アンジェリーナ・ジョリー監督作がついに公開! 実録戦争サバイバル『不屈の男 アンブロークン』

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アンジェリーナ・ジョリーが実録小説『Unbroken』を監督した『不屈の男 アンブロークン』。戦時下の収容所での生活が再現されている。
 アンジェリーナ・ジョリーが撮った反日映画、原作には日本兵による人肉食についての記述がある、などと映画の完成前からネットや週刊誌上で過剰に騒がれた『不屈の男 アンブロークン』。ハリウッドの人気女優アンジェリーナの監督第2作として、米国では2014年12月に公開されたヒット作だが、映画を観ていない人たちによって“反日映画”の烙印が押され、日本での公開は見送られていた。米国ではユニバーサル映画として配給されたが、日本ではインディペンデント系の硬派な作品を扱うビターズ・エンドが配給することで米国での封切りから1年2か月遅れで日本でも上映されることになった。  最初に明言しておくと、本編中には日本兵による人肉食シーンはないし、反日映画として日本人の鬼畜ぶりを執拗に強調したシーンもない。ボスニア紛争を題材にしたアンジェリーナの監督第1作『最愛の大地』(11)でムスリム女性たちがセルビア兵に延々とレイプされるのに比べると、男しかいない収容所での暴力シーンはかなりあっさりしている。体育会系の部活経験者なら、「このくらいの折檻は戦時中はあっただろう」と想像できる程度の描写にとどめてある。それでも「反日映画だ、公開するな」というのなら、あらゆる戦争映画は日本で上映することができなくなってしまう。『アンブロークン』は反日映画ではないし、戦争映画というよりはイジメられっ子だった主人公の若者が陸上競技に生き甲斐を見出し、数々の苦境を乗り越える青春サバイバルストーリーとしてアンジェリーナ監督は撮り上げている。  本作の主人公ルイ・ザンペリーニ(ジャック・オコンネル)は、イタリア系移民の子として米国カリフォルニア州で生まれ育った実在の人物だ。小さい頃はイジメに遭うなど、戦争が始まる前からルイのサバイバル人生は始まっている。不良になることでイジメから逃れたルイだが、万引きの常習犯で警察の世話になりっぱなし。このままではまともな将来は待っていないと、陸上選手である兄ピートはルイも陸上のトレーニングに加わるように勧める。イジメられっ子で万引きの度に警察から逃げていたルイは忍耐力があり、逃げ足も速かった。競技場のトラックという自分の居場所をようやく見つけたルイは、めきめきと才能を伸ばし始める。1936年のベルリン五輪には高校生ながら米国代表として5000m走に出場し、メダルにこそ手が届かなかったもののラスト1周で驚異的なラップタイムを残す。1940年に開催されるはずだった東京五輪の有望選手として脚光を浴びる。
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前半は太平洋上での漂流生活が描かれる。ルイ役のジャック・オコンネルに加え、ドーナル・グリーソンらハリウッド期待の若手男優たちが共演。
 だが、アスリートとしていちばんの充実期にある20代前半で第二次世界大戦が勃発。米国と日本も太平洋戦争へと突入する。ルイは爆撃機B-24に爆撃手として搭乗。高性能を誇る日本の零戦と激しい空中戦が繰り広げられる。敵は日本軍だけではなかった。整備不十分な爆撃機に乗ったルイは太平洋上に放り出され、同胞のフィル(ドーナル・グリーソン)ら3人で救命ボートにしがみついたまま47日間にわたる漂流生活を余儀なくされる。仲間のひとりは餓死してしまい、ルイも疲労と空腹の限界に達したところ、日本兵によって救出される。ルイにとって日本という国は、敵国であるのと同時に命の恩人でもあった。  日本に送られたルイは大森捕虜収容所で暮らし始めるが、ここで本作のもうひとりの主人公というべき収容所の所長である渡邊睦裕伍長(MIYAVI)が登場する。大学出のインテリである渡邊は五輪出場経験のあるルイに目を付け、徹底的にいたぶることに喜びを感じる。ルイはそれでも決して渡邊に媚びることはせず、さらに渡邊のサディズムに火を注ぐことになる。ルイと渡邊の関係は、先日亡くなったデヴィッド・ボウイの主演作『戦場のメリークリスマス』(83)での坂本龍一との男同士のプラトニックな恋愛感情を彷彿させる。坂本龍一はボウイにハグ&キスされて昇天するが、本作での渡邊のルイへの熱い想いは一方通行のまま空振りで終わる。だが、ルイと渡邊の因縁はさらに新潟の直江津収容所へと舞台を移し、第2、第3ラウンドへと続くことになる。  オーストラリアに建てられた収容所のオープンセットはかなりリアリティーあるものとなっている。だが、収容所での生活はルイの主観的な視点で描かれており、渡邊以外の日本兵や他の捕虜たちとの交流が細かく描かれることはない。収容所での生活はどのようなものだったのか、虐待はあったのか。気になって直江津収容所の内情について記したノンフィクション『貝になった男 直江津捕虜収容所事件』(上坂冬子著)をめくってみた。この本の最初のページに収容所内で行なわれたクリスマスイブの余興時の写真が掲載されており、目が釘付けになる。アコーディオンやギターを手にした白人捕虜たちと日本兵たちが一緒ににこやかな表情で記念写真に収まっている。卑屈なムードを感じさせない、実に和やかな雰囲気の1枚だ。
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収容所の所長・渡邊役に抜擢されたのは、国際派ミュージシャンのMIYAVI。渡邊は反抗的な態度をみせるルイを徹底的にいたぶる。
 本著には収容所に軍属として勤めた木村藤雄氏の証言も紹介されている。木村氏は知り合いが見ている前では捕虜をぶん殴ってみせたそうだが、誰もいないところでは自宅からこっそり持ってきた芋などの食べ物を渡していたという。終戦の年になると、捕虜たちは英語の話せない木村氏にゼスチャアでしきりに感謝の意を示したそうだ。しかし、木村氏のように日本人全員が捕虜と意志の疎通ができたわけではなかった。食料不足を補うためにゴボウを食べさせたところ「木の根っこを食べさせられた」、脚気に苦しむ捕虜にお灸治療をしたところ「身体に火を押し付けられた」と虐待として訴えられ、直江津収容所の看守たちの多くは戦争裁判の末に絞首刑となっている。  コーエン兄弟が脚本に参加している本作は終戦を迎え、捕虜たちが解放されるところで終わりとなるが、最後に写真とテロップでルイが戦後をどのように過ごしたかが駆け足で紹介される。米国に戻って結婚するルイだが、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患う。キリスト教に帰依することで“赦し”を覚え、ようやくルイの中の戦争は終わりを告げる。幻に終わった1940年の東京五輪に出場することは叶わなかったルイだが、1998年の長野五輪に聖火ランナーとして再来日を果たすことになる。ルイにとって日本は、おぞましい記憶を植え付けられた国であり、同時にアスリートとして憧れの地でもあったのだ。戦後は逃亡生活を送ることで戦争裁判を逃れた渡邊との再会もルイは望んでいた。自分をさんざん苦しめた渡邊に赦しを与えるつもりだった。だが、渡邊はルイの申し出を断り、その姿を見せることは二度となかった。  戦時中、渡邊は暴力という形でルイの心の中にまで踏み入ろうとしたが、それは一方的な片想いで終わった。戦後、ルイはキリスト教の教えに従って渡邊へラブコールを送ったが、その想いは届かなかった。『アンブロークン』は哀しいすれ違いの物語である。破壊されるべきは、人間が抱く偏見や不寛容さだろう。 (文=長野辰次)
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『不屈の男 アンブロークン』 原作/ローラ・ヒレンブランンド 監督/アンジェリーナ・ジョリー 脚本/ジョエル・コーエン&イーサン・コーエン、リチャード・ラグラヴェネーズ、ウィリアム・ニコルソン 出演/ジャック・オコンネル、ドーナル・グリーソン、MIYAVI、ギャレット・ヘドランド、フィン・ウィットロック  配給/ビターズ・エンド PG12 2月6日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー (c)2014 UNIVERSAL STUDIOS http://unbroken-movie.com
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寅さんの系譜を現代に継ぐ、流れ者キャラの誕生──ロケ現場で様々な伝説を残す男『俳優 亀岡拓次』

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安田顕主演作『俳優 亀岡拓次』。37歳、独身、貯金なしという脇役専門俳優のカメタクが、撮影で様々な街を訪れるロードムービーとなっている。
 男は誰しも『男はつらいよ』の寅さんみたいな生き方に憧れる。渡り鳥のように町から町へ、村から村へと旅を続け、各地の祭りの風景の中に溶け込み、そしてマドンナとの出会いに胸をときめかす。一年中がハレの日続きで楽しくて仕方がない。たまに実家に帰ると「そんなヤクザな生活は辞めて、いい加減に地に足の着いた仕事に就きなさい」と小言を浴びるが、全国各地に寅さんが来るのを待っている人もいるので、そう簡単に辞めるわけにはいかないのだ。『俳優 亀岡拓次』の主人公もまた、寅さんと同じ系統の人種である。ロケ地からロケ地へと全国津々浦々を渡り歩き、監督が求めるままにカメラの前でホームレス、泥棒、ヤクザ、死体役をほいほいっと演じる。出演シーンはわずかでも、撮影現場の熱気が心地よい。出会っては別れ、また出会うというスタッフや共演者たちとの程よい距離感も好ましい。そして撮影終了後は地元の飲み屋街へと足を運び、気持ちよく酔っぱらう。たまに独身であることを侘しく思うが、今の生活を変える気にはなれない。暴力団排除条例が施行され、寅さんみたいなテキヤ稼業がままならなくなった現代社会において、俳優・亀岡拓次ことカメタクは寅さんの系譜を受け継ぐキャラクターだといえるだろう。  大スター・キムタクと違って、カメタクは脇役専門の俳優だ。基本的にどんな仕事も断らず、予算の少ないインディーズ系の映画でも2時間ドラマのちょい役でも、ひょいひょいと引き受ける。カメタクには欲がない。フツー、俳優はもっといい役を演じたい、少しでもカメラに長く映って自分を印象づけたいという意識が働き、演技が過剰になりがちだが、カメタクにはそれがない。流れ弾に当たって絶命する役を頼まれると、それはもう見事なほどにあっけなく死んでみせる。カメタクはいわば“依りしろ”みたいな存在であって、自分というエゴをまるで感じさせない。それゆえに監督たちからは重宝され、脇役専門でもけっこー仕事が入ってくる。監督に「今回も見事な死にっぷりでした」と喜ばれ、まんざらでもない。映画やドラマに主演することがなくても、映画賞には無縁でも、好きな仕事で食べていけるカメタクは充分に幸せだった。  カメタクは卓越した演技力を誇っているわけではないが、ただ自分というものがないので、どんな撮影現場でもすぐ馴染んでしまう。スター俳優と違って面倒くさいことは言わないから、助監督や制作担当からも親しまれている。では演技ひと筋のストイックな生活を送っているかとゆーと、そうでもなく、酒に加えて女も大好き。自分の本能に忠実な男である。ロケ先の山形で同じく脇役専門俳優の宇野泰平(宇野祥平)と一緒になり、女の子のいる店に繰り出して、撮影前夜にもかかわらず調子にのってしこたま飲んでしまう。完全に二日酔い状態のまま、大巨匠監督(山崎努)の時代劇の現場に入ってしまう。スタッフもキャストもピリピリする大巨匠監督の前で、コソ泥役のカメタクは酒の匂いをプンプンさせながら、忍び込んだ寺の僧侶(戊井昭人)との殺陣シーンを演じる。何とか我慢して芝居をしていたカメタクだが、僧侶役の役者は気合いが入りすぎ、カメタクのみぞおちに誤って槍を突き立ててしまう。カメラが回る本番中、カメタクは思いっきり嘔吐する。大巨匠監督の勝負作の本番中にゲロを吐いたカメタクはもはや伝説の俳優だった。だらしない生活を送ることで、そのだらしなさが魅力となっている希有な役者だった。
