ああ、ついに深夜の飯テロも終わってしまったか……。 『孤独のグルメ Season6』(テレビ東京系)は、6月30日深夜の「東京都品川区五反田の揚げトウモロコシと牛ご飯」を最後に、今シーズンの放送を終えた。 ついに第6期に突入したドラマ版『孤独のグルメ』であるが、相も変わらず好評であった。第1話では大阪を舞台に、お好み焼きはご飯のおかずであることを知らしめた。 続く第2話では、定番の豚バラ生姜焼き定食を投入。第3話では趣向を変えて、谷村美月が演じる、なんかメンヘラっぽい不安定すぎる店員に目が離せないという、新手のスタイルで物語を紡いだ。さらに、第5話では回転寿司。第9話ではゴローちゃんの過去の恋を描いたり……。 とにかく、制作陣はさまざまなアイデアを投入して物語を濃厚なものにしようと企図していた。 限られた時間とテンプレートの中で試みられたドラマの工夫。その意図は、明らかに視聴者に飽きられることの恐怖であろう。 確かに松重豊演じるゴローちゃんの演技はうまいし、セリフやらダジャレやらは技巧の塊である。でも、ネットでは絶賛される一方で、実際に『孤独のグルメ』フリークに会うと、また別の感想が。大抵の人が毎週番組を楽しみに見ているというものの、「ちょっと、飽きたな……」と口にする人の多いこと。 誰もが口をそろえるドラマ版の問題点は、ゴローちゃんが失敗しないことである。 原作厨というわけではないが、やはり原作との決定的な違いはここである。以前は、アームロックを登場させたり、微妙に原作要素も注ぎ込んでくる制作陣であるが、ドラマゆえにできないことがある。 それは、ゴローちゃんが失敗することだ。 原作において重要な要素は、ゴローちゃんが単に食べて満足するだけではない哀愁である。 原作第1話では、いきなり豚汁とぶた肉いためがかぶったことを後悔。第2話では回転寿司で食べすぎて後悔。第6話では、新幹線でジェットボックスシュウマイの匂いをまき散らして後悔。やたらと後悔することが多い。別に食べたものがマズいわけではない。ゴローちゃんの選択のミス。そこに、人生の何かを感じさせる谷口ジローの作画が冴えるのである。 もともと、仕事を依頼された時には戸惑ったという谷口であるが、作画を谷口に依頼した「PANjA」編集部は冴えていた。原作におけるゴローちゃんの帯びている哀愁は、谷口が関川夏央と組んだ『事件屋稼業』のそれと同等。自由の代わりに孤独を背負った中年男の哀愁こそが本題なのである。 松重ゴローの演技を見るに、その原作における世界観を徹底的に理解していることがわかる。やたらと見ているほうを不安にさせた谷村演じる店員も、原作第10話に出てきた元ヒッピーがやってる自然食の店の女性店員的な危うさを目指しているフシがある。 でも、リアルに存在する店舗を使っている以上、決して注文したメニューが運ばれてきた途端に後悔するなんてシーンは描けない。その制約が、次第に物語展開の幅を狭くしているような気がしないでもない。 松重ゴローの食べっぷりは驚嘆である。よくもまあ、胃袋にあれだけの量を詰め込めるなあと思う放送回も何度もあった。けれども、一度くらい「ああ、やりすぎた……」と、食べすぎを後悔するシーンくらいあってもよいんじゃなかろうか。それをファンは期待しているのだ。 そして、もうひとつ。時代の趨勢ゆえだろうが、松重ゴローは煙草を吸わない。さまざま意見はあるだろうが、ハードボイルドな人生に煙草は欠かせないものとも思うのだ。 いずれにしても、今後とも試行錯誤を重ねて続いていってほしい『孤独のグルメ』。次のクールを期待して待っているぞ。 (文=昼間たかし)テレビ東京系『孤独のグルメ Season6』番組サイトより
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単なる“つまらん街”になっていく……「カフェ本」もなくなった本郷の街に、訪れる価値などあるのか?
「なんか、かねやすが閉まってるよ」 そんな話を人づてに聞いたのは春頃のこと。 「本郷も かねやすまでは 江戸の内」 と長らく伝えられ、その言葉を記した看板もある、本郷三丁目角のかねやす。確かめに行くと、確かに閉まっていた。江戸の始まりから400年以上も続く老舗もついに……と感慨深くなりつつも、多くの人はこう言う。「ところで、なんの店でしたっけ?」と。 江戸時代、元禄年間には歯磨き粉の製造販売でにぎわったという店舗。今は雑貨屋だったと思うのだが、「洋品店じゃない?」「カバン屋だったかな」と、人の記憶は曖昧なもの。 筆者もそうだが、店に足を踏み入れたことがあるという人は、まったく見ないのである。ともあれ、店は閉まっても7階建てのビルの名前は「かねやすビル」。掲げられた川柳も容易に失われることはなさそうだ。テナント募集の文字が寂しい……
これが象徴というわけでもあるまいが、いま本郷で起こっているのは「フツーの街」化という現象である。 本郷といえば、まず目立つのが東京大学。それを中心として、味のある店や人々が住まう地域が広がっていた。だが、21世紀、それも2010年代に入ってから、過去のものになろうとしている。 明治時代そのままの建物で下宿屋として営業していた本郷館も、11年に消滅。文化財になる可能性を指摘される建物も、こんな都心にあっては保存よりも土地の有効活用の声にあえなく敗北。 続いて消えているのが、旅館街。元は明治の下宿屋の流れを組むような本郷近辺の旅館。 今どき都心にありながらビジネスホテルとは違う、これぞ商売人が泊まる旅館という雰囲気を味わわせてくれる貴重なスポットであった。それも、ほぼ絶滅危惧種に近い。そんな中で、やたらと味のある鳳明館は頑張っている。ふと泊まろうと思うと、いつも満室が続いているから、はやってはいるのだろう。このまま、末永く続いてほしいものである。この看板だけは残り続けるのか
そんな変貌する本郷の街で、もっとも減ったのは古本屋であろう。かれこれ20年くらい前までの本郷の印象といえば、本郷通りを東大に面して並ぶ古本屋だったはず。通りを一本入っても、まだ古本屋があったりして、神保町、早稲田と共に、本を漁るには欠かせない場所だった。でも、もう古書はネットでピンポイントで探す時代。かつての古本屋も、どんどん飲食店へと姿を変えているではあるまいか。 それどころか、新本のほうも。「ここなら、東大生も多いし流行ってるんだろうな」と思っていたブックスユニ本郷店も昨年消滅し、携帯ショップになってしまったではないか。 やはり少しずつ、このあたりにも進出してきたマンションの影響なのだろうか。次第に本郷は学生街としての色を薄めて、単なる街へと変わっているのである。 今年の4月には近江屋洋菓子店本郷店も消滅。もともとサブカル受けする店だったこともあってか、営業最終日には、必死に写真を撮ってる人たちも多数。でも、飲食関係で「これで、本郷も終わりか……」と思わせたのは14年のカフェテラス本郷の消滅であろう。ひとり気を吐く鳳明館
近江屋洋菓子店のオシャレイラスト
この店、まさに学生街でなければあり得ない店舗。カレーの大盛りを頼めば洗面器サイズ。オムライスを頼めば王蟲の子どもみたいなのが……。それも、もはや幻である。ここで例会していたサークルも多かったハズなのだが、どうなったんだろう? もはやフツーの街として埋没していく本郷。隣接する春日では、超巨大な再開発計画も進行中。その完成によって本郷だけでなく、昭和どころか明治の香りすらあった文京区の味は、どんどん失われていくことになるだろう。 カフェ本(カフェテラス本郷の愛称)もなくなった本郷に、もはや訪れる価値などない……。 (文=昼間たかし)閉店の貼り紙が……
『孤独のグルメ Season6』第11話 ゴローちゃんに強力ライバルが出現? 最も食べたい料理は水煮牛肉
気がつけば、暑い季節がやってきました。 そんな季節に食べたいのは、冷たいものとか辛いもの。そんな視聴者の気持ちに合わせてテーマを決めてくれるスタッフには、感謝の気持ちすら湧くのが、今回です。 さあ、今回ゴローちゃんこと井之頭五郎(松重豊)がやってきたのは、文京区は茗荷谷。つくづく思うのですが、初見の人にはまったく読めない地名です。だいたいの読めない人は「……(読めない)……たに?」とか言うのですが、一度だけ「いらにや」と読む人に遭遇したことがあります。 ともあれ、今回ゴローちゃんがこの街にやってきた理由は取材。片桐仁演じる編集者に、インテリア雑誌の取材を受けることになったのです。しょっぱなから「撮影から始めさせていただきます」と言われて「こんなハズじゃなかった……」と戸惑うゴローちゃん。おまけに、インタビューになれば「モテそうな部屋のデザイン」を聞かれてしまい、苦笑するしかありません。 なお、このシーンの冒頭で挿入される出版社の外観と編集部は文溪堂。学校教材とか児童書の出版社なんですが、どういう都合でこちらを借りたのでしょうか? 慣れないだけでなく、アホな取材ですっかり疲れたゴローちゃん。播磨坂桜並木をトボトボ歩けば腹も減ります。取材のシーンで使っていたカフェとかもそうなんですが、播磨坂桜並木あたりは、文京区で最もスカしたハイソな人々(笑)が集うところなので、ぜひ見物にお出かけください。 いつも通り店を探しに歩き始めたゴローちゃんですが、今回はあまり迷わず。