SAKEROCK解散に寄せてーー岡村詩野がバンドのキャリアと音楽性を振り返る

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SAKEROCK『SAYONARA』(カクバリズム)

【リアルサウンドより】  最初にSAKEROCKのメンバーと会ったのは、ファースト・アルバム『YUTA』がリリースされた時の取材の現場だったので、もう12年も前のことになる。メンバー全員が小さな部屋にちょこんと座っていた。みんなおとなしいな、最初はそんな印象だったと思う。  そうして、彼らの出身高校である自由の森学園の校風の話をきっかけに、彼らのユーモラスな音楽へのアプローチの出自をあれこれと探っていくうちに、基本みなどこか遠慮がちに口を開く中から、誰からともなく“うたごころ”といった言葉が出てきたことが今も強く思い出される。その後も取材中、何度もその“うたごころ”という言葉が口々に繰り返され、インタビュアーの私も、メンバーも、そこにいた誰もが何も疑問に感じることはなかった。それどころか、取材が終了する頃には、SAKEROCKは歌ものバンドなのだ、という意識がすっかり頭の中を占拠してしまっていた。もちろん、今でこそ星野源は歌い手として活躍しているし、その後のSAKEROCKの作品にもヴォーカルが挿入された曲が多数登場してくるが、このファーストの時点ではインストゥルメンタル・グループという認識。にも関わらず、すんなり“うたごころ”という言葉を消化できたのは、彼らの作品が“歌のない歌もの”という視座に基づいて作られているのが明白だったからだ。  二度目に彼らに取材したのは、それから1、2年経った頃だっただろうか。暮れのかなり押し迫った日の夜遅く、撮影もあったので確かファッション雑誌のインタビューだったと思う。当時既に彼らは飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、でもやりたいことをただカタチにしているだけ、相変わらずそれを的確に言葉にするのは得意ではなく…といった素朴なモティヴェイションが会話のはしばしに現れており、とはいえ、メンバーそれぞれにプレイヤーとして個性を放ち始めていたことから、バンドとしての骨格が固まってきたことを自覚している、そんな印象に変わったものだった。その時、風邪で熱を出したといって大きなマスクをつけた星野が、帰り際に自分一人で作ったソロのデモがあるんで聴いてみてください、と渡してくれたCDRは今も大切に手元に残してある。まさかその星野が後にソロとして武道館のステージに立つことになるとは想像していなかったが。  気がついたら彼らはチケットがなかなか手に入らない人気バンドとなり、メンバーの脱退、別ユニットやソロでの展開も増えていったが、それぞれの持ち場で力を発揮するようになっていった。だが、不思議と彼らの匂いは何ら変わることなく……いや、もちろんスキルは間違いなくあがっているし、アレンジのヴァリエイションも徐々に広がっていったが、彼らは活動してきた約15年間、10代の頃の仲間と好きなことを自分たちのペースで平熱のまま続けていったような気がしてならない。一切ブレることなく、惑わされることもなく。そういう意味では徹底して頑固なバンドだったと思う。経験を積み、キャリアを重ねていけばいくほど、手練になっていく。その手練ゆえの魅力ももちろんあるし、それがSAKEROCKというバンドをここまで大きな存在にしたのも事実だろうが、手練が引き起こす気の緩みを恐らく彼らはどこかで嫌っていたのではないか。結局最後の最後まで彼らはフレッシュな彼らのままでいることを選んだということなのではないか。  ラスト・アルバムとなる『SAYONARA』を聴いて感じたのも、その変わらないでい続けることの頑固さだ。ファースト『YUTA』の頃から驚くほど変わらないここでの10曲。それぞれが多忙を極めていることもあったのだろうが、約5年ぶりのアルバムだったにも関わらず、制作に極端に精神的負担をかけなかったことが、どの曲にもいい塩梅で空気穴を多くあけたような風通しの良さとなって現れた。重くなることもなく軽くなることもなく、今日も今日で淡々と音を鳴らして合奏をする。そこで聴いてくれている人達のために。僕らのために。  彼らは熟達したバンドになることを拒んだ。ある一定の未熟さを残すことの潔さを求めた。その決断は、しかしながらプロフェショナルなジャッジだったと思う。『SAYONARA』とは『ARIGARTO』という意味。6月2日、両国国技館で開催されるラスト・ライヴは、きっと彼らが最初にやったライヴと同じ温度に違いない。 ■岡村詩野 音楽評論家。『ミュージック・マガジン』『朝日新聞』『VOGUE NIPPON』などで執筆中。東京と京都で『音楽ライター講座』の講師を担当している(東京は『オトトイの学校』(http://ototoy.jp/school/event/info/161)にて。京都は手弁当で開催中(http://ki-ft.com/school/))ほか、京都精華大学にて非常勤講師もつとめている。

なぜアイドルはグラビアに向かうのか? 地下アイドル・姫乃たまが考察

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姫乃たま

【リアルサウンドより】  「なんかコンビニ雑誌の表紙が、知らないお姉ちゃんばっかりになってる」たしか2012年頃だったと思うのですが、そんな声を頻繁に聞くようになりました。すでにAKB48の人気は、アイドルファンの枠を飛び越えて一般層にも広がっていた感覚がありますが、人気上位メンバーしか知らないという人も多かったかもしれません。  そういえば、あの頃、周囲のカメラマンや、芸能誌の編集者が「AKB48はアイドルなのに、そこそこ露出の高いグラビアもやるので撮影しやすい」と話しているのを、よく耳にしました。グラビアは、彼女たちの知名度を高める、ひとつのきっかけであったようです。その後、周知の通りAKB48グループの認知度は高まり続け、国民的アイドルグループと呼ばれるに至ります。  しかし、彼女たちの人気の裏で、グラビアアイドルの仕事の場が奪われているという声も、ちらほらと上がり始めていました。2005年頃からグラビアアイドルとして活動していたという女性は、「ここ5.6年で、グラビアアイドルの格が下がってきている」と言います。原因は、歌って踊るアイドルの参入と、同人のデジタル写真集の流行であると分析していました。  ここ5.6年といえば、ちょうどデジタル写真集の同人即売会が盛り上がりを見せてきた時期です。以前は、プロカメラマンとグラビアアイドルによる作品を、流通するのが一般的でした。現在では、カメラの品質向上と、修正ソフトの普及により、アマチュアのカメラマンとモデルによるデジタル写真集やDVDが、大量に即売会で手売りされるようになりました。  実は「ここ5.6年」というのはキーワードで、10年選手の地下アイドルの多くが口を揃えて、「大量に地下アイドルが出てきて、根性ない子も増えた」とする時期なのです。  何を隠そう、6年前に地下アイドルとして出てきて、3年ほど前からデジタル写真集を作って同人即売会で売っているのが、私です。たしかに、「ここ5.6年」は、私のようなアイドルを志したことのない人間が、うっかり地下アイドルになったり、なんとなくデジタル写真集を出せたりする時期でした。  地下アイドルとして活動していると、イベント中や、CDのジャケットなど、カメラを向けられる機会が多く、自然と撮影されることに慣れていきます。私はグラフ誌のライターをしていたので、カメラマンの方と知り合う機会も多く、作品撮りのモデルなどを依頼されるうちに、撮影会や同人即売会から声がかかるようになりました。私がモデルのような仕事をするようになったのは、こういった経緯です。  周囲の地下アイドルにも、ライブとグラビアの仕事を両立させている方が大勢います。ご覧いただいた通り、私の経緯はかなりぼんやりとしたものですが、地下アイドルがグラビアに挑戦するのには、いくつか理由があるようです。  最も多かったのは、活動の場を広げて、知名度を上げたいという理由でした。AKB48がグラビアに参入していった理由にもあげられると思います。はたから見れば同じアイドルファンかもしれませんが、ライブと撮影会と即売会と掲載誌の読者では、それぞれ客層が違うのです。  次に多かったのが、所属事務所の方針でした。収益やネット配信の視聴数をあげるために、水着で活動させられている方も多いようです。歌唱力が高く人気のあった子が、撮影会に嫌気がさして引退してしまったこともあれば、ネット配信のために水着を着たのがきっけで、グラビアアイドルに転向して、以前より人気が上がったという例もあります。反対に、グラビアアイドルを志望して所属したところ、ライブばかりさせられるようになり、なんとか頼み込んでやっとグラビアの仕事ができるようになったと話す子もいました。  また、グラビアアイドルから地下アイドルになった方は、歌手になるための通過点として、グラビアアイドルになったと言います。ほかの同じ経歴を持つ方も、歌の仕事を探してオーディションを受けたところ、全社からグラビアアイドルとして声がかかり、まずは需要のある仕事から始めようと思ったそうです。ふたりとも、グラビアアイドルとして培った、表情の作り方や、人からの見られ方が、現在のライブ活動に生かされていると話していました。  今年の4月に、人気グラビアアイドルの篠崎愛さんがソロ歌手デビューして話題になりました。今後はグラビアアイドルからの参入が始まって、ますますアイドルのあり方の多様化が進むかもしれません。 ■姫乃たま(ひめの たま) 地下アイドル/ライター。1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで開始した地下アイドルを経て、ライター業を開始。アイドルとアダルトを中心に、幅広い分野を手掛ける。以降、地下アイドルとしてのライブ活動を中心に、文章を書きながら、モデル、DJ、司会などを30点くらいでこなす。ゆるく、ながく、推されることを望んでいる。 [HP] http://himeeeno.wix.com/tama [ブログ]姫乃たまのあしたまにゃーな http://ameblo.jp/love-himeno/ Twitter https://twitter.com/Himeeeno

怒髪天・増子 × 10-FEET・TAKUMA × G-FREAK FACTORY・茂木、これからのフェス文化を語る

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左から、G-FREAK FACTORY・茂木洋晃、10-FEET・TAKUMA、怒髪天・増子直純

【リアルサウンドより】  怒髪天・増子直純、10-FEET・TAKUMA、G-FREAK FACTORY・茂木洋晃。今回の記事では、百戦錬磨のバンドマンたちに「理想のフェス」というテーマについて語り合ってもらった。  10-FEETは「京都大作戦」、G-FREAK FACTORYは「GUNMA ROCK FESTIVAL」とそれぞれ地元に根付いたフェスを主催し、怒髪天もイベント「大怒髪展」「響都ノ宴」や地元でのフリーライブ「カムバック・サーモン2014」を開催と、イベント・オーガナイザーでもある三者。彼らは6月20日に幕張メッセで行われるPIZZA OF DEATH主催のフェス「SATANIC CARNIVAL’15」で顔を合わせる。  フェスとバンドの関係について、そこで生まれるカルチャーについて。AIR JAMの功績とSATANIC CARNIVALについて。様々なシーンを見てきた3名だからこそ語ることのできる、鋭い意見が飛び交う場になったのではないかと思う。(柴 那典)

