二極化する世界への違和感──『FAKE』森達也が“ゴーストライター”佐村河内守を撮ったワケ

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撮影=後藤秀二
 オウム真理教の信者を追ったドキュメンタリー映画『A』『A2』の森達也監督にとって15年ぶりとなる単独監督作『FAKE』が、6月4日から渋谷・ユーロスペースほか全国で順次公開される。  今回は、あのゴーストライター騒動でおなじみの、元“現代のベートーベン”佐村河内守を追ったドキュメンタリー映画。  騒動の大きさとともに、あまりにもうさんくさすぎるルックスのせいで「ミスター・ペテン師」として日本中に知られることとなった佐村河内氏を、森監督がどう料理するのか!? いろんな疑惑を暴いてくれるんじゃないか? ……と、公開前から期待が高まりまくっている『FAKE』だが、森監督のカメラに切り取られた佐村河内氏は、ワイドショーなどで繰り返し紹介されていた「ペテン師」キャラクターとはまた違った面を見せており、映画を見た人は良くも悪くも、佐村河内氏をちょっと好きになってしまうことだろう。  とにかく、何がフェイクで何がフェイクじゃないのか? そもそも、これは本当にドキュメンタリー映画なのか!? ……など、余計なことまで深読みしまくって、いろいろと語りたくなってしまう映画『FAKE』が、今年最大の話題作となるのは間違いなさそうだ。  ……というわけで、公開を記念して森達也監督に『FAKE』について話を訊いてきたのだが、訊けば訊くほど、ズブズブとフェイクな沼にハマっていくような感覚も……。とりあえずみんな、映画を見て、自分で判断してくれ! ■「フォトジェニックだな」と思ったから ――まずは、『A』『A2』『311』ときて、なぜいきなり佐村河内さんだったのかというのを聞きたいのですが。  彼に会ったから。 ――それだけですか?  はい。 ――もうちょっと何かあるのでは?  ……そもそも、彼のことを知りませんでした。新垣(隆)さんの記者会見に端を発して例の騒動になったときも、「へえ、こんな人がいたのか」くらいの感じです。それからしばらく過ぎて、2014年の8月頃に、知り合いの編集者から「佐村河内さんの本を書きませんか?」って依頼が来たのだけど、最初は断りました。忙しかったし、あまり興味もなかったし。 ――あのゴーストライター騒動自体には、興味がなかった?  はい。でも、その編集者が、とても熱心に誘ってくれたんですね。「メディアの報道とはまったく別な面が見られるから、一度会ってみてほしい」と。それで、話のタネになるかな……くらいのレベルで、佐村河内さんの家に行った。2時間くらい話してから、「あなたを映画に撮りたい」と言いました。 ――そのとき編集者は?  隣の椅子で呆然としていました。申し訳ないことをしちゃった。 ――本を書いてほしいと頼んでいたのに……! 会う前は興味のなかった佐村河内さんを、急に撮りたいと思ったのはなぜですか?  彼が話す内容自体よりも、「フォトジェニックだな」って思ったんです。佐村河内さんだけじゃなくて奥さんもいて、猫もいて、ベランダに出たら、すぐそこに電車が走ってて……そういった、いろんな要素がね。これは活字じゃなくて、映像向きだなと思ったんです。 ――佐村河内さんは、すぐにオッケーしてくれたんですか?  その場では、即答してくれなかったですね。奥さんも嫌がった。でも、奥さんが撮れないんじゃ、成立しないと思っていた。 ――まあ、奥さんからしたら、撮られるメリットはないでしょうからね。  マイナスですよ。佐村河内さんはほとんど部屋から外に出ないけど、奥さんは買い物や銀行に行ったりする。この映画で顔を出したことによって、もしかしたら買い物にも行けなくなるかもしれないですから。 ――奥さんがオッケーした決め手は、なんだったんでしょうか?  明確に許可はもらっていないです。なし崩しです。映画の冒頭で、テーブルの上にカメラを置いて「たぶんここは使わないから」とか言い訳をしながら撮影しているカットがありますけど、あの時点では、奥さんの撮影はダメだったんです。その後、なし崩し的にオッケーにしちゃったんです。
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■当たり前だけど、全部グラデーションなんです ――やっぱりみんな気になるのは「耳は聞こえるのかどうか」「作曲しているのかどうか」という点だと思いますけど、森さん自身はこの疑惑に対して、どういったスタンスで撮影をしていこうと思っていたんでしょうか?  うーん、事実なんて僕にはわからないですから。それまでいろんな報道を見てきて「ずいぶんウソをついている人なんだな」と思っていたけど、実際に会って話を聞いたら「そうではない」と彼は言う。それで、映画の中にも出てくるいろんな資料を見せられたりして……。それ自体には強い興味を惹かれなかったんですが、一生懸命それを説明している彼と、手話通訳する奥さんと、向こうにいる猫と……その状況が面白かったんです。  まあ、いずれにしても、「どっちが正しい、どっちが間違っている」と決めつけるメディアや社会に対して、違和感があったことは確かです。佐村河内騒動が起こるちょっと前に、食品偽装問題ってあったでしょ? 大正エビと思って食べていたら、別のエビだったからけしからんとみんなは怒っていた。でも、おいしければどっちでもいいじゃんと思うんだけどね。STAP細胞騒動もほぼ同じ時期です。それから朝日新聞の従軍慰安婦報道騒動。あの時は産経、読売……とほぼ全メディアが、「国賊」とか「反日」などの語彙を使いながら朝日を罵倒しました。でも「吉田証言」を根拠にした記事を出したのは、ほかのメディアも同様です。確かに朝日は回数が少し多かったかもしれないけれど、それを理由になぜここまで無邪気に叩けるのか、僕にはさっぱりわからない。  これら全部に共通していることは、真実か虚偽か、正義か悪か、極端に二分化されているということです。それがとても気持ち悪くて。現実ってそんな単純なことじゃないはずなのに、なんでこんなに二極化が進行しているんだろうっていう気持ちがあったんですね。  もしかしたら、彼を撮ることで、そういうことに対しての違う視点みたいなものを提示できるんじゃないか……という、直感みたいなものがあったのかもしれないですね。……まあ、半分は後付けの理屈だけど。 ――ネット時代になって価値観が多様化したかと思いきや、「叩いていいぞ」っていう人が出てきたらみんなで一斉に叩きまくって、擁護する人間は許さない……みたいな傾向は強くなっていますよね。  葉っぱを絵に描こうと思った時に、緑色の絵の具をそのまま使う人はまずいないでしょ? そこに茶色を足したり、黄色を足したりするじゃないですか。それがリアルであって、世界なんです。でも今のメディアは、わかりづらいとの理由で、情報を四捨五入して簡略化してしまう。その帰結として、世界が原色になる。雪は白だし空は青。つまり世界が矮小化される。ならば、それこそがフェイクです。しかも扁平。どんどん世界がつまらなくなって、息苦しくなっているなと感じています。別に、みんなが「黒だ」と言っていることを「白だ」と言うつもりはないけれど、「もっと間にいろんな色があるんだよ」とは言いたいですね。 ――聞こえる、聞こえないの間に、いろんな要素があるということを言いたかったと?  佐村河内さんの症状は、「感音性難聴」です。聞こえる音と聞こえない音があるらしい。たとえば、こういう音(机をコンコン叩く)は聞こえるんですね。彼は「曲がって聞こえる」と言っていますが。体調によっても、聞こえる日と聞こえない日があったり。それに彼は口話ができるから、相手の口の動きで、言っていることが読み取れたりもする。でも、初対面の相手だとほとんど読み取れない。……だから、全部グラデーションなんです。さまざまな色があるんです。当たり前のことだけど、1か0かじゃない。  でも、メディア的には「聞こえるか聞こえないか」になってしまう。それまでは「全聾の天才作曲家」と呼ばれ、騒動後は「聞こえているのに聞こえてないフリをしていたペテン師」です。間の領域が見事にない。 ――そういう症状について、映画の中では、あまり細かく解説はしていないですよね? 解説があったほうが、わかりやすいかなとも思うのですが。  もちろん、わかりづらいよりはわかりやすいほうがいいけれど、わかりやすさを求めるベクトルは、四捨五入や単純化と同義です。慎重さは必要です。  実際に存在するものしか撮れないからこそ、ドキュメンタリーにおいてはメタファーが重要だと僕は思っています。つまり暗喩。何かを撮りながら、違う何かを想起させる。その意味で、この映画では、聴覚障害は重要な要素ではあるけれど、メタファーの材料でもあるわけです。それを正確に理解することへの優先順位は、必ずしも高くはない。  最初に撮影を依頼したとき、同時に「あなたの名誉を回復する気は全然ない。自分の映画のために、あなたを利用したい」と僕は言いました。彼も、それは納得してくれました。そもそも感覚は、他人には絶対に共有できない。僕が見る黒色は、誰かにとってピンク色かもしれない。正解は誰にもわからない。どこまで行ってもグレーゾーン。そこを白黒ハッキリさせるということが、この映画のテーマじゃないので。 ――森さんの表現のために佐村河内さんを利用するということですが、映画の中で、いろいろと演出をしているじゃないですか。「アレをやってください」「コレをやってください」って。ドキュメンタリーを撮るにあたって、撮影者の作為が入ってくるのはアリだと思いますか?  全然アリというか、それが当たり前です。辞書で「ドキュメンタリー」って引くと、演出や脚色の一切ない客観的な……どうのこうのって書かれていますけど、ならばそれは監視カメラの映像です。映画は作品ですから、僕の作為や視点は当然反映されます。  ドキュメンタリーの演出は、化学の実験に似ていると思います。ここにフラスコがある、そこに被写体を入れます、それを火であぶったり冷却したり振ったり、場合によっては、僕がカメラを持ってフラスコの中に入っていったりもする。その過程とか相互関係を描くのがドキュメンタリーだと思っています。