
『采配』(ダイヤモンド社)
「『8年間で4回も優勝した』
中日ドラゴンズ監督としての私の8年間について、周りの方々はそう言ってくれる。
『8年間で4回も負けた』
天の邪鬼のように聞こえるかもしれないが、それが私の本音である」(落合博満『采配』)
2004~2011年まで中日ドラゴンズの指揮官を務めた落合博満は、監督生活を振り返り、このように表現している。日本シリーズ1回の優勝、4度のリーグ優勝という戦績を収め、「名将」と呼ばれた落合。しかし、その心中には、“もっとできたはずだ”という想いがある。
3度の三冠王に輝き、45歳まで現役選手としてバットを振っていた落合。その監督としての方法論は、就任当初から常識破りそのものだった。外部からの目立った補強をせず、現有戦力を10~15%底上げして優勝すると宣言し、キャンプ初日に紅白戦の実施を発表。これによって、選手たちは臨戦態勢でキャンプインしなければならなくなる。「オレ流」と形容される奇想天外な策略をめぐらせた結果、宣言通り、就任初年度からセリーグ優勝の美酒を味わった。
このほかにも07年、日本シリーズで8回まで1人の走者も出さなかった投手・山井大介を9回に交代させ「幻の完全試合」と語られる采配や、マスコミに対してブルペンを非公開にするなど、独自の監督哲学にはいつも野球ファンからの賛否両論が巻き起こった。しかし、落合は結果を残すことによって、常にその「否」の声をかき消していったのだ。
では、なぜ落合はこのような奇想天外な戦略に打って出ることができたのだろうか? その理由を、彼は「選手時代に下積みを経験し、なおかつトップに立ったこともあるから」と分析する。
長嶋茂雄に憧れて野球を始めた落合少年。高校時代は野球部に所属するも、先輩の理不尽なしごきに耐えかねて退部してしまう。大学に進学し、再び野球部に入部。だが、体育会の慣習になじめずに中退。その後、一時はなんとプロボウラーを目指して練習を積んでいた時期もあった。しかし、東芝府中工場に入社し、社会人野球チームに所属すると、ようやくアマチュア野球の世界で頭角を表す。ドラフト3位でロッテに入団した時には、すでに25歳を迎えていた。
「プロ入りできること自体を『儲けものだ』と考えるような選手だった。また、プロ野球選手になれば、すぐクビになっても”元プロ野球選手”になれる。残った契約金で飲食店でも開けば、野球の好きな人は集まってくれるかもしれないなどと考えているような選手だったのである」(『采配』)
高校や大学で大活躍し、将来を嘱望されるようなエリートコースを進む選手が少なくない中、独自のキャリアを積んでプロになり、三冠王という頂点に立った落合。そんなキャリアを積んできたからこそ、常識にとらわれずに、信念を持った采配を振るうことができ、トップクラスの選手も、ドラフト下位の選手も使いこなす手腕が発揮されたのだ。
落合は、昨秋から、中日ドラゴンズのゼネラルマネージャーに就任した。昨年末の契約更改では、主力選手にも大ナタを振るい、総額8億円にも上るコストカットを断行。さっそく世間の耳目を集めた。さらに、キャンプシーズンには、各大学などの練習に自ら足を運び、今秋のドラフトに向けて虎視眈々と未来のスターを発掘。まさに「オレ流ゼネラルマネージャー」としての動きを見せている。
昨シーズン、ドラゴンズは12年ぶりのBクラスに沈んだ。今季より、高木守道監督から谷繁元信を選手兼任監督として起用し再起に賭けているものの、今年のオープン戦で、チームは16戦4勝と振るわない成績に終わってしまった。
ゼネラルマネージャーとして、初のペナントレースを迎える落合博満。彼の手腕によって、再びドラゴンズは常勝軍団に変化することができるのだろうか?
(文=萩原雄太[かもめマシーン])