの落差があまりにも大きく、やたらと人間臭い。そして、その憎みきれないお調子ものぶりは、映画を観ていた自分に忘れかけていた過去の記憶を思い起こさせる。  その昔、親戚一堂が集まる冠婚葬祭の場に、イクヒョンによく似たオッサンがときどき現われた。そのオッサンはいつも場違いな服装で浮いており、酒を呑んでは顔を真っ赤にしていた。酔っぱらう度にそのオッサンは景気のいい話をやたらと吹いていたが、やがて親戚中から借金をしまくった挙げ句に消息を絶ってしまった。オッサンが消えた後の空き家には、催促状の束が溢れ返っていたそうだ。多分、あのオッサンは自分の居場所を、この国の中にはどこにも見つけることができなかったのだろう。うさん臭いという言葉がいちばん相応しかったあのオッサンに、旅先でばったり再会した気分だった。もはやホラ吹きなあのオッサンが生息できる場所はスクリーンの中しかなかった。 (文=長野辰次) waruiyatsura04.jpg 『悪いやつら』 監督・脚本/ユン・ジョンビン 出演/チェ・ミンシク、ハ・ジョンウ、チョ・ジヌン、マ・ドンソク、クァク・ドウォン、キム・ソンギュン、キム・ヘウン、クォン・テウォン、キム・ウンス 配給/ファインフィルムズ 8月31日(土)よりシネマート新宿、9月14日(土)よりシネマート心斎橋ほか全国順次公開 (c)2012 SHOWBOX/MEDIAPLEX AND PALETTE PICTURES ALL RIGHTS RESERVED. <http://waruiyatsura.com> ◆『パンドラ映画館』過去記事はこちらから

もしも『モテキ』の幸世がオラオラ系だったら? 大根仁監督が接写した若者生態大図鑑『恋の渦』

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見事なまでにチャラい9人の男女が集まった恋愛群像劇『恋の渦』。おのれの欲望に向かって突き進む若者たちの姿が赤裸々に描かれる。
 映画『モテキ』(11)のいちばん印象に残ったシーンとして、幸世(森山未來)の部屋に終電を逃したみゆき(長澤まさみ)がお泊まりするくだりを思い浮かべる人は多いのではないか。パジャマ代わりのTシャツに着替えたみゆきと幸世との糸を引くようなキスシーンにかつてないMAXエロを誰もが感じた。大根仁監督が敬愛するカンパニー松尾の“ハメ撮り”的手法を駆使し、長澤まさみの知られざる表情を引き出してみせたお手柄シーンだ。劇場デビュー作となった映画『モテキ』の大ヒット後は、ホームグランドである深夜ドラマ枠に戻って『まほろ駅前番外地』(テレビ東京系)で安心感のある職人技に徹した大根監督だが、2年ぶりの劇場映画『恋の渦』では再び過激な演出に挑戦。2時間20分の長尺の中で、幸世とみゆきが見せたエロシーン&リアルな恋愛模様が延々と奏でられる。  すでに2013年4月にオーディトリウム渋谷で、7月に渋谷シネクイントで限定上映された『恋の渦』は、今どきの若者たちの本音を下世話に描き切った内容が評判となり、連日ソールドアウトに。ツイッターで人気がさらに広まり、8月31日(土)より全国ロードショー公開されることになった。ただし、『恋の渦』には森山未來も長澤まさみも出てこない。というか知名度のある俳優はゼロ。まったくネームバリューのない役者たちしか出てこない『恋の渦』だが、それでも作品の面白さからチケットを求める人たちが劇場に詰めかけた。
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純愛を誓い合う大学生のナオキとサトミだが……。フルヌードはないものの、生々しいエロさがスクリーンいっぱいに漂う。
 『恋の渦』は三浦大輔率いる人気劇団「ポツドール」が06年に上演した舞台が原作。エッチすることしか考えてない9人の若者たちの物語だ。『モテキ』はサブカルマニアの幸世の視点でドラマが進んだが、『恋の渦』は「メンズナックル」(ミリオン出版)の読者モデルをやってそーなオラオラ系のコウジ(新倉健太)をはじめとする9人の男女のそれぞれの視点が次々とスイッチングしていく目まぐるしい展開。コウジとトモコ(若井尚子)が同棲する部屋に、コウジの仲間、トモコの同僚たち総勢9人が集まり、“部屋コン”と称した鍋パーティーが始まる。恋人のいない冴えないオサム(圓谷健太)に彼女を紹介してやろうというのが飲み会の主旨。ところが「篠田麻理子似」という触れ込みで現われたユウコ(後藤ユウミ)のブサイクさに男性陣はドン引き。部屋コンは盛り上がることなくお開きとなるが、真の物語は映画『モテキ』同様に終電過ぎから始まるのだった!  みんな帰った後のコウジとトモコ、ムラムラした気持ちのまま汚部屋状態のアパートに戻ったオサム、コウジの親友・タカシ(松澤匠)、コウジの弟・ナオキ(上田祐揮)ら4つの部屋で他人に知られると恥ずかしい下世話な会話と痴態が繰り広げられる。まるで隠しカメラで他人の部屋を覗き見しているかのようないかがわしい興奮! いつも思わせぶりにキャンディーをチロチロ舐めているショップ店員のカオリ(柴田千紘)は神出鬼没な上に、脱ぐとオシャレ下着が超セクシー! 映画『モテキ』が人気AV女優の超話題作なら、こちらは「しろーとAV」で同級生のそっくりさんに出会ってしまったような衝撃がある。この、レアさがたまらんッ。
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こちら女子会の様子。3人は同じ職場に勤めるショップ店員らしいが、ヒョウ柄を着こなすショップ店員ってドンキホーテか?
