武豊も福永祐一も“既定路線”だった? 実力だけで成功できない騎手の世界は「芸能界」そのもの

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Sports Graphic Number 888(文藝春秋)
「目標にしていたタイトルが獲れてうれしいです。(現役騎手の)父と兄からは『おめでとう』と声を掛けてもらいました。今年は、昨年より多くの勝ち星を挙げて期待に応えたいです」  年明け早々、さわやかな笑顔で飛躍を誓ったのは、若干19歳の鮫島克駿 (かつや)騎手。デビューとなった昨年、年間39勝を挙げてJRAの『最多勝利新人騎手賞』、いわば“新人王”を獲得した競馬界のホープだ。  実は『最多勝利新人騎手賞』には、年間30勝以上などの厳しい規定がある。日本の先輩ジョッキーもさることながら、近年は世界各国からトップレベルの騎手が次々と参戦しているだけに、新人騎手が1年で30勝するのは並大抵のことではない。過去5年でも、たった2人しか成し遂げていない快挙だ。  ただそれが、あらかじめ用意されていた“既定路線”とさえささやかれている事実をご存知だろうか。  今や競馬界の“顔役”となっている武豊騎手、その弟となる武幸四郎騎手の父は、卓越した騎乗技術から「魔術師」と称された武邦彦氏。福永祐一騎手の父親は、かつて「天才」といわれた福永洋一氏。つまり、「ブラッドスポーツ」といわれる競馬において、いわゆる“良血”が活躍するのは、何も馬だけの話ではないということだ。  鮫島克駿騎手の兄・良太もJRAで活躍する騎手。さらに父・鮫島克也は、地方競馬を代表する騎手で、全国の地方競馬に所属する騎手の年間最大のタイトルNRA(地方競馬全国協会)グランプリ優秀騎手賞を11回も受賞。地方通算4,000勝を超える大物は“キングシャーク”の愛称で慕われている。 「武豊、幸四郎、それに福永騎手も、過去にJRAの『最多勝利新人騎手賞』を受賞者に名を連ねています。しかし騎手というのは多少上手いだけでは、なかなか勝てません。当人の能力もさることながら、有力な馬を回してくれる厩舎、馬主の“援護”を受けられるかが重要なんです」(競馬記者) 「環境が変われば人も変わる」というが、「馬7、騎手3」といわれる競馬の場合は、特に顕著に表れるという。言い方を変えれば、経験のない騎手でも周りの協力で多くのいい馬に乗れば当然勝てるし、場数を踏んでいくうちに、いつの間にか上手くなるということのようだ。 「父が地方競馬を代表する騎手である鮫島克駿騎手は、それだけでも話題性がありますし、他の新人騎手とはバックボーンが違います。デビューイヤーとなった昨年、新人王争いをしていた同期の1人は年間93回しか乗れなかった一方で、鮫島騎手は521回。騎手としてスタートラインに立った時から、すでに大きな差があったということです」(同)  日曜の競馬が終わるごとに電話でアドバイスを送っている父・鮫島克也騎手の“親バカ”ぶりは、まだ微笑ましい。ただ、赤の他人である“親子鷹”の大先輩・福永騎手からも、デビュー直後から熱心なアドバイスを受けているのは、さすがに恵まれすぎか。前出の競馬記者は語る。 「普通の新人騎手は、新入社員と同じで、そう簡単に先輩からアドバイスなどもらえません。ましてや福永騎手は、日本でもトップ中のトップ。また、鮫島克駿騎手が所属しているリーディング争い常連厩舎の“相当なプッシュ”もあったようですし、はっきりいってしまえば、鮫島騎手の新人王はある程度“既定路線”といえなくもないんです」(同)  華やかな表舞台とは裏腹に、複雑に絡み合う人間模様で無数の“裏ネタ”が提供される点は、芸能界も騎手も同じのようだ。

