SKE48兼任の渡辺美優紀、大久保佳代子の“口撃”にも涼しい顔「なに言っても傷つかない鉄のハート」

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SKE48『不器用太陽 (CD+DVD) (Type-B) (初回生産限定盤)』(avex trax)

【リアルサウンド】  SKE48のメンバーが、職業をテーマにした様々なバラエティー企画に挑戦する番組『エビショー!』(日本テレビ系)。9月16日放送分では、「アイドル企画」をテーマに職業体験が繰り広げられた。  同番組は、メンバーが“私立エビフライ女子商業高校”という架空の学校の生徒になりきり、MC・大久保佳代子の厳しい指導のもと、様々な職業を体を張って学ぶというもの。  冒頭、大久保が発表した「アイドル」というテーマに、自身もアイドルであるSKE48のメンバーは困惑。続けて大久保が「みなさん、ぱっと見ると若干ブス(な容姿)が目立つ。でも若干のブスもアイドル性でカバーできるんです。だから今回はみなさんにアイドル性を学んでいただきたい」と企画の意図を説明し、授業がスタートした。  まずは「レギュラーチーム」と「補欠チーム」に分かれたメンバーが、「ニコニコ耐久ストレッチャー」という種目で対決。同種目は、2人組になった両チームの代表選手のうち、1人をレッグストレッチャーにそれぞれ乗せ、もう1人は0~9の数字が書かれたルーレットを回す。そして出た数だけ対戦相手のストレッチャーを広げるハンドルを操作できるというもので、これを交互に繰り返し、先に笑顔が無くなったチームが負けるというゲームを繰り広げた。この競技では補欠チームから小石公美子と市野成美、レギュラーチームから松井珠理奈と木本花音の2名が参戦。小石はストレッチャーに乗せられ、股をほぼ180度くらい開かれても笑顔を貫いたが、それ以上に松井の引き運が強かったため、次々とストレッチャーが拡げられ、絶叫しながらギブアップを宣言してしまった。  続いては「風船爆発ニコニコ握手会」というゲームに挑戦。おなかに風船が入った相手と握手をして、風船が膨らむなか、どちらの顔から笑顔が消えてしまったら負けというもの。この競技に渡辺美優紀と二村春香の2人が参加する意思を示すと、大久保は「どうですか? 握手会での笑顔は。みるきーは作り笑顔してるもんね」と渡辺を攻撃するが、渡辺は「心からの笑顔で握手してます」と反論。これに対し、大久保は「何言っても堪えないよね」と悪口を言っても気にしない渡辺を評すると、彼女は「なに言っても傷つかない鉄のハート」と返し、大久保を参らせた。勝負は引き気味で握手する二村に対し、渡辺は一切引かず、自分から前に出る姿勢を見せ、見事この対決に圧勝した。  最終対決は「エンドレスオキドキ」。SKE48の中で激しいダンスの楽曲「オキドキ」をエンドレスで踊り、笑顔がなくなるか、ダンスのキレがなくなった時点で終了するというもの。これにはレギュラーチームから高柳明音・柴田阿弥・北川綾巴・古畑奈和・大場美奈の5人と、補欠チームの熊崎晴香、東李苑、山田みずほ、岩永亞美、矢方美紀が挑戦した。最初は軽快に踊るメンバーだったが、回数を重ねるにつれて楽曲のテンポも上昇していき、大場、岩永、東、山田と次々にメンバーが脱落。15回目が終わった時点で大久保が終了を告げ、北川、高柳、矢方の3人が残ったため、2-1でレギュラーチームが勝利した。終了後、高柳は「身体がチカチカしてやばいっすねー、明日公演っす!」と空回りしたような笑顔で語り、番組は終了した。  そのほか、松村香織と谷真理佳のヒッチハイクの模様などが放送された今回の放送。次回9月23日分では、メンバーが「花嫁企画」に挑戦する予定だ。 (文=向原康太)

TOWA TEIが語るソロ活動20年の原点「毎晩DJが作る時間のカーブを自分も描きたいと思った」

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【リアルサウンドより】  TOWA TEIが、ソロ活動20周年を記念したリミックスベストアルバム『94-14 REMIX』を7月23日に、20年間に発表してきた楽曲の中からセレクトしたオリジナルソングのベストアルバム『94-14』と、カヴァーソングのベストアルバム『94-14 COVERS』を9月3日にリリースした。今回リアルサウンドでは、他に例を見ないTOWA TEIの音楽キャリアをたどるロング・インタビューを実施。前編では、NYに渡ってDJ活動をはじめた経緯や、ザ・ジャングル・ブラザーズらとの交遊禄、さらにはディー・ライトで世界的なブレイクを経験した当時のウラ話など、ソロ活動以前のエピソードもたっぷりと語ってもらった。聞き手は小野島 大氏。(編集部)

「やっぱりプロダクション寄りの人間なんですかね」

――今、テイさんは高橋幸宏さんとYukihiro Takahashi & METAFIVEというバンドをやってらしゃいますが、これ、テイさんにとってはディー・ライト以来のバンドってことになるんですよね。ライブにも積極的に取り組んでおられます。 テイ・トウワ:幸宏さんに頼まれたんですよ。自分のリーダー曲で2曲ほど幸宏さんをフィーチャーさせていただいたので、断る理由がなくて(笑)。コンサートも、自分のでさえ100%やらないですから。嫌いなんで。ライブの仕込みとか練習とか大嫌いなんですよ。 ――そういえばソロになってからライブは一回もやられてないですよね。 テイ・トウワ:やってないですよ。ディー・ライトも、みんなが全盛期と思ってる時に辞めちゃったんで。その時は事故ったので、それを理由に辞められたんですけど。なんというかな…筋肉というかトレーニングというか再現性とか、そういうものにまったく興味がない。だからシーケンサー使ってるし(笑)。やっぱりプロダクション寄りの人間なんですかね。作ったあとリミックスしたりジャケ考えたりするのが好きというか。 ――ライブをやる人は、ライブはライブならではの醍醐味があると言いますけど。 テイ・トウワ:こないだワールド・ハピネスのライブが大雨で大変だったんですよ。幸宏さんがすごい晴れ男で、僕らの時は止んだんですけど、風が凄くて、Macの蓋が閉まっちゃうぐらい。ビニールを機材の上にかぶせて、手をビニールの中に入れて操作して。なんとかなったね、という話を二次会でしていたら、まりん(砂原良徳)がポツンと“バンドだとさあ、みんなで共有できるじゃん、大変だったことも良かったことも”って言ったんですよ。ああ、ずいぶん忘れてた感覚だなあ、と思って。DJは良かったにせよ悪かったにせよ、分かち合えないですからね。呼んでくれたイベンターさんと”盛り上がったねー”みたいなのはあるかもしれないけど、ひとりでやるピン芸人なんで。みんな(META FIVEのメンバー)濃いバンドにいたじゃないですか(笑)。だからバンドの良さはわかるんだろうけど、僕はほんとに(バンドでは)やることないですし。幸宏さんに最初に声をかけてもらって”いやいやいや、やったことないですし”って断ろうと思ったんですけど、一回だけでも、という話だったので、じゃあVJをやろうかと3曲だけやって、あとはやることをリハ中に見つけていくって感じだったんですけど…もちろん練習すれば弾けますけどね、自分の関わった曲とかYMOの曲とかのなにかしらは。でも別にそれはシーケンサーでもいいし、とか思っちゃうし。みんなキーボード弾けるし、自分の立ち位置がよくわからないなと思ってたんですけど、結果的には居場所ができたというか。ツマミ係というかね(笑)。スイッチとかフィルターとかの担当をやってますね(笑)。 ――お客さんの反応とかどうなんですか。 テイ・トウワ:うん、それはそれなりに。DJとはまた違うものがありますよね。 ――じゃあ今度ご自分の… テイ・トウワ:(遮って)やらないです(笑)。 ――あ、やらないですか(笑)。 テイ・トウワ:あははは(笑)。細野(晴臣)さんに去年言われたんですよ。”そうか、来年は20周年か。もうテイ君も50歳か。コンサートやろうよ。なんでもやるから。ベース弾くよ”って言ってくださって。”ええーっ!”って。ちょうどそこに小山田(圭吾)君もいて、”僕ギター弾きますよ”ってくれて。すげえバンドになるなあ、と思ったんですけど、その言葉だけで有難く…。 ――いやいや、それはもったいなさすぎです(笑)。そんな豪華なメンツが自分から言ってくるなんて… テイ・トウワ:社交辞令じゃないですか?(笑) ――いやいやいや…じゃあご自分としてはスタジオの中で音をいじっている方がいい、と。 テイ・トウワ:そうですねえ…ちまちまコラージュやってるとかね。そもそも団体行動があまり好きじゃないし…やはりディー・ライトの時のトラウマがね…。それこそ自分たちの作った曲を世界中の人たちが大合唱してくれて、イントロかけただけでわーっとなるっていう感覚…あの時初めて味わって、あれは中毒になるだろうなとは思いましたけど…。 ――でもディー・ライトも、ある時期までは楽しいと思ってたんですよね? テイ・トウワ:いやあ…一番最初のころ、地元のバンドとしてパーティーをやったりとか、それぐらいの時はよかったですけど、そこからワーナー(エレクトラ)と契約して、いきなりアメリカ・ツアーだヨーロッパ・ツアーだってなってからは、毎晩各地へ移動して練習して本番やって、また翌朝チェックアウトして移動して…という、それがもうトラウマになっちゃったんですよね。 ――アメリカ・ツアーが過酷だって話はいろんな人から聞きますね。 テイ・トウワ:過酷ですよ~食い物が一番つらいですね。僕、パン食が3回続けられない人なんで(笑)。テキサスの田舎とか行くとホテルのルームメニューぐらいしか食べるものがなくて、それも”ビーフorチキンorサーモン”ぐらい選択肢がない。それも全部同じバター味ですよ(笑)。 ――ディー・ライトで世界デビューして大ヒット、というのはいわば、メジャー契約をする多くのミュージシャンが最終的に目指すような大目標じゃないですか。でもそれをテイさんはミュージシャンとしての最初のキャリアでいきなり達成してしまったわけですよね。 テイ・トウワ:そうなんですよね。普通のバンドならだんだん会場が大きくなって、”よし次は武道館だ!”みたいな、そういうグラデーションがあるけど、僕らは90年にデビューしていきなり行っちゃいましたからね。それでも87年の終わりからやってて、88年89年とDJで食いつなぎながら、月に1回か2回はいろんなパーティーに呼ばれて演奏して、だんだん町の人気バンドになって、何万人も来るような地元の大きなゲイのイベントでトリをやって…みたいな経緯は辿ってますけど。 ――そのころのニューヨークはハウスの勃興期ですね。 テイ・トウワ:そうです。87年にフランキー(・ナックルズ)がシカゴから来て。ヒップホップも盛り上がってましたよね。僕は88年にジャンブラ(ザ・ジャングル・ブラザーズ)のファースト(『Straight out the Jungle』)を聞いて、音悪いけどかっこいいなあと思って。僕がDJをやってるパーティーで初めて会って名刺を渡して。次の日にスタジオに遊びに行ったんです。ちょうどセカンド・アルバム(『Done by the Forces of Nature』89年)を作り始めたころで。へったくそな打ち込みをずっと聞かされて。今作ってるネタも全部あるしサンプラーもあるからウチにおいでよ、タダでできるよって話を彼らにして。それから仲良くなって。なのでジャンブラのアルバムの半分以上はウチで打ち込んでますね。だから(僕のやっていたのは)マニピュレーターですよ。キックはこういうパターンにしたら、みたいな話をして、打ち込んであげたりね。そうしたら”話は聞いてるよ、今度デビューするア・トライブ・コールド・クエストなんだけど”って、Qティップを紹介されて、“あ、あのヘンな声の人だ”って(笑)。それからQティップがレコード抱えてウチに来るようになって、彼らのファースト(『People's Instinctive Travels and the Paths of Rhythm』)をお手伝いして。 ――うーむ。すごい話ですねえ… テイ・トウワ:ちょうどデラ(デ・ラ・ソウル)が89年にクロスオーバーなヒットを飛ばしてた時期で。“ジャンブラを手伝ってる人でしょ”って声かけられて。ディー・ライトとしてもローカル番組で(デラと)一緒になったりしてね。UKの方では屋敷豪太さんが関わったーーその頃はまだ面識なかったですけどーーソウルIIソウルが出てきて。 ――いろんな人たちが世界中から同時多発的に出てきて大きな動きになりつつあった。 テイ・トウワ:だから、ウチらもチャンスはあるだろうなって確信はしてました。ただポップ・チャートで各国で1位になるとは思ってなかった。88年には野外フェスで”Grooves in the Heart”とかかけて大盛り上がりしてたんで、ダンス・チャートでは1位になるだろうとは思ってましたけどね。

