「前半は丁寧に作りこんで、後半グダグダにして最終回でドーンと壊す」でおなじみの脚本家・遊川和彦にとって初めてのテレビ朝日系ドラマとなる『はじめまして、愛しています。』は第2話。視聴率は初回の10.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)から11.4%と、けっこう上がりました。初回の再放送やネット配信を見た人が2話目を“待って見た”ということですので、高評価なのでしょう。 特別養子縁組についての物語、前回は信ちゃん(江口洋介)と美奈ちゃん(尾野真千子)の梅田夫婦が、見知らぬ男の子を引き取る決意を固めるところまでが描かれました。 信ちゃんは、とことんポジティブな熱血漢。突然、家に現れた男の子を引き取る理由を「運命だ」「運命だ」「運命なんだ」と言い張り、強引に物事を進めてしまいました。美奈ちゃんは当然、戸惑いを見せるものの、信ちゃんへの絶対的な信頼感でもって、話に乗ることにしました。 ここまで、夫婦の人物像は“善き人”としか描かれていません。どうやら経済的にも安定しているし、地域にも溶け込んでいるし(主に信ちゃんの性格によるものですが)、ケンカもなさそうで、平和そのものの家庭です。いかにも「養子を取るのに向いている夫婦」という描かれ方でした。 第2話では、そんな夫婦に闇が差してきます。特別養子縁組を前提に、まず里親になるための研修を受ける必要がありました。児童相談所の堂本(余貴美子)による遠慮のない「面接」によって、夫婦が互いに「秘密にしてきたこと」「別に言う必要がないと思っていたこと」が次々に暴かれます。 「ご家族のことを教えていただけますか?」 信ちゃんは8歳のときに兄と父を交通事故で亡くし、それ以来、母はアルコールに溺れてしまったこと。美奈ちゃんは5歳のときに、母が入水自殺してしまったこと。そのとき、美奈ちゃんも「2人で海に入っちゃおっか」と誘われたことを告白します。それは互いに、10年の結婚生活の中で話していなかったことでした。 「どうして話してくれなかったのか」 2人の間で、ピキピキと緊張感が走ります。そこに堂本の冷静な言葉が降ってきます。 「なんなら(養子縁組を)やめても構いませんよ」 こうして面接をしていくうちに、互いの知らなかった面を知り、大ゲンカして別れた夫婦もあるそうです。 その後も堂本は、チクチクと夫婦の「話したくないこと」ばかりを聞いてきます。 夫婦はともに片親で、信ちゃんはアル中の母に、美奈ちゃんは父親の愛人に育てられました。そして2人とも大人になった今、その遺された親との関係がよくありません。一見、子どもがいないだけの“普通の家庭”に見えた梅田家でしたが、“普通の家庭”で育った人間は、この家にはいないのでした。 そうした人間が里親に向いているのかどうか、おそらく堂本には経験上、ひとつの推論が働いているように見えます。だからまるで、信ちゃんと美奈ちゃんの関係を破壊し、再構築しようとしているかのようです。知らない子と「本当の家族になる」ためには、まずは夫婦が「本当の家族」かどうかを試す必要があるということでしょう。養子を取るために必要な覚悟が、リアリティをもって描かれていきます。 児相によるテストが終わり、夫婦は都の児童福祉審議会で「里親認定」の審議を受けることになりました。その結果を待つ間、2人は「あの子に会いたい」と施設を訪ねます。施設の職員も堂本も「話しかけても無駄だ」「あの子は何も答えない」とあきらめムードですが、男の子は美奈ちゃんをしっかりと見つめ、立ち上がるのでした。男の子にとっても、2人が他の大人とは違う特別な存在であることが明らかになりました。 まるで家族のように手をつなぎ合って動物園に向かった3人でしたが、ここで男の子が迷子になってしまいました。園内放送をかけようにも、男の子には名前がありません。必死で探す中、また2人は、面接で互いに打ち明けた過去について言い争いになります。美奈ちゃんは「やっぱりやめよう、養子なんか。こんなんじゃ無理だよ、あの子を育てるなんて」「あの子がうちにきたのも、ただの思い込み」とまで言い出してしまいました。 そこに現れたのが、またピアノでした。広場にあったピアノを係員さんに頼み込んで弾かせてもらうと、男の子が引き寄せられてくるのでした。 また手をつないで、3人は施設に戻ります。来るときは信ちゃんから強引につないだ手でしたが、帰るときには、手を差し伸べようとする信ちゃんを、美奈ちゃんが制しました。 「そっちから、ちゃんと手をつなぎなさい」 「この人はあんたを裏切らない。そんな人の手は絶対離しちゃダメ」 美奈ちゃんの脳裏に、手を離してしまった母が海に入っていくシーンがよぎるのでした。 信ちゃんと美奈ちゃんは里親認定を受け、里親になる資格があると登録されました。今後は、里親委託という形で、男の子と同居することになります。 しかし、2人の間で明らかになったわだかまりは、何ひとつ解決されていません。互いに不満を飲み込んだまま、男の子を家に招き入れることになるのです。 特別養子縁組という制度は、子どものための福祉制度だそうです。つまり、親になる側が「ほしい」とか「愛してる」とか言っても、基本的にはその希望が叶えられるものではありません。その「ほしい」「愛してる」が、決してひとりよがりの感情や一時の欲望ではなく、子どもにとって最適な環境を作りえると裁判所に判断されたときにだけ、認められるのです。 だから、この2人にどんな過去や、どんな家族とのトラブルや、どんなトラウマがあったとしても、まったく関係ありません。信ちゃんが養子に固執する理由が、まだ明かされていないその過去にあったとしても、その過去を克服しようとどれだけ頑張っても、その行為が子どもにとって「ちょっとあんまりよろしくないね」ということになれば、認められないわけです。この子のために、自分の歴史と未来を犠牲にすることが強いられるわけです。自分の幸せより、この見知らぬ子どもの幸せを優先しなければならないということです。この先、ずっと。 筆者の知り合いにも、児童障害者福祉に身を投じた人間がいます。その人は、「施設の子のことを考えると、自分の子どもが運動会なんかで走り回っているのを見るのが忍びない」と言って、子どもの学校行事などに一切参加しませんでした。そして、その子が18歳になるのを待って、一家は離散しました。 福祉の世界は、「与える側」の頑丈な心も、容赦なく壊す世界です。普通の人も、普通じゃいられなくなる世界です。あんまり頑丈そうじゃない過去を持った夫婦がどのように壊れていくのか……いよいよ、今回はいつもより早く、遊川らしい残酷な世界が描かれそうで楽しみですね☆ (文=どらまっ子AKIちゃん)テレビ朝日系『はじめまして、愛しています。』番組サイトより
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フジテレビ月9『好きな人がいること』主人公を支配する「じゅんじゅわ~」の正体とは
