高倉健出演“幻の企画”『ヤクザ名球会』と『龍三と七人の子分たち』に北野武監督が込めた思い

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 北野武監督の17作品目『龍三と七人の子分たち』がいよいよ4月25日に公開される。「金無し、先無し、怖いモノ無し! 俺たちに明日なんかいらない!! ジジィが最高!!」というキャッチフレーズのこの作品は、元ヤクザのジジィたちが、オレオレ詐欺集団のガキどもに、ジジィのパワーを見せつけ、成敗を加えるという内容だ。  『アウトレイジ』『アウトレイジ ビヨンド』の前2作でも、男の哀愁を漂わす“キタノブルー”は健在だった。北野映画を見る側は、そのイメージを脳裏に焼き付けているだけに、『龍三と七人の子分たち』の試写を見た瞬間、まず映像の明るさに戸惑った。同時に「ここは笑っていい場面なのか?」と迷うこともあった。  この映画、お笑い・コメディ映画だ。北野監督は「主演に起用した藤竜也さんも、やっているうちにお笑いだと気がついたよ。まじめな俳優がまじめにやってるから面白いんだよ。若い女性たちにも“おじいちゃんたちがかっこよくてかわいい”と評判がいいんだよ」と、幅広い層に楽しんでもらえる本作に北野監督はヒットの予兆を感じ取っているようだ。  10年くらい前から、北野監督は「年を取った元ヤクザたちが、世直しをするために立ち上がる“ヤクザ名球会”という映画を作りたい」と言っていた。その頃、故・高倉健さんから「タケちゃん、一緒に映画を撮ろうよ」と声をかけられていたときだっただけに、監督が健さんをキャスティングしようと考えていたことは想像に難くなかった。だが結局、“ヤクザ名球会”の名球会という固有名詞が使えないことから、この話は先送りになった。  その後、『アウトレイジ』『アウトレイジ ビヨンド』が制作されて、大ヒット。その最中に世の中はオレオレ詐欺の被害者が急増。深刻な社会問題になってきた。北野監督は、“ヤクザ名球会”にかわって、平均年齢72歳の超ベテラン俳優たちを起用して、オレオレ詐欺集団に立ち向かう元ヤクザたちの奮闘記である『龍三と七人の子分たち』を制作した。「サンデー毎日」(毎日新聞)に北野監督への取材を依頼された筆者に、監督は映画製作の動機について、こう語った。 「高齢化社会だよね。今度のオレの映画の主要キャストの平均年齢も72歳。映画の内容は、子どもには怒られるし、病院ではのけ者にされ、オレオレ詐欺に引っかかった老人たちが、『頭きた。ガキなんかに負けるか』って、みんなで組んで世直しするっていうもの。なぜ、そういう老人ものを作ったかといえば、最近『なんで老人の党と言うか、老人だけの政党がないんだ』と不思議に思っていたんだよね。いまやわれわれ団塊の世代が、日本の高齢者の半数を占めるわけなんだから、本気で政治参加すれば、第一党になる可能性もあるわけなのに。ただ、団塊の世代が一番よくないのは、数は多いけどつるまないんだよね。つるんだのは安保闘争ぐらいなもんだよ。オイラの時代はバカはバカで、みんなから相手にされないし、つるむことはなかった。子ども時代に『みんなで仲良くしましょ』と教えられていないから。仲良くしましょと言い出したのは、オイラのあとの世代からでしょ。人との付き合いが悪いんだよね。ただ、老人は老人でつるまないと。つるむことで大きな力を発揮しないと。いつまでもゴミ扱いされたままじゃ、しょうがないでしょ。年寄りも団体とか政党を作って、若い世代に対抗しなきゃ、人数だったら負けないんだから。議員をドンドン送り出して老人に有利な社会にしないと。『年寄りがわがまま放題の明日の見えない社会に』ってね」  『龍三と七人の子分たち』は明日がない老人たちが大暴れするコメディ映画。それは、年寄りたちへのエールであると同時に、明日を背負う世代たちへの喝でもあるという、北野監督流のパラドックスだ。大ヒットに期待したい。 (文=本多圭)

『龍三と七人の子分たち』俳優・藤竜也に聞いた「“ジジイ”になるって、どうですか?」

