最終回6.0%の『僕たちがやりました』 原作以上の残酷さに痺れる「物語が主人公を救わない」物語

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関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより
 この8月で29歳になった窪田正孝が高校生役を演じることに「無理がある」とか「ない」とかいう話題も、すっかり懐かしくなった『僕たちがやりました』(フジテレビ系)も最終話。このドラマに関しては、気に食わない人は徹底的に気に食わなかったようで、視聴率は今回も6.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と前回の第9話を下回りました。  で、結論から言えば、面白かったです。面白かったという感想を前提に、話を進めます。 (前回までのレビューはこちらから)  前回、野音で開催されているコンサートに乱入し、ド派手な“自首”を敢行したトビオ(窪田正孝)たち矢波高爆破事件の真犯人4人組。一度は揉み消されたその容疑を自白し、互いに手を取りながら「僕たちがやりました!」と絶叫。清々しい表情を浮かべていましたが、そんなに事は思い通りには進みません。何しろこのドラマでは、冒頭の爆破事件からして、何ひとつ彼らの思い通りには進まないのです。  彼らの“自首”がひとしきり終わると、ステージには動物マスクをかぶった怖い人たちがハンマーを担いで乱入。思い切り4人の頭をブッ叩いて、そのまま拉致していきました。  案の定、拉致したのは容疑をもみ消したパイセン(今野浩喜)の父親・輪島宗十郎(古田新太)の手下たちでした。トビオが目を覚ますと、廃倉庫のような場所。顧問弁護士の西塚(板尾創路)と、パイセンの異母弟で超怖いレイム(山田裕貴)がいて、一緒に拉致されてきたパイセンと伊佐美(間宮祥太朗)、マル(葉山奨之)は正座させられています。  弁護士は、とりあえずパイセンだけ殺して闇に葬って、あとの3人は逃がすことにしたようです。マルと伊佐美は言うことを聞いてすぐ逃げましたが、トビオは逃げません。 「逃げた2人のほうが意味わかんねえよ、今までの自分、殺すために来たんじゃねえのかよ!」  レイムくんは、パイセンに加えてトビオも殺せることになったので、楽しそうです。飛びかかってきたトビオに暴れられてナイフこそ手放してしまったものの、パイセンに馬乗りになってボコボコにしています。 「上手くいくと思ったか? 世の中、お前が勝つようにはできてねえんだわ。ゴミは死ぬまでゴミなんだよ!」  拳とともに、レイムくんの言葉のナイフがパイセンに突き刺さります。しかしその直後、レイムくんの腹にパイセンの手にしたナイフがぐっさりと刺さるのでした。 「俺のどこが悪いねん、どこがゴミやねん。俺がゴミやったらお前らもゴミやぞ! 同じ人間ちゃうんか! みんなゴミちゃうんか! 生きる価値なんか、みなないぞ!」  転がるレイムくんに、今度はパイセンが馬乗りになります。 「俺はただ、楽しく生きたかっただけじゃ!」  ナイフが振り下ろされ、レイムくんは息絶えました。  レイムくんを殺害したパイセンを、警察が確保。それでも結局、輪島が裏から手を回し、パイセンは誤認逮捕で錯乱し、トビオたち高校生3人を脅迫して“自首”を試みたものの、結局「矢波高爆破事件は起こしていない」ということになり、トビオはまたしても罪を償う機会を失うのでした。  というところまでは、細部こそ違えど、ほぼ原作通り。ここから、大きな改変が行われることになります。 ■この改変に「主演・窪田正孝の見せ場を作る」以上の意味があったのか  このドラマは、オリジナルキャラを投入したり時系列をいじったりしながらも、話の筋の“面白さ”や“作品の思想”といった部分は、原作コミックに頼り切っていたように見えました。ドラマ単体で何かを主張することはなく、だからこそ原作ファンからも「原作通りだ!」という評価を得てきたのだと思います。  以前より、「ラストはオリジナルになる」と公言されてきた『僕やり』が、いよいよそのラストに向けて走り出すことになります。  普段からパイセンが入り浸っていたトビオたちの高校には、マスコミが大挙して押し寄せています。そのマスコミに対し、トビオは屋上から、再び“自首”を試みます。  自分たちが真犯人であることを証明するため、余っていた爆弾を教室の窓ガラスに仕掛け、それを爆発させたのです。2階の教室のガラスが、1枚割れます。とても、10人も死者が出るような爆発ではありません。 「あの日、俺らがやろうとしてたのは、たったこれだけのことだったんだよ!」  プロパンガスに引火し、大爆発が起こってしまったあの事件。10人も死んで、実感がわかなくて、ただ怖くて、ずっと逃げて、関係ない人まで巻き込んで、大事な人まで騙して、死ぬこともできなくて、そんな自分でも「最高の友だちだ」と言ってくれた爆破事件被害者の市橋(新田真剣佑)も自殺しちゃって、もうどうしたらいいのか、トビオは本当にわからないのです。  だから、やっぱり自首するしかなかった。自由になるためには、自首するしかなかった。 「ごめんなさい、ごめんなさい、頼むから、俺たちを捕まえてくれよ……」  トビオの告白は、しこたま胸を打ちます。テレビで見ていた伊佐美もマルも、すぐに出頭するしかありません。  自首することで自由になろうとした若者が、結局自首できず、罪を償う機会を与えられないまま、その後の人生を過ごす苦悩が描かれたのが、原作のラストでした。一方でドラマ版のトビオは、自首に成功します。  ここまで語られてきた物語の定義として「自由を得るための唯一の方法は自首」でした。そして原作では、「あの事件で自首できなかったから、その後もトビオは自由ではなかった」という形のエピローグになっています。ドラマでは、事件について正反対の落とし前がつけられました。どちらがいいとか悪いとかいう話ではなく、それだけ大きな改変が行われたということです。  おかげで、最終回にふさわしい主人公の大演説シーンが繰り広げられ、ドラマは大いに盛り上がることになりました。 ■「罪を償った」はずのドラマ版では、物語はトビオを救わない  トビオ、伊佐美、マルの3人は、どうやら少年院に送られたようです。出所後、トビオは職を転々としますが、どこに行っても矢波高爆破事件のネットニュース記事が残っているせいで、自主退社を余儀なくされています。もう事件から、10年が経っていました。  そしてある日、出所してきたパイセンが3人に集合をかけます。4人は再会を喜び合いますが、あのころのように楽しかったのは、ほんのひとときでした。  パイセンは、お笑い芸人を目指すと言います。小坂から大坂に改名し、獅子舞をかぶって「ファルコン大坂」という芸名で、ピン芸人をやると言うのです。もうすでに、ピンネタも作っていました。あまりにしょうもないので、伊佐美とマルは帰っちゃいました。  トビオは「人を殺してるのに、楽しそうに夢を語っている」パイセンが気に食わない様子。しかし、パイセンは「生きてんねんやから、しゃーないやろ」と言います。残っているのは「笑いだけなんよ」と。まあ初回からいろいろギャグとかやってたパイセンですが、売れる見込みがないことは誰の目にも明らかです。それでも「生きてんねんやから、しゃーないやろ」と。「トビオ、お前には何が残ってる?」と。  トビオは目を伏せ、静かにそれを言葉にします。 「ときどき、死にたくなる自分です」  パイセンの返事は重く、とても優しいものでした。 「そうか、でも、たまーに死にたくなるのが、お前が生きてる証拠や」  伊佐美は2人目の子どももできて、幸せに暮らしていました。マルは自首作戦に費やしたパイセンの金の余りをくすね、その資金でキャバクラを開業し、相変わらずしたたかに生きています。事件前に、彼らが標榜していた「そこそこの日常」を生きています。  この再会のくだりも、ほとんど原作のままのセリフ回しで再現されました。違うのは、原作のトビオも「ときどき死にたくなる」ものの、仕事も家庭もあって、それなりに「そこそこの日常」を生きているということです。その日常の中で、それでも絶対に拭いきれない罪悪感との折り合いの付け方を見出し、とりあえずは苦しみから解放されながら生きていくことになります。  ドラマ版のトビオは、「いつか望んでいたそこそこの日常は、もう永遠に手にすることはできない」と言います。「永遠に」だし、それでも「生きる、生き続けなきゃ……」と悲壮な決意を持って、終幕を迎えます。  これ、めちゃくちゃ残酷だなーと思ったんです。自首が成功して、少年院に入っても罪悪感が軽くならないなら、じゃあどうすればいいんですか、脚本家さんと。トビオは、ほんのイタズラに加担しただけで、一生苦しめというのですかと。そこそこの日常が永遠に手に入らない人生を、それでも「生き続けろ」と、最後の最後で主人公に救いを与えず突き放した脚本に、背筋が寒くなるのです。結果、ドラマ版の『僕たちがやりました』がトビオに与えた人生は、地獄そのものでしかありませんでした。  そしてたぶん、それは脚本が意図的に与えたものではなかったはずです。ドラマ版のオリジナルのラストシーンを模索していくうちに、やはり窪田くんの見せ場を増やした方がよかろうという判断から「屋上での大演説→自首成功」というシークエンスが生まれ、それにGOサインが出た。結果、自由になりたくて自首したはずのトビオに、物語は自由を与えることができなかった。表面上は取り繕ったものの、どうしても思想的な辻褄が合わなくなってしまったのだと思います。  最終回を盛り上げることと引き換えに、物語のメッセージがボヤけることになった。テレビドラマとしてそれがいいとか悪いとかいう話でなく、じっくり見ていて「そういう状態になってるなー」と感じた、という話です。 ■じゃあ、どこが面白かったのか  テンポのいい演出と劇伴がいいね、ということは何度も書いていますが、『僕たちがやりました』の最大の長所は、やっぱり俳優だと思います。  主演の窪田正孝は、初回のボンヤリ感からして見事に高校生だったと思いますし、中盤の逃亡シーンでも、そのボンヤリ感をずっと残したまま、過酷な状況に身を置いていました。  ボンヤリ感がクライマックスまで残っていたことにより、最終回の屋上での演説の必死感、たどり着いた感がより際だつことになったと思います。“キャラが薄い”ことが個性だったトビオという役を、キャラが薄いまま最終局面まで運んできたのは明らかに計算された演技プランのはずですし、第1話の冒頭と最終話のラストで、まるで別人のような顔に見えたことは、主役が物語を演じきったことの証左だと思います。  間宮祥太朗と葉山奨之は、このドラマを見ていた人からすると、しばらくは「伊佐美の人」「マルの人」というイメージが抜けないのではないでしょうか。ともにマンガ的なデフォルメを残しつつ、デフォルメのないトビオとの対話を違和感なくこなしていました。その上で間宮は根っからのヤリチンに見えたし、葉山はクソ野郎に見える。そして、間宮は最終話でも基本いい奴であまり変わってないし、葉山はクソ高校生からクソ度合が増したクソ大人に成長しているように見える。振る舞いひとつにも、彼らに流れた10年が見えたような気がします。  永野芽郁はすごいですね。17歳でこの落ち着き、この存在感。セリフ回しにリアリティあるし、表情の変化も大きくて、見ていて楽しい女優さんです。川栄李奈は役回りの関係で振り幅が少なく、能力全開とはいきませんでしたが、安定感あってよかったと思います。 ■そして何より、パイセンなんです  第1話のレビューも書きましたが、この物語のキーになるのは、明らかにパイセンだと思いました。キャラも顔面もセリフも、まったくリアリティが考慮されないマンガキャラ。普通に考えて、実写にしたらスベるし、冷めるし、画面から浮くし、演じる俳優が損をする役回りです。そういうキャラが、物語の中心に立ってる。難役だし、重い仕事だと思いました。  今野浩喜、最初から最後まで、まったくスベってません。画面上でスベりながら、役柄としてスベらない。こんなことをできる役者って、日本に何人いるのかってレベルだと思いました。ホメ過ぎでもなんでもなく、すげえー! と思ったのです。  というか、白状してしまえば、わたしは今野くんとは古い知り合いで、彼のキャリアについてもよく知っていますので、今野くんが校舎の壁を乗り越えたり護送車に乗せられたりしているシーンには変な笑いが出てしまいましたし、最終回で「俺には笑いしか残ってない」とか言われたら変に泣きそうになってしまったりしちゃうわけですが(このセリフは今野への当て書きではなく原作通りです)、そういうの抜きにしても、この作品での当たり役は俳優としてのさらなる飛躍のきっかけになると思うし、なってほしいと願うのです。  独特な顔面に加え、長年コントで培った独特な会話リズム、ナレーション仕事もこなす意外に独特な美声、奇妙に整った独特なスタイルなど、使われようによっては、まだまだ新しい今野浩喜が見られると思いますので、みなさま何卒よろしくお願いいたします。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

