大炎上の永井美奈子、日本テレビ局アナ時代からの高飛車ぶり「タレント気取りで……」

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「いつまでもそばにいて」(バップ)
 元日本テレビのアナウンサーだった永井美奈子に、バッシングが集中している。  7月6日に放送されたバラエティ番組『ライオンのごきげんよう』(フジテレビ系)に出演した永井が、9歳年上の司会者、小堺一機に対して敬語も使わず、ソファーにふんぞり返った態度が、視聴者から不快感を示されているのだ。  中には「かつてのアナ時代とはあまりに違う」という声もあるが、それは間違いだろう。確かに彼女は日テレ時代、同僚の薮本雅子、米森麻美とアイドル歌手ユニット「DORA」を結成し、局の40周年記念キャンペーンソングを歌ったアイドルアナだったが、その本性は可憐で純朴なイメージのアイドルではなく、上昇志向の塊だったという。実際、スポーツ紙に「タカビー女」と書かれたことは何度もある。  永井は女子アナ時代、アイドル人気に気をよくしたか、「次第にアナウンサーとは思えない派手な化粧と服を着て、局内を闊歩するようになった」とは当時のプロデューサーの話。 「タレント気取りで、本来は優先させなければならない芸能人と同じタイミングでメークルームに入って、アナウンサーがやるべき実務も後輩にばかりやらせるようになった」(同)  その大物タレントのような振る舞いを、ある文化人がスポーツ紙で暴露したこともあった。そんな永井への嫌悪感が局内に充満、元アナウンス部長の石川牧子は、その反動で永井と正反対の地味なタイプとして、河合彩を採用したというエピソードもあるほど。  在社時代から当時ときめくIT長者との交遊に精を出し、フリーとなった後に、堀江貴文(当時ライブドア)、三木谷浩史(楽天)とともに“ヒルズ三羽ガラス”と呼ばれた若手実業家、サイバードの堀主知ロバート氏と結婚。サイバードが携帯電話向けの有料コンテンツで急成長すると、永井はテレビ界を離れ、文化人の道を進んだ。  しかし、たまにメディアに登場するや、都内の超高級マンションを「リーズナブル」と話すなど、庶民には手の届かないセレブ生活の自慢ばかり。一時、プロフィールから年齢や成城大卒という学歴も削除し、結婚後に入学した「慶応義塾大学大学院修了」に置き換え、NHKから依頼された懇談会委員を肩書にしていたこともある。 「日テレ時代から野心家で、狙い通り勝ち組に乗った永井だけに、今回はその勝ち誇った気分が表に出てしまっただけだろう」とは前出プロデューサー。  ひがみや妬みがもろに表れるネット時代においては、いかにも好かれないキャラクターといえる。 (文=藤堂香貴)