【リアルサウンドより】
2013年も残すところあと10日を切り、今年の出来事を振り返るニュースが賑わい始める昨今だが、アイドルシーンは東京女子流の武道館公演に、GEMのメジャーデビュー、紅白歌合戦にレコード大賞などなど、年末年始も休むことなく動き続けている。ただ、2013年がどんな年だったのかを総括しなければ、来年の展望も見えてこない。ということで、今回は当コラムでも多数取り上げてきたAKB48グループの2013年を、ちょっと早めではあるが時系列を追って振り返ってみようと思う。
1月には、小木曽汐莉、平松可奈子、桑原みずき、原望奈美らSKE48から8人の人気メンバーの卒業が発表。4月にはSKE劇場で、それぞれの卒業公演が行われた。今回の卒業は初期から支えるメンバーが多く、第一期のSKE48の終了と捉えるファンも多かったようだ。彼女たちに贈られた「それを青春と呼ぶ日」はリアルドキュメントの48グループだから生まれた名曲である。また『リクエストアワーセットリストベスト2013』では、1位に大場チーム4の「走れペンギン!」が、2位に宮澤佐江センターのユニット曲「奇跡は間に合わない」がランクイン。ファン層が拡大し、最近はなかなか感じることが出来なかった「ファンが物語を創るAKB48」というコンセプトを、再認識させられる出来事となった。
2月には、板野友美が『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは涙の後に何を見る?』内で卒業を発表。また同映画内では、昨年に脱退したメンバーが多く扱われ、そのメンバーのシーンの前後に峯岸みなみのコメントが多く挿入されており、前日に起こった、峯岸が坊主姿をYouTubeで公開し、研究生への降格が発表された出来事との不思議な関連性を感じずにはいられなかった。同月、NMB48の福本愛菜も卒業を発表し、6月に卒業。その後はよしもと新喜劇の舞台を中心に現在活躍中。48グループをステップに自分の求める夢の舞台へと羽ばたくという、本来の48グループが持つ機能を考えると、NMB48にとっては先陣を切る卒業と言えよう。また48関連の隠れた名曲で、向谷実プロデュースで佐藤亜美菜が作詞し、佐藤と倉持明日香と中村麻里子が歌う『もうこんな時間』がiTunes限定でリリースされたのもこの月だ。
3月は、まず1日にHKT48が既存の楽曲を組み合わせ指原莉乃がセットリストを作成した『博多レジェンド』公演をスタート。この公演はAKB48にも影響し、各チームメンバーが選曲した後のウェイティング公演へと繋がっていく。この月に卒業したのは、AKB48仲谷明香、SKE48の秦佐和子のふたり。共に声優という夢を追い、仲谷はオーディションのため、秦は声優の専門学校への進学のための急な卒業となった。アニメ『AKB0048』での実績もある二人ではあるが、この急な形の卒業に、アイドル業界と声優業界は現状では直結していないという事実を思い知らされることとなった。3月20日にはHKT48のデビューシングル『スキスキスキップ』がリリース。現在のどの48グループにも無い、ストレートなAKBフォーマットのアイドルポップに、AKB48らしさを求めるファンの『博多移籍』が加速した。3月31日には32ndシングル選抜総選挙の立候補受け付けを開始。今年は立候補制を採用し、4年以上48グループに所属したメンバーであれば立候補が可能ということで、一部では前田敦子、大島麻衣らの卒業生の立候補も期待されたが、AKB48経由でSDN48に移籍したメンバーと、昨年辞退した平嶋夏海の立候補に留まった。ただ、平嶋が立候補しランクインしたことで、休止状態だった『渡り廊下走り隊』が、今年の年末から来年へ向けての最終章の展開が生まれた可能性は高いだろう。
4月には、秋元才加の総選挙辞退、そして卒業を発表。AKB48の中では異能の人である秋元の才能が、アイドルAKB48という枠を越えた結果、三谷幸喜作品への出演が決まるなど、新しいフィールドでの活動が増えたのを見ると、AKB48という看板が重石にも、武器にもなることを改めて感じさせられた。また、同じくAKB48では異能の人であった仁藤萌乃も、4月の武道館公演で卒業している。現在はなかなか注目を集められずにいる彼女ではあるが、彼女の非凡なセンスは必ずどこかで再度注目をあつめることとなるだろう。グループ全体のチーム活性化が図られたのも4月のことだった。SKE48の組閣、NMB48の山田菜々のチームNからチームMへの移籍。さらには兼任メンバーの変更も発表。AKB48からは、SKE48へは大場美奈、NMB48へは市川美織が兼任となることに。現在のところAKB48からの兼任メンバーに関しては、兼任先のファンからも愛され、特に市川はキャラクターを再度確立するキッカケとなった。ただ、AKB48への各地の兼任メンバーに関しては、身体的負担とそれに見合う経験を得ることができているのか?という疑問の声も少なくない。
5月に入ると松原夏海、小森美果、中塚智実と中堅とされるAKB48のメンバーが卒業を発表するとともに、15期研究生がお披露目され、AKB48グループ全体の新陳代謝が加速していることを再確認させられることとなった。
簡単ではあるが5月までを振り返ってみた。アイドルファンの中で「AKB48を追いかけると他が見られなくなる」という言葉をよく聞くが、高橋みなみや柏木由紀のソロ活動などには触れずに、ざっくりと振り返るだけでこれだけの出来事が起きている。やはり、AKB48のドキュメンタリーを追いかけると、その情報量は半端ではないことがわかる。次回は残りの半年強と、そこから見える来年の展望をまとめて行こうと思う。
■エドボル
