『月刊少女野崎くん』のヒロイン・佐倉千代はなぜこんなにも愛されるのか? 

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TVアニメ『月刊少女野崎くん』公式サイト
 10月に入り、秋新番の放送が続々とスタートを切っている。今期から始まるアニメ作品は全部で40本以上。アニメファンにとっては、どの作品を視聴するか、また悩みの種となっていることであろう。さて、毎回これだけ多くの作品がある中で、愛されるヒロインと次クールではすぐに忘れさられてしまうヒロインとがいる。もちろん作品自体の人気に左右されるのは間違いないが、その作品が人気ということは、登場するキャラクターが魅力的だからだと言うこともできる。今回は、前クールで人気を博したアニメ『月刊少女野崎くん』のヒロイン・佐倉千代が、多くの視聴者から愛されている理由について考察してみたいと思う。  『月刊少女野崎くん』は、男子高校生で人気少女漫画家の野崎梅太郎と、その野崎に告白するも、野崎に告白の意味を取り違えられて成り行きのまま彼のアシスタントをすることとなった女子高生・佐倉千代を中心に、彼らとその周りの個性的なキャラクターたちが織り成す日常をコメディタッチで描いた作品である。原作者の椿いづみは少女漫画家であり、劇中で登場する野崎の少女漫画も実にリアルで、思わず少女漫画読者なら「あるある!」と頷いてしまう演出もあったりと、男性視聴者のみならず女性視聴者からの人気も獲得。BD&DVD第1巻の売り上げも好調で、発売1週間で1万枚を超えたほどだ。そして、そのヒロインである佐倉千代が、これまた男女問わず「かわいい」と大人気なのである。イラスト投稿サイトpixivでは彼女のイラストが今でもたくさん投稿されているし、ニコニコ動画では彼女のかわいいシーンをまとめた動画がアップされ、ものすごい再生数とマイリス数を誇っている。佐倉千代は、アニメ放映が終わった後でもアニメファンの間で愛され続けているのだ。いったい彼女はほかの作品のヒロインたちとどこが違うのだろうか?  佐倉千代。浪漫学園に通う高校2年生。身長145cm。誕生日は3月27日。血液型はO型。頭の両側につけた、大きな赤い水玉柄のリボンがトレードマーク。  まず単純に、小柄でキュートな外見が魅力的なのは言うまでもないだろう。そこに加え、彼女は野崎をはじめ、周りの変人たちへクリティカルなツッコミを入れ、時には自らボケも担当する。そんな芸人みたいな感じでいるかと思えば、王道のラブコメヒロインもこなしたりと、とにかく器用で表情がめまぐるしく変わるのだ。1話の間でこれだけコロコロ表情が変わる子もなかなかいない。小動物のように動いていたかと思えば、すぐさま恋する乙女にも大変身。かわいい子の豊かな表情は、それだけで見ていて飽きない。愛らしいとさえ思える。しかし、かわいい子のかわいらしい姿というのは時として「あざとい」と映り、反感を買うこともしばしばだ。ところが、佐倉千代はそういうポイントも難なくクリアしているのだ。  それはなぜか? そこで、彼女のプロフィールに、もう一度注目してもらいたい。トレードマークに、「赤い水玉柄のリボン」とある。実は、これがなんとこともあろうか決定的にダサいのだ。今どき、こんなリボンをつけている女子高生なんていない。しかし、このダサいということこそが「あざとさ」を感じさせない上でとても重要なのである。  ファッションというのは、他者に対して自分をどう見せたいかということの表れだ。そしてそれは同時に、他者からの防御をも意味する。例えば、ハイブランドや原宿系の洋服で身を包んだ女の子というのは、同世代のお洒落な女の子たちからの人気は出るかもしれないが、逆に多くの男性陣からしたら自分には手が届かない存在だと感じてしまう。これは結果的に、一部のお洒落男子や自分に自信がある男以外からの防御としての効果を発揮している。しかし、これが同じような容姿の女の子でも、H&MやZARAといったファストファッションで身を包んでいたらどうだろう。おおむね親近感を持つのではないだろうか。もちろん、ファストファッションも別にダサくはない。むしろ今どきだ。ただ、お洒落としては無難なので防御としての意味をなしていないという点で挙げてみた。  