
ファンと握手を交わすマキシマム ザ ホルモンのメンバー。
【リアルサウンドより】
マキシマム ザ ホルモンが4月12日、メンバーの地元である八王子市の協力のもと、南大沢中郷公園にて「東日本大震災被災地支援イベント“マキシマム ザ ホルモンの東北こども応援大作戦”」を開催し、訪れたファンに「マキシマム ザ 豚汁」と「フランクフルト」をメンバーが手渡しで販売した。また、会場では東北復興支援商品である「GET UP PEOPLE!!タオル」の販売も行った。これらの商品の利益は全額、東北復興の子ども支援を主眼とした支援団体「ハタチ基金」へ寄付するとのことだ。同イベントはグループにとって、昨年2月に被災地に灯油を配布した「東北灯油大作戦」に続くチャリティーイベントとなる。

晴れやかな空模様の下、イベントは和やかに進行した。
快晴に恵まれた当日、南大沢中郷公園には長蛇の列が。豚汁とフランクフルトは午前10時から販売の予定とのことだったが、最前列のファンに話を訊くと、朝5時から並んでいたとのこと。メンバーの地元ということもあってか、若者だけではなく、子ども連れのファミリーの姿も目立つ。会場にはマキシマム ザ ホルモンのノボリのほか、予襲復讐ツアーでも登場した「ババアの顔ハメパネル」も設置され、にこやかに記念撮影するファンの姿も見られた。予想を大きく上回る集客に「マキシマム ザ 豚汁」は、イベント開始1時間ほどで売り切れてしまったものの、「フランクフルト」はイベント終了時の2時まで売り続けられた。メンバーはフードを手渡しするとともにファンと握手を交わし、およそ4時間に渡って親交を深めた。すべてのフードを売りつくした後は、スタッフがメンバーを囲んでの記念撮影も行われ、集まったファンからは大きな拍手が起こった。

来場者は5000人を越えたとのこと。
ロックミュージシャンによる東北チャリティーイベントや復興支援企画は、他にも多く行われている。マキシマム ザ ホルモンも賛同していて4月12日の“東北こども応援大作戦”にも参加していた『東北ライブハウス大作戦』は、その代表的なもののひとつだろう。ライブPAチームのSPCが中心となって始めたこのプロジェクトは、被災した宮古、大船渡、石巻にライブハウスを建てて、バンド、ミュージシャン、リスナーが東北を訪れることによって、互いに元気を分け合い「人と人を繋げる」ことを目的としている。HI-STANDARD、サンボマスターの山口隆、MAN WITH A MISSION、SPITZなど、名だたるロックミュージシャンも賛同し、サステナビリティのある復興支援活動として根付いてきた。USTREAMでの放送や、さまざまなイベントでのブース展開なども積極的に行っており、すでに同プロジェクトに馴染みがあるという音楽ファンも少なくないだろう。

ホルモンのイベントでは、家族連れの来場者も多かった。
ミュージシャンが個々で独自のチャリティー企画を行うことも多い。SEKAI NO OWARIはラジオ番組『SCHOOL OF LOCK!』と「若い世代が気軽に参加できる持続可能な支援を立ち上げたい」とのコンセプトのもとに、東日本復興支援チャリティー・リストバンド「STAY STRONG」を共同制作。2011年8月の第1弾モデルの発売に始まり、現在発売中の第3モデルまで、募金総額は1400万円を突破している。4月12日からは第4弾モデルが、全国アリーナツアー2014『炎と森のカーニバル -スターランド編-』の会場などで発売中とのことだ。
海外からの音楽による復興支援では、ボランティア活動を主軸とした世界的音楽イベント『Rock Corps』に注目が集まっている。同イベントは、音楽の力で社会貢献活動への参加を邁進しようと2003年にアメリカで誕生、これまで世界9カ国27都市で開催されてきた。東日本大震災のボランティア活動を促すため、9月6日には福島市のあづま総合体育館にて開催、国内3組と海外1組の計4組の一流アーティストが出演予定で、全国から約4000人の参加を見込んでいる。イベントチケットは、相馬市の仮設住宅での野菜販売への協力や、相馬市や新地町でのがれき撤去、いわき氏での農業支援など、ボランティア団体が被災地を中心に実地している約100の活動に4時間取り組むことで手に入れることができる。なお、同イベントがアジア圏で開催されるのは初めて。(参考:
福島民報『9月に福島で「ロックコープス」 復興支援、アジア初の音楽イベント』)

憧れのホルモンと握手し、嬉しさのあまり涙をこぼす少女の姿も。
1980年代に行われたチャリティー・コンサート『ライヴエイド』や、アメリカの著名なミュージシャンが集って制作した「ウィ・アー・ザ・ワールド」発表以降、熱心に社会的な貢献を行うことがポップスターの役割のひとつであるといった認識が定着してきた。日本でも90年代半ばからそうした流れが顕著になり、社会貢献を目的にミュージシャン同士が横の連携を深めることが増えている。東日本大震災から3年経った現在、今なおミュージシャンたちの復興支援が活発なのは、そういった文化をしっかりと育んできたからこそだろう。創意工夫を凝らした彼らの活動によって、被災地支援の輪がさらに広がるきっかけとなることを期待したい。
(取材・文=松田広宣/写真=浜野カズシ)