最終回6.0%の『僕たちがやりました』 原作以上の残酷さに痺れる「物語が主人公を救わない」物語

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関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより
 この8月で29歳になった窪田正孝が高校生役を演じることに「無理がある」とか「ない」とかいう話題も、すっかり懐かしくなった『僕たちがやりました』(フジテレビ系)も最終話。このドラマに関しては、気に食わない人は徹底的に気に食わなかったようで、視聴率は今回も6.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と前回の第9話を下回りました。  で、結論から言えば、面白かったです。面白かったという感想を前提に、話を進めます。 (前回までのレビューはこちらから)  前回、野音で開催されているコンサートに乱入し、ド派手な“自首”を敢行したトビオ(窪田正孝)たち矢波高爆破事件の真犯人4人組。一度は揉み消されたその容疑を自白し、互いに手を取りながら「僕たちがやりました!」と絶叫。清々しい表情を浮かべていましたが、そんなに事は思い通りには進みません。何しろこのドラマでは、冒頭の爆破事件からして、何ひとつ彼らの思い通りには進まないのです。  彼らの“自首”がひとしきり終わると、ステージには動物マスクをかぶった怖い人たちがハンマーを担いで乱入。思い切り4人の頭をブッ叩いて、そのまま拉致していきました。  案の定、拉致したのは容疑をもみ消したパイセン(今野浩喜)の父親・輪島宗十郎(古田新太)の手下たちでした。トビオが目を覚ますと、廃倉庫のような場所。顧問弁護士の西塚(板尾創路)と、パイセンの異母弟で超怖いレイム(山田裕貴)がいて、一緒に拉致されてきたパイセンと伊佐美(間宮祥太朗)、マル(葉山奨之)は正座させられています。  弁護士は、とりあえずパイセンだけ殺して闇に葬って、あとの3人は逃がすことにしたようです。マルと伊佐美は言うことを聞いてすぐ逃げましたが、トビオは逃げません。 「逃げた2人のほうが意味わかんねえよ、今までの自分、殺すために来たんじゃねえのかよ!」  レイムくんは、パイセンに加えてトビオも殺せることになったので、楽しそうです。飛びかかってきたトビオに暴れられてナイフこそ手放してしまったものの、パイセンに馬乗りになってボコボコにしています。 「上手くいくと思ったか? 世の中、お前が勝つようにはできてねえんだわ。ゴミは死ぬまでゴミなんだよ!」  拳とともに、レイムくんの言葉のナイフがパイセンに突き刺さります。しかしその直後、レイムくんの腹にパイセンの手にしたナイフがぐっさりと刺さるのでした。 「俺のどこが悪いねん、どこがゴミやねん。俺がゴミやったらお前らもゴミやぞ! 同じ人間ちゃうんか! みんなゴミちゃうんか! 生きる価値なんか、みなないぞ!」  転がるレイムくんに、今度はパイセンが馬乗りになります。 「俺はただ、楽しく生きたかっただけじゃ!」  ナイフが振り下ろされ、レイムくんは息絶えました。  レイムくんを殺害したパイセンを、警察が確保。それでも結局、輪島が裏から手を回し、パイセンは誤認逮捕で錯乱し、トビオたち高校生3人を脅迫して“自首”を試みたものの、結局「矢波高爆破事件は起こしていない」ということになり、トビオはまたしても罪を償う機会を失うのでした。  というところまでは、細部こそ違えど、ほぼ原作通り。ここから、大きな改変が行われることになります。 ■この改変に「主演・窪田正孝の見せ場を作る」以上の意味があったのか  このドラマは、オリジナルキャラを投入したり時系列をいじったりしながらも、話の筋の“面白さ”や“作品の思想”といった部分は、原作コミックに頼り切っていたように見えました。ドラマ単体で何かを主張することはなく、だからこそ原作ファンからも「原作通りだ!」という評価を得てきたのだと思います。  以前より、「ラストはオリジナルになる」と公言されてきた『僕やり』が、いよいよそのラストに向けて走り出すことになります。  普段からパイセンが入り浸っていたトビオたちの高校には、マスコミが大挙して押し寄せています。そのマスコミに対し、トビオは屋上から、再び“自首”を試みます。  自分たちが真犯人であることを証明するため、余っていた爆弾を教室の窓ガラスに仕掛け、それを爆発させたのです。2階の教室のガラスが、1枚割れます。とても、10人も死者が出るような爆発ではありません。 「あの日、俺らがやろうとしてたのは、たったこれだけのことだったんだよ!」  プロパンガスに引火し、大爆発が起こってしまったあの事件。10人も死んで、実感がわかなくて、ただ怖くて、ずっと逃げて、関係ない人まで巻き込んで、大事な人まで騙して、死ぬこともできなくて、そんな自分でも「最高の友だちだ」と言ってくれた爆破事件被害者の市橋(新田真剣佑)も自殺しちゃって、もうどうしたらいいのか、トビオは本当にわからないのです。  だから、やっぱり自首するしかなかった。自由になるためには、自首するしかなかった。 「ごめんなさい、ごめんなさい、頼むから、俺たちを捕まえてくれよ……」  トビオの告白は、しこたま胸を打ちます。テレビで見ていた伊佐美もマルも、すぐに出頭するしかありません。  自首することで自由になろうとした若者が、結局自首できず、罪を償う機会を与えられないまま、その後の人生を過ごす苦悩が描かれたのが、原作のラストでした。一方でドラマ版のトビオは、自首に成功します。  ここまで語られてきた物語の定義として「自由を得るための唯一の方法は自首」でした。そして原作では、「あの事件で自首できなかったから、その後もトビオは自由ではなかった」という形のエピローグになっています。ドラマでは、事件について正反対の落とし前がつけられました。どちらがいいとか悪いとかいう話ではなく、それだけ大きな改変が行われたということです。  おかげで、最終回にふさわしい主人公の大演説シーンが繰り広げられ、ドラマは大いに盛り上がることになりました。 ■「罪を償った」はずのドラマ版では、物語はトビオを救わない  トビオ、伊佐美、マルの3人は、どうやら少年院に送られたようです。出所後、トビオは職を転々としますが、どこに行っても矢波高爆破事件のネットニュース記事が残っているせいで、自主退社を余儀なくされています。もう事件から、10年が経っていました。  そしてある日、出所してきたパイセンが3人に集合をかけます。4人は再会を喜び合いますが、あのころのように楽しかったのは、ほんのひとときでした。  パイセンは、お笑い芸人を目指すと言います。小坂から大坂に改名し、獅子舞をかぶって「ファルコン大坂」という芸名で、ピン芸人をやると言うのです。もうすでに、ピンネタも作っていました。あまりにしょうもないので、伊佐美とマルは帰っちゃいました。  トビオは「人を殺してるのに、楽しそうに夢を語っている」パイセンが気に食わない様子。しかし、パイセンは「生きてんねんやから、しゃーないやろ」と言います。残っているのは「笑いだけなんよ」と。まあ初回からいろいろギャグとかやってたパイセンですが、売れる見込みがないことは誰の目にも明らかです。それでも「生きてんねんやから、しゃーないやろ」と。「トビオ、お前には何が残ってる?」と。  トビオは目を伏せ、静かにそれを言葉にします。 「ときどき、死にたくなる自分です」  パイセンの返事は重く、とても優しいものでした。 「そうか、でも、たまーに死にたくなるのが、お前が生きてる証拠や」  伊佐美は2人目の子どももできて、幸せに暮らしていました。マルは自首作戦に費やしたパイセンの金の余りをくすね、その資金でキャバクラを開業し、相変わらずしたたかに生きています。事件前に、彼らが標榜していた「そこそこの日常」を生きています。  この再会のくだりも、ほとんど原作のままのセリフ回しで再現されました。違うのは、原作のトビオも「ときどき死にたくなる」ものの、仕事も家庭もあって、それなりに「そこそこの日常」を生きているということです。その日常の中で、それでも絶対に拭いきれない罪悪感との折り合いの付け方を見出し、とりあえずは苦しみから解放されながら生きていくことになります。  ドラマ版のトビオは、「いつか望んでいたそこそこの日常は、もう永遠に手にすることはできない」と言います。「永遠に」だし、それでも「生きる、生き続けなきゃ……」と悲壮な決意を持って、終幕を迎えます。  これ、めちゃくちゃ残酷だなーと思ったんです。自首が成功して、少年院に入っても罪悪感が軽くならないなら、じゃあどうすればいいんですか、脚本家さんと。トビオは、ほんのイタズラに加担しただけで、一生苦しめというのですかと。そこそこの日常が永遠に手に入らない人生を、それでも「生き続けろ」と、最後の最後で主人公に救いを与えず突き放した脚本に、背筋が寒くなるのです。結果、ドラマ版の『僕たちがやりました』がトビオに与えた人生は、地獄そのものでしかありませんでした。  そしてたぶん、それは脚本が意図的に与えたものではなかったはずです。ドラマ版のオリジナルのラストシーンを模索していくうちに、やはり窪田くんの見せ場を増やした方がよかろうという判断から「屋上での大演説→自首成功」というシークエンスが生まれ、それにGOサインが出た。結果、自由になりたくて自首したはずのトビオに、物語は自由を与えることができなかった。表面上は取り繕ったものの、どうしても思想的な辻褄が合わなくなってしまったのだと思います。  最終回を盛り上げることと引き換えに、物語のメッセージがボヤけることになった。テレビドラマとしてそれがいいとか悪いとかいう話でなく、じっくり見ていて「そういう状態になってるなー」と感じた、という話です。 ■じゃあ、どこが面白かったのか  テンポのいい演出と劇伴がいいね、ということは何度も書いていますが、『僕たちがやりました』の最大の長所は、やっぱり俳優だと思います。  主演の窪田正孝は、初回のボンヤリ感からして見事に高校生だったと思いますし、中盤の逃亡シーンでも、そのボンヤリ感をずっと残したまま、過酷な状況に身を置いていました。  ボンヤリ感がクライマックスまで残っていたことにより、最終回の屋上での演説の必死感、たどり着いた感がより際だつことになったと思います。“キャラが薄い”ことが個性だったトビオという役を、キャラが薄いまま最終局面まで運んできたのは明らかに計算された演技プランのはずですし、第1話の冒頭と最終話のラストで、まるで別人のような顔に見えたことは、主役が物語を演じきったことの証左だと思います。  間宮祥太朗と葉山奨之は、このドラマを見ていた人からすると、しばらくは「伊佐美の人」「マルの人」というイメージが抜けないのではないでしょうか。ともにマンガ的なデフォルメを残しつつ、デフォルメのないトビオとの対話を違和感なくこなしていました。その上で間宮は根っからのヤリチンに見えたし、葉山はクソ野郎に見える。そして、間宮は最終話でも基本いい奴であまり変わってないし、葉山はクソ高校生からクソ度合が増したクソ大人に成長しているように見える。振る舞いひとつにも、彼らに流れた10年が見えたような気がします。  永野芽郁はすごいですね。17歳でこの落ち着き、この存在感。セリフ回しにリアリティあるし、表情の変化も大きくて、見ていて楽しい女優さんです。川栄李奈は役回りの関係で振り幅が少なく、能力全開とはいきませんでしたが、安定感あってよかったと思います。 ■そして何より、パイセンなんです  第1話のレビューも書きましたが、この物語のキーになるのは、明らかにパイセンだと思いました。キャラも顔面もセリフも、まったくリアリティが考慮されないマンガキャラ。普通に考えて、実写にしたらスベるし、冷めるし、画面から浮くし、演じる俳優が損をする役回りです。そういうキャラが、物語の中心に立ってる。難役だし、重い仕事だと思いました。  今野浩喜、最初から最後まで、まったくスベってません。画面上でスベりながら、役柄としてスベらない。こんなことをできる役者って、日本に何人いるのかってレベルだと思いました。ホメ過ぎでもなんでもなく、すげえー! と思ったのです。  というか、白状してしまえば、わたしは今野くんとは古い知り合いで、彼のキャリアについてもよく知っていますので、今野くんが校舎の壁を乗り越えたり護送車に乗せられたりしているシーンには変な笑いが出てしまいましたし、最終回で「俺には笑いしか残ってない」とか言われたら変に泣きそうになってしまったりしちゃうわけですが(このセリフは今野への当て書きではなく原作通りです)、そういうの抜きにしても、この作品での当たり役は俳優としてのさらなる飛躍のきっかけになると思うし、なってほしいと願うのです。  独特な顔面に加え、長年コントで培った独特な会話リズム、ナレーション仕事もこなす意外に独特な美声、奇妙に整った独特なスタイルなど、使われようによっては、まだまだ新しい今野浩喜が見られると思いますので、みなさま何卒よろしくお願いいたします。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