播磨坂桜並木の突き当たり、共同印刷のある信号を左に曲がって歩くこと100メートルあまり。見つけたのは「中国料理 豊栄」です。 「今の腹ぺこ具合には、やっぱり中華の油が欲しいかな」 この年齢でなお体が油を求めるゴローちゃんを見習いたいと本気で思う、今日この頃。 「お、黒板メニューか……冷やしタンタンいいなあ」 いきなりこの店はおいしそうではありませんか。入る前、隣の蕎麦屋と迷ったゴローちゃんは「一挙両得」と喜びます。 迷うことなく注文するのは、冷やしタンタン麺とウーロン茶。ホント、ゴローちゃんてば、ランチで1,000円札を消滅させるのに躊躇がありませんよね。普段から儲かっているのか? 「よし、とりあえず冷やしタンタン確保。お次は……」 ランチタイムなのに、どれだけ頼むんだよ。今さらだけど。 一風変わったメニューの名前に、いろいろと迷い始めるゴローちゃん。「アボカドのせいろ蒸し」「中華茶碗蒸し」「回鍋肉」「白ご飯」。 水沢エレナ演じる店員は涼しい顔で注文を受けているわけですが、この客は明らかにオカシイ。 近くのテーブルを見て「昼間っから大胆に店を広げちゃってるなあ~」と言うけど、アンタもな。 そうして届いた「食卓のプール開き」である冷やしタンタン麺。器もしっかり冷やされている逸品です。汁なしタイプのそれを、ゴローちゃんはとにかくまぜまぜ。 「うん、うまい、あれ……ぜんぜん辛くない。ていうかなんだ? 見た目は確かにタンタン麺だけど、味は冷やし中華っぽいぞ……んおほお、これメチャクチャうまい……」 「これ、ひょっとして大傑作じゃないの?」 とにかく褒めまくりながら、えらいスピードで食べ進めるゴローちゃん。 「冷やしなのに食欲を燃え上がらせる……全然、まだ食える」 こうしてゴローちゃんは、いつも以上に不穏なセリフ。 「オレ、今さらながら相当腹が減っていた。ここがゼロ地点だ……」 並べられるのは、「アボカドのせいろ蒸し」「中華茶碗蒸し」「回鍋肉」「白ご飯」。 「まずは、チャイニーズアボカド」 タレに浮かんでいるアボカドという、未知のうまさを視聴者にアピール。 「わほう、何これ? アボちゃん蒸すと、こんなにうまくなるの……とろっとろ、アボの大トロだ……」 それをご飯にのせれば「アボカドゴロネーゼ……おお、これ最高! さいこうたかもり!」と、例えようのないおいしさは、例えようのない寒いギャグで煽られます。 続く「中華茶碗蒸し」は、日本の茶碗蒸しとは違う食べ物。 「これはいくらでも入るヤツだ」 なにせこの料理、旨みは凝縮されているけど、具はないのです。自信がなければ出せない料理であることは間違いありません。 でも、こんなのはまだ前座。今日のゴローちゃんのメインは回鍋肉なんですから。 「うん、うまい。これぞ空腹にクサビを打ち込む男メシだ。中華の中の中華キングオブ中華……座っているのがやっとなほどうまい」 この回鍋肉、使っている肉がバラ肉を厚めに切ったもののよう。そりゃ、味が染みこんでうまくなるのは必然ではないでしょうか。 本来なら、ここでラストスパートに入るハズが、今回はちょっとイレギュラー。栗原英雄演じる常連客が、水煮牛肉を注文するのです。水煮牛肉といえば、最近はちょっとメジャーになった辛い料理。この店では特に辛いのか、周囲に唐辛子に味と臭いをまきちらし店員も恐れおののいています。 「ここの水煮牛肉好きなんですよ……」 ガチでむせながら食べる栗原。 これはズルイ……。このシーンで、いつものラストスパートのゴローちゃんの印象が、まったく吹き飛んでしまうのです。 「ああ、腹パンパン……」 次回は、あの辛いヤツを着替え持参で汗ダラダラかきながら食べてみようと決意するゴローちゃん。いや、このままじゃレギュラーの座がヤバイ? ま、単に食べるだけなのにライバルが出現する展開は『食の軍師』でもやってますしね。 (文=昼間たかし)テレビ東京系『孤独のグルメ Season6』番組サイトより
行ってみて聞いてわかった 御朱印帳のネット転売で、なぜ宮司は「もう来ないで下さい」と書いたのか
その日はいつもとは違う一日だった。 140文字の10倍100倍1,000倍と、言葉は紡がれていた。紡がれる言葉は、日常の中が身体にこびりついた穢れを払っているように思えた。 「よかったのか悪かったのか……地域の方は“悪いことやってるんじゃないからいいんだよって”と声をかけてくれます。“売るヤツが悪いんだから! トンデモねぇだろう”と電話をかけてきてくれる氏子の方もいらっしゃいました」 ようやく涼しい風の吹き始めた初夏の夕方。場所は、茨城県守谷市の八坂神社。清浄な雰囲気に満ちた神社の拝殿で、宮司の下村良司は、神職らしく背筋がぴんと伸びた丁寧な姿で言葉を綴っていた。相対する私は、時折自分の背が曲がっているのに気づき、姿勢を正しながら言葉と周囲の状況を書き記していた。 ふと、拝殿の外の人の気配に気づいた下村が立ち上がった。 「ああ、どうも、こんにちは!」 外を見ると、顔見知りの氏子らしき老人が「よう」という感じで右手を振っていた。下村が、戸口のほうに寄って交わす二、三の言葉。そこには神社と氏子との信頼と親しみが織りなす美しい光景があった。 ■突然注目された御朱印帳の転売 金曜日の午後3時前、秋葉原駅から発車間際のつくばエクスプレス快速列車に駆け込むと、もう席の大半は埋まっていた。一つだけ空いている座席を見つけて、スマートフォンから目を離さない女性に会釈して腰を下ろす。動き出した列車の中で、私はiPhoneを片手にノートを広げて、もう一度質問したいことを整理することにした。 その日の取材が決まったのは、週の初めだった。 御朱印帳がヤフオクで売られる⇒茨城・八坂神社が苦言「もう来ないでください」(ハフィントンポスト) 【罰当たり】ヤフオクで御朱印帳を転売された神社が怒りのツイート「もう来ないで下さい」(ロケットニュース) そんな言葉が記された、さまざまな人たちのツイートや、ニュースサイトが目に飛び込んできた。幾つかのリンクを開いてみて、話の大枠は理解できた。茨城県守谷市にある八坂神社。守谷の総鎮守でもある神社のTwitterでの、ひとつの呟きが数万もリツイートを集め、幾つもの、ネットに流れる情報をまとめて記事に仕立て上げるニュースサイトや、Twitterに集う、何か一言もの申したい人たちの話題になっていたのだ。 その呟きは、こういうものだった。 * * * ヤフオクで当社の御朱印帳が出品されていました。すでに落札されていまして社頭頒布の約3倍近い値段で落札されていました。神社頒布品をオークションに出品し利益を得る行為は許せません。頒布品は祓いをし神徳を得られるように祈願しております。一般商品とは違うものなんです。もう来ないで下さい。(https://twitter.com/m_yasakajinja/status/876386988718292992) * * * 最後の「もう来ないで下さい」という言葉が、多くの人々の興味を引いたのだろう。私が、この呟きを目にしたときには、すでに呟きの主である神社の宮司からコメントを得ているニュースサイトもあった。でも、私は、これはぜひにでも取材をしなければならないものだと思った。 そう思った理由は単純だ。数万のリツイートを集めた翌日の呟きの中にあった「140字で話すのは難しい」という一文に心を動かされたからである。これは「もう来ないで下さい」という言葉以上に、数多の気持ちがこもったものではないかと感じたのだ。 ネットのニュースサイトなどで記されている短いコメントでは、その気持ちはまったくわからなかった。検索しても、適当なTwitterの情報をまとめているだけの、よくわからないニュースサイトばかりが検索に引っ掛かるという状況が、より知りたいという気持ちを強くした。 さっそく、八坂神社に電話をすると、すぐに宮司に取り次いでくれた。 「ちょうど今も取材を受けているところなんですよね」 電話の声から、予想だにしなかった注目や取材の申込みに、戸惑っている気配が感じ取れた。けれども、私がコメントを求めているのではなく訪問して話を聞きたい旨を告げると、すぐに快諾してくれた。 関東平野を走り抜ける、つくばエクスプレスの車中で、私はこれまでに書いた幾つかの記事のことを考えていた。旅の中で、さまざまな神社を訪れることは私の大切な趣味でもある。それと同時に、昨年来、何かと神社と信仰について自省する記事を書く機会を得ている。そうしてまた巡ってきた今回、これはどういった縁なのだろうか、と。
