「知らないし、興味もない」──『この世界の片隅に』は“元アウトローのカリスマ”瓜田純士の心を動かすか

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 新宿の片隅に生きる“元アウトローのカリスマ”こと作家の瓜田純士(37)が、世の中のありとあらゆる事象に対し、歯に衣着せぬ批評を行う不定期連載。今回は、大ヒット中のアニメ映画『この世界の片隅に』を鑑賞してもらい、率直な感想を語ってもらった。
「知らないし、興味もない」──『この世界の片隅に』は元アウトローのカリスマ瓜田純士の心を動かすかの画像2
(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
 昨年11月に公開されて以来、SNSや口コミで評判が広がり、先月末には観客動員数が120万人を突破した話題作『この世界の片隅に』(監督:片渕須直、原作:こうの史代)。今後も上映館は増加する見込みらしく、その勢いはとどまるところを知らない。  だが、年末年始は執筆に追われ、インターネットをほとんど遮断していた瓜田は、本作のことを「まったく知らないし、興味もないし、予習もしてない」という状態で劇場に現れた。  しかも、この日の瓜田は体調不良で不機嫌そのもの。「熱があるので行けないかも」というメールが前日に届いていたのだが、「前売りのチケットを購入済みなので、できれば来てほしい」と返信したところ、これが癇に障ったらしい。会うなり記者に絡み始めたのだ。 「普通、体調が悪いってメールが来たら、『じゃあ、無理せず延期しましょう』と返すでしょう。前売りチケットを買ったからって、『這ってでも来い』ってのは冷た過ぎるし、ケチ過ぎやしませんか? わざと救急車に乗って点滴打ちながら来てやろうかと思ったぐらい、ムカつきましたよ。え? もう始まるの? そんなに急かさないでくださいよ。どうせ子ども向けのアニメでしょ? 15分や20分遅れたところで問題ないじゃないですか」  不満タラタラの瓜田をどうにかこうにかなだめつつ、劇場内に送り込んだのだが、実はこの先にもう一つ、彼の神経を逆撫でしそうな要素があることは、怖くて言い出せなかった。そう、瓜田の指定席は、映画が一番見づらいと言われる「最前列の一番端」。人気作、しかも土曜日だったため、その1席しかチケットが売れ残っていなかったのだ。  これで映画がつまらなかったら、終わったあとに怒られるのは確実である。以前、テレビアニメの『おそ松さん』を無理やり鑑賞してもらったときの乱心ぶりが記憶に新しいだけに(記事参照)、記者はハラハラしながらロビーで待機。そして、約2時間後、鑑賞を終えて劇場から出てきた瓜田に恐る恐るインタビューを行った。
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(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
――いかがでしたか……? 瓜田 いやぁ、よかったです。敬礼もんですよ。映画のタイトルとポスターの絵を最初に見た瞬間、どうせメンヘラ女が主人公の作品だろ、と思ったんですよ。自分探しの心の旅が延々と続くような、夢見がちなオタク向けのスーパーつまんない作品なんだろうと思ってた。ところが、いざ見始めたら、小姑との確執を描いた橋田寿賀子的ドラマのアニメ版か? という展開になりつつも、中盤あたりからは、いやこれ、冷やかしちゃいけないようなスーパーヘビーな内容じゃねえか、となって、終わったときにはスクリーンに向かって思わず敬礼してましたよ。すげえいい映画でした。37度3分の熱がある俺が言うんだから間違いないです。 ――どこがよかったですか? 瓜田 まず、心の機微の捉え方がめちゃくちゃ上手い。普段はおっとりしてる主人公のすずが、何度か感情的になる場面がありましたよね。「帰る」と言い出したり、消火しようとムキになったり、自分で髪を切ったり、サギを追いかけたり……。あんな風に感情がスパークする瞬間って、どんな一般ピープルにも必ずあるじゃないですか。その切り取り方と表現方法が非常に巧み。途中、不倫っぽくなるシーンもあったけど、あのときの男女の心理描写も生々しくてよかったです。 ――どんな描写に生々しさを感じましたか? 瓜田 初恋の人に再会し、そのもどかしさを旦那のせいにしてキレる嫁もリアルだったし、心配しつつも信頼したくて嫁を納屋に送り出した旦那の気持ちや、幼馴染の前だといつもの嫁じゃなくなることに対する旦那のヤキモチの焼き方とかも、同じ男として「わかる!」って感じの絶妙さ。アニメとは思えないというか、終始、役者の芝居を見てるようでした。声優の力も大きいのかな。特にすずの声を担当した声優が、マジですごい! あの朴訥とした語り口で、食べ物の名前をつぶやくだけで、美味しさと貴重さがじんわりと伝わってくるというね。 ――あれ、「のん」こと能年玲奈の声です。 瓜田 へぇ、そうなんですか。あの広島弁がとにかく神がかってて、ただごとじゃなかったですね。のんに限らず、声優陣はみんなよかった。難しいと思うよ、あの時代の広島弁って。
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(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
