いよいよ船越英一郎に見限られた!? 離婚騒動の渦中にいる松居一代が怖すぎる

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 今月、14日発売の「女性セブン」(小学館)で報じられた、松居一代と船越英一郎の離婚騒動。おしどり夫婦として知られた2人だったが、ここ最近では船越に対する松居の度を超えた束縛に対し、世間から非難を浴びることもあった。また、過去に昨年死去した女優の川島なお美と船越に交際のウワサがあり、それを松居の自著の出版会見で記者にたずねられた際、事実だと認め交際を暴露。それが川島の死去から2週間という出来事で、なおかつ自著の出版会見の席であったため、とんだ売名行為だとしてネット上では話題になったのだ。女性セブンによると今回の離婚騒動の発端がまさに、川島との交際を暴露された出版会見だという。それ以降、船越は自宅には戻らず、別宅で生活。年末年始もハワイに渡り、松居と一緒の時間を過ごすことはなかったようだ。  14日放送の『グッド!モーニング』(テレビ朝日)ではこの騒動について直接話を聞こうと松居を直撃取材した模様が放送された。玄関先に出てきた松居は、「みなさんをお連れしたい場所がある」と、記者たちを誘導。着いた先は、松居が毎日参拝しているという自宅からほど近い神社であった。ざわめく記者たちをよそに松居は「見ていただきたいものがあって……」と本殿へ誘導。「これを見ていただければ自ずと答えはわかるはずです」と鈴緒を差すと、そこには船越と松居の名前が。聞けば、縁の深いこの神社に鈴緒を奉納したいと、船越と松居が3カ月にわたり相談し、今年の正月にようやく奉納することができたのだという。また、船越から離婚を切り出されたことはないし、今回の報道も寝耳に水であると語る松居。しかし、騒動のきっかけとなった川島なお美との交際暴露の件で、船越と揉めたことは事実だとし、しかしその後誤解も解けたと語った。  今回の神社記者会見で驚いたのは、松居の柔和だが、どこか一本調子の受け答え。未だ自宅に戻らない船越のことは頭にあるのかないのか、表情一つ変えず鈴緒を差し「これを見れば自ずと答えがわかるはず」(連名で奉納してるのよ、神様に。だから離婚なんてあるはずない)とまで言い切るメンタリティの強さは別格である。  ネット上では、不倫騒動後に初めて出演した生放送の番組を乗り切ったベッキーに対し、強靭なメンタリティと皮肉を込めて称賛する声もあったが、松居こそ、その道のプロ。過去には船越への過剰な嫉妬心から携帯を鍋で煮たり、船越の部屋のオーディオのコードを切ったりという直接的でバイオレンスなエピソードを披露したこともあった松居。しかし、離婚はないとその場で言えば済む話が、わざわざ記者を神社に引き連れ夫婦の絆を示す物証を見せつける、今回の一件の方がはるかに怖い。

