やはり、今年も主役はこの男。年末の第60回有馬記念をもって引退するゴールドシップ(6歳)が、ファン投票最終結果で1位を獲得。12万981票は、2位のラブリーデイに8000票近くの差をつけての1位獲得である。 常にファン投票の上位にランクインするゴールドシップだが、この馬、それだけの支持を受けるれっきとした理由がある。「予測不可能」や「天衣無縫」というのが非常にしっくりくるタイプの馬なのだ。 3歳時にはクラシック競走である皐月賞・菊花賞の2冠を達成し、年末の有馬記念も制覇。菊花賞と有馬記念に関しては、向正面くらいからの非常識なロングスパートで勝利し、その心肺機能とスタミナを存分に誇示した。 ただ、4歳になってからというもの、ゴールドシップはファンの度肝を抜く活躍(?)を連発する。 4歳時、ゴールドシップの特性が最も生きるであろう長距離G1・天皇賞・春では、思うように前に進んでいかないまま、単勝1.3倍の圧倒的人気を裏切って5着。思ったほどでもないかも……と思われた宝塚記念を強敵相手に完勝。秋になると、余裕と思われた京都大賞典を5着と取りこぼし、続くジャパンカップは何もできずに15着。連覇を狙った有馬記念では、あのオルフェーヴルに完膚なきまでに叩きのめされ惨敗の3着。この辺でゴールドシップの実力もピークを過ぎたように思えたのだが……。 翌年も天皇賞・春では出遅れもあって完敗、ところが宝塚記念では圧勝劇を演じて史上初の連覇を達成。秋は凱旋門賞に出走して見せ場なく惨敗したが、有馬記念ではしぶとく3着にねばるなど意地は見せた。 6歳になると、そのムチャクチャっぷりは手に負えなくなる。過去惨敗している天皇賞・春では、長時間ゲートを嫌がって「今年もだめか」と思わせつつ最後の最後に伸びて初制覇。これは今年の主役! とファンは思ったかもしれないが、3連覇を狙い大の得意コースである宝塚記念では、歴史に残る「大出遅れ」を演じて15着に敗戦。秋はジャパンカップから復帰し、やる気を出したかと思わせつつ結局伸びないという妙なレースぶりで10着だった。 ファンの思惑をわかっているかのように、常に“逆目”をつくゴールドシップ。可愛らしい顔立ちからは想像できないほど気難しい馬であり、騎手が無理な命令をすれば走るのをやめてしまうほど。他の馬への威嚇もしょっちゅうで、ウィニングランを拒否したり、遊んで人のシャツをやぶいたりとやりたい放題だ。自分の固い意志をもち、逆に非常に頭のいい馬、という評価もある。 彼の父であるステイゴールド、血統の4分の3が同じであるオルフェーヴルもまた、激しい気性と底知れぬ爆発力で人気を博した。ゴールドシップもまた、闘志を燃やした際の爆発力の一端が普段から出てしまっているのかもしれない。 馬券ファンとしては、常に取捨選択の最後のピースになるゴールドシップ。果たしてラストランは何をやってくれるのか。引退の花道となる勝利も見たいが、「これぞゴールドシップ」というトンデモ行動を見せて、最後までファンを笑顔にしてほしい。JRA公式サイト
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受け継いだ「覇王の血」 “元祖イケメンホース”トウカイテイオーの不屈すぎる馬生と「奇跡」
元内閣総理大臣・小泉純一郎氏の次男で、自民党の小泉進次郎衆議院議員がここ数年注目を集めている。圧倒的なキャラクターとオーラを持っていた「覇王」の息子な上、甘いマスクとなれば期待を集めるのも当然である。 競馬に話を変えるのは無理やりかもしれないが、この親子と似た関係性を持った競走馬父子が、かつて存在した。父は「皇帝」と称され、史上初の無敗で3冠(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)を制し、最終的にG1・7勝(歴代最多タイ)を達成したシンボリルドルフ。そして、そのルドルフの初年度産駒であり、G1を4勝したトウカイテイオーである。 1990年~91年、「皇帝の子」として期待を集める1頭であったトウカイテイオーは、デビューから連戦連勝。3戦目から6戦目までの単勝オッズは「1.3、1.2、2.1、1.6」と圧倒的な支持を集め勝利している。5戦目と6戦目は皐月賞・日本ダービーのクラシック2冠競走であり、その大舞台でもまったく危なげなく勝って、父に続く無敗の2冠を達成した。父子2代で無敗の2冠というのは、ルドルフ→テイオー以外にいまだ存在していない。