エビ中、メンバー3人“転校”の衝撃 リーダー不在のグループが直面する課題とは

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私立恵比寿中学「未確認中学生X(初回生産限定盤A)」(DefSTAR RECORDS)

【リアルサウンドより】  私立恵比寿中学(以下、エビ中)の瑞季(16)、杏野なつ(16)、鈴木裕乃(15)の3人が来年4月に脱退することが12月26日、USTREAMの公式チャンネル『ebichu TV』の生放送で発表され、ファンたちに衝撃を与えている。エビ中は4月15日に初の東京・日本武道館単独公演が決まっており、その晴れ舞台が現メンバーでの最後のステージとなる。3人は女優への転身を目指すとともに、学業に力を入れるという。また、杏野は2014年の1月から4月上旬まで、英語を学ぶために海外留学をするとのことだ。  AKB48モーニング娘。のような「グループアイドル」にとって、メンバーの卒業(エビ中の場合は「転校」とされる)は、決して珍しいものではない。しかし、今回のエビ中のケースでは、意味合いが異なってくるという。その理由を、エビ中を活動初期から追い続けている芸能ライターの吉田敏郎氏に訊いた。 「エビ中は、インディーズ時代に初代リーダーの宮崎れいなが転校して以来、ずっとリーダー不在のグループとして活動してきました。2012年5月のメジャーデビュー以降は、今の9人でフラットな関係性を築き、それぞれキャラクターを確立しています。たとえば瑞季は、今のメンバーでは一番の古株で、ダンス部長でもありました。しかし自分から前に出ていくタイプではなく、どちらかというとみんなを見守るような立ち位置でした。また今回、海外留学することを発表した杏野は、メンバーに話題を提供するのが上手い機転が利く子です。進学や留学を考えていたというのも、納得できるものがあります。鈴木裕乃は正統派美少女でしたが、ダンスや歌があまり得意ではなく、自分がアイドルであることに対し、葛藤を抱えているような面がありました。しかし、そういう繊細さもまた魅力だったのです。エビ中は、ある意味ではそれぞれ支え合うことで成り立っていて、誰かが辞めた後、簡単に穴埋めできるタイプのグループではなかったので、今回の発表はファンにとって驚きだったのではないでしょうか。メンバー数が一気に2/3になるわけですから、その喪失感は大きいはずです」 また、今回の転校により、楽曲やパフォーマンスにも変化が生まれる可能性があるという。 「エビ中のメンバーにはそれぞれ“出席番号”があり、楽曲もそれになぞらえたものがあります。3人いなくなると、彼女たちのパートが抜けてしまうので、曲の構成も変えなければいけません。また、ダンスのフォーメーションもかなり変わってくるでしょう。これからどうなるのか、少し心配ですね」  ファンの一部では、新メンバーの“転入”も囁かれているエビ中だが、グループの関係性を考えると、それも容易ではないようだ。また、楽曲やパフォーマンスを作りなおすのも、骨の折れる作業に違いない。エビ中はこの転換を、どのように乗り越えるのか。まずは武道館単独公演の成功を祈りつつ、今後の動きに注目したい。 (文=編集部)

佐久間正英ドキュメンタリーが示した、音楽家の消えることのない情熱

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佐久間正英作品集『SAKUMA DROPS』(ビクターエンタテインメント)

【リアルサウンドより】  30年以上にわたり日本の音楽シーンをけん引してきたプロデューサー・佐久間正英のドキュメンタリー番組『ハロー・グッバイの日々~音楽プロデューサー佐久間正英の挑戦~』(NHK総合)が、12月25日24:10より放送された。  佐久間は今年8月、自身のブログにてスキルス胃癌のステージ4になっていることを告白、多くの音楽ファン、関係者に衝撃を与えた。ブログには、「同じ時間を過ごすなら少しでも楽しく有意義な時を送ろうと気持ちを切り替えるのにさほど時間はかからなかった」と、その心境がつづられている。  佐久間はこれまで、個性的なロックバンドのサウンドに磨きをかけ、ポップ性を発露させる手法によって、数多くのミリオンセラーを生み出してきた。BOOWY、JUDY AND MARY、GLAY、エレファントカシマシ、THE BLUE HEARTS、くるりなど、錚々たるバンドが、佐久間によって才能を開花させている。同番組には、佐久間とともに名作を作り上げたミュージシャンが多数登場し、佐久間との仕事や人柄を語った。  布袋寅泰は、佐久間とともにベルリンにてレコーディングしたBOOWYのアルバム『BOOWY』について、「非常に実験的な部分もあったし、アヴァンギャルドとポップの融合性(が図られていた)。ベルリンっていう空気をはらむことによって、あまり装飾過多にならない極太のロックンロールとポップが結びついた。あのアルバムで我々が思い描いていたサウンドを本当に形にすることができたので、忘れらないですね」と語った。  レコーディング環境や、ミュージシャンとのコミュニケーションまでを含めてプロデュースする佐久間のスタイルは、JUDY AND MARYにも大きな影響を与えた。YUKIは「マイクを持たずにレコーディングするのが自分にとって不自然な感じだったので、本当に歌えないなって困っていたら、いつの間にかブースにマイクを置いておいてくださって。(中略)もっと自由に音楽、歌を歌っていいんだって教えてもらいました」と語った。また、ギタリストであるTAKUYAの才能を見出したのも佐久間だ。TAKUYAは「僕が思っていた音楽とか、やりたいなって思っていることとか、世の中の人に全然話が通じなくて。(中略)初めて佐久間さんが僕の言っていることをわかってくれた」と、当時のことを振り返った。  GLAYもまた、佐久間によってポップ性を磨かれたバンドのひとつ。TAKUROは「プロデューサーの仕事として、一番影響を受けた。要するにちゃんと整理してあげるっていう。音楽以外でも会話とか、会議とか、学校の授業でもなんでもそうなんですけど、相手にわかるように。わかりづらい言葉はちょっとわかりやすい言葉に代えるとか。そのバンドの個性を活かしながら、ちょっとだけわかりづらいところを直す。それはたとえば姿勢みたいなもので、そこを直してあげると、そのバンドの個性がより引き立つ」と、佐久間からプロデュースの妙を学んだことを明かした。  佐久間は番組内のインタビューで「ドラムの音を決める。たとえばスネア一個の音を決めるのに、どうやってやるか。この曲にはこのスネアの音がいい。あるいはこの曲にその楽器は合うんだけど、チューニングが違う。あるいはその曲に合わせるには叩き方を変えなければいけない。それはスネア一個でもそうで、ほかのものにも全て通じる事。全部の楽器に至ってそういうことがある」と語っている。ひとつひとつの音をどう研ぎ澄ませていけば、イメージ通りのサウンドに近づくか。それを探るのが佐久間の仕事だった。  番組の後半では、佐久間が10月にアメリカのシカゴ大学に、日本文化研究のライブイベントで招かれた時の様子も放送。イベントでは、佐久間が少年時代に絶大な影響を受けたというシンガーソングライター・早川義夫との共演を果たした。その日の演奏について佐久間は「自分はこの人の歌のために音楽をやってきたのではないだろうか。この人と出会うためにギターを弾き続けてきたのではないだろうか」と、ブログに綴っている。  また番組の最後では、佐久間が前出のTAKUYA、世界的に活躍するドラマーの屋敷豪太、佐久間にとっていとこの娘に当たる乃木坂46の生田絵梨花らと新曲「Last Days」をレコーディングする様子も紹介された。佐久間は入院先の病院からスタジオを訪れ、ベースのほかにピアノ、さらに2種類のギターを自ら演奏。生田を突如コーラスに参加させるなど、佐久間らしい自由なプロデュースワークも行った。TAKUYAがボーカルを務めるその楽曲は、タイトル通り、最後の日々の尊さを歌ったスローナンバー。ブリティッシュロック的な陰りのあるサウンドと、抜けの良いメロディがミックスされた、佐久間らしい名曲の誕生といえる。レコーディングを終えた佐久間は、仕上がりについて「大体予想通りの満足いく仕上がり」と語り、笑顔を見せた。  日本の音楽シーンに大きな足跡を残してきた佐久間正英。厳しい病状にあっても、青年のような情熱で音楽に取り組むその姿は、多くの視聴者の胸を打ったに違いない。 (文=編集部)