fujitatsuya041701.jpg  年を重ねる楽しさがあるのなら、こんな老後も悪くない!? 北野武監督の最新作『龍三と七人の子分たち』は、引退して寂しい老後を送っている元ヤクザの“ジジイ”たちの物語だ。オレオレ詐欺に狙われたのをきっかけに、子ども、いや孫ほど年の離れたチンピラたちに逆襲を仕掛けるジジイたち。スカッとする結末を迎えるのか、それとも寄る年波には勝てぬのか。北野監督ならではのブラックユーモアがたっぷり詰まった、もうひとつの『アウトレイジ』だ。  博打狂いのマサ(近藤正臣)、戦争に行ったこともないのに自分を特攻志願兵だったと思い込んでいる“神風のヤス”(小野寺昭)、震える手で拳銃を握る“早撃ちのマック”(品川徹)ら血気盛んな元ヤクザを束ねるのは、70歳にして再び組長となった龍三親分だ。演じるのは映画『私の男』(2014年)での好演も記憶に新しい、藤竜也。渋い、セクシーといった従来イメージを覆す“おじいちゃん”を、驚くほど楽しそうに演じている。実のところ、男性にとって年を重ねることはどういった実感があるのか。話を聞くために取材に赴くと、「タブレットで毎日サイゾーを見てるよ」といううれしい一言からインタビューは始まった。 ――北野監督からオファーがあったときは驚かれたそうですね。 藤竜也(以下、藤) オファーがあったとマネジャーから聞いたときは、そんなはずはないだろうって思いました。「そのうち映画に出してやるから金振り込め」っていう“出てくれ詐欺”なんじゃないの、って思いましたよ(笑)。台本が届いて、やっと信じられましたね。 ――劇中でも、龍三にオレオレ詐欺の電話がかかってきますしね。  台本を読んだだけでもおかしくてね。詐欺じゃないかという不安と、こんなジジイばっかりで映画になるのかっていう不安。さらにもうひとつ、撮影が終わるまでにみんな無事でいるんだろうかという不安(笑)。監督も「誰かの遺作にならなきゃいいけど」なんておっしゃってたけどね。今のところみんな元気にやってるので、「あとは公開日の舞台あいさつまで頑張んなきゃな」って励まし合ってますよ。 ――藤さんといえば、撮影数カ月前から現地に住むといった、入念な役作りに関する逸話があります。今作のキャラクターは、どのように作っていったんですか?  今回は、監督が「白紙で来てくれ」とのことだったんです。今までギャングやヤクザは何度もやっているのもあって、現場で監督の演出に従ってやっただけですね。確かに役によっては役作りを一所懸命やるんです。手に職のある人の役なら、それなりに見えるように術を会得すると、なんとなく説得力が出てくる。科学者の役をやったときは悩んだけど、その人と家族のドラマを考えた。そうやって習ったり勉強したりするのは、もともと好きなほうですね。 ――役に応じて、準備の仕方を変えるんですね。  そう。僕の一番のモットーは、楽しんでやること。楽しめない仕事はしたくない。今回は、「監督の言う通りにやること」を楽しみました。監督の一言で方向性がわかるので、修正しながら作っていきましたね。でも今考えると……北野さんというのは吸血鬼だね。僕らの持てる生命力や技術を、余すところなく吸い取ってくれる。ありがたい吸血鬼様だなと思っていました。 fujitatsuya041702.jpg ――龍三たちの乗ったバスが商店街を暴走するシーンでは、藤さんたちも実際にバスの中に乗ってらっしゃったんですよね。怖そうでしたが……。  ううん、楽しかった。 ――笑顔で即答とは(笑)。  運転してるのはプロの方でしたから、ジェットコースターのように楽しみながら乗ってましたよ。僕が座っていた側のガラスが割れてしまったというハプニングはありましたけど、それでも楽しかったんですよ。 ――「楽しかった」とおっしゃるところが、藤さんらしく思えます。  ただ、人が好きなだけなんですよ。人の話を聞くのも好きだし。僕はいつも、自分はワン・オブ・ゼムだって思ってる。多くの中のひとりと意識すると、周りの人たちの存在がとても大きくなって、いろんなことに興味が向く。話を聞いちゃおう、なにか習っちゃおうってね。僕自身には何もないし、こうやって取材のときにしゃべらせてもらえれば十分ですね。 ――ちなみに、サイゾーを見てくださっているのはどうしてですか?  いつまでも野次馬でいたいんですよ。