
撮影=尾藤能暢
R-1ぐらんぷり決勝での“キャンタマンクラッカー”、そして『アメトーーク!』(テレビ朝日系)「パクりたい-1グランプリ」での“ゲンコツ山のタヌキさん”……秀逸なフレーズと圧倒的バカバカしさで、現在お笑い界を席巻しているルシファー吉岡。理系院卒の脱サラ芸人という異色の経歴を持つ彼は、いかにして「下ネタの帝王」の座へとたどり着いたのか? 会社員・吉岡大輔が、ピン芸人ルシファー吉岡になるまでの道のりを訊く。
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――こうして取材させていただくと、ルシファーさんのネタの「インタビュー」をすごく思い出しちゃいます。
ルシファー吉岡(以下、ルシファー) 「インタビュー」……あ、ああ、あの露出狂のネタですね。
――露出狂じゃないです。“露出シャン”です。
ルシファー 半分忘れてましたよ(笑)。
――大好きで、あのネタ。ルシファーさんのネタの斬新さは、やはりその変わった経歴もひとつの要因だったりするのでしょうか? もともとメーカーにお勤めだったとか。
ルシファー メーカーではないんですよ。正確にはメーカーの下請けなんですが、。東京モーターショーに出品する車、いわゆるコンセプトカーをキレイに見せるライト、そのライトを……。
――ライトを作っていたんですか!
ルシファー いや、そのライトを操作するリモコンの、そのリモコンの内部にある回路を作っていました。
――細かい。そしてバリバリの理系。
ルシファー 一応、大学院まで出ているので。そんなにいい大学ではないんですけど。
――理系の大学院まで行って芸人になる方って、あまりいらっしゃらないんじゃないですか?
ルシファー 確かに、院まで行って就職してから芸人っていうのは、珍しいかもしれないですね。だって普通、大学院に進学するって、そういうことじゃないですか。その道で頑張るんだろうって。
――ご両親も、そのつもりだったでしょうね。
ルシファー でも、芸人になりたいっていうのは、18くらいから言ってたんですよ。上京してすぐ「芸人になる」って親に連絡して。親は「東京出て浮かれたのはわかるんだけど、一回落ち着け」と。たぶん僕が「大学院行く」って言った時点で、安心したと思うんですよ。それで、就職も決まって「やっと肩の荷も下りたな」っていうところで、「会社辞めて芸人になる」と電話で伝えたんで。
――それはショック……。
ルシファー 「会社辞めて芸人になるわ」の「わ」くらいのタイミングで、母親が「ウワーーーーン」って泣きだしました(笑)。あんなに人が早く泣くの、初めて経験した。
――大学院行った、就職もした、そして「芸人」ですからね……。
ルシファー 「マジかーーーい」だったんでしょう(笑)。しばらく泣いて、その後は20分くらいずっとののしられて。泣き終わったら、腹立ってきたんでしょうね(笑)。
――なんかわかります、お母さまの気持ち。
ルシファー 「アンタなんか、全然面白くないんだから!!」って。

■毎日やってくる「昼休み」に耐えられなくて……
――上京してご両親に「芸人になる」って伝えてから、実は気持ちはずっと変わっていなかったんですね。
ルシファー 変わってなかったっていうと、ちょっと違うかなぁ。コンビを組もうって誘っていた人がいて、その人が大学卒業間際に「やっぱり就職する」って言いだしたんですよ。だから僕も「じゃあやめよう」って思った。お笑いといえば、コンビだと思ってたから。でも就職してから、毎朝7時に起きて、12時くらいに昼飯食って、ちょっと残業して……そういう生活が続くと「また昼休みかーーーい」って思うようになってきたんです。また昼が来て、ごはん食べて、ちょっとデスクでウトウトして、それが「またかーーい、また来んのかーーい」って、耐えられなくなってきた。
――毎日来ちゃいますもんね、昼休み。
ルシファー 本当にね、驚くことに毎日やってくる、昼休み。それがイヤになっちゃって、たぶん向いてなかったんだと思います。サラリーマンに。
――お勤めされてた期間は、どれくらい?
ルシファー 10カ月ですね。初年度の社員がもらうボーナスまがいみたいなやつだけ頂いて、辞めました。
――思い切りましたね……。いざ会社を辞めて、それからどうやって芸人の道にアプローチしたんですか?
ルシファー その時28歳ですから、いい大人だったんで、今のお笑いの世界だったら養成所行って……みたいな頭はありました。ただいかんせん貯蓄もしてなかったので、授業料安いところにしか行けない。それで、マセキのスクールに通いました。10万円だったんですよ!
――良心価格!!