「まるで死の商人」故・川島なお美さんの未公開セクシー写真集“無断出版”を画策する編集長

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『ベスト・アルバム“W” メモリアル・エディション』(ユニバーサルミュージック)
 9月に逝去した川島なお美さんの未公開ショットを集めた写真集の発売を持ちかけた元実話誌編集長が、大ヒンシュクを買っている。 「未公開写真をたくさん持っているカメラマンがいるんで、写真集を出しませんか?」  業界ではそこそこ名の知れた元編集長が、付き合いのあった出版社にこの話を持ちかけたのは10月上旬のこと。未公開写真は、ほとんどが80~90年代のものらしく、中にはかなりセクシーなショットもあるとのことだったが、その一部を出版社側がチェックしたところ、これが倒産した出版社・E社から無断で持ち出されたものであることが判明。  出版社側は「著作権などがクリアになっていない」として断ったのだが、何を勘違いしたのか、元編集長は著作権の許諾を取ろうと、川島さんの夫であるパティシエの鎧塚俊彦氏に連絡したのだという。 「著作権は出版社が管理しているので、倒産後の権利関係を調べるべきところを、何も関知していない被写体本人の遺族に連絡、それも亡くなって間もない時期。何も話がまとまっていないのに、勝手にウチの社の名前を出して『発行先も決まっている』と語ったため、ウチに苦情が来たんですよ」と同社社員。  この元編集長は自身の著作は何冊か出しているが、本来もっとも熟知しているはずの、出版に関係する基礎知識を持ち合わせていないようだったという。 「自分で何も確認しないまま話だけ進めようとしたので、川島さん側の複数の関係者から抗議の電話が来ました」(同)  おそらく元編集長は、川島さんの追悼期間に出せば商売になると考えたのだろうが、まるで屍に群がるハイエナだ。  もっとも、それは元編集長のみならず、「週刊ポスト」(小学館)は10月5日発売号で川島さんの「袋とじヘアヌード」として写真集の未公開カットを掲載。レコード会社は12月、過去のアルバムを再発売することを決定。タレントの松居一代は10月7日、「緊急会見」と題して自著の出版会見を開いたが、ここで夫の船越英一郎が過去、川島と交際していたことを暴露して本の宣伝に利用した。  同じくタレントのデヴィ夫人は、川島さんの亡くなった翌日に情報番組『直撃LIVEグッディ!』(フジテレビ系)に出演、携帯電話の留守電に残された川島さんの肉声を公開した。その内容は亡くなる3日前のもので、「何度もお電話いただきまして、本当に申し訳ありません」と、電話に出られなかったことへの謝罪だったが、入院中の川島に夫人が何度も電話していたことになり、まるで狙ってやっていたかのようでもある。  元編集長が持ち出した写真は、「写真集を作る予定で撮影を始めたところ、諸々の条件が折り合わず中止に。その後、E社が倒産して、写真はお蔵入りとなってしまったもの。撮影したカメラマンも、その後、死去している」(事情を知る編集者)というが、昔は人気女優が亡くなるたび、追悼写真集を出そうと動くのが通例だったようだ。 「ただそれは、権利関係にも詳しい、写真集コーディネーターの仕事でした。今は出版不況で、そういうコーディネーター自体が軒並み廃業している。私の知る限りでは、飯島愛さんの死後、AV映像をまとめてリリースしたコーディネーターが最後だったかと思います」(同)  ちなみに元編集長は4年前、キャンディーズの田中好子が55歳の若さで亡くなった際も、周囲に「写真とか持っている人知らない?」と聞き回っており、「後で『まるで、死の商人ですね』と言ったら、『俺は知らない』ってトボけていました」と編集者。  こうした事態があるからか、「昨年亡くなった淡路恵子さんは『死んだ後に、私で商売しないこと』を遺言に残したと聞いた」というように、中には死後のビジネスについて生前から釘を刺すタレントもいるという。この業界に、「配慮」の2文字は存在しないようだ。 (文=鈴木雅久)

松居一代が「死者でマーケティング」? 夫と川島なお美さんの過去を暴露する本当の理由

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 なんでもお金に変えることができる……世の中にはそういった側面もあるのかもしれないが、それを体現するかのごとくあからさまな言動を見せつけられることは不快以外の何ものでもない。  タレントの松居一代が7日、著書「松居一代の開運生活」(アスコム)の出版会見を都内で行い、夫で俳優の船越英一郎と先月24日に亡くなった川島なお美さんが過去に交際していたことを“暴露”した。  川島さんの葬儀からわずか5日しか経っていない中での今回の発言。さらに自著のPR会見の場で答えたことから、「売名」の印象があまりにも強く植えつけられた。ネット上では即座に松居への“総攻撃”がなされ、「人間失格」「ババア最悪」「鎧塚さんのことも考えろよ」と、堂々と思慮のない発言をした松居の人間性を糾弾している。  松居は「私はこれまで、すべてお話して生きてまいりました」と前置きし、記者の質問に答える形で今回の“暴露”をしたが、わざわざバカ正直に答える必要など全くないはず。川島さんの死を利用した“宣伝行為”であると思われても仕方がない。 「もともと図々しい態度から嫌われタレントの一人でしたが、この一件で松居の印象は地の底まで落ちましたね。本の宣伝のみならず、話題性を得てその先にあるテレビのオファーなども見越した発言かもしれないですが、こんな“危険人物”はテレビでは使いにくいでしょう。逆にお呼びがかからなくなる可能性のほうが大きい。『すべてお話して生きてまいりました』なんて言ってますが、かつてあった自身と、夫の父である故・船越英二との確執に関してはダンマリを決め込んでいます。説得力も何もあったもんじゃありませんよ」(芸能関係者)  どう考えても擁護のしようがない松居。株投資などにも積極的で、カネを中心に自身を動かしているのは明白だ。  川島さんの葬儀では、石田純一が『失楽園』を自分が降板したから川島さんが出演できた、という主旨の“自慢話”をしたとしてバッシングされているが、松居もまた注目度欲しさがありありと浮かぶような発言をしてしまった。死者に群がるようなタレントの言動に、呆れ果てるばかりだ。

