宝生舞の“行方不明”騒動に見た、有名芸能人の「消え方」事情とは?

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『一般社団法人 映像コンテンツ権利処理機構aRma:不明権利者一覧・掲載日時順』より
 一般社団法人映像コンテンツ権利処理機構(aRma)が元女優の宝生舞の行方を呼びかけたことが話題となった。同機構は放送番組の二次利用のため、連絡のつかない出演者(著作隣接権者)の情報提供を求めている。呼びかけからまもなくして、宝生の関係者から連絡があったという。  宝生舞は1993年にデビューし、テレビドラマに映画、バラエティと幅広い活躍を見せた。はっきりとした顔立ちが特徴的な美女として知られる。2010年5月末日をもって「自分自身をしっかりと確立させるため」に芸能界を引退していた。現在は一般人となっているとはいえ、宝生舞クラスの人間でも連絡が取れなくなることはあるのだろうか。 「基本的にテレビ局は芸能事務所を通して芸能人と連絡を取ります。大手の事務所もありますが、ほとんどは数人のスタッフによる零細企業です。事務所の倒産、合併はもとより、タレント本人の移籍、廃業などで連絡先がうやむやとなることは多いです。芸能事務所の中でもマネジャーが個人的にタレントを抱えている場合も多い。マネジャーに連絡したら、すでに退職しているなんてパターンもある。さらにテレビ局側もスタッフは番組ごとの離合集散で、連絡先が紛失、散逸することは日常茶飯事です。それでも宝生舞さんのような有名人が一時的とはいえ不明となるのは珍しいですね。やはり、すでに廃業しているという事情があったのでしょう」(業界関係者)  確かに、aRmaの不明権利者一覧に目立つのは、ドラマの端役出演者や、外国人出演者などだ。誰もが知る有名人の名前はあまり見当たらない。 「ドラマの端役出演者は、劇団員などと並行しつつ細々と活動している場合が多い。結局売れないまま廃業というパターンも多いので、連絡がつきにくいのでしょう。さらに外国人出演者は、たまたま日本に来ている時にアルバイト感覚で出たような人たちばかりですから、すでに日本にいない可能性も高い。本人を見つけ出すのは至難の業ですね」(同)  aRmaは、本人だけでなく家族、遺族、知人まで対象を拡げて情報提供を求めている。往年の名番組をネット配信や、DVDなどを二次使用コンテンツとして楽しむためには、膨大な手間がかかるのだ。

宝生舞だけじゃない!? “美しい一般人”になった「消えた女優たち」の行く末

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『私はゴミ箱になりたい』(主婦と生活社)
 元女優の宝生舞が、一般社団法人映像コンテンツ権利処理機構のウェブで、不明権利者一覧として掲載されたことが話題となっている。  2007年にテレビ朝日系で放送されたドラマ『相棒』の映像二次使用に関しての呼びかけであり、ネットニュースなどで「宝生舞、行方不明か」と大きく取り上げられることになった。その後、宝生の関係者と連絡が取れ、現在は不明権利者リストからは外されている。  宝生舞は、1990年代から2000年代のはじめにかけて数多くのドラマに出演。Sっ気のある猫顔は多くのファンを魅了した。『ショムニ』(フジテレビ系)では30カ国語以上に堪能な知性派OL、丸橋梅役を演じた。  07年に7歳年上のグラフィックデザイナーと結婚後、舞台を中心に活躍していたが、10年5月末のブログで「役としての宝生舞ではなく、自分自身を確立させたい」と、芸能界引退を表明していた。  宝生舞と同様に芸能界からひっそりと姿を消した女優としては、桜井幸子がいる。1990年代に『高校教師』や『人間・失格』など数多くの野島伸司脚本によるドラマに出演していた清楚系の女優である。彼女は2009年いっぱいでの引退をブログ上で表明している。引退理由として、留学や仕事を通した海外体験が契機になったとしているが、背景にはアメリカ人恋人の存在があったとも言われる。  宝生や桜井のように声高に引退宣言を行わなくとも、事実上の引退状態となっている女優も多い。契機となるのが結婚と妊娠出産だ。 「結婚出産を機に露出が減った女優の代表格としては、伊東美咲があげられます。彼女の場合、典型的なトレンディドラマ女優だったので、既婚子持ちという実生活と、ドラマのキャラクターとの調整が難しいんです」(業界関係者)  古くは山口百恵、後藤久美子、最近では榎本加奈子や根本はるみなど、結婚を機に芸能界から事実上の引退をする者は多い。最近では、上戸彩が『アイムホーム』の撮影終了をもって産休に入り、無期限の活動休止を発表している。 「結婚出産後の復帰タイミングを見極めることは重要ですね。やはり芸能界は入れ替わりが激しいですし、休んでいる間に自分のポジションが埋まっていることもある。そうなると結婚前と同じような活動を続けることは難しい。実生活の暴露をウリにママタレを目指そうにも、枠は飽和状態にあります」(同)  女優にとって生き残る道を探るのも大変なのだ。美しい一般人として生きるのもひとつの選択肢なのかもしれない。 (文=平田宏利)