「人を殺すのは蚊を殺すのと同じ」土浦連続殺人事件・金川真大の仮面の下に潜む狂気

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『死刑のための殺人: 土浦連続通り魔事件・死刑囚の記録』(新潮社)
 凶悪犯罪者に対して、「彼は理解不能なモンスターなどではない」という言葉をよく耳にする。犯罪者を「普通の人」であると強調することで、「私たち」のこととして事件を探ろうとする取り組みだ。その場合、結論はほぼ決まっている。「社会の状況が、周囲の環境が、彼を事件に至らしめた。だから、凶悪犯罪者もまた、ひとりの『被害者』である」と。  なぜ、事件が起こってしまったか、どうすれば再発防止できるのかを考えるにあたって、そのような視線はとても重要だ。けれども、時折、この人は本当にただのモンスターなのではないかと思ってしまうような犯罪者もいる。読売新聞水戸支局取材班による『死刑のための殺人: 土浦連続通り魔事件・死刑囚の記録』(新潮社)に描かれた、土浦連続殺傷事件の犯人・金川真大の姿は、とても人間のものとは思えないのだ。  2008年3月、アルバイトもせずに実家に引きこもっていた金川は殺人を決意する。自宅近くで偶然出会った72歳の老人を殺害し、秋葉原へ逃亡。そして2日後、再び、自宅近くのJR常磐線荒川沖駅に姿を現すと、警察官を含む8人を殺傷し、うち1人が死亡した。逮捕後には「誰でもよかった」と供述する。  金川が犯行に及んだ理由はただひとつ、「死刑になりたいから」だ。彼は、失敗の可能性のある自殺という方法ではなく、確実に殺してもらえる死刑制度を利用するために9人の人間を殺傷した。通常、死刑判決は、2人以上を殺害した凶悪犯に適用される。逮捕後の金川は、死刑判決を下されるためには「殺した人数が少なかったのではないか」と怯えていた。  読売新聞の取材班が面会に訪れると、彼は、落ち着いた様子ではっきりと受け答えをしている。「多くの人はこの青年が9人もの人を殺傷したとは、すぐには信じられないだろう」と、取材班の中心メンバー・小林泰明は振り返っている。だが、新聞記者の観察眼は「一見して丁寧だが、無表情の仮面の下に、狂気が潜んでいる」ことを見逃さなかった。 「人を殺すのは蚊を殺すのと変わらないですね」 「ライオンはシマウマを殺すとき何も感じない。それが自然ということ。人間はそこに善だの悪だの持ちだしているだけ」  金川には、人を殺すことに対しての「悪」という感情がない。それどころか自分は常識に洗脳されておらず、「この世の真実に気づいた」人間だと豪語するのだった。裁判でも同様の言動を見せ、反省の欠片すら見られない金川。死刑になりたい、それだけが彼の希望なのだ。そして、望み通り死刑判決が下されると、金川は「完全勝利といったところでしょうか」とほくそ笑んだ。  小林ら取材班は、事件を追う過程で「金川の人間性を呼び起こす」ことを決意する。「浅はかだったと思わないのか」「被害者に対してどう思うのか」と金川を問い詰めて、反省の言葉を引き出そうと試み、学生時代の友人を連れて行った面会では、金川が涙目になったことから、その人間性が取り戻せるのではないかと期待した。だが、小林らがどんなに理解しようと近づいたところで、金川の心が揺れ動くことはなかった。教誨師も付けず、再審請求をすることもない。それどころか、金川は「なんで殺さない?」「6カ月以内に(刑を)執行しないのは法律違反だ」と、法務大臣に手紙を送り続けていたのだった。金川を「キンちゃん」という愛称で呼び、距離を縮めようとした拘置所の職員は、「生きたい、とは思っていなかったんです」と、拘置所内での姿を振り返る。そして、13年2月、東京拘置所の地下で金川真大は死刑に処された。  テレビのワイドショー番組のように「彼はモンスターである」として断罪することが安易なら、その逆に「彼はモンスターではない」「自分たちも彼と同じようになるかもしれない」と理解したそぶりを見せることもまた、安易なことなのではないか。本書を通じ、そのような感想を抱いた。犯罪者を理解し、犯罪者を人間として扱うこと、そこには何よりもまず人間としての心を持っているということが前提になるはずだ。しかし、「人を殺すことは蚊を殺すのと同じ」と悪びれなく発言する金川と、そんな前提を共有することはできるのだろうか。  30回を超える面会を行ったにもかかわらず、「金川の人間性を呼び起こす」という小林ら取材班の取り組みは徒労に終わった。もちろん、だからそこに「意味がない」と結論付けようとは思わない。ただ、凶悪犯罪者に向き合うというのは、想像を絶する困難が伴うものなのだ。  いったい、どうすれば、金川という人間を変えることができたのだろうか? どうすれば、犯した罪を反省させることができただろうか? その問いに答えないまま、金川真大はこの世を去ってしまったのだ。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

