速水もこみち、料理の腕は上がっても演技力は上がらず? 「スクープ童貞」にファン安堵も、深まる“ゲイ疑惑”

mocomichi0420
『MOCO'Sキッチン LOVE MEAT (ぴあMOOK)』(ぴあ)
 先月29日に発売された速水もこみちのレシピ本『MOCO’Sキッチン LOVE MEAT』(ぴあ)が、順調な売れ行きを見せている。ファンからは「最初の頃と見比べると、料理の腕前が上がっているのが一目瞭然!」と好評のようだが、ネット上では「演技力は上がってない」と、俳優業に関してはケチをつけられてしまっている。 「速水は、小学生時代から料理の腕を磨いていたということですが、2010年に発売したレシピ本『速水もこみちが作る50の料理 きみと食べたら、きっと美味しい。』(マガジンハウス)が話題となったことがきっかけで、11年から情報番組『ZIP!』(日本テレビ系)のコーナー『MOCO'Sキッチン』にレギュラー出演。以来、俳優界屈指の“料理男子”として人気を博し、13年にはフランスの『グルマン世界料理本大賞』の日本料理部門でグランプリを受賞するなど、その腕前はもはや趣味の域を超えるほどに上達しているようです。しかし、肝心の俳優業に関しては、ネット上で『顔はいいのに、演技が残念な俳優』といったランキングが実施されるたびに上位にランクインするなど、演技に対する評価は低く、昨年放送された月9ドラマ『5→9~私に恋したお坊さん~』(フジテレビ系)で、日本語がたどたどしいハーフの役を演じた際にも、『イントネーションが学芸会レベル』『演技がうまいと思えたのは、料理するシーンだけ』と、視聴者から酷評されていました」(芸能関係者)  しかし、たとえ演技力がなくとも、186cmの高身長と端正なルックスで、その人気は今なお健在のようだ。 「速水の人気が長続きしているのは、30歳を過ぎてもなお、衰えを見せないルックスのおかげともいえるのですが、もうひとつ、“スクープ童貞”であることも理由に挙げられるのではないでしょうか。速水はこれまでに、伊東美咲や相武紗季との熱愛疑惑が浮上したことはあったものの、ウワサの域を出ず、単なるデマとして処理されてきたため、クリーンなイメージをキープし、ファン離れが起きることもありませんでした。しかし、その一方で、『あんなにイケメンなのに、なぜ?』『事務所のガードが固いのか、それとも……』と、ネット上ではゲイ疑惑が浮上。さらに06年、週刊誌『FRIDAY』(講談社)に速水と伊東が一緒にいる姿が掲載されたことがあるのですが、その場にオネエモデルのIVANもいたことが後になって発覚したことから、『本命はIVANのほうだったのでは?』『伊東はダミーだった?』と、ゲイ疑惑はますます深まってしまっているようです」(同)  速水といえば、ネット上で根強くウワサされてきた整形疑惑に関しては、昨年10月に出演したバラエティ番組『バイキング』(フジテレビ系)で、自ら「整形ですから」とコメントして笑いを取るなど、最近ではネタにしているようだが、今後、ゲイ疑惑をネタにすることもあるのだろうか?

「狙うはオネエハーフタレント枠」“オネエすぎる一流イケメンモデル” IVANって何者!?