武豊も福永祐一も“既定路線”だった? 実力だけで成功できない騎手の世界は「芸能界」そのもの

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「目標にしていたタイトルが獲れてうれしいです。(現役騎手の)父と兄からは『おめでとう』と声を掛けてもらいました。今年は、昨年より多くの勝ち星を挙げて期待に応えたいです」  年明け早々、さわやかな笑顔で飛躍を誓ったのは、若干19歳の鮫島克駿 (かつや)騎手。デビューとなった昨年、年間39勝を挙げてJRAの『最多勝利新人騎手賞』、いわば“新人王”を獲得した競馬界のホープだ。  実は『最多勝利新人騎手賞』には、年間30勝以上などの厳しい規定がある。日本の先輩ジョッキーもさることながら、近年は世界各国からトップレベルの騎手が次々と参戦しているだけに、新人騎手が1年で30勝するのは並大抵のことではない。過去5年でも、たった2人しか成し遂げていない快挙だ。  ただそれが、あらかじめ用意されていた“既定路線”とさえささやかれている事実をご存知だろうか。  今や競馬界の“顔役”となっている武豊騎手、その弟となる武幸四郎騎手の父は、卓越した騎乗技術から「魔術師」と称された武邦彦氏。福永祐一騎手の父親は、かつて「天才」といわれた福永洋一氏。つまり、「ブラッドスポーツ」といわれる競馬において、いわゆる“良血”が活躍するのは、何も馬だけの話ではないということだ。  鮫島克駿騎手の兄・良太もJRAで活躍する騎手。さらに父・鮫島克也は、地方競馬を代表する騎手で、全国の地方競馬に所属する騎手の年間最大のタイトルNRA(地方競馬全国協会)グランプリ優秀騎手賞を11回も受賞。地方通算4,000勝を超える大物は“キングシャーク”の愛称で慕われている。 「武豊、幸四郎、それに福永騎手も、過去にJRAの『最多勝利新人騎手賞』を受賞者に名を連ねています。しかし騎手というのは多少上手いだけでは、なかなか勝てません。当人の能力もさることながら、有力な馬を回してくれる厩舎、馬主の“援護”を受けられるかが重要なんです」(競馬記者) 「環境が変われば人も変わる」というが、「馬7、騎手3」といわれる競馬の場合は、特に顕著に表れるという。言い方を変えれば、経験のない騎手でも周りの協力で多くのいい馬に乗れば当然勝てるし、場数を踏んでいくうちに、いつの間にか上手くなるということのようだ。 「父が地方競馬を代表する騎手である鮫島克駿騎手は、それだけでも話題性がありますし、他の新人騎手とはバックボーンが違います。デビューイヤーとなった昨年、新人王争いをしていた同期の1人は年間93回しか乗れなかった一方で、鮫島騎手は521回。騎手としてスタートラインに立った時から、すでに大きな差があったということです」(同)  日曜の競馬が終わるごとに電話でアドバイスを送っている父・鮫島克也騎手の“親バカ”ぶりは、まだ微笑ましい。ただ、赤の他人である“親子鷹”の大先輩・福永騎手からも、デビュー直後から熱心なアドバイスを受けているのは、さすがに恵まれすぎか。前出の競馬記者は語る。 「普通の新人騎手は、新入社員と同じで、そう簡単に先輩からアドバイスなどもらえません。ましてや福永騎手は、日本でもトップ中のトップ。また、鮫島克駿騎手が所属しているリーディング争い常連厩舎の“相当なプッシュ”もあったようですし、はっきりいってしまえば、鮫島騎手の新人王はある程度“既定路線”といえなくもないんです」(同)  華やかな表舞台とは裏腹に、複雑に絡み合う人間模様で無数の“裏ネタ”が提供される点は、芸能界も騎手も同じのようだ。

武豊の不倫以外にも、自殺・引退・落馬負傷……一筋縄ではいかない「競馬騎手2015」

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 今年の競馬界は、日本競馬の“顔”である武豊騎手が6年ぶりの100勝を達成し、G1も3勝(地方・海外ふくむ)と久々に「天才」らしい活躍をしてくれた。ただ、競馬に特別興味のない一般層には、別の意味で注目された1年でもあった。いろいろあった2015年の競馬界の人間模様を振り返る。