――絵についてはどのような印象を? 瓜田 長編のアニメってたいてい、絵は変わらないまんま誰もしゃべらず音楽だけ流れるシーンとかがあって、どうしても退屈しちゃうんだけど、この作品に関しては、飽きることはまったくなかったですね。常に誰かがしゃべってるか、何かが動いてる。だけど不思議と、目は疲れない。絵のタッチはシンプルだけど、動作や表情の変化をきめ細かく描き、そこに濃厚な会話とリアルな効果音を加えることで実写のように見せてしまうんだからすごい。アニメだからこそ実現できた素敵なシーンも数多くありましたね。 ――それは、たとえば? 瓜田 木にブラ下がってた障子のマス目に、ずすの成長期を追う絵がポッポッポッと浮かんでくる場面なんかは、グッとくるものがありました。あそこですずが発する言葉がまた、心の成長を表してて感動的なんですよ。心の動きってことで言うと、すずと小姑の関係性の変化も丁寧に描かれててよかった。で、一瞬平和な空気が流れた直後に、あることが起きるわけですが、あの場面は登場人物も、見てる観客も、同じように驚いたんじゃないでしょうか。平和な時代に生まれてよかった。鑑賞中、何度もそう思いましたし、あの時代を生きたすべての日本人に改めて敬意を払いたくなりましたね。 ――今のところベタ褒めですが、気に入らなかった点は? 瓜田 ちょっと時間が長かったかな。ちゃんと、おしっこしてから見るべきでした。 ――本作を総括すると? 瓜田 これはきっと戦争映画じゃなくて、その時代に広島の呉に嫁いだ、絵を描くことしか取り柄のない、ごくごく普通の女の子の物語なんだと思います。嫁いだ先でいろいろあったけど、逃げずに健気に生き抜いた。そこを捉えて、そこだけで物語にしたのがすごいなと思いますね。
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――見てよかったですか? 瓜田 よかったです。最初は「よりによって体調の悪い俺を、一番前の一番見づらい場所に座らせやがって!」という怒りがあったし、「あとで必ずケツを取ってやる!」と思ってたけど、途中から物語に没頭し、そういう感情を忘れてしまった。こんな良質な映画を見せられたら、そりゃ人をイジメようっていう気持ちは消えてなくなりますよ。  * * *  瓜田から爆弾を落とされることを覚悟していた記者だが、映画があまりにも素晴らしかったため、運よく難を逃れたのであった。 (取材・文=岡林敬太) ※瓜田純士&麗子 Instagram https://www.instagram.com/junshi.reiko/ ※日刊サイゾーでは瓜田純士の最新情報をほぼ月イチペースでお届けしています。 http://www.cyzo.com/cat8/outlaw_charisma/ ●『この世界の片隅に』 原作/こうの史代 監督・脚本/片渕須直 音楽/コトリンゴ 出演/のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、藩めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓、澁谷天外 配給/東京テアトル 全国公開中 (c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 http://konosekai.jp

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 新宿の片隅に生きる“元アウトローのカリスマ”こと作家の瓜田純士(37)が、世の中のありとあらゆる事象に対し、歯に衣着せぬ批評を行う不定期連載。今回は、大ヒット中のアニメ映画『この世界の片隅に』を鑑賞してもらい、率直な感想を語ってもらった。
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 昨年11月に公開されて以来、SNSや口コミで評判が広がり、先月末には観客動員数が120万人を突破した話題作『この世界の片隅に』(監督:片渕須直、原作:こうの史代)。今後も上映館は増加する見込みらしく、その勢いはとどまるところを知らない。  だが、年末年始は執筆に追われ、インターネットをほとんど遮断していた瓜田は、本作のことを「まったく知らないし、興味もないし、予習もしてない」という状態で劇場に現れた。  しかも、この日の瓜田は体調不良で不機嫌そのもの。「熱があるので行けないかも」というメールが前日に届いていたのだが、「前売りのチケットを購入済みなので、できれば来てほしい」と返信したところ、これが癇に障ったらしい。会うなり記者に絡み始めたのだ。 「普通、体調が悪いってメールが来たら、『じゃあ、無理せず延期しましょう』と返すでしょう。前売りチケットを買ったからって、『這ってでも来い』ってのは冷た過ぎるし、ケチ過ぎやしませんか? わざと救急車に乗って点滴打ちながら来てやろうかと思ったぐらい、ムカつきましたよ。え? もう始まるの? そんなに急かさないでくださいよ。どうせ子ども向けのアニメでしょ? 15分や20分遅れたところで問題ないじゃないですか」  不満タラタラの瓜田をどうにかこうにかなだめつつ、劇場内に送り込んだのだが、実はこの先にもう一つ、彼の神経を逆撫でしそうな要素があることは、怖くて言い出せなかった。そう、瓜田の指定席は、映画が一番見づらいと言われる「最前列の一番端」。人気作、しかも土曜日だったため、その1席しかチケットが売れ残っていなかったのだ。  これで映画がつまらなかったら、終わったあとに怒られるのは確実である。以前、テレビアニメの『おそ松さん』を無理やり鑑賞してもらったときの乱心ぶりが記憶に新しいだけに(記事参照)、記者はハラハラしながらロビーで待機。そして、約2時間後、鑑賞を終えて劇場から出てきた瓜田に恐る恐るインタビューを行った。
