『過保護のカホコ』最終回のハッピーエンドに隠された「怨嗟と呪い」の物語を垣間見る

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日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 高畑充希主演の『過保護のカホコ』(日本テレビ系)も最終回。視聴率は14.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と過去最高を記録。有終の美を飾りました。  さて、このレビューでは本作で描かれる家族愛を、主に「不穏だ呪いだ」と書き続けてきました。脚本の遊川和彦さんが、カホコやママの異常な家族依存を、若干の悪意を込めてデフォルメしていると思っていたのです。  しかし、どうやらそうでもなかったのかな、というのが最終回を見終えた感触でした。というわけで、振り返りです。どう受け取ったらいいのかわからないまま書き始めてます。 (前回までのレビューはこちらから)  病気で亡くなったばあば(三田佳子)から「この家族を守って」と遺言されたカホコ(高畑充希)は、さっそく親戚たちの問題解決に乗り出します。  やもめとなったじいじ(西岡徳馬)は、カホコに「ばあばに会いに行ってくる、もう探さないでくれ」と言い残して姿を消します。で、どこにいたかと思えば、実家の庭の片隅に身を隠していました。聞けば、結婚したばかりのころ、ばあばとよくかくれんぼをした場所なのだそうです。 「俺はずっとここにいる」と言い張るじいじに、カホコが何やら美辞麗句を並べると、態度が一変。あっという間に立ち直りました。  続いて、先日離婚届を提出したばかりの衛おじちゃん(佐藤二朗)と、ママ(黒木瞳)の妹・環ちゃん(中島ひろ子)の問題も、カホコが「離れてほしくない、一緒にいてほしい、いるべきだ!」と主張すると、あっさり翻意。衛おじちゃんは涙ながらに「俺は君とずっと一緒にいたい、ここにいるみんなとも」とか言い出しました。  このあたりからして、「家族だから」という理由だけで個人が集団に取り込まれていくように見えて、薄気味悪かったんです。それぞれが自分の個人的な悩みと正面から向き合うことを放棄している、つまりは個人でなくなっていく、まるで「家族愛」という毒に感染して人ならざる者になっていくように見える。  なぜなら、カホコが唱える「家族だから一緒にいるべき」という思想は、カホコが個人的な社会経験によって抱いたものではないからです。ママに「家族が常に一緒にいるのは当たり前」と生涯にわたって刷りこまれた上に、ばあばに「家族を守れ」と言い残されたから、という理由だけで、カホコは「家族だから一緒にいるべき」と主張している。以前、従妹の糸ちゃん(久保田紗友)に「家族なんて大嫌い! 気持ち悪い! 特にカホコが嫌い!」と面罵されたことがありましたが、カホコはただびっくりして泣いただけで、糸ちゃんの気持ちを慮ることは一度もありませんでした。糸ちゃんという一個人の心情に寄り添おうとはしませんでした。  今回、手の神経障害で弾けなくなったチェロを売りに行った糸ちゃんから、そのチェロを奪った挙句に「カホコが買う、300万なら貯金ある」と言い出す姿など、醜悪ですらあります。糸ちゃんが、金が欲しくてチェロを売ろうとしているわけじゃないことすらわからないのか、わかっていてこんなに人を傷つけることを言える無神経な女なのか、どう描こうとしたの不明瞭なのですが、カホコの頭を埋め尽くす「家族愛=絶対的正義」という価値観は揺るぎません。そして、そんな家族愛あふれるカホコは、糸ちゃんに「どうしてそんなにチェロを売りたいの?」と質問することもありません。対話を拒絶し、共に進歩や成長を模索することを拒絶し、「おまえはチェロ弾きの女っつー設定なんだから、その設定を守れよ!」と強いるのです。もはや暴力です。  で、まあなんだかんだでカホコはハジメくん(竹内涼真)と結婚して、糸ちゃんも神経障害をおして結婚式でチェロを弾いて、ママも許してくれて、ハッピーエンドとなりました。 ■さて、『過保護のカホコ』とはなんだったのか  先に、「毒に感染して人ならざる者になっていく」と書きました。では、感染源はどこなのか。  それは、ばあばです。ママたちが生まれ育った並木家に嫁いだ当時、ばあばは姑や小姑からひどいイジメを受けていたといいます。  72歳で亡くなったばあばは、21歳でカホコのママ(51)を産んでいますから、イジメを受けていたのはその前の5年間くらいでしょうか。1961~66年あたりだとすれば、世は高度経済成長の真っ只中。洗濯機や冷蔵庫が普及し、家庭における女性の役割に大きな変化が訪れました。一方で、厚生労働省の「人口動態統計(確定数)の概況」によれば、65年の離婚件数は約7.7万件で、終戦直後の47年とほぼ同数だそうです。2016年の資料では21.7万件となっているので、離婚そのものが現代に比べれば、あまり一般的ではなかった時代です。  そうした時代に、姑や小姑からひどいイジメを受けたばあばには、それに耐えるしか選択肢がなかったのかもしれません。しかも、夫はそのイジメを止めようともせず、夫婦2人で家を出ようと提案することもなく、ばあばに水鉄砲で水を浴びせたり、せっかく片づけた落ち葉を頭からぶちまけたりする男です。  そんな環境で、若かりしころのばあばは、幼児退行を起こしたのでしょう。水鉄砲攻撃や落ち葉攻撃といった夫の悪ふざけが「楽しかった」のだそうです。「くよくよしててもしょうがないなーって、吹っ飛んじゃう」のだそうです。それは、苛烈なイジメを受けながらも、この並木家に根差すしか選択肢のなかったばあばの心の闇が作り出した「せめて夫とのひとときを楽しむしかない」という逃避的思考だったのかもしれません。  こうして「家に根差す」以外の選択肢、価値観を失ったばあばの思想は、娘たちにも伝播します。特に、長女であるカホコのママに、ばあばは「厳しく当たった」と言いました。きっとその厳しい指導の中には「家族は一緒で当たり前」という思想も含まれていたことでしょう。  ばあばのこの思想には、作中で語られたエピソードから推測するだけでも「家族は一緒で当たり前(だって、私は逃げられなかったし)」という怨嗟が含まれているように感じます。しかし、おそらくばあばはそうした怨嗟に無自覚ですので、カホコのママにはそれが「家族は一緒で当たり前(だって、その方が幸せに決まってる)」と伝わっていると考えられます。何不自由なく育った中で、怨嗟を種にした「家族愛=絶対正義」という思想だけがママに受け継がれたわけです。それがカホコへの教育方針に反映されていることは、言うまでもありません。  さらに、ママが過酷な不妊治療を経てカホコを出産したことも語られました。このことが、さらにカホコへの過干渉を強めた原因であることは、ママ自身も自覚していたようです。  そんなママに純粋培養されたカホコは、ママがカホコに向けていた過干渉を、親戚一同に対し、全方位的に実行していくことになります。登場した当時は「おまえのような過保護が日本を滅ぼす」と言っていたハジメくんを巻き込み、親戚全員を「家族愛」に感染させ、さらにばあばが「逃げられなかった」並木家の実家に陣取って、その種が怨嗟であることを知らないまま家族愛の絶対神として君臨していくことになるのです。  ハジメくんは結婚1年後も似顔絵屋で収入が不安定なうえ、まだ「創作活動が」とか言っていますので、カホコは思想的にも経済的にも、家の支柱となります。もう誰も、カホコに逆らうことができません。もとより、家族愛という絶対的価値観に支配された親戚たちには、もう逆らう意思もないのです。まるで礼拝のように、誰かの誕生日になれば並木家に集合して祈りを捧げるしかないのです。 ■テーマは「過保護なママ」の解放だったのかな  一方で、カホコを嫁に出したあと、「過保護なママ」だった泉は夫に離婚を切り出します。 「ねえパパ、離婚しよっか?」 「カホコがいなかったら一緒にやることもないし、いいんじゃない? あたしたち」  この提案は、カホコが聞いたら目ん玉飛び出しちゃうくらい、とんでもなく意味がわからない発言でしょう。自ら思考せず、形骸化した「家族愛」だけに囚われるカホコにとって、家族であることは「どんなことがあってもやめられない」(と糸ちゃんに言ってた)ものなので、ママがこんなことを言い出すなんて、完全に想定外であるはずです。  しかし、この「離婚しよっか?」は、並木家でイジメに遭っていたばあばが、決して言い出せなかった一言でもあるはずです。  作中、ママが提案した離婚が夫婦間で成立したかどうかは「想像にお任せします」とのことでした。  第1話から、オープニングで常に表示されていた、歪んだハートマークで囲われたエリア。そのエリアから一歩でも外に出ると、ママはまともに口をきくこともできないという病理が繰り返し語られています。  しかし最終回、カホコを嫁に出すことを決心したママは、エリアの外でも普通に会話し、行動することができました。  離婚を口にしたあと、この歪んだハートマークの歪みは取り除かれ、バランスのいい美しいハートになって徐々に拡大し、消えていきました。ママが、いつどこに行っても自分の意思と行動を妨げられず、思うままに自己表現できる人間になったことが示されます。  この物語は、ばあばにとって地獄だった並木家という環境が、その逃げ道として「家族愛」という毒を生み出し、その毒に犯されたママが、カホコを手放すことによって「家族愛」だけが絶対的な価値観ではないという気付きを得る物語だったのかもしれません。そうして呪縛から解き放たれ、ママが今一度、個人としての人生を取り戻す姿を描いた“失われた時間の再生”の物語。そう解釈すると、わりとすんなり、いろんなことが腑に落ちるかな、という感じです。  だけど、カホコは純粋培養ゆえに気付きの機会がなく、糸ちゃんも、すでに感染済み。並木家の呪いは拡散しながら、未来永劫続いていく……。このドラマは不穏だってずっと言い続けてきましたが、やっぱりこれは呪いだし、この構造は完全にホラーじゃんね。(あくまで個人の感想です)  あ、面白いか面白くなかったかでいえば、最終回を見た直後はわからなかったんですが、ここにいたり「すげえ面白い」となってます。はい。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

