
ニンフォマニア(色情狂)であることを自認するジョー(シャルロット・ゲンズブール)は、あらゆるSEXプレイに果敢に挑んでいく。
快楽のためにセックスするのは、どうやら人間と一部の霊長類に限られているらしい。だとすると、快楽目的のセックスを追求するということは、非常に人間らしい(もしくは一部の霊長類らしい)行為ではないのか。ニンフォマニアとは“色情狂”のこと。快楽としてのセックスを常に欲している女性のことを指す。デンマーク出身の鬼才ラース・フォン・トリアー監督の『ニンフォマニアック』は、ひとりの女性の半生を男性遍歴を通して物語るというセックス大河ドラマだ。自他ともに色情狂であることを認める女主人公ジョーの性の大饗宴がVol.1(1時間57分)とVol.2(2時間3分)の合計4時間にわたって繰り広げられる。
物語は路上で行き倒れている中年女性ジョー(シャルロット・ゲンズブール)が親切な銀髪の紳士セリグマン(ステラン・スカルスガルド)に介抱される場面から始まる。お礼代わりにジョーは、自分が行き倒れになるまでの経緯をベッド上で語り始める。現代版『アラビアンナイト』といった趣きだ。Vol.1では若き日のジョー(ステイシー・マーティン)が性に目覚めていく様子が語られる。いわば、ヰタ・セクスアリス的世界。2歳にして浴室でカエルごっこをして、濡れた床に下半身を押し付けることで快感を覚えるジョー。学校にあった様々な備品は、どれも魅惑的なオナニーグッズだった。初体験は15歳のとき。バイク好きな青年J(シャイア・ラブーフ)にバージンを奪ってほしいと自分から頼んだ。Jはジョーを正常位で3回、バックで5回突いて果ててしまった。3+5=ロストバージン。痛みと屈辱しか残らなかった処女喪失だった。
そんな苦い思い出を払拭するかのように、高校生になったジョーは親友のBと共に列車内でのボーイハントに熱中する。思わせぶりな台詞と目くばせで、どちらが多くの男とエッチできるかを競い合う。すくすくとビッチに育っていくジョー。性に対する貞操観はその人の人格形成に大きな影響を与えるようだ。奔放なセックスで彩られた青春時代を過ごしたジョーは、高校卒業後も奔放な性生活を送る。Vol.1のラスト、ジョーに優しかった最愛の父親(クリスチャン・スレイター)が心の病で入院する。病院のベッドに付き添うジョーだが、意識の混濁した父と妄想の世界で禁断の関係を結ぶ。父が息を引き取った瞬間、ジョーの股間はびしょびしょになる。ジョーは肉親との永遠の別れと引き換えに最高のエクスタシーを感じた。タブーこそ、人類にとって最大の媚薬だった。

高校生になったジョー(ステイシー・マーティン)は、親友Bと列車内で何人の男とエッチできるかを競い合う。このゲームで男の扱い方をほぼマスター。
Vol.2で結婚&出産を経験するジョーは、新人ステイシー・マーティンからシャルロット・ゲンズブールへバトンタッチ。ステイシーの鮮烈なスレンダーボディが、唐突にゲンズブールの疲れ果てた熟女ヌードに変わることに戸惑いを覚える。愛のないセックスを繰り返していると、肉体も人格も別人のように変貌してしまうのだろうか。ぜひ「an・an」のセックス特集班に解明してほしい。家庭を持ち、母親になったことで、ジョーの二股三股は当たり前、一時は8人と分刻みで付き合っていた性生活も落ち着くかと思えば、さらにアブノーマルなプレイへと向かう。まだ幼い子どもを放ったらかして、SMサロンを主宰するセックスセラピスト・K(ジェイミー・ベル)のサディスティックさにハマってしまう。ジョーは家庭よりも快楽追求を選んでしまった。歯止めを失った彼女は、生きながら性の無間地獄へと堕ちていく。