放送作家。『妄想科学デパートAKIBANOISE』(TOKYO FM水曜25:00-)『安田大サーカスクロちゃんのIdol St@tion』(目黒FM隔週木20:00-)、『Tokyo Idol Festival2013』(フジテレビNEXT)など、テレビ・ラジオなどの構成を担当。サイゾー、SPA!などでもアイドル関連のインタビューを中心に執筆中。
【リアルサウンドより】
内田裕也が12月20日放送『笑っていいとも!』(フジテレビ)のテレフォンショッキングに出演した。内田の当番組出演は9年ぶり。スタジオはAI、ZEEBRA、竹中直人、本木雅弘、箭内道彦など、各界の著名人からの花で溢れた。その光景を見て「YAZAWAは来てないっすね」と早くも“内田節”が飛び出した。
「どうもよろしく!」と威勢良くスタジオに登場した内田。韓国での撮影中に足を骨折してしまい、松葉杖での登場となった。3日間の撮影のうち最後の日に「気が緩んで」折ってしまったという内田は、「スタッフには相手にして貰えなかったんですけど(笑)韓国の人がテーピングとかしてくれて(病院に行かず)車椅子で帰ってきました」と仰天エピソードを告白。骨折後も「かっこつけて、撮影を続けました」という内田に「それ危なくないですか?」とタモリも驚いた様子で尋ねる。すると「俺もこういう性格で、ここはやせ我慢しなきゃと思って。もう根性ですよね。ロックンロール魂で」と内田らしい一言が飛び出すが、「それはロックンロール魂出しちゃだめでしょ」とタモリも内田をたしなめていた。「骨は折れても、心は折れてない」と内田が宣言すると、観客から拍手が起きる一幕もあった。
そして、シンガーのAIとバンド“カイキゲッショク”のhiroが結婚することになった事に触れ、初めて保証人になったという内田。「判子を押させていただいて、俺も結構そういう年齢になったのかなーって」と感慨深げに語ると「年齢になりすぎてるじゃないですか」とタモリも苦笑いした。「でも元気ですねー」とタモリがしきりに内田に感心すると、内田は嬉しそうに「いいとも」収録後、宮城県石巻市に震災後に設立されたライブハウス“ブルーレジスタンス”にライブをしに行くことを告げた。「芸能人の人って、最初は(被災地支援を)やるんですけど、続かないじゃないですか。ロックンロールはしぶといぞ、と。すごく喜んでくれて。ぜひ遊びに来てください」と、自身の胸の内を語った。そして自身が主催する『NEW YEAR’S WORLD ROCK FESTIVAL』の出演者である、シーナ&ロケッツやカイキゲッショクのメンバーらもスタジオに登場、1973年から続く年越しイベントの歴史を内田が語るとともに、告知を全員で行った。
御年74歳になっても、独自の活動を意欲的に行うミスター・ロックンロール、内田裕也。これからも刺激的な話題を振りまいてくれることだろう。
(文=岡野里衣子)
【リアルサウンドより】
歌手のmisonoが、2013年12月18日放送のバラエティー番組「今夜くらべてみました」(日本テレビ系)で突然「引退宣言」をしたことに対し、ファンや音楽業界関係者から惜しむ声があがっている。misonoは、昔から30歳になったら引退するつもりだったとしつつ、所属事務所から「misonoは芸能界しか無理やから」といわれてきたことへの悔しさも明かした。また、Twitterでは「dat(day after tomorrow)を3年間で休止した後も白紙だったしアーティスト活動休養宣言もしてるし『このCDが売れなければ辞める』と何度も思ってきたし辞める事は不自然ではない(笑)」と、これまで何度も引退を考えてきたことを語った。
だが、ファンの間ではもちろん音楽業界関係者の間でも、misonoの歌に対する評価は思いのほか悪くない。にも関わらず、彼女の作品が世間的な評価にあまり恵まれなかった理由を、デビュー時から彼女を知る音楽雑誌記者の吉田敏郎氏は、次のように分析している。
「彼女がデビューを飾ったday after tomorrowは、Every Little Thingの五十嵐充さんがプロデューサーを務め、avexが全面的にバックアップをして大々的に売り出しました。その甲斐あってか、それなりに注目を集めたのですが、いかんせん当時は90年代ユーロビートの流れを汲んだ伝統的なavexサウンドが曲がり角に来ている時代でした。また、まったく方向性の異なるミュージシャンである、姉の倖田來未さんと比較されることで、彼女の持ち味であるちょっと鼻にかかった声や、はつらつとした可愛らしさにスポットが当たりにくくもなっていました。彼女は技巧派ではないかもしれませんが、素直で味のある歌手だと思います。また、ルックスにも恵まれ、アイドル的な魅力だってありました。しかし、お姉さんがR&B路線だったこともあり、方向性を見出しにくくなっていたんだと思います。ソロになってもmisonoは、アイドル路線にも歌姫路線にも進むことができず、企画モノやカバー曲ばかりで大きなヒット曲には恵まれませんでした。」
しかしmisonoには、ちゃんと活路があったと吉田氏。
「彼女は人気ゲームである『テイルズ オブ』シリーズのタイアップ曲を多く手掛けていますし、アニメ・ゲームソングの歌手としてはそれなりに需要があったのではと思います。本人がどう思うかはわからないですが、そういう方向性に特化するのもアリだったのではないでしょうか。小室哲哉さんからはかつて『息の長い歌手になる』といわれたこともあるようですし、辞めてしまうのは残念ですね」
芸能界引退後のmisonoは、キャバクラ嬢としてナンバーワンを目指すと宣言しているが、歌手としてオンリーワンを目指す可能性は、まだ残っているのではないだろうか。
(文=編集部)