
ゆるキャラが案内する先は……?
前回、3,000体もの石像を有する狂気の私設公園「大岩顔彫刻公園」(
参照記事)取材のために訪れた、韓国の中ほどに位置する陰城(ウムソン)郡。現地でもらった日本語の観光パンフを眺めていたところ、強烈なネーミングセンスのスポットを発見した。その名も「潘基文(パン・ギムン)平和ランド」である。
潘基文は言わずと知れた、韓国出身の現国連事務総長。その彼の名を有する平和の地が、韓国の田舎町にすでに存在していたとは……恐るべし陰城郡。年内に2度も訪れるとは思っていなかった小さな町に、再び旅立つこととなった。
ソウルからバスで2時間ほどかけて、陰城バスターミナルへ。ベンチにはお年寄りの一団がやることなさそうに座り、すでに途方もない平和感を醸し出している。
町には「潘基文UN事務総長の故郷、陰城郡です」といった大きな看板が掲げられ、彼が観光アイテムとして大活躍している様子が伝わる。ちなみに観光パンフによると、毎年春か秋には「潘基文マラソン大会」も開かれているそうだ(もちろん、本人が出席するわけではない)。
潘基文平和ランドは、陰城バスターミナルからタクシーで15分ほどの「潘基文生家村」内に位置する。潘基文が1944年にこの農村で生まれたことを記念し、造成された生家村。「本人、まだ生きてるんですけど!」というツッコミは、韓国では通用しない。歴代大統領や重要人物の生まれた家が、在籍中から観光スポット化されるのは韓国の常識だ。

入村すると、さっそく平和っぽいオブジェが
農村の様子を残す生家村を歩く。PEACE OF THE WORLDと書かれた超どうでもいい地球のオブジェが浮かぶ池の前には「潘基文フォトゾーン」があり、等身大の銅像が鎮座。こうした“出会える系”の演出こそ、生家観光の醍醐味といえる。

現職国連事務総長と肩を並べて、はいキムチ
その後ろには、かやぶきの家があり、これがかの「潘基文生家」であった。とはいえ、モデルハウスのように真新しい。それもそのはず、本物の生家は1970年代にスレート屋根に改築された後、2002年には撤去されている。いま目の前にあるのは、写真資料をもとに10年に復元されたものとなる。
なので真新しい部屋に「潘基文総長が生まれた部屋」と書かれていても、へえ、というばかりであった。お宝感があるといえば、この新しい家の縁側に座る、潘基文の写真が飾られているということ。ぴかぴかのフェイクに出会ったご本人は、笑顔を浮かべつつ一体何を思っただろう。
そして隣には、彼の業績や生い立ちを展示する「潘基文記念館」も。おなかに将来の事務総長を宿した母親が見た、縁起のいい夢をジオラマで表現するなど、国連事務総長マニアにはたまらない内容となっている。
あと個人的にツボったのは、紹介されていた潘基文の名言、「今眠れば夢を見られるが、今勉強すれば夢がかなう」。大喜利か。

潘基文記念館。右の石碑は単なる長方形ではなく、国連本部をイメージ

記念館内にある、潘基文夫妻がこの館を訪れ座ったという、珍妙な椅子
生家村の全貌がだいたいわかったところで、いよいよ「潘基文平和ランド」へ。民家を抜けた先には、学校のグラウンドほどの、人っ子ひとりいない芝生の公園が広がっていた。

ここが……かの平和の地?
公園の一角には世界の国旗がずらりとならび、その中心には、リアルな潘基文の銅像が! 世界の中心に立つような構図といい、片手にハトを携えた堂々たる佇まいといい、まさに「光臨」と言いたいお姿であった。

ヴィヴィッドかつぼんやりとした平和っぽさ

手にはハト

またもや国連本部ビル。こういうのって、国連の許可は要るのだろうか?
そのあまりに神々しい銅像に、一度手を合わせて神妙な気持ちになった後は、周辺を拝観。後ろの壁には世界の国旗と世界地図が描かれているが、両サイドの余ったスペースには、陰城郡の特産物やお祭りなどの観光情報も掲載。これって、世界平和とは関係ないのでは?
庭木には平和をイメージしたのではと思われる謎のオブジェが並び、あと国旗をよく見たら、上下逆さに掲揚されているものもいくつか……。

よくわからないピースな物体

カナダ……。そしてふたつ上の写真、オーストラリアとハンガリーもやばい
こうしたユルさを含めて、腰が抜けるほど平和すぎる時間がそこには流れていた。どこまでも続く青空の下、水の出ない噴水を眺めながら、平和っていいよねと漠然と思った。
陰城郡の旅を終えた私は、またもや潘基文の故郷をアピールする陰城駅から列車に乗り、20分ほどかけて隣町の忠州(チュンジュ)市へと向かった。なんの情報もなくふらりとやって来たのだが、そこにもなんと、さらにユルさを加速させた、もうひとつの潘基文スポットが待ち構えていたのであった(次回に続く)。
●潘基文平和ランド
住所 忠淸北道陰城郡遠南面上塘里
(文・写真=清水2000)