佐世保小6女児同級生殺害事件 周囲の人々が抱える10年間の葛藤

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『謝るなら、いつでもおいで』(集英社)
 「佐世保小6女児同級生殺害事件」から今年で10年。白昼の小学校内で、6年生の女子児童が同級生にカッターナイフで首を切られるという前代未聞の事件は、当時、社会に大きなインパクトを与えた。『謝るなら、いつでもおいで』(集英社)は当時、毎日新聞佐世保支局で事件の取材にあたっていた川名壮志が、事件から10年を経て執筆したノンフィクションだ。  初めは、小さないざこざだった。交換日記の中やインターネットの上で発生した、友だち同士の些細なトラブル。しかし、小学生なら誰でも経験するような小さな傷が、白昼の殺人という、大人も目をそむけずにはいられないような大事件へと発展する。「いったいなぜ……?」どう考えても埋めることのできない、原因と結果との途方もない乖離。『バトル・ロワイアル』にハマり、小説の二次創作をしていた加害者の少女は、インターネットでオカルトやホラーなどアングラ系サイトをのぞき見ることを趣味としていた。それは、確かに原因の一端であるかもしれないが、その事実をもってしても「なぜ」という疑問が消えることはない。  本書において、著者である川名の主眼は「なぜ」を追求することに向けられていない。その代わりに彼が描くのは、事件によって日常を奪われてしまった、自分自身を含めた周囲の人々の葛藤だ。  殺された御手洗怜美さんは当時、毎日新聞佐世保支局長であった御手洗恭二氏の娘。支局長の社宅は支局の上階に作られており、川名も怜美さんとも挨拶をかわしたり、一緒に食卓を囲むなど、家族同然の付き合いをしていた。しかし、そんな日常は、事件の発生を境に奪われてしまう。彼は、「被害者の隣人」でありながら、新聞記者として事件を報道する立場となってしまったのだ。そして、初めてそんな立場から見たマスコミの世界は、不条理で、グロテスクな姿をしていた。 「御手洗さんは、報道陣の要望に応えて佐世保市役所で会見していた。遺族が事件当日に会見を開くなど、前代未聞のことだった。  男性アナウンサーが、表情を変えずに淡々と事件に触れる。  『こんなときに、なんで御手洗さんを引きずりだしたんだ』  折り目正しいナレーションを聞きながら、僕は思わず怒りがこみ上げる。マスコミの一員でありながら、要望の残酷さが許せない。いい気なものであるが」 「事件報道でお馴染みの原稿スタイル、お決まりの写真なのに、そこに出てくる怜美ちゃんや御手洗さんの名前に、ひどく違和感をおぼえる。昨日から夢の続きを見ているようだ。彼女の命がすでにないものだという現実を、どうしても頭が受け入れない」  本来、公正中立な立場から読者に真実を届けることが、記者として求められる使命であるはず。しかし、川名の脳裏には、殺された怜美さんの姿がちらつき、マスコミ人としての姿勢と自分の気持ちとがせめぎ合う。自分は記者なのか、それとも「被害者の隣人」なのか……。どちらかに振り切ることのできない立場から、川名の筆は事件を描かざるを得なかった。  そして、川名以上の苦しみを背負わされてしまったのが、少女たちの家族だ。怜美さんの父、加害者の父、怜美さんの4歳上の兄は、それぞれの立場から抱えた葛藤を川名に向かって吐露する。当時を振り返って語られるその言葉には、努めて冷静であろうとする強い意志と、しかし、そこから漏れ出てしまう激しい感情との両方がうかがえる。 「なぜか彼女(加害者)に対して、憎いとは一度も思わなかったんですよね。怒りをぶつけるべき相手が違うような気がしました。(略)なら、憎むのは相手の親なのか、それもよくわからない。(略)それでも、何かいらいらするんです。何に対して起こっているのか、ぶつけるべき怒りが何なのか、自分でもわかっていなかったです。怒るのは間違いなく怒っている。でも、それをぶつけるべきところが分からなかった」(被害者・怜美さんの兄) 「これまでずっと『なぜ』の答えを見つけたいという気持ちがすごく強かったんだけど、それが変わってきた。自分なりに事件を見直す作業というのをやって、その過程で『あ、もう、これ以上やってもわかんないだろうな』って思った。そういう風に思っちゃったんだよね、『ああ、やっぱりわかんないな、これは』って。