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カメタクは難しいことは考えない。頭の中は空っぽだが、それゆえに若手監督の横田(染谷将太)ら一部の人間にはミステリアスな存在に映るらしい。
 愛すべき脇役専門俳優・カメタクを演じるのは、安田顕。2015年の大ヒットドラマ『下町ロケット』(TBS系)、北野武監督の『龍三と七人の子分たち』(15)、深夜ドラマ『アオイホノオ』(テレビ東京系)ほか、カメタクと同様に主演ではなく味のあるバイプレイヤーとして引っ張りだこだ。もともと大泉洋らが所属する演劇ユニットTEAM NACSの一員として人気のあった安田だが、『HK変態仮面』(13)で鈴木亮平扮する変態仮面が爽やかないかがわしさを披露していたのに対し、安田はニセ変態仮面として100%純粋ないかがわしさを放ち、名バイプレイヤーとして立場を揺るぎないものにした。鈴木亮平のはち切れんばかりのもっこり股間以上に、安田のどこか哀愁を帯びたもっこり加減が目に焼き付いた。園子温監督の『みんな!エスパーだよ!』(テレビ東京系)では、園監督の嫁である神楽坂恵の巨乳をずっとモミモミしていた。平気な顔して監督が見ている前で監督の嫁のおっぱいをモメる男、それが安田顕だ。映画の中のカメタクと現実の安田顕が入れ替わっても、誰も気が付かないかもしれない。そのくらい、2人はクリソツである。  寅さんもカメタクもどちらも浮き草のような流れ者人生を送っているが、『男はつらいよ』と『俳優 亀岡拓次』には大きな違いがある。それは『俳優 亀岡拓次』は濃厚なフェロモンが立ち込める官能映画でもあるという点だ。物語の前半、カメタクはヤクザ映画に出演するために信州へと向かい、撮影を済ませた夜、地元で見つけた小さな居酒屋の暖簾をひとりでくぐる。ホロ酔い状態のカメタクがカウンターでウトウトしていると、いつの間にか店の主人は姿を消し、主人の娘と思われる若女将の安曇(麻生久美子)が厨房に入っていた。店の中は2人っきりだ。この若女将役の麻生久美子が、匂い立つほどの色気を醸し出している。薄手の白いセーターを着ているが、ある意味ヌードよりもエロく感じられる。エロスが白いセーターを着て立っているようだ。しかも、白いセーターを着たエロスは笑顔を浮かべてお酌し、さらにカメタクのために包丁をふるう。とても鮮やかな手つきで、タコブツを皿に盛る。ここで描かれるのはグラビアアイドルが際どいビキニ姿で挑発してくる非日常的なエロさではなく、生活感を伴った生々しいエロスだ。独身生活の長いカメタクは、すっかり安曇さんの虜になってしまう。  津軽弁ムービー『ウルトラミラクルラブストーリー』(08)以来、実に7年ぶりの長編となる横浜聡子監督だが、溢れる才能が先走りしすぎた感のあったオリジナル作『ウルトラ──』に比べ、原作付きの『俳優 亀岡拓次』はいい感じで肩の力が抜けている。それでいて横浜監督ならではの味付けがされており、独身男の気ままな生活をのほほんと描いた原作世界をスリリングなものに脚色している。男と女のひと筋縄では済まない関係がところどころに顔を出している。カメタクのだらしなさは男の色気でもあるが、横浜監督が描く女性たちはそんなカメタクに微笑みながらも、後ろ手に刃物を隠している。麻生久美子の包丁さばきも鮮やかだったが、もうひとり刃物を手にした“女”が現われる。
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ロケで訪ねた信州の居酒屋でくつろぐカメタク。仕事を終えて、美人女将の安曇(麻生久美子)と杯を重ねる。カメタクが幸せを感じる瞬間だ。
 ぬる~い役者人生を送るカメタクの前に、舞台俳優として有名な大女優・松村夏子(三田佳子)が立ち塞がる。珍しく舞台に出演することになったカメタクは初めて夏子と共演するが、映画と違って舞台は生理的にどうも違って、うまく馴染めない。好きな役者稼業で食べているカメタクにとっての大試練である。舞台上で刃物を持って仁王立ちする夏子に対し、カメタクは格闘家のようにするするっと背後に回り込み、無我夢中で夏子の胸をもみしだく。『Wの悲劇』(84)や『極道の妻たち 三代目姐』(89)で猛禽類系の女性フェロモンを放っていた大女優のおっぱいを揉むという、選ばれし者の恍惚と不安をこのときのカメタク=安田顕は味わう。『俳優 亀岡拓次』の女たちは生活用品であり凶器にもなる包丁を持ち、男たちは旅に生きるというロマンスの花束を手に生きている。男と女はそれぞれの手に花束と包丁を持ってダンスを踊る。男と女がお付き合いすることの奇妙なアンバランスさとそれゆえの面白さを横浜監督はやんわりと描いてみせる。 『男はつらいよ』の寅さんは同じ流れ者のリリーさん(浅丘ルリ子)と周囲も認める仲だったが、でもやっぱりお互いに自由に生きる道を選ぶことになる。カメタクは寅さんほどの確固たる人生哲学は持ち合わせていないが、実のない生活を送っていることで、逆に映画やドラマという虚構の世界で生き生きとした存在になれることを自覚している。そんな自分が所帯を持っても大丈夫だろうかと、ふとカメタクは悩む。でも、ロケ先でどうしようもなく思い浮かべてしまうのは安曇さんのことだ。地方ロケが終わったカメタクは、安曇さんのいる信州の小さな居酒屋へと向かう。バイクに乗って突っ走る。走る、走る。名前は亀だが、カメタクはオムツを穿いて、ノンストップで安曇さんのもとへと走る。ありあまるほどのロマンスはいらない。たった、ひとかけらのロマンスがあればいい。目の前に咲く小さなロマンスを求めて、カメタクはひたすら走り続ける。不器用だけど、目の前のことに夢中になれる。カメタクはそんな幸せな男だ。 (文=長野辰次)
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『俳優 亀岡拓次』 原作/戊井昭人 監督・脚本/横浜聡子 出演/安田顕、麻生久美子、宇野祥平、新井浩文、染谷将太、浅香航大、杉田かおる、工藤夕貴、三田佳子、山崎努 配給/日活 1月23日(土)より北海道先行公開、1月30日(土)よりテアトル新宿ほか全国公開 (c)2016「俳優 亀岡拓次」 http://kametaku.com
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2つの冤罪事件の命運を分けたのは何だったのか? 司法が犯した重大犯罪を暴く『ふたりの死刑囚』

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ドキュメンタリー『ふたりの死刑囚』より。八王子医療刑務所に収容された奥西死刑囚は檻の中のベッドで最期の日々を過ごした。
 半世紀近くにわたって冤罪と闘い続けた2人の死刑囚がいる。ひとりは再審の扉が開かれて拘置所を出ることを果たしたが、もうひとりは再審を却下され無念の獄中死を遂げた。日本の裁判システムの中でなぜ冤罪は起きたのか。そして、2人の死刑囚の運命を分けたものは何だったのか。独自路線を突き進む東海テレビのドキュメンタリー『ふたりの死刑囚』は昭和36年(1961)に起きた「名張毒ぶどう酒事件」、昭和41年(1966)に起きた「袴田事件」という2つの冤罪事件を追い、司法界が抱える問題点をくっきりと明るみにしている。  三重県名張市の小さな集落で、ぶどう酒を飲んだ5人の女性が薬物死した「名張毒ぶどう酒事件」の奥西勝死刑囚は冤罪の可能性が極めて高い。物的証拠が不充分な上に、容疑を掛けられた奥西の自白後に村人たちの証言が二転三転している。奥西は「自白は強要された」と主張し、一審は無罪に。だが高裁で逆転判決となり、最高裁で死刑が確定した。35歳で逮捕されて以降、奥西は獄中からずっと無罪を訴えてきた。地元の東海テレビは「奥西さんは冤罪」という立場から、これまでに『重い扉 名張毒ぶどう酒事件の45年』(2006)、『黒と白 自白・名張毒ぶどう酒事件の闇』(2008)、『毒とひまわり 名張毒ぶどう酒事件の半世紀』(2010)とこの事件を題材にしたドキュメンタリー番組を次々と製作してきた。  ローカル局が社を挙げてキャンペーンを張っても、司法は揺らぐことはなかった。弁護団も粘り強く再審請求してきたが、自白の信憑性を支持する裁判所にことごとく却下されている。東海テレビは仲代達矢が獄中の奥西を演じたノンフィクションドラマ『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(2013)を放映&劇場公開し、検察側の矛盾点や村人たちの証言のおかしさを訴え、高齢になった奥西を救い出そうと尽力した。だが、2015年10月4日、八王子医療刑務所にて奥西は49年間を獄中で過ごすという悲劇的な生涯を閉じる。享年89歳だった。無辜なる男は自宅に2人の幼い子どもを残したまま、殺人犯の汚名を着せられ、死刑執行の恐怖に毎日さらされた挙げ句に、司法の闇の中で抹殺されてしまった。  もうひとりの死刑囚・袴田巌は、勤務先の味噌会社の専務家族4人が殺害された強盗殺人・放火事件の容疑者として逮捕され、240時間に及ぶ取り調べによって自白を強要された。決め手となる証拠はなかったが、事件発生から1年2カ月後に既に捜査済みだった味噌工場の味噌樽から血痕の付いた衣類が突如発見され、血液型が袴田と同じだったことから死刑判決が下った。ところが、再審を請求した弁護団が衣類に付いた血痕のDNA鑑定を進めると、途端に検察は態度を変え、それまで隠していた証拠類をすべて裁判所に提出。平成26年(2014)、袴田は死刑の執行を停止され、47年7カ月ぶりに釈放された。
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48年間に及ぶ拘留生活から解放された袴田死刑囚と再審を請求し続けてきた姉の秀子さん。今も選挙権は与えられず、年金も受給できない。