後藤浩輝騎手の自殺……抱えた心の闇と壮絶な人生

2015年2月27日、自宅の脱衣所で首を吊っている状態で死亡しているのが発見された後藤浩輝騎手。死の前日に後藤騎手と話した知人も、『いつもと変わらない様子で、まさか翌日に自殺するなんて想像もできなかった。いまだに信じられない。これは何かの間違いなんじゃないかって思う』と話しているほど、突然すぎる死だった。明るいパフォーマンスで競馬界を盛り上げて、G1レースを制し、JRA(日本中央競馬会)歴代16位の通算1447勝を挙げた後藤騎手は、まぎれもない名ジョッキーであった。 ファンの間でささやかれているのは落馬、負傷を繰り返しているうちに「死にたくなったのかもしれない」という疑念だ。確かに、後藤騎手は度重なる落馬トラブルに遭っていた。12年に5月6日のNHKマイルカップなどで2度落馬し、「頸椎骨折、頭蓋骨亀裂骨折」と診断。復帰後の14年4月27日の東京競馬10R「府中市制60周年記念」でも落馬し、「第五、第六頸椎辣突起骨折」に見舞われた。  その一方で、後藤騎手にも近しい別の競馬サークル関係者は、それは根本的な自殺原因ではないと断じる。  小さい頃、実父に一家心中させられそうになり、父と離れてからも母や種違いの弟との生活など、後藤騎手が歩んだ人生は一般人とは一線を画すものである。そうした家庭環境が、後藤騎手の“闇”を作る根源にあるのではないかと……。  亡くなる一カ月前には、イベントでガラの悪い連中との接触も語られている後藤騎手。謎は深まるばかりだが、まずは改めて、心からご冥福をお祈りしたい。
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『特別模範男』(東洋出版)

藤田伸二が引退……日本競馬の“現実”に敗れた?

 JRA所属、ダービージョッキーの藤田伸二騎手(栗東・フリー)が9月6日、札幌競馬騎乗をもって引退することを発表した。JRA通算1918勝(うちG1・17勝)名手がターフから去ったのだ。ただ、なぜ今年だったのか。  藤田が、特にエージェント制度や外国人騎手偏重を中心として、JRAを公然と批判した著書「騎手の一分 競馬界の真実」(講談社)を発表したのは2013年5月。その時点で競馬界への興味はほぼなくなっていると語っており、とうに引退していても不思議ではなかったはずである。未練があった、ということか……。11年に「ヒルノダムールが引退したら、俺も一緒に辞める」と発言したという情報や、G1競走4勝(地方交流含む)のトランセンドについても、「トランセンドが辞める時は、俺も潮時だな」などとつぶやいたという話もあったが、2頭が現役を引退しても、藤田が身を引くことはなかった。「もう辞め時かも」とグチることで同情を誘い、騎乗の営業をかけているという良からぬ噂も流れていたようだ。  今年引退した本当の理由、それは“立つ瀬”がなくなったというのが主な見解だ。昨年まで「短期免許」で数カ月の滞在のみだったM・デムーロとC・ルメールというなじみ深い外国人騎手に、今年から「JRAの通年免許」が与えられ、当然のごとくリーディング上位に食い込んできた。『騎手の一分』によってJRAから距離を置かれた上、外国人騎手に騎乗馬を奪われた中で、騎手でいることが難しくなったという意見もある。 “男・藤田”として、長きにわたり中央競馬に確かなスパイスを与えてくれた藤田伸二。結局は、彼も現在の競馬界の“現実”に屈したということなのだろうか。
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武豊とフリーアナ・美馬玲子の不倫騒動と競馬界の“圧”

 武豊の“手つなぎ不倫デート”を、10月22日発売の「女性セブン」(小学館)が報じた。お相手は15歳年下でセントフォース所属、モデル・フリーアナウンサーの美馬玲子(りょうこ)と記事は伝えている。名前に「馬」があるのがなんとも武らしい。2人は競馬番組をきっかけに知り合ったという。  武が中山競馬場で開催されたスプリンターズS(G1)に騎乗した夜のこと。フランス凱旋門賞の解説など仕事をこなした後、武は美馬アナとの“危険な逢瀬”を楽しんだのだ。記事によると、下品なほど露出度の高いドレスを着た美馬アナと手をつないだ武は、時折ドレスのスリットに手を這わせて腰や尻を触っていたのだとか。   武自身は取材に対し「特別親しいわけではない」と語ったようだが、手をつないで素肌を触りまくっている時点で説得力はほぼ皆無だ。ネット上では「あなたもオトコだったのね」「がっかり」「最低」など、誠実そうな物腰と風貌の“武豊イメージ”崩壊になげくファンの声であふれ返った。武の妻である元タレントの佐野量子が、同月10日の『豊さんと憲武ちゃん!旅する相棒~1泊2日京都編~』(テレビ朝日系)で20年ぶりに揃ってテレビ出演し、その「おしどり夫婦」ぶりを見せたばかりでのこのスキャンダル。「女性セブン」もなかなかエグい。  しかし、この一大スキャンダルに、新聞やテレビは完全スルーを決め込んだ。ジョッキーのスキャンダルはタブー中のタブー。JRAは最も大事なクライアントで、毎年莫大な広告費を落としてくれる。何気なく見ている出走馬の載った馬柱も、実は広告料が発生している。新聞、テレビはおろか、男性誌やゴシップ誌もJRAの広告なくしては成り立たない。スキャンダルをやれるとしたら、競馬と無縁の女性誌しかないらしい。  なんともいやな側面もあるが、それでもその騎乗技術や華、トーク術やタレント性は競馬界のスターに足るものには違いがない。不倫くらい許してもいいのでは、と思ってしまう。
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福永祐一公式サイトより

