キング・オブ・スタジオドキュメント『笑っていいとも!』の終わり方

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『森田一義アワー 笑っていいとも! 』フジテレビ
「見たことがないのでわからない」  タモリは「『笑っていいとも!』とは?」という問いに、そう答えた。  思えば、日本に住んでいれば誰もが一度は見たことがあるであろう国民的長寿番組『笑っていいとも!』(フジテレビ系)を見たことがない稀有な人間は、ほかならぬタモリなのだ。そんな番組が、3月31日をもって32年間の歴史に幕を閉じた。  『グランドフィナーレ感謝の超特大号』と名付けられた最後の特別番組には、歴代レギュラー陣77人あまりが集まり、そのラストを見届けた。番組の終盤には、現レギュラー陣からタモリへ感謝の言葉が贈られたが、そのスピーチで「バラエティって非常に残酷なものだなとも思います」と涙ながらに話したのは、SMAPの中居正広だ。  映画やドラマ、ライブでは、終わりはあらかじめ決められている。ゴールを目指して進むことができる。しかし、バラエティにゴールはない。「バラエティは、終わらないことを目指して、進むジャンルなんじゃないか」と中居は言う。だから「バラエティの終わりは……寂しいですね」「こんなに残念なことはないと思います」と声を詰まらせた。  2013年10月22日、その中居の目の前で『いいとも』の終了が発表されたのを境に、8000回目の放送でとんねるずが不定期レギュラーになったり、現役の首相が「テレフォンショッキング」に出演したりと、『いいとも』は“お祭り”騒ぎに突入していった。こうした終わり方は、何事にも執着しないタモリにとって本意ではなかったかもしれない。もっといつも通りの『いいとも』のまま、淡々と終わらせたかったかもしれない。けれど、タモリはこれまでの感謝を込めるかのように、その神輿に乗った。このお祭り騒ぎのさなか、タモリはずっと気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべていた。 「一番思い描くイメージは、タモリさんの照れ笑い」と、爆笑問題・田中裕二は『いいとも』のイメージを一言で表現した。そうなのだ。だとすれば、この終焉も平常通りといえば平常通りだ。かつて相方の太田光は『いいとも』を、「タモリさんをいかにみんなで楽しませようか」という番組だと形容している。 「みんながタモリさんを喜ばせたい。それは出演者、プロデューサー、ディレクターだけじゃなくて、美術、音声、カメラさん、技術……みんながタモリさんを喜ばせたいの。みんなタモリさんが大好きで」(TBSラジオ『JUNK爆笑問題カーボーイ』より)  だから、グランドフィナーレの後半を丸々、タモリへの感謝のスピーチに充てたのはごく自然なことだったのだ。そして、タモリはそれを最高の照れ笑いを浮かべながら聞いていた。タモリの「照れ笑い」こそが『いいとも』が32年間も続いた秘訣なのだと、田中は続ける。 「ずーっと恥ずかしがってやってるじゃないですか。それが僕大好きで。ギネスに載って、8000回以上、32年間やってる司会者がずっと慣れてないんですよ、『いいとも』に。でも、じゃなきゃ長続きしなかったのかなって僕は思いました。慣れて、こなして、慣れっこになっちゃったら多分つまらなくなると思うんですよ」  最初から最後まで、『いいとも』はタモリの「照れ笑い」を映し続けてきたのだ。  そのスピーチの冒頭、田中は「最後の最後に奇跡的なすごいことが起こっちゃって」「ホントに予想だにしなかったことがここで起きて最高でした。でも、それが『いいとも』の生放送の一番いいところだなって」と、グランドフィナーレ前半で起きた“奇跡”を振り返っている。  番組は明石家さんまがゲストとして登場し、『いいとも』屈指の名物コーナー「日本一の最低男」が復活した。当然のように2人のエンジンがかかり、30分以上話し続けているところに、「長い!」とツッコミながら入ってきたのがダウンタウンとウッチャンナンチャンだ。  さらに“奇跡”は続く。  松本人志が「とんねるずが来たらネットが荒れるから」などと笑わせているうちに、とんねるずも乱入。かつて、「第3世代」のトップと称された3組がそろい踏みを果たしたのだ。  まだまだ“奇跡”は続く。  ダウンタウンとは「犬猿の仲」などとウワサされる爆笑問題まで入ってくる。 「もう一回言うけど、ネットが荒れる!」 と、松本はあらためて叫んだ。  さらにナインティナインも加わり、同じ画面、同じ舞台にタモリ、明石家さんま、笑福亭鶴瓶、とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、爆笑問題、ナインティナインというお笑いのレジェンドたちがそろうという、ありえない“奇跡”が起こったのだ。同じ画面にいるだけではない。太田のボケに浜田雅功がツッコミ、そのボケに松本がかぶせる。そんな夢のようなやりとりが実現した。 「何かが起こりそう」な「今」を映すのが「テレビ」だ。そして、それは『いいとも』そのものともいえる。『いいとも』だから、そして何よりもタモリがそこにいるからこそ、「何か」は実際に起こったのだ。『いいとも』のような長い歴史のある番組であれば、名場面は数多くある。グランドフィナーレに、そういったVTRで過去を振り返ることもできたはずだ。けれど、『いいとも』は「今」にこだわった。途中グダグダになってしまう場面があったとしても、すべてを「生放送」の醍醐味で乗り切った。まさに「スタジオドキュメント」。それが過去にも未来にも執着しないタモリイズムであり、『いいとも』イズムだったのだ。  なんの情報も意味もない、くだらない放送を32年間続けてきたタモリは、ずっと続けてきたいつも通りの締め方で、照れ笑いを浮かべながら最後を締めくくった。 「明日もまた見てくれるかな?」  その瞬間、いつものフレーズが指す対象が劇的に広がった。  『いいとも』がない「明日」も、テレビのバラエティ番組は続いていく。くだらなくて、意味のないお笑い番組は、これからも生まれていくはずだ。番組の打ち上げに参加した笠井信輔アナウンサーによると、タモリによる乾杯の掛け声は「日本のバラエティに乾杯!」だったという。 「答え要りませんが……ちょっと我慢できずに言います。答えは要りません」  抑え気味のトーンで感謝のスピーチを綴っていた香取慎吾は、手を震わせながら言った。 「そもそも、なんで終わるんですか……?」  答えなんて要らない。そんな答えに意味なんてないのだから。でも、伝えずにはいられなかったのだ。 「これからもツラかったり苦しかったりしても、笑っててもいいかな?」 と香取が投げかけると、タモリは即座に優しく返した。 「いいとも!」 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