■通りの向こうにたたずむ存在感のある鎮守の森 秋葉原駅から守谷駅までは30分程度の短い旅路である。つくばエクスプレスの開通以来、この土地は交通の便のよいベッドタウンとして人気を集めている。だが、駅の周辺はまだまだ開発の途中といったところ。乗り降りする人々の数に反して、駅周辺に繁華な雰囲気はない。 とりわけ、神社へと向かう側の出口を出ると広大な駐車場が広がっている。都心へ出かけるときは、ここに車を駐める人も多いのだろう。それを見越してか、駐車場の脇には電車の格安切符を売る販売機もある。秋葉原まで片道で正規運賃よりも30円程度は安くなる。微妙な金額だが、10回20回と往復すれば、ばかにならない金額ということだろうか。そんなことを考えながら歩く道は、妙に曲がりくねっていた。もとは、田園の広がる田舎道を、そのまま舗装したのだろう。田園から住宅地へと姿を変えていく途上にある風景には期待と寂しさが同居していた。 そんな道を歩いて神社までは10分程。関東鉄道の踏切を越えて右に曲がると、二車線の道路の向こうに小さな森が見えてくる。それが、私の目的地であることはすぐにわかった。その鎮守の森の存在感が、これからの取材を期待させた。もうひとつ、道路の両側には「祇園祭」と書かれたポスターを貼った家屋がいくつもあった。それは、八坂神社で行われる夏祭りの名前。車ばかりが往来して、人の通りは少ないけれども、ポスターだけはしっかりと貼られていた。それだけで、これから訪問する神社が地元の人にとって大切なものであることは容易にわかった。 ■サービス満点なのか? やたらと多い御守りの種類 神社に到着し、数段の石段を昇ると、そこには足を止めて眺めたい景色があった。鳥居の前から境内を眺めると、決して大きくはないけれども清浄な雰囲気が詰まっているように感じられた。鳥居を一礼し、手と口を清め、まずは参拝する。 おやっと思ったのは、境内の石畳である。石畳も直したばかりと思しき雰囲気だった。左手にある神楽殿は囲いに覆われて、まだ工事中のようだった。鳥居をくぐる時に見えたそれが電話で話していた工事なのかと思ったのだが、かなり大規模に境内を修繕しているようであった。 社務所の窓口のところでは、数人が行列していた。みんな御朱印を求めている参拝者らしかった。応対しているのは、可憐な巫女さんがひとり。御朱印を書いているのも彼女のようであった。割り込んではいけないだろうと思い、しばらく待つことにして境内のさまざまなものを見てみることにした。 境内でとりわけ存在感があるのは、ケヤキやイチョウの古木であった。事前に得た知識では、神社がここに鎮座して400年ほどだという。その頃に植えられたのだろうか。歴史の重みを感じさせる大木は鮮やかな緑の葉をいっぱいに広げて、そこにいるだけで、日々の仕事でまとわりついた禍々しいものを取り払ってくれているように感じた。そして、もうひとつ大切なことに気づいた。それは、この規模の神社にしては不思議なほどのサービスのよさである。 まず、お賽銭箱のところには、七夕の願い事を書く短冊が置かれている。そして、社務所の上に掲げられた案内。通例、神社に縁がなければ迷うであろう、ご祈祷などをお願いする時の初穂料も、幾つかの金額が明示されている。さらに驚くのは、頒布している御守りの種類である。「厄除け守り」「金運守り」「仕事守り」「旅行安全守り」と書かれているだけで30種類以上。さらに絵馬も「七五三」や「厄落とし」など。縁起物も大小のダルマから招き猫に張り子に土鈴……。 これまで、幾つもの神社を巡ってきたが、こんなに祈願別にさまざまな御守りや縁起物が揃っている神社も珍しい。しかも、決して大きくない規模の神社で、なぜここまでさまざまな種類のものを用意しているのか。俄然、興味がわいた。
■拝殿で取材をするという初めての体験へ 掲げられた案内をカメラに収めていると、ふいに社務所の扉が開いて差袴の男性が出てきた。「宮司さんですか」と、呼び止めると、その通りであった。 「狭いんですけど……」 そういいながら、宮司は社務所の中へと案内してくれた。挨拶しながら渡してくれた名刺には二つ折り。裏表には神紋とURLと地図。開くと「宮司 下村良弘」の名前と住所や電話番号。そしてQRコードも記された、コンパクトに情報が詰まった名刺だった。 「こちらのほうが涼しいですから」 そういって案内してくれたのは、社務所から続く拝殿であった。祈祷を受けるわけでもないのに、そんなところで取材をするのは畏れ多いような気もした。だから、拝殿に入るとき、座るときと二度三度と神様のほうに会釈をしてから座った。掃除の行き届いた拝殿には、大小二枚の古い絵馬が掲げられていた。どちらも、神社の祭神である素戔嗚尊にまつわる八岐大蛇退治を描いたもの。後から神社のサイトで得た情報では、大きい方は慶応2年に奉納された加納友信作のもので、市の文化財にもなっている。その絵馬は、ところどころが色が落ちてしまっていることで、神社の歴史の長さを語っているように思えた。 何から話を聞こうか。相対した下村を前にノートとレコーダーを手に私は少し考えつつ、自分の人となりやこれまで書いたものについて語ってから、話を切り出した。 ■御朱印帳は氏子のみなさんへの記念品だった 「ここまで、注目されるとは思わなかったのではないですか?」 下村はすぐに話し始めた。 「今朝もテレビのニュースに取り上げられました。それに、先日はラジオでも話をして……。びっくりしてますね。そこまでは思わなかったですね」 それから、私は騒動の発端となった御朱印帳のことを聞いた。私も、その御朱印帳のデザインは、境内に一枚だけ掲示されていたポスターで初めて見た。モチーフとなっているのは、やはり素戔嗚尊による八岐大蛇退治。それを、頒布品としたきっかけを知りたかったのだ。やはり、近年の御朱印ブームにあやかったのだろうか、と思っていたからだ。 でも、そういったブームとはなんら関係はなかった。 御朱印帳をつくったのは5月下旬のこと。その目的は、氏子への記念品としてのものだった。 「今、神社とか御神輿を修理しているんです。御神輿は今度の7月のお祭りでお披露目するんですが、境内の工事で地域の方にご迷惑をかけています。それで、何か記念品をということで氏子のみなさんと相談したんです」 最初は、風呂敷がよいとかさまざまな意見が出たが、今は御朱印が人気。「これがあると、いろいろな神社を巡ってもらえるではないか」そんなふうに意見がまとまって、御朱印帳をつくることになったのである。 だから、本来は氏子に配るための記念品。そのうち何十部かを一般の方にも頒布することにしたのである。頒布するのはわずかな部数だけ。告知もほとんどしなかった。 「頒布をはじめたときには境内でポスターを貼ったりもしなくて、Twitterで告知しただけです。あとは、Facebookくらいですね。でも、多分それを見たんだなと思われる方が、次の日からいらしていて、Twitterってすごいなと思って見ていたんです」 そのときは、まさか転売を目的にしてやってきているなどと、思いもしなかった。しばらくして、下村は頒布した御朱印帳が喜んでもらえているだろうかと、ネットを検索してみた。 「そうしたら、最初に出てきたのがヤフーオークション(ヤフオク!)だったんです……」 私も事前にネットで検索してみたところ。同様のものを見つけた。そこには、こんなタイトルがつけられていた。 【限定】守谷総鎮守八坂神社御朱印帳 ~茨城県守谷市~ 御朱印有 これを見たときは、私もなんともいえない気分になった。もはや、ヤフオク!やメルカリなどで、本来は神社に出向いて参拝し、神様と縁を繋いだ上で授与して頂く御朱印や御守りは、当たり前の様に転売されている。そうしたものを見るたびに、私は感じるのだ。理屈以前に、世の中にはやってはいけないことがある。なんで、こんなごくごく当たり前の、やってはならないとこがわからぬ人が大勢いるのか……。我欲にまみれて転売なんてすれば、稼いだ小銭以上のものを失ってしまうはずなのに。 下村の説明によれば、部数は少ないが限定品では決してない。それなのに「限定」という文字まで添えられた御朱印帳は、すでに4,500円で落札済みであったという。下村が、最初に感じたのは驚きだった。まさか自分の神社が転売目的のターゲットになるとは思ってもいなかったのだ。 「ご覧の通り、うちの神社は地域密着の小さな村の神社です。ですので、神社の集まりなどで、御朱印帳が転売されている話を業界の中で聞いていても、ああ大変ですねという感じでした。いろんな大きな神社で頒布されている御朱印帳があるじゃないですか。そういうところの話なのかなと思っていたんです」 それは、Twitterの短い言葉では言い表せない複雑な気持ちを抱かせるものだった。なぜなら、この御朱印帳には多くの思いがこもっていたからだ。 先に記したように、本来の目的は境内も御神輿も修理を終えたことを氏子に挨拶する意味も含んだもの。自分たちの地域の神社が、また新しい時代に向けて節目を迎えた。その喜びを一緒に感じたり、御朱印帳を見るたびに思い出して欲しい。そんな思いが込められていたことは想像に難くない。何しろ、下村は完成までデザイナーと18回もリテイクを繰り返したというのだ。 「やっぱり、みなさんの手元にいったときに、きれいだなとか、いいものを受けたなと言ってもらいたい。だから、御朱印帳は地域に由来して、愛されている八岐大蛇退治をデザインして、皆さんに喜んでもらえるものを……と思ってつくったんですよね」