「ディー・ライトと出会って良かったのは、ポジティヴでいるとポジティヴなことが起こりやすいよって教えてくれたこと」

――そのへんのことはお話を聞くだけでワクワクしてきます。そもそもテイさんはデザインの勉強でニューヨークに行かれたんですよね。 テイ・トウワ:そうですそうです。 ――それがなぜ音楽の道に進むことになったんですか。 テイ・トウワ:音楽は趣味の範疇でずーっとやってたんですよ。僕は一浪して武蔵美の短大に行ってて、4大に編入を狙ってたんだけど出来ず、ブラブラしてたんだけど親に、海外でデザインの勉強してこいって言われたんですよ。でも海外って言われても僕は英語なんて全然できない。その頃は坂本龍一さん周りのバイトとかやってて、ナム・ジュン・パイクさんの下の人とかと話す機会はあったんだけど英語が喋れないからすごいストレスで。”残念な自分”だったんですよ。デモ・テープを坂本さんに送ったのがレコード化されたり、そのディレクターの人にジャケットのデザインも頼まれたり、その人に言われてCMのコンペに出したら勝っちゃったりして。それで当時坂本さんがいたmidiレーベルでソロ・アルバム出さないかって言われたんですけど、”いや無理無理”って。そのころ同時期にやってたのがコンスタンス・タワーズとか。知ってます? 岸野(雄一)君とか常磐響とか松前(公高)君がやってた。でも僕はあんなに器用じゃないし無理無理無理って(断った)。だから音楽はあくまでも趣味のつもりだった。でもいざニューヨークに行ったら、クラブがほんと面白くて。昼間は学校に行かず一日中レコ屋をハシゴして、夜は毎晩クラブ通いですよ。そうするうち、行った年の秋にはDJになれちゃったんで…。 ――(笑)展開が急すぎる。なぜいきなりDJになれたんですか? テイ・トウワ:それ、いろんなところで話してるんではしょって言います(笑)。ある時1本目のテープを作ったんですよ。 ――ミックステープ? テイ・トウワ:はい。居候がタンテのセットを買って、帰ったあとに家賃代わりに置いていったものを使って、レコードは一杯あったから作ってみたんですよ。90分の、ファンクからハウスから入ってる。ジェイムス・ブラウンから始まって、というのは覚えてますね。それをコピーして好きなDJに渡そうと思って。その一人がディミトリ(ディー・ライトのDJディミトリ)だったんです。すごい(感覚が)自分と近いと思ってたから。P・ファンクからJBからロニー・リストン・スミスから、みたいな。いきなり"Riot in Logos"(坂本龍一)をかけてみたりとか。良く知ってるなあ、と思って見てたから。 ――ディミトリはその頃もう有名だったんですか。 テイ・トウワ:町の有名DJ、人気DJ、ってとこですかね。彼がテープを聴いてくれて興奮して。会ったんですよ1週間後に。そうしたら”You are born to be DJ”って言ってくれたんですよ。”俺らはソウル・メイトだ”って興奮してて(笑)。それでってまだeが2つだった4曲入りのカセットをくれたんですよ。帰って聴いてみたら、クスクス笑っちゃうような拙い打ち込みだったんですけど、いい曲だなって思った。そこから何曲かはセカンドに入ったりしたんですよ。それはQティップやジャンブラを手伝う前なんですけど。それでディミトリに”テープ面白かったよ。ウチにコンピューターもサンプラーあるから、ちょっとしたことだったら出来るし、手伝うよ”って声をかけたのが最初だったんです。で、昼過ぎにウチに来てランチ食べて、毎日打ち込みやって作って。1発目に作ったーー未発表なんですけどーー「The Game」って曲があるんですけど、それの出来がすごく良くて、そこでみんな興奮して”トウワと作った途端にみんなの反応が変わった!”みたいな。 ――その時はもうボーカルは(レディ・ミス・)キアーだったんですか? テイ・トウワ:キアーです。で、それで既にある曲を僕がアレンジしたり、“What is Love?”とか“Grooves in the Heart”を僕が新たに作って、レコード会社にテープを送ったんです。“トウワと会う前はテープを送ってもいつも返事の文面が同じだった。<才能に満ちているとは思いますが今回はタイミングがあいませんでした>ってテンプレートみたいな返事ばかりだったのが、トウワが入ってから担当者が電話をくれるようになった”って(笑)。よかったねえ、って返事して。まだ他人事だったんですよ(笑)。ディミトリは週末の木金土はDJやってたんで、ダウンタウンの小バコに遊びに行ったら、“トイレに行くから今の曲終わったらこれかけといて”って言われてやったんだけど全然帰ってこなくて。そのままやってたら、背後に煙の匂いと人気を感じて、振り返ったら(店のオーナーが)来週から来てくれって。翌週からレギュラーでDJをやるようになって。 ――めちゃくちゃ順調というかラッキーですね。 テイ・トウワ:そう思うでしょ? 昨日も言われましたよ。テイさんはラッキーな人ですねって。そんなことないんですよ(笑)。人生、みんな同じように辛いこともあるだろうし、楽しいこともある。辛いことがなければ楽しいことを楽しいとは思えないだろうし。僕はコンプレックスの固まりだし、もともと根暗だし。ほっとくと暗い曲ばかり作ってますから。でもダークな曲だったり人を脅かすような曲ばかり作っていると、調子が悪くなってきますよね。若かったり体力があって、怒りに満ちてる人はそれができると思うけど、僕は無理ですね。ディー・ライトと出会って良かったのは、ポジティヴ・シンキング…じゃないけど、ポジシンでいるとポジティヴなことが起こりやすいよって教えてくれたことですね」 ――なるほど。じゃあ最初はディー・ライトのメンバーに誘われたわけじゃなくて。 テイ・トウワ:そう。2回目のライブを見たら、もらったデモテープの曲をやってて。ダンサーが2人いて踊ってるんですけどそれがめちゃくちゃ面白くて。3回目のライブの時には僕もステージの上にいました。無理やりあげさせられて。でもメンバーというよりはお手伝いしてる感覚で。

「日本の仕事の方が自由だなって気づいた」

――じゃあアーティストとして表舞台に立ちたいとか、自分を表現したいとか、そういう強い気持ちは… テイ・トウワ:なかったですし、今もないです。 ――今もないですか? テイ・トウワ:ないです。未だになぜ自分が取材なんか受けてるんだろうって思うし。 ――じゃあ自分で望んだというよりは、周りがそういう状況になって… テイ・トウワ:流れですかねえ。流れで学校はドロップアウトしちゃいましたし。でもDJはとにかく楽しくて仕方なかったんで、それ以外は考えられなかった。午後に起きて(ディミトリと)落ち合って曲を作って、お互いの現場に分かれて、たまに一緒にDJやって。キアーはキアーでダンサーとして踊ったりしてたし。だから…夜の生活でしたね。 ――そういう気ままな生活がメジャー・デビューで激変して。 テイ・トウワ:そうですねえ。ほんとツアーがいやでいやでしょうがなかった。最初にステージにあげさせられた時は、ちょっと恥ずかしいとか緊張するとかその程度の<いや>でしたけど、それも慣れてきて、気がついたら何万人の前でやったりするようになって。ステージから落ちたのは15万人の前でしたからね(91年「Rock in Rio」)。リサ・スタンスフィールドとジョージ・マイケルの間(の出番)でしたね(笑)。ディー・ライトのおかげでいろんな体験はできたけど、でもそれもそもそも自分が望んだことじゃないし。DJにはなりたいと凄く強く思いましたけどね。毎日レコード買って、毎晩DJが作る時間のカーブを自分も描きたいと思った。10時ぐらいに行って。カウンターでビールを軽く飲んで、11時ぐらいから適当に回し始めて。そのころには既にがっつり踊ってるお客さんもいて。朝の4時に終わるんですけど、その頃になるとオーナーさんがやってきて“Towa,Good Job!”とか言って、後ろポケットに札束を入れてくれるんですけど、一晩で150ドルですよ。時給いくらだよっていう(笑)。でもコンビニのバイトよりはいいのか(笑)。でも楽しかったし。ビッグ・オーディオ・ダイナマイトの前座でやったときは30分で500ドルもらったけど(笑)。時給15万?みたいな。今はさすがに時給もだいぶあがりましたけど、お金の問題じゃなかったから。 ――アーティストじゃなくDJとしてやっていきたいと。 テイ・トウワ:いや、やっていきたいも何も…とりあえず4年制(の大学)は出なきゃいけないと思ってたんですよ。美大出て、英語も喋れるようになって、3年ぐらいしたら日本に帰って…とか、なんとなく考えてたんですけど、DJになっちゃってから、何も…明日のことも考えなくなっちゃった。なんとか今月は家賃払えるかな、ぐらい(笑)。何も考えてなかったですね。何も考えてなかったことだけは覚えてます(笑)。 ――ディー・ライトでやっていきたいという強い意志があったわけでもなく。 テイ・トウワ:まったく弱い意志でしたね(苦笑)…それで15万人の前で怪我して。その時までバンドを辞めたくて仕方なかったのに辞められなかった。あとで思うと、守護霊だかなんだか知らないけど、自分の潜在意識か落としてくれたのかもしれないですね。それしか(辞めるには)なかったですもん。事故しか。 ――なるほど。 テイ・トウワ:それですぐにでも辞めたかったけど、とりあえず療養することになって。そうしたら坂本さんからアルバムを手伝ってくれと言われて、『Sweet Revenge』をやり、それから立花ハジメさんの『バンビ』を手伝うことになったんです。彼ら(ディー・ライト)よりもともとよく知ってる人たちだし、恩返しじゃないけど、楽しいし。すげえプレッシャーだったので、できるかどうか不安ではあったんですけど。そのころは日本に帰るビジョンもなくて、なんとなくDJを続けていくのかなあ、と思っていましたね。ディー・ライトでツアーが入ってからレギュラーのパーティーは辞めちゃったけど、単発でよく回してたし、どこのクラブ行っても顔パスだし、レコ屋に行けば”トウワが好きそうなのとっといたよ”って、ちやほやされるし。居心地のいい町になってたんですよ、いつのまにか。日本に帰るなんて考えられなかった。でもNOKKOちゃんの仕事(『I Will Catch U.』1993年)とかやると、どうも日本の仕事の方が自由だなって気づくんですよ。むこうにいる限り”ダンサブルにしてくれ”とか”リミックスしてくれ”と、この2つしか来ないんですよ。日本の仕事はCMのタイアップとかよくわからなかったけど、それはそれで自分にとってはフレッシュだったし。ダウンタウンとの仕事(『GEISHA GIRLS』1995年)も楽しかったし」 ――請け負ってやるような職人仕事は性に合わなかったということですか。 テイ・トウワ:うん、そうですね。…で、なんとなく教授からソロを出さないかって言われて。その時に契約上のことをクリアにして、日本だけは教授のレーベル(gut)で出せるようにしたんです。 (後編に続く) (取材・文=小野島大)
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TOWA TEI『94-14』(ワーナーミュージック・ジャパン)

■リリース情報 『94-14』 発売:2014年9月3日 価格:¥2,800(税抜) Artwork:Barry MacGee 〈収録曲〉 1.Apple with Ringo Sheena 2.Radio with Yukihiro Takahashi & Tina Tamashiro 3.The Burning Plain with Yukihiro Takahashi & Kiko Mizuhara 4.Marvelous with Yurico 5.Mind Wall with Miho Hatori 6.A.O.R. with Lina Ohta 7.Taste of You with Taprikk Sweezee 8.Sometime Samurai with Kylie Minogue 9.Milky Way with Yukalicious, Joi Cardwell & Ryuichi Sakamoto 10.Latte & Macaron 11.Mars with Ikuko Harada(Clammbon) 12.Butterfly with Ayumi Tanabe & Vivien Sessoms 13.Let Me Know with Chara 14.Happy with Vivien Sessoms, Bahamadia & Bebel Gilberto 15.Time After Time with Amel Larrieux & Vivien Sessoms 16Luv Connection with Joi Cardwell & Vivien Sessoms 17.Technova with Bebel Gilberto 18.Amai Seikatsu with Maki Nomiya
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TOWA TEI『94-14 COVERS』(ワーナーミュージック・ジャパン)

『94-14 COVERS』 発売:2014年9月3日 価格:¥2,600(税抜) Artwork:TOMOO GOKITA 〈収録曲〉 1.Last Century Modern ~ Technova(94-14) with INO hidefumi[* New Recordings] 2.Hold Me Tighter In The Rain with Vivien Sessoms[* New Recordings] 3.Mars(94-14) with Aoi Teshima & Ikuko Harada[* New Recordings] 4.Siesta(94-14) [* New Recordings] 5.Get Myself Together with Taprikk Sweezee 6.Free with Rozz, Vivian Sessoms & Juiceman 7.My Sharona with Tycoon Tosh & Buffalo Daughter 8.Last Century Modern(94-14) [* New Recordings] 9.Funkin' For Jamaica with Joanne, Les Nubians, Wizdom Life & Tom Browne 10.Forget Me Nots with Joi Cardwell & Vivien Sessoms 11.Batucada with Bebel Gilberto 12.Private Eyes(94-14) with Bebel Gilberto[* New Recordings] ■20TH ANNIV. SPECIAL SITE http://wmg.jp/towatei20th/

アゲハスプリングス玉井健二社長インタビュー「今は邦楽を作っている人にとっては大きなチャンス」

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クリエイター集団「アゲハスプリングス」を率いる玉井健二氏。

【リアルサウンドより】  音楽文化を取り巻く環境についてフォーカスし、キーパーソンに今後のあり方を聞くインタビューシリーズ。第2回目は音楽プロデュースを軸に、レーベル運営、広告戦略まで幅広いビジネス領域を手がける株式会社agehaspringsの玉井健二氏に話を聞く。ミュージシャンとしてデビューした経験を持つ玉井氏は、どのようなプロセスを経て、音楽業界では前例のない「会社としてプロデュースを手がける組織」を作り上げたか。インタビューの前半では、初の著書『人を振り向かせるプロデュースの力 クリエイター集団アゲハスプリングスの社外秘マニュアル』でも展開されている独創的なヒット理論について掘り下げた。(編集部)