大感動の『いいとも』フィナーレ中、明石家さんまはなぜ“消えた”のか

sanma0331.jpg  31日、3時間以上にわたり生放送された特番『笑っていいとも! グランドフィナーレ 感謝の超特大号』(フジテレビ系)で、こつ然と画面から“消えた”明石家さんまが話題となっている。  同番組は、平均視聴率16.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録。瞬間最高視聴率は33.4%で、番組終盤に「ウキウキWatching」の大合唱が終わり、タモリが「ありがとうございました」と頭を下げる場面であった。  1995年まで11年半レギュラーを務めたさんまは、番組前半にステージ上に登場。かつて名物だったフリートークコーナー「タモリ・さんまの日本一の最低男」が復活した。  2人は30分以上にわたり、思い出話を中心にトークを繰り広げ、終始スタジオは爆笑。そこにダウンタウン、ウッチャンナンチャン、SMAP・中居正広、とんねるず、爆笑問題、ナインティナイン、笑福亭鶴瓶らが徐々に加わっていき、時に収まりのつかないほどのにぎやかさを見せた。  しかし、番組が1時間14分ほど過ぎたCM明けで、突然さんまの姿が消えた。爆笑問題・田中裕二が「あの人帰っちゃったの?」と触れるも、特に理由は明かされず、タモリも「いなくなった。場が落ち着くね(笑)」と、軽く触れる程度だった。  この後、ステージ上に現レギュラー陣が加わり、記念撮影へ。さらにタモリの胴上げや、SMAPがタモリを囲んで楽曲「ありがとう」を熱唱するパートなど、感動のシーンが続いた。続けて、レギュラー陣が順に、タモリへ感謝のスピーチ。結局、CM明けからエンディングの間、さんまが画面に映ることはなかった。  これを受け、ネット上では「お笑いに感動なんかいらんねん、っていう信念なんだろう」「さんちゃん、かっこいい!」「芸人やな~」といった声が上がっている。 「そもそも、さんまが『いいとも』を降板したのは、“いかなる時も笑いは必要”と考えるさんまと、そうでなかった担当ディレクターとの間で口論になったため。今回、番組の前半は“笑い”、後半は“感動”と、はっきりテーマが分かれていた。これも、“バラエティに感動は必要ない”と考えるさんまがはけやすいよう、考慮した構成だったのかもしれない」(芸能ライター)  姿を消したさんまをめぐり、視聴者の間で臆測を呼んでいるが、真相は果たして……?

32年が“放送事故”で蘇る……発表! 『笑っていいとも!』ハプニング大賞

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フジテレビ『笑っていいとも!』番組サイト
 31日、32年の歴史に幕を閉じた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)。この日、スタジオアルタ前には約3,000人の番組ファンが集結。『~増刊号』の収録を兼ねた“終了後のトーク”はなく、タモリは、電車の時刻表や地図など、私物であふれた“タモリ専用楽屋”でくつろいだのち、午後2時半頃にアルタを後にしたという。  同番組がここまで多くの人々に愛された理由として、タモリの人柄はもちろんだが、東京・新宿駅前の小さなスタジオから、完全生放送で放送されていたことも、影響しているのかもしれない。  しかし生放送ゆえ、32年間に数々の事件も起きている。そんな中から、印象的なハプニングをランキング形式で振り返りたい。 ■1位 「テレフォンショッキング」素人乱入事件(83年12月1日)  「テレフォンショッキング」でゲストを呼び込む前に、不審な男が「しゃべらせろよ」と乱入。ゲスト席へ座った男に、タモリは戸惑いながらも「しゃべりたいことがある? ん? 何するの?」と話しかけた。  しかし間もなく、スタッフが男を裏手に連れていくと、演出ではないことが分かった観客から悲鳴のような声が。その後、番組はつつがなく進行したものの、番組史上最も危険な事件として語り継がれている。  なお80年代には、このほかにも素人に乱入されそうになったことが何度かあったといい、時には発煙筒を投げ込まれたこともあったとか。32年間、タモリが負傷するような被害に遭わなかったことが、幸いだ。 ■2位 矢田亜希子、失言事件(12年3月8日)  12年4月まで、生番組中に電話で出演オファーをする方式をとっていた「テレフォンショッキング」。これが演出であることは、山城新伍をはじめ数々の芸能人が別の番組で暴露していたが、『いいとも』内でこの真相に触れるのはタブーとされてきた。  しかし、女優の矢田亜希子が“友達”として大竹しのぶを紹介した際、電話口で「初めまして」とあいさつ。これがきっかけで、約30年続いた“お友達紹介方式”は消滅してしまった。  ちなみに、昨年12月の「週刊文春」(文藝春秋)のインタビューの中でタモリは、番組開始時から事前にゲストが決まっていたことを告白。さらに、タレントに声をかけてから出演までの期間が“1週間弱”と短いため、スタッフがスケジュール調整に難航していたことも明かしている。 ■3位 子役仕込み事件(03年6月4日)  子どもが夢を語る素人参加コーナー「ドリームズカムチャイルド」で、4歳の女の子が「キリンプロの○○です」と子役事務所の名前を付けて自己紹介。“キリンプラ”に聞こえたタモリが、眉間にしわを寄せ、「キリンプラってなんだ?」と聞くと、前に登場した男の子が突然口を開き、「キリンプロってねえ、レッスンのこと! ○○ちゃんのママがねえ『言っちゃダメ』って言ってるの」と説明した。  「ちょっと待てよ! グループで来てるのか?」と驚くタモリに、爆笑問題・田中裕二は「キリンプロさんっていう子役の事務所でしょうね」とあらためて説明。これにタモリは、「あ~~、これ仕込み!?」と大爆笑。藤井隆も「吉本興業の藤井隆です!」とかぶせるなど、その場はうまく笑いに転換したが、テレビ局のヤラセ体質が露呈した、実にまずい一件であった。 ■4位 観客ぬいぐるみ変身事件(05年9月21日)  月方方正(山崎邦正)がゲストの「テレフォンショッキング」中に、観覧席にいた素人男性が突然、「タモリさーん! 『いいとも』が年内で終了するって本当なんですか?」と大声を上げた。会場は変な空気になったが、タモリは動じることなく「いや、聞いてないですよ」と返し、山崎を「お前が来るから、変なやつが一緒に来るんだ!」「お前が呼び寄せるオーラがあるんだよ!」と責め、笑いに変えるなどして事なきを得た。  CM明けには、男性が座っていた席に、クマのぬいぐるみが置かれた。タモリは最後まで「お前のせいでめちゃくちゃになった」「お前がクマに変えたんだよ!」と山崎を責め立て、会場の笑いを誘った。 ■5位 FAX全裸写真事件  FAXが普及し始めた時期に始まった、タモリと笑福亭鶴瓶のコーナー「FAXは最高!」。舞台上にFAXを置き、生放送中に届いたFAXを読み上げるというシンプルな企画だったが、最初に届いたFAXはなんと男性の全裸写真であった。  その後も、放送できないFAXがほとんどだったが、2人は「頼むからもうやめてくれ~!」と、床をのたうち回るほど大爆笑。  10年の放送7000回記念回で、鶴瓶が「たった1回で終わったコーナーがあるんや」と、同コーナーを振り返っていたが、正しくは4回続いた。  このほかにも、数々のアクシデントが起きてきた『いいとも』。しかし、どれをとってもタモリが冷静な判断で笑いに変えている点は、さすがといえるだろう。 (文=林タモツ)