『過保護のカホコ』最終回のハッピーエンドに隠された「怨嗟と呪い」の物語を垣間見る

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日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 高畑充希主演の『過保護のカホコ』(日本テレビ系)も最終回。視聴率は14.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と過去最高を記録。有終の美を飾りました。  さて、このレビューでは本作で描かれる家族愛を、主に「不穏だ呪いだ」と書き続けてきました。脚本の遊川和彦さんが、カホコやママの異常な家族依存を、若干の悪意を込めてデフォルメしていると思っていたのです。  しかし、どうやらそうでもなかったのかな、というのが最終回を見終えた感触でした。というわけで、振り返りです。どう受け取ったらいいのかわからないまま書き始めてます。 (前回までのレビューはこちらから)  病気で亡くなったばあば(三田佳子)から「この家族を守って」と遺言されたカホコ(高畑充希)は、さっそく親戚たちの問題解決に乗り出します。  やもめとなったじいじ(西岡徳馬)は、カホコに「ばあばに会いに行ってくる、もう探さないでくれ」と言い残して姿を消します。で、どこにいたかと思えば、実家の庭の片隅に身を隠していました。聞けば、結婚したばかりのころ、ばあばとよくかくれんぼをした場所なのだそうです。 「俺はずっとここにいる」と言い張るじいじに、カホコが何やら美辞麗句を並べると、態度が一変。あっという間に立ち直りました。  続いて、先日離婚届を提出したばかりの衛おじちゃん(佐藤二朗)と、ママ(黒木瞳)の妹・環ちゃん(中島ひろ子)の問題も、カホコが「離れてほしくない、一緒にいてほしい、いるべきだ!」と主張すると、あっさり翻意。衛おじちゃんは涙ながらに「俺は君とずっと一緒にいたい、ここにいるみんなとも」とか言い出しました。  このあたりからして、「家族だから」という理由だけで個人が集団に取り込まれていくように見えて、薄気味悪かったんです。それぞれが自分の個人的な悩みと正面から向き合うことを放棄している、つまりは個人でなくなっていく、まるで「家族愛」という毒に感染して人ならざる者になっていくように見える。  なぜなら、カホコが唱える「家族だから一緒にいるべき」という思想は、カホコが個人的な社会経験によって抱いたものではないからです。ママに「家族が常に一緒にいるのは当たり前」と生涯にわたって刷りこまれた上に、ばあばに「家族を守れ」と言い残されたから、という理由だけで、カホコは「家族だから一緒にいるべき」と主張している。以前、従妹の糸ちゃん(久保田紗友)に「家族なんて大嫌い! 気持ち悪い! 特にカホコが嫌い!」と面罵されたことがありましたが、カホコはただびっくりして泣いただけで、糸ちゃんの気持ちを慮ることは一度もありませんでした。糸ちゃんという一個人の心情に寄り添おうとはしませんでした。  今回、手の神経障害で弾けなくなったチェロを売りに行った糸ちゃんから、そのチェロを奪った挙句に「カホコが買う、300万なら貯金ある」と言い出す姿など、醜悪ですらあります。糸ちゃんが、金が欲しくてチェロを売ろうとしているわけじゃないことすらわからないのか、わかっていてこんなに人を傷つけることを言える無神経な女なのか、どう描こうとしたの不明瞭なのですが、カホコの頭を埋め尽くす「家族愛=絶対的正義」という価値観は揺るぎません。そして、そんな家族愛あふれるカホコは、糸ちゃんに「どうしてそんなにチェロを売りたいの?」と質問することもありません。対話を拒絶し、共に進歩や成長を模索することを拒絶し、「おまえはチェロ弾きの女っつー設定なんだから、その設定を守れよ!」と強いるのです。もはや暴力です。  で、まあなんだかんだでカホコはハジメくん(竹内涼真)と結婚して、糸ちゃんも神経障害をおして結婚式でチェロを弾いて、ママも許してくれて、ハッピーエンドとなりました。 ■さて、『過保護のカホコ』とはなんだったのか  先に、「毒に感染して人ならざる者になっていく」と書きました。では、感染源はどこなのか。  それは、ばあばです。ママたちが生まれ育った並木家に嫁いだ当時、ばあばは姑や小姑からひどいイジメを受けていたといいます。  72歳で亡くなったばあばは、21歳でカホコのママ(51)を産んでいますから、イジメを受けていたのはその前の5年間くらいでしょうか。1961~66年あたりだとすれば、世は高度経済成長の真っ只中。洗濯機や冷蔵庫が普及し、家庭における女性の役割に大きな変化が訪れました。一方で、厚生労働省の「人口動態統計(確定数)の概況」によれば、65年の離婚件数は約7.7万件で、終戦直後の47年とほぼ同数だそうです。2016年の資料では21.7万件となっているので、離婚そのものが現代に比べれば、あまり一般的ではなかった時代です。  そうした時代に、姑や小姑からひどいイジメを受けたばあばには、それに耐えるしか選択肢がなかったのかもしれません。しかも、夫はそのイジメを止めようともせず、夫婦2人で家を出ようと提案することもなく、ばあばに水鉄砲で水を浴びせたり、せっかく片づけた落ち葉を頭からぶちまけたりする男です。  そんな環境で、若かりしころのばあばは、幼児退行を起こしたのでしょう。水鉄砲攻撃や落ち葉攻撃といった夫の悪ふざけが「楽しかった」のだそうです。「くよくよしててもしょうがないなーって、吹っ飛んじゃう」のだそうです。それは、苛烈なイジメを受けながらも、この並木家に根差すしか選択肢のなかったばあばの心の闇が作り出した「せめて夫とのひとときを楽しむしかない」という逃避的思考だったのかもしれません。  こうして「家に根差す」以外の選択肢、価値観を失ったばあばの思想は、娘たちにも伝播します。特に、長女であるカホコのママに、ばあばは「厳しく当たった」と言いました。きっとその厳しい指導の中には「家族は一緒で当たり前」という思想も含まれていたことでしょう。  ばあばのこの思想には、作中で語られたエピソードから推測するだけでも「家族は一緒で当たり前(だって、私は逃げられなかったし)」という怨嗟が含まれているように感じます。しかし、おそらくばあばはそうした怨嗟に無自覚ですので、カホコのママにはそれが「家族は一緒で当たり前(だって、その方が幸せに決まってる)」と伝わっていると考えられます。何不自由なく育った中で、怨嗟を種にした「家族愛=絶対正義」という思想だけがママに受け継がれたわけです。それがカホコへの教育方針に反映されていることは、言うまでもありません。  さらに、ママが過酷な不妊治療を経てカホコを出産したことも語られました。このことが、さらにカホコへの過干渉を強めた原因であることは、ママ自身も自覚していたようです。  そんなママに純粋培養されたカホコは、ママがカホコに向けていた過干渉を、親戚一同に対し、全方位的に実行していくことになります。登場した当時は「おまえのような過保護が日本を滅ぼす」と言っていたハジメくんを巻き込み、親戚全員を「家族愛」に感染させ、さらにばあばが「逃げられなかった」並木家の実家に陣取って、その種が怨嗟であることを知らないまま家族愛の絶対神として君臨していくことになるのです。  ハジメくんは結婚1年後も似顔絵屋で収入が不安定なうえ、まだ「創作活動が」とか言っていますので、カホコは思想的にも経済的にも、家の支柱となります。もう誰も、カホコに逆らうことができません。もとより、家族愛という絶対的価値観に支配された親戚たちには、もう逆らう意思もないのです。まるで礼拝のように、誰かの誕生日になれば並木家に集合して祈りを捧げるしかないのです。 ■テーマは「過保護なママ」の解放だったのかな  一方で、カホコを嫁に出したあと、「過保護なママ」だった泉は夫に離婚を切り出します。 「ねえパパ、離婚しよっか?」 「カホコがいなかったら一緒にやることもないし、いいんじゃない? あたしたち」  この提案は、カホコが聞いたら目ん玉飛び出しちゃうくらい、とんでもなく意味がわからない発言でしょう。自ら思考せず、形骸化した「家族愛」だけに囚われるカホコにとって、家族であることは「どんなことがあってもやめられない」(と糸ちゃんに言ってた)ものなので、ママがこんなことを言い出すなんて、完全に想定外であるはずです。  しかし、この「離婚しよっか?」は、並木家でイジメに遭っていたばあばが、決して言い出せなかった一言でもあるはずです。  作中、ママが提案した離婚が夫婦間で成立したかどうかは「想像にお任せします」とのことでした。  第1話から、オープニングで常に表示されていた、歪んだハートマークで囲われたエリア。そのエリアから一歩でも外に出ると、ママはまともに口をきくこともできないという病理が繰り返し語られています。  しかし最終回、カホコを嫁に出すことを決心したママは、エリアの外でも普通に会話し、行動することができました。  離婚を口にしたあと、この歪んだハートマークの歪みは取り除かれ、バランスのいい美しいハートになって徐々に拡大し、消えていきました。ママが、いつどこに行っても自分の意思と行動を妨げられず、思うままに自己表現できる人間になったことが示されます。  この物語は、ばあばにとって地獄だった並木家という環境が、その逃げ道として「家族愛」という毒を生み出し、その毒に犯されたママが、カホコを手放すことによって「家族愛」だけが絶対的な価値観ではないという気付きを得る物語だったのかもしれません。そうして呪縛から解き放たれ、ママが今一度、個人としての人生を取り戻す姿を描いた“失われた時間の再生”の物語。そう解釈すると、わりとすんなり、いろんなことが腑に落ちるかな、という感じです。  だけど、カホコは純粋培養ゆえに気付きの機会がなく、糸ちゃんも、すでに感染済み。並木家の呪いは拡散しながら、未来永劫続いていく……。このドラマは不穏だってずっと言い続けてきましたが、やっぱりこれは呪いだし、この構造は完全にホラーじゃんね。(あくまで個人の感想です)  あ、面白いか面白くなかったかでいえば、最終回を見た直後はわからなかったんですが、ここにいたり「すげえ面白い」となってます。はい。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