フジテレビ月9『好きな人がいること』第2話の視聴率は10.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)。前後を『FNSうたの夏まつり』で挟むという奇策が功を奏したのかどうかよくわかりませんが、『夏まつり』直前パートが10.9%、直後パートが10.5%ということだったので、互いに大ケガはしなかったようです。ちなみに初回からは0.3ポイントアップしてます。 前回、「肉欲丸出しの主人公によるエロゲ展開」と書きましたが、第2話でも冒頭から櫻井(桐谷美玲)の肉欲がすごいことになってました。 風呂上がりに千秋(三浦翔平)の部屋を訪れ、ベッドに座れば「じゅんじゅわ~」。隣に千秋が座って「じゅんじゅわ~」。「櫻井がいてくれてよかった」と言われれば、自室にこもって抱き枕相手に「じゅんじゅわ~」。今まで「櫻井呼び」だった千秋が急に「美咲呼び」すれば大ハシャギで「じゅんじゅわ~」。もうこれは、「じゅんじゅわ~星」から来た「じゅんじゅわ~星人(性人)」です。 初回では、夏向(山崎賢人)のちんぽを見てもじゅんじゅわ~しなかった美咲ですが、今回の前半パートでは濡れっぱなしのようでした。 美咲の初期タゲ(ターゲット)である千秋との間に、今回、恋のライバルが現れます。千秋の大学時代の元カノで、ボストンに留学していたピアニストの楓(菜々緒)。絵に描いたような“ウルトラ美人”を前に、美咲はすっかり意気消沈。チラチラと遠くから千秋に色目を使う美咲に気付いた楓は、公衆の面前で「千秋と結婚する」と言い出したり、美咲が物陰から見ているのを視認すると、おもむろに千秋にキスしたりと、やりたい放題です。美咲は、カラッカラに乾いてしまいます。 そんな美咲にとって、おそらくメインタゲになってくるであろう夏向はといえば、前回ラストでおにぎりを作ってくれるなど、かなりビンビンにフラグを立てていましたが、どうやらリセットボタンを押されたようです。美咲が千秋に「じゅんじゅわ~」しているときは、おおむねツンツン。そして美咲が乾ききったのを見計らって、モーターボートで海へ連れ出します。 小さな離島を見て「仰向けに寝たキューピーにしか見えねえだろ」とデレてみたり、ボートから海に突き落としてみたり(ツン)、飛び込んで助けてみたり(デレ)、ほっぺ触ってみたり(デレ)、とっておきの夕日スポットに連れて行ってみたり(デレデレ)と、こちらもやりたい放題。美咲もこれには「じゅん……」くらいになっているようでした。 ちなみに3番タゲの冬真(野村周平)は、通りすがりに「俺と恋しちゃう?」「俺はいつでもウェルカムだから」とセーフティネット宣言。どれだけルートを間違えても冬真は抱けそうですので、美咲の恋の大冒険にも勢いがつくというものです。 といった恋愛模様(肉欲模様)が、兄弟の知り合いの結婚式を舞台に繰り広げられた第2話でした。誰かが本当の兄弟じゃない的な追加設定も出てきそうですが、どうせ夏向とのフラグはリセットされて次回も「千秋にじゅんじゅわ~」から始まるでしょうし、正直あんまし書くことがなくなってきそうで不安なんですよね。 美咲という人物は、ときたま思い出したように「変わりたい」とか「変われると思って」とか言って人間のフリをしていますが、しょせんは「じゅんじゅわ~星人」なので、行動や感情が自分の濡れ具合に支配されています。「恋もできないパティシエ」である自分が嫌で、変わりたくて湘南に来たわけですが、もう来た瞬間から恋してるので、変態(サナギが蝶になる的な意味で)は完了してるんですよね。あとはその恋を誰と成就させるのかしか、描くべき要素が残っていない。恋に夢中であることを描けば描くほど、その恋が成就した先にしか、物語は美咲に気付きを与えられないわけです。 あと10話くらいあるのかな、この、結論が3つくらいしかなさそうなゲームをこねくり回すことだけで全話埋め尽くしたら、それはそれですごい作品のような気もしますけど……。 ちなみに本稿では「キュンキュン」を「じゅんじゅわ~」に置き換えております、念のため。 (文=どらまっ子AKIちゃん)フジテレビ系『好きな人がいること』番組サイトより
フジテレビ月9『好きな人がいること』主人公を支配する「じゅんじゅわ~」の正体とは
フジテレビ月9『好きな人がいること』第2話の視聴率は10.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)。前後を『FNSうたの夏まつり』で挟むという奇策が功を奏したのかどうかよくわかりませんが、『夏まつり』直前パートが10.9%、直後パートが10.5%ということだったので、互いに大ケガはしなかったようです。ちなみに初回からは0.3ポイントアップしてます。 前回、「肉欲丸出しの主人公によるエロゲ展開」と書きましたが、第2話でも冒頭から櫻井(桐谷美玲)の肉欲がすごいことになってました。 風呂上がりに千秋(三浦翔平)の部屋を訪れ、ベッドに座れば「じゅんじゅわ~」。隣に千秋が座って「じゅんじゅわ~」。「櫻井がいてくれてよかった」と言われれば、自室にこもって抱き枕相手に「じゅんじゅわ~」。今まで「櫻井呼び」だった千秋が急に「美咲呼び」すれば大ハシャギで「じゅんじゅわ~」。もうこれは、「じゅんじゅわ~星」から来た「じゅんじゅわ~星人(性人)」です。 初回では、夏向(山崎賢人)のちんぽを見てもじゅんじゅわ~しなかった美咲ですが、今回の前半パートでは濡れっぱなしのようでした。 美咲の初期タゲ(ターゲット)である千秋との間に、今回、恋のライバルが現れます。千秋の大学時代の元カノで、ボストンに留学していたピアニストの楓(菜々緒)。絵に描いたような“ウルトラ美人”を前に、美咲はすっかり意気消沈。チラチラと遠くから千秋に色目を使う美咲に気付いた楓は、公衆の面前で「千秋と結婚する」と言い出したり、美咲が物陰から見ているのを視認すると、おもむろに千秋にキスしたりと、やりたい放題です。美咲は、カラッカラに乾いてしまいます。 そんな美咲にとって、おそらくメインタゲになってくるであろう夏向はといえば、前回ラストでおにぎりを作ってくれるなど、かなりビンビンにフラグを立てていましたが、どうやらリセットボタンを押されたようです。美咲が千秋に「じゅんじゅわ~」しているときは、おおむねツンツン。そして美咲が乾ききったのを見計らって、モーターボートで海へ連れ出します。 小さな離島を見て「仰向けに寝たキューピーにしか見えねえだろ」とデレてみたり、ボートから海に突き落としてみたり(ツン)、飛び込んで助けてみたり(デレ)、ほっぺ触ってみたり(デレ)、とっておきの夕日スポットに連れて行ってみたり(デレデレ)と、こちらもやりたい放題。美咲もこれには「じゅん……」くらいになっているようでした。 ちなみに3番タゲの冬真(野村周平)は、通りすがりに「俺と恋しちゃう?」「俺はいつでもウェルカムだから」とセーフティネット宣言。どれだけルートを間違えても冬真は抱けそうですので、美咲の恋の大冒険にも勢いがつくというものです。 といった恋愛模様(肉欲模様)が、兄弟の知り合いの結婚式を舞台に繰り広げられた第2話でした。誰かが本当の兄弟じゃない的な追加設定も出てきそうですが、どうせ夏向とのフラグはリセットされて次回も「千秋にじゅんじゅわ~」から始まるでしょうし、正直あんまし書くことがなくなってきそうで不安なんですよね。 美咲という人物は、ときたま思い出したように「変わりたい」とか「変われると思って」とか言って人間のフリをしていますが、しょせんは「じゅんじゅわ~星人」なので、行動や感情が自分の濡れ具合に支配されています。「恋もできないパティシエ」である自分が嫌で、変わりたくて湘南に来たわけですが、もう来た瞬間から恋してるので、変態(サナギが蝶になる的な意味で)は完了してるんですよね。あとはその恋を誰と成就させるのかしか、描くべき要素が残っていない。恋に夢中であることを描けば描くほど、その恋が成就した先にしか、物語は美咲に気付きを与えられないわけです。 あと10話くらいあるのかな、この、結論が3つくらいしかなさそうなゲームをこねくり回すことだけで全話埋め尽くしたら、それはそれですごい作品のような気もしますけど……。 ちなみに本稿では「キュンキュン」を「じゅんじゅわ~」に置き換えております、念のため。 (文=どらまっ子AKIちゃん)フジテレビ系『好きな人がいること』番組サイトより
『はじめまして、愛しています。』とことん善人な江口洋介が“アレ”じゃなきゃいいけど……