■地域と氏子と共に歩んできた守谷神社 下村の鎮守の宮司として、地域に住む人々に喜んで欲しいという思いには、確固たるものがあった。そのことを、より強く感じたのは、社務所の案内に掲げられている、御守りの種類の多さに話が及んだときのことだった。 「失礼ですが、この規模の神社にしてはかなり多い……」 「もともとは、御守りはあまりなかったのです。ところが、お詣りされる方に“こういうものはありませんか”と聞かれることが多かったんです。そこで、毎年“じゃあ、来年は、それもつくりましょう”と、繰り返していたら、あんな数になったんです」 取材の時間を通して、下村の語る言葉の中には、幾度も「地域の」「氏子の」という言葉が出てきた。なぜ、そんなにも地域を大切にする確固たる意志を持っているのだろう。 それがわかったのは、下村に神職になった理由などを尋ねたときだった。 「もともと、自分はデザイナーをやっていたんです」 それを聞いて、少し驚いた。 この守谷神社は総鎮守でありながら、明治時代から長らく無人で、隣町に住む宮司がお祭りのときにだけやってくる神社だった。ところが、18年ほど前、先代に跡継ぎがいないとなったときに「守谷市の方に継いでもらいたい」という話になり、地域の住民であった下村に縁が繋がったというわけだ。 もともと、地域の住民として祭りには熱心に参加していたという下村だが、宮司として神社に奉職するというのは、まったく未知の領域だった。神職養成講習会(神社本庁や各都道府県が実施している神職を養成する講習会。主に神社の跡継ぎが対象)で、神職の資格は得た。講習会は、大学の神道学科と違い1カ月ほどで資格を得ることができる。だからといって、便利なインスタント養成システムなどではない。いうなれば、資格は与えるから、あとは現場で見て覚えなさいというわけなのである。 「階位をもらったらいきなり、氏子さんに先生と呼ばれるようになって……これは大変だと思って、必死に神社について学んだです」 守谷市で常駐の神職は下村と、あともう一人だけだという。なりたてとはいえ、さまざまなお祭りや祈願などを行う機会は多い。本人の経験年数にかかわらず、神事をお願いした側は「神主さんに来て頂いた」とみている。それは想像以上に重責だっただろう。けれども、その重くて大切な神事やお詣りする人々、氏子との触れ合いの中で、下村は次第に神道や神社の意味について、気づいていった。 「私もこちら側の立場になってよくわかるのですが、神社は空気のようなものだと思います。節目節目で地域の方々と縁を結んで頂く……節目の宗教だと考えています。だから、正月や夏祭り、上棟祭など、人生の節目ごとに神様に感謝の気持ちを伝えるんです。神道にはハレとケというものがありますよね。人間は生活していると疲れも貯まり、さまざまなものを背負います。そこで、節目にお祭りをして、いい服を着たり、普段とは違うようなことをして、穢れを祓って、次に自分が生きるための生命力を神様に与えて頂く……それが、神社の仕事なのかなと思っています」 そんな考えに下村を至らせたのは、地域の氏子や参拝者との触れ合いだったのだろう。下村は神道の考え方として「言挙げせず」というものがあることを、私に教えてくれた。文化の継承は親から子、大人から子どもへと、地域や共同体のサイクルの中で教え伝えていく。多くの宗教が理論を構築し、説明して人を納得させようとするのとは異なり、ことさらに説明したりはせず、一人一人が地域や共同体の中で、感じ気づくことを望むというわけだ……と、私なりに理解した。 Twitterで話題になった「もう来ないでください」という言葉は、決して怒りから発した直情的でセンセーショナルな言葉ではなかった。おそらくは、Twitterを見て、邪な心で御朱印帳を買い求めに来た者が、またTwitterを見ているかも知れないと思って発せられた言葉。その短い言葉で、その人が気づきの機会を得るかもしれない優しさなのだと思った。
■騒動で参拝者が増えるよりも……「まずは地域の氏神様へ」 自身が地域の神社に奉職することで得たもの。それを、より多くの人に感じてもらいたい。そんな下村の思いが伝わってきたのは、この騒動のもたらす影響について尋ねたときだった。ともすれば、この騒動で八坂神社を知った人たちが参拝に訪れるのではないか。そう尋ねると、下村はすでにそうした人たちの姿があると呟いてから、さらに諭すように語ってくれた。 「もともと神社というのはローカルスポット。地域の中で存在するものなんです。インターネットで情報が発信しやすく、すぐに届いてしまう時代にはわかりにくいことかもしれません。でも氏神様……皆さんが住んでいる神社に詣でるのが基本です。だから、通販とかのお問い合わせも頂くのですが、申し訳ないのですが、御札も御守りも縁を結んで頂くものなので、お断りしています。まずは、皆様の住んでいる地域の氏神様にお詣り頂きたいなと思っています」 下村の言葉は、決して表面上のものではなく徹底している。Twitterではテレビやラジオに出演したことを報告しているのだが、それも放送が終わってから報告しているのである。そこには、騒動を利益に繋げようとするような邪なものとは、一切の縁を繋ごうとはしない確固たる意志が見える。 だからといって、決して参拝に来る者を拒むわけではない。下村はごくごく自然で基本的なことを教えてくれていた。 「神社は氏子とそれ以外の崇敬者にお支え頂くものだと思っています。ですので、こういう機会に、崇敬者の方に見つけてお詣り頂くことも大変有り難いことだと思っています。神棚も、伊勢神宮と氏神様とその他の神社となっていますよね。ですから、氏神様も大事にして頂きながら、そのほかの神社もお祭りして頂きたいですね」 取材を終えて神社を辞するとき、鳥居の前で振り返って一礼をした。尋ねて来た氏子らしき人と話をしている下村は、もう一度一礼してくれた。その姿に、神道の本質の片鱗を垣間見た気がした。 神社はさまざまな縁を繋ぐ場である。この取材もまた何かの縁が繋いでくれたものであった。そして、その縁は、また取材して書かなければ、なんら人の心に迫るものは書けないという確信を、私に与えてくれていた。 これまで、いくら神社に参拝をしても、目に見えるような御利益で人生を安泰にさせてくれているわけではない。けれども、それだけで十分だと思った。 (取材・文=昼間たかし)
東京オリンピックによるビッグサイト使用中止問題解決へ向け、ついにデモが開催
果たして、コミケは、そしてビッグサイトはどうなるのか。 2020年、東京オリンピック・パラリンピック開催のために東京ビッグサイトが使用できなくなる問題。コミックマーケットのみならず、数多くの産業の展示会などの開催が困難になり、巨額の損失や倒産が危惧されている。 これにより被害を受ける企業や業界団体は、すでにさまざまな形で東京都への働きかけや署名活動を行っているものの、結果は芳しくない。昨今、マスコミでの報道は増えているものの、オリンピックで東京ビッグサイトをメディアセンターとして使用することと、そのために1年あまりの閉鎖期間が設けられるのは、既定路線になっているのだ。 そうした閉塞状況の中で、6月22日、ついに「ビッグサイトを使わせろ!!」と呼びかける都庁一周デモが開催され、400人あまりが集まった。 このデモを呼びかけたのは、展示会には欠かせないディスプレイ業に携わる人々を中心とした「展示会産業で働く人々の生活と雇用を守る会」。ディスプレイ業の中には東京ビッグサイトで開催される展示会の仕事が収益の多くを占めている企業が多く、オリンピックによって使用できなくなることは、完全に死活問題となっているという。 今、デモという形で声を上げることを決意した理由を、同会の下茂貴樹さんは語る。 「ビッグサイトをメディアセンターに使うのは、本当にやめてほしい!! もうオリンピックまで時間がありません。2年後の今頃には、ビックサイトの利用制限はすでに始まっています。多くの関係者が小池都知事と都に働きかけ、署名も集まっています。その署名、14万7,000筆以上を都に渡していますが、返事もありません。このままでは、状況が変わるようには思えなかったんです」 下茂さんの語る、ディスプレイ業界への影響は驚くべき規模のものだ。 「当社では3~4割。中には、東京ビッグサイトでの仕事が8割という会社もあって、東京ビッグサイトが使えないと潰れてしまいます。ホントにどうしたらいいかわからないという声も聞いています。関係各所に引き続き働きかけていきたいとは思っています。なんとか小池都知事には耳を傾けてもらいたいんです。もう時間はないんです」 参加者の中には、同人誌業界の関係者も。その中の一人、同人誌印刷を専門とする株式会社・緑陽社の武川優さんは、もっと同人誌関係者にも声を上げてもらいたいという気持ちを、次のように語る。 「割りとマスコミが協力してくれています。だから、サークルさんも声を上げてくれるといいと思っています。もっと盛り上がってくれないと……」 こうして、集合場所の新宿中央公園を出発したデモは50分あまりかけて都庁を一周。ディスプレイ会社に勤務するという女性からは、こんな熱い言葉が。 「死活問題です。これで状況を変えるのは難しいかもしれないけど、何もやらないよりはやるほうがよいです。オリンピックも成功して、私たちの生活も守られるようにしたい。そうじゃないと、オリンピックが楽しめません!!」 また、デモそのものが初体験という、同じくディスプレイ会社勤務の女性は「新入社員で入ったばかりなのに、こんなことになってるなんて……」と、さらに変わらない状況への焦燥感を滲ませていた。 東京オリンピックによって、コミックマーケットのみならず、あらゆるイベントや関連企業が死活問題という状況は、一向に変わる様子を見せていない。この状況に都は、まだ無視を続けるのか……。 (文=昼間たかし)
『孤独のグルメ Season6』第10話 タイアップが露骨すぎる(笑)まるで旅行番組みたいな鋸山アピール!!
