かりゆし58はバンドと人生をどう結びつけてきたか?「必要なのは“欲しいものを取りに行く”姿勢」

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【リアルサウンドより】  かりゆし58がニューアルバム『大金星』を完成させた。“今を生きる”をテーマにした先行シングル「Oh!Today」BEGINの島袋優をプロデューサーに迎えたバラードナンバー「生きてれば良い事あるみたいよ」を含む本作には、リスナーの人生に寄り添うような楽曲を生み出してきた彼らの本質がさらに強く刻まれている。  今回はメンバー全員にインタビュー。『大金星』の制作過程、バンドが目指す将来像などについて語ってもらった。

「どんな曲にも必ず良い部分があるし、“それを見つけて、育てる”」(前川)

――新作『大金星』は、人間に対する温かい視線に満ちた、かりゆし58らしいアルバムだと思います。前川さん以外のメンバーも曲作りに参加した『8』(5thアルバム)を経て、さらに音楽性が深まってますよね。 前川真悟(以下、前川):ありがとうございます。アルバムのコンセプトは2月の段階で決まってたんですよ。“自分の近くにいてくれる人の愛しさだったり、大事にしたいという姿勢をそのまま歌にしたい”っていう話をメンバーにして、そのテーマでそれぞれが曲を書いて。ボツ曲がない状態で制作が進んでいったんです。自分たちが組んだスケジュールから遅れることは一度もなかったし、いいペースでしたね、ホントに。 ――制作が順調に進んだのは、どうしてだと思いますか? 前川:それぞれのスキルアップもあるんですけど、いちばんデカいのは(楽曲制作の)取り組み方を変えたことだと思います。まず、俺、(宮平)直樹、(新屋)行裕が曲を書いて、それを持ち寄るんですね。デモのクオリティはいろいろですけど、その場で“これはパッとしない”って捨ててしまうんじゃなくて、1曲1曲、丁寧に育ててみようと思って。以前は30曲も40曲もデモを作って、それをふるいにかけてたんですよ。でも、どんな曲にも必ず良い部分があるし、“それを見つけて、育てる”というふうに作り方を変えたんです。  たとえば“自分の子供をプロ野球選手にしたい”と思ってる親がいるとするじゃないですか。“生まれたときの体重が1800gだったから、フィジカル的に無理”とか、幼稚園くらいで“足が遅いからダメ”って決め付けてしまったら、バットの持ち方も知らないうちに可能性がなくなってしまう。曲作りも同じで、名曲の匂いがしないからって諦めるんじゃなくて、良い部分に目を向けて、育てるほうがいいんじゃないかって。そうすることで、自然とボツ曲がなくなっていったんです。 ――実際、ひとつもボツ曲がなかったんですか? 新屋行裕(以下、新屋):そうですね。最初は13曲入る予定だったんですけど…」 前川:これも初めてだったんですけど、(先行シングル)『Oh!Today』のカップリングに入ってた「フリーなり」をアルバムに入れようって洋貴が言い出して。 中村洋貴(以下、中村):ライブで盛り上がりそうな曲だから、アルバムにも入れておけば、聴いてもらえるかなっていう。あと、今回は久しぶりに沖縄でレコーディングしたんですよ。リズム録りが中心で、あとはギターとコーラスを少し録ったくらいなんですけど、それがすごく良くて。 ――どうして今回、沖縄で録ることになったんですか? 前川:ずっとやりたいって言ってたんですよ、特に(中村)洋貴が。 中村:(笑)気持ち的な問題もあったんですよね。リラックスして録ってみたいっていう。東京だと、どうしてもガチガチになってしまうんで。 前川:いちばん体力を使うのはドラムですからね。洋貴は単身赴任みたいな感じで東京に来てるんですけど、泊まるところがガガガSPさんと同じだったりすることもあって(笑)。まわりの環境も島(沖縄)とは対極だし、そこはやっぱり違いますよね。 新屋:沖縄のスタジオ、(中村)の家にも近かったしな。 中村:リラックスして、いいテイクが録れました(笑)。レコーディングも早かったし。 宮平直樹(以下、宮平):オンとオフをはっきり分けられるんですよね、沖縄は。レコーディングは7時くらいまっで、その後はごはん食べたり、飲みに行ったりして。 中村:けっこう遊んでたもんな(笑)。 前川:行裕がソファで寝てるところを何度も見ました(笑)。ちょうどワールドカップの時期だったし。 新屋:基本的にはリズム録りだけだから、やることがないんですよ(笑)。毎日スポーツバーに行って、サッカー見て…。 前川:一応、スタジオには来るっていう誠意を見せて(笑)。でも、モノづくりを楽しめる環境はいいですよね。

「“そもそも、音楽にメッセージなんて必要か?”みたいなことを思って」(前川)

――その空気はCDにも確実に反映されていると思います。 前川:あと、もうひとつ“いいな”と思ってることがあって。このアルバムの4番バッター的な存在になってる「愛を信じてる」は直樹の曲で、俺が“一生大事にしたい”と思ってる「生きてれば良い事あるみたいよ」は行裕の曲なんですよ。 ――「愛を信じてる」は大きな広がりを感じさせるラブソングですね。 宮平:僕はあまり歌詞を書かないので、曲調とかメロディが主なんですけどね。この曲を書いたときは、洋楽っぽくて、デッカイ感じの曲にしたいと思ってました。 前川:直樹はいままで(デモの段階では)メロディを鍵盤で弾いたりしてたんですけど、“何でもいいから、歌詞を書いてみたら”って言ったんです。そのなかに“無限”という言葉があって、それがこの曲のメロディにすごく合ってたんですよね。語感もいいなって思ったし、直樹のデモに秘められていたものが、歌詞にも活かされてるんですよ。こういうふうに真っ直ぐ愛を歌うことを避けてた時期もあったんですけど…。 ――どうしてですか? 前川:“そもそも、音楽にメッセージなんて必要か?”みたいなことを思って。俺がお客さんだったら、母親のことを歌った曲を聴いて、気分が上がるかな? とか。でも、最近は“愛とか夢なんて言ってても、しょうがない”みたいな雰囲気があって、それは良くないなって思ったんですよね。愛や夢でお腹がいっぱいにならないのは確かだけど、それを言うことがファッションみたいになってるというか。だったら、思い切り愛や夢を歌って、突き抜けるほうがカッコいいな、と。 ――なるほど。「生きてれば良い事あるみたいよ」はどんなテーマで制作したんですか? 新屋:勝手に“ACの広告でこういう曲が流れてたらいいだろうな”って(笑)。歌詞を書いているうちに“悩んでいる人が聴いたときに、力になれるような歌にしたい”って思ったんですよね。ライブに来てくれる人もたぶん、いろいろと悩みがあるだろうし、“自分が好きなアーティストのライブに行って、こんなことを歌ってくれたら嬉しいだろうな”と。いちばん、お客さんの立場になって書いた曲かもしれないですね。あとはもう、優さん(プロデュースを担当したBEGINの島袋優)のおかげです。 前川:すごく愛情を持って接してくれるんですよね、優さんは。この曲のギターソロは勝さんと行裕が同時に録ってるんですよ。ブースのドアを開けっ放しにして、“どっちかが間違ったら、もう1回ね”っていう。 新屋:すごくいいレコーディングでした。 前川:しかもこの曲、もともとは行裕が歌うはずだったんです。でも、他の曲の作業をしているときも、ずっとこの曲のことが頭に浮かんでしまって。“一生大事にするから、歌わせてください”って告白したら、“いいよー”って(笑)。 ――アルバム全体を通して、演奏も生き生きしてますよね。 前川:最近、ベースを弾くのが楽しいんですよ。たぶん、他のメンバーも演奏するのが楽しくなってきてると思うんですけど。 中村:確かに最近は楽しいですね。全体のグルーヴも良くなってる気がします。 前川:以前はいろんなことが気になってたんですよね。縦のリズムが揃わないとか、歌うとベースが走る(速くなる)とか。いまは足りないところよりも、良いところを見るようにしてるんですよね。 ――楽曲制作の話にも通じてますね、それは。 前川:そうなんですよね。だから、ヘンにビクビクしなくなってるんですよ。たとえば行裕のギターソロのとき、機材トラブルで音が出なくなったとしても、バッキングだけループさせて場を繋いだり。あと、いきなり直樹に“あとひと回し、ギターソロ弾いて”って無茶ぶりしたりとか。 宮平:ハプニングを楽しめるようになってきました(笑)。

「誰かが喜んでくれたときじゃないと、俺らはお金をもらえない」(前川)

――タイトル曲の「大金星」についても聞かせてください。この曲にはラーメン屋を始めた友達の話が出てきますが、最後の「大洋と太陽のBBQパーラー」にも「今度お前に食わせたいラーメンがあるんだ おれの友達がやってる店なんだ」という歌詞がありますね。 前川:その2曲は両方ともホントの話なんですよ。ラーメン屋のほうは兄弟みたいに仲良くしてる大阪の友達なんですけど、もともとは格闘技をやっていて、網膜剥離になってしまったんですね。その後、グレーゾーンの仕事をしてたんだけど、好きな人が出来て、その人といっしょになるためにラーメン屋で修業して、店を始めて。カウンターだけの小さな店なんですけど、開店した年に食べログでラーメン・オブ・ザ・イヤーに選ばれたんですよ。「大洋と太陽のBBQ」は沖縄の友達の話で、アパレル関係の仕事をしてたんだけど、“大量生産で、ただモノを流しているだけの仕事が嫌になった”って言って。お客さんと1対1で向き合える仕事をして、それを子供に見せたい”ってバーベキュー屋を始めたんです。 ――かりゆし58も最初は“人生をまともなものにするために音楽を始めた”って言ってましたよね。 前川:どうにか辞めないで続けてます(笑)。何が大事なのか、分からなくなったこともありますからね。人生をまともにしようと思って始めた音楽なのに、活動が上手くいきはじめると、家族と過ごせる時間が減ってしまったり…。いまは良いバランスでやれてると思いますけどね。 ――独自のポジションを築いてますからね、かりゆし58は。ここ数年はバンドの数も増えて、競争も激しくなってると思うんですけど、いわゆるバンドシーンとは一線を画しているというか。今後のビジョンについては、どんなふうに考えているんですか? 前川:それは“バンドとして、どう階段を上っていくか?”っていうことですよね。ちょうど昨日、そのことをずっと考えていて、朝まで寝れなかったんですよ(笑)。まず、もともとのモチベーションとして“天下を取ってやる”とかは思ってないんですよね。以前、“武道館を目指そう”という話が出たときも、ぜんぜんピンと来ないというか、どうしていいかわからなくなったし。何なら、行裕なんか人前に出るのも苦手ですからね。 新屋:苦手です(笑)。 前川:バンド自体は絶好調なんですよ、いま。曲作りも順調だし、ライブも楽しいし。この状態を続けていくために必要なのは“欲しいものを取りに行く”という姿勢だと思うんですよね。メンバーだけじゃなくて、バンドに関わってくれる人たちにも、それぞれ必要なものがあると思うんですよね。たとえば“来年、車検がある”とか家のローンのこととか、両親が認知症になったとき、良い施設に入れてあげるための頭金を貯めたいとか。それを書き出して、それをペイするためには、どうしたらいいか?って考えるのがいいんじゃないかって。そうすると“じゃあ、何枚くらいCDが売れればいいのか”とか“これくらいの規模のツアーをやって、物販の売り上げはこれくらいで…”っていうのも分かってくるじゃないですか(笑)。 ――すごいですね、それ。バンドと人生が密接しているというか…。前川さんはテレビのバラエティ番組にも出演してますが、あれはやはり、バンドの知名度を上げるため? 前川:というより、“いろんなことにチャレンジしてみよう”というほうが強いですね、最近は。そう思ってからは、テレビに出てもそんなに緊張しなくなったし。 宮平:めっちゃ見てますよ、真悟がテレビに出るときは(笑)。 前川:(笑)最近は自分でも見るようになりましたね。で、“こういうふうに言えば良かったな”って思ったり。もちろん、タレントさんや芸人さんと張り合うつもりはぜんぜんないんですけど、声をかけてもらえるんだったら、真剣にやってみようと思って。 ――なるほど。 前川:しかも、こういうエンターテインメントでもらえるお金って、すごくキレイじゃないですか。誰かが喜んでくれたときじゃないと、俺らはお金をもらえないわけだから。CDを聴いてくれる人、ライブに来てくれる人に喜んでもらうためにがんばって、お金をもらって…。 ――人生が豊かになって。 前川:そんなに素晴らしいことはないなって思うんですよね、ホントに。 (取材・文=森朋之)
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かりゆし58『大金星(完全限定初回生産盤)』(Pacific Records)