最終回目前で1ケタ転落の『過保護のカホコ』 この保守的な家族像は健全なのか、不健全なのか問題

最終回目前で1ケタ転落の『過保護のカホコ』この保守的な家族像は健全なのか不健全なのか問題の画像1
日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 このレビューでは以前から、このドラマが描く家族愛は「不穏だ呪いだ」と書き続けてきた『過保護のカホコ』(日本テレビ系)ですが、最終回前の第9話にして、あれー普通にいい話になるのかな? という雰囲気が漂ってきました。  ちなみに視聴率は9.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と初めて1ケタを記録しましたが、バレーボールの中継が延長になって45分押しで始まったそうなので、まあ録画して寝ようってなるよね。というわけで、今回も振り返りです。 (前回までのレビューはこちらから)  さて、いろいろあってハジメくん(竹内涼真)と結婚することにしたカホコ(高畑充希)でしたが、当然ママ(黒木瞳)は大反対。「結婚する気なら親子の縁を切ってからにしてね」と勘当を宣言します。というか、重い心筋症を患っているママのママであるばあば(三田佳子)の意識がなくなってしまい、それどころではありません。  ママはばあばの入院している病院に泊まり込んで付きっきりで看病していますが、その間にも家族たちのいろんな問題が進行していきます。  ママの妹の環ちゃん(中島ひろ子)は、なんだかよくわからないけど旦那の衛おじちゃん(佐藤二朗)と離婚すると言い出し、衛おじちゃんも酒の勢いを借りて離婚届を提出してしまったので、2人の夫婦関係はおしまいに。カホコは区役所まで押しかけて衛おじちゃんに離婚しないよう説得を試みますが、なしのつぶてでした。  その下の妹の節ちゃん(西尾まり)は、チェリストの夢が破れてヤンキー化した娘の糸ちゃん(久保田紗友)がいちいち逆らうので「出てけ」と言ったら、糸ちゃんがホントに家出。その後、糸ちゃんは弾けなくなったチェロを「売る」と家から持ち出し、ヤンキー仲間のミニバンに乗り込んでいきます。カホコは「チェロは糸ちゃんの魂!」などと言って引き留めようとしますが、こちらもなしのつぶて。糸ちゃんの両親も「あんたは奇跡を起こせる子」「音楽の力でたくさんの人を幸せにできる」「そのときまで応援させてもらえないか、普通の人間にできるのはそれくらいだから」と土下座までしてますが、糸ちゃんはミニバンに乗りこんで去っていってしまいました。  この2つのエピソードって、すごく保守的です。家族だって夫婦だって上手くいかなければ別れたほうがいいことだってあるだろうし、手の神経に障害が出て弾けなくなったチェロなんて売り払って、シンセとMacでも買って新たな音楽表現の手段を一緒に模索したりするのが「応援する親」の役目だろうと思うんですが、とにかくカホコも糸ちゃんの両親も、既存の型を壊さないことに執心するだけ。自分たちのエゴを「家族愛」というパッケージにくるんで繊細なアル中おじさんと繊細な女子高生に押しつけまくります。糸ちゃんが逃げたくなる気持ちがよくわかる。  その「既存の型」の象徴が、ママたちが生まれ育った並木家の実家であり、ママたちを育てたばあばです。病院で目を覚ましたばあばは、開口一番「帰りたい」と言います。ばあばに1日でも長生きしてほしいママは「無理に決まってるでしょ」とたしなめますが、ばあばは「もう一度、私の家が見たいの」と強硬です。カホコも「ばあばにとってあの家は、みんなとの思い出がいっぱい詰まったすっばらしい家なんだよ」と、ばあばに同調。ママが折れて、ばあばは在宅医療に切り替えることに。結果、すぐ死んでしまいました。  ばあばは遺言として、ママにこんな話をしたんです。 「カホコのこと愛しすぎたんじゃないの? 大事なのは、その愛に、自由があるかどうかよ。カホコから考えることを奪わないで」  そしてカホコには「これからは、あなたがこの家と、家族のこと守ってちょうだい」と言い残しました。  ばあばの死は、それこそ情感たっぷりに描かれるわけですが、特にカホコへの遺言は「うぜえな」と思ったんです。糸ちゃんや衛おじさんに追いすがるカホコも「うぜえな」と思ったし、このドラマは、こうしたステレオタイプの保守的な家族愛を「うぜえな」と思わせる方向で作っていたと、ここまで思っていたのです。  3姉妹がみんな実家の近くに暮らして、誰かの誕生日があれば全員で集まってお祝いして……という家族の在り方そのものの、ある意味での“不健全さ”が、もしかしたらストレートに“健全です”という方向で描かれていたのだとすれば、私はドラマ全体を見誤っていたかもしれません。「こんな家族、大嫌い! 気持ち悪い!」と叫び続けた糸ちゃんにこそ共感していた私のほうが、実は不健全なのかもしれない。「家族を守って」という遺言は、呪詛ではなく祝詞なのかもしれない。次週予告にはカホコとハジメの結婚式の様子がありました。そこには、離婚したはずの衛おじさんの顔も並んでいます。  この予告の通り、家族みんな仲良しで大団円のハッピーエンドが訪れるのでしょうか。ずっと不穏当だと思っていたドラマが、実は穏当なもので、こっちの見方がうがっていただけなのでしょうか。 『過保護のカホコ』は、どういう作品だったのか。過保護に育った女子大生を天才若手女優が怪演するキャラクタードラマとしてだけでも十分おもしろかったんですが、ちょっと来週の最終回を見ないと、なんとも言えない感じです。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

