三代目JSB、新シングルがぶっちぎりのチャート1位に アフロジャック楽曲でダンス路線を邁進か

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三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE『Summer Madness』(rhythm zone)

【リアルサウンドより】 参考:2015年7月6日~2015年7月12日のCDシングル週間ランキング(2015年7月20日付)(ORICON STYLE)  今週のシングルは三代目J Soul Brothersが19万枚でぶっちぎりの1位。2位のラブライブ系とは10万枚以上の差が付いております。劇場用映画が大当たりしてラブライバーの皆さんもいっそう世間の注目を集めておりましたし、このシングルも8万枚も売れた上に良曲だと思うんですけど、なにせ結果として三代目のほうがもっと売れたので、売り上げ至上主義の音楽シーン的にはそっちに注目すべき週となったわけです。  しかし三代目の楽曲「Summer Madness」もこれまたカッコいい曲でして、それもそのはず作曲者がEDMシーンの人気DJアフロジャックなわけですね。アフロジャックのEDM曲が日本の音楽チャートの1位になっているわけで、「日本の音楽シーンも歌謡曲ばっかりじゃなくて洋楽みたいなのが売れるべきだ!」などと国際派を気取っていた20年くらい前の音楽ライターとかが聞いたら驚喜のあまり失禁するかもしれません。  ちなみに三代目がブレイクしたのは間違いなく昨年2014年の6月に発売され、レコ大も受賞した「R.Y.U.S.E.I.」によってであるというのは疑いのないところでしょう。この曲のダンスで用いられた「ランニングマン」と呼称される振り付けは人気となり、モノマネをしたり、その模様を動画として撮影したり、YouTube等にアップしたり、飲み会の余興で晒してしまうなどの事例も増え、今なお話題となり続けているわけです。EXILE系の皆さんは昔からダンスが話題になるとブレイクする傾向にありますが、言い換えると、やっぱ昨今では曲はもとより動きが面白い・マネしたくなる・みんなでやりたくなる系の曲がウケるよなあというところであります。  ということで今回の「Summer Madness」での振り付けも、別に頼んでいないのになぜか「ジェットマン」とかいう呼称が何処からか聞かれるようになり、どうやら「このダンスでまたうまいことブームおよび販売枚数を盛り上げようぜ」という感は満点であります。これはもう、年ごとに新しいビートと振り付けが喧伝される昭和のダンス歌謡さながらの風情となって来たのではないでしょうか。その懐かしくも新しい試みがうまく的中するかどうかはちょっとわかりませんが、露出度の高い衣服を着た若者たちが、盛り場でマンボを踊るがごとく盛り上がってくれるのであれば、筆者としてもありがたいので歓迎したいところです。  ところで今さら言うまでもないことかもしれないですが、曲としてはタイトル通り夏に当て込んだデキのものであります。歌詞も「R.Y.U.S.E.I.」と同様にSTY氏が書かれ、とりあえずEXILE系らしい人類調和などを感じさせるデカい世界観の中に「夏」とか「サンセット」とか「果実」とか重要ワードが散りばめられて、薄着の季節にダンスフロアで密着する肌に期待できるものとなっております。  しかし、こうして超ストレートな季節ソングを堂々と打っていくやり方というのも、やはり今では若干懐かしいノリを感じさせるところがあるわけです。全体として今作は日本の音楽シーンの古き良き王道パターンを現代にグッと立ち上げて見せようという気概すら感じます。そこがEXILE系というグループの姿勢や夏というテーマから受ける熱気とも相まって、非常にパワフルに聞かせてくれるものになっているのではないでしょうか。ただ。三代目はもともとバラード調もこなすしっかりとしたボーカルワークを推すグループだったような気もするのですが、それが「R.Y.U.S.E.I.」以降ちょっとアゲアゲ方面へと揺らいでいるのかなという気もします。ここまで売れた結果、ますますそっちに傾いていくかどうか、次作の出方に注目したいところです。 ■さやわか ライター、物語評論家。『クイック・ジャパン』『ユリイカ』などで執筆。『朝日新聞』『ゲームラボ』などで連載中。単著に『僕たちのゲーム史』『AKB商法とは何だったのか』がある。Twitter

「97世代」が音楽を豊かにするーー降谷建志、TRICERATOPS、GRAPEVINEのアルバムを聴く

『Everything Becomes The Music』と降谷建志の優しさ

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降谷建志『Everything Becomes The Music』

【リアルサウンドより】 <勇気を持ってかかげた誓い 鼻で笑うように流れる世界 駆け抜けよう共にこんな時代 塗り替えるのは君達(きみら)の世代>  1999年にリリースされたDragon Ashのアルバム『Viva La Revolution』の表題曲である「Viva La Revolution」。降谷建志はこの曲をライブで披露する際に、いつからかオリジナルの歌詞である<塗り替えるのは僕達(ぼくら)の世代>を<君達(きみら)>と改変して歌うようになった。革命の主体者として雄叫びをあげる立場から、次の世代の自立を促す立場へ。もちろん本人にとって「前線を退く」というような気持ちは毛頭ないはずだが、日本の音楽のあり方を自ら変えてやろうと血気盛んだった10代の頃と比べるといくぶん肩の力は抜けたのかもしれない。  直訳すると「すべての物事は音楽になる」というタイトルが冠せられた降谷建志にとって初のソロアルバム『Everything Becomes The Music』には、そんな彼の自然体の姿がパッケージされている。PCの起動音からこのアルバムが始まるという構成は、どんな生活音でも音楽になり得るというメッセージであるとともに、今作が非常にプライベートなモードで作られことを示すメタファーであるとも言える。全ての演奏からレコーディングに至るまでをたった一人でこなした本作は、降谷建志というアーティストにとっての「生理現象」のようなものなのだろう。呼吸をするように、睡眠をとるように、いつでも自身のスタジオに通って作り上げてきた音楽。先行リリースされた「Swallow Dive」「Stairway」を筆頭に、リズムセクションの上でギターが鳴り、そこに彼の歌が乗るというとてもストレートな(それゆえミュージシャンとしての本質が問われる)構成の楽曲が揃っているのが何よりの証左だろう。  『Everything Becomes The Music』全体を通して醸し出されているのは、「優しさ」や「美しさ」である。オーディエンスの血を沸騰させるために「攻撃性」や「破壊力」が求められるDragon Ashの音楽の中でいわばスパイスとして機能していた要素が、パーソナルな世界が展開される今作では前面に押し出されている。数多の名曲を生み出してきた降谷建志のセンチメントとメロウネスが完全解禁されたこのアルバムに対して、いまだに「Viva La Revolution」を生で聴くと涙が止まらなくなってしまう僕としてはこう言わずにはいられない。「こんなKjの音楽が聴きたかった!」と。

絶好調、97年組の生き残り

 Dragon Ashがメジャーデビューを果たした1997年の音楽シーンにおいては、小室哲哉ブームがいまだ続く中において「ロックバンドへの期待感」が確かに存在していたように思える。Mr.Childrenとスピッツのセールスがモンスター化し(ミスチルはこの年の3月で一旦活動を休止)、さらにはウルフルズ、THE YELLOW MONKEY、JUDY AND MARYといった面々のブレイク。今となってはレジェンド的な位置づけの顔ぶれがひしめく90年代半ばにおいて、たくさんの若手ロックバンドが表舞台に登場した。そんな97年デビュー組において今でも第一線で活動を継続しているバンドの代表格がDragon Ashであり、そしてTRICERATOPSとGRAPEVINEである。  Dragon Ashが初期衝動的な音を鳴らしながら強面な感じで登場したのに対してこの2つのバンドの佇まいはいたってカジュアルだったが、一方でその音楽的バックグラウンドにはある種の「渋さ」も合わせ持っていた。ビートルズなどのスタンダードなロックを下敷きにしながら、3ピース編成でディスコビートを大胆に取り入れた「Raspberry」でデビューしたTRICERATOPS。また、マーヴィンゲイの曲名からとったバンド名の通り、GRAPEVINEの音楽には単にキャッチーなだけではないブラックミュージック由来の粘っこさが包含されていた。  同期でもある降谷建志が初のソロ作で新境地を示したように、この2つのバンドも今まさに「脂の乗り切った状態」にある。それを端的に表しているのが、昨年末にリリースされたTRICERATOPS『SONGS FOR THE STARLIGHT』と今年1月リリースのGRAPEVINE『Burning tree』である。  オリジナルアルバムとしては約4年振りのリリースとなったTRICERATOPS『SONGS FOR THE STARLIGHT』は、ロックとしての迫力とポップスとしての完成度が共存している作品である。印象的なギターのリフのイントロからベース主体のAメロに流れる展開とサビのキャッチーなメロディが「これぞトライセラ!」という感じのロックナンバー「スターライト スターライト」、BPMが速くなくても腰を揺らしたくなってしまうスイートな「PUMPKIN」などバラエティ豊かな収録曲からは、昨今では単に元気に盛り上げるだけのものを指すようになりつつある「踊れるロック」という概念を改めて定義し直すかのような気概が感じられる。  GRAPEVINE『Burning tree』は、掻き鳴らされるギターとサビで炸裂するシャウトが気持ちよい「empty song」やトリッキーな展開の「MAWATA」など、ここ数作においても特に開放感のある楽曲が並んでいる。複雑なアンサンブルを挟みながらも「せわしない」「ごちゃごちゃしている」といった要素を微塵も感じさせない雄大なサウンドプロダクションは、一朝一夕に真似できるものではない。  降谷建志『Everything Becomes The Music』、TRICERATOPS『SONGS FOR THE STARLIGHT』、GRAPEVINE『Burning tree』。昨年1月にリリースされたDragon Ash『THE FACES』も含めて、最近の「97世代」の作品にはここまで積み上げたキャリアに安住しない瑞々しい魅力が詰まっている。年輪を刻みながらもどんどんピュアになっていくかのような彼らの年の取り方は、ロックミュージシャンとしての理想的な姿なのかもしれない。

「狭間の世代」が担保するシーンの豊かさ

田中「まあ、やっぱり僕らは狭間の世代なんですよ。僕らがバンドを始めた時代っていうのは、バンドでやっていくとなると、もうアマチュアかメジャーデビューか、その二者択一だった。でも今はもっとやり方が多様化してる」 和田「そうだな……確かに自分たちが狭間の世代だなっていうのはすごく思ってます」 (RealSound トライセラ和田×バイン田中が語る、ロックバンドの美学(後編)「音楽にはセクシーさがすごく大事」より http://realsound.jp/2015/01/post-2186.html)  TRICERATOPSとGARPEVINEのそれぞれのフロントマン、和田唱と田中和将は自分たちのことを「狭間の世代」と称している。ここでの発言の意図は最近の若いミュージシャンと比較した場合というものではあるが、もっと短いスパンで区切った話でも97年デビューの彼らは「狭間の世代」と言える立ち位置のように思える。  J-POPという呼称の元でCD販売が産業として一気に巨大化し始めた90年代前半と、過去最高のCD売上を記録する中でゼロ年代以降の音楽シーンの方向を決定づける数々の才能が見出された98年。Dragon Ash、TRICERATOPS、GRAPEVINEの「97世代」はこの2つの時代の狭間にメジャーデビューを果たした。  くるり、ナンバーガール、スーパーカーという「98世代」が現在の日本のロックシーンのいわば始祖として様々な形で引き合いに出される一方で、「97世代」に対する言及は思いのほか少ない印象がある。それはもしかしたら、バンドとしての生き様によるものかもしれない。Dragon Ashは時代の空気を一身に背負いすぎた結果ロック云々というスケールでは語るのが難しい存在になったし、TRICERATOPSとGRAPEVINEはどちらかというとシーンの流行り廃りとは関係なく(バンドとしての紆余曲折はありながらも)淡々とキャリアを積んできた。また、実は最近のロックバンドとの音楽的な接点が見つけづらいという側面もあるかもしれない。Dragon AshのミクスチャーサウンドやGRAPEVINEが放つ渦のような音の世界を表層的な意味ではなく継承できているバンドはあまり見かけないし、TRICERATOPSの「踊れるロック」と現状主流になっている「四つ打ちロック」は特にリズムの強度・バラエティにおいて大きく異なるものである。  次から次に「期待の新星」が登場する中で、当たり前のように長く続いているバンドの存在感というのはともすれば希薄になりがちだ。自分のリスナーとしての態度を振り返ってもついつい新しいバンドを追いがちになるし、その結果として「最近のロックバンドは自分には合わない」などと悪態をつきたくなる瞬間もある。ただ、ほんの少しだけ視線をずらすと、自分が年を重ねているのと同じように大人になったロックバンドが「懐メロ」には陥らないロックを鳴らしている。  最近、とある報道番組で「日本の音楽の多様性が失われている」という切り口での解説を目にすることがあった。このメッセージには様々な観点からの反論が可能だが、僕は2015年における「97世代=狭間の世代」の充実を反証材料として提出したいと思う。20年近く前に「期待の新星」だった面々の弛みない歩みが、今の日本のポップミュージックの深みと豊かさを支えているのだ。 ■レジー 1981年生まれ。一般企業に勤める傍ら、2012年7月に音楽ブログ「レジーのブログ」を開設。アーティスト/作品単体の批評にとどまらない「日本におけるポップミュージックの受容構造」を俯瞰した考察が音楽ファンのみならず音楽ライター・ミュージシャンの間で話題に。2013年春にQUICK JAPANへパスピエ『フィーバー』のディスクレビューを寄稿、以降は外部媒体での発信も行っている。 Twitter レジーのブログ レジーのポータル

野村義男が語る、ギターコレクターの心得「どんなギターにも、それぞれ全部に意味がある」

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【リアルサウンドより】  300本を超えるギターコレクションを一冊にまとめた『野村義男の“思わず検索したくなる”ギター・コレクション』が6月25日に発売された。本書の登場に「待ってました!」と膝を打ったギターファンも少なくないのではないだろうか。希少なヴィンテージ・ギターから愛くるしいビザール・ギター、ちょっと奇妙な珍品ギターまで、300本を超えるギター・コレクションから伝わる、マニアの真髄とは? 「弾いて、集めて、改造して」と、止まることを知らないギター愛について、本人に語ってもらった。 ※なお、同書に掲載されているギターの話については、<モデル名:掲載ページ>を参照。