SMAP成功の影に光GENJI挫折あり “最後のスーパーアイドル”がジャニーズに残した教訓

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SMAPと比べて淪落してしまった光GENJIに、芸能界の諸行無常を感じるという方は、少なくないのではないだろうか。

【リアルサウンドより】  80年代後半~90年代前半にかけて一世を風靡し「最後のスーパーアイドル」とまで称された光GENJIだが、近年は度重なるスキャンダルや、同時期に結成されたSMAPとの比較により、ネガティブな文脈で語られることが少なくない。  12月24日には『週刊女性』にて、元メンバーの大沢樹生と女優の喜多嶋舞の息子が、大沢とは血縁関係にないことを報じ、喜多嶋が報道各社に対しファックスにて「なぜ今このようなことが突然書かれるのか、非常に憤りを感じております」とコメント。いっぽう大沢は同日放送の『とくダネ!』(フジテレビ系)にて「事実は事実です」と、報道内容を認める発言をし、物議を醸している。  現在、芸能界でうまく立ち回れていないのは、大沢だけではない。1995年に光GENJIが解散した後もジャニーズ事務所に残った山本淳一は、2001年2月に遠山景織子との間に長男が誕生するが、未入籍のまま破局し、そのイメージを失墜させた。2006年4月にはバナー広告ホームページ「ミリオンダラーハッピー」を設立するが、2011年4月には営業活動を終了。2012年5月にはシングル『少年』を発売し、ソロ歌手として再起を目指すが、2013年3月には所属事務所との契約が解除されている。同じく元・光GENJIの赤坂晃は、2007年10月と2009年12月に、覚せい剤取締法違反で続けて逮捕。2012年末に仮釈放されているが、芸能界復帰はほぼ不可能だろう。  だが、たとえ現在、光GENJIの元メンバーたちが苦境に立たされていたとしても、ジャニーズにおける彼らの功績は、決して小さなものではないという。ジャニーズに詳しい芸能記者は、光GENJIが現在のジャニーズに与えた影響について、次のように語る。 「光GENJIは、フォーリーブスから脈々と続いていた“初期ジャニーズ”の流れを汲むグループで、ミュージカルのテイストをふんだんに盛り込んだ、華麗できらびやかなステージングを得意としていました。ファンにとっては手の届かない存在で、まさにスターと呼べる存在だったのです。しかし、90年代に入るとアイドルブームは急速に下火になり、バンドブームが訪れ、彼らのような“王子様スタイル”はあまり世間に受け入れられなくなります。いっぽうで光GENJI結成の翌年に活動を始めたSMAPは、光GENJIとは異なる方向性を模索します。そして、カジュアルダウンしたスタイルで親しみやすいキャラクターを打ち出し、バラエティ番組などでも人気者となりました。つまり、ある意味では今のSMAPの成功は、光GENJI後期における苦境から生まれた新しいノウハウの上に成り立っているとも言えるのです」  また、光GENJIの現状は楽観視できるものではないかもしれないが、ネガティブな側面だけではないと、前出の記者は語る。 「内海光司と佐藤アツヒロは、今もジャニーズ事務所に所属し、舞台を中心に活動を続けています。ベテランの舞台役者として、後輩からも頼られる存在のようです。大沢樹生とともにグループを脱退した佐藤寛之は、ライブを中心に音楽活動を継続しています。2011年6月には諸星和己、山本淳一と共に、TUBEの東日本大震災復興応援歌『RESTART』に参加しました。また、メンバー間では今も交流があるようで、山本のブログに大沢が登場することもあります。メンバーの多くはインタビューなどでたびたび、光GENJI時代のことを『あの頃があったから今の自分がある』と、肯定的に捉える発言をしており、その絆が深いことを伺わせます。時代に翻弄され、栄枯盛衰を味わいながらも、現状をしっかりと受け入れているのは、立派なことなのではないでしょうか」  時代の寵児として活躍しながらも、アイドルブームの仇花として人々の記憶から薄れつつある光GENJI。しかし、彼らが芸能界に残した足跡は、後輩のジャニーズたちにとって学びの多いものであることは間違いないだろう。 (文=松下博夫)