家庭を失い、ますます過激なセックスにのめり込んでいくジョー。道端にいた黒人の巨根ブラザーズをホテルに呼び出し、3Pにも挑戦する。ジョーの暴走は、勤務先でも大問題となっていた。誰とでも寝るジョーがいることで、職場が混乱して会社として機能しなくなってしまったのだ。上司からの命令で、ジョーはセックス依存症の治療を受けることに。自分の性欲を制御できるように努力するジョーだったが、セックス依存症患者たちが集まる互助会に参加していく中で、ジョーの我慢袋が爆発する。「私はセックス依存症じゃない。私は色情狂なだけよ!」と啖呵を切るジョー。自分自身にとても正直なジョーは限りなくかっこよく、そして限りなく痛々しい。
映画には多かれ少なかれ監督個人の変態性が作品の中に滲み出るものであり、そういった作品が「作家性がよく表れている」と高く評価される傾向にある。さしずめラース・フォン・トリアー監督は、変態映画の王道をぶっちぎりで暴走する孤独なトップランナーだ。前作『メランコリア』(11)では、鬱状態の主人公を演じたキルスティン・ダンストが全裸でオナニーするシーンが強烈だった。キルスティン・ダンストは地球が滅亡する瞬間に、かつてないエクスタシーを感じていた。シャルロット・ゲンズブールが主演した『アンチクライスト』(09)ではセックスと罪悪感との関係を掘り下げていった。このテーマは『ニンフォマニアック』vol.2でも引き続き取り上げられる。過激な内容から難解なイメージを抱かれがちなトリアー監督作だが、『ニンフォマニアック』はとても分かりやすい娯楽作品に仕上がっている。トリアー監督に言わせれば、自分の体の中に湧き上がる欲望をうまく押し隠せる人間こそが、立派な社会人だということらしい。でも欲望を完全に切り離してみせる聖者よりも、自分の欲望にのたうち回るジョーのほうがとても人間らしいではないか。

ジョーと中年男Hとの不倫現場に、H夫人(ユマ・サーマン)が子どもを連れて乱入。鬼気迫るユマ・サーマンの熱演ぶりに思わず爆笑してしまう。
合計4時間に及ぶジョーの性遍歴を見て思うのは、彼女は本当に色情狂なのかという疑問だ。若い頃にセックスをしまくり、結婚した時点ですでに不感症に陥っていたジョーは、SMや3Pなどアブノーマルなプレイを求めるようになる。性的な充足感よりも、精神的な刺激に飢えているように感じられる。セックスでの刹那的な喜びでは満足できず、Vol.2では裏社会へ足を踏み入れていく。セックスそのものよりも、スリリングな生き方をジョーは求めているように映る。登山家が危険な山頂を目指すように、ジョーもまた快感のピークを目指して登り詰めていく。多くの人はほどほどのセックスで満足し、子育てや社会での出世に情熱の注ぎ先を換えていくのに対し、ジョーは飽くなき探究心で前人未到の領域へと向かう。ジョーは色情狂ではない、彼女は孤高なるセックス冒険家なのだ。なぜ、あなたはセックスするのかと尋ねられたから、ジョーはこう答えるだろう。「そこにチンコがあるから」。
(文=長野辰次)
『ニンフォマニアック』
監督・脚本/ラース・フォン・トリアー 出演/シャルロット・ゲンズブール、ステラン・スカルスガルド、ステイシー・マーティン、シャイア・ラブーフ、クリスチャン・スレイター、ジェイミー・ベル、ユマ・サーマン、ウィレム・デフォー、ミア・ゴス、ソフィ・ケネディ・クラーク、コニー・ニールセン、ジャン=マルク・バール、ウド・ギア 配給/ブロードメディア・スタジオ R-18 『ニンフォマニアックvol.1』は10月11日(土)より、『ニンフォマニアックvol.2』は11月1日(土)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。
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