増子「今はフェスが増えすぎてるよね」

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増子直純

――今回は「いいロックフェスとはどういうフェスなのか?」というテーマから語り合っていただければと思います。いろんなフェスに出演し、自らフェスも主催している皆さんだからこそ見えてくるものがあると思うんですが、そのあたりはどうでしょう? 茂木:TAKUMA本人は言わないと思うんですけど、京都大作戦はやっぱり独特な雰囲気がありますね。「誘ってくれてありがとう」とか「見せてくれてありがとう」とか、出てるみんながちゃんと「ありがとう」と言い合えるようなフェスなんです。実は、そういうフェスってあんまり多くないんですよ。そこにはちゃんと理由があって、アーティスト全員がプロモーション関係なく出ているからだと思うんです。 TAKUMA:僕らが京都大作戦を始めた当初は、どちらかというとバンドが調子いい時期ではなかったんですね。喉を痛めてツアーを休んだりもしていた。しかも、京都大作戦の1回目は台風で無くなってしまって。でも、その次の年にみんなスケジュールを空けてくれて、全く同じラインナップでできるようにしてくれた。みんながこのフェス面白いよという雰囲気を作ってくれて、その上でフェスが成り立った。今でもそれが続いている。本当にもう感謝しかないですね。謙虚な気持ちとかじゃなくて、本当にみんなに作ってもらってると思います。 増子:京都大作戦とかMONGOL800のやっているWWW(What a Wonderful World!!)は、ホストのバンドに対しての全幅の信頼があるんだよ。来ているお客さんも出ているゲストも、ホストのバンドが自信を持って見てほしいと薦めるメンツを信頼してる。そういうフェスは呼ばれる方としても嬉しいよ。絶対なあなあではやらないし。 茂木:GUNMA ROCK FESTIVALでも、そういうフェスをやりたいなと思ったんです。僕は田舎の意地みたいな感じでフェスをやり始めたんですけど。 TAKUMA:G-FREAK FACTORYは、昔から地元のライブハウスでCOLOSSEUM(コロシアム)というイベントをやったり、地元の人たちと協力して人を集めてフェスを成立させようとこだわってやってきた人たちなんです。フェスブームみたいなものが来る前から地道にコツコツやってきた。で、自分もああいう形になるまでの紆余曲折やトライアンドエラーをいろいろ見てきた。だから実現して嬉しかったですね。みんなの力を借りて、ライブハウスでやっていたことのサイズを大きくして、開催されてからも少しずつトライアンドエラーを繰り返してよくなっていっている。お客さんも、参加しているアーティストも、他人事じゃなく自分のことみたいに取り組んでいるイベントなんです。 ――増子さんは、ロックフェスを巡る今の状況をどう捉えていますか? 増子:今はフェスが増えすぎてるよね。どこかの大企業や雑誌が主催している大きいフェスもある。それは快適に過ごせるかもしれないけど、たいてい単なる見本市になってるんだよ。バーターで出てんじゃねぇかというのが、子供が見てもわかったりする。そんなのばかり出てると、バックヤードが全然楽しくないんだ。バンド同士、友達と友達を会わせるということがない。 ——アーティスト主導のフェスはそうではないことが多い? 増子:例えば京都大作戦に出て、見たことないバンドがすごくいいライブをしていたとするよね。そしたら、10-FEETが間に入ってくれて、そいつらと知り合うきっかけを作ってくれる。そこから対バンしたりスプリットを出したりする可能性もかなりあると思うんだよね。今は商業ベースのフェスの方が大きくなってきているけど、本来はそうじゃないと思う。もちろん意思のある方が残ると信じているよ。ただ、今は二極化してるよね。一方には、アホみたいにお客さんが入るけど、終わったらどのバンドもすぐ帰るようなフェスもある(笑)。京都大作戦だったら誰も帰らないよ。裏でグダグダしてるでしょ? TAKUMA:嬉しいことに。ありがたいです。 増子:「いい加減帰れよ!」と言いたくなるくらい、バンドが裏に残ってる。いいフェスって、どこもそうだよね。ちゃんといいセレクトがされている。「音楽はそんなに好きじゃないけどこいつらを呼べば客が入るからとりあえず呼んでおく」みたいなのがない。そういうのは長年やってると散々見てるし、呼んでる方も呼ばれてる方も何のメリットもないな、と思う。後に繋がらないもんね。 ――バックヤードにバンドがずっと残ってるかどうかはお客さんには見えない部分ですが、その雰囲気はお客さんにも伝わるんでしょうか? 増子:それは絶対伝わるよ。例えば最後に大団円になったりするじゃない。そこがバロメーターだったりすると思うんだよね。ステージに集合しなくても、脇で酔っぱらって見てたり、最後に乾杯したりとかさ。そういうフェスは理想だと思うし、そうあってほしいよね。 ――TAKUMAさんはどう思います? TAKUMA:さっき増子さんがおっしゃったように、二極化はしていますよね。その中で、地方のフェスだったり、アーティスト主導のフェスだったり、コンセプト自体にこだわりやストーリー性のあるものは、やっぱりどこも大体チケットが売り切れているか、続いていると思います。あと、そういうフェスは、自らがメディアになってインターネットでも発信して盛り上げていくサポーター、お客さん、支援する人が本当に多いから、根っこの太い安定感がある。もちろん、大きいサイズですごいラインナップでやっているフェスも、家族連れとか音楽を知らない人への入り口としてはすごくいいと思うんです。でも、音楽カルチャーというところにフォーカスを当てたときに、世の中の若い子たちの遊び方に影響を与える度合いがどちらがあるかというと、人が入ってなくてもこだわりのあるほうやなとは思うんです。 ――影響力が違う。 TAKUMA:こだわりをもってやってるフェスは、ラインナップも偏りがあったりするし、サイズは大きなフェスに負けちゃうけれど、でもやっぱりチケットがソールドアウトして続いてるんです。例えば、5000人の規模でこだわりあるアーティスト主導のフェスがあるとします。そこは、知らないアーティストでも興味を持って見てくれるお客さんが多い。だから、いいライブをしたらバンドを支援して広めてくれる。でも、巨大な規模でフェスをやってるところが、そのまま同じラインナップで同じキャパでやっても売り切れないと思うんですよね。そんな気がするんです。 ――別のフェスになってしまう、ということ? TAKUMA:そんな感じがあると思うんです。間口の特性からして違うというか。ロックシーンとマーケットの違いがあるし、異なるカルチャーのオーディエンスが入ってくるという意味では良い結果に繋がる部分はもちろんあると思うんですけど、バンド同士のスプリットとか対バンとか、増子さんが言ってたようなストーリーにはなかなか繋がっていかないんですよ。でも、こだわりのある方だったら、露骨に繋がっていきますよね。そうやってこの3バンドも繋がってきたと思ってるし。なんか世話焼きババアみたいな主催者が常にいるんですよ(笑)。「絶対こいつら一緒にやったら合うと思うんだよね」とか言ってて。で、「あいつも言ってくれたし、一回やります?」みたいに、その世話焼きババアの顔を立てる意味も含めて、その後で対バンしたりする。そういうのって、音楽カルチャーとして健全だと思うんですよ。そこに損得もあまりない。そういう場所に人が集まっているのが、ロックシーンというか、ストリートシーンというか、そこのカルチャーの根本にあったもんやと思う。そのつるんでる不良感、大人が真剣になって遊んでいる姿とか、大人になりきれていない人たちが遊んでいる格好良さみたいなものに惹かれてオーディエンスが集まってると思うんです。

茂木「群馬県民の持っているコンプレックスを、全部意地に変えたいと思った」

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茂木洋晃

――G-FREAK FACTORYは、京都大作戦に出たこと、GUNMA ROCK FESTIVALを開催したことで、バンドの知名度が広がりましたよね。メジャーデビューしたゼロ年代初頭の当時よりも、フェスという場所で繋がりができて、そこでいいライブを見せたことが、バンドの活性化に繋がってきたんじゃないかと。 茂木:僕らはバンドとしてずっと負けっぱなしなんで、それがよかったと思うんです。サクセスも全く無かったし。何より自分達が群馬に住んでいて、その群馬に何も残せていなかった。それがチャレンジをする一番のきっかけになったんです。群馬県民の持っているコンプレックスを、全部意地に変えたいと思った。あのフェスって、お客さんの約6割、6000人くらいが群馬県民なんですよ。イビツでも不恰好でもいいから地元の人たちとちゃんと育っていこうというチャレンジなんです。県を離れて東京に行ってしまう人たちも多いし、街を離れる理由もわかる。でも、この1日だけでもそれを食い止めたい。地元にはストリートのカルチャーも確立してないから、もしかしたらライブを初めて見る人もいるかもしれない。だから、県外から来る人には、どうやって遊んだら楽しいかを見せにきてほしいし。これからどうやるかがすごく大事なんです。仕上がったとは全く思っていない。今年はワケあって開催できないですけど、来年以降また新しいチャレンジができたらなと思ってます。 ――GUNMA ROCK FESTIVALは、今年はあくまで続けていくために休むということですね。 茂木:そうです。 ――怒髪天もいろんな浮き沈みを経てきましたが、フェスへの出演も追い風の一つになりましたよね。 増子:浮き沈みというけど、浮いたことはほぼ無かったからね(笑)。みんな40歳過ぎるまでバイトしてたから。今年で49歳だから、全員バイトをやめられたのが8年前くらい。俺らが何を見せてこられたかというと、後輩のバンドに「まだ可能性あるぞ」ということ。それは見せられたと思うんだよね。 ――増子さんは、フェスとバンドの関係性はどんな風に捉えていますか? 増子:バンドの地金の強さはひとつのハンコになると思うんだよ。G-FREAK FACTORYとか10-FEETは要は地元のお祭りの顔役なわけでさ。そのバンドから一個ハンコをもらうということは心強いことだし、それは呼ばれるバンドにとって大きいことだと思うんだよね。金を出せばインタビューと広告1ページくらいは雑誌に載せてくれるよ。それで宣伝にはなるかもしれないけど、それは何枚か載っている広告のうちの1枚にしか過ぎない。でも、そういうフェスに呼ばれてやるということは、地金の強いバンドに認められているぞ、ということ。それは若いバンドとか新人のバンドだけじゃなく、いわゆるどメジャーのバンドが呼ばれるのを見ても思うんだよ。ガーンと売れて人気が出ているバンドって、逆にコアなロックファンからは軽く見られがちじゃない? でも、そういうフェスにそいつが呼ばれているのを見ると、「実はこのバンド、いいんじゃねぇか?」って思ったりする。 TAKUMA:それはあるなぁ。 ――売れているバンドであっても、同じバンドから認められることのメリットは大きい。 増子:そう。メジャーなバンドにも、実際はかなりメリットあると思うんだよね。動員に繋がるとかじゃなくて、バンドの格が上がるというか。そういうのは本当に健全だし、そういうものであってほしいよね。 茂木:結局のところライブハウスもそうですよね。規模が小さいとか大きいとか関係ない。 増子:ちゃんと意思があって素晴らしいブッキングを常にみんながやってくれれば、自分らでやる必要なんかないかもしれない。だけど、そうじゃないからね。商業的になるのが悪いことだとは思わないよ。毎回赤字を出す必要もないと思うしさ。だけど、そこに意志が見えてこないと。俺はフェスとかイベントって、やっぱりお祭りだと思うんだよね。ちゃんと意図が分かるお祭り。そういうもんであってほしいんだよね。 ――怒髪天は昨年に北海道でも野外フェスをやりましたよね。やっぱり地元でやるということの意義は大きかったでしょうか。 増子:もちろん! 同級生にはみんな子供がいてなかなかライブハウスには来れないから、野外の公園でフリーでやれば、みんな来る言い訳にはなるだろう、と。そうしたらみんなきてくれたし、特に興味のない爺ちゃん婆ちゃんも見に来てくれて喜んでくれた。そういうお祭り感はあっていいと思うし、地元で何か残したいというのはある。北海道出身の人間からしたら、群馬なんて全然関東だし東京だからね(笑)。今は技術が進んでネットがあるから、遠くにいても音源を出せるし活動できる時代にはなっているけど、やっぱりそういうことだけじゃないんだよ。そこでしかできないものがある。だからやるべきだと思うし、地方に行ったときの楽しみになるんじゃない? やっぱり、フェスというのはお祭りなんだよね。 ――以前、大友良英さんにフェスについて話を聞いたことがあって。そこで印象的なことを言っていたんです。大友さんも福島の出身で、プロジェクトFUKUSHIMA!というフェスをやっている。「フェスというものをどう考えていますか?」と聞いたら、やはり増子さんと同じく「フェスはお祭りだ」と言うんですね。で、その上で「だんじり祭りとサマーソニック、そのどっちでもないオルタナティブなものを作りたい」と言っていたんです。つまりは、地元に根付いた伝統的なお祭りの象徴としてのだんじり祭りがあり、一方で商業的なフェスの象徴としてのサマーソニックがある。どっちもあっていいけれど、どっちでもないものを自分は作りたい、と。地元の人が誇りを持てるようなお祭りで、しかも作り手と受け手とがハッキリ分かれていないのがポイントだと言うんです。みなさんのおっしゃっているフェスって、そういうイメージにも近い気がするんですが、いかがでしょうか。 TAKUMA:それはあると思います。普段から、これ楽しいよ、ここにしかない楽しみ方だよという付加価値を感じてもらって、一つの遊びとしてライブハウスに来てもらうということをしているので。それをフェスというサイズでやるというのは、つまり不特定多数の人にもっと知ってもらいたいという意味でもありますし、お祭りをしたいということでもあります。 茂木:僕の場合は、やっぱり群馬というのが大きいんですね。不格好な田舎者であることをちゃんと受け止めようと思ってます。40歳になって、若いやつに言い訳させたくないなと。地方のバンドで、ロックをやるには決して若くはない年代だけど、しぶとく粘っていればここまではやれるぞというのを見せられれば、勇気を与えられるかなと。 TAKUMA:特別な形の勇気だよ、それは。 増子:群馬とか京都という自分達の地元で何かをやるというのはさ、「背中を見せる」ってことなんだよね。やっていることを見せるということ。特別な人間なわけじゃないんだ、同じ中学だぞ、と。それを地元の子らは感じてくれると思うんだよね。テレビや雑誌で見ると、やっぱり「最初から違うんだろうな」とか思っちゃうんだよ。音楽で食べる才能があったんだろうなとか、続ける根性があったんだろうなとか、コネがあったんだろうなとか。それは違うんだよ。同じ1時間300円くらいのスタジオでやってたんだよ、と。そこは大きいと思うよ。

