
撮影=尾藤能暢
先日、著書『話す力』(小学館)を上梓したテレビキャスターの草野仁氏。近年は“肉体派キャスター”として、マッチョな伝説が注目を集めているが、本職はご存じの通り、元NHKの売れっ子キャスター。その経験を生かし、自分の思いを言葉にして伝える術や、よいスピーチのコツなどを、実際に自分が聞いて感心したエピソードや、タレント、芸能人たちの話術をもとに解説している。読みやすい文体に、分かりやすい例え話が多く、すぐに実践できそうな話し方のコツが綴られ、ビジネスマンも重宝しそうな一冊だ。そんな本書を書くこととなったいきさつや、亭主関白時代のちょっとヒドいエピソードとは……!?
――実際にお会いすると、体つきがたくましいですね! どんなトレーニングをしているんですか?
草野仁(以下、草野) いやいや、トレーニングというほどのものではないですが、ストレッチ、ダンベルを使った運動、エアロバイクなどは日課にしていますね。もうすぐ70歳になりますし、自分の思った通りに体が動くように、ある程度は鍛えたいと思ってはいますね。
――そのお年で、その体つきはヤバいですよ! やっぱり、自分の体を眺めたり、露出したりするのは好きなんですか?
草野 はっはははははは(笑)。そこまでナルシストではないですよ!
――いろいろな番組で披露しているので、てっきりお好きなのかと思いました! いきなり脱線してすみません……。で、本題の『話す力』ですが、本書を執筆しようと思ったきっかけを教えてください。
草野 欧米人は話し上手で、日本人は口ベタという構図が常識になっていますよね。それはなぜなのかと自分なりに考えてみたのですが、欧米人というのは、昔から肌の色、髪の毛の色、目の色も違う人たちが集まって、ひとつの共同体を作っているじゃないですか。そこで、何か問題があって、話し合いをしなければいけないときに、自分の意見を分かりやすく、明快に伝えられないと、構成員としては認めてもらえないはず。だからこそ、彼らは自分の思いを言葉に託して、ちゃんと話すような習慣がついたのではないか。それが、ギリシア時代から続き、雄弁術や修辞学という学問も発達するようになったんだと思うんですね。
――違う人種の人たちと意思疎通するには、言葉でしっかり伝える必要があった、と。
草野 ええ。日本人の場合は、封建社会が長く続いて、お上の意思が下々の人たちに自然に伝わる上意下達のシステムができていた。さらに江戸時代になると、儒教の精神が浸透してきて「男でペラペラしゃべる奴にロクなのはいない」とされ、不言実行がよしとされていましたから、あうんの呼吸で、息遣いで理解しようとする。歴史的に見て、日本人はしゃべって自分の考えを伝えるという経験を、ほとんど持っていません。
――欧米では教育段階でしっかりカリキュラムを組んで、ディベートなども活発に行っているそうですね。
草野 そうなんですよ。日本ではそのへんがまだまだで、圧倒的に彼我の差がある。「そこを埋めるためには、どうしたらいいだろうか? どうしたら我々の考えたことを、言葉に託して言えるようになるのか?」を考えていたら「そうだ、私自身が46年間放送の世界にいて培った、自分流の話し方や表現方法が使えるんじゃないか」と思ったのが、本書を書くきっかけになりました。
――草野さん自身、欧米人と差を感じた経験は何かありますか?
草野 経験ではないのですが、我々アナウンサーは大卒で入社すると、話すことの修練をさせられるんです。それで、ある程度そのスキルがついたところで「○○の番組で読め」と言われてアナウンサーとしてデビューするわけですが、欧米のテレビでは「アナウンサー」という職種はないんですよ。つまり、ちゃんと教育を受けた人は誰でもしゃべれるという考え方で、最初からブロードキャスターとして採用されるんです。そして、ニュースをただ読むのではなく、いろいろな問題や事件を自分で取材して、自分の考えで報道できるようなシステムになっているんです。
――そこまで、力量が認められているんですね。本書『話す力』は、さまざまな方のエピソードや、実際のスピーチなどを織り交ぜて、非常に読みやすく、分かりやすい内容でした。書くにあたって、気を配った点はなんですか?
草野 職業柄、いろいろな会場でスピーチを聞く機会が多いのですが、そこで実際に聞いて、すごいなぁ、いいなぁと感じたエピソードを紹介しようと思いました。プロゴルファー・石川遼選手が青木功選手へ贈った見事なスピーチ、映画監督の松山善三さんが結婚披露宴で述べた祝辞など、今でも一言一句思い出せるような印象深いエピソードを紹介しています。
――また本の中で、雑談力をつける方法として、ニュースや新聞などをチェックして一般的な話題を取り入れる「横軸」と、この話題ならいくらでも話ができるという「縦軸」のジャンルを日頃から勉強するようにしましょうと書いてらっしゃいましたが、草野さんの「縦軸」ってなんですか?
