マスコミから袋叩きにされた渦中の男を密着取材!佐村河内氏主演の純愛ドキュメンタリー『FAKE』

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ゴーストライター問題で渦中の人となった佐村河内守氏が、沈黙を破って胸中を吐露する。
 テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、ネットが伝える情報はどこまで正しいのか。事実を歪めている箇所はないか、どの程度の歪みなら許容できるのか。それらを見極める能力はメディアリテラシーと呼ばれ、情報が溢れる現代社会においてはとても重要なものとされている。また、判断を下すのは個人に委ねられているので、与えられた情報をどう受け止めるかは千差万別となる。“ゴーストライター”騒ぎで話題となった佐村河内守氏に長期密着取材したドキュメンタリー映画『FAKE』は、観客ひとり一人のメディアリテラシー能力を激しく問う作品だ。テレビのワイドショーや週刊誌の記事でしか触れることができなかった佐村河内氏が、カメラに向かって心情を告白する。彼の言葉はどこまで信憑性があるのかを確かめるため、観客はスクリーンに映し出された彼の表情や周囲の反応を凝視することになる。 “現代のベートーベン”ともてはやされながらも、2014年2月に掲載された週刊文春のスクープ記事をきっかけに全マスコミから袋叩きにされる状況に陥った佐村河内氏。聴覚に障害があることだけでなく、被曝二世であることさえも疑われるようになってしまった。世間の信頼をすっかり失ってしまった彼にカメラを向けたのは、ドキュメンタリー映画界の鬼才・森達也監督。劇場公開された『A』(98)と『A2』(01)ではオウム真理教の教団施設を訪ね、信者たちを長期取材した森監督が、久々に渦中の人物をクローズアップしたことでも話題を呼んでいる。  週刊文春によるスクープ後、謝罪会見を開いたものの、火に油を注いだ形となってしまった佐村河内氏。予定されていた仕事はすべてキャンセルとなり、自宅マンションで息を潜めるように暮らしている。外出することもままならない。あの日からすっかり人生が変わり、作曲する意欲も失ってしまった。そんな佐村河内氏にいつも通りに接しているのは、一匹の飼い猫と妻の香さんだけ。森監督は佐村河内氏と事前にメールでのやりとりを交わし、自宅に上がり込んでの密着取材を始める。「僕が撮りたいのは、あなたの怒りではなく哀しみなんです」という森監督の言葉に佐村河内氏はうなずいてみせる。森監督からの質問は、同席した香さんが手話通訳して伝えている。佐村河内氏にしてみれば、ようやく自分の味方になってくれるジャーナリストが現われたと思えたに違いない。  だが、森監督は「ドキュメンタリー作家はいじわるでないと務まらない」という信条の持ち主である。インタビューを始めてほどなく、「タバコが吸いたくなったな。ちょっと一服しません?」と佐村河内氏をベランダに誘い出す。香さんは喫煙しないので、ベランダは男2人だけだ。手話通訳なしで、どうコミュニケーションするのか。だが、佐村河内氏はこういった状況に慣れているらしく、「ゆっくりと話してくれれば口の形で分かります」と答える。ベランダに佇む男2人が、夕暮れの景色を眺めながらタバコをくゆらせている。中年男2人の何気ないシーンだが、取材する側とされる側との顔には出さない熾烈な綱引きがすでに始まっている。
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森達也監督にとっては、賛否両論となった共同監督作『311』以来となる5年ぶりのドキュメンタリー作品だ。
 佐村河内氏と森監督とが距離をいっきに縮めたのは、テレビという“マスメディア界の王様”の存在だった。佐村河内氏への取材を申し込んできたフジテレビの情報番組のスタッフ、さらに年末の特番に出演してほしいというやはりフジテレビのバラエティー番組のスタッフが立て続けにマンションを訪ねてくる。沢尻エリカが主演したフジテレビのドラマで、自分を揶揄した内容の回があったことを佐村河内氏は録画再生しながら苦情を漏らす。取材を申し込んだフジテレビの社員は低姿勢で「表現の自由ということで理解してほしい」と弁解する。テレビ局も様々な部署に分かれているので致し方ないと佐村河内氏は情報番組の取材はOKする。バラエティー番組のスタッフも「決して笑いのネタにするものではない」と番組の企画意図を懸命に説明する。スタッフの熱い眼差しに即答することは避けた佐村河内氏だったが、結局バラエティー番組への出演は見送った。  出演を断った佐村河内氏の代わりに、年末特番に出演したのは新垣隆氏だった。あの日以来、2人はすっかり明暗を分けてしまった。佐村河内氏のゴーストライターを務めていたことを告白した新垣氏は、今ではすっかりマスコミの寵児として人気者となっている。その年の暮れ、テレビの特番では新垣氏がお笑い芸人たちからツッコミを受け、スタジオ中の爆笑を集めていた。女性芸人を相手に壁ドンを決めるなど、新垣氏もノリノリでピエロ役を演じてみせている。仮に佐村河内氏が出演していたら、この番組はもっとマジメな内容になっていたのだろうか。佐村河内氏の釈明にきちんと時間を割いただろうか。一緒にテレビを観ていた森監督は言う。「テレビをつくっている彼らには信念や想いとかはない。出ている人をどう使って、面白くするかしかないんです」と。森監督はかつてフジテレビでドキュメンタリー番組を作っていたが、オウム真理教の扱い方をめぐってテレビ界を離れ、『A』『A2』を劇場公開したという経緯がある。手のひらを簡単に翻すマスコミによって痛い目に遭った佐村河内氏と、テレビの本質をズバリと突いた森監督との間には信頼関係が成立していた。  これまでマスコミではあまり触れられることのなかった妻の香さんだが、今回の密着ドキュメンタリーでは佐村河内氏の手話通訳を兼ねていることもあり、一緒にリビングにいることが多い。香さんは訪問者が現われる度にコーヒーを淹れ、ショートケーキをお皿に盛り、テーブルへと運ぶ。佐村河内氏はゴーストライター問題で大騒ぎになった時点で離婚することを申し出たが、香さんは「終わったことは仕方ないよ」と受け流したという。香さん本人ははっきり覚えていないのか照れくさいのか、「えっ?」ととぼけてみせ、「一緒にいたかったら、一緒にいただけ」とさりげない。すべてのプライドを失った男には、身内のさりげなさこそがいちばんの救いである。思わず涙ぐむ佐村河内氏。このドキュメンタリーは、どうやら逆境に置かれながらも支え合う夫婦の純愛ドラマでもあるようだ。
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佐村河内氏は聴覚障害があっても曲づくりには問題がないことをカメラの前で証明してみせる。
 そしてクライマックスシーンへ。沈黙を続けていた佐村河内氏の逆襲がついに始まる。久しぶりに佐村河内氏のマンションを訪ねた森監督は、そこで思いがけない状況に遭遇する。このシーン、実にドラマチックであり、佐村河内氏主演ドキュメンタリーのラストを飾るのに相応しい感動のエンディングとなっている。だが、エンドロールが流れ終わった最後の最後に、このドキュメンタリー全体をひっくり返してしまう強烈な仕掛けを森監督は用意している。  森監督は「テレビをつくっている人は、出ている人をどう面白くするしかない」と語ったが、映画屋はそうではないとは口にしていない。森監督も佐村河内氏という美味しい素材を使って、どれだけ面白いドキュメンタリー映画をつくるかを考えていたはずだ。ただ、表層的なテレビ番組とは違って、観た人によって様々な解釈が可能な重層的な映像作品を森監督は撮り上げている。ひとつの事象は見方次第によって玉虫のように違った輝きを放つ。『FAKE』は二度三度と見直すことで、その度に違った回答が得られるドキュメンタリーとなっている。 (文=長野辰次)
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『FAKE』 監督・撮影/森達也 プロデューサー/橋本佳子 撮影/山崎裕 編集/鈴尾啓太 配給/東風 6月4日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開 (c)2016「FAKE」製作委員会 http://www.fakemovie.jp

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清原被告にぜひ観てほしいドキュメンタリー映画! マイケル・ムーア監督作『世界侵略のススメ』