TAKUMA「AIR JAMは若者の人生を直接変えることに結びついたカルチャーだった」

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TAKUMA

―――日本の今のフェス文化のスタート地点を考えると、1997年になるんですよね。そこはフジロックが始まった年でもあり、AIR JAMが始まった年でもある。 茂木:自分としては、自分でフェスをやればやるほど、AIR JAMの1回目のすごさというのを感じますね。仕掛けもなかったし、ネットもなかった。仲間と一緒になってやっちゃおうぜというような立ち上がり方を、あの時代に見せることができた。あれは事件だったと思うんです。 TAKUMA:すごいよな。 増子:あれは絶対に計算してできることじゃないからね。 ――みなさんはAIR JAMは現場で体験していましたか? 茂木:僕はいました。ベイサイドスクエアで地面が揺れるというのを初めて感じましたね。97年ですね。 ――BRAHMANのTOSHI-LOWさんとHUSKING BEEの磯部さんの対談でも言っていたんですが、磯部さんが最初のAIR JAMに出た時に「俺とみんなは同じだから、頑張ってたらこんな風になれる」と言っていたそうなんです。そういう、ステージとオーディエンスが地続きな感覚は、パンクやラウドロックのシーンにおいて脈々と受け継がれているものなんじゃないかと思うんですが、どうでしょう? TAKUMA:AIR JAMに関しては、当時地上波でお茶の間に流れていたわけではないけど、すべての若者が知っているくらいのムーブメントだったし、ロックをそんなに好きじゃないような子らでも知っている時代だったんですよね。ロックに興味ない人も知っていたというのは奇跡的なことで。地上波のテレビに出てるような芸能人とかスター、俳優さん、歌手、これはいつの時代もいて、そこにみんな憧れます。でも、その人になりたいと思った時に、家で歌ったり演技の真似はできるけれども、やっぱり具体的になろうと思ったら、スタート地点はかなり特化した場所にしかない。テレビはお茶の間の人にとってはすごい遠い場所ですからね。でもAIR JAMは、そうじゃなかった。 ――そうですよね。 TAKUMA:若者が見る雑誌に常に情報が載っていて、しかもその雑誌の中には地方の服屋さんとかスケートショップの情報もあって。どのショップにどのバンドの人が出入りしていたりとかもわかったから、そういうお店に行って、その人が身に着けている服を選んで買って。バンドはできないけど、あの人が着ている服を着て俺もそのカルチャーの一員になれるというような、そんな入り口もあった。ストリートのスケートボードとか洋服とか、そういうカルチャーともAIR JAMは連動していたから、身近な店にもAIR JAMと関連するところがあって、そこに行ったら「俺、TOSHI-LOWに会ったことあるよ」みたいな人がどこの街に行ってもいたと思うんですよ。バンドは全国をツアーしてるから。芸能人と関連性のある人に会えたりする環境ってあまりないと思うんですよね。そういう意味でも「すぐここでライブできるんだよ」と言ったのは、本当にリアリティのあるものだし、俺もそこを目指してバンドをやろうという子たちが、現実味のある夢として、それを目標にバンドやったと思うんです。あるいは服屋になろうと思った子もいるだろうし。若者の人生を直接変えることに結びついたカルチャーやなと思いますね。 ――怒髪天、10-FEET、G-FREAK FACTORYの3バンドは今回「SATANIC CARNIVAL」に出演します。こちらはPIZZA OF DEATHが昨年に立ち上げたフェスですが、TAKUMAさんは昨年に出演してどんな印象がありましたか? TAKUMA:SATANIC CARNIVALの名前、フェスの存在というのは、AIR JAMに比べたらまだ浸透していなかったと思うんです。それに、ラインナップがこうだからとか、というよりも、PIZZA OF DEATHというレーベルがやるフェスだから行ってみようと思った子たちの方が多いんじゃないかと思います。やっぱりこだわりと共にロックを伝えて、その面白さを発信してきた横山健さんがやってるレーベルだから。あとは、クラスでもちょっとロックに詳しい男の子や女の子を見て、「あいつが行ってるところに行ったら面白いもんに出会えるかも」って集まってる子も多かったと思う。こういう理由も健全で、意味があると思うんですよ。こういうことから少しずつカルチャーというものが地下から発信されていくと思うんで。そういう子が集まってるような雰囲気はありました。 ――怒髪天、G-FREAK FACTORYは今回が初出場となりますが、いかがでしょうか? 茂木:僕以外のメンバーは去年見に行ってるんですけど、とにかく横山健さん、Hi-STANDARDというバンドは、自分がバンドをするきっかけになった人ですからね。その人の前で自分に何ができるんだろうと。そこに賭けてみたいですね。 増子:メリット、デメリットとかプロモーションになるとかじゃなく、横山に「出てくれ」と言われたら、もちろん出るよという感じだね。フェスのパーツに俺らが必要なら、それを全力で埋めてやろうという気持ちがある。ジャンル的には間違いなく浮くだろうし、アウェイにもなるだろうし。でも、そこは俺らじゃないと埋まらないパーツなんだなというのは自覚しているから。

増子「ロックは不良のものであってほしいという願望はずっとあるよね」

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――増子さんから見た横山健さんというのは、どういう存在なんでしょう? 増子:付き合いは古いよ。ハイスタの最初のボーカルが俺の友達だからね。まだ4人だった頃。横山も下北沢屋根裏のバイトだったから。俺らがやってるライブで、お客さん4人くらいしか居ないところで照明やったりしてたよ。 TAKUMA:そんな時代からだったんですね。 増子:ハイスタって、パンクを方向転換した立役者なんだよ。それまでは裏に裏に、日陰に日陰に向かってたのが、外に開けていくようになった。そして、PIZZA OF DEATHも「自分達にもできることはあるんだよ」ということを見せてきているから。たぶん、SATANIC CARNIVALも、フェスというもの自体を、もう一回AIR JAMみたいに自分たちの手に取り戻そうとしてるんじゃないかなと思うんだけどね。知名度がないと呼ばれないとか、いろんな事務所の思惑が絡むものじゃなく、もっとノリで「いい」と思ってるものを出していくようなものになるんじゃないかな。だから、いろんなカラーのキャラクターと柱が必要になる。今は試行錯誤してると思うよ。1、2回くらいじゃ完成形は見えないと思うけど、だからこそ、全力でやるしかない。どこよりも一生懸命やらないといかんと思う。そういう責任感はあるよ。 TAKUMA: SATANIC CARNIVALは、今のPIZZA OF DEATHが、今の時代にあった新しい場所を作ろうとしてくれているわけだと思うんです。でも、やっぱり、増子さんや僕や茂木が見てきたライブハウスシーンには、「このバンド格好ええやん」と不意打ちで好きになったり、お客さんがちょっと酔っぱらいながらふらふらしてたり、たまに転がってたり、どこかで誰かが喧嘩してたり、そういうちょっと不良な雰囲気とか本当は要らない緊張感もありながらの、ダラダラしたイベントだからこそ「よかったな」と思える青春って僕には沢山あるんです。そういうものをフェスのサイズでいろんな人に伝えられたらいいなと思うんですけど。でも、それはすごく難しい。 ――難しいですか。 TAKUMA:これだけ沢山フェスがあるけれども、あの雰囲気とかあの味を出せてるフェスって皆無やと思うんですよね。僕はAIR JAMの会場には行ってなかったけど、映像は穴があくほど見て、あそこにはそれがあったと思うんですよ。そういうものも伝えられたらいいなあと思うんですけどね。でも今はアクセスの問題もあるし、お客さんがネットを使って全員がインディペンデントのメディアみたいになっちゃったから、そういうダラダラしたフェスとかイベントとか、その中で起こるちょっとした事件とかも、今だと簡単に大問題になっちゃう。だから、なかなかデリケートで難しいんですけど。でも、ああいうところやからこそ、一生思い出に残る場面があるような気がしています。SATANIC CARNIVALは、時間を掛けてでも、その一部分でも見せたいというところもあるんじゃないかなという気がするんですよね。 増子:ロックは不良のものであってほしいという願望はずっとあるよね。健康的なアミューズメントであってほしくはない。ある程度、後ろ暗いものであってほしいと思う。でも、今はそうじゃなくなってきてる。それが悪いとは思わないけど、緊張感なく「今日はよろしくお願いいたします!」みたいな感じでライブやってすぐに帰るとか、何の引っかかりもないのよ。それはロックではないと思うから。「あいつ生意気で気に入らないな」と思ってライブを見たら「めちゃくちゃいいな!」ってなって、それで仲良くなったりとかさ。そういうのが美しいんだよ。楽しくなっちゃって酔っぱらっちゃってさ、友達に置いてかれちゃって、ゲロ吐いたりして、見たいバンド見れなかったとかさ(笑)。それくらいでいいんだよ。それで来年も行こうということになるからさ。 TAKUMA:話だけ聞いてたら、矛盾というか、本末転倒と言ってもおかしくないくらいの結果なんですけどね。 増子:体験だからな。面白いイベントに出るたびに思うけど、あれは体験なのよ。そこで起こっている事件を体験しにくるわけ。神輿を一緒に担ぎに来てるわけだから。テレビで見るものとは全然違う。痛くないからね。意外と身体がぶつかって痛くて頭にきて燃えたりするからね。ライブって。 TAKUMA:インターネットではわからないですよね。 増子:そう。インターネットじゃ画面が小さすぎるからな!(笑)。 (取材・文=柴 那典/写真=石川真魚) ■イベント情報 『SATANIC CARNIVAL ’15』 場所:幕張メッセ国際展示場9-11ホール 日時:2015年6月20日 物販開始/BOOTH AREA 開場 8:30 LIVE AREA 開場 10:00 / 開演 11:30 終演予定 21:15 【出演アーティスト】 04 Limited Sazabys / 10-FEET / BACK LIFT / BUZZ THE BEARS / cordrain(New) / CRYSTAL LAKE / FACT(New) / Fear, and Loathing in Las Vegas / GOOD4NOTHING / G-FREAK FACTORY / HAWAIIAN6 / KEMURI / Ken Yokoyama / locofrank / MONGOL800(New) / OVER ARM THROW / RADIOTS / ROTTENGRAFFTY / SHANK(New) / The BONEZ(New) / WANIMA / 怒髪天 詳しくは公式ホームページで→http://satanic.jp/2015/

EXILEドラマが見せる、成熟した男たちの群像劇 『ワイルド・ヒーローズ』の可能性と課題とは

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『ワイルド・ヒーローズ』公式ホームページ

【リアルサウンドより】  日本テレビ系日曜夜10時30分から放送されている『ワイルド・ヒーローズ』は、新しいドラマ枠「日曜ドラマ」の第一弾となる作品だ。すでに次クールでは少年ジャンプで大ヒットした漫画『デスノート』のドラマ化が決まっており、新しい若者向けドラマの流れを生み出すのではと、期待されている。  『ワイルド・ヒーローズ』は、10年前につるんでいたヤンキーグループ「風愛友」(フー・アー・ユー)の仲間たちがある少女をヤクザたちから守るために再結集し、バラバラだった絆を取り戻すという物語だ。  主演のキー坊を演じるのはEXILEのTAKAHIRO。「風愛友」の仲間たちを演じるのは青柳翔、野替愁平、八木将康といった劇団EXILEのメンバーと岩田剛典、黒木啓司、佐藤大樹といったEXILEメンバー。  つまり、EXILEグループの俳優を主演に揃えたEXILEドラマである。  EXILEドラマは、EXILEのメンバーもしくは派生ユニットのメンバーが主演を務めるドラマのことだ。元EXILEのリーダーだったHIROが代表取締役をつとめる芸能事務所LDHの俳優が中心となって作られているのが大きな特徴だ。  EXILEドラマには、二つの系譜がある。一つはAKIRA、松本利夫などの30代のメンバーが主演を務める作品だ。  代表作は『町医者ジャンボ』、『ビンタ!〜弁護士事務員ミノワが愛で解決します〜』(ともに日本テレビ系)などで、『GTO』(フジテレビ系)もここに含めていいだろう。おそらく狙っているのは、かつて長渕剛が主演をつとめた『とんぼ』(TBS系)や『しゃぼん玉』(フジテレビ系)の男臭い世界観だ。  もう一つは、劇団EXILE出身の若手俳優が出演する群像劇だ。『ろくでなしBLUS』や『シュガーレス』(ともに日本テレビ系)など、ヤンキーが主人公の学園モノが多い。  映画『クローズZERO』のヒット以降、ヤンキーの群像劇は映画やドラマでは定番化しているジャンルだが、EXILEのような大人数のグループを束で見せる際にはとても重宝する枠組みだ。  ダンスグルーブということもあってか、アクション活劇とも相性がよく、活きのいい若手俳優を発掘するためのショーケースのような役割を果たしている。  他にも『フレネミー~どぶねずみの街~』(日本テレビ系)のような闇社会で生きる若者を描いた作品も多く、不良やヤクザが多数登場し、殴り合いや銃撃戦といった喧嘩で事件を解決するドラマが多い。  『ワイルド・ヒーローズ』は、これらの要素そすべて盛り込んだ総決算的な作品だ。主人公たちも元不良で、今は社会人として地道に生きている29歳の青年たち。ドラマ自体はシンプルな構成で毎回、クライマックスでは激しいアクションも用意されている。  30代になっても、どこか少年の面影が残っているジャニーズアイドルやイケメン俳優に対し、EXILE系の俳優の強みは、鍛え抜かれた肉体に象徴される成熟した大人の男性像を演じられることだ。  『ワイルド・ヒーローズ』のキー坊たちも、営業マンやバイク屋、カラオケ屋の店長、クリーニング屋、トラックの運転手など、堅実な仕事を持っている。  医者や弁護士といった華やかな職種ばかりのテレビドラマの世界では、なかなか描かれない肉体労働者の感覚を体現しているのがEXILE系の俳優たちなのだ。  しかし、俳優たちの躍進に比べ、そのポテンシャルを生かした世界観をEXILEドラマが構築できているかというと、残念ながら、まだまだ物足りないというのが現状だ。  『ワイルド・ヒーローズ』の地方都市でくすぶっている元ヤンキーたちが、少女を守るために、ヤクザや殺し屋と戦うという世界観は、映画秘宝が好きなボンクラ系のオタクに受けそうなモチーフだが、肝心のドラマ自体は、それっぽい要素を並べただけで、イマイチ踏込みが浅く感じる。  複数の男たちが少女を守るという物語も、宮崎駿のアニメのようなオタク的な官能性がにおい立ってもおかしくないのに、どうにも映像が淡泊なのだ。  おそらく、今のEXILEドラマに足りないのは、彼らの肉体に対してフェティッシュな欲望を見出して妄想の世界を展開したり、逆にEXILEという概念をオモチャにして批評的に遊ぶような、外部からの視線だろう。  これはジャニーズアイドルが出演するドラマと比べるとよくわかる。  ジャニーズドラマが意欲的なのは、先鋭的な脚本家や演出家が自由に振るうことをある程度、許容しているからだ。例えば、宮藤官九郎が脚本を担当した『池袋ウエストゲートパーク』や『木更津キャッツアイ』(ともにTBS系)や、野島伸司が脚本を担当した『49』、『お兄ちゃん、ガチャ』(ともに日本テレビ系)などは、ジャニーズアイドルという存在を批評的に読み込んだうえで面白いドラマに仕上げている。こういったセンスが、EXILEドラマには欠落している。  とはいえ、『ワイルド・ヒーローズ』は、過去のEXILEドラマと比べるとやりたいことが、かなり明確になってきている。  あとはそのEXILE的世界観をどうやって構築するかだけなのだが、そのためにはジャニーズドラマにおける宮藤官九郎や野島伸司のような、批評的に介入することによって、EXILEの魅力を引き出すことができるクリエイターとの出会いが必要だろう。 ■成馬零一 76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