ホント、ゴローちゃんこと井之頭五郎(松重豊)ってば、商売のためなら、どこにだって足を運ぶのですね。 ええ、今回やってきたのは千葉県は富津市の浜金谷駅。東京湾フェリーの千葉県側の港のある街ではありますが、いわば地の果て。 それでも、プチ出張は苦にならないのがゴローちゃん。 「これはまた、ずいぶんと静かな駅前だ」 まだ仕事もする前からワクワク感が募ります。 「鋸山、ここだったんだ」 なんのタイアップなのでしょう? ひとまず観光案内も挿入。のんびりとした風景を存分に描いてから、本編はスタート。 「仕事先は、温泉旅館だし……なんだったら泊まっちゃうか」 独身かつ一人働きならではの、自由な生き方。ここに憧れる人も多いのでしょう。 さて、やってきた温泉旅館・かぢや旅館。 じゃらんの口コミを見たら、評価は「4」となかなかです。でも、宿泊は2名以上から。あーあ、これだから温泉旅館はイヤなんだよ。商売の都合もあるのでしょうけど、じゃらんとか楽天トラベルで紹介や口コミを見て、さあ予約しようとした時に宿泊は2名からのときのイラッとする感じ。最初から「一人客はお断り」と書いていてほしいものですな。 さてさて、旅館で待ってたのは、石川正則演じる旅館の人。商談の場となるロビーは、いろいろなものが置かれていてカオスとなっております。そんなロビーをラウンジ風に改築しようというわけで、よいコーヒー豆とコーヒーカップを求めてゴローちゃんを呼んだというわけです。 え、ゴローちゃんてば、コーヒー豆まで扱ってるんだ。マンガで仕入れた知識だと、コーヒー豆の取り扱いは高度な知識が必要だと思うのですが、すごいねゴローちゃん。あらためて尊敬ですよ。 てなわけで、商談を終えて鋸山登山を勧められるゴローちゃん。でも、スーツで登山というのもまったく合いそうになく、断念。そう、登山じゃなくて必要なのは空腹と店探しですよ。 そして、ゴローちゃんが見つけたのは「漁師めし」の文字。店の名前は「漁師めし はまべ」。なんとも、味のありそうな名前です。 ガラッと戸を引いて入る店内は、やっぱり味がある。 そんな店にいる漁師風の髭面の客が、いきなり一言絡んできます。 「この人ね、口うるさいけどね、味はうまいぞ~」 おっと、よく見れば佐藤蛾次郎ではありませんか。そして「余計なこと言ってんじゃないよ」と返してくる店の女将は松本明子。 味があるというには、濃すぎる店内です。 しかし、『男がつらいよ』が終わってから、久しぶりに佐藤蛾次郎を見たような。この人、なんでこんなに短時間でインパクトを振りまけるんだ? まあ、あまりのインパクトの強さに、そそくさとお勘定をして出演シーンは終了。最後のアドリブと思しき「うまいよっ」の一言が、やっぱりうまい。 さて、料理のほうも何を見てもうまそうです。 「アジ三昧。刺身たたきなめろうか。いい三昧だ。地魚フライ……」 「いやちょっと待て。フライが無性に気になってきた……」 さんざん悩んだ挙げ句に、地魚フライ定食がアジフライということで、これに決定。ついでに、さんが焼きも注文しようとしたら、今日は定食にさんが焼きがついているんだそうです。 さんが焼きというのは、あわびの殻になめろうを持って焼いたヤツ。漢字では山家焼きと書くそうです。 しっかし、この店はホントにできます。先に漬け物と肉じゃがの小鉢を出して、お客を期待させてくれるのです。 食べ物もうまいけど、すっかりオバサンになった松本明子がキャラ立ちしていてビックリ。こんなオバサン、定食屋によくいるよねえ。 「はい、アジフライお待たせしましたどうぞ~」 「うわっほ~ぉ!! これはでかいッ!!」 マジで視聴者が驚くようなデカさのアジフライ。こんなん、東京じゃあ絶対に食べられませんよ。 「なんてでかさだ。これが房総の底力か」 わざわざ、カバンから巻き尺を取り出して視聴者にアピールするゴローちゃん。ご飯の丼と味噌汁もデカイ。それに、タルタルソースも好きなだけ使えとばかりに、容器ごと置いてくれます。 「うわっ、何これ? フワフワ?? え~こんなアジフライって……いやぁ、びっくりした~おいしいびっくり久しぶりぃ~おぉ脂が……肉厚うますぎるこの軽さ~」 どうも松重ゴローちゃん、演技じゃなくてマジでうまかったのでしょう。そんな気持ちが伝わってくるセリフ回しです。 ちなみに、ゴローちゃんの食べ方ですが、最初はハジにちょこっとしょうゆを垂らしてから味わう。少しずつ、いろんな味を楽しもうというわけですが、そんなのなくともうまいアジフライであることが伝わってきます。 そして味噌汁。カジメ……ねばねばの海藻の味噌汁は、またうまい。そこに投入される、添え物のさんが焼き。 「う~ん、よいよい……さんが実によい。千葉の民は、よくぞなめろうを焼くという、いわば乱暴な料理を思いつきそうろう……」 こんなうまいおかずばかりで、ご飯が足りるハズもありません。 どんぶりメシのおかわりを頼むゴローちゃん。 さあ、追加ごはんと2枚目のアジフライで、さらなる満足感を目指しましょう。 「2枚目がある幸福……今はただこのアジフライを食べ続けていたい」 ここからは味変。今度はソース。そして、タルタル。 ここでまた、視聴者を驚かせる一言が!! 「うわっ、これすごくうまい!! すごくいいっひぃ!! うん、このアジ……タルタルの濃い味にもビクともしない」 さんざん満足したゴローちゃん。でも、満足したところで目に飛び込むのは「カジメ入りのしょうゆラーメン」の文字。でも、夜だけということで断念です。 「金谷の街に来て、こんなうまいアジフライ定食にありつけるとは思ってもいなかった」 競争相手の少ない田舎町だというのに、手を抜かない本気の味に満足するゴローちゃん。 今回も、視聴者にアジフライを食べさせたくする飯テロ。 でも、店を出るゴローちゃんに、松本明子がまた言うのです。 「今度よかったら、鋸山登りに来ることがあったら、また寄ってください~」 なんだ、この鋸山アピール。やっぱり、タイアップなのか? こういう露骨なタイアップは、嫌いではありません。 (文=昼間たかし)テレビ東京系『孤独のグルメ Season6』番組サイトより
ゴローちゃんの過去の恋が次々と暴露……謎の女・ジョセフィーヌが気になる『孤独のグルメ Season6』第9話
ゴローちゃんこと井之頭五郎(松重豊)は行く、東京に住んでても、まず訪れる機会のない街へと……。東京と一口にいっても、狭いようで広いもの。10年20年と暮らしても、一度も訪れたことのない街というのは多いのです。この『Season6』だけでも、東大和市とか世田谷区太子堂とか、マイナーな場所柄ゆえのワクワク感でおなかを空かせた人も多いのではないでしょうか。 さて、今回ゴローちゃんが訪れるのは、品川区は旗の台。個人的な話ですが、筆者は20代の数年間住んでいたことがあります。この街は東京の中でも特殊なカオス。何しろ、下町なのか山の手なのか。ザーマスと大衆とが渾然一体となった、不思議な土地なのであります。 実は先日、用があって久しぶりに駅に降りたのですが、カオスは健在。とりわけ、住民が利用する旗の台駅はカオスを象徴するものです。この駅は東急池上線と大井町線の交差するポイント。大井町線に急行が設定されたのを契機に駅は改築されたのですが、全面改築かと思えば池上線側はほぼそのまま、結果、昭和レトロと21世紀とか混在する奇妙な駅となったのです。 ちなみに、番組を見てお店を訪れるならば、ただメシを食って帰るだけじゃあもったいない。ここ、中原街道から第二京浜まで、途中は少々途切れながらも、ほぼ一直線に商店街が続くワンダーランド。近くには、これまた昭和レトロな中延商店街も。腹ごなしに、戸越公園でも見物しつつ大井町までトボトボ歩くのがオススメです。 と、余談はこれくらいにして、ゴローちゃんは、やってきました旗の台駅。ちょっと時間があるということで、ひとまずは喫茶店「アティック」でメールをチェック。 「あ、ジョセフィーヌからメールが来てる」 おお、今回は謎に包まれたゴローちゃんのプライベートがほのめかされる展開なのか? 英語のメールを日本語のナレーションで読み上げるゴローちゃん。今日は、ジョセフィーヌからの依頼で、銭湯のリノベーションのチェックという仕事の様子。 その仕事を前に、まずゴローちゃんが注文したのはクリームソーダ。ワイルドなはずのゴローちゃんがクリームソーダ。これ、原作の谷口ジロー先生の傑作『事件屋稼業』(双葉社)において、深町が深夜のファミレスで「うんと、甘いの」とパフェを注文するシーンのごとき、ハードボイルドなダンディズム。そう、背中で語る男には、一見似合わない注文こそがカッコイイのです。 「これこれ、このわざとらしいメロン味」 原作から拾った言葉を挿入しつつ「昭和の甘さ」「正しいクリソダ」。最初、なんといってるのかわからなかったのですが、クリームソーダをゴローちゃんはクリソダと省略。これは、いったいどこの方言なのでしょう? さ、驚くのは次の瞬間。「そしてそして」と、ゴローちゃんは、まだ一口しか食べていないアイスクリームを完全に混ぜ込んでしまいます。な、なんとぜいたくな。貴重なアイスクリームは自然に溶けるまで、はじっこのちょっと凍ったところから、少しずつ食べるんじゃないのか? いや、これこそ、いつでもクリームソーダを注文できるくらいの懐の余裕ができた大人のワザなのか? ま、オープニングを前にここまで文字数を使ってしまったあたり、すでに神回の予感です。 さて、オープニングを終えて、やってきたのは廃業した銭湯……って、ここ荏の花温泉じゃないか。この建物はまだあったのか!! と、元住民の筆者は驚きました。ロケで借りたのか、それとも何か別用途に使用しているのか、気になります。 こちらで待っていたのはオーナーの神尾佑。 リノベーションの参考資料ということで、さまざまな写真を撮影するゴローちゃん。