11.5%で好調の高畑充希『過保護のカホコ』 ハッピーで感動的な展開にかけられた“呪いの言葉”

11.5%で好調の高畑充希『過保護のカホコ』ハッピーで感動的な展開にかけられた呪いの言葉の画像1
日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 がぜん盛り上がってまいりました『過保護のカホコ』(日本テレビ系)も第8話。視聴率も11.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と前回より0.7ポイントアップです。  回を重ねるにつれて唐突なご都合主義的展開が多くなってきたこの作品ですが、それでも力ずくで面白くしちゃう脚本の遊川和彦さんは、やっぱり豪腕だなーと思います。というわけで、今回も振り返りです。 (前回までのレビューはこちらから)  前回、ばあば(三田佳子)がもうすぐ死んでしまうことを知ったカホコ(高畑充希)は、死ぬ前に曾孫の顔を見せたいという思いが募ります。そして、人生初カレシのハジメくん(竹内涼真)に「子どもつくろ!」などと言い出し、それをたしなめられて逆上。互いの家族観が絶望的に違うことなどから別れを告げられてしまいました。  その晩、眠れずに泣き明かしたカホコでしたが、すぐに一念発起。ハジメくんのことはきっぱり忘れて、一刻も早く子作りをするために婚活に勤しむことにしました。ハジメくんへの未練から、超ハイテンションのトランス状態に陥り「イエイイエイイエーイ!」などと奇声を発していますが、大丈夫なのでしょうか。  そんなことより大変なのは、ばあばの死期を知らされたほかの家族たちです。ばあばの願いは「手術せず家でゆっくり死にたい」というものですが、カホコのママ・泉(黒木瞳)は親族会議で「入院させて手術させる」ことを強硬に主張。妹たちや、その旦那たちは、ばあばの気持ちを慮って明確な方針を打ち出せませんが、とにかく泉の態度が気に食わない様子です。さらに、泉が各家庭の経済格差を無視して「入院費の足りない分は姉妹みんなで平等に」とか言い出すので、イラつきが止まりません。結果、堰を切ったようにみんなから泉への不平不満が吹き出しました。 「もう好きなようにすればいいじゃない!」  逆ギレした泉は、親族会議の結論も出ないまま実家を飛び出してしまいました。別に間違ったことを言っているわけじゃないのに、袋叩きにされる泉。ホントにタフな役回りですが、黒木瞳がその老成した美しい顔面をゆがめて演じる様は迫力があります。 ■竹内くん、世間というのは、君じゃないか  一方、ハジメくんもカホコと別れてから絵を描く気にならず、モヤモヤ中。カホコの従妹・糸ちゃん(久保田紗友)が生意気なことをヌカしたので、八つ当たり気味にからかったりしてみますが、それで気分は晴れるわけではありません。  ここまで、過保護に育ったカホコが接するほとんど唯一の“世間”として、作品世界の常識を司ってきたハジメくんでしたが、今回ようやく具体的な過去と個人的な体験が与えられました。  大学にも顔を出さず、婚活パーティーのサクラのバイトなどに精を出していたハジメくんは、よりによってそのパーティーの場でカホコと再会します。当然、お見合いは連戦連敗中のカホコですが、なんと、偶然ハジメくんが育った養護施設に行ったというのです。  カホコは、園長先生からの伝言をハジメくんに伝えます。 「大切なモノを預かっているから、取りに来てほしいって。お母さんからの手紙」  7歳のときに母親に捨てられ、それゆえカホコの家族愛にもまったく理解を示すことのなかったハジメくんでしたが、その手紙を読んで、母親に会いに行くことにしました。それはハジメくんにとって、カホコと一緒じゃなきゃできない行動だったのでしょう。だからハジメくんは、そのデリケート極まりない手紙をカホコにも読ませることにします。  その手紙には、母親が覚せい剤中毒だったこと、ハジメとともに心中を図ろうとして思いとどまったこと、ハジメを施設に預けて自首したこと、刑務所を出てもなかなかシャブから足を洗えなかったこと、自分を救ってくれた更生施設の職員と一緒になって、その職員の子どもたちと暮らしていることなどがつづられていました。  片田舎の港町、わりと立派な一軒家、ハジメの実母(高橋ひとみ)は庭先で水を撒いていました。実に楽しそうに、2人の子どもたちと笑顔を交わしています。  その様子を、ハジメくんは見ていました。カホコと2人で、並んで見ていました。実母が気付くまで、ずっと動かずに見ていました。  7歳のときに自分を捨てた母親、今は勝手に、幸せに暮らしている母親、その母親を、ハジメくんは責めませんでした。 「謝んなくていいから、そういうの苦手だし」 「けっこう幸せにやってるし」 「いつかあなたに負けない、すっばらしい家族作りますから」  それらのハジメくんの言葉に、決してウソはありませんでした。 「……みたいな感じで、そんじゃ」  と立ち去る笑顔に、ただ強がりがあるだけでした。  全身全霊を込めて強がったためでしょう。ハジメくんはお腹が空いてしまいます。カホコが自分用に作ってきたおにぎりがありましたが、ハジメくんはおにぎりを食べない人です。なぜなら、母親がいなくなったとき、最後に書き置きと一緒に残して行ったのがおにぎりだったからです。 「食べないよね?」というカホコに、ハジメくんは答えます。 「食べる、食べる」  大切なことなので、2回言います。そしておにぎりを食べ始めると、ぽろぽろと涙があふれてきます。何しろ「めちゃめちゃうめえ」のです。  母親が出て行ってから、泣かないと決めていたハジメくん。一度泣き出してしまったら、もう止まりません。  カホコは「カホコの胸で泣いていいよ」とハジメくんを抱きしめてあげます。それは、かつてカホコが従妹の糸ちゃんに面罵され、生まれて初めて悪意にさらされて号泣したときに、ハジメくんがしてくれたこと、そのままでした。  ただ母親への思いがあふれただけだと思われたハジメくんでしたが、途中から様子が変わってきます。 「カーホーコぉぉぉ、会いたかったよカホコぉぉぉ、もう別れるなんて言わないでくれよカホコぉぉぉ」  子どものように泣きじゃくるハジメくんは、「カホコがいないと自分が嫌になる、自分が生きてるこの世界も嫌になる」のだそうです。  このへん、ここまでハジメくんの心理描写がかなり省略されてきたため、唐突なカミングアウトに見えるんですが、このシークエンスの竹内涼真の芝居がよすぎたために、説得力が生まれちゃってました。いやー、泣いちゃうでしょ、ここは。泣いちゃうよ。  なんでハジメくんが「カホコがいないと自分が嫌になる」のかはイマイチ不明瞭ですが、ともかくそういう気持ちなら話は前に進むしかありません。2人はカホコの両親に、結婚の意思を伝えます。  ハジメくんはバイトをしながら画家を目指すと言います。カホコも頑張るそうです。客観的に見ても一人娘を嫁がせるにはかなり不安な状況ではありますが、ともあれ2人の真剣な気持ちは泉にも伝わりました。真剣な気持ちが伝わったので、泉はこう応えます。 「こっちも、本気で反対させてもらうから」  黒木瞳がまたしても、ものすごい顔面を披露していると電話が鳴り、ばあばが倒れたことが4人に伝えられました。と、今回はここまで。 ■ただし、カホコ自身は何も変わっていない  奇跡的な展開(ご都合主義)で、カホコがハジメと母親を引き合わせることに成功し、2人の関係は前に進みました。しかしカホコが相変わらず“家族依存”で、家族のことになると悪魔に憑かれたように暴走する性癖は何も変わっていません。死にゆくばあばを巡っての親戚一同の地獄絵図も、何ひとつ解決していません。  さらに今回、ばあばがすごく怖いことを言っていました。長女の泉には病気のことを隠して、カホコに秘密にするように頼んだ理由は「何か運命を感じた」のだそうです。 「この子に、家族のことを託そうかなって」  これ、呪いの言葉でしょう。過保護に育てられたせいで家族や親戚と共依存状態に陥っているカホコに対して、その共依存からの脱却と自立を促すのではなく、「託す」のだそうです。しかも、ばあばの言葉が指す「家族」とは、今後カホコが築いていくであろう新しい家族ではなく、遺されることになるじいじ(西岡徳馬)や泉、泉の妹の環ちゃん(中島ひろ子)や節ちゃん(西尾まり)たちのことです。カホコのパパ(時任三郎)の家族はそこに含まれていませんし、環ちゃんや節ちゃんの旦那さんたちの家族なんて、作品上に存在すらしていません。ばあばは、自分が嫁いだこの並木家という家族のことだけを、カホコに「託そう」というのです。こんなの、呪い以外の何物でもないでしょう。  高畑&竹内のラブストーリーとしてはスーパーハッピーに近い展開ですし、泣きじゃくる竹内くんはスーパーキュートでしたし、役者のみなさんが揃いも揃って好演熱演してらっしゃるので見ていて気持ちがいいのですが、やっぱりこのドラマには不穏な空気が漂っています。遊川さんがどういう結末を用意しているのか、ホントに楽しみです。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