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――絵についてはどのような印象を? 瓜田 長編のアニメってたいてい、絵は変わらないまんま誰もしゃべらず音楽だけ流れるシーンとかがあって、どうしても退屈しちゃうんだけど、この作品に関しては、飽きることはまったくなかったですね。常に誰かがしゃべってるか、何かが動いてる。だけど不思議と、目は疲れない。絵のタッチはシンプルだけど、動作や表情の変化をきめ細かく描き、そこに濃厚な会話とリアルな効果音を加えることで実写のように見せてしまうんだからすごい。アニメだからこそ実現できた素敵なシーンも数多くありましたね。 ――それは、たとえば? 瓜田 木にブラ下がってた障子のマス目に、ずすの成長期を追う絵がポッポッポッと浮かんでくる場面なんかは、グッとくるものがありました。あそこですずが発する言葉がまた、心の成長を表してて感動的なんですよ。心の動きってことで言うと、すずと小姑の関係性の変化も丁寧に描かれててよかった。で、一瞬平和な空気が流れた直後に、あることが起きるわけですが、あの場面は登場人物も、見てる観客も、同じように驚いたんじゃないでしょうか。平和な時代に生まれてよかった。鑑賞中、何度もそう思いましたし、あの時代を生きたすべての日本人に改めて敬意を払いたくなりましたね。 ――今のところベタ褒めですが、気に入らなかった点は? 瓜田 ちょっと時間が長かったかな。ちゃんと、おしっこしてから見るべきでした。 ――本作を総括すると? 瓜田 これはきっと戦争映画じゃなくて、その時代に広島の呉に嫁いだ、絵を描くことしか取り柄のない、ごくごく普通の女の子の物語なんだと思います。嫁いだ先でいろいろあったけど、逃げずに健気に生き抜いた。そこを捉えて、そこだけで物語にしたのがすごいなと思いますね。
「知らないし、興味もない」──『この世界の片隅に』は元アウトローのカリスマ瓜田純士の心を動かすかの画像7
――見てよかったですか? 瓜田 よかったです。最初は「よりによって体調の悪い俺を、一番前の一番見づらい場所に座らせやがって!」という怒りがあったし、「あとで必ずケツを取ってやる!」と思ってたけど、途中から物語に没頭し、そういう感情を忘れてしまった。こんな良質な映画を見せられたら、そりゃ人をイジメようっていう気持ちは消えてなくなりますよ。  * * *  瓜田から爆弾を落とされることを覚悟していた記者だが、映画があまりにも素晴らしかったため、運よく難を逃れたのであった。 (取材・文=岡林敬太) ※瓜田純士&麗子 Instagram https://www.instagram.com/junshi.reiko/ ※日刊サイゾーでは瓜田純士の最新情報をほぼ月イチペースでお届けしています。 http://www.cyzo.com/cat8/outlaw_charisma/ ●『この世界の片隅に』 原作/こうの史代 監督・脚本/片渕須直 音楽/コトリンゴ 出演/のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、藩めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓、澁谷天外 配給/東京テアトル 全国公開中 (c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 http://konosekai.jp

日本映画に豊かさをもたらしたものは一体何か? 『この世界の片隅に』ほか2016年の話題作を回顧

日本映画に豊かさをもたらしたものは一体何か? 『この世界の片隅に』ほか2016年の話題作を回顧
興収8億円を越えるロングランヒットとなった『この世界の片隅に』。年明け1月7日からは全国150館での拡大公開が予定されている。
 豊作と言われる2016年の日本映画界だが、その豊作をもたらした土壌について考えると複雑な感情を抱かずにはいられない。興収80億円を越える大ヒットとなった『シン・ゴジラ』、邦画の歴代興収2位となる200億円を越え、さらに記録更新中の『君の名は。』に加え、単館系での公開ながらロングランヒットが続く『この世界の片隅に』の3本を2016年を代表する日本映画として思い浮かべる人は多いはずだが、かつてない大災害に直面した主人公たちが不測の事態にどう対処するかを描いていることでこの3作品は共通している。  シリーズ第1作『ゴジラ』(54)に登場した怪獣ゴジラは核兵器に対する恐怖のメタファーとして描かれたが、庵野秀明総監督がリブートした『シン・ゴジラ』はメルトダウン化して制御不能状態に陥った核エネルギーの化身として首都圏を蹂躙した。日本が誇る科学力・技術力によってゴジラを凍結させることには成功するが、ゴジラ=廃炉化が決まった原発もしくは核廃棄物を完全に処理できないままドラマは終わりを迎える。生き残った矢口(長谷川博己)らに残された課題は相当に大きい。『君の名は。』は新海誠監督の定番である男女のすれ違いファンタジーだが、東京で暮らしている高校生・瀧(声:神木隆之介)は夢の中で体が入れ替わっていた女子高生・三葉(声:上白石萌音)が暮らしている町がすでに天災によって消滅していたことを知る。もしもタイムトリップが可能ならば、5年前に起きたあの大震災に対して自分は何かできたのだろうか。『君の名は。』