さて、こうして見ると、かわいくてファッションセンスも抜群、完全無欠のヒロインより、かわいいのにどこか抜けていたり、ファッションがダサかったりといったヒロインに親近感や愛着が持てるのは言うまでもない。同じ「あざとい」行為をしていても、前者は反感を買ってしまうことが多いが、後者はむしろ愛されるということが往々にしてある。ゆえに佐倉千代は完全無欠ではないからこそ、完全無欠以上のヒロイン足りえるのだ。他作品になるが、成績優秀、能力も最高値の電撃ビリビリ女子中学生が、今どき誰も履いてないルーズソックスを履いていたりするが(そして、私服はことごとくダサい)、彼女もまたこれまでのアニメヒロインの中でトップクラスの人気を誇っている。かわいいけどちょっとダサ目ファッション女子というのが、これからのアニメヒロイン像を考える上で重要なのかもしれない。  10月11日(土)18時から、ニコニコ生放送では、『月刊少女野崎くん』一挙放送が行われる。まだ見たことがないというアニメファンはこれを機に見てみてはいかがだろうか。作品の面白さはもちろん、佐倉千代のかわいさを思う存分に堪能してもらいたい。 (文=織作亜樹良)

日常系なのに登山は本格志向! 第2期シリーズから一気に化けた『ヤマノススメ』

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『ヤマノススメ セカンドシーズン』公式サイトより
 現在放送中の『ヤマノススメ セカンドシーズン』が、ネットを中心にちょっとした話題となっている。本作は、2013年1月から5分枠アニメとして放送された『ヤマノススメ』の第2期シリーズ。第2期放送に伴い、放送枠も5分から15分へと拡大された。内気で高所恐怖症の主人公・雪村あおいが、ちょっと強引な性格の幼なじみ・倉上ひなたに引っ張り回される形で山登りをするところから物語はスタート。登山趣味を通じて知り合った1つ年上の斉藤楓、中学2年生の青羽ここなの4人を中心に、女の子たちだけの「ゆるふわ」な日常を描いた、いわゆる日常系アニメ作品である。しかし、それが今回、2クールの折り返し地点となる“富士登山編”で、日常系アニメとは思えない過酷な描写やリアルな演出で視聴者の注目を集めたのだ。  異性との恋愛要素が一切排除された中、美少女キャラクターたちのゆるふわな日常が描かれていく“日常系”、もしくは“空気系”と呼ばれるジャンルのアニメ作品群は、ゼロ年代後半あたりからある一定数を占めるようになった。“キャラ萌え”がとにかく重視され、物語性が希薄となるのが特徴であるが、2007年に放送された『らき☆すた』の大ヒットにより、日常系アニメはその後、量産されることとなる。しかし、『けいおん!』『ひだまりスケッチ』『ゆるゆり』といった作品がヒットしていったものの、それ以外の日常系アニメ作品は、視聴率的にもパッケージの売り上げ的にもそれほど特出した人気が出たものはなかった。それでもこのジャンルが廃れずに今でも毎クールに1、2本ほど放送されているのは、なんといっても、気楽に見ることができるからだ。物語を真剣に追う必要はなく、キャラクターたちが織りなす「ゆるふわ」な世界観にまったりと萌えるだけでいい。ストレスを抱え込みがちな現代人にとって、日常系アニメはちょっとした癒やしの時間を与えてくれるのだ。  そして『ヤマノススメ』 も、公式サイトで「女の子だけのゆるふわアウトドア」と称されている通り、物語のメインは「女の子だけ」で構成され、その関係性は「ゆるふわ」でつながっており、「萌え」を重視したキャラクターデザインとなっている。ここだけ見れば、『ヤマノススメ』は間違いなく王道の日常系アニメ作品だろう。しかし、この作品はこれまでの日常系アニメとは大きく違うところがある。それは公式文の「ゆるふわ」に続く「アウトドア」の部分。ここが、まったくもって「ゆるふわ」ではないという点だ。あおいたちは実際に存在する山を登っていくのだが、その描写がとてもリアルなのである。  第1期では、天覧山や高尾山といった、どちらも低くて初歩の山登りだったこともあり、登山の「リアルさ」よりもあくまで「ゆるふわ」な部分が勝っていた。しかし、現在放送している第2期では一気に1700メートル級の三ッ峠山や、日本最高峰である富士山への挑戦をしている。