
『嵐はなぜ史上最強のエンタメ集団になったか』
「嵐」以前、ジャニーズアイドルの90年代
嵐を筆頭に、今ではテレビドラマにジャニーズアイドルが出演することは当たり前のことになっている。新クールのドラマが出揃うと「ジャニーズアイドル主演のドラマが何本あるのか?」がマスコミで話題となるのは、もはや慣例行事だが、こんなことが話題になるのはジャニーズアイドルくらいのものだろう。 古くは、『3年B組金八先生 第1シーズン』(79~80年・TBS)にたのきんトリオ(田原俊彦、近藤真彦、野村義男)が出演したり、トレンディドラマの『抱きしめたい!』(88年・フジテレビ)に本木雅弘が出演したりといったことはあったがこれらは、あくまで例外的存在で主演作も決して多くない。アイドルと俳優という仕事がまだ住み分けられており、ジャニーズアイドルが本格的に俳優活動をする場合は、アイドル活動を卒業して、次のステップとして俳優業に向かっていくということが、ほとんどだったからだ。 テレビドラマはアイドルにとっては主戦場ではなく、テレビドラマもまた、アイドルを戦力と見ていなかった。あくまで当時のアイドルたちの活動は、『ザ・ベストテン』(78~89年・TBS)などの歌番組が中心だったのだ。 しかし90年代に入り歌番組が減っていくと、それにともない、アイドルたちは活動の拠点を歌番組の外に求めざるをえなくなっていく。そんな時代に、全方位的な活動が要求されることになった最初のジャニーズアイドルがSMAPである。 彼らは生き残るためにアイドルでありながら、歌番組だけでなく、バラエティ、スポーツ、報道、そして映画やテレビドラマといった俳優業へとアイドルとして進出していき、それぞれの分野で独自の地位を勝ち取っていった。 SMAPの活躍により、人気はあるが専門的な技術は劣る半人前の存在の象徴であったアイドルが、何でもこなすマルチな存在へと意味が変わっていったのだ。 その結果、当時のドラマの中心だった月9(フジテレビ系月曜9時枠)を中心としたフジテレビ系のポスト・トレンディドラマの主演を、木村拓哉を筆頭とするSMAPが占めるようになっていく。 一方、今までとは違うフロンティアを俳優として開拓していったのが、KinKi Kidsの堂本剛である。彼が主演したTBS金曜ドラマで放送された『人間・失格~たとえばぼくが死んだら~』(94年)という野島伸司・脚本の文芸色の強い青春ドラマと、土9(日本テレビ土曜9時枠)の『金田一少年の事件簿』(95年)を筆頭とする漫画原作のジュブナイルドラマ。これらの作品はトレンディドラマで若返ったドラマファンの年齢層をさらに若返らせ、10代の中高生にも訴求するテレビドラマの流れを作りだした。 なかでも土9は、今日のジャニーズドラマを考えるうえで、もっとも重要なドラマ枠。少年マガジンの原作漫画×演出家の堤幸彦らによる実験的な映像×若手ジャニーズアイドルという組み合わせから、数々の傑作が生まれた。ここでの実験は、漫画原作の映像化した“キャラクタードラマ”という形で、00年代に入ると様々な形で開花していく。 ここにうまくハマったのが、TOKIO、V6といったポストSMAPとしてのジャニーズアイドルたちだ。彼らもまた、SMAPと同じようにオールジャンルへと進出していった。 一方、土9で頭角を現した映像作家の堤幸彦はやがて、舞台をTBSに移し、カルト刑事ドラマ『ケイゾク』(99年)を発表。土9時代の10代向けジュブナイルドラマという枷から解放された堤演出の映像美と複雑怪奇な先が読めない展開は、各方面から高い評価を受け、テレビドラマの流れを大きく変えた。 その後、堤は00年には長瀬智也主演の『池袋ウエストゲートパーク』(00年・TBS)を手掛ける。その時に大抜擢されたのが脚本家の宮藤官九郎で、その後の『木更津キャッツアイ』(02年・TBS)等のクドカンドラマへとつながっていき、ジャニーズアイドル×クドカンドラマという盤石の組み合わせが席巻することになる。嵐とゼロ年代