ルシファー 当時のマセキのスクールって、スクールというよりは講座って感じだったんですよ。本当にお笑いやりたい人もいるんですけど、「自分のコミュニティで主導権を取りたいから」みたいな人もいるんです。主婦が井戸端会議でウケたいから来てるとか。女子高に通っている性的マイノリティの女の子が、「これから社会に立ち向かっていくために、強い自分になりたいから」とか。駆け込み寺ですよ。すごい人間交差点。
――目的が、いろいろですね。
ルシファー しかも、いきなりネタ見せの授業。というか、ネタ見せの授業しかなかった。最初は作家の先生がくすりともしない、箸にも棒にもかかんない状態でした。マセキのスクールは基本3カ月で、それが終わると、普通は更新の打診をされるんですけど、自分にはそれもなくて。「あれ? 全然ダメじゃん?」って。ウケたい主婦とか自分を変えたい女子高生とかしかいない中で、芸人志望の自分まったくダメじゃん、と。あの頃が精神的に一番つらかったかもしれない。会社も辞めちゃったし、引き返せないし。俺はとんでもないことをしてしまった。才能全然ないじゃん! お母さん、お母さんの言う通りだったよ!
――その状況から、どうやって復活したんですか?
ルシファー スクールには、こっちから連絡しました。それでまた3カ月通って、そこで相当気合いれてネタ作って研究もして、やっとですね。
――あきらめない気持ち……!
ルシファー あきらめるわけにいかないんですよ(笑)。お母さんの顔がすげぇ浮かんできたし。うちのお母さん、僕が小学校卒業するくらいまで、寝る前によく本を読んでくれてたんです。読み聞かせ。そういうお母さんの顔が浮かんできた。
――お母さま……本当にいいお母さまですね。読み聞かせすると子どもの想像力が広がるって言いますけど、本当にそうなんですね。
ルシファー 変な方向に広がりましたけど(笑)。
――読み聞かせによる想像力が功を奏して、現在「下ネタの帝王」という異名を取るまでになったと……。あのルシファースタイルは、初めから確立されていたのですか?

■ミスチルの歌に感化されて
ルシファー そんな異名取ってるんですか(笑)。でも「下ネタ作ろう」って強く思っているわけじゃないんですよ。ただ作るネタを振り返ってみると、8割下ネタになっているという。最初に作ったネタが「エレベーターでうんこを漏らす」っていうやつだったんですよ。そう考えると、やっぱ初めからですね。
――憧れていた芸人さんは、いらっしゃったんですか?
ルシファー 小さい頃はダウンタウンさんが好きで、だからコンビやりたいっていう気持ちがありました。それを断念して「また昼休みかーーい」くらいの時期にバカリズムさんや劇団ひとりさんを見て、それまで一人で芸人やるっていう選択肢はなかったのが「一人でも、こんなに面白いことができるんだ」って思った。あとその当時、ミスチルの歌を聴いてたのがよくなかったのかな。やっぱり、メッセージ性強いじゃないですか、ミスチル。
――なんていう歌ですか?
ルシファー ポカリスエットのCMで綾瀬はるかさんが出てたやつ。あぁ「未来」ですね。「生まれたての僕らの前にはただ 果てしない未来があって」って、それがド直球にキてしまった。
――歌の力ってすごい。
ルシファー ただこういう話って、この場だとバカバカしいですけど、字面になったとき「こいつマジか」ってなりません?
――「自分、つらかった時期にミスチル聴いて……」みたいな。
ルシファー それが怖いんですよね。完全に痛いヤツじゃないですか。
――でも、大丈夫だと思います。その前の話が「エレベーターでうんこ漏らしたネタ」ですから。
ルシファー 逆に、こいつミスチルの何に心打たれたんだっていう(笑)。
――ルシファーさんは会社員から芸人さんになったわけですけど、サラリーマンと芸人さんの一番の違いって、どんなところにあると思いますか?
ルシファー そうですね。それを語れるのも、きっと芸人としてサラリーマン時代くらい稼げてからだと思うんですけど、一番は営業行って10分くらいのネタやって数万円もらった時ですかね。それこそ「10分でかーーーい」ってなる。サラリーマンだったら、いくつの昼休みを越えなきゃいけないんだろうって。
――基準は、とにかく「昼休み」(笑)。
ルシファー あとやっぱり個人事業主なので、全部自分でやらなきゃいけない。もちろん事務所に所属しているので、マネジャーさんにいろいろ助けてもらって初めて成り立つ世界ですけど、ネタも含め、自分で作って自分でプロデュースしていかなきゃいけない難しさと楽しさはありますよね。
――やりがいがあるということですね。自分次第で、どうにでもなる。
ルシファー だから、よくよく考えたら、エロいネタやる必要もなかったわけですけどね(笑)。
■“母なる大地”マセキ芸能社
――「なんの保障がない」っていう怖さはないですか?