俳優の仕事は虚構の世界で、僕らはその中心にいる。それだけで十分に満足できるし、その仕込みをするためには普段から“人”を見ていなきゃいけないから。僕もいろんな人を見て、吸血鬼になりたいんです。 ――その好奇心、野次馬根性が、藤さんの若さの秘訣なのかもしれませんね。  お金と時間がうんとあっても、好奇心がないとつまらない。どんなことにも飽きないためには、常に自分を空っぽにしておくこと。ほかのものが入ってくる余地を、たくさん作っておくようにはしていますね。 ――そう思えるようになるのも、経験値ゆえですね。  年を取ってよかったことは、素直になれること。たとえば女性に「かわいいね」って平気で言える(笑)。言われたほうも相手にしないでしょ。若いときは意識しちゃって言えないし、言ったら言ったで変に受け止められてややこしくなっちゃったりするけど、年寄りなら「どうもありがとう」って言ってもらえる。失礼なことを言っていいというんじゃなく、素直にいいと思ったことを言える、というのは年を取ってよかったことですよね。 ――逆に失ったものというと?  やっぱり若さ。体の柔軟性とか。落ちたものを拾うだけで時間がかかるんだもん(笑)。でも、それぐらいなんだよね。ほかはそんなに変わらない。昔は、年取ったらいろんなことが変わるのかなって思ってたんですよ。だけど、自分自身はたいして変わりませんね。 fujitatsuya041703.jpg ――仕事へのスタンスも変わらないですか?  全然変わらない。いまだに慣れないんですよ。仕事を受けて台本をもらって、「この役が、はたしてできるんだろうか」って悩むところから、まず始まるんです。自分が気に入ってこれをやろうって心に決めたのに、「自分にできるんだろうか」という思いを、「できる」に変えていく作業なんです。そして撮影現場で「よーい、スタート!」の声を聞いたら、あとは競走馬みたいに一気にゴールを目指すだけ。最初のカチンコが鳴るまでは、いまだにすごく気が張りますね。だけど、そういう緊張がないとつまらないとも思う。クールにホットに。相反するものなんですけどね。 ――映画だけでも毎年のように出演作が公開されている藤さんですが、『愛のコリーダ』(大島渚監督作、76年)では実際のセックスを伴う撮影法がセンセーショナルに取り上げられ、その後2年間はオファーが来なかったという経験をされています。先が見えない時期を、どのような気持ちで過ごされていたんですか?  自分を信じ続けてました。絶対に大丈夫だって。10年だったらわからないけど、2年ぐらいだったから気持ちを持ち続けることができた。それ以上長かったら、どうなっていたかわからないけどね。 ――自分を信じるというのは、口で言うより相当難しいことですよね。  持てる力をこれだけ映画に捧げたんだという気持ちしかなかったですね。やるだけのことをやったんだ、自分を信じようと。そうすればきっと誰かが、「あいつを救ってやろうよ」って言ってくれるんじゃないかなって思ってました。それにさっき言った、自分を空っぽにして新しいことを入れる上でも大事な期間だったんですよ。つまらないことでもなんでも、むきになってやってた。遊びでもなんでも、懸命にやることって本当に大事なことなんですよ。 (取材・文=大曲智子/撮影=後藤秀二) 『龍三と七人の子分たち』 監督・脚本・編集/北野武 出演/藤竜也 近藤正臣 中尾彬 品川徹 樋浦勉 伊藤幸純 吉澤健 小野寺昭 安田顕 矢島健一 下條アトム 勝村政信 萬田久子 ビートたけし 4月25日より全国ロードショー http://www.ryuzo7.jp/ (c)2015「龍三と七人の子分たち」製作委員会 ●藤竜也(ふじ・たつや) 1941年、北京生まれ。大学時代にスカウトされ、日活に入社。62年、『望郷の海』でデビュー。76年、『愛のコリーダ』で報知映画賞最優秀主演男優賞を受賞。阿部定事件を題材にしたハードな内容ながら、国際的に高く評価された。近年だけでも、『スープ・オペラ』(10年)、『はやぶさ 遥かなる帰還』(11年)、『サクラサク』、『私の男』、『柘榴坂の仇討』(14年)など多数の映画に出演。4月9日からは、ドラマ『かぶき者 慶次』(NHK総合)に出演中。