■リリース情報 『大金星』 発売:2014月10月8日発売 価格:完全限定初回生産盤CD+BOOK+DVD ¥3,800(税抜)    通常盤 ¥2,500(税抜) <CD収録楽曲> 01. 大金星 02. Oh! Today 03. 青の道しるべ 04. 愛を信じている 05. RRC 06. E.D.O Dance 07. アットホーム 08. 生きてれば良い事あるみたいよ 09. いいよ最高 10. フリーなり 11. 南風になれ 12. 今ならここに 13. きっと雨は降らないでしょう 14. 大洋と太陽のBBQパーラー [BOOK] ▽メンバーが"会いたい人"との対談企画 前川真悟(Vo/B) × 島袋優(BEGIN) 新屋行裕(G ) × May'n 中村洋貴(Dr) × 内間政成(スリムクラブ) 宮平直樹(G) × 宮平勝也(ROACH) ・地元沖縄南部紹介 愛する地元糸満など南部の名所、美味しいお店をメンバーが紹介。 ・メンバーが語るアルバムへの思い 一致団結で作り上げた今作への思いを各メンバーが語る超ロングインタビュー。 <DVD収録内容> ・"Oh! Today"ミュージックビデオ ・"愛を信じている"ミュージックビデオ ・ファンクラブLIVEダイジェスト映像 ・撮影風景、BOOK撮影風景、対談風景などのオフショット <特典内容> ●TOWER RECORDS限定特典 特典CD「かりゆしラジオその2」 アルバム「8」購入者特典として大好評だった「かりゆしラジオ」の続編が登場! ・配布店舗 タワーレコード全店 タワーレコードオンライン ●HMV、Loppi、エルパカ限定特典 スペシャルDVD 新曲「大洋と太陽のBBQパーラー」MV風ムービー 監督・演出・出演:かりゆし58 ・配布店舗 ローソン・ミニストップ店内Loppi/HMV全店 HMVオンライン ●TSUTAYA RECORDS限定特典 「かりゆし58プレミアムプレゼント応募ハガキ」 A賞:ツアーバックステージご招待 B賞:沖縄県豊見城市の観光大使「かりゆし58」が選ぶ直筆サイン入り沖縄グッズ ※公演情報などの詳細は後日HPにて発表予定!! ●全チェーン共通特典(上記3チェーン除く) 「大金星かりゆし」ステッカー ■ライブ情報 『☆ハイサイロード~大金星~2014-15』 11月7日(金):東京 赤坂BLITZ 11月12日(水):北海道 札幌ペニーレーン24 11月14日(金):宮城 石巻BLUE RESISTANCE 11月16日(日):宮城 宮古COUNTER ACTION 11月18日(火):秋田SWINDLE 11月20日(木):宮城 仙台darwin 11月22日(土):新潟 NEXS NIIGATA 11月23日(日):長野 CLUB JUNKBOX 11月25日(火):石川 金沢EIGHT HALL 12月9日(火):静岡 浜松窓枠 12月11日(木):岐阜 CLUB-G 12月12日(金):愛知 名古屋ダイアモンドホール 12月15日(月):茨城 水戸ライトハウス 12月17日(水):千葉 柏PALOOZA 12月20日(土):沖縄 桜坂セントラル 12月21日(日):沖縄 桜坂セントラル 1月7日(水):兵庫 神戸チキンジョージ 1月9日(金):大阪 BIG CAT 1月10日(土):京都 KYOTO MUSE 1月12日(月・祝):広島 BLUE LIVE 広島 1月14日(水):島根 松江canova 1月16日(金):岡山 CRAZYMAMA KINGDOM 1月24日(土):徳島 club GRINDHOUSE 1月25日(日):香川 高松DIME 1月27日(火):高知 キャラバンサライ 1月29日(木):愛媛 松山サロンキティ 1月31日(土):大分 DRUM Be-0 2月1日(日):福岡 DRUM LOGOS 2月3日(火):長崎 DRUM Be-7 2月5日(木):鹿児島 CAPARVO HALL 2月7日(土):熊本 B.9 V1 ・アルバム発売記念インストアライブ 10月11日(土):埼玉 イオンレイクタウン 10月12日(日):兵庫 阪急西宮ガーデンズ 10/月13日(祝・月):愛知 イオンモール名古屋ドーム前 10月25日(土):沖縄 サンエー那覇メインプレイス ※詳細は後日HPにてご確認ください。 かりゆし58オフィシャルホームページ

久石譲、エンタテインメントとクラシックの未来を語る「人に聴いてもらうことは何より大事」

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【リアルサウンドより】  日本を代表する映画音楽の作曲家であり、近年はクラシックの指揮者としても活躍する久石譲。これまで多岐にわたる作品を発表してきた彼が、『WORKS』シリーズとしては約9年ぶりとなる新作『WORKS Ⅳ』を完成させた。映画やドラマなどに提供した楽曲を今一度フルオーケストラ作品へと昇華させるというコンセプトを持つ本作では、宮崎駿監督『風立ちぬ』や高畑勲監督『かぐや姫の物語』、山田洋次監督『小さいおうち』などの音楽がより一層格調高く、ドラマチックに演奏されている。クラシック音楽やミニマル・ミュージックを出発点としつつ、エンタテインメント分野で大きな足跡を残してきた久石は今、どんなビジョンを持って音楽を生み出そうとしているのか。今回リアルサウンドで行ったインタビューでは、収録曲のコンセプトから、現代音楽やクラシックへの問題意識、さらには“ポピュラーミュージックの勘所”といったテーマまで、じっくりと語ってもらった。

「宮崎さんとの仕事を、きちんとした形で残していこうという意図はありました」

――久石さんにとって『WORKS』シリーズの位置づけとは? 久石:映画など他の仕事でつくった音楽を「音楽作品」として完成させる、という意図で制作しています。映画の楽曲であれば、台詞が重なったり、尺の問題があったりとさまざまな制約があるので、そうした制約をすべて外し、場合によってはリ・オーケストレーションして音楽作品として聴けるようにする。『WORKS』シリーズはそうした位置づけの作品です。 ――映画音楽は、音楽作品としての完成形を描いた上でつくられているのでしょうか。 久石:ものによっては音楽作品にするときのアイデアが浮かぶこともありますが、映画をつくっているときは、全体を見通すほどの余裕はありません。曲づくりが終わったあとに、客観的な視点を持って音楽作品になるかならないかを“点検”することが多いですね。 ――『WORKS IV』では、冒頭に宮崎駿監督の『風立ちぬ』の音楽を組曲化した作品が収録されています。 久石:この曲の特徴としては、バラライカなどロシア系の民族楽器を使っていることが挙げられます。その民族楽器と、小編成のオーケストラとの協奏曲スタイルをとれば成立するのではないかと思ってつくりました。 ――映画バージョンとはまた違う作品性があり、これは色々な場所で演奏されそうですね。 久石:そうなってほしいですね。一度こうして作品として形にすれば、きちんとした譜面を出すことになりますので、「もし演奏したい人がいればどうぞ」という思いです(笑)。手にしづらい民族楽器を使ってはいますが、バラライカはマンドリンで、バヤンはアコーディオン系で代用できます。アマチュアのオーケストラでも再現できる可能性はありますね。 ――こうして作品化された背景には、ひとつの芸術作品として長く聴き継がれていくものを、というお考えもあるのでは? 久石:そうですね。たとえば宮崎さんとの担当作は数えて10作、30年間に及びます。それを多くの方が聴き、それぞれに評価してくれました。そして『風立ちぬ』が最後の(長編)作品になるということですから、きちんとした形で残していこうという意図はありました。 ―― 一方、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』の音楽は、アニメーションと連動した躍動的でドラマチックな展開が印象的でした。再構成するにあたっては、どのような点を特に重視されましたか。 久石:これはかなり苦しみました。何度もトライして、うまくいかないからやめたりもして(笑)。でも、しばらく経つと、挫折したような感覚が嫌になり、再びチャレンジするんです。その繰り返しで、最終的にはコンサートの一ヶ月くらい前に完成しました。 ――特に苦労された点とは? 久石:まず、本作の音楽としては「わらべ唄」という高畑さんご自身が作られた本当にシンプルな歌が基本にあるんです。それが重要なシーンに使われているから、僕の書く音楽にも五音音階を取り入れないとバランスが取れない。つまり、「ドミソラドレ」とか「ドレミソラド」というものですね。さらにこれをひとつ間違えると、すごく陳腐になり、不出来な日本昔話のようになってしまう(笑)。それをなんとか高畑さんのイメージに合うように工夫するのですが、高畑さん自身が音楽に詳しい方なので、細かい要求がたくさん出てくるんです。そのひとつひとつに応えていったことで、いろいろなスタイルの音楽が混在してしまうことになり、まとめるのが難しくなりました。  『風立ちぬ』でロシアの民族楽器を使ったように、「『かぐや姫の物語』は日本を題材とした映画だから、和製楽器の琴とオーケストラでやろう」というアイデアも出ました。ところが、そうすると逆にトリッキーになってしまう。一度聴く分には面白いんだけれど、きれいにはまとまらないんです。それで他の楽器を足すなど試行錯誤しましたが、オーケストラだけのシンプルな構成のほうが統一感がある、というところに行き着いて。そこに至るまでにけっこうな時間がかかりました。  また「天人の音楽」(天人が天から降りてくるときの音楽)は、もともとサンプリングのボイスなどを入れていたので、オーケストラとの整合性がうまくとれずに苦戦しましたね。ただ、それが現代的にかっこよく響いてくれれば成功するだろうという狙いが根底にありましたし、高畑さんも実験精神旺盛な方ですから、とがったアプローチをしても快く受け入れてくれました。「五音音階を使っているのに何故こんなに斬新なの?」と思わせるラインまではすごく時間がかかりましたが、結果として納得いくものができました。 ――今作には山田洋次監督の『小さいおうち』をベースにした楽曲もあり、全体を通して昭和モダン的な雰囲気が伝わってきます。 久石:『風立ちぬ』や『小さいおうち』は戦時中、昭和の時代の話なので、その雰囲気は出てくればいいなと思います。ただ、僕は昭和25年生まれなので、戦争のことはもちろん、こうした作品の時代性や雰囲気はまったく知らない。知っているのは、高度成長期以後の昭和の雰囲気や、当時のポップスや歌謡曲なので、その雰囲気を出そうとは意識しました。
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「モーツァルトだってハイドンだって、発注があってしか書いてない」