剛力彩芽、前田敦子、乃木坂46……女性に好かれるアイドル、嫌われるアイドルの違い

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剛力彩芽『友達より大事な人』(Sony Music Records)

【リアルサウンドより】  アイドルブームの昨今、女性がアイドルのファンになり、ライブや握手会などのイベントに通うことは珍しくない。ももいろクローバーZは、男女問わずにファンが多く、2012年までは「女祭り」と称して女性限定のイベントを武道館にて開催していた。乃木坂46もまた女性ファンが多く、メンバーの白石麻衣は、ファッション誌『Ray』の専属モデルを務めるなど、同性からも高い支持を得ていることが伺える。リアルサウンドでも、シンガーソングライターの大森靖子氏や、ライターの犬山紙子氏が、熱心なモーニング娘。ファンであることを明かし、女性目線で彼女たちの魅力について語っている。  いっぽう、人気のあるアイドルの中には、一部の同性から好ましく思われていないタイプもいる。AKB48の大島優子や、元エースの前田敦子、Berryz工房の嗣永桃子、剛力彩芽などは、広く世間に認知されていることもあり、ネガティブな印象を抱く同性も少なくないという。  そもそも女性アイドルは、男性をコアターゲットにしているため、その振る舞いやファッションが同性から嫌われる場合があるのは、ある程度仕方のないことだろう。だが、アイドルには明らかに女性受けしやすいタイプと、そうではないタイプが存在するようだ。そこにはいったい、どんな差異があるのだろうか。  アイドルや音楽シーン全般に詳しいライター・板橋不死子氏に、同性から好かれるアイドルと、嫌われるアイドルの違いを訊いた。 「女性から観て好感度の高いアイドルには、憧れや共感を得やすいタイプと、エンターテイメントとして面白いタイプの、2パターンがあると思います。例えば乃木坂46の場合は前者。彼女たちには清楚でファッショナブルなイメージがあるうえ、AKB48のように肌を露出することが少ないので、同性でも受け入れやすく共感しやすいです。また、ももいろクローバーZの場合は後者。彼女たちは天真爛漫で、いい意味で“女っぽく”ありません。ハチャメチャな曲をハイテンションで歌っている姿は、セクシーさよりむしろ愛嬌を感じさせます。彼女たちは、嫉妬をする対象にはなりにくいですね」  いっぽう同性から嫌われるタイプのアイドルには、同じ女性だからこそ感じる苛立ちがあるという。 「女性があるアイドルを嫌うパターンには、アイドル特有の“意識の高さ”が鼻に付く場合と、“ぶりっこ行動”が癪に障る場合、そしてイイ男を寝取られた時の“嫉妬”の3つが嫌いの原因になります。たとえばAKB48の子たちは、ものすごく努力していると思うんですけど、あまりにもアイドル然としていると、ちょっと可愛くないというか、意識高すぎて共感できなくなってしまう場合がありますね。週刊文春が2013年4月に発表した『女が嫌いな女』ランキングでは、9位に前田敦子さんがランクインしていますが、当時の彼女は意識が高すぎた感が否めません。ぶりっこ行動は、多くの女性が身に付けている所作ですから、それ自体はあまり気にならないのですが、ぶりっこに惑わされている男性を見ると、心がスッと冷めるものがあります。それと、アイドルが好きな男性タレントと交際していることが判明した時は、やはりそのアイドルを嫌いになるという女性が大半かと思います」  アイドルカルチャーが成熟し、女性のアイドルファンが増加している昨今。アイドルが彼女たちから支持を得るには、男性をターゲットにした場合とはまた異なるキャラ作りが必要なのかもしれない。 (文=松下博夫)

「加護ちゃん好きだった小6で処女喪失」話題のシンガー大森靖子が壮絶なハロプロ愛を告白

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12月11日にセカンドアルバム『絶対少女』をリリースした大森靖子。(写真=蜷川実花)