 それぞれ生々しい演技を見せてくれたのは、実践的ワークショップ「シネマ☆インパクト」(主宰・山本政志)の大根仁クラスに参加した約30名のメンバーから選ばれし若者たち。ワークショップと聞くとカルチャースクールっぽいイメージがあるが、大根監督は舞台版『恋の渦』を長編映画化することを前提に指導。約10日間のワークショップ期間中、前半は誰がどの役を演じるかのオーディション、後半は具体的なリハーサルに徹したそうだ。そして実際の撮影はわずか4日間! 4つの部屋が舞台となっているが、それぞれの部屋を1日ずつで撮り切るという早技だ。映画出演経験の少ない若手キャストたちだけに、4日間の撮影現場は想像を絶するカオス状態だっただろう。物語の最重要キーパーソンといえる“篠田麻理子似”のユウコ役に当初選ばれていた女性は、プレッシャーのせいか撮影の前々日に音信不通に。そこで今泉力哉監督の傑作恋愛コメディ『こっぴどい猫』(12)で好演していた後藤ユウミを緊急招集。キャストの失踪騒ぎと舞台や映画でのキャリアが多少ある後藤ユウミの特別参戦により、撮影現場はバチーンと引き締まったものになったらしい。トラブルさえ作品のクオリティーを高めるスパイスにしてしまうところは、まさにインディーズ映画ならでは。  撮影日数4日間とは驚きだが、「映画秘宝」9月号(洋泉社)のインタビューで、大根監督は「現場の製作費は10万円」とも明かしている。脚本料やメインスタッフへのギャランティーなどは別にしての撮影現場での雑費代だが、いかに低コストで作られたかが伺える。もちろん深夜ドラマで鍛え上げた大根監督の演出手腕があってこその『恋の渦』だが、人気俳優がブッキングできずとも潤沢な予算がなくとも、企画次第・脚本次第で面白い映画は充分に作れることを大根監督は実証してしまった。「人間の業を描いたおもろい映画」を求めている人はもちろん、映像関係の仕事に興味がある人も観ておくべきエポックメイキングな作品だろう。ただし、映画『恋の渦』の成功は、今でも汲々としたインディーズ映画界にいっそうの低コスト化をもたらしかねない危険な側面も持っている。大根監督が撮り上げた『恋の渦』はとても危険な両刃の剣だ。その切れ味は極めて鋭い。 (文=長野辰次) koinouzu_04.jpg 『恋の渦』 原作・脚本/三浦大輔 撮影/高木風太、大根仁、大関泰幸 監督/大根仁 出演/新倉健太、若井尚子、柴田千紘、後藤ユウミ、松澤匠、上田祐揮、澤村大輔、圓谷健太、國武綾、松下貞治  配給/シネマ☆インパクト 8月31日(土)よりオーディトリウム渋谷ほか全国順次公開 (c)2013シネマ☆インパクト <http://koinouzu.info/> ◆『パンドラ映画館』過去記事はこちらから

のび太とドラえもんが60年後に体験する物語!? “泣ける”SF介護コメディ『素敵な相棒』

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フランク(フランク・ランジェラ)は最新型介護ロボットに自分が磨いてきた一子相伝の技を伝授することに。
 子どもの頃から『ドラえもん』に親しんできた日本人は、世界でもっともロボットを愛する国民といって間違いないだろう。本田技研が開発したASIMOをはじめ、ヒューマノイド型ロボットの研究・開発が日本では盛んだ。そんな日本人の心の琴線をつまびく映画が、『素敵な相棒 フランクじいさんとロボットヘルパー』。タイトルが示す通り、ひとり暮らしの老人と従順な介護ロボットとの交流を描いたもの。『ショート・サーキット』(86)や『アイアン・ジャイアント』(99)と同じく、人間とロボットとの友情がテーマとなっている。また、超高齢化社会、無縁社会が現実問題となりつつある点でも、興味深い社会派コメディである。  『素敵な相棒』の主人公は70歳のフランクじいさん(フランク・ランジェラ)。若い頃に宝石泥棒をやって逮捕された前科あり。妻とはずいぶん昔に別れ、成人した息子のハンター(ジェームズ・マースデン)や娘のマディスン(リヴ・タイラー)とはたまにテレビ電話でやりとりしながら、小さな街でひとり暮らししている。自分はまだまだ元気なつもりのフランクだが、認知症の初期症状が見られ、子どもたちは心配してあれこれと口を挟む。子どもたちの世話になるのも、施設に入るのもお断りだ。他人の顔色をうかがいながら過ごす老後なんてまっぴらだし、図書館の司書ジェニファー(スーザン・サランドン)に逢いに行くという楽しみも奪われてしまうではないか。そんなフランクのもとに届けられたのが、最新の自律型高性能ロボットヘルパーだった。孤独死されてはたまらないと息子のハンターが無理して購入したのだ。
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娘のマディソン(リヴ・タイラー)はひとり暮らしの父のことが心配。だが、娘には娘の生き方がある。フランクは同居を断る。
 ハイテク機器を嫌っていたフランクだが、ロボットヘルパーはとても控えめでかつ芯が通っている。音声識別でき、会話も可能だが、無駄口はいっさい叩かない。ウマの合わない介護人からグチグチ言われるよりよっぽどいい。何しろロボットなので、気を遣わなくて済む。ロボットヘルパーはフランクの健康状態を毎日チェックし、体調に合った食事を用意してくれる。気ままな散歩にも文句を言わずに付き合ってくれる。ロボットヘルパーと過ごすうちに次第に健康を取り戻したフランクは、若い頃の情熱が蘇り始めた。かつてプロの宝石泥棒として鳴らした腕がうずくのだ。フランクの精神状態が上向きなことを察知したロボットヘルパーは「趣味や生き甲斐を見つけることは素晴らしいことです」と喜ぶ。彼には「顧客の健康改善」が最重要項目としてプログラミングされており、「社会ルールの遵守」はインプットされていなかった。しかも、内蔵されているコンピューターを使って、人間なら1週間はかかる難解なロックシステムもほんの数秒で解錠してしまう。