「“全曜日おもろない”発言も」明石家さんま、ダウンタウン……大物芸人たちの『いいとも』降板理由

sanma0331.jpg  31日に最終回を迎えた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)。この日の夜には、スタジオを新宿の“アルタ”からお台場へ移し、特番『笑っていいとも! グランドフィナーレ 感謝の超特大号』が放送される。  同番組には、各曜日のレギュラーメンバーのほか、明石家さんま、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、ナインティナインといった歴代レギュラー陣も集結。そんな元レギュラー芸人の降板理由を振り返りたい。  1984年4月からレギュラーを務めたさんまは、11年半後の95年9月に突如として降板。その理由について、自身のラジオ番組や、12年11月に出演した『いいとも』内で、自ら語っている。 「原因は、エンディングコーナー『爆笑オールスター・タモリンピック』(後の『曜日対抗いいともCUP』)だったとか。当時、同コーナーで網の下をくぐる競技が行われたのですが、さんまが網に引っ掛かり『さんまが捕れた』というギャグをしたところ、ディレクターに『そういうコーナーではないので、真面目にやってください』と注意され、口論に。いかなる時も“笑いは必要”と考えるさんまと、スタッフサイドが折り合わず、さんまから『やめたるわ』と降板したそうです」(芸能ライター)  さんまは降板後の97年、ラジオ番組で「今の『いいとも』、全曜日おもろない」と批判し、話題となった。  一方、89~93年にレギュラーを務めたダウンタウンの降板理由については、松本人志が著書『遺書』(朝日新聞社)の中で触れている。 「松本は、『あそこの客は、まるで自分たちが出演者であるかのようにギャーギャーうるさく、このオレ様が天才的なボケをかましているのに、変なタイミングで声援したりしやがる』と、不満を爆発させている。ダウンタウンは当時、フリートークながらも“漫才スタイル”で笑いをとっていたため、観客の声援によってボケが分かりにくくなるのが我慢ならなかったのでしょう。しかしそれ以上に、そういった状況にしてしまうタモリの仕切りに、当時は不満を漏らしていたようです」(同)  さまざまな理由で『いいとも』を降板している人気芸人たち。グランドフィナーレでは、どのようなトークでタモリを送り出すのだろうか?