――今年3月に、今作のジャケットも手がけたデザイナー・吉岡徳仁さんとの対談番組(Eテレ『SWITCH』)があり、「発注がある仕事」の楽しさ、難しさについてのお話がとても印象的でした。 久石:彼はデザイナーだから、基本的には商業ベースでつくることになります。ただ吉岡さんにも自分のやりたいことがあるし、自分のつくりたいものと発注されるものは違うので、ある種の葛藤は持っています。そこの共通項ありましたね。 ――どういった葛藤ですか? 久石:アーティストというのは、モーツァルトだってハイドンだって、発注があってしか書いていないんです。発注なしで作っていたのは、シューベルトとプーランクくらいじゃないかな。「浮かんだら書く」なんてそんな呑気な話はありません(笑)。  依頼は、作品をつくる手がかりにもなります。「お金がない」と言われたらオーケストラではなく小編成にするし、「アクション映画だ」と言われたらラブロマンスみたいな曲を書くわけにはいかない。このように、どんどん限定されていきますよね。そういった制約は決してネガティブなことではなく、「何を書かなければいけないか」ということがより鮮明に見えてくるだけなので、僕は気にしていません。  大事なのは、映画のために書いているふりをして、実は本当に映画のためだけではないこと。つまり、自分がいま書きたいものと発注をすりあわせていくんです。アーティストが書きたいと思っているものでなければ、人は喜んでくれない。いま自分が良いなと思っている音楽の在り方――それは幅広いジャンルにあるので、その中で、いま発注の来ている仕事と自分の良いと思うものとを照らし合わせるんです。 ――それはご自身が30年以上このお仕事される身につけていったマナーですか。それとも、最初からお持ちの考えなのでしょうか。 久石:どうなんでしょう。その都度、一生懸命やっていることは確かで、基本的にはそういう姿勢です。頭で考えてスムーズにいく仕事はひとつもないので、毎回ああだ、こうだとやっていますよ。 ――先の対談でもう一つ印象的だったのは、久石さんの「音楽をつくるには論理的でなければいけない」という趣旨の発言です。 久石:感性に頼って書く人間はダメですね。2~3年は書けるかもしれないけれど、何十年もそれで走っていくわけにはいきません。自分が感覚だと思っているものの95%くらいは、言葉で解明できるものなんです。最後の5%に行き着いたら、はじめて感覚や感性を使っていい。しかし、いまは多くの人が出だしから感覚や感性が大事だという。それだけでやっているのは、僕に言わせると甘い。ムードでつくるのでなく、極力自分が生みだすものを客観視するために、物事を論理的に見る必要があります。 ――面白いですね。ご自身の中では、自らの音楽を解析していくプロセスは常に踏んでいると。 久石:そうですね。とはいえ、言葉で説明できる段階というのは、まだ作曲にならないんです。無意識のところまでいかないと、作品化するのは難しい。ある程度はつくっているけどピンと来ない、ほぼできているけど納得できない…というものが、一音変えただけでこれだ!という曲もあるし、どこまでやっても上手くいかないから、ゼロからもう一度、という場合もある。「残りの5%」のような解明できないところ、つまり無意識の領域にまでいかないと、作品にするのは難しいです。 ――発表されている曲は、すべてそういうプロセスを経ていると。 久石:そういうことになります。 ――久石さんのキャリアを振り返ると、ミニマル・ミュージックや現代音楽分野での創作活動を経て、ポピュラリティのある映画音楽の世界で広く活躍されてきました。二十世紀の実験音楽へのご関心は、今も継続して持っておられるのでしょうか。 久石:ミニマル・ミュージック以降の、ポストミニマルやポストクラシカルなどのジャンルでいうと、自分はポストクラシカルの位置にいると認識しています。そういう作品はいまも書き続けていくべきだと考えているし、力を注いでいる部分でもあります。現在つくっている音楽も、やはりベーシックはすべてミニマルです。それの発展系ですね。

「メロディは意外と古くならないけど、言葉は真っ先にダメになる」

――久石さんからご覧になって、ミニマル・ミュージック以降で、新しいことをやっているなと思うポピュラーミュージックはありますか。 久石:ありますよ。しかし残念ながら、ポップスの構造というのは単純なんです。和音も似たり寄ったりだし、リズムにも凄まじい変化があるわけではなく、どうしてもメロディラインが基準になってしまう。メロディに対してコード進行をつけるけど、皆が歌えることが前提になるので、複雑化させることが良いとは言えません。ポップスの面白みやすごさは、メロディと言葉が一体化したときに独特のものが出てくることです。特に言葉は、時代が反映されるから厳しいですね。多くのポップスミュージシャンやシンガーソングライターがコケてしまうのは、言葉なんですよ。すぐに時代に合わなくなってしまうから。  その点、メロディは意外と古くならないんです。良いメロディに時代に合うリズムを取り入れれば、一応形になるはずなのですが、真っ先にダメになるのが言葉です。言葉の表現は、作り手がある年齢に達したとき、若い人たちに「これは自分の歌じゃないな」と思われてしまう。響く範囲がものすごく狭いから、可哀想だなと思いますね(笑)でも、たまにものすごく衝撃的なことが起こることがあります。昨年ATSUSHIさんとのコラボ曲(「懺悔」)なんかは、商業ベースをすべて無視してつくったから、意外といい作品ができました(笑)。 ――ポピュラーミュージックはつまるところ、言葉であると。 久石:基本は、歌ですよね。言葉とメロディが一体になったときに、理屈じゃないところで世界がずんと重く感じられるときがある。それがポップスの持っている圧倒的な力なんだと思います。 ――他方で、現在ご自身がオーケストラ音楽に注力されているのは、クラシック音楽を多くの人に届けようという意図もあるのでしょうか? 久石:あります。ポップスをやっている人間から見たクラシックの最大の問題は、「古典」になってしまうこと。要するに、過去から繋がってきて現代があって、その先に未来がなければいけないのに、まるで過去しか存在しないような排他的な世界になりやすいことです。「ベートーヴェンは神様」みたいな人たちとやっていると、一般の人が入れない世界に入っていってしまう。  二十世紀の後半は現代音楽が盛んでしたが、いまは多くの音楽家が十分に活動できなくなっています。すると、みんな集客力の高い古いクラシックの曲を演奏するしかなくなって、音楽の流れが途切れてしまう。途切れると、未来はありません。だから僕は、クラシックのプログラムにも必ず現代音楽の要素を入れます。未来に繋がる新しい音楽を提供していかないと、クラシックはただの古典芸能になってしまう。それに対する危機感は、強く持っています。 ――二十世紀後半に盛んだった現代音楽が行き詰まったのは、作曲者や演奏家を支援する体制がなくなったからでしょうか。 久石:それもありますが、もうひとつ「脳化社会」というか、ほとんどみんな頭でつくりあげたような作品ばかりになったことも大きいと思います。十何音の不協和音が飛び交うような音楽では、多くの人の理解を得るのは不可能だろう、ということです。机上で書いた空論ばかり。プロでも違いのわからない、勝手に頭のなかで組み立てた音楽だけになってしまうと、観客はいなくなり、希望に燃えてつくっているものが頭打ちになってしまう。  それに対してアルヴォ・ペルトという作曲家などは、不協和音も書いていたけれど、「原点に戻らないと音楽がダメになる」と先陣を切り、多くの音楽家がその方向に向かいました。その大きい動きの中に自分もいるという気がします。いま日本にいる、いわゆる「現代音楽」の作曲家と同じことをするのではなくて、僕がやりたいのは「現代“の”音楽」。エンタテインメントの世界にいるから、人に聴いてもらうことを何より大事に思っているんです。だから、現代にあるべき音楽というのを一生懸命紹介したり、書いたりしていきたいですね。 ――未来につないでいきたいというのは、どういった場に向けてですか。 久石:基本的にはコンサートとCD、できるだけあらゆるメディアを使って表現していく必要があると考えています。場合によっては文章でもいい。そのために、いろんなスタイルで発信していくつもりでいます。

「ウケなければ正義じゃない、というエンタテインメントの鉄則が好きなんです」

――先ほどもお話に出ましたが、久石さんが刺激を受けるクリエイターを何人か挙げていただけますか。 久石:最近だと、アメリカの32歳のニコ・ミューリー。彼はいいですね、完全にポストクラシカルの人間で、ビョークのプロデュースをしたり、メトロポリタンオペラというアメリカで一番大きな歌劇場でも曲を書いています。技術力もある。こういう新しい世代がガンガン出てきています。セルゲイ・プロコフィエフの孫にあたるガブリエル・プロコフィエフも面白いと思います。 また、最近気になっているのは、スウェーデンの『ブリッジ』というテレビドラマの音楽です。ノルウェーとスウェーデンには橋があり、そのど真ん中に死体が出て、どっちの警察が処理すべきかわからないから特別編成チームができる。しかし、お互いに自分の国の進め方があるから喧嘩しながら捜査していくことになる。そこに猟奇的な連続殺人事件が起きて…という物語で、いまちょっとハマっているんですよ(笑)。そして、エンディングに流れている北欧独特の音楽が非常に良い。シンプルに見せておいて、ふとした切り口がすごいんです。「これは俺たちが20分かけてフルオーケストラでやっても表現できないな」という音楽に出会うことがあります。 ――久石さんは今後、ポピュラーミュージックの分野でもお仕事をされますか。 久石:そうですね。仕事を選んではいますが、決してエンタテインメントなことをやめたわけではないんです。客観的になることは、自分にとっては大事なこと。作品ばかり書いていると自分のことしか考えなくなります。それに、エンタテインメントの鉄則が、僕は好きなんですよ。それは、「ウケなければ正義じゃない」ということ。自分がいいと思うのが正義ではなく、売れたものが正義。ウケなくなったらまずいので、絶えず自分と時代について考えなければならない。それは続けていこうと思っています。 ――日本のエンタテインメント音楽の現状についてはどう思われますか。 久石:そもそもCDが売れていませんからね(苦笑)。音楽という文化的なもので感動する下地を、みんなできちんと考えなければ、先は厳しいなと思う。あとは、情報化の行きすぎが気になりますね。音楽はそれなりの装置やプロセスを経て作品と対峙しないと厳しい。音楽をただの情報として捉えるようになってしまうと、音楽への感動はなくなるのではないかと思うんです。ポップスのアルバムで10曲入れようとすると、コマーシャルの音だけじゃなくて、「今やりたい音」も入れることで、トータルで本人のやりたいことが見える。それを、一曲ごとのダウンロードを主流として考えていたら、単発のコマーシャリズム狙いになってしまいます。すると結果的に自分たちが疲弊していくし、音楽にパワーがなくなっていく。クラシックの話でも同じことを言いましたが、新しいことをやらないと先はないんです。重要なのは、その音楽にオリジナリティがひとつでもあるかないか――CDを買ったら、まずはそれをきっちり聴くという作業をしてほしいですね。 ――作り手も、自分のやりたい領域を確保していく必要があると。 久石:そうです。僕もかつて一生懸命にポップスをやっていましたが、ひとつのベースの音をつくるのにシンセサイザーを組み合わせたりして、5時間かかったりするわけです。でも、いまはプリセットでも簡単に作れてしまう。当然ながら、誰でも作れる音にお金を払う価値はなくなります。日本のJ-POPといわれるものを聴いたら、みんな音が同じだもん。歌もみんなピッチを変えて(笑)、修正ばかりでつまんないですよ。  僕が思うのは、ひとつのものをつくるには手間暇をしっかりかける必要があるということです。「みんな使っている音では嫌だから、自分でつくろう」という気持ちは大切です。たとえばハイハットの音だって、自分でつくれば人に届くんですよ。ポップスの場合は音をわかりやすくするために分厚くできないから、ベースやドラムの音ひとつで世界観をつくる、というレベルまでつくりあげないと、聴く価値には行き着かないと思います。 ――ご自身でも、J-POP的な楽曲にチャレンジしようという気持ちは? 久石:いえ、今のところはありません(笑)。ただ、面白いことだったらもちろんやりたいから、アイデアが出れば挑戦したい。可能性はなくはないですね。 ――精力的に演奏活動をされていますが、じっくりと作曲する時間はどう確保されているのですか? 久石:難しいですね。まずは来年など、ずいぶん先に委嘱されているものをきちんとつくらなければいけないし、それにはやはり手間暇がすごくかかるんです。自分の作品を書くことと、エンタテインメントの仕事と、そのあたりの時間の配分はかなり考えないといえけない。だから、いつも落ち着かないですね。あれもこれもやんないと…と思いながら、深夜にはアメリカのテレビドラマを見ちゃうんですけど。見だすと止まらなくなるから、テレビのない世界に行きたい(笑)。 ――最後に、久石さんが常に休まず、クリエイトし続ける理由とは? 久石:僕は走りながら考えるタイプなんです。立ち止まって考えると、逆になにもできなくなってしまう。だから、つくりながら考え、修正を加えていく、というのが性格的に向いていると思います。ただ、今年は依頼をほとんど断って、よく立ち止まるようにしているんです。来年からはもう一度、しっかりやりたいと思っていますよ。 (取材・文=神谷弘一)
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■リリース情報 『WORKS IV -Dream of W.D.O.-』 発売:10月8日(水) 価格:¥3,240(税込) <CD収録内容> 1.バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための「風立ちぬ」第2組曲~旅路(夢中飛行)~菜穂子(出会い) 2.バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための「風立ちぬ」第2組曲~カプローニ(設計家の夢) 3.バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための「風立ちぬ」第2組曲~隼班~隼 4.バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための「風立ちぬ」第2組曲~旅路(結婚) 5.バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための「風立ちぬ」第2組曲~避難 6.バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための「風立ちぬ」第2組曲~菜穂子(会いたくて)~カストルプ(魔の山) 7.バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための「風立ちぬ」第2組曲~菜穂子(めぐりあい) 8.バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための「風立ちぬ」第2組曲~旅路(夢の王国) 9.Kiki's Delivery Service for Orchestra (2014) 10.ヴァイオリンとオーケストラのための「私は貝になりたい」 11.交響幻想曲「かぐや姫の物語」~はじまり~月の不思議 12.交響幻想曲「かぐや姫の物語」~生きる喜び~春のめぐり 13.交響幻想曲「かぐや姫の物語」~絶望 14.交響幻想曲「かぐや姫の物語」~飛翔 15.交響幻想曲「かぐや姫の物語」~天人の音楽~別離~月 16.小さいおうち