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星条旗を手に海外へ侵略戦争を仕掛けるマイケル・ムーア。これなら、彼のことを批判してきた極右派も応援してくれるはずだ。
 アポなし突撃取材で有名になったマイケル・ムーア監督の6年ぶりの新作ドキュメンタリー『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』は、多くの人にすすめたい映画だ。例えば覚せい剤所持で逮捕された清原被告は、ポルトガルではどんな薬物使用も罪に問われないことをこの映画で知ったら「栃木じゃなくてポルトガルに行っとけばよかった」と悔やむかもしれない。秋葉原殺傷事件を起こした加藤死刑囚は、ノルウェーには死刑制度がなく、しかも多くの重犯罪者たちに明るく優雅な一軒家が与えられていることに驚くかもしれない。世界は想像以上に広く、様々な価値観を持って暮らす人々がいて、米国や日本とは大きく異なる社会があることを、マイケル・ムーアはふんだんにジョークを交えて伝えている。  今回のマイケル・ムーアは米国を離れ、外の世界から米国を見つめ直す。海外への侵略戦争が思ったような戦果を上げないことに焦る米国の国防省から相談され、疲れきった米兵たちに代わってマイケル・ムーアが各国を侵略するという設定だ。もちろん、マイケル・ムーアが銃を握ることはない。彼の武器は取材相手を油断させて何でもしゃべらせてしまうメタボな外見とユーモラスなトーク術であり、そしてカメラだ。ヨーロッパや北アフリカに上陸し、その国々ならではの有益な社会政策をいただいていく。  これまで米国ライフル協会、ブッシュ政権、保険業界、ウォール街を相手に、体を張って闘ってきたマイケル・ムーアだが、米国内ではすっかり顔が知れ渡り、得意の突撃取材ができなくなってしまった。アカデミー賞授賞式典で「ブッシュよ、恥を知れ」とスピーチして以来、脅迫状が頻繁に届くようになり、自腹で屈強なボディガードたちを雇うはめになった。アメリカを愛するがゆえに問題提起してきたが、祖国を離れて取材せざるを得なくなったという次第。でも、海外を回ることで、逆に米国(そして米国に追随する日本)の問題点がありありと浮かび上がる。米国や日本の常識は必ずしも世界の常識ではないことが見えてくる。  序盤、マイケル・ムーアはフランスのとある食堂を訪ね、フレンチのコース料理で腹ごしらえをする。子どもたちが溢れるこの食堂は、ムーアいわく「三ツ星か四つ星クラス」の味を誇るが、ミシュラン本にはいっさい載っていない。それはここが、フランスのごく普通の小学校の中にあるカフェテリアだからだ。フランスの子どもたちは毎日美味しいそうな給食を楽しむことで、食事の大切さやマナーを学んでいる。食器はビンボーくさいプラスチックやアルミではなく、陶磁器が使われている。子どもたちと一緒にテーブルに就いたムーアがコーラを呑んでいても、誰もコーラに興味を示さない。シェフの手が掛かったコース料理に、コーラが馴染まないことを子どもたちは分かっているらしい。フランスの子どもたちは美味しいフレンチを味わい、級友とデザートを分け合いながら、一人前のフランス人へと育っていく。ジャンクフードを与えられている米国の子どもたちが、ムーアには不憫に思えて仕方ない。
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フランスの小学校では、給食の横取りに成功。この日の献立はホタテの前菜、子羊とチキンのクスクス、チーズ、デザートの4品だった。
 ポルトガルはかつて薬物依存者が全国民の1%を占めるという深刻な事態に陥り、そこで15年前から薬物問題に対する取り組み方を根本的に変えていった。マリファナ、コカイン、覚醒剤とどんな薬物を所持&服用しても罪に問わないことにしたのだ。それまでの薬物を取り締ることに投じていた莫大な予算と労力を、薬物依存症に陥った人を救済することに費やそうという大胆な方向転換。つまり、薬物そのものを禁じるのでなく、薬物に依存してしまう人たちのパーソナルな悩みや苦しみを解決しようというものだ。ポルトガルではこの方向転換によって、薬物依存者数も薬物絡みの犯罪数も大幅に減少したという。ポルトガル人のこの試みを知ったら、清原被告は号泣するんじゃないだろうか。  フランスやポルトガルの他にも、フィンランドの学校は宿題をまったく出さないこと、スロベニアでは大学の授業料は無料なこと、ドイツではナチス時代の歴史授業に力を入れていることなどが紹介されていく。そんな中でとりわけ気になるのは、ノルウェーの刑務所事情だ。この国の刑務所は犯罪者たちに罰を与えるために存在するのではなく、社会復帰を促すための場所として認識されている。受刑者たちは広々とした一軒家、もしくはテレビやシャワー付きの快適な個室を与えられ、明るく楽しそうに刑期を送っている。看守の仕事は受刑者たちを警棒で殴りつけることではなく、もっぱら彼らの話し相手になること。なんという犯罪者天国! それでいて、ノルウェーは世界で最も再犯率が低いという。日本の犯罪者は日本で犯罪を決行するのは、ちょっと考え直したほうがいい。  ノルウェーには死刑制度はなく、最長刑期でも21年と決まっている。でも、殺人事件の被害に遭った遺族たちは、それで納得しているのか。2011年に69人もの犠牲者を出したウトヤ島銃乱射事件で息子を失った父親に、マイケル・ムーアはカメラを向ける。「犯人を殺したいとは思わないか?」という問いに、父親はこう答える。「復讐したいとは思わない。復讐は何の解決にもならないし、恨みが募るだけだよ」。終始穏やかな表情で語る父親だが、言葉のわずかな間合いに愛する者を失ったどうにもならない哀しみが浮かび上がる。
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ノルウェーの刑務所を訪ねたマイケル・ムーアは、食事の準備をする受刑者たちが大きな包丁を当たり前のように使っているのにビビる。
 今回のマイケル・ムーアは利権に群がる米国の亡者たちを糾弾することなく、欧州や北アフリカの国々の賞讃すべき社会政策や教育制度を取り上げていく。もちろんどの国にも問題点はあるし、社会福祉が整っている分だけ税金は高くなる。政策や制度では救えない人は必ず出てくる。だが、マイケル・ムーアは言う。「メディアは実に良い仕事をしている。毎晩ニュースでは、世界の悪い情報ばかりが流れる。テレビでも、新聞でも、ウェブでもそうだ」と。どのメディアも世界中の不幸なニュースを伝えることで忙しい。悲惨な内容やショッキングな映像のほうが、確実に数字を稼げるからだ。また、ネット上にはヘイトスピーチが溢れ返っている。でも、そんな不幸なニュース漬けなライフスタイルから、そろそろ脱してもいいんじゃないかとムーアは言いたげだ。  すぐに芽が出るかどうかは分からないけど、理想の国づくりに役立ちそうな種を祖国アメリカに持ち帰ろう。マイケル・ムーアのドキュメンタリー映画を観た若い世代が大人になったとき、うまくすれば花が咲くかもしれない。お騒がせ男の旅は、もうしばらく続きそうだ。 (文=長野辰次)
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『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』 製作・監督・脚本・出演/マイケル・ムーア  配給/KADOKAWA 5月27日(金)より角川シネマ新宿ほか全国ロードショー (C)2015, NORTH END PRODUCTIONS http://sekai-shinryaku.jp

