7日に肺炎のため83歳で亡くなった、放送作家、作詞家と多彩な活躍で知られるタレントの永六輔。 「永さんが以前から闘病していたのは、みんな知っていましたからね。そういう意味では、心の準備もできていたので、追悼番組制作の資料集めも以前から少しずつ動いていたんです。ただ、やっぱり同じラジオマンとしては悲しいですよね」(ラジオ局関係者) 今回の永六輔のように、以前から闘病生活を送っているタレントの死去はまだしも、昨年急死した阿藤快のように、突然の逝去には周囲も対応しきれないという。 「人の生き死にの問題は難しいですから、事前にどれだけ情報をつかんでおくかってことが重要になりますね。そういう意味でいうと、年齢と体調の関係で『笑点』(日本テレビ系)を降板した桂歌丸師匠も心配ですよね。今はまだ『笑点』関連の仕事が続いていますから気も張ってるでしょうが、ひとりでは行動できないくらい、体力は低下しているみたいです。移動も車いすですしね。来月には、神奈川県の横浜高島屋で開かれる『笑点 放送50周年特別記念展』の初日に来場するみたいですから、大勢のマスコミが駆けつけると思いますよ。不謹慎ですが、今後どれだけマスコミの前に出てこられるかどうか、わからないですからね」(ワイドショースタッフ) また、最近はマスコミでも名前が挙がらない元・タイガースの岸部四郎も、体調が心配されるタレントのひとりだという。 「彼の近況は以前、週刊誌で老人ホームに入っているという記事が出たくらいです。ここ最近は、まったく名前も聞かないですからね。これだけ著名人が立て続けに亡くなっているので、岸部さんのほかにも、体調が不安視される田中邦衛さんの近況も調べるようにお達しが出た週刊誌もあるみたいですよ」(テレビ局関係者) 昭和を彩った俳優やタレントたちが亡くなっていくのは、寂しい限りだ――。TBSラジオ『六輔七転八倒九十分』番組サイトより
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「バツ2」報道の故・阿藤快さん“実質バツ3”だった? 気心知れた女性と逢瀬の日々
11月14日に大動脈瘤破裂胸腔内出血のため69歳で亡くなった阿藤快さんが、実は“バツ2”だったことがわかったのは、葬儀後だった。妻とみられる女性がいたことはベテラン芸能リポーターらも把握していたが、数年前に離婚したと知り、皆驚いていた。事実、葬儀を仕切っていたのは、妹や長男だった。 生前の阿藤さんは、住んでいた新宿区界隈でもよく目撃されていたが、確かに家族を同伴していたという話は聞かない。飯田橋駅から近い場所に行きつけの居酒店やラーメン店があったが、ここに出入りするときもひとりだった。 喪主となった長男は、阿藤さんが20代で結婚した最初の妻との子だが、売れっ子になってから離婚。それ以降は、長男とも頻繁に付き合いがあるというわけでもなかったようだ。間もなく再婚した2番目の妻との夫婦生活は、本人の口から語られることはほとんどなかった。仕事先ではとても明るく、テレビ関係者からも非常に評判の良かった好人物だが、私生活は謎に包まれていた。 ただ、阿藤さんと親しかった、元芸能リポーターで現在タレントのマネジメント業務をしている芸能関係者によると「実質バツ3じゃないかな」という話も聞こえてきた。 「昔、荻窪のボロアパートにいて最初の結婚をしたとき、落語家の古今亭志ん生さんが極貧時代に住んでいた、業平のなめくじ長屋といわれるあたりに転居してね。新宿を拠点にしたのは、その後のことだったと思うけど、そのとき、曙橋に15歳ぐらい年下の愛人みたいな女性がいたんだよ。愛人といっても会って楽しく飲むだけという、気の知れた間柄だったらしいけど、彼女との密会は『はみだし』って焼き鳥店に限ってた。ここは客が5~6人しか入れない、知る人ぞ知る店で、店の主人が口の堅い人だったから、私生活も一切、詮索されなかった。10年ぐらい前にその主人が亡くなって、阿藤さんは『彼女と会う場所がなくなった』とこぼしていた。2人は本当に仲が良かったから、もし奥さんと別れることがあれば、この女性と再婚するんじゃないかと思ったほど。でも、その女性も数年前に病気で亡くなった。たぶん、治療費なんかは阿藤さんが出していたんじゃないかなあ」 個性派俳優の阿藤さんは「物欲がない」と話していたが、人気者にしては珍しく自宅も購入せず、気楽に生きていた。表舞台の裏での晩年は、さぞ心地よいものだったのだろう。 (文=ハイセーヤスダ)『阿藤快の商店街ぶらり歩き』(講談社)
追悼──故・阿藤快さんの知られざる“巨根伝説”と、その後継者って?