そもそもカメラが撮れるのは、カメラによって変容した事実です。人は誰だって演技します。だから、こっちから仕掛けるのは当たり前のことです。客観的にカメラを回しても、作品になるわけがない。というか、主観がなければ、編集はワンカットもできないし、カメラもフレームを決めることはできません。 ――だからこそ、森さんから「アレをやってください」と提案しているところまで含めて映画の中に入れているんですね。  だって相互関係だから、僕の座標軸も示さなくちゃいけない。『A』も『A2』も、全部その座標軸を出しているはずです。でも、テレビのつまらないドキュメンタリーって、作為や主観を隠して、カメラをないものとしてしまう。そのほうが客観的に見えるから。でも、客観的な映像などありえない。 ――新垣さんが浮かれたテレビ番組に出ているのを佐村河内夫妻が見ているシーンなんかも、森さんからの提案なんでしょうか? 佐村河内さんからしたら、あまり見たくない番組だと思いますが。  意図的に見せようとしたわけじゃないですが、あの頃は、ほぼ毎日のように新垣さんがテレビに出ていたんで、撮影している中でテレビをつけると、相当な確率で新垣さんが出てくるんです。確かに佐村河内さんは「あまり見たくない」とは言っていましたけど、「見ましょうよ」くらいの提案はしましたね。 ――佐村河内さんが出演を断ったバラエティ番組に、代わりに新垣さんが出ていじられまくっているのを、暗い部屋の中で佐村河内夫妻が見ているのは、いろいろと印象的なシーンでした。  映画の中ではフジテレビのバラエティ番組がたまたま俎上に載っていますけど、メディアに関わっている人だったら、あの人たちと自分との違いなど口にできないはずです。僕だってあの立場なら、きっとああいうことをやりますよ。本人に悪意はなくても、表現は絶対に誰かを傷つけるんです。テレビの場合は、忙しすぎてルーティーンになっちゃってますから、そればっかり考えていたら前に進めなくなるというのはわかりますけど、たまには自分たちが人を傷つけているんだっていうことを意識したほうがいいと思います。  僕がテレビをやっていた時代の先輩たちは、そういう意識があったと思う。「どうせオレたちはハイエナだ」とか「人の不幸を飯の種にしているんだ」などと。つまり、後ろめたさです。メディアに携わるのなら、この意識だけは持ち続けたほうがいい。でも、今はテレビ局が超優良企業になってしまい、その意識がとても淡くなってしまった。後ろめたさをなくしたら、報道は正義になってしまう。それは絶対に違います。 ――あのバラエティ番組のほかに、報道番組からの出演オファーがあって、そっちには佐村河内さんが出演したらしいですね?  その番組では彼のインタビューを、僕から見ても、とても公正に紹介しました。ところが、その番組は、まったく話題にならなかった。誰かを叩いたり、ちゃかしたりする番組は話題になるのに、真摯に彼の言葉を紹介した番組だと全然話題にならない。 ――そうなると、視聴率を追い求めるテレビ番組では、そういう言葉を紹介できなくなっちゃいますよね。  つまり市場原理です。メディアは社会の合わせ鏡として機能する。よく「マスゴミ」などと嘲笑する人がいるけれど、それは自分たちをゴミと言っているに等しいんです。
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■佐村河内さんはチェックしていません ――映画の中で、森さんが佐村河内夫妻に向かって何度も「僕のことを信じていますか?」と言っていますが、あれはやはり信頼関係を築かないと、この映画は撮れないと思ったからですか?  うーん……。信頼関係ってよくみんな言うけど、信頼関係なんてなくてもドキュメンタリーは撮れるんです。だって、『ゆきゆきて、神軍』の原一男さんと奥崎謙三に信頼関係があるかっていったら…… ――ないでしょうね(笑)。  それでも、あんなにスリリングなドキュメンタリーが成立する。みんな「被写体との信頼関係が前提」とか言うけど、僕は全然そう考えてないですね。 ――じゃあ、なぜ「信じていますか」と、しつこく言ったんでしょうか?  誘導や挑発かもしれないし、手練手管かもしれないし、でもどこかで本音かもしれない……。自分でもわからないですよ。さらに、その場面を映画の中で使っているということにも、何か意味があるのかもしれない。編集には、必ず意味はありますから。説明できるかどうかは別にして。 ――映画の着地点はどこにしようと考えながら撮影していたんですか?  撮り始めた頃は、全然想像つかなかったですね。多くのドラマだったら「ラストはこうしよう」と決めてから撮りだしますけど、ドキュメンタリーですから。まったく手探りで始めています。 ――ある時点から、佐村河内夫妻のラブストーリーを撮ろうという意図を感じたんですが。  うん、そういえばそうだ。ラブストーリーが撮りたかったんだと思いますよ、最初から。 ――本当ですか?  北村さんの誘導かもしれない。 ――(笑)。ラスト近くに、森さんはいなくて、夫妻がお互いに撮影をし合っているという、いいシーンがありましたけど、あれはカメラを預けて撮ってもらったんですか?  カメラを預けたんじゃなくて、2人が自主的にスマホで撮っていたんです。あの時期、もうどうにもこの映画を終わらせられそうになくて、僕は行き詰まっていた。だから、しばらく会いに行かなかったんです。でも、僕が行かない間に彼は、ある行動を起こしていた。何度か「来てください」っていう連絡は来てたんだけど、行く気がしなくて、ほったらかしにしていたんです。  それで、しばらくぶりに行ったら、随分進行しちゃってて。その間の映像がないのはマズイなと思っていたら、奥さんがスマホで撮っていたというんで、それを使わせてもらったんです。 ――そこで、落としどころが見つかったなというのはありましたか?  そうですね。ひとつの終わりにはなるかもな、って感じはしましたね。 ――ところでこの映画、佐村河内さんは内容のチェックをしているんですか?  今の段階では、厳格にはしていません。音が聞こえないんだから、見てもわからないでしょ? まあ、簡易なテロップをつけたものは見てもらいましたけど。ただ撮影中から、「映画は監督のものなので、自分は何も言いません」とは言っていました。その覚悟はしてくれていたと思います。
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(c)2016「Fake」製作委員会
■僕の手のひらの上で勝手にやってね ――「誰にも言わないでください、衝撃のラスト12分間」というキャッチコピーがつけられているので、よっぽどのことがあるのかと試写会で身構えてしまったんですが、僕個人としては、別に言ってもいいんじゃないかなと思ったんですが……。  編集が終わって、宣伝についての打ち合わせの段階で、「ホラーかサスペンス映画で、こういうフレーズがあったよね」ということでつけただけのキャッチコピーなんです……。どうせ(試写を見た)誰かが言っちゃうだろうと思っていたけれど、今のところは誰も言ってないですね。まあ約束うんぬんのレベルではなくて、知らずに見たほうがいいかなと自制してくれたような気がします。それは、とてもありがたいです。 ――『FAKE』というタイトルも相まって、サブカル界隈の著名人たちがいろいろと深読みをしていますが、このタイトルには、どういう意味があるんでしょうか?  深い意味はないです。最近、誰かに言われて気づいたのだけど、僕の映画って今回だけでなく、『A』『A2』『311』と、全部アルファベットと数字しか使ってない。意識のどこかで「意味を出したくない」というのがあるんだと思います。普通、タイトルって、映画全体の意味を凝縮させるわけでしょ? でも「凝縮しちゃダメだろ」と常々思っていて。本来もっと多面的なのに、なんで凝縮しちゃうんだと。今のメディアに対する違和感と同じですね。だから本当はタイトルなしが一番いいんですけど、さすがにタイトルがないと興行できないから、とりあえず『FAKE』と。それも相まってなのか、多くの人が深読みしすぎて、「あそこがフェイクじゃないか」「外国人記者がフェイクだ」「奥さんがニセモノなんじゃないか」とか、いろいろ言われていますけれど……。 ――町山智浩さんが『オーソン・ウェルズのフェイク』との関連性を指摘していましたが、そんなことは……?  その映画、見たことないです。 ――ああー! みんな考えすぎですね。  チラシに「視点や解釈は無数です」と書きましたけど、ちゃんと作品で誘導しているつもりですから、本気で自由に解釈してほしいと思って書いているわけじゃないです。「自由に解釈してもいいけど、僕の手のひらの上で勝手にやってね」というレベルです。まあ深読みする人がいたら、それはそれでいいかなとも思いますが。映像って、そういうものですから。最初に活字じゃなく、映像にしようと思ったのは。そういう想像を広げる余白がいっぱいある素材だなって思ったからです。 ――それでは、次に撮りたいと思っている題材は?  ……これもよく聞かれるけど、今は何も考えられないですね。さっきも言ったように、表現は必ず人を傷つけます。『A2』から15年間も新作を撮れなかった理由のひとつは、『A』と『A2』でたくさんの人を傷つけたという自覚があるからです。HPがほぼゼロになってしまった。今もまた、新作を撮り終えてほぼゼロになっちゃってるんで、ある程度時間がたって、また人を傷つける覚悟ができたら、次の題材を考える余裕が出てくるんだと思います。 (取材・文=北村ヂン) ●『FAKE』 監督・撮影:森達也 主演:佐村河内守 プロデューサー:橋本佳子 撮影:山崎裕 編集:鈴尾啓太 制作:ドキュメンタリージャパン 製作:「Fake」製作委員会 配給:東風  6月4日(土)よりユーロスペースにてロードショー、ほか全国順次公開 <http://www.fakemovie.jp/●同時公開『A2』完全版 森達也監督15年ぶりの新作『FAKE』公開に合わせ、2002年の劇場公開時カットされた幻のシーンを加えた完全版を、ユーロスペースにて上映。 6/18(土)~24(金)21:00 7/9(土)~15(金)21:00