ルシファー それも、最近はあまり感じなくなりましたね。よく「35歳までは転職できる」とかいうじゃないですか。本当は35歳までにある程度結果出して、やめるなり続けるなり決めようと思ってました。ハローワークで仕事紹介してもらいやすい年齢までで、区切りつけようと。でも、やっていくうちにだんだん楽しくなったし、結果も出てきて、そんなことも気にしないまま37歳になっちゃった。今は37でやめても、42でやめても、そんな違いはないだろうと。どうせ、つぶしは利かないし。
――しかし、また入った事務所がマセキ芸能という……。勝手なイメージですけど、マセキさんはすべてを包み込む、母なる大地のような印象があります。
ルシファー 確かに(笑)。本当に、いい事務所だと思います。芸人の中でも人気が高い、「移籍するならマセキ」と言われるくらい。でも、もともとマセキって、下ネタOKの事務所ではないんですよ。それを「まぁ、お前はいいよ」って、そこを潰さないでくれたことは本当に感謝しています。
――ルシファーさんの下ネタって、絶妙なところを突いてきますよね。どことなく品があって。下ネタって、そのラインが難しいと思うんです。
ルシファー 露出狂のネタに、品もへったくれもないと思うんですけど(笑)。
――理系ならではの下ネタの構成力とか、あるのでしょうか?
ルシファー そんなの「はい、あるんですよ」とか自分で言いづらいでしょう。ほらまた、字面になったとき、調子こいた感じになるやつ!
――(笑)。いやでも、昨今特に、下ネタについてはいろいろうるさいじゃないですか。
ルシファー 本当にバカバカしいやつもありますし、テレビじゃできないやつも。僕もちょうどいいのなんて全然わからなくて、数打ってちょうどいいところに飛んだやつを、テレビの人が見つけてくれるっていうだけなんですよ。ただSNSとかで批判されるのはいいんですけど、賞レースなんかで「下ネタはちょっと……」って言われると、やるせない気持ちになったりはしますね。面白ければいいじゃんって気持ちはあるんで。
――確かに。
ルシファー 別に下品なものが好きなわけじゃなくて、バカバカしいことが好きなんですよ。“キャンタマンクラッカー”とか、まさにそうで。あれ小学生のいたずらだし、最終的にカワイイじゃないですか。
■「カワイイ」って思われたい!
――“キャンタマンクラッカー”は、どうやって生まれたんですか?
ルシファー あれは“キャンタマンクラッカー”だけ最初に決めてネタ書きだしました。
――なかなか普通に生きていて、“キャンタマンクラッカー”って言葉思いつかないですよ。
ルシファー そりゃそうですよ。女子は絶対思いつかない(笑)。
――でも“キャンタマンクラッカー”って言葉にすると、すごく楽しくて平和な気分になります。ルシファーさんのネタってそうですよね、「平和」感じますよね。
ルシファー ……大丈夫ですか? 疲れてます?(笑)
――最後にルシファーさんの「未来」、“果てしない未来”について伺ってもいいですか?
ルシファー ネタ作るの好きだし、やるのも好きなので、単独ライブはずっとやっていきたいなと思ってます。あと意外と体張れるので、芸人さんがたくさん出るような、そういう番組にも呼んでほしい。
――マセキ芸能伝統の。
ルシファー あと「カワイイ」って思われたい。売れてる人って、みんなカワイイですよね。僕、割としっかりして見られがちというか、「かわいげがない」ってなりがちなんで、今後は「カワイイ」を出していきたいです(笑)。
――12月23日には単独ライブも開催されます。
ルシファー 「PROMOTION」というタイトルなので、お客さん、そしていやらしい話関係者の人にも、いいプロモーションがしたいです。下ネタに限らず、いろんなタイプのネタをしたいと思っています。下世話な内容に似つかわしくない、オシャレさも出しつつ。最近「まだエロいネタって作れるんだな」っていうのを、しみじみ感じてるんですよ。一体「パンティ」だけでいくつネタ作るんだ、「お尻」だけで……って、そういうところにも注目してほしい。
――パンティの可能性、ハンパないですね。
ルシファー やつスゴイですよね。下ネタは、まだ死んじゃいない。
(取材・文=西澤千央)
●ルシファー吉岡単独ライブ『PROMOTION』
<開催日時>
2016年12月23日(金祝)/18:30開場 19:00開演
<料金>
前売3,000円(全席指定席)/当日3,500円
<会場>
赤坂RED/THEATER(東京都港区赤坂3-10-9 赤坂グランベルホテルB2F)
TEL.03-5575-3474(公演日のみ)
<チケット>
ローソンチケットにて発売中
Lコード:34391
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