森光子さんの葬儀にジャニーズファンが「うちわ持ってジャニ目当て」?

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ジャニーさんに肩身の狭い思いを
させないで

 先月10日に亡くなった、女優・森光子さん(享年92)の本葬が昨日7日、東京・青山葬儀所で営まれ、ジャニーズタレントをはじめ芸能界などの関係者約1,000人が参列した。福岡ソフトバンクホークス会長の王貞治、光子さんと50年来の親友である黒柳徹子に加え、ジャニーズ事務所を代表して近藤真彦も弔辞を読んだ。

「東山(紀之)をはじめ、一人ひとりに森さんとの楽しい思い出があります。ある時には、誕生日やクリスマスプレゼントをいただき、そこには、お手紙や、ファクスでの、優しいメッセージを添えられていました。(中略)僕たちは、そのメッセージに何度も励まされていました。また、これからも、仕事で苦しく、つらい時にはそのメッセージを読み直し、乗り越えていきます」

ジャニーズ激震! コンサート制作の子会社の横領発覚でお家騒動勃発か

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ファンとしては、コンサートの内容が変わってしまわないか、気になるところ

 ジャニーズ事務所傘下で、ジャニーズのコンサート企画や制作を手がけているヤングコミュニケーション(以下、ヤング)について、あるウワサが浮上している。ジャニー喜多川社長が代表取締役を務める同社だが、役員クラスの社員がジャニー氏の知らぬところで、ある“不正”を働いていたのだ。

「ジャニーズ本体は、ずっとヤングの不正を疑っていたのですが、ついに今年になって、動かぬ証拠を掴んでしまったようなんです。来年以降、すべてのジャニーズコンサートに何らかの変化が訪れるかも知れませんね」(芸能プロ幹部)

 問題となっている不正とは、ずばり金銭問題。コンサートの収益から、ヤングの取り分を密かに水増しして計上していたのだという。

「ミリオンヒットも狙っている」近藤真彦の新曲、Kis-My-Ft2に及ばず

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「売れることがすべてじゃないぞ、
優馬!」

 ジャニーズ事務所の大御所・近藤真彦が11月21日に50枚目のシングル「Let’sGo!」をリリースした。前作「ざんばら」から約2年9カ月ぶりとなる「Let’sGo!」は、ミリオンヒットを記録した1996年発売の「ミッドナイト・シャッフル」を手掛けたプロデューサー、ジョー・リノイエ氏と再びタッグを組んだ楽曲。近藤自身も「これ以上の曲はない」と大絶賛し、「ミリオンヒットも狙っている」と発言するなど同曲にかける意気込みも強く感じられたが、オリコンデイリーランキングでは16位と滑り出しは不調だった。

 1980年に「スニーカーぶる~す」でデビューした近藤。以後は「ブルージーンズメモリー」「ギンギラギンにさりげなく」「ハイティーン・ブギ」など数々のヒット曲を連発。その後デビューした数多くのジャニーズの中でも、芸能活動とレーシングドライバーとしての活動を並行して行う近藤は異色の存在だ。

森光子さん訃報に際し、ジャニーズ事務所がコメントを出せなかったワケ

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とはいえ、このやり方にヒガシも
学ぶところは多いはず

 今月10日に死去していたことが明らかになった森光子さん。東宝演劇宣伝部が14日に訃報を発表した際には、報道各社が、各著名人からのお悔やみや追悼記事の対応に追われる中、一番関係が深いとされるジャニーズ事務所関係者は、怒りをあらわにしていたという。

 東宝が発表したFAXでは、すでに家族だけでの密葬を済ませたこと、また本葬に関しては未定との内容が記されていた。この点に関して、芸能界で一番やってはならないとされる“ルール違反”が犯されていたという。

『ジャニーズ・ワールド』公演前日に当選取り消し! 事務局に電話取材を敢行

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帝国劇場『JOHNNYS’ World ‐ジャニーズ・ワー
ルド‐』公式サイトより

 先ごろ帝国劇場で開幕した舞台『ジャニーズ・ワールド』で、チケットに関するトラブルが発生していたことがわかった。今まで、ジャニーズ関連のチケットをめぐっては、その競争率の高さや違反行為とみなされた場合のペナルティなど、さまざまな話題を呼んできたが、今回の一件は、ファンにとってあまりにも気の毒な結果になってしまったと、注目を集めているのだ。

 公演2日目の今月11日、Twitter上で「チケットを持っていたにもかかわらず、入場することができなかったファンがいる」と騒動になった。この一般人女性Rさん(仮名)は、公演前に舞台事務局から、座席の変更を打診されていたという。

「ところが公演の前日になって、事務局から突然『やはり今回は替わりの席が用意できなかった』と連絡を受けたそうなんです。地方在住のRさんはすでにホテルを予約して、会場近くまで遠征しており、怒りのあまりこの一件をTwitter上に書き込んでしまった。そして公演当日、Rさんの知人が確認したところ、彼女が座るはずだった席にはデヴィ夫人が座っていたというんです」(熱心なジャニーズファン)

初日1万4,749枚! 中山優馬、シングルCD緊急握手会で成果はでるか?