ヴィジュアル系はいかにして海外で支持を集めたか? the GazettEらの活動に見る開拓精神

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the GazettE『BEAUTIFUL DEFORMITY』(SMR)

【リアルサウンドより】  LOUD PARK 14に the GazettEの参戦が決定した。ボーカル・RUKIは「the GazettE自体メタルというカテゴリーでは無いしアウェイなのは当たり前だけど、同じラウドロック好きなのは変わらん。偏見だらけのジャンルの壁なんてクソ食らえだぜ。」とTwitterで語っている。  何かと偏見の多いヴィジュアル系バンドによる対外イベントへの参加。特に今回のような特化性の高いジャンルのフェスへの参加は、洋楽ファンに歓迎されているとは言えないのが現状だ。the GazettEを軸に、ヴィジュアル系ロックバンドの対外イベント・異ジャンルによる交わりを見ていきたい。

ヴィジュアル系ロックバンドとしての the GazettE

 今回に限らず、the GazettEは世間からのヴィジュアル系に対する偏見を一手に請け負ってきたかのようにも思える。都合よく“ヴィジュアル系”という枠を使い分けるバンドもいるが、彼らはそこに括られることを否定はしない。今年の氣志團万博を始め、SUMER SONIC(2011・2013年)、イナズマロックフェス(2011年)、a-nation(2012年)への出演など、敢えてアウェイな場に挑んでいる節もある。そこには、時に揶揄されることがあっても、曲げることのない「ヴィジュアル系ロックバンドとしての誇り」が伺える。

the GazettE 『LIVE DVD CODA SPOT』

 ひしめき合うヴィジュアル系シーンの中で、the GazettEの人気は頭一つ飛び抜けている。同シーンの中で東京ドーム公演(2010年)を行った数少ないバンドであり、そして何より海外で高い人気を誇っている。J-MELOをはじめ、各国の人気ランキングでも常に上位、Facebookの「いいね!」は現在25万に迫る勢いで、日本のバンドの中ではダントツの数だ。音楽SNS・Last.fmでも圧倒的なリスナー数を抱えている。アニメ主題歌がきっかけで火がついたわけでもなく、“Visuak-kei”の知名度とともに人気を伸ばしてきた。だが、本格的な海外ツアーは2013年が初であり、精力的に海外活動を行ってきたわけでもない。では何故これほどまでに人気を得たのか? そこにあるのは徹底したコンセプト・ワークである。  「カセット(テープ)のような古き良き物を今に伝える」意を込めて名付けられた「ガゼット」は、“大日本異端芸者”のキャッチコピーに見られる、アングラ感のある独自の雰囲気を持つバンドだった。2006年に英語表記に変更してから、現在のスタイリッシュなスタイルに傾向していく。メロディアスとヘヴィネス、きらびやかさとダークさ…、 楽曲、サウンド、ヴィジュアル、アートワーク、すべてセルフプロデュースによる一貫した世界観はどこを取ってみてもヴィジュアル系イメージのすべてを凝縮しているのだ。非実在的・二次元的でもあるヴィジュアルアイコンの存在は、あたかも仮想的世界を映し出すようなインターネットを通じ、“Mysterious”、“Cool”と称される“Visual-kei”の代表格バンドにもなっている。

the GazettE 『the GazettE WORLD TOUR13 DOCUMENTARY DVD Digest Movie』

 マニアックな音楽性やテクニックを探求していくというよりも、一見したわかりやすさを追求したともいえるスタイルは、コアな音楽ファンには受け入れられづらい部分もあるだろう。だが、細かい理屈や深い分析を用いずとも、はじめてロックに出会い、単純に「カッコイイ」と感じた初期衝動を思い出させてくれるのだ。似たようなバンドが固まって先鋭化していくシーンの中で、あえて矜持を掲げて外に打って出る姿勢は頼もしく思える。己の立ち位置に自信と誇りを持っていなければ出来ないことだろう。

洋楽 vs PIERROT

 「ヴィジュアル系ロックバンドの矜持」という言葉で思い出されるのは、マリリン・マンソン主宰〈BEAUTIFUL MONSTERS TOUR 1999〉だろう。サマソニの前身にもなったこのイベントには、マンソンを筆頭にメガデスやミスフィッツといった大物海外アーティストの中にPIERROTが出演している。このときボーカル・キリトの「洋楽ファンの皆さん、初めまして。僕らがあなたたちの大嫌いな、日本のヴィジュアル系バンドです。洋楽ファンの方たちにとってはこの時間がトイレタイムということで〜」という皮肉めいたMCは今でも語りぐさになっている。賛否両論あるとはいえ、洋楽ファンに歓迎されるわけでもなく、有名音楽評論家にまで名指しで非難された状況を見れば、痛快ともいえる発言だ。

シーン先駆者としてのBUCK-TICK

 そして、同イベントにおいて、PIERROTと対照的に好意的に見られたのが、翌日に出演したBUCK-TICKである。hideとマンソンの共演が発端とも言われるこのイベント。そういった意味では“hideの盟友”枠として捉えられた節もある。だが、以降のBUCK-TICKが「ヴィジュアル系はお門違い」という暗黙の了解のあったフェスに早くから出演していることも興味深い(SUMMER SONIC 03&06、RISING SUN ROCK FESTIVAL '07、COUNTDOWN JAPAN 10/11など)。最先端のサウンドと独自の音楽性を貫いてきた経緯から「BUCK-TICKはヴィジュアル系なのか?」という論争がしばし起ってきた背景もあるが、“脱・ヴィジュアル系”という風潮もあった同時代のバンドの中で彼らはメイクを止めていない。むしろ、それを嘲笑うかごとく、『十三階は月光』(2005年)というヴィジュアル系の原点ともいうべき、ゴシックをテーマにしたコンセプトアルバムを作り、シーン先駆者としての真骨頂を見せた。

DIR EN GREYの世界進出

 この流れで触れなくてはならないのは、“Visuak-kei, V-Rock, J-Rock”の名を海外に広めた立役者、DIR EN GREYである。過去にLOUD PARKにも出演している(2006年)。〈Rock am Ring〉〈Rock im Park〉(共に2006年)といった大型海外フェスにて唯一無二の存在感を見せつけ、年間12カ国121本(2007年)という公演数を見れば、実力と人気の高さがわかるだろう。宣伝効果を含めたような大会場での単発公演ではなく、数千人規模での定期的な海外ツアーが出来る数少ないバンドだ。そんな彼らだが、最初から受け入れられたわけではない。知名度を飛躍的に上げることになったKOЯN主宰の〈THE FAMILY VALUES TOUR〉(2006年)では、冷ややかに彼らのステージを眺めるオーディエンスの姿も少なくなかったことが、市販されたDVDでも確認できる。彼らはジャンルへの偏見はもちろん、国境、言葉といった壁さえ、実戦で切り開いてきたのである。

2011年フランス・パリ公演。フランス人オーディエンスの“Hageshisa To, Kono Mune No Naka De Karamitsuita Shakunetsu No Yami”という大合唱に胸が熱くなる。

 丁度この時期にインディーズ最大のイベント〈Independence-D〉が行われている(2005〜2007年)。「世界から日本へ、日本から世界へ」というスローガンの下に、ジャンルレスの洋邦バンドが一同に介した。マキシマム ザ ホルモン、9mm Parabellum BulletやTOTALFATといったバンドに加え、シド、ムック、メリー…といったヴィジュアル系バンドが日本のヘヴィロック代表として参加している。90年代後半より見られたヘヴィロックシーンがヴィジュアル系シーンに波及し、その地位を確立したと同時に、ジャンル・国を超えたイベントが活性化し始めた時期でもあった。  異ジャンルが集うイベントやフェスは様々な波紋を呼ぶ。何かと風当たりの強いヴィジュアル系であるならなおさらだ。この先も「ジャンルの壁」は大きく立ちはだかってくることだろう。だが、異なるものが予想外の化学反応を起こすことだってある。10年前に、これほどヴィジュアル系が海外で人気を高めることを誰が予想していたであろうか。コアな趣向になればなるほど視点が内向きになってしまうことは否めないが、内向的なものが実は一番外向きだったということはよくあることだ。演者だけではなく、応援する側も広い視野と偏見に負けない信念を持ちたいところである。 ■冬将軍 音楽専門学校での新人開発、音楽事務所で制作ディレクター、A&R、マネジメント、レーベル運営などを経る。ブログtwitter

Eテレ『サブカルチャー史』でゼロ年代を分析 宮沢章夫「逸脱の表現がサブカルチャー」

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『ニッポン戦後サブカルチャー史』公式サイト

【リアルサウンド編集部】  今につながる日本の文化をサブカルチャーの視点から辿る歴史番組『ニッポン戦後サブカルチャー史』の第10回が、10月3日に放送された。最終回となる今回は「ゼロ年代〜現在」がテーマ。宮沢章夫を講師に迎え、風間俊介、市川紗椰、西田藍が出演した。  今回のカギとなる作品は、浅野いにお作の漫画『虹ヶ原ホログラフ』。同作は2003年より『QuickJapan』にて連載が開始し、2006年に単行本化。宮沢は、特にこの期間のサブカルチャーにスポットを当てることによって、ゼロ年代〜現在に通じる文化をひも解こうとした。  ゼロ年代の日本は、小泉内閣の発足や世界同時多発テロといった大きな出来事が続く中、グローバリズムの荒波に揉まれ、特に製造業が大きく落ち込み、若者の失業や非正規雇用問題が深刻化した時代だ。一方でテクノロジーの世界は急速に成長、IT業界では企業ブームが起こり、SNSや携帯ゲームが発展した。2004年には『電車男』がベストセラーになるなどして、オタクカルチャーが完全に市民権を得た時代でもあった。  『虹ヶ原ホログラフ』は、そんな時代の不安を表すような作品であると番組では位置付けられた。郊外の街の小学生の間で「トンネルの中に潜む怪物が世界を終わらせる」という噂が流れ、日常に潜む悪意が小学生たちを残酷に、かつ静かに狂気の世界へと誘うストーリーで、浅野は本作について「こんな作品はもう描けないと思います」とコメントを寄せている。  宮沢は、同時期に描かれた作品のひとつとして、黒沢清の映画『アカルイミライ』を挙げ、これらの作品は表現の質が似ていることを指摘。風間は「今までの作品はディストピアを描く際、崩壊する街の中でたくましく生きるひとを描いていたが、ゼロ年代のディストピアは精神的なものであって、日常の中にそれが出ている」と述べた。  宮沢は、サブカルチャーのキーワードとして「逸脱」という概念を挙げ、吉見俊哉と北田暁大による編著『路上のエスノグラフィ』を引用。サブカルチャーによる「支配への抵抗」だったはずのロックやレゲエが、いまでは「消費の対象」になっているが、「支配層」によって「逸脱」のレッテルを貼られた者による表現自体は数多く存在している、という趣旨を説明した。また、今までの方法では表現できないものを、逸脱することによって表現するのがサブカルチャーの本質だと持論を展開、昨今における様々な例を挙げた。  その一つとして挙げられたのは、地方でのヒップホップの流行だ。都築響一による『ヒップホップの詩人たち』には、富田克也監督の映画『サウダーヂ』で主演を務めた山梨のラッパー・田我流の言葉も記録されている。宮沢は「ラップがこんなに日本の地方で歌われているのは、地方が寂れているという現実があるから。気付いたら自分が逸脱した道を歩かなければいけなかったというのが共時的にこれらの作品には流れている」と、紹介した数々の作品の共通項を延べた。  また、現在「COOL JAPAN」と称し、国の政策として積極的にサブカルチャーを輸出しようとしていることに対しては「官だからこそ発信できるものがあると思うけど、それがサブカルチャーそのものとかみ合うかというと、わからない」と指摘。サブカルチャーという言葉を使わず、まずはオタク文化として発信していくことを提唱した。  番組の最後に宮沢は「インターネットでどこの情報でも見れるようになった現代、もしかしたら新しいサブカルチャーが生まれるのは、どこかの街ではなくて、ネット空間なのかもしれない。(中略)その中心はGoogleなのかもしれない。だから検索で上位に出てきたものだけを見ていてはいけない、それが全てではない。一番下にあるものこそ、新しいサブカルチャーかもしれないのだから」と、これからのサブカルチャーの方向性を示唆した。  全10回に渡り、日本の戦後サブカルチャー史を追ってきた同番組。その年表は下記サイトで確認可能だ。 サブカルチャー年表 - ニッポン戦後サブカルチャー史/NHK (文=向原康太)