IMG_5936_.jpg
 毎回、大御所芸能人や文化人、一流スポーツ選手などが自らの過ちを告白し、悔い改める人気バラエティ番組『有吉反省会』(日本テレビ系)。これまでにも、さまざまな著名人が衝撃の告白を行い、話題を振りまいてきた同番組から、またニューカマーが誕生した。  パリコレ経験もある超一流トップモデル・IVAN(アイヴァン)が、オネエであることをカミングアウトしたのだ。スペインと日本人のハーフである父親とメキシコ人の母親を持つ、その端正な顔立ちと抜群のスタイルからは到底想像もつかないオネエしゃべりや仕草だけでも驚きだが、さらに番組内でぶっちゃけた“元彼”をめぐって、放送後はネット上がお祭り騒ぎに。“オネエハーフタレント枠”を狙うIVANとはいったい何者なのか、本人を直撃した。 ――こう見ると、本当に女性っぽいですね。 IVAN あはは。ありがとうございます。普段はだいたいこんな感じです♪ メンズの服着る時は男装だと思ってますから。 ――『有吉反省会』出演後の反響はいかがでしたか? 特に女性ウケがよかったみたいですが。 IVAN 想像以上に反響がありましたね。ブログのコメントもすごかったです。街を歩いてても、「有吉反省会?」ってひそひそ声が聞こえたり……。おかげさまで、その後も番組に呼んでいただいています。 ――オネエに目覚めたのは、いつ頃なんですか? IVAN 物心ついた時からですね。“なんで男の子の列に並んでいるんだろう”とか、プール入る時に“女の子はかわいい水着なのに、なんで自分はパンツなんだろう”みたいな違和感はありましたね。女の子として扱われたい、という思いが常にありました。 ――初恋も男性……? IVAN もちろんでございます! 同じ小学校だった、サッカー部のカワマタくん♪ 勉強はできるし、サッカー部のキャンプテンだし、学校のアイドルだったんです。私が彼のこと好きっていうのは友達伝いになんとなく広まっていたんですが、卒業式の時に名札もらったんです。こないだの同窓会で会うまで、ずっと好きでしたね。あんまり変わってなくて、やっぱり思い出って色褪せないからドキドキしちゃって……。まぁ、彼には奥さんも子どももいたんですけど。でも私、実は同窓会では一番モテたんです。「ちょっとホテル行こうよ」とか、「今日は俺がIVANを持って帰る!」とか(笑)。 ――女性と付き合ったことはあるんですか? IVAN カモフラージュとして、何人かありますよ。でも、大変でしたね。やっぱり最終的には友達みたいになっちゃうし、同性の感覚になっちゃうので、女の子に言い寄られても「ごめんね、あたしレズじゃないんだ」って。 ――チューとかエッチは? IVAN うふふふ……Bくらいは頑張ってするんですが、ビジネスみたいな感じ。抵抗はすごくありましたね。これが女にモテないオネエだったらいいんですけど、私モテちゃうの! ごめんなさい、自分で言っちゃって……。当たりが優しいから、中性的な人に見られちゃうみたいで。毎回、別れる時は結構大変でした。 ――『有吉反省会』では、俳優の鈴木亮平さんやサッカーの内田篤人選手、やり投げのディーン元気選手といった和風顔が好みだと言っていましたが、いま恋人は? IVAN いないです。仕事と事務所マネジャーさんたちが恋人です! ――アイドルみたいな発言ですね(笑)。そもそも、デビューのきっかけはなんだったんですか? IVAN 子どもの頃から子役のタレントアカデミーに入ったり、沖縄アクターズスクール(東京地区1期生)でレッスンを受けたりしていたんですが、本格的にお仕事として始めたのは18歳の時ですね。カリフォルニアの高校を卒業して、日本に帰ってきてすぐにスカウトされたんです。 ――モデル時代は、オネエってことを隠していたんですか?
DIZ_3915+1.jpg
“男装”すると、こうなります。
IVAN はい、最初は言わなかったですね。男性モデルとしてお仕事いただいていたので、絶対オネエだなんて言えない雰囲気でした。 ――男性として誌面を飾るのに、抵抗なかったんですか? IVAN 自分が男だというのは中学校くらいの時に認めたことだし、“しょうがないな”“いつか体もちゃんと変えられればいいな”って思って生活していたので、そういった抵抗はなかったです。モデルで仕事ができるなら、これでやるしかない。男らしくしなくちゃ、って気が張っていましたね。 ――そんな中、カミングアウトしようと思ったきっかけは? IVAN ちょうど自分がモデルやってる時のファッションの流行が、グラムロックだったんですね。メイクしたり、髪の毛伸ばしたり。だんだん、自分のオネエの部分をポッケから出せるようになったんです。細いデニムにハイヒール履くとか。「よっしゃ、これこれ!」って。で、徐々にレディースのショーに出てみないかって話が来たり、そこから少しずつ扉が開けるようになりました。モデル業界では、みんな知ってたんじゃないかな。 ――IVANさんはわずか3年のモデル活動の中で、パリコレまで行っちゃったわけですが、トップモデル業界はオネエって多いんですか? IVAN う~ん、基本的には女好きな遊び人ばっかりですけど、バイセクシャルな人は多かったですね。私みたいに、あからさまにオネエオネエしている人はいなかったですけど、知ってるモデルの中にはちょこちょこいましたね。