 本作で監督デビューを果たしたのは、東海テレビ報道部で警察・司法担当の記者を務めてきた鎌田麗香ディレクター。『重い扉』から『約束』まで手掛けた齋藤潤一ディレクターはプロデューサーとなり、重いバトンを鎌田ディレクターが受け継いだ形だ。2つの冤罪事件を追うという非常にシリアスな内容ながら、獄中の袴田を支え続け、釈放後は一緒に暮らして世話を焼く3つ年上の姉・秀子さん、奈良から奥西のいる八王子医療刑務所まで片道5時間かけてわずか5分間の面会のために通う85歳になる妹・美代子さんにカメラは寄り添い、『ふたりの死刑囚』を究極の家族愛のドラマとしている。また、釈放されて間もない袴田に最初は及び腰だった鎌田ディレクターだったが、取材を重ねることでタフなドキュメンタリー監督へと成長していく過程も盛り込んだセルフドキュメンタリー的要素も含んでいる。  冤罪事件を生み出す大きな要因である“自白の強要”に加え、“最良証拠主義”があることを本作は訴えている。名古屋から上京した鎌田ディレクターに“最良証拠主義”について説明してもらった。 鎌田「最良証拠主義というのは、裁判を速やかに進めようという検察側の概念であって、法律で決められているルールではないんです。裁判は非常に時間がかかるため、被告の有罪を立証できる必要最小限の証拠だけを提出すればいいという考え方で、現在の裁判はその考え方に従って進んでいます。でも、この最良証拠主義では、検察がどのような証拠を持っているのかを弁護側は知ることができません。『袴田事件』では検察は袴田さんの無罪に繋がるような証拠を隠していました。カラー写真に映っていた衣類は、1年以上も味噌樽に浸かっていたとは思えないものでした。弁護側は衣類を記録したカラー写真のネガの開示も請求したのですが、検察は『ネガはない』と主張していたんです。でも、裁判所が再審を決定するとネガが出てきた。裁判官が『他にも有力な証拠があるなら出すように』と言わない限り、検察は被告に有利になる証拠は出そうとしないんです」 「名張毒ぶどう酒事件」でも検察は事件現場から見つかった証拠の王冠は9つだけと裁判所に報告しているが、東海テレビの事件当時の資料映像を確かめてみると捜査官は現場で少なくとも18個の王冠を回収していたことがはっきりと分かる。検察は人命に関わる死刑裁判においても平然と嘘をつくことを本作は明らかにしている。 鎌田「検察は証拠をすべて開示するように裁判所が命じれば、多くの冤罪事件は解決に向かって動くはずです。でも最良証拠主義は裁判における大前提となっているので、簡単には変わらないでしょう。裁判員制度を再審にも採用すれば、外部の意見がもたらされることで、裁判や検察の在り方もひょっとすれば変わるかもしれません。また、東海テレビが30年かけて『名張毒ぶどう酒事件』の報道を続けていることで、世間の印象も少しずつ変わりつつあるのではないでしょうか。奥西さんの生前には叶いませんでしたが、今後もこの事件の冤罪性を東海テレビは追っていくつもりです」
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釈放後も精神障害がみられた袴田死刑囚だが、徐々に社会生活に馴染んでいく。鎌田ディレクターと将棋を指す仲になっていった。
 再審の扉が開いた袴田と獄中死を遂げた奥西。2人の命運を分けたものは一体何だったのだろうか。 鎌田「長年にわたって死刑の恐怖と闘った一方、袴田さんは姉、奥西さんは母親と妹という肉親が無罪を信じて、ずっと支え続けてきたことでも2人の境遇は共通するものがあります。袴田さんの場合は検察が証拠として出してきた血痕付きの衣類を最新科学でDNA鑑定することが大きな決め手となり、また裁判所内の上下関係に左右されない英明な裁判官がタイミングよく再審を手掛けたことも大きかったと思います。奥西さんの場合はそもそも有力な証拠がないことから一審は無罪だったわけで、それなのに新たな証拠を見つけないと再審は始まらないという厳しい状況です。冤罪を問われる可能性は誰にでもあり、決して他人事ではない問題なんです」  無実の罪ながら自白を強要された挙げ句に国家から死刑を宣告され、いつ処刑されるか分からないまま独房に押し込められた―これ以上の不条理な恐怖と悲劇はないだろう。鎌田ディレクターは奥西死刑囚が49年ぶりに刑務所から出る様子を追う。冷たいムクロとなった奥西は、妹の美代子さんに見守られながら、最愛の母・タツノさんが眠る墓へと向かう。ようやく、家族が一緒になった瞬間だ。この世でもっとも恐ろしい生涯を送った奥西だが、この世でもっとも深く家族から愛された男であることを我々は知ることになる。 (文=長野辰次)
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『ふたりの死刑囚』 ナレーション/仲代達矢 プロデューサー/齋藤潤一 監督/鎌田麗香 音楽/本多俊之 監修/門脇康郎 制作・著作・配給/東海テレビ 配給協力/東風 1月16日(土)よりポレポレ東中野ほか全国公開 (c)東海テレビ放送 http://www.futarinoshikeisyu.jp
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世間の常識よ、直下型ブレーンバスターをくらえ!! 障害者プロレス四半世紀の激闘を刻む『DOGLEGS』

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1991年に旗揚げした障害者プロレス「ドッグレッグス」を長年支えてきた看板レスラーのサンボ慎太郎。愛と勝利をもぎ取ることができるか?(c)Alfie Goodrich
 心の中の万里の長城がドミノ倒しのように音を立てて崩れ落ちていく。天願大介監督のドキュメンタリー映画『無敵のハンディキャップ』(93)にはそのくらいの衝撃を受けた。身障者たちがリングに上がり、障害を抱えた肉体を武器に激突する姿は、観る者の固定観念を粉々にしてしまうパワーがあった。身障者同士の闘いだけで充分刺激的なのに、さらに強烈なのが障害者プロレスのエース・サンボ慎太郎と健常者であるアンチテーゼ北島とのガチンコバトルだった。障害者プロレス「ドッグレッグス」を立ち上げた北島と慎太郎は無二の親友だが、リング上で北島は容赦なく慎太郎をボコボコにした。全身キズだらけになりながらも慎太郎は北島に食らいついた。勝ち負けを超えた感動がそのリングにはあった。だが、『無敵のハンディキャップ』の上映が終わっても彼らの闘いはまだ終わっていなかったのだ。ニュージーランド出身の映像作家、ヒース・カズンズ監督のデビュー作となる『DOGLEGS』は慎太郎たちのその後の激闘の歴史を追い、また障害者レスラーと障害者プロレスに新しい時代が訪れていることを告げている。  天願監督の『無敵のハンディキャップ』が障害者プロレスの黎明期を追った向こう見ずな青春ドラマだったとすれば、ヒース監督の『DOGLEGS』は障害者プロレス「ドッグレッグス」の20年以上に及ぶ歩み、そして障害者レスラーとその家族たちの生活にもカメラを向けた、よりディープな人生ドラマとなっている。1991年の「ドッグレッグス」創設期から活躍してきたサンボ慎太郎だが、20年の歳月が流れ、オッサン化した感は否めない。かつてシェイプアップされていた肉体もかなり緩んできた。軽度の脳性麻痺を抱える慎太郎は両親と一緒に自宅で暮らし、普段は清掃会社に勤めている。40歳を過ぎた今では職場では年長者として責任を求められるようになった。「ドッグレッグス」の旗揚げ20周年を機に、慎太郎は引退を決意する。障害者プロレスが嫌いになったわけではないが、彼には別の夢があった。心に想う女性に思い切ってプロポーズし、幸せな家庭を築きたい。ごくフツーの結婚をし、ごくフツーの家庭を持つ。障害者にとって、それは大きな夢だった。  慎太郎が引退を考えるようになった理由は他にもある。悩みを打ち明けられる親友であり、リング上でライバルとして立ちはだかるアンチテーゼ北島の存在だ。もともと福祉介護業界のぬるま湯的な閉塞感をブチ破るために始めた障害者プロレスだったが、すでに北島は二児のパパとなり、慎太郎だけにそうそうかまってもいられない。北島に今でも精神的に依存している状況から自立することも含めての引退宣言だった。慎太郎はラストマッチの対戦相手に北島を指名する。だが、“ボランティア界のヒトラー”北島はすんなりとは受け入れない。「試合に勝ったほうが引退」という勝ち抜け試合にすることを観客の前で逆提案する。これまで一度も北島に勝ったことのない慎太郎は障害者プロレスから卒業できるのか。そして心に想う女性にちゃんと求婚できるのか。慎太郎はリングと私生活でかつてない大試練を迎え撃つことになる。  障害者プロレスの四半世紀近い歴史を濃縮した超ハードな格闘技ドキュメンタリーとしての要素と慎太郎の恋の行方を追った『テラスハウス』的な甘い要素をたくみにブレンドしてみせたのは、18年間の日本滞在経験のあるヒース監督。流暢な日本語で、ヒース監督は障害者プロレスとの遭遇を語った。
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「ドッグレッグス」の代表でもあるアンチテーゼ北島。ボコボコにしても立ち上がってくるサンボ慎太郎との関係を「SとMみたいなもの」と語る。(c)Paul Leeming
ヒース「障害者プロレスに出会うまで、僕は海外のメディア向けに日本のユニークな文化を紹介し、日本での取材をコーディネイトする仕事もしていました。ヤギの金玉刺しを食べる沖縄の食文化ですとか、秋葉原のオタク文化といった海外の人が喜びそうなものですね。それはそれで面白いのですが、どうしても表面的な取り上げ方で終わっていたんです。もっとしっかり取材できる題材を探していました。そんなときに『ドッグレッグス』のことを友人のジャーナリストから聞いたんです。試合会場は障害者やその家族、健康そうな若者たちが一緒になってすごくアットホームな雰囲気でした。でも試合が始まると一変しました。障害者同士が闘うことに驚き、また一方の障害者が徹底的にヤラれているのを観てショックを受けました。他の試合では実況アナウンサーが毒舌を交えて場内実況しているのを、一緒になって笑っていいのか躊躇しました。でも障害者レスラーたちは自分の意志でリングに上がり、闘っているわけです。消化できない感情が自分の中でジェットコースターのように渦巻きました。自分は障害者に偏見は持っていないつもりでしたが、“障害者は守られるべき存在”という別の意味での偏見に囚われている自分がいることに気づいたんです。これは2~3年かかってもいいからじっくり取材したいと思い、気がついたら映画の完成まで5年間もかかってしまいました(笑)」  サンボ慎太郎とアンチテーゼ北島の黄金カード以外にも、障害者プロレスには驚異的な異能レスラーがいることをヒース監督のカメラは伝える。重度の障害だけでなく、女装癖とアルコール依存症も抱える愛人(ラマン)はミラクルヘビー級の人気レスラーだ。だが障害が進行し、症状をごまかすためにアルコールへの依存度が増し、リングに上がることさえままならなくなっている。障害者は健常者よりも身体機能の老化が早い、という厳しい現実が突き付けられる。闘っているのはラマンだけではない。健常者であるラマンの妻はミセス愛人(ミセスラマン)、2人の間に生まれた息子はプチ愛人(プチラマン)として障害者プロレスのリングに上がっている。障害者と一緒に暮らす家族もまたファイターでなくては務まらないのだ。ミセスラマンが一発一発がズシンと重たい蹴りを繰り出せば、息子のプチラマンもリング上で堂々たる闘いぶりを見せる。家族間のやり場のない感情がリング上で爆発する。  もうひとり、ヒース監督が強く心を惹かれたのは若手レスラーの中嶋有木だ。彼は見た目こそ普通の若者だが、癌を患い、鬱病とも闘っている。普段はラマンの介護をし、ラマン家族と交流しているが、ひとりぼっちになるとどうしようもなく生きづらさが込み上げてくる。目に見える身体的障害だけでなく、心の障害を持つ者にとっても「ドッグレッグス」のリングは欠かせない聖域なのだ。障害者プロレスの存在意義は、旗揚げ当初よりもずっと大きなものとなっている。
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女装癖があることをカミングアウトし、女性用水着を愛用している愛人(ラマン)。自分の力で立つことができないミラクルヘビー級の人気レスラーだ。(c)Alfie Goodrich