これではいくら「ゆるふわ」なキャラクターたちといえども、「ゆるふわ」なままで登っていくことはできないし、実在する山を登場させているので、それらの山を登る際の注意点なども詳細に描かなくてはならない。そのため、制作スタッフたちは作品に登場する山へ実際にロケハンを行い、丁寧な背景や風の音、どのポイントが大変かといった細かなところまで忠実に登山風景を作り上げている。キャラクターは「ゆるふわ」でも、登山に関してはあくまで本格志向。これらのことをたった15分間に凝縮し、見事な映像作品として成り立たせているところに、スタッフたちのこの作品にかける熱い思いと、登山に対する真摯な気持ちがひしひしと伝わってくる。  そして、特に今回の“富士登山編”で大きく話題となったのは、登山の厳しい現実を突きつけたことだ。これまで4人みんなで仲良く登ってきた中、あおいだけが高山病に罹ってしまい、8合目でギブアップしてしまった。楓はあおいを見守る形でその場に残り、ひなたとここなの2人はご来光を拝みに富士山山頂を目指す。そして、見事登頂に成功したひなたたちの感動は、大胆なカット割りと素晴らしい映像美によって視聴者を圧倒した。しかし、それと同時に、山頂を目前にとぼとぼと山を降りていくあおいの挫折感が痛いほど伝わる心理描写も細かく描かれていく。登山って素晴らしいなと思うと同時に、登れなかった悔しさも心に突き刺さるのだ。たった15分の間にこれだけの人間ドラマを見せてくれる作品も、なかなかないのではないだろうか。これまでアニメに興味を持っていなかった登山愛好家たちからも、絶賛の声がTwitterなどで上がっている。  萌え絵のキャラクターたちが登場するということで見るのを避けている人もいるかもしれないが、『ヤマノススメ セカンドシーズン』はヘタなスポ根モノよりスポ根しており、熱いドラマを見たいという人にはもちろんのこと、登山に対する適切な知識も身につくので、これから山登りを始めたいなと思っている人にもうってつけの作品である。また、あおいたちが暮らしている埼玉県飯能市では、さまざまなコラボ企画も行われているので、聖地巡礼も思う存分楽しむことができる。秋から始まる新番組と併せて、ぜひ視聴を薦めたいアニメ作品だ。 (文=織作亜樹良)

日常系なのに登山は本格志向! 第2期シリーズから一気に化けた『ヤマノススメ』

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『ヤマノススメ セカンドシーズン』公式サイトより
 現在放送中の『ヤマノススメ セカンドシーズン』が、ネットを中心にちょっとした話題となっている。本作は、2013年1月から5分枠アニメとして放送された『ヤマノススメ』の第2期シリーズ。第2期放送に伴い、放送枠も5分から15分へと拡大された。内気で高所恐怖症の主人公・雪村あおいが、ちょっと強引な性格の幼なじみ・倉上ひなたに引っ張り回される形で山登りをするところから物語はスタート。登山趣味を通じて知り合った1つ年上の斉藤楓、中学2年生の青羽ここなの4人を中心に、女の子たちだけの「ゆるふわ」な日常を描いた、いわゆる日常系アニメ作品である。しかし、それが今回、2クールの折り返し地点となる“富士登山編”で、日常系アニメとは思えない過酷な描写やリアルな演出で視聴者の注目を集めたのだ。  異性との恋愛要素が一切排除された中、美少女キャラクターたちのゆるふわな日常が描かれていく“日常系”、もしくは“空気系”と呼ばれるジャンルのアニメ作品群は、ゼロ年代後半あたりからある一定数を占めるようになった。“キャラ萌え”がとにかく重視され、物語性が希薄となるのが特徴であるが、2007年に放送された『らき☆すた』の大ヒットにより、日常系アニメはその後、量産されることとなる。しかし、『けいおん!』『ひだまりスケッチ』『ゆるゆり』といった作品がヒットしていったものの、それ以外の日常系アニメ作品は、視聴率的にもパッケージの売り上げ的にもそれほど特出した人気が出たものはなかった。それでもこのジャンルが廃れずに今でも毎クールに1、2本ほど放送されているのは、なんといっても、気楽に見ることができるからだ。物語を真剣に追う必要はなく、キャラクターたちが織りなす「ゆるふわ」な世界観にまったりと萌えるだけでいい。