ここの会話で明らかになるのは、ジョセフィーヌがフィンランド人であるということ。どうも彼女は、廃業した銭湯を用いて雑貨カフェを開くもくろみなのだとか。いろいろと謎です。 神尾演じるオーナーも、銭湯の一部を「ここは、いずれ釣り堀にでもしようと思っているんです」とか、やっぱり謎。で、ネットで調べてみたら、実際に工務店が所有していて現在は休業しているものの、元銭湯の釣り堀という形で営業していたんだとか。す、すごい……このタイアップがスゴイ! と、導入部も終わり……かと思いきや、ゴローちゃんの手にしていたデジカメには、懐かしいパリの写真が。「紗雪……元気かな……」と、ふと忘れていた恋を想い出すゴローちゃん。パリの思い出のはずなのに、かつての恋のドラマの回想はどう見ても日本という……なんなの? なんにしても、ここまでですでに脚本がいつもの10倍くらい濃いですよ。これは、料理だけではなくドラマの部分に重点を置こうという、新たな手法に違いありません。 こうして、腹が減ったら、いつものゴローちゃん。 「今、俺が欲しているのは胃袋がドギマギするような料理だ」 そして、目の前に現れる店。 「スペイン食堂、石井」 「今、ずっきーんと来たぞ……真っ赤な看板が腹を空かせた俺という牛をガンガンと煽り立ててくれる。旗の台にスペインの旗。俺は闘牛だ……よぅし、突っ込んでいこうじゃないか」 今シーズン屈指の名言を吐きつつ入店すると、店員はいまや太ったおばさんキャラを確立した佐藤仁美。風景に馴染みすぎなのが、大女優の風格です。 さあ、メニューを開こうとすれば何かを炒めるバチバチという音。なんだ、この演出の挿入は? 「ええ、なになに? スペイン流の派手なお出迎えか……牛なんだからこんな音にビクつくな、こっちに集中するんだ」 パエリアが一人前から注文できることがわかって、本丸を固めるゴローちゃん。あれこれと呪文みたいなメニューをかまずに読み上げ、どんどん興味を惹かれていきます。ここに新たに見つけるのは「ハーフサイズもできます」という貼り紙。一気に、いろいろと楽しめる枠が広がってゴローちゃんは大喜び。 「せっかくだから、いろいろと食べたい」 イカ墨のパエリアを本丸に、ゴローちゃんがハーフサイズで注文するのは……サルスエラ・マッシュルームの鉄板焼き・サルシッチョンのレヴェルト・タラのアリオリオオーブン焼き・スペイン産ガス入りウォーター……素人目に見てもやりすぎですが、佐藤仁美も止める気がありません。 ここで、近くのテーブルで子どもが「バチバチきたー」と運ばれてきたのは、エビの鉄板焼き。なんでも、塩が弾ける音なんだそう。 「え、そうなの。俺は塩にビクついてたのか……」 ちょっと弱気になるゴローちゃんの前に運ばれてきたのは、マッシュルームの鉄板焼き。なんと、お通しのパンも一緒です。いや、パンはヤバいって。この手の料理店のパンって、信じられない勢いで腹をいっぱいにしちゃうのですから。でも、ゴローちゃんなら、おいしく食べきってくれるはず。それをかたずをのんで見守りましょう。 生ハムなどが入ったマッシュルームを、苦労しながら一口で食らうゴローちゃん。 「マッシュルームの概念を超えている。俺、マッシュルームのおいしさって、今ままで知らなかったのかもしれない……」 続いてやってきたのは、サルシッチョンのレヴェルト。なんのこっちゃわかりませんが、イベリコ豚のサラミとキノコのとろとろ卵炒めということで理解すればよいようです。 「あっこれはおいしい。塩加減が絶妙」 「トロトロ卵にサラミとエリンギの食感そこに黒胡椒。このレヴェルト……レベル高いんじゃないの?」 「マドリッドあたりの朝食こんな感じかな?」 「このレヴェルトレベル高いんじゃないの?」なんて、セリフが吐けるのもゴローちゃんのダンディズム。ちゃんと、パンに乗せて食べるあたりがゴローちゃんのテクニックです。 ここで、さらにニンジンサラダも追加注文しちゃうゴローちゃん。だって、隣のテーブルに運ばれてきたそれは、ニンジンを千切りにしたもの。いや、その赤さがうまさを徹底的に主張しているワケですから。思わず注文しちゃいますよね。 そこにさらに、追加はこちらタラのアリオリソース焼き。 「トマトの舞台でタラがフラメンコを踊っている。情熱的な光景だな。そそるぞ……そそるぞ……」 「うわぁ、このトマト旨み吸いまくり大会」 「タラとの組み合わせが、まさにスパニッシュギターとダンサー」 「超絶うまし。アリオリソースのオーブン焼き。旗の台にアリオリハベリイマソカリ」 そんなに満足しているくせに、さらに子ども連れのテーブルに運ばれてくる魚介のパエリアを見て「おお~。あれぞ、ザ・パエリア」と、ゴローちゃんの食欲は止まる気配がありません。 そこへやってきました。ニンジンのサラダとサルスエラ。サルスエラとは、いわばエビや貝がたっぷり入ったブイヤベースのスープ。 「ブイヤベースって、名前からしておいしそうだが見た目もそれを裏切らない」 「お~、味も見た目を裏切ってないぞ。ヒヒヒヒといううまさだ」 「地中海のエキスが凝縮されている。日本の海とはまた違う栄養滋養を感じる」 「ここでタラかぶり。でも、まったく問題なし」 貝などは手で摘まんで食べるゴローちゃん。安心してください。だいたいのスペイン人とかも、こういうのは手を使って食べますから、マナー違反じゃありません。まだまだ残っていたパンをスープに付けて「ねっ、おいしいよね、これ。このおいしさ世界共通だよね」。ニンジンサラダもほおばって「あ~、これはみんな頼むはずだ~、横にあるとうれしい味」。 ここで唐突に挿入される演出が、子ども連れのテーブルでの「ハッピーバースデートゥーユー」の歌声とケーキカット。子どもの時からこんなおいしそうな店で慣らされているなんて、うらやまし!! でも、注目すべきは、そんな様子を見もしないで、手づかみで「う~んエビうまし」とやってるゴローちゃんです。 ここまで堪能した末に、ついに到達するのは本丸・イカ墨のパエリアです。 「一人前いい、サイズ最高!」 もう相当腹いっぱいだと思うのですけど、まったく、そんなそぶりは見せないゴローちゃん。ハイテンションな音楽と共に、食いっぷりには拍車がかかります。もう説明など、要りません!!!! 「さぁ、黒いお米をいただこう」 「うまい! イカスミのコクたまらない」 「赤パプリカにイカ、あっ、タコもか。イカスミの真っ暗な海底にさまざまなうまものが潜んでいる」 「こいつは、サルスエラとはまた別の滋味を形成している」 最後、鉄板に張り付いた、おこげまでこそげとって平らげたゴローちゃん。完全に満足して店を出たとき、ファンを驚かせる一言が……。 「いい食堂だったな。ジョセフィーヌが日本に来たとき一緒に来ようかな」 え、やっぱり、ジョセフィーヌとはそういう関係なの? ゴローちゃんの知られざる女性関係が、次々と明らかにされそうになった今回。最終話までに、ゴローちゃんが恋人と再会する日は来るのか……? でも、ジョセフィーヌってフィンランド人の名前じゃないよね。謎は深まるばかりです。 (文=昼間たかし)テレビ東京系『孤独のグルメ Season6』番組サイトより
100万円以上払えば一日町長になれる……規制の一方で増殖しそうな「ふるさと納税」の“ブッ飛んだ”お礼品
お礼の品物をもらえるのだから、単に税金を納めるよりは、必ずオトク。 そんな意識もあって、存在感を増していた「ふるさと納税」。しかし、近年になり全国の地方自治体の競争は過熱。メインは特産品だったはずが、地域内に工場があるからと、外付けハードディスクやヘッドフォン、さらには地域で使える商品券やアイスクリーム券などを、お礼にする自治体まで登場。そうした、換金性の高いお礼には、転売目的の人も殺到。こうした状況の中で、今年4月に総務省は、全国の自治体に「お礼は寄付額の3割まで」と通知。これを契機に加熱した競争は、ひとまず鎮静化しつつある。 「フツーに税金を納めるよりもお得なものがもらえる」という魅力から人気となった「ふるさと納税」。総務省の通知を契機に、全国の自治体はより魅力的な特産物へとお礼の品をシフトさせようとしている。だが、そうした品々の中には「これ、誰が欲しがるのだろう」という、魅力的なのか? と、首をかしげてしまう品々も……。 換金性を抑制された中で、いったいどんな品物に変わっているのか。調査をしたところ、もっとも驚いたのは、群馬県中之条町のお礼の一つ。100万円以上を寄付すると「一日町長就任の大感謝プラン」なるものがもらえるのだとか。説明文を見ると、寄付した人の希望によって「職員全員に訓示」「イベント参加」「町内視察」などが体験できるという。 こんなお礼を目当てに「ふるさと納税」する人なんているのだろうか。さっそく町役場に尋ねてみたところ……。 「これまでも結構な数の方がいらっしゃっていますよ」 なんでも、特に人気なのは職員への訓示と、本物の町長との懇親会だという。てっきり、アイドルがやる1日警察署長みたいに、1日ずっとイベントがあるのかと思いきや、訓示を選べば、訓示のみで終了なんだとか。100万円以上の寄付ということは、フツーに住民税でそれくらいの額の請求が来ることと、ほぼイコール。相当の金持ちである。金持ちの道楽なのかと思いきや、訓示では町へのアドバイスを書き連ねてきて読み上げる人もいるのだとか。 なぜ、住民でもないのに、そんなアドバイスを。そして、もう一つの町長との懇親会も謎。町の公式サイトに掲載された町長の写真を見てみたが、この人と懇親会を開きたいという魅力はどこにあるのか……? 金持ちの道楽か、あるいは「税金で取られるよりは……」と使っているように見える「ふるさと納税」は、高知県の四万十町にも。それが、25万円以上の寄付が必要な「田舎暮らししたい若者を29泊30日インターンシップさせてあげる寄付チケット(1名様ご招待)」。 