「完成形のイメージが見えているのに、それに追いつかないというジレンマがあった」

ーー本書『人を振り向かせるプロデュースの力 クリエイター集団アゲハスプリングスの社外秘マニュアル』では、玉井さんの音楽プロデュースに対する考え方や発想法を軸に、実践的な方法論についても惜しみなく書かれています。本書はどんな読者を想定して書かれたのでしょうか。 玉井:音楽に関わる人々を大きく2つに分けると、音楽を趣味としている方と、音楽を手段として何かをしたい方に分かれると思います。本書は後者の方が何かをする際のヒントになればいいと思って書きました。サブタイトルに「クリエイター集団アゲハスプリングスの社外秘マニュアル」とある通り、もともと社内マニュアルみたいなものを書こうと思っていたのですが、日々の忙しさに追われて、気付けば10年もかかってしまいました。たぶん、書籍のお話をいただけなければ書けないものだったと思います。 ーー玉井さんが日々、社内のクリエイターに伝えていることが書かれていると。 玉井:音楽に限った話ではなく、何かを作るときには、ただ作るだけではなくて、それをどうやって人に届けるかのノウハウがあります。そのノウハウを社員に伝えるには、事細かに具体的な手法を説明するのではなく、どのように考えれば答えや方法論に行き着くのかを伝えなければいけません。つまり“考え方”そのものを解説しているので、本としてはエンターテイメント性に欠けると思います。だからこそ、本当に必要にかられた人に実用書的に読んでもらって、目的を達成するための役に立ててもらえれば良いと思っています。 ーー玉井さんは本書で“音楽を通して何をするか”ということを強調されていますね。そうした考えに至った経緯とは? 玉井:僕が育ったのは大阪のリアルに荒れた街で、油断していると「コロッケパン買ってこい」とか言われるところでした(笑)。なにかキャラ立ちしていないとすぐにイジメの対象になってしまうんです。そこで僕がある時、ギターをポロンと弾いたら、みんなが思った以上に驚いたので「これでイケる!」と勘違いしたんですよ(笑)。大げさに言うと、最初から身を守るために始めたことなので、もしかしたら純粋に「こういう曲を作りたい」という動機はなかったかもしれない。でも、音楽を始めたら自分の想像を超えた反響があって、ライブをすれば人がいっぱいきてくれるので、そういうことが単純に面白くなってしまったんです。 ーーご自身の音楽的な適性には早い段階から気付いていましたか? 玉井:アマチュアのレベルですが、大体の楽器ができましたし、特にベースはおもしろかったです。ただ、僕の人生もずっとそんな感じですが、最初に完成形のイメージが見えているのに、それには追いつかないというジレンマをずっと抱えてきました。そういうイメージは自分の演奏以外にもあって、たとえば4人組のバンドがいたら、もっとこうすれば良いのに、というのは見える。もしかしたら、あまり家が恵まれていなかったので、遊び道具をあまり買ってもらえなかったことが影響しているのかもしれません。たまに自分でプラモデルを買ってきて組み立てるんですが、次は買えないので一個のプラモデルを徹底的にいじくり回すんです。色を塗り替えたり、違うものをくっつけたりして遊んでいたのが、完成形をイメージするというクセに繋がった気がします。 ーー完成形が見えるというのは、プロデューサーの資質として重要ではないでしょうか。 玉井:そうかもしれません。僕の中には“こうやりたい”ではなくて、“こうしなければならない”という考えがあって、どうしても主体的に楽しめないところがありました。特にボーカリストはお客さんを煽ったり、ちょっといいこと言ったりして、尚かつ格好よくなければいけないので、あまりやりたいことではなかったんです。ただ、イメージする完成形を具現化してくれる人がいなかったので、自分でやるしかない。たとえば、他のバンドがロックっぽい格好をしている中で、僕らはすごく無理をしてヴィヴィアン・ウエストウッドを着たり、僕は背が小さく細かったので、中性的に見せた方が良いかと思ってスパッツを履いてみたりしました。そこまではいいんですが、いざライブがはじめると自分の理想に追いつかないんですよね。結局のところ、自分には“厚かましさが足りない”という結論に達しました(笑)。

「自分には才能がないことを認めることから始めた」

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玉井健二『人を振り向かせるプロデュースの力 クリエイター集団アゲハスプリングスの社外秘マニュアル』(リットーミュージック)

ーーソロの音楽活動、DJとしての活動、さらにはイギリスで音楽制作を行ったりと、20代の頃にはいろんな経験を積んでいますね。その中でプロデューサー志向を強めた経緯は? 玉井:木崎賢治さんというプロデューサーに出会って、「こういう道もあるのか」と思ったのがきっかけですね。木崎さんには圧倒的に魅力があって、子どもの頃から見ていたテレビの向こう側の人よりも、面白そうな仕事をしているように見えました。もともと「将来ああなりたい」と思っていたことだった気がします。だから、93年にバンドを解散してソロアルバムを作ることになったときは、自分では作りませんでした。将来プロデューサーになるために、本当の意味でのプロデュース・ワークというものを体験したかったんです。結果これが大きな財産になりましたね。表に出るスターというのは、何かを磨いて輝かせる人だと思うのですが、僕の場合は何かを捨てることで道が拓けたんじゃないかと思います。 ーー1999年にはEPICレコードに入社していますね。そこでは嫌な仕事も進んでやっていたとか? 玉井:レコード会社では、アーティスト出身のプロデューサーとして入社してヒットを飛ばす方がかっこいいんですが、ADから始める方が間違いなく多くを学べます。だから僕も制作の仕事をちゃんと学ぶために、プライドを捨ててADから始めたのですが、自分をすべて否定しなければいけないので、本当に辛かったですね。しかしそこで学んだことは圧倒的に大きくて、もしその体験がなかったら、現在の具体的なプランは練れていないはずです。 ーーEPIC入社前後から、“売れるポップス”とは何か、かなり具体的に分析したと書かれています。その分析はどのようなところから始まったのですか。 玉井:まず、自分には才能がないことを認めることから始めました。それが素直にできたのは、ミスチルの桜井さんやつんく♂さんのように、同時期に優秀な人がいっぱいいたから。成功する人とそうではない人がはっきりしていて、彼らと自分との違いを分析すると、音楽性の違いうんぬん以上に成功する才能、それ自体がない、というところに行き着く。しかし、才能がないなりに、どういう曲がヒットする曲かは分析できるので、その作り方を学んでいきました。これは人から学ぶことは少なくて、自分でひたすら研究して覚えたことがほとんどです。20歳前後の頃だったと思います。当時の事務所をクビになった後、たまたまクラブで雇ってもらえて、そこがいい環境で、毎日いろんな曲が聴けたんです。僕らにはダサイものとされていて、これまで触ってこなかったダンスクラシックなども聴くことができた。Earth,Wind&Fireとかね。「ジンギスカン〜」とか最初はまったく理解できなかったんですけど、でもそれがなぜ売れたのかを分析していくと、時代背景はもちろん、様々な音楽的な要素があるんです。細かいことをいうとR&B以前、ブラック・コンテンポラリーとか呼んでいた頃の曲は、コードは循環なんだけど、サビはちゃんとサビっぽく聴こえるように作られている。それはコーラスワークが影響していたりするのですが、そういった基本的なことを一個一個覚えていったんです。自分なりの発見が沢山あって、すごく面白かった。また、そうして後天的に身に付けた事だから他人に教えられるという側面もあるんじゃないかと思います。

「邦楽は中国や東南アジアに対して、ものすごい訴求力がある」

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玉井氏の最新プロデュース作品となるYUKI『FLY』(ERJ)。9月17日リリース。

ーー玉井さんの分析によると、欧米のポップミュージックにはブルースとカントリーがいつも根底にあって、本書ではそれを「ブイヨン」と呼んでいます。そして、そのブイヨンはいろんな形を取りながらも現在も効力を発揮していると。さらに「ブイヨンと出汁」という比喩で欧米と日本の音楽を比較していますが、それについて改めて教えてください。 玉井:「ブイヨンと出汁」としか表現しようがなかったのですが、単純に日本の音楽のルーツにはダンスという概念がないんですよね。もちろん、踊りという概念はあるんですけど、“聴くと踊り出してしまう”という種類のダンスはこれまでの日本にはなかった。幼稚園のお遊戯や盆踊りなどは形が決まっているもので、グルーヴを感じて踊るフリースタイルの文化がないし、そもそも日本語自体にもグルーヴはないんです。子音と母音の関係に対して、リズムが生まれないから、普通に喋っているとのっぺりとしている。その感じは演歌的というか、出汁的なニュアンスとして捉えられるかと思います。一方、英語圏では言葉にもグルーヴがあって、ブルースやカントリーの重要な要素になっている。それを新しいグルーヴにのせたり、色をつけたり、時代背景にのせたり、新しいテクノロジーを混ぜたりしている。ざっくりいうとそんな構造なんです。たとえばディスコのサウンドは、キックの位置とスネアがものすごく近い。なんでかというとその時代にハイハット専用のマイクが流行ったからなんです。それで録ると、スネアとハイハットが帯域的に喰いあうので、スネアの位置をキックと同じくらいの高さにすることになる。これは軸になるブイヨンに、テクノロジーが混ざって生まれたサウンドの一つと言えると思います。 ーー日本のポップスでは、ここ20年の間にブイヨン的な音楽が浸透してきたと言えますか。 玉井:たぶん、出汁とブイヨンが共存しています。90年代初頭くらいから、ブイヨン的な要素が一部の音楽通以外にも浸透してきたんじゃないかと。たとえば渋谷系といったものがそうですよね。渋谷センター街の奥のHMVで、ガラス張りのブースで白人のお姉さんが音楽をかけていた時代。普通の人たちも洋楽を聴くようになった時代です。当時、大学生の女の子の部屋に行くとちっちゃいコンポの横に4、5枚の洋楽のCDが立てかけられていたものです。でも、クローゼットを開けたらジャニーズのCDがどどーんと出てきたりして(笑)。 ーーそんな光景は見覚えありますね(笑)。一方で、近年はアイドルやボカロといったジャンルで、出汁的なものが増えている印象もあります。 玉井:2000年くらいから出汁ものが流通してきていますね。ジャンルが細分化してきて、邦楽っぽい洋楽じゃなくて、洋楽っぽい邦楽が圧倒的に増えました。たとえばトランスには「ジャパネイション」というサブジャンルが出てきました。これはトランスなんだけど歌謡曲で、とても象徴的にそうした流れを表していると思います。実は邦楽って、中国や東南アジアといった英語圏じゃない海外に対して、ものすごい訴求力があるんです。15年くらいまえにはじめて上海にいったときは、ラルクのポスターがいっぱい貼ってあった。浜崎あゆみさんも人気あったし、XJAPANとかもそうです。現地の方とカラオケ屋に行って安全地帯を歌った時は、とても喜ばれました。冷静に考えると中国の人口は公称13億人ほどですが、おそらく20億人はいる。そこにインドも加わるともう10億人加算される。そして東南アジアで2億人となると、合計33億人の市場になるんです。アメリカとヨーロッパを足しても10億人くらいなので、単純に3倍くらいの市場なんですよね。邦楽を作っている人、作りたい人にとっては大きなチャンスです。 ーーアジア諸国の所得水準が上がってきたら、音楽界のパースペクティブも変わっていくかもしれませんね。アゲハスプリングスとしても、今後はアジアを狙っていくのでしょうか? 玉井:そうですね。僕の中では恵比寿から発信している感覚があって、恵比寿から東京、東京から上海といった感覚です。僕らは恵比寿のいち工房ですが、本当に世界と繋がることができる。今、音楽業界はピンチだと言われていますが、僕らにとっては最大のチャンスだと思っています。本当にありがたい時代になりました。今までだと大きな会社とうまく繋がらないと世の中に対して訴求力を持てませんでしたが、今はそれ以外の道も出来てきました。たとえば、僕らのもとには既存の音楽業界以外の方も来てくれます。この間はある国家的研究機関の方からお話しをいただき、びっくりしましたよ。 ーー音楽を届ける方法が、海外や異業種への展開も含めて多様化してきたということですね。 玉井:本来、音楽という商品には形がなくて、コストがどれくらいかかって、捌いていくら回収してというのがないのが魅力で、プロデュースもまたそれ自体には形がない。形になるものに人気を与えていくということ自体が商品で、そこは世の中がどう変わっても何も変わりません。ただ、ひとつだけ変わるものがあって、それは僕らではなく、周りなんです。これまで作曲家のサクセスストーリーは、CDが100万枚売れて、JASRACから印税がはいってきて、いい車を買うといったものだけでしたが、それ以外の道もできる。単純にYouTubeで、通販で買ったものを紹介している人の年収が9億という例もあります。動画サイトでたくさん見られたものには価値があるということです。もしそれが僕らの曲だったら、価値が生まれているはずですし、買いたい人はいっぱい出てくるはずです。そういった人たちとちゃんと繋がっていることが重要で、逆に言うと、新しい環境やいろんなバリエーションで、ユーザーと作る人が繋がって両方がハッピーになれる形を作りたい。これはまだ僕らの世代が陣頭に立ってやることではないと思いますが、コンテンツへの支持率調査みたいなものができて、その支持率に応じて広告費が入ってくるという仕組みが形になるといいなと思います。数を求めるのか、深さを求めるのか、どちらでも構いませんが、この仕組みは広告を打つ人にとってもハッピーですよね。そういったハッピーな部分に対して、音楽やクリエイティビティーで貢献していれば、世の中の方が必ず変わっていくと、僕は考えています。(後編につづく) (取材=神谷弘一/構成=松田広宣) ■玉井健二 agehasprings代表・音楽プロデューサー。アーティスト活動や作詞・作曲・編曲家などを経て、1999年EPIC Records Japan入社。制作部所属プロデューサーとして多種多様の企画・制作に携わった後、2004年にクリエイターズ・ラボagehasprings設立。数々のアーティストのヒットを創出する。アニメ、映画、ドラマ、CM、ゲーム音楽プロデュースなど様々な分野でその手腕を発揮し、会社代表としては新たな才能の発掘も行っている。 ■agehasprings 音楽×総合クリエイティブカンパニー。YUKI、中島美嘉、Superfly、ゆず、JUJU、flumpool、少女時代等々を手掛けるクリエイター集団。総合音楽プロデュース(2004年以降パッケージ総合売り上げが4000万枚突破)をはじめ、レーベル運営、広告戦略、映像制作、舞台演出など幅広い事業を展開。 アゲハスプリングスweb site