ストレスを抱え込みがちな現代人にとって、日常系アニメはちょっとした癒やしの時間を与えてくれるのだ。  そして『ヤマノススメ』 も、公式サイトで「女の子だけのゆるふわアウトドア」と称されている通り、物語のメインは「女の子だけ」で構成され、その関係性は「ゆるふわ」でつながっており、「萌え」を重視したキャラクターデザインとなっている。ここだけ見れば、『ヤマノススメ』は間違いなく王道の日常系アニメ作品だろう。しかし、この作品はこれまでの日常系アニメとは大きく違うところがある。それは公式文の「ゆるふわ」に続く「アウトドア」の部分。ここが、まったくもって「ゆるふわ」ではないという点だ。あおいたちは実際に存在する山を登っていくのだが、その描写がとてもリアルなのである。  第1期では、天覧山や高尾山といった、どちらも低くて初歩の山登りだったこともあり、登山の「リアルさ」よりもあくまで「ゆるふわ」な部分が勝っていた。しかし、現在放送している第2期では一気に1700メートル級の三ッ峠山や、日本最高峰である富士山への挑戦をしている。これではいくら「ゆるふわ」なキャラクターたちといえども、「ゆるふわ」なままで登っていくことはできないし、実在する山を登場させているので、それらの山を登る際の注意点なども詳細に描かなくてはならない。そのため、制作スタッフたちは作品に登場する山へ実際にロケハンを行い、丁寧な背景や風の音、どのポイントが大変かといった細かなところまで忠実に登山風景を作り上げている。キャラクターは「ゆるふわ」でも、登山に関してはあくまで本格志向。これらのことをたった15分間に凝縮し、見事な映像作品として成り立たせているところに、スタッフたちのこの作品にかける熱い思いと、登山に対する真摯な気持ちがひしひしと伝わってくる。  そして、特に今回の“富士登山編”で大きく話題となったのは、登山の厳しい現実を突きつけたことだ。これまで4人みんなで仲良く登ってきた中、あおいだけが高山病に罹ってしまい、8合目でギブアップしてしまった。楓はあおいを見守る形でその場に残り、ひなたとここなの2人はご来光を拝みに富士山山頂を目指す。そして、見事登頂に成功したひなたたちの感動は、大胆なカット割りと素晴らしい映像美によって視聴者を圧倒した。しかし、それと同時に、山頂を目前にとぼとぼと山を降りていくあおいの挫折感が痛いほど伝わる心理描写も細かく描かれていく。登山って素晴らしいなと思うと同時に、登れなかった悔しさも心に突き刺さるのだ。たった15分の間にこれだけの人間ドラマを見せてくれる作品も、なかなかないのではないだろうか。これまでアニメに興味を持っていなかった登山愛好家たちからも、絶賛の声がTwitterなどで上がっている。  萌え絵のキャラクターたちが登場するということで見るのを避けている人もいるかもしれないが、『ヤマノススメ セカンドシーズン』はヘタなスポ根モノよりスポ根しており、熱いドラマを見たいという人にはもちろんのこと、登山に対する適切な知識も身につくので、これから山登りを始めたいなと思っている人にもうってつけの作品である。また、あおいたちが暮らしている埼玉県飯能市では、さまざまなコラボ企画も行われているので、聖地巡礼も思う存分楽しむことができる。秋から始まる新番組と併せて、ぜひ視聴を薦めたいアニメ作品だ。 (文=織作亜樹良)

“おまけ”スタートから15年――拝金主義に傾倒する企業ブースはコミケに必要なのか

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コミックマーケット86の様子