今月14日に都内の自宅で大動脈瘤破裂胸腔内出血のため亡くなった俳優・阿藤快さんの告別式が21日、神奈川県小田原市の斎場で営まれた。 俳優業のみならず、旅番組のリポーターとしても活躍。「なんだかなぁ~」の名フレーズでおなじみだった。 そんな阿藤さんの知られざる逸話が“巨根伝説”だ。かつて日本テレビ系『スーパーJOCKEY』で共演したガダルカナル・タカは、生着替え中の阿藤さんのイチモツをのぞき、その大きさに仰天したという。 旅番組の温泉シーンでは「前張りをつけないため、湯船には常に巨大な“魚影”が映っていた」(テレビ関係者)とも。 芸能界の“巨根伝説”といえば「銭湯で体を洗う際、床にナニの先端がついた」という故ディック・ミネさんや、「付き人が朝起こしに行くと、股間の部分だけ布団が浮いていた」という西川きよし師匠の名が挙げられるが、阿藤さんもそれに負けない“大物”だったようだ。今の時代、阿藤さんに代わる若手はいるのか――。 これに芸能プロ関係者は「最近だと出川哲朗や“ほっしゃん”こと星野英利の名前が挙げられますが、意外なところだと、タレントのJOYでしょう。過去、某ゴシップ誌で“一戦”交えた女性から『馬のようだった』と形容されていましたから(笑)」と明かす。 ぜひとも、阿藤さんのように人としての器も、アッチのほうも大きな人物が現れてほしいものだ。『熱い想いをこめて』(BONITO LLC)
「決して仕事を断らなかった人が……」故・阿藤快さん、死の直前に見せた“異変”とは
旅番組やグルメのリポーターとしても活躍していた俳優、阿藤快さんが大動脈破裂胸腔内出血により死去。11月15日、東京・新宿区の自宅でベッドの中で亡くなっていたのを、所属事務所の関係者らが見つけた。前日は69歳の誕生日で、この日は午後に北海道で講演を予定していた。 死の前日まで普通に活動していた様子から、突然の訃報となった。旧知の友人や関係者らは、一様に驚きを隠せなかった。ただ、一方で、ここ2カ月ほどは“異変”もあったようだ。 「あの仕事を断らない人が、初めて嫌な顔をしたんですよ。ビックリしました」 こう語るのはテレビ関係者だ。3カ月ほど前、ある収録現場でのこと。予定になかった追加収録が発生した際、阿藤さんはスタッフに「それは聞いてないから、やりたくないなぁ」とボヤいたという。 「偉そうなベテラン俳優ならそういうことは日常的ですけど、阿藤さんは通算20年ぐらい仕事でご一緒させていただいた中で、そんなこと一度もなかったんです。頼まれたら、なんでも引き受けてくださる人だったから……」(前出のテレビ関係者) 同様のことはごく最近、ほかの現場でもあった。7日から全国ロードショーとなった出演作『シネマの天使』では、公開に先立って宣伝用にテレビ出演の仕事があったが、映画関係者によると「(阿藤さんが)いくつか断ったため、ほかの出演者に振り替えた」というのだ。 「阿藤さんは俳優の中でも、バラエティ番組とか畑違いの仕事に嫌な顔を見せない人だったから、いつものように出演作の宣伝に出ていただく予定でいたんです。ところが直前になって『できれば、若い人にやってもらいたい』と、丁重にお断りされたんです」(同) それでも、人の良さで知られる阿藤さんだけに、宣伝として出演した番組はいくつかあったのだが、そこでも、現場でのトークを最小限にしたいとして、ほかの出演者と一緒に出演することになった。 疲れを見せなかった大ベテラン俳優が、ここ2カ月ほどは周囲に「背中が痛い」と語っており、初めて見せた仕事への消極姿勢の原因もこれだった可能性は高い。何しろ、舞台の打ち上げにも参加しなかったというほどだ。 