【リアルサウンドより】  気鋭のシンガーソングライターにして重度のハロヲタ(ハロー!プロジェクトのファンのこと)でもある大森靖子に、ハロプロのことについてのみ執拗に聞くインタビューの第2回。前回は好きなハロプロメンバーや現在のオタ活(ハロオタとししての活動)について聞いた。そこで今回は、そもそもハロプロを好きになったきっかけや、そこからアイドルに没頭してしまうにいたった経緯などについて語ってもらった。 第1回:「道重さゆみを見ていると泣いてしまう」気鋭のシンガー大森靖子が、モー娘。への偏愛を語る ――ハロプロを好きなったきっかけと、その時期を教えてください。 大森:私、(元モー娘。の)加護(亜依)ちゃんと同学年なんですよ。彼女が小6でオーディションを受けてた時から『ASAYAN』(テレビ東京)で見てて、同い年なのになんであんなに頑張ってるのかなって思って。ただ、当時は私も普通に子供だったので、子どもとして「あゆが好き」「あやや(松浦亜弥)が好き」っていう感覚で見てました。その後、タンポポ、ミニモニ。っていうユニットの活動をこなしていくうちに、自分の中で加護ちゃんが、完璧なアイドルに近付いていったんです。 ――では、そういう子ども的な視点ではなく、オタク的な目線でアイドルを好きになったのはいつ頃からなんですか? 大森:実は私、処女じゃなくなったのが小6なんですよ。知らない人に連れ去られて、犯されたんですけど。 ――え、また壮絶な……。 大森:まあ、わりといろんなところで言ってるんで別にいいんですけどね。その時たまたまちょっとした家出を決行したんですけど、その時に「ジュース買ってあげるから」って言われて車に入れられて、山奥のラブホテルまで連れ去られたんですよ。そこのコンドームの自販機が占いつきのやつで、子どもだからじっと見てたら、「そういうの好きなの?」って聞かれて。「うん、好き!」って答て、なんかその流れで犯されました。  だから、中1でセックスっていうものがなんなのかを知った時にはすでに処女じゃなかったんで、「私、もう普通になれない」っていう意識が、急に強くなったんです。それで、女の子っていう存在にすごい興味が出てきて、クラスの女子のこともそういうエロい目で見始めて。机とかカバンとかを漁ったり、トイレを覗いたりしてたんですね。あと、中学受験の塾の合宿で、布団の中で「パンツを脱いで中を触らせてください」って同い年の女の子に言ったりとか。その子は優しくて、「靖子ちゃんが言うならいいよ」って言ってくれて、「でも生理終わりたてなんだけど」って言って、見せたり触らせてくれたりしたんですよ。私にとってはすごいいい思い出なんですけど、中3の時、その子とたまたま地元のTSUTAYAで再会した時は気まずかったですね(笑)。  とにかく、「普通の女の子はどうなってるんだろう?」「なんか自分だけ違う気がする」ってずっと思ってたから。でも当時は「エロ」っていう認識はなくて、ただ「裸ってどうなってるんだろう?」とか、それくらいの感じで興味がめっちゃあったっていう感じでしたね。 ――とにかく、先に衝動があったんですね。 大森:でもまあ、そのおかげで今は楽しく生きてるんで、いいかなって今では思ってるんですけどね。で、アイドルオタがアイドルにするような感じの執着を、友達に対してするようになって、それで「なんかあの子ヘン」とか言われたり。中学生になると、かわいい先輩に手紙を渡したりして、そしたら「生意気だ」ってハブられるようになって。あと、ケータイでネットができるようになった高1以降は、一般の女の子の前略プロフとか写メコンとかを見るようになって。そういう視線の延長線上に、だんだんアイドルが入ってくるようになってきた、という流れですかね。 ――素人女子への執着が、アイドルに移行した。なかなか面白いですね。 大森:そう。最初はグラドルさんのブログにコメントを書き込んだりしてました。アイドルだと、普通の子と違って自分から「好きになってください」って言ってくれるし、情報も自分から流してくれる。そんな素晴らしいシステムはないじゃないですか(笑)。 今でも、かわいい素人の子がいると、つい見ちゃいますね。 ――女性と付き合いたいとか、そういう欲求はない? 大森:付き合うってことは、私のことも知られちゃうってことじゃないですか? それがイヤ。男の人は別にいいんですけど。女だと一定の距離感が欲しいんですよね。自分のことを知られるのが怖い。自分だけが知っていたいんです。男からはどう思われたっていいんですよ。美大に通ってた時も、男性のヌードモデルを見ながら女の人の裸を描いてました。そしたら先生にめっちゃ怒られて(笑)。でも、男を描きたいとは思わないんですよね。
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大森靖子は、男性的な視点でモーニング娘。を見ているそうだ。