石田純一が川島なお美さん葬儀で超“KY発言”マスコミからは「ボケたの?」と心配の声も……

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「現場にいたマスコミは、誰もが『えっ?』と耳を疑いましたよ」  そう語るのはスポーツ紙記者だ。先月24日に胆管がんのため亡くなった川島なお美さんの通夜が1日、営まれた。祭壇にはワイングラスが飾られ、棺の中には舞台衣装、ゴルフボール、愛犬の服などが納められた。  通夜には秋元康、松嶋菜々子、中島美嘉、荒川静香など1,500人が参列。その後、取材に応じた芸能人の中で「何もこのタイミングで言わなくても……」と白い目で見られていたのが、石田純一だ。  川島さんの出世作といえば、故・渡辺淳一さん原作のドラマ『失楽園』(日本テレビ系)。川島さんはヒロインを演じ、俳優・古谷一行との激しい濡れ場は当時大きな話題となった。  その『失楽園』に関して、石田は突然「実は謝らなくちゃいけないことがあって……」と切り出し、次のように続けた。 「このドラマは渡辺淳一先生が僕をイメージして書いたと聞いて、ドラマ化のときは主演に決まっていた。僕が推していた女優さんもいた。結局、僕が報道番組(テレビ朝日系『スーパーJチャンネル』)の司会をやることになって降りてしまった。その後、古谷一行さんに決まり、女優さんも川島さんに決まった。ずっと言えなくて心に引っかかっていました。でも、僕が降りて彼女の人生が開けた。今日は(遺影に)『ごめんね』と言いました」  言葉のアヤもあったのかもしれないが、捉え方によっては「本当は、川島さんも古谷さんも代役にすぎなかった。自分が降りたから、抜擢された」と聞こえなくもない。  現場で取材した記者は「葬儀には、古谷さんも参列していた。石田さんの取材後、マスコミは口々に『自慢かよ』『墓場まで持っていけよ』とグチッていました」と話す。  石田も御歳61。先日も安保関連法案の抗議デモに参加し「戦争は文化じゃない」と叫び、一部で嘲笑された。 「今までは場の空気を読むのに長けていたのですが、このところは鈍っていますね。自分で話題を作り、その後、芸能イベントに呼ばれて荒稼ぎする“石田商法”も最近は影を潜めています。取材陣からは『ちょっとボケてきてない?』と心配する声まで上がっていました」(ワイドショー関係者)  川島さん葬儀で飛び出した石田の“KY発言”に、老いを感じた者は多かったようだ。