視聴率は6.2%と低いけど……『僕たちがやりました』第9話は、名シーン連発の“神回”だった!

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 今期もっとも攻めてるドラマ『僕たちがやりました』(フジテレビ系)も、最終回直前の第9話。視聴率は6.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と相変わらず低迷ですが、今回は名シーン連発の“神回”だったと思います。というわけで、振り返りです。 (前回までのレビューはこちらから)  今回はいきなりラストシーンから紹介します。  矢波高爆破事件で10人の死者を出しながら、無罪放免になってしまい、罪悪感に苦しむトビオ(窪田正孝)たち4人は、真実を告白するネット動画を投稿。そのQRコードを貼ったビラを街中にばら撒きながら野外コンサート会場に乱入し、ステージ上で「僕たちがやりました!」と叫び、「捕まえてください!」と自首しました。  なぜそんな面倒な自首をしたかといえば、これくらい派手にやらないと、またパイセン(今野浩喜)の父親である“闇社会のドン”こと輪島宗十郎(古田新太)に揉み消されてしまうからです。  パイセンはマイクを手に、こう叫びます(名シーンその1)。 「人は、間違える生き物です! 間違えた後にどうするかが、その人間の生きる姿やと思います! 僕たちは間違えました──!」  第1話からこれまで、このドラマは、4人の若者が「間違えた後にどうしたか」を描いてきました。それらは概ね身勝手で、姑息で、なんの解決にもならない愚策で、自らの欲望にのみ忠実で、しかし2人が自殺を図るほど、彼らにとっては真剣なものでした。  衝動的に学校の屋上から身を投げ、茂みに落ちて生き残ったトビオは、「生まれ変わって楽しく幸せに生きる」ことを標榜しました。事件の被害者である市橋(新田真剣佑)と友だちになることもそうだし、幼なじみの蓮子(永野芽郁)と付き合うこともそう。トビオの「幸せへの生まれ変わり」は、どうやらうまくいきそうだったんです。  しかし前回、その市橋が「幸せになれよ」と言い残して自殺してしまいました。事件の真相を知る刑事・飯室(三浦翔平)は「結局彼は何も知らずに死んだのだから、うまくやったなぁ。反吐が出るよ」とトビオを責めたてます。この期に及んで、ようやくトビオは「生まれ変わる」ことなどできないのだと自覚することになります。  ひとり、部屋で「やりたいこと」を考えるトビオ。事件直後、パイセンからもらった口止め料の使い道を考えていたとき、マル(葉山奨之)と2人で「やりたいこと」を片っ端から書き出し、あみだくじで決めたことがありました。そのときの答えは「SEX」でした。  同じように、トビオはあみだくじの線を引き始めます。バックには祝祭の音楽が流れています。あみだをひとつ選び、たどり着いた先には「自首」とありました。「うしっ」と小さく、トビオはそれが自分の望む行き先であったことに満足します。トビオが作ったあみだくじのゴールには、すべて「自首」と書かれていました(名シーンその2)。  翌日、トビオがほかの3人に集合をかけると、伊佐美(間宮祥太朗)もマルもすでに部室に来ていました。平然と、何食わぬ顔で、まるで何もなかったかのような顔で「せっかく3人そろったんだからゲームでもやらない?」とか言ってる2人(名シーンその3)に、トビオは自分の下した決断を伝えようとします。 「お遊びはそこまでや!」  パイセンもやってきました。爆破事件の実行犯4人が、久しぶりに顔をそろえることになりました。 「自首する人ぉー?」  パイセンの問いかけに、なんの迷いもなく3人とも手を挙げます(名シーンその4)。事件以降、初めて4人の意見が一致した瞬間でした。決行は4日後の日曜日。パイセンが銀行から下ろしてきた全財産を資金に、4人はいかにも楽しそうに“世の中が引っくり返るような最高の自首”の準備を進めます。 「てか、パイセン最悪死刑ですよ。成人だし」  マルの一言に、パイセンの手が止まります。「左利きの死亡率は100%、右利きも100%、つまり人間はいつか死ぬ」などと意味不明なことを呟くと、夜風に当たりに部室を出て行ってしまいます。 「忘れてたんじゃね?」 「勢いだけで言ってたんかな」 「俺たちだけでなんとかやろうぜ」  準備を再開した3人のもとに、勢い込んでパイセンが戻ってきます。 「おまえらかて死ぬんやぞ! 社会的に死ぬんやぞ! わかってんのか!」 「ハイ」  あまりに平然と、3人が声を揃えて返事をするものだから、パイセンは思い切りセルフビンタして気合を入れ直しました(名シーンその5)。 「最高やな、おまえら!」  最後の夜、トビオはいつも通り蓮子とデートを楽しむと、おもむろに「別れよう。ごめん、もう一生会いたくない」と告げ(名シーンその6)、夜通し泣きながら過ごしました。  伊佐美は今宵ちゃん(川栄李奈)のお腹を触り、その子の名前を「明日男(トゥモロオ)」にしたいと言いました。今宵が英語で「トゥナイト」だから「トゥモロオ」なのだそうです。 「元気なトゥモロオ産めよ!」  そうして伊佐美も、ケジメを付けることができました。  マルとパイセンは風俗で童貞を捨てました。マルは、愛しのキャバクラ嬢・うららちゃん(おのののか)に別れを告げることもできました(このときのマルの「もう来ないよ、オレ」の顔がよかったので、名シーンその7)。  そうして、“最高の自首”の準備は整い、それは成功したかに見えました。ステージの上、4人は固く手をつないで、バンザイをしながら叫んだのです。 「僕たちがやりました!」  トビオにとって、これこそが自由だったといいます。自分たちが犯した罪から逃れることではなく、自首することで自由を手に入れることができたと、トビオ自身が信じたのです。あの、動物マスクをかぶってハンマーを担いだ輪島の手下たちがステージに乱入してくるまでは……。で、いよいよ次回は最終回です。 ■「自首=自由」というパラドックス  犯罪者が警察から逃亡し、逃げ切ることで自由を手に入れるというのが、いわゆる「逃亡劇」のフォーマットです。  しかしこの物語は、罪を逃れて自由を手にしたことで、若者たちが「不自由」に苛まれ、自由を得るために警察に自首をするというパラドックスめいた構造になっています。  つまり『僕たちがやりました』というドラマは、「自由」や「幸せ」が人の立場や地位や身分ではなく、徹底的に個人の心に帰結するものであることを訴えた物語だと思うのです。  そうした大テーマは、大部分を原作に寄りかかる形で語られますが、画面上でシリアスとコメディを行き来しながらテンポよく展開する演出は実に成功していると思います。また、この第9話ではそこから一歩進んで、一貫してコメディトーンのままシリアスな決意や発言や行動が演出されることで、この作品独自の爽快感が現れているように思いました。  そうした爽快感が現れる理由はもちろん演出の方向性や原作に対する理解度だけでなく、俳優部の力も大きいと思うのですが、そのへんはまた次回の最終回で書きたいと思います。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

5.2%自己最低の『僕たちがやりました』は、火曜ゴールデンでなんてものを見せるのか! だがそれがいい!!

