僕らが『この世界の片隅に』を「名作」と呼ぶわけ

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『この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック』(双葉社)
“サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、「オワリカラ」のボーカル・タカハシヒョウリが、いま気になるカルチャーを取り上げる、月1連載。  公開前日まで映画の存在も知らなかった、原作も読んだことがなかった人間による、ネタバレなしの長文です。  そうです、まず正直に言うと、僕はこの映画の存在を公開前日まで知らなかった。 『この世界の片隅に』はクラウドファンディングで製作費を集めて作られた、ある意味「インディーズ映画」に当たるもので、公開館数も多くはなく、大作映画のような大宣伝も行われていない。  もちろん映画製作サイドが、さまざまなイベントやネットでの企画を通して精力的にプロモーションしていることは後に知ったが、本当、申し訳ないことに僕はそれほどアンテナの高い人間ではなく、映画の情報が目に入ることはなかった。  公開の前日にサイゾー編集部から、この映画を見てみないか、という提案をもらったときに初めて存在を知った。  その時に「見てみたいけど、文章を書けるかはわからないです」と答えた。もう一度正直に言って、原作も読んだことがなかった。  それで、HPを見たり、広告に躍る「主演声優は、のん!」の文字を見た時には、極端な反戦メッセージ映画、お涙ちょうだいの恋愛ものなどがぐるぐると脳内でイメージされ、どんどん書ける自信がなくなっていった(今となっては、土下座します)。  僕は本業ミュージシャンで、こうしてコラム的な文章を書く機会をもらっているのですが、いわゆる「評論家」的な存在とは程遠いと思っている。そこには明白に線引きが存在していて、自分の中のはっきりしたルールじみたものもある。  つまり、どんなものについての文章でも、人に読んでもらう価値のある作品に仕立てられる「技術」と「経験」を培ってきた人がプロです。僕にはそれが明白に足りないでしょう。  それでも、僕みたいな人間がみんなに読んでもらおうと文章を書くなら、これはもう「0か100について書く」しかない。それは、日々生きている中で出会った「本当に書きたい」という熱が湧くものについて、「本当に書く」ということです。 『この世界の片隅に』についてのコラムの最初にこんなことを書いているのは、ひたすら自分語りがしたいわけではなく(したいけど)、せめてそれくらいの熱で書いてみたいと思う「徹底的な」映画だったから。  莫大な宣伝費をかけた「大作」でないなら、こういうものを僕らは「力作」と呼ぶんだろう。  そして、これを「名作」と呼んでいくだろうと思う。  この作品は、こうの史代さんによる原作マンガの映画化だ。昭和の初め、太平洋戦争、「すず」という1人の少女~女性の、広島・呉での生活を通して、その風景に迫り来る暴力=戦争の時代をも描いていく。 「戦争を題材としております!」とか言うと、暗くて重く、反戦メッセージが前面に出た作風か、または「ねぇ、そもそもこれ、本当に戦争を題材にした意味ある?」という単なるお涙ちょうだいか、そのどちらか(または、そのどちらも)を想像したくなるけど、『この世界の片隅に』は、もちろんそのどちらでもない、なんだかすごく不思議な、手触りの戦争マンガだ。  作品の中心にあるのは、等身大の「生活」であり、「愛情」。すずという1人の、歴史の上では名もなき女性の、「なんやしらんがつられておかしうなって」くる生活が描かれる。  たとえば戦時中の食糧難を、とっても愉快なお料理マンガ風に描いちゃうあたりとか、絶対ほかの人には描けない、ある意味ものすごい剛胆だと思います、こうの先生。  しかし、このマンガの持つスーパーなところはそれだけでなく、目の前の暮らしの細部を描けば描くだけ、その背景にある暴力の理不尽さが描き出されていくことだ。  僕らは予備知識として、1945年の8月6日と9日に何があり、8月15日に何があったのかを知っている。  目の前の面白おかしいやりとりの裏側で、“時限カウンター”が確実に少しずつ進んでいることを、僕らは意識せずにはいられない。  そしてそれが実際に襲いかかり、その影が描ききられた後には、その向こうの希望すら感じさせるのだ。  また、作画がとんでもない職人技で、原作の豊かな筆致そのままのキャラクターたちが、アニメならではのリアルな昭和初期広島の風景の中に違和感なく描き出されていく。 「原作の再現度がすごい」というだけなら、原作ファンにとって至福のプレゼントで良かったネ、ということになるが、このアニメは原作の世界をさらに大きく拡張することに成功していると思う。  その要因は2つある。  1つは片渕須直監督の「徹底的な考証と、冷酷な演出」、そしてもう1つはキャラクターたちがアニメ化という儀式で手に入れた「声の力」だ。  