がファンタジーとして感動的であればあるほど、震災に対して何もできなかった自分の無力さを思い知らされる。被災地に対して、多くの人が感じた“後ろめたさ”や“無力感”が産み落としたあまりにも哀しいファンタジーに感じられた。  苦労人・片渕素直監督にとって初めてのヒット作となった『この世界の片隅に』は2010年から企画が動き始めた作品だが、能年玲奈あらため“のん”演じる主人公のすずが体験する太平洋戦争を東日本大震災と重ねて観る人も少なくないだろう。広島で生まれ育ったすずは日本がなぜ戦争をしているのかを深く考えることなく、嫁ぎ先の呉での家事に追われることになる。乏しい食料事情の中、すずは明るく健気に振るまい、嫁入りした北條家の人々と心を通わせるようになるが、やがて1945年の夏が訪れ、すずが大切にしていた平凡な日常はあっけなく崩壊してしまう。『この世界の片隅に』は片渕監督が「100年後にも伝えたい」という想いを込めて完成させた作品ゆえに、短絡的に3.11に結びつけることは憚れるが、自分が置かれている社会状況に無自覚でいることの恐ろしさを我々に突き付ける。
日本映画に豊かさをもたらしたものは一体何か? 『この世界の片隅に』ほか2016年の話題作を回顧
菅総理(三田村邦彦)ら閣僚が実名で登場する実録パニックムービー『太陽の蓋』。ぜひ『シン・ゴジラ』と見比べたい。
 震災から5年が経過した2016年を代表する作品がアニメーションや特撮であったのは、日本人の心情にアニメや特撮という表現媒体が憑代(よりしろ)としてフィットしやすいことも要因ではないだろうか。先述した3作品の他にも震災がモチーフとなった映画が2016年は目立った。佐藤信介監督の和製ゾンビ映画『アイアムアヒーロー』の序盤、パニック状態に陥った東京が壊滅していく過程はどこかデジャブ感を思わせるリアルさがあった。今のようなシステマチックな社会は、いつ破綻してもおかしくないという皮膚感覚に訴えかけてくる不気味さがあった。  西川美和監督の『永い言い訳』も震災がきっかけで生まれた作品に数えられる。『永い言い訳』の発端となるのは自然災害ではなく、スキーバスの転落事故だが、不慮の出来事によって大切な人に「さようなら」を伝えることができなかった後悔の念が作品のモチーフとなっている。妻(深津絵里)とは冷えきった夫婦関係にあった作家(本木雅弘)だが、事故で亡くなった妻への罪の意識から同じ事故の被害者遺族(竹原ピストル)の子どもたちの面倒を看ることになる。西川監督の師匠にあたる是枝裕和監督の『そして父になる』(13)や『海街dairy』(15)と同じく、血縁にこだわらない新しい家族像・人との繋がりを提示した作品として印象に残る。  岩井俊二監督の『リップヴァンウィンクルの花嫁』も3.11が生み出した作品のひとつだ。日本社会の息苦しさを嫌ってLAに移住し、『ヴァンパイア』(12)などの英語劇を撮っていた岩井監督だが、故郷の仙台が被災したことから帰国。震災そのものを劇映画にすることは叶わなかったが、黒木華を主演に迎えた『リップヴァンウィンクルの花嫁』では3.11後の不安定な格差社会を舞台に、職場からも結婚制度からもこぼれ落ちたヒロインが、逆に明るく伸び伸びとサバイバルしていく姿が描かれた。もうひとつ、3.11を題材にした作品として『夢の女 ユメノヒト』も挙げておきたい。『クローズアップ現代』(NHK総合)でも紹介された実話をベースにしたドラマで、40年間にわたって福島の精神病院で暮らしてきた男性患者が原発事故の影響で転院したところ、すでに完治していると診断され、浦島太郎のように唐突に現実社会に復帰することになる。ピンク映画界で長年活躍した佐野和宏主演による低予算ロードムービーだが、地位も権力もないひとりの市民という立場から震災後の社会を見つめた作品として見応えがあった。社会現象となった『シン・ゴジラ』の影に隠れてしまった感があるが、3.11直後の首相官邸の5日間を描いた『太陽の蓋』は日本があと一歩で壊滅する危機にあった事実を思い出させる迫真のポリティカルサスペンスだった。政治家たちの名前を実名でドラマ化した実録映画がようやく出てきたことも評価される。
日本映画に豊かさをもたらしたものは一体何か? 『この世界の片隅に』ほか2016年の話題作を回顧
奥田庸介監督が主演も兼ねた『クズとブスとゲス』。奥田監督は撮影中にビール瓶を頭でカチ割ってみせるクレイジーぶりを発揮。
『君の名は。』をメガヒットに導いた東宝の川村元気プロデューサーが手掛けた『怒り』も“いま”という時代の空気感を濃厚に感じさせた。吉田修一の同名小説を渡辺謙、妻夫木聡、広瀬すずといったオールスターキャストで映画化したものだが、作品で描かれる“怒り”は単に凶悪犯に向けられたものではなく、怒りという感情を爆発させることができない人々の内面にフォーカスを絞ってみせた。沖縄の基地問題、性的マイノリティーに対する偏見など、誰に対して怒りをぶつければいいのか分からない現代人のやるせなさを代弁した作品だった。ひとつの作品で実質3本分の映画を撮影した李相日監督のタフさも特筆したい。  この5年間は“クラウドファンディング”が日本でも浸透しはじめた期間でもあった。ネットで一般ユーザー向けに少額の製作資金を募るクラウドファンディングは、映画界ではこれまで低予算のドキュメンタリー作品などで効力を発揮してきたが、『この世界の片隅に』はクラウドファンディングで3921万円を集め、5分間のパイロットフィルムを製作。パイロットフィルムの出来のよさから出資企業が現われ、2億5000万円の製作費を調達することに成功した。