ビバ、ヘルボ! フランクはすっかりヘルボのことを気に入り、家族には言えない秘密を共有する仲となっていく。  フランクじいさんを演じたのは、『フロスト×ニクソン』(08)でニクソン元大統領に扮した舞台出身の実力派フランク・ランジェラ。『スーパーマン・リターンズ』(06)ではデイリープラネット紙の編集長を演じるなど、オールドタイプの頑固じじい役にぴったり。ロボットの声を演じているのはピーター・サースガード。『愛についてのキンゼイ・レポート』(04)では性科学の研究のためにキンゼイ博士(リーアム・ニーソン)とベッドを共にする献身的な助手、『17歳の肖像』(09)ではキャリー・マリガンの貞操と古美術を盗み出すコソ泥……と幅広い役を演じる技巧派だ。タッグを組んだ2人は、法律や世間体など目もくれず、人生における生き甲斐をとことん追求していく。誰にも理解されることのなかった自分の密かな欲望を、丸ごと受け止めてくれる相棒が現われ、フランクはかつてない喜びを感じる。表情のないヘルボだが、IT成金の屋敷に盗みに入る際の足取りは軽やかで楽しげに映る。不良老人と介護ロボットは、最高のパートナーだった。  将来的にロボットは人間のような“心”を持つようになるのだろうか。遠隔操作型アンドロイド「ジェミノイド」の開発で知られる工学博士・石黒浩氏の著書『ロボットとは何か?』(講談社現代新書)で語られている視点が面白い。「人に心はなく、人は互いに心があると信じているだけである」と石黒博士は唱えている。心とはとても主観的なものであり、自分自身で自分の心のありようを的確に捉えることは難しい。しかし、他者が怒ったり、悲しんだり、感情を発露させている様子は理解しやすい。自分に心があるかどうかは分からなくとも、他者に心があることは感じられる。他者も同じように感じているのではないか。お互いに心があると信じ合っているのが人間なのだろう、と石黒博士は自説を述べている。また、石黒博士は同著で「ロボットとは人の心を映す鏡である」とも説く。この見解に従えば、ヘルパーロボットは孤独なフランクの胸の内を実に見事に映し出している。フランクはヘルボのことを「自分の内面を誰よりも理解している」存在、心の友として受け入れるようになる。少なくとも世間体や一般常識を優先している息子たちよりも、ヘルボのほうがよっぽど親身で温かみが感じられる。名前すら与えられていないヘルパーロボット、ヘルボには確かに“心”が存在する。
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ジェニファー(スーザン・サランドン)の勤める図書館もデータベース化され、閉館することが決まった。古き善き物が次々と消えていく。
 人間とロボットとの間に友情は成立するかというメインテーマに加え、『素敵な相棒』はもうひとつのテーマを内包している。人間にとっての死と記憶の関係性だ。認知症の初期症状の疑いがあるフランクは、自分が身に付けた盗みのテクニックを後世に残したいという願望を抱いていたが、堅気の生活を送る息子にはさすがに気が引ける。そこで代わりに従順な相棒・ヘルボに伝授する。自分が密かに磨いてきた裏技の後継者が現われ、フランクは安堵感を覚える。だが、小さな街で盗難事件が相次いだことから、前科のあるフランクは当然ながら警察から目を付けられてしまう。事情聴取に訪れた警官たちを玄関に待たせ、これまでフランクに寡黙に仕えてきたヘルボが逆に指示を出す。「自分の中に記録されているメモリーをすべて消去するように」と。そうすれば、フランクがヘルボと共に盗みを働いた証拠も消滅する。だが、認知症の恐怖に怯えるフランクは、ヘルボのメモリーを消去することができない。ロボットにとって記憶の消去は死ではないのか? フランクの健康を願うヘルボの献身的な愛情と親友であるヘルボとの思い出を消し去ることができないフランクの葛藤が本作のクライマックスとなっている。  「ロボットの研究は、人間を知る研究でもある」と石黒博士は語っている。ロボットについて考えることは、人間の心の在り方を想うことでもある。ドラえもんが誕生する2112年までに、人間の心の謎はどこまで解明されているだろうか。 (文=長野辰次) sutekinaaibo4.jpg 『素敵な相棒 フランクじいさんとロボットヘルパー』 監督/ジェイク・シュライアー 脚本/クリストファー・D・フォード  出演/フランク・ランジェラ、ジェームズ・マースデン、リヴ・タイラー、ジェレミー・ストロング、ジェレミー・シスト、ピーター・サースガード、スーザン・サランドン  配給/角川書店 8月10日より角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー 中 (C)2012 Hallowell House, LLC. ALL RIGHTS RESERVED <http://sutekinaaibou.com> ◆『パンドラ映画館』過去記事はこちらから

東京キー局がシカトした“米軍基地封鎖”の顛末! 地方局によるスクープドキュメント『標的の村』

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オスプレイ配備を直前に控えた2012年9月29日に起きた「普天間基地封鎖」騒ぎ。ゲート前に座り込む市民を沖縄県警が強制排除する。