「私は無関係」!? BPO勧告にも頭を下げなかったTBS『アッコにおまかせ!』和田アキ子に非難の声

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TBS『アッコにおまかせ!』番組サイトより
 TBSは22日の『アッコにおまかせ!』の放送終了後、佐村河内守氏の作曲偽装問題をめぐり、放送倫理・番組向上機構(BPO)から勧告を受けたことを報告した。  昨年3月9日放送分で、十分な根拠を示さぬまま「普通に会話が成立」などと揶揄するようなテロップを挿入したため、BPOの放送人権委員会は今月17日に「名誉を毀損する人権侵害があった」と、同局に再発防止を努めるよう勧告した。  そんな中、注目されたこの日の放送だったが、番組中の謝罪はなく、放送終了後に同局の国山ハセンアナウンサーが「勧告を真摯に受け止め、今後の番組作りに生かして参ります」と一礼。和田ら出演者は一切言及しなかったことから、ネット上では「メーンMCも一緒に頭を下げるべき」という意見が殺到した。  テレビ関係者は「あくまで制作チームが悪い、という言い分のようです。むしろ和田サイドは『自分たちにも悪いイメージがついた』という理論で、制作サイドに文句を言ったそうですよ。それで、釈明も局アナのみということに……。和田さんも看板番組なのだから、形だけでも一緒に頭を下げれば、世間の評価も違ったと思いますがね」と話す。 “親分”和田を守るために事務所サイドが取った作戦のようだが、結果的にさらなる批判を招くことになったのだから、逆効果と言わざるを得ない。  18日にリリースした新アルバム『WADASOUL』(ユニバーサル ミュージック)は、オリコンデイリーチャートで初登場圏外を記録。 「暮れのNHK『紅白歌合戦』出場は、事務所の後輩・綾瀬はるかが紅組司会を務めるため安泰とみられていますが、最後まで気は抜けない。出場が決まっても、世間に“綾瀬のバーター”と見られることに納得がいかないようですしね。周囲はピリピリしっぱなしですよ」(芸能記者) 「超」がつく大物タレントだけに、ドッシリ構えてほしいものだが……。