記憶は思い出となり、やがて物語へ昇華していく。園子温監督が本当に描きたかった『ひそひそ星』

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25年に及ぶ構想期間を経て完成した園子温監督の自主制作によるSF映画『ひそひそ星』。主演の神楽坂恵はアンドロイド役だ。
 園子温監督って、人気なんでしょ? トレンドワードをチェックする感覚で『リアル鬼ごっこ』や『映画 みんな!エスパーだよ!』を劇場まで観に行った人はア然ボー然としたことだろう。会員制のバーに間違って入ってしまったような居心地の悪さを覚えたに違いない。綾野剛、山田孝之らが出演した『新宿スワン』は興行的に成功したが、原作つきで脚本も書いてないこともあり、園監督的には自分の作品という意識はないらしい。『ラブ&ピース』も含めて4本もの新作が2015年には劇場公開されたが、初めて園作品に触れる“一見さん”をドーンと突き放すような内容のものが続いた。『愛のむきだし』(09)や『冷たい熱帯魚』(11)でブレイクしてから、不遇時代に溜め込んでいたエネルギーを爆発させるかのように作品を量産し、さらにバンド演奏、小説執筆、芸人宣言と様々な分野での露出が続いた園監督の分裂症的な時期は収束に向かい、新しいステージでの活動が始まる。園監督の新しいスタートを飾るのが、シオンプロダクション第1回作品『ひそひそ星』である。 『ひそひそ星』はとてもシンプルで静謐なモノクロ作品だ。日本映画界で売れっ子となった状況をすでに見切った園監督のセカンドヴァージン、第2の処女作と呼んでいいだろう。宇宙船が広い銀河を旅している。この宇宙船は昭和風のレトロなアパートを模した外見&内装となっている。自主映画を撮っていた若き日の園監督が暮らしていた高円寺の安アパートをイメージしたものか。ロケットには女性型アンドロイド・鈴木洋子(神楽坂恵)が乗っており、遠く離れた星々に散り散りとなって暮らす人類に宅配便を届けるミッションを負っている。アンドロイドゆえに感情もなく記憶も持たない鈴木洋子は、部屋の掃除やお茶を淹れたりと日常生活を過ごしながら、ロケットが目的地に到着するのを静かに待っている。彼女が届けるものは、貴重な天然資源でも最新の医療薬でもなく、人々の何でもない“思い出”である。他人から見ればまるで価値のないガラクタだが、送った人と受け取る人は同じ思い出を共有することで繋がりが生じる。使い古されて陳腐な言葉となったが、人間がかつて“絆”と呼んだものを届けるために、鈴木洋子は宇宙をはるばると旅している。
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『ひそひそ星』のロケ地は、福島県の浪江町・富岡町・南相馬市。アンドロイドの鈴木洋子は廃墟に宅配便を届けに向かう。
 鈴木洋子が何十年もかかって宅配便を届けに行く先となるが、福島の被災地だ。園監督は東日本大震災直後に『ヒミズ』(12)のロケを釜石で行なって以降、原発問題を正面から描いた『希望の国』(12)の撮影を福島で行なうなど、被災地に積極的に関わってきた。昨年公開された4作品の中で唯一のオリジナル作だった『ラブ&ピース』(15)の人々に飽きられたオモチャや棄てられたペットたちが一緒に暮らす下水道奥のユートピアは、福島原発事故によって無人化した帰宅困難区域を連想させるものだった。『ひそひそ星』では津波によって内陸に打ち上げられた船やところどころに廃墟が残る荒涼とした更地に、鈴木洋子は黙々と思い出を届けに行く。受け取るおじいちゃんやおばあちゃんたちには被災地で今も暮らす地元の人たちが起用されており、SF作品なのにドキュメンタリー的な味わいがある。園作品では『自殺サークル』(02)をはじめ、過激なバイオレンスシーンが描かれることが多いが、静謐さを極めた『ひそひそ星』は、かつてこの地でとんでもなく不条理な暴力が人々を襲ったという事実を我々の胸に突き付ける。  鈴木洋子は被災地で暮らす人々に思い出を届けているわけだが、スクリーンの中に広がる被災地の光景もまた貴重な記憶である。多分、陸に上がった船や廃墟はもう撤去され、ロケ地は完全な更地となっていることだろう。園監督は風化して、のっぺらぼうとなっていく記憶を、人間の脳みその代わりにスクリーンの中へと取り込んでいく。かつて、この場所で人々が暮らしを営み、そこから数々の記憶が生まれ、人々が共有する思い出へと育っていった。被災地に通った園監督はそんな思い出を受け止め、物語へと昇華させていく。人間は記憶を、そして思い出を持つことで自身のアイデンティティーを保つことができる。思い出が積み重なることで、コミュニティーの歴史が作られていく。そして物語が奏でられる土地から、文化や文明が生まれていくことになる。園監督は感情を持たない女性型アンドロイドに、記憶を持つことによる心の痛みや温かさを体験させようとする。園監督は新しいスタートを切る大事な記念作を、耳を澄まさなくてはスルーしてしまうような、とてもミニマムな作品として完成させた。
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ドキュメンタリー映画『園子温という生きもの』より。『ひそひそ星』の撮影や個展の準備に取り組む園監督の多面的な素顔に迫っている。
『ひそひそ星』と同時公開されるドキュメンタリー映画『園子温という生きもの』も興味深い。園監督がリスペクトする大島渚監督の息子・大島新監督が『ひそひそ星』の撮影に取り組む園監督の素顔を追ったものだ。とりわけ『ひそひそ星』に主演し、また本名の園いづみとしてプロデューサーも務めた神楽坂恵へのインタビューが印象に残る。園監督の公私にわたるパートナーである神楽坂は『冷たい熱帯魚』に出演した後、『恋の罪』(11)に主演することになるが、この時期に交際を始めたことを打ち明ける。『冷たい熱帯魚』での園監督の彼女への演技のダメ出しも厳しかったが、『恋の罪』に主演するのも相当な覚悟が必要だった。映画が失敗したら、自分の女優生命だけでなく、交際している園監督の価値さえ暴落させることになる。当時の心情がフラッシュバックした神楽坂はカメラの前で言葉を詰まらせて、カメラフレームから逃れて涙を拭おうとする。鬼才と呼ばれるアウトロー監督との共同生活は想像以上に大変だった。  園監督は今後の創作ビジョンについて、海外からのオファーは受けるが、国内での仕事はオリジナル作品を中心にやっていくつもりだと語っている。園監督の第2の処女作『ひそひそ星』を皮切りに、シオンプロダクションはこれから一体どんな作品を産み落としていくのだろうか。 (文=長野辰次)
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『ひそひそ星』 監督・脚本・プロデュース/園子温 プロデューサー/鈴木剛、園いづみ 出演/神楽坂恵、遠藤賢司、池田優斗、森康子、福島県浪江町・富岡町・南相馬市の人々  配給/日活 5月14日(土)より新宿シネマカリテほかロードショー (c)SION PRODUCTION http://hisohisoboshi.jp 『園子温という生きもの』 監督/大島新 出演/園子温、染谷将太、二階堂ふみ、田野邊尚人、安岡卓治、エリイ(Chim↑Pom)、神楽坂恵  配給/日活 5月14日(土)より新宿シネマカリテほかロードショー (c)2016「園子温という生きもの」製作委員会 http://sonosion-ikimono.jp ※東京都神宮前のワタリウム美術館では現在、園子温監督の美術個展「園子温『ひそひそ星』」を開催中(~7月10日)。デビュー作『自転車吐息』(90)がベルリン映画祭に出品された後、帰国して描き上げた『ひそひそ星』の絵コンテ555枚や劇中に登場する影絵シーンを再現した「今際の際(いまわのきわ)の橋」のほか、園監督が主宰したストリートパフォーマンス集団「東京ガガガ」から生まれた「ハチ公プロジェクト」の新作などが展示されている。

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“霊性の震災学”と共鳴する樹海奇譚『追憶の森』自殺の名所でマシュー・マコノヒーは何を見た?