ボカロオペラ『葵上』映画版に見る、ボーカロイドと文楽人形の共通性

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【リアルサウンドより】  下北沢にある短編映画専門ミニシアター「トリウッド」で、『ボーカロイドオペラ 葵上 with 文楽人形』を見た(上映期間は9月10~15日。9月20~26日の追加上映も決定)。  これは、ボーカロイドの歌う音楽で文楽人形が演じた舞台を撮影した映画。台本・音楽・演出・舞台美術・音響効果は田廻弘志、映画の監督・編集・背景ビジュアルは加納真が務めている。同作は、今年7月にイギリスで開催された日本文化のイベント「ハイパージャパン」で公開され、好評を得たという。国内では、今回が初上映となる。300年以上の歴史を持ち黒頭巾の人々が手で動かす文楽人形と、ゼロ年代生まれのプログラミングされた“歌声の人形”が共演したその物語は、特異な空気に満ちていて面白かった。  日本の伝統芸能が現代的で洋風な要素をとり入れたり、逆に現代のエンタテインメントが伝統的で和風な要素をとりこむなどして新たなスタイルを模索することは、しばしば行われてきた。
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 1960年代にエレキ・ギターのブームを牽引する一方、「津軽じょんがら節」など民謡を多数カヴァーした寺内タケシ。歌謡曲的なビッグバンドに三味線や和太鼓、拍子木などを加えた音楽を使い、時代ものの人形劇に黒子の人間も登場させて文楽っぽい演出をした『新八犬伝』(1973~75年にNHKで放送)。近松門左衛門による文楽の名作と宇崎竜童の音楽を組み合わせたロック版『曽根崎心中』(1980年初演)。セリフや音楽などを現代的にして先代の市川猿之助が生み出した「スーパー歌舞伎」の演目群(1986年から。加藤和彦が音楽を担当したこともある)。などなど。  今春には、ロック・バンドの編成に津軽三味線、尺八、箏、和太鼓を加えた和楽器バンドが、ボカロ曲のカヴァー集『ボカロ三昧』を発表している。『ボーカロイドオペラ 葵上 with 文楽人形』は、そのような伝統と現代のハイブリッドにおける最新の達成だ。  その物語は、なかなか複雑な成り立ち方をしている。日本のラヴ・ストーリーの古典『源氏物語』には、光源氏の妻・葵に彼の元恋人・六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)が嫉妬し、生霊となって取り憑く話が出てくる。そのエピソードを能の舞台へと脚色した「葵上」も、古典になっている。同作をもとにした『ボーカロイドオペラ 葵上』(以下『葵上』)は、舞台を現代に移し、さらに物語をアレンジしている。
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 歌声合成ソフトのミドリが大流行し、その音楽をきっかけにヒカルは作曲家になる。ミドリに憧れて歌手になったアオイは、ヒカルと組んで人気を獲得する。だが、アオイは忘れ去られたミドリに憑かれ、異常な行動をみせる。それは、呪いなのか、多重人格症状なのか。  ボカロによるオペラというと、渋谷慶一郎が初音ミクを起用した『THE END』が話題になった。人工的だが生命があるようでもあるボカロを通し、死生観の揺らぎを描く。二作にはそうした要素が共通しているが、現代アート的な抽象性と難解さでいっぱいだった『THE END』に比べ、『葵上』の三角関係と怪異は、『源氏物語』の時代から現代のSFやサイコものまで繰り返し語られてきたタイプの話だといえる。とっつきやすい普遍性がある分だけ、楽しみやすい。  3名という少ない登場人物で進行する点は能の舞台を踏まえているが、音楽の緩急や強弱と人形の動作がシンクロして感情の高ぶりを生々しく伝えるのは、正に文楽の演出である。舞台後方のスクリーンの映像、照明、カメラのアングルなどの効果もあって、人形は鬼気迫る表情の変化を見せる。半狂乱になる場面は、かなり恐い。  ボカロと文楽人形のコラボに関しては、「メルトの舞」を思い出す人もいるだろう。昨年6月につま恋で催された世界ボーカロイド大会では、文楽人形が初音ミクの人気曲「メルト」で舞い、一部で評判になった。その時に人形を操った吉田幸助が、『葵上』でも人形遣いの中心になっている。そして、「メルトの舞」ではミクのお約束であるネギを人形に持たせたのに対し、今回の物語では人形がPCや携帯端末を操作し、割れたCDを手に持つ。 「VY1V3」、「猫村いろは」、「結月ゆかり」という3種類のボカロが使われたこの作品では、ミドリという「電子の歌姫」のことが歌われる。初音ミクがPCから生まれた自分自身について歌う曲は、初期のボカロでは目立っていたが、シーンが多様化した現在では多くない。だから、『葵上』でのボカロの自分語りは「今」的ではないのだが、忘れ去られた過去が物語のテーマだから、むしろ「今」的でないことがミドリの嫉妬の迫真性を増すという、ややこしい味わいになっている。ミドリという命名は、ボカロの代名詞、初音ミクの髪の色を意識してもいるだろう。
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 ボカロをめぐっては、初音ミクの人気から始まり、ボカロ楽曲をもとにしたボカロ小説の隆盛へという道をたどってきた。お話の語り部にふさわしい声として、ボカロが発見されたといってもよい。  一方、文楽は人形浄瑠璃ともいうが、浄瑠璃とは三味線の伴奏で、節をつけて物語を語るものだ。文楽の浄瑠璃は、押しつぶしたような声でうなる。その舞台に出演できるのは男性だけだし、そんなダミ声で老若男女のセリフとナレーションを語り、歌う。また、浄瑠璃の先祖の一つである能の謡(うたい)も、やはり特殊な発声で様々な人物を演じる。  役の年齢や性別とは離れた特殊な歌声で、その人物を演じる。かけ離れた声で表現するからこそ、若さや老い、男らしさ女らしさが、かえって浮かび上がる面がある。また、物語を俯瞰して進行するナレーションは、神の視点に近い。登場人物1人1人の言葉とは質が違う。特殊な歌声は、そういうナレーションにふさわしい。「私」が「私」を自己表現する歌とは異なる、様々な役が登場する物語を演じるのに適した特殊な歌声。  言葉数の多い『葵上』の歌と語りは、能の謡や浄瑠璃に似た和風の節回しを織り交ぜつつ、現代語のボカロのポップスになっている。その音楽は、ボカロ楽曲からボカロ小説が生まれたような今の娯楽のルーツに、文楽が存在したことを想像させるものだ。  その意味で過去と現在を橋渡しする『葵上』は、「スーパー歌舞伎」ならぬ“スーパー文楽”とでも呼びたいポテンシャルを持ったチャレンジだと思う。上映館ではサントラCDが販売されていたが、人形と音楽の両方があってこその作品である。予定されているという映像の販売も待ちたい。 ■円堂都司昭 文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。 ■上映情報 『ボーカロイドオペラ 葵上 with 文楽人形』 9月20日~9月26日の追加上映が決定! 詳しい追加公演等の情報はこちら

横山健が語るレーベル運営のリアル ピザオブデスはなぜ100%利益優先にならないのか 

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【リアルサウンドより】  横山健、初のドキュメンタリーフィルム『横山健―疾風勁草編―』にまつわるインタビュー後編。前編【横山健が語る、2014年に表現活動を行う意味「俺は色んなことを考えるための入り口になりたい」】では、横山自身の映画に対する感想や、音楽以外の表現活動の意義、現在抱えている問題意識などについて語った。  後編では、映画公開後の彼の活動について語ってもらうとともに、現在のパンク・ラウドロック・ハードコアシーンについて思うところまで、ざっくばらんに語ってもらった。聞き手は、PIZZA OF DEATH RECORDS関連の記事を多数手掛ける石井恵梨子氏。(編集部)

「やってる時は辛い時もあるけど、最終的には『しょうがねぇよな!』って(笑)」

一一シーン全体のためにピザオブデスが始めた最初の動きは、レーベル内レーベルですよね。もともとバンドの数はそんなに多くなかったのに、一気にリリース増えた。これはスタッフにとっても大きな変化だったと思います。 横山:うん。とりあえず制作担当の奴がほとんどギブアップするくらいの変化(笑)。そこは未だに混乱の最中ですね。人がいればいるだけいろんな意見があって、ピザオブデスの社員も、レーベル内レーベルのバンドにどれくらいの密度で関わればいいのか、ここまではやりたいけど、それを続けると本当に仕事が続かないぞ……なんていう議論を今もやってるくらいで。これは何年かすれば自然と解決方法も見えてくると思うんだけど。 一一社員って、増えてないんですか? 横山:増えてない。それどころかアルバイトが病気で辞めちゃって、今はバイトもいない状態で。社員が6人、プラス、インターンの子が来てくれて。それだけでやってる。 一一このリリースを! それって「知り合いが増えるのが嬉しいね」というモチベーションだけで続くものですか。 横山:続く続く。楽しいもん。やってる時は辛い時もあるし、泣き言漏らしてる社員を見れば申し訳ないと思うし、あとは「このバンド、思ったより売れなかったなぁ」なんて結果になると感じることは多々あるけども。でも最終的には「しょうがねぇよな!」っていう(笑)。「しょうがねぇ、やるしかないでしょう! 他にやることあんのかよ?」っていうか。たぶん、このリリースの数がお客さんの目にも見えるカタチで効果を出すようになるまで、もうちょっと時間がかかるのかなって気がします。 一一なるほど。そして今年の6月にはパンク・ラウドロック・ハードコアを中心とする巨大イベント「サタニック・カーニバル」が開催されました。 横山:ふふふふ。あれ……困ったんだよなぁ。なんだかポカーンとしたライヴをやってしまって。バンドとしてどう出ていいんだかわかんなかった。 一一どういう意味でしょう。 横山:もともとピザオブデスでフェスをやりたいって、何年も前からあった話なの。ウチのブッキング担当の磯部が「ピザでひとつ、フェスというチャンネルを持ちたい」って言ってて。その欲求は純粋にいいことだと思ったし、俺も一緒になって考えてはいたけど、ただ、僕自身が「サタニック・カーニバル」の広告塔として立つことはほとんどなかった。でも周りからは「ピザがやるフェス=健さんがフェスやるんですね?」と見えてしまうようで。直接訊かれれば「いや、僕じゃなくてウチのスタッフが進めてることだ」って言えたけど、なんとなく、公には「横山健のフェスティバルだ」みたいなね。でも、事実そうじゃない人間がステージに上がってどうするんだって、なかなか難しいでしょ? まぁそこは、今後のサタニックのブランディング次第で変えていけると思うんだけど。 一一このイベントは続くものと考えていいんですね。 横山:うん。磯部は続けるつもりでいる。僕ね、あんまり知らないの。サタニックのこと。ブッキングも全部磯部がやってるし、僕が知らないバンドにも磯部は積極的に声をかけてたし。 一一若いバンドをなるべく推そうとしているのはメンツを見てもわかりました。となるとファンの勢いも目立つし。本人を前に言うのもアレですけど、10-FEETとマキシマムザホルモンで大騒ぎして、Ken Bandは見ないで帰っていった子も多いとか。そこは率直にどう感じますか。 横山:ちょっと慣れたかな。だってウチの姪っ子がそうなの。最初にサタニックの告知があった時に一般でチケット取ろうとして、抽選で落ちて。僕が電話で「お前なんだよ、一声かけてくれりゃいいのに」って言ったら「いや、でも恐れ多くて。だって神バンドが2つもいるから」「ん?2つ?」。……つまりホルモンと10-FEETのことなの(爆笑)。 一一Ken Bandはカウントされず! 横山:叔父さんカウントされない(笑)。まぁそれはね、怒りや意地でどうなることでもないから、もう事実として受け止めてる。だから僕が言えることといえば「もうちょっと出演順考えてくれよ!」っていうぐらい。でも磯部の中でもね、今年は初めてのサタニックだし、ある程度、横山健っていうアイコンを使う必要があったと思う。そこは僕もわかってたし。今後、そのアイコンを使う場面が減っていけばいいだけで、そうなるのが自然だと思ってる。 一一なるほど。

「いわゆるメロコアと呼ばれてるものはもうガラパゴス化してる」

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インタビューはピザオブデスの事務所にて行われた。

横山:たとえばね、今後ピザではWANIMAっていうバンドのマネージメントも手がけることになったけど、それも僕は関わってない。スタッフみんながやりたいって言うから「じゃあやってみたら?」って。それでいいの。変な話、自分たちでバンドを育てていけないんだったらピザオブデスはただの「横山健の会社」になっちゃう。それは社員自身が思ってるみたいで。だから、社長として僕がいるのはしょうがないけど、自分たちの力量で何かやりたい、もっと踏み込んで言うと「横山さん関係ないところでトライしようよ」っていう。それは僕も嬉しいし、むしろ歓迎すべきことで……嫌われてなければ、だけどね(笑)。 一一健さんが直接関わったのは、若手のプロデュースですかね。今年の3月に出たドラッドナッツ。プロデュース業はハワイアン6以来、12年ぶり。 横山:そう。でも気持ちは自分でもびっくりするくらい一緒だったかな。ただ、世の中への響き方がこうも違うのかと思って……。ハワイアン6は新鮮さをもって世の中に受け止められたけど、ドラッドナッツはまだ、たくさんあるメロディック・パンクのひとつ、くらいにしか受け止められてないんだなぁって。それはバンドの力量もあるだろうけど、10年経ってしまった、っていうことも大きいのかな。だからドラッドナッツのメンバー励ます意味で「これが10年前だったら、お前らハワイアン6どころじゃなかったよ?」って慰めにもならないことを言ったりして。 一一ははは。酷い(笑)。 横山:でもね、若いといっても30代……バンドによっては30代後半で、それでも音楽をやっていこうっていう、その姿は美しいし。そこにアドバイスするのは自分の責任なんだろうと思う。やっぱりね、僕、メロコアって言葉は大嫌いだけど、メロディック・パンクやってる連中が可愛くてしょうがなくて。 一一それは、自分に影響を受けてくれたから? 横山:だと思う。だからなるべくフックアップしたいし、なるべく直接話したい。「独自のことやってかなきゃダメだ」「メロコア聴いてメロコア鳴らしてるようじゃダメだぜ」って、どこ行っても話すようにしてる。 一一今のメロコアの大半は、バンドも客も含めて「メロコアというカタチが好きな人」だけの遊び場になっている気もします。 横山:まさに。俺もそう思う。メロディック・パンクはまた違うけど、いわゆるメロコアと呼ばれてるものはもうガラパゴス化してる。それぐらい凝り固まっちゃったかな。これ以上伸びようがない気がするし。でもね、ある若手にそれを言ったら「でも! メロディック・パンクって一番格好いいと思いません?」って返されて。音楽の一番いいところ全部取ってるんだ、メロディが綺麗で、アレンジは気が効いてて、エナジーがあって、メタルっぽいザクザクのリフもあって。「だから一番格好いい音楽だと思うんですよ!」って力説されて「……確かに!」って思った自分もいたな。だから、それだけじゃダメだと思いつつ、ほんと可愛いし、応援したいんだと思う。 一一健さん、なんだかんだと楽しそうですよね。状況は決して良くないし、たまにはヘソ曲げたくなる事実もあるだろうし、「もう若い連中のことは知らんわ」って言いたくなっても不思議はないのに。 横山:うーん。今ふと思ったのは……結局、成功とかおカネっていうのは大切なことじゃないから。もちろんバンドが成功したほうが関わる人間は嬉しいし、ピザオブデスとしても役割を果たせるんだろうけど。でも本当に大事なのはそこじゃない。生きてく上でね。どれだけ笑ってどれだけいい時間を過ごしてどうやって死んでくかっていうことで、そっちのほうがよっぽど大事。僕、いっつもそんなこと考えてる。それはピザオブデスが100%利益優先にならない理由でもあって。もちろん成功したら嬉しいけども、一緒にいるだけでも嬉しい。周りに人がいてくれて、慕ってくれる奴もいて、「お前バカだなぁ」とか言いながら笑って。それが人生豊かってことだし、それが今は本当に楽しい。もちろん、怒りの部分が強くなればまた次の作品で何かモノ言いたくなるだろうけど。ちょうど今はこういう時期なのかもしれない。 (取材・文=石井恵梨子/写真=石川真魚)
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『横山 健 -疾風勁草編-』(PIZZA OF DEATH RECORDS)