ヒース「小人プロレスや障害を持ったレスラーは海外にも存在します。でも『ドッグレッグス』のように過激で多様性に富んだ団体は他には聞いたことがありません。日本の文化はよくガラパゴス文化と形容されますが、そんなガラパゴス文化の中でも『ドッグレッグス』という団体はこの25年間で世界でも類を見ないような特別な存在に進化を遂げたように感じます。過去の映像資料もすべて見せてもらい、中にはラマンとプチラマンとの試合もありました。当時のプチラマンはまだ6歳で、リング上で動けずに横たわっている父親を一方的に蹴り続け、ラマンはそれにずっと耐えているんです。『ドッグレッグス』のリングはお互いの身と心がひとつになれるコミュニケーションの場でもあるのですが、この試合はあまりに過激すぎたので今回の映画で紹介するのは見送りました。単に刺激的なドキュメンタリーではなく、観た人にいろんなことを感じてもらえる作品にしたかったんです。海外では『障害者を見世物にしている』と受け止める人もいましたが、多くの人たちは自らリングに上がるレスラーに魅了されていました」  いよいよ「ドッグレッグス」の旗揚げ20周年記念大会が始まる。様々な障害を抱えたレスラーたちの溜め込んだ感情がリング上で吐き出される。そしてメーンイベントは、サンボ慎太郎とアンチテーゼ北島との20年戦争の最終決着戦だ。一体どちらが「ドッグレッグス」から引退するのか? 映画を観ながら、このリングは現実社会を凝縮した箱庭ワールドであることに気づかされる。現実社会と同様にリングでも容易に勝利を手にすることはできない。何度ボコボコにされても、それでも立ち上がっていく気概がなくてはリングでも現実社会でも生き残ることはできないのだ。また、強さだけを追求してもダメだ。対戦相手に敬意を払い、信頼関係が築かれていないと試合として成立しない。だから、全力で勝ちにくる慎太郎を北島は全力で潰しに掛かる。勝ったほうが障害者プロレスから引退することになる。でも、引退=障害者レスラーからの卒業ではない。リングという箱庭を出ていけば、さらに苛酷で多くの偏見に満ちた現実社会という広いリングが待っている。障害者レスラーたちの闘いはまだまだ終わらない。 (文=長野辰次)
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(c)Ivan Kovac
『DOGLEGS』 監督・撮影・編集/ヒース・カズンズ 出演/サンボ慎太郎、アンチテーゼ北島、愛人(ラマン)、ミセス愛人(ミセスラマン)、中嶋有木  日本配給/トリウッド、ポレポレ東中野 1月9日(土)より下北沢トリウッド&ポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー http://doglegsmovie.com/ja
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ヤクザのいない清潔な街は本当に居心地いいのか? 東海テレビのドキュメンタリー『ヤクザと憲法』

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指定暴力団「二代目清勇会」の川口和秀会長が取材OKし、東海テレビの取材班は約半年にわたってヤクザの日常生活を密着取材することに成功した。
 ヤクザには人権は認められないのか。日本国憲法にはすべての日本国民は基本的人権と平等が守られることが明示されているが、ヤクザには適用されないのか。2004年から2011年にかけて暴力団排除条例(暴排条例)が全国で施行され、ヤクザたちの生活は追い詰められている。暴排条例は社会から暴力団を締め出すことを目的としたもので、一般市民が暴力団と関わることも規制している。だが、そのために暴力団の構成員は銀行口座をつくれず、小学校に通う子どもの給食費を振り込むこともできない。子どもが通う幼稚園の行事に参加できないだけでなく、子どもまで幼稚園からの退園を余儀なくされた。そんな笑えない事態が生じている。ヤクザを排除してクリーンになった街は、本当に住み心地がよいのか。『男はつらいよ』でテキヤ稼業をしていた寅さんが転職を迫られる世の中は歓迎すべきものなのか。東海テレビ製作のドキュメンタリー『ヤクザと憲法』は、ヤクザたちの日常生活を通して日本国憲法の在り方を見直そうという野心的な作品となっている。  ヤクザを社会の害虫と決めつける前に、まずはヤクザの生態について理解してみよう。『ヤクザと憲法』を企画した東海テレビの土方宏史(ひじかた・こうじ、土は正しくは土に、)ディレクターはカメラマンを伴って、大阪の指定暴力団「二代目東組二代目清勇会」の事務所を訪問する。何とも怖いもの知らずの土方ディレクターは、ドロップアウトした元高校球児たちの受け皿としてNPO法人のクラブチームを立ち上げた理事長が借金地獄に陥る姿を追ったおかしなドキュメンタリー『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(14)で監督デビューした、相当にユニークな人物だ。最初に「二代目清勇会」と取り決めが交わされる。1)取材謝礼金は支払わない。2)収録テープは事前に見せない。3)モザイクは原則かけない。組のトップが取材OKしたことで、暴力団事務所の隅々にまでカメラが入る。二階の事務所スペースには監視カメラのモニターが並び、若手組員たちが外部を見張っている。三階は“部屋住み”と呼ばれる若い衆たちの居住空間を兼ねており、広間の壁には「任・侠・道」という大きな筆文字が飾られている。きれいに整頓された部屋の本棚にはヤクザ関連のノンフィクション本などと一緒に、『犬と私の10の約束』や猫の図鑑なども並んでいる。ヤクザたちも、犬や猫といったかわいいいものに癒しを感じるらしい。  いかつい風貌の組員たちの中で、逆の意味で部屋住みのひとりの若者が目立っている。丸坊主頭の彼はまだ21歳。いまどき珍しいほどの純朴キャラで、ボランティア団体のほうが似合いそうな気がする。どうやら彼はあまりに純粋すぎて、学校生活で辛いめに遭い、自宅に引きこもっていた時期もあったようだ。そんな彼は昔ながらの義理と人情で生きる任侠の世界に憧れ、自分から志願して扉を叩いた。マジメだが器用ではない彼は先輩組員からドヤされることも少なくないが、それでも自分の居場所を見出そうと懸命にがんばっている。学校や家庭では得られなかったものが、確かにここにはあるのだ。大晦日の夜、ガランとした事務所で彼は、ソフト帽を被ったダンディーなオジキと一緒に日本酒を呑み交わす。このオジキは日本国籍を持っていない。若者はオジキから「滑舌が悪い」とたしなめられているが、若者はそんなやりとりさえも楽しげである。口うるさい親戚のオジさんと一緒に留守番を任された大家族の末っ子みたいに映る。ヤクザ組織とは社会からはみだしてしまった者たちが疑似家族化した集団であることを強く感じさせるシーンだ。反社会的勢力として括られる彼らだが、一人ひとりは温もりを欲している心寂しい人間であることが分かる。
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組員による組の説明。親分(親)、舎弟(叔父)、若頭(長男)、若中(子ども)……とヤクザ組織は疑似家族であることが分かる。
 人気ビデオ映画『ミナミの帝王』シリーズの監修を務め、『悲しきヒットマン』(89)の原作者でもある山之内幸夫弁護士の事務所にもカメラは入る。山之内弁護士は日本最大の指定暴力団「山口組」の顧問弁護士だ。世間体や家族のことも考えて暴力団の顧問を引き受けることを悩みもしたが、社会から落ちこぼれた者たちにどうしようもなく惹かれてしまう。暴力団の顧問になったため、一般企業や団体からの依頼はほとんどなくなってしまった。食事はコンビニで買った質素な総菜類で済ます。暴力団のお抱え弁護士と聞けば贅沢三昧かと思いきや、想像とまるで違うことに驚く。ヤクザだけでなく、ヤクザに関わる人間への締め付けも厳しくなっている。  それにしてもヤクザの日常生活に密着したドキュメンタリーをつくるとは、東海テレビは懐が深い放送局だ。劇場公開された『平成ジレンマ』(11)はかつて体罰問題で世間を揺るがせた戸塚ヨットスクールが今でも引きこもりや家庭内暴力を振るう若者たちの最後の受け皿となっていることを描いた。土方ディレクターの前作『ホームレス理事長』も社会の落ちこぼれたちの受け皿づくりに熱心なのは社会から浮いた変人であることを明るみにした。本作もまた、ヤクザ組織は社会のはみだし者たちの数少ない居場所であり、その居場所さえも奪われつつあることを伝えている。 土方「東海テレビの伝統に沿ったドキュメンタリーを狙って企画した作品ではないんです。プロデューサーの阿武野勝彦が『取材対象に制限なし』と言うので、東海テレビでしか撮れないものをと考えて出てきた企画です。言ってみれば、僕自身が局内での落ちこぼれ。入社時は東海テレビの花形部署だった昼ドラの製作部に配属されていたんですが、1年で出されました(苦笑)。その後は報道部で遊軍記者をやっていたんです。阿武野自身が元はアナウンサーでしたが、異動で報道部に配属された。局内の流れ者たちが集まっているのが東海テレビのドキュメンタリー班なんです(笑)。束ねる立場にある阿武野にしてみれば、『お前らなら、社会の底辺にいる人たちの心情も分かるだろう』ということじゃないですか。テレビ局に入社したものの、いろんな規制があって思うような表現ができない。今のテレビマンたちのそんな鬱屈とした想いが、『自由に撮っていい』と言われて溢れ出し、世間から虐げられている存在を追っているのかもしれませんね」
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銀行口座がつくれない、保険に加入できない、車のローンも組めない。暴排条例が施行され、ヤクザは社会からますます孤立した存在となっている。
 通常のドキュメンタリーは被写体とどれだけ距離を縮めることができるかが成否の鍵となるが、『ヤクザと憲法』はそれとは違う難しさがあったと土方ディレクターは語る。 土方「ヤクザと利益供与する関係になると、暴排条例に抵触し、逮捕される恐れがあるわけです。取材ディレクターが逮捕されては番組がオンエアできなくなりますから、その点は配慮しました。例えば、『タコ焼き、食べへんか?』『車で送ってあげるよ』と言われたときは躊躇しました。ヤクザに便宜を図ってもらったことで、ひょっとして逮捕されるんじゃないかと。断り続けていると『人の親切を無駄にするのか?』『差別だ』とも言われました。『俺がおごるタコ焼きが食べられないのなら、人間として俺は思われていないんやな』とも。今回の取材は被写体とあまり親しくなり過ぎないよう、一定の距離を保つことに神経を使いましたね」  結局、タコ焼きの一件は、割り勘にすることで納得してもらったそうだ。組同士の抗争時や事件のとき以外はカメラやマイクを向けられることのない彼らにとって、今回の取材は自分たちの心情を吐露できる数少ない機会だった。とは言っても、『ヤクザと憲法』は暴力団を擁護しているわけではない。「二代目清勇会」の親分である川口和秀会長は、山口組との抗争で女性従業員を巻き添え死させた「キャッツアイ事件」に関わったとして殺人罪などで起訴され、15年の実刑判決を受けた身であることにも言及している。「二代目清勇会」は武闘派として鳴らしたヤクザ組織なのだ。人間臭さを感じさせる表の顔とは異なる裏の顔もあることが分かる。組のシノギの実態に迫ろうとカメラは何度か試みるが、その部分は決して立ち入ることはできない。一般社会との大きな溝はどうしようもなく存在する。  本作の主眼は、ヤクザの目線を通して、日本国憲法と日本社会の現状を見つめ直そうというものだ。社会から締め出されたヤクザたちはどこへ向かうのか。ヤクザがいなくなった街で権勢を強めていくのは誰なのか。浄化された社会では新たな差別の対象が生まれてくるのではないか。ヤクザたちの日常生活に触れることで、社会の浄化や治安保持のためにこの国が大きく変容しつつあることが体感できる。 (文=長野辰次)