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富士の樹海を舞台にしたマシュー・マコノヒー&渡辺謙共演作『追憶の森』。2人はあの世とこの世の狭間にある樹海を歩き続ける。
 タクシー運転手は不思議に思った。初夏にもかかわらず、女性客は厚手の冬服を着ていたからだ。行き先を尋ねると、女性客は被災の激しかった地名を告げた。運転手が「あそこはもう更地ですよ」と答えると、女性客は「私は死んだのですか?」と呟き、その姿を消した。今年1月に刊行されて話題を呼んだ『呼び覚まされる霊性の震災学』(新曜社)では、被災地のタクシー運転手たちが震災後に不思議な体験をしていること、また運転手たちはこの幽霊現象で出会ったお客たちに敬意を払っていることを伝えている。東北学院大学のゼミ生たちが『霊性の震災学』の調査をしていた頃、米国でも死生観をテーマにした一本の映画の製作が進んでいた。ガス・ヴァン・サント監督の『追憶の森』(原題『The Sea of Trees』)がそれだ。『追憶の森』では心に傷を負う米国人が、日本で不思議な体験をすることになる。『霊性の震災学』に通じるものを感じさせる。  ガス・ヴァン・サント監督はこれまでにコロンバイン高校銃乱射事件を描いた『エレファント』(03)やカート・コバーンの自死に触発された『ラストデイズ』(05)など、死に魅了された若者たちの物語を手掛けてきた。『永遠の僕たち』(11)では加瀬亮が特攻服を着た日本兵の幽霊として登場した。時代と共鳴するナイーブな感性を持つガス・ヴァン・サント監督の新作『追憶の森』の舞台は、日本が誇る霊峰・富士山の麓に広がる青木ヶ原だ。『完全自殺マニュアル』(太田出版)の発売以降、自殺の名所として日本だけでなく海外にも知られるようになった樹海で、人生に疲れてしまった男たちが出会い、奇妙なドラマが奏でられる。『ダラス・バイヤーズクラブ』(13)のマシュー・マコノヒーと『硫黄島からの手紙』(06)の渡辺謙に加え、スマトラ島沖地震を扱った『インポッシブル』(12)での半裸状態の熱演が光ったナオミ・ワッツが共演という豪華キャストでも注目されている。  物理学者のアーサー(マシュー・マコノヒー)はすっかり生きる気力を失っていた。大学の非常勤講師をしているが、不動産業をしている妻ジョーン(ナオミ・ワッツ)のほうが遥かに稼いでいる。仕事で忙しいジョーンはアルコール依存状態で、酔うとアーサーの稼ぎが悪いこと、前の職場で浮気したことを責めた。ささいなことでジョーンはすぐに怒り、夫婦仲はボロボロだった。難しい数式は簡単に解いてみせるアーサーだが、こんがらがった男女の仲を修復することはできない。アーサーはインターネットで見つけた日本の人気自殺スポット・樹海へと向かう。樹海の入口には数カ国語で自殺を思いとどまるようにと立て札が掲げてあるが、自殺を決意したアーサーの目には留まらなかった。
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『ダラス・バイヤーズクラブ』『インターステラー』と話題作への出演が続いたマシュー・マコノヒー。樹海での瞑想を望み、出演をOKした。
 木が生い茂る樹海をしばらく歩くといい感じの場所があり、アーサーはペットボトルの水で睡眠導入剤を口の中へと流し込む。しばらくすれば、思い残すことなくあの世へ旅立つことができるはずだった。ところがアーサーの視界にひとりの男の影が映る。サラリーマン風の中年男・タクミ(渡辺謙)は数日間樹海を彷徨っているらしく、全身傷だらけ状態だった。アーサーは見ず知らずの日本人男性のことが放っておけなくなる。人間には睡眠欲、性欲に加え、集団欲があるというが、アーサーは死に際に至って、ひとりでいられず、タクミのほうへと駆け寄っていく。  タクミを樹海の外へ連れ出してから、改めて自殺し直そう。そう思ったアーサーだが、ついさっき入ったばかりの樹海の入口がもう分からなくなっていた。男2人でどこまでも続く樹海を歩き続けることになる。タクミは英語が堪能で、アーサーはタクミの身の上を聞かされる。タクミは一流企業の部長職に就いていたが、仕事上でミスを犯し、反省部屋送りとなっていた。反省部屋で過ごす無為な日々に屈辱を感じたタクミは樹海に来たものの、残してきた家族のことを思うと死に切れなかったと打ち明ける。自殺を思い立ったアーサーとタクミは、次第にお互いの胸の内を明かすようになっていく。  スイスの心理学者ユングは、人間は一人ひとり無意識レベルで繋がっていると考え、そのことを集団的無意識と名付けた。ユングの説によれば、ひとりの人間の持つ意識はとてもちっぽけなもので、無意識の海で揺れる小舟のようなものらしい。かなりの量の睡眠導入剤を呑んでいたアーサーは、樹海を彷徨っているうちにどうやら集団的無意識の世界に足を踏み入れてしまったようだ。根を張り、枝を伸ばした樹木たちが絡まる様子は、まるで脳内の神経網のように感じられる。朦朧とする意識の中でアーサーは、傷つけ合うだけの関係に陥っていた妻ジョーンと掛け替えのない時間も過ごしていた記憶が鮮明に蘇る。別れる前に、彼女の好きな季節や好きな色を聞いておけばよかった。自分が愛した女性のことを自分はちっとも知らなかった。人生の迷子になってしまったアーサーだったが、自殺することに後悔の念が生じていく。標高1000mの高さにある樹海は、日が沈むと急激に冷え込む。原始時代さながらの闇夜をタクミと共に過ごすうちに、アーサーの心は少しずつ浄化されていく。
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アーサーと妻のジョーン(ナオミ・ワッツ)。森にはいないはずのジョーンの存在が、物語の後半では徐々に大きくなっていく。
 主演のマシュー・マコノヒーは、クリストファー・ノーラン監督のSF大作『インターステラー』(14)ではロケットに乗って宇宙の最果てまで旅をし、人間を突き動かしているものは“愛”であることを突き止めた。『追憶の樹海』では地上にぽっかりと口を開いたブラックホールのような樹海を彷徨うことで失った愛の大きさを知る。人間を生かすも殺すも、このよく分からない愛というものらしい。『インターステラー』の宇宙飛行士がそうだったように、『追憶の森』のアーサーも不思議な力に導かれて、それまでずっと解くことができなかった難解な数式のヒントを手にすることになる。 『霊性の震災学』のタクシー運転手たちは運賃を払うことなく消えていった不思議なお客たちのことを温かく受け止め、「また逢うことがあれば、乗せてあげたい」と語っている。被災地で今も働く彼らは、死を悼み、死者を敬う気持ちが恐怖心よりも上回っている。『追憶の森』のアーサーにこの話をしたら、きっとうなずくことだろう。 (文=長野辰次)
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『追憶の森』 脚本/クリス・スパーリング 監督/ガス・ヴァン・サント  出演/マシュー・マコノヒー、ナオミ・ワッツ、渡辺謙、ジョーダン・ガヴァリス、ケイティ・アセルトン、アンナ・フリードマン、アイ・ヨシハラ、リノ・タナカ、イクマ・アンドウ、ジュウゾウ・ヨシダ、スティーヴン・ハウィット、玄理  配給/東宝東和 4月29日(金)よりロードショー (c)2015 Grand Experiment,LLC. http://tsuiokunomori.jp

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テレビ中継されたのは戦争の真実か残酷ショーか アイヒマン本人が出演する『アイヒマン・ショー』

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1961年にイスラエルで開かれた“アイヒマン裁判”の様子をテレビマンの視点から伝える『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』。
 600万人が亡くなったとされるホロコーストで、いかに効率よくユダヤ人を強制収容所に移送できるかを計画したナチスドイツの戦争犯罪者アドルフ・アイヒマン。連合国側に顔が知られていなかったため、戦後は南米アルゼンチンで逃亡生活を送っていたアイヒマンだが、イスラエルの諜報機関モサドに見つかり、1960年にイスラエルへ強制連行。翌年4月から12月までイスラエルの首都エルサレムにて、“アイヒマン裁判”が開かれた。ユダヤ人虐殺を指揮したアイヒマンをユダヤ人国家が裁くということ、また戦時中の犯罪を戦後に作られたイスラエルの法律で裁くなど、様々な問題を抱えての法廷だった。  この歴史的裁判の様子をテレビ中継することを企画したプロデューサーと、その中継を託されたディレクターとのエピソードをドラマ化したのが、『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』だ。BBCの人気ドラマ『SHERLOCK/シャーロック』のワトソン役でおなじみマーティン・フリーマン扮するプロデューサーたちが織り成すドラマに、実際のアイヒマン裁判の記録映像を中継画像として盛り込むことで、アイヒマン本人が出演するリアルなノンフィクション映画に仕立てている。  アイヒマン裁判のテレビ中継を企画したプロデューサーのミルトン・フルックマン(マーティン・フリーマン)はユダヤ人で、ミルトンに要請されてディレクターを引き受けたレオ・フルヴィッツ(アンソニー・ラパリア)は米国で赤狩りに遭って仕事を干されている身だった。権力から抑圧されながらも生き延びてきたミルトンとレオが手を組んで、戦争犯罪者アイヒマンの裁判を全世界へと中継する。テレビ放送が始まって以来の画期的なプロジェクトだった。だが、話題を呼んだのは中継の開始直後だけ。視聴者はどんな極悪人が法廷に姿を現わすのか興味津々でテレビに魅入ったが、被告席に座ったアイヒマンは小役人風の平凡な中年男で、多くの視聴者は期待を裏切られてしまう。裁判は粛々と進み、視聴率は思ったほど伸びない。しかも、ソ連が有人宇宙ロケットの打ち上げに成功し、みんなの関心はそちらに移ってしまう。「過去より、未来に目を向けるべきだ」という世間の声にミルトンたちの心はぐらぐらと揺らぐ。
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マーティン・フリーマンは、変人ホームズに続いてアイヒマンに振り回される役。A・ラパリアは『ギター弾きの恋』(99)などに出演した実力派だ。
 プロデューサーのミルトンは裁判をひとつのドラマと捉え、裁判官から傍聴人まで含めた法廷の全体像を求めていた。カメラのスイッチングを多用することで、視聴者の興味を惹こうとする。一方、ドキュメンタリー監督であるレオは、戦争犯罪に加担したアイヒマンの人間像をじっくり掘り下げたいと考えていた。アイヒマンの顔のアップを、カメラマンたちに執拗に指示する。しかし、防弾ガラスで覆われた被告席に佇むアイヒマンの表情は、裁判中ほんとんど変わることがない。次第に中継クルーの間に亀裂が生じていく。さらにミルトン宛に脅迫の手紙や電話が相次ぐようになり、家族のいるミルトンは心が休まらない。あの戦争で何が起きたのかを世界中に伝えるという野心的なテレビ中継は、空中分解する寸前だった。  やがて裁判が動き出し、証人喚問が始まる。強制収容所から奇跡的に生き延びた人たちが、収容所の中で何が起きたのかを切々と語る。収容所に連れてこられたユダヤ人の子どもたちは「外は寒いから建物の中に入りなさい」と声を掛けられ、ガス室へと送り込まれた。ガス室に入ることを拒もうとすると銃身で殴りつけられ、無理矢理に押し込まれた。愛する家族や親族たちは家畜の屠殺よりも無惨に処分されていった。ガリガリに痩せ細った身体で“死の行進”を強いられた……。おぞましい収容所内の実態が、全世界へ向けてテレビ中継されていく。証人たちの衝撃的な告白に、視聴者は再び興味を示し、視聴率がぐんぐんと上がっていく。中継していたカメラマンは、法廷で暴かれる戦争犯罪のあまりの残酷さに気分が悪くなり、その場で倒れ込む。視聴者が求めていたのは収容所で起きた真実なのか、それともただの残酷ショーなのか。モニターを前に中継を指示していたミルトンもレオも、自分たちの体を張った仕事の是非が分からなくなっていく。
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防弾ガラスで覆われた被告席に姿を見せたアドルフ・アイヒマン本人。法廷中はほとんど身動きせず、表情を変えなかった。
「私は命令に従っただけだ」。アイヒマンは自分の戦争責任を否定するが、平和に対する罪、人道に対する罪などを問われ、裁判の翌年1962年6月にアイヒマンは絞首刑となる。ファシストたちの聖地にならないよう、アイヒマンの遺体は墓には収められず、遺灰として海に撒かれた。だが、アイヒマンの名前は、今なお“アイヒマン・テスト”として現代に残されている。別名、ミルグラム実験とも呼ばれるアイヒマン・テストは、人間は自分より権力のある者から命令されれば、簡単に他者に対して暴力行為を振る舞ってしまうことを科学的に証明したものだ。人間は誰もが、潜在的なアイヒマンである。ミルトンとレオが残した裁判映像は、そのことを思い起こさせてくれる。 (文=長野辰次)
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『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』 監督/ポール・アンドリュー・ウィリアムズ 脚本/サイモン・ブロック 出演/マーティン・フリーマン、アンソニー・ラパリア、レベッカ・フロント 配給/ポニーキャニオン 4月23日(土)よりヒューマン・トラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー (c)Feelgood Films 2014 Ltd. http://eichmann-show.jp