YouTube、過去10年の再生ランキングから見えた傾向とは? AKB48らの作品から考察

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AKB48『ヘビーローテーション<Type-A>』(キングレコード)

【リアルサウンドより】  動画投稿サイト「YouTube」が、2005年5月のサービス開始から10周年を迎え、過去10年の最多視聴動画とともに、日本国内で視聴されたミュージックビデオの上位20作品が発表された。ランキングは、2005年のサービス開始から2015 年5月1週目までに公開されたミュージックビデオの中から、日本国内における再生や共有の回数、コメント、評価などの数値を基準に選出されているとのこと。トップ20は以下のとおり。(参考:ORYCON STYLE) 1位・【MV】 ヘビーローテーション / AKB48 [公式] 2位・『アナと雪の女王 MovieNEX』レット・イット・ゴー ~ありのままで~/エルサ(松たか子)<日本語歌詞付 Ver.> 3位・【妖怪ウォッチ】ようかい体操第一 4位・【MV】恋するフォーチュンクッキー / AKB48[公式] 5位・SEKAI NO OWARI「RPG」 6位・少女時代 / MR.TAXI (DANCE VER.) 7位・【MV】 ポニーテールとシュシュ / AKB48 [公式] 8位・PSY - GANGNAM STYLE M/V 9位・【MV】 Everyday、カチューシャ / AKB48[公式] 10位・三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE / 「R.Y.U.S.E.I.」Music Video 11位・【MV】フライングゲット (ダンシングバージョン) / AKB48 [公式] 12位・Taylor Swift - We Are Never Ever Getting Back Together 13位・きゃりーぱみゅぱみゅ - つけまつける , Kyary Pamyu Pamyu - Tsukematsukeru 14位・きゃりーぱみゅぱみゅ - PONPONPON , Kyary Pamyu Pamyu - PONPONPON 15位・行くぜっ!怪盗少女/ももいろクローバー(IKUZE! KAITOU SYOUJO/MOMOIRO CLOVER) 16位・E-Girls / Follow Me ~Short Version~ 17位・きゃりーぱみゅぱみゅ - にんじゃりばんばん,Kyary Pamyu Pamyu - Ninja Re Bang Bang 18位・ケツメイシ『バラード』PV 19位・『アナと雪の女王 MovieNEX』生まれてはじめて/アナ(神田沙也加)&エルサ(松たか子) 20位・AAA / 「恋音と雨空」Music Video  AKB48が「ヘビーローテーション」や「恋するフォーチュンクッキー」など全5曲をトップ20入りさせ、その高い人気を改めて示したほか、2〜3位には、いずれも社会現象となった『アナと雪の女王』の「レット・イット・ゴー ~ありのままで~/エルサ(松たか子)」と、『妖怪ウォッチ』の「ようかい体操第一」がランクイン。ほか、きゃりーぱみゅぱみゅやSEKAI NO OWARIなどの若手ミュージシャンの名前も目立った。  今回発表されたランキングについて、専門家はどう見るのか。音楽チャートに詳しい物語評論家・ライターのさやわか氏に聞いた。 「まずこのランキングを見て感じたのは、カラオケのランキングに似ているということです。CDのセールスで集計するオリコンランキングなどでは、発売して間もない話題作が上位になりますが、それとは異なる結果で、かといってロングヒットを続けている作品が入っているかというと、それとも少し違う。カラオケでみんなが歌いたくなる曲、あるいはみんなで踊りたくなる曲がよく再生されている印象を受けます。たとえば上位を席巻しているAKB48の「ヘビーローテーション」や「恋するフォーチュンクッキー」は、振り付けも込みで観ているのでしょうし、『妖怪ウォッチ』の「ようかい体操第一」や、三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBEの「R.Y.U.S.E.I.」なども、真似して踊りたくなるミュージックビデオです。「レット・イット・ゴー」や「RPG」などは、みんなが歌いたいタイプの曲なのでしょう」  たしかに上位のミュージックビデオは、いずれもダンスや合唱そのものが流行したものが目立つ。 「再生回数が高く伸びているミュージックビデオには、曲が良いということももちろんあるでしょうが、それ以外に“歌や踊りを覚えるために、また動画を見ながら自分も一緒に踊って楽しむために何度も視聴される”という傾向があると思います。そしてその背景には、自分たちで撮った動画をネットにアップロードする、ニコニコ動画の「歌ってみた」や「踊ってみた」といったカルチャーに近いものも感じさせます。また、今回のランキングでは、大人から子どもまで楽しめるミュージックビデオが多いのも特徴です。たとえ『妖怪ウォッチ』であっても、アニメは子どもだけではなく、その父兄が観ても楽しめるような工夫が随所に散りばめられています。もちろん、子どもと一緒に歌ったり踊ったりする人もいるでしょう。このように支持層が広いコンテンツが、音楽を一種のハブとして利用し、人々にコミュニケーションを促しているというのが、上位にランクインしているミュージックビデオのひとつの傾向かもしれません」  また、こうした傾向は今後の音楽のあり方にも影響を与える可能性があると、同氏は続ける。 「最近では、レコード会社もそういった需要を意識しているのか、動画ありきで制作されるものも増えてきたように思いますし、そうなると今後、音楽の受容の仕方が変わってくるのかもしれません。たとえばケツメイシの「バラード」などは、ストーリー仕立てになったミュージックビデオが楽曲と同じくらいに重要なコンテンツで、まさにYouTubeを意識した作品のひとつです。MTVが流行した時代からストーリー性のあるPVはありましたが、最近のものはよりネットなどの口コミで話題になることを意識してるのが少し違うところだと思います。また、かつて音楽は、楽曲そのものや歌詞を作品として楽しむ傾向が強く、音楽性が高い作品が求められたかもしれませんが、今後は音楽性だけではなく、より“みんなで踊れる”とか“泣けるストーリー”といった付加的な要素も求められていくでしょう。一方で、YouTubeの動画再生は前述したように、振り付けなどを覚えるために何度も観ているものでもあるので、このランキングで上位になることが純粋に音楽作品としての完成度の高さを担保しているものではないということは、意識したほうが良いのかもしれませんね」  YouTube開設から10年、いまやすっかり音楽を楽しむツールのひとつとして定着したが、そのメディアの特殊性が、日本の音楽業界の今後を左右するのかもしれない。 (文=松下博夫)

寺嶋由芙が明かす、“まじめなアイドル”の葛藤と覚悟 「CDを積ませるだけでは続けていけない」

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【リアルサウンドより】  2013年にBiSを脱退し、一時はシーンから姿を消していたものの、2014年にインディーズでシングル『#ゆーふらいと』をリリースして復活した寺嶋由芙。その復活劇は、ナンバーガールやBase Ball Bear、氣志團などを世に送り出してきたディレクター・加茂啓太郎に見いだされ、さらに寺嶋由芙の過去を踏まえた歌詞をでんぱ組.incの夢眠ねむが書き下ろすというドラマティックなカムバックだった。昨年末にリリースされたサード・シングル『猫になりたい!』は、オリコン週間シングルランキングで16位を獲得している。  その寺嶋由芙が、2015年5月20日に『ふへへへへへへへ大作戦』でメジャー・デビューを果たす。作詞は、かねてから親交のあったシンガーソングライターの大森靖子。彼女ならではのドキッとするようなフレーズがちりばめられた歌詞だ。また、rionosが作編曲を担当したサウンドは、大瀧詠一のナイアガラ・サウンドを髣髴とさせ、メロディーは80年代の松田聖子を連想させる。  「古き良き時代から来ました。まじめなアイドル、まじめにアイドル」をキャッチコピーとする寺嶋由芙がメジャー・デビュー・シングルで届けたのは、「王道」と意外性の合わせ技だった。  2013年に一度は何の後ろ盾もない状態になったものの、再びメジャー・シーンに戻ってきた寺嶋由芙。彼女に現在の心境を聞くと、さまざまな葛藤も浮きあがってきた。  また、作詞を担当した大森靖子からのコメントも届けられたので、ぜひあわせて読んでほしい。(宗像明将)

「知っている人の前だけでぬくぬくやっていても仕方がない」

――BiS時代を含めると2度目のメジャー・デビューですが、ソロとしては初めてのメジャー・デビューですね。今、気負いはありませんか? 寺嶋由芙(以下:寺嶋):いろいろ心配しています(笑)。何もかもが心配ですね。 ――ふだんファンの前で弱音を吐かない寺嶋さんが、今回のメジャー・デビューを前にして、ブログに「ちょっとしんどいなぁと思ってしまうこともあります」と書いていて驚きました。どんなことがしんどいですか? 寺嶋:インディーズのときと環境がいろいろ変わって、関わってくれる人も増えて、今までの流れを知っている人がほぼいない中で、「応援してくれるヲタさんにどう対応していくか」とか「みんなが何を求めているのか」とかを一旦共有し直さないといけないところが大変だなと思います。メジャー・デビューとなったらどういうものが期待されるのかを、私はTwitter廃人なので全部見てますけど(笑)、それをすぐに共有できるわけではないので大変です。 ――しんどいのはまだ続いてますか? 寺嶋:もう今は無事にリリースを迎えたいですね。ちょっとでも露出や新規を増やしたくて焦っていたけれど、もうそこは一度置いておいて、ヲタさんに変なプレッシャーをかけずに楽しくリリースを迎えたいなと思います。 ――そういう焦りはBiS時代にはなかったものですか? 寺嶋:その時代は運営的なものに関わりようがなかったし、何が起きているのかもわからないままだったので違いますね。ソロになってから、何が起きているのかが見える状態で進んでいたのは安心材料でした。だけど関わってくれる人が増えるとそうではないので、心配しているところはあります(笑)。 ――それは、寺嶋さんが最悪のパターンばかり想像してしまう性格だからではなく……? 寺嶋:変わりませんね、悪化してますね(笑)。 ――メジャー・デビューとなると、世の中では寺嶋さんを知らない人のほうが多いですよね。ゆるキャラ好きで、レギュラー番組(TOKYO MX『みうらじゅん&安齋肇のゆるキャラに負けない!』)まで持っていることも知らない人が多いでしょうし。 寺嶋:そこはありがたいですね、知っている人の前だけでぬくぬくやっていても仕方がないので。アウェイな現場はウェルカムですし、そういうプレッシャーはないです。 ――今は、ソロになった当初にお母さんがチェキを撮っていた時代を知らないファンも多いですよね。 寺嶋:それを知ってる人にとっては、娘の嫁入りのように感慨深いと思います。でも、知らない人からしたらこれがスタートだから、そういう感動がない人たちにも届けないといけないんです。歌やステージングだけで評価されるので難しいときもあるけど、私を知っている人たちだけにやっても仕方ないですし。