“断れない作曲家”新垣隆が振り返る「あの騒動」と、バラエティ番組に出まくるワケ

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撮影=河野英喜
 小保方晴子、号泣議員……と、メチャクチャ濃いお騒がせキャラクターが登場しまくっていた2014年。その中で、唯一の勝ち組ともいえるのが作曲家の新垣隆だ。  耳が聞こえない作曲家ということで、「現代のベートーベン」なんて呼ばれていたあやしいおっさん・佐村河内守のゴーストライターを長年やっていたということを告白した結果、佐村河内さんのほうはすっかりメディアから消えてしまったのに対し、新垣さんはなぜか人気者となってしまい、バラエティ番組などに引っぱりだこという不思議な状況となっている。  そんな新垣さんが、ゴーストライター事件をはじめとした、自分の人生を振り返った著書『音楽という<真実>』(小学館)を上梓した。「真面目そうではあるけど、だいぶ変わってる人だな~……」とは思っていたのだが、この本を読んでみたら、それ以上に意外な一面も。  「ゴーストライター」として有名になった彼は、果たしてどんな人生を送ってきたのか、そして、佐村河内さんって実際どんな人なの!? ■YMOとの出会い   ――例の記者会見や、その後の活動を見ていて、音楽一筋で世間知らずな人が、うさんくさいおじさんに騙されちゃったのかな? ……と思っていたんですが、今回の本を読んでも、やはり子どもの頃から音楽ばっかりで、浮き世離れしているなという印象を受けました。漫画なんかは、読んでいなかったんですか? 「兄が4つ上だったものですから、兄が買ってきた漫画は読んでいましたよ。『ドカベン』や、中村雅俊さん主演でドラマ化もされていた『ゆうひが丘の総理大臣』なんかが好きでした。ただ、ある時期からは、ほとんど漫画も読まなくなってしまいましたね」 ――アイドルなどにも興味を持たず? 「そうですね。子どもの頃はテレビっ子だったものですから、アニメの再放送やドラマの再放送、野球中継なんかはよく見ていたんですけど。『巨人の星』『タイガーマスク』『はいからさんが通る』なんかが好きでした。ただ、夜9時くらいには寝てしまう子でしたね。中学校までは学校が家から近かったですし、帰宅部だったので帰ったらすぐにテレビをつけて……みたいな生活を送っていたんですが、高校になると学校も遠くなり、オーケストラ部に入って練習に打ち込んでいたので、テレビはほとんど見なくなりました」 ――高校からは音楽一直線という感じなんですね。いわゆる、クラシック以外の音楽というのは聴いていなかったんですか? 「子どもの頃は、両親が持っていたカーペンターズのレコードをかけてもらうのが好きでした」 ――初めて自分で買ったレコードは? 「レコードは、なかなか買えなかったんですよ。だから5本で1,000円くらいの、どこのメーカーかわからないようなカセットテープを買ってきて、ラジオから録音して聴いていましたね。初めて自分で買ったレコードは、小学校5~6年くらいの時、シンセサイザーで有名な冨田勲さんの『展覧会の絵』です。それから、やはり兄の影響でYMOとかも聴くようになりました」 ――バンドブーム直撃世代だと思いますけど、バンドなんかはやらなかったんでしょうか? 「自分ではやらなかったですね、周りにそういう仲間がいなかったんで。それにYMOを聴くようになってから、いわゆる歌謡曲などを突然見放すようになってしまいましたね(笑)。それまではあらゆる音楽を浴びているという感じだったんですが、中学校2年生くらいから、パッタリ流行歌というようなものを聴かなくなっちゃったんですよね。さらに、高校に入ってほとんどテレビを見なくなっちゃったんで……」 ――それくらい、YMOとの出会いは大きかったと。 「特に坂本龍一さんですね。クラシック畑から出てきて、現代音楽を通過してきた人だったので、すごく格好いいなと。その影響もあり、音楽のみならずアートや現代美術にも興味を持つようになって、そういうのが格好いいな、と思っていました」
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■自由に作るよりも、指示や制限があったほうが…… ――その頃から、将来は作曲家になりたいと思っていたんですか? 「具体的に展望を持っていたかどうかはわからないですけど、作曲家になりたいというのは、子どもの頃からずっと思っていました」 ――現代音楽の作曲家になるためには、どういうルートを経るのが普通なんでしょう? 「作曲家で食べていく、ましてや現代音楽でというのは、ほとんど不可能なんですよね。それだけをなりわいにして、というのは無理。だから普通は、別に音楽関係の仕事をしながら、仲間とイベントをしたりコンサートを開いたりするという……つまりはアマチュア……趣味の世界なんですよ」 ――新垣さんも、同じような感じで活動を? 「ずっとピアノを習っていたので、演奏の仕事というのはあったんですね。そういうアルバイトをしながら、趣味レベルで、って自分では芸術活動と思ってるんですけど(笑)、やっていました」 ――本には、大学の非常勤講師としての給料も書かれていましたが、こんなに安いのか(年100万円程度)って驚きました。当然、それだけで生活するのは難しいですよね? 「そうですね。演奏のアルバイトをしたり、たまにアレンジャーや、コマーシャル用の作曲仕事なんかも入ってきていましたが」 ――そういう請け負いでの作曲仕事と、自分の作品を作曲するのは違うという認識なんでしょうか? 「私は現代音楽、現代美術に憧れてきましたので、そういうアートとしての音楽をやりたいという思いがある一方で、コマーシャルの音楽や映画音楽というのにも興味はありました。80年代の坂本龍一さんや、私の作曲の先生である中川俊郎先生なんかは、コマーシャル音楽なんだけれども、アートとして成り立っている曲をよく作っていて、そういう仕事をしたいなと思っていました。それに、相手とのやりとりでできていくので、請け負い仕事のほうがうまくいくということも多かったんですよね」 ――自由に自分で作るよりも、指示だったり、制限があったほうが? 「『これこれこうやってよ』と人から言われて引き出される曲というのはありますね」 ■人間としては凡庸な、普通の人でした ――コマーシャル音楽などは、わりと誰が作ったのかわからない、匿名性の高い音楽だと思いますが、佐村河内さんの案件も当初はそういう感覚で引き受けたものなんでしょうか? 「そうですね。映像に音をはめていくということに興味があったものですから、やりたいなと思っていた矢先……悪魔の声が聞こえてきたんですよ(笑)」 ――最初は、いつものような請け負い仕事が来たという認識だったんですよね? 「まあそうですね。……かなり変な人でしたけど」 ――最初から、あんなルックスだったんですか? 「最初からです、全然変わらないです。ちょうどその頃、ビジュアル系という……聖飢魔IIみたいな、そういう人たちがクローズアップされてきた時期だったんですが、デーモン小暮(現・閣下)さんとか、そういう感じの風貌だったんですよ」 ――デーモンさん!? 白塗りしていたんですか? 「化粧はしていなかったですけど、ロングヘアーで、黒い服を着て。いかにもという格好をしていました。ビジュアル系自体があやしいとは決して思わないですけど、佐村河内さんはあやしかったです」
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――あやしさを感じたら断るという手もあったと思いますけど、仕事としては魅力的な話だったんですか? 「彼が映画音楽を作ることになっているという話自体は、本当だったんですね。だから、映画音楽を手伝ってみたかったということもあり……。結果的に、大部分を私が作曲して仕上げたわけですけど、それを佐村河内さんがすごく喜んでくれて『あくまでも自分の名義ということにしてくれ』と。その時は、特に自分の名前を出す必要性も感じなかったので、『いいですよ』と要請に従ってしまったわけです。思えば、それが問題の原点ですよね」 ――その時のギャラに関しても、うやむやになっているらしいですね。 「『いくらでやってくれ』という話はなかったので……。クラシックの世界でもそういう風潮はあるんですけど、ビジネスとして契約するというよりも口約束で。それまでのアレンジやコマーシャル音楽でも、それでうまくいっていたので、金額に口を出したことはなかったんですよ」 ――まあ、ノーギャラでも名前が出るんだったら、次につながるからいいか……という考え方もあると思いますが、名前も出ない、ギャラも出ないじゃ、やる意味ないんじゃないですか? 「それに関しては、彼がすごく情熱的に、その映画音楽に取り組んでいたというのもありますね。『秋桜』という映画だったんですが、非常に燃えていました。あの時はたぶん、彼の持ち出しでオーケストラにギャラを払っていたはずです。それと、作曲の名義は佐村河内 さんにしたわけですが、演奏のほうで私の名前をクレジットしてくれたんですよね。