奥田庸介監督の『クズとブスとゲス』、井口昇監督の『キネマ純情』もクラウドファンディングで資金を募り、製作に踏み出すことが可能となった。地方都市の惨状をリアルに描いた『サウダーヂ』(11)の富田克也監督の新作『バンコクナイツ』(2017年2月公開)もクラウドファンディングで1000万円を集め、タイでのオールロケを敢行してハイクオリティーの作品に仕上げている。SNSを介して、気骨ある映画監督のオリジナル度の高い企画をファンひとりひとりが後押しするという流れが、徐々にだが形になりつつある。園子温監督が福島でロケ撮影し、地元の人々をキャスティングした『ひそひそ星』は自主制作という形態だったが、大手の映画会社に頼ることなく製作・配給に取り組んでみせた。メジャーとインディーの壁にとらわれない監督たちの自由な活躍がますます広がることを期待したい。 (文=長野辰次)
日本映画に豊かさをもたらしたものは一体何か? 『この世界の片隅に』ほか2016年の話題作を回顧
『この世界の片隅に』 原作/こうの史代 監督・脚本/片渕須直 音楽/コトリンゴ  出演/のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、藩めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓、澁谷天外 配給/東京テアトル テアトル新宿ほか全国順次公開中 (c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 http://konosekai.jp 『太陽の蓋』 監督/佐藤太 脚本/長谷川隆 音楽/ミッキー吉野 出演/北村有起哉、袴田吉彦、中村ゆり、郭智博、大西信満、神尾佑、青山草太、菅原大吉、三田村邦彦、菅田俊、井之上隆志、宮地雅子、葉葉葉、阿南健治、伊吹剛 配給/太秦 (c)「太陽の蓋」プロジェクト/Tachibana Tamiyoshi http://taiyounofuta.com 『クズとブスとゲス』 監督・脚本/奥田庸介 出演/奥田庸介、板橋駿谷、岩田恵里、大西能彰、カトウシンスケ、芦川誠 配給/アムモ98  (c)2015映画蛮族 http://kuzutobusutoges.com

日本映画に豊かさをもたらしたものは一体何か? 『この世界の片隅に』ほか2016年の話題作を回顧

日本映画に豊かさをもたらしたものは一体何か? 『この世界の片隅に』ほか2016年の話題作を回顧
興収8億円を越えるロングランヒットとなった『この世界の片隅に』。年明け1月7日からは全国150館での拡大公開が予定されている。
 豊作と言われる2016年の日本映画界だが、その豊作をもたらした土壌について考えると複雑な感情を抱かずにはいられない。興収80億円を越える大ヒットとなった『シン・ゴジラ』、邦画の歴代興収2位となる200億円を越え、さらに記録更新中の『君の名は。』に加え、単館系での公開ながらロングランヒットが続く『この世界の片隅に』の3本を2016年を代表する日本映画として思い浮かべる人は多いはずだが、かつてない大災害に直面した主人公たちが不測の事態にどう対処するかを描いていることでこの3作品は共通している。  シリーズ第1作『ゴジラ』(54)に登場した怪獣ゴジラは核兵器に対する恐怖のメタファーとして描かれたが、庵野秀明総監督がリブートした『シン・ゴジラ』はメルトダウン化して制御不能状態に陥った核エネルギーの化身として首都圏を蹂躙した。日本が誇る科学力・技術力によってゴジラを凍結させることには成功するが、ゴジラ=廃炉化が決まった原発もしくは核廃棄物を完全に処理できないままドラマは終わりを迎える。生き残った矢口(長谷川博己)らに残された課題は相当に大きい。『君の名は。』は新海誠監督の定番である男女のすれ違いファンタジーだが、東京で暮らしている高校生・瀧(声:神木隆之介)は夢の中で体が入れ替わっていた女子高生・三葉(声:上白石萌音)が暮らしている町がすでに天災によって消滅していたことを知る。もしもタイムトリップが可能ならば、5年前に起きたあの大震災に対して自分は何かできたのだろうか。『君の名は。』がファンタジーとして感動的であればあるほど、震災に対して何もできなかった自分の無力さを思い知らされる。被災地に対して、多くの人が感じた“後ろめたさ”や“無力感”が産み落としたあまりにも哀しいファンタジーに感じられた。  苦労人・片渕素直監督にとって初めてのヒット作となった『この世界の片隅に』は2010年から企画が動き始めた作品だが、能年玲奈あらため“のん”演じる主人公のすずが体験する太平洋戦争を東日本大震災と重ねて観る人も少なくないだろう。広島で生まれ育ったすずは日本がなぜ戦争をしているのかを深く考えることなく、嫁ぎ先の呉での家事に追われることになる。乏しい食料事情の中、すずは明るく健気に振るまい、嫁入りした北條家の人々と心を通わせるようになるが、やがて1945年の夏が訪れ、すずが大切にしていた平凡な日常はあっけなく崩壊してしまう。『この世界の片隅に』は片渕監督が「100年後にも伝えたい」という想いを込めて完成させた作品ゆえに、短絡的に3.11に結びつけることは憚れるが、自分が置かれている社会状況に無自覚でいることの恐ろしさを我々に突き付ける。
日本映画に豊かさをもたらしたものは一体何か? 『この世界の片隅に』ほか2016年の話題作を回顧
菅総理(三田村邦彦)ら閣僚が実名で登場する実録パニックムービー『太陽の蓋』。ぜひ『シン・ゴジラ』と見比べたい。
