TBSバラエティ好調の立役者・藤井健太郎に訊く「サンプリング世代のテレビの作り方」

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撮影=尾藤能暢
 ちょっぴり下世話、ほどよい悪意、わかりやすさと深さの両立……。好調をキープするTBSバラエティの中心にいる男、藤井健太郎。『クイズ☆タレント名鑑』『水曜日のダウンタウン』『クイズ☆正解は一年後』など多くの人気番組を手がける彼が、このたび初の著書『悪意とこだわりの演出術』(双葉社)を上梓した。「日本のバラエティ界を担う若手ディレクターの雄」などと書かれるのを一番嫌がりそうな彼に、あえて聞いてきました。「今のテレビって、どうなんですか?」 *** ――本書の中に「100人が1面白いと感じたことと、1人が100面白いと感じたことには同じ価値がある」とあって、藤井さんの番組の根底にあるものはこれだよなぁと、勝手に納得してしまいました。 藤井健太郎(以下、藤井) 面積論でいったら、一緒ですよね。どっちをよしとするかは人それぞれだし、テレビ局の商売としては広く浅くのほうがいいのかもしれないけど、有料のコンテンツは“少ないところからたくさん取る”というほうへ移ってきていますよね。みんなが共通で楽しめるものが少なくなっているから。目指すべきはもちろん、多くの人に面白いと思ってもらうことですけど、現状では僕らが得意とする方法でどれだけ面積を広げられるか、ですよね。僕はどちらかというと、広く浅く楽しめるものより、狭く深く……のほうが得意なのかも。とはいえテレビなので、狭くなりすぎることはない。あまりに狭かったら視聴率も取れなくて、自然淘汰されていくので。 ――今テレビマンたちは、「視聴率」というものを、どのように捉えているのでしょうか? 藤井 もちろん、みんな視聴率で動いていますよ。制作の中心にあることは否めない。ただ一方で、商売としてはCMが売れればいいわけじゃないですか。だから、たとえ視聴率が取れていても、あまりに見ている層がお年寄りに偏っていると、意外とCMは売れなかったりする。視聴率とCMの売れ行きは、完全なイコールではないんですよ。そこに矛盾が出てきているのは確か。まぁ、そのうち変わってくるとは思いますが、今のところは視聴率が唯一の指標ではあるので「視聴率なんて関係ない」っていうのは、やっぱり違うかなと。それを成立させながら、その枠の中で何をやるのか、ですよね。 ――「自分がトップで作っている番組より、誰かの下についた番組のほうが、視聴率がいい」とも書かれていました(笑)。 藤井 もうちょっと色が薄まったほうが、幅広く受け入れられるいい感じのやつができるんでしょう(笑)。とはいえ、自分は、自分が面白いと思う番組を作りたいわけで。 ――藤井色を120%出したくなっちゃう。 藤井 出したくなるっていうより、気になっちゃうんですよ。「こうしたい」というより「これがイヤだ」のほうが強い。これイヤだ、これ気になる……ってやっていくと、結局自分っぽいものが残る。 ――それで、編集なども、すべてご自身がやるということにつながっているんですね。ものすごい作業量なのでは? 藤井 めちゃめちゃ働いてますね(笑)。でも、誰かに「やれ」と言われたわけじゃなく、自分が気になるから、だけなんですよ。自己満足なんで、仕方ない。人が書いたナレーションも“てにをは”とかが気になって細かいところを直しだしたら、「あとはやっとくわ」って、自分で書いてしまう。ほら、ペンだこありますから。 ――おお! 藤井 手書きかい! っていうのもあるんですけど(笑)。 ――あと、すごく気になった箇所があったんですけど…… 藤井 なんでしょう? ――「正直、テレビ業界の人はダサイ人が多いです」という。 藤井 そこか……これ、詳しく言わないとダメですか?(笑) ――ぜひ……。