――では逆に、自分でアイドルになりたいとは思わない? 大森:全然ないです。自分がなれない美しい存在だからいいんです。オーディションも受けたことはないです。あ、でも、2012年にあった、田中れいなちゃんのバンドメンバーのオーディションだけ受けました。バンドメンバーだからいいかなと思って、年齢詐称して受けて。今回のアルバムに入っている「I&YOU&I&YOU&I」をギターの弾き語りで歌ったんですけど、事務所の方に「それ誰の曲?」って言われて、落ちました(笑)。 ――アイドルのコンサートに初めて行ったのは? 大森:大学生の時に「リゾナントブルー」(2008年発売のモー娘。36thシングル)を見て再びハロにハマってから、行くようになりました。だから、2008年夏のハロコンが最初ですね。中野サンプラザだったんですけど、メンバーがステージに出てきた瞬間に泣いちゃって。もう圧倒的にキラキラで。「かわいい人たちがこんなにいっぱいいる!」って思って。ライブのオープニングでは、毎回泣いちゃいますね。あの高揚感に感極まっちゃう。それまでは、2006年に大学進学で東京に出てきたものの、ずっと引きこもってたんですよ。W(ダブルユー。2004~2007年に活動した、加護亜依と辻希美によるユニット)の映像ばっかり見てたりとか、当時は、大友さゆりちゃんとか山崎真実ちゃんとかグラドルのほうが好きで、結構見てたりイベントに行ったりしてて。 ――コンサートやイベントに一緒に行くオタ友はいるんですか? 大森:友だちが少ないので、基本的には1人で行ってます。ハロプロの現場にもすごく女性ファンが増えてきてますけど、誰からも話しかけられないですね、毎回。たぶん地味だからだと思います(笑)。女性専用ゾーンで見ると、申し訳なさを感じるんですよね。気持ちが男子寄りなのに、こっちにいていいのかなって。例えば、メンバーがステージでこけた時にめっちゃスカートの中とか見るじゃないですか?(笑) 「ほんとにすいません!」とか思います。  あと、2~3年前にももクロ(ももいろクローバーZ)がはやり始めた時に、周りのサブカル女子が「ももクロいいよね」「かわいいよね」って言いだして。前までは「アイドルが好き」なんてとても言える空気じゃなかったのに。「私のほうが昔からずっと好きなのに悔しい」って思って。だって私は、そのサブカルちゃんたちが言う「ももクロちゃん可愛いよね」なんていうレベルじゃなく、ほんとに気持ち悪がられるくらいに、ハロプロのことがずっとずっと好きだから。 ――サブカルちゃんたちの、カジュアルな感じに憤りを感じたわけですね。ちなみに、ハロプロを見ていて、これまでに一番エロいと思った瞬間は? 大森:りほりほ(9期メンバーの鞘師里保)の、衣装にちょっとお腹のお肉が乗ってる、汗ぐしゃぐしゃのコンサート中の写真ですね。たまにりほりほがそれを自分のラジオ(『RIHO-DELI』)でネタにしてるんですけど、自分でも気にしてるのがいいんですよね。あと、同じ娘。のふくちゃん(9期メンバーの譜久村聖)の前髪が、ライブの時に海苔みたいに汗でべったりしてるところ。完全にエロいです。それとめいめい(スマイレージ2期メンバーの田村芽実)がステージでコケた時とか。めいめいは全然気づいてないだろうけど、こっちはそういう目で見てるっていうのが、気持ちよくて仕方ないですね。 ――ライブは見どころ満載ってことですね。では、音楽的には、ハロプロのどういうところが好きなんでしょう? 大森:覚えやすいこと。1曲の中に、普通でいえば3~4曲分のさまざまな要素が詰め込まれてるところ。つんく♂さんが、歌うメンバーのことを思って曲を作ってくれてるところ、です。聴いてると、メンバー自身にも曲にも入りこめるんです。それから、すごいキャッチーないいシングルを出した後に、「なんで?」っていうかなりツッコミどころ満載のシングルを出してきたりするところもかな(笑)。その繰り返しに洗脳されちゃってます。「ちょっとどうだろう」って思う曲があるからこそ、いい曲がまた引き立つんじゃないかって思うんですよね。 (続く) (インタビュー・構成=岡島紳士) ■大森靖子(おおもり・せいこ) 1987年、愛媛県生まれ。2006年、武蔵野美術大学進学のために上京し、在学中から音楽活動を開始する。2011年、自身のバンド「THEピンクトカレフ」を結成、精力的な活動を行い、クチコミで人気に。2012年4月には初のソロミニアルバム『PINK』を発表、2013年3月にはファーストフルアルバム『魔法が使えないなら死にたい』を発表、さらに2013年12月にはセカンドフルアルバム『絶対少女』を発表した。2014年3月14日には、恵比寿リキッドルームにてワンマンライブ「絶対少女ツアーファイナル『最終公演』」を予定している。 公式サイト 公式ブログ ■リリース情報
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大森靖子『絶対少女』(PINK RECORDS)

『絶対少女』 2013年12月に発表された、大森靖子のセカンドフルアルバム。飯田圭織・矢口真里・石川梨華・加護亜依の4人で構成された、ハロー!プロジェクト内の伝説的ユニット、第2期タンポポが2002年に発表した名曲「I&YOU&I&YOU&I」のカバーを収録。モーニング娘。の道重さゆみに捧げた「ミッドナイト清純異性交遊」のMVには、『あまちゃん』(NHK)で大ブレイク中の女優・橋本愛や、新人アイドル蒼波純が出演していることでも話題に。 全曲解説ありの特設サイト

大森靖子『ミッドナイト清純異性交遊』Music Video

BiS階段のキーマンJOJO広重が、日本の音楽シーン/メディアを一刀両断!

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ノイズミュージックのパイオニア、非常階段の中心人物であるJOJO広重氏。

【リアルサウンドより】  コシノジュンコのメンバー入りや、全裸写真・MVで話題を集め、オリコンチャート1ケタを記録するアイドルグループのBiS。聖水、汚物まき散らしライブ等で伝説化しているノイズミュージックのパイオニア、非常階段。2つの独創的なグループがコラボしたBiS階段のアルバム『BiS階段』が、米音楽誌SPINの年間アヴァンギャルドベストアルバムにて7位に選出された。本ランキングではティム・ヘッカーや、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー等が選出され、ヴェルヴェッツやソニックユース、ニルヴァーナの名盤と並び評されている。  日本の音楽シーンの中では快挙といえるが、BiS階段の活動自体は、残念ながら国内の音楽メディアではほとんど取り上げられなかった。いったいなぜ、海外と国内でこれほど評価に差が生じたのか。BiS階段の首謀者であるJOJO広重氏に話を訊いた。 ――なぜ日本のメディアは『BiS階段』を大きく取り上げなかったのでしょう。 JOJO広重(以下、JOJO):そもそも日本の音楽誌は広告を出すことで記事スペースを割く傾向にあります。これは邦楽と呼ばれるものが完全に国内向けに制作されるので、いかに国内でセールスするかという命題に対して、レーベルとメディアが相互扶助関係にあるから。つまり、広告を出稿したミュージシャンを悪く書けない、むしろ提灯記事になってしまうわけです。一方で僕らのようなアヴァンギャルドな音楽は言葉の壁が無いことで世界中からオファーが来ます。僕がやっている初音階段(初音ミク×非常階段のユニット)でもイギリス、スイスからライブオファーがありました。

BiS階段 - nerve @ WWW

――日本の音楽メディアには、アーティストが正当な評価を受けにくい構造があると。ではノイズミュージックへの評価は、海外と国内でどのように違うのか。 JOJO:これはノイズミュージックに対してだけではなく、アートと呼ばれるものに対しての理解度やニーズの違いかと思います。僕は日本の教育システムの問題も大きいと思っているのですが、日本はどうしても、勝てば官軍、売れたもの勝ちの思想が強いですよね。反対に海外は、オリジナルなものやアーティストへのリスペクトが高いし、国も積極的に援助しています。SPINなんて、レディ・ガガやマドンナも載る超メジャー雑誌ですからね。その雑誌がアヴァンギャルド・ランキングを毎年発表し、日本のノイズ・アイドルグループを7位に推すなんて、日本では考えられないでしょう。歴史を振り返ると、日本は戦争を境に欧米の価値観や文化がなだれ込む中で、全体主義、結果主義に過度に移行した面もあるのではないでしょうか。実は江戸時代は現在よりもっと文化的かつ享楽的だったといわれていますし。
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BiS階段『BiS階段』(avex trax)