「100万円のギターでも1万円のギターでも、買うときの覚悟は一緒」

──まずは、ギターを始めたきっかけからお聞かせください。 野村:姉ちゃんが、かぐや姫や風にハマっていて、アコースティックギターをやっていたんです。でも、当時の僕は隣の部屋でプラモデル作りに夢中。だから、最初は「ギター、うるさいな」というイメージだったし、エレキギターという存在も知らなかった。そんなある日、姉が従姉妹からギターを借りてきて、ギターが2本になったので、「ちょっとこっちへ来い」と呼ばれて。「僕、ちょっとプラモ作りで忙しいんだけど」って言ったんですけど、「いいから、Eマイナー押さえろ、指はココとココ」と教えられて。それが小学校5年生くらいのとき。そこからコードを2つ、3つと教えてもらって、音が変わる面白さを知り、次第に「姉ちゃんの知らないうちにギターがうまくなりたい」と思うようになった。部活で学校から帰ってくるのが遅いときに、勝手にギターを出して、弾いて、みたいな感じでした。 ──そうして次第にのめり込んでいき、エレキギターに出会うわけですね。 野村:中学生のとき、好きな女の子がいて、その子がCharのファンだったの。彼女は当時、流行ってた透明の下敷きに写真を挟んでいたんです。Charの髪は長くて、ペラペラの薄いボティで色の付いたギターを持っている。「僕の持ってるデカくて、穴が開いてるギターとは違うぞ」と思って、ギターを弾いている友達に「これ誰?」って聞いたら「Char」って教えてくれて。とりあえず聴いてみたら「エレキギターって面白い、これはすごいぞ」と。そこからエレキギターに興味が湧いて、本や雑誌を読むようになり、テレビの音楽番組でも、歌っている人よりも後ろで演奏している人を見るようになった。いつのまにか、プラモデルも作らなくなっていたし。それよりも面白いもの見つけちゃったという…… そしたら今、こんな感じです(笑)。 ──300本以上集めてしまった。 野村:いや、集まっちゃっただけなんで(笑)。 ──野村さんの場合は、ギタリストのプレイはもとより、ギターという楽器そのものの魅力にとりつかれたという印象を受けます。 野村:そうそう、今でも弾かないで済むなら、弾かないほうがいいなぁ。ギターが好きなんで。ギターは見ているだけでもいいじゃないですか。綺麗だし。 ──この膨大なコレクションの中で、自慢の1本、特に思い入れの強いギターというと? 野村:やっぱり最初に手にしたギターかな。アリアプロIIの24,800円 <Aria Pro II Stagecaster ST-400N:P12-13> は命懸けで手に入れましたからね。中学二年のとき、お金がないから「後で払う」ってことにして、ギター屋さんから勝手に家に持ち帰ってきた。「死ぬまで使うから!」と親に泣きすがって。半年後にはもう1本増えてましたけどね(笑)。そのときに言った「一生、ギター弾き続ける」だけは守ってますけど、このギターを一生弾き続けるは守れませんでした。これだけ本数があると、ギターのほうが順番待ちだし。 ──高価なヴィンテージものから、比較的手に入りやすい価格のモデルまでありますね。 野村:希少価値や値段が高いものだけが好きなわけではなくて、安いものまで含めて全部が大好きなんです。お土産用のウクレレだって、どっかの南の島でおばちゃんが作っているわけでしょ? それと、レオ・フェンダーが最初に作ったブロードキャスターも、同じレベルで好きなんです。量産型の安いギターでもそれぞれ全部に意味があるという考え方で、高く評価されているギターが一番だとは思っていないんです。だからこれだけギターが集まっちゃったのかもしれない(笑)。でも、100万円のギターでも1万円のギターでも、買うときの覚悟は一緒ですから。 ──ギターを買うときの基準はどういったものでしょう? 野村:一目惚れ。ほとんど衝動買いで、計画的にギターを買うことがない。手に入れてから、「支払いどうしよう?」って考えるタイプです(笑)。出会ったその日に買わないと、次に会うことはないですから。 ──たしかにギターとの出会いって、運命的なところもありますよね。 野村:そうそう。去年、ロサンゼルスに行ったときに、ギターセンター(※全米250店舗以上を展開する世界最大規模の楽器店。LAハリウッド店はギター好きの殿堂)に行ったんです。そこで、写真でしか見たことのない、すごく珍しい50年代のダブルネックが手頃な価格で売られていて。でも、1軒目だったこともあって、あの辺にはほかにも楽器屋やポーンショップ(質屋)があるから、ひとまずはほかの店を閉店時間まで隈なく回ったんです。そして宿に戻り「よし、明日あのダブルネックを買うぞ」と意気込んで、次の日に朝一で行ったのですが、もう無かったんですよ。そういうことを40年もやっていると、「お小遣いが貯まったら買いに行こう」なんて考え方では、完璧にアウトだということに気付くんですよね。 ──なるほど。でも、これだけの数があると、手入れや管理も大変ではないですか? 野村:いや、全然。弾いちゃいけない人たち(ヴィンテージ・ギター)がいますから。やっぱりギターは消耗品だから、弾けばキズも増えるし、フレットも減る、ピックアップの磁力も落ちる、という風に劣化していくんで。何十年も状態を保たれていたものが、僕のところへ来てボロボロになってしまっていいのかなって考えると、そのまま手をつけずに保存する場合も多い。次の世代に継承しなければならない世界遺産ですから。綺麗な状態を保つために、塗装や金属パーツを全部拭いてあげるので、1本しまうのに大体2時間くらい掛かりますけどね。この撮影のために4〜5年ぶりに出したギターもあるんだけど、みんな綺麗な状態だったもんね? 編集部:でしたね。 野村:その辺はみんな勘違いしていて、「全部の弦を張り替えるの大変ですね」という人もいるんだけど、張り替えないって。弦を緩めたりもしない。ネックは弦の張力でベストな状態を保っているので、湿度管理とか環境がちゃんと整備されたところにしまってあげればいいだけ。逆に弾くために手に入れたギターたちはとことん弾きますけれど。 ──弾くためのギター、仕事用のメインギターはどの辺を手にすることが多いですか? 野村:大抵、PRSが多いです。特に白いヤツ <Paul Read Smith Swamp Ash Special "White Bird”:P101> と、Ultra-Qの1号機 <Paul Read Smith CE-22 "Ultra-Q" No.1:P104> 。PRSは本当に素晴らしいギターで、環境、天候関係なくバランスが良いです。雨の中で弾いたらさすがにダメだったけど(笑)。デリケートなギターたちと比べて、仕事でどこに持ち歩いても何の不安もない。フェンダーっぽい音も出るし、ギブソンっぽい音も出る。良いギターだったんで、気がついたら買いすぎちゃって……。以前は、この倍くらいの数があったんですけどね。 ──この“Ultra-Q”の塗装(※クルーズ・マニアック・サウンドが一時期行っていた特殊な塗装で『ウルトラQ』のタイトルバックを思わせるため、そう呼んでいる)を始めて見たときは衝撃を受けました。 野村:これはどうしてもやってみたくてね。出来上がったものをクルーズの店頭(現・フーチーズ)に3本飾っていたら、ポール・リード・スミス本人が来店したんです。すでにポールがこのギターの存在を知っていたみたいで、「サインしたい」と、ヘッドの裏に勝手に書いていったんですよ。彼のサインが入ると、“プライベートストック(※極上の木材を使い、オーダーで作られる同ブランドの最高峰モデル)”になっちゃうから、本当は書いちゃいけないはずなんだけど(笑)。 ──ビザール感というか、B級っぽいギターもお好きですよね。 野村:そうですね。珍しいギターを手に入れたいという人には、「今、一番人気のないギターを買え」と言っています。人気がなければないほど、生産年数も短く製造本数も少ないから、後で探しても絶対に出てこない。ストラトキャスターやレス・ポールといった王道に憧れる人たちには踏み込めない領域でもあるんですけど。たとえば、ギブソンのメロディー・メーカーね、キますよ〜(笑)。実際に、この3ピックアップ仕様 <Gibson Melody Maker III Sparkling Burgundy 1967:P63> なんて、ビックリするくらい高くなっているので。でも、重厚感のあるレス・ポールに比べたら、なんかかわいいじゃないですか。 ──わかります。僕もカラマズー <Karamazoo KG-1:P92> とか持ってるんで。 野村:カラマズーはキませんよ。 ──僕のは赤なんですけど……。 野村:赤は1番本数が多いからキません(笑) ──(一同笑) 野村:でもかわいいよね、キッチュな感じが。 ──そういうビザール趣向と実用性の中で生まれたのが、フェルナンデスの野村義男モデル<Fernandes YN-85:P46>だと思うのですが。これ、実は僕も欲しくて、中古やオークションなどをよくチェックしているのですが……。 野村:高いですよね!? もう作ってないから、もうちょっと欲しいなと思って、僕もチェックしてますけど、高くて買えない。自分のモデルなのに(笑)。

「音が変わることを気にしていたらなにも出来ない」

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──コレクションするだけでなく、カスタマイズや改造、塗装までご自身で手がけることも多いじゃないですか。野口五郎さんから譲り受けたギターを勝手に塗り替えて怒られたという有名なエピソードもありますけど。 野村:ムスタング<Fender Mustang 1976:P42>ね。3回くらい塗り替えて、今はペイズリー柄になってますけど。 ──「サンバーストと黒どっちがいい?」と訊かれたんですよね。それで、サンバーストは渋すぎるから黒を選んだ、と。 野村:その時にサンバーストと言ってたら、ストラトだったんですよ、残念。黒と言ったからムスタングだった。 ──ペイズリー柄もそうですが、雑誌の切り抜きを貼ったりするカスタムもしていますね。 野村:シンディーちゃん<Ibanez RG550 "CINDY" 1987:P81>ね、これ何本も作ったんですよ。“裸のおねーちゃん”シリーズ。 ──昔はペイントだったり、シール貼ったり、みんな色々やってましたよね。僕も昔、雑誌の改造特集で野村さんの記事を拝見して、「雑誌の切り抜きをギターに糊で貼って、楽器屋へ持っていってポリ吹いてもらう」というのを真似したことがあります。 野村:素晴らしい! でも、糊じゃなくて、リキテックスというメーカーの絵の具の薄め液、これを全部指で伸ばして貼るんです、段差が出来ないように空気を抜きながら。でないと、あとでポリ吹いて磨くときにボコボコになる。こっちのギター<Kramer Pacer Early 1980's:P90>は、全部で700枚くらいの切手なんですけど、それも1枚1枚丁寧に指で貼って。ただね、僕、シールを貼るのは許せなかったんですよ。 ──Charさんは結構シール貼ってますよね? 野村:あー、だってあの人、ギター全然知らないもん(笑)。 ──(一同爆笑)
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──この仮面ライダーが入ってるギター<Godin Radiator Cool Sound 1999:P78(写真左)>もすごいですよね。 野村:ゴダン! 今日、持ってきてますよ! 仮面ライダーのオフィシャルバンド“RIDER CHIPS”やってるんで。ライダーなギターはなにかなと考えて作ったヤツ。 ──おお〜。 野村:ちょっと振ってみたら、スペース出来たんで。(ガラガラ振りながら)ほら、あと2〜30体は入るんじゃないかと。昭和〜平成のライダーたちがひしめき合っています。 ──このギター自体の構造はもとからですか? 野村:開けるまで解らなかったんだけど、もとからこういう構造だった。たぶん、そういうアコースティックな鳴りを狙って設計されたんでしょうね。でも、空洞があるならもったいないなと。透明のピックガード作って、最初は電飾入れようかと思ったんだけど、ノイズの問題があるから難しいという話になって。変わりに仮面ライダーを入れることにしました。ショッカーの秘密基地を知っているので、そこに「ライダー、300体くらいお願い出来るかな?」と頼みました(笑)。もともとはホワイトパール柄のピックガードにリッケンバッカーみたいなピックアップが2個ついていたのを、1ハムバッカーにして。そうすれば、もっとライダーたちが入るでしょ。 ──これだけ詰めたら、音は変わりました? 野村:えっ!?  僕は……そんなことを気にしてギターを作ったことがないのでわからないです(笑)。音が変わることを気にしていたらなにも出来ない。色塗り替えたり、雑誌の切り抜き貼っちゃったりしてるものだから、よく「音、変わりませんか?」と聞かれるんですよ。それってミュージシャンシップに乗っ取った素敵な考え方なんだけど。でも、ギターの改造は出来上がったギターの音が、好きになれるか、なれないかじゃないですかね。良くなるか悪くなるかはやってみなければわからない。PRSは色を塗ったことで、結果的に音が良くなったし。「音が悪くなるかな?」って思っちゃう人はそもそも絶対に改造はしちゃいけない。 ──改造をして、「失敗しちゃった」「やらなきゃよかった」みたいなこともあると思うのですが。 野村:白いテレキャス<Fender Telecaster 1978:P34>があるんですけど、ピックガードの下を掘ったんです、重いから。それでわかったことがある。ピックガードの下の木を全部掘っても軽くはならない(笑)。いやぁ、全然軽くならなかったねぇ。まだ重い、フェンダーは頑固だね。 ──座繰りなどの木工も自分でやりますよね。 野村:ウチに木工作業のグラインダーとか、電動トリマーとかはあるんで。コンター加工、ボディーのエッジを取ったりとか、家の裏で「ガーーーーッ」と音立てながらやってます。もともと、プラモ少年だし、家が「野村モータース」というバイク屋で、工具は何でも手に入ったから。今でも修理も含めて、自分が出来る範囲ですけど、夜な夜な家で酒飲みながら弄るのが楽しい時間ですね。 ──今までそうした改造で、一番苦労して作ったギターはどれでしょうか? 野村:あー、ホントに大変だったギターは手放しちゃったんだけど、さっきの“裸のおねーちゃん”シリーズのダブルネックを作るのに、ギター2本くっつけたのは大変だったかな。大工のみっちゃんっていう同級生がいたんですよ。彼の家の工場に夜行って、テーブルと一体化したような電動のこぎりあるじゃないですか。それを二人がかりで「みっちゃん、ここの線まっすぐだからね!」って言いながら、一方のギターは上切って、もう一方は下切って、ボンドでくっつけて……。それで、6弦と9弦のダブルネックを作ったんです。で、“裸のおねーちゃん”の写真を貼って、『シックスナイン』っていう(笑)。でも完成してみたら、まったく使い道がないってことで手放しちゃった。

「ギターの話してるときはみんなに『バカだなぁ』って思われたい」

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──たまに見かける「誰が買うんだろ?」と思っていた奇抜なデザインのギターが、結構たくさん載っていたので「あ、やっぱり持ってるんだ!」とちょっと嬉しくなりました。 野村:そこは誰も行かないところに行かないと! ──リバースV<Gibson Reverse Flying V 2007:P71>も絶妙ですよね。 野村:リバースVは、我慢できなくて売りに出している人もたくさんいますけど。そこを我慢したからこその何かが起きるはず。 ──普通に弾きにくそうですもんね。 野村:いや、ところが座ると最高に弾きやすいんですよ。ネックが上に向いた普通のギターです。それなんですよ、普通は「弾きにくそう」って思ったら買わないですよね。まず、手に入れましょう。そして、「実は弾きやすい」ということを知るのが大切。これは弾きにくいだろうと思っていたけど、意外にも弾きやすかったギターの代表です。逆に、立って弾くと、羽が邪魔して指板が見えないので弾きづらいんですけどね(笑)。ということは、こんなに角は伸ばしちゃいけないんだという、構造的な勉強にもなりましたし。 ──実際、手にしてみて初めてわかることが大切だと。本書にも「“レス・ポールは実は重くない” “ネックが細い1958年もある”というのは、オーナーになってみて初めて言える」と書いていますが、実に説得力のある言葉です。 野村:「テレキャスって、パッキンパッキンだよね」という人もいるけど、「今のは、そうかもね」っていう。昔のモノ、特に50年代のモノはレス・ポールより太い音していたわけだし。だからジミー・ペイジも最初は使っていた。そういうのも自分が実際に買って、音を出して知ったこと。 ──ヴィンテージもののスペックだったり、知識だけで、あたかも所有してるかのように語ってしまうと、誤解も生まれ易いですよね。 野村:オールローズのテレキャス<Fender Rose Wood Telecaster:P36>も、2本あるんだけど、69年製はセミ・ホローで、70年製は通常のソリッド。全部ローズウッドだと重たいということで、フェンダーの苦肉の策でホローボディを作ったと思うんですよ。くりぬけば軽くなると思ったら、重量は変わらなかった。これも両方持っていたらわかるじゃないですか。「オール・ローズ重たいよね、でも掘ってあるヤツは軽いんだぜ、詰まってるヤツは重いんだぜ」って言われても、「ん、想像かな?」と思う。実際はどっちも重たいんだぞと。 ──たくさんのギターを所有して、持ってきたからこそわかることでもありますね。 野村:ギター以外でも、何かしらたくさん集めているコレクターの人たちはきっと同じだと思うんです。たとえば、メガネを集めている人がいたとして、興味ない人には「どれも一緒じゃん、度があってればOK」だし、当人は「そういう言い方ないじゃん」ということだと思うんですよ。「この耳にあたるところあるじゃん?ここがさー、」「そんな細かいこと言われてもわかんねぇよ」みたいな。でもそこにこだわりがある。ギターも細かくそれぞれのこだわりがあるから、他のコレクターの細かいこだわりって、すごく面白くて聞いていて楽しいんです。「バカだなぁ」って、いっぱい思わせてくれる。だから僕もギターの話してるときはみんなに「バカだなぁ」って思われたい、それを本にしただけ。これ見て「バカだなぁ」と思ってくれたら、すでに、おまえは罠にハマっている!(笑)。 ──色んな人に手に取ってもらいたい本ですね。 野村:電子書籍化の話もあったんですけど、それはやりたくないって言ったんです。「本は、本でしょ」という。手軽に持ち歩きたいと言われても、昔はそうだったんだよという、頑なな昭和のおじさんなので(笑)。子供の頃に眺めていた昆虫図鑑のような、本の嬉しさってあるからさ。もっと細かく見たいのに、と思うのもわかるけど、だったら、自分で調べたり、実際に楽器屋さんに行ったりして欲しいな。 ──まさに、“思わず検索したくなる”ギターコレクションですね。 野村:ギターをよく知らない人たちも、この本をペラペラっとめくって、「なんだこの形?」と思ってくれれば、それだけで嬉しい。ギターという楽器は知っていても、こんなに種類がある、こんな形もあるということを知らない人も多いので。まだまだ僕のだけがすべてじゃないですけどね。なので、第一弾として、この本が出ました。 ──ということは…? 野村:第二弾は……30年後かな?(笑)。 (取材・文=冬将軍)
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ギター・マガジン編集部『野村義男の“思わず検索したくなる”ギター・コレクション』(リットーミュージック)

■書籍情報 『野村義男の“思わず検索したくなる”ギター・コレクション』 ギター・マガジン編集部 発売日:2015年6月25日 価格:2,200円(+税) 単行本(ソフトカバー): 144ページ 出版社:リットーミュージック 全ギターの前にヨッちゃんが立つ特大ポスター付き。 公式ホームページはこちら

ロビン・シックとファレルの盗作裁判を弁護士が再検証 なぜ「曲の感じ」に著作権が認められたか?