(略)自分と、自分の家族に目を向けたほうがいいのかな、とそんな気持ちだね、今は」(被害者・怜美さんの父・御手洗恭二さん) 「テレビなんかで、家族そろってご飯を食べる和気藹々としたシーンがありますよね。あぁ、うちの娘がいればなってフッと思うんです。でもちょっと待て、御手洗さんはそういうことも考えられないんだって、我に返るんです。そうすると、どうしていいのか、わからなくなる。一生そんな風に考えつづけるんだろうな、ついて回るんだろうなって思います。自分の子育てが間違っていたんじゃないかと思う。すべてのことに自信をなくしてしまいました」(加害少女の父)  審判の中で贖罪の弁を述べることのなかった加害者の少女は、栃木県にある児童自立支援施設に送致された。そして、施設内の中学校を卒業し、ひっそりと退所。現在は、日本のどこかで生活を送っている。いったい、今、彼女は何を感じ、事件についてどう考えているのか。施設内で更生を果たし、自らの犯した罪をしっかりと反省しているのだろうか……。彼女の現在の姿は明らかにされていない。  一方、彼女の周囲にいた大人たちは、10年を経ても、いまだに事件を背負ったまま生活を送っている。けれども、彼らは、ただ彼女を憎むのではなく、彼女が更生していることを心から願っている。本書のタイトルである「謝るなら、いつでもおいで」は、加害者の少女に対して、被害者の兄が語った言葉。彼は、自らの妹を殺害した少女に「普通に生きてほしい」とメッセージを送っている。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

尼崎連続変死事件に黒幕 “モンスター”角田美代子が愛した、闇社会のエリートとは――

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『モンスター――尼崎連続殺人事件の真実』(講談社)
 8人の男女が殺害され、このほかにも多数の変死者、行方不明者がいるといわれている「尼崎連続変死事件」。この事件の異常な手口は、日本の犯罪史上に残るものだ。角田美代子を主犯とする犯行グループは、平穏に生活していた家族のもとに乗り込み、親族同士に血まみれの暴力を振るわせる。そして、その暴力は殺人という結果に至るまで続く……。被害者たちは、恫喝、脅迫、暴行を受け、家族を死に追いやられた挙げ句、数千万円単位の資産を根こそぎ奪われてしまうのだ。  この事件の凄惨な手口と角田美代子のねじれた思考回路については、以前、当サイトでも、ルポライター・小野一光による『家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』(太田出版)をもとに詳しく紹介した(記事参照)。そして、同書とはまた異なった切り口からこの事件に迫ったルポが、一橋文哉による『モンスター――尼崎連続殺人事件の真実』(講談社)だ。  本書もまた、美代子が起こした事件を丹念に追いかけているが、本書が異なるのは、事件の背後に「M」と呼ばれる山口組系暴力団下部組織の幹部の存在を突き止め、彼から美代子への影響関係をもとに、この事件を解き明かしていることだ。  若かりし頃に、美代子と男女の関係を持ったといわれるM。「本物のやくざ」「男の中の男」と、美代子はMに心酔し、彼から与えられた犯罪の心得や、人心掌握術についてのアドバイスをもとに、家族乗っ取り事件を次々と引き起こしていく。美代子の自宅から発見されたノートには、Mから受けたアドバイスが多数書き込まれていた。 「アメとムチを巧みに使い分け、家族の絆を断絶すれば、家族同士は相互に憎しみ合い、自然と瓦解していくものや」 「相手を肉体的、精神的にとことん追い込むだけでは、他人を支配することはできない。時には一歩引いて、『不幸な境遇で生きてきた不憫なヤツ』と一緒に泣いてやれば、人間関係の濃密なエキスが心をマヒさせてくれる……」  Mは、一般的にイメージされる昔ながらのヤクザではない。頭脳明晰であり、IT機器の活用法、英語や中国語での日常会話もこなせる人物。犯罪の手口や、共犯者の心理、警察の捜査方法から裁判対策に至るまで、裏社会を生き抜くためのさまざまな知識を持つエリートだった。また、類似性が指摘されている北九州監禁殺人事件の全容を知悉し、まだ明るみに出ていなかった警察当局の捜査情報も握っていたことから、警察上層部とのコネクションも推測される。彼のアドバイスがあったからこそ、美代子は、10年以上にわたって凶悪犯罪を繰り返しながら、その悪事が露見するのを防ぐことに成功していた。  しかし、Mと美代子、そして美代子の引き起こす乗っ取り事件という安定した関係は、ある日突然、終わりを告げる。Mが急死したのだ。  Mのアドバイスを受けた美代子の手口は周到であった。