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『ヤクザと憲法』 プロデューサー/阿武野勝彦 監督/土方宏史 撮影/中根芳樹 法律監修/安田好弘 製作・配給/東海テレビ 配給協力/東風 2016年1月2日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー (c)東海テレビhttp://www.893-kenpou.com
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静脈注射によるトリップ演技があまりにヤバい! 乞食美少女の純愛ドラマ『神様なんかくそくらえ』

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ホームレスから映画女優へと転身を果たしたアリエル・ホームズ。自身の体験談を映画化した『神様なんかくそくらえ』でロマンス依存症と向き合った。
 クリスマスケーキも神の祝福もいらない。家族や家がなくてもヘッチャラ。『神様なんかくそくらえ』(原題:HEAVEN KNOWS WHAT)のヒロインを演じたアニエル・ホームズは、タフでワイルドな女の子だ。住所不定の彼女はNYのストリートで生きてきた。職業は物乞い。街ゆく人たちに「小銭をちょうだい」とおねだりし、後は廃品や盗品をうまく活用してサバイブしてきた。顔立ちは整っているが、指先はひどく汚い。世間の常識や法律に縛られない、野生動物のような危うい魅力の持ち主だ。そんな彼女の傷だらけの恋愛青春ストーリーが本作では描かれる。少女コミック原作の毒気のない実写映画で賑わう日本映画とはまるで毛色が違う。 『神様なんかくそくらえ』はアリエル・ホームズの実体験をもとにした、ホームレスたちのリアルな物語だ。家がなくてもお金がなくても全然ヘーキなハーリー(アリエル・ホームズ)だったが、彼女の心を支えている大きな存在がある。それはホームレス仲間のイリヤ(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)。イリヤは美形でミステリアスでいつもクールで、ハーリーは彼に夢中だった。彼のことが好きすぎて、「俺のことがそんなに好きなら、この場で死んでみろ」と言われ、「いいわよ」とリストカットしてみせる。ハーリーの細い手首からドクドクと赤い血が流れ出す。この赤くて熱い血はハーリーが生きている証拠であり、死んでもイリヤのことを愛し続けるという誓いのサインでもあった。驚いたイリヤに「お前の頭はどーかしてる!」となじられながら、ハーリーは病院に担ぎ込まれる。歪んだ愛だが、そんなおかしな方法でしか愛する人への想いを伝えることができない。ハーリーは重度の“ロマンス依存症”だった。  精神病院に収容されたハーリーだが、病棟内でトラブルを起こし、すぐに追い出される。退院したハーリーは周りのホームレスたちの助言に従い、しばらくイリヤと距離を置くことに。ドラッグディーラーのマイク(バディ・デュレス)と一緒に暮らし始めるが、今度はロマンス依存症の代わりにドラッグ依存症に陥る。トロ~ンとした顔つきで「今日の食事代、ヘルプ」と書かれた手書きのポップを路上に置いて佇む。そんな彼女の前に、イリヤが再び現われる。ハーリーをめぐって、マイクとイリヤは公園で激突。イリヤはカッターナイフの刃を組み合わせたオリジナルな手裏剣を持ち出し、公園が血みどろの修羅場と化す。自分のせいで男たちがケンカしているのが、ハーリーは実はうれしかったりする。傷を負ったマイクの手当をしながらも、心の中はイリヤのことでいっぱいだった。夜、マクドナルドの便所でイリヤが倒れたことを知ったハーリーは、もうじっとしていられない。薬物の過剰摂取で意識を失ったイリヤのもとへと駆け出していく。泡を吹いて倒れているイリヤに、ハーリーは懸命に人工呼吸を試みる。  こんなイカれた青春ドラマを撮ったのは、NYのインディーズシーンで活躍する兄弟監督のジョシュア&ベニー・サフディ。NYのストリートカルチャーをリサーチしていた際、路上でアリエル・ホームズとばったり出会った。当時19歳だったアリエルの体験談にサフディ兄弟は心を奪われ、映画化することを思い立つ。ヒロインにはアリエル、マイク役には実際にドラッグディーラーをしていたバディ・デュレスと、ストリートで暮らす若者たちをそのまま起用した。物語の重要な鍵となるイリヤ役だけ、プロの俳優をキャスティングした。『X-MEN ファースト・ジェネレーション』(11)や『アンチヴァイラル』(12)に出演した若手俳優ケイレブ・ランドリー・ジョーンズがこの役を受けてくれた。ケイレブは撮影前からストリートで暮らす人々のコミュニティーで過ごし、夜はホテルではなくネットカフェで寝泊まりした。そんなアウトローたちによる、ぶっ飛んだ映画として『神様なんかくそくらえ』は誕生した。来日したジョシュア監督に製作内情を聞いた。
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マイク役のバディ・デュレスは、本職のドラッグの売人だけに演技が超リアル。撮影後に逮捕されたが、今は出所してジョシュア監督の新作に出演する予定。
ジョシュア「当時のアリエルには家がなかったし、もちろんマネージャーもエージェントも付いてなかった。撮影中はチェルシーホテルの部屋をとってあげたこともあるし、他のキャストとルームシェアしたりしていたよ。マネージャーが付いてなかったのは監督である僕からしてみれば好都合だった。直に彼女と何でも話し合えたからね。僕らも撮影前の7~8カ月はストリートで暮らしている彼らと一緒に過ごしていたんで、撮影時にはすっかり信頼関係ができていたんだ。だから撮影中にアリエルがどこかに消えるなんて心配はしなかった。いつも、約束した撮影場所にほぼ来てくれたよ。ハラハラさせられたのはマイク役のバディだね。彼はキャストの中でいちばん才能を持っていたけれど、警察から追われている身だったんだ。撮影しているところを誰かに見つかって、警察に通報されたらどうしようと、それだけは心配だった。彼の出演パートの映像素材は足りているかなってね(笑)」  トイレで自分の腕に注射器を突き立てるマイク。マクドナルドの二階でみんなで気持ちよくなっていると、店長から「お前ら出ていけ」とどやされる。ニタニタ顔で物乞いするハーリー。冨田勲の電子音楽をBGMにラリっているシーンがやたらとリアルだが、撮影現場でも実際にドラッグを使用していたのか。 ジョシュア「リアルさを追求するために僕から『やってくれ』とは一度も頼んでいないよ。もしかしたら、中には撮影前にヤッた奴もいるかもしれないけど、少なくともカメラの前で酩酊して演技ができなくなるってことはなかった。ちなみにヘロインって水に溶かすと茶色になるんだ。注射シーンでは体に害がないような茶色に着色した安全な水を準備していたんだけど、キャストはそれが不満だった。彼らが代わりに用意したのはブランデーさ。ブランデーを注射器に入れて静脈注射していたんだ(笑)。ドラッグじゃなくても、何か感じながら演じたかったらしい。ブランデーの注射は極々微量だったけど、かなり酔っぱらったんじゃないかな。ストリートで暮らしている彼らとのコラボレーションは毎日が発見で、刺激に満ちていたよ(笑)。そうそう、ヘロインの代わりに小麦粉を入れた小包みには“Romance”と架空のブランド名を刻印したんだ。現場に置いていたら盗む奴がいて、翌日になって『これは偽物じゃないか』って怒って返しにきたけどね(笑)」
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東京国際映画祭に来場した際のアリエル・ホームズ。「ドラッグからは足を洗いました。現実をしっかり見つめて物事を考えるようにしています」と語った。(c)2014 TIFF
 物語は終盤、NYのストリート暮らしから抜け出そうとイリヤとハーリーは愛の逃避行を試みる。ハーリーがマイクから買い与えられた携帯電話をイリヤが夜空に向かって投げ棄てると、携帯電話は花火となってNYの夜空に散っていく。サイアクな青春ドラマに、一瞬だけ美しいロマンスの花が開く。  ヌードシーンも含めて身も心も素っ裸になってハーリー役を演じたアリエルはハリウッドで注目を集め、『Winter’s Dream』『American Honey』と立て続けに2本の映画に出演した。『American Honey』は人気若手俳優シャイア・ラブーフの相手役だ。ホームレスから映画スターへの階段を駆け上がっているアリエル。でもジョシュア監督によると、女優業に強い執着は見せていないらしい。彼女にとって『神様なんかくそくらえ』への出演は、自分自身を悩ませ続ける“ロマンス依存症”に対する一種の心理療法だったのかもしれない。 ジョシュア「アリエルが今後も女優業を続けるのか、それとも歌手になるのか作家になるのかは誰にも分からないよ。でもひとつだけ言えるのは、彼女は彼女自身がなりたいと思ったものに必ずなってみせるってこと。本当に彼女は自由な存在。自由すぎるくらいに自由なんだよ」  若くして命を散らした恋人との思い出を“ロマンス依存症”として抱えながら生きていくだろう主演女優の将来を、ジョシュア監督は愛しそうに、そして切なそうに語った。 (文=長野辰次)
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『神様なんかくそくらえ』 監督・脚本・編集/ジョシュア・サフディ、ベニー・サフディ 音楽/冨田勲、アリエル・ピンク、タンジェリン・ドリーム、ヘッドハンターズ 出演/アリエル・ホームズ、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、バディ・デュレス、ロン・ブラウンスタイン、a.k.a.Necro 配給/トランスフォーマー R15 12月26日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開 (c)2014, Hardstyle, LLC. All Rights Reserved. http://heaven-knows-what.com
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ホームレスから映画女優へと転身を果たしたアリエル・ホームズ。自身の体験談を映画化した『神様なんかくそくらえ』でロマンス依存症と向き合った。