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『Blurred Lines』

【リアルサウンドより】 「ファレルと俺でスタジオに入ったとき、俺はマーヴィン・ゲイの『Got to Give It Up』がこの世で一番好きな曲の1つだって彼に言ったんだ。『よし、ああいう感じの曲、ああいうグルーヴの曲を作ろうぜ!』って感じだったよ」(ロビン・シック)  今年3月11日、ロサンゼルスの裁判所は、ロビン・シックとファレル・ウィリアムスに対し、2人の2013年の大ヒット曲「Blurred lines」がマーヴィン・ゲイの1977年の曲「Got to Give It Up」の著作権を侵害しているとして、マーヴィン・ゲイの遺族に730万ドル(およそ8億8千万円)を支払うよう命じた。2人は即座に「この判決は音楽とクリエイティヴィティの未来にとって恐ろしい前例となるもので、非常に落胆している」とコメント。この判決は各方面で大いに議論を呼んだ。  アメリカでは、この手のいわゆる「盗作裁判」は今までも決して珍しくない。その中で、この判決が特別に騒がれた理由は、もちろん盗作裁判としては史上最高額となった損害額のせいでもあるが、それ以上に、この裁判で争われたのが単に「マーヴィン・ゲイの曲が盗まれたか」ではなくて、「マーヴィン・ゲイの曲の『感じ』が盗まれたか」だったからだ。たとえばジョージ・ハリスンの「My Sweet Lord」とジョディ・ミラーの「He’s So Fine」のようなメロディーの類似性が争われた事例とは異なり、雰囲気、空気、グルーヴといった「感じ」が似ていることが著作権侵害にあたるとマーヴィン・ゲイの遺族は主張し、裁判所がその主張を認められたことが画期的だとされたのだ。  判決の直後の4月28日に、マーク・ロンソンとブルーノ・マーズの今年の大ヒット曲「Uptown Funk!」がギャップ・バンドの「Oops,Up Side Your Head」に似ているとギャップ・バンドが主張していた件で、「Uptown Funk!」の作曲クレジットにギャップ・バンドの5人の名前が加わった。この決定の背後には「Blurred Lines」判決があると言われており、さっそく判決の影響が広がっているようだ。  確かに、メロディーならともかく「感じ」にまで著作権が認められることになったら、波及する範囲は広いだろう。  かつて、ビズ・マーキーとギルバート・オサリヴァンが「Alone Again」の無断サンプリングを巡って争った裁判を機に、ヒップホップでのサンプリング使用は不可能とは言わないまでも、かなり難しいものになった。そこで、本物そっくりのサウンドを生演奏で再現した上で、サンプリングして使用するという手法を取ったアーティストもいたが、「感じ」にまで著作権が認められるのであれば、その方法も不可能だ。  もっと言えば、「初期ビートルズ風」とか「70年代ソウル風」とかを意識して音楽を作る、なんてことすらできなくなってしまうのかもしれない。  この判決にどこまでの影響力がありそうか、検証してみた。  そもそも、ある曲が別の曲の著作権を侵害している、盗作だというのは、法的にはどういうことだろうか。法律自体に規定があるわけではないので、具体的な裁判例の中から見ていくしかない。  日本では、そもそも裁判になった例自体が少ないが、その中でも代表例と言われているのが、平成14年に判決が出た「どこまでも行こう事件」だ。  これは、TV番組『あっぱれさんま大先生』で使われた平成4年発表の「記念樹」という曲が、昭和41年発表のブリヂストンCMソング「どこまでも行こう」の盗作だとして作曲者同士が争った事件で、600万円の損害賠償が認められている。  この事件の判決文で目を引くのは、2つの曲が似ているか判断する上で、音楽はメロディー、リズム、ハーモニー(旋律)といった要素によって構成されるが、その中でも「少なくとも旋律を有する通常の楽曲に関する限り、……相対的に重視されるべき要素として主要な地位を占めるのは、旋律である」として、メロディーを判断の中心に置いている点だ。そして、メロディーが似ているか判断する上で、2曲を同じハ長調に移調し小節の長さを調整した上で、楽譜を並べ、音符がどれだけ一致するか数え上げることまでしている(約72%が一致した)。日本のポップミュージックが海外に比べメロディー中心だということはよく指摘されるが、この判決はまさに日本的な判断方法を採用していると言えるかもしれない。  それに比べて、アメリカではリズムやグルーヴが重視されることの反映が今回の裁判結果だ、と言うことなら分かりやすいが、話はそこまで単純でもない。  アメリカでは長い間、音楽の著作権の対象は「楽譜」に限られていた。1710年にはじめて著作権法が制定されたとき、著作権とは出版社の印刷物を保護する権利だった。1831年になって音楽も保護対象に加わったが、その対象はあくまで「紙に書かれたもの」、つまりは楽譜であり、著作権者は楽譜出版社だった。著作権とは要は、出版社が楽譜を出版する権利を保護するものだったのだ。日本とは法律の構成自体が異なるが、アメリカでいわゆるサウンド・レコーディング、録音された音楽自体がミュージシャンの著作権の保護対象とされたのは、1976年の著作権法改正からだ。カセットテープの普及を背景とした海賊版の脅威への対策という面があったらしい。  この歴史的経緯は、実は今回の裁判と大いに関係がある。  アメリカ著作権法が改正されたのが1976年で、「Got to Give It Up」の発表が1977年。でも、改正された法が実際に施行されたのは1978年。つまり、「Got to Give It Up」発表時点ではサウンド・レコーディング自体はぎりぎり著作権の保護対象になっていない。「Got to Give It Up」の場合はそれ以前の法律にのっとり、マーヴィン・ゲイの遺族が権利を持っているのは基本的に楽譜に限られる。だから、裁判の場でも、楽譜同士を比べて著作権が侵害されているか判断すべきだ。シック/ファレル側の弁護士は法廷でそう主張した。この主張を突き詰めると、一致する音符の数を数え上げる「どこまでも行こう事件」方式の判断方法がふさわしいということになるだろうし、そうやって比べていれば、結果は違っていただろう。  しかし、勝ったのはマーヴィン・ゲイの遺族だった。  何が勝因だったのか。  著作権の及ぶ範囲についてのシック/ファレル側の主張は通り、裁判の場で実際に2曲を流して聴き比べるべきだ、という遺族側の主張は認められなかったのに、なぜ陪審員は遺族を勝たせたのだろうか。  ある曲が別の曲と似ている、と感じることは誰でもある。でも、ある曲が別の曲の著作権を侵害している、盗作であると具体的な証拠に基づいて判断することは、それとまったく異なる、正解のない作業だ。音楽は形のない芸術で、感性に訴えかける部分が大きい。「この曲はパクリだ!」と感性で判断することは簡単でも、それを理屈に落とし込むのはとても難しい。「どこまでも行こう事件」の音符数え上げ方式は、形のない音楽を形にして捕まえるための一つのやり方、しかも相当苦しいやり方に過ぎず、正しい公式など存在しない。この裁判の陪審員だって、何を手がかりに判断していいか、きっと困ったはずだ。  でも実は、この事件には1つ、決定的な、形のある、音符を数え上げなくても分かる手がかりがあった。  それが、冒頭に挙げたロビン・シックのインタビューでの発言だ。2013年にこの曲がヒットした直後、まさか裁判が待ち受けているなど夢にも思わない頃、ロビン・シックはマーヴィン・ゲイからの影響をこんなに無邪気にしゃべっていた。  その曲がどんなミュージシャンの音楽に影響を受け、どんな風に作られたか。ミュージシャンのインタビューとしてはごくありふれた内容だ。でも、この発言が命取りになってしまった。陪審員がどんな思考回路をたどって結論にたどりついたのかはもちろん分からないが、事の経緯を追うと、そうとしか思えない。  そもそも、なぜこの裁判で「2つの曲の『感じ』が似ているか」が争点になったかといえば、裁判以前にこの発言が存在していたことで、「『感じ』や『グルーヴ』が似ていたとしても、盗作にはあたらないはずだ」とシック/ファレル側が主張せざるを得なかったから、ということのようだ。  シック/ファレルの弁護士はあの手この手でこの発言の影響を打ち消そうとしていた。まず、ロビン・シックはレコーディング当時、アルコールとバイコディン(中毒性のある処方薬)でハイになっており、正常な精神状態ではなかったと主張。さらに、「Blurred Lines」は2人(とラッパーのT.I.)の共作クレジットになっているが、実はロビン・シックは作曲に関わっていない、ほぼ全部ファレルが作った、ロビン・シックがレコーディングスタジオに入った時にはもうファレルは曲を完成させていた、とまで主張した。先の発言の主であるロビン・シックが作曲に関わっていないとすれば、少なくとも発言と実際の曲との関係は断ち切れる、というわけだ。真相は分からないが、少なくともロビン・シックが、自らクレジットが虚偽であることを告白するところまで追い詰められていたことは確かだ。  そして、ゲイ側の弁護士の声明によれば、追い詰められたシック/ファレル側の言うことが変わっていくごとに、じゃあ最初のインタビューの発言はなんだったんだ、こんなコロコロと言うことが変わる人間は信用できない、という風に、陪審員の雰囲気が変わっていったという。その結果が、ゲイ側の勝利だった。  実は、日本の「どこまでも行こう事件」の判決でも何気ない発言が大きな役割を果たしているようにも見える箇所がある。  裁判になる以前、この盗作問題がワイドショーで騒がれていた時期があり、その頃、「記念樹」の作曲者はワイドショーの記者に対し、「ああそうか、この曲ねって感じ」と答えたことがあった。この発言が、「記念樹」の作曲者が「どこまでも行こう」の存在を知っていた、つまり盗作の機会があったことの証拠の1つとなったのだ。  「Blurred Lines」裁判の判決に対する意見は様々だ。負けた2人のように、ジャンルやグルーヴ、フィーリングは誰の所有物でもない、そんなことが認められたら音楽を創作することなんかできない、という人もいる。音楽を殺す気か、と発言した日本のミュージシャンもいる。一方で、アフリカ系アメリカ人の財産を白人が堂々と盗んできたポピュラーミュージックの歴史の中で、ついにグルーヴの著作権が認められたことは歴史的進歩だ、という人もいる。いやいや、それ以前に「Blurred Lines」は楽譜だけ並べても立派にマーヴィン・ゲイの著作権を侵害しているじゃないか、この判決が別に何も新しくない、という人だっている。  職業裁判官が判断する日本の裁判と異なり、一般市民が裁く陪審員裁判による判決だから、また別の事件でも同様に判断されるかは不透明という面もある。ただ、サウンド・レコーディングが著作権の保護対象と認められる1978年施行の著作権法改正以前の曲について、このような判断がされたことの意味は大きいだろう。少なくとも、1978年以降発表の曲については、「感じ」が似ていたら著作権侵害にあたるとされる可能性は高い、と判断した方が安全かもしれない。ちなみに、先に挙げた、「Uptown Funk!」の元ネタと主張されたギャップ・バンドの「Oops,Up Side Your Head」は1979年発表だ。  いずれにせよ、音楽は形のない芸術だから、この判決が今後の音楽にどんな影響が出るのか、確かなことを言うのは現時点では難しい。  でも、1つだけ、この事件から確かに導くことができて、しかも分かりやすい教訓がある。それは、「インタビューでの発言に気をつけろ」ということだ。影響を受けた音楽について話す際には、特に気をつけろ。アメリカの弁護士がどこで見てるか分からないぞ。  夢のない話になってしまった。この判決が「音楽とクリエイティヴィティの未来にとって恐ろしい前例」になるかは分からない。でも、「ミュージシャンのインタビューの未来にとって恐ろしい前例」になる可能性は、それなりに高そうだ。  ここまで周辺事情ばかり語ってきた。でも、本来大事なのは、音楽それ自体のはずだということで、改めて2曲を聞き比べてみたい。

Robin Thicke - Blurred Lines ft. T.I., Pharrell

GOT TO GIVE IT UP - MARVIN GAYE

 うーん、著作権侵害にあたるかどうかは判断が分かれるだろうが、「Blurred Lines」が「Got to Give It Up」の「感じ」を目指して作られているのは、かなり確かだろうという気がする。メロディーは似てないが、「感じ」はそっくりだ。  ……でも、この感想自体、ロビン・シックの発言が頭にあったから、そう思ってしまったのかもしれない。ちょうどこの裁判の陪審員がそうだったかもしれないように。 ■小杉俊介 弁護士、ライター。音楽雑誌の編集、出版営業を経て弁護士に。

Juice=Juiceの過去・現在・未来が凝縮! 初アルバム『First Squeeze!』をピロスエが徹底レビュー

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2015年7月15日発売のJuice=Juiceの1stアルバム『First Squeeze!』(hachama)※ジャケットはミュージックビデオBlu-ray Disc付属の初回生産限定盤A

【リアルサウンドより】  2013年2月のグループ結成から2年5ヵ月、ついにJuice=Juice待望の1stアルバム『First Squeeze!』がリリースされた。「一番搾り」というタイトルが冠せられたこの傑出した作品について、本稿では徹底的にレビューしていく。  まずはアルバムの仕様を確認。基本的にはCD2枚組であり、これまでの全シングルをリリース順に収録した「The Best Juice」と、アルバム用新曲を多数収録した「The Brand-New Juice」で構成されている。  この2枚組をベースとして、初回生産限定盤A・同B・通常盤の3種類それぞれで付属特典内容が異なる。初回Aには全シングルのミュージックビデオを収録したBlu-ray Disc、初回Bには「Juice=Juice ファーストライブツアー2014〜2015 News=News 〜各地よりお届けします!〜」最終日、2015年4月25日の札幌ペニーレーン公演を全編収録したライブDVDが付属されている。  そして通常盤には、他グループのハロプロ楽曲をJ=JがカバーしたCD「The Cover Juice」が付属。つまり通常盤では実質CD3枚組となる。以下、その3つのディスクについてそれぞれ見ていこう。