一般的に大動脈破裂は、発生前に周囲の臓器を押すことから、痛みなどの症状が出ることがあるといわれている。死の1週間前にはマッサージを受けるなどしていた阿藤さんだけに、体調不良を我慢しながらの活動だったのかもしれない。 前出の映画関係者は「大変失礼な話ですが、過去に一度もなかった出演への嫌な顔に『うつ病か何かだろうか』と勘違いしてしまったんです。本当におつらい中で出ていただいたんだと思うと、胸が張り裂けそうです」と悲痛な表情を見せた。 葬儀は近親者のみで行うというが、気さくな人柄で親しまれた名優の死を惜しむ声は途絶えない。 (文=片岡亮)『シネマの天使』(日本テアトル)公式サイトより
「決して仕事を断らなかった人が……」故・阿藤快さん、死の直前に見せた“異変”とは
旅番組やグルメのリポーターとしても活躍していた俳優、阿藤快さんが大動脈破裂胸腔内出血により死去。11月15日、東京・新宿区の自宅でベッドの中で亡くなっていたのを、所属事務所の関係者らが見つけた。前日は69歳の誕生日で、この日は午後に北海道で講演を予定していた。 死の前日まで普通に活動していた様子から、突然の訃報となった。旧知の友人や関係者らは、一様に驚きを隠せなかった。ただ、一方で、ここ2カ月ほどは“異変”もあったようだ。 「あの仕事を断らない人が、初めて嫌な顔をしたんですよ。ビックリしました」 こう語るのはテレビ関係者だ。3カ月ほど前、ある収録現場でのこと。予定になかった追加収録が発生した際、阿藤さんはスタッフに「それは聞いてないから、やりたくないなぁ」とボヤいたという。 「偉そうなベテラン俳優ならそういうことは日常的ですけど、阿藤さんは通算20年ぐらい仕事でご一緒させていただいた中で、そんなこと一度もなかったんです。頼まれたら、なんでも引き受けてくださる人だったから……」(前出のテレビ関係者) 同様のことはごく最近、ほかの現場でもあった。7日から全国ロードショーとなった出演作『シネマの天使』では、公開に先立って宣伝用にテレビ出演の仕事があったが、映画関係者によると「(阿藤さんが)いくつか断ったため、ほかの出演者に振り替えた」というのだ。 「阿藤さんは俳優の中でも、バラエティ番組とか畑違いの仕事に嫌な顔を見せない人だったから、いつものように出演作の宣伝に出ていただく予定でいたんです。ところが直前になって『できれば、若い人にやってもらいたい』と、丁重にお断りされたんです」(同) それでも、人の良さで知られる阿藤さんだけに、宣伝として出演した番組はいくつかあったのだが、そこでも、現場でのトークを最小限にしたいとして、ほかの出演者と一緒に出演することになった。 疲れを見せなかった大ベテラン俳優が、ここ2カ月ほどは周囲に「背中が痛い」と語っており、初めて見せた仕事への消極姿勢の原因もこれだった可能性は高い。何しろ、舞台の打ち上げにも参加しなかったというほどだ。 一般的に大動脈破裂は、発生前に周囲の臓器を押すことから、痛みなどの症状が出ることがあるといわれている。死の1週間前にはマッサージを受けるなどしていた阿藤さんだけに、体調不良を我慢しながらの活動だったのかもしれない。 前出の映画関係者は「大変失礼な話ですが、過去に一度もなかった出演への嫌な顔に『うつ病か何かだろうか』と勘違いしてしまったんです。本当におつらい中で出ていただいたんだと思うと、胸が張り裂けそうです」と悲痛な表情を見せた。 葬儀は近親者のみで行うというが、気さくな人柄で親しまれた名優の死を惜しむ声は途絶えない。 (文=片岡亮)『シネマの天使』(日本テアトル)公式サイトより