久々の大傑作!? プリンス、2枚のニューアルバムの聴き方

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プリンス『アート・オフィシャル・エイジ』(ワーナーミュージック・ジャパン)

【リアルサウンドより】  プリンスのニューアルバム『アート・オフィシャル・エイジ』と、プリンス&サードアイガールの『プレクトラムエレクトラム』が10月1日にリリースされた。ニューアルバムのリリース自体は2010年の『20Ten』以来4年振りと、そこまで特別に長いインターバルが開いているわけではないが、今回は海外でも日本でもいつになく大きな盛り上がりを見せている。その理由は端的に言って3つ。1つ目は、長年確執のあった古巣のワーナーと18年振りに契約を交わし、近作のような変則的かつサプライズに満ちたリリース方法ではなく、メジャーレーベルによる万全の体制のもとで作品がリリースされたこと。2つ目は、現在のプリンスの創作エネルギーの充実ぶりを象徴するようにまったく異なるコンセプトのアルバムが2枚同時にリリースされたこと。3つ目(サードアイとかけてますよ)は、何よりもその作品の出来が近年のプリンスのアルバムの中では抜群のものであること。特にプリンスの単独名義となる『アート・オフィシャル・エイジ』に関しては、「『ラブシンボル』(1992年)以来の傑作!」と言う人がいたり、「いやいや、『ラブセクシー』(1988年)以来だ!」と言う人がいたり。つまりは、「少なくとも21世紀に入ってからのプリンスの最高傑作」という評価がリリース早々に定まりつつある勢いなのだ。  長いキャリアを持つアーティストの常として、プリンスに関しても世代によってその見方が異なるだろう。自分のような『パープル・レイン』(1984年)直撃世代、これまでの来日公演にすべて足を運んできた(1986年の横浜スタジアムでの初来日公演は、今後も絶対に更新されることがない生涯ベストライブだ)古株ファンの中には、『ラブセクシー』(1988年)『バットマン』(1989年)あたりを最後に、それまでの彼の音楽にあった神々しいまでの革新性と魔法が薄れてしまったことを長年嘆いてきた人も多いだろうし、「プリンス、奇跡の80年代」を後追いで知った世代の中には、90年代、00年代の作品にも強い思い入れを持つ人も多いだろう。今回の『アート・オフィシャル・エイジ』と『プレクトラムエレクトラム』の事件性は、その両方のファンを唸らせるだけの有無を言わさぬ魅力を放っていることだ。  もっと若いリスナーにしてみれば「そもそも今回のプリンスとプリンス&サードアイガールの作品、一体どこがどう違うの?」という疑問を持つ人もいるだろう。これ、ものすごく乱暴な喩えで言うと、椎名林檎が椎名林檎名義の超ポップなアルバムと東京事変名義の超ポップなアルバムを同時にリリースしたようなものと言ったら、そのインパクトの大きさがちょっとは伝わるだろうか。プリンスの熱心なファンにも椎名林檎の熱心なファンにも怒られそうだけど。  思えば、プリンスの歴史的名作とされてきたアルバムの多くは、明確な音楽的なコンセプトを持っていた。来るべきデジタル時代のファンクを予見していた『1999』(1982年)、大衆ロックオペラ(メロドラマ)を極めた『パープル・レイン』(1984年)、プリンス流サイケデリック絵巻『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』(1985年)、ヨーロッパ趣味とJBファンクの華麗なる融合『パレード』(1986年)。ファンク/リズム&ブルース/ロックンロールの伝統の継承者であると同時に革新者であり、繊細なシンガーソングライターでもあり、あらゆる楽器を操る万能プレイヤーでもあるプリンス。そのあまりに巨大すぎる才能は、アウトプット(=作品)のコンセプトをある程度限定しないと、収集がつかなくなってしまうのだ(その収集がつかないまま、それでもアルバムとして奇跡的なバランス保っていたのが1987年の『サイン・オブ・ザ・タイムス』である)。
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プリンス&サードアイガール『プレクトラムエレクトラム』(ワーナーミュージック・ジャパン)

 今回の『アート・オフィシャル・エイジ』と『プレクトラムエレクトラム』の成功の理由も、そこにあると自分は考える。相変わらずの気まぐれからなのだろう(そもそも今年春にワーナーとの再契約が発表された時には『パープル・レイン』30周年盤のリリースが予告されていた。もう30年過ぎちゃったじゃないか!)、アルバムの2枚同時リリースが突然発表されたわけだが、結果的に『アート・オフィシャル・エイジ』は主にプリンス一人による多重録音によるミニマルなファンクアルバム、『プレクトラムエレクトラム』はバンドサウンドによる古典的なファンク/ロックンロールアルバムと、それぞれサウンドの焦点が絞られたものとなった。両方の作品には「ファンクンロール」という、そのものズバリ、ファンクとロックンロールを合わせた造語が冠せられた同名曲が収められている。オーソドックスなバンドスタイルによる怒濤のファンクチューンとなっている『プレクトラムエレクトラム』バージョンと、ズタズタにデコンストラクションされたトラックをカミーユ(プリンスの別人格とされる回転数を上げたボイス)が妖しく徘徊してやがて絶頂を迎える『アート・オフィシャル・エイジ』バージョン、この2曲を聴き比べれば、両作のキャラクターの違いは一目瞭然ならぬ一聴瞭然だ。  最後に自分の評価を。『プレクトラムエレクトラム』もボーカルやギタープレイを筆頭に、主にライブパフォーマーとしての往年のプリンス節を堪能できる最高に楽しい作品だが、やはり本命は『アート・オフィシャル・エイジ』の方だ。『ラブセクシー』までのような底知らずの得体が知れないような圧倒的な凄味には至っていないが、長年のファンとしては「こんなプリンスのアルバムがずっと聴きたかった!」と叫ばずにはいられない快心のアルバム。『アート・オフィシャル・エイジ』の内ジャケのアートワークには、こんな言葉が記されている。 「かつて音楽が、身体にとって、魂にとって、心にとって、霊的な癒し(スピリチュアル・ヒーリング)となっていた時代があった……」(there used 2 be a time when music was a spiritual healing 4 the body,soul, & mind…)  ちなみに、その下にレイアウトされている全13曲のタイトルは、A面6曲、B面7曲と、アナログレコード時代の流儀ではっきりと区切られている。『アート・オフィシャル・エイジ』は、音楽が人間にとって大切なあらゆるもの(自分自身の魂の救いや信仰心も含めて)を統治していたあの黄金の時代へと回帰することを、プリンスが自らに任じた、20数年ぶりの本当の意味での完全なる復活作なのだ。お帰りなさい、プリンス。 ■宇野維正 音楽・映画ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌などの編集を経て独立。現在、「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「BRUTUS」「ワールドサッカーダイジェスト」「ナタリー」など、各種メディアで執筆中。Twitter

大森靖子、「個」によるメインシーンへの挑戦ーー東京キネマ倶楽部で圧巻のステージ

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PHOTO BY Masayo

【リアルサウンドより】  2014年10月2日、「大森靖子メジャーデビューシングル『きゅるきゅる』発売記念2DAYS!『☆2日間で超楽しい地獄をつくる方法☆』」の初日公演が東京キネマ倶楽部で開催された。  会場に着いてまず驚かされたのが、フロアの前方が女性ファンで埋まっている光景だった。この夏の大森靖子は、メジャー・デビュー・シングル「きゅるきゅる」の2014年9月18日のリリースに向けて、夏フェスでのパフォーマンスで話題を起こしながらも、一方で表現力の高さをしっかりと観客に印象付け、マスメディアにも積極的に露出。結果的に「きゅるきゅる」は、オリコン週間シングルランキングの20位にランクイン、タワーレコード全店総合シングルチャートではなんと4位を記録した。1年前に想像もできなかった状況だ。前述した女性ファンの多さも、そうした活動の成果なのだろう。  加地等の歌が会場に流され、ステージにはピンクの装飾が吊られている。そして異様な存在感を放つのが、性器をモチーフにした巨大なハートマーク。上部には「処女膜再生」と書かれていた。  10月2日の初日公演は、大森靖子の弾き語りと大森靖子バンド編成によるステージだとアナウンスされていた。バンドのメンバーは、直枝政広(カーネーション)、畠山健嗣(H Mountains)、tatsu、奥野真哉(ソウル・フラワー・ユニオン)、久下恵生。直枝政広がプロデュースした2013年のアルバム『絶対少女』のリリース後にツアーをした、いわゆる「絶対少女バンド」だ。  開演と同時に、直枝政広のうなるようなエレキ・ギターに導かれてフリーフォームなセッションが始まり、そこから「きゅるきゅる」へ。リボンをした新衣装の大森靖子は、ステージに現れるなりiPhoneでファンを撮影したり、自撮りをしたりする。続く「少女3号」は『絶対少女』の収録曲。大森靖子もアコースティック・ギターを抱えて歌い、メジャー・デビュー以前と現在がひとつのバンドのグルーヴで接続された。そしてファンに拍手する間も与えずに「新宿」へ。大森靖子はモニタースピーカーに足をかけ、スカートをめくり上げて太もももあらわにしながら歌う。床に寝転がったかと思うと、一段高いステージへ上り、吊るされているくす玉の紐を引く。すると落ちてきたのは「私は悪くない」と書かれた垂れ幕だった。  そして『絶対少女』というアルバムを象徴する楽曲である「絶対彼女」へ。2013年の大森靖子は、少女たちを肯定するため『絶対少女』というアルバムを制作した。そして2014年の大森靖子は、他者に否定されるリスクを背負ってでも世間へ出て行こうとしているのだ。振り付けが加えられ、現在の大森靖子のものとしてアップデートされている。ステージに立つそんな大森靖子の姿に静かに感動した。  「エンドレスダンス」では、バンドの繊細なプレイや直枝政広のコーラスを聴かせ、一旦バンドは退場。シームレスに大森靖子の弾き語りへ進行していった。
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PHOTO BY Masayo

 弾き語りに関しては、関係者に配布されたセットリストにも一切曲名の記載がなかった。大森靖子がその場で決めているのだろう。彼女は会場の波長を正確に読み取り、完全に会場の空気を自分のものとしてコントロールしていた。  最初に弾き語りで何を歌うのだろう? そう思っていると「ここは君の本現場です」と歌い出した。いきなり未CD化の「ノスタルジックJ-POP」だ。そして弾き語りが続き、「PINK」での絶叫の後、アコースティック・ギターの弦の響きも鳴り止まないうちに、大森靖子はiPhoneを手にした。自撮りだろうか? いや、それは突然の文章の朗読であった。ここまでの過程を大森靖子ならではの言葉で語った後に、メジャー・デビュー・アルバム『洗脳(※正式なタイトルは未定)』の2014年12月3日発売が告げられた。  弾き語りパートで特に印象的だったのは、『絶対少女』収録曲である「ミッドナイト清純異性交遊」だった。通常はオケで歌われることが多いし、今日の絶対少女バンドで歌うにもふさわしいはずの楽曲だ。しかし、それをあえて大森靖子は弾き語りで歌い、彼女の中でも特にキャッチーとされる「ミッドナイト清純異性交遊」からメランコリックな面を引き出して見せた。かと思うと、曲中でまた突然の告知だ。2015年4月26日に中野サンプラザでワンマンライヴをするという。「ネタバレしないようにすげーがんばってました」とのこと。そんな流れも含めて、今夜の「ミッドナイト清純異性交遊」は大森靖子の真骨頂を感じさせるものだった。  バンドが再登場したパートでは、本編最後の「音楽を捨てよ、そして音楽へ」に圧倒された。大森靖子が囁くように「音楽は魔法ではない」と繰り返しながら始まり、演奏はジャジーなアレンジに。そしてファンにも「音楽は魔法ではない」と合唱させながら、大森靖子はフロアの柵の上に立ち、ファンの頭を撫でながら、そのまま柵の上で絶唱する。そして柵から崩れ落ちてファンにリフトされ、今度は柵の上に座りながら、バンドのメンバー紹介をした。ほとんど聴き取れないような絶叫で。そして楽曲の終わりとともに、大森靖子はステージの床に倒れた。  アンコールは、一段高いステージでの大森靖子によるキーボードの弾き語りとともに始まった。最初に歌われた「The End of Summer」は、カーネーションのトリビュート・アルバム『なんできみはぼくよりぼくのことくわしいの?』で大森靖子がカヴァーしていた楽曲だ。バンドもまた登場し、3曲を演奏。ときにノイジーな音も鳴らされる激しい演奏とファンの合唱による「あたし天使の勘忍袋」で幕を閉じた。  2回目のアンコールは、大森靖子がぬいぐるみのナナちゃん(ヤリマンバンギャという設定)とともに登場。インディーズ時代から撮影を担当してきたスタッフの二宮ユーキにマイクを渡して、突然会場にいる交際中の女性にプロポーズをさせる展開となった(終演後に確認したところ無事OKをもらえたとのこと!)。さらに「お茶碗」では、歌詞を忘れたからと二宮ユーキにも歌わせて、結果的にふたりでデュエットすることに。大森靖子は「内輪ノリと言われる」と笑っていたが、晴れの大舞台でこういう気負いのない一面を見せてしまう姿もまた大森靖子が大森靖子たる所以なのだ。最後の最後となった「さようなら」は、モニタースピーカーに座りながらアカペラで歌った。しかも、ファンのひとりひとりと目を合わせながら歌うのだ。そこには、会場が大きくなろうと聴き手と一対一の関係であろうとする大森靖子の姿勢が如実に表れていた。  これからも大森靖子という「個」によるメインシーンへの挑戦は続くはずだ。いや、むしろこれからが正念場だろう。  10月3日の公演2日目は、バンドが変わり大森靖子&THEピンクトカレフが登場する。もし当日券がアナウンスされ、まだあなたが大森靖子を見ようかどうか迷っているのなら、必ず見たほうがいい。大森靖子は、あなたの予想を裏切るステージを平然と見せてくれるはずなのだから。 ■宗像明将 1972年生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。近年は時流に押され、趣味の範囲にしておきたかったアイドルに関しての原稿執筆も多い。Twitter ■リリース情報 2014年12月3日(水)発売 NEW ALBUM 「洗脳(※タイトル正式表記未定)」 [CD ONLY]AVCD-93074 ¥2,800(本体価格)+税 amazon予約リンク [CD+DVD]AVCD-93073/B ¥3,800(本体価格)+税 amazon予約リンク [CD+DVD]AVCD-93072/B ¥4,800(本体価格)+税 amazon予約リンク

