
今年85歳となるアレハンドロ・ホドロフスキー監督。映画監督のみならず、コミックの原作者、タロットカード研究家など多方面で活躍している。
「ドラッグがなくてもトリップできるような映画、観た人の意識を変えてしまう映画をつくりたかったんだ」。“キング・オブ・カルト”アレハンドロ・ホドロフスキー監督はドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDUNE』の冒頭で高らかにのたまう。『エル・トポ』(70)や『ホーリー・マウンテン』(73)でカルト映画ブームを巻き起こしたホドロフスキー監督にとって、映画製作は金儲けの手段ではなく、世界中の人々の意識を変容させてしまう一種の芸術革命だった。未知なる世界をスクリーン上に生み出すことで、観る人々の意識をより自由なステージへと導くことを目指していた。果たして、そんな高尚かつアバンギャルドな映画を本当に完成させることができたのか? いや、ホドロフスキーが思い描いた理想の世界は、砂でつくった城郭のように脆くも崩れ去ってしまった。『ホドロフスキーのDUNE』は映画史に語り継がれる未完の大作『DUNE』の全貌を明らかにすると共に、ホドロフスキー監督の脳内イメージを観客が分かち合うという刺激的な内容となっている。
SF作家フランク・ハーバードが1965年にシリーズ第1巻を発表した大河小説『DUNE』は、デヴィッド・リンチ監督がカイル・マクラクラン、スティングらの出演で『デューン/砂の惑星』(84)として映画化したことで知られる。砂漠が広がる不毛の惑星デューンを舞台に、人間の意識を拡張するメランジという麻薬の利権をめぐって権謀術数が繰り広げられた。現代も続く中東諸国と英米との戦いを投影したような内容だった。『デューン/砂の惑星』は壮大なストーリーを2時間17分で強引にまとめたこともあり、興行的に大コケして終わる。これに懲りたデヴィッド・リンチは、その後は『ブルーベルベッド』(86)など低予算映画をもっぱら手掛けるようになった。
デヴィッド・リンチにとっても黒歴史となった『DUNE』だが、1975年に企画されていたホドロフスキー版のキャスト&スタッフが悶絶級にすんごい。銀河帝国の皇帝にはアート界の巨人サルバドール・ダリ。空飛ぶ悪徳貴族・ハルコンネン卿には『市民ケーン』(41)の天才監督にして伝説の名優オーソン・ウェルズ。スティングがパンツ一丁で演じたラウサには人気絶頂期のミック・ジャガー。音楽はTOTOではなくピンク・フロイド。そしてフランスコミック界のビックネームであるメビウスが絵コンテを描き、新進画家のH・R・ギーガーが美術デザイン……。名前を聞いているだけでクラクラと陶酔感を覚えるような顔ぶれによって製作準備が進められていたのだ。カメラを前にしたホドロフスキー監督は70年代にタイムトリップしたかのように、エネルギッシュに製作当時を振り返る。ホドロフスキーの口から目から鼻から耳から、そして体中の毛穴という毛穴から脳内麻薬がドクドクと溢れ出す。

『DUNE』製作時のホドロフスキー監督とキャラクターデザインを手掛けたメビウス(右端)。ホドロフスキーに感化され、メビウスは数々の映画に関わる。
ホドロフスキー監督が世界各地を回って、スタッフ&キャストをスカウトするエピソードがサイコーに楽しい。サルバドール・ダリは出演OKするものの無理難題をふっかけてきた。プライドが高いダリは「君の映画に出演しよう。でもハリウッドでいちばんギャラの高い俳優に私はなる。撮影1時間につき10万ドルほしい」と要求してくる。お金に縁のない生活を送るホドロフスキー監督に時給10万ドルなんて払えるわけがない。当時28歳だった青年プロデューサーのミシェル・セドゥーでも無理だ。そこでここはトンチで切り抜けることに。完成した映画にダリが何分映っているかで時給換算することにした。銀河皇帝の出演パートはほんの数分程度だ。これなら充分払える。オーソン・ウェルズは彼の行きつけのパリのレストランへ押し掛けて出演交渉する。喰い道楽に堕ち、現場からすっかり離れていたウェルズは「もう映画には出たくない」と断るが、ホドロフスキーは「ギャラとは別に、このレストランのシェフを専属で雇う」と申し出る。パリの一流レストランのシェフが撮影スタジオで賄い料理をつくるという、うっとりする提案にウェルズは思わず出演OKしてしまう。
錬金術師を思わせるホドロフスキー監督の手八丁口八丁ぶりに、映画界のみならずアート界、音楽界からも偉人奇人変人たちが続々と集結する。ホドロフスキー作品にはフリークス集団が度々登場するが、ホドロフスキーにすればダリもオーソン・ウェルズも精神的な欠陥者だった。欠落した常識の代わりに、彼らの心には狂気が宿っていた。ホドロフスキーは自分が集めたそんなスタッフ&キャストを、敬意を込めて「魂の戦士」と呼んだ。世間の常識を打ち破るための仲間だった。映画史上前例のない壮大すぎる実験映画をホドロフスキーは打ち上げようとしていた。
ホドロフスキー監督は「魂の戦士」軍団を結成するが、哀しいかなそれでもハリウッドの牙城は突き崩せない。映画をビジネスとしてしか考えないメジャースタジオのお偉い方たちは、ホドロフスキーがSF大作を監督することをあまりにもリスキーだと考えた。結局、ホドロフスキーの映画革命はハリウッドから拒絶される形で無惨にも砕け散る。やはり、ホドロフスキーの偉大なる実験は大失敗に終わったのか。いや、そうではないと、本作を3年がかりで完成させたフランク・パヴィッチ監督はホドロフスキーの無謀な挑戦を極めてポジティブに解釈する。

