1991年にドラフト1位でプロ野球・ヤクルトスワローズに入団。その後、アメリカに渡ってロサンゼルス・ドジャース、ニューヨーク・メッツでも活躍。プロ22年間で日米通算182勝を挙げた伝説の大投手・石井一久。
そんな彼は、その立派な実績とは裏腹のユルユルなキャラクターでも有名だ。10月9日、『ゆるキャラのすすめ。』(幻冬舎)という本を出版した。この本では、ゆるく生きるための石井流の仕事術・人生哲学が紹介されている。球界随一の「ゆるキャラ」石井が、この本を通して伝えたかったこととは何なのか?
――この本のテーマを一言で言うと、「いつも全力を出す必要はない。大事な場面で、きっちり仕事をすればいい」ということですよね。
石井 そうですね。例えば、10個の頼まれごとがあったとしたら、10個全部をきっちりやらなきゃいけないわけじゃないんです。10個のうち1つが大事だったら、そこだけは完璧にやって、頼んできた人の期待の上を行けるような答えを返した方がいい。そうすれば、ほかの9個はそんなに大した返しをしなくても、きちんと評価されますから。
――石井さんは投手としてマウンドに立っていたときにも、クリーンナップには全力を出すけれど、それ以外のところでは力を抜いていたそうですね。
石井 クリーンナップの強打者を全力で抑えれば、「ほかの人には、そこまで全力を出してないんだ」っていう目で見られるじゃないですか。まだまだ余力があるなっていうのをほかの人に見せたいんですよね。クリーンナップだけ全力でやっていれば、ほかの人を相手にしているときに力を抜いていても、人は上積みを見て期待してくれるじゃないですか。その方が疲れないから、シーズンを通して一定のパフォーマンスが望めますし。
――全力を出すというのは、具体的にはどういうことですか?
石井 周りの人が求めていることをやる、ということですね。監督、チームメイト、ファンの人がいま何を求めてるんだろう、って。ファンの方は常に勝ってほしいと思ってるんですよ。だけど、ここぞというところでは、「勝ってほしい」の上を望むものなんですよ。今日は絶対負けられないぞ、って。でも、石井だったらやってくれるはずだ、と。やってくれるはずだっていうところでやらないのは許されないから、そこは絶対逃したくないですね。
――石井さんはヒーローインタビューのときに、ファンの人へのメッセージとして、自分が飼っている犬の話をしていたそうですね。
石井 あそこで野球の話をしても、つまんなくないですか?(笑)マニュアルがあるのかな、って思っちゃうんですよね。みんなが同じようなこと言うだろうなって思ってることを、なんでわざわざあんな場所でやるのかな、って。
僕は、せっかく球場に来てくれたんだから、楽しんで帰ってほしいんですよ。人によっては、決まった言葉を聞いて、「楽しかった」って帰る方もいると思うんですけど、それは違う人のときに聞けばいいですから。僕のときには違う楽しみ方をして帰ってほしい。
――石井さんは、もともと野球が好きじゃなかったそうですね。
石井 そうですね、あんまり好きじゃなかったです。中学の頃まではサッカーの方が好きでした。
――野球の、どういうところが嫌いだったんですか?
石井 疲れるじゃないですか。
――(笑)サッカーも疲れそうですが……。
石井 サッカーは、好きで疲れるからいいんですよ。野球は、そんなに楽しくないのに疲れるから。ただ、内に秘めた負けず嫌いはあったので、そこさえぶれなければ、たぶんうまくなれるんですよね。
たとえ嫌いでも、負けたくない気持ちと、うまくなりたい気持ちがあれば成立すると思うんです。やりたくない仕事だなあとか思うことがあっても、そこに負けず嫌いな気持ちと努力さえあれば、その職業で「できる人」にはなれると思うんですよ。
――それも分かるんですが、石井さんが野球嫌いだったのにプロ野球選手になることができたのは、やっぱり才能があったからじゃないか、と思われることが多いと思います。そんな石井さんにとって、「才能」とはどういうものだと思っていますか?
石井 今の話と矛盾しちゃうかもしれないですけど、努力すれば必ず達成できるっていうわけではないと思うんですよ、野球に限っては。野球って、やっぱりある程度選ばれた人がやるものですから。
よく小さい子どもが「プロ野球選手になりたい」って言うじゃないですか。僕は「無理かもしんないよ」とは言うんですよ。プロ野球選手になれる人は少ないから、努力したからって必ずなれるわけじゃないんだよ、って。
でもやっぱり、努力をすることは大事。中学、高校ぐらいまで努力して、それが実らないとなったら、そこで初めてあきらめればいい。僕自身、中学まで野球はずっと補欠でしたから。高校で急激にうまくなったんですけど、その間も、ずっと努力することだけは忘れてませんでした。そこで開花した自分の経験談から言うと、高校ぐらいまではちゃんと努力した方がいい。それでダメだったとしても、そこまでの努力は必ず、別のステージに向かうときに役立ちますから。そこからまた違う夢を見つければいいんですよ。
――野球の世界では、上下関係が厳しいというイメージがあります。そういうところで石井さんのような自由奔放なキャラクターだと、上の人に目を付けられていじめられたり、しごかれたり、怒られたりすることはなかったんでしょうか?
石井 一切ないですね。昔はみんな先輩にボコボコに殴られてたとか、グラウンド何十周させられたとか、武勇伝のように語る人がいますけど、そんなのがあって楽しかったのかな、って思っちゃいますね。僕はあんまりないです。高校1年のときにも、3年生に親しい先輩がいて、いつもそこにくっついて帰っていたので大丈夫でした。
プロに入ってからも、何をやっても「まあ、石井だったらしょうがねえな」って思われることが多かったんです。あいつボーッとしてんな、って。まあ、実際ボーッとはしてるんですけど(笑)。でも、一応周りの空気は敏感に察知してるつもりなんですよ。その上でボーッとしてるから、あいつに何言っても仕方ないな、と思われたら勝ちなんです。だからこそ、やるべきときには絶対やらないといけないっていう気持ちはありますよ。そこを逃したら、本当にただのボーッとしてる人になっちゃうので。
――この本は、どういうふうに読んでもらいたいですか?
石井 僕もまだ41歳ですけど、世の中にはいろいろな生き方があるから、こういう生き方もチョイスの1つとして持っていただけたらいいなあと。ゆるくても人生うまく転ぶこともあるんだ、だからあんまり肩ひじ張らずに行ってもいいのかな、って思ってくれる人がいればいいかなと思いますね。
(取材・文=ラリー遠田/撮影=名鹿祥史)