
アニメ業界一、照れ屋だといわれる長井監督。
2011年4~6月にフジテレビ・ノイタミナ枠などで放送されたアニメ、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(通称『あの花』)。見たことはなくとも、タイトルだけは聞いたことがあるという人も、少なくないのでは? 登場するのは、子どもの頃に仲の良かった6人組。小学生のときにそのうちのひとりが事故で亡くなり、疎遠になってしまっていた彼ら。しかし、死んだはずの女の子・めんま(本間芽衣子)が、元リーダーじんたん(宿海仁太)の前だけに現れたことをきっかけに、高校生になった5人は再会。押し込めていた想いを解放していく物語だ。
一方通行の恋心、仲間への嫉妬心、取り戻せないあの日……。若者の心情が痛々しく描かれるアニメでありながら、それでも少しずつ前に進む彼らを丁寧に描いたことで共感と評判を呼び、深夜にもかかわらず、大ヒット。Blu-rayとDVDの累計出荷本数は27万本を記録した。あれから2年。テレビシリーズを再編集し、彼らの1年後の新規エピソードを加えた『劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』が、夏の終わりに公開される。監督は、テレビシリーズ『あの花』はもちろん、『とらドラ!』や『とある科学の超電磁砲』シリーズも手がけた長井龍雪。次世代を担うアニメ監督である長井監督にとっての『あの花』とは? そしてアニメの可能性とは? たっぷりと話を聞いた。
――『劇場版 あの花』、今まさに制作中ですか?
長井龍雪(以下、長井) はい、まさに真っ最中です(笑)。ほかの作品もやっているので、そっちもやりつつですが(編注:取材時は『とある科学の超電磁砲S』放送中だったため)。さすがに年齢的に徹夜はキツいので、適度に睡眠を取りながら頑張っているところです。
――それでは、渦中だからこそのお話をいろいろ聞かせてください(笑)。2011年春にテレビ放送された『あの花』は、その面白さがクチコミで広がり、普段あまりアニメを見ない人も見るほどブームになりましたね。
長井 まさかこんなに喜んでいただけるなんて、スタートしたときは全然思ってなかったんです。もちろん自分としての満足度は高かったけど、それとお客さんが満足してくれるかはまた別なので。自信を持って面白いと思って作っていましたけど、なんせ地味な話なので。正直売れる気はまったくしませんでしたね。
――地味かもしれないですが、見た人たちの心には確実に刺さったと思いますよ。
長井 そう言っていただけるとうれしいですね。飛び道具的な部分はあったにせよ、淡々と続く地味な話だと思うので。
――劇場版の話はいつ出たんですか?
長井 テレビシリーズが終わって、しばらくたってからですね。放送中はなかったです。
――そうなんですね。放送後、物語の舞台となった埼玉県秩父市でファンイベントを行っていたので、放送中から大ヒットの手応えは感じていたのかと。
長井 でも、あのイベントは早い段階から仕込んでいましたから。秩父でやるって話を最初にされたとき、「みんな、何言ってるんだろう?」って思いましたもん(笑)。「なんで秩父に、そんなに人が集まると思うんだ!?」って、完全に引いてました。

――結果、イベントは大成功でしたよね。そもそも『あの花』って、どの年代をターゲットにしていたんでしょうか? ノイタミナ枠だったので、20~30代ぐらいなのかと思ってましたが。
長井 いや、もうちょっと若い世代ですね。作ってる僕が30代後半だから、その年代の雰囲気は出ちゃうんですけど、30代が懐かしがるものって、ちょっと気持ち悪いなって思って(笑)。もうちょっと若い人たちが何かを感じられるように、とは考えてました。
――でも、フタを開けてみれば30~40代の人たちにも支持されました。世代というより、あまり明るい青春を送れなかった人たちからも共感を得られたというか。
長井 そうですね。僕も、そんなキラキラ光る青春時代はなかったですから。でもじんたんたちって、物語中でキラキラして見えるんですけど、やってること自体はすごく鬱々としてる。鬱々していてもいいんだよっていう、自己肯定の話なのかなって。
――そんな裏テーマがあったんですか!?
長井 今にして思えばですけどね(笑)。作っている最中はわりと入り込んでるので、キャラクターがつらいときは「つらいよね」って思いながら作ってたりもするんです。終わって、いい作品だと捉えてくれるお客さんがいて初めて、そういうふうにも見てくれてたんだって思えるんですよ。
――監督としては、何にポイントを置いて演出をしていたんでしょうか?
長井 やはり感情表現が一番の土台になっていますね。もともとの企画が、「小学生の頃に仲良かった友達って、大人になると疎遠になるよね」というところから始まったんです。関係性の話を根っこにして、各キャラクターの気持ちの動きが見えるようにしたいと思って作ってました。
――事故で死んでしまった女の子・めんまをここまで前面に出すことは、最初から決めていたんですか?