tofubeatsがメジャーで挑戦しようとすること「パーソナルな部分を突き詰めた先に全体がある」

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【リアルサウンドより】  新世代のトラックメイカーとして活躍の場を広げるtofubeats。2012年のシングル『水星 feat.オノマトペ大臣』はジャンルの垣根を越えて多くのリスナーに愛され、その結果、個人作品であるにもかかわらずiTunes Storeシングル総合チャートで1位を獲得した。その翌年には森高千里、の子(神聖かまってちゃん)とコラボレーションしたミニアルバム『Don't Stop the Music』でワーナーミュージック・ジャパン傘下のunBORDEよりメジャーデビューし、『ディスコの神様 feat. 藤井隆』では藤井隆とのコラボを披露。さらにYUKIももいろクローバーZなどのリミックスや、9nine・lyrical schoolへの楽曲提供など、日本のポップシーンにおけるキーパーソンの一人となりつつある。  そしてtofubeatsは今回、10月2日(トーフの日)に1stフルアルバム『First Album』をリリースした。PES(RIP SLYME)やBONNIE PINKをはじめとする豪華ゲスト陣を迎えた今作は、楽曲構成についてはインディーズ時代のままに、ビートはより強固に、ウワモノはよりポップに仕上がっている。今回、リアルサウンドではtofubeatsへ前後編に渡るインタビューを実施。前編では『First Album』制作の舞台裏や、今作での新たな挑戦について話を訊いた。

「Sound Cloudの音源と聴き比べて、メジャー感が出てるなーと(笑)」

――『First Album』は、ゲストボーカルを迎えた歌モノとトラックオンリーの楽曲とのバランスにおいて、インディーズ時代のフルアルバム『lost decade』に近い面もありつつ、ゲストボーカルの人選や音の迫力によって、さらにポップなものに仕上がっていますね。 tofubeats:メジャーに行った分、シングルが豪華になるので、それに対してバランスを取るための曲を作っているという手法は以前と変わりません。ただ、自分でマスタリングしていた『lost decade』とは違って、今回はマスタリングを他人に任せているので、自分でアップロードしたSound Cloudの音源と聴き比べて「メジャー感が出てるなー」と思います(笑)。ちなみに配信シングル「Come On Honey! feat. 新井ひとみ(東京女子流)」のマスタリングは自分で、基本的にパッケージにならない細かい仕事…Webで上がっているものはだいたい自分で完結させてます。 ――2曲目「#eyezonyou」では、tofubeats流の自己紹介ラップを披露されています。 tofubeats:これは、アルバム頭の曲でレペゼンするというヒップホップに対するパロディでもあり、「僕がヒップホップを本気でやってたらこうなった」という曲です。頭にこの曲を持ってきたのは、コラボアルバムと思われないためにも良いかなと思って。 ――なるほど。コラボ主体のアルバムに見せないように攻めのトラックを作りつつも、EP2枚(『Don't Stop The Music』『ディスコの神様』)の、森高千里さん、藤井隆さん、の子(神聖かまってちゃん)さんに加え、アルバムではlyrical school さん、PES(RIP SLYME)さん、LIZさん、新井ひとみ(東京女子流)さん、BONNIE PINKさんといった豪華なゲストボーカルを揃えましたね。 tofubeats:lyrical schoolに関しては、彼女たちの楽曲制作を手掛けている縁もありますし、どちらかというとお世話になっている部分が多くて。だから少しだけでも参加してもらいたかったんです。「poolside feat. PES(RIP SLYME)」は、杏里さんの「プライベートSold out」をサンプリングした状態で2年前からあったんですが、絶対日の目を見ないだろうと思ってました。でも、ワーナーの担当者が「これ、PESさんを呼んで作り直すのはどうか?」と提案してくれ、その結果、杏里さん側のクリアランスも取れ、参加していただくことになりました。  新井ひとみ(東京女子流)さんは、過去にdancinthruthenights名義の『マジ勉NOW! feat.新井ひとみ』でご一緒していて。もう一回この面子を揃えたらMVは自分の範疇で撮れると思ったのと、前回はavexさんからお話を頂いたので今度はこっち側仕切りでもう一回やりたいと思ってオファーしました。LIZは『BBC Radio 1Xtra - Diplo and Friends』もそうですけど、Mad Decentとある程度繋がったところで「tofubeatsと一緒にやってもいいよ」と言ってくれるアーティストが何人かいて。その中から今回はLIZと組むことになりました。今後もMad Decent周りのアーティストとは何かできればと思ってますね。 ――「衣替え feat. BONNIE PINK」は、同曲のtofubeatsさんが歌唱したバージョンが先に『ディスコの神様』のカップリングに収録されていました。なぜこのタイミングでBONNIE PINKさん歌唱バージョンに変わったのでしょうか。 tofubeats:実は、この曲って最初からBONNIE PINKさんに歌っていただきたくて作った曲なんです。本来、『ディスコの神様』には「衣替え」ではない、とある曲のカバーが入る予定だったんですけど、申請の問題がギリギリまで行ってしまって。最終的にマスタリングの少し前に「入れることが不可能だ」という判断になり、先に出来ていた「衣替え」のデモバージョンを入れることになったんです。そして今回、アルバムのタイミングでオファーしたところ、快諾していただいて。BONNIE PINKさんはワーナーミュージックに所属しているアーティストの中で正直一番好きなミュージシャンなので、コラボレーション出来て嬉しかったですね。 ――「CAND¥¥¥LAND feat. LIZ」では、Mad Decentの看板娘であるLIZを迎えたことも衝撃ですが、そんな彼女にパラパラを歌わせていて驚きました。この曲については「パラパラを作る方法をやっと習得」したということで。 tofubeats:仕事でEDMっぽい楽曲を作ることがなくて、このトラックを作れるようになるまで苦労しました。EDMに興味がないから、そういう音色とかを集めてなくて…。やつい(いちろう)さんに提供した「そりゃそうよ」というおもしろEDMみたいなのがあるんですが、あれをやるためだけにMassive(ベースやリードなどに向いた分厚いサウンドのソフトシンセ)を初めて買って「バカみたいな音ばっか出んなー」と思ってました。そんなこんなで素材が集まって、レイヤーの感じがわかるようになってきて、初めて人前に出せるパラパラができたなと。パラパラとトリルが合うってアイデアはずっとあったので、着想から2年間、誰かがやるんじゃないかって気が気じゃなかったです。

「人が増えれば増えるほど、“tofubeats”を制御するのが難しくなってくる」

――アルバム最後のトラックである「20140803」は、Sonud Cloudに上がっていたデモバージョンに歌詞を加え、フェードアウトする形になっています。 tofubeats:この曲は、アルバムが制作終盤でどうしようもないけど「とりあえずサンプリングで曲作るか」って息抜きにデモを作ったら上手くいったもので…その後、打ち込みし直して収録しました。あとは、『lost decade』の最後に入っている「LOST DECADE Feat. 南波志帆」みたいな、嬉しい曲に悲しいことを合わせることが美しいと思っていて。あの曲は杏里さんの「愛は誰のものでもなく」っていうシャッフルビートの失恋ソングが元ネタなんですけど、曲調は悲しく聴こえなくて、リプライズ、カーテンコール的な作りが好きで。「衣替え feat. BONNIE PINK」でアルバムを終わるなんてことは絶対したくなかったし、「ありがとうございましたー!」ってみんなで言う時間が欲しくて、アウトロは徐々にフェードアウトしていく形になった。 ――最後のワンフレーズである「君が好きな音楽で/てゆか毎日 音楽で」は、雑誌『WIRED』のコラムにある「日々を良くするために音楽をやろう」と連動しているように感じさせられました。 tofubeats:実は、それに加えてアルバムの最後には、僕が書いた手書き風のメッセージが入っているんです。そのメッセージは「we have to make it better day by day looks make music」っていう一文で締めていて、「20140803」や『WIRED』の原稿と関連付けるようにしてあるんです。 ――さらに奥があったんですね。 tofubeats:そう。だからCDを買って、ブックレットを読んで、最後の1ページを見ると、そこを補完できるんです。 ――フィジカルで最後を補完できるというのは、面白いですね。 tofubeats:この文章が先にある形で、『WIRED』の原稿があって…我ながらキレイだなーって思いますね(笑)。でもCDにブックレットを入れるというのは、宇多田ヒカルさんの『First Love』のオマージュなんです。このアルバムの『パーソナルな部分を突き詰めたものが日本で一番売れた』というのは、自分がパーソナルなことを目指してやるうえで、ずっと希望になっている。“みんなに向けて曲を書かなくていいんだ”っていう回答に思えて。一点に向かっていった先には全体があるというか、精神は細部に宿るという感じですかね。 ――宇多田さん以外にもいくつか影響を受けたアーティストを挙げるとすれば誰なんでしょうか。 tofubeats:他には、杏里さんとか、角松敏生さんとか…。でも、ブックオフで売ってるアルバムで一番オススメを教えてと言われたら宇多田ヒカルさんの『First Love』か中澤真由さんの『STEP INTO MY HEART』を選びますね。中澤さんのこの作品は本当に名盤だと思っていて、良い意味でうだつの上がらないポップス~R&Bの、決して100点満点のアルバムだとは思わないんですけど、逆に隙があるところ含めて100点なんですよね。ただ、これを各所でオススメするもんだから、amazonでの価格が徐々に上がってて(笑)。 ――ほかにも、『WIRED』の記事には、メジャーアーティスト故のメリットとデメリットも書いてありました。 tofubeats:得しているなって思うのは、今、まさにプロモーション段階ですね。自分で金銭的なリスクを背負わないし、在庫を抱えなくていい。あとはフルストリーミング試聴だったり、ゲストボーカルの提案や実現に向けての動きなどを見てると、メジャーなのに自由にやらせてもらってるなって思います。それに対して、損という部分では、人が増えれば増えるほど、作品…つまり“tofubeats”を制御するのが難しくなってくる。でも、一番はタイムラグに尽きると思います。慌ただしくしていると「すぐリリースされた」って思うんですけど、「20140809 with lyrical school」や「20140803」みたいに、日付を曲名に入れとくのってそういう理由があって。8月に作った曲が10月に出るって、メジャーのなかでは詰めて頂いている方なんですけど、それでもやっぱりなんかちょっと遠いと思うこともあったりしますね。 ――Sound Cloudにアップして、リスナーの反応を見ながら洗練させていけるインディーズ時代と比べてしまうんですね。 tofubeats:まあ、その期間がないとMVが撮影できないというのもわかっていますし、大きいコラボとかプロジェクトを動かせるのに対し、個人として動ける範囲が以前より限られてくるのもきちんと理解しています。以前がCDを作って納品するところまでやっていたので、操作し過ぎてただけなのかもしれないですが(笑)。