これは、もらえるのじゃなくて、自分のカネで田舎に住みたい若者を1名研修させることができるというもの。昔の金持ちは、将来見込みのある若者たちに経済的に支援するのが当たり前だったというが、それの現在形というところか? こうした名誉欲をくすぐる系の「ふるさと納税」が細かいのが神戸市だ。ちょっとややこしいが寄付金の使途を「市民福祉振興等基金」にした上で、1万円以上を寄付すると「市民文化振興基金HPへのお名前掲載及び神戸文化ホールへの銘板の提示」。寄付使途に「ハートフルベンチ」を選択した上で5万円以上寄付すると「市バス停留所のベンチ設置及びお名前の掲示」というものが。後者は、神戸市のどこかのバス停に置かれたベンチに、自分の名前がどーんと書いてもらえるというワケ。自分の名前が書いてあるベンチで、疲れた年寄りがホッと一息ついている。それを、そっと影から見守れば、とても満足した気分……かもしれない。 熊本県は八代市では100万円以上で「最高級畳表『ひのさらさ』(6畳分)※畳表と床の新調」というものが。あの金閣寺や二条城にも使われている超高級な畳が我が家にやってくるというわけである。ま、100万円以上納められる人だから、それなりの部屋に住んでいるんだろうな……と羨ましくなるシロモノだ。 せいぜい庶民が手が届きそうなのは、5,000円でももらえる、岩手県北上市の「北上製ナクレ ティッシュペーパー25個」あたりだろう。それでも一個あたり200円。安いか高いかは、思案のしどころだ。 人気の一方で、お礼競争の加熱や、本来多くの人が住んでいる地域で住民税の収入が減少する問題も引き起こしている「ふるさと納税」。そんな問題があったとしても、取られるばかりのものが税金と考えれば、これほど美味しいものはない。規制の中で、どんな珍奇なアイデアが飛び出すのかが気になってしようがない。 (文=昼間たかし)中之条町公式サイトより
お尻の痛さと、トイレへの不安と戦う6時間超えのバスの旅……日本最長距離「新宮特急」はやっぱりスゴかった!
このお尻が痛くなる旅は価値がある。 日本一の長距離バスとして知られる奈良交通の路線「八木新宮線」。またの名を「新宮特急」とも呼ばれるこのバスは、近鉄の大和八木駅から紀伊半島の山々を巡り、熊野灘を望む紀勢本線の新宮駅前までを結ぶ。 その全長は約166キロ。停留所は167カ所。所要時間は6時間を超える長距離路線だ。 昨今、鉄道に代わって安価な高速バス網が発展したことで、長距離を走るバスというものは増えている。でも、それらは大都市と地方を結ぶ、いわば高速バス。それに対して、この八木新宮線は、あくまで一般路線バス。つまり、そこいらを走っているバスが、超長大な路線になったというヤツである。 実はこのバス。以前より興味はあったものの、乗ることは躊躇していた。というのも、単なる路線バスである。6時間も乗っていれば、かなりお尻が痛くなりそうだ。おまけに、その間に休憩は3回あるものの、車内にトイレはついていない。実際に使用するかしないかは別として、トイレの有無は重要である。途中から我慢しながら乗らなければならないとすれば、精神的にも身体的にもあまりよくなさそうである。サラッと書いているように見えるけど、いつまでたっても五條市。いつまでたっても十津川村が数時間続く。
そうした理由から躊躇していた路線だが、今回、別件で新宮まで取材に行かねばならぬ機会を得た。運賃はともかくとして、とにかく多くの時間を使わねばならぬ路線。ここの機会を逃せば、もう乗ることはないと考えて、まずは出発地の大和八木駅へと向かった。 1日に3便が運行されているこの路線だが、その後の行動を考えると、便利なのは午前9時15分に大和八木駅を出発するバスだろう。そう考えて、前泊して向かうことに。 大和八木駅は橿原神宮という名所もある橿原市のターミナル。とはいえ、車社会の今、市内には人の影も少ない。おまけに、泊まった旅館には1988年の「なら・シルクロード博覧会」の文字がある張り紙もあり、なんだか悠久の歴史を知らせてくれる。大和八木駅前で出発を待つバス。京都から1時間あまりの町で新宮行きの表示は、やはり期待と不安が募る。
■椅子のグレードは高いけど、やっぱりキツい さて、乗車である。赤字のため廃止も危惧されるこの路線。観光向けの需要の拡大も図っているのか「168バスハイク乗車券」という割引き切符も販売中。2日間有効のこの乗車券を用いると、大和八木駅~新宮駅間6,190円が5,250円と大幅にディスカウントされるのである。 そんな乗車券を手に、やってきたバスに乗車。乗客は10人ほど。いったい、このバスに乗ってどこに行くのだろうか、興味は尽きない。 まず乗って安心したのは、椅子である。路線バスとはいえども、椅子はグレードアップされている。だからといって、乗り心地がよいわけではない。ずっと座っているとエコノミークラス症候群になりそうな、でも適度な狭さである。もし乗る場合には、脚を伸ばしやすい最後尾の座席を選ぶのが賢明だと思った。 こうして発車したバスで流れる自動音声のアナウンスは、路線が公的支援によって維持されていることを説明し、乗車を呼びかける。 長大な路線とはいえ、最初は一般の路線と大差はない。幾人かの乗客が短距離を乗っては降りていく。 そんな路線の本格的な凄さが見えてくるのは、五條バスセンターでの休憩が終わってからである。ここから先、バスがずんずんと入っていくのは山の中。走っている路線は国道168号線と、国道ではあるものの急峻な道だ。 時折、待避所に入って一般車両を先に通しながら、バスは山の中を進んでいく。紀ノ川水系(丹生川)と熊野川水系(十津川)の分水嶺となる天辻峠にさしかかれば、いよいよ「よくこんなところに道を通したな~」という雰囲気だ。 今でこそ舗装されて整備された道になっているわけだが、かつての南朝勢力や幕末の志士たちも通ったこの道。よくもまあ、こんなところを進もうと思ったものだと歴史の深さが感じられてくる。以前よりよい車両になったというけれど、やはり路線バス。リクライニングもしないし狭い。
そうして、バスがようやく五條市を超えて十津川村へと入っていくと、見えてくるのは巨大な土木工事が行われている光景だ。この沿線は2011年の大水害で甚大な被害を受けた地域。その復旧工事はいまだに続いている。途中、バスはスピードを緩め、運転手が「このあたりまで水が来た」などと説明をしながら進んでいく。ここ発電所があったのだが洪水で流されて再建中なのだとか。発電所消滅とかにわかに信じがたい。
この復旧工事にあたっては、新たな道路の建設も進んでいる。急峻な谷間の道に突然現れるのは、巨大な橋げた。頑丈な橋を建設し水害に耐えうるような高度に道を新しく作る方向で工事が進んでいるようだ。そのため、バスはグルグルと回りながら高規格の道路と、合間の集落とをゆきつ戻りつ進んでいく。国道の改良工事が進んだ結果、峡谷に天空を結ぶ橋のようなものが次々と建設されている。
■この吊り橋、舐めてかかると怖い! そんな路線の中で、必ず寄りたい観光スポットが谷瀬の吊り橋。ここでは20分休憩時間が設けられているため、急げば渡って帰ってくることができるというわけだ。ようやく20分の休憩。でも、バスを下りてもコンビニなんてないので食糧の準備は欠かせない。
次に、ここに来るのはいつのことかわからない。ここは渡っておくしかない。そう考えて橋に向かった筆者であるが、この橋はヤバい。日本一の長さは別に譲ったとはいえ、全長297メートル。川面からの高さは54メートルの吊り橋である。渡ろうとすると「20名以上は同時に渡らないで」の注意書きが。観光シーズンには見張りの人が出るのだろうが、この日は見ている人もおらず。突然、観光バスでもやってきてゾロゾロと渡り始めたら……などとネガティブなことを考えながら歩みを進める。 きっと、多くの人は最初の数十メートルは「なんだこんなものか」とタカをくくるだろう。敷かれている板切れは頼りなさそうだが、特段危険な感じはしないからだ。特に誰かが見張っているわけじゃないので、突然団体客が来たらロープが切れるんじゃないかと不安に。
だが、中央あたりに来ると「これ、ヤバいんじゃないか……」と、突然恐怖心が湧き上がってくる。中央に来ると、にわかに揺れが強くなってくるのである。「これは危険だ」と立ち止まれば、ふと見てしまう足元。明らかに高い! そして怖い! 最良の手段は、恐怖心が募る前に駆け抜けること。戻りも猛ダッシュすることである……。 そんなアクティビティも堪能できる路線。今回、十津川温泉を越え和歌山県まで乗り通したのは、筆者だけ。残りの乗客はすべて、十津川で下りてしまった。どうも普段から、乗り通しを目的としている観光客を除けば、こんなものらしい。行政からの補助がなければ運行が困難な路線であることは確かだろう。20分の休憩のうちに向こうまで渡って戻って来ることができるのか……。
とはいえ、6時間を超えて紀伊半島の秘境を越えていくという充実感はたまらない。何しろ、まだ都会の雰囲気のある大和八木駅を後に、十津川の峡谷を越えて、新宮に達すれば、そこは荒波が打ち寄せる太平洋。これだけで日本の広さというものを感じることができるはずだ。ようやくたどり着いた新宮の海岸……は、メチャクチャ荒波なので泳ぐどころか近寄るだけでも危険。
6時間を超えて乗り通すことだけで、達成感を得られるこの路線。時間さえあれば、誰にでも挑戦できるから、一度は乗ってみてもよいだろう。ただ、トイレがないので水分補給だけは、よく考えて!! (文=昼間たかし)新宮駅前のバスターミナルは時間の止まったようなレトロ感。これだけでも見る価値がある。
お尻の痛さと、トイレへの不安と戦う6時間超えのバスの旅……日本最長距離「新宮特急」はやっぱりスゴかった!