5.2%自己最低の『僕たちがやりました』は、火曜ゴールデンでなんてものを見せるのか!だがそれがいい!の画像1
関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより
 高校生が爆弾を仕掛けて10人くらい殺したり、メーンキャスト4人のうち主人公を含む2人が劇中で、最終回でもないのに自殺未遂しているという超珍しい学園ドラマ『僕たちがやりました』(フジテレビ系)も第8話。そんな陰惨な感じですので、視聴率は相変わらずの5.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と低迷中です。第6話と並んで過去最低だって。  ただし物語は、回を重ねるにつれてぐいぐい面白くなっています。序盤から多用されてきたクロスカッティング多様の演出も冴えてますし、劇伴もスタイリッシュです。こういうドラマは楽しんだもん勝ちだなーと思いますねえ。というわけで、今回も振り返りです。 (前回までのレビューはこちらから)  衝動的な飛び降り自殺が未遂に終わり、“生まれ変わる”ことに成功したように見えるトビオ(窪田正孝)は、互いに惹かれ合っていた幼なじみの蓮子(永野芽郁)と正式に付き合うことに。普通にデートしているだけで超楽しいし、自殺未遂以前のように「幸せを感じると吐き気がする」という罪悪感に苛まれることも少なくなったようです。  気がかりなのは、爆破事件の被害者で後遺症に苦しむ市橋(新田真剣佑)のこと。同じ病院に入院したことから仲良くなったトビオと市橋でしたが、トビオは市橋が蓮子に想いを寄せていることを知っています。  そこでトビオは、市橋に蓮子と付き合ったことをちゃんと言おうとしますが、市橋を女手ひとつで育ててくれたお婆ちゃんが亡くなったことを聞き、言いそびれてしまいます。  一方、もうひとりの自殺未遂者である伊佐美(間宮祥太朗)は、彼女の今宵ちゃん(川栄李奈)から妊娠を告げられます。そして、同時に「てことなんで、翔くんとは別れる」と、一方的に別れを宣言されてしまいました。ワケのわからないまま「触らないで、出てって」と部屋を追い出される伊佐美。「なんでだよ……」という呟きは、空しく夜空に消えるのでした。  そんなナーバスな2人をよそに、罪悪感ゼロで元気いっぱいなのがマル(葉山奨之)でした。しかし、マルには宿命のライバルがいます。ウンコ(加藤諒)です。マルとウンコは互いに闇討ちをし合う関係でしたが、ここにいたって1対1で対峙し、決闘することになりました。金属バットで襲い掛かるマルに、トンファー術で対抗するウンコ。ケンカ慣れしていない2人の、グダグダな決闘が始まります。  マルとウンコが決闘をするのは、これで2度目です。1度目は爆破事件の前。不良の極みだったころの市橋たちに拉致され、無理やり決闘させられたのでした。このときはマルが勝利を収めたものの、その後、市橋の手下にボコボコにされて箱詰めに。このときの恨みからマルは爆破事件を起こし、ウンコはマルへの復讐を誓うことになったのです。ウンコの復讐が市橋たちでなく、同じ被抑圧者であるマルに向くあたり、実に悲しいです。  そのころは絶対権力者だった市橋も、事件以降は学校での立場を失い、さらに今回、唯一の親族だったお婆ちゃんも失い、重ねて、お医者さんからはリハビリしても脚の完治が難しいことを知らされました。そんな市橋は、トビオを誘ってひととき、普通の高校生の遊びに興じます。ボーリング、ダーツ、カラオケ、2人はまるでずっと昔からの親友のようにハシャいだし、深い話もしました。トビオの、自分が蓮子と付き合っていることを早く言わなければ、という思いが募ってきます。 ■そしてパイセンは父親に会いに行く  この物語の根幹にあるのは、パイセン(今野浩喜)の金です。トビオ、伊佐美、マルがパイセンと仲良くなったのもパイセンの金のおかげですし、爆弾もパイセンの金で作りました。湯水のように、銀行に金が振り込まれるパイセン。パイセンはそれを、顔も知らぬ父親の愛情の証だと理解していました。ニセモノの真犯人を出頭させて自分を罪から解放してくれたのも、父親の愛情ゆえだと。  しかし、事件を捜査していた刑事・飯室(三浦翔平)によれば、どうやらそうではないようでした。父親の輪島(古田新太)は、闇社会のドンであるがゆえ“殺人犯の父親”であることが不都合であり、事件をもみ消したのも単に利己的な理由だというのです。  いてもたってもいられなくなったパイセンは、父親を見つけ出して問い詰めます。 「俺のこと、愛してますか、お父さん?」  しかし輪島は、「誰これ」と言いました。顧問弁護士(板尾創路)に確認して、ようやくそれが13番目の愛人の子だと理解します。事件のもみ消しも、金の振り込みも、優秀な弁護士が業務の一環として行っていたことであり、輪島自身は一切関与していなかったというのです。  輪島は言います。 「お前が生まれたとき、こう思ったよ。ブサイク、と」  パイセンのブサイクな顔面が、さらに歪みます。生まれた子がブサイクだったがゆえ、母と父は疎遠になったというのです。そのまま身体を壊して亡くなった母が、このブサイクを「大事にしたい」と言っていたから、金を振り込んでいたと。  そして、久しぶりに会った我が子を見て、こう思ったといいます。 「とても、ブサイク、と」  パイセンは、ブサイクだから捨てられた子でした。金だけを与えられたために、金でしか人間関係を築けない。愛を知らない自分は、生きている価値なんてない。 「金はもうええねん! 誰が子どもに、愛、教えてくれるんすか!」  パイセンが「死んでもいい」とか言い出すものだから、輪島は、じゃあ殺すことにしました。ハンサムな2番目の愛人の子・玲夢(山田裕貴)が、まだ人を殺したことがないので、ちょうどいいから経験を積ませることにしたのです。 「ヘルプミー! ヘルプミー!」  やっぱり死にたくなくなったパイセンは、玲夢に顔面を踏まれると、その靴をナメナメするという卑屈っぷりで一命を取り留めます。そんなパイセンに、輪島は「秀郎」と名付けた理由を教えてあげることにしました。 「生まれたとき、おまえの顔が“ひでえやろう”だったからだ」 ■それぞれが、やはり行き場所をなくしていく  伊佐美は、今宵ちゃんに言われました。 「だって翔くん、きれいな人間じゃないじゃん。あたしに隠してることあるじゃん。矢波高の事件のこと、近くにいたからわかるよ」  今宵ちゃんも、伊佐美のことは本当に好きなのです。だけど「この子が大きくなったときに犯罪者の子っていわれないように」と、伊佐美と別れることにしたのです。 「気付いたら好きすぎてやべえよ、おまえのこと……」伊佐美は、涙が止まりません。  マルとウンコの決闘は引き分けに終わりました。「似た者同士かもしれない」と、ウンコと友だちになろうとしたマルでしたが、ウンコはマルを引っ叩いたうえに「ともだちいねえだろ、その時点で人生の負けなんだよ!」と吐き捨てて去っていきました。この言葉を聞いて、マルは初めてパイセンとの関係が金だけじゃなかったことに気付きますが、パイセンもトビオも伊佐美も電話がつながりません。  伊佐美とマルが心を裸にする一方、まだ取り繕っているのがトビオです。市橋に「面と向かって言えないことを」と自画撮り動画をメールしますが、その中で「変な言い方だけど、事件がなかったら仲良くなってなかった」などときれいごとを言います。身寄りを亡くし、一生歩けなくなった市橋を励ましたい気持ちは本物です。だけど、やっぱり全部は言えないのがトビオなのです。 「犯人クソ野郎だよ、きっと。自分がやったこと、絶対後悔してるからさ」  この期に及んで、自分が犯人だとは言わない。それは保身でもあるし、市橋にとって唯一の親友である自分が犯人だったら、市橋がもっと孤独になってしまうということを理解した上での、優しさでもありました。  ところで、冒頭で2人の自殺未遂者がいると書きましたが、トビオと伊佐美だけでなく、この市橋も自殺未遂を経験していました。第5話で、蓮子が手下だった不良たちに襲われそうになったとき、自分が脅されていたナイフを奪って切腹を試みたのです。 「やりたきゃ俺を殺せ。もう終わった人間なんだよ」  刃先をグイグイと腹にねじ込ませながら、あのとき市橋はそう言っていました。  トビオが蓮子と付き合っていることを知った市橋は、「こんぐらっちねいしょん」と言って祝福しました。そしてトビオと同じように、動画で「おまえは俺が会った中で、最高の友だちだ」と告げ、「蓮子のこと、幸せにしろよ」と。  病院からの帰り、エントランスを出たところでその動画を微笑ましく眺めていたトビオの背後に、人が落ちてきました。市橋でした。今度の自殺は飛び降りで、未遂ではなく既遂でした。 ■火曜のゴールデンに、なんてものを見せるのか 『僕たちがやりました』が冴えたクロスカッティングとスタイリッシュな劇伴で描くのは、こうした陰惨な物語です。若者たちが自分の生きる意味を、実の親から否定されて踏みにじられたり、自ら否定して命を放り出したり、その命が放り出される姿を目の当たりにする物語です。  もう逃亡劇でもなんでもありません。青春ドラマでもありません。未熟な若者が未熟さゆえに死者を出す事件を起こし、逮捕されることも裁判にかけられることもなかったために、その罪の「許され方」もわからずに命がけで断罪される様が描かれたのです。この回は特に「火曜のゴールデンに、なんてものを見せるのか」と思いました。  あと2回、どんなものを見せてくれるのでしょう。原作を読んでるので、まあだいたいは予想つくんですが、それでも改めて映像で見せられるとね、演出も演者もいいだけにキツいですよ! キツおもしろい! (文=どらまっ子AKIちゃん)

5.2%自己最低の『僕たちがやりました』は、火曜ゴールデンでなんてものを見せるのか!だがそれがいい!