2ケタキープの高畑充希『過保護のカホコ』家族愛への“盲信とエゴ”を描く、ほのぼの悪意

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日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 過保護に育った女子大生が社会に飛び出して悪戦苦闘する話と見せかけて、実は家族との付き合い方がテーマっぽいことが見えてきた、遊川和彦脚本の『過保護のカホコ』(日本テレビ系)第7話。視聴率は10.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、横ばいながら今週も2ケタキープです。  今回は、過保護のカホコ(高畑充希)が周囲の影響で自立を促されたことで、さらに家族への依存を強めていく様が描かれました。カホコは、まったく社会に飛び出しません。というわけで、振り返りです。 (前回までのレビューはこちらから)  前回、「朝も一人で起きるし、駅まで自分で歩く」とママ(黒木瞳)に宣言し、「ママは金輪際、口を出さないから」と言われたカホコ。目覚まし時計を3つセットして、なんとかひとりで起きることに成功しました。さらに、着ていく服を自分で選ぶことにも成功。さらに、お弁当をひとりで作ることにも成功しました(中身はふりかけごはんとバナナ、ゆで卵、ツナ缶ですが)。  一方のママも、カホコの手伝いをしたくて仕方ありません。表向きは「別に……」という素振りですが、心配で仕方がない様子。  そんなカホコには、守らなければならない秘密ができてしまいました。ママのママであるばあば(三田佳子)が重い心筋症で、いつ死んでもおかしくない身体だと知ってしまったのです。ばあばの願いは、実家で静かに死んでいくこと。そして、今までみたいに家族仲良く、たまにみんなで集まってご飯を食べたりするような、普通の生活をしながら余生を生きることでした。  そして、今度の日曜日は孫娘・糸ちゃん(久保田紗友)の誕生日。ばあばは、この日もみんなが仲良く集まってパーティすることを望んでいます。  糸ちゃんといえば、神経の病気でチェリストになる夢が破れてからというもの、すっかりグレています。親戚のことは全員大嫌いだし、カホコのことが特に嫌いだし、当然誕生パーティなんて出るわけがない。糸ちゃんママの節ちゃん(西尾まり)もそれがわかっているので、今年の糸ちゃん誕生日会は中止にしたいとばあばに申し出ます。  また、ママの上の妹である環ちゃん(中島ひろ子)も、親戚に会いたくないと言いだしました。喘息持ちの環ちゃんが入院している病院を訪れたカホコは、またひとつ秘密を抱えてしまうことになりました。  環ちゃんは「私、嫌な人間だから、みんなに合わす顔がない」と言います。そして、喘息が出るとストレスで万引きをしてしまう常習者であることを告白します。旦那の衛くん(佐藤二朗)もそれを知っていて、アル中寸前の自分と万引き常習の環ちゃんが「お互いダメで弱い人間だから、支え合っていかなきゃ」と結婚したのだそうです。 「でもやっぱりダメみたい……」  環ちゃんのこぼすため息に、カホコは言葉をつなぐことができません。人生経験の乏しいカホコには、想像すらできない状況だからです。  想像すらできない相手の心境は、無視するに限る。というのが、カホコのやり方のようです。「それでも家族だから」の一点張りで、糸ちゃん誕生会に全員集合させるために奔走します。それはもちろん、ばあばの願いだから、ということもありますが、それも含めて今回、カホコが実にエゴイスティックな人間として描かれます。せっかく付き合い始めたハジメくん(竹内涼真)の「家族と別れたほうが幸せだってこともあるだろ」という一般論にも耳を貸さず、それどころかハジメくんを捨てた母親に「会いに行かない言い訳?」とか、けっこうひどいことを言い放ちます。  その後、シナリオ的にはいささか強引な段取りでしたが、誕生会にはみんなが揃うことに。糸ちゃんは別に改心してませんから、節ちゃん夫婦の問題も解決していませんし、環ちゃんと衛くんも、わだかまりを抱えたまま。みんな「今は会いたくない」と思っているのに集まってしまった家族は、当然ケンカになってしまいます。互いが互いを「バカにしてるだろ」「見下してるだろ」と言い合い、口汚く罵り合うことに。糸ちゃんだけが、そのケンカの様子を楽しそうに笑って眺めています。いざこざの原因は明らかにカホコの暴走なわけですが、ここでは巧妙に親戚たちの怒りの矛先がママに向くように仕掛けられており、カホコは「せっかく頑張って家族を集めたのに、みんなが勝手にモメ出したために、ばあばの願いを叶えられなかった」という被害者の立場に置かれました。 「ばあばがかわいそう!」  そう叫んで、家を飛び出したカホコ。追いかけてきたハジメくんに「誕生日会さえ開けば、環ちゃんと糸ちゃんの問題も解決すると思っていた」と告げます。するわけないんです。個々の感情にカホコがちゃんと寄り添って考えていれば、解決するわけないことはわかるはずなんです、こういう問題は。 ■依存と盲信を嫌味なく、正しいことのように描く悪意  まるでカホコが自立し、成長し、自分の判断で家族のために奔走できるようになったという、お涙頂戴的なテイストでお話が進みましたが、おそらく遊川さんはカホコの「家族への依存」と「家族愛への盲信」を悪意的なデフォルメで描いたのだと思います。  最後の最後でカホコが唐突に「子どもつくろ、ハジメくん! ばあば、すっごく喜んでくれると思う!」と言い出して、そのエゴっぷりは頂点に達します。それでも冷静にたしなめようとするハジメくんを「ハジメくんは家族がいないからわからないんだよ!」と突き放し、「やっぱ無理だわ俺」と別れを告げられてしまうのでした。  今回のカホコの「家族なんだから仲良くあるべき、それが当たり前」という思想は、第2話で糸ちゃんの病気が発覚したときに、いろいろ張り切って余計なお世話をしまくったママ・泉とまったく同じです。泉のときは、あからさまに「おせっかいをしてますよ」という演出を施し、カホコが同じことをした今回は「頑張り屋さん、成長してる、正しい」といったニュアンスを込めている。実際には、まるで生き写しのような行動原理なのに、描き方を変化させることで視聴者をミスリードしている。それが悪いとかブレてるとか言いたいわけじゃなくて、構造的に高度なテクニックだし、そういうところがこのドラマはホントに面白いという話です。  ママの庇護から離れようとすることで、逆にカホコが“ママ化”してきましたよ、というのが今回の話のキモですので、あと2~3話を残して『過保護のカホコ』は、かなり地獄の様相を呈してきました。それでも全体的にほのぼのしている感じなのが、高畑充希のお芝居の力なのでしょう。  さらに今回、パパ(時任三郎)の妹・教子(濱田マリ)が、どこかから迷子を拾ってくるという飛び道具まで放り込まれました。ご丁寧に遊川さんの前作『はじめまして、愛しています。』(テレビ朝日系)でも孤児を演じていた横山歩くんです。この投入もかなり唐突ですが、きっとそのほうが面白くなるからそうしたんでしょう。個人的に、そこらへんの遊川さんに対する信頼は厚いので、今後の展開を楽しみにしたいと思います。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