福永祐一がまた落馬事故。大レースで結果を出せない理由

 10月31日、京都競馬場で行われたスワンステークス(G2)で落馬した福永祐一騎手。「右肩鎖関節脱臼、右鎖骨剥離骨折、右肩の靱帯断裂、右胸骨骨折」という全治4カ月の重傷を負い、現在まで独走状態だった2年ぶりのリーディングジョッキーも、厳しい状況となってしまった。  そもそも、福永騎手は“落馬が多いジョッキー”と競馬ファンから揶揄され、大手ポータルサイトの検索で「福永祐一」と書き込むと、落馬関連の表記がズラッと並ぶほどだ。  2年前、エピファネイアで菊花賞を勝つまで、牡馬クラシック競走(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)は1996年のデビュー以来未勝利。デビュー当初のキングヘイローにはじまり、最近もワールドエースやリアルスティールなど世代きっての素質馬に乗り続ける福永としては、物足りなさすぎる数字だ。特にG1ではあと一歩、ほんの少しの差で2着に甘んじる姿も目立つことから、勝負弱いともいわれている。「武豊になれない」最大の理由だろう。  私生活でもその“ユルさ”を露呈しているようで、13年に当時フジテレビアナウンサーの松尾翠との婚約を発表するまでは、武幸四郎騎手など、関西の若手騎手とともに多くの合コンに参加していた遊び人で知られていた。モデルの松田樹里、交際当時タレントの若槻千夏、仲根かすみ、グラビアアイドルの森下悠里、手島優といった、多くの芸能人と浮き名を流していたことも周知の事実。オンナ関係の尻尾をなかなかつかませなかった武とは対照的に、福永の恋愛事情はアケスケだったようだ。  福永騎手は結婚を機に合コンは控えているようだが、馬に乗れない期間をどう過ごしたのか? お金はたっぷりあるようなので、遊び人の血が騒ぎ出すのではないかと周囲は危惧している。ファンとしては、まずトップジョッキーらしくG1を勝利しまくってほしいものだ。  トップ騎手たちの悲喜こもごも。来年は暗いニュースやスキャンダルなどなく、競馬ファンを例年以上に大いに湧かせてほしい。

22億円荒稼ぎ・Dr.コパの影で涙する「芸能人馬主」の悲喜こもごも

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Dr.コパ公式ブログ
 人気風水師Dr.コパ氏の愛馬・コパノリッキーに注目が集まっている。  週末の12月6日(日)は、中京競馬場で第16回チャンピオンズカップが行われるが、その中で特に注目を集めているのがコパノリッキーだ。コパノリッキーは今年2月に行われたダートG1レースのフェブラリーステークス、11月に行われたJBCクラシックを優勝しており、このチャンピオンズカップを勝てば、最優秀ダート馬の称号を手中に収めることはほぼ確実。加えて1着賞金9400万円も手に入るわけだから、関係者の意気込みたるや相当なものだろう。  コパ氏のように、芸能人や著名人でありながら馬主として成功する例は希だ。コパ氏は2001年からの馬主人生で、これまで22億円以上を稼ぐ勝ち組の一人。今まで所有した160頭以上の中で、約6億円の賞金を稼いでいるコパノリッキー以外にも、コパノリチャードが高松宮記念などを勝利して3億円、ラブイズブーシェが2億円、引退したが地方競馬では300万円で購入したラブミーチャンが重賞5勝を含む18勝で、2億5000万円以上も稼いでいる。  このコパ氏以外にG1レースを勝った芸能人馬主を調べると、今年11月に行われた、第76回菊花賞を優勝したキタサンブラックの馬主・北島三郎氏の存在が大きい。キタサンブラックは、年末の有馬記念に出走する意向を示しており、大きな盛り上がりを見せるだろう。  他には、2007年第2回ヴィクトリアマイルを優勝したコイウタ。同馬は歌手の前川清が馬主で、生産者社台ファーム代表の吉田照哉氏との共同所有だがれっきとした前川氏の所有馬だ。  さらに、大魔神こと元メジャーリーガー佐々木主浩氏は、ヴィルシーナでヴィクトリアマイル連覇を達成。  また、俳優の小林薫は愛馬ブルーリッジリバーが桜花賞2着に好走したが、G1優勝には手が届かず。現在は2頭を所有しているが、現3歳馬のテルメディカラカラはちょっとした評判馬で、来年は飛躍の年になるかもしれない。  以上のように、表舞台で活躍する馬主もいれば、ホリエモンや元プロ野球選手・新庄剛志のように中途半端な成績で馬主を撤退する著名人、3000万円で買った馬がまったく走らない俳優の伊藤英明といったダメ馬主もいる。芸能界やビジネスで成功をおさめても、馬主で成功するとは限らないのが競馬の世界なのだ。