■リリース情報 『横山 健 -疾風勁草編-』 発売日:9月24日 価格:3,800円(税抜) 収録分数:本編 117分 + 特典映像 37分 発売元:PIZZA OF DEATH RECORDS 特典:DVDでは劇場本編には収録されていない特典映像も収録のほか、 Ken Yokoyamaの新曲を収録したシングルCD付き。

横山健が語る、2014年に表現活動を行う意味「俺は色んなことを考えるための入り口になりたい」

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昨年秋に自身初のドキュメンタリーを公開した横山健。

【リアルサウンドより】  インディーズレーベル「PIZZA OF DEATH RECORDS」の代表であり、Hi-STANDARDやBBQ CHICKENS、KEN BANDといったバンドでも活躍する横山健にとって、初となるドキュメンタリーフィルム『横山健―疾風勁草編―』が9月24日にDVDで発売される。同作は、昨年秋に全国60の劇場で上映され、期間限定にも関わらず3万人の動員を記録、インディーズの音楽映画としては異例のヒット作となった。自身の音楽活動だけではなく、震災後のリアルな心境や考え方にまで迫った本作を、横山自身はどのように捉えているのか。そして現在、彼が抱いている問題意識とはいかなるものなのか。公開から約1年が経過しようとしている今、改めてその胸の内を明かしてもらった。聞き手は、PIZZA OF DEATH RECORDS関連の記事を多数手掛ける石井恵梨子氏。(編集部)

「今40半ばで、自分の考えを世に知ってもらうことが大事に思えてきた」

一一『横山健〜疾風勁草編〜』をご覧になって、何を感じましたか。 横山:まずね、映画でもDVDでもいいけど、自分のことを人に撮ってもらって、それが一本の映像作品になるってちょっと凄いことでしょ? だから最初は恥ずかしくて、嬉しくて、あんまし内容がどうっていうのは考えられなかった(笑)。でも3〜4日前に改めて見直して、やっと……あぁ、なかなか濃いぃ映画だな、と思ったかな。 一一いち個人の生き方や考え方がリアルに伝わる内容ですからね。対になるものとして、書籍「随感随筆編」も今年5月に出ています。 横山:うん。もともと映画とはまったく別の話から始まったけど、でも、自分の中ではすごく繋がってる。音楽があって、その音楽をやる人がどういう人間なのか、すごく立体的に見せてくれる可能性が文章や映像にはあって。はっきり言って、そのへんの若いミュージシャンに文章書かせてもそんなに意味はないと思う。でもやっぱり、一応は20年近く最前線でやってきた人間で、今40半ばで、自分はこういうつもりでやってますよ、っていうのを世の中の人に知ってもらうことが大事に思えてきたのかな。 一一音楽家は音楽だけやっていればいい、では終わらない。映像でも文章でも使えるものを使って、どんどん発信していくのが今の健さんですよね。 横山:そこは俺も自覚してる。というのも「音楽だけやってりゃいいの」って思ってた時期は確かにあって。たとえば20代でハイ・スタンダードやってた時は、バンドの存在そのものが刺激的だったし「別に俺たち取材なんか受けなくたって、アルバムとライヴだけで世の中に訴えかけられるぜ」っていう思いがあった。でも横山健ひとりで動き出すと、届き方が全然足りない(笑)。だからハイ・スタンダードっていうのは、ほんとに時代の欲求とも合わさった奇跡のバランスのバンドだった。そういうところに身を置かない限りは、話すこと、書くこと、他の作業も全部使ってもっと伝えていく必要があるなって。それは経験を重ねていくとさらに実感しちゃうかな。 一一なるほど。あと今回のDVD化に際して、久しぶりの新曲がプラスされていますね。 横山:うん。やっぱり映画が完成した最終地点からどんどん時間は経っていくでしょ。そしたらアップデートした自分、DVD化する直前までの自分も現在も入れたくなる。だったら新曲を入れればいいんだって思いついて。あとは直前のインタビューね。実は特典映像で7月の段階のインタビューを撮ってもらっていて。そういうものを入れることで、映画のあとの自分っていうものもパッケージの中に入れ込めたので。 一一新曲「Stop The World」は、かなり意外なアプローチでした。 横山:でしょう? 自分でも思う。この曲自体は去年からあったの。今Ken Bandはライヴしながら曲作って、次のアルバムに向かってるんだけど、新しい曲ができていくにつれて、他とのトーンが違いすぎるなって扱いに困り始めてた曲。たぶんアルバムの一曲としては異質になっちゃうけど、でも、一曲だけ抜き出してこういうカタチで聴かせたら絶対映えると思ったから。

「僕たちが音を鳴らしてるすぐ隣には、問題がいつでも転がってる」

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インタビュー中には、時折シリアスな表情も。

一一まさに映画を見終えた後の気分に相応しい壮大な曲で。でも同時に今の日本の情勢も入ってる。 横山:もちろん。作ったのは去年の夏だけど、この歌詞を書き始めた時にはすでに集団的自衛権の議論も始まってたし、パレスチナの紛争もあったし。そういう中で自分なりに考えて書いたもので。 一一こういうメッセージを届けることに迷いは何もないですよね。『Best Wishes』以降の健さんは、自分のことよりも、まずはリスナーのため、もっというと日本国民や未来の子どもたちのために動いているように見えます。 横山:そうだと思う。たとえば集団的自衛権って、あれは誰かにとっては良いもので、誰かにとっては悪いもので。僕はどっちとは言わない。個人的に考えはあるけども、とにかく「それについて考えることが必要なんじゃないか」って言ってるの。考えること、知ることが必要。なぜならそれがあなたたちの生活に直結してるから。しかも集団的自衛権に関して言えば「これで死ぬのはあんたじゃなくて、あんたの子供かもしれないよ?」って。そういうことをステージでも毎回訴えてるのね。「今日はライヴだから楽しんで、いろんな気持ちを発散させてくれればいい。でも帰ったら調べてみて。考えてみて」って。教育的って言うとおこがましいけれども、やっぱり僕たちが音を鳴らしてるすぐ隣には、そういう問題がいつでも転がってる。その事実をすごく訴えたくなってる。これは自分に子供ができたことが大きいかもしれないし、あと見ればわかるとおり、もうピチピチの若手じゃないわけで(笑)。もう自分はいいから、次の世代へ、っていう気持ちが出てきたのかなぁ。そこまで謙虚な意味じゃなく、ただ人間の本能としてね。 一一そこで「考えてくれ」というのが健さんらしい。たとえばスラングのKOさんなら「ダメだろ、を言うのが俺のやり方だ」と断言して、あえて極論のNOをぶつけるんですよ。でも健さんは「否」ではなく「考えろ」。 横山:だって考えない人……考えたくない人がいっぱいいるわけで。俺、みんな馬鹿じゃないと思うの。だけど、なんとなく考えたくないのが今の日本だと思ってる。「俺がやんなくても、なんとかなるんじゃねぇか」「今は黙っておいて、もっといい世の中になったらそれ享受しようかなぁ」みたいな人がいっぱいいて。彼らにNOって言っても、やっぱ馬鹿じゃないから「いやNOって言うのはおかしいだろ」って議論が出てきてしまう。それが俺は嫌なの。もちろんKOちゃんのスタンスは絶対間違ってないと思うし、あの人はああいう人なの。話してると考えてることは一緒だなと思うし。でも俺は、そのもっと前の入り口でありたい。いろんなことを考え始めるための入り口というか。 一一押し付けたくない? 横山:うん。「考えてくれ」っていうのは押し付けるけど(笑)。でもそうだね。俺が自分に課している役割は、まず入り口になること。答えを出すんじゃなくて、質問であること、というか。 一一入り口って、引き受ける覚悟がいりますよね。誰でも簡単に入ってくるし、いらない馬鹿だっていっぱい来てしまう(笑)。 横山:そうそう。あとタチ悪いのは「考えろって言ったから考えたけど、あんたがやっぱおかしいよ」って言わるとか(笑)。もちろん映画では「考えた結果、横山健とはまったく意見が合わないって思う奴がいても全然いい」って言ってるけど……そんなのの相手全部できるか、って正直思うじゃない(笑)。でもさ、それこそ今の日本の社会構造を見てると考えたくない人の気持ちもわかるのね。みんな余裕ないもんね。だから言い続けるっていうところもあるかな。その中でもちゃんと考えないと。「じゃないと負けるのあなただよ? 死ぬのはあなたの子供だよ?」っていうことはちゃんと言っておきたい。 一一映画は最後、背中に新しい刺青を入れるシーンで終わりますよね。 横山:うん。実はまだ最後まで進んでないんだけど(笑)。 一一「みんなにとってのお地蔵様になりたい」っていう発言がすごく印象的で。実際、去年以降のピザオブデスでそこを有限実行されてると思うんですよ。より裾野を広げて、みんなを受け入れていく。音楽やパンクに携わるみんなを守ろうとしていく、というか。 横山:……言われてみると、確かに、って思うけど。それは意識的にそうした部分もあるし、単純な楽しさもあるかな。いろんな人と関われること、知り合いが増えるのって嬉しいことじゃない? あとは『FOUR』の時にいろんなところで言ってたけど、アルバムが売れない、音楽が必要とされない、じゃあミュージシャンはどうやって食っていくかって、ほんと深刻な問題でしょう。CDの売上だけで食えるのは本当にごく一部、でもバンドを続けたいなら一緒に考えていこうよ、って。これは言葉が格好良くなっちゃうけど、みんなを守る、助けるっていうことは、やっぱり考えてるかな。 一一今はパンク/ハードコア/ラウド系オルタナティブも含めて、突破口がなかなか見えない時代ですよね。結果が出ないし、シーンがここからさらに大きくなる気配がない、というか。 横山:そうだと思う。見てて可哀想になることも多い。でも、そういうバンドたちには先輩として「だったら頭使ってやってかなきゃダメだぞ」ってちゃんと言っていきたい。もちろん自分の音楽を信じていくなら本当に信じて行けばいいと思うし、ちょっと人の気を引こうとして別なことをやるんだったら本気で頭使って格好よく見せていかなきゃいけないし。「とにかく10年後、20年後も音楽鳴らしていたいと思うなら、今が頭の使い時だ」って、それは俺、どこでも言って回ってる。どういうバンドであっても、友達になったらちゃんと話すしね。少なくともバンドやってる奴らには、みんな頑張ってもらいたいから。(後半に続く) (取材・文=石井恵梨子/写真=石川真魚)
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『横山 健 -疾風勁草編-』(PIZZA OF DEATH RECORDS)

■リリース情報 『横山 健 -疾風勁草編-』 発売日:9月24日 価格:3,800円(税抜) 収録分数:本編 117分 + 特典映像 37分 発売元:PIZZA OF DEATH RECORDS 特典:DVDでは劇場本編には収録されていない特典映像も収録のほか、 Ken Yokoyamaの新曲を収録したシングルCD付き。

神聖かまってちゃん・の子が音楽を作り続ける理由「すごく負けず嫌いで、飢餓感もかなりある」

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【リアルサウンドより】  シングル3枚とDVDのリリース、夏フェスへの出演、そしてアルバムのリリースとツアー開催というマニフェストを元旦に発表した神聖かまってちゃんが、アルバム『英雄syndrome』によって遂にそのマニフェストを達成した。  2年ぶりの新作『英雄syndrome』を聴いてまず驚いたのは、サウンドの感触がこれまでのアルバムとまるで違うということだ。バンドサウンドでありながら同時に打ち込みのクールな感触もあり、ヴァイオリンもこれまでのアルバム以上に前面に押し出され、さらにサンプリングも活用されている。  CDジャケットやヴィデオ・クリップに外部のクリエイターを起用する機会も増え、マニフェストの実現に向けて貪欲に1年近く邁進してきた神聖かまってちゃん。その最終章を飾ることになる新作での大きな変化は、何が理由なのだろうか? の子に話を聞いた。

「マニフェストは正直「ニュースになるんで出そうか」ぐらいの気持ち(笑)」

ーーマニフェスト達成おめでとうございます! の子:ギリギリでしたけどね、CDもPVもすべてが。今までシングル3枚もまとめて出したことなかったですし。 ーー1年にシングル3枚なんてアイドルみたいですよね。 の子:でもアイドルみたいなもんじゃないですか。僕は昔からヴィジュアルも気にしてるんで。他のみんなはわからないですけどね(笑)。 ーーALSアイスバケットチャレンジや富士山登頂と、最近のツイキャスでの配信もむちゃくちゃ面白いですね。 の子:配信はずっとやってるんで職業病みたいなところもあります(笑)。配信も6年もやってるから、臨機応変にリスナーの立場を考えて、どういうものが面白いかをつかめてますね。 ーーそれはやはり計算された部分もあるんでしょうか? の子:計算しかないです(笑)。だから配信だけ好きで、神聖かまってちゃんの音楽は嫌ってる人もいるんです(笑)。 ーーでも「英雄syndrome」は、神聖かまってちゃんの音楽に興味がない人にも聴いてほしいですよね。なによりサウンドの感触が、前作「楽しいね」までとまるで違う印象を受けたのですが、これはどこから出たアイデアなんですか? の子:昔から曲の作り方は変わってないんです。僕の頭の中でイメージしたものから、自分で素材作るなり探したり、サンプリングするなり。ただ曲作りでパソコンを使うようになったんで、その幅が広がったんです。 ーー「ロボットノ夜」はテクノなサウンドですね。 の子:僕はもともと打ち込み志向の人間なんで。今はDJスタイルのアーティストとか海外で増えてるじゃないですか、でも僕が神聖かまってちゃんを立ち上げたときは、ギリギリ「バンド幻想」があったし、ライヴハウスにも出やすかったし、ファンも集めやすたかったし、メジャー・デビューまでの道のりがわかりやすかったんです。 ーー最初からメジャー・デビューを狙ってたんですか? の子:狙ってましたね。富と名声を得たい、というのはものすごくあります。 ーーマニフェストを出したのも「もっと売れたい」という目標があったからでしょうか? の子:生活できるぐらいの金はほしいですね。知名度で見返してやりたいし、すごく負けず嫌いなところがあって、飢餓感もかなりあるんです。配信するときも恥ずかしいけれど、常に飢餓感が上回ってますね。 ーーそれがマニフェストにつながってる? の子:マニフェストは正直言って「ニュースになるんで出そうか」ぐらいの気持ちでしたけど(笑)。シングル3枚ってのも、多ければ多いほどいいんじゃないかっていうノリだったと思います。実際やったらギリギリでしたけど(笑)。 ーーこれまではアルバム収録曲も、事前にの子さんが制作したPVがアップされている曲が多かったのに、今回は「フロントメモリー」「ロボットノ夜」「砲の上のあの娘」以外はPVのアップがありませんでした。その変化は大きいなと感じてました。 の子:それはたまたまの面もあって(笑)、DTMを始めて1年か2年で、マスタリングやミキシングを自分でやると下手なんですよ。発表した曲がすごい不評で、「だったら個人で出さなくても、来年神聖かまってちゃんでアルバム出すんだし」って(笑)。自分でマスタリングやミキシングを全部できてたら、個人で出してたと思います。tofubeatsくんとか若い子は全部自分でやれるじゃないですか、ジェネレーションギャップを感じますね。