とんでもない記録のはずなのだが、涼しい顔でやってのけるあたりがやはり“王”の名に相応しいといったところか。 ただ、ケガもなくクラシックを走りきったルドルフとは違い、トウカイテイオーはここから、度重なる故障に悩まされることとなる。 日本ダービーを3馬身差で圧勝したものの、レース後に骨折が判明し3冠目の菊花賞は断念。翌年復帰を目指し、リハビリと調整に時間を費やすこととなってしまった。 翌年に復帰したトウカイテイオーは、大阪杯を騎手が追うまでもなく完勝。完全復活を示すとともに、当時長距離戦線において絶対的な強さを誇ったメジロマックイーンと天皇賞春で対決する道を選ぶ。このレースは日本中の注目を集め、新聞には「世紀の対決」という文字がおどった。 結果は、メジロマックイーンが連覇を果たす圧勝。1番人気だったトウカイテイオーは5着に惨敗するとともに、またしても骨折が判明。休養せざるを得なくなった。 復帰戦は、その年の天皇賞・秋だったが、ハイペースに付き合ったのがあだとなり7着。いよいよテイオーにも暗雲が立ち込めたかのように思えてならなかった。 だが、次戦のジャパンカップで、その想像は簡単に裏切られることとなる。10.0倍という生涯最低オッズながらも、トウカイテイオーは外国馬ナチュラリズムとの競り合いを制して勝利。しかも、イギリス二冠牝馬のユーザーフレンドリー、全豪年度代表馬のレッツイロープなど「史上最強メンバー」と称された国際競走での勝利によって、トウカイテイオーは再び日本競馬の頂点に君臨することになった。 だが、ファン投票ダントツの1位で臨んだ有馬記念では、体調不良もあってか終始後方で生涯最低の11着。年明けには左中臀筋を痛めた上、またしても骨折が判明。テイオーはその後、レースから遠ざかることとなる。 復帰したのは、前年以来、364日ぶりの有馬記念だった。ウイニングチケット、ビワハヤヒデなどの新世代、その年のジャパンカップを勝利していたレガシーワールドなど一流馬そろい踏みの中で、陣営はトウカイテイオーに不安を抱いていたそうだ。1年ぶりのレースでは、まともにレースをこなすことすら難しい場合もある。 ただ、トウカイテイオーは自分がレースに出る日をわかっているかのように、当日になって光り輝く馬体に変貌。またがった瞬間、鞍上も勝利を確信したという。 レースは、ねばるビワハヤヒデを押さえ込んでトウカイテイオーの勝利。ほぼ1年ぶり、しかもG1レースでの勝利は、競馬に関わるあらゆる人間の度肝を抜いた。この364日ぶりのG1勝利は、いまだにJRA記録である。想像を絶する「奇跡の復活」に、当日の中山競馬場は興奮のるつぼと化した。 翌年も現役の予定だったが、やはり骨折が判明し、ついに引退。東京競馬場で引退式の後に種牡馬となる。 長いたてがみ、細くまっすぐ伸びた額の流星と顔立ち、しなやかな馬体は極めて高い評価を受けており、現在でもネットで「元祖イケメンホース」といわれている。「強すぎて退屈」とすらいわれた父・ルドルフとは違い、テイオーは常に自身の故障と戦いながら不屈の闘志を燃やした馬として、多大なる人気を集めた。父と同じく顕彰馬となり、殿堂入りしたのも当然である。 そして、ルドルフ→テイオーに続く“3代目”を産むことは最後まで叶わぬまま、25歳でこの世を去った。今は天国で、まぎれもなく“最強の親子”が再会しているかもしれない。 ちなみに、競馬ゲーム『ウイニングポストシリーズ』(コーエーテクモゲームス)では、スーパーホース(架空の競走馬)の1頭に「サードステージ」がおり、トウカイテイオーの仔として登場する。競馬ファンとしても、特別な血のつながりを夢見ずにはいられない存在であることを示す、いい例である。トウカイテイオー 帝王・栄光の蹄跡(関西テレビ)
受け継いだ「覇王の血」 “元祖イケメンホース”トウカイテイオーの不屈すぎる馬生と「奇跡」