川島なお美さんの亡がらを前にマスコミ同士の怒鳴り合いが勃発、太田プロと遺族の確執も発覚で……

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 女優の川島なお美(享年54)の訃報は日本中に衝撃を与えたが、その舞台裏では2つのバトルが勃発していた。  ひとつは、川島さんが亡くなった当夜に起きた、カメラマン同士のマジゲンカだ。 「川島さんの訃報が発表された9月24日夜、都内の川島さん宅には約40人の報道陣が殺到しました。日付が変わった25日未明に、ストレッチャーに乗せられた川島さんと夫の鎧塚俊彦さんが車で帰宅。遺体が自宅エントランスに運び込まれる決定的瞬間を収めようと、カメラマンが自宅前駐車場で小競り合いを展開したのです」(テレビ局関係者)  ケンカの原因は、スポーツ紙の男性カメラマンだったという。 「そのカメラマンがワイドショーのカメラの真ん前に陣取ったため、『しゃがめよ!』『撮れねえよ!』などと怒号が飛ぶ、物々しい事態になった。それでもスポーツ紙カメラマンは譲らず、遺体が自宅に運び込まれた後、ワイドショーのスタッフや芸能リポーター5~6人が『アンタ、どこの社だよ!』と、烈火のごとく問い詰めました。でも、そのスポーツ紙カメラマンも『なんで(社名を)言わなきゃいけないんだよ!』と応戦。挙げ句の果てには、スポーツ紙カメラマンとワイドショーの屈強な男性カメラマンがメンチを切りながら『オマエ、なんなんだよ!』と互いに肩と肩をぶつけ合う、子どもじみたケンカに発展しました」(同)  その直後に、川島さんの関係者が自宅内に入っていき、それを追いかけるためにバトルは自然消滅したが、なんとも見苦しいケンカだったようだ。 「昔は、カメラマンが他社に決定的瞬間を撮らせまいと小突いたりするのは日常茶飯事だった。近年は、カメラマンも各社協調姿勢で、そこまで激しいバトルはなかった。久しぶりに繰り広げられた小競り合いだったけど、さすがにやりすぎでは……」(同)  もうひとつのバトルは、川島さんの所属事務所「太田プロ」と遺族側の“冷戦”だ。 「今月1日の通夜、2日の告別式を手がけたのは、夫で喪主の鎧塚さん。太田プロ側はまったく関与しておらず、戒名の意味、祭壇の詳細などを知らされていなかった。太田プロ幹部も『(鎧塚さん側から)何も聞かされていない』と、困惑気味の表情を浮かべていたんです」(スポーツ紙記者)  一部スポーツ紙のネット版で2日に「川島さん葬儀・告別式に1500人 太田プロ仕切る」と報じられたが、「実情は誤報と言っていい。そこまで仕切れていなかった」(同)という。 「むしろ、川島さんが約10年間所属していた旧事務所スタッフのほうが、葬儀の詳細を把握していました。川島さんは、太田プロに移籍して約5年しかたっておらず、関係が深いのは旧事務所だったようです。太田プロの、どこか他人行儀な感じが、報道陣に不評でした。我々からの取材対応をするのが所属事務所の仕事なのに、『聞かされていない』ではダメでしょう。太田プロがアテにならないから、葬儀でバタバタしている鎧塚さんに報道陣の問い合わせが相次ぎましたから」(同)  芸能事務所による葬儀対応といえば、最近では「ホリプロ」が絶賛された。今年2月に、歌舞伎役者の坂東三津五郎さんが死去した際、「所属事務所のホリプロは祭壇の詳細など事細かに把握し、それを書面化して報道陣に通知した。手際の良さで、大手芸能事務所の力を見せつけたのです」(同)。  天国の川島さんも、この2つのバトルにあきれているかもしれない。

故・川島なお美さん“再婚禁止”遺言が物議「それは厳しすぎる!」の声も……

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川島なお美さん
 女優、川島なお美さんが24日に胆管がんのため東京都内の病院で死去した。体重30キロ台前半で現れた今月7日のイベントから、わずか17日での訃報だった。  川島さんは亡くなる間際まで舞台に立ち続け、夫でパティシエの鎧塚俊彦さんのためにサプライズ誕生日会まで計画していたという。 「あの痩せ方を見れば……覚悟はしていましたが、それでも早すぎる」とは親交のあった芸能プロ関係者の話。  昨年1月に12時間に及ぶ肝内胆管がんの手術を受けた時点で余命1年と宣告されていた川島さんは、自ら身辺整理も行っていた。川島さんを知る人物は「ダンナさんと一緒にお墓を見に行ったり、自宅にある絵画や骨董品などをどうするか、きちんと亡くなる前に決めていたそうです」と明かす。  一方で物議を醸しているのが“遺言”の中身だ。昨年1月の手術の際「万が一、目覚めないこともあるんだ……」と、鎧塚さん宛てに「一緒のお墓に入りたいから、できれば再婚しないでね」と記していたと、一部メディアで報じられた。  これにネット上では「再婚禁止はきつい」と、ちょっとした議論になっている。  ワイドショー関係者は「結婚当時、鎧塚さんには長年付き合っていた女性がいて、それを川島さんが略奪したと報じられたこともありました。それを考えると世の男性から『再婚禁止は厳しすぎる』と意見が出るのも無理はありません。女性からは『当たり前』と支持する声が多いですが……」と話す。  ただし、この遺言報道はメディア側の早とちりで、手術が成功した時点で川島さん自ら遺書を破棄している。天国でも夫婦となるか、それとも――。遺言について考えさせられる出来事であることは間違いない。