まあ、寄せ集めの学生オーケストラだったんですけど『新垣チェンバー・オーケストラ』と名づけてくれて(笑)、CDにもクレジットされています」 ――クレジットされたことがうれしかったから、ということですか? 「別にうれしくはなかったですね。どちらでもよかったです」 ――その後のギャラは18年間で700万円程度ということで、あまり高くはないと思うんですが、作業量には見合っていたんですか? 「彼のリクエストは、たとえば30分の曲とか、オーケストラの曲だとか、規模が大きかったので、時間はかなりかかっていましたね」 ――仕事としては、ワリに合ってなかった? 「安いといえば安いですけれども……。それでも、ある程度まとまったお金をもらって生計が助かっていたという認識はあります」 ――佐村河内さんって、ものすごく極悪人でサギ師みたいな言われ方をしていますが、作曲もできない、楽譜も書けないで、あれだけ仕事を取ってくるというのは、プロデュース能力だけはすごかったんじゃないかと思っているんですが。 「まあ、すごいといえばすごいんだろうな……という感じです。人間としては凡庸な、普通の人でしたね。普通の人なのだけれども、ちょっと度が過ぎてしまうタイプですよね。自分がのし上がるためになんでもしてしまうという、ちょっと困ったところがあるんです」 ――もともと佐村河内さんって役者志望だったり、「第二の矢沢永吉」という触れ込みでレコードを作ったり、いろいろやってきた人なんですよね。 「そういうチャンスはいろいろとあったと思うんですけど、ことごとく失敗してきているんですよね。まあ、役者としては、なかなかいい味を出していましたけど。80年代にチョイ役でテレビドラマに出ていたんですが、川崎麻世さんにぶっ飛ばされる姿はなかなかよかったですよ(笑)」 ――そのまま役者でいけばよかったのに、という感じですか? 「まあ、ある意味、役者をしてたわけですね。『作曲家だ』っていうキャラクターを演じていたんですから」
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■誰も知らないなら…… ――ゴーストライター事件に関して、新垣さんが佐村河内さんに騙され、心酔して従っていたのかなというイメージを持っていたんですが、お話を聞いていると、わりと冷静に見て距離を保っていたんですね。それでも「やめる」という判断はできなかったんですか? 「最初の数年間は、ところどころで『何を考えているんだ?』というようなことはあったにせよ、大きな問題はなかったんですよ。その時は映画音楽やゲーム音楽をやっていたので、作曲者の名義がなんであれ、そのプロジェクトのスタッフの一員としてコンテンツをちゃんと作ることができればいいなと思っていたんですね。しかし、ゲーム音楽である程度の成功を収めて、彼はそれを元にして世界に打って出ようというような野望を抱いたんですよ。そのためにいろんなことをやっていたみたいですけど、ことごとくうまくいかなくって、私は『そのまま失敗し続けてくれ』と思っていたんですが……」 ――うやむやに終わっていけばいいなと? 「最終的に彼が誰にも相手にされなくなって、もうゴーストライターをやらなくていいという状況になればいいなと思っていました」 ――しかし佐村河内さんが「耳が聞こえない」というギミックを利用して世間から注目されてしまうわけですね。 「そういうことを言って注目を集めるまでは、誰も彼のことを知らなかったわけですよ。もちろん、それでも世間を騙していることには違いなかったんですが、誰も知らないから『存在していない』わけです」 ――そこで「耳の聞こえない作曲家」という顔をして、世間に出てきちゃうと、ちょっと違うんじゃないかと。 「今『HIROSHIMA』と呼ばれている曲は、彼が失敗し続けていた時期に、おそらく演奏されることはないだろうという前提で作った曲で、案の定そのプロジェクトはポシャッて、お蔵入りになっていたんです。しかし、そういったことで注目を集めた結果、実際に演奏されることになってしまったんです。まさかと思っていたことが起こってしまったという。……これは参ったなと」 ――「耳が聞こえない」というギミックがあったとはいえ、『HIROSHIMA』は大きな評価を受けたわけですが、そこに喜びというのはなかったんですか? 「あの曲は『お蔵入りになってよかったな』と思っていた半面、『せっかく作ったんだから、演奏されたら、そんなに悪いもんじゃないと思うけどな』とも思っていたんですね。もちろん、世間を欺いてまで演奏されてはいけないとはわかっていましたけど。それが作ってから5~6年たって、うっかり蘇って実際に演奏されて、評価を得てしまった。オーケストラの方々がとてもいい演奏をしてくださって、そのこと自体はもちろんすごくうれしいことだったんですけど、作曲家としてやってはいけないという気持ちは強かったです」
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■この本は、ライターの先生がうまくまとめてくださったものです ――すべての仕事がなくなってしまう覚悟でゴーストライターをやっていたことを告白した結果、逆に今、仕事が増えているんじゃないかと思いますが、音楽の仕事はともかくとして、バラエティ番組に出る必要はないんじゃないですか? 「まあ、あれだけ世間を騒がせてしまってですね、すごく顔を知られるようになって、いろいろな番組から依頼が来たんですね。そんなことは自分にとって今までにないことですから、断ればいいという話ではあるんですけど……迷うところではあったんですけど、断らないということを選んだわけです」 ――佐村河内さんの件といい、断るのが苦手なんですか? 「(笑)。そうですね。そういう部分もあるんですけど……。日常生活で無理なことを言われたら『できないことはできない』と断れますけどね。私はあくまで音楽家であって、音楽の仕事はプロとしてやる自信があるわけです。バラエティは音楽でもなんでもないんですけど、拡大解釈をすると、あれもステージなわけですね。ステージに立つというのは音楽家の仕事のひとつともいえるんじゃないかと……。あとは、世間を騒がしたお詫びをさせてもらう機会を頂いたら、なるべくきちんとお話ししたいという気持ちもありました」 ――それにしても、ダウンタウンの番組(日本テレビ系『ダウンタウンのガキの使いや あらへんで!!大晦日年越しSP』)に出てクワガタに鼻を挟まれ血を流すみたいなのは、音楽と全然関係ないじゃないですか。 「全然関係ないですね(笑)。私は、長い間テレビを見ていないという生活を続けていたもので……DVDなんかは見るんですけど、テレビは映らないんですね。自宅にいても、曲を描いているか、本を読んでいるか、寝っ転がっているかという毎日なんで。だから、ここ10年くらいのテレビの状況が、まったくわからないんですよ。あの番組は、年末の人気番組だということはお聞きしていたので『はい、わかりました』と引き受けたんですが、何をやらされるかはわかっていなかったですね」 ――音楽の仕事も、記者会見以前と比べたらすごくたくさん来ていると思いますけど、おそらくああいったことがなく、地道に音楽活動をやっていたら、こういう状況にはなっていませんよね? そこはラッキーだったと思いますか? 「そうですね……。ああいうことを公表して、もう二度と音楽の仕事はできないんじゃないかと思ってたんですが、多くの方が支えてくださったおかげで、少しずつ再スタートすることができて、その点においてはラッキーだったとは思いますね。ただ、地道な活動というのも、自分にとっては幸福なものだったんですよ。楽しく、気楽にやっていたんです」 ――今のように脚光を浴びている状況は、うれしいわけではない? 「うれしくないとは言いませんが、そこを目指していたわけではないですからね。逆にこういうことになって、前の状況に戻れなくなってしまったわけですよ。もちろん、すごく恵まれた状況ではあるので、チャンスであり、どう生かしていけるのかというのは考えています」 ――このゴーストライター事件のせいで、僕のような文章を書くライターは少々迷惑を被ったんですが、今回の本も新垣さん本人が書かれているわけではないですよね? 「そうですね。私がインタビューに答えていくという形で、ライターの先生がうまくまとめてくださったものです」 ――そのライターさんの名前もちゃんとクレジットされていますし、出版の世界では普通の仕事なわけなんですが、世間ではこういうのも「ゴーストライターだ」と思われてしまったフシがあるので、最後に新垣さんから説明していただければ……。 「もちろん、文芸作品などを本人以外が書いていたということになると別だと思いますが、ひとりの音楽家が、世間を騒がしてしまった事件のあらましを関心のある方々に伝える……という今回のような本を、私が語ってライターさんにまとめていただくというのは、なんら問題のない作業だと思います。こんなことをわざわざ説明しなければならないという状況になっていること自体が、申し訳ないことなんですけどね(笑)」 (取材・文=北村ヂン)

