
頭脳警察・PANTA(左)と外道・加納秀人(右)。
「日比谷でやった時に、外道がめちゃくちゃカッコ良かった」(PANTA)
――外道と頭脳警察は、中学校の時、80年代に初めて聞いてどちらにも衝撃を受けました。ただ、外道のファンは暴走族が多くて、頭脳警察のファンは学生運動の連中が多い印象だったので、2人の仲が良いのは意外な気もします。 PANTA:いや、暴れる業界としては一緒なんじゃない? どっちも鉄パイプ持つかな(笑)。 加納:まぁ、どっちも危なかったよ(笑)。その当時はフェスティバルで会ったりしていたね。 PANTA:日比谷でやった時に、外道がめちゃくちゃカッコ良かったの。着物みたいな衣装を着て、マイクスタンドのところにバーッと駆けていって歌っていて、「カッコいいなぁっ!」って思った。それがすごく印象に残っている。 加納:イベントで会ったりすると、そこでファン同士が喧嘩したりもしていたね(笑)。不思議なのはその当時、バンド同士は喧嘩しているわけでも何でもないし、こっちとしてはフォークの人とやってもジャズの人とやってもOKだったのに、まわりがこれはロックで、これはハードロック、こっちはフォークだからと色々決めていくんだよね。でも、やってる方は自分のやることに精一杯で、そんなことはまったく意識もしてないし、自分のやり方をやっていただけ。だけど、観る人や書く人がどんどん線引きしていって、別れていったんだと思うよ。 ――当時は外道のファンの前で頭脳警察がやったり、頭脳警察のファンの前で外道がやったりもしていたんですか。 加納:とにかくあの当時は、色んなモノがゴチャゴチャだった。今みたいに一つのジャンルだけ集めてやるようなコンサートとかなかったと思う。色んなジャンルの色んなバンドが出ているフェスティバルのような形態だった。ウッドストック(1969年8月15日から18日午前までアメリカニューヨーク州で行われた伝説的なロックフェスティバル)みたいなもんだよ。 PANTA:当時を象徴するフェスティバルとして、郡山でやったワンステップフェスティバル(1974年8月4.5.8.10日に内田裕也などの主催でオノ・ヨーコも出演した福島県郡山市の総合陸上競技場で開かれたロックフェスティバル)というのがあった。頭脳警察は出なかったんだけど、外道はトラブルがあったんだよね。東京から行った暴走族のファンと地元のグループが対立して。 加納:当時の話をするのもあれなんだけど、たぶん音楽関係で機動隊が出るのは外道ぐらいだったと思う(笑)。色んなところに行くたびに検問があって、機動隊が出てきた。ワンステップフェスティバルに行くときは、そんなにたくさん族がついてきたわけではなかったんだけど、警察も外道が来るっていうんで検問しなきゃってことになって。でも別に凶器を持って行くわけじゃなくて、楽器持って行くだけだから普通に入れたけどね。当時はそんなことが多くて、コンサートに出られなかったこともたくさんあったよ。

「ハードロックに一生を賭けるとか、ブルースに一生を賭けるとか、俺には出来ない」(加納)
――そんな時代にあって、外道と頭脳警察は日本語で歌うロックの先駆者でしたよね。 加納:当時は「ハードロックとロックは英語だ! 日本語なんかダメだよ。フォークならいいけど」っていう連中もいたよ。内田裕也さんが英語派だったというのもあると思うんだけど、フォークは日本語で歌ってもいいけど、ロックはダメだっていうのは、よくわかんないよね。でもミッキー・カーチスさんは「いいじゃん日本語で。いいよいいよ!」って言ってくれた。 ――外道も頭脳警察も日本語がすごく響いてきますね。今回の外道の新アルバム『Rocking The BLUES』でも、2曲目の「It’s a MAD WORLD」を聞いた時に「あ!これPANTAさんの声だ」って一発でわかるインパクトがありましたよ。 加納:「あ! これ誰だ!」ってすぐわかるのは、すごく大事だと思う。自分の声を持って、自分の歌い方を持って、自分の生き方を持ってるっていうのは、やっぱり大変なことなんですよ。歌もギターもそうですよ。そういうのが当然あって然るべき。独自のスタイルっていうのは、最初から目指していました。 PANTA:ギターもわかるもんね。「あ! これアイツだ!」って。 ――PANTAさんが歌ってる部分の歌詞も加納さんが書いたんですか? 