『家政婦のミタ』(日本テレビ系)で最終回40%という、とんでもない視聴率を叩き出したと思ったら、『純と愛』(NHK)、『○○妻』『偽装の夫婦』(ともに日本テレビ系)ではトンデモ展開で視聴者を混乱の極みに陥れた脚本家・遊川和彦の最新作『はじめまして、愛しています。』(テレビ朝日系)がスタートしました。初回視聴率は10.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、まあまあな感じ。初回10%が「まあまあ」と感じるあたり、昨今のドラマ離れを実感するところです。 主人公は、底抜けに明るい不動産営業マン・梅田信次(江口洋介)と、自宅でピアノ教室を営む妻・美奈(尾野真千子)。「美奈がプロのピアニストを目指しているから」という理由で、2人に子どもはありませんでしたが、互いを「信ちゃん」「美奈ちゃん」と呼び合う仲良し夫婦。 そんな夫婦宅の庭に、忽然と現れた知らない子どもに運命を感じた2人が、その子と特別養子縁組しようとする物語です。 特別養子縁組というのは、実子として戸籍に入り、養親からの離縁はできない制度で、6カ月以上の試験養育期間を経て裁判所の審判によって成立するもの。簡単にいえば、気持ち的な問題だけでなく法律上でも「よその子と本当の家族になる」ということですね。 美奈ちゃんは、ピアニストとしてまったく優秀ではありません。10代から受け始めたコンテストは、35歳になる現在まで49連敗中。父親が大物コンダクターなので、たまにオーケストラで弾く仕事を請けても「親の七光りだろ」という視線に苦しむだけ。さらに、ピアノ教室を開いているのに子どもとのコミュニケーションも苦手です。 一方、信ちゃんは「コミュニケーションお化け」です。困っている人がいれば助けてあげずにはいられないし、余計な世話を焼いて迷惑を被ることもしばしば。町中の人はだいたい知り合いという感じです。 そうした人物像が実に手際よく紹介されていて、さすがベテラン脚本家。すんなりとキャラクターが入ってきました。 そして、いきなり姿を現した孤児(横山歩)が、全然かわいくない。これが、ドラマ的にすごく正しい感じがしました。2人が孤児を養子にする理由から、「かわいいから」が、まず排除されるんですね。この子が「別にかわいくない」からこそ、「養子にする」という決断に相応の理由が必要になる。 その理由を、信ちゃんは「運命」だと言い張ります。なぜだかわからないけれど、この子は2度も自宅の庭に現れた。だから「運命」を感じるのだと。当然、美奈ちゃんは渋りまくりです。 フィクションの世界で、説得力をもって「運命」を描くのは、実に難しいことです。そもそもドラマというのは全部ウソですから、主人公が「運命」だと言った瞬間に、それはドラマの都合で「運命」になってしまう。けれど、それでは視聴者は納得しない。この「運命」が「運命」であることを形をもって納得させるのが、ウソの中で本当を見せる脚本家の仕事になるわけです。 そこで「運命」を扱うドラマには「サイン」というものが登場することになります。登場人物の認識や感覚、記憶といったものが偶然共通し、そこに意味らしきものが宿ったときにだけ、「運命」は形をもって画面に現れることになるのです。 今回、この「サイン」の表現が素晴らしかった。 もともと夫婦を結びつけたのは、美奈ちゃんのピアノでした。コンテストではまったく評価されない美奈ちゃんのピアノですが、信ちゃんにとっては世界一でした。若いころの信ちゃんは、自分が紹介した部屋で美奈ちゃんが弾くピアノの音色に救われたのでした。 そして、孤児がこの家を訪れた理由も、まさに美奈ちゃんのピアノなのでした。美奈ちゃんがピアノの練習をしているときにだけ、孤児は施設を飛び出してこの家に現れるのです。 ここまででもじゅうぶんに「サイン」ですが、一言も口をきかない孤児は、美奈ちゃんがピアノを弾いて聞かせると、鍵盤ににじり寄って「ド」の音を鳴らします。 それに合わせて、美奈ちゃんが「ドレミの歌」を歌うシーンがあります。 「ド」は、ドーナツの「ド」。孤児が初めて庭に姿を現したとき、美奈ちゃんが差しだしたのがドーナツでした。 「レ」は、レモンの「レ」。美奈ちゃんの作るレモネードは親族一同に大評判で、梅田家にはいつもレモンが常備されています。 「ミ」は、みんなの「ミ」、「ファ」はファイトの「ファ」。子のいない夫婦と見知らぬ孤児が、声を重ねて歌います。 「ソ」は青い空。ホームで暮らす信ちゃんのお母さんによると、美奈ちゃんがお見舞いに来る日は「いっつもバカみたいに青空」なんだそうです。 「ラ」は、ラッパの「ラ」。信ちゃんはいつも、ラッキーアイテムとしてラッパの玩具を持ち歩いていました。マンションの内見に来たお客さんの連れていた赤ちゃんは、そのラッパを吹くと途端に泣き止みました。 「シ」は幸せよ。身元のわからない子どもは、最終的に自治体の首長が名前を付けることになります。最近では、「幸」の字を入れた名前を付けるケースが多いんだそうです。 「さぁ、歌いましょう」 美奈ちゃんと孤児が、ともに歌うのです。 「さぁ、歌いましょう」 劇中、まったく無関係に思えた小さなアイテムや心象描写が、意味を持ってクライマックスの「サイン」として作用し、明確に「運命」を演出したのでした。さすがベテラン脚本家。圧巻のストーリーテリングです。 児童相談所の堂本(余貴美子)によれば、養子を取るのは簡単なことではありません。養子たちの中には、養親の愛を試す「試し行動」として海苔しか食べなかったり部屋を散らかしたり、赤ちゃん返りをしたりといった問題行動を起こす子も少なくないんだそうです。そして、その負担は主に母親となる美奈ちゃんにかかってくると言います。「地獄の毎日が待っている」と。 それに対し、美奈ちゃんは「母親になる自信がありません」と言いながらも、誰よりもこの子のために何かしようとする信ちゃんを信じて、特別養子縁組を申請することを決意しました。 決心を前に、正論で説得しまくる信ちゃんに、美奈ちゃんは「そうやって反論しづらいこと言わないでよ」と、困惑していました。 正しいことが、なんなのか。困っている人が目の前にいたら、どうすべきか。それはみんなわかっています。それをやるのか、やらないのか、それがこのドラマのテーマになっていくような気がしたセリフでした。 かように、とても充実した初回だったと思います。 そして、不安になるんです。これは遊川のドラマだぞ、と。 とことん善人に描かれた信ちゃんのキャラクターでしたが、とことん善人のままハッピーなエンドになる気がしないんですね。 どうしても養子を取りたい信ちゃんの本当の狙いが、孤児のアナルだったとしたら……要するに、同じ江口洋介主演の映画『闇の子供たち』(2008年)ですね。あの作品では、タイにおける子どもの性搾取撲滅に燃える正義感バリバリの新聞記者を演じた江口が、最後の最後で重度のショタペドだったことが明かされました(ネタバレごめん)。このドラマ、そうならないといいけどなーと思うんですよ。実際、養親による養子に対する性的虐待だって、ない話じゃないですし。夫婦に実子がいない理由も、本当は信ちゃんが「実の子に手をつけてしまう」ことを恐れている、とかだったりしてね。ホント怖いけど。まさかホームドラマで、そこまでするとは思わないけど。 それはそれとして、江口の気が触れたかのような“スーパーポジティブキャラ”は、『ひとつ屋根の下』(1993年/フジテレビ系)のあんちゃんを彷彿とさせて懐かしい思いもしましたね。あれからもう23年です。そういえばチイ兄ちゃんも先日、映画『そして父になる』(2013年)で、親子の血のつながりについていろいろ悩んでいました。その間、小雪は覚せい剤で捕まり、和也は大麻で捕まり、文也は堀北真希と結婚し……なんだか、時の流れを感じますね。小梅はよく知りません。 (文=どらまっ子AKIちゃん)テレビ朝日系『はじめまして、愛しています。』番組サイトより
『はじめまして、愛しています。』とことん善人な江口洋介が“アレ”じゃなきゃいいけど……