「今は色んな童貞を捨ててる時期なんです」

――今作の「おしえて検索 feat. の子(神聖かまってちゃん)」でもコラボされているの子さん(神聖かまってちゃん)に先日インタビューをした際、「(tofubeatsくんからの)影響は大きいですよ、DTM始めたのもそうですし、『俺は負けてんな』って」とtofubeatsさんについて発言していました。(参照:神聖かまってちゃん・の子が音楽を作り続ける理由「すごく負けず嫌いで、飢餓感もかなりある」) tofubeats:あ、見ました。頻繁に名前が出ていてビックリしました。 ――お二人はインターネットを駆使して自分の音楽を届けるところからメジャーのフィールドまで上がってきましたが、世代もやり方も違いますよね。逆にtofubeatsさんから見たの子さんはどう映るのでしょう? tofubeats:これに関しては、の子さんが僕に言った言葉がすごく印象的で。「もう5年間始めるのが遅かったらDTMから入ってた」って。インターネットに出会ったのは同時期だと思うんですけど、最初にギターを持ってしまったが故の違いというか。僕は最初にベースを持ったんですけど、すぐ捨てたんで(笑)。だから僕もDTMを選択しなければ、の子さんのようになっていたかもしれません。先日の『YANO MUSIC FESTIVAL 2014』で人生初のバンド演奏を行ったくらいですから。 ――バンド演奏を体感された感想、是非お伺いしたいです。 tofubeats:それまでは人とアンサンブルすることなんてなかったんですけど、最高でしたね。「バンドっていいな」って思いました。全員がトップクラスのアーティストだし、打ち込みも鳴らしてくれて同期もバッチリだったし、バンドマスターが矢野(博康)さんだし、僕はもうカラオケするだけでしたから(笑)。 ――そんな中、今回の作品では「20140803」でtofubeatsさん自身がギターを弾いています。 tofubeats:買って半年経って初めて使いましたね。下の3弦・2小節だけですけど、弾いてみて「ウワァー! これが楽器か!」って高揚感がありました。あとは『YANO MUSIC FESTIVAL 2014』で「LOST DECADE Feat. 南波志帆」をEWI(ウインドシンセサイザー・電気笛)で演奏したり、初めて人前で生歌を5小節だけ歌ったりと、今は色んな童貞を捨ててる時期なんです(笑)。 ――これは今後の音源にも大きく影響してきそうですね。 tofubeats:今回のアルバムでも、「poolside feat. PES(RIP SLYME)」のイントロでは僕がEWIを吹いていますし、の子さんの打ち込みと同じく、そこまでガッツリやるわけではないですが出番は増えるかもしれませんね。今は長いスパンで習得できていけばいいと思っていて、ずっと「Just the Two of Us」を練習してます。 (後編へ続く) (取材・文=中村拓海)
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tofubeats『First Album(通常盤)』(WARNER MUSIC JAPAN)

■リリース情報 『First Album』 発売日:10 月2日(木)トーフの日 初回盤:¥2,400(抜)(2CD/オリジナル・アルバム+インスト・トラック盤) 通常盤:3,000(抜)(1CD/アルバムのみ) 【『First Album』全曲フル試聴サイト】 【First Album特設サイト】 【収録曲】 Disc1 M1 20140809 with lyrical school M2 #eyezonu M3 poolside feat. PES(RIP SLYME) M4 Come On Honey! feat. 新井ひとみ(東京女子流) & okadada M5 ディスコの神様 feat. 藤井隆 M6 おしえて検索 feat. の子(神聖かまってちゃん) M7 CAND\LAND feat. LIZ M8 朝が来るまで終わる事の無いダンスを(Album version) M9 Populuxe M10 zero to eight M11 framed moments M12 content ID M13 Her Favorite feat. okadada M14 Don’t Stop The Music feat. 森高千里(Album Version) M15 way to yamate M16 衣替え feat. BONNIE PINK M17 ひとり M18 20140803
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tofubeats『First Album(初回限定盤)』(WARNER MUSIC JAPAN)

disc2(Instrumental disc) M1 #eyezonu (Instrumental) M2 poolside feat. PES(RIP SLYME) (Instrumental) M3 Come On Honey! Feat. 新井ひとみ(東京女子流) & okadada (Instrumental) M4 ディスコの神様 feat. 藤井隆 (Instrumental) M5 おしえて検索 feat. の子(神聖かまってちゃん) (Instrumental) M6 CAND\LAND feat. LIZ (Instrumental) M7 朝が来るまで終わる事の無いダンスを(Album version) (Instrumental) M8 Her Favorite feat. okadada (Instrumental) M9 Don’t Stop The Music feat. 森高千里(Album Version) (Instrumental) M10 way to yamate (Instrumental) M11 衣替え feat. BONNIE PINK (Instrumental) M12 ひとり (Instrumental) M13 20140803 (Instrumental) ■配信情報 配信限定シングルtofubeats 「Come On Honey! feat. 新井ひとみ(東京女子流)」絶賛配信中 <iTunes Store> 公式ウェブサイト

テンテンコに姫乃たまが訊く(前編) 北海道生まれの音楽好き少女がBiSに加入するまで

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左・テンテンコ、右・姫乃たま。テンテンコの公式ブログはこちら。

【リアルサウンドより】  突然降り始めた窓の外の雨を眺めていたら、編集者のケータイにテンテンコさんから電話が入った。この雨の中、道に迷ったという。ケータイから漏れる彼女の声は、いつかライブで聞いた嫌味のないアニメにでてくる女の子のような声だった。しばらくして、ふらふらと部屋に入ってきた彼女は、舞台で見るよりもずいぶん小さかった。私は改めて彼女を見ながら、あの感じを思い出した。  BiSの解散ライブで一番衝撃を受けたのは、「テンテンコは、事務所に所属せず、フリーランスで活動していく」と発表された時だったと思う。しかもすでに決定している直近のイベントには“DJテンテンコ”として出演するという。フリーランス? DJ? 私は彼女がひとりで険しい道を歩もうとしていることが不思議でならなかった。しかし同時に、それを実現することが可能な人だと感じたことを、不思議と全く雨に濡れていない彼女を見て思い出したのだ。  自分がどうしてフリーランスの地下アイドルになってしまったのかわからない私は、どうして彼女がフリーランスの道を選択したのか知りたかった。ひとりの少女が、テンテンコになるまで、何があったのだろう。

「中学生からライジングサンに行って、色々知りました」

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当日はリアルサウンド編集部にてインタビューが行われた。

——生まれの北海道はどんなところですか。 テンテンコ:北海道の中でもずっと田舎に住んでいました。お父さんの仕事の関係で二、三年置きに海のある街を転々としてたんです。お父さんは音楽が好きな人で、車の中ではよく細野晴臣が流れていました。家の周りはなにもなくて、海と、あとセイコーマート……って知ってますか? 北海道のコンビニがあって、遊びに行く場所はそこだけでした。海っていっても海水浴とかできる海じゃないから、ずっと海沿いでアリの巣を眺めてました。みんな、よく見ると思うんですけど、アリの巣。 ——アリの巣を眺める……おとなしい子どもだったのでしょうか。 テンテンコ:どっちだろう。友達の前とかだとわがままな自分を隠してて、大人しかったかもしれません。ひとりでいるのが好きで、ひとりになれる方法をいつも考えていました。海にもひとりで行ってました。幼稚園には年長で初めてちゃんと通い始めたんです。それまでは遠くて通えなかったので。当然、周りとは全然仲良くできなくて、毎朝行きたくなくて泣いていました。家には虫の図鑑とかがいっぱいあったから、本はよく読んでたと思います。姉の影響で初めてCDを買ったのは小学一年生くらいの頃です。細長いSPEEDの「white love」でした(8センチシングル)。 ——どんな小学生になりましたか。 テンテンコ:小学校六年生で中学受験のために、札幌に家をうつしてから生活が変わりました。海でアリを見たり、チャリで山に行ってた生活が、プリクラもゲーセンもカラオケもある生活になったんですよ。びっくりですよ。隣のクラスなんか流行りの学級崩壊になってるし、なんかもうすごい! って感じでした。 ——中学受験はテンテンコさんの希望なんですか。 テンテンコ:いえ、両親が転校続きで友達ができなかった私でも、中高一貫校なら大丈夫だろうって。女子高だったんですけど、仲の良い子が四人くらいできました。いま好きなもの全てできたのが、この六年間でしたね。そういえば世代的にモーニング娘。が流行ってましたけど、アイドルにはあまり興味なかったです。 ——趣味が合う友達と四人も出会えるなんて貴重ですね。 テンテンコ:ライブハウスにも行くようになりました。最初は中学一年か二年の時に見たスパルタローカルズのライブです。北海道にはライジングサン(野外ロックフェス)があるので、中学生から行くようになって、色々知るようになりました。ゆらゆら帝国とか、フジファブリックとか。その後バンドの音楽はあまり聞かなくなっちゃうんですけど。 ——ご両親は心配されなかったですか。 テンテンコ:心配はしてましたけど、両親も音楽好きなので理解があったんです。北海道にいた頃は、よくPENNY LANEっていうライブハウスに行ってました。あとはBESSIE HALL。ここはBiSに加入してからライブに行ったんですよ。 ——おお、それは感慨深い。バンドの音楽を聞かなくなったあとは何に傾倒していったんですか。 テンテンコ:高校生で、札幌にある「ウィアード・メドル・レコード」っていう、変なCDとかレコードばっかり売ってるレコード屋に通うようになって、そこでしかCD買わなくなるくらいどっぷりハマりました。そこで私の音楽の趣味は厳選されたんです。元々、Bruce Haack の音源が買えるお店を探してて見つけたんですけど、実際にレジで「Bruce Haackあります」って言われた時に感動しちゃって。他にもThe Residentsとか教えてもらって、いまでも大好きです。自分だと英語が読めないけど、海外の音源も取り寄せてくれるのでよくお願いしてました。

「いつか東京で暮らすんだろうなって勝手に思ってました」

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「久しぶりに同年代の女の子と話した!」という姫乃たま。

——店員さんも熱心な女の子が来て、嬉しかったでしょうね。当時は自分自身で音楽をやろうと思わなかったんですか。 テンテンコ:本当にただの遊びなんですけど、高校の友達と作ったカセットテープを、お店に置いてもらっていました。ラジカセを二台使って、鍵盤ハーモニカとかの音を録って流して、もう一台にその音と歌を録音して……。 ——いまその音源が出てきたら、ファン同士で戦争が起こりそうですね。東京で暮らし始めたのはいつ頃ですか。 テンテンコ:大学進学をきっかけに上京して一人暮らしを始めました。東京へは以前から夏休みとかに遊びに来てて、憧れというよりは、いつかここで暮らすんだろうなって勝手に思ってました。田舎にいても何もないんですよ。バンドだってツアーで来るか来ないかで。でも東京ならしょっちゅうやってるし、このままじゃいけないと思って東京に来ました。 ——では、東京での大学生活は華やかに遊び倒して……。 テンテンコ:いや、東京に来てからはぐうたらしてました。根がぐうたらなんです。大学でも友達全くできなかったですし。相変わらずライブには行ってましたけど、いま思い返してもひどい生活でした(笑)。大学の人とは趣味が合わないっていうか、みんな同じように見えちゃって。ライブも結局ひとりか、一年遅れで上京してきた中高の同級生と行ってました。 ——BiSに加入するまでは活動されていないんですか? テンテンコ:ちょっとだけバンドのボーカルをやってました。大学四年生になっても何もやってなくて、当時よく通ってた桜台にあるpoolって変なライブハウスにいつも通りライブを見に行ったんです。そこでドラムを叩いてた人から、「バンドのボーカルが辞めちゃうんだけど次のライブ決まっちゃってるから、君、歌わない?」って誘われて。私も暇だったし、まあいっかって、向こうも私の歌とか一切聞かないまま加入しました。 ——えっ!それでデビュー? テンテンコ:はい。一ヶ月後くらいにみんなで車に乗って、名古屋まで遠征してデビューしました。バンドはポップにちょっとノイズを足した感じで、ごちゃごちゃした演奏に私の声を乗せたギャップのある感じでしたよ。 ——バンドはBiSに加入するために辞めたんでしょうか。 テンテンコ:特に理由はなく、私が大学を卒業する頃くらいに休止することになったんです。就職とかなんも決めてなかったので、やばいと思ってバイトでもすることにしました。どうせなら人目につくところにしようと思って、秋葉原のディアステージで働き始めたんです。二月から働き始めて、三月にツイッターでBiSのオーディションの話を見て、面白そうだから受けたら受かりました。だから私、ディアステージも二ヶ月しか働いてないんですよね。ぐうたら……。 ——受けたら受かったBiSで“テンテンコ”になるんですね。テンテンコさんってもしかして、転校続きだったからテンテンコなんですか? テンテンコ:えっ、違います。キョンシーの映画(『幽玄道士』)に出てくるヒロインのテンテンが可愛くて憧れてたからです。  テンテンに憧れていたぐうたら女子大生がみんなの憧れになるのは、このすぐあとの話です。 ■姫乃たま 1993年2月12日下北沢生まれの地下アイドル。2009年より都内でのライブ活動を中心に地下アイドル活動を開始、2011年よりライターとしても活動している。他に司会やDJ、イベンターなど活動は多岐にわたる。 [twitter] [地下アイドル姫乃たまの恥ずかしいブログ] [姫乃たまのあしたまにゃーな] (写真=金子山)