加納:そうですね。 ――すごくPANTAさんの雰囲気が出ていますよね。これまさかPANTAさんが書いたのかな?って思うぐらい。 PANTA:すごく意識してくれたんじゃないのかな。 加納:俺はものすごく政治的なことも歌うし、エッチな歌も歌うし、バカみたいなことも、ラブソングも歌う。とにかくジャンルが無いんです。あえて言うなら「音楽」っていうジャンル、「生きてる」っていうジャンルなんですよ。ハードロックに一生を賭けるとか、ブルースに一生を賭けるとか、俺には出来ないです。ジャンル無く自分のやりたいことを表現する。言葉にしても音にしても何でも。だから色んなタイプの曲があって当然だし、今回みたいな歌詞も書くんです。 ――でも、外道節は健在ですよね。あ、やっぱ外道だなってわかります。ところで、7曲目の「イエローモンキーブルース」って、昔の「イエローモンキー」のブルースバージョンじゃないですか? 加納:ひとつの曲をどんどんどんどん発展させて、延々と出して行くっていう奴はあんまり居ないと思うんだよね(笑)。俺の場合、1曲を10回とか15回ぐらいレコーディングしたりするから。
「50mのシールドとギターだけで10万人が総立ちになってノってた」(加納)
――昔の曲だと、今とは気持ちが違うからやり辛かったりしませんか。 加納:そういう時期があればやらないの。1回書いてそのまま終わっちゃうのもあれば、何回もレコーディングしてどんどん生まれ変わって行ったりとか、発展して行ったりとか、そういうことをやるんです。 ――12曲目の「俺のRock’n Roll」を聞くとわかるんですけど、レコーディングは一発録りですよね。 加納:俺のレコーディングスタイルっていうのは昔から「曲が出来たんでやってみようか」っていって、いきなりリードも録るし、歌も録るんです。ほとんどスタジオライブみたいな感じだよ。今回も、こんな感じだよっていう歌を入れておいて、それを聞きながらみんなで一緒に合わせて録って、というのがほとんどですね。みんなでせーので録って、サイドだけ録ってないからサイドだけ録ろうとか。それぐらいなもんですよ。ドラムとベースが一部屋で、ギターが別の部屋で別れてはいますけど。 PANTA:そこは数少ないアナログ録音が出来るスタジオなんですよ。 ――それはいいですね。オープンリールですか? 加納:そうそうオープンリール(笑)。 ――それ、レコード盤出した方がいいですよ! 外道のファンの世代の方ってレコード世代だし、若い世代もそうですけど、レコードを求めているファンも多いと思います。外道のファースト・アルバムのレコードジャケットもかっこいいじゃないですか。段ボールみたいな地に、外道って名前だけが書いてあって、中学の時にジャケ買いしましたよ。でも、そういえば頭脳警察は売ってなかったですね。 PANTA:すみませんね、発売禁止ですから。店頭に並ばせて貰えませんでした(笑)。だから、あの頃から通販を意識してやっていました。 加納:ハッハッハッ(爆笑)。 ――ところで外道は、日本で初めて海外のフェスに出演したバンドですよね。 加納:さっき話に上がっていた、ワンステップフェスティバルに出て、外道が一発で全国区になったんですよ。たくさんバンドが出ていたんだけど、NHKで外道とイエローと内田裕也さんとオノヨーコとサディスティックミカバンドが放送されて。その後、サディスティックミカバンドとかクリエイションとかジェフ・ベックとかと一緒にフェスを廻るようになって、アメリカにも呼ばれた感じです。 PANTA:ハワイのサンシャインヘッド・ロックフェスティバルでやってるもんね。 加納:世界中から有名なバンドが出る有名なコンサートで、10万人いました。映画のウッドストックとかを観て「ああ、こんなのあるんだなぁ」って思っていたけれど、日本でやってもせいぜい集まって1万人とかだから、あんまりその規模感を意識してなかったの。それで、普段日本ではマーシャル三段積みを三台ぐらい使っていたのに、50mのシールドとギターしか持って行かないで、エフェクターも持って行かない(笑)。着物は持って行ったけどね。五千人ぐらいしかいないのかと思っていたからアンプも小さいやつでいいやって。それ積んでトラックの荷台に載って着いたら10万人ぐらいいて、馬に乗ってる人とかもいるし「ええーっ! 機材持ってくれば良かった!」って(笑)。あんなにすごいイベントだとは思わなかったから。ホントみんなびっくりしていた。だって日本のバンド始まって以来ですからね、すごかったですよ。2曲目で10万人総立ちになってノってましたから。