 沖縄本島北部に広がるヤンバルの森は“東洋のガラパゴス”と呼ばれるほどの独自の生態系と豊かな自然に恵まれた大いなる秘境だ。だが、ヤンバルの森には、ガイドブックには掲載されていないもうひとつの顔がある。米軍がゲリラ戦やサバイバル訓練を行う世界唯一の演習場でもあるという裏の顔だ。シルベスター・スタローン演じる『ランボー』(82)も若き日にヤンバルの森でゲリラ戦の訓練を積んだのだろうか。琉球朝日放送制作のドキュメンタリー映画『標的の村』は、ヤンバルの森の中にある人口160人の小さな集落・東村高江区で暮らす人々を6年間にわたって撮影取材したもの。沖縄の人々が新型輸送機オスプレイを忌み嫌う理由を、沖縄県外の人間にも分かりやすく紐解いていく。  ベトナム戦争で散布された枯葉剤は沖縄でも使われていた──。元米軍海兵隊員が証言する。高江集落を取り囲むように存在する米軍ジャングル訓練場にはベトナム戦争時に“ベトナム村”が造営されていた。ベトナムの山村に模した集落が作られ、そこで行われるゲリラ戦の演習には高江集落の人々が女性や子どもたちも含めて動員された。ベトナム風の民族衣装を着せた高江集落の人々をベトコンに見立て、捕虜となった米兵たちを救出するというシミュレーションが組まれていた。元海兵隊員はベトナム村周辺で枯葉剤を撒き、今も後遺症で苦しんでいるという。「枯れた植物を処理したのは地元の人々。彼らのほうが影響を受けているのではないか」と元海兵隊員は懸念する。  ベトナム村は撤去されたものの、米軍ヘリコプターは高江集落の真上を旋回・低空飛行するのが日常だ。ベトナム村の代わりに、米軍は高江集落を標的物にしてヘリコプターを離着陸させているらしい。死亡事故の多さから“空飛ぶ棺桶”“未亡人製造機”と称される垂直離陸機オスプレイが配備されれば、この集落で安眠することはできなくなる。2007年から高江集落の人々は新しいヘリパッドの建築現場で座り込み運動を始めるが、2008年に日本国から通行妨害の容疑で訴えられてしまう。呼び出された15人の容疑者の中には、現場に一度も行ったことのない7歳の少女も含まれていた。また、交通の便の悪い高江から裁判所まで行き来するのは相当な負担となる。これは反対運動を萎縮させるための“スラップ裁判”と呼ばれるもの。権力を持たない弱者や個人に対し、大企業や自治体が発言封じのために起こす悪質な訴訟だ。15人の容疑者は後に2人だけに絞られるが、これもスラップ裁判の常套手段。反対運動の結束に亀裂を生じさせるのが狙い。高江集落の人々は国を相手にした裁判に振り回されながら、座り込み運動を続けるしかない。「オスプレイ反対」を訴え続ける限り、彼らは日常生活を送ることができない。
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東村高江区で野菜を育てながらカフェを営む安次嶺現達さん。ヘリパット建設反対の座り込みをしたことで、「通行妨害」の容疑で起訴されてしまう。
 沖縄の人たちがオスプレイを嫌うのは、事故の多い欠陥機という理由だけではない。オスプレイは米軍と日本政府の両者に沖縄の人々が欺かれてきた歴史の象徴となっているからだ。米軍基地返還運動が最大の盛り上がりを見せたのは、1995年に起きた3人の米兵による12歳の少女への拉致暴行事件がきっかけだった。絶えることのない米兵による暴行事件に沖縄県民の怒りが爆発し、日米両政府は普天間基地の返還を決める。そこで浮上してきたのが名護市辺野古への移転案だった。だが、この辺野古移転案は米軍にとっては渡りに船。もともとベトナム戦争時に軍港付きの基地を辺野古に作ることを予定していたが、予算不足で断念していたのだ。それが今回、日本の予算を使っての移転が決まろうとしている。日本政府がギリギリまで伏せていたオスプレイの配備、基地移転の茶番……。オレたちをバカにするのもいい加減にしろ、という沖縄の人々の怒りがオスプレイに向けられている。  オスプレイ配備を直前に控えた2012年9月29日、沖縄戦や米軍統治期を知るおじい・おばあ世代が先頭に立ち、一般市民の座り込み&路駐によって普天間基地の全ゲートがすべて封鎖されるという前代未聞の騒ぎが起きる。フェンスの中から米兵たちが冷ややかな視線を送る中、懸命に座り込みを続ける人々を地元警察が強制排除していく。両者が揉み合う中、「ウチナンチュー(沖縄人)同士で、なんでこんなことしてるんだよ!」という悲痛な叫びが米軍基地ゲート前に響く。センセーショナルな映像だが、米軍基地が市民によって封鎖されたというニュースは琉球朝日と同じ系列のテレビ朝日が取り上げた以外は他の東京キー局では黙殺されてしまった。  本作は2012年9月にテレビ朝日系『テレメンタリー』の枠で放送された30分番組をベースにしたもの。三上智恵監督は、琉球朝日放送でアナウンサーと記者を兼ねており、オスプレイ配備を阻止する目的で番組を作ったと語る。しかし、ローカル局の力では現実を変えることは叶わず、敗北感の中で普天間基地封鎖の顛末を取材し、91分の長編ドキュメンタリーに再編集した。上京した三上監督に普天間基地封鎖のニュースが全国放送からほぼ無視されてしまった理由を尋ねたところ、以下のように語った。
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普天間基地の全ゲートが封鎖され、苛立った米兵たちと一触即発状態となる。暴動に発展するギリギリのところまで迫っていた。
三上 「どうして全国ネットで取り上げられなかったのか、各局を訪ね歩いて私が訊きたい(苦笑)。現場には各系列のカメラが入っていたんです。他局が扱わなかった理由はいくつもあるかと思います。ひとつは普天間基地が完全封鎖された9月30日は日曜日で、このニュースの重大さを認識できるデスクが少なかったのではないかということ。もうひとつは旗の問題。沖縄では抗議活動の際には大小様々な団体の旗が掲げられるのですが、団体や政党の旗などがテレビに映ることを全国ネットのニュース番組は嫌うんです。特定の団体の宣伝に繋がるという理由からですが、沖縄でこういった運動を取材撮影する際にはどうしても旗が映り込んでしまう。以前、辺野古基地建設に反対する海上闘争を追ったドキュメンタリーを全国放送した際、東京のプロデューサーから『二度とこういうのはやらないでくれ』と厳しく注意されたこともあります。でも、旗がどうのこうのという感覚自体が何かに囚われているように私は感じるんです」  高江区のヘリパット建築現場で、そして普天間基地ゲート前で、市民と体制側との間でつかみ合いの衝突が起きる寸前のタイミングで、それぞれ沖縄民謡が聞こえてくる。