原作とアニメで僕が決定的に印象が違うと感じたのは、アニメにおいて神のような「記録する視点」が登場したことで、作品全体に「冷酷な客観性」が際立っている点だ。  たとえば片渕監督が長い年月をかけ調べ尽くし、こだわり抜いたという兵器に対するリアルな描写が、原作においては「抽象的であるがゆえの迫力」をまとっていた「戦争」という恐怖に、さらなる肉体的なリアリティを与えている。  主人公のすずは、絵を描くのが好きだ。そのすずの目を通して見る世界を「絵画のように切り取った」シーンが原作にいくつか出てくる。これらのシーンは後々の展開も含めて、とても重要で、原作のキモになっている素晴らしいシーンなのだが、ある意味で主観的で、受け手の想像力にも委ねられた「余白」のようにやわらかだ。  これに象徴されるように、こうのさんの原作には、読む者が入り込めるような優しい曖昧さが常に存在する。  そしてこれは、いわゆる「日常系マンガ」の大部分がそうであるように、バイブレーションの合う人にとっては心地よい余白でありながら、それ以外の人にはチューニングが必要な「別チャンネル」になっている。  しかし、時間軸を持つアニメでは、この原作のやわらかく抽象的な手触りの、「その前」と「その後」を俯瞰的に描いている(時間といえば、先述の時限カウンターも、「時間の流れ」がある映画のほうがはるかに冷酷に、容赦なく時を刻んでいくように感じた)。  ここに、この映画の無敵の布陣が出来上がる。  いや、待てよ。  普通に考えれば、「徹底的で偏執的なリアル演出」というのはよくある監督の独りよがり、アニメにおいて異物になってしまうんじゃないの……?  いや、しかし大丈夫なのだ。 『この世界の片隅に』では。大丈夫なのだ。  なぜなら、原作でも、やっぱり「生活」や「仕草」や「時代」に対する描写は、「徹底的」だからだ。細部を描き込むことで、全体を表出していく――というベクトルが原作もアニメも一致しているので、違和感なく2つのリアリティが同居、むしろ相乗効果を生んでいる。  僕が一番好きななのは、冒頭のシーンだ。  これ、開始1分くらいなんでネタバレじゃないと思うが、まだ幼いすずが海苔の入った包みを背負うところ。この時に、すずがちょっと変わった背負い方をする。身体の半分くらいもある包みを背負うためには、普通に持ち上げて背負ってはバランスを崩してしまう。  そこで、幼いすずは荷物を壁に押し付けて、そこに背中を合わせてこれを背負う。  本当に小さなシーンなのだが、この時に「この映画、いいなー!」と思った。もし小さな身体の自分がこんなに大きな荷物を背負うなら、確かにこうするよな! という「身近さ」で、あっという間に「すず」という人が、確かにこの時代、広島に息づいていたように感じさせてくれる。  これは原作にもあるシーンなのだが、それをすごく自然に丁寧に演出したアニメーションが、見ている人を作品の世界にすっと連れて行ってくれる。  このシーンだけでも、類いまれなほど幸福なアニメ映画が始まったとわかるよ。  そして、この冒頭でもう1つ驚かされるのが、すず役の声優を担当したのんさんの声。  純粋さと、素朴さと、普通さと、たくましさ……いま思えば、すずの全部が声の中に色づいている。言ってしまえば、声がすずの物語自体を語っているような。 「あぁ、そうなんだ。すずさんっていう人、そこにいるんだ」と思ってしまう。  ここばっかりは、ぜひ劇場で見て聞いてほしい。  のんさんだけでなく、潘めぐみさんらプロ声優の演技も素晴らしく(ちなみに11歳の稲葉菜月さんの「なんやしらんがつられておかしうなってきた」の言い方が最高)、作品に引き込み、その時々を必死に生きるキャラクターたちの声と、声にならない想いも、伝えてくれる。  豊かな原作、徹底的な演出、完璧な配役、これらが混然となったアニメ映画が理想だ理想だと言いながら、僕らは実際にそんな映画を人生で何本見ることができるだろうか?  今、それができるんだ。  というわけで、長々と書いてきたが、原作ファンや、絵柄やのんさんの主演に惹かれた人は、もうこの映画を見ているか、見に行こうと決めてるはずだ。 そこで僕としては、自分に似た「この映画、ちょっとどうなの」「あんまり褒められてて、ちょっと……」「クラウドファンディングで低予算なんでしょ」と勘繰ってる、理屈っぽい、「『シン・ゴジラ』について議論するの大好き」的な頭でっかち系の諸兄に対して、この文章を書いてみた。  何より「知らなかった」、近くでやってなくて「行かなかった」で、この作品に触れなかった人を1人でも減らせたらうれしく思います。  あと、僕はこの映画の根底にあるのは、やっぱり怒りだと思います。 takahashi1017.jpg ●タカハシ・ヒョウリ “サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。 HP:http://www.owarikara.com/ ブログ:http://hyouri-t.jugem.jp/ Twitter:https://twitter.com/TakahashiHyouri?ref_src=twsrc%5Etfw