このお尻が痛くなる旅は価値がある。 日本一の長距離バスとして知られる奈良交通の路線「八木新宮線」。またの名を「新宮特急」とも呼ばれるこのバスは、近鉄の大和八木駅から紀伊半島の山々を巡り、熊野灘を望む紀勢本線の新宮駅前までを結ぶ。 その全長は約166キロ。停留所は167カ所。所要時間は6時間を超える長距離路線だ。 昨今、鉄道に代わって安価な高速バス網が発展したことで、長距離を走るバスというものは増えている。でも、それらは大都市と地方を結ぶ、いわば高速バス。それに対して、この八木新宮線は、あくまで一般路線バス。つまり、そこいらを走っているバスが、超長大な路線になったというヤツである。 実はこのバス。以前より興味はあったものの、乗ることは躊躇していた。というのも、単なる路線バスである。6時間も乗っていれば、かなりお尻が痛くなりそうだ。おまけに、その間に休憩は3回あるものの、車内にトイレはついていない。実際に使用するかしないかは別として、トイレの有無は重要である。途中から我慢しながら乗らなければならないとすれば、精神的にも身体的にもあまりよくなさそうである。サラッと書いているように見えるけど、いつまでたっても五條市。いつまでたっても十津川村が数時間続く。
そうした理由から躊躇していた路線だが、今回、別件で新宮まで取材に行かねばならぬ機会を得た。運賃はともかくとして、とにかく多くの時間を使わねばならぬ路線。ここの機会を逃せば、もう乗ることはないと考えて、まずは出発地の大和八木駅へと向かった。 1日に3便が運行されているこの路線だが、その後の行動を考えると、便利なのは午前9時15分に大和八木駅を出発するバスだろう。そう考えて、前泊して向かうことに。 大和八木駅は橿原神宮という名所もある橿原市のターミナル。とはいえ、車社会の今、市内には人の影も少ない。おまけに、泊まった旅館には1988年の「なら・シルクロード博覧会」の文字がある張り紙もあり、なんだか悠久の歴史を知らせてくれる。大和八木駅前で出発を待つバス。京都から1時間あまりの町で新宮行きの表示は、やはり期待と不安が募る。
■椅子のグレードは高いけど、やっぱりキツい さて、乗車である。赤字のため廃止も危惧されるこの路線。観光向けの需要の拡大も図っているのか「168バスハイク乗車券」という割引き切符も販売中。2日間有効のこの乗車券を用いると、大和八木駅~新宮駅間6,190円が5,250円と大幅にディスカウントされるのである。 そんな乗車券を手に、やってきたバスに乗車。乗客は10人ほど。いったい、このバスに乗ってどこに行くのだろうか、興味は尽きない。 まず乗って安心したのは、椅子である。路線バスとはいえども、椅子はグレードアップされている。だからといって、乗り心地がよいわけではない。ずっと座っているとエコノミークラス症候群になりそうな、でも適度な狭さである。もし乗る場合には、脚を伸ばしやすい最後尾の座席を選ぶのが賢明だと思った。 こうして発車したバスで流れる自動音声のアナウンスは、路線が公的支援によって維持されていることを説明し、乗車を呼びかける。 長大な路線とはいえ、最初は一般の路線と大差はない。幾人かの乗客が短距離を乗っては降りていく。 そんな路線の本格的な凄さが見えてくるのは、五條バスセンターでの休憩が終わってからである。ここから先、バスがずんずんと入っていくのは山の中。走っている路線は国道168号線と、国道ではあるものの急峻な道だ。 時折、待避所に入って一般車両を先に通しながら、バスは山の中を進んでいく。紀ノ川水系(丹生川)と熊野川水系(十津川)の分水嶺となる天辻峠にさしかかれば、いよいよ「よくこんなところに道を通したな~」という雰囲気だ。 今でこそ舗装されて整備された道になっているわけだが、かつての南朝勢力や幕末の志士たちも通ったこの道。よくもまあ、こんなところを進もうと思ったものだと歴史の深さが感じられてくる。以前よりよい車両になったというけれど、やはり路線バス。リクライニングもしないし狭い。
そうして、バスがようやく五條市を超えて十津川村へと入っていくと、見えてくるのは巨大な土木工事が行われている光景だ。この沿線は2011年の大水害で甚大な被害を受けた地域。その復旧工事はいまだに続いている。途中、バスはスピードを緩め、運転手が「このあたりまで水が来た」などと説明をしながら進んでいく。ここ発電所があったのだが洪水で流されて再建中なのだとか。発電所消滅とかにわかに信じがたい。
この復旧工事にあたっては、新たな道路の建設も進んでいる。急峻な谷間の道に突然現れるのは、巨大な橋げた。頑丈な橋を建設し水害に耐えうるような高度に道を新しく作る方向で工事が進んでいるようだ。そのため、バスはグルグルと回りながら高規格の道路と、合間の集落とをゆきつ戻りつ進んでいく。国道の改良工事が進んだ結果、峡谷に天空を結ぶ橋のようなものが次々と建設されている。
■この吊り橋、舐めてかかると怖い! そんな路線の中で、必ず寄りたい観光スポットが谷瀬の吊り橋。ここでは20分休憩時間が設けられているため、急げば渡って帰ってくることができるというわけだ。ようやく20分の休憩。でも、バスを下りてもコンビニなんてないので食糧の準備は欠かせない。
次に、ここに来るのはいつのことかわからない。ここは渡っておくしかない。そう考えて橋に向かった筆者であるが、この橋はヤバい。日本一の長さは別に譲ったとはいえ、全長297メートル。川面からの高さは54メートルの吊り橋である。渡ろうとすると「20名以上は同時に渡らないで」の注意書きが。観光シーズンには見張りの人が出るのだろうが、この日は見ている人もおらず。突然、観光バスでもやってきてゾロゾロと渡り始めたら……などとネガティブなことを考えながら歩みを進める。 きっと、多くの人は最初の数十メートルは「なんだこんなものか」とタカをくくるだろう。敷かれている板切れは頼りなさそうだが、特段危険な感じはしないからだ。特に誰かが見張っているわけじゃないので、突然団体客が来たらロープが切れるんじゃないかと不安に。
だが、中央あたりに来ると「これ、ヤバいんじゃないか……」と、突然恐怖心が湧き上がってくる。中央に来ると、にわかに揺れが強くなってくるのである。「これは危険だ」と立ち止まれば、ふと見てしまう足元。明らかに高い! そして怖い! 最良の手段は、恐怖心が募る前に駆け抜けること。戻りも猛ダッシュすることである……。 そんなアクティビティも堪能できる路線。今回、十津川温泉を越え和歌山県まで乗り通したのは、筆者だけ。残りの乗客はすべて、十津川で下りてしまった。どうも普段から、乗り通しを目的としている観光客を除けば、こんなものらしい。行政からの補助がなければ運行が困難な路線であることは確かだろう。20分の休憩のうちに向こうまで渡って戻って来ることができるのか……。
とはいえ、6時間を超えて紀伊半島の秘境を越えていくという充実感はたまらない。何しろ、まだ都会の雰囲気のある大和八木駅を後に、十津川の峡谷を越えて、新宮に達すれば、そこは荒波が打ち寄せる太平洋。これだけで日本の広さというものを感じることができるはずだ。ようやくたどり着いた新宮の海岸……は、メチャクチャ荒波なので泳ぐどころか近寄るだけでも危険。
6時間を超えて乗り通すことだけで、達成感を得られるこの路線。時間さえあれば、誰にでも挑戦できるから、一度は乗ってみてもよいだろう。ただ、トイレがないので水分補給だけは、よく考えて!! (文=昼間たかし)新宮駅前のバスターミナルは時間の止まったようなレトロ感。これだけでも見る価値がある。

