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藤井 広告代理店系のダサイ感じってあるじゃないですか。チャラいノリの“ヨイショ~”みたいな。そういう部分とクリエイティビティって、本当は離れているはずのものなのに、テレビ局って意外と近かったりする。そういうノリの人が、作り手に混ざり込んでいる。特に昔は、そちら側の人のほうが多かった気がするんですよ。あとは……見た目とかも。テレビって、途端に洒落てないですよね。ほかのいろいろなカルチャーと比べて。そう思わないですか? ――ちょっと、マッチョな感じのイメージはあります。 藤井 そうですね。わかりやすさ、とっつきやすさに特化したメディアなので、そっちに特化していった過程で忘れられていったものはあると思います。 ――繊細さ、とか。 藤井 ビジュアル面のセンスとか、ビジュアルだけじゃなく、表現そのものがダサかったり。 ――たとえば、ネットなどでひとしきりはやったものが、少し遅れてテレビで取り上げられたりしますよね。そういう「時差」は、少しダサいような気がします。 藤井 昔はまだ人々が情報にたどり着く手段が少なかったからよかったかもしれないけど、なんでも入ってくる時代に、後追いでやるのは、なかなか厳しいところがある。速さの競争には勝てないけど、テレビには拡散力をはじめ、優位なところもあるんだから、もっと堂々と言っちゃえばいいと思うんですよ。「これTwitterではやったやつです」って。自分の手柄みたいに言うから、かっこ悪い。 ――藤井さんの番組は、そのあたりがすごく正直だなぁと思います。 藤井 なんていうか、そういうことに関する世間とテレビの温度感が開いてしまっているところはあると思います。別にウソついちゃいけないとは思わないですけど、その温度感の読み違えがあると、よくないんだろうなと。だって、正直に言ってくれたほうが、見ているほうは気持ちいいじゃないですか。 ――スカッとします。 藤井 テレビが上から言ってる感じがね。腹の中見せない、偉そうな感じにつながる部分なんじゃないですかね。 ――一方で、視聴者のほうもあら探しというか、素直に楽しんでいないような。藤井さんは「視聴者のレベルを下げないようにするのも役目のひとつなのかな……」と書かれていましたが。 藤井 視聴者に、合わせすぎないことでしょうか。常に「こんなものもあるよ」と提示していく、みんながまだ見たことないものを見せるほうが大事じゃないかと思います。 ――普段は、どうやって企画を考えているんですか? 藤井 僕の場合、ほとんど今まであったものの組み合わせです。ゼロからひらめく、発明みたいなものはほとんどない。この要素とこの要素をくっつけたら……って。テレビを中心に、テレビ以外の分野からも引っ張ってきて。その組み合わせ方によって、新しいもののように見せているだけだと思います。 ――もともと、バラエティ番組は好きだったんですか? 藤井 そうですね、小さい頃からよく見てました。 ――どういう見方を? 藤井 普通ですよ(笑)。そりゃそうでしょ。
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――でも、小さい頃のエピソードを読むと、当時から視点がユニークだなぁと。 藤井 あまり、かわいくない子どもですよね(笑)。 ――小さい頃のエピソードも手掛けられた番組も含めて、この本のタイトル『悪意とこだわりの演出術』の“悪意”という言葉は、藤井演出にぴったりの言葉だと。“毒舌”ではなく、“悪意”。 藤井 “毒舌”ってワードも、もう古臭いですよね。そういう温度感だと思います。ただ、“悪意”っていう言葉が好きなわけでもないんです。勝手に周りが言うだけで。番組でもよく出てきますけど、自分としては、わりと無自覚なんですよ。笑いへのアプローチの仕方として、わざと悪く言う手法が得意ってことなんだと思います。 ――「こだわり」という部分でも、藤井さんは誰も気づかないような細かいところにも仕掛けを入れてきますよね。 藤井 本にも書きましたけど、わかんなきゃダメな作りにならないようにはしてます。知らない人は、ただ普通に気づかず通り過ぎてくれるような。 ――わからない人を置いてけぼりにするようなやり方ではなく。 藤井 「わかる人だけついてこい」はエゴだと思うので、別にそういうつもりでもないし。「わかる人にはわかる人用に、細かいところまで作っていますよ」が基本。 ――いわゆる「テレ東的なもの」が至高……みたいな風潮も、今は少しズレてきていますよね。 藤井 テレビって、脱線メインになっちゃうと、意外と面白くないと思うんです。きちんとしたレールがあった上で、脱線するから面白い。僕の好みは、わりとしっかりスタートがあって、結論がある、最終的に答えが出るもの。その間で、どれくらい遊べるか。 ――いまTBSのバラエティ番組は非常に好調ですが、藤井さんは、その理由はどんなところにあると思いますか? 