2ケタキープの高畑充希『過保護のカホコ』家族愛への“盲信とエゴ”を描く、ほのぼの悪意

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日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 過保護に育った女子大生が社会に飛び出して悪戦苦闘する話と見せかけて、実は家族との付き合い方がテーマっぽいことが見えてきた、遊川和彦脚本の『過保護のカホコ』(日本テレビ系)第7話。視聴率は10.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、横ばいながら今週も2ケタキープです。  今回は、過保護のカホコ(高畑充希)が周囲の影響で自立を促されたことで、さらに家族への依存を強めていく様が描かれました。カホコは、まったく社会に飛び出しません。というわけで、振り返りです。 (前回までのレビューはこちらから)  前回、「朝も一人で起きるし、駅まで自分で歩く」とママ(黒木瞳)に宣言し、「ママは金輪際、口を出さないから」と言われたカホコ。目覚まし時計を3つセットして、なんとかひとりで起きることに成功しました。さらに、着ていく服を自分で選ぶことにも成功。さらに、お弁当をひとりで作ることにも成功しました(中身はふりかけごはんとバナナ、ゆで卵、ツナ缶ですが)。  一方のママも、カホコの手伝いをしたくて仕方ありません。表向きは「別に……」という素振りですが、心配で仕方がない様子。  そんなカホコには、守らなければならない秘密ができてしまいました。ママのママであるばあば(三田佳子)が重い心筋症で、いつ死んでもおかしくない身体だと知ってしまったのです。ばあばの願いは、実家で静かに死んでいくこと。そして、今までみたいに家族仲良く、たまにみんなで集まってご飯を食べたりするような、普通の生活をしながら余生を生きることでした。  そして、今度の日曜日は孫娘・糸ちゃん(久保田紗友)の誕生日。ばあばは、この日もみんなが仲良く集まってパーティすることを望んでいます。  糸ちゃんといえば、神経の病気でチェリストになる夢が破れてからというもの、すっかりグレています。親戚のことは全員大嫌いだし、カホコのことが特に嫌いだし、当然誕生パーティなんて出るわけがない。糸ちゃんママの節ちゃん(西尾まり)もそれがわかっているので、今年の糸ちゃん誕生日会は中止にしたいとばあばに申し出ます。  また、ママの上の妹である環ちゃん(中島ひろ子)も、親戚に会いたくないと言いだしました。喘息持ちの環ちゃんが入院している病院を訪れたカホコは、またひとつ秘密を抱えてしまうことになりました。  環ちゃんは「私、嫌な人間だから、みんなに合わす顔がない」と言います。そして、喘息が出るとストレスで万引きをしてしまう常習者であることを告白します。旦那の衛くん(佐藤二朗)もそれを知っていて、アル中寸前の自分と万引き常習の環ちゃんが「お互いダメで弱い人間だから、支え合っていかなきゃ」と結婚したのだそうです。 「でもやっぱりダメみたい……」  環ちゃんのこぼすため息に、カホコは言葉をつなぐことができません。人生経験の乏しいカホコには、想像すらできない状況だからです。  想像すらできない相手の心境は、無視するに限る。というのが、カホコのやり方のようです。「それでも家族だから」の一点張りで、糸ちゃん誕生会に全員集合させるために奔走します。それはもちろん、ばあばの願いだから、ということもありますが、それも含めて今回、カホコが実にエゴイスティックな人間として描かれます。せっかく付き合い始めたハジメくん(竹内涼真)の「家族と別れたほうが幸せだってこともあるだろ」という一般論にも耳を貸さず、それどころかハジメくんを捨てた母親に「会いに行かない言い訳?」とか、けっこうひどいことを言い放ちます。  その後、シナリオ的にはいささか強引な段取りでしたが、誕生会にはみんなが揃うことに。糸ちゃんは別に改心してませんから、節ちゃん夫婦の問題も解決していませんし、環ちゃんと衛くんも、わだかまりを抱えたまま。みんな「今は会いたくない」と思っているのに集まってしまった家族は、当然ケンカになってしまいます。互いが互いを「バカにしてるだろ」「見下してるだろ」と言い合い、口汚く罵り合うことに。糸ちゃんだけが、そのケンカの様子を楽しそうに笑って眺めています。いざこざの原因は明らかにカホコの暴走なわけですが、ここでは巧妙に親戚たちの怒りの矛先がママに向くように仕掛けられており、カホコは「せっかく頑張って家族を集めたのに、みんなが勝手にモメ出したために、ばあばの願いを叶えられなかった」という被害者の立場に置かれました。 「ばあばがかわいそう!」  そう叫んで、家を飛び出したカホコ。追いかけてきたハジメくんに「誕生日会さえ開けば、環ちゃんと糸ちゃんの問題も解決すると思っていた」と告げます。するわけないんです。個々の感情にカホコがちゃんと寄り添って考えていれば、解決するわけないことはわかるはずなんです、こういう問題は。 ■依存と盲信を嫌味なく、正しいことのように描く悪意  まるでカホコが自立し、成長し、自分の判断で家族のために奔走できるようになったという、お涙頂戴的なテイストでお話が進みましたが、おそらく遊川さんはカホコの「家族への依存」と「家族愛への盲信」を悪意的なデフォルメで描いたのだと思います。  最後の最後でカホコが唐突に「子どもつくろ、ハジメくん! ばあば、すっごく喜んでくれると思う!」と言い出して、そのエゴっぷりは頂点に達します。それでも冷静にたしなめようとするハジメくんを「ハジメくんは家族がいないからわからないんだよ!」と突き放し、「やっぱ無理だわ俺」と別れを告げられてしまうのでした。  今回のカホコの「家族なんだから仲良くあるべき、それが当たり前」という思想は、第2話で糸ちゃんの病気が発覚したときに、いろいろ張り切って余計なお世話をしまくったママ・泉とまったく同じです。泉のときは、あからさまに「おせっかいをしてますよ」という演出を施し、カホコが同じことをした今回は「頑張り屋さん、成長してる、正しい」といったニュアンスを込めている。実際には、まるで生き写しのような行動原理なのに、描き方を変化させることで視聴者をミスリードしている。それが悪いとかブレてるとか言いたいわけじゃなくて、構造的に高度なテクニックだし、そういうところがこのドラマはホントに面白いという話です。  ママの庇護から離れようとすることで、逆にカホコが“ママ化”してきましたよ、というのが今回の話のキモですので、あと2~3話を残して『過保護のカホコ』は、かなり地獄の様相を呈してきました。それでも全体的にほのぼのしている感じなのが、高畑充希のお芝居の力なのでしょう。  さらに今回、パパ(時任三郎)の妹・教子(濱田マリ)が、どこかから迷子を拾ってくるという飛び道具まで放り込まれました。ご丁寧に遊川さんの前作『はじめまして、愛しています。』(テレビ朝日系)でも孤児を演じていた横山歩くんです。この投入もかなり唐突ですが、きっとそのほうが面白くなるからそうしたんでしょう。個人的に、そこらへんの遊川さんに対する信頼は厚いので、今後の展開を楽しみにしたいと思います。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

2ケタキープの高畑充希『過保護のカホコ』竹内涼真の「キュン死」演出が、逆に不穏すぎる!