5.2%自己最低の『僕たちがやりました』は、火曜ゴールデンでなんてものを見せるのか!だがそれがいい!の画像1
関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより
 高校生が爆弾を仕掛けて10人くらい殺したり、メーンキャスト4人のうち主人公を含む2人が劇中で、最終回でもないのに自殺未遂しているという超珍しい学園ドラマ『僕たちがやりました』(フジテレビ系)も第8話。そんな陰惨な感じですので、視聴率は相変わらずの5.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と低迷中です。第6話と並んで過去最低だって。  ただし物語は、回を重ねるにつれてぐいぐい面白くなっています。序盤から多用されてきたクロスカッティング多様の演出も冴えてますし、劇伴もスタイリッシュです。こういうドラマは楽しんだもん勝ちだなーと思いますねえ。というわけで、今回も振り返りです。 (前回までのレビューはこちらから)  衝動的な飛び降り自殺が未遂に終わり、“生まれ変わる”ことに成功したように見えるトビオ(窪田正孝)は、互いに惹かれ合っていた幼なじみの蓮子(永野芽郁)と正式に付き合うことに。普通にデートしているだけで超楽しいし、自殺未遂以前のように「幸せを感じると吐き気がする」という罪悪感に苛まれることも少なくなったようです。  気がかりなのは、爆破事件の被害者で後遺症に苦しむ市橋(新田真剣佑)のこと。同じ病院に入院したことから仲良くなったトビオと市橋でしたが、トビオは市橋が蓮子に想いを寄せていることを知っています。  そこでトビオは、市橋に蓮子と付き合ったことをちゃんと言おうとしますが、市橋を女手ひとつで育ててくれたお婆ちゃんが亡くなったことを聞き、言いそびれてしまいます。  一方、もうひとりの自殺未遂者である伊佐美(間宮祥太朗)は、彼女の今宵ちゃん(川栄李奈)から妊娠を告げられます。そして、同時に「てことなんで、翔くんとは別れる」と、一方的に別れを宣言されてしまいました。ワケのわからないまま「触らないで、出てって」と部屋を追い出される伊佐美。「なんでだよ……」という呟きは、空しく夜空に消えるのでした。  そんなナーバスな2人をよそに、罪悪感ゼロで元気いっぱいなのがマル(葉山奨之)でした。しかし、マルには宿命のライバルがいます。ウンコ(加藤諒)です。マルとウンコは互いに闇討ちをし合う関係でしたが、ここにいたって1対1で対峙し、決闘することになりました。金属バットで襲い掛かるマルに、トンファー術で対抗するウンコ。ケンカ慣れしていない2人の、グダグダな決闘が始まります。  マルとウンコが決闘をするのは、これで2度目です。1度目は爆破事件の前。不良の極みだったころの市橋たちに拉致され、無理やり決闘させられたのでした。このときはマルが勝利を収めたものの、その後、市橋の手下にボコボコにされて箱詰めに。このときの恨みからマルは爆破事件を起こし、ウンコはマルへの復讐を誓うことになったのです。ウンコの復讐が市橋たちでなく、同じ被抑圧者であるマルに向くあたり、実に悲しいです。  そのころは絶対権力者だった市橋も、事件以降は学校での立場を失い、さらに今回、唯一の親族だったお婆ちゃんも失い、重ねて、お医者さんからはリハビリしても脚の完治が難しいことを知らされました。そんな市橋は、トビオを誘ってひととき、普通の高校生の遊びに興じます。ボーリング、ダーツ、カラオケ、2人はまるでずっと昔からの親友のようにハシャいだし、深い話もしました。トビオの、自分が蓮子と付き合っていることを早く言わなければ、という思いが募ってきます。 ■そしてパイセンは父親に会いに行く  この物語の根幹にあるのは、パイセン(今野浩喜)の金です。トビオ、伊佐美、マルがパイセンと仲良くなったのもパイセンの金のおかげですし、爆弾もパイセンの金で作りました。湯水のように、銀行に金が振り込まれるパイセン。パイセンはそれを、顔も知らぬ父親の愛情の証だと理解していました。ニセモノの真犯人を出頭させて自分を罪から解放してくれたのも、父親の愛情ゆえだと。  しかし、事件を捜査していた刑事・飯室(三浦翔平)によれば、どうやらそうではないようでした。父親の輪島(古田新太)は、闇社会のドンであるがゆえ“殺人犯の父親”であることが不都合であり、事件をもみ消したのも単に利己的な理由だというのです。  いてもたってもいられなくなったパイセンは、父親を見つけ出して問い詰めます。 「俺のこと、愛してますか、お父さん?」  しかし輪島は、「誰これ」と言いました。顧問弁護士(板尾創路)に確認して、ようやくそれが13番目の愛人の子だと理解します。事件のもみ消しも、金の振り込みも、優秀な弁護士が業務の一環として行っていたことであり、輪島自身は一切関与していなかったというのです。  輪島は言います。 「お前が生まれたとき、こう思ったよ。ブサイク、と」  パイセンのブサイクな顔面が、さらに歪みます。生まれた子がブサイクだったがゆえ、母と父は疎遠になったというのです。そのまま身体を壊して亡くなった母が、このブサイクを「大事にしたい」と言っていたから、金を振り込んでいたと。  そして、久しぶりに会った我が子を見て、こう思ったといいます。 「とても、ブサイク、と」  パイセンは、ブサイクだから捨てられた子でした。金だけを与えられたために、金でしか人間関係を築けない。愛を知らない自分は、生きている価値なんてない。 「金はもうええねん! 誰が子どもに、愛、教えてくれるんすか!」  パイセンが「死んでもいい」とか言い出すものだから、輪島は、じゃあ殺すことにしました。ハンサムな2番目の愛人の子・玲夢(山田裕貴)が、まだ人を殺したことがないので、ちょうどいいから経験を積ませることにしたのです。 「ヘルプミー! ヘルプミー!」  やっぱり死にたくなくなったパイセンは、玲夢に顔面を踏まれると、その靴をナメナメするという卑屈っぷりで一命を取り留めます。そんなパイセンに、輪島は「秀郎」と名付けた理由を教えてあげることにしました。 「生まれたとき、おまえの顔が“ひでえやろう”だったからだ」 ■それぞれが、やはり行き場所をなくしていく  伊佐美は、今宵ちゃんに言われました。 「だって翔くん、きれいな人間じゃないじゃん。あたしに隠してることあるじゃん。矢波高の事件のこと、近くにいたからわかるよ」  今宵ちゃんも、伊佐美のことは本当に好きなのです。だけど「この子が大きくなったときに犯罪者の子っていわれないように」と、伊佐美と別れることにしたのです。 「気付いたら好きすぎてやべえよ、おまえのこと……」伊佐美は、涙が止まりません。  マルとウンコの決闘は引き分けに終わりました。「似た者同士かもしれない」と、ウンコと友だちになろうとしたマルでしたが、ウンコはマルを引っ叩いたうえに「ともだちいねえだろ、その時点で人生の負けなんだよ!」と吐き捨てて去っていきました。この言葉を聞いて、マルは初めてパイセンとの関係が金だけじゃなかったことに気付きますが、パイセンもトビオも伊佐美も電話がつながりません。  伊佐美とマルが心を裸にする一方、まだ取り繕っているのがトビオです。市橋に「面と向かって言えないことを」と自画撮り動画をメールしますが、その中で「変な言い方だけど、事件がなかったら仲良くなってなかった」などときれいごとを言います。身寄りを亡くし、一生歩けなくなった市橋を励ましたい気持ちは本物です。だけど、やっぱり全部は言えないのがトビオなのです。 「犯人クソ野郎だよ、きっと。自分がやったこと、絶対後悔してるからさ」  この期に及んで、自分が犯人だとは言わない。それは保身でもあるし、市橋にとって唯一の親友である自分が犯人だったら、市橋がもっと孤独になってしまうということを理解した上での、優しさでもありました。  ところで、冒頭で2人の自殺未遂者がいると書きましたが、トビオと伊佐美だけでなく、この市橋も自殺未遂を経験していました。第5話で、蓮子が手下だった不良たちに襲われそうになったとき、自分が脅されていたナイフを奪って切腹を試みたのです。 「やりたきゃ俺を殺せ。もう終わった人間なんだよ」  刃先をグイグイと腹にねじ込ませながら、あのとき市橋はそう言っていました。  トビオが蓮子と付き合っていることを知った市橋は、「こんぐらっちねいしょん」と言って祝福しました。そしてトビオと同じように、動画で「おまえは俺が会った中で、最高の友だちだ」と告げ、「蓮子のこと、幸せにしろよ」と。  病院からの帰り、エントランスを出たところでその動画を微笑ましく眺めていたトビオの背後に、人が落ちてきました。市橋でした。今度の自殺は飛び降りで、未遂ではなく既遂でした。 ■火曜のゴールデンに、なんてものを見せるのか 『僕たちがやりました』が冴えたクロスカッティングとスタイリッシュな劇伴で描くのは、こうした陰惨な物語です。若者たちが自分の生きる意味を、実の親から否定されて踏みにじられたり、自ら否定して命を放り出したり、その命が放り出される姿を目の当たりにする物語です。  もう逃亡劇でもなんでもありません。青春ドラマでもありません。未熟な若者が未熟さゆえに死者を出す事件を起こし、逮捕されることも裁判にかけられることもなかったために、その罪の「許され方」もわからずに命がけで断罪される様が描かれたのです。この回は特に「火曜のゴールデンに、なんてものを見せるのか」と思いました。  あと2回、どんなものを見せてくれるのでしょう。原作を読んでるので、まあだいたいは予想つくんですが、それでも改めて映像で見せられるとね、演出も演者もいいだけにキツいですよ! キツおもしろい! (文=どらまっ子AKIちゃん)

暴力に加え、17歳のベッドシーンも……『僕たちがやりました』は、視聴率5.4%くらいがちょうどいい!?

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関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより
 カンテレ制作の『僕たちがやりました』も第7話。爆弾を仕掛けて不良高校・矢波高の生徒を10人も殺した上に、身代わりが出頭したおかげで無罪放免となったクズどもが今日も元気に暮らす様子を描いた第7話の視聴率は5.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と低空飛行が続いています。  まあ、全体的に暴力とか多くて、あんまり教育上よろしくないですし、こんなご時世なのに17歳の永野芽郁ちゃんがベッドシーンに挑んだりしておりますので、口うるさい方々に見つからないくらいのちょうどいい数字で推移していただければと思います。個人的にはすごく楽しんでいるので、このドラマに何か制約じみたものがかかると、ちょっとね。イヤな感じよね。というわけで、今回も振り返りです。 (前回までのレビューはこちらから) 「幸せを感じるたびに思い出せ、人の命を奪ったということを──」  せっかく無罪放免になったのに、刑事・飯室(三浦翔平)に言われたこの言葉が脳裏に焼き付いてしまったトビオ(窪田正孝)は、夕陽に魅入られるように校舎の屋上から身を投げてしまいました。  飛んだ直後、空中で、トビオはこう思ったそうです。 「もしこのまま死んだら、死んで罪を償おう。生きてたら、そのときは新しい俺を始めよう」  爆破事件を起こした4人のうち、自殺を図ったのはこれで2人目です。1人目の伊佐美(間宮祥太朗)は事件直後、数日にわたって街をさまよった末に、廃倉庫のような場所で首を吊りました。幸運にもロープが切れて一命を取り留めた伊佐美は、気が付くとリトル伊佐美(ちんこ)がバキバキに勃起しており、すぐさま彼女の今宵ちゃん(川栄李奈)を抱くことで自我を取り戻していました。  はたして屋上からアイキャンフライしたトビオもまた、庭木の上に落下したことで、脚の骨折だけで済みました。そしてトビオは、トビオの考える“新しい俺”を模索する日々を始めます。  運ばれた病院には、事件の被害者で、その後遺症+蓮子(永野芽郁)を守るために自分の腹を刺したケガで、市橋(新田真剣佑)も入院していました。  トビオは、市橋に明るく話しかけます。 「市橋じゃーん! 久しぶり! ニュース見たろ? 犯人、俺じゃなかっただろ?」  いや、おまえだよ。おまえが目の前の男の人生を台無しにしたんだよ。ということはトビオ自身もよくわかっているのですが、もう「新しい俺を始める」と決めたので、弱っている市橋とどんどん仲良くなろうとします。  さらに、リハビリの先生であるミナミちゃん(水沢エレナ)を気安くナンパして退院後のデートの約束を取り付けるなど、もうイケイケどんどんです。  事件前は「そこそこの人生」を標榜していたトビオでしたが、いろいろあって「そこそこじゃ足りねえよ」と思うようになっていました。「幸せになって、とんとんだろ」と。  しかし、幼なじみの蓮子だけには、連絡を取ることができません。「ずっと信じてたんだ、トビオは犯人じゃないって」と言ってくれた蓮子には未練タラタラですし、蓮子がトビオのことを好きなのもよーくわかってますが、だからこそ、それは無理なのでした。 ■それぞれの“罪悪感”との向き合い方  警察の捜査が一応終わったことで、彼ら4人はそれぞれに“罪悪感”と向き合うことになります。  すでに自殺未遂を経験済みの伊佐美は、「黙っていれば大丈夫」と頭では理解していますが、やはり深層心理はかなりやられています。あれほど元気だったリトル伊佐美(ちんこ)が勃たないのです。  そこで伊佐美は“俺なりの鎮魂”と称して、行動を起こします。それは、犠牲となった10人の生徒の家を訪れ、「彼とは仲がよかった」「彼はお母さんを海外旅行に連れていきたいと言っていた」などと遺族に告げ、仏壇に手を合わせることにしたのです。  もちろん、10人の犠牲者と伊佐美は面識がありません。全部ウソです。すべてはリトル伊佐美(ちんこ)を復活させるための自己満足でしかありません。その行為に罪悪感がないわけじゃない。その証拠に伊佐美は、それぞれの家で“鎮魂”を終えると、必ず道端にゲロを吐いて、また次の遺族の家を訪れているのです。  一方、マル(葉山奨之)は「罪悪感がない」と言い切ります。もともとマルが矢波高生にボコられたのが爆破事件のきっかけなので「最初に悪いことしたのはあいつらじゃん」「あいつらが死のうが知ったこっちゃないよ、真実は闇の中でしょ」と、ケロッとしています。あまりのケロぶりに、パイセン(今野浩喜)も「すげーな、おまえ」と呆れ返るしかありません。  そのパイセンもあんまり罪悪感はないようですが、それより飯室に言われた「おまえは親に愛されていない」という言葉が心にひっかかっています。まだ会ったことのない父親。金だけはいくらでもくれるパパ。自分が刑務所に入れられないように、ホームレスを身代わりに仕立てて出頭させた“闇社会のドン”。「愛」って、「愛されてない」って、どういうことなのか。パイセンは父親に会いにいくことを決意します。 ■結局“新しい俺”になれず、「そこそこ」じゃない幸せを知るトビオ  ミナミちゃんとのデートもそれなりに楽しかったし、ミナミちゃんにキスもしてもらったトビオでしたが、家の前に蓮子が現れると、やはりどうしようもありません。最初は強がっていましたが、蓮子が試しに「市橋にキスされた」と言ってみると、トビオは自分から蓮子にキス。蓮子に誘われるままに家に上がり込み、処女をいただきました。  事後、トビオは涙を流しながら、蓮子に告げます。 「ごめん、俺、ホントに幸せ」  10人殺して、心にフタをして、それでもトビオには幸せを感じる心が残っていたのでした。というところで、今回はおしまい。 ■オリジナルキャラ・菜摘の立ち位置が難しい  ところで、第1話から登場しているトビオたちの担任・菜摘ちゃん(水川あさみ)が、いよいよ物語に深く関わり始めました。これまでは本筋とあまり関係ないところで動いていたので無視してきましたが、そうもいかなくなりそうです。  菜摘ちゃんは、パイセンパパの輪島(古田新太)に恨みを持っていました。いわく、実家の工場が立ち行かなくなったときに輪島が現れ、借金をさせられたあげく、両親が自殺したというヘヴィな過去の持ち主でした。だから輪島を「殺したい」のだと、菜摘ちゃんは言います。  この立ち位置が、物語の本筋との“馴染み感”として、けっこう難しいなと感じたんです。  トビオたちは、図らずも人を殺してしまい、その罪悪感と向き合うことを強いられながら物事を考えてゆく立場を与えられています。いわばキャラクターとして行動原理が受動的であり、こうしたキャラクターたちに確固たる動機がないからこその“心理の揺れ”を楽しめるのが、このドラマの個性的な部分です。基本的にクズだし、情けないし、性欲に逆らえないし、普通に恋もするし、特別に心に決めた夢も希望もないし、「10人殺した」以外は特になんでもない人物として描かれることで、彼らの存在には生活者としてのリアリティが現出しています。  それに比べて、菜摘ちゃんの設定は“心理の揺れ”が起こることが許されません。「輪島を殺す」という強固なモチベーションは動かしようがなく、これは言い換えれば「特別に心に決めた夢と希望がある人物」だということです。それだけでも、このドラマの描くリアリティと馴染みません。  さらに、すでに爆破事件で後遺症を負った市橋という人物がひとたび克己している「復讐心」というものを菜摘ちゃんの根っこに持ってきているので、ドラマが描く「復讐とは何か」という理念にダブルスタンダードが生まれてしまう。一つの作品の中で「罪とは」「罰とは」「復讐とは」といった理念、というか言葉の解釈にブレが出てくると、途端に全体像が見えにくくなってしまうものなので。そこらへん「親が闇金から借金→自殺」というエピソードのシンプルさ(悪く言えば陳腐さ)も含めて、今後この個性的なドラマのジャマにならないといいなと思います。  あと3話。すでに「原作と違う結末」であることは公表されていますが、さてさて楽しみです。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