「『団体』としてメンバーを必要としてる」

ーー去年の子さんのソロ・アルバム「神聖かまってちゃん」が出ましたが、そうなると神聖かまってちゃんの新作「英雄syndrome」はどういう位置づけの作品になるのでしょうか? の子:位置付けは、個人的には「神聖かまってちゃんの6作目」。楽曲ひとつひとつが日記帳みたいなもので、そこは変わってないですね。レコーディングでは「打ち込みに特化させる」とか話し合いもしたし、メンバー全員でインタビューを受けるときはレコーデイングの方法を話すんですけど、僕としてはそういう話は全く興味ないですね。 ーーまったく興味ないんですか? の子:ないですね。あんまりにもダメだったらダメ出ししますけど、その辺はメンバーの技量とかセンスに任せてるんで。1作目や2作目より全然ストレスなくやれてますね。 ーー「オルゴールの魔法」や「彼女は太陽のエンジェル」の女性ヴォーカルには驚きました。これはサンプリングなんですか? の子:サンプリングです。 ーーサンプリングを導入することにメンバーから意見はありましたか? の子:何もないです。僕から音像的なことで話したのは、「打ち込みっぽくしたい」ということですね。「神聖かまってちゃん=俺」という考えもメンバーの中であるし、僕も長く付き合ってるのでそれぞれ心中察するところはあるので突っ込みところまで突っ込んで譲歩もするし。でも完全に妥協したら、もうベースとドラムいらねーな、ってことになるし(笑)。 ーーそういうことは直接言うんですか? の子:それは言わないですよ、でも前回別の雑誌で話してメンバーからすんげぇ怒られました(笑)。 ーーでもそういう発言もするってことは、逆を言えばメンバーを信用してるってことですよね? の子:そうです。音楽面の一方で、神聖かまってちゃんというのも僕の中では「バンド、バンド」ってしてるわけじゃなくて、たとえ本当にベースとドラムがいらなくなっても、全部ひっくるめて「団体」としてメンバーを必要としてる面もあります。 ーー極論としてはの子さんひとりでやってもかまわないけれど、実際には神聖かまってちゃんを必要としてるわけですよね? の子 神聖かまってちゃんは維持したいんです。俺も神聖かまってちゃんというブランド的なものにしがみついてる面や甘えてる面もあるんです。歴史を積み重ねてるし、思い入れの強さもあるし、続けるっていうことの強さにも甘えてる。たまに爆発して、「ひとりでやる! 一からライヴハウスでやる!」ってときもあるんですよ。惰性やマンネリを感じるときと、僕が精神的に落ち込んでいるときが重なると、メンバーに八つ当たりしちゃいます。 ーーメンバーはそういう状況での対応を心得てるんですか? の子:心得てますね、長いですから。でも人それぞれなんで本当のところは僕もわかりません(笑)。 ーー「新宿駅」「背伸び」「ひとりぼっち」「砲の上のあの娘」ではヴァイオリンが前面で鳴っていますね。昨年のの子さんのソロ・アルバム「神聖かまってちゃん」でもヴァイオリンは印象的でしたが、どうしてこれほど前に来るようになったのでしょう? の子:僕、一番しっかりしてるのはミックスのときなんです。音響のバランスとか。メロディーを引き立たせるための結果論ですよね。俺はメロディー、メロディーの人間なんで。 ーーの子さんの作るメロディーの魅力は大きいと思いますが、強みとして認識している部分はありますか? の子:ありますね、一番の自分の魅力はメロディーが書けることだと思います。ツールが変わっても、メロディーの作り方の根本のセンスは変わらないと思います。 ーー前作から2年で、配信での反応の変化ってありましたか? の子:俺がDTMをやって叩かれたくらいです(笑)。自分で今聴き返しても、自分の趣味でオナニーすぎた(笑)。「歌詞とか含めてつまんなくなった」って言われたりもしますけど。 ーー歌詞には物語性も感じますが、歌詞の主人公は誰を想定していますか? の子:歌詞の主人公は全部自分ですよ、基本的には。たまに物語性、ファンタジーのある歌詞も作りますけど。あとは変に哲学ぶってみたり(笑)。

「tofubeatsくんの方が有名じゃないですか。危ういな、って思ってます」

神聖かまってちゃん「フロントメモリーfeat.川本真琴」

ーー今回「フロントメモリー feat.川本真琴」で川本真琴さんを起用したのはどうしてでしょう? の子:もともとヴォイスチェンジャーを使ってるぐらいだから、他の人に歌ってほしいぐらいなんですよ。キーが低いんです。もともと川本さんが好きで、頭の中で川本さんに歌わせながら作ってたんで、「歌ってくれないかなー」という話の流れです。 ーー逆に言うと、1曲しかゲスト・ヴォーカルがないのはなぜでしょうか? の子:全部自分が望んだヴォーカリストならやりたいんですよ。でも時間が足りない、探してOKもらうまで待つのが面倒臭いと思います(笑)。でもこれから先々、マジでやりたいですね。 ーー「おかえり」のギターの弾き語りから、バンドでのセッションぽくなる展開や、「だいじょぶわないじゃん」の終盤が音飛びするような展開にも驚きました。こうした思い切ったアイデアは? の子:「おかえり」は一発録りですね。うん、最後まで弾き語りでも良かったかもな?(笑)「だいじょぶわないじゃん」の音飛びは、DTMの初心者の使い方です(笑)。でも結局MTRに戻ってますけどね、YouTubeにあるPVの最新2曲は。 ーーこれまでのアルバムは、の子さんのデモ音源をYouTubeにPVとしてアップして、後からバンドでアレンジして録音をすることが多かったですが、今回はそれをリセットしたのかと思ったんです。それはあまり関係ない? の子:それはすごく言われますけど関係ないですね(笑)。撮影してくれる親父も俺も時間がなかった。親父も5年前とかはワープアだったんですけど、今は普通に働いてるんで。他人に撮ってもらうことも考えたんですけど迷いもあって、もう彼女でも作らないとできない。 ーー彼女を作らないんですか? の子:できない(笑)。 ーー今年のシングルやアルバムのPVは、の子さんが手掛けてないですよね。 の子:PVにはあまり口出ししないようにしてたんですよ、今年からはプロの力に委ねて。でもたまに口うるさい(笑)。 ーーCDジャケットも含めて、「プロの力に委ねよう」となった要因はなんでしょう? の子:使えるものは使った方がいいですよ。正直、回んないですよ、集中力が持たない。「配信やらなきゃ、曲作らなきゃ、ツアーもしなきゃ」ってなると(笑)。俺、グッチャグッチャになるんですよ。 ーーそんなに忙しくても配信はやめないんですね。 の子:配信は絶対やめないですね。楽しいし、やりがいがあるからですよ。 ーー最近ニコニコ生放送よりもツイキャスを多く使うようになったのは? の子:ツイキャスは流行に乗っかってるだけです、Vineも同じ。人が集まるところに行かないと意味がない。ニコニコも公式チャンネルを最近持ったし、僕の誇りですね。目立ちたいんですね、メジャー・デビューしようとしたのと同じですよ。 ーーえ、もう充分目立ってないですか!? の子:マジ有名になってないですよ、当たり前じゃないですか。若手もどんどん出てくるし、tofubeatsくんの方が有名じゃないですか。危ういな、って思ってます。メンバーには言わないですけど。前は配信についてもメンバーに怒ってたけど、最近はまったく言わなくなりました。 ーー2010年の終わりに、の子さん以外のメンバーの皆さんにインタビューしたとき、「今年は解散3回しそうになった、原因のひとつは音楽じゃなく配信の打ち合わせばかりだったから」とも聞きました。もうそういう話もしなくなったんですか? の子:配信については僕も反省してて。配信もセンスの問題なんですよ、それがないとネガティヴ・キャンペーンになっちゃう。メンバーには別のところでフォローしてくれたらいいかなと思いますね。上から目線ですけど、英気を養ってほしい。飢餓感とかを押し付けるのはやめました(笑)。だから最近はひとりで独立精神を持とうとチャレンジしてましたね、実家に暮らしてるくせに(笑)。メンバーに甘えてはいけない、って。甘えてるんですけど(笑)。 ーーの子さんの目には、今ほかのメンバーはどう映ってますか? の子:みさこさんのバンドじゃないもん!は、本人も野望を持ってるし、いいなと思います。こっちにスケジュールの支障が来ないといいな、バランス良くやってくれたら。monoくんは、メジャー・デビューする何年も前からの付き合いだけど姿勢は何も変わってないし、なんでも言える。ちばぎんは僕らのわからない、なってないところでバランスを保ってくれてますね。計画的なんですよね。僕とみさこさんは計画よりも「やろう!」っていう勢いなんで、ガッと言うんだけど、monoくんとちばぎんは石橋をすごい叩いてフォローしてくれる役回りですね。 ーー同世代で気になるアーティストっていますか? の子:売れてるバンドとかすごいと思いますね。どの分野から見るかにもよりますけど。単純に言えば、SEKAI NO OWARIとか、KANA-BOONとか、クリープハイプとか、プロモーション含めてすごいなと思います。 ーーそういえば、さだまさしさんのPV(『君は歌うことが出来る』)に神聖かまってちゃんが出演してますね。さだまさしさんはお好きですか? の子:さだまさしさんは普通です。さだまさしさんから話が来たからOKしました。 ーーの子さんは来る者を拒まないところがありますよね、配信が象徴的ですけど。 の子:ネットが好きなんで、ネットの世界観に生きていたいんですよ。ネット媒体に身を置いてる自分も好きなんでしょうね。たとえば子供が宇宙に行きたがってるのと同じですよ。僕はネットの広がりの可能性を信じてるんで。面白いですよ、配信の歴史とか。今ではそれ一本で稼いでいる人もいますし、けみおくんとかがネットを通して出てくるプロセスも好きなんで。 ーーの子さんがネットを通じて音楽面で影響されるものってありますか? の子:それこそボカロとか、Maltine Records(tofubeatsも所属するネットレーベル)には触発されてますね。今回メロディー以外はパソコンで作ってる時点で影響を受けてます。僕がtofubeatsくんを知ったのも、初期のBandcamp(ミュージシャンによる直接販売が可能な配信システム)なんですよ。彼に会った後に100曲か200曲もらったりして、影響は大きいですよ、DTM始めたのもそうですし、「俺は負けてんな」って。若手と言っても同じアーティストですから、年下も年上も関係ないし、逆にそういう存在がいるのに何も焦らないのがおかしいんです。 ーーその「焦り」への回答が新作。そうなると、の子さんが神聖かまってちゃんで次に目指すものは何でしょうか? の子:コラボとかしたいですね、「Os-宇宙人」(『エリオをかまってちゃん』名義でヴォーカルに声優の大亀あすかを迎えた楽曲)みたいな楽曲提供もしたいんです。自分としての話で、神聖かまってちゃんの枠組みだけではないですけどね。やりたいこともあるし、まだまだ発見できてないこともあると思いますし。ネットの中でも面白いサイトが出たら使いたいと思いますし。 ーーそういうのが、の子さん、ひいては神聖かまってちゃんにも影響を与えてくるかもしれない、と。 の子:本当にそうですよね。僕が勝手に手を出したものを、神聖かまってちゃんで「やろう」となったものもあるし、配信もそうだったんで。まず俺から手を出していくでしょうね(笑)。 (取材・文=宗像明将)
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神聖かまってちゃん『英雄syndrome(通常盤)』(ワーナーミュージック・ジャパン)

■リリース情報 『英雄syndrome』 発売:2014年9月10日(水) 【初回限定盤(CD+DVD)】¥3,500(税抜) [Disc.1]CD 全11曲収録 <収録曲> 01.オルゴールの魔法 02.ズッ友 03.ロボットノ夜 04.新宿駅 05.おかえり 06.背伸び 07.彼女は太陽のエンジェル 08.ひとりぼっち 09.フロントメモリー feat. 川本真琴 10.だいじょぶわないじゃん 11.砲の上のあの娘 Bonus Track フロントメモリー(の子vo.ver) [Disc.2]DVD 収録内容: 「フロントメモリーfeat.川本真琴」「ロボットノ夜」「ズッ友」のMUSIC VIDEO <初回限定盤特典> シングル「ズッ友」とのW購入特典応募シリアルコード封入 【通常盤(CD)】¥3,000(税抜) ※CD収録曲は、初回限定盤と同内容になります。 <CD購入応募特典> ・シングル「ズッ友」+アルバム「英雄syndrome」の連動特典 ・アルバム「英雄syndrome」単品購入特典 それぞれ50名様にプレゼント ●シングル「ズッ友」+アルバム「英雄syndrome」W購入特典ご応募のお客様 アルバム「英雄syndrome」封入チラシに記載されているシリアルコードと、 6月25日に発売された「ズッ友」に封入されているチラシに記載のシリアルコードを下記応募受付サイトよりご入力下さい。 抽選で50名様に『「神聖かまってちゃん」があなたのインターネットをささえる!“直筆サイン入り”アクリル携帯スタンド』をプレゼントいたします。 ●アルバム「英雄syndrome」単品購入特典ご応募のお客様 アルバム「英雄syndrome」封入チラシに記載されているシリアルコードを下記サイトよりご入力下さい。 抽選で50名様に「『英雄syndrome』オリジナルノベルティ」をプレゼントいたします。 ■ライブ情報 『妖怪かまってちゃんネットウォッチツアー』 ※全公演共通 チケット:前売 ¥3,900(税込) D別 当日未定 10月14日(火) 広島 CLUB QUATTRO OPEN/START : 18:00/19:00 10月16日(木) 福岡 BEAT STATION OPEN/START : 18:15/19:00 10月19日(日) 名古屋 CLUB QUATTRO OPEN/START : 17:00/18:00 10月24日(金) 新潟 GOLDEN PIGS RED STAGE OPEN/START : 18:15/19:00 10月29日(水) 札幌 KRAPS HALL OPEN/START : 18:15/19:00 10月31日(金) 仙台CLUB JUNK BOX OPEN/START : 18:15/19:00 11月5日(水) 大阪 umeda AKASO OPEN/START : 18:000/19:00 11月15日(土) 東京 赤坂BLITZ OPEN/START : 17:00/18:00

広末涼子主演『聖女』の主題歌が話題沸騰 JUJUの歌声が“大人の女性“の心を掴む理由とは?