 クリスマスケーキも神の祝福もいらない。家族や家がなくてもヘッチャラ。『神様なんかくそくらえ』(原題:HEAVEN KNOWS WHAT)のヒロインを演じたアニエル・ホームズは、タフでワイルドな女の子だ。住所不定の彼女はNYのストリートで生きてきた。職業は物乞い。街ゆく人たちに「小銭をちょうだい」とおねだりし、後は廃品や盗品をうまく活用してサバイブしてきた。顔立ちは整っているが、指先はひどく汚い。世間の常識や法律に縛られない、野生動物のような危うい魅力の持ち主だ。そんな彼女の傷だらけの恋愛青春ストーリーが本作では描かれる。少女コミック原作の毒気のない実写映画で賑わう日本映画とはまるで毛色が違う。 『神様なんかくそくらえ』はアリエル・ホームズの実体験をもとにした、ホームレスたちのリアルな物語だ。家がなくてもお金がなくても全然ヘーキなハーリー(アリエル・ホームズ)だったが、彼女の心を支えている大きな存在がある。それはホームレス仲間のイリヤ(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)。イリヤは美形でミステリアスでいつもクールで、ハーリーは彼に夢中だった。彼のことが好きすぎて、「俺のことがそんなに好きなら、この場で死んでみろ」と言われ、「いいわよ」とリストカットしてみせる。ハーリーの細い手首からドクドクと赤い血が流れ出す。この赤くて熱い血はハーリーが生きている証拠であり、死んでもイリヤのことを愛し続けるという誓いのサインでもあった。驚いたイリヤに「お前の頭はどーかしてる!」となじられながら、ハーリーは病院に担ぎ込まれる。歪んだ愛だが、そんなおかしな方法でしか愛する人への想いを伝えることができない。ハーリーは重度の“ロマンス依存症”だった。  精神病院に収容されたハーリーだが、病棟内でトラブルを起こし、すぐに追い出される。退院したハーリーは周りのホームレスたちの助言に従い、しばらくイリヤと距離を置くことに。ドラッグディーラーのマイク(バディ・デュレス)と一緒に暮らし始めるが、今度はロマンス依存症の代わりにドラッグ依存症に陥る。トロ~ンとした顔つきで「今日の食事代、ヘルプ」と書かれた手書きのポップを路上に置いて佇む。そんな彼女の前に、イリヤが再び現われる。ハーリーをめぐって、マイクとイリヤは公園で激突。イリヤはカッターナイフの刃を組み合わせたオリジナルな手裏剣を持ち出し、公園が血みどろの修羅場と化す。自分のせいで男たちがケンカしているのが、ハーリーは実はうれしかったりする。傷を負ったマイクの手当をしながらも、心の中はイリヤのことでいっぱいだった。夜、マクドナルドの便所でイリヤが倒れたことを知ったハーリーは、もうじっとしていられない。薬物の過剰摂取で意識を失ったイリヤのもとへと駆け出していく。泡を吹いて倒れているイリヤに、ハーリーは懸命に人工呼吸を試みる。  こんなイカれた青春ドラマを撮ったのは、NYのインディーズシーンで活躍する兄弟監督のジョシュア&ベニー・サフディ。NYのストリートカルチャーをリサーチしていた際、路上でアリエル・ホームズとばったり出会った。当時19歳だったアリエルの体験談にサフディ兄弟は心を奪われ、映画化することを思い立つ。ヒロインにはアリエル、マイク役には実際にドラッグディーラーをしていたバディ・デュレスと、ストリートで暮らす若者たちをそのまま起用した。物語の重要な鍵となるイリヤ役だけ、プロの俳優をキャスティングした。『X-MEN ファースト・ジェネレーション』(11)や『アンチヴァイラル』(12)に出演した若手俳優ケイレブ・ランドリー・ジョーンズがこの役を受けてくれた。ケイレブは撮影前からストリートで暮らす人々のコミュニティーで過ごし、夜はホテルではなくネットカフェで寝泊まりした。そんなアウトローたちによる、ぶっ飛んだ映画として『神様なんかくそくらえ』は誕生した。来日したジョシュア監督に製作内情を聞いた。
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マイク役のバディ・デュレスは、本職のドラッグの売人だけに演技が超リアル。撮影後に逮捕されたが、今は出所してジョシュア監督の新作に出演する予定。
ジョシュア「当時のアリエルには家がなかったし、もちろんマネージャーもエージェントも付いてなかった。撮影中はチェルシーホテルの部屋をとってあげたこともあるし、他のキャストとルームシェアしたりしていたよ。マネージャーが付いてなかったのは監督である僕からしてみれば好都合だった。直に彼女と何でも話し合えたからね。僕らも撮影前の7~8カ月はストリートで暮らしている彼らと一緒に過ごしていたんで、撮影時にはすっかり信頼関係ができていたんだ。だから撮影中にアリエルがどこかに消えるなんて心配はしなかった。いつも、約束した撮影場所にほぼ来てくれたよ。ハラハラさせられたのはマイク役のバディだね。彼はキャストの中でいちばん才能を持っていたけれど、警察から追われている身だったんだ。撮影しているところを誰かに見つかって、警察に通報されたらどうしようと、それだけは心配だった。彼の出演パートの映像素材は足りているかなってね(笑)」  トイレで自分の腕に注射器を突き立てるマイク。マクドナルドの二階でみんなで気持ちよくなっていると、店長から「お前ら出ていけ」とどやされる。ニタニタ顔で物乞いするハーリー。冨田勲の電子音楽をBGMにラリっているシーンがやたらとリアルだが、撮影現場でも実際にドラッグを使用していたのか。 ジョシュア「リアルさを追求するために僕から『やってくれ』とは一度も頼んでいないよ。もしかしたら、中には撮影前にヤッた奴もいるかもしれないけど、少なくともカメラの前で酩酊して演技ができなくなるってことはなかった。ちなみにヘロインって水に溶かすと茶色になるんだ。注射シーンでは体に害がないような茶色に着色した安全な水を準備していたんだけど、キャストはそれが不満だった。彼らが代わりに用意したのはブランデーさ。ブランデーを注射器に入れて静脈注射していたんだ(笑)。ドラッグじゃなくても、何か感じながら演じたかったらしい。ブランデーの注射は極々微量だったけど、かなり酔っぱらったんじゃないかな。ストリートで暮らしている彼らとのコラボレーションは毎日が発見で、刺激に満ちていたよ(笑)。そうそう、ヘロインの代わりに小麦粉を入れた小包みには“Romance”と架空のブランド名を刻印したんだ。現場に置いていたら盗む奴がいて、翌日になって『これは偽物じゃないか』って怒って返しにきたけどね(笑)」
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東京国際映画祭に来場した際のアリエル・ホームズ。「ドラッグからは足を洗いました。現実をしっかり見つめて物事を考えるようにしています」と語った。(c)2014 TIFF
 物語は終盤、NYのストリート暮らしから抜け出そうとイリヤとハーリーは愛の逃避行を試みる。ハーリーがマイクから買い与えられた携帯電話をイリヤが夜空に向かって投げ棄てると、携帯電話は花火となってNYの夜空に散っていく。サイアクな青春ドラマに、一瞬だけ美しいロマンスの花が開く。  ヌードシーンも含めて身も心も素っ裸になってハーリー役を演じたアリエルはハリウッドで注目を集め、『Winter’s Dream』『American Honey』と立て続けに2本の映画に出演した。『American Honey』は人気若手俳優シャイア・ラブーフの相手役だ。ホームレスから映画スターへの階段を駆け上がっているアリエル。でもジョシュア監督によると、女優業に強い執着は見せていないらしい。彼女にとって『神様なんかくそくらえ』への出演は、自分自身を悩ませ続ける“ロマンス依存症”に対する一種の心理療法だったのかもしれない。 ジョシュア「アリエルが今後も女優業を続けるのか、それとも歌手になるのか作家になるのかは誰にも分からないよ。でもひとつだけ言えるのは、彼女は彼女自身がなりたいと思ったものに必ずなってみせるってこと。本当に彼女は自由な存在。自由すぎるくらいに自由なんだよ」  若くして命を散らした恋人との思い出を“ロマンス依存症”として抱えながら生きていくだろう主演女優の将来を、ジョシュア監督は愛しそうに、そして切なそうに語った。 (文=長野辰次)
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『神様なんかくそくらえ』 監督・脚本・編集/ジョシュア・サフディ、ベニー・サフディ 音楽/冨田勲、アリエル・ピンク、タンジェリン・ドリーム、ヘッドハンターズ 出演/アリエル・ホームズ、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、バディ・デュレス、ロン・ブラウンスタイン、a.k.a.Necro 配給/トランスフォーマー R15 12月26日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開 (c)2014, Hardstyle, LLC. All Rights Reserved. http://heaven-knows-what.com
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地縁血縁とは異なる新しい家族の形。ロッキーのもとに集う“荒ぶる魂”たちの物語『クリード』

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ボクシング界から足を洗っていたロッキー(シルベスター・スタローン)だが、かつてのライバル・アポロの息子を鍛えることに生き甲斐を見出す。
 フィラデルフィアのダメボクサーが全力で人生の扉をこじ開ける『ロッキー』(76)から、人生は死ぬまで闘いであることを描いた『ロッキー・ザ・ファイナル』(06)に至るまでのシリーズ全6作のうちのどれか1本でも観たことのある人なら、いや主人公ロッキー・バルボアの名前を一度でも耳にしたことのある人なら、誰もがこの物語を通してロッキーファミリーの一員になることができる。『ロッキー』シリーズの新章となる『クリード チャンプを継ぐ男』は、そんな不思議な力を秘めた映画だ。世界中の人々の心を沸き立たせた往年の人気ボクサー・ロッキーのもとに、自分の居場所を見つけることができずにもがき苦しむ若者が弟子入りを志願し、親子関係とも会社組織とも異なる新しい家族像が生み出されていく。  アポロ・クリード(カール・ウェザース)は『ロッキー』『ロッキー2』(79)で“イタリアの種馬”ロッキー・バルボアと大激戦を繰り広げたシリーズ屈指の名キャラクターだ。ボクシング史上最高の王者モハメド・アリをモデルにしたアポロは、『ロッキー3』(82)ではマネージャーのミッキーを失ったロッキーを支え、トレーナー役を買って出た。ロッキーにとって最高のライバルであり、得難い親友だった。太陽神にちなんだ名の通り、陽気で派手好きだったアポロには息子がいた……。『フルートベール駅』(13)でデビューした、1986年生まれの新鋭ライアン・クーグラー監督のそんなアイデアから本作は生まれている。  アドニス(マイケル・B・ジョーダン)は、偉大なボクサーとして活躍したアポロの愛人の息子としてこの世に生を受けた。母親のお腹にいるときに、アポロは『ロッキー4/炎の友情』(85)で描かれたようにリング上で帰らぬ人となった。シングルマザーだった母親も早くに亡くなった。天涯孤独の身となった彼は施設をたらい回しにされたが、幸いにもアドニスに愛情を注ぐ養母メアリー・アン(フィリシア・ラシャド)と出会い、学歴を身に付け、一流企業に就職することができた。大切に育ててくれたメアリーには感謝している。でも、子どもの頃にぽっかりと空いてしまった心の空洞は今もまだ埋まってはいない。アポロがロッキーと戦うタイトルマッチの動画をプロジェクターで壁に投影し、父の影と拳を交える。父の厳しさも温もりも知らずに育ったアドニスが、唯一父と触れ合うことができる方法だった。
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フィラデルフィアでボクシング修業に打ち込むアドニス(マイケル・B・ジョーダン)。親の七光りを嫌い、「クリード」の名前は封印する。