視聴率続落5.2%でも『僕たちがやりました』に、どんどん期待が高まるワケ

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関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより
 カンテレ制作『僕たちがやりました』第6話。視聴率は前回から0.2ポイント下げて5.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と過去最低を記録。反面、物語はギアを一段上げた感じで盛り上がってきました。今まででいちばん面白かった回だと思います。というわけで、振り返りです。 (前回までのレビューはこちらから)  10人の死者を出した矢波高爆破事件の容疑者として逮捕されていたパイセン(今野浩喜)でしたが、どっかから真犯人を名乗る男が出頭してきたおかげで、無事に無罪放免。「ええ響きやなー、冤罪!」とニッコニコ顔で、トビオ(窪田正孝)をご自慢のBMWに乗せて伊佐美(間宮祥太朗)とマル(葉山奨之)を迎えに行きます。  トビオはパイセンが逮捕されて以降、雲隠れしている間に伊佐美の彼女である今宵ちゃん(川栄李奈)とセックスしたり、マルに300万円を盗まれたりで、どんな顔で彼らに会ったらいいか逡巡していますが、まあどうでもいいことです。パイセンと“共犯者”の3人の高校生に、普通の日常が戻ってきたのですから。 「ただいま、そこそこの人生──」  トビオが久しぶりに家に帰ると、母さんは大好物のハンバーグカツカレーを作って待っていてくれました。童貞を捨てることに焦ってカラオケボックスで襲い掛かってしまった幼なじみの蓮子(永野芽郁)も、「気にしてない」と言ってくれます。それどころか、「また一緒にカラオケ行かない?」とまで。なんだか蓮子と付き合えそうな雰囲気ですし、むしろ事件前より「そこそこの人生」がいい感じになっています。  ここで描かれるのは、トビオも伊佐美もマルも、事件で10人の高校生が死んだことについては、たいして心を痛めていなかったという事実です。自分たちが犯人でさえなければ、死んだヤツらのことなんてどうでもよかった。彼らは、自分たちが殺したという罪悪感「だけ」に苦しんでいたのでした。だからその罪悪感から解放されてしまえば、もう事件のことなんでどうでもよかったのです。彼ら3人のうちの誰かは「どうでもいいと思い込もう」としていたのかもしれないし、誰かは本当に「どうでもよかった」のかもしれません。ともあれ、何も考えずに4人でスポッチャに通う日常が戻ってきました。 ■そうはいかないよね、そりゃ。  しかし、フットサル場で軽いノリで始めた「暴露大会」で、とんでもないことが起こってしまいました。トビオは逃亡中にホームレスのヤングさんに尻を掘られそうになったエピソードを披露し、爆笑をさらいます。  この暴露大会のルールは、「おもろなかったやつドリンクバー全部混ぜジュース」というもの。トビオの話でハードルが上がってしまったパイセンは、なんとかそれ以上の暴露をひねり出そうとして、言わなくていいことを言ってしまうのです。 「矢波高爆破事件の犯人な、あれやっぱ俺らやねん」 「真犯人、出てきたやろ、でっちあげやねん」  パイセンは「たっはー! そりゃそうやでなー!」とケラケラ笑っていますが、トビオたちは笑えるわけありません。パイセンは自分の暴露トークがスベッたと思ってカメムシ味のジュースを飲み干しますが、そんな問題じゃない。 「今の話、マジっすか……」  茫然とする3人にパイセンが説明したところによると、闇社会のドンであるパイセンパパがホームレスを拾ってきて整形手術させて、自首させたんだそうです。パイセンパパは警察ともズブズブなので、それで捜査を打ち切らせることも容易なんだとか。 「俺らが黙っといたら問題ないやろが!」  うろたえる3人を、パイセンが一喝。切り替えの早いマルは、すぐに「黙ってれば普通に生きていける」と納得しました。伊佐美も「10人殺したけど、闇の中だ……」と、現状を理解したようです。パイセンと3人で、「闇の中! 闇の中!」と闇の中音頭を歌い始めます。 「11人だ、ホームレスも死刑になれば、俺たちが殺したことになる。闇に埋めても、消えない──」  トビオが闇の中音頭に乗れないでいると、そのトビオの心境をダメ押しする人物がやってきます。事件を追っていた刑事・飯室(三浦翔平)です。  事件の真相に辿りついていたという飯室は、「法が許しても俺がお前らを許さない」などというアホでも思いつくようなセリフを言いに来たわけじゃありません。4人に、死んだ10人の高校生の写真を見せながら、「幸せを感じるたびに思い出せ、人の命を奪ったということを」と告げます。そして「一生、苦しめ」と。 ■追っ手がいなくなったことで追い詰められる逃亡者  飯室は、これ以上捜査するつもりはないと言いました。「真実を訴えても、最悪、俺が消される」と。つまり、警察からのオフィシャルな回答として、4人を追う者はもう誰もいないということです。『僕たちがやりました』が逃亡劇だとすれば、もう追っ手がいないので、物語としては一件落着となります。  しかし、トビオはこの日を境に、さらに追い詰められることになります。家に帰ればスキヤキが用意されていて、母さんも妹もなんだかんだ優しくしてくれる。蓮子からは「カラオケいつ行く?」とLINEが入る。そのすべてに吐き気を催す。「幸せが気持ち悪い」トビオはトイレでゲロを吐き続けます。  蓮子へのLINEに返信できないままのトビオ。学校に行けば、マルは平気な顔でクラスの女子に逃亡トークを面白おかしく話している。友だちから金を盗んでもヘーキ、10人殺してもヘーキ、誰にも言わなければヘーキ、それはマルのクズさであり、生き抜く強さでもあります。 「あいつみてえには、なれねえなあ」とトビオ。  廊下の向こうから、伊佐美が来ました。爆破事件の直後に首吊り自殺を図ったこともあった伊佐美は、やっぱりマルよりずっとナイーブです。笑顔で友人と話しながら歩いてきますが、トビオとは目を合わせることもありません。まるで、トビオとコンタクトすることであふれ出てしまいそうな何かにフタをするように、シカトして通り過ぎていきます。  この日、フットサル部の部室には、トビオしか来ませんでした。部活が終わる時間を告げる校内放送が鳴っています。トビオはいつものように、家に帰ろうとします。  画面からはエンディングテーマが流れています。 「♪生きろー、死ぬな、生きろ、生きろ」  夕陽に魅入られるように、トビオはカバンを捨てて駆け出します。その顔には、笑みさえ浮かんでいました。 「♪自由を追いかけてー」  そのままの勢いでトビオは屋上の腰壁を踏み越え、虚空に身を投げてしまいました。というところで、今回はおしまい。  まあ歌詞とシーンのシンクロがびしっと決まって、シーンとして実に気持ちいいラストでした。 ■シーンとして気持ちいいんですけど  今回、パイセンの出番が多かったこともあって、特に前半はだいぶコメディ寄りでしたが、パイセンと飯室の告白以降のシークエンスは心理的に超えぐかったです。  そもそも自分が真犯人だと知っていたのに、作品世界がコメディ寄りに見えてしまうくらい普通にハシャいでいたパイセンもえぐいですし、真相を知った後でもヘーキでいられるマルもえぐい。平静を装いながら全然平静じゃない伊佐美の心中も察するにあまりあるところですし、衝動的に屋上から身を投げてしまうというトビオもえぐいし、それに「♪自由を追いかけてー」という歌詞をかぶせる演出もえぐい。  ポップなフリしてますが、物語は、罪を犯し、その罪を償う機会が与えられないがゆえに苦しむ人間が、それぞれに心の血を流すパートに入ってきました。痛快青春ドラマのように見えて、実にえぐい。  原作がドラマ向きじゃないのは、エログロよりむしろ心理的なグロさだと思うんですが、ここまでは寄り道しつつも本質的な部分はちゃんとトレースしてきているような気がします。なので、そういう心理的ホラー、もしくは心理的スプラッターともいうべき作品が視聴率30%とかの国民的ドラマになるようだと社会がヤバい感じがするので、まあこの程度の視聴率でいいんじゃないかと思います。むしろ、変にライトにならずにちゃんと面白くなりそうなので、期待が高まるところです。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