H・R・ギーガーが描いた建造物のデザイン画。『エイリアン』を思わせる重厚かつ邪悪な雰囲気だ。5月に亡くなったギーガーへのインタビューも収められている。
「魂の戦士」のひとりとして、ジョン・カーペンター監督のデビュー作『ダーク・スター』(74)で特殊効果を手掛けていたダン・オバノンが参加していた。ダリの推薦で、まだ無名だったスイス人画家のH・R・ギーガーも美術デザイナーとして加わっていた。『DUNE』の企画はクランクイン前に頓挫してしまったが、ダン・オバノンが脚本を書き、メビウスがコンセプトデザイン、ギーガーがクリーチャーデザインを担当することで人気SFホラー『エイリアン』(79)が誕生する。また、メビウスが描いた『DUNE』の詳細なストーリーボードはハリウッドの各メジャースタジオに台本代わりに届けられており、『DUNE』用に描かれていた様々なビジュアルイメージやアイデアはその後のSF映画に流用されることになる。『DUNE』の企画がなければ、『スター・ウォーズ』(77)も『レイダース/失われたアーク』(81)も『ブレードランナー』(82)も『ターミネーター』(84)も違ったものになっていただろうと本作は指摘する。
ホドロフスキー自身も、『DUNE』が史上最大の残念映画となったことを悔いてはいない。自分の脳内で閃いたイマジネーションが、多くの作品に有形無形な影響を与えたことを喜んでいる。もともとお金儲けのためではなく、人々の意識を変えることが目的だったからだ。『DUNE』は未完成ながら、ジャンルを越えた気鋭の人材を輩出し、また後進のクリエイターたちを大いに触発した。ホドロフスキーの当初の野望は充分に叶えられた。ホドロフスキー版『DUNE』は映画としての形をなすことなく幻に終わったが、『DUNE』に登場する秘薬メランジのように『DUNE』の企画に触れた人々の意識を次々と変容させていったのだ。
偉大なる失敗作『DUNE』の薫陶を受けたパヴィッチ監督は、ホドロフスキーにちょっとしたサプライズを用意する。『DUNE』の企画が立ち消えになって以降、音信を絶っていたプロデューサーのミシェル・セドゥーとホドロフスキーとの再会の場をセッティングしたのだ。2人とも「相手は怒っている」と思い込み、35年間にわたって距離を置いていた。だが、久しぶりに逢ってみるとお互いに映画製作への情熱が忘れられない「魂の戦士」同士だった。ホドロフスキーが新作を撮りたいと申し出ると、セドゥーは企画内容を聞かずに資金提供を約束した。そうして生まれたのが、今年85歳になるホドロフスキー監督の最新作『リアリティのダンス』だ。
『リアリティのダンス』はチリの小さな田舎町で生まれ育ったホドロフスキー監督の自伝的映画であると同時に、お金をめぐる寓話でもある。今年4月に来日を果たしたホドロフスキー監督はこう語った。
「お金はただの紙切れにすぎません。それなのにお金は恐ろしいことに人間を奴隷扱いしてしまう。今の貨幣システムは変えなくてはなりません。でも、もし変えられないのなら、お金をうまく使うことが大事です。個人的な欲望を満たすためにお金を消費するのではなく、もっと活きたものとして活用するのです」
『DUNE』で人間の意識をより自由な世界へと解放しようとしたホドロフスキー監督。瑞々しいイマジネーションに満ちた最新作『リアリティのダンス』では、貨幣制度に縛り付けられている現代人の傷ついた魂を救済しようと試みている。ホドロフスキー監督の映画革命は今なお進行中だ。
(文=長野辰次)
『ホドロフスキーのDUNE』
監督/フランク・パヴィッチ 出演/アレハンドロ・ホドロフスキー、ミシェル・セドゥー、H・R・ギーガー、クリス・フォス、ブロンティス・ホドロフスキー、リチャード・スタンリー、デヴィン・ファラシ、ドリュー・マクウィーニー、ゲイリー・カーツ、ニコラス・ウィンディング・レフン、ダイアン・オバノン、クリスチャン・ヴァンデ、ジャン=ピエール・ビグナウ
配給/アップリンク、パルコ 6月14日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラスト有楽町、渋谷アップリンクほか全国順次公開中
(c)2013 CITY FILM LLC,ALL RIGHTS RESERVED
http://www.uplink.co.jp/dune
『リアリティのダンス』
監督・脚本/アレハンドロ・ホドロフスキー 衣装デザイン/パスカル・モンタンドン=ホドロフスキー 出演/ブロンティス・ホドロフスキー、パメラ・フローレス、イェレミアス・ハースコヴィッツ、アレハンドロ・ホドロフスキー、バスティアン・ボーデンホーファー、アンドレス・コックス、アダン・ホドロフスキー、クリストバル・ホドロフスキー
配給/アップリンク、パルコ 7月12日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷アップリンクほか全国順次公開
(c) “LESOLEIL FILMS”CHILE・“CAMERA ONE”FRANCE 2013
http://www.uplink.co.jp/dance