このようにジャニーズアイドルたちがテレビドラマの中で居場所を獲得していくなか、いよいよ嵐が99年にデビューする。 それ以前にも松本潤と相葉雅紀が、KinKi Kids主演の『僕らの勇気 未満都市』(97年・日本テレビ)に脇役で出演することはあったものの、嵐のメンバーがテレビドラマで主演クラスの活躍をするようになるのは、00年代に入ってからである。 10代後半から20代後半にかけてという男性アイドルにとって、もっとも旬の時期を00年代に過ごしたこともあってか、嵐のドラマには、00年代を生きた少年が青年になっていく過程が刻まれている。同時にそれは00年代に生きた若者たちの記録だったと言っても差し支えないだろう。 00年代のドラマシーンは、90年代までは勢いがあった恋愛ドラマが失速していく時代だった。トレンディドラマの総決算と言える『やまとなでしこ』(00年・フジテレビ)以降は、視聴率が低下し、『ビューティフルライフ』(00年・TBS)や『世界の中心で愛をさけぶ』(04年・TBS)といった難病モノの形でしか成立しなくなっていた。松本潤とイケメンドラマ
恋愛ドラマの人気が落ちていく中、入れ替わる形でドラマシーンを席巻したのは、若手男性俳優を見せることに特化したイケメンドラマである。 これは『テニスの王子様』のミュージカル(テニミュ)や、『仮面ライダー』シリーズ(平成ライダー)にしても同様で、あらゆるジャンルが汎イケメン化していったのが00年代の大きな特徴だった。 そんなイケメン戦国時代の渦中で揉まれながら、頭角を現したのが松本潤である。 たとえば『ごくせん』(02年・日本テレビ)は、ヤンクミこと山口久美子(仲間由紀恵)がヤクザの娘であることを隠しながら女教師をしているというドラマだが、今、男子生徒役を振り返ったときに、松本を筆頭に小栗旬、成宮寛貴、松山ケンイチ、ウエンツ瑛士、上地雄輔、パート2では亀梨和也、赤西仁、速水もこみち、小池徹平、水嶋ヒロ、三浦涼介といったそうそうたるメンバーがいたことに驚かされる。 『ごくせん』でおこなわれたイケメン俳優の展覧会という試みは、その後、『花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス~』(07年・フジテレビ)や『メイちゃんの執事』(09年・フジテレビ)などの少女漫画のドラマ化によって、より徹底されたものとなっていく。 そんな、イケメンドラマの金字塔となったのが、『花より男子』(05年・TBS)であることは言うまでもない。 『花より男子』は、原作こそ日本の人気少女漫画だが、台湾でドラマ化されて大ヒットしたことから逆輸入的に日本でドラマ化されたドラマだ。 物語はセレブの子どもたちが通う英徳学園で庶民の出の少女・牧野つくし(井上真央)が奮闘するラブコメディで、松本潤はつくしの前に立ちはだかるセレブグループの頂点に立つF4のリーダー・道明寺司を好演した。オラオラ系男子だが、ヒロインのつくしにはベタ惚れという二面性が受けて、マツジュン=王子様というイメージを完全に定着。後に続編や映画版も作られる00年代を代表するメガヒット作品となった。 一方、イケメンドラマや男性アイドルが求められる時代背景を、かつてのトレンディドラマの構造を使うことで描き出した隠れた名作が『きみはペット』(03年・TBS)だ。 新聞社に勤める巌谷スミレ(小雪)は、エリートであるが故に何でも完璧であらねばならないと思うあまりに仕事と恋愛のストレスを抱え込んでいたが、マンションの前で段ボールに入って倒れていた謎の美少年・モモ(松本潤)といっしょに暮らすことで少しずつ癒されていく。美少年をOLがペットとして飼うという不思議な作品だが、松本の天真爛漫な演技もあって、おかしな味わいのラブコディに仕上がっていた。モモとすみれの関係は男女の恋愛には規定できない不可思議なものだが、今考えるとこれは男性アイドルやイケメン俳優を女性視聴者がどのように希求していたのかを描いたメタ・アイドルドラマだったのかもしれない。櫻井翔とクドカンドラマ