『僕たちがやりました』視聴率5.4%でも悲壮感ゼロ!? 画面から伝わる「やり切ってる感」が心地よい

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関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより
 カンテレ制作の『僕たちがやりました』(フジテレビ系)も第5話。視聴率は5.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、まるで下げ止まりません。この先、5%を切ってくると、いよいよ「すわ打ち切りか!?」みたいな話題も出てくるでしょうが、同局で同じように低迷している『セシルのもくろみ』なんかに比べて、あんまり悲壮感ないんですよね。なんでかって、やり切ってる感が画面から伝わってくるからです。  脚本はまだ原作トレース以外の改変部分で結論が見えないのでなんとも言えませんが、クロスカッティング多めでテンポを出して、対照的な劇伴を強めに鳴らしてシーンごとのコントラストを出して……という演出の意図は明確に示されているし、何より役者のみなさんが楽しそうに演じているので、普通に考えれば気分が悪くなる筋立てなのに、気持よく見ていられる。視聴率をこっから挽回というのは難しそうですし、このまま、視聴者を選ぶ感じで突っ走っていただければ幸いです。というわけで、今回も振り返りです。 (これまでのレビューはこちらから)  10名の死者を出した矢波高爆破事件は、矢波高教師・熊野(森田甘路)の目撃証言によってパイセン(今野浩喜)が逮捕され、もう自白寸前。しかしそんな折、「おらがやりました」と言って真犯人を名乗る男が出頭してきました。  どうやらこの真犯人は、パイセンパパの輪島(古田新太)の差し金のようです。刑事・飯室(三浦翔平)はこの男が犯人でないことを確信していますが、動機も証拠もばっちり用意して自首してきたし、取り調べでも「おらがやりました」しか言わないので、どうしようもありません。  一方そのころ、逃亡中に出会ったホームレスのヤングさん(桐山漣)にケツを掘られそうになっていたトビオ(窪田正孝)は、意に反して性欲だけを向けられる恐怖を初めて実感し、数日前に幼なじみの蓮子(永野芽郁)に「1回だけやらして」と迫ったことを心の底から反省。もう一度、蓮子に会って謝りたいと涙に咽びます。 「やりたいときにやりたいことをやるだけだ。後ろが嫌なら前を向け」  ヤングさんの超男前な言葉に見送られて、トビオは蓮子を探しに街へ走り出します。蓮子に会いたい、蓮子に会いたい。  ほどなくトビオは蓮子を発見しますが、なんと蓮子は、爆破事件で重傷を負い、トビオの命を狙っている市橋(新田真剣佑)の車イスを押していました。2人はなんだか、とっても楽しそう。蓮子はトビオに気付きますが、「そういう関係かよ!」と誤解したトビオは走って逃げます。蓮子は「トビオに告るため」、市橋は「トビオを殺すため」に2人で一緒にトビオを探していただけなんですが、そんなことはトビオの知ったことじゃない。 ■トビオが「そこそこの人生でいい」思考に至ったワケ 「もうやだ、らしくないことしようとするからほら、こんなクソみたいな気持ちになるんだよ」 「昔からそうだ、熱くなってよかったためしがない、だからそこそこでいいんだよ」  蓮子と市橋の関係を誤解したまま、トビオは何もかもがどうでもよくなっちゃいました。ここ、重要なシーンです。なぜトビオが「そこそこの人生でいい」と、何度も何度も自分に言い聞かせるように語ってきたのか。 「そこそこ」から何度も踏み出そうとして、そのたびに傷ついてきたからでした。 「『好き』とか、そういうの向いてないんだよ、俺」  何度も傷ついたために、いわゆる「もう恋なんてしない」状態が平常運転になってしまった。このへんの主人公の心理に共感できないと、追いかけるのが結構きついんだろうな、と思うんです。痛みを避けることに慣れてしまった生活。それは、10人が死んだ爆破事件を起こしても、あんまり変わることがありませんでした。そして「ケツを掘られる危機」という実感を伴う恐怖によって一度は突き動かされたものの、自分勝手な誤解で、また同じように「やっぱりそこそこでいい」に戻ってしまう。  そうした人物が、いかにして『僕たちがやりました』という表題に帰結していくのか、というのが、この物語が描こうとする若者の生き様なんだと思います。  その後、トビオは都合よく、都合のいいロリ巨乳・今宵ちゃん(川栄李奈)のアパートに転がり込んで、あっさり童貞を捨てます。第1話で「夢も希望もないけど、せめて童貞を捨ててから死にたい」と願っていたトビオの童貞喪失は、単なる成り行きで訪れました。そして何度も今宵ちゃんを抱くうちに、あんなに焦がれたセックスという行為さえ「そこそこ」の「どうしようもない」日常になっていく。慣れていく。意味がなくなっていく。自己嫌悪が募る。母親からの留守電が沁みる。トビオは「もう逃げるのはやめよう」と決意し、ボーリング場で1,680円のプレイ代を踏み倒すと、「警察を呼べよ、早く!」とフロント係を怒鳴りつけます。  そのころ、熱海のキャバクラで逃亡資金をすべて溶かしたマル(葉山奨之)は伊佐美(間宮祥太朗)から金を盗もうとして失敗。伊佐美の金は、そこらへんの外国人観光客にかすめ盗られて、なくなってしまいました。結果、マルと伊佐美は殴り合いに。パイセンからもらった300万円ずつの逃亡資金を全部自分のモノにしようとしたことがバレたマルは「お前たちの正義感が俺の人生をメチャクチャにした、その賠償金だ」と言い出しました。ものすごいクズ! そうしたクズが、いかにして『僕たちがやりました』という表題に帰結していくのか、というのも、この物語が描こうとする若者の生き様なんだと思います。なので、このマルにさえ共感しないと話にノレないというのも、この物語の間口の狭さではあるよね。  さて、トビオがひと暴れして、ようやく警察を呼んでもらえることになったボーリング場に、パイセンが現れました。さくっと料金を立て替え、トビオは解放されます。いわく、「無罪や」とのこと。 「あの爆発と俺らは関係なかった、いたずらとテロが重なっただけやった」  殴り合いをしていた伊佐美とマルも、「真犯人逮捕、パイセン釈放」のニュースを見ていました。  そうしてひとたび、4人は罪悪感から解放されることになります。第5話はここまで。 ■「人生を終わろう」と「人生を終わらせる」の対比  トビオは自首する勇気がないという理由で、ボーリング場での無銭遊戯に走りました。警察に連れて行ってもらって、そこですべてを話して、どうしようもない人生を終わろうという算段でした。  一方、爆破事件で障害を負った市橋は、トビオ以上に何もかもがどうでもよくなっています。ひとりじゃおしっこするのだって大変だし、手下だった同級生は「タイマン張ろうぜ」とか言って車イスを蹴ってくるし、もうバイクにも乗れないし、蓮子と一緒にいたら「トビオを殺したい」という気持ちも萎えてくるし、死んでも悲しむ人は婆ちゃんひとりしかいないので、ほんとにどうでもよくなってる。蓮子だけが以前と変わらず接してくれるので、なんとか生きてるという感じです。  その蓮子が、手下のヤツらに目の前でスタンガンで倒され、目の前で輪姦されそうになります。市橋はナイフで脅されているし、そもそもひとりじゃ何にもできません。 「もうこれ以上、地獄見せんな……」 「もうどうでもいいんだよ、俺には……」  市橋は向けられたナイフを自らの手でつかむと、お腹にブッ刺しました。 「やりたきゃ俺を殺せ。もう終わった人間なんだよ」  さらにぐりぐりと、刃をねじこんで吐血しています。ビビった手下連中は、蓮子を解放して逃げだすしかありません。市橋は、文字通り命がけで蓮子を守ったのでした。  しかし、具体的な描写こそありませんが、こうやって女の子を輪姦したりっていうのは、きっと元気だったころの市橋だってやってきたことなんでしょう。立場が変化して、蓮子しか味方がいない、命を張る対象がいないからそうしただけで、別に正義感や倫理観での行動じゃない。ただの身勝手な自暴自棄が、結果として蓮子を助けることになっただけ。  このへんの一連の市橋って、かなり過剰というかグロいというか、動機と行動と結果のコントラストが激しくてキツイところなんで、ドラマでは緩めてくるかなーと予想していたんですが、しっかり伝えようとしていてよかったと思います。やっぱし、この作品、攻めるところはとことん攻めてると思う。  あと「攻めてる」でいえば、今宵ちゃんとトビオのセックスはどれくらい「攻め」てくれるのかなーと期待していたのですが、やっぱりこれはキスだけでお茶を濁された感じですね。でも、キスのあと別のシーンに飛ぶのではなく、すべからく直後にCMに入ったので、CM中に脳内補完してアレしておいて次の展開を待つことができ、意外に充足感があったように感じます。今後も楽しみです。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

窪田正孝が尻を剥かれても5.8%!『僕たちがやりました』尻より気になる、マルの“童貞問題”

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関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより
 8日に放送された『僕たちがやりました』(フジテレビ系)の第4話。視聴率は5.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、前回から0.8ポイントダウンでした。面白いけどなー。見てて気持ちのいいドラマじゃないから、仕方ないかなーという感じで。今回も振り返りです。 (前回までのレビューはこちらから)  いたずらで仕掛けた小型爆弾がプロパンガスに引火して10人の死者を出してしまった矢波高爆破事件から数日。パイセン(今野浩喜)は捕まっちゃうし、家には警察が来てるから帰れないし、パイセンからもらった300万円の口止め料はマル(葉山奨之)に持ち逃げされちゃったし、爆破で大ケガを負って車イスが必須になった矢波高の番長・市橋(新田真剣佑)は「殺す……!」とか言ってくるしで、今日も元気に逃亡生活中のトビオ(窪田正孝)。しかし、どうやら自分たちが“真犯人ではない”可能性が出てきて、ほんのひととき罪悪感から解放されます。  トビオたちの計画では、プロパンの近くに爆弾を仕掛ける予定はありませんでした。どうやら、あの夜トビオたちとばったり出会って目撃者になった矢波高教師の熊野(森田甘路)が、仕掛けられた爆弾を移動させたのではないか、というのがトビオの見方です。熊野は矢波高生たちにボコられていたので、復讐の動機はある。トビオは熊野が真犯人だと確信し、伊佐美(間宮祥太朗)とともに熊野のアパートに忍び込み、証拠をつかむことにしました。  しかし、いざ忍び込んでみると、熊野のパソコンに残っていたのは、まったく逆の証拠でした。男子生徒を性的な感じで盗撮した動画の中に、1本だけ様子の違うファイルが。再生してみると、パイセンらしき人物がトコトコ走りながら爆弾を落とし、それをプロパンのほうに蹴飛ばしている様子がばっちり映っていたのです。動画の中のパイセンは気づいていないようですが、これは完全に、やっぱり「僕たちがやりました」状態となってしまいました。  一方、トビオたちを殺したくて仕方がない市橋は、トビオの幼なじみである蓮子(永野芽郁)を呼び出し、トビオの居場所を吐くように迫ります。しかし、蓮子はマジで知らないし、知ってても教えないと言う。市橋は立ち去る蓮子を追いかけようとしますが、車イスから転がり落ちてしまいます。  地べたに這いつくばった市橋の口から、嗚咽が漏れます。 「なんで、なんで俺なんだよ……」  いわく、あの程度のゴミどもに何もかも潰されたことが許せないそうです。あいつらがのうのうと生きていくのを考えたら、心臓がきゅーってなって死にたくなると、涙、涙で訴えるのです。  蓮子はそんな市橋に、ある提案をしました。 「一緒にトビオ、捜さない? あんたは殺すため、あたしは告るため。あたし、トビオのこと好きみたいだからさ」  永野芽郁ちゃんにそんなことを言われたら、それこそもう死んでもいいくらい幸せなはずですが、もちろんトビオにその言葉は届きません。「完全に殺人犯じゃん、俺」と、再び罪悪感に苛まれることになったトビオはビルの隙間で廃棄のドーナツをかじったり、「ヤング」と名乗ったヤングなホームレス(桐山漣)と仲良くなったり、あまりに頼りになるヤングさんを「ニューパイセン」として崇めることにしたり、要するにもうドン底となっていました。  一方そのころマルは、トビオの300万円を持ち逃げして計600万円の逃亡資金を懐に、どこに身を隠しているかと思ったら、熱海の高級クラブで豪遊中。うららちゃんというホステス(おのののか)に入れあげ、ピンドン入れまくりで、あっという間に全額溶かしてしまいました。  うららちゃんは言います。 「うち、マルくんのこと大好きやで。せやけど、お金がないと、もう会われへんやん」  要するに店外で会う意思など一切ないという宣言なのですが、マルは理解しません。そういえば、伊佐美はまだ300万円持っているはずです。次はあいつから盗めばいいや、と心に決めたようです。  取り調べを受けているパイセンは、弁護士に「自白しなければ大丈夫」と言われたこともあって、RG的な「犯罪者あるある」を言いたがってみたりしていましたが、証拠の動画を見せられて完落ち寸前。ところが、そこらへんの交番に「真犯人」を名乗る男が出頭してきたことで、事態は大きく動くことになりそうです。というところまでが、クロスカッティングを多用しながらテンポよく描かれました。 ■あと、尻。  あと、実はゲイだったヤングさんにトビオが尻を剥かれるというサービスカットもありましたよ。  さて、前回のレビューでは、原作にあった苛烈な罪悪感についてのお話をやめて「真犯人は誰だ!」的なポップでテレビ向きのミステリーに傾いていくのかなと書いたんですが、熊野への疑いはあっさり晴れてしまいました。  今のところ熊野の登場は単なる尺の引き伸ばし以上の役割を果たしていませんが、この作品って面白みの部分がかなり原作に頼り切った形で、改変した部分があまり上手くいっていないような気がするので、けっこう先行きが心配になる回でした。  俳優部がハマっている分、原作と切り離して見るのは難しいので、あんまりプロットの正確性とか辻褄とかは厳密に求めず、シーンの楽しさとテンポのよさを楽しむのがよいかもしれません。うーん、マルがこの時点で風俗で童貞を捨ててるかどうかって、後半に向けてけっこう重要なポイントだと思うんですけど、どうするんだろうか。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