草野 仕事としてスポーツ放送を担当していて、実況中継でいえばNHK時代に30競技くらい担当したので、スポーツに関してはお話しできると思います。あとは、映画、音楽……のジャンルは限られるけど、古いタイプのジャズは、ある程度はついていけますね。それと、競馬が大好きなので、それはまったく話が尽きないくらいです(笑)。
――競馬といえば、本書でも触れてましたけど、家庭サービスで家族を競馬場に連れていったそうですね。
草野 ええ(笑)。家内に、何か家庭サービスをしろと言われましてね。最初は車で5分くらいの公園に連れていったんですよ。そしたら「あれは家庭サービスのうちに入らない」と言いだしましてね。“ああ、近いからダメだったんだ。じゃあ、今度はもう少し遠いところに行くか”と思いまして、当時は福岡にいたので、自宅から車で1時間のところにある小倉競馬場に、家内と家内のお母さん、息子2人を連れていったんですよ。
――時間の問題じゃないでしょう(笑)。まして、その頃の小倉競馬場なんて、女子どもの行くところじゃなかったと思うんですが……。
草野 今でこそキレイになりましたが、当時はね……。そんな中で、日よけも何もないベンチに家族を放り出して、自分は一日中馬券を買っているという(笑)。
――それは家庭サービスじゃないですよ。ずいぶん亭主関白だったそうですね。
草野 福岡放送局の同僚の間では「いかに女房を粗末に扱っているか」を自慢し合っていましたからね。「このままではいけない!」と気づいたのが、なんと結婚17年目ですよ。NHK時代は「オレは働いているからいいんだ!」って威張ってるわりに稼ぎが少なくて。当時のNHKは本当に給料が安くて、民放の50~60%くらいだったと思います。
――意外に安かったんですね……。
草野 ええ。それからフリーになって、朝の番組の担当をしたんですね。朝3時半くらいに起きて、準備をして、4時過ぎに家を出て、5時に局に入るという毎日を送っていました。そんなある日、朝起きてハッと気づいたんですよ。家内は僕より30分~1時間前に起きていて、冬は部屋を暖めたり、お茶を入れたりして、準備をしてくれているわけですよ。「そうか、敵も結構大変だな」と、その時初めて思いまして。
――敵ですか(笑)。
草野 そこからは相手の立場を慮って、威張り散らさなくなりましたね。40歳くらいのことです。家内にしてみれば、そういう変化は喜ばしい、夫としてちゃんと更生の道を進んでいるそうです。ふっふふふふふふ(笑)。
――人間は、いくつになっても更生できるということですね。お年でいえば、みのもんたさん、久米宏さん、松平定知さんは同い年なんですが、お互いを意識することはありますか?
草野 昭和19年生まれ組は、いまだにみんな頑張っていますよね。私の場合は、ほかの方がみんな大きい存在だったから、みのさんや久米さんを意識するようなことはなかったですね。ただ、久米さんが『ニュースステーション』(テレビ朝日系)でやっていた、最後に軽い皮肉を込めて言い抜けるテクニックとか、参考にしたりしていましたよ。
――それが『世界ふしぎ発見!』(TBS系)で回答者をたぶらかす司会ぶりに生かされているんですね! 草野さん、最近は、真面目に見えて実はマッチョだったり、ちょっとダーティーだったりするところが注目されていますね。
草野 『草野☆キッド』(テレビ朝日系)で浅草キッドのお2人と共演してからですね。私のそういう部分を、見事に引き出してくれて。NHKにいたころはカッコつけてましたけど、そりゃ人間ですからバカバカしい部分もありますよ(笑)。
――そういう部分も、草野さんが親しまれている大きな要因ですよね。
草野 ただ、家内にはなんと思われているか。これからも真面目に、夫として更生の道を歩んでいこうと思います(笑)。
(取材・文=高橋ダイスケ)
●くさの・ひとし
1944年満州生まれ、長崎育ち。テレビキャスター。東京大学卒業後、NHKに入社。主にスポーツ・キャスターとしてモントリオール五輪、レークプラシッド五輪の実況中継やロサンゼルス五輪のスタジオ総合司会を務める。85年NHKを退社し、フリーのテレビキャスターとなる。現在、『世界ふしぎ発見!』(TBS系)、『主治医が見つかる診療所』(テレビ東京系)などに出演中。