<Disc 1:The Best Juice>

01. 天まで登れ! 02. ロマンスの途中 03. 私が言う前に抱きしめなきゃね (MEMORIAL EDIT) 04. 五月雨美女がさ乱れる (MEMORIAL EDIT) 05. イジワルしないで 抱きしめてよ 06. 初めてを経験中 07. 裸の裸の裸のKISS 08. アレコレしたい! 09. ブラックバタフライ 10. 風に吹かれて 11. 背伸び 12. 伊達じゃないよ うちの人生は  基本的には全シングルの収録だが、厳密には少々異なる。まず、インディーズ時代に1st・2ndシングルとしてリリースされた「私が言う前に抱きしめなきゃね」「五月雨美女がさ乱れる」は、メジャーデビュー直前に脱退した大塚愛菜も参加の6人時代の音源ということもあり、本アルバムには未収録。5人で再録音しアレンジも手直ししての、当時「ロマンスの途中」とのトリプルA面としてリリースされた「MEMORIAL EDIT」バージョンでの収録となっている。  「天まで登れ!」はインディーズ3rdシングルとしてリリースされた曲で、ハロプロ研修生 feat. Juice=Juiceとして歌ったものと、当時のメンバー6人のみで歌ったものと2種類のバージョンがあり、本アルバムに収録されたのは後者。  また、本ディスクにはメジャー5thシングル「背伸び / 伊達じゃないよ うちの人生は」までの収録で、最新6thシングル「Wonderful World / Ça va ? Ça va ? (サヴァサヴァ)」は次の「The Brand-New Juice」への収録となっている。6thシングルからが今年2015年作なので、その前までの2013〜2014年作と分けたという見方もできるが、もうひとつの見方もあるのがポイントである。  J=Jの楽曲は他のハロプログループ同様、つんく♂が全曲の作詞作曲を手がけてきた。しかし近年は本人の病状のこともあり、他の作家による楽曲が増えてきていて、ハロプロ自体が変質の季節を迎えている。このディスクでいえば収録12曲は全曲つんく♂作だが、その次のシングルからは別作家の作品となっている。つまり、本ディスクはJ=Jのシングルヒストリーであると同時に、つんく♂制作曲時代の記録集という性質も帯びている。  「ロマンスの途中」「イジワルしないで 抱きしめてよ」に代表されるディスコ/ファンク路線の輝きはもちろん、それに加え「裸の裸の裸のKISS」のラテン、「ブラックバタフライ」のタンゴ、「風に吹かれて」のケルト、「背伸び」のムード歌謡といった音楽性の彩りは、こうして1枚のディスクとして連続で聴くことでその面白さを再確認できる。

<Disc 2:The Brand-New Juice>

01. Wonderful World 02. CHOICE & CHANCE 03. 愛・愛・傘 04. 生まれたてのBaby Love 05. 選ばれし私達 06. Ça va ? Ça va ? (サヴァサヴァ) 07. GIRLS BE AMBITIOUS 08. 愛のダイビング 09. チクタク 私の旬 10. 未来へ、さあ走り出せ! 11. 続いていくSTORY  いわゆるオリジナルアルバム部分に相当するのがこのディスク。オリコン週間チャート1位を獲得したことでもおなじみのシングル「Wonderful World」「Ça va ? Ça va ? (サヴァサヴァ)」の2曲をのぞいた9曲がアルバム用新曲。それらは主要作家によって大まかに5つのタイプに分類することができる。

タイプ1:つんく♂

05. 選ばれし私達[作詞・作曲:つんく 編曲:山崎淳]  この「選ばれし私達」は、ファンに披露された順番としては9曲のなかで一番古い。ツアー「News=News」21公演目、2014年9月21日の静岡・Live House浜松窓枠にて、ライブ用の新曲として初披露された。「伊達じゃないよ うちの人生は」も、元々はライブ用新曲としてツアー初日から披露されていたものが後日CD化したという経緯があり、本曲も今回のアルバムでようやく音源化された。  この頃はまだつんく♂の作詞作曲が当たり前の状況だったが、結果的にこの曲がJ=Jにとって現時点で最後のつんく♂提供曲となっている。  アレンジ担当の山崎淳はハロプロ楽曲のレギュラー編曲家のひとり。ロック調の楽曲アレンジを手がけることが多く、モーニング娘。「悲しみトワイライト」、美勇伝「恋する♡エンジェル♡ハート」、Berryz工房「サヨナラ 激しき恋」、℃-ute「JUMP」、スマイレージ「同じ時給で働く友達の美人ママ」など多数。  そしてこの曲もヘヴィなギターが鳴り響く歌謡ロック。ワイルドさという点からいえば、後述の「CHOICE & CHANCE」と一二を争う一曲だ。J=Jの置かれた状況を暗喩しているかのような歌詞も面白い。

Juice=Juice「選ばれし私達」(40:20〜)

タイプ2:近藤薫

11. 続いていくSTORY[作詞・作曲:近藤薫 編曲:近藤薫、HASSE]  この曲は、ツアー「News=News」の後に行われた東阪ホールライブ「Juice=Juice ファーストライブツアー2015 特別編!! 〜Special Juice〜」の初日、5月2日の中野サンプラザにて後述の「チクタク 私の旬」と共に初披露された一曲。J=Jにとって初のスローバラード曲で、彼女たちのこれまでの活動とこれからの決意が投影された歌詞も相まって、ファンの心に深く響いた。今後も大切な一曲となっていくだろう。  作詞・作曲を担当した近藤薫は、愛知県出身の男性シンガーソングライター。シングル「ハロー&グッバイ」が『テニスの王子様』OVA版の主題歌としてヒット。楽曲提供もV6「HONEY BEAT」「ジャスミン」(共に作詞・作曲)、東方神起「Hide & Seek」(作曲)、柏木由紀「Birthday wedding」(作曲)など多数あり。また、名古屋のグループアイドル・deraについてはシングル4枚を始めとしたほぼ全曲の作詞作曲を手がけている。  編曲に連名でクレジットされているHASSEは、近藤とのタッグも数多いコンポーザー。主な担当楽器はキーボードやピアノで、本曲ではプログラミングを担当している。  なお、この曲と後述の「CHOICE & CHANCE」の2曲にはMVが制作されている。アルバムの特典Blu-ray Discには未収録だが、テレビやウェブ上などでプロモーションの一環として現在オンエア中。

Juice=Juice「続いていくSTORY」

タイプ3:星部ショウ

09. チクタク 私の旬[作詞:児玉雨子 作曲:星部ショウ 編曲:CMJK]  中野でこの曲が初披露されたとき、快哉を叫んだファンも多かったのではないだろうか。J=Jのレパートリー内にはそれまであまりなかった可愛くポップでキュートな曲調。軽快なビートや目覚まし時計のSEなどは、ピチカート・ファイヴに代表される渋谷系サウンドを連想してしまう。それでいて、歌詞をよくチェックしてみると女の子の旬について言及されたシビアな内容でもあり、そのギャップも魅力の一端である。  ライブ披露時には作家クレジットが不明だったが、のちに判明する。作詞の児玉雨子と編曲のCMJKはすでに他のハロプロ楽曲に参加しておりプロフィールもよく知られているが、いまハロプロファンの間でもっとも注目されているコンポーザーが、作曲の星部ショウである。  星部氏の名前が最初に出てきたのは、アンジュルムの7月22日発売予定の新曲「七転び八起き」「臥薪嘗胆」それぞれの作曲者として。ライブ初披露は5月26日の武道館だったのだが、その良曲を作曲した氏のキャリアが、調べてもまったく出てこないのだ。そしてJ=Jの本アルバムでも4曲に参加しており、いずれもかなりの良曲率となっている。さらにまだ曲自体は公開されていないが、9月2日発売予定のこぶしファクトリー「ドスコイ! ケンキョにダイタン」の作詞作曲まで担当していることから、氏の正体について「誰かの変名では?」「(アップフロントレーベルマネージャー)橋本慎の変名では?」「複数人の共同ペンネームでは?」など様々な憶測が飛んでいる。  7月7日にハロー!プロジェクトオフィシャルショップ東京秋葉原店で行われた宮本佳林トークイベントにて、「スタッフさんに「星部ショウさんって誰ですか?」と訊いたら「会ったことあるよ」と言われた」という逸話が飛び出したり、7月9日の同所でのアンジュルム福田花音のトークイベントでは、司会のアップフロント西口氏から「橋本さんではない」という発言が出たりしている。 02. CHOICE & CHANCE[作詞・作曲:星部ショウ 編曲:平田祥一郎]  これ以降の6曲は、現在展開中のツアー「Juice=Juice LIVE MISSION 220 〜Code1→Begin to Run〜」の初日、6月21日の横浜Bay Hallにて初披露されたもの。  「CHOICE & CHANCE」はマイナーコードのアッパー曲。デジタルロック的な曲調で、ケミカル・ブラザーズなどを彷彿させるサウンド。過去のハロプロ楽曲だと℃-ute「ひとり占めしたかっただけなのに」などを連想した。こういった曲調もこれまでのJ=Jにはあまりなかったもので、曲の激しさと共にダンスの激しさも特徴だ。次々と入れ替わる歌パートも性急さを演出している。  編曲の平田祥一郎は、ハロプロ楽曲ではおなじみのメインアレンジャー。J=J曲を手がけることが多く、ディスク1収録のシングル12曲のうち7曲が氏の担当。

Juice=Juice「CHOICE & CHANCE」(40:55〜)

08. 愛のダイビング[作詞・作曲:星部ショウ 編曲:土肥真生]  ファンキーなサウンドは従来のJ=Jの路線からの連続性も感じさせつつ、さらにフュージョン・タッチのビートが新鮮さをもたらしている。フュージョン的なビートの導入という点では℃-ute「愛ってもっと斬新」を連想したりもするが、こちらはより爽やかな印象。流れるようなビートと歌ラインのシンクロが聴いていて胸躍る。曲終盤にはドラムやベースのソロフレーズまである。  編曲の土肥真生は過去のハロプロ楽曲のいくつかに参加しているが、モーニング娘。「林檎殺人事件」などのカバー曲を担当することが多い。他にはBuono!「JUICY HE@RT」など。 04. 生まれたてのBaby Love[作詞:星部ショウ 作曲:masaaki asada 編曲:松井寛]  こちらもファンキーながら、よりソウル・ミュージック寄りのサウンドに仕上がっている。それもそのはず、編曲は東京女子流などでおなじみの松井寛が担当。是永巧一のギター・プレイも効いている。作曲のmasaaki asadaこと浅田将明は株式会社ファイブエイス所属の音楽プロデューサー(同社には前山田健一や板垣祐介、藤澤慶昌らも名を連ねている)。EXILE、HOME MADE 家族、AZUなどへの提供楽曲多数で、女性アイドルではアイドリング!!!「オレオレGO!!」、S★スパイシー「SGC★スパイシー」(どちらも作曲・編曲)など。  本曲は高木紗友希のソウルフルな歌唱がより活かされた、陽光を感じさせるライト・タッチな一曲だ。曲終盤のメンバー一人一人によるフェイク回しは、なんと高木の考案したフレーズによるものだという。また、間奏ではメンバーのアドリブによる振り付け誘導が行われるのが定番となっており、参加した観客をより楽しい雰囲気へ誘うこと間違いなし。この曲の振り付け練習の様子は、ウェブ番組「GREEN ROOM」にてオンエアされている。

Juice=Juice LIVE MISSION 220 〜Code1→Begin to Run〜リハーサル編(18:20〜)

タイプ4:中島卓偉

03. 愛・愛・傘[作詞・作曲:中島卓偉 編曲:大久保薫]  今年に入ってからアンジュルム「大器晩成」、℃-ute「次の角を曲がれ」とハロプログループへの楽曲提供が相次いでいる中島卓偉。LoVendoЯ「いいんじゃない?」に続き、J=Jへも2曲の楽曲を提供している。  こちらの「愛・愛・傘」はスウェディッシュ・ポップ調の、しっとりと落ち着きつつもビート感は保ったナンバー。2番冒頭などではボサノバ風な展開も見られる。ライブではスタンドマイクで歌われ、両手を使った振り付けがチャームポイント。  編曲の大久保薫は、先述の平田祥一郎と同じくハロプロ楽曲のメインアレンジャーのひとり。J=J曲を手がけるのは「イジワルしないで 抱きしめてよ」以来2回目となる。

Juice=Juice「愛・愛・傘」(43:12〜)

07. GIRLS BE AMBITIOUS[作詞・作曲:中島卓偉 編曲:中島卓偉、宮永治郎]  もう一方の「GIRLS BE AMBITIOUS」は、中島の本流ともいえるロックンロール曲。跳ねるビートは否が応でも盛り上がる。歌詞はパッと聴く分には女の子の様々な心情を綴ったあるあるネタだが、実はよく聴くとJ=Jメンバー5人それぞれのパーソナリティを入れ込んだ当て書きにもなっている。「あざかわ(あざとい+可愛い)」「色気」「ショートカット」「天然」「ダイエット」など、ファンが聴けばすぐに合点がゆくはずだ。これはJ=Jスタッフからの情報を元に中島が書き上げたもの、とのこと。  編曲で共同でクレジットされている宮永治郎は、過去のハロプロ楽曲でいうとメロン記念日「お願い魅惑のターゲット」、Buono!「初恋サイダー」どちらも編曲を手がけていたり、最近ではLoVendoЯのほぼ全曲のアレンジに関わっている人物。ロックチューンである本曲にはぴったりの人選だろう。ここではギター、ベース、プログラミングを担当。  コーラスは中島本人が担当しているのだが、そのレコーディングの模様はウェブ番組「MUSIC+」でオンエアされている。同番組では、今年1月からアンジュルム「大器晩成」のレコーディングやトラックダウンなどのメイキング映像を放送し始めて、好評を得て現在までコーナーが続いている。「GREEN ROOM」も同様だが、楽曲制作やライブ制作の裏側を積極的に見せていく手法は現在のハロプロの特徴のひとつ。

Juice=Juice「GIRLS BE AMBITIOUS」レコーディング映像#01(中島卓偉コーラス編)(34:03〜)

タイプ5:角田崇徳/KOJI oba

10. 未来へ、さあ走り出せ![作詞:角田崇徳 作曲・編曲:KOJI oba]  「続いていくSTORY」と共にアルバム終盤を飾るこの曲は、オーガニックな響きとエレクトロなビートが融合したポジティブなサウンド。そして現在展開中のツアーのタイトル「Begin to Run」ともリンクした曲名通りの、グループの未来を指し示した希望あふれるリリックが耳に心に眩しい。サビのフレーズには「次の時代が始まる 行くぜ!私たちの未来! Juice=Juice!!!」とグループ名が入れ込まれていることもあり、これも今後の代表曲になっていくのではないだろうか。  (グループ名が歌詞に入っているハロプロ楽曲といえば、モーニング娘。「本気で熱いテーマソング」、Berryz工房「Berryz工房行進曲」、℃-ute「JUMP」などが思い出されるが、それらの系譜に連なる一曲ともいえる)  作詞の角田崇徳は、ピーベリー「キャベツ白書」、ジュリン「ほたる祭りの日」、チャオ ベッラ チンクエッティ「二子玉川」(いずれも作詞・作曲)などを過去に担当。いずれも情緒ある曲ばかりだ。作曲・編曲のKOJI oba(大場康司)は、HANGRY & ANGRY-f「レコンキスタ」(作曲)でアップフロントとの関わりは以前からあるが、ももいろクローバー「走れ!」(michitomoと共同作曲)、RYUTist「ラリリレル」(作曲・編曲)といった楽曲が有名だろう。  以上9曲に既発表シングル2曲を加えた全11曲。楽曲そのものの良さもさることながら、その良さを実現させているのはもちろんJuice=Juiceのメンバー5人の力である。歌唱力という面から見れば高木紗友希が突出しているが、J=Jが恐ろしいのは、他のメンバーも成長著しいところにある。  デビュー当初は宮本佳林と高木の2トップ、金澤朋子の艶っぽく魅力ある歌声、そして宮崎由加と植村あかりがそれに続くという体制だったが、ライブハウスツアーをやり通しての研鑽、ミュージカル『恋するハローキティ』での経験、ボイストレーナー菅井英斗先生によるボイトレなどを経て、5人全員が歌えるボーカルグループになりつつあるのが現在のJuice=Juiceである。アルバム新曲はその証左にもなっている。  個人的にお勧め曲を挙げると、全部粒ぞろいなのだが、強いていえば「チクタク 私の旬」「愛のダイビング」「生まれたてのBaby Love」「愛・愛・傘」で、さらに一曲に絞ると「生まれたてのBaby Love」だろうか。