「落馬多い」「勝負弱い」「私生活ユルすぎ」落馬負傷の福永祐一騎手“本当の評判”とは?

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福永祐一公式サイト
 10月31日、京都競馬場で行われたスワンステークスで落馬した福永祐一騎手。「右肩鎖関節脱臼、右鎖骨剥離骨折、右肩の靱帯断裂、右胸骨骨折」という全治4カ月の重傷を負い、現在まで独走状態だった2年ぶりのリーディングジョッキーも、厳しい状況となってしまった。  父は元祖天才ジョッキーと呼ばれた福永洋一氏。落馬負傷で引退を余儀なくされたが、父の背中を見て育った福永祐一は自然と騎手を目指すようになったという。デビューから順調に勝ちを伸ばし、今や競馬界のトップランナーにまで成長したのだが……。  そもそも、福永騎手は“落馬が多いジョッキー”と競馬ファンから揶揄され、大手ポータルサイトの検索で「福永祐一」と書き込むと、落馬関連の表記がズラッと並ぶほどだ。9月に引退した藤田伸二元JRA騎手は、著書の中で「強い馬に乗せてもらっているから勝っている」と騎乗技術を評価していなかったり、勝ち星の数のわりにG1などビッグレースではなかなか結果を残せないことでもよく知られる。 「2年前、エピファネイアで菊花賞を勝つまで、牡馬クラシック競走(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)は1996年のデビュー以来未勝利でした。デビュー当初のキングヘイローにはじまり、最近もワールドエースやリアルスティールなど世代きっての素質馬に乗り続ける福永としては、物足りなさすぎる数字です。特にG1ではあと一歩、ほんの少しの差で2着に甘んじる姿も目立つことから、勝負弱いともいわれていますね。武豊との最大の違いはそこでは?」(競馬記者)  大舞台での勝負強さが、10年前にトップの座をキープしていた武豊とは大きく異なるらしい。さらに、福永は私生活でもその“ユルさ”を露呈しているという。  福永が当時フジテレビアナウンサーの松尾翠との婚約を発表したのは2013年。学生時代に不倫騒ぎで相手の家庭を壊したという逸話を持つ松尾を伴侶に選んだ福永。結婚翌年の14年は、エピファネイアで菊花賞、ジャスタウェイで天皇賞・秋を勝利したものの、前年の勝利数を大幅に落とし、この15年は落馬負傷で長期休養とまさに踏んだり蹴ったり。一部では“サゲマン”ともささやかれているが……。  福永と松尾の出会いはフジテレビの競馬番組の取材で、親密になったのは若手騎手と女子アナの「合コン」といわれている。  福永は、武豊の弟である武幸四郎騎手など、関西の若手騎手とともに多くの合コンに参加していた遊び人で知られる。松尾アナと出会う前はモデルの松田樹里、交際当時タレントの若槻千夏、仲根かすみ、グラビアアイドルの森下悠里、手島優といった、多くの芸能人と浮き名を流していたことも知られている。オンナ関係の尻尾をなかなかつかませなかった武とは対照的に、福永の恋愛事情はアケスケだったようだ。 「かなりの女好きで有名でしたからね。それにイケメンで金持ちの福永騎手が来れば、女の子も集まったので、他の騎手も美味しい思いをしたようですよ。今は子供も産まれておとなしいようですが、またそのうち遊びだすんじゃないかと言われていますよ」(同)  福永騎手は結婚を機に合コンは控えているようだが、競馬に乗れない4カ月をどう過ごすのか? お金はたっぷりあるようなので、遊び人の血が騒ぎ出すのではないかと周囲は危惧している。ファンとしては、まずトップジョッキーらしくG1を勝利しまくってほしいものだが……。