『いいとも!』最終回、“最後のゲスト”ビートたけしがタモリに送った「表彰状」全文掲載

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夜にあらためて放送されるグランドフィナーレは、お台場のスタジオから放送される(フジテレビ『笑っていいとも!』番組サイトより)。
 31日放送の『笑っていいとも!』(フジテレビ系)最終回のテレフォンショッキングのコーナーに、最後のゲストであるビートたけしが出演した。  タモリが「ビートたけちゃんです。どうぞ~」と呼び込むと、たけしは羽織袴姿で登場。「今日は表彰状を読みに(来た)」と、式辞用紙に書かれた文章を約4分間にわたり読み上げた。全文、以下。 +++++++  じょうひょう……あ、表彰状、タモリ殿。長らく『笑っていいとも!』の司会を務めてきたタモリさんに、私から表彰状を贈りたいと思います。ちなみにこの表彰状は、すべてゴーストライターが書いたものです。私とは一切、関係のないことをご了承ください。本日は、32年間続いた国民的長寿番組『笑っていいとも!』の最終回という晴れの日に、社会的人気映画監督であり、高額納税者タレントでもあり、さらに総理大臣にしたい男5年連続ナンバーワン、上司にしたい男3年連続ナンバーワンという、人気と実力を兼ね備えた超一流タレントである私を呼んでいただき、誠にありがとうございます。  私は、『笑っていいとも!』で1983年2月、理屈ばっかり言っていた田中康夫が気に入らず、生放送中に乱入し、首を締め上げた。その結果、翌日のスポーツ新聞に「たけし、心身症」と書かれたことは、今となってはいい思い出です。  いいとも青年隊を忘れるわけにはいきません。かつて女を騙し、金をせしめ、恐喝で訴えられたH賀研二さん、パチンコでマンションを買ったといばっていたK保田篤さん、未だ『世界(ふしぎ)発見!』でしか姿を見ることのないN村真さん、いいとも青年隊卒業後、ホームレスになったK田健作さん、そしてまったく売れなかった、萩本欽一さんのところのあさりど、などなど、数々の一流タレントを輩出したことを忘れてはいけません。  そして、なんといってもこの番組の名物コーナーであるテレホンショッキング、友達を紹介するという名のもと、いきなり電話をして、出演をお願いするという斬新な企画でありました。しかしながら、女優の矢田亜希子さんが、大竹しのぶさんを友達として紹介した時、思わず「はじめまして」と言ったその日、それを聞いた時、私はショックのあまり耳が聞こえなくなりました。そしてまた、得意の作曲活動を諦めなければいけない事態に陥ってしまいました。改めて芸能界というのは、ヤラセの世界だなあと痛感した次第でございます。  そして、『笑っていいとも!』を語る上で、32年間の間、初めて新宿に来た田舎者を相手に何もやらず、間抜けな芸人に進行を任せてきたタモリさんに触れないわけにはいきません。かつてあなたは、ヘルスの呼び込み、オレオレ詐欺の出し子、パチンコ屋のサクラ、フィリピン人との偽装結婚の斡旋などを経て、芸能界に入り、イグアナの形態模写、四カ国語麻雀、意味不明なハナモゲラなどの卓越した芸で、一部の似非インテリの集団から熱狂的な支持を受け、あれよあれよという間に、国民的人気番組の司会者まで上りつめました。しかし、そんな『笑っていいとも!』も、今日をもって終わってしまうのかと思うと、私としては残念でありません。ただ明日からは、O倉智昭さんの『被っていいとも!』という番組が始まると知った時、私はその時思わず、聞こえなかった耳が回復し、今では聞こえるようになりました。新垣さんとの一度壊れた友情も復活し、今では2人で元気に作曲活動に勤しんでおります。ですからタモリさんも、なんの心配もすることなく、二流とも三流ともつかない芸人しか出ないと言われている『タモリ倶楽部』に全精力を注いで、頑張っていただきたい! 2014年3月31日 『A女E女』復活を望む会会長・イジリー北野 +++++++  ブラックジョークの数々に、タモリは「何が言いたいの」「やめろ! やめなさい!」とあきれて見せたが、実にたけしらしい慰労の言葉に、最後まで耳を傾けていた。  番組ラスト、タモリは「それでは明日も、見てくれるかな?」と、いつもと変わらない掛け声で締め、スタジオアルタの観覧客もいつもと変わらず「いいともー!」と声をそろえていた。

『いいとも』黒柳徹子の超音波、『バイキング』謎のメンバー、AKB48姉妹Gゴシップ連発……暴走する芸能人

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フジテレビ『バイキング』番組サイト
 ベテランデスクTと新米記者Hが、今週の芸能ニュースを振り返ります。 記者H ついに『笑っていいとも!』(フジテレビ系)が終わっちゃいますね……。こんな日が来るとは……ううう……タモさん……(涙)。 デスクT 毎日『いいとも』見てる人ならともかく、社会人になってからは、大して努めて見てなかったでしょ? どうせ「やっぱりタモリの良さは、『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)じゃないと出ないんだよな~」とか偉そうに言ってた口でしょ? 記者H べ、別にいいじゃないですか……。どうせ僕なんて、大して見たこともない『はなまるマーケット!』(TBS系)の最終回でも泣いた、上っ面だけの男ですよ。 デスクT 『はなまる』の最終回は、安住紳一郎アナが司会の2人の不仲説にぶっ込んでて笑ったよね~(記事参照)。それより、28日にテレフォンショッキングに出た黒柳徹子(80)のトークが面白すぎたよ。だてに40年も『徹子の部屋』(テレビ朝日系)やってないよね。 記者H 僕も見ました。動物と話ができるという徹子さんは、「私、友達のカワウソが上野動物園にいるんだけどね、私が行くとぱーって来てね、フェフェフェフェフェフェフェフェって、1週間にあったことを全部私に話すの!」「飼育員が引っ張っても絶対に動かなかった牛に、『1メートル動いて』って説得したら、1メートル動いたの」「旭山動物園のシロクマのイワンくんが、初めての春に(シロクマのメスの)ルルちゃんを追っかけ回してるの。だから、『追っかけ回すだけじゃなくて、もっと積極的にならないとダメ!』って説得したら、うまくいった」など、数々のトンデモ話を披露。タモリも客席も、大笑いでした。 デスクT 野生のパンダに、お箸を返してもらった話も面白かったよね~。あと、観覧客への100人アンケートで、「頭から飴を出したところを見たことがある人」が61人もいたことに驚いて、「アーーーーーーーーーーーー!! アーーーーーーーーーーーー!! そんなに見てる人がいると思わなかったァーーーー!」と、超音波みたいなのを発した時は何事かと思ったよ。アルタのテナントに入ってるギャルブランドの店員の「徹子マジやべえ」って声が聞こえてきたもん。 記者H 最後のテレフォンショッキングのゲストがビートたけしだと発表された時にも、「ワーーーーーーーーーーーー!! ワーーーーーーーーーーーー!! ヤダーー!」とスパークしてらっしゃいましたよね。 デスクT 『徹子の部屋』は4月から正午にお引越しするみたいだけど、その告知ポスターもなかなかいかすよね(ポスター画像)。『いいとも』の後番組『バイキング』なんて、到底勝ち目なさそうだよ。 記者H 『バイキング』といえば、「半径500メートル以内の日常をエンターテイメントにする生活情報バラエティ!」というキャッチコピーをやたら押してますけど、「半径500メートル」って言葉がピンとこなくて……。ウワサでは、裏番組の『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)を意識した内容になるといわれてます。 デスクT 500メートルって、最寄駅くらいまでの範囲ってことじゃない? なんか田舎に住む人が、「うちの半径500mには、なんもありゃせん」「都会の人は冷たい」とか、ナーバスなこと言いだしそうだよね。でも、月曜日の坂上忍とIKKOの絡みとか楽しそうじゃない? つーか、金曜レギュラーのクリス-ウェブ佳子ってどなた? 記者H 彼女のブログのプロフィールによれば、「VERY専属モデルで2児の母親でありながら、翻訳・音楽関係のライターもこなす。抜群のファッションセンスの持ち主。ご主人はイギリス人」だそうです。 デスクT 非の打ちどころがないな。聞かなきゃよかったよ、くそっ。そんなことよか、今週はAKB48グループの面白ニュースが相次いだよね。ドン・キホーテがAKSを訴えた“ぱちんこAKB48訴訟”(記事)から始まり、NMB48・木下春奈のDQN彼氏疑惑(記事)、SKE48・鬼頭桃菜の“私的Twitter流出事件”(記事)と、本当にAKB48グループはサービス精神にあふれてるよ。 記者H でも、大マスコミは見事にスルーしてますね。この業界の気持ち悪い感じは、いつまで続くんでしょうか……。 デスクT やすすが元気なうちは続くんじゃない? まあ、ドンキとの訴訟が最悪の展開を迎えたら、帝国が崩れる可能性もありえるけど。 記者H ちなみに、TwitterでファンやSKE48を中傷するようなツイートを繰り返していた鬼頭は、25日にGoogle+上で「お騒がせして申し訳ありませんでした」と一行で謝ったようですね。しかし、ネット上では「何に対して謝ってるのか分からないんですけど」「騒ぎになったことを謝罪しただけで、自分がしたことについては謝ってない」という厳しい意見もあるようです。また、同じグループの松村香織が、この騒動についてGoogle+で触れ、「グループトップのグズは言い過ぎヽ(`⌒´)ノ笑」と、我らが「サイゾーウーマン」の記事のキャプチャ画像を投稿してくれています。 デスクT おおお! SKE48の若い女の子もサイゾーを見てくれてるのか。どう思ったかなあ。一応、記事の見やすさや、デザインには気を遣ってるつもりなんだけど、気に入ってくれたかなあ……(モジモジ)。 記者H 気に入るわけないでしょ(笑)!