「一般人になった私をアイドル扱いしてくれたので戻りやすかった」

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寺嶋由芙『ふへへへへへへへ大作戦(初回盤A)』(ユニバーサル ミュージック)

――寺嶋さんはBiS脱退後、最初は事務所にも所属せず、「ミスiD2014」を受賞して、ソロの初ライヴ(2013年10月22日『アイドルフィロソフィーVOL.3』)を4曲だけでして……。「#ゆーふらいと」でインディーズで再デビューするまでの時期も相当しんどかったと思いますが、今振り返ってみてどんな経験でしたか? 寺嶋:あの時は一番焦りがありました、今とは別の焦りが。活動も決まらなくて、みんなに会えないという問題がありました。私が行きそうなゆるキャライベントに会いに来てくれても、みんながっつかないんですよ! 本当にいいオタク(笑)。 ――でも、がっつかれないのは寂しくなかったですか? 寺嶋:一般人になった私をアイドル扱いしてくれたので、アイドルに戻りやすかったと思います。戻ってくる前提で接してくれていたのでありがたかったです。 ――そして、メジャーでもディレクターを担当することになる加茂啓太郎さんと出会うことになります。加茂さんが、ナンバーガールやBase Ball Bear、氣志團などを世に送りだした人だと知っていましたか? 寺嶋:全然知りませんでした。一回私がいたグループの握手会に来てくださったことあって、でんぱ組.incの台湾ツアーで買ってきたゆるキャラのOPENちゃん(セブンイレブンが台湾や中国で使っているキャラクター)の人形を持ってきてくれたんです。握手会で紹介されて、業界の人って認識だけはありました。 ――その加茂さんとメジャー・デビューまで来たわけですが、メジャー・デビュー・シングル「ふへへへへへへへ大作戦」の作詞に大森靖子さんを迎えた経緯は? 寺嶋:加茂さんのアイデアです。私も大森さんの曲を好きで聴いていたし、トークイベント(2014年1月21日『絶対黒髪少女』)でご一緒させていただいたり、「ミスiD」つながりで「イミテーションガール」(大森靖子の2014年のアルバム『洗脳』収録曲)にも参加させていただいたりしていたので、自然な流れでした。 ――寺嶋さんの最初の自主企画(2013年12月23日『ゆっふぃープレゼンツ まじめなアイドルたちのクリスマス』)にも大森さんは出演してましたね。寺嶋さんから見ると、大森さんはどういう存在ですか? 寺嶋:2012年の「夏の魔物」で、オタクから聞いて大森さんの存在を知ったんですけど、過激なことが話題になりがちだったから「それでいいんだろうか」と曲も知らずに思っていました。でも、私がいたグループの「primal.」という曲で共演したら完璧だったんですよ(2013年4月3日『OMOCHI★MOOSIC presents MOOSIC LAB OPENING PARTY!』)。大森さんはワッキー(BiSを2013年3月16日に脱退したワキサカユリカ)のパートだったんですけど、彼女の踊り方の癖まで完コピしていて、「この人すごく真面目じゃん!」と驚きました。根が真面目で、話すと優しい人なのに、ステージはあれだけエモーショナルで、作り物ではなく本物だったから悔しかったんです。私はアイドルだから言われたことをやっていたけれど、大森さんは全部自分でやっていたから、かっこよかったし、悔しかったです。 ――最初は「悔しい」。その印象が変わったのは? 寺嶋:ソロになってからトークイベントや「ミスiD」のイベント、去年の「夏の魔物」でお話しして、人としての尊敬にどんどん変わっていきました。曲も聴くようになったし、トークイベントではタンポポの「I&YOU&I&YOU&I」も一緒にカヴァーして、ハロヲタ仲間としても好きです。 ――今回、「寺嶋由芙」というキャラクターの裏側を大森さんに描かれるのでは、という不安はなかったですか? 寺嶋:不安はないです、書いてもらえるといいなと思っていました。「きゅるきゅる」(大森靖子の2014年のシングル)や「子供じゃないもん17」(大森靖子の2014年のアルバム『洗脳』収録曲)は私をモデルにして書いてくれたと聞いていたので。アイドルだから自分では言えないので、自分では出せないところを書いてくれたらいいなと思いました。黒い部分とか隠しきれてないからバレてると思いますけど(笑)、自分から「まだ見せてない部分があるんですよ」と言ったら寒いし、アイドルとしていろいろ想像してもらえる奥行きを作ってほしいな、って。 ――寺嶋さんは基本的に自分に美学を課している人ですよね。それが「裏表がある」とも言われたり。そこを突かれるのではないかと思いませんでしたか? 寺嶋:清く正しく生きてますから!(笑) でも、もっと攻めるというか、黒い感じの歌詞になるかと思っていたら、私を肯定してくれている歌詞で意外でした。 ――大森さんが作詞するときに、Twitterで「ゆっふぃーに言ってほしい言葉ある人リプ」と募集してましたけど、結局採用された言葉はあるんですか? 寺嶋:ないです(笑)。リプがひどくて、安易な「黒ゆふ感」だったんですよ! みんな考えてはくれたけど、大森さんはそれを超えてきてくれたのでありがたいです。 ――大森さんから渡された「言葉」はどうでしたか? 寺嶋:「まじめをなめないで」という歌詞は、メジャー・デビューのタイミングで名刺代わりになって、わかってもらいやすいと思います。「#ゆーふらいと」とは別の意味での自己紹介になると思います。「#ゆーふらいと」は「いろいろ大変なこともあったけどがんばろうね」ってねむきゅん(夢眠ねむ)が書いてくれて、感動して応援してくれる人もいたし、自分も励まされたんです。「ふへへへへへへへ大作戦」はそれよりは攻めてるし、私の過去のことを知らなくても聴いてもらえると思います。 ――「あんまり まじめをなめないで」「触らせてあげてもいいわ」「ハートまで ゆるくちゃだめよ」と、寺嶋さんのキーワードを踏まえつつ、刺激的な歌詞もありますね。 寺嶋:もう23歳なので、大人の魅力で! でもダメですよ、CDを買ってもらえないと握手会で触れさせないですけど(笑)。かわいい王道アイドルソングっぽい曲調と歌詞のギャップで、聴いてくれる人が増えてくれるといいなと思います。あと、「ふへへへへへへへ」の「なんだこれ?」感とか、「大作戦」っていう言葉も、つんく♂さんっぽいと思ったんですよ。そういうフレーズを入れつつ、ピリッとくる感じがあります。

「この感じでメジャー・デビューできて良かった」

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寺嶋由芙『ふへへへへへへへ大作戦(初回盤B)』(ユニバーサル ミュージック)

――「きゅるきゅる」を大阪ワンマン(2015年4月12日『Yufu Terashima 1st Solo Live「#Yufu Flight」at Osaka』)で歌いましたね。あれはもともと寺嶋さん用に作った曲だそうですが、歌ってみた感想は? 寺嶋:曲として難しかったです。でも歌詞は気持ち良かったです、<きゅるきゅる私性格悪いから / あの子の悪口絶対言わない>の部分も初めて聴いたときから好きだし。シャウトの入る曲はソロになってから歌ってないので気持ち良かったです。 ――<きゅるきゅる私性格悪いから / あの子の悪口絶対言わない>に自分を重ねますか? 寺嶋:いやー全然、性格いいから重ねないんですけど(笑)。でも「きゅるきゅる」を聴いたとき、そこが一番好きだったんですよ。 ――「子供じゃないもん17」はカヴァーしないんですか? 寺嶋:まだカラオケにないし、ひとりで家で勝手に歌ってるんです(笑)。「洗脳」を聴いて「超かわいい、一番好きかも」と思ったら、後から私をイメージしていると知ったんです。 ――大森さんの曲ではどれが好きですか? 寺嶋:「イミテーションガール」も好きだし、「呪いは水色」の「あなたは正しい それでもやっぱり / 私だって正しい」という歌詞も好きです。女子っぽい歌詞が好きで、それを女性だけじゃなく、男の人も楽しく聴いているのも面白いです。「ふへへへへへへへ大作戦」も、女の子にも男の人にも気に入ってもらえるので、どちらにも広がっていったらいいなと思います。 ――「ふへへへへへへへ大作戦」のヴォーカルで気をつかった点はありますか? 寺嶋:プリプロのときに加茂さんに「松田聖子感がある」と言われて、松田聖子さんの動画を見てレコーディングまでに研究しました。 ――メロディーには松田聖子を連想する人が多いですね。 寺嶋:この曲はすごく好きです、歌詞のないときから気に入ってました。この感じでメジャー・デビューできて良かったと思います。メジャー・デビューだから、オタク向けにBPMが早い打ち曲(MIXが打てる楽曲)にする作戦もあったと思うんですけど、そうしなかった加茂さんとrionosちゃんに感謝してます。 ――とはいえ、いきなりミディアム・ナンバーで、ファンの反応は心配ではなかったですか? 寺嶋:曲として気に入ってもらえるなとは思ったし、実際に気に入ってもらえてます。でも、インパクトとしては打てる曲のほうがライヴが湧くのはみんなも私もわかっているから、みんなが心配するんじゃないかと思って(笑)。「俺は好きだけど広げるためには大丈夫なのか」って案の定心配してくれていて。でも、こういう曲調だから女の子が現場に来てくれるし、ゆるキャラファンの主婦層の方も来てくれているんです。 ――カップリングの「YOU MAY DREAM」は、初めてのワンマンライヴ(2015年2月8日『Yufu Terashima 1st Solo Live「#Yufu Flight」』)のバックバンドによる演奏で、ふぇのたすのヤマモトショウさんがギター、みこさんがコーラスで加わってますね。バンドで録音したのは初めてですか? 寺嶋:初めてです。レコーディングも見られたんですけど、「バンドのレコーディングってこうやるんだな」と思いました。 ――「YOU MAY DREAM」を歌うにあたって気にしたことは? 寺嶋:疾走感ですね。「ふへへへへへへへ大作戦」がゆるりとしていたので、CD1枚でいろんな色を見せるために、「YOU MAY DREAM」ではかっこいい感じを出せたらいいなと考えて、歌い方や声の出し方を太く、強く変えました。 ――レコーディングのとき、澤“sweets”ミキヒコさん(2015年5月3日に急逝)がふぇのたすのメンバーのために車を運転して来てくれたんですよね。 寺嶋:来てくれました。本当はバックバンドのメンバー全員とコーラスのみこちゃん、っていう予定だったんですけど、ギターの愛子さん(岡愛子)の予定がどうしても合わなくて、ショウさんに弾いてもらうことになって、ミキヒコさんとさわたす(ふぇのたすのディレクター)も来てくれました。だから、ふぇのたすチームとバックバンドと私で作った形ですね。ふぇのたすのシングル(2015年6月3日にリリースが予定されていた『いい感じ!〜どれにしようかな〜』)が出せなくなったぶん、「ふへへへへへへへ大作戦」のスペシャル・サンクスのクレジットにはミキヒコさんの名前も入っているから、今回私ががんばって、ちょっとでも恩返しができたらいいな(涙を流しながら)。

「私が好きだったときのアイドルはそうじゃなかった」

――オリコン10位以内に入ると宣言しましたが、手応えはどうですか? 寺嶋:それでヲタさんに変なプレッシャーをかけていたら申し訳ないなと。宣言したときと今とで私の状況が変わって、メジャーでやっていくなかで難しいことがあるのもわかったし、こっちが勝手に目標を掲げたのに、結局みんなに頼らないといけないのは申し訳ないなと思います。 ――宣言したことを後悔はしてないですか? 寺嶋:後悔はしてないです。前からずっと思っていることなので、言うか言わないかの差だけなんですけど、言ってるほどのことをできてないなと。 ――そこは寺嶋さんが気に病むところではないのでは。 寺嶋:世間の流れなので仕方ないと言ってくれる人もいるけど、積ませるだけでは続けていけないし、結果を出してこそ露出が増える流れはあるけれど、それでいいのかなとは思います。私が好きだったときのアイドルはそうじゃなかったから、モーニング娘。のCDを何十枚も買ってないですし。せめて何枚も買ってくれる人には、特典会を心を込めてやっています。 ――今のアイドルシーンでは、寺嶋さんのようにソロで逆境を乗り越えられる人はごくわずかだと思います。なぜ乗り越えられたと思いますか? 寺嶋:当時お世話をしてくれたスタッフさんもいたし、なによりオタクのおかげです。私が本当に何者でもなくなったときでも毎日Twitterのリプで応援してくれたり。ゆるキャラのイベントに出演したら見に来てくれたり、「ミスiD2014」でも投票をがんばってくれたり、本当に助けてもらいました。 ――メジャー・デビューという節目に、今どんな気持ちか率直に教えてください。 寺嶋:ちょっと自分もいろいろ建て直せてないし、みんなに頼りっぱなしになっちゃうなって(涙を流しながら)。 ――どうしてそう思うんですか? 寺嶋:今回メジャー・デビューで周囲の目がガラッと変わって、「これはあって当たり前」と求められるものが増えて、それに追いつけてない気がします。 ――それはどうリベンジしていきたいですか? 寺嶋:とりあえず営業ふぁぼ(Twitterのお気に入り)をしています(笑)。自分はフライヤーを配ったり、ツイキャスをしたりしかできないから、まずは体調を整えてひとつひとつのステージを大事にしています。 ――メジャー・デビューを前にして、インディーズ時代を振り返ってもっとも大きかったことは何でしょうか? 寺嶋:初めてのワンマンライヴです。 ――メジャー・デビューの発表当日ですね。あの時の反応はどう思いましたか? 寺嶋:みんながあんなに喜んでくれるとは思わなかったから、それに応えなければならないと思いました。アイドル界隈はいろんなことがあるじゃないですか。その度にショックを受けるオタクたちを見ているので、傷を癒しにリリースイベントに来てくれたらいいなと思います。CDをリリースできることは本当にありがたいことなのでがんばりたいです。 (取材・文=宗像明将)

大森靖子へのメールインタビュー!