『家政婦のミタ』(日本テレビ系)で最終回40%という、とんでもない視聴率を叩き出したと思ったら、『純と愛』(NHK)、『○○妻』『偽装の夫婦』(ともに日本テレビ系)ではトンデモ展開で視聴者を混乱の極みに陥れた脚本家・遊川和彦の最新作『はじめまして、愛しています。』(テレビ朝日系)がスタートしました。初回視聴率は10.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、まあまあな感じ。初回10%が「まあまあ」と感じるあたり、昨今のドラマ離れを実感するところです。 主人公は、底抜けに明るい不動産営業マン・梅田信次(江口洋介)と、自宅でピアノ教室を営む妻・美奈(尾野真千子)。「美奈がプロのピアニストを目指しているから」という理由で、2人に子どもはありませんでしたが、互いを「信ちゃん」「美奈ちゃん」と呼び合う仲良し夫婦。 そんな夫婦宅の庭に、忽然と現れた知らない子どもに運命を感じた2人が、その子と特別養子縁組しようとする物語です。 特別養子縁組というのは、実子として戸籍に入り、養親からの離縁はできない制度で、6カ月以上の試験養育期間を経て裁判所の審判によって成立するもの。簡単にいえば、気持ち的な問題だけでなく法律上でも「よその子と本当の家族になる」ということですね。 美奈ちゃんは、ピアニストとしてまったく優秀ではありません。10代から受け始めたコンテストは、35歳になる現在まで49連敗中。父親が大物コンダクターなので、たまにオーケストラで弾く仕事を請けても「親の七光りだろ」という視線に苦しむだけ。さらに、ピアノ教室を開いているのに子どもとのコミュニケーションも苦手です。 一方、信ちゃんは「コミュニケーションお化け」です。困っている人がいれば助けてあげずにはいられないし、余計な世話を焼いて迷惑を被ることもしばしば。町中の人はだいたい知り合いという感じです。 そうした人物像が実に手際よく紹介されていて、さすがベテラン脚本家。すんなりとキャラクターが入ってきました。 そして、いきなり姿を現した孤児(横山歩)が、全然かわいくない。これが、ドラマ的にすごく正しい感じがしました。2人が孤児を養子にする理由から、「かわいいから」が、まず排除されるんですね。この子が「別にかわいくない」からこそ、「養子にする」という決断に相応の理由が必要になる。 その理由を、信ちゃんは「運命」だと言い張ります。なぜだかわからないけれど、この子は2度も自宅の庭に現れた。だから「運命」を感じるのだと。当然、美奈ちゃんは渋りまくりです。 フィクションの世界で、説得力をもって「運命」を描くのは、実に難しいことです。そもそもドラマというのは全部ウソですから、主人公が「運命」だと言った瞬間に、それはドラマの都合で「運命」になってしまう。けれど、それでは視聴者は納得しない。この「運命」が「運命」であることを形をもって納得させるのが、ウソの中で本当を見せる脚本家の仕事になるわけです。 そこで「運命」を扱うドラマには「サイン」というものが登場することになります。登場人物の認識や感覚、記憶といったものが偶然共通し、そこに意味らしきものが宿ったときにだけ、「運命」は形をもって画面に現れることになるのです。 今回、この「サイン」の表現が素晴らしかった。 もともと夫婦を結びつけたのは、美奈ちゃんのピアノでした。コンテストではまったく評価されない美奈ちゃんのピアノですが、信ちゃんにとっては世界一でした。若いころの信ちゃんは、自分が紹介した部屋で美奈ちゃんが弾くピアノの音色に救われたのでした。 そして、孤児がこの家を訪れた理由も、まさに美奈ちゃんのピアノなのでした。美奈ちゃんがピアノの練習をしているときにだけ、孤児は施設を飛び出してこの家に現れるのです。 ここまででもじゅうぶんに「サイン」ですが、一言も口をきかない孤児は、美奈ちゃんがピアノを弾いて聞かせると、鍵盤ににじり寄って「ド」の音を鳴らします。 それに合わせて、美奈ちゃんが「ドレミの歌」を歌うシーンがあります。 「ド」は、ドーナツの「ド」。孤児が初めて庭に姿を現したとき、美奈ちゃんが差しだしたのがドーナツでした。 「レ」は、レモンの「レ」。美奈ちゃんの作るレモネードは親族一同に大評判で、梅田家にはいつもレモンが常備されています。 「ミ」は、みんなの「ミ」、「ファ」はファイトの「ファ」。子のいない夫婦と見知らぬ孤児が、声を重ねて歌います。 「ソ」は青い空。ホームで暮らす信ちゃんのお母さんによると、美奈ちゃんがお見舞いに来る日は「いっつもバカみたいに青空」なんだそうです。 「ラ」は、ラッパの「ラ」。信ちゃんはいつも、ラッキーアイテムとしてラッパの玩具を持ち歩いていました。マンションの内見に来たお客さんの連れていた赤ちゃんは、そのラッパを吹くと途端に泣き止みました。 「シ」は幸せよ。身元のわからない子どもは、最終的に自治体の首長が名前を付けることになります。最近では、「幸」の字を入れた名前を付けるケースが多いんだそうです。 「さぁ、歌いましょう」 美奈ちゃんと孤児が、ともに歌うのです。 「さぁ、歌いましょう」 劇中、まったく無関係に思えた小さなアイテムや心象描写が、意味を持ってクライマックスの「サイン」として作用し、明確に「運命」を演出したのでした。さすがベテラン脚本家。圧巻のストーリーテリングです。 児童相談所の堂本(余貴美子)によれば、養子を取るのは簡単なことではありません。養子たちの中には、養親の愛を試す「試し行動」として海苔しか食べなかったり部屋を散らかしたり、赤ちゃん返りをしたりといった問題行動を起こす子も少なくないんだそうです。そして、その負担は主に母親となる美奈ちゃんにかかってくると言います。「地獄の毎日が待っている」と。 それに対し、美奈ちゃんは「母親になる自信がありません」と言いながらも、誰よりもこの子のために何かしようとする信ちゃんを信じて、特別養子縁組を申請することを決意しました。 決心を前に、正論で説得しまくる信ちゃんに、美奈ちゃんは「そうやって反論しづらいこと言わないでよ」と、困惑していました。 正しいことが、なんなのか。困っている人が目の前にいたら、どうすべきか。それはみんなわかっています。それをやるのか、やらないのか、それがこのドラマのテーマになっていくような気がしたセリフでした。 かように、とても充実した初回だったと思います。 そして、不安になるんです。これは遊川のドラマだぞ、と。 とことん善人に描かれた信ちゃんのキャラクターでしたが、とことん善人のままハッピーなエンドになる気がしないんですね。 どうしても養子を取りたい信ちゃんの本当の狙いが、孤児のアナルだったとしたら……要するに、同じ江口洋介主演の映画『闇の子供たち』(2008年)ですね。あの作品では、タイにおける子どもの性搾取撲滅に燃える正義感バリバリの新聞記者を演じた江口が、最後の最後で重度のショタペドだったことが明かされました(ネタバレごめん)。このドラマ、そうならないといいけどなーと思うんですよ。実際、養親による養子に対する性的虐待だって、ない話じゃないですし。夫婦に実子がいない理由も、本当は信ちゃんが「実の子に手をつけてしまう」ことを恐れている、とかだったりしてね。ホント怖いけど。まさかホームドラマで、そこまでするとは思わないけど。 それはそれとして、江口の気が触れたかのような“スーパーポジティブキャラ”は、『ひとつ屋根の下』(1993年/フジテレビ系)のあんちゃんを彷彿とさせて懐かしい思いもしましたね。あれからもう23年です。そういえばチイ兄ちゃんも先日、映画『そして父になる』(2013年)で、親子の血のつながりについていろいろ悩んでいました。その間、小雪は覚せい剤で捕まり、和也は大麻で捕まり、文也は堀北真希と結婚し……なんだか、時の流れを感じますね。小梅はよく知りません。 (文=どらまっ子AKIちゃん)テレビ朝日系『はじめまして、愛しています。』番組サイトより
全編を貫く「イケメンは正義」という哲学……フジ月9『好きな人がいること』は、ほぼエロゲ