 震災から5年が経過した2016年を代表する作品がアニメーションや特撮であったのは、日本人の心情にアニメや特撮という表現媒体が憑代(よりしろ)としてフィットしやすいことも要因ではないだろうか。先述した3作品の他にも震災がモチーフとなった映画が2016年は目立った。佐藤信介監督の和製ゾンビ映画『アイアムアヒーロー』の序盤、パニック状態に陥った東京が壊滅していく過程はどこかデジャブ感を思わせるリアルさがあった。今のようなシステマチックな社会は、いつ破綻してもおかしくないという皮膚感覚に訴えかけてくる不気味さがあった。  西川美和監督の『永い言い訳』も震災がきっかけで生まれた作品に数えられる。『永い言い訳』の発端となるのは自然災害ではなく、スキーバスの転落事故だが、不慮の出来事によって大切な人に「さようなら」を伝えることができなかった後悔の念が作品のモチーフとなっている。妻(深津絵里)とは冷えきった夫婦関係にあった作家(本木雅弘)だが、事故で亡くなった妻への罪の意識から同じ事故の被害者遺族(竹原ピストル)の子どもたちの面倒を看ることになる。西川監督の師匠にあたる是枝裕和監督の『そして父になる』(13)や『海街dairy』(15)と同じく、血縁にこだわらない新しい家族像・人との繋がりを提示した作品として印象に残る。  岩井俊二監督の『リップヴァンウィンクルの花嫁』も3.11が生み出した作品のひとつだ。日本社会の息苦しさを嫌ってLAに移住し、『ヴァンパイア』(12)などの英語劇を撮っていた岩井監督だが、故郷の仙台が被災したことから帰国。震災そのものを劇映画にすることは叶わなかったが、黒木華を主演に迎えた『リップヴァンウィンクルの花嫁』では3.11後の不安定な格差社会を舞台に、職場からも結婚制度からもこぼれ落ちたヒロインが、逆に明るく伸び伸びとサバイバルしていく姿が描かれた。もうひとつ、3.11を題材にした作品として『夢の女 ユメノヒト』も挙げておきたい。『クローズアップ現代』(NHK総合)でも紹介された実話をベースにしたドラマで、40年間にわたって福島の精神病院で暮らしてきた男性患者が原発事故の影響で転院したところ、すでに完治していると診断され、浦島太郎のように唐突に現実社会に復帰することになる。ピンク映画界で長年活躍した佐野和宏主演による低予算ロードムービーだが、地位も権力もないひとりの市民という立場から震災後の社会を見つめた作品として見応えがあった。社会現象となった『シン・ゴジラ』の影に隠れてしまった感があるが、3.11直後の首相官邸の5日間を描いた『太陽の蓋』は日本があと一歩で壊滅する危機にあった事実を思い出させる迫真のポリティカルサスペンスだった。政治家たちの名前を実名でドラマ化した実録映画がようやく出てきたことも評価される。
日本映画に豊かさをもたらしたものは一体何か? 『この世界の片隅に』ほか2016年の話題作を回顧
奥田庸介監督が主演も兼ねた『クズとブスとゲス』。奥田監督は撮影中にビール瓶を頭でカチ割ってみせるクレイジーぶりを発揮。
『君の名は。』をメガヒットに導いた東宝の川村元気プロデューサーが手掛けた『怒り』も“いま”という時代の空気感を濃厚に感じさせた。吉田修一の同名小説を渡辺謙、妻夫木聡、広瀬すずといったオールスターキャストで映画化したものだが、作品で描かれる“怒り”は単に凶悪犯に向けられたものではなく、怒りという感情を爆発させることができない人々の内面にフォーカスを絞ってみせた。沖縄の基地問題、性的マイノリティーに対する偏見など、誰に対して怒りをぶつければいいのか分からない現代人のやるせなさを代弁した作品だった。ひとつの作品で実質3本分の映画を撮影した李相日監督のタフさも特筆したい。  この5年間は“クラウドファンディング”が日本でも浸透しはじめた期間でもあった。ネットで一般ユーザー向けに少額の製作資金を募るクラウドファンディングは、映画界ではこれまで低予算のドキュメンタリー作品などで効力を発揮してきたが、『この世界の片隅に』はクラウドファンディングで3921万円を集め、5分間のパイロットフィルムを製作。パイロットフィルムの出来のよさから出資企業が現われ、2億5000万円の製作費を調達することに成功した。奥田庸介監督の『クズとブスとゲス』、井口昇監督の『キネマ純情』もクラウドファンディングで資金を募り、製作に踏み出すことが可能となった。地方都市の惨状をリアルに描いた『サウダーヂ』(11)の富田克也監督の新作『バンコクナイツ』(2017年2月公開)もクラウドファンディングで1000万円を集め、タイでのオールロケを敢行してハイクオリティーの作品に仕上げている。SNSを介して、気骨ある映画監督のオリジナル度の高い企画をファンひとりひとりが後押しするという流れが、徐々にだが形になりつつある。園子温監督が福島でロケ撮影し、地元の人々をキャスティングした『ひそひそ星』は自主制作という形態だったが、大手の映画会社に頼ることなく製作・配給に取り組んでみせた。メジャーとインディーの壁にとらわれない監督たちの自由な活躍がますます広がることを期待したい。 (文=長野辰次)
日本映画に豊かさをもたらしたものは一体何か? 『この世界の片隅に』ほか2016年の話題作を回顧