<Disc 3:The Cover Juice>

01. Magic of Love (J=J 2015 Ver.)[作詞・作曲:つんく 編曲:村山晋一郎] 02. 香水 (J=J 2015 Ver.)[作詞・作曲:つんく 編曲:平田祥一郎] 03. 鳴り始めた恋のBELL[作詞・作曲:つんく 編曲:松井寛] 04. スクランブル[作詞・作曲:つんく 編曲:鈴木Daichi秀行] 05. BABY! 恋にKNOCK OUT!/宮崎由加&金澤朋子&植村あかり[作詞・作曲:つんく 編曲:小西貴雄] 06. ラストキッス/高木紗友希&宮本佳林[作詞・作曲:つんく 編曲:小西貴雄]  ハロプロの先輩グループの楽曲をカバーした6曲が収録されているのがこのディスクで、ボーナストラック的なものに見えるかもしれないが、これがなかなかあなどれない。以下は元曲の歌手情報を加えてオリジナルリリース順に並べ替えたもの。 ・1998.11.18「ラストキッス」タンポポ(1stシングル) ・1999.09.29「Magic of Love」太陽とシスコムーン(5thシングル) ・2001.02.28「BABY! 恋にKNOCK OUT!」プッチモニ(3rdシングル) ・2002.10.23「香水」メロン記念日(7thシングル) ・2003.06.18「スクランブル」後藤真希(7thシングル) ・2007.09.12「鳴り始めた恋のBELL」音楽ガッタス(1stシングル)  「スクランブル」以外の5曲は、ツアー「News=News」でも歌われてきた。ただし「Magic of Love」「香水」の2曲はJ=J 2015 Ver.として元曲の方向性は保ちつつリアレンジされて、そのバージョンでの初披露は「Special Juice」5月2日の中野サンプラザだった。  特筆したいのは「Magic of Love」。やはり楽曲とグループの相性というのはあるもので、この曲が持つファンキー・ソウルな面とJ=Jの個性が上手く合致し、名カバーが誕生した。特に間奏での高木のフェイクで盛り上げながら落ちサビへ突入していく高揚感は、凄まじい魅力にあふれている。ツアーでの評判はもちろん、他アイドルグループとの競演ライブイベントでもこの曲が歌われることが多く、J=J随一のキラーチューンとして知られている。  「スクランブル」は現在のツアー「LIVE MISSION 220 〜Code1→Begin to Run〜」で初セットリスト入りしたもので、間奏やアウトロでの植村あかりのフェイクの輝きが早くも評判を呼んでいる。  過去の楽曲をライブなどで歌い継いでいくのはハロプロの特徴のひとつだが、こうしてレコーディングされて音源リリースされるのはなかなか珍しい。モーニング娘。『The Best! 〜Updated モーニング娘。〜』や℃-ute『②℃-ute神聖なるベストアルバム』もあったが、それらは自グループ楽曲のみ対象のリアレンジベストだし、「ハロカバ」シリーズは配信限定で選抜メンバーが同一曲を歌い比べるという企画色の強いものだった。そういう意味ではBerryz工房『③夏夏ミニベリーズ』のケースが近い。  また、「BABY! 恋にKNOCK OUT!」「ラストキッス」で3人・2人に別れてユニット歌唱しているのも見逃せない。こうした少人数のユニット曲やソロ曲をオリジナルでも聴きたいところだが、それは次作以降のお楽しみだろう。

<本盤に濃縮された過去・現在・未来>

 ディスク1「The Best Juice」とディスク2「The Brand-New Juice」は、「2012〜2014年までのつんく♂曲」と「2015年以降の複数作家混成」という対比の図式になっており、それはJuice=Juiceの現状であると同時にハロプロの現在を象徴したものにもなっている。つんく♂の作家性が色濃くそれゆえに一本筋が通っていたこれまでと、複数の制作陣による多様性の開花、どちらが上下という話ではないが、現在そして未来のハロプロを検討する上でのマテリアルとして本アルバムを位置付けることも可能だろう。  ディスク3「The Cover Juice」では、単に過去のハロプロ楽曲回顧にとどまらず、昇華されて現在および未来へと繋がっている。特に「Magic of Love」に顕著であり、極論すればこれもJ=Jのオリジナル曲といっていい。ハロプロ外へ目を向ければ、アイドルネッサンスやハコイリ♡ムスメといったカバー主体でオリジナル偏重から自由なグループが近年の一潮流であり、それらとの同時代性も認められるのではないだろうか。  こうした解釈が可能なのも、作品の強度があってこそのもの。端的にいって、アルバム『First Squeeze!』は良曲の集合体である。ここにはJuice=Juiceの過去・現在・未来すべてがある。 ■ピロスエ 編集およびライター業。企画・編集・選盤した書籍「アイドル楽曲ディスクガイド」(アスペクト)発売中。ファンイベント「ハロプロ楽曲大賞」「アイドル楽曲大賞」も主催。Twitter

Base Ball Bear小出祐介×agehasprings玉井健二対談【前編】“師弟”が再びタッグを組んだ理由は?

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【リアルサウンドより】  Base Ball Bearが2015年第一弾シングル「それって、for 誰?」 part.1を完成させた。ディスコティックな曲調と毒を込めた歌詞の言葉が印象的なこの曲を皮切りに、彼らは3カ月連続でシングルをリリース。現在次なるアルバムも制作中だという。  今回はバンドの司令塔である小出祐介(Vo/G)、そして今作のプロデュースを手掛けたagehasprings代表・玉井健二による対談を行った。小出が自らの「師匠」と位置づける玉井との関係性、新曲の狙いからBase Ball Bearというバンドの価値観まで、語り合ってもらった。(柴 那典)

「会った時のこいちゃんは、素手でキャンプに来てる人みたいな感じ(笑)」(玉井)

――Base Ball Bearは2ndアルバム『十七歳』の時に玉井健二さんのプロデュースで楽曲を制作していますよね。 小出:1stアルバムが完成したのが2006年の夏のことだったんですけれど、そのすぐ後に「次作のプロデューサーはこの人がいいんじゃないか」ということで、マネージャーの紹介でお会いしたんです。で、最初に玉井さんと作った『抱きしめたい』が出たのが2007年の4月なんですけれど、その前の2006年の夏から年明けくらいまでの半年間は、玉井さんに徹底的に「曲作りとは」ということを教わっていた。今思うと、めちゃめちゃ贅沢な時間でした。 ――どんな感じでやっていたんですか? 小出:半日ぐらいスタジオに入って鍵盤で曲作りのコツを教わったり、玉井さんに課題を出されてたくさんアイディアを考えたりしてました。当時使っていたMDレコーダーで何百トラックも録音して、それを全部聴いてもらって「どれがよかった」「これをふくらませてみよう」という話をして。僕はそれまで、なんとなくの感覚で曲を作っていたんです。そこに理屈をはめ込んでくれた。本当に重要な時間だったと思います。そこで知ったこと、吸収したことが今のバンドの土台になっている。 ――玉井さんは小出祐介という作り手をどう見ていましたか? 玉井:まず、持って生まれたものがあるっていうことはすぐにわかりましたね。話しているうちに「この人はおかしな人だ」ってことがわかってきた。つまり、それはすごく才能があるということなんです。たとえばタイトルの言葉の選び方が面白かったり、メロディやフレーズにしても「そこをそうするんだ!?」みたいなセンスがあったりする。でも、その反面「こんなに便利なものがあるのに知らないんだ」みたいな状態でもあったんですね。素手でキャンプに来てる人みたいな感じ(笑)。「いきなり木を切り倒すところから始めるんだ」みたいな。そういうところに僕はキャンプ用品を持ってきて「そこは固形燃料を使えばいいよ」みたいなことをひたすらやっていた(笑)。 小出:本当に感覚で全部やっていたんです。それまでは完全に自給自足だった。俺が気持ちいいと思うのはこっちだ、だから「たぶんこうなんだろう」って判断していたという。その場で木を倒して、それでいかだ作ったり、やぐら組んでみたりして、どうにか魚を釣って焼いて調理するようなことをやってたんで。便利な道具がなかったんですよね。でも「こういうものがあるんだ」ってわかってから、倒した木を削って彫刻を彫ったり、いろんなことができるようになった。そういう風に武器や道具の使い方を覚えていったのが、玉井さんとの時間だったと思いますね。 ――かなり濃密に曲作りについて教わった2年間だったんですね。 小出:玉井さんのボーカルディレクションも相当すごかったんです。特に「ドラマチック」と「抱きしめたい」をレコーディングしている時は、ほとんどボイトレの延長だった。「歌とは?」みたいなことを実戦で教わりながら、パーツを作っていくみたいな歌録りだった。練習しながら本番になっていくみたいな感じだったんで、僕としてはかなり辛かったですね。 ――ボーカルのレコーディングはどんな感じだったんですか? 小出:その場で玉井さんに指示されたことが、もともと僕の歌い方や発声になくて、初めて知ることだったんで、とにかくやってみないとわかんなかったんですよね。だから、がむしゃらに「こういう風に歌ってみて」「はい!」みたいにするしかない。歌録りが異常に長かった。 玉井:長かったね。 ――玉井さんとしてはどんな歌のディレクションをしたんですか? 玉井:当時僕の中で一貫して考えていたことは、やっぱりBase Ball Bearは長く世に愛されるバンドであるべきだっていうことなんです。そう考えた時に、やっぱり軸になるのは歌だろうと思った。なので、言葉でいろんな表現をできているように、曲を書いたりギターを弾いたりしてることと同じ、もしくはそれ以上のレベルで歌を操れるようになってほしかった。そしてそのためには構造をわかってもらうっていうのがいいんじゃないかなって思った。 ――構造をわかってもらうというと? 玉井:よくあるボイトレの「遠くに届くように歌って」とか「目を見開いて歌ってみて」みたいな、そういう精神論みたいなことより「歌とはこういうもの」という構造を教えるのが、こいちゃんにとっては一番いいと思ったんです。感覚的でありつつも、いろんなことを構築しながら作っていく人だから。構造を理解したらそれを勝手に活かしてくれるだろうなと思って。 小出:それと、玉井さんに紹介されたボイトレの先生が、まさに「声を出すっていうことは物理的にどういうことなのか」という理屈を授けてくれる人だったんです。声というのは声帯に息があたって振動することによって出ているんだよ、ということを最初に言われて。歌ってみたら「お前は首のこの辺が全然鳴ってない」とか言われて。身体がこういう動きをすればこういう発声になるとか、こういうブレスの仕方をすればこれくらいの声量が出るとか、理屈を身体で覚えて体得していくような感じだった。 ――なるほど。歌うということの構造を教えてもらった。 小出:歌だけじゃなくて、僕は玉井さんに楽曲の構造の話を教えてもらったと思います。ポップスの構造はこうなってる、ブラックミュージックだったらこういう構造になってるとか。そういう構造の話を断片的に聞いて、そこから自分なりにいろんな音楽の構造を分析して理解するっていうことを始めた。それが、 今の僕のベースになっている。音楽だけじゃなく、映画を観るにしても小説を読むにしても、構造自体に目がいくようになっちゃって。 ――音楽以外にも広がっていったんだ。 小出:最近も朝井リョウさんの『武道館』という小説について、自分の連載で対談したんです。それにあたって、小説を読みながら「ここはこういう場面」というのを全部シーンで区切ってプロットを書き出して。それをもとに「なるほど、こういう話なんだ」って思って朝井さんと話したら「初めてこんなに理解している人に会いました」みたいに言われたりして。そんな風に、小説にしても映画にしても、その構造がすごく気になる。完全に構造フェチになっちゃいました(笑)。 ――単にプロデューサーとアーティストというだけでなく、深いレベルで価値観を共有した関係だったんですね。 小出:僕は玉井さんのことを師匠だと思ってますからね。他の人とはなかなかこういう関係性になることもないと思います。玉井さんの師匠は木崎賢治さんというBUMP OF CHICKENやTRICERATOPSのプロデュースをされた方ですけど、玉井さんが木崎さんに師事したように、プロデューサー同士での師匠と弟子みたいな関係性は他にもあるかもしれない。けれど、アーティストとプロデューサーでこういう関係性になるのはあんまりないと思う。 玉井:それは小出祐介という人がとてつもなく特殊な人だということなんですよね。表に出る人なのに、裏側のマインドも持ってる。構造フェチというのも、もともとそういう資質を持ってたんだろうと思います。ただ、裏側のマインド持ってる人って、僕がそうだったみたいに、大抵売れないんですよね。でもBase Ball Bearにはちゃんとファンがいて、支持してくれる人がたくさんいる。そういう人は、他にはほとんどいないんじゃないかな。
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「バンドっぽいことはできるけれど、これをポップな方に引き延ばしてくれる人が今は必要なんだって思った」(小出)