夏ですねえ~。今クールのフジテレビ月9は桐谷美玲主演の『好きな人がいること』。初回視聴率は10.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)でした。ちなみに月9史上最低の数字を叩き出した前クール『ラヴソング』の初回は10.6%でしたので、なかなかゾっとするスタートです。 とはいえ、今作と同じチームで制作された、ちょうど1年前の夏クール『恋仲』(主演・本田翼)の初回は9.8%、全話平均では10.8%まで持ち直していますので、もしかしたら大丈夫な気がしないでもありません。 というわけで、さっそく第1話を振り返ってみたいと思います。 先に言っておきますが、この作品は完全にエロゲでした。男女を入れ替えると、くっそエロい設定となっております。なので、試しに男女を入れ替えてストーリーを紹介してみたいと思いますよ。 主人公(桐谷美玲)はだんご屋に生まれてパティシエをしている27歳の非モテくん。見た目にも気を使ってないし、4年もキスしてないのでくちびるがカサカサになっています。ガリガリにやせていて、無職です。 そんな主人公、ツレが女としけこんでしまい、飲み屋にひとり残されてしまいます。周囲はカップルだらけだし……と、やさぐれて入ったトイレでカギが壊れ、閉じ込められてしまいました。閉店時間が迫り、外から店員さんの呼ぶ声が。閉じ込められていることを大声で伝えると、店員さんがドアを蹴破って助けてくれました。助けてくれたのは……あ! 昔好きだった年上の美女・千秋(三浦翔平)さん! 運命的な再会を果たすのでした。 千秋さんに、つい「五つ星ホテルでパティシエをしている」とウソをついてしまった主人公。夏の間は厨房が改装で休みなのだとウソを重ねると、「じゃあ湘南のウチの店で、泊まり込みで働きなよ」という超展開。美女の隣の部屋で暮らすことになり、半勃起です。 憧れの美女と思いがけない同棲生活を送ることになり「絶対キスするぞ!」と、気合満点のガリガリ無職。カサカサのくちびるにリップクリームを塗り込んで、その日を待ちます。「リア充への道はインスタから!」と、アカウントを取得すると「恋するぞ」「キスするぞ」みたいな痛い書き込みを世界中に公開したりしています。 いざ、その日を迎え、湘南へ。ビーチでインスタ用の写真を撮ろうと、そこらへんにいたサーファー美女・夏向さん(山崎賢人)に携帯を渡しますが、どうやらこの美女はツンツンキャラ。いわゆる「初対面の印象が最悪」担当のようです。攻略のしがいがありそう! その後、夢の同棲生活を送る家へ。玄関を見上げていると、年下美少女・冬真ちゃん(野村周平)が背中から抱きついてくるという、またしても超展開。聞けば冬真ちゃんは千秋さんの妹で、一緒に暮らすんだそうです。 主人公が洗面所に入ると、夏向さんが素っ裸のおまんまん丸出しで平然と立っています。サーフィンから帰ってきてたのね。 というわけで、憧れの年上美女と、ツンツン美女と、年下美少女と、4人で暮らすことになったわけです。 千秋さんは昔と一緒でとっても優しいのですが、夏向さんは全然振り向いてくれません。ところが、主人公がお風呂上がりに鏡を見ながら色気づいていると、ずんずん脱衣場に入ってきて、ぐいっと顔を近づけてきます。 「どストライクだわ……」 鼻息がかかるような距離で、そうつぶやく夏向さん。完全にキスフラグかな? と思ったら、「キスしたいキスしたいキスしたい」という下心を見抜かれてしまいました。夏向さんは自分が美女であることをよーく理解した上で、こういうことをしてくるんですね。弄んでくれます。ますます攻略のしがいがありそう! そんな夏向さんは、主人公が働くことになったレストランの天才シェフ。仕事を舐めてるヤツが大嫌いです。主人公は、なんとか自分のケーキを認めてもらおうと付きまといますが、「女なら誰でもいいのかよ」と、つれない態度。とにかく、主人公が女目当てで転がり込んできたことが許せません。そりゃそーだ。 恋も仕事も下心も一生懸命の主人公、がんばってケーキを作って夏向さんに食べてもらおうとしますが、夏向さんは、あくまで拒否。勢いで、主人公の作ったケーキを床に落としてしまいます。 これには下心丸出しガリガリ無職も、さすがに激怒。ところが、夏向さんに強引にキスされてしまい……。 夏向さん、あのインスタ見てたんですね。「キスするまで帰ってくるなよ!」みたいなやり取りを見て、「キスしてやったんだから、帰れバカ」というわけです。 ああ、美女から強引なキス……。ぽややややーん。主人公、振り払うことができません。相手は美女ですし、4年ぶりですし。気を取り直し、店を飛び出してはみたものの、行くあてはありません。 一方、店では千秋さんにたしなめられた夏向さんが、主人公のレシピノートを眺めています。自分のメニューに合わせようと、よく研究していることを知りました。下心だけじゃなく、ケーキにも真剣なのね、ということを理解すると、主人公を探しに夜の町に飛び出します。 キスもしてくれたし、夜の町を探し回ってくれるし、もう攻略できたも同然です。これだからツンデレはチョロイよね。 そんな主人公を、夏向さんより一足早く見つけてくれたのは、憧れの千秋さんでした。とことん優しく、自分のことを理解してくれて、バイクの後ろに乗せてくれて、「しっかりつかまって」なんて腕をグッと引き寄せてくれて、こちらもフラグが立ちまくりです。体温が伝わってきますよ。夏ですし、汗のにおいもね。 それでも、その夜思い出すのは夏向さんとのキスのこと。くちびるをナデナデしながら自慰にでもふけろうとしていると、廊下から物音が。見ると、おにぎりです。なんと、夏向さんが夜食に作ってくれたのでした。はい、落ちたー。 そういうわけで、夏向さんは相変わらずツンツンな態度ですが、一緒に働いてもらえることになりました。一方、千秋さんは超絶イケメンと結婚式場に入っていって……というお話の、全部の男女を逆転したのが第1話でした。美女はイケメン、美少女は美少年で変換してくださいね。 これね、完全にエロいです。全編を「イケメンは正義」という哲学が貫いているので、桐谷が「キモ!」というリアクションを取ることが決してありません。山崎賢人の風呂場壁ドン&強引キスも、三浦翔平とのバイク2人乗りも、野村周平の背中抱きつきも、桐谷とイケメンとの肉体的接触が、すべて疑似セックスとして描かれています。美少女ゲームで登場キャラすべてが攻略対象であるように、このドラマの3人は、桐谷にとって全員が「ヤレる相手」として登場しているのです。あとは好きなルートを選んで、攻略するだけ。 レストランを買収しに来た実業家・東村(吉田鋼太郎)が千秋に言います。 「飼い慣らされた犬より、警戒心の強い野良犬のほうが好きだ。懐いたときの感動が、まるで違いますから」 そういう意味では、夏向にはもう少しツン一辺倒でいてほしかったところですけどね。 というわけで、この肉欲丸出しガリガリ無職が、いかにしてその欲望を満たしていくか、この夏、しっかり追いかけていきたいと思いますよ! (文=どらまっ子AKIちゃん)フジテレビ系『好きな人がいること』番組サイトより
福山雅治、轟沈──!フジテレビ『ラヴソング』は、なぜ“史上最低の月9”になったのか
フジテレビ月9『ラヴソング』最終話は視聴率9.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)。全話平均は8.4%と、月9史上最低の結果になりました。 前クールの『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』で、9.7%と初めて2ケタを割り込んだのに続き、連敗となった同枠。『いつ恋』では盛んに「それでも若年層は熱を持って見ている」「評価は高い」とアピールされていましたが、『ラヴソング』は内容的にも惨敗だったと思います。今までの月9を全部見ていたわけではないですが、名実ともに「史上最低の月9」だったのではないでしょうか。 というわけで、最終話です。 第8話で佐野さくら(藤原さくら)の喉にガンが見つかるというアクロバティックな展開を登場させたことで、この作品は第1話~第7話までの伏線を回収しつつ、8・9話でひん曲げてしまったプロットを、なんとかしてエンディングに落とし込む必要が出てしまいました。この最終話は、『ラヴソング』1~7話と『ラヴソング』8・9話という2本のドラマを同時に終わらせなければいけないという、ものすごい無理難題が課せられたわけです。 まあ、そんなことできるわけなくてね。 吃音の少女が親友・真美(夏帆)の結婚式でスピーチをするために、勇気を持って治療を始める。その治療の過程で元ミュージシャンの神代(福山雅治)に出会い、歌を歌うことに目覚め、歌に支えられて成長し、ついにその日を迎える。1~7話のクライマックスである結婚式は、最終回開始5分で処理されました。 