抗議の座り込みをする市民も強制排除しようとする側も、この民謡を耳にしてハッとする。この民謡は八重山諸島に伝わる「安里屋ユンタ」。琉球政府と薩摩藩との二重課税にあえいだ八重山の庶民たちが歌い伝えてきた田植え歌だ。今も昔も沖縄の人々は二重支配に苦しめられ、同じ沖縄人同士で争い続けていることを物語っている。沖縄の人たちが歌う「安里屋ユンタ」を掻き消すように、ついにオスプレイが沖縄に舞い降りてきた。 (文=長野辰次) hyotekinomura_04.jpg 『標的の村』 ナレーション/三上智恵 音楽/上地正昭 構成/松石泉 編集/寺田俊樹、新垣康之 撮影/寺田俊樹、QAB報道部 音声/木田洋 MA/茶畑三男 プロデューサー/謝花尚 監督/三上智恵 制作/琉球朝日 配給/東風 8月10日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー (c)琉球朝日  <http://www.hyoteki.com> ◆『パンドラ映画館』過去記事はこちらから

マッチョ信仰を過激に凌駕する“人体改造”願望! 香港カンフーリミックス『アイアン・フィスト』

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山田風太郎ばりの異能戦士たちが次々と死闘を繰り広げる『アイアン・フィスト』。人気アクション監督コリー・ユンが参加しているのもポイント。
 あらゆる女性がより美しくなりたいと願うように、すべての男性はより強くなりたいと願っている。女性が脚を細くすることに懸命なように、男性は胸板を厚くし、腹筋がくっきり分かれるよう涙ぐましい努力を重ねる。女性が美容整形を肯定するように、男性は筋肉増強剤もありだなと考える。ユニバーサル映画『アイアン・フィスト』はカンフー映画にオマージュを捧げるのと同時に、男性が抱くマッチョ信仰を遥かに凌駕する「最強のボディを手に入れたい」「そのためなら人体改造も辞さない」という過剰な肉体願望を具象化したものだ。  タランティーノ・プレゼンツと銘打たれた『アイアン・フィスト』は、『キル・ビル』(03)や『ジャンゴ 繋がれざる者』(8月7日DVDリリース)の音楽を担当したRZAの初監督&主演作。ヒップホップ界の人気グループ「ウータン・クラン」のリーダーを務めるRZAだが、香港映画『少林寺三十六房』(78)や日本アニメ『北斗の拳』が大好きなことで知られる。カンフーアクションが好きで好きで、楽曲提供だけでは我慢できずに、最強の戦士たちが鍛え抜かれた肉体をぶつけ合う格闘世界をみずから創り出してしまった。
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危険な匂いがする場所につい足が向いてしまう流れ者のジャック・ナイフ(ラッセル・クロウ)。一度に3人の娼妓を相手にする性豪ちゃんだ。
 タランティーノにとって最大のヒット作となった西部劇『ジャンゴ 繋がれざる者』は南北戦争前夜の米大陸が舞台だったが、『アイアン・フィスト』もほぼ同時代という設定。ジャンゴ(ジェイミー・フォックス)が雪山で射撃の特訓を積んでいる間、中国大陸に渡ったブラックスミス(RZA)は“叢林村”で鍛冶屋を営んでいた。スミスの強靭な肉体によって叩き上げられた刀剣や甲冑は大変な評判だった。寡黙に働き続けるスミスの願いはただひとつ。娼館ピンク・ブロッサムに勤める娼妓レディ・シルク(ジェイミー・チャン)を身請けして、2人きりの平穏な生活を送ることだ。ジャンゴが愛する妻を奴隷農場から救出することに体を張るように、スミスもまた愛する女性のために滝のような汗を流し続けていた。  スミスとシルクの人種の壁を越えたラブロマンスを引き裂いたのは、武装集団・猛獅子会の権力闘争だった。野心家である銀獅子と銅獅子はボスである金獅子を謀殺。金獅子の息子であるゼン・イー(リック・ユーン)は全身に仕掛けが隠されたブレードXで仇討ちを挑むが、銀獅子が雇った最強助っ人・金剛(デビッド・バウティスタ)に敗れ去ってしまう。この金剛は自分の肉体を真鍮に変えることができる特異体質の持ち主だ。傷ついたゼン・イーを匿ったため、スミスは鍛冶屋の命である両腕を切断され、シルクも絶体絶命の危機に。怒りの炎に包まれたスミスは流れ者の遊び人ジャック・ナイフ(ラッセル・クロウ)にサポートされ、最強金属を鍛え上げて作った“鉄拳”を装着。病み上がりのゼン・イーと共に復讐を誓う。  最強戦士を決定する場となるのは、娼館ピンク・ブロッサム。身請けに失敗した男が常軌を逸して遊郭で大量殺戮を繰り広げるという展開は、江戸時代に実在した殺傷事件を舞台化した歌舞伎の人気演目『籠釣瓶』を連想させる。行き場を失った性欲が、温厚な人間を暴力兵器へと変貌させるのだ。肉体が凶器化するというモチーフは、塚本晋也監督が『鉄男』(89)や『東京フィスト』(95)で度々扱っているものでもある。また、ピンク・ブロッサムを経営するマダム・ブロッサム(ルーシー・リュー)もただの遣り手ババアではなく、娼妓たちをセックスを武器にした暗殺者に育て上げる“くのいち軍団”の女ボスという正体が明かされる。ここらへんは、マギーQ主演の香港エロチックアクション『レディ・ウェポン』(02)の世界。アクション、エロス、ラブストーリーといった様々なエンタメ要素を、おのれの肉体を鋼鉄に変えてしまいたいという男性特有の変身願望が豪快に呑み込んでいく。
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娼館を営むマダム・ブロッサム(ルーシー・リュー)。「男はセックスで骨抜きにして、寝首を掻いてしまえ」という恐ろしいサディスト。