藤井 なんですかね。企画の中身が、正当に評価されるようになっている気はしますね。僕の立場で偉そうに言うのもなんなんですが。上の人たちが、面白いものにちゃんと価値を見いだすようなジャッジの仕方をしてくれている。そして、その感覚が、(視聴者と)そんなにズレてないということじゃないでしょうか。 ――フジテレビのバラエティに元気がないのは、そういう要因もあるのでしょうか? 藤井 う~ん。これは僕個人の感覚ですけど、おそらくどんどん目先の数字にとらわれて、とりあえず数字が取れそうな、しかも、あまりフジテレビが得意じゃないことに手を出して、さらに泥沼にハマっていっている感じはしますね。 ――悪循環ですね。 藤井 余裕があるときは、ちょっとくらい数字が悪くても、中身が良ければいいかってなるんですけどね。『オモクリ監督 ~O-Creator's TV show~』が終わったのは象徴的だった気がします。数字はよくなかったけど、フジテレビらしくて、とても面白い番組でした。ああいう番組は一定量続けておかないと、そういうものを作るノウハウすらなくなってしまう。
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藤井健太郎 著『悪意とこだわりの演出術』(双葉社刊/1400円+税)
――得意じゃないことというのは、「猫番組」ですか? 藤井 別に猫限定じゃないです(笑)。ただ、猫が大好きな人が作れば、いい猫番組になると思うんですけど。「いま一番取れそうなのは猫だ!」っていって、付け焼き刃でやっても、うまくいかないんじゃないですかね。 ――たとえば、藤井さんに憧れた若いディレクターが藤井さん的な番組を作りだしたら、どう思われますか? 藤井 よくないなとは思いますよ。そもそも、人それぞれ得意なものが違いますから。自分に向いてることをやらないと。僕だけではないですけど、ちょっとくさすようなナレーションとか編集の仕方が、うっすら業界ではやってる感じもあるじゃないですか。で、安易にマネして、スゲエヘタなやつとかがありますから。 ――明らかにやりすぎてしまってるやつとか……。 藤井 それはきっと、本人が得意じゃないからですよ。形とか仕組みはいろいろ取り入れてもいいと思いますけど、本質的な部分はね、やっぱり人それぞれなんで。 ――センスって、磨けるものだと思いますか? 藤井 どうなんですかねぇ……ただ、センスがない人は、センスが関係ないものをやればいいんだとは思う。苦手なことは、無理にやらなくていいんじゃないかなぁ。テレビは特にある種チーム戦でもあるので、たとえばデザイン的なものが苦手なら、それを得意な人に任せればいいわけだし。そういうチームを組織できるプロデューサー、っていう戦い方もありますからね。 ――藤井さんが今のテレビに感じる魅力は、なんでしょう? 藤井 深くは、なってるんじゃないですか。成熟というか。昔の番組は大味ですもん。今のほうが、圧倒的にこまやかにはなってる。それはテレビに限らずかもしれないけど。 ――逆に問題点があるとすれば? 藤井 面白い番組の絶対数が多くないことかな。 ――二極化されている? 藤井 う~ん。一方では「いかにチャンネルを止めるか」っていう作業がいまだに続いているわけで、しかも、それがお年寄り中心になってきたから、タチが悪いところもある。昔よりもね。そういうテクニック……“見続けさせる”テクニックに特化した番組も、たくさんある。どの瞬間も、何かが引っ張られているという作り。何かが発表されたら、次の何かが隠されてる。いつ見ても何かを待ってる状態を作るという手法には、すごいものがありますよね。それもルール(視聴率)が変われば廃れていくのかもしれませんけど。そう考えると、今は過渡期なのかもしれませんね。 (取材・文=西澤千央)

『ガキの使い』『さんま御殿』名物プロデューサーが語る「視聴者との“握り”ができていないテレビに未来はない」

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撮影=梅木麗子