「狭い閉鎖された空間の中で、一緒にアーティストを観て楽しもうっていう空気がなくなった」(PANTA)
――それは観たかったですね。外道の音楽は、ライブを観てもらえれば確実に伝わるんですよね。 加納:絶対にわかる。音が違うから。ライブを体験すると人間が生きているエネルギーを、生きるために必要なエネルギーを貰えます。音楽って食事とか空気とか自然の大事な物と変わらないぐらいのものを持ってるんですよ。でも、死んだような音楽はそんなエネルギー持ってなんかいないけど、本当に生きてる良い音楽は、ちゃんと持っているので、それを体験してもらいたいと思う。絶対聴かせるから。 ――それ、よくわかります。ただ、新しい人がライブに来るまでが大変じゃないですか? やる側としては絶対完璧な自信があっても、そこに新しい人にどうやって来てもらうかっていうのは問題だと思うんです。PANTAさんは、その辺どう思いますか? PANTA:ライブハウスのあり方も問題だと思う。昔はライブハウスのオヤジさんと、そこに居座っているお客さんとで、一緒にアーティストを育てるという環境が、その情熱とともに色んなところにあったと思うのね。みんなライブハウスやお客さんとともに育っていった。ところが新宿ロフトとかのいわゆる老舗のライブハウスの形態と違って、「なんだライブハウス儲かるじゃないか」ってどんどん色んなライブハウスが出てきて、チケットノルマというものを課してくるようになった。それでアマチュアバンド何組かを集めて、チケットを売らせる。ライブハウスだけがリスクを背負わないんです。いくらもしないコーラを一杯500円で何の疑問も持たずに飲ませて、そういう中で義理でチケットを買わされた奴が行く。そりゃあ友達のを観たらすぐ帰るよ。それで狭い閉鎖された空間の中で、一緒にアーティストを観て楽しもうっていう空気がなくなった。ライブハウス自体が、もう少しやり方を考えた方が良いんじゃないかな。 ――箱側の問題もあると。 PANTA:そうそう。逆にライブハウスじゃなくて、ちょっと飯食わせるところで、楽屋も無い音響設備も無いところでもライブ出来るじゃないかって状況になっている。やる場所を探してるミュージシャンはいるから、そういうところでもやっちゃうんだよ。だからとっても寂しい状況なのね。本当はライブをやるんだったら、もう少し環境を考えなきゃいけないのに「出来るじゃないか!」ってね。そういうミュージシャンはたしかにたくさんいますよ。それで発表の場を持っている人もいるし。でもそうじゃなくて、もう少し音楽的に熟成した社会を作るためにはどうしたらいいのか? っていう問題。たとえばフェスもものすごく重要なんだけれども、最近ではとにかくフェスが大型化しちゃって、こじんまりしたフェスっていうのが無くなってきてる。自然の中で、全体の中でみんなが自由に、好きなバンドを楽しめるフェスがなかなかないんですよ。 加納:今の大きなイベントっていうのは、お金絡みになっちゃっていて良いものを聴かせるっていう発想ではなくなってきているから、残念ですよ。これとこれと出せば人気があって、これだけの収益があるってね。そういうのが今のやり方でしょ? そうじゃなくて、もともとは良い音楽を、カッコいいものをとにかく聞かせたくてやるものだと思う。だから、今回のアルバムだって40周年記念アルバムをリリースした後の、単なる新作じゃないんですよ。今までやって来た中で蓄積されて溜まったホンマモンのことが、やっと出来るスタートラインなんです。なぜ『Rocking The BLUES』かって。ブルーで落ち込んだところを俺のエネルギーと気で、Rockでハッピーにさせるってことです。俺のこと嫌いでもいいから、エネルギーを与えて、生きる力を、希望を、やっと音の中で出せるようになって来たアルバムなんですよ。本来、音楽にはどれだけのエネルギーが入ってるのか、このアルバムで体験してもらいたいですね。 (取材・文=ISHIYA/写真=石川真魚)
外道『Rocking The BLUES』(キングレコード)