――日本の音楽シーンは、JOJO広重氏にどう映っているのか。 JOJO:海外はロックはロック箱(箱=ライブハウス等の会場)、ジャズはジャズ箱で演奏されます。日本では1つの箱でロックもヒップホップもジャズもノイズもやりますよね。そんな良い意味でのカオス感、ジャンク感から新しい組み合わせが生まれると思うんです。SPINのインタビューを受けた時、「非常階段が日本のトップアイドルとコラボできた事自体が凄いね。アメリカでやったらセルアウト呼ばわりだよ!」と言われました(笑)。もちろん僕も非常階段のファン、BiSのファン、初音ミクのファンを失望させたくないので細心の注意を払って作っています。でも、この3つのファンは大方「面白い!」「最高!」って楽しんでくれているようで、そんな聞く耳を持った柔軟な音楽ファンが日本にも沢山いる。これは凄いことだし、日本の音楽シーンはまだまだ面白くなる可能性がありますよ。音楽シーンだけではなく、ビジネスや社会の仕組み全体にいえることですが、視点をずらすことでコラボレーションの妙はまだまだ発見できると思っています。灰野敬二さんが車のCMに出たりとかね(笑)。絶対インパクトありますよ。 ――最後に、JOJO広重氏にとってノイズミュージックとは何か? JOJO:うーん…ドーナツの穴みたいな存在かな。あるけど無い、無いけどある。生きていくのに必要なものではないけど、意味すら無いのかもしれないけど、実は身近な生活に溢れているものでもあるという…。形が無いだけにあらゆる音楽と共存可能だとも言える。僕もノイズを35年やっていますが、まだ分からないし、簡単に分かってほしくないものでもありますね。  インタビューを通して、実はJOJO広重は狂気と好奇心と自尊心、そして客観性のバランスに長けた稀有なミュージシャンであることがお分かり頂けたと思う。昨今のCD不況やライブ動員の活況等、ビジネス面のみが話題にのぼることも多い音楽シーンだが「日本の音楽シーンはまだまだ面白くなる」と断言するミュージシャンがいること、その音楽を受け止めるファンが多くいることを、我々はもっと誇りに思っていいはずだ。 ■取材・文=高根順次  スペースシャワーTVのアーカイブサイト『DAX』、ドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』のプロデューサー。BiS階段のライブ演出や企画プロデュースも担当。

AKBグループ激動の2013年 相次ぐ卒業や峯岸騒動をどう乗り越えてきたか

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AKB48『鈴懸(すずかけ)の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの(Type A)』(キングレコード)