続いて、喉のガンによって声を失うかもしれない。先延ばしにすれば命にもかかわる。その手術も「無事終了」ということで、こちらもあっさり解決。ここまで16分です。 たった16分で、お話はだいたい全部終わりました。あとは、全話を通じて脚本を紆余曲折させながらあちこちにバラ撒かれた伏線を回収して、辻褄を合わせるだけの時間に費やされます。もう誰が主人公とか関係ありません。というか、もう辻褄を合わせる努力も放棄しているように見えました。それっぽく、それっぽく。ただそれだけ。 退院後、さくらは姿を消します。真美によれば、結婚式のときには出ていくことを決めていたそうです。結婚式の直前、さくらは空一(菅田将暉)と同棲していました。遊園地デートしたり、路上ライブしたりもしました。神代と一緒に新曲「soup」も完成させました。それからたった数日の間に、夜逃げを決意したんだそうです。 空一には「気持ちに応えられない」、真美には「先生(神代)への気持ちを絶ち切れない」と書き残し、さくらはどこかへ行ってしまいました。 真美は、「さくらの気持ち、知ってたんでしょ!」と神代を突き飛ばします。どうやら神代は知ってたみたいですけど、わたしたち視聴者はよく知りません。遊園地で、路上ライブで、空一と過ごすさくらは楽しそうだったし、少し前には海辺で子どもに「わたしは強くなった」「わたしは幸せだ」なんて偉そうに説教してたし。直後に姿を消すようなことをすれば、あの子どもにもウソを言ってたことになりますからね。あの子どもは幼少期のさくら自身だったはずなのにね。 前回、第9話はストーリーが完全に破たんしているにもかかわらず、そこそこ泣けました。それは、さくらのガンが、施設で一緒に育った3人に同じ重みで降りかかった悲劇だったからです。この3人がお互いを自分のことのように考えていたからこそ、その感情のぶつかり合いに重みが出たんです。そこに、3人の「今まで」が現出したんです。親のない子たちだけが共有しているであろう「断ちがたい絆」が見えたんです。だから泣けたんです。 それも放り投げちゃうんだもんなぁ。これ、つらいですよ。案の定ワケのわからない空一はゾンビと化して「さくらー! さくらー!」と夜の町をさまよい歩くしかありませんでした。 で、もうあとは、ちゃちゃっとアレしてハイ! って感じですね。まったく泣けない。いろいろ飲み込んで、あとは泣く準備だけしてたのに、泣けない。あー。 だいたいさー、第1話でさー、タバコ吸わせたりバイクの運転や言葉遣いが乱暴だったり、さくらというのは「吃音だけど、かわいそうじゃない」「同情されたくない」キャラクターという設定が打ち出されていたわけですよ。演出も脚本も「悲劇ではありません」という部分だけは非常に強くアピールしていた。それが終わってみればガンだもんねー、もうね、何を信じていいのやら。 ■無駄なキスシーンがすべてを壊した? お話としては、やっぱり分水嶺は第4話だったと思うんです。3話のクライマックスのライブまでは実に丁寧に作られていて、放送前にさんざん「キモい」と指摘されていた藤原さくら(20)と福山雅治(47)の恋愛についても「陽性転移」という専門用語を持ちだすことで、展開しそうになっていたんです。「陽性転移」の反対語はたぶん「本物の恋」でしょうから、ドラマチックな匂いがしていました。 推測ですけど、あくまで推測ですけどね。 4話の空一とのキスシーンが最初のイレギュラーだったんじゃないかなぁ。テコ入れのために、4話のCMにキスシーンを挿入する必要があったんじゃないかと。もともとは、3話のライブにスカウトに来ていたグリスターミュージックと契約する話で、それを、なんとか4話のうちに2人にキスをさせなければならなくなり、きっかけ作りのために反故にしてしまったんじゃないかと。 そう考えると、いろいろ収まるんですよね。グリスターの取締役・桑名(りりィ)は神代と元恋人・春乃の過去についていろいろ知っている人物でした。つまり、桑名の出番が減れば減るほど、春乃について説明される機会が減るということです。この桑名が、あっという間にいなくなっちゃったことで、結局最後まで春乃については説明不足のまま、ドラマの中でなんの役割も果たせませんでした。 神代は春乃とさくらを重ねている節がありましたので、春乃について理解が進まないことには、神代のさくらに対する執着にも説明がつかなくなります。夏希の別人格が登場してさくらを攻撃しだしたときも、春乃と神代に何があったのか説明されていなかったので唐突に見えました。 シェリル(Leola)も、もしかしたらグリスターのトップアーティストだったのかもしれませんね。たとえば映画『ドリームガールズ』(2006)のジェニファー・ハドソンとビヨンセみたいなライバル関係として登場する予定だったのかもしれない。まあ、今となってはどうでもいいですけど。 CMのためにストーリーを壊すって、そんなことあるのかって常識的には思いますけど、ありそうなのが今のフジテレビなんですよねえ。推測ですけど。 ■もっとしっかりゴリ押して! もうひとつ、もともとグリスターだったんじゃないかという根拠があります。 佐野さくらは「天賦の歌声をもつ女性」として登場する予定だったんですね。これは公式に発表されていたことですし、現にグリスターのスカウト・水原(りょう)も、すぐに目を付けていたし、演出的にも3話で難曲「Summer time」を歌わせたのは、そういうことでしょう。 ところがグリスターとの契約が反故になったことで、さくらの歌声がプロの音楽家たちにとって「なんとしても世に出さなければならない絶対的な才能」ではなくなってしまった。デビューさせてもさせなくても、別にどっちでもいい程度の「天賦」だったということになっちゃったんです。 しかも、シェリルがトップレコーズの所属として登場したことで、冴えない一発屋だったはずの神代のほうが、さくらより音楽的な才能が優れていることになっちゃった。ドラマの中で、誰も「さくらこそが天才だ」と言わない。神代がさくらに「歌わせたい」動機も、「歌声」そのものではなく「歌いたいんだから歌わせたい」というカウンセラー的な思いやりになってしまっていたし、最終的には「恋」ってことになってるし。恋って。 少なくとも、企画段階でね、アミューズにとって藤原さくらは「なんとしても世に出さなければならない絶対的な才能」だったはずでしょう。そういうドラマを作るために、ゴリ押ししたわけでしょう。世間からのキャスティングに対する反発も、歌の実力で跳ね返しつつあったのに、ドラマ自体が「そんな上手くないかも」と言い出したんだもん。実は、これがいちばん残念なことでした。歌、いいんだから、もっとしっかりゴリ押して! と思ったんです。 どうあれ、さくらの歌声がドラマの中心に屹立してさえいれば、どうにかなったような気がするんです。歌の力、音楽の力が人を変えるドラマだというなら、そういう物語であるべきだと思うんです。 ■じゃあ、具体的にどうすればよかったのか? 知りませんよ。帰ったら『ドリームガールズ』のDVD見ようと思います。以上です、編集長! (文=どらまっ子AKIちゃん)フジテレビ系『ラヴソング』番組サイトより
フジテレビ月9『ラヴソング』視聴率0.6%アップと引き換えに“失ったもの”