『いいとも!』司会はビートたけしだった!? 終了を決めたトップ会談とは? 知られざる『いいとも!』のすべて

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「いいとも!論」サイゾー
1982年に『笑っていいとも!』が始まってから、その終了宣言までのあいだに、そのウラでは何が起こっていたのか? キャリア35年以上の芸能記者・本多圭氏が知る、フジテレビとタモリ、そしてタモリの所属事務所、田辺エージェンシーの事情とは? 別冊サイゾー「いいとも!論」より、特別掲載する。  筆者は、芸能記者を35年以上やっている。『笑っていいとも!』(フジテレビ)が始まる前からだ。ゆえに、番組開始前から、『いいとも!』にまつわるさまざまな情報も耳に入ってきた。  『いいとも!』の司会は、当初、その前身番組である『笑ってる場合ですよ!』(1980年~82年/フジテレビ)のプロデューサーである故・横澤彪氏が、別の人物に依頼していた。漫才ブームの仕掛け人だった横澤氏は、『笑ってる場合ですよ!』で司会にB&Bを起用。スタジオアルタから生放送というスタイルも『いいとも!』と一緒で、素人参加企画が多かった点も共通していた。  そんな横澤氏が、後継番組の司会として白羽の矢を立てたのが、『笑ってる場合ですよ!』の火曜レギュラーだったツービートのビートたけしだった。当時のたけしは、こちらも横澤氏が手掛けていた『オレたちひょうきん族』(81年~89年/フジテレビ)でのタケちゃんマンが大ヒット、高い人気を誇っていたため、当然の選択でもあった。だが、たけしはこのオファーを断っている。理由は、「『ひょうきん族』さえ、ズル休みするおいらに、毎日の番組が務まるわけがない」というものだった。たけしがときには「お化けが出た」などという言い訳で、『ひょうきん族』の収録を頻繁にドタキャンしていたのは、自他ともにネタにしていたことだが、さすがに昼の生放送をズル休みしては大問題になってしまう。また、「打倒! 『8時だョ!全員集合』(69年~85年/TBS)」を目指しスタートした『ひょうきん族』に全力投球したいという思いも強かっただろう。物理的にも多忙を極めていた時期だ。それは、同じく『ひょうきん族』で人気を博していた島田紳助や明石家さんまらも同様で、彼らも『いいとも!』の司会に選ばれることはなかった。 ■横澤氏の通夜にたけし、タモリ、さんまは現れず  そんな横澤氏は2011年1月に肺炎のため他界したが、その通夜や告別式に、たけし、タモリ、さんまの姿がなかった。  訃報と共に、横澤氏のことは「たけし、タモリ、さんまの“お笑いBIG3”の育ての親」などと報道されたが、業界内の評価は別。「たけし、タモリ、さんまの3人は、横澤さんの力ではなく、実力でのし上がったんですよ」と、『ひょうきん族』に出演していた、あるお笑い芸人は語っていた。さらに、「横澤さんは、お笑い芸人のギャグが面白くないと、耳元で『このギャラ泥棒』と罵るんですよ。冷酷な男だとお笑い芸人からは嫌われてましたね」(横澤氏と仕事をしていたディレクター)との証言もある。横澤氏のお笑いに対する厳しさの一面がうかがえるエピソードだが、同氏の通夜や告別式に訪れたお笑いタレントが少なかったのも、その厳しさが関係していたのかもしれない。『いいとも!』『ひょうきん族』などの誕生に横澤氏の存在は欠かせないが、BIG3の才能が横澤氏の用意した舞台を軽く飛び越えていったことは、その後の活躍ぶりを見ればわかることだ。  BIG3と言えば、88年~99年まで、フジテレビで『タモリ・たけし・さんま BIG3 世紀のゴルフマッチ』という正月恒例の番組があった。BIG3が顔を揃える数少ない番組として人気を博したが、番組終了を申し出たのはたけしだった。毎回、特殊なルールを採用しながら、バカバカしくプレイする企画にもかかわらず、タモリがあまりにもゴルフに熱中してマジになるため、たけしが「面白くない」と言い出し、打ち切られることになったのだ。  たけし(47年生まれ)は、タモリ(45年生まれ)より年下にもかかわらず、芸能界では先輩であることから、「タモリ」と呼び捨てにしている。また、タモリの芸風を「スナック芸」などと評して、決して認めているわけではなかったたけしだが、『いいとも!』を31年以上務めてきたことには深い敬意を表している。BIG3とくくられるものの、同じフィールドで活躍しているタレントという認識は、2人ともなかったことは間違いないだろう。 ■タモリが信頼する田辺エージェンシーの田邊昭知社長  たけしとは明らかに異なる「芸」を武器に、『いいとも!』を国民的番組に育て、今日まで続けてきたタモリ。そんなタモリの恩人でもあり、ベストパートナーだったのが、所属事務所・田辺エージェンシーの田邊昭知社長だ。  70年代半ば、マニアックな芸風からか、なかなか所属事務所が決まらなかったタモリだが、知人の紹介で田辺エージェンシーに所属。グループ・サウンズ「ザ・スパイダース」のリーダーを務めたのち、73年に自らプロダクションを起こした田邊社長にとっても、才能豊かなタモリはダイヤの原石だった。自らの業界内のパイプとマネージメント能力をフルに活かし、30歳という遅咲きデビューのタモリをさまざまな番組に露出させていった。かつては、田邊社長自ら「ザ・スパイダース」のマネージメントをしていた関係で、各局のプロデューサーとは親しく、そのコネを存分に活かしたわけだ。特に“テレビ朝日の天皇”と呼ばれた同局プロデューサーで、制作局長も務めた皇達也氏とは昵懇の仲だった。後に『タモリ倶楽部』や『ミュージックステーション』の司会をタモリが務めるようになったのも、こうした関係がベースになっている。  『いいとも!』より1年半前に始まり、タモリが飛躍するきっかけとなった音楽バラエティショー『今夜は最高!』(81年~89年/日本テレビ)も、田辺エージェンシーが制作に加わることで、タモリの芸達者ぶりと知的な一面を押し出すことに成功した番組だ。ここで、タモリの安定した司会ぶりを知らしめたことが、『いいとも!』起用の決定打になっていたことは間違いない。  さらに、『いいとも!』出演が決まると、田邊社長は、テレビ朝日で『タモリ倶楽部』(82年~)をスタートさせることを決定。「全国区の昼の顔」になることで、タモリのイメージが画一化されることを嫌い、マニアックで夜の匂いがする「タモリらしいタモリ」を前面に押し出した企画を田辺エージェンシー自ら制作することで実現したのだ。こうした、田邊社長のタレント第一主義の方針と企画力にタモリは脱帽し、以降、田邊社長に全幅の信頼を寄せることになる。 ■タモリ唯一の“女性スキャンダル”「ひとみちゃん事件」  また、二人の絆を深めるこんな事件もあった。