また、イケメンドラマの構造を最大限に活用――つまりジャニーズアイドルさえ出ていれば何をやってもOKという枠組みを利用――して自分たちの作りたいドラマを作り続けたのが脚本家・宮藤官九郎とプロデューサーの磯山晶がチームを組んで制作した『池袋ウエストゲートパーク』や『うぬぼれ刑事』(10年)といったTBSで放送されたクドカンドラマである。 90年代小劇場文化のもっとも暗くて深い場所にいた松尾スズキが主催する劇団・大人計画に所属していた宮藤が、ジャニーズアイドルの出演するドラマの脚本を執筆するというのは、当時は驚かされたものだが、ジャニーズサイドとしては有名クリエイターの作品に出演することで箔をつけることができ、クリエイターサイドはジャニーズアイドル主演ということで商業面(テレビドラマでは視聴率やDVD-BOXのセールスにおいて)での保険をかけることができるという、双方の利益がかなった幸福な結婚だった。 なかでも櫻井翔が出演する『木更津キャッツアイ』は、クドカンドラマのブランドを決定づけた、00年代ドラマの金字塔である。 本作は余命半年の青年・ぶっさん(岡田准一)を中心とした男の子たちのグループが昼は草野球チームの木更津キャッツ、夜は怪盗団・木更津キャッツアイとして活躍する青春コメディだ。櫻井はグループの中で、一人だけ大学生で童貞のバンビを演じた。 まだ演技経験が少なく決してうまいとは言えないぎこちない演技だったが、そのぎこちなさが初々しさにつながり、生真面目すぎてめんどくさいがみんなから愛されているバンビにぴったりとハマっていた。 それにしても女性に夢を売る男性アイドルが、童貞役を演じ、男子校的なノリを「これでもか」と展開する『木更津キャッツアイ』が放送され女性視聴者に受け入れられたのは、テレビドラマとしてはもちろんのこと、アイドルドラマとしても快挙だったと言える。 本作以降、若手男性アイドルを多数登場させることで新人俳優の登竜門となるイケメンドラマは多数制作されるが、『木更津キャッツアイ』を筆頭とするクドカンドラマが果たした役割は大きい。 アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(95~96年)の内向的な主人公・碇シンジや、97年に酒鬼薔薇聖斗の名前で猟奇殺人事件を起こした14歳の少年が象徴的だが、思えば90年代は男の子を少年犯罪のようなネガティブな形でしか描くことがむずかしい時代だった。 ふつうの少年たちはスポットライトを浴びることはなく、隅っこに追いやられ、男の子たちの男子校的な共同体を幸福な形で描くことはとても困難だった。 テンポの速い会話劇や、東京ではなく木更津という郊外を舞台にしたことなど、00年代において様々なイノベーションを起こした宮藤官九郎のドラマだが、なにより最大の功績は、ふつうの男の子たちの幸福な共同体を00年代に描ききったことだろう。この流れは二宮和也が主演を務めた童貞高校生グループの青春を描いた『Stand Up!!』(03年・TBS)や嵐の5人が出演した映画『ピカ☆ンチ LIFE IS HARD だけどHAPPY』(02年)へとつながっていく。(後編に続く) ■成馬零一 76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。
リアルサウンド編集部『嵐はなぜ史上最強のエンタメ集団になったか』