 両腕に鉄製義手をハメたブラックスミスと特異体質の巨人・金剛が一騎打ちするクライマックスは、数ある香港アクション映画の中でも名作カルトの誉れが高い『片腕カンフー対空飛ぶギロチン』(75)ばりの大迫力。『片腕カンフー対空飛ぶギロチン』は隻腕の武術家と盲目の暗殺者が骨肉の争いを演じた。障害者同士、マイノリティー同士の対決が現代に甦る。特異体質の金剛は母国ではまともに暮らすことができず、自分を必要としてくれる異国へと流れ着いたのだろう。スミスも故郷の喪失者であり、両腕を失ったことで逆に胸の奥底に封印していた闘争心を覚醒させることになる。異能者同士の血戦は見せ物感たっぷりだが、そこには健常者が身障者に抱く畏敬の念が込められている。パラリンピックの車いすマラソンや車いすラグビーに出場する選手たちのケタ外れの身体能力と精神力の強さに健常者が恐れおののくように。健常者が語りえない特殊な肉体言語のドラマが紡がれていく。  これだけ様々な作品の要素をブレンドすると消化不良に陥るところだが、ヒップホップ界で活躍するRZAは音楽だけでなく映像的なリミックス感覚にも優れているようだ。カンフー映画へのオマージュを前面に押し出しつつ、オリジナル性のある新しいアクションエンターテイメントにまとめ上げた。多種多様なB級映画のギミックを組み合わせた『アイアン・フィスト』は、言うなれば“フランケンシュタインの怪物”だ。この継ぎはぎだらけの怪物に生命を吹き込むのは、映画評論家でも興収ランキングでもない。RZAのリミックスセンスとアナタの中に眠る人体改造願望が触れ合ったとき、スクリーンの中に最強戦士が誕生する。 (文=長野辰次) ironfist04.jpg 『アイアン・フィスト』 監督・音楽・脚本/RZA 共同脚本/イーライ・ロス プレゼンツ/クエンティン・タランティーノ 出演/ラッセル・クロウ、RZA、ルーシー・リュー、リック・ユーン、ジェイミー・チャン、カン・リー、デビッド・バウティスタ、バイロン・マン、ダニエル・ウー、パム・グリム、チェン・カンタイ、レオン・カーヤン、リュー・チャーフィー 配給/シンカ R15 8月3日(土)より渋谷シネクイントほか公開 <http://ironfists.jp> (C)2012 Universal Pictures ◆『パンドラ映画館』過去記事はこちらから

現代人を襲う新しい恐怖“化学物質過敏症”とは? お蔵出し映画祭グランプリ受賞『いのちの林檎』

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化学物質過敏症を患う早苗さん。残留農薬や添加物に体が反応してしまうため、口にできるものは非常に限られている。
 とても恐ろしく、そしてとても美しいドキュメンタリー映画が現在公開中だ。『いのちの林檎』は“化学物質過敏症”という聞き慣れない新しい病気を題材にしている。2009年10月にようやく国が病名を認めたばかりだが、日本人の70万~100万人がこの病気で苦しんでいると言われている。化学物質過敏症に罹ると、ほんのわずかな化学物質に触れるだけで、頭痛、呼吸困難、倦怠感などの症状が出てしまう。排気ガスなど化学物質が溢れる街へ外出することは叶わず、病院に行くことも救急車に乗ることもできない。本作に登場する早苗さんは重度の化学物質過敏症。街で暮らすことができず、母親と共に山から山へと放浪する生活を送る。化学物質まみれの現代社会で、迫害される異教徒のような暮らし続ける母娘の受難の日々をカメラは追う。  キーッ、キーッ、キーッ。甲高い鳥のさえずりが響き渡る。いや、鳥ではない。早苗さんの苦しげな呼吸音だ。早苗さんは学生時代は健康的な女の子だった。だが自宅を新築した際にシックハウスに苦しみ、それからは会社に通うこともできず、自宅に篭るようになった。病名がはっきりしないまま6年間が過ぎ、ようやく化学物質過敏症であることが判明した。人間には化学物質に対する適応力があるが、シックハウスなどをきっかけにそのキャパを一度オーバーしてしまうと化学物質過敏症となり、完治することができないとされている。自宅で静かに暮らしていた早苗さんだが、自宅の前を喫煙者が通っただけでもうダメだ。にこやかに取材を受けていたのに、ぐったりと床に倒れ込んでしまう。トイレに置いてある芳香剤やすれ違う人のシャンプーの匂いも危険。当然ながら農薬や添加物が使用されている食品や消毒された水道水を口にすることは不可能だ。近所のゴルフ場で定期的に散布される除草剤がさらに早苗さんを追い詰める。ゴルフ場の除草剤を減らすよう市長に送った嘆願書には、苦しみでのたうち回る早苗さんの姿を映した映像も同封した。破傷風の恐怖を描いた野村芳太郎監督の『震える舌』(86)も怖かったが、市長宛に送られたこの映像はさらに怖い。人間にとって快適だったはずの現代社会がふいに牙を剥いて襲い掛かる恐怖が映し出されている。
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青森県弘前市で自然栽培によるリンゴ園を経営する木村好則さん。リンゴの樹に「頑張ったね。ありがとうね」と語り掛ける。
 水すら呑めずに脱水状態に陥っていた早苗さんを救ったのは、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)で有名になった木村秋則さんが無農薬無肥料で育てた“奇跡のリンゴ”だった。木村さんが自然栽培を始めたきっかけは、奥さんが農薬アレルギーで寝込んでしまうのをどうにかしたかったから。水道の蛇口から零れ落ちる水滴にさえ怯えていた早苗さんだが、木村さんが作った無農薬林檎だけはスーッと口にすることができた。まさに早苗さんにとって“生命の果実”だった。ひとりの女性の命を救えたことを知り、木村さんは顔をくしゃくしゃにして喜ぶ。リンゴ園の樹たち一本一本に「ありがとうね」と声を掛けて回る。  体力が持ち直した早苗さんは自宅を離れ、母親の運転する車に乗って放浪の旅に出る。お供をするのは3匹の犬たちだ。ゴルフ場や大きな農園を避け、山奥へと向かう。人里離れた森の中で、テント生活を始める母娘。オーガニックな衣服を身にまとい、無農薬大豆による自家製ミソを使った食事を用意する。まるで縄文時代に先祖帰りしたかのような生活である。