私が初めてお付き合いした男性も、モデルちゃんでした。 ――へぇー! 彼もバイだったんですか? IVAN 私もともと、付き合う男はみんなストレートな人なんです。ノンケ食いってやつです。ゲイの人とはぜんぜん付き合ったことがなくて、むしろモテない……。だいたい最初にモーションかけるとわかるんです。「この人、イケるかも」って。ダメそうだったらまったくアプローチしないし。イケそうな人にはガンガン行きますね。彼の場合も「これ、絶対食える」と思ってモーションかけたら、案の定、コロコロコロって……。そこで味占めましたね(笑)。 ――狙った獲物は、だいたい落とせる? IVAN はい、だいたい(笑)。気になった男性には、得意の腰フリダンスで迫ります♪ ――07年にはPENICILLINのHAKUEIさんプロデュースで歌手デビュー。グラムロック歌手としてご活躍され、その後、突然失踪。ホームレス生活を送っていたというウワサは本当ですか? IVAN はい。歌手活動は方向性が違ったり金銭トラブルがあって、ある日不満が爆発して、荷物まとめて、当時住んでいた事務所の寮から飛び出したんです。一度フェイドアウトしようと思って。今振り返ると、身勝手で申し訳ない気持ちでいっぱいなんですが。行く当てもなく、とりあえず隅田川のホームレスが集まっているところに行って「すいません、ホームレスになったんですけど、派閥があるみたいなんで、教えてください!」って弟子入りしたんです。そこでワンカップ飲みながら、いろいろ教えてもらって。  その後、一旦、兄の紹介で建築現場で働かせてもらったんですが、こんなだから「はぁ~~」とか言ってコンクリートパレットも持てないし、足場も「きゃ~!」って言いながら歩いてるし、無駄にデカいからヘルメットもゴンゴンぶつかるし。“もうダメだ、私どこで生きていけばいいんだろう”って……。で、再びホームレスに戻ったんです。それで今度は、新宿西口公園に行って。ブルーシートまではいきませんでしたけど、炊き出しもらって、そのへんで寝起きしてました。そんな生活が1カ月くらい続きましたね。 IMG_5890_.jpg ――そこからどう立ち直ったんですか? IVAN ちょうど母が海外からビザの申請で日本に来ていて(※IVANの母親はメキシコ人)、私がいなくなったって聞いて、あちこち探し回っていたみたいで。その頃、母の知人の家の近くの路上で寝泊まりしていたので、ばったり道端で再開して……。2人とも号泣でしたね。それで一緒に海外に行って、2年くらい生活していました。 ――やっぱり、ホームレスはつらかったですか? IVAN つらいというより、“ここまで落ちたか”という絶望のほうが大きかったです。モデル業界で頂点を見て、華やかなところにいて、着るものにも食べるものにも困らなくて。輝いている時って、周りってすごいんですよ。「姫、姫」ってもてはやされて、何をやってもOK。それとホームレスという境遇が本当に真逆すぎて……。モデル時代のいい思い出を思い出しながら、日々過ごしてました。フランス行った時に食べたクリームブリュレ思い浮かべながら、そのへんの草食べたり……。そこまで落ちたっていう自覚はあったので、あとは死ぬか上がるしかないと思っていました。絶望と希望の狭間って感じでしたね。もし母と会わなかったら二丁目で働いてるか、ヘタしたらホストになってたかも。 ――芸能界に戻ったワケは? IVAN やっぱり業界に未練があったので、最後のチャンスだと思って日本に帰ってきたんです。友達のカフェで働きながら基盤を作り、今の事務所を紹介してもらいました。今後はバラエティを中心に、とりあえず目の前にある仕事を一つひとつこなしていけたらなと思っています。将来的には、セルフプロデュースできるようになりたいですね。IVANというブランドを発信していきたいなって。それがどういう形になるか、まだわかりませんが。 ――マツコ・デラックスさん、IKKOさんをはじめとするオネエタレントの方たちとは交流があるんですか? IVAN いや、実はまだないんです。周りから派閥がすごいとか、あーだこーだ言われるので、ちょっと今から不安なんですけど……。先輩方、お手柔らかにお願いします! (取材・文=編集部) ●アイヴァン メキシコ人の母と、スペイン人と日本人のハーフの父を持つクォーター。メキシコ生まれ。2歳の時に奈良に移住。1998年に沖縄アクターズスクール東京地区第1期生に選ばれ、約1年間、歌やダンスのレッスンを受ける。その後渡米し、カリフォルニア州の高校に進学。卒業後帰国し、モデル活動を始める。04年にはパリコレのモデルに選ばれ、世界のトップモデルとしても活躍。07年からPENICILLINのヴォーカリストであるHAKUEIの全面プロデュースによる音楽活動も始める。 あいばんのオフィシャルブログ <http://ameblo.jp/ivan0209/> ●出演情報 ・11/1(金)発売 雑誌「月間デ・ビュー」(オリコン・エンタテインメント) ・11/3(日)OA 『行列のできる法律相談所 親泣かせな芸能人はじめての親孝行SP』『有吉反省会』(ともに日本テレビ系) ・11/12(火)OA 『今夜くらべてみました』(同)