 前回のコラムでは、同人の祭典であるコミケにおいて、なぜプロの小林幸子が受け入れられたのかを分析した(記事参照)。その結論として、小林幸子は大物芸能人でありながらコミケの基本理念であるところの、売り手と買い手がお互いイベント参加者としてフラットな立場で売買を行うということを忠実に守ったからだと書いた。もちろん、これはあくまでコミケがビジネスの場ではないという視点からの考察である。しかし、そんな観点からすると、コミケには実に不思議な場所が存在する。それは企業ブースという存在だ。企業とは利益を追求する団体であり、当然ながら企業のコミケ出展もビジネス活動の一環にほかならない。これは、コミケの理念にそぐわないのではないだろうか? イベント参加者からも、企業ブースの存在を疑問視する見方は多い。そこで今回は、そんな企業ブースの生い立ちやコミケにおける企業ブースの問題点について考えてみたい。  企業ブースができたのは、1996年の冬コミからである。コミケが東京ビッグサイトで開催されるようになって、2回目のことだ。なぜ2回目から企業ブースができたのかについて、コミケに詳しい参加者が次のように話す。 「東京ビッグサイトでコミケを開催するに当たって、1回目はほかのイベントと同時開催をしていたのですが、いろいろとほかから苦情が来ちゃったみたいなんですよ。そこで会場側から、コミケ期間中はすべてのホールを借りてほしいと準備会(運営側)に要請が来たらしい。そのため、ビッグサイトすべてのホールをコミケで使わざるを得なくなりました。しかし、ほかのホールと比べ圧倒的に行きづらい西3、4ホールにサークルスペースを配置するのは難しいと、当時の準備会は判断しました。そこでその空いているホールにアニメや漫画に関連する企業を呼び込み、宣伝スペースとして活用してもらい、その利用料を取るという形にしたようです」  つまり、企業ブースとは本来なら使われなかったスペースに企業を呼び込んだ、あくまでおまけのエリアだったわけである。そのため、当初はイベント参加者の自主流通の場を侵食していなかったのだ。しかし、それから15年以上たった今の企業ブースの現状はどうだろうか? 最近のコミケの企業ブースを軽く見渡してみても、新しいゲームの宣伝よりも一度売れたゲームのグッズばかりを、毎回手を替え品を替え売る方に力を入れているようなところがあったり、コミケ限定商品と称してイベント参加者の射幸心を煽り、注目を浴びようというところも多数目立つ。そういった限定物は始発組の一般参加者でも手に入れることができないため、さまざまな問題となっている徹夜組を生み出す原因にもなっている。  また、それぞれの企業スペースに並ぶ行列の長さが人気のステータスにもなりつつあり、当然、長蛇の列となった企業の話題はネットを通して一気に拡散されていく。しかし、そうやって生まれた長蛇の列整理にコミケスタッフが駆り出されるため、スタッフたちの負担にもなるし、そもそも限りある会場内を圧迫して危険な状態を作り出している。後日、自社通販するのであれば、あえてコミケで売ることもないだろう。そういった販売ルートを持たないアマチュアたちのための祭典のはずなのに、これではなんのための同人イベントなのかよくわからない。  もちろん、これはコミケ限定品を作り、大勢の人を並ばせて話題に上がれば、企業にとってその場のグッズ収益だけではなく、絶大な宣伝効果をもたらすからにほかならない。このおいしい果実を見逃す手はないと、普段、二次創作やMADを厳しく取り締まっているメーカーですら、企業ブースでコミケに参加していたりするのだ。権利者として毅然とした態度を取るのであれば、著作権無視の二次創作があふれているコミケにまったく参加しないという態度を取るべきだろう。確かに50万人以上が集まるイベントで出展すれば儲かるし、行列ができれば話題にもなる。しかし、あくまでコミケの主役はアマチュアたちであり、プロ(企業)ではないのだ。  こうして俯瞰してみると、いまやコミケにおける企業ブースは新しい作品の宣伝の場というより、儲け主義に傾倒している感は正直否めない。ただ、コミケで二次創作の同人誌を売っていることを知りつつも、この業界がさらに盛り上がるようにとアマチュアたちを応援している企業が少なからず存在しているのも事実だ。  メーカーには、これからも素晴らしい作品を作ってもらいたい。その宣伝の場として、コミケに企業ブースがあるのもいいだろう。しかし、あまりに儲けに走りすぎていると、完全にコミケが企業やプロのビジネスイベントになってしまう。コミケほどの自主市は、世界で日本にしか存在しない。これは誇るべき文化である。これが単なる利潤追求の場となってしまうの、はあまりにもったいない。コミケには二次創作だけではなく、商業流通では絶対に作れないようなオリジナル作品を頒布しているサークルも多数存在する。アマチュアの活動場として、コミケはまだまだ可能性を秘めているのだ。企業ブースの在り方をここらへんであらためて見直してみてもよいのではないだろうか。 (文=織作亜樹良)