 『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』や『踊る!さんま御殿!!』など数多くの人気バラエティに企画段階から携わり、現在視聴率で独走する日本テレビの屋台骨を長らく支え続けてきた“ガースー”こと菅賢治プロデューサー。会社からの慰留を断り、今年フリーとして活動を始めた彼が最初に手掛けた仕事は、テレビマンとしての知恵や経験を余すことなく詰め込んだ異色のビジネス書『笑う仕事術』(ワニブックスPLUS新書)だった。フリーになったことで見えてくるテレビの、バラエティの現状は? 来るべき未来の姿は? テレビを愛するがゆえのビターな提言も含めて、たっぷり話を伺った。 ――菅さんの『笑う仕事術』を含め、今テレビマンの書く仕事術や企画論が人気を集めています。 菅賢治氏(以下、菅) 僕、それが不思議なんですよ。テレビなんか誰も見ないと言われている中で、今テレビ屋に何か聞いて役に立つのかなって思うんですよ。僕らがやっていることが世の中の役に立つとはこれっぽっちも思ってないですけど、テレビマンとして30年以上やっていたことが何かのヒントになるんだったら、という感じですね。“テレビって、いい加減に作っているんだろう”って思われているところを、ネタばらししちゃいけないんですけど。 ――本当は真剣に真面目に作っているっていうことを。  そう。テキトーにヘラヘラやってて楽しそうでいいよな、でいいんですよ。テレビは。だって、苦労が見えるとうんざりするじゃないですか。 ――2014年の上半期は、ゴールデン(午後7~10時)、プライム(午後7~11時)、全日帯(午前6~翌午前0時)のすべてで全局視聴率1位になるなど、日本テレビは安定して強いですね。  日本テレビには6~7人のド天才がいるんですよ、今ね。これだけの人間がそろってるって、すごいなって思いますよ。僕らが初めてフジテレビさんから四冠を奪取したときに、『エンタの神様』をやった五味一男がいて、『世界まる見え!テレビ特捜部』をやった吉川圭三がいて、『進め!電波少年』の土屋敏男がいて、『伊東家の食卓』の雨宮秀彦がいて、そういう連中がこれだけ集まるってすごいよね、とはよく周りから言われていました。だけど、今はもっとすごい。ぶっちぎりなのも、当たり前じゃないですか? だけどね、テレビって商店街だから。 ――商店街、ですか?  そう。だから一つの局がぶっちぎりになっても、ダメなんですよ。いろんなお店があるから、テレビという商店街にみなさん足を運ぶんです。 ――日本テレビが突出した理由は、どういうところにあると思われますか?  まず、オリジナリティじゃないですか? ほかの真似ではないということ。『ガキ(の使いやあらへんで)』なんか、ホント真似しようがない。僕が企画書を書いた『踊る!さんま御殿!!』にしたって、司会者一人にゲスト12人という形態なんて、それまでどこにもなかった。ゴールデン番組でトークしかやらないっていうのもなかったですしね。 ――当時、東京ではほとんど知られていなかったダウンタウンで企画を立てるなど、菅さんの考えるオリジナリティの源流には直感や勘があるのだと思うのですが。  そんなものはないですよ。僕はすごい人のそばにいたい、それを生で見たい。ダウンタウンに関しては、ツッチー(土屋敏男)が二人の漫才のVHSを貸してくれたのが始まり。衝撃を受けました。なんじゃこの人たちは……と。それでツッチーと二人でダウンタウンに会いに行って、そこからです。二人の漫才を生で見るための番組を作ろうと生まれたのが『ガキ』でした。 140731_01_S_0006.jpg ――菅さんは、もともとミュージシャンを目指されていたと本の中でも触れられていますが、自分の中で方向転換はすんなりいったと思いますか?  全然ですよ。テレビは、いつ辞めてやろうかと思っていました。大学も放送学科でしたけど、プロの仕事を教わるものでもないから、いつも失敗して怒られてばかり。ワイドショー番組のD卓に座っているときにも、急に大きな事件が飛び込んできて、台本が一切チャラになってしまったのに、ディレクターである僕が何も指示ができなかったことがありました。でも、その時番組を担当していた加藤光夫プロデューサーの一言でしょうね、今までやってこられたのは。青ざめながら謝る僕に、加藤さんは「生放送のテレビ面白いだろ?」って言ったんですよ。あぁこんな人がいる世界だったら、俺はここで一生生きてやろうと思った。心のどこかでずっと加藤さんに褒められたいっていう、それだけでした。いつもけちょんけちょんだから、たまに「あれ面白かった」って言われると、すっごいうれしかった。