「付かず、離れず……」桜田淳子の一夜限りのファン感謝イベント開催の背後に渦巻く“大人の事情”

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『Thanks 40~青い鳥たちへ』(ビクターエンタテインメント)
 芸能活動を休止していた歌手で女優の桜田淳子が26日、約22年ぶりのステージ復帰となる一夜限りのファン感謝イベントを開催。スポーツ紙やテレビ各局の情報番組が大々的に報じた。  桜田は、1991年に舞台『墨東綺譚』に出演後、92年に統一教会の合同結婚式で結婚。統一教会や霊感商法との関わりが取り沙汰されたこともあり、芸能活動を休止、事実上の引退状態だった。その後、3人の子どもを出産。育児に専念していたが、今年5月に所属していた大手芸能プロ「サンミュージック」の相沢秀禎会長の通夜に参列した際は、活動休止前よりもかなりふっくらしていたことが話題になっていた。  イベントに登場した桜田は5月よりもスリムになっており、活動休止前と変わらぬ歌声とトーク力を披露。終了後は集まった報道陣に対して「ありがとうございました」と、にこやかにあいさつして会場を後にしたが、会場付近は大混乱だった。 「一部スポーツ紙はチケットを入手して会場に入ったようだが、ほかは会場外で“生・淳子”を撮影しようと出待ち。銀座の高級クラブ街からほど近かったので、ひっきりなしに集まった報道陣をかきわけてクラブ街に向かうタクシーが行き交い、そのうち『何事か』と大勢の野次馬が集まってきて、携帯電話で撮影しようと人だかりになった。周囲の飲食店からは『営業妨害だ!』とクレームが出まくった。結局、桜田が帰るころには周囲に500人ほどの人だかりができて道を塞いでしまった」(取材したカメラマン)  そんな中、ひそかに現場を仕切っていたのが、桜田の古巣である同事務所の人間だったという。 「桜田が出てくるおおよその時間や流れを報道陣に教えたり、主催者側に指示して各社にオフィシャルのステージ写真やイベントの内容をメールで送信させていた。結局、いまだに桜田を“管轄”しているのは同事務所」(ワイドショー関係者)  イベントには、同事務所の相沢正久社長が桜田の招待で来場。一部スポーツ紙の取材に対して、亡き会長が桜田の統一教会脱会を強く望んでいたことに言及しながら、「その問題がある限り、うちで復帰ということはありえない」と断言したが、今のような距離感が事務所にとって一番おいしいというのだ。 「何よりも、同事務所は桜田のCDの原版権を保有しているのが大きい。桜田が活動を休止した92年以降、40枚近いCD、DVDを発売しているが、熱狂的なファンがいるのでそれなりに売れ、同社にしっかりと収益をもたらす。10月に発売された今回のイベントチケットの抽選券がついた40周年ベスト版も6,300円と割高だったが、5,000枚ほど売れた」(レコード会社関係者)  本格復帰となれば、同事務所のとってもクリアしなければならない問題が多く、現状ではこのままの状態がベストのように思えるだけに、再び桜田がファンの前で歌声を披露するのはかなり先のことになりそうだ。