 男子にとって父親は越えるべき大きな山である。大きな山を越えようと日々琢磨することで、男子は大人の男へと成長を遂げていく。でも、アドニスが生まれる前にアポロはあの世に逝ってしまった。越えるべき山が生まれたときからすでにない。これは辛い試練だ。見えない山を求めて、果てしなく坂道を登り続けなくてはいけない。そんなアドニスの空っぽな心の中には、空虚さを埋めるかのように“荒ぶる魂”が宿っている。いくら好条件の職場で働いていても、住み心地のよい自宅があっても、アドニスは自分の中の荒ぶる魂を抑えることができない。会社を辞め、自己流トレーニングを積んできたボクシングの世界に身を投じることをメアリー・アンに告げる。肉親以上の愛情を注いでくれた育ての親は勘当すると言い渡すが、それでもアドニスの決意は変わらなかった。  LAの自宅を出たアドニスは、フィラデルフィアのあるイタリア料理店を訪ねる。「エイドリアンズ」というその店のオーナーは、年老いたロッキー・バルボア(シルベスター・スタローン)だった。ロッキーに初めて逢ったアドニスは、『ロッキー3』の最後にロッキーとアポロが誰もいないジムのリングで行なった決着戦の勝敗を尋ねる。2人だけの秘密を知っている若者が現われたことにロッキーは目を丸くする。若者がアポロの息子で、アポロの正妻が彼を育てたことを知り、ロッキーはさらに驚く。アドニスにとって、父とトランクス一丁で拳を交じえたロッキーは誰よりも信頼できる存在だった。ボクシングを教えてほしいと懇願するが、『ロッキー5/最後のドラマ』(90)で新人育成に一度失敗しているロッキーは固辞する。それでも、ミッキーのジムで孤独に汗を流すアドニスを見ているうちに、ロッキーは放っておけなくなる。自分の若かった頃にそっくりだからだ。ロッキーもアポロやミッキーが声を掛けてくれなかったら、どれだけ暗い人生が待っていたか分からない。また、ロッキーには息子ロバートがいるが、「ロッキーの息子」と呼ばれることを嫌って街から出ていった。父を知ら ないアドニスとひとりぼっちで暮らすロッキーは、やがて“荒ぶる魂”で結ばれた師弟関係となっていく。  さらにもうひとりの“荒ぶる魂”の持ち主が現われる。アドニスが引っ越した先のアパートには、夜中まで大音量で音楽を流している迷惑な住人がいた。朝が早いアドニスが注意しようとドアを叩くと、若い女性ビアンカ(テッサ・トンプソン)が顔を出す。ビアンカは売り出し中の歌手だった。アドニスは大音量の文句を言うつもりが、意に反して彼女を食事に誘ってしまう。見た目のゴージャスさとは裏腹な彼女の意外な素顔を、アドニスは食事をしながら知ることになる。ビアンカは進行性の聴覚障害を抱え、それでも歌手としての成功を目指していた。障害の進行と夢の実現との熾烈なレースを闘うタフな女性だった。いつか完全に聴覚がなくなるかもしれない。その日に備えてビアンカは手話を学んでいる。アドニスの前で、ビアンカは口にはできないお下品な四文字熟語を手話で表現してみせる。××野郎。自分の障害を笑い飛ばすビアンカは最高にチャーミングだった。2人が恋に陥るのに時間はさほど掛からなかった。やがて、ロッキー、アドニス、ビアンカは、肌の色も生い立ちも異なるけれども、本当の家族のような関係となっていく。“荒ぶる魂”でつながった新しいファミリーの誕生 だった。
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ビアンカ(テッサ・トンプソン)もまた闘う女性だ。アドニスの波長にシンクロするように“荒ぶる魂”の持ち主たちが彼の周りに集まっていく。
 映画はコドクな人間に優しいメディアだ。暗闇のシートに身を沈めていると、スクリーンの向こう側から顔なじみの映画スターがこちらに向かって親しげに話し掛けてくれる。本作の中でロッキーは、若いアドニスに、そして我々にトレーニングの極意を伝授してくれる。それは鏡に向かってのシャドーボクシングをひたすら続けろというものだ。鏡の中の自分はこちらがジャブ、フックを放てば、瞬時に同じパンチで応酬してくる。鏡の中の自分は、要は心の中にいるもうひとりの自分だ。心の中にいる狡猾で、怠惰で、臆病な自分に打ち克つことができれば、どんな強敵にも負けることはないと伝説のチャンプは説く。このときのロッキーはアドニスだけでなく、『ロッキー』シリーズを長年愛してきたファン、本作で初めてロッキーに触れた新しいファンに向けても熱く真摯に語り掛けてくる。  激闘となったプロデビュー戦を終えたアドニスは、恋人ビアンカを伴ってロッキー宅でささやかなお祝いをするが、このシーンは何ともいえない映画的な温かさに満ちている。普段のトレーニングやら仕事やらで疲れきっている3人は、気持ちよく酔って、ソファーで一緒にうたた寝している。本当の家族のように仲がいい。付けっ放しのテレビでは深夜映画が流れている。『ロッキー』と同時期に劇場公開されたヒット作『大陸横断超特急』(76)のラストシーンっぽい。映画を観ているうちに眠ってしまった3人は、それぞれどんな夢を頭の中で思い描いているのだろうか。部屋の奥に置いてある水槽では、大きなカメがその様子を見守っている。シリーズ第1作で、ロッキーがペットショップに勤める後の妻エイドリアン(タリア・シャイア)から買った小さなミドリガメは40年を経てすっかりデカくなっていた。  新しい家族になったのは、ロッキーとアドニスとビアンカの3人だけではない。このシーンを観ている映画好きな人間ならば、誰もがロッキーたちの仲間になることができる。血縁でも地縁でもない、映画を介して人と人とが繋がる温かさを『クリード』は与えてくれる。 (文=長野辰次)
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『クリード チャンプを継ぐ男』 監督・脚本/ライアン・クーグラー 出演/マイケル・B・ジョーダン、シルベスター・スタローン、テッサ・トンプソン、フィリシア・ラシャド、アンソニー・ベリュー、グレアム・マクタビッシュ  配給/ワーナー・ブラザーズ映画 12月23日(水)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー (C)2015 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. AND WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. http://wwws.warnerbros.co.jp/creed/

地縁血縁とは異なる新しい家族の形。ロッキーのもとに集う“荒ぶる魂”たちの物語『クリード』

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ボクシング界から足を洗っていたロッキー(シルベスター・スタローン)だが、かつてのライバル・アポロの息子を鍛えることに生き甲斐を見出す。
 フィラデルフィアのダメボクサーが全力で人生の扉をこじ開ける『ロッキー』(76)から、人生は死ぬまで闘いであることを描いた『ロッキー・ザ・ファイナル』(06)に至るまでのシリーズ全6作のうちのどれか1本でも観たことのある人なら、いや主人公ロッキー・バルボアの名前を一度でも耳にしたことのある人なら、誰もがこの物語を通してロッキーファミリーの一員になることができる。『ロッキー』シリーズの新章となる『クリード チャンプを継ぐ男』は、そんな不思議な力を秘めた映画だ。世界中の人々の心を沸き立たせた往年の人気ボクサー・ロッキーのもとに、自分の居場所を見つけることができずにもがき苦しむ若者が弟子入りを志願し、親子関係とも会社組織とも異なる新しい家族像が生み出されていく。  アポロ・クリード(カール・ウェザース)は『ロッキー』『ロッキー2』(79)で“イタリアの種馬”ロッキー・バルボアと大激戦を繰り広げたシリーズ屈指の名キャラクターだ。ボクシング史上最高の王者モハメド・アリをモデルにしたアポロは、『ロッキー3』(82)ではマネージャーのミッキーを失ったロッキーを支え、トレーナー役を買って出た。ロッキーにとって最高のライバルであり、得難い親友だった。太陽神にちなんだ名の通り、陽気で派手好きだったアポロには息子がいた……。『フルートベール駅』(13)でデビューした、1986年生まれの新鋭ライアン・クーグラー監督のそんなアイデアから本作は生まれている。  アドニス(マイケル・B・ジョーダン)は、偉大なボクサーとして活躍したアポロの愛人の息子としてこの世に生を受けた。母親のお腹にいるときに、アポロは『ロッキー4/炎の友情』(85)で描かれたようにリング上で帰らぬ人となった。シングルマザーだった母親も早くに亡くなった。天涯孤独の身となった彼は施設をたらい回しにされたが、幸いにもアドニスに愛情を注ぐ養母メアリー・アン(フィリシア・ラシャド)と出会い、学歴を身に付け、一流企業に就職することができた。大切に育ててくれたメアリーには感謝している。でも、子どもの頃にぽっかりと空いてしまった心の空洞は今もまだ埋まってはいない。アポロがロッキーと戦うタイトルマッチの動画をプロジェクターで壁に投影し、父の影と拳を交える。父の厳しさも温もりも知らずに育ったアドニスが、唯一父と触れ合うことができる方法だった。
creed02
フィラデルフィアでボクシング修業に打ち込むアドニス(マイケル・B・ジョーダン)。親の七光りを嫌い、「クリード」の名前は封印する。
 男子にとって父親は越えるべき大きな山である。大きな山を越えようと日々琢磨することで、男子は大人の男へと成長を遂げていく。でも、アドニスが生まれる前にアポロはあの世に逝ってしまった。越えるべき山が生まれたときからすでにない。これは辛い試練だ。見えない山を求めて、果てしなく坂道を登り続けなくてはいけない。そんなアドニスの空っぽな心の中には、空虚さを埋めるかのように“荒ぶる魂”が宿っている。いくら好条件の職場で働いていても、住み心地のよい自宅があっても、アドニスは自分の中の荒ぶる魂を抑えることができない。会社を辞め、自己流トレーニングを積んできたボクシングの世界に身を投じることをメアリー・アンに告げる。肉親以上の愛情を注いでくれた育ての親は勘当すると言い渡すが、それでもアドニスの決意は変わらなかった。  LAの自宅を出たアドニスは、フィラデルフィアのあるイタリア料理店を訪ねる。「エイドリアンズ」というその店のオーナーは、年老いたロッキー・バルボア(シルベスター・スタローン)だった。ロッキーに初めて逢ったアドニスは、『ロッキー3』の最後にロッキーとアポロが誰もいないジムのリングで行なった決着戦の勝敗を尋ねる。2人だけの秘密を知っている若者が現われたことにロッキーは目を丸くする。若者がアポロの息子で、アポロの正妻が彼を育てたことを知り、ロッキーはさらに驚く。アドニスにとって、父とトランクス一丁で拳を交じえたロッキーは誰よりも信頼できる存在だった。ボクシングを教えてほしいと懇願するが、『ロッキー5/最後のドラマ』(90)で新人育成に一度失敗しているロッキーは固辞する。それでも、ミッキーのジムで孤独に汗を流すアドニスを見ているうちに、ロッキーは放っておけなくなる。自分の若かった頃にそっくりだからだ。ロッキーもアポロやミッキーが声を掛けてくれなかったら、どれだけ暗い人生が待っていたか分からない。また、ロッキーには息子ロバートがいるが、「ロッキーの息子」と呼ばれることを嫌って街から出ていった。父を知ら ないアドニスとひとりぼっちで暮らすロッキーは、やがて“荒ぶる魂”で結ばれた師弟関係となっていく。  さらにもうひとりの“荒ぶる魂”の持ち主が現われる。アドニスが引っ越した先のアパートには、夜中まで大音量で音楽を流している迷惑な住人がいた。朝が早いアドニスが注意しようとドアを叩くと、若い女性ビアンカ(テッサ・トンプソン)が顔を出す。ビアンカは売り出し中の歌手だった。アドニスは大音量の文句を言うつもりが、意に反して彼女を食事に誘ってしまう。見た目のゴージャスさとは裏腹な彼女の意外な素顔を、アドニスは食事をしながら知ることになる。ビアンカは進行性の聴覚障害を抱え、それでも歌手としての成功を目指していた。障害の進行と夢の実現との熾烈なレースを闘うタフな女性だった。いつか完全に聴覚がなくなるかもしれない。その日に備えてビアンカは手話を学んでいる。アドニスの前で、ビアンカは口にはできないお下品な四文字熟語を手話で表現してみせる。××野郎。自分の障害を笑い飛ばすビアンカは最高にチャーミングだった。2人が恋に陥るのに時間はさほど掛からなかった。やがて、ロッキー、アドニス、ビアンカは、肌の色も生い立ちも異なるけれども、本当の家族のような関係となっていく。“荒ぶる魂”でつながった新しいファミリーの誕生だった。