「一度会ったことがある人物だった……」闘病中の川島なお美に“死亡ツイート”した女の正体

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『愛の流刑地』(バップ)
 体調不良で舞台を降板し療養中の女優・川島なお美の夫でパティシエの鎧塚俊彦氏が22日、フェイスブックを更新し、悪質なデマに苦言を呈した。  発端は21日に一部Twitterユーザーが「川島なお美さんが亡くなった」とツイート。マスコミが裏取りに走るなど、騒然となった。  スポーツ紙記者は、「ツイートしたのは、川島さんが出演した映画『愛の流刑地』で一度会ったことがあるというバーのママ。その後、元となった情報がガセだったことがわかり、ママは謝罪文を公表し当該ツイートを削除しましたが、あまりにもひどい内容にネット上では売名行為を疑う声が上がるなど、大炎上しています」と話す。  これを受け、鎧塚氏はフェイスブックで「心ない書き込みによって変な噂も流れているようですが夫婦で再起に向けて頑張ってます。ご安心下さいませ」と宣言。入院中の川島を支えるべく、洗濯も自身で行っていることを明かし、「仕事に主夫に精一杯頑張ってます!」とつづった。  気になる川島の容態については、「食欲のない女房ですが私の手料理だけは『美味しい!』と食べてくれるので、いつもより少し仕事を早く終わって毎日作ってます」と明かした。マスコミ各社もそんな川島を見守るべく、特別シフトを組んでいる。 「あれこれ病名や症状を詮索したり、後ろ向きな記事は作るべきではないということになった。懸命に夫婦で闘病しているのだから、応援するべき。マスコミ全体がこうした状況になるのは、今年2度目だ」(スポーツ紙デスク)  一旦仕事のことは忘れて、英気を養ってもらいたいものだ。

“川島なお美が原因”でテレビディレクターが行方不明に!? 「余命数カ月」のガセ情報を信じて……

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川島なお美オフィシャルブログより
 全国ネット局の情報番組で8月、収録現場を取り仕切るチーフディレクターA氏が5日間、姿を消していたことがあった。ほかの番組スタッフには「体調不良」と伝えられていたが、実は「川島なお美」が原因だったという話だ。 「急にいなくなって、プロデューサーが『体調不良でしばらく来られない。詳しいことは後で通知する』とだけ説明したんですが、明らかに様子が変だったので、スタッフ間では、逮捕されたり、問題を起こしたのではないかというウワサがあったんですよ」  こう話す同番組のディレクターによると、Aさんは体格もよく、欠席する前夜もADを連れて飲みに出かけていたという。欠席してから6日目になって出社してきたAさんは「休んでごめん」とだけ言って仕事復帰。結局、プロデューサーからもA氏からも説明はないままだった。  しかし、A氏が一時的に姿を消した理由が、A氏の部下から漏れ出すことになった。この部下は、A氏が姿を消す直前「川島なお美が余命数カ月だから、資料を集めておけ」とメールを受け、これを知人らに転送してしまったことが問題になっていたというのだ。  周知の通り、川島は9月7日のイベントで久々に報道陣の前に姿を見せたが、その激ヤセぶりは衝撃的だった。黒いドレスの肩口からのぞいた腕は、ほとんど肉が付いていないように思えるほど細く、痛々しかった。昨年1月に肝内胆管がんの手術を受けていたことは約2カ月後に報道されるまで隠されていたが、今年3月に都内イベントに来場したときは、痩せた感はあったものの、もっとふっくらしていた。  川島は9月中、韓国ミュージカル『パルレ~洗濯~』に出演中で、11月にはディナーショーを予定。年末にはクリスマスミュージカルにも出演するため、体調悪化ということはなさそうで、本人も「元気ですよ。2キロのダンベルを持って発声練習をしています」と笑顔で話していた。  今回のイベント登場などで、結果的に「余命数カ月」というのはガセ情報となったわけだが、どこからその情報を得たかはともかく、A氏の謎の欠席はおそらく、その失態の後始末だった可能性が高い。  ただ、川島の姿だけを見れば、まるで末期のがん患者にも見えてしまうだけに、もしその姿を知っていたのだとしたら、A氏が未確認のまま信じてしまったことは考えられる。関係者からは体重が「通常より15キロぐらい軽い31~32キロ」だという話がささやかれるほど痩せていた川島だが、その表情は終始笑顔。5年生存率が3割ともいわれる胆管がんでもまっすぐな背筋で公の場に出てくる姿勢は、さすが名女優といったところだ。 (文=ハイセーヤスダ)