警察対策のため、被害者家族のひとりと養子縁組をしたり、美代子自らは被害者に対して暴力を振るわないなどの原則があった。しかし、アドバイザーを失った美代子は、それまでの犯行手口がウソのように、凡庸なミスを重ねていった。そして、2011年11月、美代子の手の内から逃亡した被害者が大阪府警に駆け込んだことによって、美代子たち犯行グループの犯罪はすべて露見することとなったのだ。  本書が記す美代子の謎は、ほかにもある。   留置所内で、ノートに日記をつけていた美代子。1年以上にわたり拘束され、信頼していた仲間が自供を始めたことによって、彼女の心理は窮地に追い込まれていく。初めはキレイな文字で書かれていたノートも、だんだんと殴り書きのようになっていった。そして、その最後のページには「警察に殺される」という意味深なメッセージを遺し、自殺を遂げる。だが、これ以降のページは、何者かの手によって破り取られていた……。いったい、これは何を意味しているのだろうか? 一橋氏は、このノートを破り取った人間が誰であったのかを、現在も追及している。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

足利事件から24年 ジャーナリストが迫る、北関東連続幼女誘拐殺人事件の「真実」

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『殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(新潮社)
 2010年3月26日、パチンコ店から幼女が連れ去られ、遺体となって発見された「足利事件」の容疑者とされる菅家利和氏の無罪が言い渡された。検察官や裁判官が被告に対して謝罪を行うという異例の裁判は、菅家氏が警察に逮捕された91年から19年を経て、ようやく実現したものだった。  『殺人犯はそこにいる』(新潮社)は、日本テレビ社会部記者の清水潔が、足利事件をはじめとする「北関東連続幼女誘拐事件」の真相に迫った一冊。それは、意地とプライドをかけて事件の真相を解明しようとするジャーナリストの足跡だ。  「北関東連続幼女誘拐殺人事件」とは、79〜96年にかけて、5人の少女が殺害もしくは失踪している未解決事件の総称。菅家氏が犯人と疑われた足利事件は、そのうち90年に起こった松田真実ちゃん殺害事件のことを指している。清水は、日本テレビの報道番組『ACTION 日本を動かすプロジェクト』において、07年からこの未解決事件の取材に着手。当初、警察すらもこれらの事件に連続性を認めていなかったものの、栃木と群馬の県境地域半径10km以内で繰り返されてきた犯行に、清水は関連性を見いだしていく。  しかし、リサーチを開始した当初、足利事件はすでに「終わった」事件であった。菅家氏本人による自供、さらにDNA型鑑定でもクロと出ており、最高裁判決で有罪が確定している。清水もまた、当初はその判決に疑問の余地はないと考えていた。そして、足利事件が菅家氏の起こした事件であれば、5件の事件が連続殺人事件である可能性は薄くなる。事実、警察やジャーナリストに取材を重ねても、清水の仮説に耳を貸す者はいなかった。  だが、清水が現地調査を開始すると、警察の捜査記録や裁判記録からは浮かび上がってこなかった疑惑が噴出する。不自然なまでに近隣住人の目撃証言がないにもかかわらず、有力な目撃情報はいつの間にか闇に葬られていった。菅家氏が行ったとされる自供の信ぴょう性は薄く、「真実ちゃんを荷台に乗せて、自転車で土手を上がっていった」という供述に基づいて再現事件を行ったところ、かなり困難であることを確認。「隠れ家にロリコンビデオを大量に所持している」とされた菅家氏の押収物を確認すると、発見されたのは普通のアダルトビデオばかり。そもそも、この家も隠れ家ではなく、実家から独立するために借りたものだった。  だんだんと、警察の捜査に対して疑念を募らせていく清水。しかし、目の前にはDNA型鑑定という難問が待ち構えていた。「1000人に1~2人」といわれるDNA型鑑定が、犯人は菅家氏であると証言している。マスコミに理解がある元警視庁の大幹部も、清水の話す事件の真相に興味を持ったものの、「あれは間違いなく殺ってます。証拠がDNA型鑑定ですから、絶対です」とにべもない。足利事件をきっかけに「指紋制度に並ぶ捜査革命」とはやし立てられ、全国の警察で導入が進められたDNA型鑑定。だが、清水は、そんなDNA型鑑定にも疑問点があることを見抜いていく。そして、清水の番組を通じてDNA型再鑑定の必要性が主張され、菅家氏が無罪であることを証明する一助となった。  