「寺嶋さんの乙女感は、初期聖子ちゃんのニュアンスだと思う」

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――今回の『ふへへへへへへへ大作戦』の作詞を担当された経緯を教えてください。 大森靖子(以下、大森):これまで何度か自身の曲の作詞作曲をするにあたり、寺嶋さんを勝手にモデルにしてかいたことがありました。メジャーデビュー曲の『きゅるきゅる』や、アルバム「洗脳」にはいっている『子供じゃないもん17』の特に冒頭部分<乙女をわかんないでくれるかな>がそうです。 で、それをインタビューなどで言ったのをおそらく寺嶋さんのファンの方が寺嶋さんサイドに伝えてくださり、今回の作詞提供の流れになったのかと思われます。 ――寺嶋由芙さんにはどのような印象をお持ちでしたか? 大森:寺嶋さんの乙女感はなんというか、おそらく自意識とは別のところで絶妙で。いなたさと、秘密感、騙されやすそうさ、そのへんの水色さが、初期聖子ちゃんのニュアンスなのだと思います。真面目にアイドル!というキャラも、一歩いきすぎると80年代アイドルギャグみたいになっちゃうところを、なんか寺嶋さんだとそうならないのが素晴らしいです。 ――今作の作詞に当たって意識したポイントを教えてください。 大森:曲がドストレートに先に言った通り寺嶋さんのイメージの聖子ちゃんできたので、そのまま焼き直しにならないように今の言葉を差し込んだり、メジャーデビューということで、とにかくタイトルで目をひいてたくさんのひとに見つけてもらえるようにしたいと思いました。 ゆっふぃーと手をつないで恋をしている気分で聴いてもらえればと思います。 ――『ふへへへへへへへ大作戦』でメジャーデビューを果たす寺嶋由芙さんへメッセージをお願いいたします。 大森:ゆっふぃーが大切にしてきたゆっふぃーをそのまま磨いて、これまでよりもっとたくさんの人の毎日を、やわらかくしてあげてください。 ■大森靖子 リリース情報 7月15日セカンドシングル発売決定 ■オフィシャルHP http://oomoriseiko.info/
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寺嶋由芙『ふへへへへへへへ大作戦(通常盤)』(ユニバーサル ミュージック)

■リリース情報 『ふへへへへへへへ大作戦』 発売:2015年 5月20日 価格:通常盤(CD DISC1枚 薄型ケース) ¥1.000(税込)    初回盤A(CD DISC1枚+DVD1枚 通常ケース) ¥2.500(税込)    初回盤B(BCD DISC1枚、通常ケース) ¥2.000(税込) <収録内容> 1.「ふへへへへへへへ大作戦」 作曲・編曲:rionos 作詞:大森靖子 2.「YOU MAY DREAM」 作詞 : 柴山俊之 / CHRIS MOSDELL 作曲 : 鮎川誠 / 細野晴臣 編曲 : rionos 3.「ふへへへへへへへ大作戦」 (Off Vocal)  4.「YOU MAY DREAM」 (Off Vocal) 5.「好きがはじまる」  6.「恋人だったの」  7.「初恋のシルエット」  8.「楓」  9.「好きがこぼれる」   10.「ぜんぜん」  ※通常盤は1,2のみ、初回限定盤は1~4のみ、初回限定盤Bは1~10までを収録 ※M5-10 LIVE音源 from 2015.02.08 「#Yufu Flight」@渋谷WWW  <DVD収録内容> Music Clips 「#ゆーふらいと」 「ぜんぜん」 「カンパニュラの憂鬱」 「猫になりたい!」 「初恋のシルエット」 Live映像 「好きがこぼれる」 from 2015.02.08 「#Yufu Flight」@渋谷WWW ※DVDの副音声は、発売タイミングにオフィシャルサイトでフリー配信予定 https://yufuterashima.com/

浅田真央を現役続行に導いた、ドリカムの楽曲群 人々に勇気を与えた歌詞を読む

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DREAMS COME TRUE『DREAMS COME TRUE THE BEST! 私のドリカム』(Universal Music)

 フィギュアスケートで競技を休養していた浅田真央が5月18日午後、都内で会見を開き「100%復帰するつもりでやっている。去年のレベルまで戻すことを目標にしたい」と述べて、現役続行を表明した。  振り返れば昨年5月、浅田はソチオリンピックと世界フィギュアスケート選手権に出場後、1年間の休養を取ることを正式発表。現役復帰するか引退するかについては「ハーフハーフです」と答えていた。一時はスケート自体をやめることも考えていたという。  しかし、今年1月1日にスペシャル番組『新春!!炎の体育会TV』に出演した際、ある出来事をきっかけとして心境に変化があったことを告白。「自分はスケートしかない」と、現役続行を示唆していた。  その出来事というのは、DREAMS COME TRUEが昨年10月5日に東京・国立代々木競技場第一体育館にて行ったライブ「25th Anniversary DREAMS COME TRUE CONCERT TOUR 2014 - ATTACK25 -」のこと。ライブ本編の終盤、ボーカルの吉田美和は「AGAIN」という楽曲について、「この曲作ってるときにさ、すっごいこの人のことを思い浮かべて書いてたの。今日はその人が観に来てくれてるんだ。あまりにもうれしいので紹介してもいいですか?」と語り、当日観覧に訪れていた浅田を紹介。突然、自身の名前を呼ばれた浅田は、満面の笑みでそれに応えていた。  番組内で浅田は、当時のことを振り返り、「すごく輝いていて、自分もこういう(輝ける)舞台で滑りたいなって、すごくパワーをもらえて、刺激も受けました」と、大きな影響を受けたことを明かした。また楽曲「AGAIN」については、自身がパーソナリティーを務めるラジオ番組『住友生命Presents浅田真央のにっぽんスマイル』にて、「初めて聴いたときには涙が出てしまった。歌詞も本当に私の心をぐっと掴んでくれて、助けられた曲でもあります。(中略)私自身ソチオリンピックが終わってから、悔しくて悲しくて落ち込んでいたんですけど、世界選手権までは毎日、もう一回頑張ろうってずっと聴いてきた曲です」と語っている。実際、浅田が世界フィギュアスケート選手権で見せた表情は、「もう一度/今のあなたで/悔いなんてまるでない/あの最強の笑顔で」という歌詞を連想させるものであり、DREAMS COME TRUEの楽曲が持つパワー、その言葉の強さを感じさせた。  DREAMS COME TRUEの楽曲には、「AGAIN」のほかにも人々の背中を押し、勇気づけてくれるものが少なくない。たとえば、2005年に発表された「何度でも」は、「何度でも何度でも何度でも/立ち上がり呼ぶよ/きみの名前/声が枯れるまで」「前を向いて/しがみついて/胸掻きむしって/あきらめないで叫べ!」と、力強い言葉でリスナーを鼓舞するメッセージソング。2011年の東日本大震災の際には、全国のラジオ局で最もオンエアされた邦楽曲となったほか、2011年3月28日から4月27日までは着うたフルが無料配信され、多くの人々の支えとなった。  また、2013年に発表された「さぁ鐘を鳴らせ」も、DREAMS COME TRUEにしか生み出せないメッセージソングと呼べる作品だろう。「さぁ鐘を鳴らせ/ちからふりしぼれ/それだけが今日を越えていく唯一の術なら/今は一日ずつ一日ずつ/響かせていくしかないから」といった歌詞は、逆境の中から立ち上がろうとする人々の心に染み入るはずだ。  7月7日には、デビューから26年の歩みを3枚のディスクに詰め込んだオールタイムベストアルバム『DREAMS COME TRUE THE BEST! 私のドリカム』をリリースするDREAMS COME TRUE。全50曲におよぶ楽曲の中から、浅田真央にとっての「AGAIN」のような、“私のドリカム”を探してみてはいかがだろうか。心に寄り添い、力を与えてくれる一曲がきっと見つかるに違いない。 (文=松下博夫)

Superflyが変化の中で見出した、表現の原点とは?「生きてる喜びを、高らかに大きな声で歌いたい」

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【リアルサウンドより】  Superflyの新しい始まりを告げるニューアルバム『WHITE』が完成した。前作『Force』('12年)から約3年ぶりとなる本作にはBONNIE PINK、中田裕二、Chris Cester(ex.JET)など国内外のクリエイター陣が参加し、これまでの制作スタイルとは大きく変化した作品となっている。  今回Real Soundでは越智志帆にインタビューを実施。前作『Force』完成直後に感じたという達成感と虚無感、「受け身になって、いろんな人の影響を受けたかった」という動機からスタートした本作『WHITE』の制作、そして、このアルバムを作り上げたことで生まれた新たな確信について語ってもらった。

「“終わり”という文字が自分のなかに出てた」

ーーSuperflyの新しいスタートを告げるアルバムですね。「WHITE」というタイトルからも「まっさらの状態から始めたい」という意思を感じます。 Superfly:リスタートというか、“新たな価値観みたいなものに出会えますように”みたいな気持ちですよね。いろんな人たちの感性、才能に触れることで、自分を染めてもらえるようなアルバムにしたいなと思っていたので。 ーーいままでとは違う刺激を求めていた? Superfly:そうですね。前作の『Force』を作り終えたときに、珍しく“あ、完成したな”って思えたんですよ。それまでは、制作の終わりごろになると“次はこうしよう”とか、良い意味で悔しさが残っていたんです。でも、『Force』のときは、もちろん完璧ではないにしろ、今できるのはここが限界だなという気持ちが湧いてきて。“終わり”という文字が自分のなかに出てたんですよね。 ーーデビューから積み重ねてきたことが『Force』というアルバムによって、ひとつの完結を見たんでしょうね。 Superfly:同時に“空っぽになった”という感覚もあったんですよ。その後はインプットしなきゃという焦りのなかで過ごしていたし、いざ制作に入ることになっても、まだ空っぽの状態が続いてしまっていて。このピンチをどう乗り切ろうかと考えたときに“完全に受け身の状態で音楽を作っていくのもアリかな”って思ったんですよね。 ーー何もない状態を逆手に取るというか。 Superfly:そうです。これまではずっと作曲家の多保くんと(アレンジャー/プロデューサーの)蔦谷好位置さんていう少人数で密に制作を行ってきたんですけど「Force」を作り終えた後の空っぽの状態で次は何を作ろう?ってなった時に今までと同じつくり方じゃ新しいものが出来ない気がして。それがいちばん大きなきっかけでしたね。 ーー結成以来のメインソングライターだった多保さんがアルバムに参加しないとなれば、自ずと制作スタイルは変わりますよね。 Superfly:やり方を変えなくちゃなって思ったんですよね。私自身が絞り出すように作るやり方は量産するには限界だと思ったし、多保君とも話たんですが、10年近く同じ体制でやってるとそれぞれの役割もしっかりできてしまって、それがいい方向に出るときももちろんあったんですが、新鮮さを求めた時にお互いのバランスを取ろうとしたらなかなか難しくって。本当にひとりになって、“いままで出来なかったことを思い切りやろう”というところへ切り替わったというか。今までとは違う人たちと作って新しい刺激を受けたくなりました。 ーーその時点ではもう不安はなかった? Superfly:多少はあったと思うんですけど、いろんな人たちとやってみようって決めたら、アルバムのイメージがどんどん浮かんできたんです。タイトルは「WHITE」で、色鮮やかなアルバムにしようとか。ある意味、とっ散らかったアルバムでもいいとか。それを具現化するのは大変でしたけど、“きっと良いアルバムになる”という確信もありました。あと、私がイメージしているものだったり、変わっていきたいという気持ちを周囲のスタッフに伝えて、足並みを揃えるのもすごく大変でしたね。“え、そこまで変わっちゃうの?”みたいなこともあっただろうし。 ーーリスナーのことは気になりませんでした? Superflyにはこれまで築き上げてきた強烈なアーティスト・イメージがあって、そこに惹かれているファンも多いと思うんですが。 Superfly:確かにイメージはあると思うし、それを裏切りたくないという気持ちもありました。実際、アルバムの制作に入ったときは“今までのSuperflyの面影を残したほうがいいのかな”と思って、そういう曲に何度もチャレンジしてみたんですよ。でも、ダメだったんですよね。いままでのSuperflyの曲は、私と多保くん、蔦谷さんの3人だから出来たものであって、そのバランスがなければ、単に模倣にしかならないんだなって。たぶん、多保くんが他のところでSuperflyっぽいことをやろうとしても無理だと思うんですよね。そのことに気づいてからは、違うことをやろうって開きなれたというか。 ーーただ、志帆さん自身のルーツミュージックは変わらないわけじゃないですか。 Superfly:だから“ぜんぜん聴いたことがない音楽でもいいな”って思ってたんです。自分がわからないことをやりたかった、というか。私はオールドミュージックが好きだけど、ぜんぜん違うルーツを持っている人の個性とぶつかり合うことで、おもしろい化学反応が起こるんじゃないかなって。曲をお願いするときにも、何人かの方には“Superflyは意識しないでください”って伝えたんですよ。 ーーそうじゃないと意味がないと? Superfly:そうそう。ホントにそう思いました。わからないことをやるのって、こんなに楽しいんだ!って思いましたからね、制作中。いままではわかないことが怖かったんだけど。