「統一教会脱退が芸能界復帰条件」のはずが……桜田淳子40周年イベント潜入レポ

P1180217.jpg  往年のトップアイドルで、現在は芸能活動休止中の桜田淳子(55)が、デビュー40周年を記念した一夜限りのイベントを26日、銀座・博品館劇場で開催した。  ファンの前に現れるのは約20年振り。400席弱のチケットは争奪戦の模様を呈した。定価4200円のチケットが、ネットオークションでの取引額は~20万円。  チケットには『Thanks 40 スペシャル ~ファン感謝DAY~』としか書かれていない。どのような内容のイベントになるのか、観客からは期待と不安の声が。  予定通り19時にスタート。聞き覚えがある「LADY(レイディ)」のイントロが流れ出すと、歌いながら桜田淳子が現れた。緊張しながらも歌い終えると「追いかけてヨコハマ」「しあわせ芝居」と、いきなり3曲をメドレーで披露。 「みなさまお久しぶりでした。桜田淳子です。久しぶりに自分の口から言ってみました」  グレーのシャツにオレンジのスカート姿で登場した桜田。恩師である相澤会場の葬儀のときは、オーバーウエイト気味だったが、全盛期を彷彿させるスリムなボディーに。この日のために、ダイエットに励んできた成果といえよう。 「昌子ちゃん、百恵ちゃん。今、会えたら泣いちゃう」 DSCF4799.jpg  会場ロビーに届けられた森昌子からの花束に感激し、思わず声が震える。それでもこの日、涙を見せることはなかった。そして、淳子ファンを自認する、元所属事務所のサンミュージックでは後輩に当たる太川陽介がステージ上に登場し、スライドでレコードジャケットや秘蔵写真を見ながらトークコーナーへ。  同時代をアイドルとして生きてきた2人だけあって、息はバッチリ。太川から「まずは、僕のバスの旅の番組に出てみませんか?」と本格復帰を促されたが、「(共演の)蛭子さんの相手、大変そうなので」とジョークを交える余裕も。  後半、ミュージカル『アニーよ銃をとれ』からのナンバーを4曲メドレーで歌ったときには、完全に昔に戻っていた。 「みなさま、今日このひととき、こんな素敵な時間を与えてくれましたことを心より感謝申し上げます。ありがとうございます」  最後の30分は、当時のスタッフや家族、そしてファンへの感謝を力強く語り、幕が下りた。  アンコールを求める拍手が止まない中、再び桜田が登場。まさかの握手会が始まったのである。  ファン一人ひとりの声に耳を傾け対応するものだから、終了したのが撤収時間ギリギリの午後10時近く。このイベントを開催した理由について、2つ理由があると桜田は語った。ひとつはファンの存在。2つ目の理由については口を閉ざしたままだったが、もしや、桜田が信仰する統一教会絡みの理由だろうか。  今回限りと力説するイベントを、サンミュージックの仕切りによって開催されたことからも、復帰を希望していることは明らか。統一教会脱退が芸能界カムバックの条件といわれても、強行突破をもくろむつもりだろう。桜田は今後、どうするつもりなのか……。

統一教会の桜田淳子が、故・相澤秀禎サンミュージック元会長の“遺志”に背き、芸能界復帰か

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『ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション』( ビクターエンタテインメント)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  桜田淳子が、11月26日に東京・銀座博品館劇場で一夜限定イベント『Thanks 40スペシャル~ファン感謝DAY』を開催するが、20年の活動休止を経ての復帰ライブだけにチケット入手が困難になり、桜田をはじめ、関係者がうれしい悲鳴を上げているらしい。だが、一夜限定といいながら、筆者はこのまま、なし崩し的に芸能界に復帰するのでは? との懸念がある。なぜ、なし崩し的な復帰は許されないのか?  それは、今年5月23日にがんのために他界した桜田の“芸能界の育ての親”である「三ミュージックプロダクション」の故・相澤秀禎会長は、誰よりも桜田の復帰を望みながらも、もし復帰するなら、統一教会の広告塔になって、結果的に“霊感商法”の被害拡大に加担したことで、少なからず被害者に迷惑をかけたことへの謝罪が先決だというスタンスを最後まで崩さなかったからだ。  桜田は、世界基督教統一神霊協会、通称“統一教会”の1992年8月に行われた合同結婚式に、サンミュージックの反対を押し切って参加。この様子はメディアに大々的に報じられて、統一教会の広告塔になった。  桜田の名誉のためにマスコミには語っていなかったが、自ら霊感商法の被害者だった故・相澤会長は、断腸の思いで桜田の芸能活動を休止させる決断をしたのだ。その後、桜田の復帰の話は出ては消えたが、7年前にベストアルバムを発売したときに、所属レコード会社と、桜田に近い音楽関係者の間で、復帰の具体的な話し合いが進められた。だが相澤会長は、「復帰するなら、統一教会からの脱会と世間への謝罪が条件だ」とストップをかけ、話は立ち消えになった。  そして今年、青山葬儀場で営まれた相澤会長のお通夜に桜田が弔問。約20年ぶりにマスコミの前に姿を現した桜田の劣化ぶりに驚かされたと同時に、関係者の間では、相澤会長という復帰への障害がなくなったことで、早晩に芸能活動再開があるのではないかとウワサされた。  ところが、ウワサだけではなく、10月23日に40周年記念アルバムを発売。そのアルバムの宣伝も兼ねて、11月にはファンための一夜限定イベントを開催することが発表された。記念アルバムについては、相澤会長が亡くなる前から予定されていたというが、一夜限定イベントは相澤会長の死後、急遽決まったようだ。  たとえ一日でも、復帰は復帰。今回の復帰には「相澤会長の死に報いるため」という大義名分が立つと思っているのかもしれないが、桜田はいまだに統一教会で活動を続けている。それだけに、脱会については無理だと思うが、せめて一夜限定イベントの前に相澤会長の遺志をくんで、霊感商法の被害者を含めた関係者に、釈明と謝罪の会見を開くというケジメをつけるべきではないだろうか。それでなければ、相澤会長は草葉の陰で、桜田の復帰を素直に喜べない。 (文=本多圭)