復讐するは我にあり!? 佐村河内映画に本人が全面協力のワケとは――

samura051s0.jpg  佐村河内守氏のゴーストライター騒動が、ドキュメンタリーとして映画化されるという。監督はオウム真理教が題材の映画『A』で注目された森達也氏が務める。  佐村河内氏は聴覚障害を乗り越え、ヒット曲を連発し、『NHKスペシャル』で特集されるなど「現代のベートーベン」と称された。ところが、同氏のゴーストライターを長年務めてきた新垣隆氏が登場すると、世間の評価は一変。佐村河内氏には「ペテン師」のレッテルが貼られ、激しいバッシングにさらされた。  だが、森監督は日刊スポーツの取材に「佐村河内氏と新垣氏との関係や、2人に対する見方が180度ひっくり返るようなものになる」と予告。まさか、新垣氏が本当の黒幕だったとでもいうのか――。これに、佐村河内氏を知る人物は「実は、彼のもとには騒動の半年後から有象無象が接近していた。中には某プロダクションからの作曲オファーもあったそうです(笑)。ところが、彼はそれらを断り、今回の映画に協力していた。理由? 新垣さんに対する復讐でしょう」と話す。  佐村河内氏は騒動後に開いた記者会見で「新垣氏を名誉毀損で訴えます!」と宣言布告。とはいえ「訴えたところで勝ち目はなく、断念せざるを得なかった。しかし、彼の怒りの炎は決して消えたわけではなかった」(同)。  同氏は神奈川県内のマンションに現在も妻と暮らしているが、外出は数えるほど。それでも自身や新垣氏について書かれた雑誌の記事は、妻を通して把握しているという。ある週刊誌ライターは「自分に代わって大ブレークする新垣氏のことを快く思っていないことは確実です。そんな彼が、今になって何を語っているかは実に興味深いですね」と話すが……。その一方で、新垣氏は映画化の話は聞いているものの、本業の作曲に専念したいそうで「関わりたくない」というのが本音だという。  映画の撮影は昨年11月から都内や関東近郊でスタートしており、順調にいけば来年にも公開される。再び騒動が過熱するのか、それとも「何を今さら……」と冷めた目で見られるのか――。