「周りの人たちが生き生きしていたら、私も燃える」

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ーー収録された14曲のうち、12曲は蔦谷好位置さんが編曲を担当していて。蔦谷さんとの関係にも変化があったんでしょうか? Superfly:いままで以上に濃く入ってもらいましたね。このアルバムでSuperflyは激変すると思ったので、それを整えてもらいたかったというか。あとポジティブに受け身でいたかったんですよ、今回は。だから、周りの人の意見もいっぱい聞きました。“いまのSuperflyは誰とコラボしたらおもしろい?”とか、そもそもSuperflyはどんなふうに見えていて、どこに可能性を感じてるのかな?とか。そういうことが自分ではわからなくなっていたし、みなさんの話をたくさん聞けたこともすごく良かったですね。 ーー楽曲についてもいくつか聞かせてください。何といっても最高だったのは、Chirs Cester(JET)とのコラボレーションによる「A・HA・HA」「脱獄の季節」。どちらも海外のインディーロックの流れを感じさせる楽曲ですが、とにかくぶっ飛んでるし、本作におけるSuperflyの変化を象徴してますよね。 Superfly:私も「A・HA・HA」がいちばんぶっ飛んでると思います(笑)。以前、JETといっしょに『i spy i spy』(Superfly×JET)をやったときもすごくおもしろかったんですよ。自分たちのレコーディングスタイルとはぜんぜん違っていたし、異文化交流みたいな感じで。また新しい刺激をもらえないかなと思ってお願いしたんですけど、やっぱりおもしろくて。この曲に関しては本当に“染まった”という感じなんですよね。ふだんは“こういうふうに歌おう”って作戦をしっかり立てるんですけど、「A・HA・HA」はクリスにはっきりと思い描くものがあったみたいなので言われるまま、“はい、やります”って。普通だったらもっと音程を合わせるんだけど、“それはやめてほしい”って言われたので、全力で音程のない歌を歌いました(笑)。 ーーBONNIE PINKさんが作詞作曲を手がけた「Woman」については? Superfly:ずっと尊敬しているアーティストで、ずっと“いつか曲を書いてほしいな”って思っていたんです。去年の年末にごはんをご一緒させてもらって、緊張したんですが直接お願いして。そのときも“Superflyのことは意識しないで、等身大で曲を書いてほしいです”ってお伝えしたんです。私としては、それを演じるように歌いたかったので。 ーー「Woman」のメロディは確かにBONNIE PINK節が強く出てますよね。 Superfly:ボニーさんのルーツの部分が出てるんじゃないかなって。最初は“メロウで胸キュンの曲が来るのかな”と思ってたんですが、意外にも力強いものを作ってくれて。ボニーさんの可愛らしさ、タフさがぜんぶ入った曲だと思いますね。“子宮で考えた答えで正解”なんて歌詞、私には絶対に書けないですから。もっと人生経験を積めば、こういうことも言えるようになるのかな…って思ったり。歌うときは、あまり自分に寄せ過ぎないように意識してました。それよりもボニーさんが見えたほうがいいなって。
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ーー曲を作った人の顔が見えるようにしたかった? Superfly:書いてくれた人の得意なところだったり、個性がハッキリ感じられたほうがいいと思ったんです。中田裕二さんに書いていただいた「リビドーに告ぐ」もそうですね。この曲メロディを聴かせてもらったときに、花の強い香りをイメージしたんですよ。女性の髪が揺れる絵が浮かんできたし、その残り香はユリみたいに甘くてキツイ香りなんだろうなって。だから、歌詞の方向性も変えてもらったんです。最初は爽やかな雰囲気だったんですけど、もっと中田さんのイメージが感じられるエロスがあるものがいいな、と。他の方もそうですけど、みなさんの個性が強いものを歌ったほうが、自分のエネルギーもさらに引っ張り出してもらえると思いました。 ーー「Superflyという素材を使って、楽しんでください」みたいな? Superfly:そうですね(笑)。そういうほうが性格に合ってるんですよ、もともと。たとえばバンドメンバーに対してもそうで、私を良く見せたいとか、声が聴こえないから、音を下げてほしいみたいなことはぜんぜんなくて、“みんなの音がデカいなら、私もデカく歌う!”みたいな感じなので。周りの人たちが生き生きしていたら、私も燃えるんですよ。昔からそういうところはあるし、今回のアルバムの制作にもそれが出てるんじゃないかなって。自分から“こうしたい”って主張するタイプではなくて、提示されたものに対してアレンジを加えるほうが合ってるんです。

「やっぱり自分はロックシンガーなんだな」

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ーー志帆さん自身が作詞作曲に関わった楽曲についてはどうですか? 特に「Beautiful」はアルバムのなかでも重要なポジションにあるナンバーだと思うのですが。 Superfly:1曲は私自身を描いたものを入れようと思ってたんですよね。じつはしばらく作詞がまったく出来なくて、“ああ、苦しい”って感じていて。そんなときに“Superflyの持ち味って何だろう?”って考えてみたんです。そのときに思い浮かんだのが、“生命力”だったんですよ。生きてる喜びを、高らかに大きな声で歌えるのが、Superflyの良さだなって。そういうものを表現できる曲がほしいと思って作ったのが、「Beautiful」だったんです。曲が出来たときはすごく嬉しかったし、その勢いで、歌詞も2日くらいで書けて。追い込まれるとすごい力を発揮できるんだなって思いました(笑)。 ーーいろいろなタイプのクリエイターとコラボすることで、Superfly本来の魅力にも立ち返ることができた? Superfly:やっぱり自分はロックシンガーなんだなって思いましたね。ハイトーンで歌えるのも自分の持ち味だし、ストレートな歌詞を書くっていうのも……じつはちょっとイヤになってた時期もあったんですよね、ストレートな歌詞が。でも、それも自分の個性だなって思えたというか。たぶん、いろんな人といっしょに曲を作っていくなかで、自分の個性が改めて浮き出てたんじゃないかと思うんですよ。「Beautiful」の歌詞を書いているときも、自分に与えられたものを、長所も短所もひっくるめて、ぜんぶ肯定してやろうと思っていたし。今回アルバムに参加してくれた方々からも、内側から出てくる自信みたいなものを感じたんですよ。そういう人が持っている説得力ってすごいなって思ったし、私もそうありたいなって。 ーーアルバムの初回生産限定盤には初の邦楽カバーミニアルバムも付いていますが、こういうトライも前向きなモードじゃないと出来ないですよね。 Superfly:そうですね。私は本来、精神的にグラグラ来てしまいがちというか、良いことにも悪いことにもグッと引っ張られるところがあったんですよ。特に悪いことに引っ張られてしまうと、なかなか抜け出せないこともあって。そうならないように自分を閉ざして、守ってきたところもあったし…。でも、今回のアルバムを作ってからは、自分のなかにしっかり芯が出来た感覚があるんです。もしネガティブなことに直面したとしても、いまだったらそれを肯定できるし、プラスに変えることも出来るんじゃないかなって。 ーーそういう心境の変化って、年齢も関係あるんでしょうか? Superfly:大いにあると思います。27、28歳くらいのときって、いま思えばすごく苦しかったんですよ。身体も変化してくるし、喉も使いっぱなしだったから、そのバランスを必死で取ろうとしていて。そこも解消してきたというか、“こういうときは、こうすればいい”ということがわかってきて。まあ、これから何があるかわからないですけど、ドンと来い!って感じです(笑)。 (取材・文=森朋之)
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Superfly『WHITE』(ワーナーミュージック・ジャパン)

■リリース情報 『WHITE』 発売:2015年5月27日 【初回生産限定盤】(2CD) WPCL-12089/90 ¥3,600(税抜) BOX仕様スペシャルパッケージ [初回生産限定盤特典CD] 邦楽カバーミニアルバム 【通常盤】(CD) WPCL-12091 ¥3,000(税抜) [初回生産限定盤CD収録内容] 邦楽カバーミニアルバム 01.Blue〜こんな夜には踊れない(桑田佳祐) 02.Sweetest Music(竹内まりや) 03.帰れない二人(井上陽水) 04.スローバラード【Live】(RC サクセション)※RISING SUN ROCK FESTIVAL 2012のLIVE音源 05.楽しい時-Fun Time(佐野元春) 〈収録曲〉 01.White Light 02.Beautiful 03.色を剥がして 04.On Your Side 05.A・HA・HA 06.Woman 07.脱獄の季節 08.リビドーに告ぐ 09.愛をからだに吹き込んで 10.Live 11.Space 12.極彩色ハートビート 13.You You 14.いつか私は歌をうたう ※01.『テイルズ オブ』シリーズ20周年記念タイトル 『テイルズ オブ ゼスティリア』テーマソング ※02.TBS系 火曜ドラマ「マザー・ゲーム〜彼女たちの階級〜」主題歌 ※09.テレビ朝日系ドラマ『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』主題歌 ※10.映画『闇金ウシジマくんPart2』主題歌 ※13.『JFL presents FOR THE NEXT』テーマソング ■ライブ情報 「Superfly WHITE TOUR 2015」 7月4日(土) 埼玉・川口総合文化センター・リリア 7月8日(水) 福島・郡山市民文化センター 大ホール 7月11日(土) リンクステーションホール青森(青森市文化会館) 7月12日(日) 岩手・盛岡市民文化ホール 7月14日(火) 仙台サンプラザホール 7月16日(木) 山形・酒田市民会館「希望ホール」大ホール 7月24日(金) 三重県文化会館 大ホール 7月26日(日) 岐阜・長良川国際会議場 7月28日(火) 名古屋センチュリーホール 7月29日(水) 名古屋センチュリーホール 8月3日(月) 広島文化学園HBGホール 8月5日(水) 鳥取・とりぎん文化会館 梨花ホール 8月7日(金) 岡山市民会館 8月8日(土) 山口・周南市文化会館 8月12日(水) 新潟県民会館 大ホール 8月13日(木) 新潟県民会館 大ホール 8月18日(火) 福岡サンパレス ホテル&ホール 8月20日(木) 佐賀市文化会館 大ホール 8月22日(土) 鹿児島市民文化ホール 第一ホール 8月24日(月) 宮崎市民文化ホール 9月3日(木) 静岡・アクトシティ浜松 大ホール 9月5日(土) 大阪フェスティバルホール 9月6日(日) 大阪フェスティバルホール 9月9日(水) 神戸国際会館こくさいホール 9月11日(金) 和歌山市民会館 9月19日(土) 群馬・ベイシア文化ホール 9月23日(水) 山梨・コラニー文化ホール 9月26日(土) 東京国際フォーラム ホールA 9月27日(日) 東京国際フォーラム ホールA 10月3日(土) 石川・本多の森ホール 10月4日(日) 長野・ホクト文化ホール 10月8日(木) 北海道・札幌ニトリ文化ホール 10月10日(土) 北海道・函館市民会館 大ホール 10月12日(月) 北海道・旭川市民文化会館 大ホール 10月24日(土) 沖縄コンベンション劇場 10月30日(金) 高知県県民文化ホール オレンジホール 10月31日(土) 香川・アルファあなぶきホール 11月2日(月) 徳島・鳴門市文化会館 11月4日(水) 愛媛・ひめぎんホール 「Superfly “WHITE” リリース記念 Free Live」 5月30日(土) 大阪城西の丸庭園 http://www.superfly-web.com/