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日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 遊川和彦脚本の『過保護のカホコ』(日本テレビ系)第6話が、16日に放送されました。視聴率は10.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、あいかわらず2ケタキープです。強い。  さて、公式ホームページでは、主人公カホコ(高畑充希)が「家族の問題を次々と解決していく痛快ホームドラマ」とされている同作品ですが、いよいよ不穏な空気が漂ってまいりました。ここまでも別に痛快ではなかったけど、いよいよです。というわけで、今回も振り返りです。 (前回までのレビューはこちらから)  前回、カホコは、ずっと依存してきたママ(黒木瞳)からの自立を宣言。ママはこれを受けて、仏頂面のまま実家に帰っちゃいました。  ママがいなくなってみると、パパ(時任三郎)もカホコも朝食くらい作れるものの、油の在りかさえわかりません。洗濯機の動かし方もわからないし、掃除もできない。根本家はどんどん荒んでいきます。カホコがママに送ったメールも、一向に既読が付きません。  パパはママを連れ戻そうとママ実家に赴きますが、ママは口さえきいてくれない。「家政婦として必要ってことですか、私が」と、パパが目の前にいるのにメールで返答するのみです。  しかし、問題が勃発していたのは根本家だけではありませんでした。ママの2人の妹も、ともに夫婦生活に亀裂が入り始めていたのです。  下の妹・節ちゃん(西尾まり)は、チェリストの夢破れた娘・糸ちゃん(久保田紗友)がグレちゃったことで夫婦ゲンカに。上の妹・環ちゃん(中島ひろ子)にいたっては、「なんか悪いことが起こりそうだから、離婚したほうがよさそう」という、ワケのわからない理由で実家に戻ってきてしまいました。  そうしてママ実家では、じいじ(西岡徳馬)とばあば(三田佳子)を囲んで久しぶりに家族水入らずの晩餐となったわけですが、ちょっとした言い争いから、今度はじいじが出ていくハメに。カホコ家に身を寄せると、節ちゃんの旦那・厚司(夙川アトム)、環ちゃんの旦那・衛(佐藤二朗)、さらにはパパのほうのおじいちゃん(平泉成)まで集まっています。  パパと厚司くん、衛くんの3人は、しきりに自分たちの奥さんの愚痴を言いながら、ばあばがいかに「できた女房」であるかをじいじに説きます。そして、カホコに対しても「カホコちゃんはいい奥さんになる」「いつまでも純粋なままでいてほしい」などと勝手なことを言い出します。あげく、自分たちの奥さんに「カホコちゃんからなんとか言ってくれないかな」とまで。  カホコはこれに、ややギレしながら「奥さんと仲直りするまで、この家に来ちゃダメだから」と言い放ち、全員(平泉成以外)で今からママ実家にいくことにします。  実家では、ばあばと姉妹3人が縁側でスイカを食べていました。その懐かしさもあって、みんなそれぞれに、姉妹にも言ったことのない心の内を告白していきます。  ママは、ずっと自分が愛されていない、必要とされていない人間なのではないかと悩んでいたと言います。それでも、カホコだけは「天使みたいな笑顔で私の胸に飛び込んできた」「思いっきり抱きついてきた」「この子だけは私のことを無条件に愛してくれる」と思ったんだそうです。  ダメ旦那4人組と一緒に陰でそれを聞いていたカホコは、ママのほうに駆け出します。 「自分が、ママのことなんにも知らなかったんだなって気づいた」 「今までママはママでしかなかったんだけど、ママも女の子だったんだよね」 「ママの愛は当たり前なんかじゃないんだよね、すっばらしい宝物なんだよね、偉大なんだよね」  ママが携帯を取り出すと、そこには読んでいなかったカホコからのメールがたくさん残っています。そのすべてに「大好きだよ」「ママ、大好きだよ」と書いてある。ママの目に、ぶわっ……と涙が浮かびます(このシーンの黒木瞳の芝居がホントすごかった)。  翌日、ママは家に帰ってきますが、出て行ったときの仏頂面に戻っています。そしてカホコとパパに、「あなたたちが望むならカホコのことは自由放任主義でいきましょう」と宣言するのでした。  翌日、カホコがママが帰ってきたことをばあばに報告に行くと、ばあばがひとり、縁側で電話をしています。お医者さんらしき人に、「自分がもうすぐ死ぬことを、家族に黙っていてほしい」とお願いしているようです。一族の精神的支柱であるばあばに、重い心臓病が見つかっていたのでした。 ■ばら撒かれた亀裂の種  ドラマもクール後半に入り、今回は物語の収束へ向けて全体的に「ネタ振り」的な要素の強い回だったと思います。カホコ家だけでなく、親戚一同、どの家族にも亀裂の種がばら撒かれています。しかも、どれもこれも実に深刻で「次々と痛快に解決」できそうな話じゃない。どうあれ、誰かが深く傷つくことになる匂いがプンプンと漂っています。  そういう、まるで家族崩壊・一家離散のモデルケースを複数一気に見せられているような、実に不穏な回だったのです。 ■竹内涼真の「キュン死」演出が意図するもの  一方で、カホコとハジメ(竹内涼真)の恋の行方は、たいへん瑞々しく描かれます。カホコが「カホコって呼んで」「好きって言って」とお願いして、ハジメが照れちゃって言えないという件の繰り返しなんて、超ベタなやつを徹底的にあざとく撮っています。さらにハジメが、カホコの表情に見とれて思わず「大好きだよカホコ」って言っちゃうとか、もうそりゃキュン死でしょう。そうでしょう。  前回の「お姫様抱っこ」からの「玄関グイ!」もそうなんですが、このドラマのロマンティックシーンのロマンティックさは、尋常ではありません。だから不穏なんです。竹内涼真が「キュン」を誘えば誘うほど、不穏になる。  なぜなら、おそらく遊川さんがこれから描こうとする「家族の崩壊と再生」のようなものは、今回までに仕込まれた伏線からすれば、相当にシビアで残酷です。「再生」が訪れない家族だってあるかもしれない。『東京物語』(1953)で原節子が放った「私はずるいんです」並みのパワーワードが発せられるかもしれません。登場人物たちの心の血がドクドクと流れる予感がします。  そういうものを「キュン」目的だけで見てる視聴者にブチかまそうとしているんじゃないか、と感じるんです。だって、あざとすぎませんか、竹内に対する演出だけが。竹内をあえてあざとく演出することで「キュン」な層を引き付けておいて、どえらいものを見せようとしてるんじゃないかと。ドロドロのやつをBUKKAKEするつもりなんじゃないかと。要するに、「キュン」層が全然見たいと思っていないような展開と結末が用意されているような気がするんです。それを、本当に見せたい層に見せるための「キュン死」連発であると。  当然、そのようなことになれば遊川さんは大いに批判を集めることになるでしょう。しかし、遊川さんがそうした批判をまったく恐れない作家であることだけは間違いありません。なので、不穏なのです。うーん、不穏! (文=どらまっ子AKIちゃん)

2ケタキープの高畑充希『過保護のカホコ』竹内涼真の「キュン死」演出が、逆に不穏すぎる!