――新作の「それって、for 誰?」 part.1は久しぶりに玉井さんのプロデュースになっています。これはどういう理由だったんでしょうか。 小出:去年の秋に『二十九歳』というアルバムを出して、その後に「次は何やろうか?」というのを探るために、スタジオに集まったんですね。僕はその時点で、なるべく早く出したいって思ってたんですよ。前作が3年も間隔をあけたアルバムだったんで、次の年には出そうと思った。『二十九歳』で自分達が持ってるものはわかったし、プレイヤーとしての幅も圧倒的に広がったと思ったんですね。で、これをさらに引き延ばしてくれる人がいた方がいいと思って、最初からプロデューサーを入れようと思っていたんです。でも最初は別の人をイメージしていたんですよ。 ――それは何故? 小出:最初、自分たちはポップなことはできるから、その代わり、バンド感やオルタナティブな部分をより引き延ばしてくれるプロデューサーの方と一緒にやろうと思ったんですよ。でも、スタジオに入って、2、3回セッションをやったら「ちょっと待て、逆だった!」と。むしろバンドっぽいことはできるけれど、これをポップな方に引き延ばしてくれる人が今は必要なんだって思った。真逆だったんですよね。そういうことをちゃんと理解してくれて、やってくれるのは、やっぱり玉井さんだった。「もう一回やりましょうよ」ってお声がけさせてもらった感じです。 ――最初の時点で、次のBase Ball Bearはどういう方向に進むべきかという話し合いもありました? 小出:しましたよね。 玉井:広尾でお茶をしたね。 小出:その時点で考えていたのが、自分たちにとってポップな面が必要だというのがまず一つ。それと両立したかったのが、僕らがロックバンドであるということなんです。生々しさを持ったバンドである、ということ。つまり僕らは同期も打ち込みも入れないことを唯一のルールとしてやってきている。ギターとベースとドラムでどこまでポップなものをやれるかという発想なんです。で、現時点で「バンドらしさ」みたいなことは十分持ってる。あとはこれをどれだけポップにできるかというところで、玉井さんにアドバイスをもらいたいという。 ――玉井さんとしては、Base Ball Bearの現状と小出さんの目指す方向性を受けて、どういうポイントがよりポップになるためのキーになると思いましたか? 玉井:今の時代のいろんなバンドがいる中でBase Ball Bearを改めて見ると、本人はどう思ってるか分からないけれど、十二分にキャラが立ったバンドだと思うんです。かつ、能力を備えている。決定的に大きかったのは、10年を経てパフォーマンス力が非常に高いバンドになっていたということ。だから「芸をひけらかそう」という言い方をしましたね。いろんな設定を考えて、人がやっていない台本を眉間にしわよせて書くことも大事なんだけど、そんなことよりも一流の芸人としてまず芸をひけらかそう、と。小出祐介という人が持っているもの、今まで培ってきたもの、それ自体にものすごく価値があると客観的に思ったので、まずそれをちゃんと見せようという。 小出:で、最初5、6曲をバンドで作って、玉井さんにそれを聴いてもらって。その時の曲の中に、もうこの「それって、for 誰?」 part.1はありましたね。 ――この曲はどんな風にできていったんですか? 玉井:最初、キャッチコピーみたいな言葉をいっぱいもらったんですよ。 小出:これは岡村靖幸さんと「愛はおしゃれじゃない」を作った時の手法と同じで。あの時もたくさんのキャッチコピーを作って岡村さんに「どれがいいですか?」って選んでもらったんですけれど、それと同じようにたくさんの言葉を書いて玉井さんに聞いたら「それって、for 誰?」ってやばいね!って。 玉井:この言葉はこの数年聞いた中で一番のコピーだ、と。「間違いない、この時点で勝った」という話をして。僕からすると、小出祐介、Base Ball Bearが言う「それって、for 誰?」がいいと思ったんですよね。その時点で素晴らしかった。とはいえ、えぐるからにはちゃんと練られたものがあったほうがいい。 ――この曲は、相当、批評性の高い歌詞ですよね。 小出:最初のデモ段階の「それって、for 誰?」 part.1は、本当にただの悪口だったんですよ。最初は単なるSNSに対しての愚痴みたいなもんだったんですよ。なんで炎上するようなことを言うのか、なんで炎上させるのか、とか。でも、「それって、for 誰?」っていうワードを玉井さんが面白いって言ってくれたのがきっかけで、そのことに対しての自分のムカつきをちゃんと分析していったんです。そこから「じゃあなんで俺はこれを言いたいんだろう」ということを考えていった。SNSもそうだし、自分が音楽をやってることもそうだし、そもそも表現って「for 誰?」なんだろうって思ったんです。「そもそもなんで僕らは表現するのだろう?」っていう。 ――<体操着みたいなEvery one><ドッチータッチーな状況>とか、なかなかポップスの歌詞には使われない言葉を使っていますよね。 小出:そこが最初のAメロで、そこからBメロ、サビ、1番、2番とトスを上げていって、最後にちゃんとスパイクを決めるような歌詞にしようと思ったんですよ。そのためのフレーズが必要で、そこに悩んでいて。でも最後のサビ前の<垢がうんとついてる僕たちのうっせぇ!しかない日々こそ>という一行が書けたことが決め手になった。ここはダブルミーニングになってるんですけれど。 ――どういうダブルミーニングなんですか? 小出:その前で、手の平の上のSNS上の世界と、今目の前にある現実と、どっちが本当の世界なんだと思います?っていうことを歌ってるわけなんですよ。この過渡期の中で感じている違和感を歌にしたいという曲なんで。で<垢がうんとついてる>っていうのは、手垢にまみれた僕らの泥臭い毎日というのと、アカウントがついてるSNS上の世界という、その両方があるという。そういうダブルミーニングになっているんですね。 ――なるほど。相当に構造フェチだ(笑)。 小出:サビの最後では<こういうこと言っちゃってるこの曲こそfor誰?>って言ってますしね。完全にメタ視線なんですけれど。
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「わかりやすくディスコっぽいグルーヴをどう作るかって言うと、休符の問題なんです」(玉井)

――そして曲調は、黒人音楽的な、ディスコっぽいグルーヴのある方向性になっている。これは? 小出:「ドッチータッチー」っていうのを揶揄してる段階で、単なる四つ打ちの曲だったらサムいわけですよね。だから、ちゃんとグルーヴで引っ張れる曲にしたかったんです。それに、ここ1年くらい「バンドのグルーヴをもっと強化するにはどうしたらいいか」ということをやってきた中で、関根のベースがすごくよくなってきたんですよ。以前は2本のギターが引っ張っていくサウンドだったのが、今回はドラムとベースが引っ張るようになっている。 玉井:演奏を観たら、リズム隊がバージョンアップしたのがすぐにわかるんです。特に(関根)史織ちゃんのグレードが上がってたのが一番驚きましたね。で、こいちゃんはもともとギター上手かったんで。で、(湯浅)将平は喋んなかった。 小出:引き続き喋んなかった(笑)。 ――バンドのグルーヴ感が増してたわけですね。 玉井:そうなると、どこにでも行けるんですね。そこがちゃんと芸になっているので、その「持ってる芸をひけらかす」ということができるようになる。仕上げ方もそれがちゃんと見えるようにした、というだけなんです。 ――どういう仕上げ方にしたんでしょうか。 玉井:わかりやすくディスコっぽいグルーヴをどう作るかって言うと、休符の問題なんです。弾いてない場所の“間”で決まる。そこを見せるようにした。つまり知性と芸をひけらかすっていう作り方ですね。 ――演奏技術、バンドの基礎体力の部分がすごく上がっていたわけですね。そうなると、歌えることの幅も広がってくる。Base Ball Bearというバンドは、そういうバンドに成長してきたということですね。 玉井:そういうことですね。いろんなことをごまかしたり、お化粧したり、そんなことを考えなくていい。喩えるなら、演技もしっかりできる正統派の美人女優だったら、ワンカットで15秒のCMを作れる。あとは、小さじ一杯ぶん可愛いければいい。そういう話ですね。 後編「Base Ball Bear小出祐介×玉井健二が語る、シーンと作り手の変化」に続く (取材・文=柴 那典/写真=下屋敷和文) ■玉井健二 音楽プロデューサー・agehasprings代表。 アーティスト活動、作詞・作曲・編曲家などを経て、1999年ソニー・ミュージックEpic Records Japan入社。制作部プロデューサーとして多種多様の企画・制作に携わる。2004年退社しクリエイターズ・ラボagehaspringsを設立。YUKI、中島美嘉、JUJU、Base Ball Bear、flumpoolなど数々のアーティストのヒットを創出する。同時に会社代表として蔦谷好位置、田中ユウスケ、田中隼人、百田留衣をはじめとする多くのクリエイターを世に輩出し、Aimer、GOOD ON THE REELなどのアーティストのマネジメント&プロデュースも手掛けるなど、新たな才能の発掘・育成にも定評がある。また、自身のユニット元気ロケッツは国内外のクラブ・シーンを中心に、音と映像のみに拠る表現形態でホログラム映像や3Dを駆使したLIVEパフォーマンスが欧米でも話題を席巻するなど活躍は多岐に渡る。 agehasprings
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Base Ball Bear「それって、for 誰?」 part.1

■リリース情報 シリーズ “三十一” 第1弾“エクストリーム・シングル” 「それって、for 誰?」 part.1 発売:2015年8月5日(水) 価格:¥1,800+税 ※完全生産限定盤 <収録内容> ・DISC.1 1.「それって、for 誰?」part.1 2.「それって、for 誰?」part.1 (Instrumental) 3.アルバム特報   ・DISC.2 【ボーナス・ディスク】 2015.6.13 日比谷野音ライブ「日比谷ノンフィクションⅣ」から1枚のCDの容量(約71min)いっぱいに収録 1.CRAZY FOR YOUの季節 2.Transfer Girl 3.yellow 4.そんなに好きじゃなかった 5.愛はおしゃれじゃない 6.Tabibito In The Dark 7.十字架You and I 8.changes 9.ELECTRIC SUMMER 10.UNDER THE STAR LIGHT 11.魔王 12.PERFECT BLUE ※紙ジャケット特別仕様
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Base Ball Bear「文化祭の夜」

シリーズ “三十一” 第2弾“エクストリーム・シングル” 「文化祭の夜」 発売:2015年9月2日(水) 価格:¥1,800+税 ※完全生産限定盤 <収録内容> ・DISC.1 1.文化祭の夜 2.文化祭の夜 (Instrumental) 3.アルバム特報 ・DISC.2 5.0th Full Album「二十九歳 (Instrumental Ver.)」全曲完全収録 1.何才(Instrumental) 2.アンビバレントダンサー(Instrumental) 3.ファンファーレがきこえる(Instrumental) 4.Ghost Town(Instrumental) 5.yellow(Instrumental) 6.そんなに好きじゃなかった(Instrumental) 7.The Cut -feat. RHYMESTER-(Instrumental) 8.ERAい人(Instrumental) 9.方舟(Instrumental) 10.The End(Instrumental) 11.スクランブル(Instrumental) 12.UNDER THE STAR LIGHT(Instrumental) 13.PERFECT BLUE(Instrumental) 14.光蘚(Instrumental) 15.魔王(Instrumental) 16.カナリア (Instrumental)
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Base Ball Bear「不思議な夜」

シリーズ “三十一” 第3弾“エクストリーム・シングル” 「不思議な夜」 発売:2015年10月7日(水) 価格:¥1,800+税 ※完全生産限定盤 <収録内容> ・DISC.1 1.不思議な夜 2.不思議な夜 (Instrumental) 3.アルバム特報 ・DISC.2 ※詳細後日発表 ■ツアー情報 Base Ball Bear Tour『三十一歳』 9月12日(土)水戸LIGHT HOUSE 開場17:00/開演17:30 問合せ:ディスクガレージ/050-5533-0888(平日12:00~19:00) 一般発売日:7月18日(土) 9月13日(日)HEAVEN'S ROCK 宇都宮 VJ-2 開場17:00/開演17:30 問合せ:ディスクガレージ/050-5533-0888(平日12:00~19:00) 一般発売日:7月18日(土) 9月19日(土)釧路NAVANAホール 開場17:00/開演17:30 問合せ:マウントアライブ/011-623-5555(平日11:00〜18:00) 一般発売日:7月18日(土) 9月21日(月/祝)札幌PENNY LANE 24 開場17:00/開演17:30 問合せ:マウントアライブ/011-623-5555(平日11:00〜18:00) 一般発売日:7月18日(土) 9月23日 (水/祝)函館club COCOA 開場17:00/開演17:30 問合せ:マウントアライブ/011-623-5555(平日11:00〜18:00) 一般発売日:7月18日(土) 9月26日(土)米子AZTiC laughs 開場17:00/開演17:30 問合せ:HIGHERSELF/082-545-0082(平日11:00~19:00) 一般発売日:7月18日(土) 9月27日(日)広島CLUB QUATTRO 開場16:30/開演17:30 問合せ:HIGHERSELF/082-545-0082(平日11:00~19:00) 一般発売日:7月18(土) 10月3(土)新潟LOTS 開場17:00/開演17:30 問合せ:FOB新潟/025-229-5000 一般発売日:7月18日(土) 10月4日(日)金沢EIGHT HALL 開場17:00/開演17:30 問合せ:FOB金沢/076-232-2424 一般発売日:7月18日(土) 10月10日(土)福岡DRUM LOGOS 開場16:30/開演17:30 問合せ:キョードー西日本/092-714-0159 一般発売日:7月18日(土) 10月11日(日)宮崎SR BOX 開場17:00/開演17:30 問合せ:キョードー西日本/092-714-0159 一般発売日:7月18日(土) 10月17日(土)高松DIME 開場17:00/開演17:30 問合せ:DUKE高松/087-822-2520 一般発売日:7月18日(土) 10月18日(日)松山サロンキティ 開場17:00/開演17:30 問合せ:DUKE松山/089-947-3535 一般発売日:7月18日(土) 10月24日(土)静岡UMBER 開場17:00/開演17:30 問合せ:JAILHOUSE/052-936-6041 一般発売日:7月18日(土) 10月26日(月)京都磔磔 開場18:00/開演18:30 問合せ:キョードーインフォメーション/0570-200-888(全日10:00~18:00) 一般発売日:7月18日(土) 10月31日(土)岡山CRAZYMAMA KINGDOM 開場17:00/開演17:30 問合せ:HIGHERSELF/082-545-0082(平日11:00~19:00) 一般発売日:9月26日(土) 11月1日(日)名古屋DIAMOND HALL 開場16:30/開演17:30 問合せ:JAILHOUSE/052-936-6041 一般発売日:9月26日(土) 11月7日(土)仙台darwin 開場17:00/開演17:30 問合せ:キョードー東北/022-217-7788 一般発売日:9月26日(土) 11月8日(日)盛岡CLUB CHANGE WAVE 開場17:00/開演17:30 問合せ:キョードー東北/022-217-7788 一般発売日:9月26日(土) 11月12日(木)千葉LOOK 開場18:30/開演19:00 問合せ:ディスクガレージ/050-5533-0888(平日12:00~19:00) 一般発売日:9月26日(土) 11月14日(土)HEAVEN'S ROCK さいたま新都心 VJ-3 開場17:00/開演17:30 問合せ:ディスクガレージ/050-5533-0888(平日12:00~19:00) 一般発売日:9月26日(土) 11月21日(土)高崎club FLEEZ 開場17:00/開演17:30 問合せ:ディスクガレージ/050-5533-0888(平日12:00~19:00) 一般発売日:9月26日(土) 11月22日(日)甲府Conviction 開場17:00/開演17:30 問合せ:ディスクガレージ/050-5533-0888(平日12:00~19:00) 一般発売日:9月26(土) 11月29日(日)Zepp Namba 開場16:30/開演17:30 問合せ:キョードーインフォメーション/0570-200-888(全日10:00~18:00) 一般発売日:9月26日(土) 12月4日(金)豊洲PIT 開場18:00/開演19:00 問合せ:ディスクガレージ/050-5533-0888(平日12:00~19:00) 一般発売日:9月26日(土) 企画・制作:ソニー・ミュージックアーティスツ 協力:EMI RECORDS チケット代:スタンディング/¥4,500(税込/1D代別) 一般発売日: ・9月12日 水戸~10月26日京都公演まで→7月18日(土)AM10:00~ ・10月31日 岡山~12月4日豊洲公演まで→9月26日(土)AM10:00~ 備考:3歳以上チケット必要

sympathyが秘めるナチュラルな魅力とは? 「4人で気持ちを分かち合いながら音楽をやっている」

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【リアルサウンドより】  出会いは地元・高知の高校の軽音楽部。RADWIMPS、SCANDALのカバー曲で参加した初ライブのコンテストでいきなり優勝し、オリジナル曲を作りつつライブ活動をスタート。高校卒業後に発表した1stミニアルバム『カーテンコールの街』で注目を集め、この夏、2ndミニアルバム『トランス状態』をビクターの新レーベル“CONNECTONE”からリリース……何だか素敵すぎるストーリーだが、この女の子4人組には音楽ファンを惹きつけるナチュラルな魅力が確かに備わっているようだ。  まずは本作『トランス状態』の「女子高生やめたい」と「さよなら王子様」を聴いてみてほしい。無意識のオルタナ感覚とでも呼ぶべきバンドアンサンブル、フックの効いたメロディ、そして、揺れる感情をキュートに描いたリリック。sympathyという名前が示す通り、このバンドの音楽からは、年齢・性別を超えた共感を呼び起こす不思議な力が伝わってくるのだ。  今回はボーカルの柴田ゆう、ギタリストの田口かやなにインタビュー。バンドの成り立ちと本作「トランス状態」の制作、バンドの将来像などについて聞いた。ふんわりと柔らかく、でも、ときどきビシッと鋭いコメントを交えるふたりの雰囲気を含めて楽しんでほしい。(森朋之)