「絶対に許さない!」“偽ベートーベン”佐村河内守氏が、このタイミングでインタビューに応じたワケ

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 全聾(ろう)であると偽り、世間を騒がせた佐村河内守氏が21日放送の『今年のニュース決定版!2014』(フジテレビ系)のインタビューに答えた。  同氏がメディアの取材に応じるのは、3月の記者会見以来9カ月ぶり。取材は今月19日に同氏の自宅で、妻が手話通訳を務める形で行われた。佐村河内氏はトレードマークだった長髪とヒゲ姿に戻っていたが、目元はサングラスではなく、黒いセルフレームのメガネ姿。近況について「(会見以後)この家から外出したのは、3~4回くらい」と、引きこもりであることを明かした上で「本当は自分の曲が共作だったことで、裏切った方々に謝罪を続けていて、8割方すべて謝罪の生活だった」と告白した。  一方で全聾ではないにせよ、自身が聴覚障害者であることを強調し「音は聞こえるが、耳の中で音がゆがんでしまう。手話通訳が必要」と話した。  ゴーストライターを務めた新垣隆氏についても言及。「利害は一致していました。彼は名前を出してほしくなくて、お金はもらいたい作りたい。私はお金を払う、彼はそのお金で満足する」と“共犯”であるとし、自伝本『交響曲第一番』(講談社)についても「彼はそこ(本の執筆)まで加担しているんですよ、本当は……」と、新垣氏の協力があったことをほのめかした。  このタイミングで佐村河内氏が登場した理由について、同氏を知る人物は「“いい人”扱いされる新垣氏に対する嫉妬がある。佐村河内氏は騒動で地位も名誉も失い、コンサート企画会社から損害賠償も請求されている。片や新垣氏は音楽活動だけでなく、モデル業にも挑戦するなど仕事が急増中。佐村河内氏は『絶対に許せない!』と怒り心頭だったそうです」と話す。  インタビューに淡々と答えていた佐村河内氏が、新垣氏に対してはやんわり悪評を混ぜているのもそのためだ。 「その矢先に、騒動の最中から良好な関係を続けていたフジテレビから取材オファーが来た。独占取材させる代わりに、新垣氏のこともきちんと放送してほしいと要求したそうです」(テレビ関係者)  年明けにも、佐村河内VS新垣のバトルが再燃しそうだ。

すっかりタレント気取りの“ゴーストライター”新垣隆氏に困惑する人々

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フジテレビ『どぅんつくぱ~音楽の時間~』より
 “偽ベートーベン”佐村河内守氏のゴーストライターとして話題となった作曲家の新垣隆氏が、9日放送のフジテレビ系『ノンストップ!』にVTR出演。今年1年を振り返り「本当の解決かどうかは別として、ひとつピリオドを打ったことになりました」と述べた。  続けて「『災い転じて福となる』という1年だった」と回想し、来年の目標を「婚活」と定めた。  事実、騒動が収束してから新垣氏は“1人バブル状態”。野外ライブにゲスト出演し、「女性セブン」(小学館)ではモデルデビューも果たし、フジテレビ系『どぅんつくぱ』には準レギュラーとして出演するなど、順調に活躍の場を広げている。  今年の収入については「(去年の)1.8倍くらいはいったと思います」。そんな新垣氏に対して微妙な反応を見せているのが、新垣氏と共に一連の疑惑を世間に提示したノンフィクションライターの神山典士氏だという。  出版関係者は「タレント並みに露出の増える新垣氏に、困惑しているそうです。新垣氏は仕事の頼みを断れない性格で、オファーがあったものにはすべて応えてしまう。本来、新垣氏は、佐村河内氏と共に世間を欺いてきた共犯者。それが、いまやスポットライトを浴びる立場になってしまったのですから、『それはちょっと違う』という思いがあるのではないでしょうか」と話す。  今月発売となる神山氏著『ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌』(文藝春秋)のプロモーションには新垣氏も参加予定というが、すっかりタレントとなってしまっているだけに、事件の深刻さ薄れてしまった印象だ。

“偽ベートーベン”佐村河内守氏が、和田アキ子に宣戦布告! その狙いとは──

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撮影=山本宏樹
 久しぶりにその名前を聞いた。耳がまったく聞こえない全聾(ろう)であることを偽っていた佐村河内守氏が、“芸能界の女番長”こと和田アキ子に牙をむいた。 「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の放送人権委員会は22日、ゴーストライター騒動が発覚した佐村河内氏の謝罪会見を取り上げたTBS系情報バラエティ番組『アッコにおまかせ!』について、審理入りを決めたことを明らかにした。同氏が8月26日付で委員会に人権侵害を申し立てていた。  問題となったのは、謝罪会見を取り上げた3月9日放送分。VTRでその模様を流し、その後、アッコら出演者が意見するという流れだった。佐村河内氏は申立書の中で「視聴者に『聴覚障害者であるかのように装って記者会見に臨んだ』との印象を与えた。同程度の聴覚障害のハンディキャップを持つ者に対しても、社会生活上深刻な悪影響を与えた」と、名誉侵害を主張。また、番組に「悪意ある編集」があったとも訴えた。  これに、TBSは「綿密な取材と診断書についての専門家の見解の上で制作しており『悪意ある編集』などによって聴覚障害がないと断定したものでもない」とコメント。一部で争う姿勢を見せている。  テレビ関係者は「誰もが佐村河内氏に対して『おまえが言うな!』とツッコミたくなりますが、彼は全聾ではないものの、音がゆがんで聞こえる感音性難聴と診断されている。要は『俺もれっきとした聴覚障害者』ということ。彼はメディアをくまなくチェックしていて、中でも『おまかせ』の扱いがひどかったと憤慨。弁護士を通じて、以前から『おまかせ』に抗議していたそうです」と話す。  とはいえ、佐村河内氏をネタにしていたのは、『おまかせ』だけではない。なぜ同番組だけが、攻撃対象に選ばれたのか――。これに、某週刊誌デスクは次のように推察する。 「やはり、和田アキ子の存在が大きいでしょう。彼女はネットを中心に嫌われキャラで通っている。ここにケンカを売っても、佐村河内氏はそこまで叩かれないと計算したのでは? 嫌われ者だからこそわかる、絶妙の選択。現にネット上では、佐村河内氏を応援する書き込みも多く見られます」  佐村河内氏は、騒動を機に収入が激減。再び音楽関係の仕事に就きたいようだが、どこからも相手にされていない。  前出テレビ関係者は「佐村河内氏は、地に落ちたイメージを回復しなければ何も始まらないと考えている。『おまかせ』がBPOで問題になれば、少なくともメディアはバッシングしにくくなる。それを復活への足掛かりにしたいのでしょう」と話す。  和田アキ子を“踏み台”にするつもりなのか――。