HAPPYは音楽シーンの風景を変えるか? 最新作のサウンドが感じさせる「覚悟」と「凄味」

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【リアルサウンドより】  60〜70年代の洋楽ロックに深く根ざしたサイケデリック&ポップな音楽性や、日本の同世代のバンド群とは一線を画すその根っからの楽観主義とラブ&ピースを体現したような独特の佇まいやライブパフォーマンスによって、同世代のリスナーのみならず、幅広い世代の音楽ファンから注目を集めているHAPPY。昨年8月のファーストアルバム『HELLO』以来のリリースにして、インディーズ最後の作品とアナウンスされている5曲入りの新作E.P.『To The Next』は、そんな彼らの「現在」と「未来」を繋ぐ架け橋のような作品だ。  古くはベイ・シティ・ローラーズ(「Turn On The Radio」)から最近ではSEKAI NO OWARI(「インスタントラジオ」)まで、ポップソングにおける王道のテーマといえるラジオについて真っ正面から歌ったリード曲「R.A.D.I.O.」は、彼らの過去の曲では「Lift This Weight」に連なるエレクトリックダンスチューン。「流行なんてどこ吹く風」といった超然とした姿勢がHAPPYのカッコよさではあるが、ロックでもポップでもここ数年世界的に大流行りの「オーオーオー!」の大合唱コーラスも見事にキマっている。既にライブでもクライマックスを彩る重要曲となっているが、今後も彼らの代表曲の1つとしてリスナーから愛されていくだろう。  しかし、バンドとしての覚悟、もっと言うなら凄味をより感じさせるのは、「The world began with a number」「Swinging Singer Star」「To The Next」といった、ゆったりとしたグルーヴとドリーミーなシンセサウンドで、じわじわと世界をレインボーカラーに染め上げていくような楽曲たちだ。「狭い日本、みんなそんなにやたらとBPMを速めて、言葉やコード展開を詰め込んで、一体どこに行こうとしてるんだ?」とでも言いたげなその悠然としたサウンドは、「Swinging Singer Star」にいたっては往年のローリング・ストーンズやクラッシュがそうであったように、ルーツロックレゲエのリズムにまで接近している。  アルバム『HELLO』同様、今回も全曲バンドによるセルフプロデュース。レコーディング時はすべてが手探りだったという『HELLO』の時と比べると、本作でのサウンドプロダクションもAlecとRicのボーカルも格段にレベルアップしていて、このままのペースで成長していったとしてもバンドの未来には期待が大いに膨らむ。一方で、果たしてメジャーという新しいフィールドとそこで求められるスケールが、彼らのこの何があっても微動だにしそうにない理想主義的音楽に何をもたらすのかについても興味は尽きない。もともと彼ら5人にはマニアックな音楽をやっていこうという意識はまったくなく、自分達がやっているのはポップのど真ん中だという認識で音を鳴らしているバンドだ。もしHAPPYの音楽がシーンの端っこで鳴っているように聴こえるとしたら、それはHAPPYが端っこにいるのではなく、シーンそのものがズレている。きっと彼らはそう思っているだろうし、そんな天動説を信じているようなバンドだけが、音楽の世界に大きな変革をもたらすことができるのだと思う。 ■宇野維正 音楽・映画ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌などの編集を経て独立。現在、「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「BRUTUS」「ワールドサッカーダイジェスト」「ナタリー」など、各種メディアで執筆中。Twitter
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HAPPY『To The Next』(HAPPY RECORDS)

■リリース情報 『To The Next』 発売:2015年5月13日 QYCL-10004 ¥1,200(税抜) 1. R.A.D.I.O. 2. The world began with a number 3. Cation 4. Swinging Singer Star 5. To The Next ■ライブ情報 「HAPPY Tour 2015 To The Next」 5月21日(木) 東京・新代田FEVER 5月26日(火) 岩手・盛岡the five morioka 5月28日(木) 札幌・BESSIE HALL 5月30日(土) 仙台・MACANA 5月31日(日) 新潟・CLUB RIVERST 6月2日(火) 石川・金沢VANVAN V4 6月4日(木) 岡山・CRAZYMAMA 2ndRoom 6月6日(土) 福岡・DRUM SON 6月7日(日) 熊本・DRUM B9. V2 6月11日(木) 静岡・浜松MESCALINE DRIVE 6月13日(土) 広島・ナミキジャンクション 6月14日(日) 香川・高松DIME 6月16日(火) 愛媛・松山SALONKITTY 6月20日(土) 名古屋・APOLLO BASE 6月21日(日) 大阪・JANUS 6月23日(火) 兵庫 神戸・太陽と虎 6月24日(水) 京都・磔磔 ※ワンマンライブ 6月26日(金) 東京・恵比寿リキッドルーム ※ワンマンライブ http://happyofficial.com/

クリープハイプとゲスの極み乙女。が提示した、ロックバンドの未来形とは? それぞれの新曲から考察

「スタジアムロック」と「フェスロック」

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クリープハイプ『愛の点滅(初回限定盤)』

【リアルサウンドより】  「スタジアムロック」という言葉がある。Wikipediaによると、その定義は「1970年代以降の大会場を中心とした興行、派手に演出されたライブ・パフォーマンス、コマーシャル性の強いロックに対して使われた用語」。この文面からは「やたらとお金がかかった」というような揶揄的なニュアンスを行間から少し感じるが、最近では単に「大会場で映えそうなスケールの大きいロックサウンド」という意味合いで使われている印象がある。  この「コンサート会場+ロック」という言葉の構造に倣うと、さしずめ今の日本は「フェスロック」の時代と言えるだろうか。ゼロ年代以降の日本のロックの強い影響下にあるバンドサウンドで、BPMは速め。四つ打ちのリズムパターンを多用。フォーカスしているのはその瞬間の盛り上がりとオーディエンスを巻き込んだ一体感。バンドやフェスのロゴが入ったTシャツとタオル、ディッキーズのハーフパンツに代表されるファッションや、曲に合わせての手拍子やサークルモッシュといったアクションなど、ファンの行動様式にも特徴がある。  フェスというものが2010年代以降のレジャーの一つとして定着して「皆で騒げる・楽しめる」というニーズが前景化し、また音楽マーケットの中でも「人気のバロメータとなる場所」として認知されていく中で、場の盛り上げに特化した「フェスロック」の誕生はある種必然だったのかもしれない。新しいインフラが新しい音楽の形を産み出すのは歴史を振り返っても決して目新しい話ではないが、一方でこういった類の音楽ばかりが注目を集めることに対しては様々な立場から様々な意見が提出されている。たとえばサカナクションの山口一郎は、自身のラジオ番組で若いリスナーに対してこんなメッセージを発している。  「フェスで人気のあるバンドが受け入れられる時代になってしまっていて、そこへの対応策として四つ打ちのロックが出てきた。自分たちもそうやって対応してきた部分もあるので一概には否定できないが、そういったものばかりになっていくことを危惧している」(2014年11月6日 TOKYO FM 「サカナLOCKS!」より 発言を一部要約)

2013年のロックバンドシーン 意図した戦略、意図しない狂騒

 「フェスロック」という現象に関して個人的に忘れられないのが、2013年のROCK IN JAPAN FES.でのクリープハイプのステージである。同じタイミングで沸き起こる手拍子やジャンプ、至るところで生まれるサークルモッシュ、お約束の掛け声。好きな楽曲は多かったがバンドの周辺情報をそこまで知らなかった自分にとって、フェスにおけるオーディエンスの典型的な反応が全て詰め込まれたかのようなこの日の光景はなかなか衝撃だった。  ただ、そういったシチュエーションを経たうえで当時のクリープハイプの楽曲やパフォーマンスを思い返してみると、彼らの楽曲にはフェスの場で機能する仕掛けが多数施されていることが確認できる。疾走感が印象的な「おやすみ泣き声、さよなら歌姫」やサビのアウフタクトが手を上げるのにぴったりな「ラブホテル」はライブで盛り上がるというシーンに最適化されているし、「社会の窓」の自己言及的な歌詞はハイコンテクストであるがゆえにファン同士もしくはファンとバンドの絆をより強固なものにする役割を果たしている。「HE IS MINE」においてオーディエンスが「セックスしよう」と叫ぶまでの尾崎世界観の煽りも、ライブの参加者にとってはその場限りの貴重な体験として記憶されるだろう。クリープハイプには、フェスの場で求められる気持ちよさの「ツボ」を的確に押すことのできる巧妙さが備わっていた。  一方、同じく2013年の年末、ゲスの極み乙女。の川谷絵音はアルバム『踊れないなら、ゲスになってしまえよ』に関連してこんな発言をしている。  「最近のロック・シーンはロックがロックとして機能していないというか、4つ打ちをやればいいみたいなムードがあって。あまりに中身のない4つ打ちが飽和してるなと感じていて。だから俺らもあえて4つ打ちをやってるんですけど、ほかとは全然違うというところを示したい」(2013年12月5日 WHAT’s IN? WEB ゲスの極み乙女。インタビューより)  『踊れないなら、ゲスになってしまえよ』は、「フェスロック」が短絡的に持て囃されるマーケットのムードを明確に踏まえた作品である。「キラーボール」に代表される露悪的なまでにわかりやすく導入された四つ打ちのビートと速射砲のように放たれる言葉、そしてサビで展開される開放感のあるメロディの快楽は、同種のことを正面から志向しているバンドと比較しても群を抜いていた。メンバーのキャラクター作りも含めて、ノリや楽しさを重視する多くのオーディエンスから支持を得た。  クリープハイプとゲスの極み乙女。、この2つのバンドはいずれも時代の流れと密にシンクロしながら人気を拡大してきた。しかし見方を変えると、彼らの狙いが「はまりすぎてしまった」というのも2013年の状況だったようにも思える。クリープハイプファンのライブマナーに関してSNS上でちょっとした騒ぎがあったのもこの年であり、川谷が「飽和」と指摘した四つ打ちを主体とするバンドはますます増加していった。

自身のルーツと向き合う尾崎世界観、ニーズではなくシーズと向き合う川谷絵音

 ここまでに触れてきたような音楽的要素を組み合わせて「フェスを盛り上げる」という機能を持てば一時的には人気者になれるような雰囲気がある中で、クリープハイプもゲスの極み乙女。もそういった安易な流れには与さない取り組みを継続的に行っている。クリープハイプの楽曲はそもそものメロディがフェス云々関係なく普遍的な魅力を持っているし、ゲスの極み乙女。は『踊れないなら、ゲスになってしまえよ』にも「ハツミ」のようなヒップホップとジャズをクロスオーバーさせた楽曲を忍ばせており、また2014年には「猟奇的なキスを私にして」のようなよりメロウなナンバーにもトライしている。  そして、今年の春に両者が発表した新曲、クリープハイプの「愛の点滅」とゲスの極み乙女。の「私以外私じゃないの」は、それぞれのバンドがネクストステージに進んだことをはっきりと示すものである。  「愛の点滅」は、大らかなメロディといつにも増してやわらかい歌声が耳に残るソフトな手触りを持った楽曲。ギターのリフからも攻撃性ではなく包み込むような優しさが感じられる。尾崎は自らの原点としてゆずの名前を出すことが多いが、彼らの楽曲にも近しいナチュラルさ、ポジティブさを秘めているように思える。  また、「私以外私じゃないの」は、従来の楽曲にあった軽快さは残しつつも間奏やアウトロなどでより複雑なバンドアンサンブルがフィーチャーされている。これは高い演奏力を持ったメンバーの揃ったこのバンドだからこそできることであり、「オーディエンスのテンションを上げる」ことよりも「楽曲にとって良いアレンジ、という視点でメンバーの力量を引き出す」ことに重きが置かれている印象がある。  この2曲には、いずれも大きなタイアップがついている(「愛の点滅」は真木よう子主演の映画『脳内ポイズンベリー』の主題歌、「私以外私じゃないの」はコカ・コーラのCMソング)。フェスやライブとは関係のない人たちも対象となる楽曲を作るにあたって、クリープハイプはうたとメロディ、ゲスの極み乙女。は演奏力というバンド本来の強みを改めて押し出すことでより広い層にアプローチした。現状のフェスを盛り上げている顔ぶれの中で、こういった「フェスロック」の先を行くアウトプットを出せるバンドは果たしてどのくらいいるのだろうか。  「フェスロック」を鳴らすことで支持を獲得としたバンドの未来は、大きく分けて2通りある。1つは、その戦い方にこだわるあまりに時代の移り変わりの中で苦戦するという未来。そしてもう1つは、そこでの人気をテコにしてより大きな場所へ飛び出していくという未来。クリープハイプとゲスの極み乙女。が後者の未来に向けて舵を切り始めた2015年という年は、フェスという磁場を中心に動いてきた10年代のロックシーンにとって分岐点の1年となるかもしれない。 ■レジー 1981年生まれ。一般企業に勤める傍ら、2012年7月に音楽ブログ「レジーのブログ」を開設。アーティスト/作品単体の批評にとどまらない「日本におけるポップミュージックの受容構造」を俯瞰した考察が音楽ファンのみならず音楽ライター・ミュージシャンの間で話題に。2013年春にQUICK JAPANへパスピエ『フィーバー』のディスクレビューを寄稿、以降は外部媒体での発信も行っている。 Twitter レジーのブログ レジーのポータル