タモリ唯一の“女性スキャンダル”と言っていい、30年ほど前に起こった「ひとみちゃん事件」だ。  かつて、東京・青山墓地近くに、「コーラルクラブ」というオカマやオナベが踊ったり、歌ったりするショーパブがあった。タモリだけでなく、所ジョージも頻繁に通っていた店だが、タモリはここで自ら芸を見せるなどして、人気の常連客となっていた。そのタモリが、あるホステスに夢中になってしまった。それが、ひとみちゃんだ。すでに結婚していたタモリと、20代のひとみちゃんは不倫関係で、代官山にあるひとみちゃんのマンションにタモリは密かに通っていた。しかし、そのころすでに『いいとも!』に出演していたタモリをマスコミがマークしていたため、サングラスを外して、普通のメガネをかけて、マンションに通っているタモリの姿を女性誌にキャッチされてしまったのだ。  この記事に対して、田邊社長は締め切り直前に自ら編集部に出向いて、編集者と直談判したという。挙げ句には、土下座までして、タモリにとって致命傷にならないよう、記事の内容を和らげるようお願いしたのだ。主婦が大勢見ている『いいとも!』の司会者が不倫しているともなれば、番組降板という大事にもつながりかねない。田邊社長の必死の懇願により、女性誌に掲載された記事は、『いいとも!』出演以前の“過去のあやまち”として処理された。この細工がなければ、今日のタモリはなかったかもしれない。田邊社長はタモリに限らず、自社のタレントは体を張ってでも守るというのは、芸能マスコミでは語り草になっている。田邊社長あってのタモリであることは疑いようがない。 ■田邊社長とフジテレビ・日枝久会長の関係  この最強タッグで突き進んできた『いいとも!』の31年間。その終了を決断したのも、フジテレビではなく、この二人だった。  田邊社長は、フジテレビの日枝久会長とも、同会長が編成局にいたころから親しかった。日枝会長が編成局長時代にスタートしたのが『いいとも!』だが、日枝氏が社長、会長と局内で出世していくのと並んで、田邊社長もプロダクションの業界団体「日本音楽事業者協会(音事協)」の会長を務めるなど、トップ同士の関係性は深まっていった。05年、ライブドアの堀江貴文氏がニッポン放送の株を買い占めて“フジテレビ乗っ取り”を画策した際も、田邊社長は裏でフジ支援を打ち出し、音事協に関係するタレントたちが、ライブドアに対して批判的なコメントを出すといった流れを生み出した。  ここ数年、『いいとも!』は、視聴率低迷やタモリの高額ギャラがネックになって、打ち切り説が囁かれてきた。だが、フジテレビ局内では、日枝会長と田邊社長の結びつきを考えれば、ビジネスライクに打ち切りが決まることはないだろうと目されてきた。田辺エージェンシーにとっても、タモリのギャラに加えて、制作にかかわる『いいとも!』から入る企画料は大きな売り上げだ。日枝会長が、その大事な売り上げを没収するようなことはしない。そしてなにより、タモリは田邊社長に「ギャラを大幅に下げられても、体力が続く限り、『いいとも!』を続けたい」との意気込みを語っていたという。田邊社長も、タモリが望む限り、番組を続けさせようと決めていたはずだ。  だが、昨年4月、『いいとも!』の総合演出にSプロデューサーが就任して、その空気が変わり始める。S氏が打ち出す企画にタモリが反発しだしたのだ。 ■S氏がタモリの意向を無視して推し進めた企画  そのことが表沙汰になったのは、昨年7月1日の生放送中。オネエ系のイケメンを決める「オネメンコンテスト」のコーナーの冒頭にはタモリはいたのだが、途中から消えて、最後まで現場に戻ってくることはなかった。この“事件”はネット上などでも話題となり、一部では、体調不良説なども流れたが、実態は違った。  S氏はフジテレビの上層部の意向を受けて、視聴率を取るために主婦層に受ける企画を、タモリの意向を無視して推し進めた。そのひとつが「オネメンコンテスト」のコーナーだったようだ。S氏はタモリを説得したが、タモリは「だったら、俺じゃなくてもいいよな」とキレて、7月1日の放送で実力行使に出たのだ。  温厚そうなタモリだが、プライドは高く、かつても制作側のスタンスに反発して、番組降板まで発展したケースがあった。『今夜は最高!』(日本テレビ)でのことだ。  81年からスタートした『今夜は最高!』は、玄人受けする番組として、業界関係者からも高い評価を得ていた。美空ひばりも出演するなどして、夜11時台の枠にもかかわらず、視聴率は良かった。ところが、87年からスタートしたフジテレビの裏番組『ねるとん紅鯨団』(~94年)に押されて、視聴率が低下。89年、同番組のスポンサー筋から「タモリではもうダメだ。数字は取れないだろう」との声が出たものの、それに対して制作側が反論もしなかったことがタモリに漏れ伝わり、「だったら、こっちから願い下げだ」と、タモリが激怒して降板し、番組が打ち切られたのだ。それ以降、タモリは日テレのレギュラー番組の話があっても拒絶してきた。それほど、プライドが傷ついたということだ。 ■そしてトップ会談で『いいとも!』終了は決定した  筆者は昨年7月下旬に、ウェブサイト「日刊サイゾー」の連載コラムで、タモリが『いいとも!』から消えたこの事件に触れ、「今回、このとき(「今夜は最高!」の降板劇)と同じようにオネエ系のイケメン企画をS氏が推し進めて、タモリのプライドが傷ついたのだとしたら、今後、降板する可能性は極めて高い」と予測した。すると、現実はその通りになった。S氏が、タモリに引導を渡すために意図的に投入されたということはないだろうが、S氏の意向はフジテレビの意向。タモリは敏感に、自分の置かれている状況を感じ取ったはずだ。  フジテレビとしては、田辺エージェンシーに継続の意向がある限り、『いいとも!』をやめるわけにはいかなかったが、タモリの番組継続に対するモチベーションの低下を受けて、田邊社長も“潮時”と感じたのだろう。田邊社長と日枝会長に加え、フジテレビの亀山千広社長を含めた、トップ会談で『いいとも!』終了は決定した。誰かが強く「やめる」と言い出すことなく、徐々にやめるための空気が醸成されていったうえでの、実に日本的な終焉が『いいとも!』には待っていたのだ。  一方で、フジテレビが『いいとも!』に代わるタモリの冠番組を作ることも合意されたとも聞く。当然、制作には田辺エージェンシーがかかわる。『いいとも!』が終わっても、フジテレビとタモリの関係は続いていく。 (文=本多圭) ●本多圭(ほんだ・けい) ライター。1948年生まれ。明治学院大学除籍後、TBSにて臨労闘争4年間を経て雑誌記者になる。76年にフリーになり、芸能、医療ライターとして活躍中。一方で、ビートたけしの『下世話の作法』(祥伝社)など、複数のタレント本をプロデュース。「日刊サイゾー」で、「芸能界・今昔・裏・レポート」を連載中。