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生きづらさを感じる若者たちへの新しい福音か? 現代社会の黙示録『アイアムアヒーロー』『太陽』

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花沢健吾原作の本格的ゾンビ映画『アイアムアヒーロー』。現代社会に馴染めなかった漫画家の鈴木英雄(大泉洋)は戦いの中で覚醒していくことに。
 行くところまで行きついた社会格差は革命を引き起こし、資本主義経済はやがて共産主義経済へと移行する。19世紀の経済学者カール・マルクスが提唱した“史的唯物観”だが、現状の資本主義体制が解体するのはもうしばらく先で、ひと握りの資本家への富の集中が当分は続きそうだ。いつまで待っても起きない社会革命の代わりに、若者たちの間でもてはやされているのが“ゾンビもの”と呼ばれるジャンルである。高度に発展した資本主義社会はゾンビ化した群衆たちの暴動によって破壊され、経済格差のないゾンビ社会へと向かっていく。現代社会に生きづらさを感じている若者たちを魅了する、崩壊のカタルシスがゾンビ映画には隠されている。  花沢健吾原作コミックの実写映画化『アイアムアヒーロー』では新型ウィルスに感染して凶暴化した人々のことをゾンビではなく、ZQNと呼んでいる。DQNに字面のよく似たZQNは、格差社会に何の疑問を感じずに日常生活を繰り返してきた社畜系労働者たちの成れの果てだと言えるだろう。ZQN化してからも生前の習性から日常的行動パターンを意味もなく続けようとする。そんなZQNに噛まれた人間もまたZQN化してしまう。たちまち街にはZQNが溢れ返り、世界中がパニック状態に陥るが、逆にそれまでの社会に疎外感を覚え、集団行動が苦手だった人たちはZQN化することを免れる。社交性のあまりない、売れない漫画家の鈴木英雄(大泉洋)もZQN化を逃れたひとりだった。 『アイアムアヒーロー』を実写映画化したのは、『GANTZ』『GANTZ PERFECT ANSWER』(11)の佐藤信介監督。『GANTZ』でも日常世界が非日常空間へと変わっていく不気味さを巧みに描いた佐藤監督だけに、『アイアムアヒーロー』も鈴木英雄の視線で世界が崩壊していく様子を鮮やかに映像化してみせる。恋人のてっこ(片瀬那奈)と暮らしていたアパートを辛うじて逃げ出した英雄は、郊外へと逃げる途中で女子高生の比呂美(有村架純)や看護士の薮(長澤まさみ)らと出会う。売れない漫画家として冴えない人生を送っていた英雄は、警察や自衛隊が機能しなくなった無政府状態の新しい社会で本当の英雄=ヒーローへと変貌を遂げることに。クライマックスとなるアウトレットモールでのZQNたちとの攻防は韓国ロケを敢行し、R15指定ギリギリの迫力あるアクションサバイバル映画に仕上がっている。
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『アイアムアヒーロー』の鍵を握る女子高生の比呂美(有村架純)と看護士の薮(長澤まさみ)。アウトレットモールから無事に生還できるか。
 ゾンビものとは異なるが、ヴァンパイアをモチーフにして完全に二極化した近未来社会を描いたのが入江悠監督の『太陽』だ。劇団イキウメを主宰する前川知大の同名舞台を原作にした『太陽』は、高い知能を持った新人類ノクスと貧しい生活を続ける旧人類キュリオとに人類が二分化された世界の物語となっている。感染症によって生まれ変わった新人類ノクスは太陽光線を浴びることはできないが、明晰な頭脳といつまでも若々しい肉体を保ち、洗練された都市生活を送っている。一方、旧人類のキュリオは太陽の下でも暮らすことができるが、旧態依然とした寒村での生活を強いられていた。キュリオの小さな集落で生まれ育った鉄彦(神木隆之介)と幼なじみの結(門脇麦)は20歳になり、ノクスへの転換手術を受けるチャンスが巡ってきた。ノクスになれるのは集落からひとりだけ。故郷を棄ててノクスになることに憧れる鉄彦、自分が育った土地や家族にこだわってキュリオであり続けようとする結たちの葛藤が、往年のATG映画を思わせる人間ドラマとして描かれる。  ゾンビとヴァンパイアはどちらもホラー界のクリーチャーだが、ゾンビが下流社会、労働者階級出身のカラーが強いのに対し、ドラキュラ伯爵の血筋を引くヴァンパイアはどこか育ちのよさやインテリ性を感じさせる。『太陽』ではヴァンパイア=ノクスになることが一種のステータスとなっているが、ただしノクスに一度なるともうキュリオに戻ることはできない。二者択一の選択を大人になる一歩手前の鉄彦や結は迫られることになる。  佐藤監督が『GANTZ』や『図書館戦争』(13)に続いて『アイアムアヒーロー』でも日常と非日常との間で揺れ動く主人公たちを描いたように、『太陽』の入江監督も自分自身の命題に向き合っている。入江監督の代表作といえば、埼玉在住のラッパーたちの悲哀を描いた『SR/サイタマノラッパー』(09)だ。『SR』の主人公たちはライブハウスもCDショップもない地元の寂れた街に残って音楽活動を続けるか、東京に上京して派手にひと旗揚げるかの選択を迫られる。サイタマからTOKYOまでの距離が、『SR』の主人公たちには途轍もなく遠く感じられる。『SR』三部作で若者たちの熱烈な支持を得た入江監督は、インディーズドリームの体現者としてメジャーシーンでの映画づくりに挑むことになった。かつては地元か東京かという二者択一の問題が入江作品の重大なテーマだったが、松竹配給作『日々ロック』(14)以降はメジャーとインディーズとの狭間に立ち、どう自分らしさを作品の中で発揮するかがテーマとなっている。
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神木隆之介&門脇麦主演作『太陽』。蜷川幸雄演出の舞台『太陽2068』で綾野剛と前田敦子が演じた役に2人は挑んでいる。
 今回の『太陽』ではノクスかキュリオかという選択を強いられ、主人公たちは大いに悩む。キュリオとしてのこだわりを棄ててノクスになることは、自分自身のアイデンティティーを全否定することに繋がるのではないか。自分の魂を売り渡すことになるのではないかという罪悪感や恐怖感が付きまとう。ノクスとして居心地のよい生活が約束されていても、その中に溶け込んでいった自分はもはや自分ではないのではないか。ノクスになれば瞬時に忘れ去るだろうちっぽけだけど大きな悩みが、断末魔の叫びを上げる。 『アイアムアヒーロー』の世界では、生き残った人間よりもゾンビ化してしまった人たちのほうが、貧困や人間関係や社会格差にも悩まずに済み、苦しみから解放されることになる。『太陽』では新人類ノクスの仲間になることで、上流社会での快適極まりない生活が待っている。でも果たしてそれが自分にとっての本当の幸せなのか。そもそも自分とは一体何者なのか。自分にいちばん適した世界はどこにあるのか。そして、自分は世界とどう関わり合うのか。日本で生まれた2つのSF作品『アイアムアヒーロー』と『太陽』は、アイデンティティーに関わる深遠な問題を観る者に投げ掛けてくる。 (文=長野辰次)
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『アイアムアヒーロー』 原作/花沢健吾 脚本/野木亜紀子 監督/佐藤信介 出演/大泉洋、有村架純、吉沢悠、岡田義徳、片瀬那奈、片桐仁、マキタスポーツ、塚地武雅、徳井優、長澤まさみ 配給/東宝 R15+ 4月23日(土)より全国ロードショー (c)2016 映画「アイアムアヒーロー」製作委員会 (c)2009 花沢健吾/小学館 http://www.iamahero-movie.com
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『太陽』 原作/前川知大 脚本/入江悠、前川知大 監督/入江悠 出演/神木隆之介、門脇麦、古川雄輝、水田航生、村上淳、中村優子、高橋和也、森口瑤子、綾田俊樹、鶴見辰吾、古舘寛治 配給/KADOKAWA  4月23日(土)より角川シネマ新宿ほか全国ロードショー (c)2015「太陽」製作委員会 http://eiga-taiyo.jp