フジテレビ月9『ラヴソング』第9話。視聴率は8.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と“微増”しましたが、もはや全話平均の月9史上最低記録更新は免れない感じです。 今回、脚本は第5話と同じ神森万理江さん。そもそも“「フジテレビヤングシナリオ大賞」の倉光泰子さんによるオリジナルストーリー!”という触れ込みで始まった同作ですが、ちょっと話がブレるたびに神森さんが登板してきて、なんだか現場の裏側を垣間見る思いです。まあ、今をときめく三谷幸喜大先生だって『振り返れば奴がいる』(1993)のときに脚本をムチャクチャにされて、その反動で『ラヂオの時間』を書いたということもありましたので、フジテレビではよくあることなのかもしれません。 そんなこんなで第9話、振り返っていきたいと思います。 前回、喉にガンが見つかったことで「吃音なんて、たいしたことないや!」と、第1話に提示されたドラマのモチーフを放り出してしまった同作。案の定、懸案の「結婚式のスピーチ」は、手術で声が残るかどうか、間に合うかどうかの時間軸の問題にすり替わってしまいました。 さくら(藤原さくら)は、気持ち的にもう吃音を乗り越えていますので、このスピーチの成否は脚本家の“神の手”でどうにでもなります。手術を成功させてドモリながらも堂々とした感動のスピーチをさせてもいいし、失敗させて悲嘆にくれさせてもいい。いっそのこと、さくらをガンで殺してしまって、結婚式では録音テープを流すという「草太兄ちゃん方式(@『北の国から』)」でもいいかもしれません。あれ、泣けるよね~。 いずれにしろ、この連ドラのクライマックスになるべきスピーチに主人公の意志や心の機微は一切関係なくなったので、もう藤原さくらに複雑な演技プランは必要ありません。「歌いたい」と「真美に幸せになってほしい」と「手術怖い」だけやっとけばオッケーです。 同様に、空一(菅田将暉)と真美(夏帆)も“親友の声が出なくなる問題”によって、ほかのことがどうでもよくなったので、おのずとテンションの高い芝居だけしていれば成立するシーンが続きます。わりと丁寧にネタ振りされていた空一の“年上女問題”も、真美の“旦那の両親問題”も、あっという間に解決です。 で、これがちょっと、いい方向に出てしまっているように感じたんですね。さくら、空一、真美という幼なじみ3人組の演技合戦が熱を帯びて、見ているだけでジーンとしちゃうんです。登場人物にとっても視聴者にとっても、いろんなことがどうでもよくなっちゃったおかげで、それっぽいセリフが熱っぽくやり取りされていると「いい芝居を見ている」という幸福感だけが伝わってくるようになったんです。結果『ラヴソング』第9話は、ちょっと泣けるんです。 わたしたち視聴者はズルいですし、文句を言うためにドラマを見ているわけじゃないですからね。これを「お涙チョーダイ闘病物語」だと一度受け入れしてしまえば、ありもしないセリフの行間を勝手に脳内補完しながらウルウルできる。そういうテンプレートは頭の中に山ほどありますから、プロの役者が芝居をして、プロのカメラマンが撮って、それっぽく編集された映像を見ていれば、泣けてくるんです。ドラマを見て泣くのはとても気持ちがいいし、せっかく見てるんだから気持ちよくなりたいし。 だってもうね、物語は本当にムチャクチャになってしまったと思うんですよ。 第8話から登場したシェリル(Leola)なんて、最初から最後まで何がやりたいのか全然わからないブレブレっぷりだし、さくらの喉の主治医・増村(田中哲司)は患者本人より先にみんなに「さくらはガンです」「声が残る確率は10%です」とか言いふらすし、いざさくら本人へは診察室じゃなくロビーで告知するし、夏希(水野美紀)は自分が死んだ姉と神代(福山雅治)との因縁にいちばん固執してたくせに、今回は神代に「お姉ちゃんのことは忘れて」みたいなこと言うし。志津子(由紀さおり)は看護師さんに当たり散らして「神代を呼べ!」状態だったのに、謎の投薬でも受けたのか「あなたはここにいるべき人じゃないでしょ」とか言って神代の背中を押してみたり……例を挙げれば本当にきりがないけれど、『ラヴソング』はもうダメなんです。 今回、1話目からちゃんと見てきた視聴者がフォローすべきストーリーは特にありません。福山雅治はただ、菅田将暉の熱演を引き立てるだけの“4番手”あたりの脇役に成り下がりました。第2話でキチンと張られた「7秒の勇気が世界を変える」の伏線も、めっぽう雑に回収されました。最後の噴水広場のライブもまったく意味わからないけど、もういいです。視聴率も上がったし、泣ける成分も増えたし、これが正解ってことなんでしょう。『ラヴソング』が、ここ数話で“失ったもの”についての話は、もうやめにします。 さあ、次回は最終回。号泣する準備はできている! (文=どらまっ子AKIちゃん)フジテレビ系『ラヴソング』番組サイトより
フジテレビ月9『ラヴソング』視聴率0.6%アップと引き換えに“失ったもの”
フジテレビ月9『ラヴソング』第9話。視聴率は8.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と“微増”しましたが、もはや全話平均の月9史上最低記録更新は免れない感じです。 今回、脚本は第5話と同じ神森万理江さん。そもそも“「フジテレビヤングシナリオ大賞」の倉光泰子さんによるオリジナルストーリー!”という触れ込みで始まった同作ですが、ちょっと話がブレるたびに神森さんが登板してきて、なんだか現場の裏側を垣間見る思いです。まあ、今をときめく三谷幸喜大先生だって『振り返れば奴がいる』(1993)のときに脚本をムチャクチャにされて、その反動で『ラヂオの時間』を書いたということもありましたので、フジテレビではよくあることなのかもしれません。 そんなこんなで第9話、振り返っていきたいと思います。 前回、喉にガンが見つかったことで「吃音なんて、たいしたことないや!」と、第1話に提示されたドラマのモチーフを放り出してしまった同作。案の定、懸案の「結婚式のスピーチ」は、手術で声が残るかどうか、間に合うかどうかの時間軸の問題にすり替わってしまいました。 さくら(藤原さくら)は、気持ち的にもう吃音を乗り越えていますので、このスピーチの成否は脚本家の“神の手”でどうにでもなります。手術を成功させてドモリながらも堂々とした感動のスピーチをさせてもいいし、失敗させて悲嘆にくれさせてもいい。いっそのこと、さくらをガンで殺してしまって、結婚式では録音テープを流すという「草太兄ちゃん方式(@『北の国から』)」でもいいかもしれません。あれ、泣けるよね~。 いずれにしろ、この連ドラのクライマックスになるべきスピーチに主人公の意志や心の機微は一切関係なくなったので、もう藤原さくらに複雑な演技プランは必要ありません。「歌いたい」と「真美に幸せになってほしい」と「手術怖い」だけやっとけばオッケーです。 同様に、空一(菅田将暉)と真美(夏帆)も“親友の声が出なくなる問題”によって、ほかのことがどうでもよくなったので、おのずとテンションの高い芝居だけしていれば成立するシーンが続きます。わりと丁寧にネタ振りされていた空一の“年上女問題”も、真美の“旦那の両親問題”も、あっという間に解決です。 で、これがちょっと、いい方向に出てしまっているように感じたんですね。さくら、空一、真美という幼なじみ3人組の演技合戦が熱を帯びて、見ているだけでジーンとしちゃうんです。登場人物にとっても視聴者にとっても、いろんなことがどうでもよくなっちゃったおかげで、それっぽいセリフが熱っぽくやり取りされていると「いい芝居を見ている」という幸福感だけが伝わってくるようになったんです。結果『ラヴソング』第9話は、ちょっと泣けるんです。 わたしたち視聴者はズルいですし、文句を言うためにドラマを見ているわけじゃないですからね。これを「お涙チョーダイ闘病物語」だと一度受け入れしてしまえば、ありもしないセリフの行間を勝手に脳内補完しながらウルウルできる。そういうテンプレートは頭の中に山ほどありますから、プロの役者が芝居をして、プロのカメラマンが撮って、それっぽく編集された映像を見ていれば、泣けてくるんです。ドラマを見て泣くのはとても気持ちがいいし、せっかく見てるんだから気持ちよくなりたいし。 だってもうね、物語は本当にムチャクチャになってしまったと思うんですよ。 第8話から登場したシェリル(Leola)なんて、最初から最後まで何がやりたいのか全然わからないブレブレっぷりだし、さくらの喉の主治医・増村(田中哲司)は患者本人より先にみんなに「さくらはガンです」「声が残る確率は10%です」とか言いふらすし、いざさくら本人へは診察室じゃなくロビーで告知するし、夏希(水野美紀)は自分が死んだ姉と神代(福山雅治)との因縁にいちばん固執してたくせに、今回は神代に「お姉ちゃんのことは忘れて」みたいなこと言うし。志津子(由紀さおり)は看護師さんに当たり散らして「神代を呼べ!」状態だったのに、謎の投薬でも受けたのか「あなたはここにいるべき人じゃないでしょ」とか言って神代の背中を押してみたり……例を挙げれば本当にきりがないけれど、『ラヴソング』はもうダメなんです。 今回、1話目からちゃんと見てきた視聴者がフォローすべきストーリーは特にありません。福山雅治はただ、菅田将暉の熱演を引き立てるだけの“4番手”あたりの脇役に成り下がりました。第2話でキチンと張られた「7秒の勇気が世界を変える」の伏線も、めっぽう雑に回収されました。最後の噴水広場のライブもまったく意味わからないけど、もういいです。視聴率も上がったし、泣ける成分も増えたし、これが正解ってことなんでしょう。『ラヴソング』が、ここ数話で“失ったもの”についての話は、もうやめにします。 さあ、次回は最終回。号泣する準備はできている! (文=どらまっ子AKIちゃん)フジテレビ系『ラヴソング』番組サイトより