「JCブーム」を巻き起こす? 現役中学生ダンス・ボーカル・モデルグループ、J☆Dee’Zの未来

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【リアルサウンドより】  現役中学生ダンス・ボーカル・モデル・グループのJ☆Dee'Zが、9月24日リリースのシングル『Beasty Girls/Let the music flow』でメジャーデビューを果たす。  同グループは、メジャーデビュー前からダンス・キッズ向けのストリート・ファッション雑誌『DANCE STYLE KIDS』のモデルとして活躍し、「ポケモンゲット☆TV」や「おはスタ」でレギュラーを務めたことで、小学生の頃から同世代の女子からは高い支持を獲得していた。また、『JAPAN EXPO』に史上最年少ゲストとして出演したり、史上最年少でLINE公式アカウントを取得、メジャーデビューシングル『Beasty Girls/Let the music flow』がトリプルタイアップに起用されるなど、話題性だけではなく各方面からの評価も高い。  アイドルシーンが盛り上がりを見せている昨今において、彼女たちはあくまで“ダンス・ボーカル・モデル・グループ”として活動を展開している。そこには、同世代に支持されてスターダムへとのし上がった先行ガールズグループへのリスペクトも伺える。本稿ではJ-POPシーンにおける二大ガールズ・グループの功績を改めて振り返りつつ、J☆Dee'Zへの期待の高さと、彼女たちの魅力を検証していきたい。  J☆Dee'Zを語ろうとする際にまず思い浮かぶのは、1995年にデビューしたスーパーグループ、SPEEDの存在だ。彼女たちもデビュー当時は小・中学生のメンバーで構成されており(最年少・島袋寛子が11歳、今井絵理子と上原多香子が12歳、最年長・新垣仁絵が14歳)、人数も4人で見事に合致。さらにMeikのパフォーマンスや出で立ちはどこか新垣仁絵を連想させる部分もあり、一部では『SPEEDの再来』という声も挙がるほどだ。2グループのデビュー曲である「Body & Soul」(SPEED)と「Beasty Girls」(J☆Dee'Z)を比較してみると、前者はR&Bやディスコ・ブギーサウンドを主体としたトラックを用いながら、TKサウンド全盛期の流行を取り入れたウワモノのシンセで、当時のJ-POP本流の楽曲へと落とし込んでいる。後者はこれも現在の流行である、EDMマナーを踏まえたTRAP感のあるビートに、80’sのディスコサウンドを彷彿とさせるチープなシンセサウンドを加えており、どちらも当時の最先端なダンスミュージックを捉えながら、あくまで日本向けに落とし込んだ仕上がりとなっている。その音をフレッシュで抜けの良い声によって、さらにポップなものへと変えるMOMOKAとNonoの歌は、当時の今井絵理子と島袋寛子に近しいものを感じることができる。彼女たちは成長と共にそのボーカルも進化してきたことから、J☆Dee'Zにも大きな期待がもてそうだ。  パフォーマンスのあり方においては、現在のJ-POP界で女子中高生に絶大な人気を誇っているE-girlsを連想させる。J☆Dee'Zとはグループの構成は異なるものの、パフォーマンスや活動の幅広さという点で共通する部分はいくつか存在する。E-girlsは各自がモデル活動なども行い、ファッションアイコンとしても支持される存在であるとともに、バラエティなどでも高い能力を発揮。また、ヒップホップ・クラブミュージックを上手くポップに表現したトラックはもちろん、高いダンスパフォーマンスやボーカルも特徴的だ。一方のJ☆Dee'Zは、ストリート雑誌でモデルを飾ったかと思えば、デビュー曲の「Beasty Girls」では、ダフト・パンク以降のクラブミュージックを上手くポップスに昇華。タイトルからビースティー・ボーイズをも連想させるこの楽曲で、ヒップホップ・クラブミュージック界隈へのアプローチも行っている。さらに、彼女たちは「中学生による中学生のための中学生限定イベント」というコンセプトの『JC☆DISCO』を定期的に開催。同イベントはいわば“JC向けのクラブイベント”といったところで、ゲストDJが会場を大いに盛り上げたり、ホスト役のJ☆Dee'Zがライブを披露する場であり、メジャーデビュー以降も同世代を巻き込んだイベントとして発展していくことだろう。  昨年までJCアイドルだった橋本環奈(Rev. from DVL)や、子役“まいんちゃん”やJCモデル“はるん”として活躍していた福原遥は今や高校生になり、次のJCカルチャーの担い手が待望されている。J☆Dee'Zがその担い手となり、さらなる“JCブーム”の火付け役として活躍する可能性は十分あるだろう。 (文=向原康太) ■リリース情報 『Beasty Girls/Let the music flow』 発売:9月24日(水) 価格:CD+DVD 1形態永久仕様 ¥1,500(税込) <CD収録内容> 01.「Beasty Girls」 02.「Let the music flow」 03.「DISCO WINNER」 04.「Beasty Girls-instrumental-」 05.「Let the music flow -instrumental-」 06.「DISCO WINNER -instrumental-」 <DVD収録内容> 01.「Beasty Girls」 Music Video 02.「Let the music flow」 Music Vide 03. J☆Dee'Z Dance Exercise ■リリースイベント情報 2014年9月13日(土)16:00~ たまプラーザテラス 2014年9月14日(日)14:00~ アリオ川口 1F センターコート 2014年9月20日(土)16:00~ イオンモール浦和美園 1F セントラルコート 2014年9月21日(日)16:00~ 大宮アルシェ 1Fイベントステージ 2014年9月24日(水)19:00~ イオンモール幕張新都心 グランドモール1F グランドコート 2014年9月28日(日)15:00~ タワーレコード渋谷店 1F

『堂本兄弟』が13年半の歴史に幕 KinKi Kidsの成長と番組の功績を振り返る

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『新・堂本兄弟』ホームページより。

【リアルサウンドより】  KinKi Kidsが司会を務める音楽バラエティ番組『新・堂本兄弟』(フジテレビ)が9月28日に最終回を迎えた。  同番組は、Kinki Kidsの2人とレギュラー陣、ゲストによるトークやスペシャルセッションを中心とした番組構成で人気を博し、前身番組『堂本兄弟』(2001-2004年)を含めると約13年半ものあいだ放送が続いた。KinKi Kidsの2人にとってはホームグラウンドであり、彼らの成長の場でもあっただろう。番組の終了によせて『堂本兄弟』の魅力を振り返りたい。

豪華アーティスト・芸能人による赤裸々トーク

 トークタイムでは、KinKi Kidsが司会力をいかんなく発揮。にこやかに進行を務める光一と、低めのテンションでツッコミを入れる剛というバランスのとれた2人のトークに支えられ、俳優などバラエティ慣れしていないゲストが普段は見せない顔をのぞかせることも。例えば松たか子は、自宅で顔面パックをしながら、仰向けに寝転んで下半身を揺らす“金魚運動”の機械を使っているというエピソードを披露。光一に「かっこわりー!」と笑われると、椅子から立ち上がる勢いで「気持ちいいんですよ、すごく!」と必死に自己弁護していた(2001年6月17日)。また、ゲストが番組からの質問や要望に答える“一問一答”コーナーでは、竹内結子や菅野美穂が変顔を披露したこともあった。  ジャニーズのメンバーが出演する回では、くつろいだ雰囲気のなかで先輩・後輩ならではのトークが繰り広げられることも。関ジャニ∞が出演した2008年10月26日放送の回では、剛が横山裕と村上信五に対し「(渋谷)すばるとか錦戸(亮)がトークまで達者やったら、おまえら運転手でええもんな」と言い、横山に「先輩やからどつかないだけですよ!」とツッコまれる一幕もあった。長瀬智也が出演した2002年2月3日の回では、長瀬と親交が深いことで知られる光一が「長瀬は便座カバーにこだわりを持っている」と明かすなど、ジャニーズ同士の赤裸々な会話が楽しめるのも同番組の魅力だった。

番組を支えてきた凄腕ミュージシャンたち

 同番組を語る上で欠かせないのが、高見沢俊彦(THE ALFEE)をはじめとする個性豊かなレギュラー陣だ。「堂本ブラザーズバンド」としてセッションをするほか、一部のメンバーはトークにも参加していた。放送終了時のレギュラーは高見沢のほかに、西川貴教、高橋みなみ、樽美酒研二(ゴールデンボンバー)。不定期出演や演奏のみのメンバーも加えると、武田真治、槙原敬之、DAIGO、吉田建、土屋公平などそうそうたる顔ぶれだ。過去には、シャ乱Q・まことやLUNA SEA・真矢、GACKT、吉村由美(PUFFY)、深田恭子、堂島孝平など出演し、番組を盛り上げた。  セッションパートは、郷ひろみ×坂崎幸之助による「この世界のどこかに」(2001年12月23日)、吉田拓郎×KinKi Kids×高見沢俊彦×ジェイク・シマブクロによる「結婚しようよ」(2004年4月4日)、北島三郎×KinKi Kidsによる「まつり」(2011年2月27日)など、同番組でしか見られない豪華コラボレーションも多かった。また、ミュージシャンではないゲストも歌声を披露。真矢みきによる「瞳をとじて」(2005年1月16日)、井上真央による「プラネタリウム」(2006年4月16日)、榮倉奈々による「ハナミズキ」(2009年3月15日)など、女優の貴重な歌唱シーンを楽しめる回もあった。

KinKi Kidsの成長

 前身番組『LOVE LOVE あいしてる』(1996年-2001年)の企画をきっかけにギターを弾き始めたKinKi Kids。吉田拓郎など大物ミュージシャンに鍛えられ、『堂本兄弟』スタート直後の2001年には、小室哲哉が2人の歌やギターの腕前を「うまい」と評価している(フジテレビ『堂本兄弟』オフィシャルサイト内「堂本光一マジトーク」より)。  剛は共演者の土屋にファンクギターを習うなどして音楽の幅を広げていたほか、収録前に吉田建や土屋らと「剛マンブラザーズバンド」としてセッションすることもあったという。同番組においてミュージシャンと交流を持ち、セッションを重ねたことは、剛が現在のアーティスト路線を開拓できた理由のひとつだろう。  また、ソロ活動は舞台が目立つ光一も、じつはKinKi Kidsの楽曲や舞台『Endless SHOCK』の劇中歌などを手がけている。これも『LOVE LOVE-』で作詞作曲にチャレンジして以来のこと。『LOVE LOVE-』から『新・堂本兄弟』まで続いた18年の歴史は、KinKi Kidsの音楽的素質も大きく伸ばした。  現在、番組のオフィシャルサイトには、長年の視聴者から「音楽を大好きにさせてくれた大切な番組でした」「ぜひ、復活ライブなどでまた堂本ブラザーズバンドのかっこいいライブを見たいです」などのコメントが寄せられている。出演者やKinKi Kidsのみならず、視聴者にも音楽の楽しさを伝えていた同番組。いつか特番などで、彼らの演奏を再び楽しめることを願いたい。 (文=西田友紀)