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衣装はこんなに輝いてあるのに!

 10月31日に初ソロシングル「Missing Piece」をリリースした中山優馬について、今後を不安視する声が挙がっている。ジャニー喜多川社長がゴリ推しする中山だが、今回のCDがオリコンデイリーランキングで3位となったことに、ファンも動揺しているようだ。

 Hey!Say!JUMPの山田涼介、知念侑李とのユニット・NYCとしても活動中の中山。2008年に『バッテリー』(NHK)でドラマ初出演にして初主演という大抜擢を受け、翌年には『恋して悪魔~ヴァンパイア☆ボーイ~』(フジテレビ系)で民放ドラマ初主演を果たし、事務所の大先輩・近藤真彦と共演。「中山優馬 w/B.I.Shadow」名義で同ドラマの主題歌「悪魔な恋」をリリースし、10年にNYCとしてデビューした。

ジャニー社長の“ジャニカー”同乗のオキニが、Jr.から元忍者に変化?

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そろそろ重要無形文化財に登録され
そうな、ジャニー喜多川

 去る10月23日、めでたく81歳の誕生日を迎えたジャニー喜多川社長。若い頃から常に最前線で所属アイドルの活躍を見守り、自ら采配を振るう現場主義。コンサート会場や劇場でもよく目撃されており、ファンからも「ジャニーさん」の愛称で親しまれてるのは、よく知られているとおりだ。とはいえ、今春には車椅子で現場に現れる姿も目撃されるなど、年齢が年齢なだけにその健康状態には常に心配の声がつきまとうが……。

「車椅子を利用していたのは一時的に身体を悪くしていたから。以降は、以前のとおり元気になり、自分の足でしっかりと歩いていましたよ。舞台やコンサートなど現場に姿を見せたり、つい最近もお気に入りのSexy Zoneを伴ってラスベガスへ飛ぶなど精力的に動いていました」(女性誌記者)

今年はジャニーズも参戦!? a-nationとサッカーファンの知られざるバトル

『a-nation'10 BEST HIT LIVE』/avex
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 エイベックス主宰の恒例ライブイベント『a-nation』をめぐって、一部サッカーファンからブーイングが起こっていたという。同イベントの東京会場は毎年、味の素スタジアム(通称=味スタ)で開催されるが、サッカーファンと音楽ファンによるせめぎ合いは年々激しさを増しているようだ。

 味スタと言えばFC東京と東京ヴェルディのホームスタジアムだが、FCファンの間では「a-nation直後のホーム試合は必ず負ける」というジンクスが存在しているという。その理由は、ライブのアリーナ席が試合を行うピッチ上に設けられるため、飛んだり跳ねたりする観客によって芝生が荒れてしまうためだという。

「ジャニーズとの調整が必要」赤西仁の弟・赤西礼保、本名で再々デビューへ

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血は争えないっていうからねぇ

 赤西仁の弟で俳優の颯太が、本名の「礼保」(れお)名義で、所属事務所を移籍して再始動すると自身のTwitterで発表した。高校生時代から数えて3回目の移籍となるが、今度こそ人気俳優の仲間入りを果たせるだろうか。

 礼保は、2008年に『飛行機雲 ~DJから特攻隊へ愛を込めて~』で舞台デビューを果たした。「兄の影響のないところで、一からスタートを切りたかった」として、颯太の名前で活動すると明かしている。昨年7月には、ミュージカル『三銃士』の主人公・ダルタニアンに抜擢され、地味ながらも堅実な活動を見せていた。

ジャニーさんもがっかり!? スペオキ・中山優馬の熱愛報道が呼んだ波紋

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ジャニーさん、ちゃんと息してる?

 7日発売の「週刊女性」(主婦と生活社)に、NYCの中山優馬が、女子高生の恋人と相合傘デートを楽しんでいたことが、写真付きで報じられた。ジャニー喜多川社長イチ推しの中山に、降って湧いた熱愛報道だが、果たしてその波紋は――。

 同誌によると、中山は7月20日、出演中のミュージカル『PLAYZONE』終了後の21時頃、車で会場を後に。しかし、少し行ったところで、なぜか1人で車から降り、その後すぐタクシーに乗り換えて池袋へ向かったという。その姿を目撃したファンは「タクシーから降りると、すぐに携帯電話を取り出して話し始めました。そうしたら、隠れていた女の子が小走りで現れたんです」と、恋人との“密会現場”について証言している。

 女の子と合流した中山は、辺りをキョキョロ見回しながらも、大通りまでのひと気のない道で相合傘をして歩き、街へと消えていったのだとか。同誌は、相合傘をする彼女と中山らしき人物の後ろ姿の写真を掲載している。