前評判を覆す“ラスボス”の快進撃! 小林幸子はなぜコミケで受け入れられたのか

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『小林幸子全曲集2013』(日本コロムビア)
 8月15日から17日までの3日間にわたり、同人誌即売会「コミックマーケット86」(以下、コミケ)が東京ビッグサイトにて開催された。運営の発表によると、今回の来場者は合計55万人。昨年の夏コミは59万人の集客があったので今年は約4万人減少した形となるが、これは集計方法の変更によるところも大きいようだ。しかし、どちらにしろ50万人以上が集まる自主市なんて、世界のどこを探しても見つけることはできない。コミケは間違いなく、世界最大の自主流通マーケットなのである。マスメディアもこぞって取材を行い、民放3社の朝のニュースなどでは好意的な特集も組まれていた。かつての「ここに10万人の宮崎勤がいます!」といったネガティブなイメージは完全に払拭され、すっかりオタク文化がマジョリティとなりつつある。  さて、そんなコミケに今回、演歌界の大御所、小林幸子がサークル参加を果たした。プロの第一線で活躍している彼女の同人イベント参入には、コミケ開催前からさまざまな物議を醸し出していた。もちろん大物芸能人だからということもあるが、そもそもアマチュアの世界である同人業界において、プロが作品を出すことには難色を示す人が多いからである。なぜかといえば、まずコミケに限らず、同人イベントには店と客という概念がない。サークル側として自分が制作したものを頒布する人は“サークル参加者”、コミケの会場に来てそれぞれの制作物を購入する人は“一般参加者”であり、売り手も買い手も等しく“イベントの参加者”という立場を取る。それぞれの参加者は、イベントを無事成功させるために、お互いマナーを守って売買を行う。なので、当然売り手が上から目線でいてもいけないし、買い手がお客様気分でいても駄目なのだ。お互いフラットな関係でなくてはならない。ビジネスとしてお金を取って活動しているプロがそこに入ってくることを毛嫌いするのは、むしろ当然と言えるであろう。  しかし、いざフタをあけてみると、CD1500枚を即売し、5時間待ちの行列を作るなど大人気。Twitterなど現場からの実況は小林幸子大絶賛の声で埋め尽くされていた。小林幸子は、どうしてこうもコミケ参加者たちに受け入れられたのだろうか? 付近にいた参加者にその様子を聞いてみた。 「芸能人だからといってVIP入場するのではなく、普通にほかの人と同じようにサークル入場口から入っていました。イベント中もずっと笑顔で手売りしていましたし、頒布物が完売した後も、並んでいる一人ひとりと握手されてましたね。また、自ら周りのサークルにも挨拶していらっしゃったそうです」  大物芸能人だからといって特別扱いされることを受けず、コミケの基本精神(お互いが等しくイベント参加者)に則った行動をしていたからこそ、多くの人から賞賛の声が上がったのだ。今まで演歌など聴いたことないような若い参加者も、コミケを機に小林幸子のファンになったといった話も聞く。売り切れたCDはその後、ネットオークションで高騰するなど反響を呼び、再販の要望も多数上がっているそうだ。  今回、アマチュアの世界にプロが逆参入してきて成功を収めるという稀有な例を、小林幸子は示したと言えるだろう。これを受けて、我も続けと参入してくるプロが、今後も現れるかもしれない。メジャー流通の音楽セールスが頭打ちしている今、コミケの盛り上がりは確かに熱い。しかし、だからといって安易にプロが参加したとしても、いい結果は生まれないだろう。コミケの理念に沿った形で参加しなければ、いくら作品が素晴らしくても参加者たちから受け入れられることはないのである。  小林幸子は叩き上げの人と聞く。地方営業であろうが中小企業の慰労会であろうが、これまでどんな客とも真摯に向き合ってきた。だからこそコミケという場に来ても、ほかの参加者と同じ目線で接することができたのだ。紅白歌合戦のラスボスは、やはり伊達ではない。 (文=織作亜樹良)