僕やヘイポー(齋藤敏豪プロデューサー)は、特にくそみそに言われてましたからね。 ――でも、その時は怒られなかったんですね。  普通だったら「バカヤロウ! 辞めちまえ!」ですよ。そう言われて当然くらいのことをしてしまいましたし。あの時は、僕の器ではどうにもならなかった。台本がすべて白紙になるって、経験したことありませんでしたから。だけど、あれで度胸がついたのかもしれない。台本なんて、しょせんいらないものなんだって。それから何年も、僕とヘイポーで生放送やりました。大事件が飛び込んでくるたびに、台本は白紙になる。それをむしろ楽しめるくらいになりましたよ。 ――「楽しむ」ということに関していえば、本の中の「仕事は遊びだ」という考え方もまた衝撃的でした。「仕事と遊びを混同するな」と教えられて育ってきた世代にとっては。  真面目にふざけることだと思うんですよ。たとえばこういうインタビューでも、ごく普通の日常を書いても誰も喜ばないですよね。非日常とか、現実離れしてることがあるから面白いわけで。そう考えると、それはもう遊び。仕事という概念の捉え方なのかもしれない。仕事だからイヤなこともガマンしなきゃいけない、真面目にやらなきゃいけない。でも、僕に言わせたらそれは仕事じゃない。遊びだからみんなではしゃごうよ。僕らは正しく「はしゃぐもの」を作るわけですから。それをしかめっつらしながら作ったって仕方ないでしょ。だから、会議はだいたい爆笑ですよ。みんなで、できっこないことを真剣に話し合う。 ――会議も長い時間はやらないと。  ヘイポーが1時間もたないから(笑)。ヘイポーとは30年以上の付き合いですけど、本当に一貫してるんです。あいつがテレビに入ったきっかけは、「楽して金もうけて、ちやほやされて、アイドルと結婚したい」。これには確固たるものがある。一切ブレない。最近ヘイポーが「俺2~3日前に気づいたんだけど……アイドルとは結婚できねぇんだよ」って。それに60になって気づくとは(笑)。 ――それが真剣だから面白いんですよね。 140731_01_S_0019.jpg  そう。僕たちは、ふざけたことを考えたりトークしたりするわけでしょ。それは真剣にやらないとつまらない。昔アイドルだったタレントさんが離婚したとしますよね。誰かが「○○さん離婚したんだってね~」って言ったら、それはもうフリ。飲みながら「どうする、お前?」「どうするって……まずは、かみさんに事情話して離婚しなきゃいけないし」っていうのを、本当アホみたいに真剣にしゃべるんです。「そんなことあるわけないじゃん」なんて言ったら身もふたもない。真剣にしゃべってるからこそ、「お前んとこの夫婦関係って、実はそうだったの?」とかバレたり、面白い。 ――すごい会話(笑)。  テーマは、なんでもいいんですよ。その当事者に自分がなる。自分が身ギレイになったらアイドルと結婚できる、という大前提でしゃべる。そうするとね、自分でもびっくりするようなフレーズが、自分の口から出てきたりするんです。「あ、俺こんなこと考えてたんだな」っていう、そういう発見も楽しい。 ――それが、今まで見たことのない企画につながったりすると。  番組も、特にお笑い番組なら、真剣にふざけることが大事です。そこをチャラくふざけちゃうと、方向性を見失う。 ――この本の中でも「昔は視聴者がちゃんとテレビを見下してくれていた」と書かれていて、だからこそ制作側も真剣にふざけることができたのだと思いますが、菅さんは現在のテレビバラエティはどういう状況に置かれていると思いますか?  「視聴者って、今こういうのが好きなんだよね」というような思い上がりも甚だしい、お前に視聴者の何が分かるんだ、みたいな作り方を続けていくと視聴者に舐められますよね。視聴者ってそんなにバカじゃないから、「こういうの好きでしょ?」ってやられると、「うるせえよ」「お前ごときに決められたくないよ」ってなっちゃう。かつては「見下してくれていた」からこそ、腹くくっていろいろなことができたんです。今は何やってもごちゃごちゃ言われます。だけど、そこにすり寄っていっても、何も新しいものは生まれないんじゃないですか? 僕は、テレビという媒体がぶっちぎりでナンバーワンだという事実は、今もこれから先も変わらないと思う。一度に1000万人以上の人が見る媒体なんて、ほかにない。ただ、テレビのすごさは箱としては変わらないけど、内容をいかにその箱に見合ったものにしていくかですよね。