記者やジャーナリストと呼ばれる人間は数多いが、普通、こんな事件を取り扱うことはまずない。しかも、「日本テレビ」という大マスコミに所属しているなら、なおさらだ。一介のジャーナリストが、最高裁判決に対して疑問を呈する。それはジャーナリスト生命を賭さなければ、絶対に不可能なことであり、もしもそれが「誤報」であれば、自らのジャーナリスト生命だけでなく、日本テレビの報道姿勢までをも問われかねない。では、清水はどうして、ここまで執念深くこの事件に取り組むことができたのだろうか? それには、清水が追いかけた2つの事件の記憶がある。  「免田事件」は、48年に熊本県で起こった強盗殺人事件。容疑者として逮捕された免田栄氏には死刑判決が下されたものの、その自供が警察に強要されたものだったことが判明し、83年に無罪釈放となった。免田氏を取材した清水は、彼からその「自白」の凄惨な現場を聞く。 「あれは取り調べなんてもんじゃなかとですよ。壮絶な拷問です。あらゆる脅迫もされ、寒さと空腹と。そりゃあ耐えきれるもんじゃなかとよ……」  そして、釈放後の免田氏が語った言葉は、衝撃的なものだった。 「再審が決まった時には、検察が何と言ったと思いますか。『いつまでも死刑囚を生かしておくから、こんなことになる』そう言ったとですよ……」  清水を突き動かしたもう1つの事件が、99年の「桶川ストーカー殺人事件」だ。清水は同事件の取材をもとに『遺言 桶川ストーカー殺人事件の深層』(新潮社)という本も上梓している。この事件で、警察は被害者の女子大生から受け取った告訴状を改ざんし、その事実を隠蔽。さらに、被害者は「ブランド好き」「水商売のアルバイトをしていた」という情報をマスコミに流し、そのイメージをもとに、メディアは「風俗嬢が痴情のもつれで殺された事件」と書き連ねていく。 「恐ろしいことだと私は改めて思った。公権力と大きなメディアがくっつけば、こうも言 いたい放題のことが世の中に蔓延していくのかと」  この事件の取材を通じて、清水は「警察は、都合の悪いことは隠す」という現実を目の当たりにしたのだった。  足利事件では、菅家氏と真犯人とのDNAは一致せず、DNA型鑑定の絶対性は覆った。だが、検察の言い分は「今回、より正確で高度な鑑定で事実がわかったわけです。大きなミスがあったとは見受けられない」というもの。あくまでも、検察側はDNA型鑑定の「神話」を守り通した。それはなぜか? これまで、DNA型鑑定を物証として採用した事件は数多い。DNA型鑑定の神話が崩壊すれば、これまでに出した少なくない判決が覆ってしまう可能性があるのだ。北関東連続幼女誘拐殺人事件とともに、清水が本書で取材している「飯塚事件」も、DNA型鑑定を有力な証拠として採用した事件。しかし、飯塚事件の容疑者とされ、冤罪を主張し続けてきた久間三千年氏の死刑はすでに執行されてしまっている。  本書において、清水は「ルパン」と呼ばれる男を真犯人として身元までも特定している。けれども、いくら警察に働きかけたところで、一向に捜査が進展する気配はない。菅家氏とDNA型の異なる「ルパン」が真犯人として逮捕されれば、DNA型鑑定に対する神話は完全に崩壊する。そして、それは「飯塚事件」において、国家によって無罪の市民が殺害されたことをも意味しかねない……。  本書のあとがきで、わずか数行だけ、清水は個人的な過去をさらりと記している。彼自身、娘を事故で失った過去を持っている。もしかしたら、清水はその過去と、ジャーナリストとしての仕事に一線を引きたかったから、本文中ではこの過去について触れていないのかもしれない。しかし、その事実を知って、彼によるこの言葉は重く、深く響いてくるだろう。 「そもそも報道とは何のために存在するのか――。この事件の取材にあたりながら、私はずっと自分に問うてきた。(略)謎を追う。真実を求める。現場に通う。人がいる。懸命に話を聞く。被害者の場合もあるだろう。遺族の場合もある。そんな人達の魂は傷ついている。その感覚は鋭敏だ。報道被害を受けた人ならなおさらだ。行うべきことは、なんとかその魂に寄り添って、小さな声を聞き、伝えることなのではないか。権力や肩書付きの怒声など、放っておいても響き渡る。だが、小さな声は違う。国家や世間へは届かない。その架け橋になることこそが報道の使命なのかもしれない、と」  本書は、北関東連続幼女誘拐殺人事件の真相を追ったジャーナリストの一冊だ。それは、同時に警察に対して、メディアに対して警鐘を鳴らす一冊でもある。  5月12日、足利事件によって松田真実ちゃんが殺されてから、今年で24年目を迎える。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])