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花沢健吾原作の本格的ゾンビ映画『アイアムアヒーロー』。現代社会に馴染めなかった漫画家の鈴木英雄(大泉洋)は戦いの中で覚醒していくことに。
 行くところまで行きついた社会格差は革命を引き起こし、資本主義経済はやがて共産主義経済へと移行する。19世紀の経済学者カール・マルクスが提唱した“史的唯物観”だが、現状の資本主義体制が解体するのはもうしばらく先で、ひと握りの資本家への富の集中が当分は続きそうだ。いつまで待っても起きない社会革命の代わりに、若者たちの間でもてはやされているのが“ゾンビもの”と呼ばれるジャンルである。高度に発展した資本主義社会はゾンビ化した群衆たちの暴動によって破壊され、経済格差のないゾンビ社会へと向かっていく。現代社会に生きづらさを感じている若者たちを魅了する、崩壊のカタルシスがゾンビ映画には隠されている。  花沢健吾原作コミックの実写映画化『アイアムアヒーロー』では新型ウィルスに感染して凶暴化した人々のことをゾンビではなく、ZQNと呼んでいる。DQNに字面のよく似たZQNは、格差社会に何の疑問を感じずに日常生活を繰り返してきた社畜系労働者たちの成れの果てだと言えるだろう。ZQN化してからも生前の習性から日常的行動パターンを意味もなく続けようとする。そんなZQNに噛まれた人間もまたZQN化してしまう。たちまち街にはZQNが溢れ返り、世界中がパニック状態に陥るが、逆にそれまでの社会に疎外感を覚え、集団行動が苦手だった人たちはZQN化することを免れる。社交性のあまりない、売れない漫画家の鈴木英雄(大泉洋)もZQN化を逃れたひとりだった。 『アイアムアヒーロー』を実写映画化したのは、『GANTZ』『GANTZ PERFECT ANSWER』(11)の佐藤信介監督。『GANTZ』でも日常世界が非日常空間へと変わっていく不気味さを巧みに描いた佐藤監督だけに、『アイアムアヒーロー』も鈴木英雄の視線で世界が崩壊していく様子を鮮やかに映像化してみせる。恋人のてっこ(片瀬那奈)と暮らしていたアパートを辛うじて逃げ出した英雄は、郊外へと逃げる途中で女子高生の比呂美(有村架純)や看護士の薮(長澤まさみ)らと出会う。売れない漫画家として冴えない人生を送っていた英雄は、警察や自衛隊が機能しなくなった無政府状態の新しい社会で本当の英雄=ヒーローへと変貌を遂げることに。クライマックスとなるアウトレットモールでのZQNたちとの攻防は韓国ロケを敢行し、R15指定ギリギリの迫力あるアクションサバイバル映画に仕上がっている。
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『アイアムアヒーロー』の鍵を握る女子高生の比呂美(有村架純)と看護士の薮(長澤まさみ)。アウトレットモールから無事に生還できるか。
 ゾンビものとは異なるが、ヴァンパイアをモチーフにして完全に二極化した近未来社会を描いたのが入江悠監督の『太陽』だ。劇団イキウメを主宰する前川知大の同名舞台を原作にした『太陽』は、高い知能を持った新人類ノクスと貧しい生活を続ける旧人類キュリオとに人類が二分化された世界の物語となっている。感染症によって生まれ変わった新人類ノクスは太陽光線を浴びることはできないが、明晰な頭脳といつまでも若々しい肉体を保ち、洗練された都市生活を送っている。一方、旧人類のキュリオは太陽の下でも暮らすことができるが、旧態依然とした寒村での生活を強いられていた。キュリオの小さな集落で生まれ育った鉄彦(神木隆之介)と幼なじみの結(門脇麦)は20歳になり、ノクスへの転換手術を受けるチャンスが巡ってきた。ノクスになれるのは集落からひとりだけ。故郷を棄ててノクスになることに憧れる鉄彦、自分が育った土地や家族にこだわってキュリオであり続けようとする結たちの葛藤が、往年のATG映画を思わせる人間ドラマとして描かれる。  ゾンビとヴァンパイアはどちらもホラー界のクリーチャーだが、ゾンビが下流社会、労働者階級出身のカラーが強いのに対し、ドラキュラ伯爵の血筋を引くヴァンパイアはどこか育ちのよさやインテリ性を感じさせる。『太陽』ではヴァンパイア=ノクスになることが一種のステータスとなっているが、ただしノクスに一度なるともうキュリオに戻ることはできない。二者択一の選択を大人になる一歩手前の鉄彦や結は迫られることになる。  佐藤監督が『GANTZ』や『図書館戦争』(13)に続いて『アイアムアヒーロー』でも日常と非日常との間で揺れ動く主人公たちを描いたように、『太陽』の入江監督も自分自身の命題に向き合っている。入江監督の代表作といえば、埼玉在住のラッパーたちの悲哀を描いた『SR/サイタマノラッパー』(09)だ。『SR』の主人公たちはライブハウスもCDショップもない地元の寂れた街に残って音楽活動を続けるか、東京に上京して派手にひと旗揚げるかの選択を迫られる。サイタマからTOKYOまでの距離が、『SR』の主人公たちには途轍もなく遠く感じられる。『SR』三部作で若者たちの熱烈な支持を得た入江監督は、インディーズドリームの体現者としてメジャーシーンでの映画づくりに挑むことになった。かつては地元か東京かという二者択一の問題が入江作品の重大なテーマだったが、松竹配給作『日々ロック』(14)以降はメジャーとインディーズとの狭間に立ち、どう自分らしさを作品の中で発揮するかがテーマとなっている。
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『太陽』 原作/前川知大 脚本/入江悠、前川知大 監督/入江悠 出演/神木隆之介、門脇麦、古川雄輝、水田航生、村上淳、中村優子、高橋和也、森口瑤子、綾田俊樹、鶴見辰吾、古舘寛治 配給/KADOKAWA  4月23日(土)より角川シネマ新宿ほか全国ロードショー (c)2015「太陽」製作委員会 http://eiga-taiyo.jp

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神様に祈りを捧げる教会は“悪魔の巣窟”だった!? 『スポットライト』が照らし出した平穏社会の暗部

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実録ドラマ『スポットライト 世紀のスクープ』。地方新聞が発した記事をきっかけに、カトリック教会の不祥事が次々と噴出する。
 カトリック教会は子どもたちを性的虐待する変態神父たちの温床であり、教会はその事実を組織ぐるみで隠蔽してきた。世界で12億人もの信者数を誇るカトリック教会の衝撃的な内幕を暴いた地方新聞の記者たちの奔走を描いたのが、実録ドラマ『スポットライト 世紀のスクープ』だ。多くの予想に反し、今年のアカデミー賞作品賞と脚本賞を獲得し、カトリック教会の本部であるバチカンのローマ法王庁を今も大きく揺さぶっている。  この物語は米国の古い街・ボストンにひとりのアウトサイダーが赴任してきたことから動き始める。2001年7月、ボストン・グローブ紙はインターネットの普及で売り上げ部数が低迷し、そのテコ入れとして親会社から新しい編集局長のマーティ(リーヴ・シュレイバー)が就任する。マーティはまず「読者がもっと読みたくなる紙面にしよう」と社員に求める。そんな努力はずっとやってきたと同紙に勤めるベテラン記者たちはうんざり顔だが、マーティは容赦なく改革を断行する。ユダヤ人であり、地元とのしがらみがないマーティの目に止まったのは、地元カトリック教会のジョン・ゲーガン神父が子どもたちに悪戯をした疑いで裁判沙汰になったスキャンダル。ボストン・グローブ紙は小さな囲み記事で扱っていたが、マーティは「事件の真相をさらに掘り下げろ」と命じる。「すでに記事にした」「うちの読者の半分はカトリック信者だぞ」という反対の声が上がる一方、特ダネ班“スポットライト”のデスク、ロビー(マイケル・キートン)がこの事件を担当することになる。
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デスクのロビー(マイケル・キートン)は教会全体を訴えようとするが、現場記者のマイク(マーク・ラファロ)は即記事にすべきだと意見が対立。
 元タクシー運転手で、一度取材相手に喰らい付いたら離さないスッポン記者のマイク(マーク・ラファロ)、祖母が敬虔なカトリック信者であることから複雑な想いを抱く女性記者のサーシャ(レイチェル・マクアダムス)らがロビーの指揮のもと取材を始める。しかし、裁判所はこの件に関する資料をいっさい公開しようとしない。弁護士たちも固く口を閉ざしたまま。カトリック教会のスキャンダルに触れることは、保守的な市民の多いこの街では大タブーなのだ。ニクソン大統領失脚の顛末を描いた『大統領の陰謀』(76)では、盗聴事件を追うワシントン・ポスト紙の記者に大きなヒントをもたらす“ディープ・スロート”が現われたが、本作でも特ダネ班に有力な電話が掛かる。その電話を掛けてきたのは心理療養士で、30年間にわたってカトリック教会の聖職者たちが関係してきた性犯罪を調べ上げたという。彼の調査によると、独身であることを義務づけられているカトリック教会の神父たちの6%がペドフィル(小児性愛者)であるという。子どもたちへの性的虐待事件はボストンだけでなく、全米中、いや世界中で大昔から繰り返されてきたのだ。自分たちが追っていた事件は巨大な氷山の一角に過ぎないことを知り、ロビーたちは愕然とする。  被害者たちを半年がかりで調べた結果、身の毛のよだつ実態が明るみになっていく。カトリック教会の変態神父たちは教会に祈りを捧げに通う子どもたちの中から、片親で経済的に恵まれない家庭の子やホモっけのある口数の少ない男の子に狙いを定めて、自分たちの性欲の餌食にしていた。神父から性的行為を強要された子どもたちは到底逆らえない。もし親にバレても、示談金を渡すことでうやむやにすることができる。やがてトラウマを抱えた子どもたちの多くはドラッグ依存かアルコール依存に走り、自殺するか廃人化してしまう。辛うじて生き残った被害者が訴訟を起こそうとしても、カトリック教会と結びつきの深い警察や司法関係者によって巧みにもみ消されてしまう。しかも、問題を起こした神父はカトリック教会内で処罰されることなく、別の教区へと転任し、さらに被害者を増やし続けていた。カトリック教会は神への信仰と同時に、子どもたちを食い物にする悪魔も世界中にまき散らしていたのだ。
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少年期にカトリック教会の神父に性的虐待を受けた被害者。多くの被害者は誰にも相談できずに自殺し、すでにこの世を去ったと告げる。
 カトリック教会の司教たちは、自分が治める教区内の神父たちが起こした不祥事をなかったことにしてローマ法王庁への出世を遂げてきた。警察も司法関係者たちも見せかけの平穏を保つことで、それぞれの安定した生活を守ってきた。古い伝統を誇るカトリック教会、そしてボストンという街の腐った暗部に、ロビーたちはメスを入れることになる。当然ながら取材記者たちも無事では済まず、吹き出す膿を全身に浴びることになる。カトリック教会の神父による性犯罪は1970年代からすでに問題になっていたが、地元でいちばんの権威を誇っていたボストン・グローブ紙はそのことを90年代になってから目立たない小さなベタ記事でしか扱っていなかったことが明らかになる。  記者の心がこもっていないベタ記事は、記者や新聞社が「我々はちゃんと事実を記事にした」という自己弁護のためのアリバイづくりでしかない。ボストン・グローブ紙は、以前から性的虐待に苦しんでいる子どもたちがいることを知りながら、ずっとスルーし続けてきたのだ。被害者たちの痛みを受け止め、声を発することができない人たちの声を拾い集め、さらに裏付け調査することで、ようやく血の通った記事が生まれる。新聞が売れなくなった理由は、インターネットの普及や若者の活字離れだけではなかった。『スポットライト』は巨大宗教組織の闇だけでなく、メディアに関わる人間の足元も照らしてみせる。神なき時代に迷える人々の指針となるのは、真実以外のなにものでもない。 (文=長野辰次)
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『スポットライト 世紀のスクープ』 監督/トム・マッカーシー 脚本/トム・マッカーシー、ジョシュ・シュガー 撮影/マサノブ・タカヤナギ 出演/マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス、リーヴ・シュレイバー、スタンリー・トゥッチ  配給/ロングライド 4月15日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー Kerry Hayes(c)2015SPOTLIGHT FILM,LLC http://spotlight-scoop.com