『この世界の片隅に』 原作/こうの史代 監督・脚本/片渕須直 音楽/コトリンゴ  出演/のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、藩めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓、澁谷天外 配給/東京テアトル テアトル新宿ほか全国順次公開中 (c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 http://konosekai.jp 『太陽の蓋』 監督/佐藤太 脚本/長谷川隆 音楽/ミッキー吉野 出演/北村有起哉、袴田吉彦、中村ゆり、郭智博、大西信満、神尾佑、青山草太、菅原大吉、三田村邦彦、菅田俊、井之上隆志、宮地雅子、葉葉葉、阿南健治、伊吹剛 配給/太秦 (c)「太陽の蓋」プロジェクト/Tachibana Tamiyoshi http://taiyounofuta.com 『クズとブスとゲス』 監督・脚本/奥田庸介 出演/奥田庸介、板橋駿谷、岩田恵里、大西能彰、カトウシンスケ、芦川誠 配給/アムモ98  (c)2015映画蛮族 http://kuzutobusutoges.com

僕らが『この世界の片隅に』を「名作」と呼ぶわけ

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『この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック』(双葉社)
“サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、「オワリカラ」のボーカル・タカハシヒョウリが、いま気になるカルチャーを取り上げる、月1連載。  公開前日まで映画の存在も知らなかった、原作も読んだことがなかった人間による、ネタバレなしの長文です。  そうです、まず正直に言うと、僕はこの映画の存在を公開前日まで知らなかった。 『この世界の片隅に』はクラウドファンディングで製作費を集めて作られた、ある意味「インディーズ映画」に当たるもので、公開館数も多くはなく、大作映画のような大宣伝も行われていない。  もちろん、さまざまなイベントやネットでの企画を通して精力的にプロモーションしていることは後に知ったが、本当、申し訳ないことに僕はそれほどアンテナの高い人間ではなく、映画の情報が目に入ることはなかった。  公開の前日にサイゾー編集部から、この映画を見てみないか、という提案をもらったときに初めて存在を知った。  その時に「見てみたいけど、文章を書けるかはわからないです」と答えた。もう一度正直に言って、原作も読んだことがなかった。  それで、HPを見たり、広告に躍る「主演声優は、のん!」の文字を見た時には、極端な反戦メッセージ映画、お涙ちょうだいの恋愛ものなどがぐるぐると脳内でイメージされ、どんどん書ける自信がなくなっていった(今となっては、土下座します)。  僕は本業ミュージシャンで、こうしてコラム的な文章を書く機会をもらっているのですが、いわゆる「評論家」的な存在とは程遠いと思っている。そこには明白に線引きが存在していて、自分の中のはっきりしたルールじみたものもある。  つまり、どんなものについての文章でも、人に読んでもらう価値のある作品に仕立てられる「技術」と「経験」を培ってきた人がプロです。僕にはそれが明白に足りないでしょう。  それでも、僕みたいな人間がみんなに読んでもらおうと文章を書くなら、これはもう「0か100について書く」しかない。それは、日々生きている中で出会った「本当に書きたい」という熱が湧くものについて、「本当に書く」ということです。 『この世界の片隅に』についてのコラムの最初にこんなことを書いているのは、ひたすら自分語りがしたいわけではなく(したいけど)、せめてそれくらいの熱で書いてみたいと思う「徹底的な」映画だったから。  莫大な宣伝費をかけた「大作」でないなら、こういうものを僕らは「力作」と呼ぶんだろう。  そして、これを「名作」と呼んでいくんだろうと思う。  この作品は、こうの史代さんによる原作マンガの映画化だ。昭和の初め、太平洋戦争、「すず」という1人の少女~女性の、広島・呉での生活を通して、その風景に迫り来る暴力=戦争の時代をも描いていく。 「戦争を題材としております!」とかいうと、暗くて重く、反戦メッセージが前面に出た作風か、または「ねぇ、そもそもこれ、本当に戦争を題材にした意味ある?」という単なるお涙ちょうだいか、そのどちらか(または、そのどちらも)を想像したくなるけど、『この世界の片隅に』は、もちろんそのどちらでもない。なんだかすごく不思議な、手触りの戦争マンガだ。  作品の中心にあるのは、等身大の「生活」であり、「愛情」。すずという1人の、歴史の上では名もなき女性の、「なんやしらんが、つられておかしうなって」くる生活が描かれる。  たとえば戦時中の食糧難を、とっても愉快なお料理マンガ風に描いちゃうあたりとか、絶対ほかの人には描けない、ある意味ものすごい剛胆だと思います、こうの先生。  しかし、このマンガの持つスーパーなところはそれだけでない。やわらかく、表情豊かな筆致で目の前の暮らしの細部を描けば描くだけ、その背景にある、硬質で無機質な暴力と時代の理不尽な影が描き出されていくのだ。  僕らは予備知識として、1945年の8月6日と9日に何があり、8月15日に何があったのかを知っている。  目の前の面白おかしいやりとりの裏側で、“時限カウンター”が確実に少しずつ進んでいることを、意識せずにはいられない。  そしてそれが実際に襲いかかり、その影が描ききられた後には、その向こうの希望すら感じさせるのだ。  また、作画はとんでもない職人技で、原作の豊かな筆致そのままのキャラクターたちが、アニメならではのリアルな昭和初期広島の風景の中に違和感なく描き出されていく。 