まだ史上最低ペース! フジテレビ月9『ラヴソング』7.4%も、ストーリー“大迷走”で……
フジテレビ月9『ラヴソング』も、クライマックスに差し掛かって第8話。視聴率は7.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、前回前々回の6.8%からちょびっとだけ改善したものの、相変わらず月9史上最低ペースの低空飛行です。フジテレビの亀山千広社長は先週の定例会見で「まだ反省しないでいいから、今まで見てた人を大事にね」的なことを言ってましたが、ホントそう思います。大事にしてほしい! というわけで、今回はさくら(藤原さくら)の喉に悪性の腫瘍が見つかります。幸い転移はしていないそうですが、声帯を摘出する可能性もあるそうです。切開してみないとわからないって。早く手術しないと、命にかかわるって。 いや、もうね。ホントに、今まで見てた人を大事にしてほしいんですよ。 このドラマは、吃音の少女が悩みながら生きていく話だったはずでしょう。少なくとも前回までは、そうだったんです。一人の少女の「生きづらさ」の話だったんです。吃音で悩んで、他人とうまくコミュニケーションを取れなくて、頼りにしてた親友も結婚することになっちゃって、好きになった大人の男にもフラれて、それでも「生きていかなくちゃいけない」から、さくらは悩んでいたんです。苦しんでいたんです。そこをどう描くかが、このドラマのストーリーラインだったわけです。 藤原さくらは、新人だし役者でもないのに、よく応えていたと思います。キャスティングについていろいろ言われたけど、百戦錬磨の夏帆(役/真美)や、今もっとも勢いのある菅田将暉(役/空一)を向こうに回して、堂々と演じていたと思う。歌はもちろんすごくいいし、存在感もあるし、もともと翳っている表情をパッと明るく切り替える瞬発力なんか、実に女優然としてきました。 そうして、このドラマは佐野さくらというキャラクターを作り上げてきたはずでした。脚本家や演出家の仕事というのは、自らが作り上げたキャラクターと同じ方を向いて、その人生を一緒に生きて見せることです。そうして視聴者に開かれたキャラクターの人生が何を伝え、見る側に何を残すかというのがドラマという媒体の勝負なんです。 ところが今回『ラヴソング』は、ここまで2カ月かけて作ってきた佐野さくらという人物の喉元にガンを埋め込み、メスを突き立ててしまった。「どう生きていけばいい?」と問い続けてきた佐野さくらに、向き直って「いつでも殺せるぜ」と言い始めたんです。ドラマがキャラクターの生殺与奪を握ってしまった。あと何回あるか知りませんが、視聴者はこの残酷ショーを眺め続けるか、降りるかしかなくなりました。わたしは仕事だから見ますけど、普通もう見ないですよ。 最初から「いつでも殺せるぜ」と言いながら始まった『セカチュー』とか『余命1カ月がどうたら』なら別にいいんです。彼らは最初から「死」と向き合うことを表現するために、わたしたちの前に現れたんです。佐野さくらは、そうじゃなかったよね? そういうことです。『ラヴソング』は、ここで試合を放棄したんです。 そういうわけで、今回から別のドラマが始まることになりました。吃音で、歌が好きで、喉にガンがあって、1カ月後に手術が決まっていて、声を失うかもしれない少女が主人公の、まったく新しいドラマです。リニューアルです。 そのリニューアルを象徴するシーンがあります。結婚が決まってさくらとの同居を解消することになった真美が、さくらに言います。 「(結婚式の)スピーチ、よろしくね」 このセリフの意味が、まるで変わってしまったんです。 これはもともと第1話で、吃音のさくらに設けられた無理難題でした。わたしは期待したんです。真美の結婚式で、さくらはどんなスピーチをするんだろう。それまでに吃音は治るのかな? 治らなくても、堂々とスピーチできるのかな? どんなふうに、その日までを過ごして、その日を迎えるのかな? どうか、逃げ出さないでほしいな、真美もさくらも、幸せになってほしいな……そこまでの、さくらの心の動きを描くための「スピーチをしてほしい」だったはずなんです。 ところが、ガンという設定を追加したことで、スピーチの日まで声帯が残ってるかどうかの話になっちゃった。生きてるか死んでるかの話になっちゃった。 吃音もコミュ障も失恋も、死ぬよりマシです。声を失うよりずっとマシです。さくらがガンになったことで、このドラマが深刻な悩みとして提示してきた数々の問題は、別に深刻じゃなくなったんです。 だからさくらは今回、死ぬことと声を失うこと以外の悩みを、ポンポン解決していくことになります。単独ライブの開催を自ら決定し、いざこざのあった夏希(水野美紀)や、ろくに話したこともない同僚を誘いまくります。「死ぬかもしれない」「声を失うかもしれない」から、そういうことが怖くなくなったんです。 海で偶然出会った吃音に悩む女児(あまりに偶然すぎるので、たぶん妖怪か何か)に対し、さくらはド正面からド正論をぶちかまします。 「お姉ちゃんも笑われたけど、歌に出会って世界が変わった」 「自分を好きになって、前よりも強くなれた」 「怖いものが減ったの」 「私、今幸せだよ」 「強くなれば幸せになれる、絶対に」 「だから強くなりな」 それは本来、最終回にとっておくべき克己だったのでしょう。実に感動的で立派な「スピーチ」でした。 佐野さくらという人物の「ガンにならなかった未来」が描かれることは、もう二度とありません。単独ライブが無事終了した後、空一が抱きしめてキッスしたさくらは、わたしたちの知っているさくらではないんです。だから空一の「やっぱお前のこと好きだわ」の「やっぱ」が意味をなさないんです。彼らが連続した時間を生きていないから。 結局のところ、こういう迷走というのは演出家や脚本家の責任ではないのだろうなと推測するんです。そもそも藤原さくらをオーディションで大抜擢したはずの西谷弘監督はとっくにクレジットから外れていますし、ヤンシナ獲るような脚本家がこんな出鱈目な脚本書くわけないんです。フジテレビのどこかに「なんとかしろよ」と言っている人がいて、その人に誰かが「なんとか頑張ってます」と言うためだけに、こんな変な設定の追加が起こるんでしょう。悲しいことです。 第1話で、さくらが「押し扉」と「引き扉」を間違うシーンが2度出てきました。あのとき、このドラマは、こんなふうに人物を細やかにキャラクター付けしていくんだろうなと思ったんです。その後、どんどん大味になっていったんですが、前回また、1度だけそのシーンがあったんですね。あれを入れたのって、現場の最後の意地だったんじゃないのかなぁ。悲しいなぁ。 ちなみに、神代(福山雅治)はレコード会社からさくらをデビューさせるために変なアイドルの曲を作ることになって、いろいろ葛藤してるみたいですけど、生きるか死ぬか、声を失うかってときにレコードデビューがどうこうって、何言ってんのって感じですよ。はい。次回も頑張って見ます! (文=どらまっ子AKIちゃん)フジテレビ系『ラヴソング』番組サイトより