creed03
ビアンカ(テッサ・トンプソン)もまた闘う女性だ。アドニスの波長にシンクロするように“荒ぶる魂”の持ち主たちが彼の周りに集まっていく。
 映画はコドクな人間に優しいメディアだ。暗闇のシートに身を沈めていると、スクリーンの向こう側から顔なじみの映画スターがこちらに向かって親しげに話し掛けてくれる。本作の中でロッキーは、若いアドニスに、そして我々にトレーニングの極意を伝授してくれる。それは鏡に向かってのシャドーボクシングをひたすら続けろというものだ。鏡の中の自分はこちらがジャブ、フックを放てば、瞬時に同じパンチで応酬してくる。鏡の中の自分は、要は心の中にいるもうひとりの自分だ。心の中にいる狡猾で、怠惰で、臆病な自分に打ち克つことができれば、どんな強敵にも負けることはないと伝説のチャンプは説く。このときのロッキーはアドニスだけでなく、『ロッキー』シリーズを長年愛してきたファン、本作で初めてロッキーに触れた新しいファンに向けても熱く真摯に語り掛けてくる。  激闘となったプロデビュー戦を終えたアドニスは、恋人ビアンカを伴ってロッキー宅でささやかなお祝いをするが、このシーンは何ともいえない映画的な温かさに満ちている。普段のトレーニングやら仕事やらで疲れきっている3人は、気持ちよく酔って、ソファーで一緒にうたた寝している。本当の家族のように仲がいい。付けっ放しのテレビでは深夜映画が流れている。『ロッキー』と同時期に劇場公開されたヒット作『大陸横断超特急』(76)のラストシーンっぽい。映画を観ているうちに眠ってしまった3人は、それぞれどんな夢を頭の中で思い描いているのだろうか。部屋の奥に置いてある水槽では、大きなカメがその様子を見守っている。シリーズ第1作で、ロッキーがペットショップに勤める後の妻エイドリアン(タリア・シャイア)から買った小さなミドリガメは40年を経てすっかりデカくなっていた。  新しい家族になったのは、ロッキーとアドニスとビアンカの3人だけではない。このシーンを観ている映画好きな人間ならば、誰もがロッキーたちの仲間になることができる。血縁でも地縁でもない、映画を介して人と人とが繋がる温かさを『クリード』は与えてくれる。 (文=長野辰次)
creed04
『クリード チャンプを継ぐ男』 監督・脚本/ライアン・クーグラー 出演/マイケル・B・ジョーダン、シルベスター・スタローン、テッサ・トンプソン、フィリシア・ラシャド、アンソニー・ベリュー、グレアム・マクタビッシュ  配給/ワーナー・ブラザーズ映画 12月23日(水)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー (C)2015 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. AND WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. http://wwws.warnerbros.co.jp/creed/

会議は全員オムツをはいて出席せよ!? オーナー一族への忠誠を強いる財閥社会の異様さ『ベテラン』

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ファン・ジョンミンが熱血刑事に扮した『ベテラン』。ジョンミンは『新しき世界』(13)のエスカレーターでの血みどろの死闘が忘れがたい
 サム・メンデス監督の『007 スペクター』(公開中)が洗練された娯楽映画の極致ならば、それとは真逆の味わいが楽しめるのがリュ・スンワン監督の『ベテラン』だ。『007』シリーズと同じくアクション映画だが、刑事ドラマである本作はとことん泥くさく、汗くさい。主人公である刑事たちはまるでドブすくいするかのように、現代社会の闇の部分に手足を突っ込むことになる。スタイリッシュなかっこ良さには無縁の主人公だが、汗だくでキムチ鍋を食べ終えた後のような爽快さのあるエンディングが待っており、韓国で1300万人を動員する大ヒットとなった。  リュ・スンワン監督は『生き残るための3つの取引』(10)で警察組織の腐敗、『ベルリンファイル』(13)で北朝鮮と韓国との熾烈な諜報戦、と硬派なテーマを扱ってきた。スンワン監督が今回斬り込んだのは、韓国社会を実質的に支配している財閥企業の横暴さだ。大韓航空(韓進グループ)の副社長が起こした「ナッツリターン事件」が大騒ぎになったことは記憶に新しい。また近年だけでも、自動車メーカーを中心にした現代グループでは創業者の孫たちが大麻吸引、韓国最大の財閥であるサムソン電子グループでは会長の孫息子のエリート中学への裏口入学疑惑が問題となった。企業内だけでなく、一般社会でもわがもの顔で振る舞うオーナー一族への庶民の不満は溜まりに溜まっている。そんな庶民の鬱憤を代弁するのが、韓国きっての男気俳優ファン・ジョンミン演じるベテラン刑事とその仲間たちだ。  広域捜査隊のソ・ドチョル(ファン・ジョンミン)はいつも荒っぽい捜査で、出世には縁遠い刑事だった。そんなドチョルは監修をつとめたTVドラマ『女刑事』の打ち上げに呼ばれる。華やかな女優たちがいるパーティー会場で、鼻の下を思いっきり伸ばすドチョル。美味しい食事とお酒にありつこうとするが、会場で異様な光景に出くわす。身なりのいい若者が、美人モデルや屈強なボディガードたちをまるで家畜同然に扱っている。その若者はTVドラマのスポンサーである財閥企業シンジングループの御曹司チョ・テオ(ユ・アイン)だった。テオはずっと鼻をグシュグシュさせていた。ドラッグ常用者の癖だ。せっかくの酒の席を台無しにされたドチョルは、テオに向かって「法は守れよ」と釘を刺すことしかできなかった。  しばらくしてドチョルに電話が掛かってくる。以前から交流のあった子連れのトラック運転手ペ(チョン・ウンイン)が自殺未遂で病院に運ばれたのだ。ペが自殺した場所はシンジングループの中核会社シンジン物産の本社ビルだった。ペ親子は賃金の未支払いが続いていることを本社まで直訴し、その直後にペは非常階段から身投げしたという。事件の臭いを感じたドチョルは、大企業の社内で起きた自殺事件の真相を探り始める。「先輩と一緒にいるとロクなことにならない」と嘆きながらも、ミス・ボン(チャン・ユンジュ)ら広域捜査隊の同僚もドチョルの捜査に協力する。
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財閥企業の三代目チョ・テオ(ユ・アイン)。エリート然とした態度を見せるが、後妻の息子であることをコンプレックスに感じている。
 大企業がマスコミに広告を大量出稿することで不祥事ネタを封じるのは日本でも見慣れた風景だ。本作ではそれ以上に財閥系大企業のおかしさが描かれる。シンジングループの全体会議に会長が出席することになり、社員は全員紙オムツをはくことが強要される。会長がいる会議の途中でトイレに立つなど許されないからだ。また、会長の息子テオはスポンサーである立場を利用し、CMやTVドラマに出演する女優やモデルを好きなようにもてあそぶ。オーナー一族が法律や企業倫理に反することをしていても社員は誰もとがめない。むしろ積極的にその尻拭いに努め、社内での自分の立場を守ろうとする。韓国では創業者一族によるグループ企業の経営が当たり前となっており、そんな財閥によって韓国経済は支えられている。韓国において巨大財閥は、実にアンタッチャブルな存在なのだ。  アクション演出を得意とするリュ・スンワン監督ならではの痛~い描写がある。トラック運転手のペが幼い息子を連れて、シンジン物産まで陳情に向かったシーンだ。一見すると温厚そうなチョ・テオはペの言い分を熱心に聞き、賃金を支払わない運送会社のチョン所長(チョン・マンシク)を呼び出す。ここまではいい。そこでテオは、ペとチョンにそれぞれボクシンググローブを渡し、男らしくこの場で決着をつけろという。ただ働いた分の賃金を受け取りたいだけのペは一方的にボコボコにされ、その様子をテオはニヤニヤして観戦している。殴られているペは肉体以上に心が痛い。息子の前で無様に殴られ続けているからではない。息子が正義よりも権力や暴力のほうが強いと思うようになってしまうことが辛いのだ。
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ミス・ボン(チャン・ユンジュ)をはじめとする広域捜査隊の仲間たち。出世の見込みのない先輩ドチョルの男気にほだされて捜査に協力する。
 今回のスンワン監督はアクションとドラマとの配分が抜群にうまい。出番は少ないが、主人公ドチョルの妻ジュヨン(チン・ギョン)の出演パートも効果的だ。稼ぎが少なく、ひとり息子の教育にも理解が乏しい夫のことをいつも愚痴っているジュヨン。そんな彼女のもとにシンジン物産の常務チェ(ユ・ヘジン)が現われ、ブランド品の高級バッグを手渡そうとする。バッグの中には札束がぎっしり。これ以上、夫に余計な首を突っ込ませるなということだ。このシーンの直後、ジュヨンは夫の職場に怒鳴り込み、同僚たちの前で夫をこっぴどく責める。「私だって女だから、高級バッグやお金を目の前にしたら、気持ちが揺れ動いてしまうのよ!」。誰だってお金は欲しい。権力者とうまく付き合って、夫にはもっと出世して稼いでほしい。でも、私が愛した男が、息子の父親がそんなケツの穴の小さな人間でいいのか。私や息子が惚れ惚れしてしまうような、かっこいい男でいてくれと。  古女房にケツを叩かれたドチョルは、大企業の威光に守られたテオへの追求の手を緩めない。シンジングループは政界にも手を回し、警察上層部から捜査中止命令が下りる。それでもドチョルはテオを追う。もう司法問題うんぬんではない。病院で意識不明状態のままのペやその息子に、このままでは合わせる顔がない。我が子に対しても、胸を張れる父親ではいられなくなってしまう。時として人間は自分のことよりも、自分以外の人間のためのほうがガムシャラになれる。クライマックスはソウルの繁華街・明洞でのド派手なカーチェイス&肉弾戦だ。逃げるテオに、汗くさくて重たいお父さんパンチが炸裂する。 (文=長野辰次)
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『ベテラン』 監督・脚本/リュ・スンワン 出演/ファン・ジョンミン、ユ・アイン、ユ・ヘジン、オ・ダルス、チャン・ユンジュ 配給CJ Entertainment Japan 12月12日(土)よりシネマート新宿ほか全国順次ロードショー (c)2015 CJ E&M CORPORATION,ALL RIGHTS RESERVED http://veteran-movie.jp/