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【リアルサウンドより】  現在、NHK「ドラマ10」枠で放送されている『聖女』が何かと話題を呼んでいる。  本作は、『カバチタレ!』などを手掛けた人気脚本家・大森美香によるラブ・サスペンス。連続殺人事件の容疑者と、彼女の担当となった若き弁護士との秘められた関係を描くというスキャンダラスなテーマの物語だ。主演を務めるのは広末涼子。彼女にとっては本作が初の“悪女”役となり、これまでのイメージを覆すミステリアスな役柄に注目が集まっている。視聴率も初回こそ関東地区で6.0%であったが、その後7%台と右肩上がりに推移。30代、40代の大人の女性を中心に支持を広げている。    その人気の一翼を担っているのが、JUJUの歌う主題歌「ラストシーン」。この楽曲がとにかくドラマにハマりすぎだというのだ。「ドラマ10面白かった。JUJUの主題歌が合ってる!」「最後、広末&永山絢斗の目が合うタイミングでJUJU! 歌声がハマった瞬間だった」など、番組ホームページには楽曲に関する書き込みが多数寄せられている。

JUJU 『「ラストシーン」 NHKドラマ10「聖女」主題歌』

 「ラストシーン」は、JUJUの10周年イヤー第1弾となるシングルで、打ち込みのベースラインに、ドラマチックなストリングスが絡んだダンスバラードだ。 “なぐさめの台詞なら、今はまだ欲しくない あなたのその声に似合う言葉ではないから”といった恋の終わりを思わせる歌詞や、切々と歌い上げるJUJUの声が艶っぽさを醸し出している。楽曲テーマに据えたのは“ままならない恋”。これは『この夜をとめてよ』『Distance』などでも歌ってきた彼女が最も得意とするテーマのひとつだ。  ほかにも、JUJUが歌ってきた曲には、離れ離れの恋人を想う曲(『やさしさで溢れるように』)や失恋から立ち直ろうとする曲(『奇跡を望むなら…』)など、恋愛の苦さや辛さに焦点を当てた、いわば“大人向け”のものが多い。これはおそらくJUJU自身がそうであるから。若くして単身渡米し、歌手になるためにさまざまな経験を積み、苦労もし、その間、いくつかの恋愛もあったのだろう。幸せなだけではない、“愛”が持つ深い意味や、女性としての人生のあり方がどの曲にもしっかりと息づいている。そんな「大人の歌を歌えるアーティスト」としての立ち位置に、今のJUJUは紛れもなく到達している。  『聖女』のプロデューサーを務める後藤高久氏はこのようなコメントを発表している。 「主人公の“情念”を余すことなく伝えてくれる主題歌が欲しい! 口当たりが良いだけの愛の歌では力不足だし、“女の情念”と言えば演歌…というわけにもいかないしなぁ。はたして、そんな歌い手が今の日本にいるのだろうか? なかなかいないよなぁ…と思ってましたが、いました! JUJUさんです。『ラストシーン』のデモを初めて聴いた時は、本当にビックリでした。JUJUスタイルの今様な楽曲でありながら、見事に“女の情念”を歌い上げられているのです」  かくして楽曲はリリース3週前にして、有線リクエストチャートで7位にランクインするほどの注目を浴びている。JUJUの持つアーティスト性が、ドラマのターゲット層と見事に合致した結果であろう。そしてこれは、彼女の楽曲が酸いも甘いも知りつくした大人の女性にこそふさわしいということの証明でもある。  ドラマは残すところあと3話。JUJUの主題歌がどのような“ラストシーン”を演出するのか。物語の行方ととともに楽しみたいところだ。 (文=板橋不死子)
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JUJU『ラストシーン』(SMAR)

■リリース情報 『ラストシーン』 発売:2014年9月17日 【初回生産限定盤】¥2,000(税込) 「10th Anniversary Act#01 JUJU HALL TOUR 2014 ~DOOR~」ダイジェストDVD付 【通常盤】¥1,258(税込) 〈収録曲〉 1.ラストシーン 作詞:松尾 潔 / 作曲:川口大輔 / 編曲:中野雄太 【NHKドラマ10『聖女』主題歌】 2.Brand New Days Will Love You 作詞:いしわたり淳治 / 作曲:大河内航太 / 編曲:亀田誠治 【フジテレビ系「めざましテレビ」デイリーテーマソング】 3.Hot Stuff -English ver.- 作詞:JUJU、玉井健二 / 英語詞:Olivia Burrell 作曲:玉井健二、南田健吾 / 編曲:玉井健二、百田留衣 4.恋人よ(※初回生産限定盤のみ収録) 作詞・作曲:五輪真弓 / 編曲:亀田誠治 ■『NHKドラマ10 「聖女」』 NHK総合・毎週火曜よる10時(連続7話) http://www.nhk.or.jp/drama10/seijo/

HKT48指原莉乃はなぜ「頂点」に? セルフプロデュース時代におけるトップアイドルの条件

「お行儀が良いだけのアイドル」はもうどこにも存在しない

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指原莉乃『逆転力 ~ピンチを待て~ (講談社 Mook)』

【リアルサウンドより】 「ネットでアイドルを募集しようとする人は、こっちがやりたいアイドルのイメージを、できるだけこと細かく書くことが大切です。最近はオーディションに応募してくる側の子もアイドルに関してかなりの知識を持っているので、「ここのカラーに自分は合うのか?」を意識しています。」 (『ゼロからでも始められるアイドル運営』大坪ケムタ、田家大知 P34)  今の時代のアイドルのオーディションは、「運営サイドが女の子たちを選別する場」であると同時に「運営サイドが女の子たちに選別される場」でもある。自分が一番輝ける場所はどこか、自分が一番輝けるスタイルは何か。そういった判断の積み重ねによって、それぞれのアイドルは成り立っている。  ここから読み取れるのは、「アイドルらしくないアイドル」という褒め言葉が醸し出すなんとも言えない不毛さである。ももクロやでんぱ組あたりを形容するこのフレーズは、「自主性、表現欲求、破天荒、がむしゃら」といった「一般的なアイドル(おそらく80年代の歌番組で下手な歌を歌っていた清純さが売りの女の子のイメージ)とは異なる要素」を過剰に賛美するために使われる。しかし、今となっては「自主性も表現欲求もない、単にお行儀が良いだけの女の子としてのアイドル」などこの世のどこを見渡しても存在しない。SNS、ライブ、ライブ後の接触、それぞれの場面において個々のパーソナリティーを伝達するのは自分自身にしかできないわけで(バックに「大人」がついていたとしても)、すべてのアイドルにとって「自分をどう見せるか・どう見せたいか」というセルフプロデュースの考え方は必須である。昨今のアイドルに関する言説を整理した『「アイドル」の読み方 混乱する「語り」を問う』(香月孝史著)でも指摘されているとおり、そういった最低限の前提を理解せずに「操り人形」といった言葉を弄ぶ「アイドル論」にはもはや何の実効性もない。  セルフプロデュースという概念は、昨今のアイドルを取り巻く環境を考える上でとても重要な要素だと思われる。そして、そのスキルを最大限に活かしてアイドルシーンのピラミッドの頂点に上り詰めたのが指原莉乃という人物である。

指原莉乃は「アイドルらしくない」のか

 「へたれ」という微妙な立ち位置を逆手にとって注目を集め、選抜総選挙の順位も右肩上がり。2012年には篠田麻里子や板野友美を抑えて4位まで来た矢先に、過去の男性スキャンダルが報じられてAKB48からHKT48へ移籍。そんな状況にあってもスキャンダル自体を笑いのネタにする図太さを見せ、一方では博多の若いメンバーを先輩として、さらには劇場支配人としてバックアップ。グループの底上げを実現するだけでなく、ついには2013年の総選挙で1位を獲得。今年は2位に甘んじたものの、テレビでの露出や業界内での評価は今でも圧倒的。 指原莉乃のここまでの歩みを見直すと、それが従来の「アイドルらしさ」からは遠くかけ離れていることが分かる。自分の弱い部分を自虐的なスタンスで独自のキャラクターに変換する手法はやろうと思ってもここまで鮮やかにできるものではないし、そもそも「男を知らない」という女性アイドルにとっての建前すら成立していない。そんな彼女が今ここまで支持を得ていることにはどんな意味があるのだろうか。  前段でも触れたとおり、10年代のアイドルシーンは「(単にビジュアルやパフォーマンスの良さを競うのではなく)パーソナリティー全体でいかに相手の心をつかむか」というのが争点となっている。ある意味では「コミュ力・自己演出力至上主義」的なマーケットといっても良い(そのこと自体の是非はここでは論じない)。この軸で数多のアイドルを評価すると、指原莉乃のコミュニケーションスキルはおそらく群を抜いている。  著書『逆転力』において、指原はその「技」の一部を開陳している。 「おじさんと喋るのは得意だと思います。接し方としては、すっごい立場が上の人には友達感覚で話して、ちょっと偉い人には下から行く。」 (『逆転力』指原莉乃 P121)  このくだりを読んだ際には正直少し戦慄した。こういった他人との間合いの取り方こそが彼女の本質であり、その能力が握手会のコミュニケーションやライブのMCなどにも生かされているのだと思われる。  また、アイドルとファンの距離が近くなったからこそ避けて通れない「アンチ」の問題についても、指原のスタンスは徹底している。「悪口を言うのは一周回って好きと同じ」という究極のポジティブシンキングを披露した上で、むしろそういう盛り上がりを歓迎している。 「アイドルって、好きな人と嫌いな人が両方いることで盛り上がる、と私は思っています。賛否両論があることで、人気がふくらんでいく。」 「話題がないことが一番怖いんです。燃料をどんどん足していかないと鎮火しちゃうから、鎮火する前に「好き」でも「嫌い」でもいいから、話題になるような燃料を見つけて自ら投下する。」 (『逆転力』指原莉乃 P140)  「とにかく話題になることが大事」という哲学は情報過多の今の時代において一理ある考え方だとは思うが、誰しもができるものではない。精神的な負担は間違いなく大きいし、それが肉体を蝕む可能性だってある。それでも、指原は「ずっと2ちゃんねるを見ていたから炎上はコントロールできる」と意に介さない。  指原莉乃という存在は、大昔のアイドル観からすればおよそ「アイドルらしくないアイドル」だろう。しかし、昨今の「“コミュニケーションゲームとしてのアイドルシーン”を渡り歩く存在」という視点で考えると、指原ほど「アイドルらしいアイドル」はいない。対峙している相手や状況を観察して自分がやるべきことをやる、もっと言えば自分自身のあり方を変化させていくというセルフプロデュース力が彼女をトップに押し上げたのである。

「セルフプロデュース」から「プロデューサー」への道筋

 長年J-POPの動向を追いかけていると、ときたま「プロデュースされているはずだった人が、いつの間にかプロデュースしている人の思惑を超えていく」という事例にぶつかる。例えば「SPEEDに憧れていたアイドルがテクノポップを歌わされている」という形で始まったメジャーフィールドでのPerfumeというプロジェクトは、いつしか「3人の自立した女性の物語」に進化していった。また、Perfumeブレイクの立役者でもある木村カエラも、「モデルが歌を歌う」という見え方でスタートした音楽活動が今ではたくさんのミュージシャンのクリエイティビティを刺激している。  この潮流をさらに遡っていくと、我々は小泉今日子という存在にたどり着く。正統派アイドルとしての出自を持ちながら、サブカルチャー界隈でも独自の存在感を開花させた彼女の「面白さ」を決定づけたのは「なんてったってアイドル」という曲であった。ジャンルをメタ化してアイドルの新しい楽しみ方を提示したこの曲を作詞したのは、誰であろう秋元康である。  小泉今日子、木村カエラ、Perfume。この流れに指原莉乃も連なる、と言ったら違和感はあるだろうか。自分のやりたいこと、ありたい姿を思い描くことで、周囲がイメージしていたレールを勝手に書き換えていく強さ。ここに挙げた面々と指原にはそんな共通点があると思う。  そして、偉大な先人たちと比較しても指原莉乃のみに課せられている使命がある。それは、自分の強みであるセルフプロデュース力を「他者のプロデュース」にも展開すること。HKT48は名実ともに指原のグループであり、今年の選抜総選挙での大躍進は彼女の手腕の証明としては十分であった。ただ、指原のプロデュース手法は基本的には「弱者の戦略」であり、「何も持ち合わせていない自分がどうすれば良いか」「先輩グループに負けているHKT48が何をすれば良いか」という発想から組み立てられている。自分自身もグループも人気が固まってきたタイミングで、このやり方がどこまで通用するか。また、通用しなくなった時に新しい打ち手を見つけることができるのか。まもなく最初の正念場が来ると思われる。そしてそこを乗り越えた時には、秋元康が黙っていないだろう。ゆくゆくは「二代目秋元康」として・・・そんな途方もない未来が待っているのかもしれない。 ■レジー 1981年生まれ。一般企業に勤める傍ら、2012年7月に音楽ブログ「レジーのブログ」を開設。アーティスト/作品単体の批評にとどまらない「日本におけるポップミュージックの受容構造」を俯瞰した考察が音楽ファンのみならず音楽ライター・ミュージシャンの間で話題に。2013年春にQUICK JAPANへパスピエ『フィーバー』のディスクレビューを寄稿、以降は外部媒体での発信も行っている。 Twitter レジーのブログ レジーのポータル