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神様に祈りを捧げる教会は“悪魔の巣窟”だった!? 『スポットライト』が照らし出した平穏社会の暗部

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実録ドラマ『スポットライト 世紀のスクープ』。地方新聞が発した記事をきっかけに、カトリック教会の不祥事が次々と噴出する。
 カトリック教会は子どもたちを性的虐待する変態神父たちの温床であり、教会はその事実を組織ぐるみで隠蔽してきた。世界で12億人もの信者数を誇るカトリック教会の衝撃的な内幕を暴いた地方新聞の記者たちの奔走を描いたのが、実録ドラマ『スポットライト 世紀のスクープ』だ。多くの予想に反し、今年のアカデミー賞作品賞と脚本賞を獲得し、カトリック教会の本部であるバチカンのローマ法王庁を今も大きく揺さぶっている。  この物語は米国の古い街・ボストンにひとりのアウトサイダーが赴任してきたことから動き始める。2001年7月、ボストン・グローブ紙はインターネットの普及で売り上げ部数が低迷し、そのテコ入れとして親会社から新しい編集局長のマーティ(リーヴ・シュレイバー)が就任する。マーティはまず「読者がもっと読みたくなる紙面にしよう」と社員に求める。そんな努力はずっとやってきたと同紙に勤めるベテラン記者たちはうんざり顔だが、マーティは容赦なく改革を断行する。ユダヤ人であり、地元とのしがらみがないマーティの目に止まったのは、地元カトリック教会のジョン・ゲーガン神父が子どもたちに悪戯をした疑いで裁判沙汰になったスキャンダル。ボストン・グローブ紙は小さな囲み記事で扱っていたが、マーティは「事件の真相をさらに掘り下げろ」と命じる。「すでに記事にした」「うちの読者の半分はカトリック信者だぞ」という反対の声が上がる一方、特ダネ班“スポットライト”のデスク、ロビー(マイケル・キートン)がこの事件を担当することになる。
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デスクのロビー(マイケル・キートン)は教会全体を訴えようとするが、現場記者のマイク(マーク・ラファロ)は即記事にすべきだと意見が対立。
 元タクシー運転手で、一度取材相手に喰らい付いたら離さないスッポン記者のマイク(マーク・ラファロ)、祖母が敬虔なカトリック信者であることから複雑な想いを抱く女性記者のサーシャ(レイチェル・マクアダムス)らがロビーの指揮のもと取材を始める。しかし、裁判所はこの件に関する資料をいっさい公開しようとしない。弁護士たちも固く口を閉ざしたまま。カトリック教会のスキャンダルに触れることは、保守的な市民の多いこの街では大タブーなのだ。ニクソン大統領失脚の顛末を描いた『大統領の陰謀』(76)では、盗聴事件を追うワシントン・ポスト紙の記者に大きなヒントをもたらす“ディープ・スロート”が現われたが、本作でも特ダネ班に有力な電話が掛かる。その電話を掛けてきたのは心理療養士で、30年間にわたってカトリック教会の聖職者たちが関係してきた性犯罪を調べ上げたという。彼の調査によると、独身であることを義務づけられているカトリック教会の神父たちの6%がペドフィル(小児性愛者)であるという。子どもたちへの性的虐待事件はボストンだけでなく、全米中、いや世界中で大昔から繰り返されてきたのだ。自分たちが追っていた事件は巨大な氷山の一角に過ぎないことを知り、ロビーたちは愕然とする。  被害者たちを半年がかりで調べた結果、身の毛のよだつ実態が明るみになっていく。カトリック教会の変態神父たちは教会に祈りを捧げに通う子どもたちの中から、片親で経済的に恵まれない家庭の子やホモっけのある口数の少ない男の子に狙いを定めて、自分たちの性欲の餌食にしていた。神父から性的行為を強要された子どもたちは到底逆らえない。もし親にバレても、示談金を渡すことでうやむやにすることができる。やがてトラウマを抱えた子どもたちの多くはドラッグ依存かアルコール依存に走り、自殺するか廃人化してしまう。辛うじて生き残った被害者が訴訟を起こそうとしても、カトリック教会と結びつきの深い警察や司法関係者によって巧みにもみ消されてしまう。しかも、問題を起こした神父はカトリック教会内で処罰されることなく、別の教区へと転任し、さらに被害者を増やし続けていた。カトリック教会は神への信仰と同時に、子どもたちを食い物にする悪魔も世界中にまき散らしていたのだ。
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少年期にカトリック教会の神父に性的虐待を受けた被害者。多くの被害者は誰にも相談できずに自殺し、すでにこの世を去ったと告げる。
 カトリック教会の司教たちは、自分が治める教区内の神父たちが起こした不祥事をなかったことにしてローマ法王庁への出世を遂げてきた。警察も司法関係者たちも見せかけの平穏を保つことで、それぞれの安定した生活を守ってきた。古い伝統を誇るカトリック教会、そしてボストンという街の腐った暗部に、ロビーたちはメスを入れることになる。当然ながら取材記者たちも無事では済まず、吹き出す膿を全身に浴びることになる。カトリック教会の神父による性犯罪は1970年代からすでに問題になっていたが、地元でいちばんの権威を誇っていたボストン・グローブ紙はそのことを90年代になってから目立たない小さなベタ記事でしか扱っていなかったことが明らかになる。  記者の心がこもっていないベタ記事は、記者や新聞社が「我々はちゃんと事実を記事にした」という自己弁護のためのアリバイづくりでしかない。ボストン・グローブ紙は、以前から性的虐待に苦しんでいる子どもたちがいることを知りながら、ずっとスルーし続けてきたのだ。被害者たちの痛みを受け止め、声を発することができない人たちの声を拾い集め、さらに裏付け調査することで、ようやく血の通った記事が生まれる。新聞が売れなくなった理由は、インターネットの普及や若者の活字離れだけではなかった。『スポットライト』は巨大宗教組織の闇だけでなく、メディアに関わる人間の足元も照らしてみせる。神なき時代に迷える人々の指針となるのは、真実以外のなにものでもない。 (文=長野辰次)
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『スポットライト 世紀のスクープ』 監督/トム・マッカーシー 脚本/トム・マッカーシー、ジョシュ・シュガー 撮影/マサノブ・タカヤナギ 出演/マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス、リーヴ・シュレイバー、スタンリー・トゥッチ  配給/ロングライド 4月15日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー Kerry Hayes(c)2015SPOTLIGHT FILM,LLC http://spotlight-scoop.com