騒動から5カ月……“佐村河内ゴースト騒動”の新垣隆氏にオファー続々「ガッキーブーム来る!?」

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堕ちた“現代のベートーベン”「佐村河内守事件」全真相【文春e-Books】 [Kindle版](文藝春秋)
 “全聾の作曲家”こと佐村河内守氏のゴーストライターだと名乗り、一躍時の人となった作曲家の新垣隆氏が、発売中の「女性自身」(光文社)に登場。「仕事量も収入も、1.5倍くらいになりました」と現状を語った。  以前は桐朋学園大学の非常勤講師だった新垣氏だが、騒動を受けて退職。その後は、世間の声から逃げるように姿をくらましていた。 「彼はもともと、現代音楽の分野では知る人ぞ知る作曲家でしたが、騒動をきっかけに再評価を受け、ゲームメーカーをはじめ、あらゆる業界からオファーが殺到。無理のない範囲で仕事を受けているようです。また、6月には『ノンストップ!』(フジテレビ系)でピアノを生演奏。司会の設楽統との会話の端々から漏れる人のよさに、視聴者から『いい人すぎる』『おちゃめ』という声が相次ぎました」(芸能記者)  新垣氏は記者の直撃取材に対し、「過去は消えるわけではないですし、問題が解決したわけでもありません」と罪の意識を吐露した上で、「音楽に戻れたというのは、収入が増えたこととは比べ物にならないぐらいうれしい」と、音楽家としての喜びを語っている。また騒動後、佐村河内氏との連絡はすべて代理人を通しているといい、直接的なやり取りは「一切ない」とした。 「新垣氏は、今月28日に北海道で自作曲を解説する会を開催。また、8月19日には、同じく北海道のコンサートホールで演奏会も開かれる。さらに今月19日に生放送される『にこにこ23時間テレビ』(ニコニコ生放送)では、『週刊文春』編集部から依頼を受けたという交響曲『HARIKOMI』を初披露するとか。依然として雲隠れしている佐村河内氏とは対照的に、新垣氏は表舞台に立つ機会が増えている。ニコ生の評判次第では、“新垣フィーバー”が巻き起こる可能性もありそうです」(同)  会見時の悲壮感とは打って変わって、恵まれた現状を笑顔で語った新垣氏。“ガッキーブーム”は訪れるだろうか?

佐村河内守氏の“泣き芸”に共作容認も、新垣氏が唯一譲れないアノ楽曲とは――

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 ニセ作曲家騒動の佐村河内守氏のゴーストライターだった作曲家の新垣隆氏が今月5日、佐村河内氏が「共作」という形で自分にも著作権があるとアピールしていることについて、一部の楽曲については主張を受け入れる意向を示した。  この日、千葉・茂原市内で行われた演奏会に出演した新垣氏は「名義を共同とするものと、そうでないものに分けたいという気持ちはある」と明かした。  佐村河内氏は先の会見で、新垣氏に対して「名誉毀損で訴えます!」と宣戦布告したが、代理人と協議した結果、訴訟を断念。すると今度は新垣氏側に歩み寄り、先月には代理人が同氏に接触。新垣氏が作曲したが、佐村河内守名義で発表した作品をめぐる著作権を“譲ってもらえないか”と打診していた。 「新垣氏も、日の当たらなかった自分を夢の舞台へいざなってくれた佐村河内氏に感謝の気持ちを持っている。一部の作品の共作を認める方針を示したというのは、そうした気持ちからだろう」とは音楽関係者。  ただ、新垣氏にも、どうしても譲れない楽曲ある。ソチ五輪で男子フィギュアの高橋大輔選手がショートプログラムで使用した「ヴァイオリンのためのソナチネ」がそれだ。同曲は18万枚を売り上げた「交響曲第1番 HIROSHIMA」と並ぶ代表曲。一連の騒動のきっかけとなった義手のバイオリニスト・みっくんが大好きな曲でもある。  新垣氏を知る人物は「新垣氏がすべてを暴露したのは、教え子であるみっくんが佐村河内氏に虐げられていたから。みっくんは『ソナチネ』が大好きだったが、佐村河内氏と決別後、みっくんは『この曲に佐村河内さんの名前が載っている限りは二度と演奏しない』とまで言い切った。そのほかの曲は別として、新垣氏は『ソナチネ』の共作だけは絶対認めないはずだ」と話す。  佐村河内氏としては代表曲の1つである「ソナチネ」の共作権は勝ち取りたいところだが、新垣氏が態度を硬化することを恐れ「ソナチネは捨て、それ以外の曲で共作表記を目指す可能性が高い」(事情通)という。  世間の話題をかっさらった騒動から2カ月あまり……。舞台は、私欲まみれの権利争いに移行しているようだ。

笑ってはいけない謝罪会見!? 佐村河内守氏が「コントっぽかった」理由を構成作家が完全分析

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 聴覚障害を持ちながら、『交響曲第1番 HIROSHIMA』などを作曲したということで脚光を浴びるも、それらが実はゴーストライターによる代作と発覚。さらに、聴覚障害の程度についても疑義が持たれている、話題の佐村河内守氏。  3月7日の会見場には大勢の報道陣が詰めかけ、大いに注目を集めたが、会見を見て、思わず噴き出しそうになってしまった人も少なくないのではないだろうか。  現れたのは、髭がすっきり剃られ、長く伸ばした髪も短く切られ、サングラスもかけていない「別人」。  おまけに、真顔で会見していて、笑いごとではないのに、どこかしらコントのような雰囲気が漂っている。どこがコントっぽいのだろうか? 話す時の独特の「間」か? あるいは、硬い口調の中に、時折乱暴な言葉が混ざるバランスか? バラエティを手掛ける構成作家に、その理由を分析してもらった。 「佐村河内氏の会見が面白いのは、トークの面白さではないと思うんです。技術じゃない。もちろん自己演出がしっかりしているし、あれだけしゃべれるんですから、話すのも得意でしょうが、それ以上に面白いのは、やっぱり『キャラクター性』。どこまで本当なのかわからないミステリアスさがあり、見ている側がキャラ設定にワクワクしてしまうところがあるんですよね」  加えて、会見時には短髪+サングラスなしで登場したことで、これまで「フラッシュを浴びたら大変」とサングラスをかけていたり、「聞こえない」と言っていたりしていたことも、「シリアスなネタフリ」に見えてしまうのだという。 「実は、緩急のつけ方は、コントの鉄板『葬式コント』にも似ているんです。緊張感のあるピリピリした空気の中では、少しでもヘンなことをやると面白くなってしまう。本来笑ってはいけない場ということもあり、余計に面白くなってしまうんですよ」  面白さの大きなポイントは、おそらく本人が笑いを狙っておらず、本気だろうということ。「不本意」感が漂っていることだそうだ。  確かに、手話通訳もきっちり用意している一方で、「まだ手話通訳終わってませんよ」などと記者にツッコまれると、即座に「は?」とキレるなど、無防備さが随所に見られる。 「用意周到な面がある一方で、ついキレちゃったり、怒りに燃えて手話を通さず話しちゃったりする“凡ミス”は、本人が面白くしようとしていないことがわかりますよね。だからこそ、見ている側も『どこかでやらないかなー』とワクワクしちゃうんですよね」  本来は笑ってはいけない事件だが、その面白さは、「今年の『R-1ぐらんぷり』に出たら、ぶっちぎりだっただろう」という。こうなると、大変不謹慎ながら、ついつい「新作コント」も見たくなってしまうが……。 「佐村河内氏の会見がすごく面白かったのは、見る側の問題もあると思うんですよ。たとえば、マック赤坂の政見放送も、かつてはすごく新鮮で面白かったのに、今年はちょっと違うところにいっちゃったというか、変わってしまった印象がありましたよね。これは、見る側にドキドキ感がなくなってきたせいもあると思うんです。緊張感が高まったところで訪れる、新鮮な面白さ。佐村河内というキャラ芸人のような、『一発の面白さ』は大きいと思います」  コントのような爆発的な面白さは、やはり限りなく「笑ってはいけない」状況が作り出した、奇跡的な瞬間的面白さだったのかもしれない。