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日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 遊川和彦脚本の『過保護のカホコ』(日本テレビ系)第6話が、16日に放送されました。視聴率は10.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、あいかわらず2ケタキープです。強い。  さて、公式ホームページでは、主人公カホコ(高畑充希)が「家族の問題を次々と解決していく痛快ホームドラマ」とされている同作品ですが、いよいよ不穏な空気が漂ってまいりました。ここまでも別に痛快ではなかったけど、いよいよです。というわけで、今回も振り返りです。 (前回までのレビューはこちらから)  前回、カホコは、ずっと依存してきたママ(黒木瞳)からの自立を宣言。ママはこれを受けて、仏頂面のまま実家に帰っちゃいました。  ママがいなくなってみると、パパ(時任三郎)もカホコも朝食くらい作れるものの、油の在りかさえわかりません。洗濯機の動かし方もわからないし、掃除もできない。根本家はどんどん荒んでいきます。カホコがママに送ったメールも、一向に既読が付きません。  パパはママを連れ戻そうとママ実家に赴きますが、ママは口さえきいてくれない。「家政婦として必要ってことですか、私が」と、パパが目の前にいるのにメールで返答するのみです。  しかし、問題が勃発していたのは根本家だけではありませんでした。ママの2人の妹も、ともに夫婦生活に亀裂が入り始めていたのです。  下の妹・節ちゃん(西尾まり)は、チェリストの夢破れた娘・糸ちゃん(久保田紗友)がグレちゃったことで夫婦ゲンカに。上の妹・環ちゃん(中島ひろ子)にいたっては、「なんか悪いことが起こりそうだから、離婚したほうがよさそう」という、ワケのわからない理由で実家に戻ってきてしまいました。  そうしてママ実家では、じいじ(西岡徳馬)とばあば(三田佳子)を囲んで久しぶりに家族水入らずの晩餐となったわけですが、ちょっとした言い争いから、今度はじいじが出ていくハメに。カホコ家に身を寄せると、節ちゃんの旦那・厚司(夙川アトム)、環ちゃんの旦那・衛(佐藤二朗)、さらにはパパのほうのおじいちゃん(平泉成)まで集まっています。  パパと厚司くん、衛くんの3人は、しきりに自分たちの奥さんの愚痴を言いながら、ばあばがいかに「できた女房」であるかをじいじに説きます。そして、カホコに対しても「カホコちゃんはいい奥さんになる」「いつまでも純粋なままでいてほしい」などと勝手なことを言い出します。あげく、自分たちの奥さんに「カホコちゃんからなんとか言ってくれないかな」とまで。  カホコはこれに、ややギレしながら「奥さんと仲直りするまで、この家に来ちゃダメだから」と言い放ち、全員(平泉成以外)で今からママ実家にいくことにします。  実家では、ばあばと姉妹3人が縁側でスイカを食べていました。その懐かしさもあって、みんなそれぞれに、姉妹にも言ったことのない心の内を告白していきます。  ママは、ずっと自分が愛されていない、必要とされていない人間なのではないかと悩んでいたと言います。それでも、カホコだけは「天使みたいな笑顔で私の胸に飛び込んできた」「思いっきり抱きついてきた」「この子だけは私のことを無条件に愛してくれる」と思ったんだそうです。  ダメ旦那4人組と一緒に陰でそれを聞いていたカホコは、ママのほうに駆け出します。 「自分が、ママのことなんにも知らなかったんだなって気づいた」 「今までママはママでしかなかったんだけど、ママも女の子だったんだよね」 「ママの愛は当たり前なんかじゃないんだよね、すっばらしい宝物なんだよね、偉大なんだよね」  ママが携帯を取り出すと、そこには読んでいなかったカホコからのメールがたくさん残っています。そのすべてに「大好きだよ」「ママ、大好きだよ」と書いてある。ママの目に、ぶわっ……と涙が浮かびます(このシーンの黒木瞳の芝居がホントすごかった)。  翌日、ママは家に帰ってきますが、出て行ったときの仏頂面に戻っています。そしてカホコとパパに、「あなたたちが望むならカホコのことは自由放任主義でいきましょう」と宣言するのでした。  翌日、カホコがママが帰ってきたことをばあばに報告に行くと、ばあばがひとり、縁側で電話をしています。お医者さんらしき人に、「自分がもうすぐ死ぬことを、家族に黙っていてほしい」とお願いしているようです。一族の精神的支柱であるばあばに、重い心臓病が見つかっていたのでした。 ■ばら撒かれた亀裂の種  ドラマもクール後半に入り、今回は物語の収束へ向けて全体的に「ネタ振り」的な要素の強い回だったと思います。カホコ家だけでなく、親戚一同、どの家族にも亀裂の種がばら撒かれています。しかも、どれもこれも実に深刻で「次々と痛快に解決」できそうな話じゃない。どうあれ、誰かが深く傷つくことになる匂いがプンプンと漂っています。  そういう、まるで家族崩壊・一家離散のモデルケースを複数一気に見せられているような、実に不穏な回だったのです。 ■竹内涼真の「キュン死」演出が意図するもの  一方で、カホコとハジメ(竹内涼真)の恋の行方は、たいへん瑞々しく描かれます。カホコが「カホコって呼んで」「好きって言って」とお願いして、ハジメが照れちゃって言えないという件の繰り返しなんて、超ベタなやつを徹底的にあざとく撮っています。さらにハジメが、カホコの表情に見とれて思わず「大好きだよカホコ」って言っちゃうとか、もうそりゃキュン死でしょう。そうでしょう。  前回の「お姫様抱っこ」からの「玄関グイ!」もそうなんですが、このドラマのロマンティックシーンのロマンティックさは、尋常ではありません。だから不穏なんです。竹内涼真が「キュン」を誘えば誘うほど、不穏になる。  なぜなら、おそらく遊川さんがこれから描こうとする「家族の崩壊と再生」のようなものは、今回までに仕込まれた伏線からすれば、相当にシビアで残酷です。「再生」が訪れない家族だってあるかもしれない。『東京物語』(1953)で原節子が放った「私はずるいんです」並みのパワーワードが発せられるかもしれません。登場人物たちの心の血がドクドクと流れる予感がします。  そういうものを「キュン」目的だけで見てる視聴者にブチかまそうとしているんじゃないか、と感じるんです。だって、あざとすぎませんか、竹内に対する演出だけが。竹内をあえてあざとく演出することで「キュン」な層を引き付けておいて、どえらいものを見せようとしてるんじゃないかと。ドロドロのやつをBUKKAKEするつもりなんじゃないかと。要するに、「キュン」層が全然見たいと思っていないような展開と結末が用意されているような気がするんです。それを、本当に見せたい層に見せるための「キュン死」連発であると。  当然、そのようなことになれば遊川さんは大いに批判を集めることになるでしょう。しかし、遊川さんがそうした批判をまったく恐れない作家であることだけは間違いありません。なので、不穏なのです。うーん、不穏! (文=どらまっ子AKIちゃん)

『過保護のカホコ』好調の高畑充希を「第二の綾瀬はるか」に! 日テレが“過保護”扱いを決定

 『過保護のカホコ』好調の高畑充希を「第二の綾瀬はるか」に! 日テレが過保護扱いを決定の画像1
 女優の高畑充希が、日本テレビの“新たな顔”になりそうだ。  8月14日、日本テレビが8月第2週(7日~13日)週間視聴率で、全日(午前6時から深夜0時)、ゴールデン(午後7時から午後10時)、プライム(午後7時から午後11時)の3部門すべてでトップとなる「三冠王」を21週連続で獲得したと発表した。  バラエティに高視聴率番組が目立つ中、特筆すべきは高畑主演のドラマ『過保護のカホコ』の人気ぶりだろう。9日放送の第5話は平均視聴率12.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と自己最高を記録。夏ドラマの本命に躍り出そうな勢いだ。 「先月7日にスタートした、LINE上でカホコとの会話を楽しめるサービス『AIカホコ』は、同 9日に登録者数が20万人を突破する盛り上がりを見せています。今後、視聴率もさらなる上昇が見込めそうです」(テレビ誌ライター)  連ドラ主演は昨年のNHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』以来で、民放は初めてとなる高畑。放送前にはさほど話題になっていなかっただけに、日テレとしてもうれしい誤算だったようだ。 「すでに日テレは高畑の“囲い込み”を始めています。『カホコ』の映画化も検討されているほか、今年5月にメインパーソナリティを務めた『7days TV かぞくって、なんだ。』は、すでに来年の続投が決定しています。10月からは同じホリプロの看板女優、綾瀬はるかの主演ドラマが決定していますが、日テレは高畑を“第二の綾瀬”として育てることを事務所に確約しているといいます」(テレビ関係者)  日テレの“過保護”な扱いで、高畑が国民的女優となるのか、今後も注目だ。

『過保護のカホコ』三田佳子 vs 黒木瞳の「冷戦報道」はスタッフリークの“フェイクニュース”だった!?

『過保護のカホコ』三田佳子vs黒木瞳の「冷戦報道」はスタッフリークのフェイクニュースだった!?の画像1
日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 ドラマが高視聴率を記録する裏には、スタッフによる巧妙な“宣伝戦略”があった!?  高畑充希の主演ドラマ『過保護のカホコ』(日本テレビ系)が絶好調だ。9日に放送された第5話では、過去最高の視聴率12.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。すべての回で2ケタオーバーを続けている。  同ドラマといえば、放送からほどなくして話題となったのが、高畑の祖母役を務める三田佳子と、母親役の黒木瞳との「ばばママ」バトルだった。 「複数の週刊誌などが報じたところによれば、2人は現場では一切口を利かず、報道の扱いや差し入れの豪華さなどをけん制し合うなど“冷戦状態”が続いているといいます。実際、三田の衣装のほうが目立つという理由で、黒木が光沢のある衣装に急きょ変更させたということもあったようです。スタッフはプライドの高い2人に気を使いまくっていて、入り時間をズラしたり、ロケ弁のグレードまで横並びになるよう、とにかく神経質な対応を余儀なくされているのだとか」(芸能記者)  こうした「犬猿バトル」は、主婦層などの大好物。自然とドラマへの注目度も高くなったようだ。 「実は、こうした一連の不仲騒動は番組スタッフが意図的に雑誌メディア関係者にリークした“フェイクニュース”だったといいます。報道を知って、三田と黒木は『私たちは仲良しで、不仲ということはない』『局のほうから抗議してほしい』との要望を出したそうですが、スタッフは右から左に受け流していたそうです」(テレビ関係者) 『過保護のカホコ』が本当にそれを利用して高視聴率に結びつけたとしたら、今後、ドラマの改編期にはこの手のスクープが乱立するようになるかもしれない!?