長井 いえ、最初の設定では狂言回しみたいな役割だったんですよ。それが話を進めるにつれて、重要度がどんどん増していった。正直「じんたんって、そんなにめんまのこと好きだったのか」って僕らが思うぐらい(笑)。「小学生のときの話だぞ!?」って思いながらも、そうなっていったんですよね。最初は第1話みたいにふわっと現れてふわっと消えるぐらいの予定だっためんまが、ふわっとは消えられない感じになってきた。そういう意味ではとてもライブ感のある作品でしたし、そこに役者さんの声と芝居が入ることで、性格的な部分がさらに膨らみました。
――じんたんについては、どう捉えていましたか? 最初は学校にも行かず家に引きこもっているという、主人公らしからぬ主人公でしたが。
長井 序盤の、彼が鬱々としてるときはとても共感できたんです(スタッフ一同笑)。でも「なんかこいつカッコイイな」って思いだしたら、僕とは距離ができてしまいましたね(笑)。じんたんは一番成長が見えるキャラクター。乗っかりやすい、見えやすいキャラクターではありました。
――『あの花』は、普段アニメを見ない人も見やすい作品です。深夜アニメ慣れしたファンに向けた作品と、区別をしていたんですか?
長井 いや、僕は、間口は広く取りたいな、といつも思ってるんです。実は、僕の奥さんがアニメを全然見ないんですよ。ですから常に、うちの奥さんでも見られるアニメを作る、というのは意識してます。逆に言うと、アニメファンだけに向けて作ることはあまり考えてないですね。でもうちの奥さんにとっては、『あの花』でさえアニメってだけでハードル高いらしくて。どんな話なのって聞かれて説明しても、最中に『やっぱりいいわ』って遮られるし、まず褒めてはくれないですしね(一同苦笑)。なんだろう、このつらい話……愚痴ではないですよ(笑)。

――確かに、深夜アニメの存在すら知らない人も多いですからね。
長井 はい。そういう人たちがいるんだなってことを、常に意識させられてます(笑)。
――長井監督は、アニメだから表現できるものって、なんだと思いますか?
長井 アニメのいいところは、全部を自分たちでコントロールできること。コントロールしないと何も起きない、まったくもって作為しかない世界。そういう部分が、怖くもあり面白い部分だと思います。アフレコなので、役者さんの芝居の間すら自分たちで決めることもできる。それは緊張もするし、ハマったときにはとても満足度が高いんです。
――逆に、アニメで表現できないものは?
長井 僕は、最終的にはないと思ってます。もちろんできる部分とできない部分はある。たまたまカメラに鳥が映り込むというような偶然の奇跡は、アニメだと起こり得ない。それはもどかしくもあります。だけど、いろんな人の手を経てできていくので、その中での驚きというのがあります。だからこそ、手を尽くしさえすれば、表現できない部分はないと信じてます。今はできないことも、いつかできるって思って作っていますね。
――長井監督の武器はなんですか?
長井 なんだろう……特にないんですよね。コンテを描いてしまったら、もう僕の中ではそうあるべきって決まっちゃうんですけど、そういう良くも悪くも周りが見えなくなるのがいいところなのかなぁ……。人の迷惑も顧みずに大変なカットを作ったり。あんまりよくないですね(笑)。
――長井監督の絵コンテが素晴らしいという話は、あちこちで見聞きしますよ。
長井 そんなに大したことはなくて、なるべく伝わりやすいものを作ろうとしてるだけです。『あの花』のようなオリジナル作品は無から作っていくので、イメージをスタッフにどれだけしっかり伝えられるかが大事。あまり口が上手くないので、見てわかってもらえるようにコンテはなるべくちゃんと描こう、丁寧に描こうと思ってやっているだけなんです。
――作品のメッセージがまずあり、監督はそれをどれだけ表現できるかというお仕事ということですね。最後に、読者に向けて『劇場版 あの花』の見どころをお願いします。
長井 テレビシリーズを見ていただいた方には、感謝の気持ちを込めて作りました。テレビシリーズから1年後の物語ですが、キャラクターが成長した部分または成長しなかった部分を見ていただけたらと思います。そんなに構えて見る作品ではないと思うので、初めて見てくれるお客さんも気楽に楽しんでいただけたらうれしいですね。
(取材・文=大曲智子/撮影=尾藤能暢)
●『劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』
監督/長井龍雪 脚本/岡田麿里 キャラクターデザイン/田中将賀 声の出演/入野自由 茅野愛衣 戸松遥 櫻井孝宏 早見沙織 近藤孝行
8月31日より全国ロードショー
(c)ANOHANA PROJECT
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http://www.anohana.jp/>
●ながい・たつゆき
1976年、新潟県生まれ。サラリーマンを経て、アニメ業界に入る。数々のアニメの演出を手がけ、06年『ハチミツとクローバーⅡ』で初監督。08~09年に放送された『とらドラ!』が大ヒットし、その名が一躍広まる。そのほかの主な監督作品に、『とある科学の超電磁砲』(09~10年)、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(11年)、『あの夏で待ってる』(12年)、『とある科学の超電磁砲S』(13年)などがある。