ついに32年間の歴史に幕! 最後の『笑っていいとも!』は打ち上げも規格外「1,000万円以上の予算も」

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『いいとも!論』(サイゾー)
 今月31日に32年間の歴史に幕を下ろす、国民的番組『笑っていいとも!』(フジテレビ系)に注目が集まっている。最終回は、同日午後8時から午後11時14分まで『笑っていいとも!グランドフィナーレ 感謝の超特大号』を放送予定。タモリの“永遠の憧れの人”である女優の吉永小百合が初出演するほか、『いいとも』歴代レギュラー陣も集結。明石家さんま、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、ナインティナインなど超豪華メンバーが、番組終了に花を添える。  また、新レギュラーになったばかりのとんねるずら現レギュラー陣による惜別スピーチや、タモリから視聴者に感謝のメッセージが届けられるという。テレビ史において、1つの区切りになることは確実だ。  そして放送終了後に待っているのは、盛大な打ち上げパーティーだ。テレビ関係者は「放送が終わるのは午後11時すぎ。普通なら打ち上げはあらためて……と考えるのだろうが、タモさんは関係ない。これまでも毎年、忘年会は特別号終わりの深夜から開始し、朝までコースだった。今回は最後ということで、数多くの芸能人が集まり、“タモさん詣で”するはずです。打ち上げで1,000万円以上の予算を確保しているという話もある。どれぐらいの規模になるのか、見当もつきませんよ」と話す。  最近になって「二日酔いで『いいとも』に出たこともあった」とカミングアウトしたタモリ。打ち上げではマイグラスを持参し、ビールやウイスキー、ワインなど、ありとあらゆる酒を急ピッチで飲んでいくという。 「“現金わしづかみ大会”や、ビンゴ大会もあります。最近は寡黙になったタモさんも、打ち上げでは毎回はじけていますよ」(芸能プロ関係者)  朝までコース確実の打ち上げ終了をもって、『いいとも』が完全に終わるといえそうだ。