【リアルサウンドより】  2013年も残すところあと10日を切り、今年の出来事を振り返るニュースが賑わい始める昨今だが、アイドルシーンは東京女子流の武道館公演に、GEMのメジャーデビュー、紅白歌合戦にレコード大賞などなど、年末年始も休むことなく動き続けている。ただ、2013年がどんな年だったのかを総括しなければ、来年の展望も見えてこない。ということで、今回は当コラムでも多数取り上げてきたAKB48グループの2013年を、ちょっと早めではあるが時系列を追って振り返ってみようと思う。  1月には、小木曽汐莉、平松可奈子、桑原みずき、原望奈美らSKE48から8人の人気メンバーの卒業が発表。4月にはSKE劇場で、それぞれの卒業公演が行われた。今回の卒業は初期から支えるメンバーが多く、第一期のSKE48の終了と捉えるファンも多かったようだ。彼女たちに贈られた「それを青春と呼ぶ日」はリアルドキュメントの48グループだから生まれた名曲である。また『リクエストアワーセットリストベスト2013』では、1位に大場チーム4の「走れペンギン!」が、2位に宮澤佐江センターのユニット曲「奇跡は間に合わない」がランクイン。ファン層が拡大し、最近はなかなか感じることが出来なかった「ファンが物語を創るAKB48」というコンセプトを、再認識させられる出来事となった。  2月には、板野友美が『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは涙の後に何を見る?』内で卒業を発表。また同映画内では、昨年に脱退したメンバーが多く扱われ、そのメンバーのシーンの前後に峯岸みなみのコメントが多く挿入されており、前日に起こった、峯岸が坊主姿をYouTubeで公開し、研究生への降格が発表された出来事との不思議な関連性を感じずにはいられなかった。同月、NMB48の福本愛菜も卒業を発表し、6月に卒業。その後はよしもと新喜劇の舞台を中心に現在活躍中。48グループをステップに自分の求める夢の舞台へと羽ばたくという、本来の48グループが持つ機能を考えると、NMB48にとっては先陣を切る卒業と言えよう。また48関連の隠れた名曲で、向谷実プロデュースで佐藤亜美菜が作詞し、佐藤と倉持明日香と中村麻里子が歌う『もうこんな時間』がiTunes限定でリリースされたのもこの月だ。  3月は、まず1日にHKT48が既存の楽曲を組み合わせ指原莉乃がセットリストを作成した『博多レジェンド』公演をスタート。この公演はAKB48にも影響し、各チームメンバーが選曲した後のウェイティング公演へと繋がっていく。この月に卒業したのは、AKB48仲谷明香、SKE48の秦佐和子のふたり。共に声優という夢を追い、仲谷はオーディションのため、秦は声優の専門学校への進学のための急な卒業となった。アニメ『AKB0048』での実績もある二人ではあるが、この急な形の卒業に、アイドル業界と声優業界は現状では直結していないという事実を思い知らされることとなった。3月20日にはHKT48のデビューシングル『スキスキスキップ』がリリース。現在のどの48グループにも無い、ストレートなAKBフォーマットのアイドルポップに、AKB48らしさを求めるファンの『博多移籍』が加速した。3月31日には32ndシングル選抜総選挙の立候補受け付けを開始。今年は立候補制を採用し、4年以上48グループに所属したメンバーであれば立候補が可能ということで、一部では前田敦子、大島麻衣らの卒業生の立候補も期待されたが、AKB48経由でSDN48に移籍したメンバーと、昨年辞退した平嶋夏海の立候補に留まった。ただ、平嶋が立候補しランクインしたことで、休止状態だった『渡り廊下走り隊』が、今年の年末から来年へ向けての最終章の展開が生まれた可能性は高いだろう。  4月には、秋元才加の総選挙辞退、そして卒業を発表。AKB48の中では異能の人である秋元の才能が、アイドルAKB48という枠を越えた結果、三谷幸喜作品への出演が決まるなど、新しいフィールドでの活動が増えたのを見ると、AKB48という看板が重石にも、武器にもなることを改めて感じさせられた。また、同じくAKB48では異能の人であった仁藤萌乃も、4月の武道館公演で卒業している。現在はなかなか注目を集められずにいる彼女ではあるが、彼女の非凡なセンスは必ずどこかで再度注目をあつめることとなるだろう。グループ全体のチーム活性化が図られたのも4月のことだった。SKE48の組閣、NMB48の山田菜々のチームNからチームMへの移籍。さらには兼任メンバーの変更も発表。AKB48からは、SKE48へは大場美奈、NMB48へは市川美織が兼任となることに。現在のところAKB48からの兼任メンバーに関しては、兼任先のファンからも愛され、特に市川はキャラクターを再度確立するキッカケとなった。ただ、AKB48への各地の兼任メンバーに関しては、身体的負担とそれに見合う経験を得ることができているのか?という疑問の声も少なくない。  5月に入ると松原夏海、小森美果、中塚智実と中堅とされるAKB48のメンバーが卒業を発表するとともに、15期研究生がお披露目され、AKB48グループ全体の新陳代謝が加速していることを再確認させられることとなった。  簡単ではあるが5月までを振り返ってみた。アイドルファンの中で「AKB48を追いかけると他が見られなくなる」という言葉をよく聞くが、高橋みなみや柏木由紀のソロ活動などには触れずに、ざっくりと振り返るだけでこれだけの出来事が起きている。やはり、AKB48のドキュメンタリーを追いかけると、その情報量は半端ではないことがわかる。次回は残りの半年強と、そこから見える来年の展望をまとめて行こうと思う。 ■エドボル 放送作家。『妄想科学デパートAKIBANOISE』(TOKYO FM水曜25:00-)『安田大サーカスクロちゃんのIdol St@tion』(目黒FM隔週木20:00-)、『Tokyo Idol Festival2013』(フジテレビNEXT)など、テレビ・ラジオなどの構成を担当。サイゾー、SPA!などでもアイドル関連のインタビューを中心に執筆中。

内田裕也「いいとも」でライバルを挑発「YAZAWAの花は来てないっすね」

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内田裕也『内田裕也 俺は最低な奴さ』(白夜書房)

【リアルサウンドより】  内田裕也が12月20日放送『笑っていいとも!』(フジテレビ)のテレフォンショッキングに出演した。内田の当番組出演は9年ぶり。スタジオはAI、ZEEBRA、竹中直人、本木雅弘、箭内道彦など、各界の著名人からの花で溢れた。その光景を見て「YAZAWAは来てないっすね」と早くも“内田節”が飛び出した。  「どうもよろしく!」と威勢良くスタジオに登場した内田。韓国での撮影中に足を骨折してしまい、松葉杖での登場となった。3日間の撮影のうち最後の日に「気が緩んで」折ってしまったという内田は、「スタッフには相手にして貰えなかったんですけど(笑)韓国の人がテーピングとかしてくれて(病院に行かず)車椅子で帰ってきました」と仰天エピソードを告白。骨折後も「かっこつけて、撮影を続けました」という内田に「それ危なくないですか?」とタモリも驚いた様子で尋ねる。すると「俺もこういう性格で、ここはやせ我慢しなきゃと思って。もう根性ですよね。ロックンロール魂で」と内田らしい一言が飛び出すが、「それはロックンロール魂出しちゃだめでしょ」とタモリも内田をたしなめていた。「骨は折れても、心は折れてない」と内田が宣言すると、観客から拍手が起きる一幕もあった。  そして、シンガーのAIとバンド“カイキゲッショク”のhiroが結婚することになった事に触れ、初めて保証人になったという内田。「判子を押させていただいて、俺も結構そういう年齢になったのかなーって」と感慨深げに語ると「年齢になりすぎてるじゃないですか」とタモリも苦笑いした。「でも元気ですねー」とタモリがしきりに内田に感心すると、内田は嬉しそうに「いいとも」収録後、宮城県石巻市に震災後に設立されたライブハウス“ブルーレジスタンス”にライブをしに行くことを告げた。「芸能人の人って、最初は(被災地支援を)やるんですけど、続かないじゃないですか。ロックンロールはしぶといぞ、と。すごく喜んでくれて。ぜひ遊びに来てください」と、自身の胸の内を語った。そして自身が主催する『NEW YEAR’S WORLD ROCK FESTIVAL』の出演者である、シーナ&ロケッツやカイキゲッショクのメンバーらもスタジオに登場、1973年から続く年越しイベントの歴史を内田が語るとともに、告知を全員で行った。  御年74歳になっても、独自の活動を意欲的に行うミスター・ロックンロール、内田裕也。これからも刺激的な話題を振りまいてくれることだろう。 (文=岡野里衣子)

OKAMOTO’Sコウキが問題提起 音楽のルーツとはどう向き合うべき?