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3.11に対するピンク映画からの回答。声を失った男の悲痛な叫び『夢の女』『バット・オンリー・ラヴ』

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実話からアイデアを得た『夢の女』。40年間にわたって精神病院で暮らしてきた主人公・永野(佐野和宏)は震災をきっかけに退院を果たす。
 多くの犠牲者を出した東日本大震災だが、あの震災によって逆に社会復帰を果たした人もいる。10代のときに統合失調症と診断された男性は、40年にわたって地元・福島の精神科病院での入院生活を余儀なくされた。しかし、福島第一原発事故によって原発近くにあった入院先から他の病院に避難した際、すでに病気は完治していることが判明。男性は60歳になって、ようやく自分の人生を取り戻すことになった。あまりにも皮肉めいた小説のようだが、これは『ハートネットTV』(NHK教育)や『クローズアップ現代』(NHK総合)でも報道された実話。このウソのような本当の話を映画化したのが、かつてピンク映画界で活躍した佐野和宏主演作『夢の女 ユメノヒト』だ。  佐野和宏はカルト映画『追悼のざわめき』(88)でマネキンを愛する男を怪演したのをはじめ、瀬々敬久監督が札幌テレクラ殺人事件を題材にした『雷魚』(97)などインディペンデント系の作品で存在感を見せてきた男優。出演作は100本を超える。またピンク映画『監禁 ワイセツ前戯』(89)で監督デビューし、瀬々、サトウトシキ、佐藤寿保と共にピンク映画界のヌーベルバーグ“ピンク四天王”と称され、『変態テレフォンONANIE』(93)など17本の監督作を残している。90年代のピンク映画に親しんだ世代には忘れがたい名前である。だが、『熟女のはらわら 真紅の裂け目』(97)を最後に佐野は監督業から離れていく。セックスシーンさえあれば自由な表現が許されていたピンク映画だったが、不景気の風にさらされる中、次第にピンク映画からも自由さが消えていった時代でもあった。  創作意欲を失った日々を過ごす佐野に追い打ちを掛けるように、咽喉ガンが見つかり、2011年には手術により声帯を失うことになる。監督としても俳優としても声を失うことはあまりにも致命的だ。ところが、皮肉なことに佐野はガンを患い、医者から「5年後の生存率20%」と告げられたことから、猛烈に「生きたい」と願うようになった。そして生きたいという願望と同時に、再び「映画を作りたい」という気持ちが溢れ出した。生きる意欲と創作意欲を取り戻した佐野のもとに、ピンク映画時代の仲間たちが集まった。ピンク四天王の下の世代にあたる“ピンク七福神”のいちばんの若手・坂本礼監督が佐野を福島まで連れ出し、撮り上げたのが『夢の女 ユメノヒト』だった。
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『夢の女』のヒロイン・幸子を演じるのは、ピンク映画で長年活躍してきた伊藤清美。幸子に逢うことで永野の時間が動き始める。
 佐野の久々の主演作『夢の女 ユメノヒト』は福島県南相馬から物語が始まる。広々とした更地に一本だけぽつんと老木が残っている。震災後に有名になった「奇跡の一本松」によく似たロケーションだ。そんな老木の横を自転車に乗った永野(佐野和宏)は走っていく。永野は40年間にわたって精神科病棟で暮らしてきた。ところが震災で避難した際に、永野の病気は完治していることが分かった。でも震災によってまるで変わってしまった故郷に、浦島太郎状態の永野の行き場所はどこにもない。永野は10代の頃の記憶をたどり、初体験を済ませた思い出の女性を探し始める。  永野が探している女性・幸子は、永野が童貞を捧げた同級生だ。といっても2人の間には恋愛感情はなかった。幸子は1000円さえ払えば、誰でもヤラせてくれる“便所女”だった。同級生の男たちはみんな、幸子に1000円を払い、童貞を棄てた。永野も幸子が覚え切れないほど相手をした男たちのひとりに過ぎない。だが、永野は病院で暮らしている間、ずっと夢の中で幸子との初体験を反芻してきた。社会から隔離された生活を送ってきた永野にとって、幸子との思い出は、生身の女性と肉体を交わし合った唯一の経験でもあった。幸子もまた震災によって避難生活を強いられ、東京で暮らしている息子夫婦宅に身を寄せていることが分かった。福島から東京へと伸びている送電線に沿って、永野は黙々と自転車を走らせ続ける。  ピンク映画界で表現活動に打ち込んできた佐野や坂本礼監督にとって、3.11へのアプローチ作となっている『夢の女』。福島から東京へ向かう途中、主人公である永野は何人かの若い女性と出会い、セックスをする機会に遭遇する。だが残念なことに、入院生活の長かった永野の男性器はなかなか勃起しない。それでも永野は夢の中に現われ続けた幸子を探し続ける。夢の中と違って、現実の幸子はもうおばあちゃんになっているはず。でも、永野にとってはリアルに年を取った幸子でなくてはダメなのだ。自分と同じように年を取った幸子を再び抱くことで、永野は本当の意味で外の世界と繋がることができる。福島第一原発が稼働を始めた1971年から、ずっと止まったままだった永野の時間はようやく動き始める。
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佐野和宏の18年ぶりとなる監督&主演作『バット・オンリー・ラヴ』。声帯を失った佐野の声にならない叫びがスクリーンから聞こえてくる。
 ひとりの男が失った時間を取り戻すロードムービー『夢の女』を語る上で外すことができないのは、佐野が主演だけでなく、脚本&監督も兼任した新作『バット・オンリー・ラヴ』。佐野の復帰作として『夢の女』の製作準備を坂本監督と脚本家の中野太が進めていた間、佐野は待ち切れずに自分で脚本を書き上げてしまった。それが『バット・オンリー・ラヴ』だ。同時期に佐野を中心に発生したエネルギー体から、2本のピンク映画が飛び出したことになる。佐野監督作『バット・オンリー・ラヴ』を先に撮影することになり、佐野が筆談でしかコミュニケーションができないため、坂本監督が『バット・オンリー・ラヴ』のチーフ助監督を引き受けた。『夢の女』が社会の片隅で生きる人々の営みを描いたように、『バット・オンリー・ラヴ』もまた極少人数で、しかもスタッフとキャストがそれぞれ自発的に動きながら撮っていくというピンク映画ならではの特徴が強く反映された作品となっている。  18年ぶりとなる佐野監督作『バット・オンリー・ラヴ』は喉頭ガンで声を失った男が長年連れ添ってきた妻や家族との関係を見つめ直し、スワッピング旅行に妻を連れていく物語だ。佐野自身が脚本を書き、監督した『バット・オンリー・ラヴ』には主人公を演じた佐野の迫力に圧倒されるシーンがある。妻との間に生まれた娘が、実は自分とは血が繋がっていないことを男は知る。ずっと一緒に暮らし、今でもセックスする間柄の妻のことが男は急に信じられなくなってしまう。暗闇の中に取り残された男は、ベッドで背中を向けて眠っている妻に向かって、精一杯の声で叫ぶ。手術で声帯を失っている男の口からは、声にならない言葉が次々と溢れ出していく。妻、そして世間に向かって、男は怒り、疑念、恨みつらみのあらん限りを吐き出す。すべてを吐き終えた男の口元からは、やがて最後の最後にすれっからしの愛が這いずり出てくる。 (文=長野辰次)

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『夢の女 ユメノヒト』 監督/坂本礼 脚本/中野太 出演/佐野和宏、伊藤清美、和田華子、西山真来、小林節彦、川瀬陽太、吉岡睦雄、櫻井拓也、伊藤猛  配給/インターフィルム R15 4月9日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開 (c)V☆パラダイス、インターフィルム、KOKUEI

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『バット・オンリー・ラヴ』 監督・脚本・主演/佐野和宏 出演/円城ひとみ、酒井あずさ、蜷川みほ、芹澤りな、柄本佑、緒方明、川瀬陽太、工藤翔子、吉岡睦雄、飯島洋一  配給/東風 4月2日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開  (c)「But only love…」製作運動体 ※ 4月2日(土)より特集上映「佐野の声を聴け!」を新宿K’s cinemaにて開催。佐野の監督デビュー作『ミミズのうた』(82)、佐野の代表作『Don’t let it bring you down』(93、公開タイトル『変態テレフォンONANIE』)、『海鳴り 或るいは波の数だけ抱きしめていられるか、アホンダラ』(91、公開タイトル『集団痴漢 人妻覗き』)の3作品が日替わりで上映される。

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