「かっぱ!」「かんぴょう!」『いいとも』最終週にタモリと爆笑問題・太田が“おじいちゃん漫才”披露

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別冊サイゾー「いいとも!論」(小社)
 31日に最終回を迎える『笑っていいとも!』(フジテレビ系)で26日、タモリと爆笑問題・太田光が漫才を披露し、話題となっている。  この日は、番組後半に「芸人だらけの水曜日! レギュラー大集合でネタ祭り」という企画が行われ、水曜レギュラーのタカアンドトシ、柳原可奈子、パンサーらが順にネタを披露。大トリには、タモリと太田の即席漫才コンビが登場した。  2人は、高齢のベテラン漫才師を彷彿とさせる、ゆっくりとした動きで登場。タモリは開口一番「あがってます」と緊張を伝え、スタジオを沸かせた。  ネタの内容は、「名前だけでも憶えてもらいたいと思うんですけど」と、漫才の枕的なセリフを繰り返したかと思えば、突然「すいませーん、かっぱ巻きありますか?」「私はかんぴょう巻きでいいんだけどね」などと言いだすシュールなもの。2人は、「かっぱ!」「かんぴょう!」「かっぱ!」「かんぴょう!」と交互に大声を上げ、後に2人の名前が「かっぱ巻きあるのないの、ようとうさんぴょう、かっぱ、かんぴょう、かっぱ……」であることが判明。続けて太田が、「僕が司会で、タモリさんがゲストのテレフォンショッキングをやろう」と提案するも、CM入りのジングルが鳴り、2人の漫才は時間切れとなった。  この約4分間の漫才に、ネット上では、「タモリさんと太田さんのスペシャル漫才、最高に面白かった!」「タモリさんのシュール芸が見られて、うれしい」「漫才中、タモリさんの脇汗がとんでもないことになっていた」「今日のいいともは神回」「漫才がシュールすぎて、意味が分らなかった」「グダグダだった」など、さまざまな感想が飛び交っていた。 「『こっち、かんぴょう巻き』『この人、かっぱ巻き』という掛け合いは昨年、タモリと太田が一緒に考え、“2013年の流行語にしたい”と意気込んでいたギャグ。いわば、2人の持ちネタです。この日のタモリは、テレフォンショッキングに出演した福山雅治と即興音楽ユニット『TMC(タモリ・ミュージック・クラブ)』を結成し、セッションを披露するなど、終始楽しそうだった。中居正広やバナナマンが出演した前日は、番組終了を惜しみしんみりとした雰囲気でしたから、曜日によって空気が異なるのは面白いですね」(芸能ライター)  今回は、惜しくも時間切れとなってしまったタモリと太田の漫才。この続きが見られる日は、来るのだろうか?

“アディダス土下座事件”から20年……『いいとも』最終回でダウンタウンと爆笑問題がついに共演!

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別冊サイゾー「いいとも!論」(小社)
 『笑っていいとも!』(フジテレビ系)最終回当日の夜に生放送される特番『笑っていいとも! グランドフィナーレ 感謝の超特大号』(夜8時~)で、かねてから“共演NG”とウワサされている爆笑問題とダウンタウンの共演が実現することが分かった。  同番組には、28年のレギュラー最長記録を持つ関根勤や、26年の笑福亭鶴瓶、新レギュラーのとんねるずのほか、明石家さんま、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、ナインティナインら歴代レギュラー陣が大集結。さらに、タモリが長年、共演を熱望していた吉永小百合も駆けつけるという。  この発表にネット上では、「楽しみ!」「これだけの大物がそろうのは、テレビ史上で先にも後にもないのでは?」「このメンバーを、番組がどのようにまとめるのか見どころ」「結局、さんまが騒いで、ほかの芸人はおとなしくしてそう」など、早くも臆測が飛び交っている。  そんな中、爆笑問題・太田光と、ダウンタウン・松本人志の共演が注目を浴びている。 「松本さんと太田さんは、芸能界きっての“犬猿の仲”とウワサされてきた。原因は20年ほど前、アディダスのジャージを愛用していた松本さんの服装センスを、太田さんが『アディダスの広告塔』などとギャグにし、松本さんが激怒。松本さんは太田さんに土下座させたといい、以来、爆笑問題サイドがダウンタウンを“共演NG”に指定しているとか」(芸能ライター)  松本が出演するニュースバラエティ番組『ワイドナショー』(同)の竹内誠チーフプロデューサーは7日、同局の改編記者発表会でこのウワサについて、「ネットでいわれているほど“不仲”ではない」と発言。これに一部ネット上では、「関係者が、両コンビの間に“何かあった”ことを認めた」「やっぱり不仲だったんだ!」と、むしろ疑念を再燃させる結果となってしまった。 「『いいとも』最終回は、とにかくタモリさんが主役。出演者が全員揃うのは、エンディングの画作りだけというウワサも。生放送の危なっかしさもあるため、松本さんと太田さんの絡みは見られないかもしれませんね」(同)  32年間にわたり“お昼の顔”を務めたタモリを慕い、これ以上ない豪華出演者が集結する同放送。はたして、どんなフィナーレを迎えるのだろうか?