「こ、これは……」報道陣も心配した川島なお美の激ヤセぶりの“真相”とは

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川島なお美オフィシャルブログより
「おいおい、これはヤバイんじゃ……」  久しぶりに、公の場に姿を見せた女優・川島なお美の容姿に、衝撃が走った。  顔はゲッソリと痩せこけ、体はガリガリ。両腕の細さをごまかすために、黒のロング手袋を身につけていたのだ。  川島は7日、都内で行われた仏シャンパンブランド「コレ」の日本進出会見に、夫でパティシエの鎧塚俊彦氏と共に出席。取材に対応するのは、6月4日に行われた「愛川欽也さんをしのぶ会」以来、およそ3カ月ぶり。取材記者の1人は「その時よりも一段と痩せた印象。おそらく体重は30キロ台前半。記者やカメラマンからも心配する声が相次ぎました」と話す。  川島は昨年1月に肝内胆管がんの手術を受けた。12時間に及ぶ腹腔鏡手術で、体力の低下は仕方がないことだが、それにしてもこの激ヤセぶりは……。 「本人は記者から体調を心配され『全然大丈夫。元気ですよ』と笑顔で答えていましたが、この日のイベントでは大好きなシャンパンに口をつける程度で、飲むことはありませんでした」(同)  関係者によると、病院に行くのは定期健診だけで、現在は11月のソロコンサートやミュージカルに向けて筋トレやボイストレーニングをしているという。  一方で、現在の病状を聞かれた川島は「寛解(がんの兆候が見つからない状態)ということはない」と述べるに留まり、会見自体も主催者の「長引くと(体調面が)つらい」という判断で、わずか5分ほどで打ち切られた。 「彼女は仕事に対してストイックなことで有名。11月のソロコンサートはおよそ20年ぶりで、いつになく気合が入っているといいます。体力作りのための筋トレをやりすぎて疲れていたのかもしれない」とは某芸能リポーター。  一抹の不安が取り越し苦労に終わることを祈るばかりだ。

「なめる程度」飲酒再開告白の川島なお美、実際は番組ロケで高級ワインを飲みまくりだった!?

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川島なお美オフィシャルブログより
 今年1月に肝内胆管がんの手術を受けて以来、禁酒していた女優の川島なお美が、「なめる程度」の飲酒を再開していると13日付のブログで明かした。しかし、実はそれ以前からすでに飲酒していたと、ある番組スタッフは話す。 「先日、ある番組で一緒になりました。その番組はお酒を飲みながらゲストと対談する番組だったんですが、彼女は赤ワインをグイグイ飲んでいて、見ているこちらが心配するほどでしたよ。相変わらず『私の血はワインでできてる』と言っていました(苦笑)。お店は川島さんの指名で、四谷にある『オテル・ドゥ・ミクニ』。コースでひとり3万円くらいするのですが、高級なワインやトリュフも頼んでいましたね。そのため、通常なら90分くらいで終わる収録が、3時間くらいかかりましたよ。以前ほど量は飲まなくなったようですが、その分、質にこだわっているようで『ワインにかけるお金は変わらない』んだとか。収録後も『これから旦那とデートなんです』と、また飲みに行きましたから、体調はまったく問題ないんじゃないでしょうか」  実際、そのときの様子も、顔色や血色はまるで1月に手術したとは思えないくらいよく、「がんだったって言われても信じられないくらい元気いっぱいでした」(同)という。  手術当時、本人はブログで、「私が乗り越えた病気は5年生存率50%という厳しいものです でももっと生存率の厳しい芸能界で35年生存してきたのでこれからも大丈夫!と自分を信じたいです」と明かしていたが、さすがのタフさを発揮しているようだ。