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OKAMOTO’S『Let It V』(アリオラジャパン)

【リアルサウンドより】  ニューアルバム『Let It V』を2014年1月15日にリリースするOKAMOTO’S。そのアルバムのリードトラック「HAPPY BIRTHDAY」(プロデュースはくるりの岸田繁)が、ポッキーのコラボCMに起用されることが決定、同曲のMVが解禁になった。ソニーウォークマンのCMや、昨年に引き続くFNS歌謡祭の出演など、露出も増え年末もイベントに引っ張りだこ。新作発表後には3ヶ月弱で23本を廻る全国ツアーを控えるなど、今、ノリに乗っているバンドだ。  「全員が岡本太郎が好きで、ラモーンズのように全員名字はオカモト」という彼らはルーツの60‘s、70’sのロックンロールにとても忠実なバンドでありながら、ファンクやディスコサウンドと、歌謡曲的なベタ感をミックスしていくことで今の時代のロックンロールを作り出しているバンドだ。その“ミックス感覚”を持つバンドの存在自体のポップさが業界でも話題となり、じわじわと動員や知名度を伸ばし続けて来た。  そのOKAMOTO’Sのギタリスト、オカモトコウキの言葉が今、話題となっている。「『音楽のルーツが00年代邦楽に収束されるバンドとシーン』に関しては、やはり僕はどうしても抵抗を覚えてしまう。00年代邦楽は大好きだし、それだけでここまで出来るのは凄いと思うのだけど、プロのミュージシャンの音楽の主たる参照点がそこだとこの先日本のロックが先細りしていってしまうんじゃないかという危機感を覚える。」というツイートが190回を越えるリツイートをされ、さらにオカモトコウキは「僕の言ってる事は往年のロックなおっさんとかが若者に『昔のロックきけや~』って言ってるのと大して変わらないのかもしれない。『音楽とか、歌詞が良ければなんでもいいよ、感覚が古いよ』と言われたら終わりかも。でもどうして僕の感覚的に受け入れられない。どうしても。」と続けた。  件の新曲のプロデューサーでもあるくるりの岸田繁も「ほんとにそう思う。ある意味ロックは伝統芸能だから、しっかり過去から学ぶ必要がある」とリプライを返し、音楽評論家や多数の音楽ファンの間で、肯定も否定も含め議論を巻き起こしている。  なかなか答えの出る議論ではないし、出す必要もないのかもしれない。しかし今回の一件は、ミュージシャン自身が音楽に対する考え方を表明し、それについて議論しあえる土壌が育っている、と見ることもできる。オカモトコウキのように、自身の言葉で音楽シーンに疑問を投げかけることができるミュージシャンが増加するのは、音楽ファンにとって歓迎すべきことなのかもしれない。 (文=岡野里衣子)

引退宣言のmisonoに“早まるな”の声 シンガーとしての実力を惜しむ関係者も

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misono『symphony with misono BEST(MINI AL+DVD)』(avex trax)

【リアルサウンドより】  歌手のmisonoが、2013年12月18日放送のバラエティー番組「今夜くらべてみました」(日本テレビ系)で突然「引退宣言」をしたことに対し、ファンや音楽業界関係者から惜しむ声があがっている。misonoは、昔から30歳になったら引退するつもりだったとしつつ、所属事務所から「misonoは芸能界しか無理やから」といわれてきたことへの悔しさも明かした。また、Twitterでは「dat(day after tomorrow)を3年間で休止した後も白紙だったしアーティスト活動休養宣言もしてるし『このCDが売れなければ辞める』と何度も思ってきたし辞める事は不自然ではない(笑)」と、これまで何度も引退を考えてきたことを語った。  だが、ファンの間ではもちろん音楽業界関係者の間でも、misonoの歌に対する評価は思いのほか悪くない。にも関わらず、彼女の作品が世間的な評価にあまり恵まれなかった理由を、デビュー時から彼女を知る音楽雑誌記者の吉田敏郎氏は、次のように分析している。 「彼女がデビューを飾ったday after tomorrowは、Every Little Thingの五十嵐充さんがプロデューサーを務め、avexが全面的にバックアップをして大々的に売り出しました。その甲斐あってか、それなりに注目を集めたのですが、いかんせん当時は90年代ユーロビートの流れを汲んだ伝統的なavexサウンドが曲がり角に来ている時代でした。また、まったく方向性の異なるミュージシャンである、姉の倖田來未さんと比較されることで、彼女の持ち味であるちょっと鼻にかかった声や、はつらつとした可愛らしさにスポットが当たりにくくもなっていました。彼女は技巧派ではないかもしれませんが、素直で味のある歌手だと思います。また、ルックスにも恵まれ、アイドル的な魅力だってありました。しかし、お姉さんがR&B路線だったこともあり、方向性を見出しにくくなっていたんだと思います。ソロになってもmisonoは、アイドル路線にも歌姫路線にも進むことができず、企画モノやカバー曲ばかりで大きなヒット曲には恵まれませんでした。」  しかしmisonoには、ちゃんと活路があったと吉田氏。 「彼女は人気ゲームである『テイルズ オブ』シリーズのタイアップ曲を多く手掛けていますし、アニメ・ゲームソングの歌手としてはそれなりに需要があったのではと思います。本人がどう思うかはわからないですが、そういう方向性に特化するのもアリだったのではないでしょうか。小室哲哉さんからはかつて『息の長い歌手になる』といわれたこともあるようですし、辞めてしまうのは残念ですね」  芸能界引退後のmisonoは、キャバクラ嬢としてナンバーワンを目指すと宣言しているが、歌手としてオンリーワンを目指す可能性は、まだ残っているのではないだろうか。 (文=編集部)