“巨乳エロギャル”川栄李奈が股間をぺろーん!『僕たちがやりました』原作改変の功罪は?

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関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより
 1日に放送された『僕たちがやりました』(フジテレビ系)第3話の視聴率は6.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、ほぼ横ばいでした。相変わらずJK今宵ちゃん(川栄李奈)が主人公・トビオ(窪田正孝)のおちんちんを「うえーい」したり、伊佐美(間宮祥太朗)がおちんちんに導かれて帰宅したりと、健全なご家族から敬遠されそうな演出てんこ盛りですが、ドラマそのものは面白いので、数字はあんまり下がらないと思います。めっちゃ上がることもないと思うけど。 (前回までのレビューはこちらから)  さて、ほんのイタズラ心で仕掛けたおもちゃの爆弾が謎の大爆発を起こして、矢波(ヤバ)高生10人を殺害してしまったトビオ、伊佐美、マル(葉山奨之)の凡下(ボケ)高2トリオ。彼らの手元には各々300万円の現金と、重すぎる罪悪感が残っています。  彼らに300万円の口止め料を渡してプーケットに高飛びしようとしていた主犯格のパイセン(今野浩喜)は、空港のロビーであえなく逮捕。一緒に行こうと思っていたトビオは、途方に暮れてしまいました。伊佐美は300万円を受け取った日に「これからは赤の他人ってことで」と言い残して姿を消してしまったし、マルも携帯を解約してしまったようで、連絡が付きません。  街中の誰もが自分を監視しているような強迫観念にかられているトビオに、非通知の着信が。受話器の向こうでは、聞き慣れたベソ泣き声が聞こえます。 「マルか?」  マルでした。マルも一緒にプーケットに行くと言っていましたが、ハナから行く気はなかったそうです。パイセンとトビオの2人が日本から消えれば、自分は自由になれる。そう思って連絡を絶ったものの、パイセンが逮捕されたニュースを見て、いてもたってもいられなくなったそうです。  トビオはマルをいつものカラオケボックスに呼び出すと、ブスかわいい金髪の女がやってきました。女装したマルでした。ひとしきり爆笑したトビオは、とりあえず2人で逃亡することを決意。死ぬまでにやりたいことを全部紙に書き出して、あみだくじで初手を決めることにしました。  美術館で壺を割る、京都で舞妓さんと野球拳……2人とも無理やりテンションを上げながら、夢を書き連ねていきます。 「オレがホントにやりたいことは、時間を巻き戻したい。そこそこ楽しかったあの時に戻ってやり直したい。それが俺のホントにやりたいことだ」  トビオの心中はそんな感じでしたが、あみだの行方は「SEX」。それはそれで、やりたいことには変わりありません。  童貞なので、どんな店に行けばSEXができるのかわからない2人。間違えてキャバクラに行ってしまいます。トビオは、こうした行為が単なる現実逃避であるという自身の姑息さにテンションが下がってきますが、お気楽なのはマルです。嬢のおっぱいを触りまくっていると、卓越したマイクパフォーマンスで店内を盛り上げていたボーイさん(とろサーモン・久保田和靖)につまみ出されてしまいました。  その後、2人でネット喫茶に入って、風俗サイトを見ながらSEX作戦を練り直しますが、トビオが寝ている隙にマルは姿を消します。テーブルの上には、ヘタクソな字で「ごめん」と書かれた万札が1枚だけ。トビオがマルに裏切られたのは、プーケットの件に続いて2回目です。まるで学習能力がありません。もう金もありません。  これ以上ないほど途方に暮れたトビオの前に現れたのは、伊佐美の彼女・今宵ちゃんでした。伊佐美とは連絡が付かないし、もう別れたつもりでいるんだそうです。今宵ちゃんは巨乳でヤリマンのくせにすごくいいやつで、トビオにシャワーを貸してくれ、バスタオルを持ってきてくれ、ついでにおちんちんをぺろーんと触ってくれました。あと、レバニラ炒めを作ってくれて、家に泊めてくれました。  夜中にふとトビオが目を覚ますと、今宵ちゃんの巨乳が目の前に。思わず手を伸ばそうとすると、巨乳も目を開けますが、そのまま「いいよ」とか言ってくれます。すわ、童貞喪失か!  と思ったら、玄関のドアが乱暴に開いて、伊佐美がなだれ込んできました。トビオには目もくれず、“元カノ”である今宵ちゃんに襲い掛かります。必死で抵抗する今宵ちゃん。トビオも、嫌がる女性に強引な行為をしようとする伊佐美に激怒しますが、いつの間にか今宵ちゃんが「さみしかった~」とか言いながら伊佐美の首に腕を回して抱きついたりしてるので、すごすごと押入れの中で時を過ごすしかありません。  伊佐美はあの日の後、街をさまよって、あちこちで吐いたりしながら、結局首を吊って自殺を図ったのだそうです。それで、ロープがほどけて気を失って、気が付いたら「生きてる!」そんで、「やりたい!」と思って、走って帰ってきて今宵ちゃんを抱いたと、そういうことのようです。  3人は、しばらく今宵ちゃんの家に住むことにしました。翌日、ニュースを見ていると、爆破事件の詳細について報道されています。どうやらトビオたちが仕掛けた爆弾がプロパンガスに引火したことは間違いないようですが、その設置場所が、なんか変です。パイセンが作った計画書では、プロパンの近くに設置する予定はありませんでした。  パイセン逮捕の決め手になったのは、目撃者である矢波高の教師(森田甘路)からの聞き取りによって描かれた似顔絵でした。あの日あの場所には、自分たちのほかに、あの教師もいたのです。そういえば、担任の菜摘ちゃん(水川あさみ)も、「なんであんな時間にいたのかしら?」と疑問を持っていたし、あの教師が自校の生徒にボコられていたことも知っています。  あいつが、爆弾をプロパンの近くに移動したのか。復讐したのか。  真犯人は、俺たちじゃない。トビオと伊佐美の顔が、みるみる罪悪感から解放されていきます。「僕たちはやってませんでした」というわけです。  しかし、そんなこと知らんのが当の矢波高生たちです。瀕死の重傷を負って車いすの市橋(新田真剣佑)らが、「逮捕される前に処刑する」と、トビオたちを追い詰めるのでした。というところで、第3話はおしまいです。 ■トビオだけが、何も自分で決めていない  さて、事件を起こした4人が最初にとった行動については、いちおうの決着を見ました。  パイセンはプーケットに高飛びしようとして失敗、逮捕され、取り調べでは意味不明な言語を発したり、何かを吟じたりしています。  マルはパイセンの誘いに乗るフリをして、パイセンとトビオの2人を国外に追い出し、身の安全を確保しようとしましたが、逃げ切れませんでした。  伊佐美は、ほかの3人と縁を切ることで生き抜こうとしましたが、それは無理でした。そして、一度死んで、生き返りました。  それぞれに事件を深刻に受け止め、もうどうにも戻れないことを悟り、「こう生きていく」あるいは「もう死ぬ」と、能動的に決めて動いている中で、主人公のトビオだけが受け身です。この期に及んで「そこそこでいい」「そこそこの人生を歩みたい」という未練が捨てられません。要するに、本気じゃないんです。どこかで、いつも「時間を戻したい」という妄想に逃げ込んで、ヘラついているんです。  で、何が言いたいかというと、何事にも本気じゃない人の芝居にリアリティを出すのって、本気の人を演じるより、ずっと難しいんだろうなということで。生き返った伊佐美の雄叫びも、怯えきったマルの泣き言も、やりきってしまえばいいわけですが、トビオという人物は、常に余白を残している。状況的にとことん追い詰められながら、余白がある人、という風にトビオが見えるので、窪田くんはすごく役に合致したお芝居をしているのだと思います。 ■ところで、原作の根底を覆す改変が行われました  第2話まで、ほぼ原作をトレースしてきた『僕たちがやりました』でしたが、小さな改変は行われていました。原作では、パイセンの似顔絵は防犯カメラから割り出されていましたが、ドラマでは、ここに目撃者の矢波高教師を配置していたのです。この意図が、この第3話で明らかになりました。  それが、この教師を“真犯人の疑いのある人物”とすることだったわけです。  これ、すごく大きな改変だと思うんです。トビオたちは原作では終始、「どう考えても僕たちがやりました」という重すぎる現実から逃れられない人物でした。他の可能性がゼロだったからこそ、激しく自責し、激しく荒れ、激しく苦しむことになった。  前回のレビューで、彼らはその苛烈な罪悪感から過剰なセックスに走ることになるが、過激なエロを出せないドラマでその心情を描き切れるのか、といったことを書きました。  今回の改変で、とりあえずですが、トビオたちは苛烈な罪悪感から解放されることになります。物語の根底にあった「枷」が外されたのです。「描き切れなそうな罪悪感をどう描くか」ではなく「あんまり描かない」という方向に舵が切られたということです。そのかわりに「真犯人を探せ!」というミステリー要素がプラスされました。  決して悪いことじゃないと思うんです。『僕たちがやりました』という原作のグロさは、トビオたちの心理描写のグロさです。追い込まれ過ぎた彼らの頭には、ちょっとこれはテレビドラマには耐えられないよなーというくらいグロい思考が次々に浮かんできます。  それをそのままやらずに、ポップな方向で「ミステリー&逃亡劇」っぽいドラマを作っていくことにしたのだとしたら、それはそれでテレビ向けに正しい改変だと思いますし、よりドラマオリジナルの展開が楽しみになりました。あと、毎度ですがパイセンラブです。 (文=どらまっ子AKIちゃん)