「『あの娘のプラネタリウム』ができたときは『やっと終わったー!』っていう感じだった」(柴田)

ーー2ndミニアルバム『トランス状態』、とても魅力的でした。 柴田・田口:ありがとうございます。 ーー個人的には90年代後半あたりのオルタナ感が自然に入っているのがツボだったんですが…。 柴田・田口:……。 ーーって言われても困りますよね。 柴田・田口:ハハハハハ! ーー(笑)まず、どんなふうにバンドが結成されたのか教えてもらえますか? 柴田:えーと、高校の部活が軽音部だったんです。田口はドラムの子(門舛ともか)、私はベースの子(今井なつき)といっしょだったから、この4人でバンドを組もうかってことになって。最初はRADWIMPSとかSCANDALのコピーをやりました。 ーーRADWIMPSの曲、難しくなかった? 田口:1曲、「がんばったらできそうだな」っていう曲があって。 柴田:「セプテンバーさん」なんですけど、コードとかリードギターとかも「練習しやすいかもよ」って友達や先輩に言われて。それとSCANDALの「少女S」ですね。 ーーオリジナル曲はいつくらいから作ってたんですか? 田口:高校1年生の終わりの時期に、初めて出たライブで賞をもらったのがきっかけですね。 柴田:OSMという音楽学校が主宰する大会みたいなのがあって、私たちは四国からエントリーしたんですけど、さっき言った2曲(「セプテンバーさん」「少女S」)で参加したら、たまたま優勝しちゃって。 田口:その特典としてオムニバスCDに参加できることになって、そのためにオリジナル曲が必要で…。 ーー作らないといけない状況になった、と。 田口:そうです(笑)。 柴田:追い込まれてましたね〜。「やらなきゃ終わらない!」みたいな感じで。 ーー宿題ですね(笑)。 柴田:ホントに宿題でした(笑)。そのとき作ったのが、今回のミニアルバムにも入っている「あの娘のプラネタリウム」なんですよ。まず、みんなで歌詞を考えて、それを曲にしていって。 田口:初めてだったから、どう書いていいかもわからなかったんですよね。ビジョンみたいなものもなく、みんなで思い付くことをどんどん言い合って…。だから、こんなに空想的な曲になったのかも。 柴田:楽しそうな曲ですよね。 ーー追い込まれながら作ったとは思えないですね(笑)。その後もオリジナル曲は作り続けたんですか? 柴田:「あの娘のプラネタリウム」ができたときは「やっと終わったー!」っていう感じだったんですけど、地元のライブハウスの方から「オリジナル曲だけでライブやってみない」って声をかけてもらって、1週間で4曲くらい作ったんですよ。2曲目以降は私か田口がおおまかな歌詞やメロディの流れを考えて、それをもとにしてベース、ドラムを付けていくことが多いですね。あとは門舛か今井が歌詞を持ってきて、それをイジりながら曲にしていくこともあります。 ——高校を卒業した年の夏に1stミニアルバム『カーテンコールの街』をリリースしていますが、バンドでがんばろうと決意したのはいつ頃なんですか? 柴田:けっこう最近ですね。 田口:デビューとか契約の話をいただいてからだと思います。 柴田:それまではまったく考えてなかったので。「バンドをやっていこう」っていう漠然とした気持ちはありましたけど、何か(具体的な行動を)していたわけではないんですよ。CDをどこかに送るとか、ライブを月に何本やるとか、そういうこともぜんぜんやってないし。だから、いまの状況はビックリですね。ホントに恵まれてるなって思います。
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「もっと強くなりたいし、もっと成長したい」(田口)

——メンバーのみなさんも“遠距離”(大学進学などに伴い、田口と門舛は高知、柴田は東京、今井は滋賀に在住)だし、まだ過渡期なのかもしれないですね。今回のアルバム「トランス状態」にも、そんな揺れてる状況が反映されていると思います。「女子高生やめたい」もそうですが、“もうやめたい”というニュアンスのフレーズがいろんなところに入っていて。 柴田:そうですね。高校生活が終わったこともそうですけど、“やめたい”とか“やめたくない”とか、いろんなことに対して“どっちつかず”なことが多かったし、そういうことをモヤモヤと考えてることもあって。 田口:「このままじゃいられない」っていう気持ちがあるんですよね。もっと強くなりたいし、もっと成長したいっていう。でも、どこかで「ずっと許されていたい」という感じもあるんですよね。 柴田:「女子高生やめたい」はホントにそんな感じですね。殻を破りたいんだけど、「このままがいい」という気持ちもあるっていう。ただ、そこを意識して作っていたわけではないんですよ。「言われてみれば」っていう感じで。
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——いまの状態が自然と曲に反映されていた、と。「さよなら王子様」にも「いい子になるのももうやめた」という歌詞がありますね。 田口:これは歌詞が先なんですよ。 柴田:ドラムの門舛が文章を書いてきて、それをもとに田口が歌詞にして。 田口:私なりに言葉を書き換えて曲にしたんですけど、“王子様”というワード自体、私からは絶対に出てこないので。そういう言葉がストレートに出てくるのはいいなって思いましたね。 ——田口さんはいつか王子様が…と夢見るタイプではない? 田口:そうですね(笑)。 柴田:あはは。門舛が文章を考えてこなかったら、こういう曲はできてないですね。

sympathy - 『さよなら王子様』Music Video

——柴田さん、田口さんが中心になりつつ、メンバー全員で作ってるんですね。アレンジに関してはどうですか? たとえば「女子高生やめたい」はイントロがなくて、歌と演奏が同時に始まりますが、「イントロつけようよ」という話にはならなかった? 柴田:「あとで考えよう」って言ってたんですけど、思い付かなかったんです(笑)。 田口:で、「イントロはないほうがいいね」って。 柴田:いきなり始まるほうが、刹那的でいいかなって。聴いてる人は「え?」ってなると思うし、お気に入りです。 ——「泣いちゃった」はポエトリーリーディング風に始まる、弾き語りのナンバー。これも思い切ったアレンジですよね。 柴田:弾き語りのイメージしか浮かばなかったんです。無理にバンドっぽくしなくてもいいかなって思たし、このアレンジ一択っていう感じでしたね。 田口:他のメンバーも「アコギがいいね」って。 柴田:音楽のことで意見が分かることはほとんどないんですよ。 ——音楽以外では? 田口:ときどきぶつかります(笑)。 柴田:みんな似てるところがあるから、そこでぶつかることはありますね(笑)。でも、すごく仲がいいんですよ。メンバーはめちゃくちゃ大事な友達だし、卒業してこっち(東京)に来たときも、会う人がぜんぜんいなくてどうしよう?って感じだったんですよ。いまもこまめに連絡を取ってますね。 ——曲作りはどうやってるんですか? 柴田:グループLINEですね! みんなで「曲を作るぞ!」というときはSkypeでやりとりしたり。 田口:動画を送ることもありますね。
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「自分たちが満足できる曲ができたときは、すごく楽しい」(柴田)

——将来的にはメンバー全員、東京に来る予定なんですか? 柴田:みんなが東京に来るんだったら、近くに住もうねって言ってますけどね。 田口:ただ、(大学)卒業後はどうなるかわからないですからね。そこも模索中です。 ——sympathyというバンド名の由来は? 田口:結成してすぐに考えたんですけど、なかなか決まらなかったんです。で、英語の辞書を持ってきて「パッと開いたところで、いいと思う単語にしよう」ってことになって。それを3回くらいやって“sympathy”になりました。 柴田:綴りもかわいいし、これがいいなって。 ——確かに“sympathy”って、デザイン的にもかわいいかも。 柴田:途中、改名しようって話も出たんですけどね(笑)。 田口:めんどくさいから、そのままになりました(笑)。“sympathy”には“共鳴”とか“苦しみを分かち合う”という意味もあって。私たちは4人で気持ちを分かち合いながら音楽をやっているし、すごくいいなって思いますね。誰が歌詞を書いてきても、すぐにみんなで共有して“わかる!”ってなるので。 ——これからはバンドとリスナーの共鳴も増えていくだろうし。良いバンド名じゃないですか。 田口:そんな気がしてきました(笑)。 柴田:ジンワリと感じてきましたね(笑)。 ——この先、どんなバンドになっていきたいですか? 柴田:まず、楽しくライブをやれるようになりたいですね! 毎回、「初めてライブをやる」くらいに緊張してるので。 田口:あとは(キャッチコピーの)“超絶無名バンド”から脱したいです。まずは“超絶”をなくしたいですね。 ——そうすると“無名バンド”になっちゃいますよ。 柴田:“無名”を取って、“超絶バンド”のほうがいいかも。凄そうじゃない? 田口:そうだね(笑)。 ——(笑)バンドをやっていて、いちばん楽しいのってどんなとき? 柴田:私はスタジオで新曲を演奏してるときですね。自分たちが満足できる曲ができたときは、すごく楽しいです。 田口:みんなで「こうしたらいいんじゃない?」って作ってるときも楽しいですね。 ——ホントに仲がいいんですね。 田口:東京に来たときは4人で柴田の家に泊まるんですけど、それもすごく楽しいんですよ。 柴田:大盛り上がりです(笑)。みんなが寝ている様を見ているのが、すごくおもしろいんですよー。 田口:(笑)。 柴田:車で移動してるだけでも楽しいし。 ——ツアーやったら最高じゃないですか。 柴田:それは高校のときからずっと言ってますね。みんなで車に乗ってツアーして……それをやるためにバンドを続けたところもあるかも。 田口:そうだね。順番が逆だけど(笑)。 柴田:“メンバー大好き”みたいになっちゃいましたね(笑)。 (取材・文=森朋之/撮影=竹内洋平)
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sympathy『トランス状態』(CONNECTONE)

■リリース情報 『トランス状態』 発売:7月15日(水) 価格:¥1,800+税 <CD収録内容> 1.女子高生やめたい 2.さよなら王子様 (アルバム・リード曲) 3.紅茶 4.有楽町線 5.泣いちゃった 6.あの娘のプラネタリウム ■ライブ情報 『トランス状態 ON THE STAGE 〜フライデーナイトはどうなっちゃうのー?!〜』 日程:8月21日(金) OPEN 18:00 / START 18:30 会場:大阪 BIGCAT 全席自由フリーライヴ※ドリンク代不要 http://sympathy-yureru.com/

AKB48の新曲「ハロウィン・ナイト」は「恋チュン」を超えるか? 指原莉乃センター2曲のサウンドを比較

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AKB48公式HP

【リアルサウンドより】  AKB48が8月26日に41thシングル『ハロウィン・ナイト』をリリースする。  同作の表題曲では、6月6日に開催された『AKB48 41stシングル選抜総選挙』で、再び1位に返り咲いた指原莉乃(HKT48)がセンターを務めている。振り付けも以前に指原がセンターを務め、大ヒット曲となった「恋するフォーチュンクッキー」と同じパパイヤ鈴木氏を起用していることから、同曲を強く意識していることが伺える。  「ハロウィン・ナイト」自体は、7月4日に放送された『THE MUSIC DAY 音楽は太陽だ。』(日本テレビ系)で初披露されたが、曲調に「恋するフォーチュンクッキー」のような明るさはなく、ダークなディスコ歌謡風に仕上がっている。「恋するフォーチュンクッキー」を強く意識していたリスナーからは賛否両論の声が挙がっているが、「ハロウィン・ナイト」の音楽的な仕掛けとは何なのだろうか? 当サイトで楽曲分析記事を執筆しているトレモロイドの小林郁太氏は以下のように語った。  「『恋するフォーチュンクッキー』は、50年代のアメリカ音楽に多く用いられている『ドン、タン、ドドタン』というリズム進行に、70年代のソウルっぽさを加えた楽曲ですが、『ハロウィン・ナイト』は田原俊彦や近藤真彦などの楽曲を思わせる、日本の80年代ディスコ歌謡を踏襲した一曲です。また、『ハロウィン・ナイト』のダークな雰囲気は、短調ではないですがマイナーコードを多用しており、歌メロの印象が強い『恋するフォーチュンクッキー』に対し、メロディを削ぎ落としてリズムを強調している楽曲といえるでしょう」  続いて同氏は「ハロウィン・ナイト」と「恋するフォーチュンクッキー」において共に用いられている“ヒットの仕掛け”についてこう述べる。 「80年代の歌謡曲は、演歌や民謡を踏まえたような、日本人にとっては親しみやすい“短調で合いの手や手拍子を入れやすいリズム構造”のものが多く、『ハロウィン・ナイト』も2小節ごとにリズムのブレイクポイントを用意しています。これは『恋するフォーチュンクッキー』も同じで、楽曲全体が歌メロの流れに合わせて4拍目をスネアとベースで落とす構成になっており、1小節ごとに完結しながら同一のリズムパターンで進んでいく。つまりメロディラインこそ違えど、『ハロウィン・ナイト』も『恋するフォーチュンクッキー』と同じ『みんなで踊りやすい』という機能をしっかり搭載していることがわかります」  最後に、同氏は“80年代ディスコ歌謡”とした「ハロウィン・ナイト」について、当時の楽曲と異なる点について語った。 「『ハロウィン・ナイト』には当時の歌謡曲と違う部分が、大きく一点あります。それはサビの抜け。Cメロの抜けは、5度(C)のコードを使っているのですが、日本歌謡風にしたいならA7のコードで短調らしく抜くのがベターでしょう。しかし『ハロウィン・ナイト』では、あえてサビの抜けを長調の定番である5度(C)にすることで、現代のJ-POP風の明るい盛り上がりポイントを作っています。新しさと懐かしさを同居させ、幅広い年代層が聴いて踊れる、という『恋するフォーチュンクッキー』と同じ狙いを、少し異なるアプローチで試みていることが楽曲から見て取れます」  同じ指原のセンター曲ということで、世間からの期待が高い「ハロウィン・ナイト」。同曲はどこまで広い層へリーチできるか。リリース以降の動きも引き続き追いかけたい。 (文=向原康太)

松隈ケンタ×木之下慶行が明かす“コンペ必勝法” 「イントロはエゴを抑え、とにかく短くするのが大事」

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【リアルサウンドより】  音楽を創る全ての人を応援したいという思いから生まれた、音楽作家・クリエイターのための音楽総合プラットフォーム『Music Factory Tokyo』が、木之下慶行(以下、木之下)と、松隈ケンタ(以下、松隈)による対談記事を公開した。  同サイトは、ニュースやインタビュー、コラムなどを配信し、知識や技術を広げる一助をするほか、クリエイター同士の交流の場を提供したり、セミナーやイベント、ライブの開催など様々なプロジェクトを提案して、未来のクリエイターたちをバックアップする目的で作られたもの。コンテンツの編集には、リアルサウンド編集部のある株式会社blueprintが携わっている。リアルサウンドでは、今回公開された対談の前編を掲載。同記事では、AKB48やさんみゅ~、アイドリング!!!の作編曲を手掛け、Sonar Pocketではサウンドプロデューサーとしても活躍する木之下と、でんぱ組.incやEspecia、中川翔子などの作編曲を手掛け、BiS、BiSHでは全曲のサウンドプロデュースを務めた松隈という同学年の2人が、それぞれ音楽を始めたきっかけや、バンドとしてのキャリアと音楽作家に転身した理由、そしてコンペの必勝法について語り合ってもらった。

「初めからバンドでプロになろうと思っていた」(木之下)