元内閣総理大臣・小泉純一郎氏の次男で、自民党の小泉進次郎衆議院議員がここ数年注目を集めている。圧倒的なキャラクターとオーラを持っていた「覇王」の息子な上、甘いマスクとなれば期待を集めるのも当然である。 競馬に話を変えるのは無理やりかもしれないが、この親子と似た関係性を持った競走馬父子が、かつて存在した。父は「皇帝」と称され、史上初の無敗で3冠(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)を制し、最終的にG1・7勝(歴代最多タイ)を達成したシンボリルドルフ。そして、そのルドルフの初年度産駒であり、G1を4勝したトウカイテイオーである。 1990年~91年、「皇帝の子」として期待を集める1頭であったトウカイテイオーは、デビューから連戦連勝。3戦目から6戦目までの単勝オッズは「1.3、1.2、2.1、1.6」と圧倒的な支持を集め勝利している。5戦目と6戦目は皐月賞・日本ダービーのクラシック2冠競走であり、その大舞台でもまったく危なげなく勝って、父に続く無敗の2冠を達成した。父子2代で無敗の2冠というのは、ルドルフ→テイオー以外にいまだ存在していない。とんでもない記録のはずなのだが、涼しい顔でやってのけるあたりがやはり“王”の名に相応しいといったところか。 ただ、ケガもなくクラシックを走りきったルドルフとは違い、トウカイテイオーはここから、度重なる故障に悩まされることとなる。 日本ダービーを3馬身差で圧勝したものの、レース後に骨折が判明し3冠目の菊花賞は断念。翌年復帰を目指し、リハビリと調整に時間を費やすこととなってしまった。 翌年に復帰したトウカイテイオーは、大阪杯を騎手が追うまでもなく完勝。完全復活を示すとともに、当時長距離戦線において絶対的な強さを誇ったメジロマックイーンと天皇賞春で対決する道を選ぶ。このレースは日本中の注目を集め、新聞には「世紀の対決」という文字がおどった。 結果は、メジロマックイーンが連覇を果たす圧勝。1番人気だったトウカイテイオーは5着に惨敗するとともに、またしても骨折が判明。休養せざるを得なくなった。 復帰戦は、その年の天皇賞・秋だったが、ハイペースに付き合ったのがあだとなり7着。いよいよテイオーにも暗雲が立ち込めたかのように思えてならなかった。 だが、次戦のジャパンカップで、その想像は簡単に裏切られることとなる。10.0倍という生涯最低オッズながらも、トウカイテイオーは外国馬ナチュラリズムとの競り合いを制して勝利。しかも、イギリス二冠牝馬のユーザーフレンドリー、全豪年度代表馬のレッツイロープなど「史上最強メンバー」と称された国際競走での勝利によって、トウカイテイオーは再び日本競馬の頂点に君臨することになった。 だが、ファン投票ダントツの1位で臨んだ有馬記念では、体調不良もあってか終始後方で生涯最低の11着。年明けには左中臀筋を痛めた上、またしても骨折が判明。テイオーはその後、レースから遠ざかることとなる。 復帰したのは、前年以来、364日ぶりの有馬記念だった。ウイニングチケット、ビワハヤヒデなどの新世代、その年のジャパンカップを勝利していたレガシーワールドなど一流馬そろい踏みの中で、陣営はトウカイテイオーに不安を抱いていたそうだ。1年ぶりのレースでは、まともにレースをこなすことすら難しい場合もある。 ただ、トウカイテイオーは自分がレースに出る日をわかっているかのように、当日になって光り輝く馬体に変貌。またがった瞬間、鞍上も勝利を確信したという。 レースは、ねばるビワハヤヒデを押さえ込んでトウカイテイオーの勝利。ほぼ1年ぶり、しかもG1レースでの勝利は、競馬に関わるあらゆる人間の度肝を抜いた。この364日ぶりのG1勝利は、いまだにJRA記録である。想像を絶する「奇跡の復活」に、当日の中山競馬場は興奮のるつぼと化した。 翌年も現役の予定だったが、やはり骨折が判明し、ついに引退。東京競馬場で引退式の後に種牡馬となる。 長いたてがみ、細くまっすぐ伸びた額の流星と顔立ち、しなやかな馬体は極めて高い評価を受けており、現在でもネットで「元祖イケメンホース」といわれている。「強すぎて退屈」とすらいわれた父・ルドルフとは違い、テイオーは常に自身の故障と戦いながら不屈の闘志を燃やした馬として、多大なる人気を集めた。父と同じく顕彰馬となり、殿堂入りしたのも当然である。 そして、ルドルフ→テイオーに続く“3代目”を産むことは最後まで叶わぬまま、25歳でこの世を去った。今は天国で、まぎれもなく“最強の親子”が再会しているかもしれない。 ちなみに、競馬ゲーム『ウイニングポストシリーズ』(コーエーテクモゲームス)では、スーパーホース(架空の競走馬)の1頭に「サードステージ」がおり、トウカイテイオーの仔として登場する。競馬ファンとしても、特別な血のつながりを夢見ずにはいられない存在であることを示す、いい例である。トウカイテイオー 帝王・栄光の蹄跡(関西テレビ)