「原作の再現度がすごい」というだけなら、原作ファンにとって至福のプレゼントで良かったネ、ということになるが、このアニメは原作の世界をさらに大きく拡張することに成功していると思う。  その要因は2つある。  1つは片渕須直監督の「徹底的な考証と、冷酷な演出」、そしてもう1つはキャラクターたちがアニメ化という儀式で手に入れた「声の力」だ。  原作とアニメで僕が決定的に印象が違うと感じたのは、アニメにおいて神のような「記録する視点」が登場したことで、作品全体に「冷酷な客観性」が際立っている点だ。  たとえば片渕監督が長い年月をかけ調べ尽くし、こだわり抜いたという兵器に対する描写が、原作においては「抽象的であるがゆえの迫力」をまとっていた「戦争」という恐怖に、さらなる肉体的なリアリティを与えている。  主人公のすずは、絵を描くのが好きだ。そのすずの目を通して見る世界を「絵画のように切り取った」シーンが原作にいくつか出てくる。これらのシーンは後々の展開も含めて、とても重要で、原作のキモになっている素晴らしいシーンなのだが、ある意味で主観的で、受け手の想像力にも委ねられた「余白」のようにやわらかだ。  これに象徴されるように、こうのさんの原作には、読む者が入り込めるような優しい曖昧さが常に存在する。  そしてこれは、いわゆる「日常系マンガ」の大部分がそうであるように、バイブレーションの合う人にとっては心地よい余白でありながら、それ以外の人にはチューニングが必要な「別チャンネル」になっている。  しかし、時間軸を持つアニメでは、この原作のやわらかく抽象的な手触りの、「その前」と「その後」を俯瞰的に描いている(時間といえば、先述の時限カウンターも、「時間の流れ」がある映画のほうがはるかに冷酷に、容赦なく時を刻んでいくように感じた)。  ここに、この映画の無敵の布陣が出来上がる。  ……いや、待てよ。  普通に考えれば、「徹底的で偏執的なリアル演出」というのは、よくある監督の独りよがり、アニメにおいて異物になってしまうんじゃないの……?  いや、しかし大丈夫なのだ。 『この世界の片隅に』では、大丈夫なのだ。  なぜなら、原作でも、やっぱり「生活」や「仕草」や「時代」に対する描写は、「徹底的」だからだ。細部を描き込むことで、全体を表出していく――というベクトルが原作もアニメも一致しているので、違和感なく2つのリアリティが同居、むしろ相乗効果を生んでいる。  僕が一番好きなのは、冒頭のシーンだ。  これ、開始1分くらいなのでネタバレじゃないと思うが、まだ幼いすずが海苔の入った包みを背負うところ。この時に、すずがちょっと変わった背負い方をする。身体の半分くらいもある包みを背負うためには、普通に持ち上げて背負ってはバランスを崩してしまう。  そこで、すずは荷物を壁に押し付けて、そこに背中を合わせてこれを背負う。  本当になにげないシーンなのだが、この時に「この映画、いいなー!」と思った。もし小さな身体の自分がこんなに大きな荷物を背負うなら、確かにこうするよな! という「身近さ」で、あっという間に「すず」という人が、確かにこの時代、広島に息づいていたように感じさせてくれる。  これは原作にもあるシーンなのだが、それをすごく自然に丁寧にアニメーション化し、見ている人を作品の世界にすっと連れて行ってくれる。  このシーンだけでも、類いまれなほど幸福なアニメ映画が始まったとわかるよ。  そして、この冒頭でもう1つ驚かされるのが、すず役の声優を担当したのんさんの声。  純粋さと、素朴さと、たくましさ……いま思えば、すずの全部が声の中に色づいている。言ってしまえば、声がすずの物語を語っているような。 「あぁ、そうなんだ。すずさんっていう人、そこにいるんだ」と思ってしまう。  ここばっかりは、ぜひ劇場で見て聞いてほしい。  のんさんだけでなく、潘めぐみさんらプロ声優の演技も素晴らしく(ちなみに、11歳の稲葉菜月さんの「なんやしらんが、つられておかしうなってきた」の言い方が最高)、作品に引き込み、その時々を必死に生きるキャラクターたちの声と、声にならない想いも、伝えてくれる。  豊かな原作、徹底的な演出、完璧な配役、これらが混然となったアニメ映画が理想だ理想だと言いながら、僕らは実際にそんな映画を人生で何本見ることができるだろうか?  今、それができるんだ。  というわけで、長々と書いてきたが、原作ファンや、絵柄やのんさんの主演に惹かれた人は、もうこの映画を見ているか、見に行こうと決めてるはずだ。  そこで僕としては、自分に似た「この映画、ちょっとどうなの」「あんまり褒められてて、ちょっと……」「クラウドファンディングで低予算なんでしょ」と勘繰ってる、理屈っぽい、「『シン・ゴジラ』について議論するの大好き」的な頭でっかち系の諸兄に対して、この文章を書いてみた。  何より「知らなかった」、近くでやってなくて「行かなかった」で、この作品に触れなかった人を1人でも減らせたらうれしく思います。  あと、僕はこの映画の根底にあるのは、やっぱり怒りだと思います。 takahashi1017.jpg ●タカハシ・ヒョウリ “サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。 HP:http://www.owarikara.com/ ブログ:http://hyouri-t.jugem.jp/ Twitter:https://twitter.com/TakahashiHyouri?ref_src=twsrc%5Etfw