――同い年の2人ですが、それぞれ音楽を始めたのは何歳くらいなのでしょうか。 松隈:僕は高校1年生です。中学生の時は周りがやっているのを見ていただけなのですが、高校への合格祝いとして、母ちゃんにジャンプの1番後ろにある通販ページの『ギター初心者5点セット 1万9800円』みたいなのを買ってもらったのが始まりでした。 木之下:僕は幼少期から演歌とピアノを習っていたのですが、どうしてもギターが弾きたくて、小学校6年生の時にギターを買ってもらっていました。当時はギター教室に通ってグループレッスンを受けていました。 ――当時はどんな曲を聴いたりコピーしたりしていたのでしょうか。 松隈:当時流行っていたのはJUDY AND MARYだけど、僕はZIGGYや布袋寅泰さんのコピーをしていました。あとは高校に入ってからレッド・ホット・チリ・ペッパーズやボン・ジョヴィ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどの洋楽ロックやメロコアっぽいポップスにもハマっていきました。でも僕の場合はあまりジャンルで聴くことはなくて、エリック・クラプトンも大好きでしたよ。 木之下:同じく洋楽は高校に入ってからでしたね。僕の場合はメタリカのコピーもしていました。それまではBOOWYやX JAPANをコピーしていて、とくにhideさんのギターが大好きでした。
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――それぞれバンドマンとしてのキャリアもありますが、実際に初めてバンドを組んだのは? 松隈:僕の場合は、ギターを始めた時点で組みました。あとは「お前ボーカルやれ、お前顔がドラムっぽいからやれ」とか、そんなノリですよね。学園祭やライブハウスで演奏したいという気持ちがあったのですが、いざ学園祭でボン・ジョヴィやMr.ビッグのコピーをやってみても、全然盛り上がらなくて。当時対バンで出会った女の子バンドから「ギターがいないだけど、あんたが手伝ってくれるならライブに出るよ」と言われたので、ジュディマリのコピーバンドにも参加しました。いざそのバンドでライブをやったら、メンバーが50〜60人くらい女子高生を集めてきて、めちゃくちゃ盛り上がったんですよ。その瞬間に僕は速弾きを辞めました。「やっぱJ-POPだ!」って(笑)。 木之下:早いですね(笑)。僕が初めてバンドを組んだのは高校2年生の時で、コンテストに出るために組みました。最初はコピーでしたけど、次第にオリジナルとコピーを混ぜるようになりました。松隈さんと違ってそこに気付くのが遅かったので、ずっとハードロックをやっていましたが(笑)。松隈さんはいつオリジナルを? 松隈:当時のバンドでベースを弾いていた女の子がすごく下手で、1弦と4弦を逆に張るような人だったんですよ。 木之下:寝ぼけていたらたまにありますよね。 松隈:それはギターの話でしょ? ベースは4弦しかないのに(笑)。で、JUDY AND MARYの曲はベースが難しかったので、コピーができるように特訓してもらうより、こっちが簡単な曲を作ってあげたほうがいいという話になり、ライブで披露したら大ウケで。「作曲家になるべきじゃないか」と思ったのもこの頃です。 ――具体的にプロを目指したのはいつ? 木之下:僕は、初めからバンドでプロになろうと思っていたんです。だからコンテストでも一応、広島ブロックで優勝して、中国ブロックまで出たのに解散しちゃって。これからどうしようと思っていたところに学校の案内が来て、大学に行ったんですけど、やっぱり曲作りがしたいと思い、今に至ります。 松隈:僕は真逆で、別にプロになろうと思っていなかったんですけど、バンドのメンバーが「音楽で飯を食いたい」って言っているのはカッコいいと感じていて、その影響からか、現在までそういう感覚が続いているだけなんですよね。だからバンドで続けていくことにこだわりはなくて、最初はレコーディングエンジニアになりたかったから、学生時代のバイト先だった楽器屋に就職しました。そこはリペア(修理)とPA業も並行していて、すごく勉強になりました。
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「一聴するだけでその手抜きってハッキリ分かる」(松隈)

――レコーディングエンジニアという職業にピンポイントで憧れた理由は? 松隈:エンジニアというわけではないですが、亀田誠治さんですね。椎名林檎さんの音源を聞いたときに、良い意味で決してきれいではないのに、突き抜けているミックスを聴いて、音自体にものすごく魅力を感じ「もっと勉強したい」と思いました。そして、会社勤めをしながらこっそり東京のスタジオにメールを送っていたら、22〜23歳のとき、某大手スタジオから呼び出されて。当時は仕事もしていたので、何とか合間を縫って通っていたら、そこで「すぐに働くことはできる?」って訊かれたんです。でも、それはその時働いていた会社に筋が通らないのでお断りさせていただきました。アシスタントエンジニアの応募って、だいたい25歳くらいまでなので、そこまではバンドでプロを目指して、ダメだったらエンジニアになろうと決意したんです。で、ちゃんと25歳でメジャーデビューが決まった。 木之下:僕は作曲・編曲などの仕事を貰っていたんですけど、食べていけなくて、着ボイスを録る仕事や、カラオケのMIDIを打つ案件をこなしたりしていました。その後、FENCE OF DEFENSEの西村麻聡さんと知り合って、彼のもとでまたJ-POPやゲーム音楽を作ったりしているうちに、「変なプライドは捨てよう」と思えるようになり、コンペファイターとしての忍耐の日々が続きました。それが24〜25歳くらいですね。 松隈:僕は25歳でメジャーデビューしたものの、全然売れず……。2〜3年でバンドは解散し、当時所属していた事務所が作家のマネジメントもしていたので、スタッフに「バンドがダメでも音楽で食べていきたい」と相談したら、まずは曲を沢山作れと言われましたね。
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――コンペで戦う時期は、大抵の作家に訪れる試練の時期ですよね。2人はそれを勝ち抜いたからここにいるのだと思いますが、そのために行っていた工夫などがあれば教えてください。 木之下:決まる・決まらないは関係なく、とにかくたくさん作ることと、出したことを忘れること。作っていくと、自分の癖や色が分かってくるので、勝負はそこからだと思うんです。 松隈:具体的なところだと、周りから「良いね」って言われた音は何回でも何十回でも使えば良いし、イントロはとにかく短くするのが大事。最初ってとにかくカッコいいイントロを付けようとするし、そこにミュージシャンのエゴが出るから長くなりがちなんですけど、コンペだと何百曲と集まってくるから、それを聴いてくれる余裕はないです。実際にその光景を若手のときに見ていたので、自分はそうならないように、あえてイントロを短くしていました。 木之下:僕がこだわっているのは、とにかくやりきること。昔は「数撃てば当たる」という気持ちでいたんですが、さっきも言ったように、自分の色が見えてきたら、狙いを定めて打つようにする。クライアントからの発注書って、そのまま鵜呑みにするとみんなと同じものが出来てしまうので、まずはじっくり「この人はどういうことを求めているんだろう」と考える。それが決まったらなるべく手は動かしつつ、じっくり作り込みます。どんなに時間がなくても、手は尽くして「この曲の雰囲気はこれでちゃんと伝わる」という段階までは粘るようにしていますね。あと、アレンジはしっかりやった方がいいと思います。少なくともメロディーだけ、コードだけで提出するより、採用される率は間違いなく上がると思います。 松隈:そこに性格が出ますよね。「どうせ後で誰かがアレンジをやるだろう」とか、「後で生ドラムを入れるから、リズムは大味の打ちこみでいいや」と思いがちなんですよ。でも、それをもらった側からすると、一聴するだけでその手抜きってハッキリ分かるんです。ミックスでも「ノイズが乗りっぱなしだけど、エンジニアが消してくれるだろう」という音はハッキリ分かるし、フェードアウトも雑なものがあったりする。そこを1番きっちりやるべきだと、僕は思うんですけどね。 ――もう今は「エンジニアの仕事もとってしまおう」というくらいの気概が必要なのでしょうか。 松隈:そうでしょうね。歌詞も<ラララ~>とかじゃなくて、ちゃんと世界観を入れる。クライアントが世界観を定義することは多いから、そのニーズに合ったものは必ず書くし、そこに「どうせ作詞家が書き直すだろう」という手抜きは入れてはいけない。 木之下:僕、歌詞が苦手なんですよね。もちろん、しっかり世界観を踏まえて仮歌詞を入れますけど。 松隈:それは僕も同じですよ。仮歌詞も一発で通るというより、曲が通ってから「この歌詞をブラッシュアップしてください」と言われて微調整したりします。 後編【「作家として目指すなら最低限パッケージングに耐えうるものを」松隈ケンタと木之下慶行が語るプロデューサー目線の作家音楽(後編)】へ続く (取材・文=中村拓海/写真=竹内洋平)

ドリカム吉田美和は卓越した作詞家である コンプリートベストを元に軌跡を追う

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【リアルサウンドより】  DREAMS COME TRUEのベストアルバム『DREAMS COME TRUE THE BEST!私のドリカム』が7月7日にリリースされた。カラオケのドリカム歌唱データ、今年11月から行われる4年に1度のグレイテストヒッツ・ライブ『史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2015』のリクエストの中間ランキングなどを参考にセレクトされた本作は、デビュー曲「あなたに会いたくて」から最新シングル曲「AGAIN」まで、レーベルを超え、ヒット曲・代表曲が網羅された初のコンプリートベスト。デビューから26年に渡って質の高いポップミュージックを生み出してきたドリカムの軌跡が追体験できる内容になっている。  本作の特徴は歌詞の内容によって【LOVE(Disc1)】、【TEARS(Disc2)】、【LIFE(Disc3)】に分類されていること。そこで本稿では、この3つのカテゴリーにおける吉田美和の歌詞について論じてみたい。ご存知の通りドリカムの楽曲制作は、作曲は吉田と中村正人の共同作業で、歌詞はすべて吉田がひとりで手がけている。つまりドリカムの歌詞はそのまま、作詞家としての吉田美和の世界につながっているのだ。  【LOVE】には「うれしい!たのしい!大好き!」「決戦は金曜日」「未来予想図Ⅱ」などが収録されている。これらのハッピーな雰囲気の歌詞は、“元気、明るい、ファンキー”というドリカムの一般的なパブリックイメージに直結していると言っていいだろう。老若男女が一瞬で理解できる言葉を組み合わせ、独創的でキャッチ―なフレーズを生み出す吉田のセンスは、優れたコピーライターにも通じるものを感じる。さらに強調しておきたいのは、フロウ(歌詞とメロディの組み合わせ)の上手さ。特に中村が作曲した楽曲(「決戦は金曜日」「JET!!!―album version―」「Eyes to me」など)に顕著なのだが、細部まで詰められたメロディをまったく変えることなく、きわめて自然な日本語を乗せる技術の高さは特筆に値する。洋楽的なメロディラインとわかりやすい日本語の歌詞のマッチングこそが、ドリカムの音楽性の大きな軸であることは間違いないだろう。歌うには難易度の高い楽曲が多いにも関わらず、彼らの曲がこれだけカラオケで親しまれている理由もそんなところにあるのだと思う。
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『DREAMS COME TRUE THE BEST! 私のドリカム』

 【TEARS】には文字通り、泣ける曲、切ない曲がコンパイルされている。別れた彼からの留守番電話のメッセージをリピートしながら、どうしても諦めきれない思いを吐露する「愛してる 愛してた」、<憎んでも 忘れないでいて><嫌われてもいい 覚えていてくれるなら>というあまりにも切実な感情を綴った「忘れないで」、遠距離恋愛中、相手の男性に女性の影を感じている状況での電話のやりとりを描いた「LAT.43°N~forty-three degrees north latitude~」。これらの楽曲から伝わってくるのは、ストリーテラーとしての吉田の才能だ。主人公が置かれたシチュエーション、その奥にある物語を浮かび上がらせることで、繊細にゆれる感情を表現する手腕、そこから生まれるあまりにも哀切な楽曲は、コアなドリカムファンからも高い支持を得ている。別れた彼氏の勤務先の近くまで来てしまい、偶然を装って会おうとする女性を歌った「あなたに会いたくて」がデビュー曲だったことを考えると、こういう暗い曲、痛い曲、悲しい曲こそがドリカムの本質だと言えるかもしれない。  「跳べ! その先へ」と鼓舞する「その先へ」、<家族の前で泣きなさい/大事な人に 大丈夫じゃないと言いなさい>というフレーズが心に残る「TRUE,BABY TRUE.」など、【LIFE】にはリスナーを根本から励ますような楽曲が収録されている。デビュー以来、“恋から愛まで”をテーマにしてきたドリカムだが、その幅が広がってきたのは2008年にリリースされた『MERRY-LIFE-GOES-ROUND』からだろう。あっけらかんとした明るさを感じさせるサウンドとともに表現された“何があっても人生は続く。1日1日、生まれ変わるように生きていこう”というメッセージは、その後にリリースされた『何度でも』『さぁ鐘を鳴らせ』『AGAIN』などに引き継がれている。人生には予想もできないような悲しい出来言が起こることがある。それはどうしようもない事実だが、命が続く限り、その日その日に向き合い、全力で生きるしかない――そこには吉田美和自身の体験から導き出された人生観、死生観が強く反映されている、と思う。<10000回だめで 望みなくなっても/10001回目は 来る>という歌詞を持つ「何度でも」が2011年のワンダーランドのリクエストで1位(今回のワンダーランドの中間発表でも1位でした)を獲得するなど、これらのメッセージソングは2010年代のドリカムの大きな魅力となっている。  四半世紀に渡って幅広い年齢層のリスナーから支持されているドリカム。今回のコンプリートベストをきっかけに“詩人”としての吉田美和にぜひ注目してほしいと思う。 (文=森朋之) ■リリース情報 『DREAMS COME TRUE THE BEST! 私のドリカム』 発売:2015年7月7日(火) 価格:3,400円(税別) ※初回生産分のみ三方背スリーブケース仕様・WONDERLAND 2015 ライヴチケット優先予約シリアルナンバー封入 収録楽曲(数字は発表年):CD3 枚組・全50曲収録 <収録曲> LOVE (Disc1) 1. うれしい!たのしい!大好き! (1989) 2. 決戦は金曜日 (1992) 3. JET!!! — album version — (2006) 4. 連れてって 連れてって (2008) 5. 大阪LOVER (2007) 6. 愛がたどりつく場所 (2012) 7. Ring!Ring!Ring! (1990) 8. Eyes to me (1991) 9. 時間旅行 (1990) 10. The signs of LOVE (1995) 11. 星空が映る海 (1989) 12. 未来予想図 — VERSION '07 — (2007) 13. 未来予想図Ⅱ — VERSION '07 — (2007) 14. ア・イ・シ・テ・ルのサイン 〜 わたしたちの未来予想図 〜 (2007) 15. WINTER SONG (1994) 16. LOVE LOVE LOVE (1995) TEARS (Disc2) 1. あの夏の花火 — SENKOU-HANABI VERSION — (新録・2015) 2. す き (1994) 3. 愛してる 愛してた (1993) 4. 三日月 (1999) 5. めまい (2006) 6. マスカラまつげ (2004) 7. もしも雪なら (2006) 8. やさしいキスをして (2004) 9. 悲しいKiss (1989) 10. 忘れないで (1991) 11. SNOW DANCE (1999) 12. LAT.43°N 〜forty-three degrees north latitude〜 (1989) 13. SAYONARA (1992) 14. あなたに会いたくて (1989) 15. 琥珀の月 (1995) 16. 沈没船のモンキーガール (1995) LIFE (Disc3) 1. その先へ (2009) 2. 朝がまた来る (1999) 3. ねぇ (2010) 4. AGAIN (2014) 5. 空を読む (2005) 6. 何度でも (2005) 7. きみにしか聞こえない (2007) 8. さぁ鐘を鳴らせ (2013) 9. TRUE, BABY TRUE. (2008) 10. 24/7 — TWENTY FOUR/SEVEN — (2000) 11. サンキュ. (1995) 12. 眼鏡越しの空 (1992) 13. 笑顔の行方 (1990) 14. HAPPY HAPPY BIRTHDAY (1993) 15. あなたにサラダ (1991) 16. MERRY-LIFE-GOES-ROUND (2008) 17. 晴れたらいいね (1992) 18. またね — ALBUM VERSION — (2007)