9mm 菅原卓郎が語る、歌とサウンドの関係「自分の声は自分のギターの音に似ている」

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【リアルサウンドより】  デビュー10周年を迎えた9mm Parabellum Bulletが、9月10日に配信限定シングル『生命のワルツ』をリリースする。滝善充(gt)が作曲した、いかにも9mmな激しく爽快感のあるサウンドはもちろん、節目の時期だからこそ、菅原のメッセージ性のある歌詞が印象に残る楽曲だ。今回リアルサウンドでは、フロントマンである菅原卓郎(Vo&G)にインタビュー。彼が歌詞に込める思いや、バンドサウンドと自身の歌の関係性、さらにはリスニング環境の多様化についても語ってもらった。

「弱さは出力のないものだから、戦うことはできない」

――9月10日に配信リリースされる『生命のワルツ』は静かなイントロから激しく展開する楽曲ですね。作詞が菅原さん、作曲が滝さんで。 菅原:この曲のトラックは全部滝が作ってきたんですけど、滝がマネージャーに「曲を作ろうと思うんだけど、何かお題をちょうだい」と電話して、マネージャーから「高速道路をぶっ飛ばしてるような爽快なやつを」と話したのがきっかけのようです。そこに歌詞をいれていったんですけど、結成10周年で出す新曲とはいえ、そんなにメッセージを込めた曲にするつもりはなくて、「かっこよければいいじゃん」という感じで始めました。 ーーなるほど、演奏面の気持ちよさはまさにそうですね。一方で、歌詞には結果的にメッセージが宿っているようにも思えます。 菅原:歌詞を書いているうちに「これはメンバーに向けて書いているな、俺」と感じてきて。普段、誰かに対して書く、ということはほぼないんですけど、これが形になってバンドでやった時に、それがそのままリスナーへのメッセージになるなら、この気持ちを素直に入れて書いていこう、という方向にしました。 ――「共に戦っていく」ということがひとつのテーマになってますね。 菅原:「立ち向かう」「戦う」ということを言っていますけど、暴力的にやるという意味じゃないんです。いつもの時代もそうかもしれないけれど――今はでたらめな時代だと思うんですよね。そして、「時代」というような茫洋としたものと立ち向かうときには結局何と戦うかというと、大きな流れに呑まれて自分を失ってしまう弱さなんじゃないかなって。強い人間と弱い人間がいるわけじゃなくて、「強い弱さ」「弱い強さ」があるんじゃないかと思ったんです。自分を「弱い人間だ」と思っている人は、弱いんじゃなくて、弱さが強すぎるのかもしれない。弱さは出力のないものだから、戦うことはできない。じゃあ何するかって、音楽を聴いたり映画を観たりうまいもの食べたり、そういうことだろう、と思って。それが「たとえ手も足も出なくても歌がある」という歌詞につながっています。  そして、それが「これからもよろしく」という、10周年のメッセージになるし、「はじめまして、よろしく」という、これから出会う人へのメッセージにもなるだろうな、と思います。実際に歌詞を書いて仮歌を聴かせたら、メンバーの反応がすごく良かったんです。「こうやってメンバーに伝わるなら、リスナーにも届いていくな」と連鎖していくイメージが湧きましたね。 ――それはメンバー間で10年かけて築いてきたものがあるからこそ、共有できたものですよね。 菅原:「行き着く先は同じさ」と歌ってるんですけど、それがどこかということは実は大事じゃないんです。最終的な行き着く先は死んじゃうことしかないから、その途中で重なるそれぞれのポイントがそれぞれ「行き着く先」なので、最後の行では「生き方が重なるところ」という言葉を使っています。 ――メンバーに対しては、一緒に音楽をやっている瞬間が「生き方が重なるところ」でしょうか。 菅原:まあ、普段からそんなにドラマチックに考えてませんけどね(笑)。でもたまにすごく良い演奏ができたときには、実際に音が折り重なってひとつのサウンドになるわけだから、すごくいい瞬間だなと感じます。もちろんそういう瞬間はファンとの間でも感じるし、音楽じゃない分野でもあることだと思います。 ――メッセージを込めた楽曲はこのタイミングだからこそできた、ということなのでしょうか? 菅原:これまでは個人的なメッセージを表現すること自体、そんなにしっくりこないタイプでした。でも今は段々変わってきていて、全然個人的でいいと思っています。自分が歌詞を書いて歌うんだったら、まずメンバーの心が動くものじゃないといけないし、それをバンドで共有できたなら、あるいは「俺はわかんないけどお前がそうしたいならやれよ」ってメンバーに認めてもらえたら、それは4人で演奏したときによりたくさんの人に伝わる力を持つんじゃないか、と素直に思えるようになっていますね。

「自分の声は自分のギターの音に似ている」

――聴き手としても、9mmは4人でひとつの音楽世界を作り上げていくバンドであって、個人の思いを表現するというイメージはありませんでした。この曲は「個人の思いを表現しても9mmの作品になる」ことを示した作品とも言えるのでは? 菅原:そういう変化のときでもあるのかもしれないし、そもそも曲が「そういう風にしたらいいんじゃない?」と言ってくる感じでした。他の曲だったらそうなったかはわかりません。配信リリースのみで1曲だけ出すということも大きいんじゃないかな。まず今年は10周年を迎えてベストアルバムも出したし、ツアーもあるので、それを邪魔しないようにしたかった、というのもひとつあります(笑)。でも新しい曲なしに10周年のツアーをするのもちょっと淋しいじゃないですか? でもベスト盤はちゃんと歴史を感じられるものにしたかったから、足跡のない新曲をそこに入れるのもちょっと違う。今回はそんな気分だったんです。それで7~8曲の中からこの曲が選ばれたのは、単にこれがメンバーの今の気分にすごくあっていたからですね。 ――『生命のワルツ』が候補に挙げられた曲の中で一番気分にあっていた、というのはどういう部分でしょう? 菅原:これまで出してきた曲の流れも考えて、久しぶりに新曲をリリースするならば何が一番、良い意味で意外性があるか、というところです。いつもそういう考え方をしますけど、今回はこの曲が歌詞もサウンドもそれにフィットしていると思いました。音楽的には実は6/8拍子なんだけど、一聴したらそうとは分からず、すごくストレートなスラッシュの曲に聞こえる(笑)。そこが「こいつら、やるな」というひねりになっていると思うし。 ――前回のインタビューで、卓郎さんは「水路を作る」という村上春樹の言葉をひいて、「『9mmの水が飲みたい』『ロックの水がないと生きられない』っていう人たちが飲める水を作っておきたい、存在していなきゃいけない」とお話になっていました。その使命感のようなものが今回の曲にも表れているのでは? 菅原:使命感と呼ぶのかどうかはわかりませんけれど、バンドを続けたい、という気持ちは強くあります。前も言ったように、ロックじゃなきゃ埋まらないものを持っている人たちに届けられるようにしたい、という気持ちです。ロックを知らなくては前に進めない人もいるかもしれない。そういう人たちに届けたいです。使命というより、「いるんだったら届けたい」と、こっちが勝手に希望しているだけですけど(笑)。 ――ご自身にとってもロックミュージックは大きなものですか? 菅原:いろいろな音楽が好きですけど、ロックを聴いたときに得られるものはやっぱり違います。だから、ロックがないとうまくいかない、という隙間を自分自身が持っているんだと思います。自分がやるんだったらロック、という意味でも自分に向いていたんでしょうね。 ――「届けたい」という思いを伝えるものは歌であり、歌には声が大きく関係すると思います。ご自身の声の力について、どのように捉えていますか? 菅原:好き嫌いがありそうな声だと思います。「他にない、何とも言えない不思議な声」と最近対バンした人から言ってもらいました。たしかに格別甲高いわけでもないし、意外と良い声なんじゃないかな、と思ってます(笑)。歌に関しては、ライブをしていく中で「嵐のようなバンドサウンドの中で、歌を聞かせるにはどうしたらいいのか」と、ずっと研究しながらやってきました。最初はみんなと競争するように暴れていたんですけど、それだとバンドが成り立ってない、と気づいたんです。あと、自分の声は自分のギターの音に似ていると思います。好きな音というか、自分にとって自然な音なんでしょうね。滝のギターの音って帯域的に上から下までドーンと出ているんですけど、滝はコーラスもアタックがすごく早くてドーンと出るんです。一切タメがなくて俺より早く出てくる(笑)。逆に自分の声は、アタックが少し遅くてボワンとしてます。ギターの音の趣味もそういう感じで、放っておいたらメタルの音にならないから、意を決して音作りしてます(笑)。だから、もしかしたらボーカルの人の、声と楽器の音は似ているんじゃないか、という説を持っているんです。浅井(健一)さんのギターもそうじゃないですか?

「誰でも音楽が作れてしまうからこそ、プロの腕の見せどころ」

――たしかにその説は色んなボーカリストに当てはまりそうです。それにしても、滝さんと明確な違いがあって面白いですね。 菅原:もう何年も続けてきて、お互いに補完しあう形になったのかもしれません。ファーストの頃は全員でひとつの「バンドの音」をデザインしようと一生懸命でしたけど、にっちもさっちもいかなくなって「もういいや、みんな好きな音を好きに作ろう」ということになって。個性があるものを組み合わせてちょっとずつ修正する、という風にしていったらバンドのサウンドがわかりやすくなったんです。ベストアルバム「Greatest Hits」の初回盤についているライブ音源の『Selected Bullet Marks』を聴いても、段々と自然にバンドらしい音になっていってると感じました。自然に音の塊ができていて、その中でどのパート、どの音を聴かせたいのかが明確になってきているし、それを皆が自由にやりながらできるようになっていて、すごく成長したと思います。特に、(中村)和彦が弾いているベースが自分のギターの音の延長のように感じるときがありますし、全員でひとつの楽器を弾いているような気分になることがありますね。 ――9月27日の札幌PENNY LANE24からツアーが始まりますが、今年の活動のハイライトになりそうですね。 菅原:そうですね。何か出したらライブをやって、それでひとまとまり、という感じです。ベスト盤のツアーと言っても、『Selected Bullet Marks』があるお陰で何でもありな状態になっているので、メチャクチャにやってやろうと思います(笑)。 ――そのツアーで見えてくることかもしれませんが、菅原さんは今後の9mmの活動をどのように思い描いていますか。 菅原:曲をたくさん作って、その中から面白いと思えるものを選んでマイペースに形にできたらいい、というだけですね。先にライブしてもいいし、今回配信の評判が良かったら先に配信するようにしてもいいし、いろいろと試しながらやっていきたいですね。 ――配信リリースもそうですが、聴き方が多様化している状況はどう捉えていますか。 菅原:配信される音源が圧縮されちゃっていてもったいないと思うこともあるにはあります。でも、ノイズ混じりのラジオで聴いても、良い曲は良い曲です。だから作る側が丹精込めて曲を作って伝えることに手を抜かなければ、本当に良い音で音楽を聴きたいと思う人はゼロにはならないだろうと思います。メディアにも流行り廃りがあって、アナログからCD、今はデータだけになった一方で、アナログがまた盛り上がっていたりします。何かを完全に予言することはできないから、作る方も聴く方も、試しながらやるしかないんじゃないかな。今がすごく危険な状態だとも最高の状態だとも思いません。ただ、良いものは良い、と知っている人が出していく方がいいんじゃないかと思います。今は誰でも音楽が作れてしまうので、だからこそプロの腕の見せどころじゃないですかね。 (取材:神谷弘一/構成:高木智史)
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9mm Parabellum Bullet『生命のワルツ』

■リリース情報 配信シングル『生命のワルツ』 発売:2014年9月10日(水) iTunes・レコチョク等各配信サイトで配信 ■ライブ情報 『Next Bullet Marks Tour 2014』 9月27日(土) 札幌 PENNY LANE24 [北海道] 9月28日(日) 札幌 PENNY LANE24 [北海道] ※GUEST BANDあり 9月30日(火) 帯広 MEGA STONE [北海道] 10月5日(日) 酒田 MUSIC FACTORY [山形] 10月7日(火) 盛岡 CLUB CHANGE WAVE [岩手] 10月9日(木) 仙台 Rensa [宮城] 10月10日(金) 仙台 Rensa [宮城] ※GUEST BANDあり 10月16日(木) 渋谷 La.mama [東京] 10月18日(土) 横浜 club Lizard [神奈川] 10月25日(土) 福岡 DRUM LOGOS [福岡] 10月26日(日) 福岡 DRUM LOGOS [福岡] ※GUEST BANDあり 10月31日(金) 松本 ALECX [長野] 11月2日(日) 新潟 LOTS [新潟] 11月3日(祝•月) 金沢 EIGHT HALL [石川] 11月8日(土) 岡山 CRAZYMAMA KINGDOM [岡山] 11月9日(日) 広島 CLUB QUATTRO [広島] 11月11日(火) 京都 磔磔 [京都] 11月15日(土) 川崎 CLUB CITTA’ [神奈川] 11月19日(水) 水戸 LIGHT HOUSE [茨城] 11月21日(金) 高崎 club FLEEZ [群馬] 11月25日(火) なんば Hatch [大阪] 11月26日(水) なんば Hatch [大阪] ※GUEST BANDあり 11月28日(金) 高松 MONSTER [香川] 11月30日(日) 浜松 窓枠 [静岡] 12月4日(木) 名古屋 Zepp Nagoya [愛知] 12月5日(金) 名古屋 Zepp Nagoya [愛知] ※GUEST BANDあり 12月10日(水) 新木場 STUDIO COAST [東京] 12月11日(木) 新木場 STUDIO COAST [東京] ※GUEST BANDあり ■9mm Parabellum Bullet 10th Anniversary特設サイト http://9mm.jp/10th_anniversary/