『刑事ジョン・ブック 目撃者』(85)で描かれたアーミッシュたちの暮らしのようでもあるし、フランソワ・トリュフォー監督のSF映画『華氏451』(66)に登場するブックピープルたちが集う森のようでもある。質素さを極めた、その生活はとても美しい。  化学物資から逃れるために森で暮らすようになった早苗さん親子と対照的に、都会の喧噪の中でサバイバルすることを決意したのは若手プロレスラーの入江茂弘選手だ。子どもの頃に新築の家から致死量のホルムアルデヒドが検出され、家族全員が化学物質過敏症を患うことになった。新居を手放して父方の実家に身を寄せたが、周囲からは理解されず厳しい言葉を浴びせられた。病気を疑った小学校の教師は薬品が並ぶ理科室での授業を強要し、入江選手は洗面器いっぱいの鼻血を流し、学校に行けなくなってしまった。入江選手の少年期は病気や世間の偏見と闘うことに費やされた。強い肉体に憧れた入江選手は自分の体を徹底的に鍛え、闘い続けることを意義づけ、プロレスラーという職業を選んだ。まだリングだけでは食べていけないので居酒屋でアルバイトもしている。副流煙などと闘いながら、黙々とトレーニングを続ける。入江選手の入場曲は筋肉少女帯の「タチムカウ~狂い咲く人間の証明~」だ。都会のど真ん中でベコベコになりながら、何度でも立ち上がる彼もまた美しい。
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化学物質のない森の中での生活に笑顔を見せる早苗さんと母親の道子さん。平穏な一瞬一瞬が愛しいと語る。
 2011年に完成しながら一般公開されることがなかった本作。諸事情から埋もれてしまった映画たちにスポットライトを当てる「お蔵出し映画祭」で第2回グランプリを受賞し、ようやく劇場公開に辿り着いた。これまでテレビのドキュメンタリー番組や情報番組を手掛けることが多かったベテラン・藤澤勇夫監督が3年半の取材期間を費やして完成させたものだ。藤澤監督によると、早苗さんの体調のよさそうなときを見計らって撮影取材したそうだが、早苗さんはデジカメが発する微量の電磁波にも反応してしまうため、カメラの前で度々苦しげな表情を見せる。そんな姿も含めて、ありのままの様子を記録することに同意してくれたそうだ。化学物質過敏症の実態を少しでも多くの人に知ってもらうため、そして同じ病気と闘う人たちと苦しみを分かち合うために。  阿部サダヲ&菅野美穂主演で映画化もされ、すっかり有名になった木村さんの“奇跡のリンゴ”だが、藤澤監督は取材を始めて間もない頃に食べさせてもらったそうだ。「岩手県生まれなので、リンゴを昔はよく食べていたんですが、ボクが大学に入るくらいになるとリンゴの味が変わってしまい、リンゴが嫌いになった。でも、木村さんが無農薬無肥料で育てたリンゴは味が違った。瑞々しくて甘くて、子どもの頃に食べた懐かしいリンゴの味でしたね」と1941年生まれの藤澤監督は語る。現在は入手困難となった“奇跡のリンゴ”だが、早苗さんのような病気を患う人たちへ優先的に届くように配慮されているそうだ。いつの日か“奇跡のリンゴ”がもっと“普通のリンゴ”になればいいと思う。 (文=長野辰次) inochinoringo04.jpg 『いのちの林檎』 製作/ビックリ・バン プロデューサー/馬場民子 撮影/植田和彦、青木淳二 編集/熱海鋼一 テーマ曲/嶋津健一 題字/エムナマエ 監修/柳沢幸雄 監督/藤澤勇夫 配給/アークエンタテインメント 7月13日より新宿武蔵野館にてモーニングショーほか全国順次公開中  (c)2012ビックリ・バン <http://www.inochinoringo.com> ◆『パンドラ映画館』過去記事はこちらから

“毒殺未遂事件”を培養して生み出した問題作! システムを観察せよ『タリウム少女の毒殺日記』

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実在の事件をモチーフにした『タリウム少女の毒殺日記』。東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門作品賞を受賞したが、嫌悪感を示す声も少なくない。
 狼はトナカイを殺すが同時にトナカイを強くもする。狼が居なければ群れ全体に弱さの毒が回り、やがてその群れは滅亡する―。2005年、実の母親に劇薬である酢酸タリウムを投与し、衰弱していく様子を観察し続けた16歳の女子高生が殺人未遂罪で逮捕され、社会に大きな衝撃を与えた。冒頭の一文はその女子高生が日記としてブログに綴っていたものだ。異色ドキュメンタリー『新しい神様』(99)で劇場デビューし、前作『PEEP“TV”SHOW』(03)でリアルとフィクションの境界の曖昧さを描いた土屋豊監督はこの文章にインスピレーションを受け、架空のキャラクター“タリウム少女”を主人公にした劇映画『タリウム少女の毒殺日記』を作り上げた。カエルの解剖実験や金魚をホルマリン漬けにするシーンを盛り込む一方、タリウム少女が既成のシステムを抜け出そうと試行錯誤する姿をポジティブに捉えた新感覚の映画となっている。劇薬を希釈することで良薬が生まれるように、土屋監督は実在の事件の中から人間の新しい可能性を見出そうとしている。  『タリウム少女の毒殺日記』はフィクションパートとドキュメントパートの多重構造となっている。フィクションパートでは、タリウム少女(倉持由香)が学校で同級生たちの壮絶なイジメに遭っている。だが、タリウム少女はどんなに悲惨な状況にあっても、常にクールだ。ドン底状態にある自分自身を客観視し、解剖したカエルや飼育しているモルモットと同じように、自分がいる社会そのものを冷静に見つめようとする。母親(渡辺真起子)に毒薬を投与する様子をブログに綴る傍ら、気になるニュースサイトや動画をクリックする。ドキュメンタリーパートとして実在する人々が次々に登場し、それぞれ斬新かつ個性的な自説を唱える。広島大学大学院理学研究科の住田正幸教授は交配によってスケルトン状に内臓が透けて見える“透明ガエル”を誕生させた。この研究が進めば、科学の殉教者として解剖実験の犠牲となる動物の数は激減するはずだ。全身にピアスを施した身体改造アーティストのTakahashiは体そのものが生きたアートとして眩しく輝いている。クローン人間の実験でかつて話題をさらった非宗教団体「ラエリアンムーブメント」も登場する。「日本ラエリアンムーブメント」の伊藤通朗代表によると、クローニング技術によって人間を完全に創造できるようになれば、神様は存在しないことも同時に証明でき、世界から宗教戦争がなくなるという。動物、そして人間の肉体を変えていくことで社会そのものを変えていこうというブラボーな人たちの理論的な熱気が成長過程にあるタリウム少女の心を揺さぶっていく。  “タリウム毒殺未遂事件”をモチーフにした本作の企画意図を土屋監督はこう語る。