今そのソフトがつまらないって言われてるわけだから。そういう責任は、僕を含めて全テレビ屋にあると思う。 ――フリーになり、たとえばBeeTVのような新しい媒体でも仕事をされるようになって、テレビはどういう方向に進んでいると感じていますか?  今後はスマートテレビが主流になるんじゃないですか。これからは、チャンネルを自分で選ぶ時代になると思います。僕もひかりTVに入ってますけど、やっぱり見ちゃいますもん。民放とか地上波とか見なくなってるもんな……これはいかんなと思いますが(笑)。別に、スマートテレビがバカみたいに面白いわけじゃないんですよ。ただ、地上波ではできないようなことをやってるなとは思う。BeeTVをやりたかったのは、そういう理由もあります。太田君(爆笑問題)と上田君(くりぃむしちゅー)の二人っきりで番組やるとか(『太田と上田』)、関根さん親子もそれまで二人で出ることはなかった(『発掘!ブレイクネタ 芸人!芸人!!芸人!!!』)から、そういうのがやれるっていうのはBeeTVならではかもしれない。 ――テレビがそうやってどんどん自由になっていく中で、かえって視聴者、特に若者たちのエネルギーが一つに集中しにくくなっている側面もあるのかなと思います。菅さんも本の終盤に「若者は健全に世間を恨むべき」ということを書かれていましたが、「健全に世間を恨む」とは具体的にどういうことでしょうか?  もちろん法に触れるようなことではなくて、ある程度世間には恨みを持っていたほうがいいと思います。「俺が今パッとしないのは世間のせいだ。よし、見返してやろう」って、それがモチベーションになればいい。もともとテレビって、そうだったんですよ。映画会社受けて落ちた人たちが来たり、ミュージシャン崩れの人がいたり。逆さ言葉なんて、ミュージシャン用語ですからね。そういう吹きだまりの中で世間に対してすねているところが、テレビのエネルギーだったんですよ。何かを恨んでないと、面白いものは作れないと思うんですよ。 ――今の若者も十分厳しい状態に置かれていると思いますが、世間を恨む前に、そういうもんだとあきらめてしまうような気がします。もっと恨んでいいんですね。  健康的に恨めばいいんです。ソーシャルメディアの悪いところって、とりあえず発信はできるじゃないですか。言いたいことは言える。それは別に誰に対して言っているわけじゃないし、その発言に対して責任を求められることもない。でもテレビっていうのは、クレジットが流れる以上、自己責任です。変なことしたら、あっという間に干されますし。だからこそ、みんな腹くくって作ってます。チマチマ隠れながら自分の意見を言うなら、自分の職業において発信してほしい。世間に対する恨みのエネルギーを、そっちに使ってほしいと思うんです。“当事者”として。 ――外野からのヤジだけでなく、視聴者ももっと“当事者”として積極的にテレビに関われれば、もっとテレビを楽しめるようになれるのかもしれません。  今テレビがごちゃごちゃ言われる最大の理由は、視聴者とルールの“握り”ができてないことなんですよ。「この番組の楽しみ方はこう」っていうのを視聴者と握ってないから、トラブルになる。『絶対に笑ってはいけない』なんて、一件もクレーム来ないですよ。なんなら「ダウンタウンももう年なので、今年からあまりひっぱたかないようにします」ってするほうが、クレームが来るでしょう。一番エラいダウンタウンが一番ひっぱたかれてるから成立してるんです。だから、いじめに見えるわけがない。50過ぎて、昔だったら大師匠って言われる人たちが、アザできるほどひっぱたかれるわけでしょう。そりゃ痛快ですよ。ヒット番組、長寿番組は、ちゃんと視聴者と握れている。“握り”ができれば、番組は勝手に成長してくれます。 ――過去のヒット作の焼き直しに頼るなど、いろいろと苦戦を強いられているフジテレビは、そうした視聴者との“握り”が弱くなっていると考えられますか?  たとえば“焼き直し”に関していうと、視聴率が悪くなって終わった番組を焼き直しして一体誰が見るんですか? っていうことです。テレビも60年以上やっていて、オリジナルが難しくなってはきてると思いますけど、でも新しいものは絶対にあるはず。とにかくバラエティは、やっぱりフジテレビがナンバーワンなんですよ。そしてナンバーワンでなきゃいけないんです。テレビがシャッター通りにならないためにも。 (取材・文=西澤千央)