
『マリアンヌの誘惑』(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)
多くのアーティストが取り組む、過去の楽曲の“カバー”。新人アーティストがかつてのヒット曲の力を借りて知名度を上げることもあれば、現代に蘇った名曲が再評価されることもあり、音楽シーンでも人気ジャンルとして確立している。それを楽しむリスナーはもちろん、カバーするアーティストにとっても、されるアーティストにとっても、多くのメリットがあるといえるが、そんなカバー楽曲をめぐって、「時には母のない子のように」などのヒット曲を持つ歌手のカルメン・マキを中心にTwitter上で議論が起こり、話題になっている。
その発端は、ロックバンド・キノコホテルが「ノイジー・ベイビー」をカバーしていたにもかかわらず、事前確認がなくCDも送られてこなかったとして、マキが不快感をあらわにしたことだ。キノコホテルの所属事務所は、権利的には正式な手続きを踏み、マキに対してもライブで顔を合わせた際に挨拶をしたと主張した上で、見本盤が送られていないことについて謝罪。一方でボーカル・マリアンヌ東雲は「もう二度と演らないと決めました。面倒臭いから。」とツイート。この態度が火に油を注いだのか、マキは、カバーをする際は「必ず事前に承諾を求められ商品化された物は送られてくるのが常識」「この業界上のルール」とヒートアップし、音楽業界関係者やミュージシャンを巻き込んだ議論に発展した。
マキのツイートに対し、長く音楽業界で活動してきた文筆家/プロデューサーの高橋健太郎などが「そんなルールはない」「著作権以外のしきたりが増え、カバーしたくても歌えないなどの事態になると、音楽の世界はどんどん窮屈なものになる」という主旨の異論を唱えた。擁護派の意見として、マキにも法的権利(同一性保持権)があるとする声もあったが、法律に詳しいネットユーザーは「実演家の同一性保持権の保護対象はあくまで実演であって、実演が利用されたわけではない以上、今回の件では実演家の同一性保持権は問題にならないと思います」とツイートしている。
シンガーが楽曲にとって重要な存在であることはいうまでもなく、思い入れが深いのも想像に難くない。東雲のリアクションが、オリジナルであり大先輩であるマキへのリスペクトに欠けていたという指摘もあり、マキに共感する声もあったが、一方で「めんどくせえ」「老害」と厳しい批判も多かった。炎上した理由は「マキが個人的に気に入らなかった」だけのことを「業界のルールに反する」と主張してしまったからだと考えると、シンプルに「私は腹が立った」と述べていれば、もう少し賛同者も得られていたかもしれない。
そもそもキノコホテルが「ノイジー・ベイビー」をカバーしたのは、楽曲が好きだったからだという。いつか両者が和解し、ライブで聴けるようになることを願いたい。
(文=渡辺明)