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学校で連日のようにイジメに遭っているタリウム少女(倉持由香)。イジメられている自分自身も冷静に観察しようとする。
土屋 「実際の事件を起こした少女のブログを読んで、『狼がいるからトナカイは強くなれる』という詩に強く惹かれたんです。イジメっ子がいるからシステムが成り立つし、そのシステムを私はちゃんと客観視しています、ということですよね。もしかしたら本人は無理矢理そう思い込もうとしていただけなのかもしれない。でも、ボクが映画の中に登場させた“タリウム少女”は完全にシステムとして理解し、システムだから仕方ない、その仕方なさにどうこう言っても始まらない。じゃあ、そのシステム自体を別のものに組み替えられないかと考えるんです。事件を起こした少女の理系的、科学的な独自の視点は非常に興味深いし、資本主義が高度に発達した現代社会をひとつのシステムとして冷静に見ている視点はボク自身にもある。ボクより若い人たちはもっと共感を感じるんじゃないですか。そんなタリウム少女の視点から、今の世の中を見てみたのが、この作品なんです」  仰向けにされたカエルはお腹を割かれ、母親が可愛がっていた金魚はホルマリン液の中で息絶える。タリウム少女はこう呟く。「神様なんか、いないよ。プログラしか、ないんだよ」。“アニマルライツ”をめぐって、海外の映画祭でも問題視されたこれらのシーンについて聞いてみた。 土屋 「動物愛護団体の影響力が強い米国では、『タリウム少女』は上映できないかもしれませんね。でも、そういった団体からの圧力で作品が上映できなかったり、問題視されたシーンが削除を求められることは怖いことだと思います。(動物実験など)現実に行われていることを存在しないことにしてしまう。問題そのものを忘れさせてしまい、話題に上がる機会さえ奪ってしまう。ボクは逆にもっと問題点は出していったほうがいいと思うんです。その点、映画の中のタリウム少女はちゃんと現実を直視しようとする。そして、飼っていた金魚をホルマリン漬けにすることとスーパーで買ってきたサンマを焼いて食べることはどう違うのかと大人に問い掛けてくるわけです」  あたかもマウス実験のように一緒に暮らす母親にタリウムを投与し、人間の持つ生命力の強さを凝視する少女だが、様々な人たちの多様な価値観に触れていく中で、さらに自分が暮らす社会と自分自身を徹底的に観察していく。最強の働きアリが女王アリへと目覚めていくように、自分自身の中に眠る未知のプログラムを覚醒させたいと強く願うようになっていく。まだ目には見えない段階だが、彼女の中で生命の進化の第一歩が始まろうとする。  過激なタリウム少女を演じたのは、日テレジェニック候補生にも選ばれた新進グラビアアイドルの倉持由香。土屋監督からはSNSを通じて映画主演のオファーを受けたそうだ。本作の題材となった事件もネットニュースで知り、問題のブログも当時読んでいたという。
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身体改造アーティストのTakahashi。「このままでは人間は進化しませんよ」「ICチップを体に埋め込んでみませんか」と語り掛ける。
倉持 「事件当時、少女が書いたブログを読み、『サブカル趣味に憧れて、中2病をこじらせてしまった少女なのかな』という印象を受けたんです。ニュースではブログの文面から少女のことを“冷酷・非道”と報道していましたが、あの年齢くらいの時にはやたら難しい漢字や言い回しをカッコいいと思うことがあるので、一概には言い切れないのではないかと思いました」  実際の少女が母親にタリウムを投与したり、猫を殺害したことは残虐で許せないと言いつつ、映画の中のタリム少女には共感を覚えたと話す。 倉持 「映画の中のタリウム少女の『人間のフォーマットを飛び越えたい』という思いに共感できたんです。私自身も変身願望が昔から強く、何か人間じゃないものになりたいと思っていたし、今でも時々思います。私も映画の少女みたいにGPS付きのICチップを埋め込んでみたいです。どんな映画になるのか不安もあったけど、完成した作品をスクリーンで観て、違和感なく受け入れることができました。新しい手法がふんだんに盛り込まれた、『映画のフォーマットを飛び越えた映画』だと思いますね」  人間のフォーマットを飛び越えるために、まずは映画のフォーマットから飛び越えてみよう。飛び越えた先に待っているのは、透明ガエルたちが合唱し、遺伝子操作や整形手術によって永遠の美しさを手に入れた人間たちが科学を唯一の真実として信仰し、宗教戦争も社会的ヒエラルキーもなくなった新しい世界だ。タリウム少女と過ごす刺激的な冒険はまだ始まったばかりだ。 (文=長野辰次) tariumushojo4.jpg 『タリウム少女の毒殺日記』 監督・脚本・編集/土屋豊 出演/倉持由香、渡辺真起子、古舘寛治、Takahashi 配給/アップリンク 7月6日より渋谷アップリンクほか全国順次公開中 <http://www.uplink.co.jp/thallium> ◆『パンドラ映画館』過去記事はこちらから